「AY」と一致するもの

真舟とわ - ele-king

 玉虫色の声を持つ人がいる。ルビンの壺のように、青にも金にも見えるあのドレスのように、出会ったときの空気の匂いやちょっとした生活の変化で、いかようにもリスナーに見せる表情が変わる声。幼さも老成もワンプレートで差し出すような、簡単には解せない声。

 さしづめ真舟とわには、その資質がたっぷりと備わっている。カラッとした童謡と虚空に投げるバラードとの間を行ったり来たりしながら、彼女は気丈に歌う。演劇的ですらある。

 YouTubeやSNSにアップされたライヴ映像をいくつか眺めてみると、カフェの店内から芝生の上まで、じつに様々なシチュエーションで歌っていることがわかるだろう。自身のバンドであるヒュードロドンを連れてライヴハウスで歌うこともあれば、縁側でひとり歌うこともある。そのなかで確かなことは、どんな環境でも埋もれることなく──それは比喩的な意味においても、そして音響的な効果においても──真舟とわの声が際立つことだ。決して張り上げる歌唱法ではないものの、フォーク・シンガーとして屹立している声。青葉市子やmei eharaのように、環境に合わせて連動こそはすれど実存は手元から離さない、そうした気高さに真舟とわはリーチしているようにも聴こえる。

 声が環境に合わせて役割を演じるなら、その創造性を解き放つための土台はできるだけ広い方がよい。そこで真舟は「海」という、これまた多義的な舞台を選び、自身の声が持つポテンシャルを双方向的に高める妙策を放った。カメラ割りもシーン設定も、ここでは全てがあなた次第。『海を抱いて眠る』はコンセプト・アルバムであり、そのコンセプト設定もあなたへと開かれているのだ。

 例えば “Eyes” では《海は目の前にあるのさ/いつも君の瞳が閉じているだけさ》という言葉からはじまる。霧笛のようなホーンとともに伸びやかに歌うと、今度はギターのバッキングとストリングスが追いかけてきて、高揚感を煽りながら同じ文言を繰り返す。ここでの「海」で何を見たのか、真舟は言わない。ただ、意味もなくつま先立ちになってしまうような、そんな微かな胸の高鳴りへと自身が吸い込まれる様だけが、2分半の間に描かれていく。

 続く “海のにおい” でも、真舟は《風、呼ぶその先にある声聞こえる?/耳を澄まして》と問いかける。どうやら私たちの目の前に、重大らしいそれはすでにあるらしい。その個別具体的な姿形についてはやはり明言せず、余白のあるオーケストラル・ポップは安寧へと誘う。言葉であれアレンジであれ、全ての要素が真舟の声が導く可能性に耳を傾けているのだ。幽体コミュニケーションズのpayaと歌う “天使はどこに” では夢を跨ぐように、子どもの笑い声が朗らかな “こんにちは今日” ではまるで地球最後の日が到来しているかのように、世界への感動がただ歌われている。

 さらにトーンを落とした後半では、先ほどまで眺めていたはずの海の底に触れて、心象とシンクロするように歌い継いでいく。だからこそアコースティック・ギターのバッキングとトランペットから始まる “birth” が抜けるように響くのだ。ベイルートが『Gallipoli』で描いたような、記憶の外にある港から漕ぎ出す体験。《新しい声はいつの日もどこかで高らかに笑っている》というのは、“海のにおい” で澄ませた耳を寿ぎ、強烈な生命賛歌として海原を渡っていく。

 『海を抱いて眠る』の特設サイトで、真舟とわは「あなたの海を覗かせてください」と尋ねている。彼女にとっての海は自身が生まれ育ったあたたかな瀬戸内海だったらしいが、他にも様々な海があるはずだ。「きっとそれを覗いてみたら海へのイメージはもちろん、その人の生活や性格生き様さえもほんの少し見えてくるような気がする」真舟はそう考える。『海を抱いて眠る』はその想像力へと最大限開かれた作品だ。もしかしたら、ある人にとって「海」は「海」ですらないかもしれない。間違っちゃいない。あなたがそう感じたなら確実にそうだ、決して飛躍しすぎてはいない。好きな場所へと渡っていく自由がここにはある。

Jane-B - ele-king

 anonymassやYMOのサポート、METAFIVEなどでの活動で知られる音楽家、ゴンドウトモヒコ。最近はゲーム・クリエイターにしてデザイナー、音楽家でもある佐藤理との共作を送り出している彼だけど、そんなゴンドウの「別の時間線を生きてきた人格」だというジェンビー(Jane-B)がアルバムをリリースしている。題して『Things That Don't Quite Stay』。歌モノだ。
 ジェンビーは、「オクラホマ州のどこでもない場所のあいだにいる2人組」とのことで、ゴンドウが生まれたころより家族から呼ばれている愛称でもあるという。なにはともあれ、まずはこちらから聴いてみよう。

https://linkco.re/3DACRFyS?lang=ja

Introduction to P-VINE CLASSICS 50 - ele-king

2026年3月の3枚

Penny Goodwin
Portrait Of A Gemini

Pヴァイン

JazzSoul

https://anywherestore.p-vine.jp/products/plp-8313cb

ミルウォーキーのジャズ・シンガー、ペニー・グッドウィンの人気作。1973年から1974年にかけ録音、プライヴェート・レーベルからのリリースだったため2,000枚しかプレスされなかったという幻の1枚。ギル・スコット・ヘロン “Lady Day & John Coltrane” やマーヴィン・ゲイ “What’s Going On” のカヴァーは必聴。

Naked Artz
Penetration

Pヴァイン

Hip Hop

https://anywherestore.p-vine.jp/products/plp-8307

90年代半ば、『悪名』『続悪名』『Hey! Young World』といったコンピレーションへの参加やシングル/EPのリリースなどにより注目を集めたグループのデビュー・アルバム。メンバーはMili、K-ON、DJ TONK、DJ SAS。心地いいサンプリング・サウンドとMC陣による軽妙な掛け合いがみごとマッチ。RHYMESTERやRAPPAGARIYAなどゲストにも注目だ。

NRQ
Retronym

Pヴァイン

JazzAlternativeFolk

https://anywherestore.p-vine.jp/products/plp-8309

「ニュー・レジデンシャル・クォーターズ」とは新興住宅地のこと。吉田悠樹(二胡)、牧野琢磨(ギター)、服部将典(コントラバス)、中尾勘二(管楽器、ドラム)からバンドが2018年に発表した4作目。ブルーズ、カントリーからジャズ、ラテンまで文字どおりさまざまな音楽を吸収・消化、唯一無二の音楽を響かせる。パンデミック期に名をあげた “在宅ワルツ” も収録。

2026年2月の1枚

Positive Force
Positive Force feat. Denise Vallin

Pヴァイン

SoulAOR

https://anywherestore.p-vine.jp/products/plp-6955cw

ギタリストのスティーヴ・ラッセルを中心に結成された西海岸のバンド、ポジティヴ・フォース。彼らが1983年に残した自主制作盤にして唯一のアルバム、そのクオリティの高さからソウル/AORコレクターたちを魅了しつづけてきた入手困難な1枚が、カラー・ヴァイナルで蘇った。まずは冒頭 “You Told Me You Loved Me” を聴いてみて。

2026年1月の2枚

MS CRU
帝都崩壊

Pヴァイン

Hip Hop

https://p-vine.lnk.to/qAsYHEBB

MSC
MATADOR

Pヴァイン

Hip Hop

https://p-vine.lnk.to/XoBDhVKf

新宿を拠点に活動していたMSCは、KAN(漢 a.k.a. GAMI)、TA-BOO(TABOO1)、PRIMAL、O2、GO a.k.a. G-PRINCEから成るグループ。2000年から活動をはじめ、コンピ『homebrewer's vol.1』への参加などを経て徐々に注目を集めていき、2002年にMS CRU名義でファーストEP「帝都崩壊」を発表。勢いそのままに翌年、満を持してのファースト・アルバム『MATADOR』(2003)が放たれる。彼らのダークなサウンドと生々しいリリックは、「構造改革」に沸く当時の日本の裏、ストリートというもうひとつの風景を浮かび上がらせていた。

2025年12月の1枚

キング・ギドラ
空からの力:30周年記念エディション

Pヴァイン

Hip Hop

https://p-vine.lnk.to/ii7WKV

「P-VINE CLASSICS 50」第1弾として12月にリリースされたのが、2025年にリリース30周年を迎えたキング・ギドラ『空からの力』の特別エディションだ。Kダブシャイン、Zeebra、DJ OASISからなるトリオのこのデビュー・アルバムは、日本語の押韻(ライミング)の可能性を大きく広げた1枚。重量盤LPとカセットテープの2フォーマットがすでに発売中、配信もされているので、チェックしておきたい。

Vol.5:弥生˚⟡˖ ࣪ ひとりごつ✌️ - ele-king

Hello Hello! hey hey! heykazmaですッ!!
みなさんいかがお過ごしでしょうか?

今回はひとりごとと音楽の紹介とか書いていこうと思いますヨ. • ̟ ⊹. ˖
そんなわけでね、ついこないだ仙台から上京して一年経ちました〜!
この一年を思い返してみたんですけど、3月に上京して、4月に今の運営メンバーに出会って、半年もしないうちにこの連載のお話をもらったりと、東京に来てから本当に嬉しい出来事ばかりでした。

その一方で、これからもDJを続けていくためにはもっとこうしないとな〜とか、ここは反省だな〜とか思うことも多々あったンゴ。まだまだやれることがいっぱいあるし、もっと己かまして、活動を楽しく続けていけたらいいなと思っていますょぉぉ!✧ *・゚.

最近は友達とご飯に行く余裕もまた出てきて、なかむらみなみ校長とFellsius教授とUtaeち、蕗といっしょに渋谷にバーニャカウダ食べに行ったりねっっ。
楽しい時間ってかけがえないよ、まじで!偶然揃った奇跡のメンツなんです。
あとは野菜からしか得られないパワー‼️ってまじで絶対あるよね、そういう学びがあった日!要するに超美味しかったって意味。


まあそんな感じで(どういう感じかな❔わロタ)、最近聴いてる音楽たちをみなさまにシェアハピしますよぉ〜ん。⁠:゚⭑⁠:⁠。

小松成彰 / 子供たちへ

https://ultravybe.lnk.to/ttc
私の企画にも出演してくださってる(いつもありがとう)仲良し魔女・小松成彰氏の、先月リリースされた新曲でございます˚*.✩
小松氏のギターと歌は本当に人の心に大きな力を与えてくれるし、勇気をくれる音だなと思います。エネルギーでしかないんですよ。とてもストレートな構成なんだけど、気づいたらぐっと引き込まれてしまうというか、その場の空気をスムーズに変える力がある。本当にすごい表現者だなといつも感じます。
本物ってすごいな、と改めて思わされた。ほんとこの人から目が離せない。でも光ってて眩しい。ほんとずるいよ!₊˚✩彡

lIlI / ʌnˈhɪndʒd! (feat. Usnow)

https://linkco.re/cfYPy7rH
lIlIちゃん!あっしの推し!まじ神!天才˚⟡˖ ࣪
1年ぶりのシングルリリース、非常にありがたすぎるし、本当に待ってましたという気持ちでしかないよーーーー• ⊹ * . ⋆ ̟ .
lIlIちゃんの書く歌詞ってまじ半端じゃなくて、毎回ちゃんと心に寄り添ってくれる感じがすごい。無理に励ますわけでもなくて、でもちゃんと隣にいてくれるみたいな言葉で、本当にありがたい存在だなと思う。聴くたびに、ああ分かってくれてる人いるなって思える。トラックもすごくかっこよくて、音の鳴り方が本当に気持ちいいし、とてもフロア映えしそう♪ まじで⎳ℴ♡⎷ ℯ

yuuri / Live at Första (2026/03/06)

https://soundcloud.com/6mhtscoknngw/live-at-foersta-2026-03-06
先日仙台でDJをしたときに、MACHINE LIVEで共演してたyuuri氏のLive音源!
東北大学のオーディオ研究部としても活動しているyuuri a.k.a para氏ですが、最近ではBandcampで音源集も積極的にリリースしていて、私もここ最近かなりの頻度でDJでプレイしております。あと音楽だけじゃなくて人柄も最高!
他にも仙台のCLUB SHAFTで「exp」というパーティーもDJのrikuto氏(彼のプレイも超最高)とオーガナイズされています。次回は4/4にCOMPUMAさんをゲストにブッキングして開催するらしいですので、お近くの皆様はぜひに⋆⭒˚。⋆

以上、おすすめシェアハピコーナーでした♡

ていうかさ、MACHINE LIVEっていいですよねーーー。
私もずっとやりたいな!!と思っていて、ちょっとずつ機材揃えてるんだけど、結果全然動けていませんわ。
2026年中に動きたいなと思っている!というかここに書いちゃったので動くしかないかもしれん ^ ^ 頑張る!
てことで急にお知らせ!!
5/3に私が主催のパーティー「yuu.ten」と、青山のライヴハウス・月見ル君想フとのコラボパーティー『もぎゅるんぱ!』を開催することになりました⟡₊˚⊹♡
かなり気合い入ってます!!!!ばちばち楽しい日です!!!!
詳細は4/1に解禁予定ですので、皆様超絶ご期待くださいな!
絶対に来てください!ほんとに!お願いします!

あとねそうそう、
先日NTS Radioのfoodmanのmonthly枠にてDJ mixを提供させていただきました࣪⊹

2月にリリースしたEP「15」の世界観を広げたアッパーなmixに仕上がっています⊹܀˙
前半30分がfoodmanっち、後半30分が私のmixになっておりますので、絶対絶対要チェックでお願いします!!!

最後に!!!
ここ最近の世の中まじしんどすぎワロタ(真顔)状態ですが、ニュースを見てても本当に笑えないことばかりで、なんというか、ちゃんと怒ったり、ちゃんと考えたりしないといけないなって思うことが前よりすごく増えました。移民や難民の排除、マイノリティの権利の否定、戦争や暴力が当たり前みたいに進んでいく空気を見ていると、無関係ではいられないなと強く感じます。

融解日記 vol.3でもこの話には触れたりしましたが、もともとダンスミュージックって、異なる文化や背景を持った人たちが交わる場所から生まれてきた音楽だし、だからこそ「排除とか差別とかとは真逆のところにあるもの」だと思っています。

自分が現場に立ったり、音楽を流したり、企画をやったりするのも、小さいことかもしれないけど、その空気をちゃんと守りたいからなんだろうなと最近すごく思う。

上京して一年、嬉しいこともたくさんあったけど、その分ちゃんと自分がどうやって続けていくのかも考えさせられた一年でした。これからも己かまして、でもひとりじゃなくて、連帯しながら、もっと動いていきます!☆≡。゚.

というわけで、またどこかでお会いしましょう₊♪‧˚* またね!Love Foreverだょ〜!

3月のジャズ - ele-king

 シャバカ・ハッチングスは2022年の『Afrikan Culture』以来、シャバカ名義となるソロ・アルバムをリリースしてきている。『Afrikan Culture』と次作の『Perceive Its Beauty, Acknowledge Its Grace』(2024年)では、これまでのメイン楽器だったサックスではなくクラリネットやフルート、さらに尺八や南米のケーナ、アフリカのムビラなどを用い、原初的で素朴な音色を生み出していた。ドラムやパーカッションなどほかのプレイヤーもプリミティヴでミニマルな演奏を心掛け、静穏として瞑想的な作品となっていく。特にカルロス・ニーニョ、ブランディ・ヤンガー、ミゲル・アットウッド・ファーガソン、エスペランザ・スポールディング、フローティング・ポインツアンドレ・3000らが参加した『Perceive Its Beauty, Acknowledge Its Grace』に顕著だが、アフリカ音楽由来のスピリチュアル・ジャズとアンビエントの狭間をさまようような作品と位置づけられるだろう。この間、彼はサンズ・オブ・ケメットコメット・イズ・カミングなどほかのプロジェクトを解散、ないしは休止し、自身のソロ活動にフォーカスしてきた。2023年末からサックスの演奏を止めたシャバカは、その間にいろいろな楽器をマスターし、またエレクトロニクスを交えたプロダクションやミキシング面も充実させ、それが『Perceive Its Beauty, Acknowledge Its Grace』へと繋がった。『Afrikan Culture』と『Perceive Its Beauty, Acknowledge Its Grace』は、いろいろな道筋をたどってきた中でのシャバカの到達点だったと言える。

Shabaka
Of The Earth

Shabaka

 『Perceive Its Beauty, Acknowledge Its Grace』から2年ぶりの新作『Of The Earth』は、過去2作をリリースした〈インパルス〉を離れ、自身で設立した〈シャバカ・レコーズ.〉からのリリースとなる。レコード会社からの制約は受けずに全く自由な立場で制作を行い、作曲、演奏、プロダクション、ミックスとすべてひとりで完結している。『Perceive Its Beauty, Acknowledge Its Grace』で共演したアンドレ・3000から、恐れや気負いなく誠実に新たな次元を探求していく姿勢に刺激を受け、またシャバカが初めて買ったCDというディアンジェロの『Brown Sugar』(1995年)から、セルフ・プロデュース/セルフ・パフォーマンスによるアルバムが内包するエモーショナルな可能性に触発され、『Of The Earth』は作られた。ツアー移動中にポータブル機材で制作されたビートやループが楽曲の基盤となり、フルートのほかに久しぶりとなるサックス演奏も解禁している。南アフリカからイギリスに渡って活動したジャズ・ドラマーのルイス・モホロが2025年6月に亡くなり、彼のグループでも演奏してきたシャバカはその追悼コンサートに参加し、そこでおよそ2年ぶりにサックスを演奏した。過去2年間はフルートを中心にサックスを封印してきたが、それは彼が音楽を演奏する上でサックスであることの必然性を見出すことがなくなり、逆にほかの楽器への興味が深まったからだそうだが、そうした2年間を経て再びサックスの可能性に出会い、『Of The Earth』は作られた。

 アンビエントでプリミティヴな印象が強かった過去2作に比べ、『Of The Earth』はサンズ・オブ・ケメットやコメット・イズ・カミングなどのプロダクションで見られたリズムやビート面でのアプローチが強くなっている印象だ。代表が “Dance In Praise” や “Marwa The Mountain” で、ビート・ミュージック、ダブステップ、フットワークなどを咀嚼したリズム・トラックが用いられており、それとサックスやフルート、クラリネットなどが交わるトライバルなサウンドとなっている。シャバカがクウェイク・ベースらと組んでいた1000・キングスあたりに近いサウンドと言えよう。また、“Go Astray” では自身でラップをし、後期資本主義社会のシステムに支配された世界と向き合う力強いリリックを披露するなど、いままでになかったシャバカの新たな一面を発見できる作品だ。


Greg Foat & Sokratis Votskos with The Giorgos Pappas Trio
Impressions of Samos

Blue Crystal

 ここ数年来、さまざまなアーティストとのコラボ作品をリリースするピアニストのグレッグ・フォート。2025年はモーゼス・ボイド、ジハード・ダルウィッシュ、フォレスト・ロウなどロンドンのアーティストとのセッションが続いたが、新作『Impressions of Samos』ではギリシャのアーティストとの共演となる。ソクラテス・ヴォツコスはマルチ・リード奏者で、以前もグレッグ・フォートとの共演作がある。その2024年作の『Live at Villa Maximus, Mykonos』はギリシャのミコノス島でのライヴ録音で、ソクラテス・ヴォツコスはクラリネットとフルートを演奏していた。一方、エーゲ海のサモス島での印象をもとにした『Impressions of Samos』では、ソクラテスはアルメニア由来の民族木管楽器であるドゥドゥクを演奏する。そして、ふたりをサポートするジョルゴス・パパス・トリオは、中東から北アフリカにかけての古来の弦楽器であるウードをフィーチャーする。このように『Impressions of Samos』は、エーゲ海を中心に、ヨーロッパ、中東、北アフリカ、アジアの文化が交錯するギリシャを音楽で表現した作品である。

 “The Golden Jackals Of Samoa” でのドゥドゥクはスコットランドのバグパイプを連想させる音色で、ウードはインドのシタールを連想させる音色である。こうした民族楽器は昔からジャズの世界ではいろいろと用いられ、特にモーダル・ジャズの分野では非常に大きな役割を果たしてきた。“The Golden Jackals Of Samoa” はそうしたモーダルなテイストの異色のジャズ・ファンクで、かつてのイタリア映画のサントラやライブラリーなどに近い雰囲気を持つ。“Liberta” はモード・ジャズ、スピリチュアル・ジャズ、ジャズ・ファンクの狭間を往来するような作品で、それぞれの魅力をうまく引き出して結びつけるところがグレッグ・フォートらしいところだ。“Karsilamas” や “Eikosiefta” はアラビアや北アフリカの音楽の要素に彩られ、前者ではそれをジャズ・ファンクと結びつけてエキゾティックなグルーヴを生み、後者ではディープなスピリチュアル・ジャズへと昇華している。


Mark de Clive-Lowe, Andrea Lombardini, Tommaso Cappellato
Dreamweavers II

Mother Tongue

 マーク・ド・クライヴ・ローはロサンゼルスのジャズ・シーンだけでなく、世界のいろいろな国のミュージシャンとセッションをおこなっていて、日本人ミュージシャンと組んだローニン・アーケストラなどがある。ドラマーのトマーソ・カッペラートなどイタリア出身のミュージシャンともたびたびセッションを行っていて、2020年にはトマーソ・カッペラート、ベーシストのアンドレア・ロンバルディーニと組んで『Dreamweavers』をリリースしている。このアルバムを作った当時はローニン・アーケストラでの活動時期と重なっていたこともあり、ミュート・ビートなどで活動してきたこだま和文へのオマージュとおぼしき “Kodama Shade” や、自身のソロ作でも演奏してきた “Mizugaki” (奥秩父の瑞牆山がモチーフと目される)、高野山真言宗の那谷寺からイメージしたと思われる “Natadera Spirit Walk” など、半分日本人の血をひく彼ならではの和のモチーフが表われていた。そうした和のモチーフをジャズやフュージョン・サウンドにうまく融合させるのがマーク・ド・クライヴ・ローの真骨頂でもある。

 今度その『Dreamweavers』の第2弾が6年ぶりにリリースされた。今回も “Kaze No Michi” や “Sakura Fubuki” といった日本語のタイトル曲がある。ただし、和をモチーフにすると言っても、マーク・ド・クライヴ・ローはあくまで彼が日本の文化から受けるインスピレーションを音楽として表現するのであって、安易に和楽器を用いたり、日本の民謡の音階を取り入れるといった手法に出てはいない。“Kaze No Michi” は疾走感に満ちたスピリチュアル・ジャズで、イメージ的にはロニー・リストン・スミスあたりが近いだろう。極めてダンサブルなジャズでもあり、日本のクラブ・ジャズ・シーンとも交流のある彼らしいサウンドだ。“Terra De Luz” は彼が多大な影響を受けたアジムスへのオマージュと言える作品。このトマーソ・カッペラート、アンドレア・ロンバルディーニとのトリオ自体がアジムスそのものと言うべきプロジェクトであり、アジムスが黄金時代を迎えた1970年代から1980年代にかけての雰囲気に満ちている。J・ディラのカヴァーとなる “Raise It Up”、かつてのウェスト・ロンドン時代の盟友である故フィル・アッシャーに捧げた彼のカヴァー曲 “The Bass That Don’t Stop” ほか、ジャズとともにクラブ・カルチャーを通過したマーク・ド・クライヴ・ローらしいアルバムとなっている。“Back Channels” や “Lucid Dreams” もブロークンビーツを通過したダンサブルなジャズと言えよう。


Asher Gamedze
A Semblance: Of Return

Northern Spy

 アッシャー・ガメゼは南アフリカのケープタウンを拠点とするジャズ・ドラマーで、シカゴのジャズ・シーンとも交流があって、これまで〈インターナショナル・アンセム〉からもいろいろ作品をリリースしている。2020年頃からアルバムをリリースしているが、アート・アンサンブル・オブ・シカゴのようなアフロ・ポリリズミックなフリー・ジャズ、スピリチュアル・ジャズが特徴で、2024年の『Constitution』は黒人の意識開放運動と結びついた革命思想を内包する作品だった。このときはブラック・ラングスという南アフリカのミュージシャンから成るグループを率いていたが、彼は作品ごとにグループを作っていて、今回の新作『Of Return』はア・センブランスというグループを率いてのものとなる。とは言っても、メンバーはブラック・ラングスのときと被るミュージシャンもいて、日頃から一緒に演奏しているケープタウンのミュージシャンとのセッションとなる。

 『Of Return』は南アフリカにおける汎アフリカ主義と黒人意識に根ざし、地域や政治理念などを超えた連帯を訴える作品となっている。作品の随所にアパルトヘイト抵抗運動の活動家スティーヴ・ビコの演説からとられたワードが用いられ、2025年にオランダの音楽フェスにアッシャー・ガメゼがゲスト・キュレーターとして出演した際、用意した政治的ステートメントらアルバム・タイトルが名づけられた。“Distractions” はラスト・ポエッツ調の歌というかナレーションが盛り込まれ、サウンド的には『On The Corner』(1972年)の頃のマイルス・デイヴィスを彷彿とさせる。『On The Corner』はスライ・ストーンとの交流からファンクを導入したアルバムとして知られるが、“Of The Fire” はさらにファンク度が増す。ファンカデリック的なナンバーであり、サン・ラーの “Space Is The Place” にも通じるような作品だ。アフロ・フューチャリズムを通してアッシャー・ガメゼとジョージ・クリントンやサン・ラーが繋がっていることを伺わせる。ポリリズミックで混沌としたジャズ・ファンク “War” では、シンセを用いて変調させたサウンドが印象的。こうした音を使った遊び的なところもサン・ラーと通じるところがある。

ISSUGI - ele-king

 ISSUGIが2022年にリリースした9枚目『366247』。そのデラックス盤が完全限定プレスのアナログ盤でリリースされることになった。デラックス盤には、デジタルのみで配信されていた“366247 Remix ft JJJ”が追加収録される。
 また、これに合わせ、ISSUGI & GRADIS NICEによる『Day’N’Nite 2』のアナログ盤も数量限定でリプレスが決定している。合わせてチェックしておきたい。

ISSUGIの2022年リリース作『366247』へ"366247 Remix" ft JJJを新たに収録したデラックス・エディションが完全限定プレスのアナログ盤でリリース! また、即完売していたISSUGI & GRADIS NICE『Day’N’Nite 2』のリプレスも決定!

東京Dogear RecordsをRepresentするラッパー、ISSUGIが2022年にリリースした9thアルバム『366247』。完全限定プレスでリリースされたアナログ盤は早々完売して入手困難な状況が続いていたが、デジタル限定でリリースされた"366247 Remix" ft JJJを新たに収録した『366247 (Deluxe Edition)』として完全限定プレスのアナログ盤が待望のリリース。
また、同時に2024年にDogear RecordsよりリリースされたISSUGI & GRADIS NICEのジョイントアルバム第二弾『Day’N’Nite 2』のアナログ盤も数量限定でリプレス決定。こちらも昨年リリースされ、早々完売して入手困難になっておりリプレスが待たれてたタイトルなだけに待望のリリースと言えるはず。

「366247 (Deluxe Edition)」概要
アーティスト:ISSUGI
タイトル:366247 (Deluxe Edition)
レーベル:P-VINE, Inc. / Dogear Records
仕様:LP (完全限定プレス)
発売日:2026年6月24日(水)
品番:PLP-8351
定価:4,950円(税抜4,500円)
*「366247」Stream/Download/Purchase:
https://p-vine.lnk.to/hBxqgO
*P-VINE SHOPにて予約受付中!
https://anywherestore.p-vine.jp/products/plp-8351

*ISSUGI - 366247 Remix ft JJJ / prod DJ SCRATCH NICE (Official Video)
https://www.youtube.com/watch?v=l-gi2XmuzbU

*ISSUGI - from Scratch / prod DJ SCRATCH NICE (Official Video)
https://www.youtube.com/watch?v=FP-HIFVLieA

トラックリスト
SIDE A
1. Dime
 prod DJ SCRATCH NICE 
 Scratch by DJ SCRATCH NICE
2. G.U.R.U. ft Mr.PUG
 prod DJ SCRATCH NICE
 Scratch by DJ SHOE
3. April ft Eujin KAWI, KID FRESINO, BES
 prod DJ SCRATCH NICE
4. from Scratch
 prod DJ SCRATCH NICE
5. Game Changer
 prod DJ SCRATCH NICE
SIDE B
1. Rare ft VANY
 prod DJ SCRATCH NICE 
 Scratch by DJ SCRATCH NICE, DJ K-FLASH
2. Real ft SPARTA
 prod DJ SCRATCH NICE
3. Perfect blunts
 prod 16FLIP
4. Ethology ft stz, 仙人掌
 prod DJ SCRATCH NICE
5. 366247 Remix ft JJJ
 prod DJ SCRATCH NICE
6. End roll
 prod Daworld

『Day'N'Nite 2』情報
アーティスト:ISSUGI & GRADIS NICE
タイトル:Day'N'Nite 2
レーベル:Dogear Records
仕様:LP(完全限定プレス)
発売日:2026年6月24日(水)
品番:DERLP-077
定価:4,620円(税抜4,200円)
*Stream/Download:
https://linkco.re/qcG8uVT6
*P-VINE SHOPにて予約受付中!
https://anywherestore.p-vine.jp/products/derlp-077

トラックリスト
SIDE A
1. BK Suede 
2. YingYang ft. Epic,Eujin 
3. Step My Game Up ft. Sadajyo
4. I Am… 
5. Me & My Musik ft. JJJ 
6. XL  
SIDE B
1. Ichi ft. Sparta 
2. Janomichi ft. 5lack 
3. Da Two ft. 仙人掌 
4. Chef Banga ft. BES 
5. Wizards ft. 5lack 
6. Day’N’Nite 2  

butaji - ele-king

 日に日に不安が増していく。ここで暮らしていくということは、いつからこんなにも恐ろしいことだっただろう。それはずいぶん前から始まっていたことだったと言われたら、たしかにそうかもしれない……が、最近は生活のより近いところにまで不安がやって来ているという感覚が膨らんでいる。ニュースを見れば終わらないどころか新たな戦争の報せや、何の安心も用意しない政治、どんどん排他的になる大衆の声……同性の外国人と生活をしている自分は朝ごはんを食べながらふと、こんな生活は簡単に吹き飛んでしまうのだという考えで頭のなかがいっぱいになってしまう。

あなたが眠るまで 近くにいるよ
どんな辛い時間も どんな遠い未来も
いまだけ この瞬間は 忘れていられるように
(“In Silence”)

 butajiの4作めとなる『Thoughts of You』には、さまざまな暮らしの風景がさまざまな音で描かれている。本作についてまず言えるのは、前作『RIGHT TIME』と同様に多くのミュージシャンを招き入れることで、さらに音楽的な広がりが生まれていることだろう。もともと同時代のオルタナティヴR&Bとの共振を日本のインディ・ポップとして示していたbutajiだが、ここに来て明らかに多様なプロダクションに自身の歌を委ねようとしている。キーパーソンとしては“In Silence”と“Lost Souls”のプロデュースに参加した岡田拓郎、“so far”のアレンジの篠田ミル、“Isolated blues”のMETなどがいるが、それぞれbutajiの歌を芯とした上でベース・ミュージックやダブ、R&Bといった要素を織りこんでみせる。butajiは自分の楽曲をつねに「ポップス」であると表明してきたが、そこでは当然のように多様なサウンドが行き交うのだ。
 そのような楽曲のレンジで示されるのは、現代の街で生きる人びとの暮らしの多様さだ。butajiは強い声と言葉を持ったシンガーソングライターだが、その歌においては不思議と、本人の考えやエモーションをそのままダイレクトに反映しているというのとは少し違うように感じられる。たとえば本作の中でももっともドラマティックなメロディが聴けるバラード“Birthday”は同性婚についての歌であるという。それはもちろん、みずからクィアであることをオープンにしているbutaji個人の想いを乗せたものであることは間違いない。が、それが「特別じゃない/当たり前のおめでとう/繰り返そう」と歌われるとき、文字通り「特別じゃない」愛の歌として立ち上がる。そうしたものが折り重なって『Thoughts of You』が……「あなたへの想い」が多層的なものとして響いているのだ。ダブの要素がある本作でももっとも冒険的な一曲“Lost Souls”では、孤独な魂たちの出会いがbutajiの官能的な歌で讃えられ、それが香田悠真が手がけた濃密なストリングス・アレンジに受け止められる。魂はつねに複数形だ。

 butajiの歌の多くはラヴ・ソングだが、それは「あなたとわたし」「きみとぼく」に閉じたものではない。それどころか、象徴的な言葉としてそこには「社会」という言葉がしばしば現れる。代表曲“中央線”では「急げ 急げ/社会が変わる 世界が変わる」と高らかに宣言していたし、本作の場合は“Birhthday”で「私たちを取り巻く社会から/離れて暮らしたつもりでいた」と告げられるが、これは愛の歌が社会と無関係でいられないことを示すものだろう。クィアにとってはなおさらだ。「LGBTブーム」と言われた時期から10年が過ぎるが、肝心の「社会」は何が変わったのだろう? 僕は答えに詰まってしまう。
 だから『Thoughts of You』は、「社会」が良いほうに変わっているとは思えない日本のなかで、それでも遍在するささやかな愛をかき集めるようなアルバムであるように僕には思える。ともに暮らすひとの抑うつを見守る“In Silence”にはじまり、おそらく凄惨な事件を回想しているのだろうと思われる“so far”と、本作には平凡な暮らしがいつ壊れてしまうかわからない不安や恐怖が底にあり、しかし、だからこそ他者と生活を続けていく覚悟のようなものが宿っている。それは社会のなかに生きるということでもある。
 アルバムは“remission”であっけらかんと明るいトーンで終わっていく。「完全に無くならなくても/段々と良くなっていくから」――これは本作の制作の時期に発声障害を経験したbutaji個人の実感がこもったものだそうだが、それはもちろん、さまよう魂ひとつひとつに届けられる言葉でもあるだろう。いや、それは歌だ。それがポップスであるからこそ、不安と愛の両方を抱えながら暮らしを続けていくことを、butajiの音楽は懸命に支えるようなのだ。

Interview with Tomoro Taguchi - ele-king

『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』 

監督:田口トモロヲ
原作:地引雄一『ストリート・キングダム』
脚本:宮藤官九郎
音楽:大友良英
出演:峯田和伸 若葉⻯也
吉岡里帆 仲野太賀 間宮祥太朗 中島セナ
大森南朋 中村獅童

公開日: 3月27日(金) TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
企画製作・配給:ハピネットファントム・スタジオ
クレジット:©2026映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』製作委員会
公式サイト:https://happinet-phantom.com/streetkingdom
公式XInstagram:@streetkingdomjp

 忘れられた歴史に光を当てることは、疑いようもなく素晴らしい。しかしそこには、不可避的に「フェアになれない」という代償がともなう。とりわけ熱狂的なシーンを扱う場合はなおさらだ。およそ2時間という映画の枠組みで、過ぎ去った日々のすべてを網羅することなど、論理的に考えて不可能だからである。
 シーンは一枚岩ではなく、10人いれば10人の解釈があり、当事者の思いも千差万別だ。映画として歴史を編む以上、どこかに焦点を絞らざるを得ず、必然的にこぼれ落ちる場面や、当事者から見て違和感のある解釈も生まれるだろう。そうしたリスクを引き受けてなお、作品を世に問うこと自体に大きな覚悟と意義がある。
 ついでながら、もうひとつ書いておきたいことは、小さいものほど大きいという逆説。そのレトリックはオリジナル・パンクの武器でもあったわけだが(未来はないという未来、面白くないという面白さ、etc)、まあ、それをここでは深追いしない。ただ、言わねばならないのは、演奏技術の高さ、洗練の度合いが音楽作品の強度また魅力を決定するとは限らないということ、近年の日本におけるシティポップおよびYMOのブーム、これら人気の大衆文化と時を同じにする日本のアンダーグラウンドで起きていた、パンク以降の小さなこのシーンが無価値ではなかったんだと、いま、あらためて問うことに意義がないとは思えない、ということなのだ。
 ワイアーという英国のパンク・バンドの1977年の曲にはこんな歌詞がある。「ただ見てるだけじゃダメだ、時間は過ぎていく。飛び込んで、その手で掴み取れ」。そして実のところ、みんなが飛び込んでしまった。レコードの売れた枚数は当時のメジャーと比べたら微々たるものだったろう。だとしても、リスナーを単なる消費者から「未熟であっても自ら表現する参加者」へと変貌させた影響力において、このシーンは圧倒的だった。日本のパンクには英国のような政治性がないと評されることもあるけれど、権威からは望まれていない行動を逆流的に展開すること自体、政治的アクションと言えやしないかと。
 ヴァルター・ベンヤミンは、歴史が常に「勝者の視点」で語られ、敗者の記憶が消し去られることを批判した。商業的な勝敗が、文化的な価値を決めるわけではない。つまり言いたいのは、人生の本質は勝ち負けではない、ということではない。これは勝ち負けで計ろうとする価値観を強制する権威への抵抗であって、すなわち歴史に埋もれた者たちの記憶を救い出すこと。その試みこそが、芸術が少数のエリートから大衆の手へと渡り、切実なメッセージを運ぶ手段へと変容した証左なのである。

 それにしても、本当によくやってくれました。1970年代末から80年代初頭、英米のパンクに触発された日本のシーン。その代表的な断片のひとつである「東京ロッカーズ」を題材にした『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』において、田口トモロヲ監督はこのシーンの魅力をあぶり出すことに成功している。映画に描かれたひとコマひとコマには意味があるし、そこにはメッセージを伝えるナラティヴが宿っている。そしてそれは、いまの音楽文化が失いつつあるものかもしれない。ひとりでも多くの人がこの映画を観て、日本にもこんなシーンがあったのだと知ってほしい。そう願うのは、決してぼくの個人的な時代愛(パトリオティズム)だけが理由ではないのである(と思います)。
 国際舞台では、ことにエレキング周辺のアーティストたちからは、『鉄男』(塚本晋也監督)における驚異的な演技で多くのファンを持つ才人、『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』の監督を務めた田口トモロヲに話を聞いた。

自分だけができるようなテーマの映画を監督したいなと思っていて、「これだ!」と思ったんですね。『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』は自分しか撮らないし、撮れないだろうと思いました。

いま(2月25日)、松山晋也さんといっしょに、まさにその時代の日本のパンク/ニューウェイヴの特集号を作っている真っ直中なんです。それは、今回の映画のことを考えずに、数年前からふたりで企画していたものなんですが、嬉しいことに、映画『ストリート・キングダム』の内容とも重なりました。映画に関係しているところで言うと、地引(雄一)さんと小嶋さちほ(チホ)さんにインタヴューしていまして、〈フジヤマ〉の渡辺(正)さんにも取材しました。

田口:渡辺さんたち、よくインタヴューを。

映画のなかで、唯一、唐突に現代になるのが、三茶の〈フジヤマ〉の場面でしたね(笑)。あのシーンも良かったです。ぼくは映画自体、とても楽しく観させていただいたのですが、まずは、今回の企画をやられた契機というか、モチベーションといいますか、お気持ちの部分を聞かせてください。

田口:原作になった地引(雄一)さんの『ストリート・キングダム』を読んだときに、とてもワクワクしたんです。ぼくにとって、あれはジャストなドキュメントだったんです。読み物としてもほんとうに楽しく読めて、「ああもう、この人たちのこと大好きだった」という思いを掘り起こされまして。
それでふと考えると、日本のロック・フェスが盛んになって、いまでは何万人とか集まる状況になっているのに、この人たち(東京ロッカーズの時代のシーン)のことがまったく語られていないと。まさに、若い人たちは知らないんじゃないかと思いまして。フェスであったりとか、ライヴハウスの使い方であったりとか、そういう(現在に通じる)システムの開拓者たちなのに、その人たちの名前がネットを見ても出てくることがないんです。
ちょうど2015年だったと思うんですけれども、前の監督作品(『ピース オブ ケイク』)が終わったあとに、次は、自分にしか撮れない、自分だけができるようなテーマの映画を監督したいなと思っていて、「これだ!」と思ったんです。『ストリート・キングダム』は自分しか撮らないし、撮れないだろうと思いました。それで、地引さんは知り合いだったので直で電話しました。ですから、今年公開で11年目になっちゃうんですけれども、もう10年前ですね。

『ストリート・キングダム』の初版は1986年にミュージック・マガジン社から出たじゃないですか。で、2008年にDVD付きで増補版が出ました。どちらを読まれたんですか?

田口:DVD付きの増補版ですね。

ぼくもそうです。あの時代のあのシーンは、いろんな人たちが関わっていて、東京だけではないし、たとえば関西は関西で素晴らしいシーンがありましたよね。地引さんの『ストリート・キングダム』は、あくまでも地引雄一さんといういち個人のレンズを通してみたシーンなわけで、まあ、地引さんはたいへんフェアな方なので、本のなかではたくさんのバンド、たくさんのアーティスト、レーベルを紹介されているんですけど、やはり、どうしても全体を見せることはできないし、フェアになりきれない部分もあると思います。そのリスクの部分はどういうふうにお考えになりましたか?

田口:最初の構想では、出てくるバンドとか、出演する人物とかももっと多かったんですよ。でもそれだと収集がつかない。だから、作者である地引さん、映画のなかではユーイチという主人公になりますから、ユーイチ目線に絞ることによって見えてくる風景も絞られていく、そういう形にしました。まあ、映画化するにあたっては、絞らざるを得ないっていうのが現実です。
当初の予定では、人物にしてもバンドにしてももっと多かったんですよ。でも、それをテスト的に読んでもらったりしたら、全然わからないっていう意見が多かったんです。登場人物が多すぎるし、どこに焦点を当てて読んだらいいかわからないっていうふうに言われましてね、そこから試行錯誤しながら、泣く泣く、絞っていったっていう経緯がありました。

いや、そこは仕方ないです。ドキュメンタリーではないので、そうせざるを得ないですよね。しかも、こうした熱狂的なシーンを題材にした場合、当事者だった人のなかには、「いや、それは違うんじゃないか」と言う人だっているだろうと、そういうリスクも想定されていたと思うんですよね。だから、勇気も要したプロジェクトだったんじゃないのかなって思うんですけど、いかがでしょうか?

田口:たしかに、ぼくはもう、その人たちの背中を見てバンドをはじめた世代ですから、いわばみんなレジェンドなので、(間違ったことをやってはいけないという)そういう緊張はありました。けれども、このシーンを忘れている人たちに伝える、その媒体としてやっぱり自分ができるのは映画だなと思っていたんです。自分もその人たちのファンだったわけだから、熱烈なファンとして、自分のやり方で発表することに関して迷いはなかったですね。

なるほど。ちなみに、田口さんが日本のなかのこうしたパンク/ニューウェイヴのシーンを最初に知ったのは、だいたいいつぐらいのことで、きっかけは誰だったんですか?

田口:最初は、東京ロッカーズのアルバム(1979年の『東京ROCKERS』)でしょうか。あれが出たとき真っ先に買いました。それ以前にも、『NO NEW YORK』というアルバムが出ていたので、世界同時多発的にそういったパンク/ニューウェーブのオムニバス・アルバムがいろんなところで出るんだ、っていう面白さと衝撃、そこからです。

そのときはおいくつだったんですか? 

田口:まだ学生でした。20歳ぐらい。

ぼくは静岡という地方都市の高校生でした。日本にパンクのシーンがあるということが嬉しくかったし、絶対に聴いてやろうと、で、『東京ROCKERS』の1曲目、フリクションの“せなかのコード”を聴いた瞬間、なんてかっこいいんだろう!って。田口さんは、ライヴハウスには行かれてましたか?

田口:はい、行ってましたね。でも東京ロッカーズは間に合わなかったんですよ。その後の、個別にいろんなバンドのライヴは観ていました。

とくに好きだったバンドはなんでしょう?

田口:いやー、どうでしたかね。いろんなことを好きになっていく過程の時期だったし、シーンひっくるめて好きだったので。古い既成概念を壊して、新しいシーンを作ろうとしているバンド自体が。この映画のなかでいうと、江戸アケミさんですかね。じゃがたらのアケミさんからは圧倒的に影響を受けました。アケミさんの詞が刺さったし、行動も。

ガガーリンやばちかぶりの印象で言わせていただくと、やっぱり、じゃがたらとスターリンっていうのが大きかったんじゃないのかっていうふうに、勝手に想像するんですけど。

田口:スターリンはすでに、ある意味、スターダムに乗ったレジェンドだったので。ただ、じゃがたらの初期であったりとか、あと同世代で言ったら、マスターベーションとか、あぶらだこ、ハナタラシですか。そういう同世代の人たちと、ちょっと大げさに言うと競い合いながら、では自分たちにはどういう表現ができるのかっていうことは意識していました。ただ、(スターリンのような)上の世代には、もう、かなわないっていう風には思ってました。

とはいえ、田口さんには、ステージ上での数々の過激なパフォーマンス、伝説があるじゃないですか。スターリンや江戸アケミさんみたいな方々の、ある一線を越えていいのか悪いのかみたいな、ギリギリのところでやられた表現っていう、ああいったものを真面目に継承していらっしゃったというか、そんな風に思っていたのですが。

田口:そういう大げさな感じではないですけれども、なにか前衛的なことをやってもいいんだっていうのはありました。ただ、彼らの世代はそういうことがシリアスなんですよね。学生運動も通過しているし、政治の季節も経験している。自分は、あそこまでシリアスになれないっていうことで、じゃあ、自分たちにはどういう独自性があるのかって考えたときに、ユーモアという武器をまとって表現しようと、っていうことですかね。
同時期にジョン・ウォーターズの映画『ピンク・フラミンゴ』を字幕抜きで観ているんです。その強烈なブラック・ユーモアとでたらめさ、それにも衝撃を受けました。そういった自分が影響を受けたいろいろなものが渾然一体になって、バンド活動であったりとか、アングラ演劇活動といったものに出していった感じでしたね。

田口トモロヲさんは、上杉清文さんの発見の会みたいな、日本の70年代から連綿と続いているアンダーグラウンド文化も継承されている。ヒカシューの巻上公一さんも寺山修司/東京キッドブラザースから来ていますが、そういう風に、まぶしい文化が見えなくしてしまっている、日本の面白い文化を受け継がれながら、21世紀の現代で、ちゃんとそれをこういう大きな舞台でも表現活動していることが、ほんとうに尊敬するというか、素晴らしいと思います。

田口:ありがとうございます。

田口トモロヲさんという文化のハブからいろんなところに行けますよね。で、なんどもしつこくて申し訳ないのですが、田口さんのなかでスターリン(劇中名、解剖室)とじゃがたら(劇中名、ごくつぶし)をどう捉えているのでしょうか? いや、映画のなかで、リザード(劇中名、TOKAGE)、フリクション(劇中名、軋轢)、ゼルダ(劇中名、ロボットメイア)以外のバンドで、大きな意味を持つのが、このふたつのバンドだったので……。

田口:スターリンのミチロウさんは『宝島』とかでバンバン特集とか組まれていて、当時はもう大スターだったんです。でも、学生時代、北千住にあった甚六屋というライヴハウスに友部正人さんを観に行ったときに、前座でミチロウさんが出ていたんですよ。ひとりで、フォークで、“電動こけし”っていう曲を歌っていたんです。まだパンクになる前です。

それは貴重ですね! 自閉体?

田口:自閉体の前です。フォーク・シンガーだったころの、だから、パンクをやる前です。「電動こけし」っていうワードも強烈でした。友部さんにではなく、どちらかというと三上寛さんに近い、そういうワード・センスがすごく印象に残っていますね。
それから何年か経って、ぼくが官能劇画を生業として描くようになったとき、ある劇画誌にミチロウさんがエッセイを書いていたんです。そこで「いまはパンクだ。自閉体っていうバンドを作った」と言ってるんです。それを読んで、「これってあのときの人じゃない?」と思っていました。パンクという引き金を見つけて、フォークじゃなくバンド、パンクという表現方法に変わっていったんだっていうのを読んで、それはわかるなあって思いました。パンクって……何をやったらいいかわからない人、若い人たちにいろんなヒントと引き金を与えてくれた音楽であり、各自のリアルを考えさせる音でした。

あのシーンを、ありものの映像を編集したドキュメンタリー作品ではなく、俳優たちが演じるひとつの物語(フィクション)として制作されました。たとえばイギリスでは、そういう映画、『シド・アンド・ナンシー』とか『24アワー・パーティ・ピープル』とか、アメリカでも、俳優が演じるボブ・ディランの映画とかドアーズの映画とか、いろいろあるんですけど、なぜか日本にはなかったんですよ。この点でも、『ストリート・キングダム』は風穴をあけるであろう作品になったと思いますけど。

田口:まあ、たいへんでした。そういうの(海外のように実名を使った映画)ができたらいいなっていう希望は持っていましたけれども、ここまでたいへんだとは思わなかった。友人たちが観てくれて、純粋に質問として「なんで実名でできないの?」っていうふうに聞かれますけど、できなかったんだよと(笑)。

なぜ、モモヨではなくモモなのか? と。

田口:海外のそういう音楽映画と制作状況が違う。たとえば『ボヘミアン・ラプソディ』みたいに、映画の内容に対しても、実人物が意見も言えるという契約もあるらしいじゃないですか。(映画を)観てここはダメだとか、脚本にも口を出せるとか、今回は、作っているときに、頭のなかで思い描いていたことが、どんどん変化して。現実問題として、ここはどうすれば成立するのか、というふうに学んでいくプロセスでもありました。

設定が現実とは違うところもあるじゃないですか。例をひとつ挙げれば、小嶋さちほ(チホ)さんのご実家は印刷屋ではない、でも、映画では印刷屋さんになっています。そのあたりは、宮藤官九郎さんの意見もあったりとか、あえて現実に即さなくてもいいのではないか、みたいな感じだったんですか?

田口:できる限りのことは真実の物語として再生はさせましたけれども、物語として、ドラマとして立ち上げないと映画化には難しいところもあって、最終的にああいう形になりました。そこは、地引さんとも話して、いろいろ意見をいただきました。

でも、あの映画で伝えたいことっていうのは、そういうディテールではないわけですから。重要なディテールっていうのは、もちろんあるんですけれども、おっしゃることわかります。

田口:映画作りは、実現するまで制作状況や現実との戦いなんですよね。海外の映画ではできているのに、どうして? みたいに言われたりもしますけれども。これが限界とは言わないまでも、自分がいまできる範囲でのベストな形の作品にはできたと思っています。
いまはクラウドファンディングとかもありますからね。お金を出してくれる人たちが多大にいて作っていくっていうことも、これから先は可能になっていくでしょうね。それはたぶん、どんな仕事をやっていても、日本の環境っていうか、音楽雑誌をやられていても、その大変さを感じると思うんですけど、それが映画制作においてのリアルなんです。

映画はもっと規模が大きいですからね。ここでは言えないような困難もたくさんあったと思います。本当によくあそこまでちゃんとしっかりと完成させていただいて、ぼくが言うのもなんですけど、ありがとうございます!

田口:いやいや、とんでもないです。

もう、何年も前ですが、この企画の話は地引さんから直接聞かされていたんです。で、じゃがたらの関係者だった大平ソーリさん。

田口:はい。

ソーリさんからもこの企画のことを聞かされていて、「アケミが重要なところで出るらしいんだけど、どうなんだろうね?」って。ぼくも「どうなんでしょうね?」って。

田口:不安しかないですよね(笑)。

売れる売れないとかではなくて、自分たち、自分自身を売らないっていうことがまだ通用した時代だと思うんですよね。いまはもう喪失しているかもしれないし、そこのスピリットは確実に描きたいなと思っていました。

で(笑)、試写に行ったんですけど、とても感動しましてね、地引さんに「良かったです」とメールして、大平さんにも、「ぜひ観てください」ってメールしたんです。その感動的な場面のひとつに、じゃがたらの“もうがまんできない”をみんなで歌うシーンがありますよね。あのミュージカル仕立ての場面には、どんな意図があったんですか?

田口:あれは、もう、ぼくのわがままですね。制作が終わりのほうにいくにしたがって、もうひとつ、映画的な表現ができないかなと考えていたんです。そこで、自分が大好きな曲を。“もうがまんできない”は、アケミさん、じゃがたらの曲のなかでも変わった曲なんです。

はい、最高の曲のひとつですよね。

田口:「もうがまんできない」という歌詞はいっさい出てこない、「心の持ちよう」で厳しい世のなかにコミットしていくっていう曲で、これはいまにも通じるなと思いました。だから、後半に主人公たちがあれを歌うことによって、映画全体のメッセージを印象的にして、映画自体を強度にできると思ったんです。

あの場面も良かったんですけど、ぼくがこの映画でいちばん感動したのは、主人公のモモが悩むじゃないですか。売れる音楽を周りからは要求される。でも、売れる音楽を作ることが正しいのかと、彼はつねに反発する。あれは売れる音楽への反発ではなく、売れるか売れないかでしか作品を計ろうとしない考え方に対する反発ですよね。だとしたらモモはまったく正しい。あれは現代への大きなメッセージになっていると思いました。モモが悩み、反発するシーン、あの映画のなかではすごく重要な場面ですよね?

田口:そうですね。目撃者であるユーイチとモモとの対話。ユーイチが気軽に言った言葉すらも、モモにとっては、すごく真剣に、お前までそんなこと言うんだっていう。そこには、それぞれの事情と感情があるわけです。友情で同じ方向を向いているはずなんだけれども、些細なことの価値観が違う。しかも、そのことに関してはお互い譲れないっていう部分を描きたかったんです。そういう人たちだったと思うんですよ。妥協なく理想を追うあの世代の人たちは。

あの場面からもうひとつ引き出せるのは、損得勘定ではない価値観っていうのがあるとうことだと思います。東京ロッカーズの人たちにしても、当時のあのシーンのど真ん中にいたどんなバンドも、10万枚とか20万枚とか、ヒットを飛ばした人なんてほとんどいないわけですよ。だから商業的には失敗だった。でも、まさに、田口さんが言われたような、あそこからはじまったライヴハウスの文化があって、こんなにも状況を変革するような、価値ある革命を起こした。あるいは、楽器を弾けない素人が、好きなように好きな音楽をやっていいんだっていう、生き方の可能性だって切り開いていったわけで、やっぱりすごく大きなことをしたんですよ。だから、最後にリザードの“宣戦布告”のカヴァーが流れたとき、思わず涙腺が緩んでしまって……。

田口:曲名が “宣戦布告” ですから。

峯田和伸のあの清々しい歌い方がまた良いんですよ。もっていかれてしまいましたね、あのエンディングには。

田口:売れる売れないとかではなくて、自分たち、自分自身を売らないっていうことがまだ通用した時代だと思うんですよね。いまはもう喪失しているかもしれないし、そこのスピリットは確実に描きたいなと思っていました。

ぼくが行った試写会は、二回目か三回目でしたが、満席で、その後もずっと試写会が満席だったと聞いています。人気俳優が揃っているというのもあるんでしょうけど、やっぱ、この時代に、多くの人が求めているものあの映画にはあるんじゃないかと思います。すでに多くのリアクションをもらっていると思いますが、いまのところ、いかがですか?

田口:思っていたよりすごく良い反応で、ほっとしています。今回は、地引さんという尊敬する原作者がいますし、ぼくにとってはすごい人たちを、好きな俳優さんたちにやってもらった。そこは全部ぼくが責任を取るからねと、現場でも俳優さんに言いました。まあ、公開されるのはこれからですから。お金を払って観てくださるお客さんがどう感じるかっていうのは楽しみであり、もうドキドキです(笑)。

※映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』は、3月27日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開。地引雄一『ストリート・キングダム 最終版 東京ロッカーズと80’sインディーズ・シーン』は3月27日、SLOGANから刊行。松山晋也・監修『別冊エレキング:J-PUNK / NEW WAVE——革命の記憶』は3月31日、ele-king booksから刊行。


 以下、蛇足(思い出とおさらい)。
 リザードが静岡にやって来たのは、ぼくが高校二年生のときだった。人生で初めて体験したパンク・バンドのライヴである。会場は「サーカス・タウン」という、山下達郎の作品名から取られたステージもない小さなライヴハウス。(そこは、その3年後、16歳だった石野卓球の「人生」がデビューを飾る場所でもある)
 さて、客はわずか10人ちょっと。その全員が15歳から17歳といったところ。いっしょにその場にいた市原健太(現在は静岡の古書店「水曜文庫」を営んでいる)の記憶によれば、出番前のモモヨは脇に雑誌『ユリイカ』を挟んでいたという。ジョン・サヴェージがとある講演で「ギャラガーよ、パンクは本を読んだのだよ」と語った通りだ。
 50人も入れば満員の空間で繰り広げられた演奏は、荒々しいガレージ・パンクそのものだったと記憶している。作品化されたどの音源よりも、ぼくのなかではあの夜の演奏がベストだ。入場料はたしかドリンク代込みの1200円ほど、いま振り返れば、コーラを飲んで暴れ回る高校生たちを相手に、あんなにも真剣な演奏を届けてくれたことへの感謝しかない。採算など度外視だったに違いないあのステージを、バンドは一切の手抜きなしでやり遂げてくれた。小さなライヴハウスから大きな世界が広がって見えるほどに。
 パティ・スミスが“マイ・ジェネレーション”のカヴァーにおいて、熱狂的に繰り返したフレーズがある。「私たちは若い、とっても若い、若い、若い、若い……とっても若い、若いんだ」。あの場所はまさに、そういう現場だった。パンクにとっての「若さ」とは、大人になるための準備期間を意味しなかった。たとえその帰着が「怪物」であったとしても、「何か別のモノ」になろうとする激しい欲望そのものだった。ディック・ヘブディッジが分析したように、パンクとは「あらゆる異なるユース・カルチャーのスタイルを集め、安全ピンで繋ぎ合わせた生けるコラージュ」だった。(その雑食性こそが、ポスト・パンクへと展開するポテンシャルだった)
 あれは出発の合図だった。セックス・ピストルズはあっという間に終わっていたが、世界は確実に変わりはじめていた。毎月の新譜が楽しみでならず、同級生の家には新しいレコードが増えていった。あいつの家に行けばプラスティックスが聴けたし、あいつの家にはP-MODELがあって、近所の友人宅にはリザードがあった。ぼくはといえば深くのめり込んでしまい、そりゃまあ、いろいろと……
 では、最後に歴史のおさらいを。

「去年のいまごろ、俺は音楽について書くのを完全にやめようと考えていた。すると突然、あらゆる業界誌のジャーナリストから電話がかかってくるようになった。“パンク・ロック”というこの新しい現象について知りたいというんだ。最初、俺は少し混乱した。俺にとってパンク・ロックとは、1966年あたりの薄汚い鼻先を突き出したザ・シーズやカウント・ファイヴのようなグループで、ストゥージズが解散し、ディクテイターズの1stアルバムが惨敗したときに、死んで葬られたものだったからだ。
だったら、いまからわずか1年前の、そこにはたったひとつのものしかなかったことを忘れないでくれよ。ラモーンズのファースト・アルバムのことだ。 あのレコードがこれほどの影響を与えるとは誰が予想できただろうか。それと、セックス・ピストルズの“アナーキー・イン・ザ・ UK”、その獰猛的な鋭さ。それだけで十分だった。突然、水門が解き放たれたかのように、世界中で一千万もの小さなグループが突っ込んできた。彼らはギターで人びとを叩きのめし、すべてに退屈し、うんざりしているという支離滅裂な不満をわめき散らした。
俺もうんざりしていたし、君たちもうんざりしていた。リンダ・ロンシュタットのニヤケた弱々しい泣き言を聴くくらいなら、どれほど惨めな対価を払ってでもスローター・アンド・ザ・ドッグスを聴く方がマシだった。レコードを買うのが再び楽しくなった。その理由のひとつは、これらのグループがすべて、偉大なロックンロールの“知ったことか、ぶちかませ”という精神を体現していたからだ」 ——レスター・バングス(1977)

Ego Ella May - ele-king

 ここ数年来で気になるUKの女性シンガー・ソングライターの名前を挙げると、ジョルジャ・スミス、ヤスミン・レイシー、クレオ・ソルなどの名前が挙げられる。ネオ・ソウルをベースに、ジャズやフォーク、レゲエなど幅広い流儀も持ち合わせ、ときにエレクトリックなアプローチを見せたり、R&Bやヒップホップなど現代的なサウンドとの相性も良いという人たちだ。エゴ・エラ・メイもそうしたうちのひとりである。UKの女性シンガー・ソングライターの源流にはリンダ・ルイスがいて、彼女はカリブをルーツに持つ黒人だった。UK、なかでもロンドンの音楽にはアフリカやカリブからの移民が深く関わっていて、それはシンガー・ソングライターの世界においても同様である。リンダ・ルイスの後継的な存在のコリーヌ・ベイリー・レイもカリビアン・ルーツであるし、2010年代に台頭してきたローラ・マヴーラやリアン・ラ・ハヴァスもそうである。エゴ・エラ・メイのルーツはアフリカのナイジェリアで、ラッパーのリトル・シムズと同じだ。父親がジャズのファンで、エラという名前は往年のジャズ・シンガーのエラ・フィッツジェラルドからとられたそうだが、そうして幼少期からジャズやゴスペルなどを聴いて育つなかで、アフリカというルーツも彼女の音楽性のDNAに刻みこまれていったことは想像に難くない。

 19歳の頃から独学でギターをマスターし、そしてビートメイクも習得して自身で音楽を作るようになった彼女は、ロンドンのICPM(The Institute of Contemporary Music Performance)に進学し、本格的に音楽を学ぶと同時に音楽仲間のコネクションを広げていった。そして、2013年に自主制作となるEPの「The Tree」を発表してデビューし、その後も2014年に「Breathing Underwater」、2015年に「Zero」をリリースしてキャリアを積んでいく。この頃のサウンドは、オーガニックなネオ・ソウルとジャズの折衷的なスタイルにエレクトリックな要素もブレンドしたもので、それが彼女の基本的なスタイルと言える。USのネオ・ソウルの源流であるエリカ・バドゥの影響が見られるのは当然ながら、アコースティックなジャズやソウルとエレクトリックなサウンドとのバランスでは、UKのファティマやヤスミン・レイシーなどのスタンスが近いのかなとも思う。

 そうしたエゴ・エラ・メイの本領発揮となるファースト・アルバム『So Far』(2019年)では、いろいろなプロデューサーたちとコラボするなか、ウー・ルー(Wu-Lu)との共演が目に留まった。彼は南ロンドン・シーンに深く関わるプロデューサーであり、エゴ・エラ・メイも当然その影響を受ける。そして、次作『Honey For Wounds』(2020年)ではジャズ・ミュージシャンとのコラボが目につき、アルファ・ミストジョー・アーモン・ジョーンズオスカー・ジェローム、エディ・ヒック、アシュリー・ヘンリー、シオ・クローカーらと共演しするわけだが、シオ・クローカーを除いて南ロンドンのジャズ・シーンで活躍する面々だ。また、『Honey For Wounds』においてはアフロ・ジャズ・バンドのヌビヤン・ツイストのリーダーであるトム・エクセルがプロデューサーとして参加していて、逆に彼女がヌビヤン・ツイストのアルバム『Freedom Fables』(2021年)で客演するなど、関係性を深めていく。ヌビヤン・ツイストはアフロビートを軸とする音楽性なので、エゴ・エラ・メイの音楽的ルーツとも好相性だったのだろう。

 エゴ・エラ・メイの新作『Good Intensions』は、彼女がこれまで組んできたプロデューサー/ミュージシャンと再びタッグを組む。ウー・ルー、アルファ・ミスト、ヤスミン・レイシーのプロデューサーとして知られるメロー・ゼッドなどがそうで、なかでもトム・エクセルがメイン・プロデューサーとして多くの作品に関わる。彼が関わる “What You Waiting For” はアフロとブロークンビーツが融合したようなリズムで、ヌビヤン・ツイストにも通じるような楽曲だ。同様にトム・エクセルのプロデュースによる “Footwork” はタイトルどおりフットワークのビートの作品で、これまでのエゴ・エラ・メイの作品中でも極めてエレクトリックなアプローチが強いものだ。この2曲からわかるように、『Good Intensions』はこれまでになくチャレンジングな作品ということがわかる。ウー・ルーが手掛ける “What We Do” はちょうど1990年代初頭のアシッド・ジャズを思わせるグルーヴィーな楽曲で、全体的にダンサブルなアプローチの楽曲が増えている印象だ。

 一方、“We’re Not Free” や “Tarot” はエゴ・エラ・メイ本来のオーガニックなテイストが出たアコースティック・ソウルで、“Hold On” はジャズとソウルのちょうど中間的な楽曲。“Back To Sea” や “Good Intentions” はギターの弾き語りによるフォーキーな楽曲で、“Love is a Heavy Thing” は往年のジャズ・シンガーのペギー・リーのようなコケティッシュな魅力の歌が印象的。“Pot Luck Baby” はチャールズ・ステップニーがプロデュースしたロータリー・コネクションを思わせる楽曲で、エゴ・エラ・メイの歌もミニー・リパートンを彷彿とさせるところがあって、そこにエリカ・バドゥのようなフレージングもミックスしているようだ。これらの楽曲ではエゴ・エラ・メイのシンガーとしての魅力が一段と深みを増している。

RPR Soundsystem with Dreamrec - ele-king

 きっと桜が満開のころでしょう。来たる3月28日(土)、ミニマル・アンダーグラウンド・シーンの雄、ルーマニアのRPRサウンドシステムが2年ぶりにリキッドルームにやってきます。前回同様、オフィシャルVJのドリームレックも出演。独特のサウンドとヴィジュアルがおりなす異空間をふたたび体験できる、これは絶好のチャンスです。至福の一夜をぜひ、あなたも。

RPR SOUNDSYSTEM with Dreamrec VJ @LIQUIDROOM

2026年3月28日 (土) 23:30 OPEN/START

LIQUIDROOM 03-5464-0800
http://www.liquidroom.net

■出演者
― 1F LIQUIDROOM ―
RPR SOUNDSYSTEM (Rhadoo, Petre Inspirescu, Raresh / [a:rpia:r])
Dreamrec VJ

― 2F LIQUID LOFT ―
Satoshi Otsuki (Time Hole)
PI-GE (TRESVIBES)
P-YAN (A.S.F.RECS)

Total Information:
https://linktr.ee/rpr2026tokyo

Produced by Beat In Me


■料金
▼早割 - Early Bird (SOLD OUT)
5,500yen (50 Limited)

▼前売 - Standard Advance / STAGE 1 (SOLD OUT)
6,500yen

▼前売 - Standard Advance / STAGE 2
7,500yen
1/21(水) 00:00~3/27(金) 23:59

▼グループ割 - GROUP TICKET(4p)
28,000yen (Limited)
1/21(水) 00:00~3/27(金) 23:59

▼U-23
5,000yen (50 Limited)

▼当日 - Door
8,500yen

■TICKET
ZAIKO (Early Bird・STAGE 1・STAGE 2・GROUP TICKET・U-23)
RA (STAGE 2)
e-plus (STAGE 2)

■注意事項
※チケットは全て電子チケットとします。入場の際はQRコードを読み取りいたします。
※23歳以下割/U23チケットの購入の間違いにお気をつけください。当日に身分証明書をご提示いただき、23歳以下であることを確認させていただきます。24歳以上の方は、U23チケットをご購入いただいても当日のエントランスにて差額分をお支払いいただきますのでご了承ください。
※本公演は深夜公演につき20歳未満の方のご入場はお断り致します。
本人及び年齢確認のため、ご入場時に顔写真付きの身分証明書(免許書/パスポート/住民基本台帳カード/マイナンバーカード/在留カード/特別永住者証明書/社員証/学生証)をご提示いただきます。ご提示いただけない場合はいかなる理由でもご入場いただけませんのであらかじめご了承ください。
(You must be 20 and over with photo ID.)

■BIOGRAPHY

ー RPR SOUNDSYSTEM (Rhadoo, Petre Inspirescu, Raresh) ー
世界のアンダーグラウンドミュージックを席巻するルーマニアン・シーンのトップ、Rhadoo, Petre Inspirescu, Raresh。
現行のワールドシーンにおけるキングの一人として全世界に君臨し、ルーマニアシーンの事実上のボスであるRhadoo、卓越したプレイはもとよりその生み出される作品群が世界最高レベルのクオリティーの評価を獲得している唯一無二のアーティストPetre Inspirescu、3人の中でも特にメジャーシーンにおいても抜群の名声を確立しているRareshの3人による、最重要レーベル・そしてアーティスト集団がこの [a:rpia:r] (アーピアー)である。
そして、その3人による別名義のスペシャルユニット『RPR SOUNDSYSTEM』の名で出演するイベントは、バルセロナ『OFF SONAR Festival』やロンドンの名門クラブ『Fabric』などと言った、世界でも彼らにより選ばれたトップイベント・フェスのみとされ、年にごく数回しか実現する事はない。東京LIQUIDROOMのパーティーは、その選ばれた数少ない中の一つである。

ー Dreamrec VJ ー
新しい未知の世界を創造し、常に自然に回帰することが、Silviu Vișan (通称:Dreamrec) の芸術的アプローチを形成する大いなる源である。遊園地向けにオーバーサイズのおもちゃを製作していた父親のもとで育ったことは、没入型環境の感情的な経験と、様々な場所を何かエキサイティングなものへと変える秘密を学ぶのに最適な文脈となった。

Dreamrecはビデオフィードバックと最新のソフトウェアのレイヤーをツールとして使用し、コンピュータが予測不可能な状態になり出力がパレイドリア(錯覚)の流動的なストリームになる異常な時間と空間を探求している。これらの手法を用いて、彼は国際的なフェスティバル、クラブ、アートスペースで独自の視覚的美学を表現している:没入型で、うっとりさせるような、まるで訪れた者が物理的に別の次元に足を踏み入れたかのような。

ビデオパフォーマンス・大規模なマッピング :
V&A Museum (ロンドン)、Biennial of Young artists (ブカレスト)、Decenter Armory at Abrons Arts Center (ニューヨーク) など

アート&ミュージックフェスティバル・クラブ :
Rokolectiv Festival (ブカレスト)、TodaysArt Festival Hague (オランダ)、ICAS Suite by Club Transmediale (ベルリン)、Periferias Festival (スペイン)、Simultan Festival (ルーマニア)、EasternDaze Night (スロバキア)、Crack Festival (ローマ)、Insomnia Festival (ノルウェー)、Arma17 (モスクワ)、Liquidroom (東京)、Fabric (ロンドン) など

また、RPR Soundsystem ([a:rpia:r]) やRochite、Sillyconductor (実験音楽家)との長期にわたるコラボレーションが挙げられる。

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