「TT」と一致するもの

理想郷 - ele-king

 年の初めにちょっと入院していて本でも読むかと村田沙耶香を手に取った。イギリスではけっこう人気があるらしく、日本の小説はもう何年も読んでなかったと思って。『地球星人』というタイトルは野田彩子のマンガみたいと思いつつ読み始めると、限界集落にペドフィリアなど、それはいま受けて当たり前でしょうという題材が次々に出てくる。最後まで読んだけど、あまりのマーケティング臭さに力が抜けてイギリス人もあてにならないと思ってベッドに顔を押しつけた(わき腹にドレーンが入っているのでこのポーズしかできない)。若い者についていけない時はノスタルジジイになろうと、次は大江健三郎を探したものの、『同時代ゲーム』が見つからず、40年前に一度読んだきりだった村上春樹『羊をめぐる冒険』に手が伸びた。思惑通り80年代に感じていたことをいろいろと思い出しながら読んでいると、あれ、これは『地獄の黙示録」じゃないか、少なくとも北海道の奥地へ、奥地へと分け入っていく過程は『地獄の黙示録」をイメージしていることに気がついた。目的地に辿り着くとご丁寧にも机の上に『地獄の黙示録」の原作と言われたコンラッド『闇の奥』が置いてある。西欧の植民地主義を北海道の開拓事業と重ね合わせ、カーツ大佐と児玉誉士夫を二重写しにしたということか。『羊をめぐる冒険』が刊行された頃、児玉誉士夫はCIAの工作員だったことを認め、ロッキード事件の判決が出た次の年に亡くなっている。『羊をめぐる冒険』でも右翼の大物とされている児玉誉士夫は戦争中に中国から金塊を強奪してきてそれを自民党の結党資金にあてたことは有名な話で(ロッキード事件が原因で児玉誉士夫が抜けた勝共連合は資金不足に陥り、その母体である統一教会が霊感商法を始めざるを得なくなった経緯はこのところ詳しく掘り返されている通り)、その児玉誉士夫に取り付いていた「羊」を探し出して自分もろとも殺すことで当時の左翼にできなかったことを成し遂げた気にさせる小説なのだから、ファンタジーとはいえけっこう生々しく時代背景を感じさせる作品なんだなと。40年前とあまりに読後感が違うので疲れて再びベッドに顔を押しつけた(わき腹にドレーンが入っているのでこのポーズしかできない)。

 第37回ゴヤ賞を受賞したというだけでロドリゴ・ソロゴイェン監督『理想郷』を観に行き、そして、またしても『地獄の黙示録』に出食わすこととなった。ドゥニ・メノーシュ演じる主人公のアントワーヌが中盤で、いつもは妻と水浴びに来る川から顔の上半分を水面から出して無表情になる場面。自分はなぜこんなところまで来てしまったのかと、アントワーヌはウィラード大尉と同じ目つきをする。コンラッドが批判的に扱った植民地主義は欧米の人間がアジアやアフリカの奥深くまで入り込んでいることに焦点を当てている。『理想郷』でターゲットにされているのはアジアやアフリカではなく、同じスペインの過疎地である。いわばヨーロッパの内部にかつてのアジアやアフリカと同じ未開拓のフロンティアがあり、ある種の人たちにとっては奥深くに入り込む価値があるということ。このことが『理想郷』という作品には背景として横たわっている。ある種の人たちとは植民地主義を突き動かしていたものと同じ。つまり、資本主義である。『理想郷』がアクチュアルな作品だと思えたのは、その資本主義が一枚岩ではなかったことを明確にしたことだった。この話は実際にオランダからスペインに移ってきた夫婦に起きた悲劇が何年にもわたってスペインのマス・メディアで報道される事態となり、その事件をもとにしたフィクションだという。

 オープニングは暴れ馬を押さえつけようとする3人の男たち。これがスローモーションで延々と映し出される。不思議な導入だけれど、このシーンが何を表しているかは後半に入ってからかなり重要な意味を持ってくる。続いてパブでゲームに興じる男たち。リーダー格のように振舞っているシャン(ルイス・サエラ)が「ガリシア州では……」と話し始める。ガリシアは独裁政権で知られるフランコ(やカストロの親)の出身地で、世界で最も家父長制が強い地域だとする説もある。過疎地というのは大体、家父長制が強い地域である。日本でも東京が最も出生率が低いとされているけれど、それは地方から未婚の女性が集まってくるのだから当然で、少子化が本当に深刻なのはそうした若い女性に出て行かれた地方であり(女性のUターンはほぼないという)、『理想郷』の舞台となった村でも若い女性はまったくといっていいほど出てこなかった。作品の後半でクローズ・アップされるシャンたちの母親は明らかに家父長制を支える女として描かれ、ガリシアを舞台としながら、この作品は世界中に根強く残る家父長制に対して資本主義が2つの異なるアプローチを試している場面として見ることができる。それは家父長制の延命か方向転換を迫るもので、日本にも応用が効くケース・スタディでもあった。ゲームに参加していなかったアントワーヌがパブから出て行こうとすると、「おい、フランス野郎!」と呼び止められる。アントワーヌは妻のオルガ(マリナ・フォイス)と共にフランスから移住してきた「よそ者」で、2人は日々、科学的農業を営み、収穫した野菜を市場で売って生計を立てている。アントワーヌがパブから家に戻ると家の内部はとても洗練されていて、2人がインテリだということはすぐに見て取れる。アントワーヌとオルガはその土地にはなかった新しい農業を持ち込んできた改革者であり、さらには古民家を改造して観光事業でも村に貢献しようと考えている。彼らがこの村に移ってきたのは「美しい」場所だからであり、それを守るために、風力発電の建設には反対の立場をとっている。電力会社はちなみにノルウェーの会社でグローバル企業という設定。

 シャンの弟、ロレンソ(ディエゴ・アニード)がまずは露骨にアントワーヌに絡んでくる。シャンとロレンソは村に風力発電を誘致し、保証金をせしめるつもりだったのに、アントワーヌとオルガに反対されたことで恨みを持っていた。シャンとロレンスは嫌がらせをやめず、日々エスカレートしていく。そして、ついに警察沙汰になるも地元の警察はそれほど頼りにならないことがわかるとアントワーヌは小型カメラを持ち歩くようになる。シャンとロレンソはすぐにも盗み撮りに気がつき、対立感情は以前よりも激しさを増す。日本でも奨励されているわりに地方への移住が必ずしもスムーズではなく、地元住民が移住者を受け入れないという話はユーチューブの人気番組になるほどで、物語の前半はそのような地方の閉鎖性がこれでもかと印象づけられる。シャンとロレンスがアントワーヌとオルガに対して行う嫌がらせは人種差別的であるだけでなく、アントワーヌとオルガがいわゆるリベラルな価値観を軸とした男女関係にあり、観光事業で村を再生させようとする経済的な感覚の点でもズレは広がっていく。アントワーヌとオルガがやろうとしていることはやがて村の秩序を破壊し、序列を組み替えてしまうという危機意識とも結びついているのだろう、(以下、ネタバレ)アントワーヌが犬を連れて森の中を散歩しているとロレンスとシャンはゆっくりととアントワーヌに近づき、冒頭で暴れ馬を押さえつけていたようにアントワーヌを組み伏せる。そして、アントワーヌを殺してしまう。

 1年後。1人残されたオルガの元にフランスから娘のマリー(マリー・コロン)がやってくる。娘は母を説得して一緒にフランスで暮らそうと提案し、2人は口論になる。マリーはシングル・マザーで、オルガは彼女の人生に口を出したことはない、自由にさせてきた、その結果がシングル・マザーだったと諭し、自分が村に残ることはアントワーヌへの愛情の証だと正当化する。その時はマリーの方が正常に思えるので、どうしてオルガがそんなにも頑ななのかと戸惑っていると、次の場面でアントワーヌの死体は発見されていないことがわかり、森の中を捜索し続けるオルガの執着や土地を離れることに違和感があることは多少なりとも理解できる流れになっていた。とはいえ、オルガの生き方はアントワーヌの夢を自分の夢として受け継いでいるだけで、必ずしもオルガ自身の人生を生きているとはいえないというマリーの批判はとても強く耳に残る。マリーが現れたことで、シャンとロレンソの母親、オルガ、マリーと3世代にわたる女性の価値観が並んだことになり、マリーからすれば男に支配された人生という意味ではシャンとロレンソの母親もオルガも同じだという視点が有効になってくる。男たちに好き勝手をさせるか、男と協力し合うか。科学的農業の実践や古民家の改修作業にオルガがどれぐらい主体性を持っていたのか。これは観る人それぞれによって印象は異なることだろう。マリーの批判が強く印象に残った僕はオルガの主体性に疑問が残った口だけれど、ストーリー的にはマリーが男に頼らない女だと強く自覚するのではなく、「自分はシングル・マザーでしかない」ことをマイナスと考え、オルガの方が正しかったという結論に落ち着く。そうなんだろうか。家父長制に組み敷かれた女でもなく、シングル・マザーでもなく、男と夢を共有し、村の再開発に意欲を燃やしてきたオルガが唯一の選択肢なのだろうか。このシークエンスはいまだもやもやしている。マリーがオルガに愛想をつかして村から出て行ったとしてもその後のストーリーに大きな変化があるわけでもない。マリーの存在を男に頼らない生き方として温存してもよかったと思うのは僕だけか。自分の信念をマリーに理解してもらえたオルガはやがて森の中でアントワーヌが残した小型カメラを発見する。そこにはシャンとロレンソがアントワーヌを殺した決定的瞬間が写っていると確信したオルガはシャンとロレンソの母親に「お前はひとりぼっちになる」と告げにいく。オルガにはシャンとロレンソではなく、その母親しか見えていない。女の生き方としてオルガはシャンとロレンソの母親が許せないのである。エンディングはシャンとロレンソの母親を見つけたオルガの不敵な笑い。多国籍企業と結びついて家父長制を温存させようとした男たちの母親にリベラルの視点で村を再編し、都会的な価値観によって経済的な再生を目論んだ女が勝利したという笑みである。この笑みに「美しさ」はなかった。ウィラード大尉がカーツ大佐を暗殺した時もこんな笑みは浮かべなかった。

 原題は「野獣」を意味する「AS BESTAS」で、これを『理想郷』という邦題にしたのはなかなかの慧眼だと思う。長野県の村を舞台に似たような図式で話を進めた瀬々敬久監督『天国』と発想は同じである。『理想郷』と『天国』の違いは殺人の実行者がヨーロッパは個人、日本は集団だということぐらい。同じ殺されるにしても助けようとしてくれる人がいるだけ『天国』よりも『理想郷』の方がましだったのかもしれない。

METAMORPHOSE ’23 - ele-king

 伝説のオールナイト野外パーティ。レイヴ・カルチャーの流れをくむ音楽フェス。ギャラクシー2ギャラクシーを筆頭に、これまで数々の名演が残されてきたという、個人的には一度も参加することのかなわなかったメタモルフォーゼが、11年ぶりの復活を果たした。
 静岡県御殿場市の遊RUNパーク玉穂に到着したのは20時半過ぎころ。すでに終了した SOLAR STAGE の入口で受付をすませ、来た道を引き返す。けして都市部では味わえない、自然の闇。

夜の部 LUNAR STAGE の入り口。

 しばらく歩くと、ポール棒がピラミッド型に組まれミラーボールがぶらさがっている。この小粋なゲートをくぐると右手に平地が広がり、先に大きな建造物が見える。雰囲気から推すに、たぶんもとは厩舎だろう。ここが夜の部、LUNAR STAGE の会場だ。なかをのぞくとダブリン出身ベルリン拠点のDJ/プロデューサー、マノ・レ・タフがプレイしている。バキッとしたテクノやダブっぽい曲がつぎつぎと繰りだされている。

外から見た LUNAR STAGE。漏れてくる照明に気持ちが高まる。

 ある程度堪能したのち、ビールをもとめて屋外へ。バーは高台に位置している。厩舎もとい LUNAR STAGE は片側の壁がとり払われているため、上から見下ろすかたちでなかの様子を楽しむことができる。この眺めがまたかなりいい感じなのだ。

バーへといたる坂道。中央奥がステージの建物。右端のラーメン屋に長い列ができている。

 22時前ころになると、ぽつぽつと雨が降りはじめる。ちょうどティミー・レジスフォードの出番ということもあり、坂をくだって屋内に避難。80年代から活動をつづけ、長らくNYのハウス・シーンを牽引してきたシェルターの設立者、今年3度目の来日となるレジスフォードによるアップリフティングなセットは、ざあざあ降りに突入した雨とは裏腹に、この日のピークのはじまりを告げていた。最前列には肩車をして盛り上がるオーディエンスの姿。

 つづいてステージに立ったのはカール・クレイグ。前日は札幌のプレシャス・ホールに出演していたらしい。キャップにタオル、黒いTシャツに赤いストールをまとっている。ダークな雰囲気でDJがスタート。曲をかけつつ、その場でドラム・マシンを叩いて重ねていくスタイルだ。序盤、ムーディマンの “I Can't Kick This Feelin When It Hits” が耳に飛びこんできて、一気にテンションが上がる(なんらかのリミックス・ヴァージョンか、あるいはほかの曲とかけあわせられている)。ソウルフルな曲やダビーなテック・ハウスなどを経て、中盤にはアン・サンダーソンのヴォーカルをフィーチャーしたオクタヴ・ワンのヒット曲 “Black Water” を投下。いちばん昂奮したのは終盤手前、クレイグ自身のヒット曲、ペイパークリップ・ピープル “Throw” が鳴り響いたときだ。あの強烈なドラム・パートにセクシーな男性ヴォーカルがかぶせられている。個人的には、この1時間半が LUNAR STAGE のハイライトだった。

最高にかっこよかったカール・クレイグ。

 むろん、出演者はみな歴史をつくってきた大ヴェテランたち。以降もすばらしい夜が継続していく。1時からはNYのジョー・クラウゼル。頻繁にミュートを駆使するプレイが印象に残る。2時半になるとダレン・エマーソンが登場、会場はぱきっとした音に包まれる。卓の後ろで応援するカール・クレイグ。最後はまさかの “Born Slippy” を投下。あのエコーを爆音で体験できたのは僥倖だった。そのままシームレスに主催者 MAYURI のDJへと移行、ハード寄りのテクノが厩舎を埋めつくす。気がつけば終演の5時。降りしきる雨のなか、大満足の一夜が終わりを迎えた。

 さすがに踊り疲れていたのだろう。前日もクラブに行っていたのが影響したのかもしれない。あくまで仮眠のつもりがぶっ倒れてしまい、気がついたときには午後になっていた。雨はやんでいる。慌てて再度遊RUNパーク玉穂を目指す。ぼくが到着したタイミングでは曇っていたので富士山は見られなかったけれど、芝生と林のバランスが絶妙な広場で、なんとも開放感のある空間だ。後方にはフットボールを楽しんでいる親子の姿。びしょびしょの地面が昨夜の昂奮を思い出させる。

昼の部 SOLAR STAGE で舞台の反対側を眺める。まったり楽しむ家族たちの姿。

 2日目の SOLAR STAGE では新進ロック・バンド、羊文学が演奏していた。宙へと抜けていくギターの残響が心地いい。つづいて登場したのはハイエイタス・カイヨーテのネイ・パーム。ブルージィな弾き語りで、ジミ・ヘンドリックスやプリンスのカヴァーも披露。ふだんそれほど入念にチェックしているとはいえないアーティストと出会えるのはフェスの醍醐味だ。それに、羊文学のような若手かつエレクトロニック・ミュージックの領域外で活動するアクトをブッキングすることは、世代の超越や趣味の横断の点で大いに意義のあることだと思う。

いま人気絶頂の若手バンド、羊文学。エフェクターの効果が開けた空間とみごとにマッチ。

 トリはジェラルド・ミッチェル率いるロス・ヘルマノス。ラテン・ミュージックを咀嚼し、独自のロマンティシズムを打ち立てたデトロイトのテクノ・バンドだ。ファースト・アルバム同様 “Welcome To Los Hermanos”、“The Very Existence”、“In Deeper Presence” の3曲ではじまる流れに、涙をこらえることが難しくなる。中盤の “Queztal” でサレンダーすることを決意。彼らの音楽はもちろんのこと、野外という状況がまたハマりすぎていてとにかく最高だった。最後は “Jaguar” で〆。かくして11年ぶりに開催されたメタモルフォーゼは、盛大な拍手喝采とともに幕を下ろした。

感涙のロス・ヘルマノス。

 後ろ髪を引かれながら、御殿場市をあとにする。晴れていればより一層すばらしい体験ができたのだろうけれど、天に文句をいってもしかたがない。キュレーションも会場もばっちりツボを押さえている。来年以降もまた開催されることをせつに願う。

べらぼうにうまかった焼き鳥屋。また食べたい。

Amnesia Scanner & Lorenzo Senni - ele-king

 2018年に出た『Another Life』は強烈だった。以降も実験的かつコンセプチュアルな電子音楽を送り出しつづけている〈PAN〉のデュオ、ヴィレ・ハイマラとマルッティ・カリアラから成るアムニージャ・スキャナーが初めての来日を果たす。今年出た最新作ではいま話題のNYのアーティスト、フリーカ・テット(OPN最新作収録曲の、あの印象的なMVも手がけていましたね)とコラボしていた彼らだが、今回の東京公演はハイマラとそのテットのコンビで敢行。
 また同時にミラノからネオ・トランスの先駆者、みずからを「レイヴ・シーンの覗き屋」だと称するロレンツォ・センニも来訪、東京と大阪の2か所をめぐる。東京では上記アムニージャ・スキャナーと、大阪ではSoft Couとの共演だ。エレクトロニック・ミュージックの前線に触れるまたとない機会。お見逃しなく。

WWW & WWW X Anniversaries

Local 25 World -FIESTA! 2023-
Amnesia Scanner & Lorenzo Senni

2023/11/17 FRI 18:00 at WWW X
早割 / Early Bird ¥3,900 (+1D) *LTD / 枚数限定
TICKET https://t.livepocket.jp/e/20231117wwwx

LIVE:
Amnesia Scanner [DE/FI / PAN]
Lorenzo Senni [IT / WARP]

+++

4F Exhibition: TBA

curated by ippaida storage / Soya Ito
artwork / painting: Nizika 虹賀
layout: pootee

https://www-shibuya.jp/schedule/017250.php

現代ポップ&レイヴ・アートの伝説2組、ベルリンからAmnesia Scannerを待望の初来日、イタリアからLorenzo Senniを8年ぶりに迎えた世界を巡るサウンド・アドベンチャーLocal Worldが本編25回目となるWWWの周年パーティを開催。

2016年12月渋谷WWWを拠点に始動、本年7年目を迎えるイベント・シリーズ兼ディレクターLocal World本編第25回がベルリンからAmnesia Scannerを待望の初来日、イタリアからLorenzo Senniを8年ぶりに迎えWWWの周年イベントとして開催。

10年代前期の元流通/レーベル業のmelting botからイベント業への変換機に生まれたLocal Worldはクラブとアートにおけるコンテンポラリーな電子音楽のモードを軸に立ち上げ当初の脱構築期(Deconstructed)から始まり、アジアやアフリカを念頭に多種多様なサウンドとリズムのキュレーションしながら世界各国のアーティストを招聘、並行してディレクションを務めるWWWの最深部”WWWβ”を基盤に新しいローカル・シーンを形成する担い手としてコロナ禍では下北沢SPREADを拠点にハイパーポップ期へと突入、都内のクラブにてメディアのAVYSSのイベント制作やアーティストのリリース・パーティのサポート含む断続的な活動を続け、本年からWWWにカムバックを果たす。下記のテキストとフライヤーのアーカイヴ・リンクから本パーティを始め前身のシリーズBONDAID、過去のブッキングやツアー・プロモーターとしての活動リストが確認出来る。

Local 1 World EQUIKNOXX
Local 2 World Chino Amobi
Local 3 World RP Boo
Local 4 World Elysia Crampton
Local 5 World 南蛮渡来 w/ DJ Nigga Fox
Local 6 World Klein
Local 7 World Radd Lounge w/ M.E.S.H.
Local 8 World Pan Daijing
Local 9 World TRAXMAN
Local X World ERRORSMITH & Total Freedom
Local DX World Nídia & Howie Lee
Local X1 World DJ Marfox
Local X2 World 南蛮渡来 w/ coucou chloe & shygirl
Local X3 World Lee Gamble
Local X4 World 南蛮渡来 w/ Machine Girl
Local X5 World Tzusing & Nkisi
Local X6 World Lotic -halloween nuts-
Local X7 World Discwoman
Local X8 World Rian Treanor VS TYO GQOM
Local X9 World Hyperdub 15th
Local XX World Neoplasia3 w/ Yves Tumor
Local XX1 World DJ Sprinkles
Local XX2 World Oli XL
Local XX3 World Pelada
Local XX4 World Piezo & Liyo

Lorenzo Senni Japan Tour 2023

トランスのその先へ!〈Warp〉から最新アルバムをリリースするイタリアの鬼才、現代レイヴ・アートの始祖Lorenzo Senni待望の来日ツアー開催。

11/17 FRI 18:00 at WWW X Tokyo w/ Amnesia Scanner [DE/FI / PAN]
https://t.livepocket.jp/e/20231117wwwx

11/19 SUN 18:00 at CIRCUS Osaka w/ Soft Cou [IT]
https://eplus.jp/sf/detail/3980020001-P0030001

今回のテーマ”FIESTA!”は8年前の2015年11月にLorenzo SenniとInga Copelandを招いてWWWで開催したLocal Worldの前身イベントBONDAIDの記念パーティBONDAID#7 FIESTA!から踏襲し、10年代のエレクトロニック・ミュージックの文脈において最重要な現代ポップ&レイヴ・アートの伝説とも言える2組、ニューヨークのフリーカ・テトを迎えた新形態のオルタナティブ・エレクトロ・デュオAmnesia Scanner(本公演ではフリーカ・テトとヴィレ・ハイマラのみ出演)をベルリンから、トランス系脱構築レイヴの始祖Lorenzo Senniをイタリアから迎えた”祝祭”をコンサートと展示を通して表現する。

またLorenzo Senniは11/19日に大阪公演をCIRCUS OSAKAにて予定、両公演追加アクトの詳細は後日発表となっている。

[プロフィール]


Amnesia Scanner [DE/FI / PAN]

Amnesia Scannerはベルリンを拠点とするフィンランド人デュオ、ヴィレ・ハイマラとマルッティ・カリアラ。2014年に結成されたグループの活動範囲は、作曲、プロデュース、パフォーマンス、そしてクリエイティブな演出と循環に及ぶ。システムの脆弱性、情報過多、感覚過多への深い憧憬を特徴とするAmnesia Scannerは、現在をカーニバル化する。ストリーミング・プラットフォームが主流となり、アーティストとファンの間のフィードバック・チャンネルがより直接的になるにつれて、音楽やライブ・パフォーマンスの聴き方がどのように進化しているかを含め、彼らの作品の中核には、現代の体験がどのように媒介されているかという関心がある。

2014年のミックステープ『AS Live [][][][][]』をベースに、グライム、トラップ、レイヴのデータ・リッチなメッシュと、2015年のオーディオ・プレイ『Angels Rig Hook』で絶賛された機械仕掛けのナレーターを織り交ぜた。その直後には、アーティストのハーム・ヴァン・デン・ドーペルとビル・クーリガス(PANの創設者)とのサイバードローム・オーディオ・ビジュアル・プロジェクト、Lexachastを発表した。純粋なAmnesia Scannerの領域に戻ると、Young Turksの2枚のEP(ASとAS Truth)が2017年に到着し、デュオがますます知られるようになった没入的な環境を、ダークなレイヴ・ツールの研磨されたコレクションに抽出した。Angels Rig Hookの実体のないヴォーカリストは、デュオ初のLP『Another Life』(2018年 PAN)で "オラクル "として姿を変えて戻ってきた。このアルバムは、ポップな曲構成とアヴァンギャルドなEDMをカップリングし、子守唄から過熱したドゥームバトンやニューメタル・ギャバまでスイングする。2021年、Amnesia Scannerはセカンド・フル・アルバム『Tearless』をリリースした。このアルバムは「地球との決別の記録」であり、サウンド的にもメロディ的にも、彼らの特徴であるオーヴァークロック・ポップという作品の幅を広げている。ラリータ、LYZZA、コード・オレンジがアムネシア・スキャナーに加わり、迫り来る崩壊へのボーダレスなサウンドトラックを作曲している。

Amnesia Scannerは、デンマークの大規模なRoskilde FestivalからベルリンのBerghain、ロンドンのSerpentine Galleriesまで、幅広い会場や環境でパフォーマンスを行ってきた。デザインとビジュアル・ディレクションは、PWRとコラボレーションしている。ヴィレ・ハイマラは、独立して、デヴィッド・バーン、FKAツイッグス、ホリー・ハーンドン、アン・イムホフなどのアーティストのために作曲し、プロデュースもしている。Amnesia Scannerでの活動以外にも、マルッティ・カリアラは建築家、文化批評家、クリエイティブ・シンクタンク「ネメシス」の共同設立者でもある。

https://pan.lnk.to/STROBE.RIP

https://www.youtube.com/watch?v=mgbSR7f4K-o&ab_channel=AmnesiaScanner
https://www.youtube.com/watch?v=3MzBSV-_mjQ&ab_channel=AmnesiaScanner
https://www.youtube.com/watch?v=N8mT3-YvmxE&ab_channel=AmnesiaScanner
https://www.youtube.com/watch?v=5CEmVTzmzpw&t=143s


Lorenzo Senni [IT / WARP]

ダンス・ミュージックのメカニズムや動作部分のたゆまぬリサーチャーであり、尊敬されるエクスペリメンタル・レーベルPresto!!!の代表であるこのイタリア人ミュージシャンは、この10年で最もユニークなリリース『Persona』(Warp 2016年)、『Quantum Jelly』(Editions Mego 2012年)、『Superimpositions』(Boomkat Editions 2014年)を手がけている。

2016年にWarpと契約し、EP「Persona」は、デジタル・カルチャーと音楽の分野で最も有名で、最も長く続いている年間賞の1つであるプリ・アーツ・エレクトロニカで名誉ある「Honorary Mention」を受賞した。Pointillistic Trance(点描トランス)」や Rave Voyeurism(窃視レイヴ)という造語で自身のアプローチを表現するロレンツォ・センニは、トランスから脊髄を引き抜き、目の前にぶら下げるサディスティックな科学者のようである。

彼の作品は、90年代のサウンドとレイヴ・カルチャーを見事に解体し、その構成要素を注意深く分析して、まったく異なる文脈で再利用できるようにしたもので、反復と分離を重要なコンセプトとして、多幸感あふれるダンス・ミュージックに見られる”ビルドアップ”のアイデアを出発点として、高揚感はほどほどに、より内省的な作品を作り、暗黙のうちに感情の緊張とドラマを保っている。

Presto!!! レコードの創設者として、DJスティングレイ、フローリアン・ヘッカー、パルミストリー、エヴォルなど、国際的に高く評価されているアーティストのアルバムをリリースしてきた。レコードの創設者として、DJスティングレイ、フローリアン・ヘッカー、パルミストリー、エヴォルなど、国際的に評価の高いアーティストのアルバムをリリース。映画、演劇、映画音楽の作曲も手がけ、ユーリ・アンカラニの受賞作『ダ・ヴィンチ』や『ザ・チャレンジ』のサウンドトラック、ウェイン・マクレガーの『+/- Human』(コンピューター制御のドローンとロイヤル・ナショナル・バレエ団のダンサーによるダンス・パフォーマンス)などがある。また、アメリカの歌手ハウ・トゥ・ドレス・ウェル(How To Dress Well)の音楽も手がけ、テート・モダン(ロンドン)、ポンピドゥー・センター(パリ)、MACBA(バルセロナ)、カサ・ダ・ムジカ(ポルト)、MACBA(バルセロナ)、Auditorium Nazionale Rai(トリノ)、Auditorium Parco della Musica(ローマ)、Zabludowicz Foundation(ロンドン)、ICA(ロンドン)などでLasers & CO2 Cannonsを含む作品を展示し、パフォーマンスを行っている。

https://linktr.ee/lorenzosenni

https://www.youtube.com/watch?v=qNlbN_YZHFY
https://www.youtube.com/watch?v=0UH2tqHTi_M&ab_channel=LorenzoSenni
https://www.youtube.com/watch?v=v_AjXH0xu4A&t=174s&ab_channel=LorenzoSenni
https://www.youtube.com/watch?v=X2Yh8zkC-0g&ab_channel=ka1eidoscopic2

インタビュー@eleking “パンデミックの中心で「音楽を研究したいだけ」と叫ぶ!”
https://www.ele-king.net/interviews/007574

インタビュー@SSENSE “ロレンツォ・センニ:情熱の規律”
https://www.ssense.com/ja-jp/editorial/music-ja/lorenzo-senni-discipline-of-enthusiasm?lang=ja

Japan Vibrations - ele-king

 パリに生まれ東京で育ったDJ、アレックス・フロム・トーキョーがこのたび、日本のエレクトロニック・ダンス・ミュージックに特化したコンピレーション・アルバムをリリースすることを発表した。細野晴臣からはじまり、Silent Poetsや横田進、オキヒデ、Mind DesignやC.T. Scan等々、ジャンルを横断しながら駆け抜ける。(トラックリストをチェックしましょう)この秋の注目の1枚ですね。

 また、このリリースに併せて、11月2日から13日までDJツアーも決定。(11/2 鶴岡 Titty Twister、3日 京都Metro、4日 大阪House Bar Muse、5日は東京で6年振りにGalleryを開催、8日 東京Tree@Aoyama Zero、9日 熊本Mellow Mellow、10日 福岡Sirocco、11日 旭川Bassment。なお、11月1日にはDOMMUNEにて特番も決定しております。

V/A
Alex from Tokyo presents Japan Vibrations Vol.1

world famous
アナログ盤は日本先行で2023年11月01日発売
CDは2023年11月22日発売

トラックリスト:
1. Haruomi Hosono - Ambient Meditation #3
2. Silent Poets - Meaning In The Tone (’95 Space & Oriental)
3. Mind Design - Sun
4. Quadra- Phantom
5. Yasuaki Shimizu - Tamare-Tamare
6. Ryuichi Sakamoto - Tibetan Dance (Version)
7. T.P.O. - Hiroshi's Dub (Tokyo Club Mix)
8. Okihide - Biskatta
9. Mondo Grosso - Vibe PM (Jazzy Mixed Roots) (Remixed by Yoshihiro Okino)
10. Prism - Velvet Nymph
11. C.T. Scan - Cold Sleep (The Door Into Summer)

 Alex From Tokyoが日本で重ねた25年以上の人生における音楽の回想録、第一章!

 『Japan Vibrations Vol.1』で、80年代半ばから90年代半ばまでの日本のエレクトロニック・ダンス・ミュージック・シーンの刺激的な時代に飛び込もう。東京でDJ活動をスタートした音楽の語り部でもあるアレックス・フロム・トーキョーが厳選したコレクションは、シーンを形作った先駆者たちや革新者たちにオマージュを捧げている。
 この秋にリリースされるこのコンピレーションは、日本の現代音楽史における活気に満ちた時期を記録したタイムカプセルとなる。また、その時代を生きた本人からのラヴレターでもある。
 アンビエント、ダウンテンポ、ダブ、ワールド・ビート、ディープ・ハウス、ニュー・ジャズ、テクノにまたがる11曲を新たにリマスター。国際的なサウンドに日本的な要素が融合した、楽園のような時代のクリエイティビティに満ちた創意工夫と、そのエネルギーを共に紹介する。
 シーンのパイオニアである細野晴臣、坂本龍一、清水靖晃、クラブ・カルチャーを形成した藤原ヒロシ、高木完、ススムヨコタ、Silent Poets、Mondo Grosso、Kyoto Jazz Massive、そして新世代アーティストのCMJK(C.T.Scan)、Mind Design、Okihide、Hiroshi Watanabeのヴァイブレーションを体験しょう。このクラブ・シーンの進化をDJセットの進行とともに展開します。

 本作はサウンドエンジニア熊野功氏(PHONON)による高音質なリマスタリングが施され、日高健によるライセンスコーディネート、アルバムアートワークは北原武彦。撮影は藤代冥砂とBeezer、と全員がアレックスと親交の深い友人達が担当。プレスはイタリアのMotherTongue Records。販売流通先はアムステルダムのRush Hour。サポートはCarhartt WIP。
 『Japan Vibrations Vol.1』は、リスナーを日本の伝説的なクラブで繰り広げられるエネルギッシュな夜にタイムスリップさせ、音楽の発見と内省の旅へといざないます。


Alex from Tokyo/アレックス・フロム・トーキョー
(Tokyo Black Star, world famous, Paris)
https://www.soundsfamiliar.it/roster/alex-from-tokyo

 パリ生まれ、東京育ち、現在はパリを拠点とする音楽家、DJ、音楽プロデューサー(Tokyo Black Star)、サウンドデザイナー(omotesound.com)&インタナショナル・コーディネータ。world famousレーベル主宰。
 彼のキャリアは約30年に及び、日本、フランス、ニューヨーク、ベルリンそして現在の拠点であるパリと、世界を股にかけて国際的に活躍中。
 アレックスを、限られた時空や芸術の連続体の中に閉じ込めてしまうのは、とても考えられないことであり、誰がそんなことをするというのだろう。
 4歳の頃から、東京に住んでいたアレックス・プラットは、地球最大の都市の音と光景の中で育つ。1991年9月に生まれ故郷のパリに帰国。当初は大学進学のためだったがパリのアンダーグラウンド・クラブ・シーンに飛び込み、1993年にパリでDj DeepとGregoryとのDJユニット「A Deep Groove」を設立してDJキャリアーをスタート。
 1995年に東京に戻ってきたAlexは、日本を目指した交流あるヨーロッパのレーベル、DJやアーティスト達の橋渡し役として活躍する事となる。Laurent GarnierのレーベルF Communicationsの日本大使になり、ロンドンのレコードショップ/レーベルMr. Bongoの渋谷店及びレーベルDisorientで働き、そしてフランスのYellow ProductionsとBossa Tres Jazz 「When East Meets West」の企画と日本側のコーディネートを行う。同時に東京のレーベルP-Vine, Flavour of Sound、Rush Productions、Flower RecordsやUltra VybeからミックスCDを製作。
 1990年代末にサウンドエンジニアの熊野功とTokyo Black Star名義でオリジナル楽曲やリミックスの制作を開始(2015年に高木健一が正式メンバーとして加入)。ベルリンのトップ・レーベルInnervisionsから2009年にファースト・フル・アルバム「Black Ships」を発表。
 クラブ・シーンを超えて、もうひとつのパッションである音楽デザイナーとしてAlexはインタナショナル・ファッション・ブランド(Y-3, Louis Vuitton, Mini, Li-Ning, wagyumafia)やセレクトされたクライアントのために音楽コンサルティングや制作を提供。2006年9月に日本の河出書房社から出版されたLaurent Garnierの自伝「Electrochoc」の日本語訳を担当。
 DJとしては日本と世界の音を吸収して「ディープ・ハッピー・ファンキー・ポジティブ」なサウンドを共有しています。
 2022年までの2年間ベルギー、ブリュッセルのKioskラジオで隔月に放送されている番組「ta bi bi to」(旅する人達のための音楽)では、世界中のリスナーに多彩な音楽の旅を提供。
 現在では、ベルリンのトップ・ゲイ・パーティCocktail D’Amoreでのレギュラー、そして日本ではDj Nori、Kenji HasegawaとFukubaと共に25年続けているSunday Afternoonパーティ「Gallery」のレジデントを務める。
 2019年にはベルリンからworld famousレーベルを再起動して、2023年の秋には日本のエレクトロニック・ダンスミュージックのコンピレーション企画シリーズ『Japan Vibrations Vol.1』を世界リリース。
 2023年9月1日にリリースされた所属のイタリアのDJエージェンシーSounds Familiar の10周年記念コンピレーション・アルバム『Familiar Sounds Vol.2 』に新曲 "Wa Galaxy "で参加。
 アレックスは、今も絶えることなく、音楽の旅を続けている。

 ゲーム音楽を追ってきた耳にとって、最初に大きなインパクトがあったのはLFOをはじめとするブリープ・ハウスでした。ものすごく音がそぎ落とされているところに、大昔のゲーム音楽や後のチップチューンに繋がるものを感じましたし、当時テクノ・ハウスと呼ばれていたものとも違う新しい波も感じていました。ただそのときはまだ〈Warp〉というレーベルを意識していたわけではなかったんです。

 90年代初頭はクラブ系のテクノの知名度が日本でも高まってきた時期ですが、その頃いわゆるハードコアが中心だったところに、正反対ともいえるアンビエント志向のものが出てきた。正直なところ最初はピンと来なかったんですが、それでも新しさに惹かれて追いかけていくなかで、最初に愛聴したのは〈Apollo〉から出ていたエイフェックス・ツインの『Selected Ambient Works 85-92』(92)だったかな。それを経て『Artificial Intelligence』(92)に辿り着きます。ここでやっと〈Warp〉というレーベルを意識するに至り、そのあとにLFOも同じレーベルだったのかと気づく。「なるほど、まだジャンルとして固まっていないものをいちはやく形にしていくレーベルなんだ」ということがわかってきて、〈Warp〉の先見性が見えてくる感じでしたね。

 93年~94年にかけて有名どころは一通り聴いていたと思います。ザ・ブラック・ドッグやエイフェックス・ツインといった『AI』の軸線上のものはもちろん、ケニー・ラーキンとかリッチー・ホウティンあたりのデトロイト系アーティストのものも好んで聴いていましたね。

 いい意味で想定外というか、予想を遥かに上回るものが出てきたなと感じたのは、特にオウテカ、セイバーズ・オブ・パラダイス、スクエアプッシャー。僕にとってはまさに先見性の塊という感じで、どれも「こういう音楽があっていいんだ」という衝撃がありましたね。オウテカで初めて聴いたのは『Amber』(94)でしたが、より衝撃だったのは大化けした『Tri Repetae』(95)以降。セイバーズ・オブ・パラダイス『Haunted Dancehall』(94)は、僕にトリップホップの醍醐味を教えてくれた大事な1枚です。

 スクエアプッシャーは、やはり『Hard Normal Daddy』のインパクトが大きかった。エレクトロニック・ミュージックとそうじゃないものの境界をこれまでにない感覚で攻めている印象があって、まさに僕にとっての〈Warp〉らしさ、つまり「ジャンルとして固まっていないもの」への貪欲さを感じました。

 〈Warp〉が繰り出してくるような音楽は、おなじエレクトロニック・ミュージックでもゲーム音楽とは相容れないというか、ゲーム音楽でやるには先進的すぎるシロモノという認識で、「こういうものがゲーム音楽にも入ってきたらいいなあ」と思う一方で、「まず入ってこないよね」みたいな感覚でした(笑)。でもゲームの外側でなら、そのふたつを接合できるのではないかというところで、チップチューンに意識が向いていったところもあります。当時はエレクトロニック・ミュージックとチップチューンを接合しうる領域としてエレクトロがあったのですが、そういえば〈Warp〉は一時期エレクトロ方面でも攻めていましたね。LINK、Jake Slazenger、ドレクシアなど。ダンス・ミュージックとしてチップサウンドを開拓することは可能か? ということに当時心を砕いていたので、そのあたりの音源や、〈Rephlex〉や〈Clear〉といったエレクトロのレーベルにより関心が向くようになりました。チープなエレクトロ、たとえばDMXクルーなどは非常に参考になりましたね。あるいはアタリ・ティーンエイジ・ライオット周辺とか、kid606の〈tigerbeat6〉とか。この時代にはハードコア寄りの音とチップチューンの距離が意外と近くて、〈tigerbeat6〉からコモドール64のコンピレーションが出たりしていたんですよ。

 そんな感じで00年代になると〈Warp〉からは耳が遠ざかっていくんですが、それでもプレフューズ73クリス・クラークなどは折に触れて聴いていましたね。なんだかんだで、ちょっと一筋縄ではいかない感じのエレクトロニカが結構好きなんですよ。「え、こんなのも〈Warp〉から出るの?」という意味では、バトルズにも驚かされました。

 2010年代になると〈Warp〉の動向には疎くなるんですが、日本のゲーム音楽のドキュメンタリー『Diggin' in the Carts』(2014)の企画で出演依頼などが来たときに、フライング・ロータスハドソン・モホークといったゲーム/ゲーム・サウンドに影響を受けたエレクトロニック・ミュージシャンがいることを知りました。ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーも、そんな流れのなかで発見したアーティストです。

 既存のジャンルの枠組では表現できないなにかを持っているアーティスト、というのが最初の印象でしたね。そこはとても〈Warp〉らしいなと。2010年代の作品はどれも研ぎ澄まされていますが、個人的にはその前の、アナログ・シンセを主体にしている作品、特に『Rifts』に好きなところが詰まっています。

 彼の音楽を聴いて興味深かったのは、映画なども含め、かなりいろんな音楽・音響のありかたを「体験」として積み重ねてきたひとなのだろうなということです。それら多くの体験のひとつにゲーム・サウンドがあった。ゲーム音楽から直接的な影響を受けているというよりも、ゲームをひとつの音響的な体験として吸収しているのだろうなと感じます。

 彼は以前のインタヴュー(http://monchicon.jugem.jp/?eid=1891)でゲームの音について言及していました。そこで、ゲームの音楽それ自体についてはそれほど面白いとは思わないけれど、映像と音の(ミス)マッチングという面から独特な体験をゲーム音楽は与えてくれると言っています。普段ゲームにどっぷり浸っているわれわれのような人間からすると、すでに慣れてしまっているのでわかりにくい感覚ではあるのですが、たとえば弾幕シューティングの後ろでフュージョンが流れているというのは、よく考えてみると不思議な組み合わせではありますよね。OPNはそのギャップみたいなところも含めて面白いものとして受けとっているそうです。ゲーム音楽産業の内側からはできない形で、ゲームと音楽の関係の楽しみ方を広げてくれるアーティストとして、彼には注目していますね。

 ちなみに、今回の新作では音楽生成AIが使われているようです。ゲーム・サウンドにおけるAIの活用もいままさにスポットライトを浴びつつある領域ですが、実はゲーム音楽とAIの歴史には蓄積があります。古代祐三さんという作曲家がいて、ハドソン・モホークが影響を受けたことを公言している方ですが、彼がメガドライブのゲーム『ベアナックルIII』(1994)──海外で非常に人気のタイトルです──の音楽をつくる際に、早くもAIを利用しているのです。OPNを出発点に、そういった歴史を紐解いてみるのも面白いかもしれませんね。

※当記事は小冊子「ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーとエレクトロニック・ミュージックの現在」に掲載された文章の未発表ロング・ヴァージョンです。

interview with Ed Motta - ele-king

 人間ウーファーとでも言いたくなるようなダイナミックな歌声の巨漢、エヂ・モッタは1971年、ブラジル・リオ生まれ。ブラジルを代表するソウルマン、故チン・マイアの甥にあたり、子どもの頃からソウルやロックを聴いて育った。88年、17歳でファースト・アルバムを発表。ソウル~ファンク系のシンガー・ソングライターとして人気を確立した。
 97年、70~80年代のソウル、ファンクを散りばめた名盤『Manual Prático para Festas, Bailes e Afins Vol.1(パーティー・マニュアル)』が日本でも発売された。2000年代には Mondo Grosso の『MG4』、坂本龍一がジャキス&パウラ・モレレンバウム夫妻とのユニット、Morelenbaum2/Sakamoto でアントニオ・カルロス・ジョビンの名曲をリオで録音した『Casa』にゲスト参加した。
 「俺がブラジル音楽を聴き出したのは1992年以降に過ぎない。でも聴き始めてからレコードをコレクションしまくり、今では全部持ってるぞ(笑)」と豪語。数万枚のレコード・ライブラリーはブルース、ソウル、ロック、ジャズ、映画音楽、クラシック、そしてブラジル音楽など広範囲に及び、日本のジャズ、シティ・ポップのコレクションも豊富だ。
 自身の音楽も2000年代以降、幅を広げてジャズや映画音楽などを取り入れ、2013年のアルバム『AOR』は日本でもヒット。同年の来日公演では山下達郎の「Windy lady」も歌った。
 50代を迎えたエヂ・モッタが10月20日、世界同時リリースした最新作が『Behind The Tea Chronicles』。全曲、エヂが作詞作曲し(歌詞は英語)、リオを中心にデトロイト、プラハでもレコーディングを行なった。彼の音楽の多彩なバックグラウンド、映画に対する愛と知識などを反映した、美食家エヂ・モッタの真髄ここにあり!と言える新作だ。メール・インタヴューで全曲についてコメントしてくれたので、鑑賞の参考にしてほしい。

レコード・コレクターとして、僕はこの数年間、実に多くのことをリサーチしてきた。この趣味は、毎日人生について教えてくれるんだ。

『Behind The Tea Chronicles』からは、R&B/ソウル、ジャズ、ブルース、フィルム・ミュージック、AOR、そしてスティーリー・ダンの音楽など、さまざまな要素が聴き取れる。君が書いた歌詞が映画のストーリーのようであることも含め、フィルム・ミュージックの要素が強いと感じた。コロナ禍で外出できずにいた期間、家で多くの映画を見ていたことの影響がある?

エヂ・モッタ(以下EM):音楽以外にも、僕はティーンの頃からずっと映画に夢中で、80年代後半には名作映画のファンジンを自主制作していたんだ。僕は妻のエヂナ(注:漫画家、イラストレイター)と一緒に、以前は毎晩、映画を2本、見ていた。だから映画は僕にたくさんの情報と感情を与えてくれるし、それは僕の音楽制作に繋がっているよね。レコード・コレクターとして、僕はこの数年間、実に多くのことをリサーチしてきた。この趣味は、毎日人生について教えてくれるんだ。

約3年に及ぶコロナ禍はあなたの音楽、そしてこのアルバムの制作プロセスに何か影響を与えた?

EM:もともと僕は、基本的に自宅にいるんだ。本当にたまにしか外出しないから、僕の生活はそもそもロックダウンのような感じでね。このアルバムのいくつかのパートを録音したスタジオも家の2階にあるし、本、映画、ピアノ、ワイン、僕の大好きなものは全部家の中にあるからね。

アルバムの制作プロセスについて聞きたい。まずベーシックなレコーディングをリオ郊外の自然に囲まれた環境にある、ホシナンチ・レーベルのスタジオで行なった理由は? ちなみにホシナンチ・レーベルは近年、レチエリス・レイチのアルバムなどを通じて日本でも注目されている。

EM:これは実務的な理由でホシナンチ・スタジオは、最近ではブラジルのベストのスタジオなんだ。僕はいつも、どうやったらベストのサウンドが録音できるのかを研究して、彼ら(注:ホシナンチのスタッフ)はオーディオ・マニアで、たくさんのマイクを所持していて、素晴らしい録音機材も揃っている。おかしな話だけど、都会のほうが好きな僕にとって、自然の中で過ごすのは結構おかしな気持ちになるのだけど、それでも良いサウンドで録音したいからね。

ストリングスの録音をプラハのスタジオで、ホーンズの録音をデトロイトで行なった理由と、手応えは?

EM:ミュージシャンがどこを起点に活動しているかってことだね。アメリカのビッグ・バンドの伝統とヨーロッパのクラシック音楽、それぞれのミュージシャンのサウンドから力を借りたかったんだ。

USAで行なったバッキング・ヴォーカルの録音に、ポーレット・マクウイリアムス、フィリップ・イングラムが参加したことが興味深い。彼(彼女)とは録音の前から知人だった? それともカマウ・ケニヤッタの紹介?

EM:私は彼らのことを、彼ら自身のプロジェクトで知ったんだ。ポーレットはたくさんの名作をレコーディングしているし、フィリップの Switch は素晴らしいバンドだよね。カマウはヴォーカルだけでなく、ホーン・セクションも手伝ってくれた。僕は彼らがとても複雑なハーモニーを驚くべき仕事の速さで録音してくれて感動したよ。素晴らしいね! とてつもないよ!

これから、各曲についてコメントしてほしい。まず “Newsroom customers” には、君が書いた歌詞にストーリーがあり、編曲は映画音楽を想像させる。参考にしたものは?

EM:音楽的にはブラジリアン・ミュージックらしいコード・チェンジとパーカッションが目立つ、ソウル・ミュージックとブラジル・ミュージックをブレンドした楽曲だと思っている。ストリングスは、僕が1990年にリリースしたセカンド・アルバムでとても重要な役割を果たしたんだけど、今回もストリングスを録音する機会を得たことが光栄だったし、楽しめたよ。この曲のストーリーは、偉大な作家になる才能を持っていたライターがマフィアとつるみ始めるようになる話だ。この曲でのマフィアは、アート・ビジネス、音楽、映画などのことを描写している。この曲を作るにあたって、僕が好きなふたつの映画、ビリー・ワイルダーの『地獄の英雄(Ace In The Hole)』、アレクサンダー・マッケンドリックの映画『成功の甘き香り(Sweet Smell Of Success)』(注:共に50年代のUSA映画)からも影響を受けていると思うよ。

歌詞がSF的な “Slumberland” の発想は?

EM:“Slumberland” の名前はアニメーション映画の創設者であるウィンザー・マッケイのコミック・ストリップ作品『夢の国のリトル・ニモ(Little Nemo In Slumberland)』から来ているんだ。「彼らはスウィートな妖精のように塔の中でタバコを吸って、毎日繰り返される悲痛な “善意の誇示”」という歌詞に、現実離れしていてシュールな雰囲気が漂っていてね。ミックスを終えたとき、チャールズ・ステップニーやボーンズ・ハウの気持ちになったよ。サンシャイン・ポップだ。

僕が音楽を制作するときに、スティーリー・ダンはいつも側にいるんだ。アレンジやミックスの段階でかなり影響を受けていると思う。

“Safety far” のファンキーなサウンドの参考にしたものは?

EM:ノーマン・コナーズ、スティーヴィー・ワンダー、リオン・ウェアらの、面白いコード・チェンジを使って洗練されたソウル・ミュージック。この曲は既に20万回以上、Spotify でプレイされていて、とても嬉しいね(注:再生回数は2023年10月初頭現在)。

“Gaslighting Nancy” のサウンドは、スティーリー・ダンへのオマージュ? それだけではなく別の音楽の要素もあるように思う。

EM:この曲は、かなりボサノヴァのコード・チェンジを利用しているんだ。特にブリッジでね。アントニオ・カルロス・ジョビン風だよ。でも僕が音楽を制作するときに、スティーリー・ダンはいつも側にいるんだ。アレンジやミックスの段階でかなり影響を受けていると思う。リリックについては、ジョージ・キューカーの映画『ガス燈(Gaslight)』に関係があるね。

ミシェル・リマ(ピアノ他)とふたりだけで録音した “Of Good Strain” が、アルバムの中で効果的だ。日本で言えば “ワビ” “サビ” のような。この曲のコンセプトは?

EM:「wabi」「sabi」という用語を知れて嬉しいよ! そうだね、これはミニマリズムだ。この曲はブロードウェイ・ワルツで、フランク・レッサー、サイ・コールマン、ハリー・ウォーレンといったレジェンドな作曲家たちから影響を受けたよ。曲のストーリーは、手塚治虫のアダルトなグラフィック・ノベルに関連しているかもしれないね。現実的でファンタスティックだ。

“Quatermass has told us” は歌詞もサウンドもSF的だ。この曲のコンセプトは?

EM:『クウェイターマス』は、BBCで最初に放送されたサイエンス・フィクションのテレビ・シリーズで、最終的にはカラー放送で3つの映画が公開されたんだ。アルバムの中で最もファンキーな曲で、いちばん複雑なコード・チェンジが繰り広げられる。僕の中ではジェネシスのアルバム『Wind And Wuthering』と、坂本龍一のコードが偶然、出会ったかのような曲だ。

“Buddy longway” でのエヂ・モッタは、ブルースマン?

EM:そうだよ! 田舎のブルースマンさ。僕はキャリアの最初の頃からブルースマンが大好きでね。サン・ハウス、ブッカ・ホワイト、スキップ・ジェイムスとか。“Buddy longway” は、70年代のフランスのコミックのキャラクターなんだ。

“Shot in the park” も、1本の映画を見ている想いにさせられる曲だ。コンセプトは?

EM:この曲は、不良のボーイフレンドにキャリアを台無しにされた歌手のことを歌った、とてもフィルムノワールな曲だ。音楽的にはドナルド・フェイゲンの『Nightfly』へのラヴ・レターだよ。このアルバムでのブルースの使われ方は本当に見事で、音楽に対する私のヴィジョンを変革させたんだ。

“Deluxe refuge” も映画のような歌詞と曲で、サウンドにはサンバ・ジャズの要素も感じる。この曲のコンセプトは?

EM:タブラを含んだエレクトリック・ジャズ・サンバで、『刑事コロンボ』に登場する宝石窃盗団の物語のように、冒険的なムードで楽曲を盛り上げているよ。

“Tolerance on high street” は “bluesy jazz cinema” な曲だ。コンセプトは?

EM:この曲もブロードウェイから影響を受けた。ホーギー・カーマイケルとハロルド・アーレンは僕のお気に入りの Blue-Jazzy コンポーザーで、ふだんからよく聴いている。彼らのクラシックである “Skylark” や “Blues In The Night” をよく歌っているよ。僕はこの曲に30s~40sのムードを感じるかな。

ピアノを弾きながら歌う “Confrere’s exile” の歌詞が印象的だ。この曲(歌詞)に、どんなメッセージを込めた?

EM:この曲は密度、感情、複雑さが詰まった、アルバムの中でいちばん奥深い曲だね。リリックはたぶん成熟についての僕の詩的なヴィジョンで、このリリックは中性的な雰囲気を作り出すのが狙いだったんだ。

アルバム・タイトル『Behind The Tea Chronicles』について。約10年前、リオの君の家を訪れたとき、君が「ワインのほかに最近、Tea をコレクションしている」と話していたことを覚えている。一口に Tea と言っても、日本の “お茶” を含め世界中にさまざまな種類の Tea があるが、中でも君の好きな Tea は、どの国のどんな Tea?

EM:ヴェージャ・オンライン(注:ブラジルの大手サイト)でお茶とワインについてのコラムを連載していたことがあって、エミリアーノという有名なホテルのために莫大なお茶のリストを作ったこともある。日本のものだと玉露がお気に入りで、eBay で複合されたヤツを見つけたこともある。他には台湾の Oolong High Mountain というお茶が大好きだね。

ブラジルを代表するレコード・コレクターとして、最近はどんな音楽を中心に dig している? 国籍、ジャンルを問わず、思いつくままにあげてほしい。

EM:数え切れないほどたくさん聞くよ。これが最近のベスト10かな。

1) Mariano Tito - Mariano Tito Y Su Orquestra De Jazz (ARGENTINA)
2) Lasse Färnlöf - The Chameleon (SWEDEN)
3) Ion Baciu Jr. - Jazz (ROMENIA)
4) Claudio Cartier - Claudio Cartier (BRASIL)
5) The Galapagos Duck - The Removalists OST (AUSTRALIA)
6) Michel Sardaby - Night Cap (MARTINIQUE)
7) Fernando Tordo - Tocata (PORTUGAL)
8) Pacific Salt - Jazz Canadiana (Canada)
9) Louis Banks - City Life (INDIA)
10) Heikki Sarmanto Sextet - Flowers In The Water (FINLAND)

最後に、日本のジャズ、シティ・ポップについて。最近、知って、気に入ってる音楽家・歌手は?

EM:日本の音楽はいつも僕のスピーカーから鳴ってるね。これがトップ5かな。

1) 鷺巣詩郎 with Something Special - Eyes
2) 松本弘&市川秀男カルテット - Megalopolis
3) 濱田金吾 - Midnight Cruisin'
4) 丸山繁雄 - Yu Yu
5) ゲルニカ - 電離層からの眼差し

- ele-king

(*先入観を植えつける恐れがあるので作品を観る気のある方は先に読まないでください)

 7年前に起きた「相模原障害者施設殺傷事件」を題材にした辺見庸の小説『月』を映画化したもので、実際の事件は津久井やまゆり園の元職員が19人を刺殺し、さらに26人にケガを負わせた大惨劇。犯人についてはかなり多くのことがわかっており、死刑もすでに確定している。被害者の遺族には氏名を公表しない方々もいて、扱いは慎重になるべき事件である。事件からまだ10年も経っていない時点で映画化されるのは日本では異例のことで、その勇気は称えたいものの、やはり時期尚早だったか、桐野夏生原作の『OUT』や角田光代原作の『八日目の蝉』が映像化された時のような想像力の羽を自由に広げる視野やポテンシャルには乏しかった。そうしたマイナスを補うためか、この作品では別な主人公が設定され、宮沢りえ演じる堂島洋子が犯人と近い距離にいて、その変化に呼応していく役割を任されている。そして、これが結果的に犯人よりも堂島洋子に当てる照明の方が量は多く、堂島洋子の物語になり過ぎてしまったきらいがあった。極端なことをいえば堂島洋子に起きる変化は「相模原障害者施設殺傷事件」でなくても成立する話に思えてしまい、相応の必然性に欠けてしまったのである。たとえば東北大震災を扱った映画のなかでは吉田大八監督『美しい星』と瀬々敬久監督『護られなかった者たちへ』が圧倒的に他を引き離していたと僕は思ったけれど、事件に対する主人公の思いを最後の一瞬まで封じ込めていた後者が事件と登場人物の関係を不可分のものと感じさせたのに対し、『月』では事件と主人公の間には距離があり、悲劇の焦点を分散させてしまったと感じられた。「相模原障害者施設殺傷事件」がどれだけの悲劇だったかという強さがいまひとつ伝わってこないのである。繰り返すけれど、事件から10年も経っていない時点で作品化に踏み切った勇気は賞賛に値するし、この作品が重要な問題提起であることは間違いない。

 ひとつの試みとして「相模原障害者施設殺傷事件」を可能な限り脇にどけて、堂島洋子の話として『月』を眺めてみよう。オープニングは堂島洋子が瓦礫に埋もれた電車の線路を歩くシーン。夜なので視界は悪く、どこか幻想的な風景にも見えてくる。場面は変わって堂島洋子が障害者施設に初出勤するシーン。職員に案内されて施設内を歩んでいくと、二階堂ふみ演じる坪内陽子が元気よく挨拶してくる。二階堂ふみが元気な役柄で登場してくると不安しか感じない。そもそも障害者施設で明るく振舞っている時点で不自然だし、坪内陽子がそのうち豹変するのはわかりきったことである。堂島洋子は終始、不安に溺れたような表情で目の前の現実を受け入れようとしている。目の前の現実とは「生きていても意味がない」と感じる毎日のこと。「生きることに意味はない、生きるのは意志だ」とよく言われる。そうなんだろうけれど、「意志がなければ死んでも可」ということなのかというとそうでもない。なかなか「死んでもいいよ」とは言ってもらえないものだし、意志がなくても唐突に「生きろ。」という命令形にはよく出くわす。多くの人には意志よりも意味があった方が生きるのは楽なんじゃないかと思うこともしばしばだし、生きることはしかも、最近では経済活動をすることと同義になっていて、資本家のゲームに強制的に参加させられることでしかなくなっている面も強い。そういう意味では韓国のTVドラマ『イカ・ゲーム』は後期資本主義をうまく戯画した作品であり、ゲームの仕掛け人が何度か繰り返した「強制はしていない」というセリフはあまりにも巧妙である。誰もが金はあった方がいいと考え、自主的に資本主義に参加せざるを得ない構造になっているように、資本主義と縁を切れない堂島洋子が「なにもできない私」は「障害者施設で働くしかない」という結論に至り、彼女は施設内にいる。「ひとりで生きていく辛さ」が異様なほど強調されていることは観ているだけでトラウマになるほどで、その通り「生きていても意味がない」を内面化した存在と外からはそう見えるとされた障害者たちが二段重ねになり、この作品が最初に放つ最初の強いメッセージは「障害者の力になりたいと思っている人たちが実際に障害者に寄り添っているわけではない」ということに尽きると言っていい。はみ出したものにはみ出したものがあてがわれている、という図式がまずは深く印象づけられる。先日、取り上げた『国葬の日』には見事なほど村社会が浮かび上がっていると書いたけれど、このような施設に来た人たちは入居者であれ、職員であれ、誰もが村社会からはぐれた個人であり、その荒涼とした精神性が予感できるからこそ村社会にしがみつく、という構図にも見えてくる。日本社会で個人になってしまうことの恐怖が、この施設に詰め込まれることのように描かれているのだ。

 その後も物語の多くは堂島洋子の自宅で展開される。堂島洋子は小説家で、いまは小説が書けなくなっている。「なにもできない私」という感覚はそのことに由来していて、スーパーのレジや清掃の仕事ではなく、障害者の介護を選んでいるのは「取材」の感覚もあるからだ、と坪内陽子は推察している。それは自分が障害者施設を題材にした小説を書こうと目論んでいるからで、堂島洋子との出会いを坪内陽子は様々な意味でチャンスだと感じている。坪内陽子の家庭の描写がまた凄まじい。親子で言い争う、というより一方的に坪内陽子が親を罵倒する場面は障害者施設で働く職員の心がどれだけ荒んでいるかを端的に表し、これと並行して食卓に並べられた魚の揚げ物が片付けられ、三角コーナーに捨てられているところのアップは社会から排除されたものをくっきりと可視化しているようで、何をか言わんやであった。オダギリジョー演じる夫の堂島昌平も仕事がなく、途中からマンション管理の仕事に就くことになる。堂島昌平も映画作家を志し、夜はストップ・モーションでアニメの撮影に勤しんでいる。ふたりはクリエイター同士で励まし合うこともあり、自分のことしか考えていない、と互いになじり合う場面も差し挟まれる。この辺りのやりとりはさすがに濃すぎて「相模原障害者施設殺傷事件」からどうしても頭が離れてしまう。毎日決まりきった仕事の繰り返しで、この先のことを考えると「生きていても意味がない」と感じてしまう人だったり、特殊な技能を持つ人ではない人を主人公にした方がよかったのではないかと僕は考えてしまう。それに加えて坪内陽子たちを夕食に招いた堂島夫婦は酔っ払い、予想通り豹変した坪内陽子から堂島洋子の偽善的な作風をなじられるなど、見せ場はどんどん堂島洋子の内面に寄っていく。オープニングで堂島洋子が歩いていた線路は東日本大震災によって壊滅した東北の街だったことがわかり、その時の取材をもとにした作品を編集者によって「大衆路線」に変更されたことが堂島洋子の挫折につながったこともわかってくる。

 とはいえ、「なにもできない私」が「障害者施設で働くしかない」という結論に達した理由は、これでかえって曖昧になってしまう。堂島洋子にはもうひとつ生きる意味を失う理由があるので、仮にそこはわかったとしても、そのことと「相模原障害者施設殺傷事件」はあまり関係がない。堂島洋子を演じた宮沢りえは『紙の月』に迫るほどの熱演なのでこんなことは言いたくないけれど、堂島洋子の話をここまで膨らませる必要はやはりいまひとつ感じられなかった。しかも、堂島洋子は施設で働きながらその実態を目にし、残酷な運営方針に疑問を抱き、のちに犯行に及ぶさとくん(磯村勇人)との対話を通じて再び創作意欲を取り戻す。書けなくなった小説家が「相模原障害者施設殺傷事件」ではなく、犯人の考え方に触れたことで再び書けるようになる。そして、事件が起きたことを知る前に新作を書き終える。さとくんの考え方はそれほど強烈だったという意味にしか取れない。つまり、クライマックスはラスト・シーンではなく、さとくんが自分の考えを堂島洋子に話すシーンなのである。そう考えないと辻褄が合わない。ここからは堂島洋子を脇にどけて「相模原障害者施設殺傷事件」に焦点を移動しよう。石井監督は犯人をどう描いたのか。

 結論からいうと堂島洋子の描写にけっこうな時間が割かれているので、犯人がどのように変化していったのかという情報は少ない。断片的でしかなかったために、かえって説得力があったともいえる。堂島洋子が障害者施設で働くようになると、すぐにさとくんとも出会う。さとくんは自分で描いた紙芝居を障害者たちに見せるなど、いってみれば一番熱心に入居者たちと向き合っている。「障害者の力になりたい」と考える人たちが「障害者に寄り添って」いた例が、まさにさとくんだったのである。このようなさとくんを、同僚は疎ましく思っている。同僚たちは何度も同じことを繰り返す障害者の行動にうんざりしていて、障害者をいじめることに躊躇がなくなっている。同僚たちがイラつき、障害者をからかって遊ぶシーンはそれも仕方がないと思わせるほど自然な感じで描かれていた。むしろ、物語の後半、施設の外でさとくんと出会った同僚たちが同じようにやさぐれた雰囲気でさとくんに接するシーンには違和感があり、「施設の外ではあまりにも普通の人たちと変わらない」という演出にした方が、彼らの人格が施設によって捻じ曲げられている感じが出て説得力が増したのではないかと思う。この辺りも惜しかった。堂島洋子が施設の方針に疑問を抱いて所長と対話をする場面で「県の方針だから」というセリフがあるが、この物語に唯一の悪があるとしたら、それは「県の方針」に集約できる方がいいのではないかと僕は思ったのだけれど、「悪」は同僚たちにも分散されて描かれている。そして、さとくんが変わってしまうのは「県の方針」によって個室に閉じ込められていた患者の部屋に初めて踏み込んだことがきっかけとなる。詳細は避ける。これが例として適切だったかどうかを判断する能力は僕にはない。さとくんにとっては手に負えると思って接していた患者たちがそうではなくなってしまった瞬間であり、その時から考え始めたことをやがて堂島洋子に語って聞かせることになっていく。

 (以下、ネタバレ)さとくんの彼女も障害者で、ふたりは手話で会話している。さとくんのモノローグは長く、彼の話に耳を傾けることが「相模原障害者施設殺傷事件」を受け止めることと同義ともなるので、そこはじっくりと観て欲しい場面である。しかし、これを非情にも要約してしまうと、さとくんは自分の彼女のように障害者でも経済活動ができる人間は生きている価値がある。が、施設に入院している患者たちは経済活動ができないので死ぬべきだ、という結論なのである。ここでわざと誤解をしてみよう。小説が書けなくなった堂島洋子は経済活動ができない存在で、さとくんの理屈からいえば死ぬべき人間である。彼の考え方を受けて堂島洋子がもう一度小説を書き始めたということは、堂島洋子が資本主義に復帰することをこの作品はよしとした、ということになる。小説を書いたからすぐに売れるとは限らないかもしれないけれど、それなりの知名度を得た作家という設定なので、最低でも雑誌の掲載料ぐらいは稼げることだろう。しかし、犯人の考え方に同意しないのであれば、「相模原障害者施設殺傷事件」の被害者たちは殺されるべきではなかったと考えるはずだし、堂島洋子も再び小説を書き始めるべきではなかった、と考えた方が筋は通ってしまう。資本主義のゲームに参加しない人たちに生きる余地を与えるという発想がこの作品にはどこにもない。なんというか、そこに光を見出すべきではなかったのではないか、という方向に話が進んでしまった気がしてしょうがない。『夜空はいつでも最高密度の青色だ』では、オリンピックの会場を建設するために集められた労働者たちの弱さをあたかも支えるかのように石井監督は描いていたので、この変化にはどうしても戸惑いを感じてしまう。堂島洋子に向かってさとくんは説明を続ける。死ぬべき人間の数があまりに多いため、自分がこの作業をやり遂げるには衝動だけでは難しい。こつこつと1人ずつ殺すためにはそれなりの体力も必要だと。彼の話し方はとても理性的で、頭がおかしくなっているとは見えないところはかなり説得力があった。まずは思想があり、しかし、どうしてそれを実践するのが彼なのかという説明が抜けていたことを除けば。

 「相模原障害者施設殺傷事件」の被害者たちは殺されるべきではなかったと考えるならば、むしろエンディングの大虐殺は「もう、やめてくれ」と観る人たちが逃げ出したくなるほどリアルにやるべきだった。前半で堂島洋子の苦悩を通して「ひとりで生きていく辛さ」を強く印象づけたのだから、そのような辛さを終わりにすることがカタルシスに感じられてしまう錯覚を覚えるぐらいでもよかったのではないかと僕には思えた。しかし、石井監督は残酷描写を避け、殺害シーンはぶつ切りにされている。最後の最後で、現実は直視できないという感覚で閉ざされてしまう。これならば殺戮のシーンはなくてもよかった。事件を起こす前にさとくんは言動がおかしいと判断され、強制的に措置入院させられる場面がある。そこで終わりとして、あとはテロップで何があったかを伝えるだけでも充分に効果的だったのではないかと思う。三度繰り返すけれど、事件から10年も経っていない時点で作品化に踏み切った勇気は賞賛に値するし、この作品が重要な問題提起であることは間違いない。だからこうして僕も考えている。「相模原障害者施設殺傷事件」について、まだまだ考えることはあるし、むしろ誰の考えもまだ実際の事件には及んでいないことが、この作品からは伝わってくる。(10月13日記)

liQuid × CCCOLLECCTIVE 中野3会場回遊 - ele-king

 「死ぬまで遊ぼう!!!」

 AROW(fka Ken Truth)が最後に放った飾り気のない一言。それを受け彼を抱き締める拳(liQuid)。電池切れ寸前まで走り抜いたふたりの主催者の素の人間くささが表出して、音楽は鳴り止む……そんな実にありふれた幕切れを迎えたこのパーティは、ありふれているからこそ特別な一夜として記憶に焼き付いた。平日も休日も音楽について考えてばかりだと「あー楽しかった」で終われる日も次第に目減りしていってしまうものだけど、この日ばかりは100%の純度で、スカっとした感覚のまま走り切ることができた。まずはそこに純粋な感謝を。

 2021年に旗揚げされ、トレンドの潮流を汲みつつ独特の違和感をブレンドしたオーガナイズを続けるプロモーター・拳(こぶし)によるパーティ・シリーズ〈liQuid〉と、2010年代末にコレクティヴ〈XPEED〉を立ち上げ現行インディ・クラブ・シーンの潮流をいち早く築き上げた立役者・AROWが新たに始動したコミュニティ〈CCCOLLECCTIVE〉初の共同企画としておこなわれたのが、この「中野3会場回遊」だった。なお同日、世間ではTohji率いる〈u-ha〉とコラボレーション開催された「BOILER ROOM TOKYO」やゆるふわギャングによる「JOURNEY RAVE」などのビッグ・パーティが各地で開催されていたが、それらと一見同質のようで全くの異物である、人と人との有機的なつながりに基づく営みであったことも印象深い。

 総計30組以上が知名度やシーンを越境して混ざり合う特異点となったこの日、メインステージのheavysick ZEROではアンビエント~ノイズ~エレクトロニカ~デコンストラクテッド(脱構築)・クラブといった実験性の強い電子音楽や、トランス~ジャングル~ゲットー・テック~レフトフィールド・テクノなどの異質さを備えたクラブ・ミュージック、レゲトンやトラップ、ダブステップなどバウンシーな熱気に下支えされたストリート・ミュージックが2フロアで同時多発的にプレイされ(B1Fではマシン・ライヴも!)、サブ・フロアとなる2022年オープンの小箱・OPENSOURCEと〈Soundgram〉主催DJ・PortaL氏が営むバー・スミスではハウシーなクラブ・マナーを下地にしつつジャンルレスな音楽がスピンされ続けた。

 無論、出演者単位で切り取るべき素晴らしいアクト、素晴らしい瞬間はいくつもあった。国内Webレーベルの筆頭〈Maltine Records〉からのリリースも話題となったDJ・illequalの希少なライヴが見せた激情と繊細さのコントラスト、世界的に活躍しながらも日本のロードサイドの慕情をこよなく愛する電子音楽家・食品まつりa.k.a FOODMANが〈ishinoko 2023〉帰りの足で披露した戦慄の前衛サイケデリック・ドローン(これはかなり怖かった)、かつて2010年代後半にアンダーグラウンド電子音楽シーンを築いたDIYレーベル〈DARK JINJA〉を率いたShine of Ugly Jewelのゴシックなレイヴ・セットなど、副都心エリアの小箱というスケール感を大きく超えたギグが同時多発的に各ヴェニューで繰り広げられていた。知らない人は知らないが、知っている人には垂涎のラインナップ。いま、クラブ――けっしてビッグ・ブランドの支配下にない、人の息遣いがすぐそばに在るインディ・クラブ――を追いかけているすべてのユースは、このタイムテーブルを前に「他会場の様子を覗きに行きたくても行けない!」というアンビヴァレントな悩みに苛まれたことだろう。

 けれど、そういったアーティスト個々の表現にフォーカスするよりは、なんとなく全体を取り巻くムード自体の方にエポックな一時があったように思える。スミスでのオープニングDJをきっかり128BPMで果たしてからはひたすら3拠点を駆けずり回り、フロア・ゾンビとなって朝を迎えた身としては、羽休めに立ち寄ったヴェニューをソフトなサウンドでロックしていた初めて出会うDJの所作や、移動中偶然会った友人と公園で過ごす10分限りのチルタイム、夜明け前の空のあの群青色、フロアの熱狂を尻目に閑散としたバーで頼んだ鍛高譚(ソーダ割り)の味……そうした合間合間に訪れるエア・ポケット的な一時がただ愛おしかった。フロアの内にも外にも色濃くクラブ的な体験が根付いている、そんな極上の遊び場を20代の我々が自力で作り上げた、という実感も含め、忘れられない高揚感に包まれた。

ちなみに、朝7時近くまで続いたパーティの終盤には、前述した複数のイベントから流れてきたユース・クラバーもいつしか合流してきていた。「みんな」というのは実に恣意的な括りであり、現象を俯瞰するには適さない表現だが、そこには最後、たしかに「みんな」がいてくれた。その事実も、ただただ嬉しいことで。

 パーティの開放感はそのままに、各々が隠し持つ美意識がラフな形であけすけに表出してゆくような美しい一幕が、3つの拠点で同時多発的に展開されていく。それは市井の人々の暮らしを切り取って提示する群像劇のように。生活と地続きであり、音楽シーンを未来へと後押しするあらゆるインディペンデントな営みを「ハシゴ」という体験とともに凝縮する、というのがおそらく裏側にあるコンセプトなのだけど……そんな説明も野暮かもしれない。とにかくめちゃくちゃ楽しくて、めちゃくちゃ刺激的だった、みたいな。もう、それに尽きる。最高の夜だった。世のさまざまな不和を打ち破るには、アクチュアルに「死ぬまで遊ぶ」ことと本気で向き合い続けるしかないと改めて痛感した。

 たぶん、なにかを粛々と続けていけば、どこかで別のなにかが生まれて、潮目が変わっていく。そんな絵空事を馬鹿正直に信じて日々を紡ぐ覚悟を無意識のうちに持っている人々が、中野の小箱に(少なく見積もっても)160名以上が集まったというのだから、それは感動的な事実なのではないだろうか?(世代的にはやや外れた年頃の自分ではあるが)我々ユース層が大人たちに「Z」と十把一絡げに括られることへの抵抗感は、やはりこうした場を知らない層への反発から起こるものだろう。だって、そんな括りでは説明できない営みが、この国の各地で日々、ハレでもケでもない夜として確実に存在しているのだから。そう、遊び場に必要なのは純度のみ。いつの時代も人々が追い求めるのはピュアネスだろうと僕は信じている。フロアは暗く、クラブ文化の未来は明るい。

追記:本パーティについて一点だけ文句をつけるとしたら、それはフォトグラファーやビデオグラファーといった記録媒体を操るプロフェッショナル(ないしはプロを超越したアマチュアの才人たち)を迎え入れなかったことにある。本記事の執筆中、自身のカメラロールを見返してもそこにあったのは数本の動画のみで、写真の用意に窮する事態となった(オーガナイザーふたりの笑顔は、iPhoneのスクリーン・ショットで無理やり用意したもの)。

 そこで、InstagramやTwitter(現X)の各地に「なにかフロアの感じが伝わるような写真を送ってください!」と呼びかけてみたものの、寄せられたのはパーティの終わりごろに訪れた青年から送られてきた画素数の粗い1枚のみに留まった。つまり、そう、これは……「ナイス・パーティ」だったことを決定的に証明する事実でもある、ということ! アーカイヴという行為がここまでイージーとなったこの時代に、デバイスの存在を失念させるほどの体験を与えてくれたふたりに改めて謝辞を送る。
 AROW、拳、heavysick ZERO、OPENSOURCE、スミス、そしてすべての来場者と出演陣へ。過去/現在/未来を繋いでくれてありがとう。でも、あくまでここはスタート地点にすぎない。満足してなんかいられない。まだまだゴールしちゃいけない。そうでしょ?

※以下はパーティーと主催コレクティヴについての概要です

liQuid × Cccollective 中野3会場回遊

2023/09/30(sat) 22:00
at heavysick ZERO / OPENSOURCE / スミス

▼heavysick ZERO

B1F

LIVE:
Deep Throat
illequal
Misø
食品まつりa.k.a FOODMAN

DJ:
電気菩薩(teitei×Zoe×DIV⭐)
DJ GOD HATES SHRIMP
Hiroto Katoh
ippaida storage
PortaL
Shine of Ugly Jewel

B2F

AROW
Egomania

KYLE MIKASA
London, Paris
MELEETIME
Rosa
Sonia Lagoon

▼OPEN SOURCE

AI.U
ハナチャンバギー速報
Hue Ray
DJsareo
テンテンコ

▼スミス

かりん©
Hënkį
kasetakumi
kirin
kiyota
mitakatsu
NordOst
shiranaihana

『liQuid』
2021年より東京でプロジェクト開始。オーガナイザー・拳(こぶし)の音楽体験をもとにHIPHOPからElectronicまで幅広く取り込み、ジャンルやシーンに捉われない音楽イベントのあり方を模索している。PUREな音楽体験/感動を届けることに重きを置き、オーバーグラウンドからアンダーグラウンドまで幅広い層の支持を集めている。
Instagram : https://instagram.com/liquid.project_

『CCCOLLECTIVE』
2022年末に始動した〈CCCOLLECTIVE〉は、有機的な繋がりを持ったオープンな共同体を通して参加者に精神の自由をもたらすことを目標として掲げている、自由参加型のクリエイティヴ・プラットフォームである。これまで『Orgs』と題したパーティを下北沢SPREAD、代官山SALOONにて開催。また、2023年8月からは毎月最終水曜日の深夜に新宿SPACEにて同プラットフォーム名を冠したパーティを定期開催中。シーンを牽引するアーティストらを招き、実験と邂逅の場の構築を試みている。
Instagram : https://instagram.com/cccollective22

Christopher Willitst & ILLUHA - ele-king

 サンフランシスコを拠点に活動するクリストファー・ウィリッツが、2023年の来日公演の一環として御茶ノ水RITTOR BASEにて3Dサウンドシステムを使用したライヴコンサートとセミナーを開催します。
 また、スペシャルゲストとして〈12K〉レーベルのメンバー、ILLUHAのライヴもあり。
 ILLUHAはドラマーの山本達久を新メンバーに迎え、9月22日にアルバム『Tobira』をリリースしたばかり、今回は伊達伯欣と山本のデュオによるライヴ。イベントの最後にはウィリッツとILLUHAがギター、生ドラム、エレピによる生演奏を披露。アンビエント・ファンの皆様、ぜひお見逃しなく。
(*ウィリッツのセミナーは日本語の通訳があります)

主催: RITTOR BASE(御茶ノ水)
開催日時:2023年10月29日 (日)
Open 14:45 Start 15:00
https://rittorbase.jp/event/948/

14:45- 開場(チケット番号順の入場になります)
15:00- クリストファー・ウィリッツによるセミナー
15:45- ILLUHA live
16:45- クリストファー・ウィリッツ live
17:45- ウィリッツ+ILLUHA live
(終演予定18:30)
会場参加券:4,950円(学割:3,300円)
オンライン視聴券:3,300円

*会場参加券、オンライン視聴券ともに2023年11月5日23時までアーカイブ視聴が可能です

※なお、:2023年10月31日 (火)京都METROでも、Christopher WillitstとTomoyoshi Dateのライヴがあります。関西の方はこちらもぜひチェックしてくださいね。https://www.metro.ne.jp/schedule/231031/

〈AMBIENT KYOTO 2023〉現地レポート - ele-king

 10月14日正午、ぼくは京都駅から東京方面の新幹線に乗って、余韻に浸っていた。つい先ほどまで、取材者の特権を使い、〈AMBIENT KYOTO〉における「坂本龍一 + 高谷史郎 | async ‒ immersion 2023」をもういちど聴いて観て、感じていたばかりである。京都新聞ビル地下1階の元々は印刷所だったその場所で繰り広げられている、『async』の最新インスタレーションを、ぼくはその前日にも聴き、観て、感じている。音楽も映像も、音響も場所も、すべてが完璧に共鳴し合ったそのインパクトがあまりにも強烈だったので、京都を離れる前にもういちどと、その日の早い時間、午前10時過ぎに同所に行って、「async ‒ immersion 2023」を焼き付けておこうと思ったのである。

 この話をしたら長くなるので、後回しにする。まずは、昨年に続いて〈AMBIENT KYOTO〉が開催されたことを心から喜びたく思う。ぼくは「アンビエント・ミュージック」が大好きだし、そう呼ばれうる音楽をこの先も可能な限り聴き続けるだろう。そして、この「アンビエント」なる言葉が広く普及することを願ってもいる。だから〈AMBIENT KYOTO〉がシリーズ化されたことが、率直な話、いちファンとして嬉しい。
 とはいえ、ぼくが思う「アンビエント」なるものとは、やかましくなく、強制もせず、静寂控え目であることの強度を抽出し、BGMでありながら同時に実験的であるということであって、そこにはひねり(ウィット)を要する。つまり、静寂こそやかましく、変わらないことこそ変化であると。しかしながら今日では、もっと幅広く、場所の雰囲気(の調整のため)に重点を置いたサウンドも「アンビエント」に括られている。だからというわけではないのだろうが、〈AMBIENT KYOTO〉は、今回はサウンド・インスタレーション(音響工作によって、さまざまな空間と場を創出するアートの総称)の領域にまで広げて展示している。それはそれで意味がある。サウンド・アートという創造的分野を広く知ってもらえる機会を用意しているのだから。
 とまれ。そんなわけで、ぼくは10月13日の午後3時、京都駅から展覧会場である京都中央信用金庫を目指して歩いたのだった。
 人混みを避けるため地下道を使って歩いていくと、通路の両側のガラスのなかに〈AMBIENT KYOTO 2023〉のポスターがいくつも設置されていることに気が付く。おお〜これはすごい。わずか1年でここまで市民権を得たのかと、ちょっと感動してしまい、その風景の写真を撮りながら会場へと向かったのだった。

 地下道から出て、通りを挟んで見えるあの古い建築物には、ちゃんと今回のキーヴィジュアルが飾られている。絵になっているじゃないですか。町の風景のなかに溶け込んでいる。

 そして建物に入って、まずは3階のコーネリアスから。


Photo by Satoshi Nagare

 それはもう、コーネリアスらしいというか、コーネリアスそのものというか、ファンタズマの世界というか何というか、いきなり“霧中夢”の、言うなれば、音と光で夢を見るトリップ装置だ。サウンドとライティングがシンクロし、ちゃんとミスト(霧)も噴射される。比喩としていえば、子供も楽しめるエンターテイメントとしても成立してしまっている。




上から、ZAKが新たにミックスした立体音響のバッファロー・ドーター “ET” と “Everything Valley” 。そして山本精一の“Silhouette”。Photo by Satoshi Nagare
 “霧中夢”によってSF的な夢の世界に入ったぼくは、そのまま同階に設置されている、バッファロー・ドーターと山本精一の部屋へ。ふたつの巨大なスクリーンに投影された映像とサウンドが連動し、ここではまた別のエクスペリエンスが待っていた。ぼくはメモ帳に、忘れないようにと、いろんなことを書いてきたのだが、我ながら字が汚くて読めない。バッファロー・ドーターのきらびやかで躍動的なサウンドスケープ(“ET”と“Everything Valley”の2曲)、そして山本精一の、おそらく多くのアンビエント・ファンが思い描くであろうアンビエントの定義に忠実な、つまり川や海のように、遠くで見れば静止状態で、近く見れば変化しているかのような没入感のある映像と音響、今回の展覧会のために作られた“Silhouette”。


Photo by Satoshi Nagare

 とまあ、刺激的な空間をたっぷり堪能したので、3階のラウンジスペースでひと休み。居心地が良いので気を緩めると眠ってしまう。

 ところで今回は、どの作品においても、ZAKの手による高性能の立体音響が効いている。きわめて緻密にこれら音響空間は考慮され、設計されているのだろう。ここには、聴覚的体験におけるあらたな座標がある。その立体音響をとくにわかりやすく体感できるのが、2階に設置されたコーネリアスの“TOO PURE”である。ライヴでもお馴染みのサウンドと映像のシンプルな構成だが、しかしライヴでは味わえない宙を浮遊するサウンドたちによる、心地よい聴覚/視覚体験だ。鳥のさえずりは部屋のなかを旋回し、ギターの音色は森のなかに響いている……そんな感じで、あまりにも気持ちいいので、ぼくはここでもしばらく寝た。


Photo by Satoshi Nagare

 1階の“QUANTUM GHOSTS”も、ZAKの立体音響とコーネリアスとの共作と言える作品だ。部屋に入るとすぐベンチがあるので、ついついそこに座ってしまいそうになるかもしれないが、これは奥に設置された正方形の舞台の上に立って体感するべきもので、またしても目眩のするようなトリップ装置である。思わず踊っている人がいたが、それはある意味正しい反応だといえよう。
 最後に、アート展に行ったらショップに寄ってしまうのが人のサガ。今回もいろんなものがあって見ていて楽しい。しかも、別冊エレキング『アンビエント・ジャパン』号も売られているじゃないありませんか! ぼくは、テリー・ライリーのTシャツと「AMBINET KYOTO」Tシャツを買った(コーネリアス・タオルも迷ったのだけれど、家にいくつもタオルがあるので断念)。

 平日の午後なので空いているのかと思いきや、けっこう人がいた。その日はとくに若い人たちが多かったように思えたが、コーネリアス、バッファロー・ドーター、山本精一という名前に反応した人たちなのだろうか、各作品の解説があるような格式張ったアート展というよりは、喩えるなら、なかばクラブやライヴハウスにいるみたいな開放的な雰囲気があり、ぼくはリラックスして楽しめた。



Photo by Satoshi Nagare

 ざっとこのように、〈AMBIENT KYOTO〉の本拠地における、いわば「時間の外の世界」をおよそ1時間かけて楽しませてもらい、さて、続いては今回のクライマックスといえる京都新聞ビル地下1階を目指して地下鉄に乗る。親切なスタッフの方から7番出口を出るとすぐ入り口だと教えられ、その通りに行くと、ほんとうにすぐ会場だった。

 階段を降りて、地下一階へ。

 そして入口のドアを見つけてなかに入ると、ちょうど運良く、かかっていたのが“andata”だったので、『async』をほぼ最初から聴くことができた。
 会場内は、写真のように、じつに雰囲気のある広いスペースで、横長に、芸術的な意図をもった、素晴らしい映像が映されている。立体音響はここでも効いており、ぼくは遠い昔、タルコフスキーの『サクリファイス』を映画館で観たときのことを思い出した。あの、サウンドと映像で語りかける深淵なる何か。リスナーへの問いかけ。

Photo by Satoshi Nagare

 人の生とは何か、死とは何か、この大きなテーマに(ありきたりの宗教性に陥ることなく)立ち向かったのが『async』の本質だったことを、ぼくは感じざるえなかった。家のスピーカーではわからなかった各曲の繊細な構造的な変化や揺らぎも、ここでは充分感知することができるし、体内に入ってくる。その美しさ、そして重さも、同時に入ってくる。これは『async』に違いないのだが、高谷史郎との共同作品でもあって、そしてこれはもう、この忘れがたい場所でしか体験できないのだ。ぼくを惹きつけて止まない映像は、アルバムに合わせて毎回同じようには反復しない(非同期している)。だから目の前には、そのときだけの音楽と映像のコンビネーションがある。
 この日の夜は、テリー・ライリーのライヴがあったのだけれど、ぼくのなかでは『async』の余韻がまったく消えず、二日酔いのようにずっと残ってしまい、よって翌日もまた冒頭に書いたように同じ場所に来てしまった。敢えて極論めいて言うけれど、「坂本龍一 + 高谷史郎 | async ‒ immersion 2023」のためだけに来ても、〈AMBIENT KYOTO 2023〉には価値はある。いまだにうまく言葉にできないし、楽しむというよりは頭も使う作品であることは間違いないのだけれど、ドイツの美術館でロスコの巨大な原画の前に立ちすくんでしまった経験に近い、何か圧倒的なものに出会ってしまったときの感動を覚えた。もっと長い時間あの場所にいたかったというのが正直な気持ちである。ちなみにぼくが行った2日ともに、来ている人たちの年齢は明らかに高めで、外国人も混ざっていた。

 もちろん、京都中央信用金庫でのドリーミーな体験があったからこそ、ある種の相互作用によって「坂本龍一 + 高谷史郎 | async ‒ immersion 2023」が異なる次元において際だって見えたのだろうし、結局のところ、それぞれが独自の世界を持っていて味わい深く、面白かった。ありがとう、〈AMBIENT KYOTO 2023〉。

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