「IR」と一致するもの

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テクスチュアとタイムレスなメロディ──『Inferno』のサウンド

前編からの続き……

小林:新作『Inferno』について話していきましょう。いちばん最初に聴いたときは、タイトルとあの怖いヴィジュアルに引っ張られて、全体的にかなりダークだと思ったんですが、旧譜を復習してから聴くと、ちゃんとこれまでのボーズ・オブ・カナダの延長にある。ただ民族音楽的な要素のある7曲目 “Naraka” は、たぶんこれまでになかった路線じゃないかなと。

till:東洋的な女性のヴォーカルが入っている曲ですね。あれが聴こえてきたときは少し驚きました。ある程度意味合いや役割をぼやかしたサウンドを混ぜ合わせることで、存在しない風景を描いていくような、そこまでのアプローチとは明らかにやり方も狙いも大きく違っている気がして。彼らのサウンドの場合、ああいうはっきりとした目的のあるサウンドをぶち込むっていうのはともすれば作品自体の説得力が失われる可能性があるんですよね。例えば、「こういうムード」という一点の狙いがある状態でその周辺に接続可能な要素を添えて空間を埋めていくのが従来のやり方だとしたら、この曲ではどうしても主役になってしまうような、すでに大胆な手触りを持ったものをそこにグイッと押し込んでいる。思いついたからにはやらずにはいられなかったのか、とにかく意外とこれは結構なチャレンジだな、という印象を受けました。

野田:5曲目 “Father And Son” のラップのように聞こえるサンプリング、これはすでに「Hi Scores」でやってるんだよね。自分たちでエディットして。

小林: “The Word Becomes Flesh” もおなじ路線、ラップを偽装した声ネタの曲ですね。

till:「Peel Session」の “Aquarius (Version 3)” に近かったりもするんですよ。そこがさらにいっぱい喋っているような。だからやってることはずっとおなじではあるんですけど、なんというか、おなじボールで投球フォームを変えている感じはしますね。

小林:やっぱり『Inferno』は、先入観をもってしまうタイトルですよね。先ほど話に出た自然への強烈な憧れが変わってしまったんでしょうか。

野田:表裏じゃないかな。反転すればダークサイドにも行くかという。

小林:あの女の子のヴィジュアルがとにかく怖くて。白目むいてるのが。

till:今作はたぶんこれまででいちばん宗教的ですよね。キリスト教という意味でもなければどこかの特定の新興宗教のイメージを丸々敷衍するようなことはしていなくて、あくまで彼らの興味の対象を混ぜ合わせたものという意味での「宗教的」ですけど。

小林:『Geogaddi』にもその気はあったよね。

till:ありましたね。「In A Beautiful Place~」もブランチ・ダヴィディアンという新興宗教団体をテーマにしていました。今回『Inferno』には “The Process” という曲がありますが、これはもしかしたらプロセス教会のことかもなと。もちろんぼくの推測ですが、プロセス教会はあのチャールズ・マンソンと結びつけられたりもするイギリスの宗教団体で、そこが出していた機関紙の名前も『ザ・プロセス』です。ダイレクトに1960年代の新興宗教がリファレンスになっている。

野田:サイケデリック・カルチャーの裏側だね。ホドロフスキーの映画みたいとは言わないまでも、でも、“Aquarius” のなかにも「不気味さ」はあるわけで、彼らのそういう部分が前面に出されているよね、今回のヴィジュアルなんかはとくに。ちょっとやり過ぎだなと思ったけど。マッシヴ・アタックもそうだけど、ボーズ・オブ・カナダみたいに “型” を作ってしまうと、その “型” を水で薄めたフォロアーたちが多数出てくるものじゃん。そういうフォロアーたちの音楽とは完璧に一線を画していたいっていうのはあるんだろうな。

till:先行シングルの2曲目 “Prophecy at 1420 MHz” はMVが出た翌日に早速サンプリング元が特定されていましたが、ある神学者のスピーチだったんですよね。キリスト教の。それをカット&チョップしていて。5曲目 “Father And Son” なんかはストレートに「神と子」ですし、10曲目 “The Word Becomes Flesh” はことばの受肉だから、やはりキリストのことだと思います。

小林:かなりきな臭いですね……

till:でも直接的に「ゴッド」とか「クライスト」とは曲名では言わない。これ、ダンテの『神曲』の「地獄篇」(=インフェルノ)とおなじなんですよね。あれは地獄のなかを巡る話ですが、地獄のなかでその言葉を口にするのはよろしくない、ということで一度も「神」とは言われないんです。

小林:なるほど。ぼくはストレートに現代社会を描いたのかなって思ったんですけど。もちろん制作時期がいつかはわからないけど。

till:すごく時間をかけてつくるのが自分たちのやり方だと言っていましたね。ぼくは全体が3パートに分かれているような印象を受けました。5曲目 “Father And Son” までと、真ん中の部分と、『The Campfire Headphase』っぽい13曲目 “Deep Time” 以降のパートです。それに加えて、1曲目 “Introit” と2曲目 “Prophecy at 1420 MHz”、8曲目 “Acts Of Magic” と9曲目 “Memory Death” のように、楽曲のパーツがすごく似ていて、2曲で1セットになっているものもあります。だから、それぞれタイミングのいいときに制作して、あとでアルバムとしての形につなげたのかなという気がしました。パートごとに明らかに要素がちがうのが聴いていて面白かったですね。で、それにひとつなぎの作品としての強度を持たせられちゃうのがボーズ・オブ・カナダの作品性の特別さなんだな、と。だからこそ、このアルバムはある種すごくメタに、ボーズ・オブ・カナダの音楽、というフォーマットをこれまで以上に彼ら自身が認識して使いこなしているような気もしますね。

小林:終盤はたしかに『The Campfire Headphase』っぽい。

野田:ダンテの『神曲』っていう解釈は面白いね。それは本当にあるかもしれない。ただ、ボーズ・オブ・カナダらしくないアルバム名の直球さがずっと気になってるんだよね。ストレートすぎるじゃん。そういえば、『Music Has~』のとき、彼らは先住民の思想から影響を受けていたんだよね。カナダは先住民が多いじゃない。

小林:なるほど。となると、今回15曲目が “Arena Americanada” という曲で、そこに本来のアメリカ(北米)という概念、先住民の含意を読みこむこともできる。7曲目のように、音としてそうした民族的要素があるわけではないけれど。

野田:そうしたネイティヴとのつながりも、ある意味では神秘思想といえる。

till:“Arena Americanada” は細かくパーカションが鳴ってる曲ですね。リズムがくっきりしていて、メロディもはっきりあって聴きやすい曲です。別名義のヘル・インターフェイスみたいな、少し80年代趣味というか、どこかうっすらとディスコ趣味みたいなところを覗かせているような気もしましたね。個人的にはすごく好きな曲です。

小林:ディスコではないけど、音響がたしかに80年代っぽい。でもこれはたとえばヴェイパーウェイヴ以降のフェイクな80年代の音のイメージだと思う。そういう意味では、これもメタだし、さっき話に出た「ない」ものへの強烈な衝動というか。

野田:サウンドでいえば、ボーズ・オブ・カナダはケヴィン・シールズから影響を受けているって言われるじゃん。ケヴィン・シールズのギター・サウンドって、いわゆるギタリストの演奏というよりも、いろんな音の重ね方というか、その幻惑的なサウンドの塊というか、何かをペイントする感覚に近いでしょう。音を塗っていく感じ。ボーズ・オブ・カナダの音づくりもそれに近い。キャンバスに向かってテクスチュアを重ねていく、絵画的な方向。オウテカの音響彫刻とはまったく異なる。

小林:なるほど。

野田:マイブラほど官能的ではないけど、マイブラ以上に幻覚性は高い。

till:“Arena Americanada” は、当然ですがボーズ・オブ・カナダはアメリカ人でもカナダ人でもないから、外側から見ての「アメリカナダ」ですよね。「インフェルノ」というモチーフがすごくヨーロッパ的なのに、そこにある種強引にも「アメリカナダ」と入れてくるのは何かありますよね。それと、「ない」ものへの衝動という話でいえば「ボーズ・オブ・カナダ」という名称自体がそもそもその最たるところですしね。彼らにとってのカナダは幼少期を過ごした、ある種幻想化されている時間や場所を含めたもののことであって、それはおそらく現実のそれとはかなり違っているでしょう。彼らが見た「アメリカナダ」はそもそもそうした大きく歪んだレンズを通したものである、ということは重要なんじゃないかと思います。

野田:なるほどなるほど。

小林:アメリカ絡みで言うと、『The Campfire Headphase』に “Dayvan Cowboy” という曲があって。

till:ロック寄りの曲ですよね。前半と後半に分かれていて。

小林:そう、ギター主体の曲。「ダイヴァン」って何かというと、背もたれのないソファとか長椅子のことらしいんです。つまり「ダイヴァン・カウボーイ」って、「安楽椅子探偵」のイメージに近くて、自分自身は動かないでいるカウボーイのこと。それでMVも、成層圏からダイヴしてサーフィンするという現実には不可能な、むちゃくちゃなものだった。2005年という当時のタイミングで解釈すると、これはもうブッシュ・ジュニアのことだとしか考えられなかったんです。ホワイトハウスで「大量破壊兵器があるから爆撃してこい」ってむちゃぶりするカウボーイ。

till:ヴィンス・ステイプルズの新作『Cry Baby』のジャケットが、泣きわめいている赤ちゃんにアメリカの国旗を着せていて。トランプですよね。それとも少し似ていますね。

小林:そういう仄めかしで言えば、やっぱり今回の「インフェルノ」は現代の比喩だとしか思えないんですよね。あまりにむちゃくちゃな時代だから。[追記:くしくもこの座談会の前編を公開した前日の5月28日、ホワイトハウスが15秒の自身のプロモーション動画をXで公開、そこで今回のボース・オブ・カナダ新作の楽曲が使用され、ファンのひんしゅくを買っている]

野田:それでもアルバムの後半には、温かみのある展開があるし、決して、その「地獄」という言葉からイメージに支配されている内容ではないと思う。

小林:ところで、ボーズ・オブ・カナダのアルバムはいつもCDの尺が前提で、長いです。今回も18曲で70分ある。毎度この長さはなんなんだろう。

till:たぶん「70」に意味があるんだと思います。彼らのレーベルは〈Music 70〉ですし。

小林:なるほど。一見60年代の10年間を指しているように見える『Music Has~』の “Sixtyten” も、じつはフランス語の数え方を英語に置きかえていて、「70」の意味らしい。

till:おそらく数秘術ですね。

小林:『Geogaddi』には “Music Is Math” という曲もありました。

till:数字に意味をこめるところは、90年代の一部のヒップホップを想起させます。ネイション・オブ・イスラームから影響を受けた5パーセンターズとも通じるような。

野田:長いのは、彼らの音楽はエレクトロニック・ミュージックに多い、いわゆるヴァーティカル志向のものじゃない、物語性があるからじゃないの。つまり、最初から最後まで聴かないとわからんよ、みたいな。

till:なるほど。ボーズ・オブ・カナダの音楽は映画的でもありますよね。ただ漂う雰囲気だけを提供しているというより、しっかりと注目させるようなフレーズや要素があって、そこにフレームを合わせ、じっくりとストーリーテリングを行っていく感じ。

野田:映像的な感覚は、エイフェックスやオウテカにはないもんね。

till:彼らのメロディ主義みたいな部分の根底もそこにあると思います。ヴァンゲリスというか。

野田:ヴァンゲリスからは彼らは影響受けているよ。

till:やっぱりそうですよね。最近『ブレードランナー』をすごく聴いてるんですが、ボーズ・オブ・カナダにはそれと通じる感覚があります。とくに “Memories of Green”。

野田:あと、冨田勲も彼らは好きだそうで。やっぱロマン主義だよね、そしてテクスチュアとメロディ重視。ボーズ・オブ・カナダのビートの話だけど、リズムは時代がわかっちゃうでしょ。これはディスコ(70年代)、これはハウス(80年代~90年代)、これはテクノ(90年代)、これはダブステップ(00年代)とか。だからリズムはシンプルにしているらしいよ、時代的な属性から解放するために。

till:新作も、最初は素朴なアルペジオからはじまりますよね。メロディにおいてタイムレスさを追求しているのは面白いですね。

野田:そういえば、ホース・ローズの新作が、今回のボーズ・オブ・カナダとはまた対極のコンセプトで面白かったね。現世という地獄を天国にせよっていうのがホース・ローズのアルバム名なんだけど、おそらくその制作の起点にある現状認識は共通しているんだと思う。ただ、作品の構築の仕方も、その表現の仕方も真逆なんだよね。

小林:スリーフォード・モッズの新作も現状認識は共通しているかも。

野田:俺なんか、ボーズ・オブ・カナダには徹底的な逃避主義を期待していたんだけどね。

小林:でも、その役目もある意味では果たしているのでは?

野田:ある意味、そうだね。ただ、今回の話題をきっかけに、初めて聴く人には、まずは『Music Has~』から聴いて欲しいし、愉快な気持ちになりたかったら、“Aquarius” を何回も聴けばいい。俺はまだ、新作を1回しか聴いてないけど、何回も聴いたらもっと好きになるかもれないし、あとさ、tillくんみたいなDJがアルバムのどれかを選んでフロアでかけて、そして「なにこれ?」ってヒットさせてほしい。彼らのルーツはクラブ・ミュージックではないけど、少なくとも日本で彼らの音楽を最初に広めたのは、メディアでもライターでもなく、DJとそれを聴いた人たちだったわけだからね。

小林:たしかに、フロアで聴いたらまた印象が変わりそう。

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 ロンドンのザ・リーフ・ライブラリーは、いつもどこか「お天気が優れない」ような佇まいを見せている。とは言っても、病気だとか体調が悪いという意味ではない。彼らは、イギリスの優れたミュージシャンの多くが抱えるメランコリーという名の持病を共有してはいるが、そのメランコリーは、空の機嫌(気候)が彼らの気質に表れたものに過ぎない。バンドの音楽のうえに垂れ込め、そのなかを渦巻いている天気そのものなのだ。
 ザ・リーフ・ライブラリーのこれまでのキャリア(4枚の公式アルバムに加え、ルーズな楽曲、実験音楽、ドローン、アンビエント、コラボレーション作品など、少なくともさらに12枚分ほどのアルバムに匹敵する音源がある)を通じて、彼らは1990年代に登場したイギリスの二大最高峰バンド、ステレオラブとブロードキャストからの影響を隠そうとしたことは一度もない。メランコリックな空気感はブロードキャストと共通するものであり、一方で「Still & Moving」のような楽曲を推進するリズムのエンジンは、ケイト・ギブソンの飾り気のない、自然体のヴォーカルと相まって、“Super-Electric”といった初期ステレオラブのモーターリックなポップ・ソングを思い起こさせる。
 しかし、こうした表面的な類似点はあるものの、ザ・リーフ・ライブラリーは完全に彼ら独自の生き物である。彼らの音楽に流れる憂鬱さは、ブロードキャストが描くような後期資本主義的な疎外感というよりも、もっと有機的で、もしかしたら満足感さえ伴うような、人生の喧騒から一歩退いて文字通り「草に触れる(自然に親しむ)」感覚に近い。オープニング曲“Colour Chant”は、ステレオラブのアルバム『Emperor Tomato Ketchup』の幕開けを飾る“Metronomic Underground”のような、マントラ的なヴォーカルの抑揚を共有しているかもしれないが、それは自然界や人間界の感覚的な言葉によって届けられる。

 『After the Rain, Strange Seeds』の空気感には、自然のイメージや感覚が縦横に織り込まれている。海、波、川、水。木々、畑、庭。不安定な空と雷の予感。それはブライアン・イーノの『Ambient 4: On Land』と同じ空の下で作られた音楽であり、あるいは、灰色の雲の下で霧雨に愛撫される「イギリス版ヨ・ラ・テンゴ」のようでもある ── 夏の太陽というよりは、終わりのない秋の気配だ。

 また、1990年代のブリストル・サイケデリック・シーンとの類似性も見られ、フライング・ソーサー・アタックが持っていた「すぐ近くにある都市の存在に怯える田舎の空間」という感覚を共有している。そういった意味で、8分に及ぶ“Some Circling”はアルバムのテーマ的な中心作のように感じられる。曲がゆっくりと高まり、恍惚のクレッシェンドへと向かうなか、自然の猛威によって前後に引き裂かれるトビ(鳥)のイメージが描かれ、推進力のある反復的なリズムがビルドアップしていく。それは、遥か彼方にあるロンドンの街へと繋がる環状道路や高速道路を想起させる。

 フライング・ソーサー・アタックの田舎風景が、ウェストカントリーの古墳群に広がる新石器時代の記念碑という神話的な存在を呼び起こすのに対し、ザ・リーフ・ライブラリーが暮らす風景はもっと小さく、ありふれており、その神秘は風景の内部に閉じ込められている。それは、子供時代の個人的な神話や、さもなければなかば忘れ去られた記憶であり、流れる車の列は遠くへと溶け込んで下流へと滴る水になり、そよ風に捉えられた葉のあいだから太陽が揺らめきながら差し込む。この点において、彼らは小さな瞬間やかすかな感情から感覚的な世界を紡ぎ出す手法において、もうひとつのブリストルのバンド、モヴィートーン(Movietone)を彷彿とさせる。あるいは、イギリスのインディ・ミュージックのフォークな記憶のなかにいまも脈々と流れるニック・ドレイクの残り香を捉えている ── それがもっとも顕著に現れているのが、“Carry a River in Your Mouth”におけるマット・アシュトンのさざ波のようなアコースティック・ギターと、胸が締め付けられるほど美しいヴォーカルのメロディだ。

 『After the Rain, Strange Seeds』は、ともすれば「曖昧さ」に陥ってしまいかねないアルバムである。本作は、不確実性や不決断を楽しんでいる。見知らぬ人びと、場所、出来事。循環する、あるいは終わりのないプロセス。存在するものと失われたもの、そこに在るものと在らぬもの。前作である2019年の『The World Is a Bell』は、バンドのこうした側面に傾倒し、アンビエントやドローンへの深い傾倒を包括した80分・2枚組にわたって、霧や霞に煙る風景を広大に探求していた。
 その移ろいゆく境界(リミナル)的な風景に深く沈み込む快感もある一方で、今回のバンドは、この「不確定性」というテーマ的な特質を、サウンドにおける鋭く具体的な何かによって相殺しようと決意したようだ。彼らが愛するアンビエントな音響風景は、反復するリズムや時折挿入されるキーボードのドローンのなかにいまも健在だが、それはきちんとしたポップ・ソングの1枚のディスクに収まるよう十分に抑制されている。バンド自身によるプロデュースと、トータスやザ・シー・アンド・ケイクのジョン・マッケンタイアによるミックス(彼がヨ・ラ・テンゴの『Fade』で残した仕事は、ステレオラブとの数々のコラボレーションと同様に、本作にとって確実に重要である)によって、楽曲はパンチが効いてクリアに仕上がっている。1曲目のはじまりから、ルイス・ヤングのドラムは鮮烈で力強い存在感を放ち、ギャレス・ジョーンズのベースの生々しく、ざらついた質感のサウンドと相まって、楽曲に満足感のある執拗な土台を与えている。それが音楽を紛れもなく、そこに、あなたと同じ部屋のなかに引き戻すのだ。
 このアプローチは、ソングライターとしてのグループの個性や、演奏者としての彼らのフィールに焦点を当てているが、断片的な感覚やイメージから作られ、スナップショットの記憶という写真集的な文法で繋がれた、歌詞のコラージュのような抽象性を損なうことはない。曲を聴き進めるうちに、地面と空は今も果てしなく移り変わり、丘や雷のようにうねり、悲しみを帯びながらも美しさと繋がっている。一筋の太陽の光が降り注ぐ雨粒を照らし、そのすべての内側には、毅然とした、そして静かに風変わりな楽観主義が息づいている。

(訳:編集部)


written by Ian F. Martin

London’s The Leaf Library always seem a little under the weather. Not in the sense of being sick or unwell, although they share with many of the best English musicians an affliction of the melancholy. But that melancholy is just an expression in the humours of the temperament of the skies, the weather that both hangs over and swirls through the band’s music.

Throughout The leaf Library’s career (comprising four official albums and at least another dozen or so albums’ worth of loose songs, experimental, drone, ambient and collaborative work), the influence of the two best British bands to emerge from the 1990s, Stereolab and Broadcast, is one they’ve not been shy about. The atmosphere of melancholy is one they share with Broadcast, while the rhythmical engine that propels songs like “Still & Moving”, combined with Kate Gibson’s unadorned, unaffected vocals, recalls the motorik pop of early Stereolab songs like “Super-Electric”.

But for all these superficial similarities, The Leaf Library are a very much their own sort of creature. The sense of melancholy running through their music feels less like the late capitalist alienation of Broadcast than a more organic, maybe even contented sense of stepping away from the noise of life and literally touching grass. First track “Colour Chant” may share a mantric vocal cadence with Stereolab’s “Emperor Tomato Ketchup” opener “Metronomic Underground”, but it’s delivered in the sensory language of the natural and human world.

The atmosphere of “After The Rain, Strange Seeds” is threaded through with the images and sensations of nature. Seas, waves, rivers, water. Trees, fields, gardens. Unsteady skies and the threat of thunder. It’s music made under the same skies as Brian Eno’s “Ambient 4: On Land” or like a British Yo La Tengo under grey clouds, caressed by drizzle — less summer sun than endless autumn.

There are parallels, too, in the 1990s Bristol psychedelic scene, sharing with Flying Saucer Attack the feeling of rural spaces haunted by the presence of the city nearby. In this way, the eight-minute long “Some Circling” feels like a thematic centrepiece to the album with its images of red kites torn back and forth by the elements as the song rises slowly to a roaring, ecstatic crescendo, with driving, repetitive rhythms building, evoking the circular roads and motorways that feed the city of London in the distance.

While the countryside of Flying Saucer Attack summons the mythic presence of neolithic monuments across Westcountry barrow downs, the landscape The Leaf Library inhabit is smaller, more mundane, its mysteries locked within it, the private myth of childhood or otherwise half-forgotten memory, the flow of traffic melting into the distance and becoming water trickling downstream, sun shimmering through leaves caught by a breeze. In this, the band recall another Bristol band, Movietone, in their way of spinning sensory worlds out of small moments and slight emotions. Or they catch onto the lingering threads of Nick Drake that still wind their way through the folk memory of British indie music — most strikingly in Matt Ashton’s rippling acoustic guitar and the achingly beautiful vocal melody on “Carry A River In Your Mouth”.

“After The Rain, Strange Seeds” is an album that could suffer from vagueness. It revels in uncertainty and indecision: people, places and events unknown, processes cyclical or neverending, present and lost, there and not there. Its predecessor, 2019’s “The World Is A Bell”, leaned into this side of the band, expansively exploring mist- and haze-blurred landscapes across 80 minutes and two discs that encompassed deep excursions into their love of ambient and drone motifs.

For all the pleasure to be found sinking into that ever-shifting, liminal landscape, the band this time round seem determined that this thematic quality of indeterminacy be offset by something sharp and tangible in the sound. Their love of ambient soundscapes is still present in the repetitive rhythms and the occasional keyboard drone but it’s reined in enough to make a single disc of proper pop songs. In the production (by the band themselves) and the mix by John McEntire of Tortoise and The Sea And Cake (whose work on Yo La Tengo’s “Fade” is surely as important for this album as his many collaborations with Stereolab), the songs come out punchy and clear. From the opening of the first track, Lewis Young’s drums are a vivid, forceful presence, which together with the raw, coarsely textured sound of Gareth Jones’ bass gives the songs a satisfying, insistent foundation that places the music inescapably there, in the room with you.

This approach brings into focus the group’s character as songwriters and their feel as performers but doesn’t compromise the collage-like abstraction of their lyrics, made from fragmented sensations and images, connected by a photobook grammar of snapshot memories. As you travel through the songs, the ground and skies still shift endlessly, rolling like hills or thunder, touched with sadness but in touch with beauty, a shaft of sun illuminating drops of falling rain, and within it all a resolute and quietly eccentric optimism.

Boards of Canada - ele-king

 謎めいたプロモーションが世界各地で注目を集めてから1か月半ほど。いよいよ本日、ボーズ・オブ・カナダによる13年ぶりのオリジナル・アルバムの全貌が明らかになった。
 そもそもボーズ・オブ・カナダとはどういう文脈からあらわれてきたのか? 彼らの音楽を特徴づけるサイケデリアとは何なのか? そして新作『Inferno』はこれまでの彼らとどう違い、あるいはどう変わっていないのか? カクバリズムからアルバムをリリースしている若手プロデューサー/DJのtillを編集部に招いて、3人で話しました。

ボーズ・オブ・カナダが登場してきた背景

小林:まずはボーズ・オブ・カナダとは何者かというところから話をはじめていければと思います。

野田:人はなぜ夢見ることを夢見るのかってことだよね。

小林:なるほど。

野田:よく勘違いされているけど、ボーズ・オブ・カナダって最初はたいして騒がれなかったんだよ。いちばん最初にそのレコードを目にしたのは、テクノ・リスナーだったんだけど、なぜならテクノ系のレコ店にしか置いてなかったから。でも、スクエアプッシャーやμ‐Ziqが出てきたときのように、大勢がいっきに「おお~!」みたいな反応じゃなかった。最初は、少数の枚数しか輸入されなかったと思うし。
 大手メディアもたいして騒がなかったけど、『ジョッキー・スラット』のような熱心な小メディアだけは賞賛していたかも。とにかく、当時の状況を最初に説明しておくと、〈Warp〉というレーベルは、1992年くらいから90年代後半にかけて、テクノ・ファンのためのテクノ・レーベルとしての絶対的な信頼と人気があって、いまとは比較にならないぐらいに求心力があったのね。〈Warp〉から新しい12インチがレコ屋に入れば、それだけで、「今日、入ってたよ」って口コミで伝わるみたいな。

小林:良い時代ですね。

野田:でも、1998年ぐらいになると、シーンもずいぶん細分化していて、エレクトロニック・ミュージックのファンもいろいろ分かれていたよね。

小林:その頃、中学生でした。

野田:あの頃は、気になっている音楽は買うしかないし、ファンもそうだし、俺みたいなテクノ好きの音楽ライターもね。それでも、当時の〈Warp〉は圧倒的な人気レーベルだったから、〈Skam〉との合同リリースだったとはいえ、そこから出たという理由だけで『Music Has the Right to Children』を買った。日本盤も出なかったし、でも、その感想が徐々に口コミで広がっていって……。

小林:レコ店に入ってきたのは『Music Has the Right to Children』からですよね? あたかも「Twoism」(1995年)から評価されていたような書き方をしているオンライン記事を目にしましたが、2002年時点で800ポンド(当時15万円)で取引されていたそうですから、本国でさえ入手困難だったはずですし、「Hi Scores」(1996年)も入ってきていませんよね。

野田:毎週、2回以上は輸入盤店に通っていたけど、「Twoism」も「Hi Scores」もリアルタイムで見たことがなかったなー。三田(格)さんみたいな人は知っていたかもしれないけど、そもそも〈Skam〉というレーベル自体が当時はマニアックで、いまもそうか。俺は小林くんにあげたコンピ(1997年の『0161』)を買ったぐらいで、レゴ・フィートなんて誰も知らなかったから(笑)。小林くんにあげたあのコンピ、あれはね、当時はファンのあいだで騒がれたものでね、監視カメラの映像がジャケットで、参加アーティストにゲスコム(オウテカの別名義)に混じって、V/VMとザ・フォールがいるって、すごいでしょ。あげるんじゃなかったな。どうせ聴いてないだろうから、返してくれよ!

小林:そんな貴重だったんですね。

野田:あのコンピが店頭に並んだときのほうがバズがあったんだよ。〈Skam〉っオウテカが関わっているレーベルだから、やっぱ作品を出したら気になるじゃん。「Twoism」も「Hi Scores」も、入ってきたのは『Music~』の人気が出てきてから数年後のことだよ。俺が『remix』に入ってからだね。「入ったよ」ってレコ店の店長さんから言われて、当時の『remix』編集部のスタッフと一緒に買いに行ったのを覚えている。
 だから、日本では、2002年にビートインクがセカンドをプロモートするまでは、最初はテクノ・ファンと、クラバーと、一部のDJだけだったね、ボーズ・オブ・カナダを好んでいた人たちは。でも、作品が良いから、けっこうアンダーグラウンドでは人気が上昇していって、2000年くらいには地方のクラブでも人気あったんだよね。

小林:『SNOOZER』も取り上げてましたね。

野田:『Geogaddi』のときにね。あれがロック・メディアからの最初の反応だったね。

小林:あのときインタヴューが載ったのは、『remix』と『SNOOZER』だけでした。あの記事には衝撃を受けましたが。

野田:はははは、貴重だよね(笑)。

小林:いま思えば、よく取材に応じたましたよね。

野田:では、なぜボーズ・オブ・カナダは、テクノ・ファンのためのテクノ・レーベルとしての絶対的な信頼をもっていた当時の〈Warp〉から出たのにもかかわらず、すぐに火が点かなかったか、当時、なぜ〈Warp〉をライセンスしていたソニーは日本盤を見送ったのかという話がここでは重要なんだよ。ケミカル・ブラザースみたいなデジロック(ロック調のエレクトロニック・ミュージック)全盛で、そんな時期に〈Warp〉はブロードキャストみたいなインディ・ロックに手を出して、テクノ・ピュアリストたちのヒンシュクを買いはじめていた矢先でもあったんだけど、ボーズ・オブ・カナダは完璧にエレクトロニック・ミュージックでありながら、当時のエレクトロニック・ミュージックのどの潮流にも属さなかったからなんだよ。
 当時の〈Warp〉系は——エイフェックス・ツインとオウテカがその典型だけど、複雑な構造の複雑なリズムのほうに腐心していたじゃん。スクエアプッシャーもそうだけど、あの頃は、フロア寄りの単純な4つ打ちから離れることが「良し」と思われて、〈Warp〉系はそっちに走った。マイケル・パラディナスにしても、ルーク・ヴァイバートにしてもそう。とくに重要だったのは、エイフェックス・ツインの “Come to Daddy” と “Girl/Boy Song”、そしてあれですよ、オウテカの『LP5』と「EP7」ね。あのワケわからない実験的なサウンドが、初めてシーンのなかでファンたちから評価されていった時期でもあったのね。

小林:かたやデトロイトはカール・クレイグのジャズや……

野田:ドレクシアのエレクトロも同時代の日本では理解されていなかったけど、ムーディーマンとセオ・パリッシュはアンダーグラウンドで火が付いていった頃だね。URの『Interstellar Fugitives』も1998年だったね。

小林:そんなときに『Music~』が……

野田:オウテカをメイン・アクトとして最初に日本に呼んだのは田中フミヤだったけど、彼は当時、日本のテクノDJのなかでもっともそのときのUKのアンダーグラウンドで起きていることを知っているDJでもあったのね。レディオヘッドがその名を影響源として挙げる数年前から、UKのアンダーグラウンドでいちばん評価が高かったのはオウテカだったの。

小林:へー。

野田:ようやくオウテカの時代が来たっていうときで。で、そういうなかでさ、『Music~』が店頭に並ぶ。ぜんぜん違うじゃない? 『Music~』におけるリズムの構造はものすごくシンプルで、メロディがあって、当時のテクノ・キッズが「すごい」って思いはじめていたオウテカやエイフェックスたちとは真逆のアプローチだったんだよ。あの時代は、それこそエイフェックス・ツインがあまりにも突出していたし、オウテカもいよいよその真価を発揮しはじめてきてて。『LP5』を聴いて、『Music~』を聴いてもらえれば、その違いにびっくりとする思うよ。
 bpmにしてもさ、ハウスやテクノのそれではなかったじゃん。むしろ、DJプレミア、DJ KRUSH以降のミニマルなヒップホップ・ビートにハマるダウンテンポだったわけで、そのサウンドも、〈Warp〉系たちが構造的な複雑さに部分に注視するのとは真逆で、構造よりも質感、すなわちテクスチュアの創造に注力していた[*クラシックにおける構造的なテクスチュアとは別に、エレクトロニック・ミュージックでは、その音の質感をそのように呼んでいる]。もちろんボーズ・オブ・カナダがその先駆者というわけではない。エイフェックスの『Ambient Works Vol.ll』なんかテクスチュアの作品だったし、シーフィールの諸作にもベーシック・チャンネルにもテクスチュアはあった。ボーズ・オブ・カナダの場合は、そのテクスチュアに個性があって、とくにかくあの、色褪せた、霞んだような音像だよね。いまでこそ、それは珍しくないけれど、当時としては独特だったんだよ。だから、当時のエレクトロニック・ミュージックのほかのどれかと同じように括れなかったのよ。後からそれは、エイフェックスよりもコクトー・ツインズやケヴィン・シールズがやってきたことに近かったと言えなくもないけど、決定的に違ってもいるよね、ビートが。だから、そのときは、これがなんなのか、わかってなかったよね。

小林:なるほど。

野田:オウテカみたいなのを聴いているなかでボーズに出会ったときは、あまりにもシンプル過ぎて。だってあの時代は、グリッチがあって、ブレイクコアみたいなのがすでに控えていたんだよ。そんなときにね、あの素朴なビートなわけで。でも、それこそが新たな起点になるわけだからね。結局、あれが2000年代に向けてのひとつの回路をつくったんだよ。

小林:感動的ですね!

野田:いや、そうでもなかったんだけど、でも、シーンに新たなキーワードを投げたことはたしかだよ。なぜなら彼らの本質は、「サイケデリック」ということなんだから。俺個人のリスニング史でいえば、エレクトロニック・ミュージックからアニマル・コレクティヴに早く関心を向けられたのも、ボーズ・オブ・カナダを聴いていたからだったと思うよ。もっといえばヴァシュティ・バニヤンのリヴァイヴァルもね、初期のフォー・テットはもちろん、ティコとかさ、ボーズ・オブ・カナダがいなかったら生まれたなかった作品は多いと思うよ。たとえば、具体的に影響を受けているかどうか知らないけど、音の質感の粒子の粗さを面白がるのって、フライローのファーストなんかのヒスノイズっぽい質感とか、それはBurialにもあるし、ヴェイパーウェイヴにもそれはあるし。劣化しているからこそ美しいみたいな倒錯の美学がさ。

小林:サイケデリックといえば、彼らの曲には “1969” など60年代を指示しているようにとれる曲がちょこちょこあります。

野田:彼らには “Nothing Is Real(リアルなものは何もない)” という曲があって(『Tomorrow's Harvest』収録)、これはザ・ビートルズ “Strawberry Fields Forever” の有名な一節で、サイケデリックを象徴することばだよね。『Music~』の人気曲 “Aquarius” で繰り返される「オレンジ」という言葉も、オレンジ・サンシャインっていうサイケデリック革命時の最強のLSDがあって、明らかにそれを仄めかしている。

小林:曲名の「アクエリアス」自体が水瓶座ですから、「水瓶座の時代」ですよね。

野田:「アクエリアス」とは、サマー・オブ・ラヴを象徴する大ヒットしたロック・ミュージカル『ヘアー』の主題歌で、その歌詞は、ヒッピー精神のマニフェストと言えるものだったんだよね。「水瓶座」は、ものすごく重要な、60年代的なキーワードだよ。『ヘアー』のなかで歌われる60年代の “Aquarius” は、資本主義/物質主義の否定から自然回帰的な思想が説かれているんだけど、『Music~』の頃のボーズ・オブ・カナダにも、そういう無垢なものに対する強烈な飢餓、自然に対する大いなるシンパシーが露骨ではないけど、出ていたよね。

小林:そこもほかの当時のエレクトロニカとは一線を画しますね。

野田:いや、まったく。それは、ボーズ・オブ・カナダというユニット名からも読み取れる。ボーズ・オブ・カナダという奇妙な名前は、そもそも、彼らが子どもの頃に見ていたカナダ国立映画制作庁(National Film Board of Canada)の教育映画やドキュメンタリー番組に由来している。ふたりはスコットランド出身だけど、幼少期の一時期、父親の仕事の関係でカナダのアルバータ州の自然のなかで暮らしているんだよね。

小林:その自然への憧れは『The Campfire Headphase』(2005年)にもつながっていきます。

野田:『Music Has the Right to Children』という題名もそうだよね。直訳すると「音楽は子どもたちに権利を持つ」だけど、意訳すれば、「音楽とは、そもそも子どものような無垢な魂に向けられたもの」ということになるか、もしくは、「ハーメルンの笛吹き男」的な、音楽が子どもたちを誘惑できるというニュアンスにも読めなくもない。それから、ロッキー山脈をバックに撮影した家族写真には、表情がない。だから、牧歌的な心地よさともまた違うんだよね。tillくんはどう思った?

till:ぼくはまったくもってリアルタイムではないので……生まれたのが2001年です。ダフト・パンクの『Discovery』が出た年。

野田:『Discovery』のとき、俺はもう30後半だったよ。

小林:ちょうど今日の3人は20ずつくらい歳が離れていて、きれいに3世代に分かれています。

野田:いいね、儒教的じゃなくて。ところでtillくんがボーズ・オブ・カナダを知ったきっかけは?

till:ぼくは先にマウント・キンビーにハマって。すごいかっこいいなと思って。

野田:たしかに、似てるね。初期のマウント・キンビーは。

till:そこから〈Warp〉の人たちを聴くようになって。レーベル設立30周年のとき、「Peel Session」(2019年盤)を聴いてボーズ・オブ・カナダを知りました。

小林:未発表だった “XYZ” が追加されたヴァージョンだよね。

till:そう、それがすごくよくて、何回も聴いて。それが最初の出会いでしたね。2019年。そこから「Hi Scores」を聴いたりして、かっこいいと思って……という流れでしたね。

小林:野田さんが言った、彼らが新しいサイケデリックの道をつくって、その流れのさらに先のところで出会った感じですね。

till:ほんとうに逆の順番で。それこそフォー・テットがいたバンドのフリッジも先に聴いていて。すごく好きでした。そのうえでのボーズ・オブ・カナダだったので。

野田:さっきも言ったけど、『Music~』が日本に最初に入ってきて、しばらく経ってから反応したのがヒップホップ系で、DJ KRUSHの影響を受けたDK KENSEIやDJ KLOCKあたりがボーズ・オブ・カナダをよくかけたんだよ。だって俺、“Aquarius” を完璧に覚えたのは、クラブのフロアだったもん。

小林:たしかにボーズ・オブ・カナダはビートがヒップホップですよね。

野田:トリップホップとも近いところがあるよね。でも、それを言ったら、その数年前にはマッシヴ・アタックとトリッキーみたいな超強力なのがあったりして。だから、ボーズ・オブ・カナダは時期的にも、トリップホップ系がもうひと段落してしばらくしてからの登場だった。でも、ヒップホップとの相性は良かったことはたしかだよ。cLOUDDEADとか、ずっとあとになってWhy?とかOdd Nosdam とか、アンチコン系のリミックスをやっていたから、やっぱアメリカでもそっちの流れで受けていたんだろうね。

小林:あの頃の、アメリカのオルタナティヴなヒップホップとの交流は面白いですね。ボーズ・オブ・カナダ=マイブラと言ってしまいたいところからも逸れていたことの証左なわけだし。

野田:それもそうだし、いまもそうかもだけど、そもそもヒップホップのDJが〈Warp〉の音源までチェックするなんてことは、まずないわけですよ。〈Warp〉ってテクノだし、ある意味、ヒップホップのDJがいちばんアプローチしづらいジャンルなんだよね。そこを横断して、まずはボーズ・オブ・カナダを見つけて、それがヒップホップのミックスのなかでも通用すると思えた彼らのセンスがすばらしかったよね。リキッドルームであれがかかると「うぉー!」って歓声が沸いたんだから。

小林:良いですね。

野田:ああ、すごく良かったよ。

小林:『Music~』は98年当時は日本盤が出なかったという話ですが、ぼくがリアルタイムで聴いた最初のアルバムが『Geogaddi』(2002年)で、「In a Beautiful Place Out in the Country」(2000年)は長崎のタワレコに入っていたのでその前に聴いたおぼえがありますけど、そもそもエレクトロニック・ミュージック自体を聴きはじめたのが2001年だったのでリアルタイムではなかったです。『Geogaddi』と同時発売でようやく『Music~』も日本盤が出て、そのときはもうわりと大物感があったような気がします。

野田:まだ大物感はぜんぜんなかったけどね。〈Warp〉といえば、エイフェックスで、オウテカで、トゥー・ローン・ソーズメンで、やや玄人好みでナイトメアズ・オン・ワックスやプラッドって時代だったし。さっきから同じこと言ってるけど、ボーズ・オブ・カナダは草の根的に、好きになったファンが口コミで評価を高めていった人たちの代表みたいな感じだよね。

小林:2002年に〈Skam〉が「Hi Scores」をリプレスして、〈Warp〉も「Twoism」をライセンスして、ようやく初期作が手軽に聴けるようになりました。ボーズ・オブ・カナダの音楽の核は、この2枚と『Music~』でもう確立されていますね。

野田:稲垣足穂の『一千一秒物語』じゃないけれど、『Music~』以降の作品はその解説というか。

小林:ヴァリエーションのような感じはありますよね。更新はされていますが。

野田:あと “Happy Cycling” (『Peel Session』1999年盤収録)も東京では人気だった。あれもクラブで聴くと圧倒的なんだよなー。

till:いまもファンのウィキみたいなところで自然と評価が上がっていく音楽ってありますけど、それをそうとう早い段階で体現していたんですね。

野田:そうね、リアルな現場でね。

ボーズ・オブ・カナダのサイケデリア

野田:90年代初頭からクラブ・ミュージックに入った人たちは、1990年代後半になると、そろそろサイケデリックに疲れはじめてきてて。もう何年間もサイケデリックな音楽ばかりを聴いていたから、もうサイケはいいや! って。

小林:レイヴやテクノですよね。

野田:俺なんか一時期は、サイケデリックではない音楽は全部切り捨てていたくらいで。だってさ、ロックが面白くなったのは、サイケデリックを通過したからでしょ。ジミヘンがいないロックなんて……。

小林:サウンドを拡張したわけですからね。

野田:サイケデリックとは何かを考えるに、サイケデリックではないものは何かを考えるとわかりやすいんだけど、サイケデリックでない音楽とは、歌謡曲やJポップだったりするわけじゃん。サイケデリックって、感情移入でも癒しでもない。夢見るための音楽であり、言うなれば、正気だと思っている認識を否定する音楽。ひどい話だね(笑)。

till:面白いですね。ぼくが「Peel Session」の2019年盤を聴いてびっくりした理由も、そこにある気がします。もうポスト・ダブステップも終わっていた時代ですが、つくり手でもある側としては、聴いているとDAWのボックス上でどうなっているかが透けてみえるようなものも、ポスト・ダブステップの曲にはありました。サンプルがどう並べられているかとか。でも音楽はそうしたPCのインターフェイス上の面白さではないというか、いま話されたような正気じゃいられなくなる、いられなくするものを求めていたから、それが “XYZ” にびっくりした要因だったのかもしれないと思いました。

小林:2019年といえば、UKジャズに勢いがあって、ロンドンからは新しいインディ・バンドがたくさん出てきて、Spotifyがハイパーポップをつくった時期です。

till:EDM的なものが鳴りを潜めていた時期だった気がします。ディスクロージャーも少し活動休止していたようなタイミングで、みんなが次の何かを探しているじゃないですけど、どうなるのかなって思ってる時期だった気がします。ぼくの体感としてはですけど。ハイパーポップがガーッとなるのはその直後というか。

野田:2000年代初頭のエレクトロニック・ミュージックの状況をいえば、グリッチ(エレクトロニカ)があった一方で、エレクトロクラッシュがあった。だからちょっといまの状況と似ているかもしれないよね。エレクトロクラッシュをハイパーポップだとすると。

till:その後コロナ・パンデミックでぜんぶ変わっちゃうんですけど。

野田:ボーズ・オブ・カナダが出てきた90年代後半って、そろそろサイケに疲れて、レイヴ・カルチャーにも飽きてきた時期でもあったんだよね。だから、90年代後半の思い出を言えば、友だちの家に行ってお互いが好きな音楽をいっしょに聴くとか、そんな感じだったの。言うなれば、コーネリアスの『ファンタズマ』の世界だね。しかし、そこもボーズ・オブ・カナダが変えたよね。ボーズ・オブ・カナダのもうひとつの隠された功績は、かつて外に出かけていた人たちに、でもまた外に出てみようかなって気持ちにさせたこと。それがサイケデリアってことじゃない。

小林:なるほど。

野田:彼らは幼い頃カナダの自然の近くに住んでいたんだよね。ボーズ・オブ・カナダには明らかにそうした無垢な何かをとり戻したい欲望がある。

till:メディアとの距離の置き方にもそれが出ているかもしれませんね。すごくアーティスティックなところがある。

小林:そうした憧れがとりわけ大きく出たのが『The Campfire Headphase』かなと、聴きかえして思いました。あからさまな鳥の鳴き声とか、アコースティック・ギターの感じが。

野田:そこはいかにも英国的なロマン主義を感じるよ。ボーズ・オブ・カナダが台頭してから数年後に、ジ・インクレディブル・ストリング・バンドみたいな英国フォーク・リヴァイヴァルがクラブ世代のなかでリヴァイヴァルしたのは明らかにつながりがあったよね。

till:ロマンティックですよね。それはすごく思います。『The Campfire Headphase』から明確にバンド・サウンドになっていきますよね。ギターがわりと前に出てきて。

野田:もともとバンドをやっていたんだよね。でもさ、影響を受けたのがディーヴォって言ってるのが、音楽的にも見た目にも信じられないんだけど(笑)。でも、ボーズ・オブ・カナダがディーヴォなんだよ! ディーヴォって、アメリカのアクロンっていう、タイヤで有名な都市から出てきた、文明に対するクリティックでもあって、そこがボーズ・オブ・カナダとつながってると言えなくもないのか。

till:そうしたロマンティックな部分は新作の『Inferno』っていうタイトルにもつながってきます。

野田:ディーヴォはまったくロマンティックじゃないけどね。アンチ・ロマンだな。

小林:彼らはほのめかすようなタイトルが多いですよね。

野田:さっきも言ったけど、『Music Has the Right to Children』もちょっと変なことばだよね。主語が逆転している感じがあって。「子どもたちこそ音楽を聴く権利がある」くらいだと通りはいいのに、「音楽は子どもたちに権利をもつ」って。

till:なんかアンデルセンっぽくないですか。ヨーロッパ的というか。

野田:サイモン・レイノルズは『Music~』を「時間のエキゾティシズム」って言っているんだよね。ようは、失われた子ども時代、終わってしまった子ども時代、かつてあっていまはなきもの。

小林:ボーズ・オブ・カナダのサウンドには、心地いい意味での懐かしい感じと、他方でそこにずっと浸りつづけていたいわけではない、ホラーっぽい部分もありますよね。すごく不思議な感覚。

till:ボーズ・オブ・カナダはよくノスタルジーと絡めて語られることが多いですけど、ノスタルジアということばには注意が必要だなと思っていて。彼らのノスタルジアの対象って、存在しないんですよね。そんな時代も、そんなモノもない、その「ない」ものに対するノスタルジアなんです。そもそもノスタルジアということばが地理的な意味ではなく時間的な意味をもちはじめたのが、たしか第一次世界大戦の頃からなんですよ。

小林:その頃「郷愁」ではなく「懐古」のニュアンスが出てきた、と。

till:そう。だから時間のノスタルジアは比較的新しいんです。1950年代や60年代の頃、ノスタルジアは、「ない」ところに向かって何かを思い描いて、「いまではないほうがよかった」というような思いを馳せるもので、それはボーズ・オブ・カナダがやってることと近い。それぐらい心地よさ、エクスタシーを求めているということなんでしょうけど。ただその気持ちよさの追求には危険なところもあって。「Make America Great Again」だってノスタルジーで、快感を与えるものだから。

小林:なるほど。その「ない」は、さっき野田さんが言ったジャケット写真の顔の欠如とつながりますね。

till:顔ハメ看板みたいなものですからね。任意のものを当てはめられる。

野田:だから、ノスタルジーではなく、ホーントロジーという言葉が重要になってくるよね。「いまは亡きものたちが現在を侵食する」みたいな感覚。「過去の亡霊が現在に生きる」、これはBurialの、「いまは再開発などで変わり果ててしまった、しかしかつてそこではレイヴがあった場所」なんかに感じる感覚とも似ている。Burialほどの悲しみはないけどね。いずれにしても、「いま亡きものたちの存在」「失われた未来」をテーマにした音楽が2000年代なかばから2010年代にかけて台頭する。ザ・ケアテイカーみたいなやつね。その先陣を切ったのが、ボーズ・オブ・カナダだった。この記事の俺の発言もホーントロジーということで(笑)。

後編につづく

heykazma - ele-king

 エレキングでの連載「融解日記」でもおなじみの若手DJ、この2月にめでたくデビューEP「15」を送り出したheykazmaですが、そのリリース記念パーティが開催されることになりました。6月26日(金)@下北沢SPREADに駆けつけましょう~。

注目のα世代DJ heykazma、デビューEP『15』
配信リリース記念パーティーを下北沢SPREADにて開催
ゲスト北村蕗によるライブ演奏も

2026年6月26日、アルファ世代の新星DJ heykazma(ヘイカズマ)のデビューEP『15』のリリースパーティーを下北沢SPREADにて開催します。

当日はheykazmaによる80分のDJセットの他、親交の深い北村蕗のライブや、heykazmaと北村蕗による2人組DJ/音楽ユニットmachakaruのB2Bセットにより、会場をハッピーに盛り上げます。
またアートディレクターManami Masudaのイラストをあしらったリリース記念heykazmaキャンバストートも販売します。

<heykazma 1st EP "15" Release Party開催概要>
【日時】2026.06.26 Fri OPEN 18:45 / START 19:00
【会場】下北沢SPREAD
【出演者】[DJ] heykazma、machakaru (kuyurimi & heykazma) /
     [LIVE] 北村蕗
【企画協力】U/M/A/A Inc.
【チケット】https://livepocket.jp/e/r-t9x
前売券:¥3,000  U-25:¥2,500 当日券:¥4,000
※前売・U-25合わせて先着80名限定となります。
※いずれも+1ドリンクのオーダーをお願いします。

<キャンバストート イメージ>

■コメント動画
heykazma & 北村蕗からのコメント動画はこちら
https://www.youtube.com/shorts/IJQ-k-l3hSU

■リリース情報
heykazma 1st EP 『15』【リリース情報】

タイトル:『15』(フィフティーン)
アーティスト:heykazma
配信日:2026年2月2日

収録曲:
15
Pre Pariiiiiiiiiiiiiiin
Pariiiiiiiiiiiiiiin
Cat Power
Acid Noise

発売元:U/M/A/A Inc.
ダウンロード価格(税込)
単曲|通常:¥255 ハイレゾ:¥510
バンドル|通常:¥1,069 ハイレゾ:¥2,138
サブスクリプション/ダウンロードはこちらから
https://lnk.to/heykazma_15

アルファ世代の新星DJ heykazmaのデビューEP『15』
ノイズからジュークまでアンダーグラウンドな音楽を自発的に聞き始めた3歳の頃から、2026年現在までの豊富な音楽体験によって育まれた自由奔放な感性の今を詰めこんだ作品。2010年に仙台で生まれ、東日本大震災や風営法やコロナなど音楽業界に於いて波乱の時代にありながらも、圧倒的な好奇心で軽やかに音楽やエンターティメントに触れ慣れ親しみ、やがて自ら創造する側へと。希望に胸を膨らませた15歳の才能の船出と決意、育ってゆく中で手にしたメモリーズを集約させたピュアな記念碑的EP。

<Credit>
Maiya Toyama(illiomote) - Bass(Track 1)
Case Wang - Mix&Mastering
ALi(anttkc)- MV Director
Yuki Kawamura - Produce
写真:飯田エリカ
デザイン:Manami Masuda
hair&make:hitomi andoh
Costume cooperation:miku moritake, Chiiika., chichiiiiichichi, ALIGHT
from 「Eternal Girl Meets Mermaid」

◾️出演者プロフィール
heykazma

2010年生まれのアルファ世代(16歳)DJ、作曲家、モデル、オーガナイザーなど多方面で活躍中のアーティスト。幼少期から音楽に親しみ、9歳からDJ活動を開始、エレクトロニック・サウンドを軸とした多彩なプレイスタイルを展開中。学業の傍ら、VOGUEの「Best Dressed 2025」選出や「ele-king」でのコラム連載、自主企画「yuu.ten」をオーガナイズするなど精力的に活動。また、kuyurimi(北村蕗)とのユニット・machakaruや、カメラマン東京神父、音楽家北村蕗と共にフォトコレクティブ・HEAVENLY KILLERSのメンバーとしても活動中。2026年2月にはデビューEP「15」をリリース、7月には新曲のリリースを控えている。

公式サイト:https://sites.google.com/umaa.net/heykazma-official/home
Instagram:https://www.instagram.com/heykazma/
lit.link:https://lit.link/heykazma

北村蕗

2023年3月に初の配信シングル「amaranthus feat. 梅井美咲」をリリースし、7月にFUJI ROCK FES’23 のROKIE A GO-GOに出演。ダンスミュージック、ジャズ、フォーク、エレクトロニカなど、様々なジャンルを横断するサウンドで注目を集める。2024年7月には、2年連続となる FUJI ROCK FESTIVAL ’24 への出演を果たす。2025年3月にはSXSW2025に出演し、11月26日に1stアルバム『Spira1oop』をリリース。2026年5月には恵比寿LIQUIDROOMでワンマンライブ「Don't MIDI me」を開催。冨田ラボのメンバーとしての活動に加え、Tomgggとのコラボレーション、梅井美咲とのユニット「°pbdb」、kuyurimi名義でDJ活動するなど、多面的なプロジェクトを並行して展開している。

X: https://x.com/FukiKitamura
Instagram:https://www.instagram.com/kitamurafuki

machakaru

Photo by Utae

kuyurimi(a.k.a 北村蕗)とheykazmaによるB2Bユニット。
決まったスタイルはなく、そのとき気になる音を、なんかいい感じに繋いでいく。
真面目すぎず、ちゃんとふざけつつ、でもちょっとズレててクセになる。じんわり場を温める仲の良いふたり組。

5月のジャズ - ele-king

Wendell Harrison with the Tribe Jazz Ensemble
Love Is Everywhere~Pharoah Sanders Tribute Live

Pヴァイン

 今月はトリビュート・アルバムやカヴァー作品に良いものが多かった。1970年代にデトロイトの伝説のレーベルである〈トライブ〉をフィル・ラネリンと共同で設立し、その後1980年代も〈リバース.〉や〈ウェンハ.〉という自主レーベルを立ち上げ、デトロイト・シーンを牽引してきたマルチ・リード奏者のウェンデル・ハリソン。スピリチュアル・ジャズにおけるレジェンド的な存在の彼は、2009年にはフィル・ラネリン、マーカス・ベルグレイヴ、ダグ・ハモンドといった〈トライブ〉の同志と、カール・クレイグ、アンプ・フィドラー、ジョン・アーノルド、カリーム・リギンズといった下の世代のアーティスト、異種のジャンルのミュージシャンとコラボし、『Rebirth』というアルバムをリリースした。近年もフィル・ラネリンと共にエイドリアン・ヤング、アリ・シャヒード・ムハマッドのプロジェクト『Jazz Is Dead』に参加するなど、老いを感じさせない活躍を見せている。そして、2025年7月20日のデトロイト芸術大で開催されたコンサート・オブ・カラーズ・フェスティヴァルで、2022年に他界したファラオ・サンダースのトリビュート・ライヴをおこない、その模様を収めたものが本作となる。ウェンデル・ハリソンにとってファラオ・サンダースはほぼ同時代を生きたアーティストで、お互いに共鳴したり影響を与えたところもあったと想像されるが、生涯を通して共演することはなかった。ファラオの死から3年ほど経過し、改めて彼の功績をたたえると共に、世界中で紛争が拡大する現在、ファラオが音楽を通じて放った愛と平和のメッセージを世に問うコンサートだったと言える。

 演奏メンバーはハリソン夫人でもあるピアニスト/シンガーのパメラ・ワイズ、マーカス・ベルグレイヴの息子であるサックス/フルート奏者のカサン・ベルグレイヴ、ブラック・ライト・コレクティヴというデトロイトのジャズ/ファンク/ヒップホップ集団に参加する新進トランペット奏者のアレン・デナード、ニッキー・オー名義でハウス方面でも活動するシンガーのスカイ・コヴィントンなどが参加。ウェンデル・ハリソンとパメラ・ワイズを除き、比較的若いメンバーによる演奏となる。演奏曲目は “Love Is Everywhere”、“The Creator Has A Master Plan”、“Thembi”、“Sun Song” などファラオ・サンダース及びその盟友のレオン・トーマスの楽曲ほか、〈トライブ〉時代にフィル・ラネリンが録音した “He The One We All Knew” や、ソニー・クラークの “Softly As The Morning Sunrise”、ホレス・シルヴァーの “Song For My Father” といったスタンダード曲もやっている。そうしたなか、やはりハイライトは “Love Is Everywhere” だろう。スカイ・コヴィントンが歌う女性ヴォーカル・ヴァージョンとなっているが、オリジナルのピースフルで愛に満ちた雰囲気を引き継いだ演奏だ。

ウェンデル・ハリソン:Love is Everywhere (Live)

ファラオ・サンダース:Love Is Everywhere - YouTube


Heliocentrics, Marshall Allen, Knoel Scott, Bilal
Nuclear War

Strut

 サン・ラーの『Nuclear War』が発表されたのは1982年。1979年に起きたスリーマイル島原発事故を受けて作られた楽曲だが、これをリリースしたのがポップ・グループなどで知られるポスト・パンク/ニュー・ウェイヴの〈Yレコーズ〉というのも面白い。それから33年を経た2015年、サン・ラー・アーケストラのメンバーであるマーシャル・アレンとノエル・スコットに、マルコム・キャトー、ジェイク・ファーガソンらによるジャズ・ファンク・バンドのヒーリオセントリックスがジョイントし、“Nuclear War” が再録された。録音されたまま日の目を見ることなく未発表状態が続いていたのだが、今年になってようやく発表された。2015年当時を振り返ると、ヒーリオセントリックスはムラトゥ・アスタトゥケ、ロイド・ミラー、メルヴィン・ヴァン・ピープルズ、オーランド・ジュリアスといったカルトなアーティストたちとのコラボを続けてきた途上にあり、マーシャル・アレンはノエル・スコットらサン・ラー・アーケストラのメンバーを率い、サン・ラーの遺志を引き継ぐようなライヴ活動をおこなっていた。2015年は『Live At Babylon』というライヴ・アルバムを発表していて、ちょうどその頃に近い録音だ。サン・ラー・アーケストラは新録としては1999年に『A Song Of The Sun』を発表してから、2020年の『Swirling』まで期間が空いており、その空白を埋めるようなレコーディングだったと言える。

 “Nuclear War” 以外では サン・ラー・アーケストラの代表曲のひとつである “Angels And Demons At Play” や、レア・グルーヴ方面でも人気の高い『Lanquidity』(1978年)収録の “Where Pathways Meet” もやっている。原曲はサン・ラーのなかでも極めてファンキーな1曲として知られるが、今回はそのレア・グルーヴ感を増幅させたジャズ・ファンクで、いかにもヒーリオセントリックスらしい演奏と言える。また、“Astro Black” にはビラルがヴォーカルで参加。意外な組み合わせのように見えるが、そもそも彼はロバート・グラスパーなどとの関りからジャズの造詣も深く、この当時はエイドリアン・ヤングやケンドリック・ラマーたちと仕事をしていた時期に当たる。サン・ラーが拠点としていたフィラデルフィアの出身でもあり、彼なりに意味のあるレコーディングだったようだ。

ヒーリオセントリックス、M・アレン、N・スコット:Where Pathways Meet

サン・ラー:Where Pathways Meet (Remastered)


Warren Wolf
Smoove Vibes

Outside In Music

 ウォーレン・ウルフはボルティモア出身のヴィブラフォン奏者で、クリスチャン・マクブライドのグループや、SFジャズ・コレクティヴなどの参加で名を上げた。ソロ・アルバムは2005年の『Incredible Jazz Vibes』以来、数々リリースしてきており、2024年には彼が影響を受けたヴィブラフォン奏者のテリー・ギブス、ライオネル・ハンプトン、ミルト・ジャクソン、ボビー・ハッチャーソン、カル・ジェイダー、ゲイリー・バートン、ロイ・エアーズ、デイヴ・サミュエルズ、ジョー・ロックの楽曲を演奏した『History Of The Vibraphone』をリリースしている。テリー・ギブス、カル・ジェイダー、デイヴ・サミュエルズなどのようにヴィブラフォンとパーカッションやドラムを兼ねる演奏家でもあり、ときにピアノ演奏やヴォーカルを見せることもある。ラテン系の楽曲も得意で、キューバ出身でディジー・ガレスピーの楽団でも演奏したアフロ・キューバン・ジャズの始祖であるチャノ・ポゾのトリビュート作品集をリリースしたこともある。

 最新作の『Smoove Vibes』はオリジナル曲もあるが、様々な作品のカヴァーで多く構成されていて、デイヴ・ブルーベックのジャズ古典の “Take Five” から、ラムゼイ・ルイスがモーリス・ホワイトのプロデュースでアース・ウィンド&ファイアをバックに吹き込んだ “Sun Goddess”、ブレッカー・ブラザーズのジャズ・ファンク “Some Skunk Funk” など、多彩なスタイルの楽曲をやっている。なかでも目を引くのは “Fábrica” だろう。オリジナルはブラジルのピアニストのセザール・マリアーノがCIAというバンドを率いた『São Paulo • Brasil』(1977年)に収録されており、アジムスのファースト・アルバムと並ぶブラジリアン・フュージョンの傑作アルバムである。“Fábrica” は1980年にハリス・サイモン・グループによって “Factory” の英題でも演奏されていて、こちらも昔からジャズDJの間では知られるところだ。ウォーレン・ウルフのカヴァーは比較的原曲のセザール・マリアーノのヴァージョンに近いもので、エレピのメロウな響きにヴィブラフォンを重ねている。中間のヴィヴラフォン・ソロは彼独自のもので、カル・ジェイダーの演奏を彷彿とさせるものだ。

ウォーレン・ウルフ:Fábrica

セザール・マリアーノ&CIA:Cesar Mariano & CIA - Fabrica - YouTube

ハリス・サイモン・グループ:Harris Simon Group ‎– Factory


Seu Jorge
The Other Side

Amor In Sound

 2000年代以降のブラジル音楽界を代表するシンガー・ソングライターのセウ・ジョルジ。ジョルジ・ベンジョールに影響を受け、サンバ・ファンクやサンバ・ロックのサウンドに乗せて、ギル・スコット・ヘロンに似た低音ヴォイスでメッセージ性に溢れる歌を歌う。また、『City Of God』(2002年)をはじめ映画出演も多く、俳優としての顔も持つ。ブラジル音楽にとどまらずいろいろな音楽を吸収していて、2005年にはデイヴィッド・ボウイのカヴァー集である『The Life Studio Sessions』というアルバムをリリースし、ボウイ自身が絶賛した。2010年の『Seu Jorge And Almaz』ではマイケル・ジャクソンの “Rock With You”、ロイ・エアーズの “Everybody Loves The Sunshine”、ケイン&アベルの “Girl You Move Me” などをカヴァーし、これまたセンス溢れる選曲となっていた。ブラジル国内にとどまらない国際的な人気を有するアーティストで、2012年のロンドン・オリンピックの閉会式、2016年のリオデジャネイロ・パラリンピックの開会式でのパフォーマンスも知られるところだ。

 彼の最新作『The Other Side』はブラジル内外の様々な楽曲をカヴァーしている。ミルトン・ナシメントの1969年のデビュー・アルバムに収録された “Crença”、エリス・レジーナ、ナラ・レオ、ロー・ボルジェスなどで知られる “Vento de Maio” (テオとマリシオのボルジェス兄弟の作詞作曲)などブラジルの作品から、前述のケイン&アベルの “Girl You Move Me” の再演、アメリカのベックも交えてのニック・ドレイクのカヴァー “River Man” など。なかでも素晴らしいのはアルトゥール・ヴェロカイの “Caboclo” のカヴァーだろう。ヴェロカイの1972年のデビュー・アルバムの冒頭を飾るナンバーだが、ここではミゲル・アットウッド・ファーガソンによるストリングスの助けを受け、原曲のコズミックでサイケデリックな雰囲気をうまく再現している。

セウ・ジョルジ:Caboclo

アルトゥール・ヴェロカイ:Arthur Verocai – Caboclo

Cornelius - ele-king

 すでに“夢寝見”で、そのドリーミーなポップを楽しんでいるところにいよいよです。コーネリアスの3年ぶりのニュー・アルバム『Refractions』が8月19日(水)に発売されるのであった。ジャケットは、サイケデリックです。
 ショーン・オノ・レノンがヴォーカルで参加した収録曲の“Aeons”も配信されたばかり。こちらもサイケデリックです。

 なお、『Refractions』は通常盤と、ワーナーミュージック・ストアのみで販売される限定盤『Refractions (Deluxe Edition)』という、ふたつの形態が発売される。『Deluxe Edition』には、コーネリアス本人によるスプレー・ワークがそれぞれの盤に施されているほか、『Refractions』の通常盤CDと、 2024年7月に活動30周年を祝して行われた「Cornelius 30th Anniversary Set」を収録したBlu-rayディスクや、さらに、ミラーやアクリル板なども封入される。
 また、9月からの全国ツアーも発表された。フライヤーまでサイケです。

CORNELIUS REFRACTIONS TOUR 2026

 9/10(木) 神奈川・KT Zepp Yokohama
 9/12(土) 広島・広島クラブクアトロ
 9/13(日) 福岡・Zepp Fukuoka
 9/19(土) 北海道・Zepp Sapporo
 9/22(火/祝) 愛知・Zepp Nagoya
 9/23(水/祝) 大阪・Zepp Namba (OSAKA)
 9/26(土) 宮城・仙台PIT
 10/2(金) 東京・Zepp Haneda (TOKYO)
 10/3(土) 東京・Zepp Haneda (TOKYO)
 10/6(火) 東京・Zepp Shinjuku (TOKYO)

■チケット先行受付
受付期間:2026/5/27(水)12:00~2026/6/7(日)23:59  
受付URL:https://l-tike.com/cornelius/

【商品情報】
『Refractions』(CD/WPCL-13774/¥3,300+税)
「Mind Train」「Bad Advice」「夢寝見」「Aeons」ほか、全10曲収録予定。
Linkfire : https://cornelius.lnk.to/refractions

※CDショップ特典:以下の対象店舗でご予約・ご購入で先着で特典をプレゼント。
Amazon.co.jp メガジャケ
楽天ブックス:缶バッジ
セブンネットショッピング:レコードモチーフコースター
その他CDショップ:ステッカー

『Refractions(Deluxe Edition)』(CD+Blu-ray/WPZL-32302~3/¥18,000+税)
本日27日(水)18時から予約開始〈完全生産限定商品〉
『Refractions (CD)』+『Cornelius 30th Anniversary Set(Blu-ray)』2枚組仕様。
Warner Music Store : https://store.wmg.jp/collections/cornelius/products/6683
※数量に限りがございます。無くなり次第、終了とさせていただきます。

・「Aeons」Digital Single」
5月27日(水)配信開始
配信URL:https://Cornelius.lnk.to/aeons
配信元:ワーナーミュージック・ジャパン
Music Video : https://youtu.be/14-VSYqIRWw

[物販情報]
「Aeons Tシャツ」
「Aeons」の発売を記念したTシャツをWarner Music Storeにて販売開始。
サイズ:S・M・L・XLの4サイズ展開

【販売開始】2026年5月27日(水)18:00~
【配送スケジュール】2026年5月28日(木)より随時お届け予定

Warner Music Store:https://store.wmg.jp/collections/cornelius/products/6661

Free Soul × P-VINE - ele-king

 好評だった「Free Soul」とPヴァインのコラボTシャツ、あらためて受注販売されることが決まりました。人類学者の原知章が橋本徹にインタヴューした書籍『渋谷カルチャー考現学』が代官山蔦屋書店で先行発売されることを記念しての企画です。受注期間は5月27日(水)朝10時から6月23日の23時59分までとのことですが、注文が既定の数量に達した場合は受付を終了するとのことなのでお早めに。

代官山 蔦屋書店にて展開される、『渋谷カルチャー考現学 ――稀代の編集家・橋本徹(SUBURBIA)ライフ・ヒストリー』の先行販売を記念した〈『渋谷カルチャー考現学』フェア〉(6月1日〜11日)の開催にあわせ、ご好評につき、Free Soul Tシャツの受注販売を再開いたします!

Free Soul × P-VINE presents
50th Anniversary "Free Soul" T-Shirts
In 50 color variations
PRE-ORDER START !

90年代以降、世界中の音楽ファンを魅了してきたコンピレーション・シリーズ “Free Soul” と、Pヴァイン創立 50周年を記念したコラボレーション企画として、新作 T シャツの受注販売を開始します。

Pヴァイン内でレコードカルチャーを応援し続けてきた VINYL GOES AROUND が手がけた 2023〜2024年の本企画は、異例のヒットを記録。20代の若い世代から、90 年代に青春を過ごした世代まで、幅広い層から高い評価を受けました。

当時は30ヴァリエーションでの展開でしたが、今回は50周年のアニヴァーサリーにちなんだ 全50ヴァリエーションをラインナップ。

“Free Soul”の世界観と、Pヴァインが歩んできた50年の歴史を重ね合わせた、特別なコレクションとなっています。また、昨年末逝去された小野英作さん(Free Soul のロゴを手がけたデザイナー)への哀悼の意を込め、襟元に特別なイラストをプリントしました。

本商品は完全受注生産。ボディの在庫にも限りがございますため、数量に達し次第、受付を終了する場合がございます。 この特別な機会を、どうぞお見逃しなく。

ANVRGD-5002
Free Soul × P-VINE Official T-Shirts

サイズ: S / M / L / XL / XXL
販売価格: 3,200yen (With Tax 3,520yen)

受注期間:2026年5月27日(水)10:00〜6月23日(火)23:59
発送時期:7月下旬頃

https://anywherestore.p-vine.jp/collections/50th-anniversary-freesoul-tshirts

◾️橋本徹さんからのコメント

P-VINEの50周年記念で、三たび企画をいただいたVINYL GOES AROUND制作によるFree SoulロゴTシャツ。今回のオファーと前後して、Free Soulコンピのジャケット・デザインを手がけてくれた、僕の友人で恩人でもあるアート・ディレクター、小野英作が2025年12月21日に亡くなってしまいましたので、ご遺族の承諾を得て急遽、彼のSNSアイコンをタグ下にあしらい、R.I.P.メッセージをプリントさせていただきました。

P-VINE 50周年を祝して50種、Free Soul32周年にちなんで各3,200円。Free SoulもCafe Apres-midiもSuburbiaも今の自分があるのも、小野英作のおかげです。感謝と追悼の思いをこめて。

橋本徹(Suburbia)

#pvine #50thAnniversary #FreeSoul #ToruHashimoto

P-VINE 50TH ANNIVERSARY - ele-king

 〈Pヴァイン〉設立50周年記念アイテムとして、前回のジャンパーにつづき、新たに3種類のグッズが発売されることになった。スリップマット2種、トートバッグ2種、Tシャツ4種、いずれも受注生産限定。ラインナップは下記よりご確認いただけます。

P-VINE 50TH ANNIVERSARY
P-VINE ORIGINAL GOODS

スタッフジャンパーに続き、P-VINEの50周年を記念した待望のオリジナルグッズが登場。

P-VINEのクラシックなロゴを落とし込んだ、スリップマット、トートバッグ、Tシャツの全3アイテムを展開します。

日常使いから現場まで活躍する、実用性とデザイン性を兼ね備えたラインナップに仕上げました。

いずれも受注生産限定でのご用意となります。
この機会をぜひお見逃しなく。

★P-VINE ORIGINAL GOODSご予約ページ
https://anywherestore.p-vine.jp/collections/p-vine-original-goods

【 ITEM LINE UP 】

■ P-VINE ORIGINAL SLIPMAT
・カラー(2色展開):
 ホワイト×ブラック
 ホワイト×レッド
・販売価格:\¥1,500(税抜)

■ P-VINE ORIGINAL TOTE BAG
・カラー(2色展開):
 生成り×ブラック
 生成り×レッド
・販売価格:\ ¥4,000(税抜)

■ P-VINE LOGO T-SHIRT
・サイズ: S / M / L / XL / XXL
・カラー(4色展開)
 ブラック × グレー
 グレー × ブラック
 ナチュラル × ネイビー
 ナチュラル × バーガンディ
・販売価格:\ ¥ 3,500(税抜)

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受注受付:5月22日(金)18:00 ~ 6月7日(日)23:59
商品の発送は7月中旬頃を予定しております。

※ご注文後のキャンセル・変更は承っておりません。
※配送日時のご指定は承っておりません。

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MODE 2026 - ele-king

 独自のキュレーションで実験音楽やエレクトロニック・ミュージックの体験の場を創造しつづけてきた「MODE」。6月6日にはモインとgoatによるリキッドルームでの公演が決定しているが、さらに6月29日と30日にも草月ホールでプログラムが実施されることになった。
 29日は灰野敬二&ダニエル・ブランバーグ(元ケイジャン・ダンス・パーティ)、オルガン奏者のエレン・アークブロと雅楽グループ=伶楽舎の共演という2本のライヴ、30日は実験音楽の大ヴェテラン、シャルルマーニュ・パレスタインと、そしてジム・オルーク&石橋英子の2組というラインナップで、今回のMODEも新たな発見がえられそう。詳しくは下記をご確認あれ。

MODE 2026
June 29th & 30th

[Performance]
Venue: Sogetsu Hall

June 29th
Keiji Haino & Daniel Blumberg / Ellen Arkbro & Reigakusha Gagaku Ensemble

June 30th
Charlemagne Palestine / Jim O’Rourke & Eiko Ishibashi

実験的な芸術を通じた「交換・交流」の場を提示するアートプラットフォーム「MODE」が、6月29日(月)、30日(火)に東京・赤坂の草月ホールにて、2つのパフォーマンスプログラムを開催。

29日(月)には、2つの新作が世界初演。2026年ヴェネツィア国際現代音楽祭にて生涯功労金獅子賞の受賞が決定した前衛音楽家・灰野敬二と、A24配給の映画『The Brutalist』の劇伴でアカデミー賞を受賞したDaniel Blumbergによるコラボレーション作品。さらに、オルガンを用いたドローン作品で国際的に高く評価される作曲家Ellen Arkbroが、リードオルガンと篳篥のための新作を発表する。演奏には雅楽グループ「伶楽舎」の奏者が参加。

30日(火)には、約14年ぶりの来日公演として、ぬいぐるみやベル、持続音をシグネチャーとする音楽家/現代美術作家であり、ニューヨーク・アンダーグラウンドを起点に半世紀以上にわたり活動し、ドクメンタ8への参加でも知られるCharlemagne Palestineによるパフォーマンスを開催。客演には、日本を拠点に作曲、演奏、プロデュースを自在に行き来し、Gastr Del SolやSonic Youthでの活動でも世界的に知られるJim O’Rourkeと作曲、演奏、歌唱に加え映画音楽でも国際的に高く評価される石橋英子のデュオを迎える。

実験的な芸術を通じた「交換・交流」のためのアートプラットフォーム「MODE」は、6月29日(月)、30日(火)の二日間にわたり、東京・赤坂に位置する草月ホールにて2つのパフォーマンスプログラムを開催します。

■6月29日開催のプログラムについて

6月29日(月)に開催されるプログラムでは、二つの世界初演が披露されます。

日本を代表する前衛音楽家であり、2026年の「第70回ヴェネツィア国際現代音楽祭」にて最高栄誉である「生涯功労金獅子賞」を受賞する灰野敬二(Keiji Haino)と、元YUCK(ヤック)のフロントマン、元Cajun Dance Party(ケイジャン・ダンス・パーティ)のリードボーカルであり、『The Brutalist』の劇伴でアカデミー賞を受賞したDaniel Blumberg(ダニエル・ブランバーグ)によるコラボレーションが「MODE」の委嘱により世界初披露されます。

さらに、パイプオルガンやリードオルガンの持続音を用いたドローン作品で国際的に高く評価される作曲家Ellen Arkbro(エレン・アークブロ)が、リードオルガンと、雅楽において中心的な役割を担うダブルリード楽器である篳篥(ひちりき)のための最新作を世界初演として発表します。Arkbroがリードオルガンを担当し、雅楽演奏グループ伶楽舎(Reigakusha Gagaku Ensemble)に所属する中村仁美(Hitomi Nakamura)、國本淑恵(Yoshie Kunimoto)、鈴木絵理(Eri Suzuki)、田渕勝彦(Katsuhiko Tabuchi)が篳篥を演奏します。

■Keiji Haino & Daniel Blumbergについて

灰野敬二は50年以上にわたり、ノイズ、フリージャズ、ブルース、ロック、電子音響、フォーク、ドローンといった多様な領域を横断しながら活動を続けてきた日本の前衛音楽家です。Antonin Artaud(アントナン・アルトー)に触発され演劇を志すも、The Doors(ザ・ドアーズ)に遭遇したことを契機に音楽へと転向。初期ブルースから中世音楽、歌謡曲に至るまで幅広い音楽を吸収し、1970年代より活動を開始しました。 1978年にはロックバンド「不失者」を結成。ソロ活動と並行しながら、灰野を中心にしたプロジェクト「滲有無」、90年代後半に結成したカヴァー・バンド「哀秘謡」など複数のプロジェクトや名義を通じて様々な表現を展開してきました。
1980年代の活動休止を経て復帰以降も、即興演奏を軸に音を身体的な体験へと変容させる実践を深化させてきました。ギターやパーカッションにとどまらず、ハーディ・ガーディや各地の民間楽器、電子機器などを用い、それぞれの特性を極限まで引き出す独自の演奏で知られています。 その革新性は国際的にも高く評価され、2026年にはヴェネツィアで開催される第70回国際現代音楽祭にて、生涯功労金獅子賞を受賞することが決定しています。近年も精力的に作品発表を続け、国内外のアーティストとのコラボレーションを重ねています。

一方、ロンドンを拠点とする音楽家・作曲家Daniel Blumbergは、Cajun Dance PartyやYuckでの活動を経てソロへと移行し、即興音楽や映像、ドローイングなど様々な実践を展開してきました。映画音楽の分野でも評価を高め、2025年には『The Brutalist』のスコアでアカデミー賞およびBAFTAを受賞。日本では2026年初夏に上映予定のゴールデングローブ賞受賞作品『アン・リー/はじまりの物語』でも劇伴を手がけています。

Blumberg にとって灰野は重要な存在のひとりであり、ロンドンのライブベニュー Cafe OTO で初めて目撃した灰野の演奏は、彼に強い印象を残したという。翌日再び会場を訪れると、その演奏は前日とはまったく異なるものだった。この体験を通じてBlumbergは音楽を固定されたものではなく、常に変化し続けるものとして捉えるようになる。「同じライブを繰り返さない」という現在の姿勢にも表れている。

こうした背景のもと、「MODE」の委嘱により、両者のコラボレーションが実現。
本プログラムにて世界初披露されます。

■Ellen Arkbro & Reigakusha Gagaku Ensembleについて

Ellen Arkbroはストックホルム出身、現在はベルリンを拠点とする作曲家/ミュージシャン/サウンド・アーティストです。パイプオルガンやリードオルガンの持続音を基盤に、純正律や倍音、共鳴を探求する作品で知られ、アコースティック楽器、電子音、あるいはその両者を組み合わせた作品やインスタレーションを制作しています。La Monte Young(ラ・モンテ・ヤング)に師事し、スウェーデンのエレクトリック・ハープシコード奏者Catherine Christer Hennix(キャサリン・クリスター・ヘニックス)率いるKamigaku Ensembleでも活動するなど、幅広い実践を展開してきました。

伶楽舎は、雅楽の合奏研究を目的に、雅楽の伝承・普及に第一線で尽くし続けた芝祐靖(Sukeyasu Shiba)が1985年に創立し、発足した雅楽演奏グループです。現行の雅楽古典曲の演奏にとどまらず、現代作品の上演にも積極的に取り組み、これまでに湯浅譲二(Joji Yuasa)、一柳慧(Toshi Ichiyanagi)、池辺晋一郎(Shinichiro Ikebe)、猿谷紀郎(Toshio Saruya)、伊左治直(Sunao Isaji)、桑原ゆう(Yu Kuwabara)など多くの作曲家に新作を委嘱してきました。日本を代表する現代音楽家、武満徹作曲の雅楽作品『秋庭歌一具』の演奏でも複数の賞を受賞しています。

<作品紹介>
本プログラムでArkbroは、リードオルガンと篳篥(ひちりき)のための新たな作品を伶楽舎の篳篥奏者たちとともに発表します。篳篥は、日本の伝統的なダブルリード楽器であり、雅楽において中心的な役割を担う音色を持つ楽器です。 本作は、これらの楽器に固有の音色、豊かな倍音構造と共鳴が生み出す音の響きに着目し、7リミットの純正律に基づく精緻に調整された音程や和音を通じて、リードオルガンと篳篥の音の融合を探ります。

その過程で、音の繊細で生々しいテクスチャー、そしてハーモニーを質感を伴う音の重なりとして立ち上がらせ、聴き手の意識をひらいていきます。 演奏者たちは各和音のチューニングに深く関与し、響きの明晰さを追求しながら、ひとつの音として鳴り、ひとつの響きとして聴き合うことを目指します。

Arkbroがリードオルガンを担当。篳篥は伶楽舎所属の中村仁美、國本淑恵、鈴木絵理、田渕勝彦が演奏します。こちらも世界初演として披露されます。

■6月30日開催のプログラムについて

6月30日(火)に開催するプログラムでは、約14年ぶりの来日となるCharlemagne Palestine(シャルルマーニュ・パレスタイン)が出演します。Charlemagne Palestineは、反復、持続、倍音、空間の響きを用いた独自の実践を築いてきた音楽家であり、ニューヨーク・アンダーグラウンドを起点に半世紀以上にわたり活動を続けてきました。La Monte Young(ラ・モンテ・ヤング)、Terry Riley(テリー・ライリー)、Steve Reich(スティーブ・ライヒ)らと並び語られてきた巨匠の一人です。ぬいぐるみを用いたマルチメディア彫刻や空間作品を手がける現代美術作家としても活動し、ドクメンタ8への参加をはじめ、現在も世界各地の美術館やギャラリーで音響作品やインスタレーションを発表し続けています。

客演には、Jim O’Rourke(ジム・オルーク)と 石橋英子(Eiko Ishibashi)のデュオが出演します。Jim O’Rourkeは、シカゴの即興音楽シーンを支えてきた重要人物であり、実験音楽、映画音楽、プロデュースワークを横断しながら独自の活動を続けてきました。Gastr del Sol(ガスター・デル・ソル)での活動や、Sonic Youth(ソニック・ユース)の元メンバーとしても知られるほか、小杉武久(Takehisa Kosugi)とともにMerce Cunningham(マース・カニンガム)舞踏団の音楽を手がけ、Tony Conrad(トニー・コンラッド)、Arnold Dreyblatt(アーノルド・ドレイブラット)、Christian Wolff(クリスチャン・ウォルフ)らとなどの仕事を通じて、現代音楽とポストロックのあいだを横断してきた存在でもあります。石橋英子は、『ドライブ・マイ・カー』(2021年)や『悪は存在しない』(2023年)などの映画音楽も手がけ、2025年には最新アルバム『Antigone』を発表しています。両者はデュオとして、2025年に5作目となるアルバム『Pareidolia』をリリースしています。

■Charlemagne Palestineについて

1947年ブルックリン生まれのCharlemagne Palestineは、ニューヨーク大学、コロンビア大学、マネス音楽大学、カリフォルニア芸術大学で学び、カントール(聖歌の歌い手)やカリヨン奏者としての訓練を経て、1960年代よりニューヨークの前衛芸術シーンで活動を開始しました。電子音源、鐘楼、パイプオルガン、ピアノ、声などを用いた儀式的な持続音楽を探究し、97鍵のピアノを用いた「Strumming」や、パイプオルガンのための「Schlingen Blängens」といった演奏技法を含む独自の実践を築いてきた作家です。2時間に及ぶ声の作品『Karenina』や、身体の動きや映像を伴うパフォーマンスなども展開してきました。

1980年代初頭から1990年代半ばにかけてはパフォーマンス活動を休止し、ぬいぐるみを祭壇のように配したマルチメディア彫刻やインスタレーションの制作に専念しましたが、その後ステージに復帰し、Pansonic(パンソニック)、Tony Conrad(トニー・コンラッド)、Rhys Chatham(リース・チャタム)らとの共演を重ねました。パフォーマンス活動の傍ら、現在も現代美術作家としても、世界各地の美術館やギャラリーで音響作品やインスタレーションを発表してきました。

現在はブリュッセルを拠点に活動しており、近年も継続的に新作発表と公演を行っています。2024年には、アムステルダムのOude Kerkで開催されたSonic Acts Biennialにてオルガン公演を行い、その記録作品『The Organ is the Worlds Greatest Synthesizer』が2026年1月にリリースされました。

2012年には、東京・SuperDeluxeで行われた灰野敬二、Jim O’Rourke、Oren Ambarchi(オーレン・アンバーチ)の公演に、石橋英子とともにゲスト参加し、ワイングラスによる演奏で共演しています。今回の来日公演は、約14年ぶりとなります。

■Jim O’Rourke & Eiko Ishibashiについて

Jim O’Rourkeと石橋英子は、日本を拠点に国際的な活動を展開するアーティストです。Jim O’Rourkeは、シカゴの即興音楽シーンを支えた中心人物のひとりであり、数多くの映画音楽や実験作品を手がけるほか、Gastr del SolやSonic Youthでの活動でも広く知られています。石橋英子は、マルチ奏者、シンガーソングライター、作曲家として活動し、2021年の『ドライブ・マイ・カー』、2023年の『悪は存在しない』の音楽を担当。2025年には、7年ぶりとなる歌のアルバム『Antigone』をリリースしました。

二人は、即興演奏を基盤に独自の音響世界を築くデュオとして、2010年代から活動を続けています。2023年にはフランス、スイス、イタリア、アイルランドを巡るヨーロッパ・ツアーを行い、その録音を再構成したアルバム『Pareidolia』を2025年にDrag Cityからリリースしました。この作品は二人にとって5作目のコラボレーション作品であり、ライブ音源を編集しながら新たな対話として組み立てていく、彼らの方法がよく表れた作品です。

Jim O’Rourkeは、かねてよりCharlemagne Palestineの音楽に深い敬意を示しており、2015年作『Ssingggg Sschlllingg Sshpppingg』を「その年のお気に入りであり、彼の最高作かもしれない」と評しています。

【プログラム概要】

Performance - Keiji Haino & Daniel Blumberg / Ellen Arkbro & Reigakusha Gagaku Ensemble
開催日時:2026年6月29日(月)Doors 18:15 / Start 19:00
会場:草月ホール(東京都港区赤坂7-2-21 / MAP
チケット料金 :自由席 ¥8,000(税込)
プレイガイド:イープラス / ZAIKO
出演者:Keiji Haino & Daniel Blumberg / Ellen Arkbro & Reigakusha Gagaku Ensemble
協力:ゲーテ・インスティトゥート 東京

Performance - Charlemagne Palestine / Jim O’Rourke & Eiko Ishibashi
開催日時:2026年6月30日(火)Doors 18:15 / Start 19:00
会場:草月ホール(東京都港区赤坂7-2-21 / MAP
チケット料金 :自由席 ¥8,000(税込)
プレイガイド:イープラス / ZAIKO
出演者:Charlemagne Palestine / Jim O’Rourke & Eiko Ishibashi

公演の詳細はMODE公式インスタグラムをご確認ください。
https://www.instagram.com/mode.exchange/

【Artists Biography】

灰野敬二(Keiji Haino)

1952年5月3日、千葉県生まれ。Antonin Artaud(アントナン・アルトー)に触発され演劇を志すが、The Doorsに遭遇し音楽へ転向。Blind Lemon Jefferson(ブラインド・レモン・ジェファーソン)をはじめとする初期ブルースのほか、ヨーロッパ中世音楽から内外の歌謡曲まで幅広い音楽を検証し吸収する。1970年、Edgar Allan Poe(エドガー・アラン・ポー)の詩から名を取ったグループ「ロスト・アラーフ」にヴォーカリストとして加入。また、ソロで自宅録音による音源制作を開始し、ギター、パーカッションを独習する。1978年にロックバンド「不失者」を結成。1983年から87年にかけて療養のため活動休止。1988年に復帰して以来、ソロのほか、不失者、滲有無、哀秘謡、Vajra、サンヘドリン、静寂、なぞらない、The Hardy Rocksなどのグループ、experimental mixture名義でのDJ、他ジャンルとのコラボレーションなど、多様な形態で国際的に活動を展開している。ギター、パーカッション、ハーディ・ガーディ、管楽器、弦楽器、各地の民間楽器、DJ機器などの性能を独自の演奏技術で極限まで引き出し、パフォーマンスを行なう。200点を超える音源を発表し、確認されているだけでも2,000回以上のライブ・パフォーマンスを行なっている。

Instagram https://www.instagram.com/keijihaino_official/
Bandcamp https://keijihaino.bandcamp.com/album/my-lord-music


Daniel Blumberg(ダニエル・ブランバーグ)


Photography by Taylor Russell

Daniel Blumberg(ダニエル・ブランバーグ)は、現代音楽における唯一無二の表現者であり、ミュージシャン、ソングライター、そしてアーティストとして、即興、ミニマリズム、実験的ソングの境界を横断する独自の表現を展開している。前衛的なパフォーマンス、フィールドレコーディング、視覚芸術にまたがる背景を持ち、近年の最も独創的かつ感情的に鋭い作曲家の一人として評価されている。

Seymour Wright(シーモア・ライト)、Billy Steiger(ビリー・スタイガー)、Tom Wheatley(トム・ウィートリー)、Elvin Brandhi(エルヴィン・ブランディ)、Joel Grip(ジョエル・グリップ)といった前衛音楽家たちとの長年のコラボレーションでも知られ、作曲と即興の境界が溶け合う、流動的でコラボレーティブな環境を作り出してきた。Muteから4枚のソロアルバムをリリースし、ICAやCafe OTOなどの場所で演奏を行なっている。また、ドローイングにも取り組み、繊細なシルバーポイント(銀筆画)による作品は国際的に展示されている。

2025年には、Brady Corbet(ブレイディ・コーベット)監督の映画、The Brutalistの壮大なスコアにより、アカデミー賞およびBAFTAを受賞。生々しい感情の深度と急進的なサウンドの発明性を融合させる作曲家としての評価を決定づけた。最近では、Mona Fastvold(モナ・ファストヴォルド)監督の映画『The Testament of Ann Lee』(2025年)において、歌とスコアを担当。歌声、鐘の音、チェレスタといった「別世界のパレット」を使い、伝統的なシェーカー教徒のスピリチュアル(霊歌)を眩いばかりの新しい形へと変容させた。一方で、Gianfranco Rosi(ジャンフランコ・ロージ)の映画『Below The Clouds』では、John Butcher(ジョン・ブッチャー)やSeymour Wrightといった重要なサクソフォニストを起用し、ポンペイ近郊バイアの火山地帯の海中で録音された没入的なサウンドスケープを構築している。

強度、脆さ、そして芸術的自律性に根ざした実践を通して、Blumbergは現代の映画音楽、そして「歌」という形式そのものの可能性を再定義し続けている。

Instagram https://www.instagram.com/_danielblumberg_/
Bandcamp https://danielblumberg.bandcamp.com/


Ellen Arkbro(エレン・アークブロ)


Photography by Gaia Tamburini

Ellen Arkbro(エレン・アークブロ、1990年ストックホルム生まれ)は、精密なチューニングによるハーモニーの探究を軸に活動する作曲家、ミュージシャン、サウンド・アーティストである。アコースティック楽器のための作品、電子音による作品、そして両者を組み合わせた作品を制作している。簡潔な音楽言語と緻密に設計された構成は、歓びと哀しみが同時に立ち上がるような複雑な感情を呼び起こし、どこか距離を感じさせる静謐な美しさを湛えながら、聴き手を多様な感情のスペクトラムへと導く。

その作品は大きなスケールと高い精度を備えているが、単なる手法の実験にとどまることはない。Arkbroの制作は多様な音楽的背景に支えられており、La Monte Young(ラ・モンテ・ヤング)、Marian Zazeela(マリアン・ザジーラ)、Chong Huey Choe(チョン・ヒー・チェ)、Marc Sabat(マルク・サバト)のもとでの学びに加え、ジャズやブルースの音階、ポップにおけるモーダルな感覚、エレクトロアコースティック音楽や音響合成、さらにCatherine Christer Hennix(キャサリン・クリスター・ヘニックス)のKamagaku Ensemble(カミガク・アンサンブル)での活動など、幅広い経験がその基盤となっている。

Arkbroは自身の制作を通して、ハーモニーが生み出す音の質感や響きそのものに耳を向けている。聴くという行為を受動的なものではなく、創造的な参加を伴う能動的なプロセスとして提示し、聴き手を徐々に音の中へと引き込み、その響きと一体化していくような体験へと導く。近作のソロ作品『Nightclouds』(Blank Forms Editions / La Becque Editions)は、内省性と広がりをあわせ持つ作品として、彼女の現在の創作を象徴する重要な一作となっている。

Instagram https://www.instagram.com/ellenarkbro/
Bandcamp https://ellenarkbro.bandcamp.com/album/nightclouds


伶楽舎(Reigakusha Gagaku Ensemble)

伶楽舎(れいがくしゃ)は1985年に発足した雅楽演奏グループ。創立者・芝祐靖。現音楽監督・宮田まゆみ。発足以来、現行の雅楽古典曲だけでなく、廃絶曲の復曲や正倉院楽器の復元演奏、現代作品の演奏にも積極的に取り組み、これまでに湯浅譲二、一柳慧、池辺晋一郎、猿谷紀郎、伊左治直など様々な作曲家に新作を委嘱。武満徹『秋庭歌一具』の演奏で2002年中島健蔵音楽賞特別賞受賞。第16回(2016年度)佐治敬三賞、2020年第50回ENEOS音楽賞邦楽部門受賞。他に解説や体験を交えた親しみやすいコンサート、学校での公演なども多く行い、雅楽への理解と普及に努めている。

※プログラムには同グループに所属する中村仁美、國本淑恵、鈴木絵理、田渕勝彦が出演します。

Instagram https://www.instagram.com/reigakusha/
Bandcamp https://blacksweat.bandcamp.com/album/gagaku-suites


Charlemagne Palestine(シャルルマーニュ・パレスタイン)


Photography by Agnes Gania

1947年、ニューヨーク・ブルックリン生まれ。サウンド・アーティスト、作曲家、パフォーマー、ビデオ・アーティスト、インスタレーション作家として活動する。ニューヨーク大学、コロンビア大学、マネス音楽大学、カリフォルニア芸術大学で学ぶ。

Philip Glass(フィリップ・グラス)、Terry Riley(テリー・ライリー)、Phill Niblock(フィル・ニブロック)、Tony Conrad(トニー・コンラッド)らと同時代の作家であり、1960年代以降、電子音源、鐘のカリヨン、パイプオルガン、ピアノ、声、その他の鍵盤楽器を用いながら、儀式的で強烈な持続音楽を制作してきた。もともとカントール(聖歌の歌い手)として訓練を受け、その後はカリヨン奏者としても活動した経歴を持つ。現在に至るまで、自作の発表においては一貫して自らソリストとして演奏している。

初期の重要な作品として、電子音による持続音響作品が挙げられる。Moog、Buchla、Serge、ARP、Oberheimなどが開発した多数の発振器やフィルターを用い、独自の音響を早くから探究してきた。これらの作品は数時間、時には数日間に及び、音色の緩やかな変化やビート音の揺らぎを探究しながら、「黄金の音」を探し求める試みとして展開されている。

アンプリファイド・ピアノのための演奏技法「Strumming」では、和声、不協和音、音塊を強烈な身体的エネルギーとともに展開し、ピアノという楽器の音響的限界を押し広げていく。その結果、演奏の力によってピアノの調律が自然に崩れることもあり、やがて従来のピアノとは異なる、多層的な電気音響的響きを放つ装置のような存在へと変容する。特に好んで使用するのは、通常のピアノより9音低い音域を備えた9フィートのBösendorfer Imperial、そして手と足の両方で演奏する二重の鍵盤機構を持つグランドピアノ、Borgatoである。

パイプオルガンによる持続音響技法「Schlingen Blängens」では、教会や劇場に備えられたオルガンの多様な音色の組み合わせを、錬金術のように融合させながら「黄金の音」を探究する。独自の持続鍵盤技法によって、数百から数千にも及ぶ音色の微細な変化を生み出し、巨大な雲のような音響が、それぞれの教会や劇場の建築空間と共鳴しながら展開していく。

ボーカリストとしては、2時間に及ぶ大作『Karenina』で幽玄なカウンターテナーのファルセットを響かせる。また、サウンド/モーション映像作品などでは、空間を移動しながら母音や倍音をゆっくりと変化させる長い声を発し、壁に体当たりする、迷宮のような空間を走り回る、オートバイやジェットコースターに乗りながら歌うなど、シャーマニックで反復的な身体的パフォーマンスを展開する。

1980年代初頭から1990年代半ばまでパフォーマンス活動を休止し、その期間はぬいぐるみを用いた神聖な祭壇のようなマルチメディア彫刻やインスタレーションの制作に専念した。これらの作品は、現在でも彼のパフォーマンスに欠かせない重要な要素となっている。

パフォーマンス活動への復帰以降、1960〜70年代の作品をCDやレコードで再発するとともに、多くの新作を制作・録音してきた。また、Pansonic(パンソニック)、Simone Forti(シモーネ・フォルティ)、Rhys Chatham(リース・チャタム)、Perlonex(ペルロネックス)、Gol(ゴル)などの音楽家とも共演・録音を行っている。現在も世界各地の会場やフェスティバルで定期的に演奏活動を行いながら、マルチメディア・インスタレーションを発表している。

現在はベルギー・ブリュッセルを拠点に活動する。

Instagram https://www.instagram.com/charlemagnepalestine/
Bandcamp https://charlemagnepalestine1.bandcamp.com/music


Jim O'Rourke & Eiko Ishibashi(ジム・オルーク & 石橋英子)

Jim O'Rourke(ジム・オルーク)
1969年シカゴ生まれ。Gastr Del Sol、Loose Furなどのプロジェクトに参加。一方で、小杉武久と共にMerce Cunningham(マース・カニングハム)舞踏団の音楽を担当し、Tony Conrad(トニー・コンラッド)、Arnold Dreyblatt(アーノルド・ドレイブラット)、Christian Wolff(クリスチャン・ウォルフ)などの作曲家との仕事を通して、現代音楽とポストロックの橋渡しを行なう。 1997年、超現代的アメリカーナの系譜から『Bad Timing』を発表。1999年には、フォークやミニマル音楽などをミックスしたソロ・アルバム『Eureka』を発表し、大きく注目される。 1999年から2005年にかけてSonic Youthのメンバー/音楽監督として活動し、広範な支持を得る。2004年にはWilcoの『A Ghost Is Born』のプロデューサーとしてグラミー賞を受賞。 アメリカ音楽シーンを代表するクリエーターとして高く評価され、近年は日本に活動拠点を置く。日本ではくるり、カヒミ・カリィ、石橋英子、前野健太など多数をプロデュース。武満徹作品『コロナ東京リアリゼーション』など、現代音楽に至る多彩な作品をリリースしている。 映像作家とのコラボレーションとして、Werner Herzog(ヴェルナー・ヘルツォーク)、Olivier Assayas(オリヴィエ・アサイヤス)、青山真治、若松孝二などの監督作品のサウンドトラックを担当している。

Eiko Ishibashi(石橋英子)
石橋英子は日本を拠点に活動する音楽家。これまでにDrag City、Black Truffle、Editions Megoなどからアルバムをリリースしている。 2020年1月、シドニーの美術館Art Gallery of New South Walesでの展覧会「Japan Supernatural」の展示のための音楽を制作し、『Hyakki Yagyo』としてBlack Truffleからリリースした。 2021年、濱口竜介監督映画『ドライブ・マイ・カー』の音楽を担当。2022年には『For McCoy』をBlack Truffleからリリースし、同年よりNTSのレジデントに加わる。 2023年、濱口竜介監督と再びタッグを組み、『悪は存在しない』の音楽と、ライブパフォーマンスのためのサイレント映画『GIFT』の音楽を制作。国内外でツアーを行なっている。 2025年3月、Drag Cityより7年ぶりの歌のアルバム『Antigone』をリリース。

Instagram https://www.instagram.com/eikoishibashi/
Bandcamp https://jimorourke.bandcamp.com/album/pareidolia

【About MODE】

MODEは、2018年にロンドンで創設された実験的な芸術を通じた「交換・交流」のための空間を提供するアートプラットフォーム 。坂本龍一がキュレーターを務めた初開催以降、ロンドンと東京を拠点に「音」を軸とした国際的な文化交流の場として展開している。都市の余白や歴史的な音楽芸術ベニューを舞台に、空間の建築的特性や場所がもつストーリーに呼応する多彩なプログラムを実施。アーティストとオーディエンスが音楽や芸術文化、その歴史的背景を分かち合い、インスピレーションを交わすことで、新たな実験的表現が生まれる場を創出している。
過去の主な出演者(抜粋)

2018 LONDON (The Barbican Centre / The Silver Building / Camden Art Centre)
坂本龍一 + Alva Noto / 坂本龍一 + David Toop / Beatrice Dillon / 空間現代 / 細野晴臣 + Acetone / Curl / 毛利悠子 + 鈴木昭男
2019 LONDON (Round Chapel / 55-57 Great Marlborough Street / South London Gallery)
Rashad Becker / Eliane Radigue / Julia Eckhart / Bertrand Gauguet / Yannick Guédon / Wolfgang Voigt / Laurel Halo / Ellen Arkbro / Tomoko Sauvage / John Also Bennett + Amospheré / Loraine James

2023 TOKYO (淀橋教会 / Vacant Space in Aoyama / WWW)
Eli Keszler / Kafka’s Ibiki (Jim O'Rourke, 山本達久, 石橋英子) / Park Jiha / 伶楽舎 / Posuposu Otani / Merzbow / Kali Malone featuring Stephen O'Malley & Lucy Railton / Laurel Halo / Tashi Wada with Julia Holter / 日高理樹

2024 TOKYO (草月ホール / 伊藤邸(旧園田高弘邸) / LIQUIDROOM)
INCAPACITANTS / Puce Mary / Yuko Araki / FUJI|||||||||||TA / Okkyung Lee / 坂田明 / Bendik Giske / Valentina Magaletti / Still House Plants / goat

2025 - TOKYO (新国立劇場 オペラパレス / 東京都現代美術館 / 公園通りクラシックス / GASBON METABOLISM / ゲーテ・インスティトゥート東京)
Soundwalk Collective & Patti Smith / Marginal Consort / Carl Stone / 立石雷 / 恩田晃 / Park Jiha / Aura Satz / 斎藤玲児 / Ka Baird / Arnold Dreyblatt & The Orchestra of Excited Strings (Konrad Sprenger / Joachim Schütz / Jim O’Rourke / 石橋英子)

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 「すべてのロックンロールに反対してやる(We oppose all rock and roll)」──サブウェイ・セクトの1978年のシングル「Ambition」のB面曲で歌われたフレーズである。「これこそが自分たちの信条になっていった」と回想するのはトレイシー・ソーンで、ヴィック・ゴダードによるこの歌詞は、パンク/ポスト・パンクにおけるスローガン/コンセプト/警句でもあった。つまりそれは、オレンジ・ジュースの歌詞のもっとも有名なフレーズ──「(これまでのものを)ズタズタに引き裂いて、また最初からやり直そう(Rip it up, and start again)」とほとんど同義でもある。
 しかもそれは、ジョン・ライドンというハーメルンの笛吹き男、その時代においてビートルズ級の影響力をもった若者がセックス・ピストルズ時代の最後のほうに吐いた言葉と共鳴していたのだから、たまったものではない。「俺はただすべてをぶち壊したいだけだ。ロックなんて好きじゃない。なぜ自分がそこにいるのかさえわからない」
 パンクを大いなる「否(ノー)」とするなら、その矛先はパンク自身にも向けられたのである。

 ポスト・パンクとは、パンクを通過した「脱パンク運動」のことだ。「脱パンク運動」を先導したのが、パンク推進運動の中心人物、ライドンだったという史実はいま考えても最高におもしろい。ポスト・パンクとは、パンクに触発されながらパンクには成し得なかったことをやろうと、1970年代末から80年代にかけての英国で起きたムーヴメントのことである。パンクにできなかったことは何か。そのひとつが、大資本を頼りにせず、自分たちでレコードを作るという「DIY主義」だった。(オリジナルのパンクはほとんど皆メジャー・レーベルと契約していた
 セックス・ピストルズの “ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン” という曲がある。歌のなかには、「未来はない(no future)」という決定的な言葉が出てくる。ジョン・ライドンは、その「未来はない」をじつに力強く歌った。前向きな「未来はない」だ。そうか、じゃもう期待しても仕方がない。自分たちのやり方で好きにやろう。これがポスト・パンクであり、こんにちの我々がなんとなく「UKインディ」と呼んでいるものの原点である。

  ズタズタに引き裂いて、また最初からやり直そう
  そのときに、いまほど惨めな気持ちになっていなければいい

 以下、私観。
 ある短期間において、複数のアーティストが複数の素晴らしい作品、なかには流れを変えてしまうような決定的な作品がリリースされていった点において、ポスト・パンク時代のUKとデトロイト・テクノは似ている。じっさい両者には奇妙な共通点がある。DIY主義、反メジャー、反伝統的態度、階級の混在、いちぶの高い政治意識、文化的な横断性と雑食性。インテリとストリートワイズの共犯関係、美術系アーティストがいたことも共通している。

 「すべてのロックンロールに反対してやる」その二。
 そりゃあもう、そう言うからには、ポスト・パンクはロックンロールがやらなかったことをやった。ジャズ、ファンク、ダブ、即興、実験、ディスコ、エレクトロニクス……ポスト・パンクはブラック・ミュージックに借りがあるが、デトロイト・テクノはポスト・パンク時代のシンセ・ポップに借りがある。で、英国に輸入されたアシッド・ハウスやデトロイト・テクノからの影響は、レイヴ・カルチャーを触媒にUK音楽史における移民文化の大発明、すなわちジャングルへと展開するのだった。
 
 「すべてのロックンロールに反対してやる」その三。
 それって要するにクリシェに抗するということである。「難しいことは抜きにして愛し合おうぜ」という理屈をすっ飛ばしたエネルギー、ロックの真骨頂のひとつ、それに対する容赦なきクリティック。
 愛はぼくたちを引き裂く(Love Will Tear Us Apart
 これはお前らの好きなラヴソングなんかじゃない(This Is Not a Love Song)
 これは愛よりも奇妙だ(This Is Stranger Than Love
 むしろ「愛」の定義の解体に腐心していたというか、ザ・バズコックスの “Love You More” にしても恋愛関係のアイロニーでしかないし、ザ・モノクローム・セットにいたっては「愛は排水溝へと流れ落ちていく(Love Goes Down the Drain)」ものなのだ。
 さように、ポスト・パンクには言葉があった。じっさい文学(哲学)かぶれが多かったし、その代表例をいくつか挙げれば……
 アルベール・カミュ: 『転落』ならザ・フォール、『異邦人』ならザ・キュアー
 フランツ・カフカ: 『審判』の主人公から名取ったジョセフ・K
 J.G.バラード: 『残虐行為展覧会』ならジョイ・ディヴィジョン、『クラッシュ』ならザ・ノーマル
 フリードリヒ・ニーチェ: 『善悪の彼岸』ならザ・ポップ・グループ
 アルチュール・ランボー: 『地獄の季節』ならフェルト、アルバム・スリーヴのヴィジュアルにしたのはリップ・リグ&パニック
 アンソニー・バージェス: 『時計仕掛けのオレンジ』からはヘヴン17
 ディキシーズ・ミッドナイト・ランナーズのようなメンフィス・ソウルを素地にもつ汗まみれのバンドでさえも、歌詞のなかにサミュエル・ベケットやローレンス・スターン(『トリストラム・シャンディ』の作者)といった前衛文学者の名前が出てくるし、スクリッティ・ポリッティにいたっては、ウィトゲンシュタインにデリダ、フーコーなどなど、現代思想オタクぶり全開である。また、ウィリアム・S・バロウズのカットアップ手法を取り入れたスロッビング・グリッスル(TG)やキャバレー・ヴォルテールらの存在も忘れてはならない。
 ザ・フォールのマーク・E・スミスもバロウズ流を実践したひとりだが、 彼の場合は、“ポスト・パンク界のM.R.ジェイムズ(Burialも大好きな怪奇小説家)” と形容されたほど、怪奇幻想文学めいた歌詞を書いたことで知られる(詳しくは『K-PUNK』をどうぞ)。ただしその冷徹な辛辣さは、労働者階級のリアリズム、あらゆる権威や知識人、パンクにも向けられていた。
 もちろん、文学といってもひとそれぞれの好みがあり、多声的で、マーク・E・スミスのような「苛ついた不条理の塊」の対極には、なかば優雅に、言わばスマートなアイロニーをもってシーンに切り込んだエドウィン・コリンズがいた。なにせ言葉もサウンドもポスト・パンクへの逆張りと言える、『きみの愛を永遠に隠し通すことなんてできない(You Can't Hide Your Love Forever)』がデビュー・アルバムなのだ。彼らには、若いときにありがちな微笑ましい、文学マウンティングのエピソードもある。架空レーベル名に『ライ麦畑でつかまえて』の主人公ホールデン・コールフィールドの名を忍ばせたコリンズに対し、「へっ、サリンジャーだってよ」と嘲笑したのは、レーベル・メイトのジョセフ・K(ポール・ヘイグ)だった。のちにコリンズは、リチャード・ブローティガンの『アメリカの鱒釣り』をもじった楽曲まで残しているが、モダニズム的な重さに寄りかかっていた他のポスト・パンク勢に比べ、彼はじつに「村上春樹的」な感性を先取りしていたと言えるのかもしれない。(ポストカードに関しては、The Go-Betweensというバンド名もL・P・ハートリーの同名小説に由来している
 あらためて、つくづく特異なシーン/時代だったと思うけれど、しかしそれもそのはずで、彼らのルーツにあったのはエルヴィス・プレスリーではなくデイヴィッド・ボウイだったのだから。(マーク・フィッシャーの名言「グラムこそパンクである、歴史的にもコンセプトにおいても」

 さあ、そこで “バカになろうぜ(Get Stupid) ” 、マントロニクスの出番である。1985年のこの曲のUKにおける予想外のスマッシュヒットは、ポスト・パンクの高踏さへの反知性主義的な反動というよりは……まあ、それも多少はあったかもしれないけれど、オウテカにとっての最大の影響源のひとつなのだからそれだけとは言い切れない。思うに、サッチャー政権時代の抑圧からの逃避や、社会的弱者にとっての暗い将来に対する開き直りだったのではないだろうか。ポスト・パンク勢の多くは、80年代なばかには勢いを失っていたし、こと政治に走ったいくつかのバンドは、サッチャーが三回目の当選を果た80年代後半になると、もうダメだ、やってらんねえよと言わんばかりにアシッド・ハウス/レイヴ・カルチャーへと猛進した。あるいは、ラジオから流れる“Eric B. Is President” や“Pickin' Boogers”、 “South Bronx ” なんかに気持ちを持っていかれた連中も少なくない。これらの影響をダイレクトに受けた世代が、後の〈XL〉や〈Warp〉だったりするのわけだが、『UKインディ・ロック入門』ではそこまでは追っていない。あくまで、ポスト・パンク以降のUKインディ・ロック史、その誕生と発展、そしておそらくは衰退までの話になると思う。
 その第一弾、副題は「ポスト・パンク、ギター・ポップ、スカとレゲエ編」を刊行します。インディ・シーンにとってもっとも重要なメディアであった7インチ/12インチ・シングルを含む450枚以上のレコード(CDではない)を辿りながら、「そもそも“インディ”とはどこから来て、何を意味し、そしてどうなっていったのか」を解説しているという、たんなるディスク・カタログではないのです。
 では、このとりとめのない文章の最後は、ザ・フォールの1980年の最高にクールな、いかにもポスト・パンクらしい皮肉たっぷりの“Totally Wired”。この曲を聴いて混沌とした時代を乗り切ろう。ま、乗り切れることができたらいいけどね。

  全神経がバキバキ
  完全に覚醒している
  完全に冴えている
  わかるだろ?

  人生に不意打ちはつきもの
  お前の眼球にビンタをかましてくる
  もし俺が左翼的な曲を歌っていたら
  保釈金を払えるくらいは儲かったかもな
  でも現実はまったく違うね
  朝の光が差し込む
  また新たな戦いのはじまり
  また別の口論、そうだろ、そうだろ、そうだろ

  尖る(weird)ために、尖る(weird)必要はない
  アメリカの反体制ブランドを取り入れる必要もない
  異端(strange)であるために、異端(strange)になる必要なんてない
 
  俺の心と身体の意見は一致してる
  イライラする、ムカムカする
  最悪の状態、最悪の状態さ


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