イハラカンタロウの最新作『Portray』は、たとえば彼が愛するヤング・ガン・シルヴァー・フォックス『Ticket To Shangri-La』、クレア・デイヴィス『Get It Right』、あるいはボビー・オローサ『Get On the Other Side』との同時代性を有すると言えるのではないか。もちろんそれぞれの作品の音楽性は異なる。しかし、過去の豊饒なソウル・ミュージックをいかに現代的なアプローチと方法論で解釈し、新しい音楽を生み出すかという点では共通している。
イハラカンタロウの音楽はソウル・ミュージックへの深い愛が基盤にある。愛情だけではない。飽くなき探究心が同時にある。研究熱心な彼は、自身が影響を受けてきたさまざまな広義のソウル・ミュージック──AOR、ブルー・アイド・ソウル、ニューオリンズ・ファンク、フィリー・ソウル、レアグルーヴ、シティ・ポップなどについてとても丁寧に語る。その丁寧さは、彼が繊細な感性でじっくりと積み上げて作り出した最新作のサウンドに通じている。
イハラカンタロウの作品を聴いて、彼の語る音楽の話に耳を傾けているとソウル・ミュージックをもっともっと聴きたくなる。自身が創作した楽曲に具体的に影響を与えた音楽やリファレンスを明かしたがらないミュージシャンも多いなか、イハラカンタロウは違う。「自分が好きな音楽を人と共有したいんです。自分の音楽を聴いた人が、僕がここで語ったような音楽を聴いてくれたら嬉しい」とも言う。
1992年生、埼玉県川越市出身のイハラカンタロウは、作詞、作曲、ヴォーカル、アレンジのみならず、複数の楽器を演奏し、ミックスやマスタリングもこなす。2020年にファースト・アルバム『C』を発表、そして、約3年ぶりにフル・アルバム『Portray』をリリースする。前作に比べてサウンドはゴージャスになり、メロウネスはより洗練され、艶のある滑らかなヴォーカルもグッと色気を増している。ウェルドン・アーヴィンの “I Love You” の日本語カヴァーや、ブレイクビーツとソウル・フィーリングを見事に融合させた “ありあまる色調” などは、ヒップホップのリスナーにも訴えるものがあるだろう。イハラカンタロウが、最新作と彼の愛する音楽について語ってくれた。
自分が好きな音楽を人と共有したいんです。自分の音楽を聴いた人が、僕がここで語ったような音楽を聴いてくれたら嬉しいですね。そういうのもあって、ウェルドン・アーヴィンの “I Love You” に日本語詞を付けたカヴァーをやりましたし、原曲も聴いてほしいです。僕は基本リスナーなんですよ。
■まず、本作はファースト・アルバム『C』から比べて、サウンドがだいぶゴージャスになりましたよね。
イハラ:『C』ももちろん納得して出したんですけど、自主制作で予算の制限もありましたし、大学時代にカヴァーをやっていたようなバンドでの制作でしたから、自分が頭に思い描いているアレンジだとかをうまく表現できない面もありました。今回はレーベルのバックアップもあり、メンバーは僕がひとりひとり声をかけていったような感じです。欲をいえば、理想のサウンドからはまだ遠いですけど、ずいぶん前に進めたとは思います。
■制作はどのように進めていきましたか?
イハラ:僕はシンガー・ソングライター的な作り方はしたくないんです。歌詞が決まっていて、この歌にはこういう思いがあるというのを伝えるところからははじめたくはなくて。歌も歌詞も最後の最後まで何も決まっていないこともありますね。サウンドのミックスが終わってから歌詞を書くこともあるぐらいなんです。あくまでもサウンド重視です。だから、頭のなかで曲の音が鳴っているけど、その演奏をするのに自分では力不足だというときに、その演奏に適した人に頼みますね。コード進行とリズム、ビートの感じは決めて、デモを自分で作ってメンバーに渡します。バンド・メンバーを集めてヘッド・アレンジなどはせずに、デモとリファレンスの楽曲を複数聴いてもらって、演奏してもらいました。さすがにいきなりハード・ロックの演奏をはじめたら止めますけど、ミュージシャンのひとたちを型にはめることはしないです。それでも、想定以上の演奏をしてくれましたね。みなさん、やっぱりすごいなあと。
■参加されているミュージシャンの方々が、それぞれ個性的で興味深いです。たとえば、多くの楽曲でピアノ、エレクトリック・ピアノ、シンセやムーグなどを演奏されている菊池剛さんはキーパーソンではないかと。菊池剛さんはいま Bialystocks (=ビアリストックス)のメンバーとして大活躍されています。
イハラ:菊池剛さんと出会ったのは、剛さんが Bialystocks をやる前ですね。Bialystocks の音源を最初に聴いたとき「これは絶対売れるな」って感じましたし、次のキーボードを探さないといけないなと思いましたね。でも、いまも連絡は取れています(笑)。
■ははは。良かったです。
イハラ:最初に観たのは大石晴子さんのライヴです。そこで鍵盤を弾いていたのが菊池剛さんでした。その後リリースされた大石さんのEP「賛美」を聴きまして。それで今回の作品を制作するにあたって弾いてほしいと思いましたね。僕が剛さんのピアノが好きなのは、頭に残るフレーズを弾くところで、楽器でそれをできる人はなかなかいないと思うんです。今回の作品でベースを弾いている菊地芳将くん(いーはとーゔ)も大石晴子さんのバックをやっていますが、彼に仲介してもらいましたね。
自分はそもそも音楽をノッて聴くより、研究、分析してしまうんです。展開やコード進行に耳が行きますね。自分の制作にどう活かせるかと分析しながら聴いてしまう。それはそれで良くないなとは思っているんですよね。もっと音楽を楽しんで聴けるようになりたいと思います(笑)。
■山下達郎『僕の中の少年』が「音楽的原体験」のようなアルバムとあるインタヴューで語っていますが、どのようにして音楽をやるようになりましたか?
イハラ:中学生のころにアコースティック・ギターを触ったのが最初ですね。それは長くつづかなかったんですけど、高校に入ってバンドをやりたかったんです。ただ、受験のときに高校を調べると、軽音楽部がある高校は男子校で、共学には軽音楽部がなかった。で、僕は共学を取った(笑)。軽音楽部を自分で作ればいいやと思ったんです。でも作れずに、クラシック・ギターで吹奏楽をやるような、変わった部活に入って。いま考えれば、アレンジや音のバランスを考えるミックスをやるうえでは、そこでの経験が活きていますね。
■そもそも、なぜバンドをやりたいと思いましたか?
イハラ:なんでしょうね。アコギを弾いて歌うのが好きでしたし、そのころはグランジとかも好きでしたから。いまでもソニック・ユースとかを好きで聴きますし。ただ中学のときに邦ロックが流行っている時期があって聴いてみるけれど、僕はあまりグッとこなくて。それよりは、平井堅さんや CHEMISTRY の音楽に感じるものがありました。松尾潔さんがプロデュースしたR&Bが好きで。EXILE もそうですね。そういう音楽をやりたくて、譜面も買ったんですけど、難しすぎて何にもできませんでした。
■ちょっと古い言い方をすると、ブラック・コンテンポラリーいわゆるブラコン的な音楽に反応する感性があったと。
イハラ:そうですね。ボビー・コールドウェルやボズ・スキャッグスとかのCDは家にあったし、そのあたりの音楽が土台にはあります。ただ、当時の僕の周りではEXILEはイケイケな人らの聴く音楽だったし、中高のころはDTMの存在も知らなくて、バンド以外のアウトプットの方法がわからなかった。自分の立ち位置もわからないし、バンドもできずにぜんぜん違う方向に行ってしまった、きつい10代でした。それから大学に入ってバンドでいろんなカヴァーをやるようになって、卒業してからもつづけて『C』を出して、そこから今回の『Portray』に至った感じです。
■先ほどリファレンスという話が出ましたが、たとえば “つむぐように” ではどういった曲を参考にされましたか?
イハラ:これは僕のなかでは、“フリー・ソウル・アプローチ” です。僕が好きなプロデューサー、トミー・リピューマが70、80年代に作った音楽を参照しています。たとえば、マイケル・フランクスのエレピがキレイな楽曲やアル・ジャロウのセカンド『Glow』ですね。そこにソウル・ミュージックのエッセンスも入れたかった。そこで楽曲のコード進行は、ジャッキー・ウィルソンの『Beautiful Day』というアルバムに収録された曲を参考にしました。全体の音像は、ユーミンの “中央フリーウェイ” です。そこはエンジニアさんにも伝えています。ベース、ドラム、ローズを他のミュージシャンの方に演奏してもらって、コーラス、シンセ、パーカッション、ギターは僕が家で録音しました。あまり人に頼み過ぎるのもどうかな?という疑問もあり、大体の楽曲は、ベース、ドラム、ピアノ以外は自分でやっていますね。
■“アーケードには今朝の秋” の「表通り いつも通り IT`S LONELY 表通り いつも通り」という歌詞からは、シュガーベイブの “いつも通り” を想起しますが。
イハラ:サウンドに関していえば、小坂忠さんの『ほうろう』のイメージですね。南部ソウル、ニューオリンズ・ファンクですね。他の曲はだいたい70、80年代の北部のソウル、たとえばフィリー・ソウルなんかを土台にしていますが、この曲だけは違う。
■イナタさのあるファンク。
イハラ:そうです。でも、メンバーからは洗練されているね、キレイだねって言われました。僕からするとけっこうイナタイと思ったんですが、他のメンバーから演奏をもっともたらせたいと言われまして。ただ、僕が「ちょっとこれ以上はやめましょう」と(笑)。
■イハラさんとお話していると音楽の話がたくさんできて楽しいのですが、ミュージシャンや音楽をやっている人のなかには、自身の楽曲のリファレンスを語りたがらない人が多いと思うんです。ある意味でネタばらしですからね。その点、イハラさんはそのあたりに躊躇いがないですよね。
イハラ:自分が好きな音楽を人と共有したいんです。自分の音楽を聴いた人が、僕がここで語ったような音楽を聴いてくれたら嬉しいですね。そういうのもあって、ウェルドン・アーヴィンの “I Love You” に日本語詞を付けたカヴァーをやりましたし、原曲も聴いてほしいです。僕は基本リスナーなんですよ。
[[SplitPage]]ことさらにシティ・ポップとか意識しなくても、そういうブラック・ミュージックの要素が入ったJポップを僕らも何気なく聴いてきたし、僕らの世代にもそういうエッセンスは自然と入っているんだと思いますね。
■DJもされていますよね。
イハラ:DJと呼べるかわからないですが、音楽は大好きでCDとレコードはたくさん買っているので、それをでかい音で聴けるのが楽しいですね。ジャケットを撮影させてもらった〈渋谷花魁〉という場所にもDJブースがあって、そこでもやらせていただいたことがあります。
■新宿の〈Bridge〉でDJしたときの選曲をプレイリストにしていましたね。1曲目がデニース・ウィリアムス “Free” でした。あの順番でかけたんですか?
イハラ:そうです。あのデニース・ウィリアムスの曲を真似したのが、今回のアルバムの1曲目の “Overture” ですね。それと、デレゲイションの “Oh honey” の最初のエレピがキラキラしているのが好きで、剛さんに「弾いて!」って頼みました(笑)。
■レコードを好きで買っていると話をされましたが、無人島企画で選んでいる作品をサブスクで聴こうとしたらほとんどなくて。
イハラ:レコード屋さんの企画なので、ぜんぶレコードしかないものを選びました。買いに行ってもらえるように。ここでサブスクを出すものかと(笑)。
■素晴らしい。イハラさんの主な養分は70、80年代の音楽だと思うのですが、そうした時代の音楽を現代的にアップデートしているものも聴いていますよね。
イハラ:そうですね。いまパッと浮かぶミュージシャンだと、ベニー・シングスが好きですね。
■ああ、なるほど。ところで、ヒップホップは聴かれてこなかったですか?
イハラ:大きい声で言えないんですけど、あまり聴いてこなかったんです……(笑)。
■いや、それはその人の好みなので大丈夫だと思います(笑)。
イハラ:自分はやっぱりメロディ、伴奏と旋律が欲しくなるんですよ。ヒップホップでカッコいいと思う曲はもちろんありますけど、いまだにガッツリのめり込んだことがないですね。これからあるかもしれないので、それは楽しみです。
■ループ・ミュージックのグルーヴにハマれない感じがあるということですかね?
イハラ:自分はそもそも音楽をノッて聴くより、研究、分析してしまうんです。展開やコード進行に耳が行きますね。自分の制作にどう活かせるかと分析しながら聴いてしまう。それはそれで良くないなとは思っているんですよね。もっと音楽を楽しんで聴けるようになりたいと思います(笑)。
■ははは。たとえば、シティ・ポップという括り方があります。さすがにここでシティ・ポップの歴史的背景や定義を深く議論することまではできませんが、イハラさんの音楽にそういう文脈で出会って聴く人もいるかと思います。それについてはどう思いますか?
イハラ:それはリスナーの方の自由ですよね。ただ、僕が個人的にシティ・ポップと考えるのは、たとえばアヴェレイジ・ホワイト・バンドのようなAORやブルー・アイド・ソウルを参考にして作られた日本の音楽です。
良い音楽が残せるのであれば、自分が歌わなくてもいいんです。サウンドありきなんで、良い音が残れば自分はいなくてもいいと思うぐらいです。
■なぜ僕がシティ・ポップという話を出したかと言うと、今回参加されているミュージシャンの方々や、みなさんがそれぞれやっているバンドでうっすらと共有されているものがあるとすれば、シティ・ポップ・ブーム以降の感覚なのかもしれないとぼんやりと思ったからです。
イハラ:この前、麻布十番にある〈歌京〉というJポップがかかるダイニング・バーに行ったんです。そこで槇原敬之さんとかが流れていて、あらためてむちゃくちゃいいなと感じたんです。
■たとえば、槇原敬之の “彼女の恋人” とかめちゃグルーヴィーですよね。ニュー・ジャック・スウィングとして聴けますよね。
イハラ:だから、ことさらにシティ・ポップとか意識しなくても、そういうブラック・ミュージックの要素が入ったJポップを僕らも何気なく聴いてきたし、僕らの世代にもそういうエッセンスは自然と入っているんだと思いますね。
■それこそ前作の『C』でのイハラさんのヴォーカルを、ライターの峯大貴さんが、「シャウトせずとも突き抜けるようなソウル・フィーリンと力強さには、山崎まさよしや浜崎貴司(FLYING KIDS)を思わせる」(https://antenna-mag.com/post-40616/)と評されています。
イハラ:それこそ〈歌京〉で FLYING KIDS も流れていました。良い曲でしたね。それは懐かしいとは違うんです。良い曲は良い曲なんです。
■この話の流れでいうと、いちばん最後の “Sway Me” は、山下達郎のどの曲だったか正確に思い出せなかったのですが、たとえば “蒼茫” を彷彿とさせるというか。
イハラ:ははははは。じつはこの曲はぜんぜん違うリファレンスなんですけど、コードを並べてみると、山下達郎さんの “YOUR EYES” にめちゃ似ていたんですよ。
■ああ、そっちですね。その “Sway Me” や “ありあまる色調” はすべてひとりで作っていますね。
イハラ: “ありあまる色調” は自分のなかでは、実験的な曲です。全体に70年代後半、80年代初期の音像になっていますが、この曲は違う。こういう新しいアプローチをもっとできるようになって楽曲がまとめられたらいいなとは思います。ただ、ライヴで実現不可能な曲を作ってしまうことも多いんですが、ライヴができようができまいが、音として残ってしまうものに関しては妥協できないんです。だから、バンドは羨ましいですけど、僕はバンドができないと思います。バンドになると、みんなが対等になって自分がイニシアチヴを握れなくなってしまいますから。今回も、参加してもらったメンバーには言うことをきいてもらっていますので。
■理想のサウンドが作れるのであれば、ひとりで制作するのでかまわないという考えもありますか?
イハラ:そうですね。ただ、自分でできるようになったら、永遠に終わらないかもしれなくて怖いですね。自分の作った音楽を毎日聴いていると麻痺するので、3日ぐらい空けて聴いて、クソ過ぎて全部消すというのもありますから。ただ、良い音楽が残せるのであれば、自分が歌わなくてもいいんです。サウンドありきなんで、良い音が残れば自分はいなくてもいいと思うぐらいです。
■素晴らしいシンガーがいれば、プロデュースに徹したい?
イハラ:そういうことですね。今回のアルバムは『Portray』というタイトルですし、僕がぜんぶ歌っていますが、歌わずに裏方に回ってもぜんぜん良いんです。ただ、歌にこだわりがないということじゃありませんよ(笑)。ちゃんと歌って、ミックスもしていますから。自分の音楽を思想表現には使いたくないという考えがあります。だから、大好きなミュージシャンやプロデューサーはいますけど、その人の人生や生き方にはまったく興味が持てなくて。それでも強いていうならば、細野晴臣さんの生き方は羨ましいなと思います。
■どういうところがですか?
イハラ:流行をつねに意識しつつ音楽を作っても、細野さんの音楽になって、しかもそれがリスナーにめちゃめちゃ受け入れられているところです。作曲提供をしても、細野さんの曲であることがわかるのがすごいですね。メロディの付け方が個性的なんです、プロデュースや映画音楽の仕事もされるし、彼自身のソロを聴きたいと思うファンもいてシンガー・ソングライター的にライヴもできる。もちろんご本人は苦労も葛藤もあるはずですが、すごく楽しい音楽人生なんだろうなと。むちゃくちゃ憧れているというより、羨ましいなという感じです。それはメディアを通して知っているだけなので、ご本人がどういう生活をされているかはわからないのですが。
■やはりプロデューサーの仕事にも興味がある?
イハラ:それができるようになれば、自分の声を聴かなくていいし(笑)。



















