「Nothing」と一致するもの

interview for 『Eno』 (by Gary Hustwit) - ele-king

 ブライアン・イーノのドキュメンタリー映画『Eno』は、信じがたいことにジェネラティヴ(自動生成)される映画のようだ。イーノのまったく素晴らしい自動生成音楽や自動生成アートのように、映画自体も観る度に変わっているそうで、まいったいな、編集部コバヤシのようなハードコアなファンは2回以上は観ないと気が済まないシロモノなのである。
 まあ、さすがに映像すべてが自動生成されたらサイケデリック過ぎて何のことかわからないだろうけれど、じっさいの『Eno』は、いくつものパーツ(章)がシャッフルされ、再構成されていく仕掛けになっているようだと推測する。映像の、カットアップに近い(ローリー・アンダーソンはどのヴァージョンでもあの一瞬だけなのだろうか……)。だからひじょうに小気味よく、じつにスタイリッシュに、ブライアン・イーノという多面的なアーティストの人生が観れる。これ、ファンは必見ですが、ぜひとも多くの人にも観てもらいたい。東京は売り切れ間近なので、急いで!

たとえば「ロキシー・ミュージックについて一切触れないヴァージョンがあってもいいか?」って。そしたら、ブライアンはOKを出してくれて。「50年前に1年だけやっていた活動について、毎回自分の話のなかに加え入れなきゃいけない理由はないと思う」って言ってたんだ。『Music for Airports』はもちろん大きな存在だから、それが出てくるヴァージョンもある。だけど、ドキュメンタリーというのは結局そういうもので、なにを入れてなにを外すのかはフィルム・メーカーが決めてしまっているから。

どうして今回のようなジェネラティヴ・フィルムという手法を思いついたのか、そしてそれがなぜ可能だと思ったんでしょうか。

ギャリー・ハスウィット(以下、GH):うまくいくかわからなかったけど、とにかく思いついちゃったから。あと、それは自分自身にたいする疑問でもあった。要するに、「なんで映画って毎回同じじゃなきゃいけないんだろう?」という。

あなたがどうしてブライアン・イーノに興味を持って、なぜイーノの生涯を撮ることになったのか教えてください。

GH:ぼくはグラム・ロック時代から30年以上、イーノの作品を聴いていて。2017年にドイツのデザイナー、ディーター・ラムスの映画(『Rams』)を作るにあたって、制作者に「サウンドトラックはだれに頼む?」と訊かれて、ぼくは「夢だけど、イーノ」と答えたんです。すると、「イーノならつい2週間前、マネージャーに会ったよ」と言うんです。そしてメールで「こういう話の映画です」と伝えたら、イーノから快諾されて。映画を作りながら音楽を使わせてもらっているうちに、「じゃあ、なぜイーノのドキュメンタリーは無いんだろう?」と思うようになって。本人に訊ねたら、嫌いだから、と(笑)。音楽系のドキュメンタリーはひとりの考えや記憶に基づいているものばかりだから、ぼくのは無いんだよ、と言っていて。それで、「ぼくらはこういうシステムを作っていて、こういう映画を撮りたい」と伝えて。初期ヴァージョンのソフトウェアができた2019年当時にそれを見せたら、イーノは「こういうのだったらいいよ」と。

グラム・ロック時代からイーノを聴いていたとおっしゃいましたが、おいくつですか?

GH:60歳。80年代に大学生だった。ざっくり言って、パンクやDIYのようなムーヴメントに影響された世代だから、やりたい物事や見たいものがあったら、だれかがそれをやってくれるのを待つこともできるけど、待つのではなく自分で作るという性質なんだよね、ぼくは。

パンクで育ったあなたが、イーノを本格的に好きになったきっかけは? たしかに、イーノとパンクはすごくリンクしていたけれど。

GH:それはやっぱり2ndソロ(『テイキング・タイガー・マウンテン』)からかな。収録曲の〝サード・アンクル〟という曲がすごく印象に残っている。パンク以前に、すでにパンクだった人だとぼくは思っていて、彼がその後に影響を与えたミュージシャンは本当に驚くほど多いし、彼ほどリーチの広いミュージシャンはいないと思っている。あともうひとつ付け足すと、今回用いたオブリーク・ストラテジーズ・カードもそうだけど、彼のクリエイティヴィティにぼくはもっとも興味がある。なにを用いてなににアプローチしていくか。音楽そのものというよりも、ブライアンがやっているクリエイティヴなプロセスと、それを踏まえてほかのアーティストやデザイナー、ミュージシャンがさらにクリエイティヴなものを作れるようにしていくというその部分。音楽そのものよりも、ブライアンのそういった側面にぼくはすごく惹かれているんだと思う。

ぼくらはまだ1回しか観ていないんですけど、2回観た人によると「どちらかはあまり面白くなかったけど、片方はすごく面白かった」と言っていて。当たり外れがあるんですか?

GH:それは個人の嗜好だから、どちらがベターかというのはありえないと思う。今回、映画を作るにあたって、どの素材を外す、どれを入れるか、どういう流れにするか、どのシーンを作るか、といった選択肢がつねにあって、普通はフィルム・メーカーが決めると思うんだけど、そういった個人的なフィルム・メーカーの見解は今回の試みにおいてはすべて取っ払っているので、素材であるところのブライアン・イーノとそこに出てくる素材によって、ストーリーがおのずと語られていくという性質のものなので、ぼく自身もどれが好きってのはない。「あなた自身のフェイヴァリット・ヴァージョンは?」とよく訊かれるんだけど、それも存在しないぐらい(笑)。どれかが優れているってことはありえない。個人の好みの問題だと思う。

ぼくらが見たヴァージョンだと『Music for Airports』のエピソードがなくて、あと『Another Green World』に関するエピソードもなかったんですね。クラスターとのコラボレーションのエピソードもなかったんですけど、これは観るヴァージョンによっては存在することもあるんですか?

GH:もちろん(笑)。

じゃあ、もう一回観なきゃ(笑)。

GH:そう、もう一度劇場に行ってもらわなきゃいけない(笑)。じつを言うとそういう展開についてはブライアンとかなり早い段階で話しているんだけど、たとえば「ロキシー・ミュージックについて一切触れないヴァージョンがあってもいいか?」って。そしたら、ブライアンはOKを出してくれて。「50年前に1年だけやっていた活動について、毎回自分の話のなかに加え入れなきゃいけない理由はないと思う」って言ってたんだ。『Music for Airports』はもちろん大きな存在だから、それが出てくるヴァージョンもある。だけど、ドキュメンタリーというのは結局そういうもので、なにを入れてなにを外すのかはフィルム・メーカーが決めてしまっているから。そういう意味では、つねに観ることができない素材というものはどんなフィルムにもあるわけで。今回、500時間分の映像があって上映時間は2時間ということは、毎回499時間分の映像が捨てられているわけだよね。だから、それを思えば違うヴァージョンを観ることができたら、それ以上のものを観てもらえる。

たとえば最近日本ではボブ・ディランの映画をやったんです。『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』という。あれはボブ・ディランの本当に一面的なものしか物語っていなくて、たとえばブラック・ミュージックとのつながりであったり、ワシントン行進の話だったり、数々のエピソードが削除されている。でも、あなたが作ったものは「これはたまたまのバイオであって、ほかにもいろいろとあるよ」っていうことを言っているわけだから正直ですよね。

GH:それはある意味キュレーションというディレクターの仕事にもなるよね。ただ、ぼくは映画を作るというよりはぼくが作りたい映画を可能にするシステムを作る、という感覚で映画を見ていた。だから自分で映画を作ったという実感はあまりない(笑)。とはいえ、実際の作業が本格化したのはだいたい18ヶ月ぐらいのこと、といっていいかな。素材が選び出されて、技術とともに映画にしていく作業。ソフトウェアの開発もずっと続いていたから、映画としてまとまっていったのは最後の18ヶ月間だと思う。途中、ファイルネームやコードが出てくると思うけど、あれはソフトウェアが次になにを出すかを考えているということなんだけれど、それを見せるかどうか、ソフトウェアの存在を画面に見せるかどうか、というところを考えたりなんかもするのも含めて、実験がずっと続いていた。だから本当に、リアルタイムでソフトウェアが次になにを出すかっていうことアーカイヴのなかから選んで決めていて、それはぼくらがやってるわけではなく。やっぱりお客さんに対してはそれがシグナルになっていて、(コードが)出てきたら選んでるんだ、さあ次はなにかな? って。なにが出てくるかわからない、たとえば70年代に戻るかもしれないし、庭いじりの現在に行くかもしれないし、その間のどこかの時代かもしれないし。それに対して、観てる側がちょっと構えられるっていう意味であれをあえて残したんだ。

とにかく彼の話題についていくのが大変で。あそこまでハイパー・インテリジェントな人の話についていくっていうのが、ぼくはいちばん大変だったかもしれない(笑)。なにが学びになったかというと、それは好奇心の大切さについて。ブライアンはいまも好奇心の塊で、あれだけの年齢であれだけのことをやってきた人が、いまだ次にやる新しいことを考え続けていて、新しいテクノロジーを追いかけ続けている。

今回、こうした特殊な映画を作るなかでとくに苦労したことってなんでしたか?

GH:すべてが試行錯誤で、すべてが実験だった。ワン・ヴァージョンをとにかく作って、これで語られているブライアンのストーリーの核になる部分がほかのヴァージョンでもきちんと伝わるだろうか心配だったし、それをすべてのヴァリエーションに持たせなければいけない。ただ、嬉しいことにソフトウェアをさらに改善していくことももちろん可能で、実際それも進んでいるんだ。公開してからもうすでに1時間分ぐらいの素材がプラスされていて、そういう意味では機能的な部分もそうだけれど、素材自体も増えていくからどんどん映画自体が発展していく、進化していくっていうのがすごい点だと思う。

素材が増えるというのは、あらたに撮影をして、ということですか?

GH:ああ、どんどん足しているよ。実は2週間前にも「ちょっといいな」と思うものを新しく見つけたので、入れてみた(笑)。ジェームスってバンドがブライアンと一緒にやったときの話(『Wah Wah』)をしていて、イーノとやってどうだったかを話していたのが面白かったので、ああ、これいいじゃんって思って入れちゃったんだけど、日本版に出てくるかどうかはわからない。けれど、どこかに出てくるんじゃないのかな。映画づくりとしては根本的に全然違うものだと思う。

じゃあ、ロンドンで上演された『The Ship』のライヴ場面っていうのもあるんですよね。

GH:あるよ。出てこなかったですか? ほかにもいっぱいあるよ(笑)。明日またブライアンが新しいことをやったら、それがまた入ってくる可能性もある。「しかるべき映画とはなにか?」という固定概念がずっとあったけど、技術、ソフトウェアができてきたらそれすら変えることは可能なんだ、ということはだれも思わなかっただろうね。でも、映画の制作者側としては、そういうものがあるんだからそれを使って従来とは違う伝え方ができるんじゃないか、ということにまず気がつかないといけないし、ぼくはそれをこれからも追求していかなきゃいけないと思ってる。

日本でも7月中旬から公開されるんですけど、それも観るたびに違ったりするんですか? 

GH:同じ日なら日本のどこで観ても同じままだけど、たとえば、月曜に観にいったら火曜日はまた違う、というように。もちろん全部が違うわけではないけれど。オープニングのブライアンがスタジオにいる場面と、エンディングのブライアンが庭にいる場面はブックエンド的に決まっていて、あとはほかに4つの場面が全部のヴァージョンに必ず出てくる。それを含めておよそ30%は毎回繰り返される内容。ただ、真夜中の4つのシーンに関して出方が変わったりはする。残りの7割に関しては、まったくどうなるかわからない。構成というか、スケルトン的にそういうふうに組み立ててはいる。ある程度伝えたいストーリーが毎回伝わるように、というのが構成がある理由で、完璧に実験的なだけのランダムなクリップを集めた素材ではないんだ。あくまで映画としてのドキュメンタリーであるという意味でも構成は作ってある。
 でも、実は168時間ヴァージョンというのもあって。それはループしてなくて、まったく違う素材だけで168時間流していく、という企画。これはヴェニスでちょっと実験的にやった1日24時間1週間って流しておくっていう企画で、だからそういうことも可能なんだ。ちなみに、おかしな話なんだけど、168時間ヴァージョンをやった会場のギャラリーは10時から18時までしか開いていなくて、夜は閉館するけど閉まってる間もずっと上映が続いてる。夜中は誰も観てなくて、どうだったのって訊いてもだれも知らないみたいで。「どうなったの?」って訊いてもだれも知らなかったんだ(笑)。最近、ドキュメンタリーという名称でやってるのが、その場の記録をもちろん映像でするけど、そこにいる人しかわからない、要するにそれを後で残して公開するのではなく、そこで起こっていることを同時上映みたいな形でやって、そこにいる人だけが観られるというもの。とにかくぼくらがやりたいのは、映画とはなんだ、という概念を壊していくこと。映画とはこうやって作って、こう見せて、こういうふうに体験してもらうものでなきゃいけない、といままでみんなが思ってきたけれど、そうじゃないやり方がいくらでもあるということをぼくらが提示していきたいんだよね。

なるほどね。ブライアン・イーノの人生も、彼の活動もすごく多面的だから、この企画でのかっこうの材料でしたね。ボブ・ディランやデイヴィッド・ボウイでもそれができたんだろうけど。

GH:イーノは自分の映画なんか嫌だって言ってた人だからね(笑)。実験だからやりたいって思ってくれたっていうことが面白いところだよね。自分がボウイと喋ってる映像なんて、ただ見せられてもそんなのは嫌だって言う人だから。彼の多面性がこの映画のなかですべて組み合わさって、かつ筋が通っている。

膨大な素材を作る過程で、印象に残っている「自分が知らなかったブライアン・イーノ」について教えてください。

GH:ブライアンがニューヨークに住んでいたとき、初期のヴィデオ・カメラを買って実験をしている映像があって。それはヴィデオ・アート的なものもある一方で、アパートに来た友だちを撮ったりしているものもあったりして。40年くらい前の話なので、ブライアンは自分でも忘れていたんだよね。それが出てきて、ぼくらも驚いたけど、本人も驚いていた。VHSテープって上書きで録画してしまうものだったよね? ブライアンもそれをやっていたから、テレビ番組の『MASH』のラスト・エピソードのテープが出てきて。それを録画していたんだなって思って再生してみたら、たしかに『MASH』なんだけど、15分ぐらい進んだところでブライアンが台所で踊っているシーンが1分ぐらい入ってて(笑)。それで、また元に戻ったりとか。それも映画のなかにあるから、ヴァージョンによってはどこかに踊っているブライアンが出てくるよ(笑)。

今回の映像を作ってみて、あらためてブライアン・イーノとはどういう人間だと思いましたか?

GH:彼がすごく面白い人だということがわかった。(映画を撮らなければ)彼がユーモアのセンスのある人だということをぼくは知らなかっただろうな、と思う。彼は自分のことをあまり深刻に考えすぎない人なので、映画に出ている姿は、たぶん普段の彼そのものだと思う。ぼくはいままでドキュメンタリーをたくさん作ってきたけど、カメラが回るとありのままじゃなくなるのが普通だった。その点、彼はそのままの姿が映画でも観られると思う。あと、インタヴューを何十回にも渡ってやらせてもらったんだけど、すごく気後れした。気難しいからとかでは全然なく、それは彼がとにかく頭のいい人で、かつ幅も広かったから。あらゆる作家を知っていて、あらゆる世紀のことを知っている。そういう人と話す上では、とにかく彼の話題についていくのが大変で。あそこまでハイパー・インテリジェントな人の話についていくっていうのが、ぼくはいちばん大変だったかもしれない(笑)。なにが学びになったかというと、それは好奇心の大切さについて。ブライアンはいまも好奇心の塊で、あれだけの年齢であれだけのことをやってきた人が、いまだ次にやる新しいことを考え続けていて、新しいテクノロジーを追いかけ続けている。その姿勢は、自分にとってすごく啓発されるものがあったし、好奇心を持ち続けるということの大切さを学べた気がする。

東京
会場:109シネマズプレミアム新宿 シアター7
期間:2025年7月11日(金)〜 7月17日(木) ※1週間限定上映
※一般上映は日毎に上映ヴァージョンが変更となりますので、別ヴァージョンを鑑賞希望のお客様は別日の上映チケットをお買い求めください。
<平日>
・1回目:18:00〜
・2回目:20:30〜
<土日>
・1回目:15:30〜
・2回目:18:00〜

名古屋
【会場】109シネマズ名古屋 シアター4
【上映日】2025年7月12日(土)、7月13日(日) ※土日限定上映
※一般上映は日毎に上映ヴァージョンが変更となりますので、別ヴァージョンを鑑賞希望のお客様は別日の上映チケットをお買い求めください。
・1回目:15:30〜
・2回目:18:00〜

大阪
【会場】109シネマズ大阪エキスポシティ  シアター5
【上映日】2025年7月12日(土)、7月13日(日) ※土日限定上映
※一般上映は日毎に上映ヴァージョンが変更となりますので、別ヴァージョンを鑑賞希望のお客様は別日の上映チケットをお買い求めください。
・1回目:15:30〜
・2回目:18:00〜

GARY HUSTWIT/ギャリー・ハストウィット プロフィール
ギャリー・ハストウィットは、ニューヨークを拠点に活動する映画監督兼ビジュアル・アーティストであり、ジェネレーティブ・メディアスタジオ兼ソフトウェア企業「Anamorph(アナモルフ)」のCEO。これまでに20本以上のドキュメンタリーや映画プロジェクトを制作しており、ウィルコを題材にした『I Am Trying To Break Your Heart』、アニマル・コレクティヴによる実験的な長編映画『Oddsac』、ゴスペル/ソウル音楽のレジェンド、メイヴィス・ステイプルズを描いたHBOドキュメンタリー『Mavis!』など、数多くの話題作をプロデュースしている。2007年には、グラフィックデザインとタイポグラフィに焦点を当てた世界初の長編ドキュメンタリー映画『Helvetica(ヘルベチカ)』で監督デビューを果たし、その後も『Objectified(2009年)』『Urbanized(2011年)』『Workplace(2016年)』、そしてブライアン・イーノが音楽を手がけた『Rams(2018年)』といった作品を通じて、デザインが私たちの生活にどのように影響を与えているかを探求し続けている。これらの作品はPBS、BBC、HBO、Netflixをはじめ、世界20か国以上のメディアで放送され、300以上の都市で上映されている。最新作『Eno』は、2024年のサンダンス映画祭で初公開され、サウス・バイ・サウスウエストやトロント国際映画祭などでも上映された。ギャリーの映画および写真作品は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)、スミソニアン・クーパー・ヒューイット国立デザイン博物館、ロンドン・デザイン・ミュージアム、ヴェネツィア・ビエンナーレ、ヴィクトリア&アルバート博物館(ロンドン)、ポール・カスミン・ギャラリー(ニューヨーク)、アトランタ現代美術センター、ニューヨークのStorefront for Art and Architectureなど、世界各地の美術館やギャラリーで展示されている。ギターにも強い情熱を持ち、エレキギターメーカー「Koll(コル)」ではデザイン協力も行っています。また、オリンピック開催都市の“その後”を追うスローフォト・ジャーナリズム・プロジェクト『The Olympic City(ザ・オリンピック・シティ)』にも参加。

「ブライアン・イーノのキャリアの多くは、プロデューサーとしての役割だけでなく、『オブリーク・ストラテジーズ』や音楽アプリ『Bloom』のようなプロジェクトでのコラボレーションを通して、彼自身や他の人々の創造性を可能にすることでした。私は、映画『Eno』をクリエイティビティを題材にしたアート映画だと考えていて、ブライアンの50年にわたるキャリアがその素材です。ブライアンの音楽とアートへのアプローチと同じくらい革新的な映画体験を創り出すこと、それがこの作品を制作した目的です。」
- ギャリー・ハストウィット

 2025年1月、ロサンゼルス(以下、LA)を襲った山火事は現地に住む多くの音楽家たちの生活を奪い、コミュニティを離散させた。そんななか、LAの音楽シーンを支えてきたインターネット・ラジオdublabの日本ブランチであるdublab.jpは、支援と連帯を示すためのチャリティ・コンピレーションを制作。『A Charity Compilation in Aid of the 2025 LA Wildfires -resilience-』と銘打たれた作品には、岡田拓郎、王睘 土竟(荒内佑 + 千葉広樹)、食品まつり a.k.a. FoodmanBUSHMIND、Daisuke Tanabe、Albino Sound & Daigos (D.A.N)、SUGAI KEN、優河、Ramza×hotaru、TAMTAM嶺川貴子、白石隆之など、主に日本の有志たちによる楽曲が収録されている。

 ここまでジャンルレスに多彩な顔ぶれが揃うコンピレーションも珍しいが、それこそがLAの音楽文化の豊かさを表しているとも言える。そして、あまりに豊かで横断的であるがゆえに、シーンを俯瞰的に観測することは容易ではなく、相関図を作ってみたところで線が入り組みすぎてしまうだろう。

 では、現地の事情に詳しい人たちに、彼らの視点でシーンを切り取って語ってもらおうというのが今回の鼎談企画だ。語り手は、コンピレーションにも参加している岡田拓郎、dublab.jpの発起人であり自身のレーベル〈rings〉から現行LAシーンの作品もリリースしている音楽評論家の原雅明、そしてコンピレーションのプロデューサーでありdublab.jpの現代表の玉井裕規。なぜ私たちはLAの音楽に惹かれるのか、その答えが朧げに見えてきた。

LA的感性の根底にある「リスニング」志向

レコードが好きな人たちが好む音楽と、プレイヤーがやりたい音楽、クラブ・カルチャーの人が聴きたい音楽とが全部交差してシーンとして成立しているというか。(岡田)

玉井:今年1月にLAの山火事が起こった当初、報道からは断片的な情報しか入ってこなかったので、dublab.jpではLA現地のdublabやその周辺のコミュニティから状況を教えてもらって、よりリアルな実態を把握するための記事や支援団体に繋げるための記事を出したりしたんです。
それから、現地のメンバーと定期的に連絡をとるなかで、現地でも報道が減って風化していたり、保険金や支援金を受けるのにも複雑で長期的な対応を迫られるだとか、家を失った人たちのその後の生活とか、それこそ壊滅状態になってしまった音楽シーンのことなど、たくさん課題をたくさん聞いていて。
大金を集められるわけではないけれど、我々から現地の音楽コミュニティに対して、音楽によって支援できることはないかと考えてチャリティのコンピレーションを作ろうということではじまったのが今回の「A Charity Compilation in Aid of the 2025 LA Wildfires -resilience-」です。準備期間も要しましたが、結果として発生から5ヶ月が経ってからのリリースになったことは、ニュース性よりも長期的な支援を訴える上では良かったんじゃないかと思っています。

 参加アーティストは、dublabと関係があったり、LAの音楽カルチャーに影響を受けている方々に声をかけていった結果、本当に幅広い顔ぶれになりました。昨年LAでレコーディングされてらっしゃった岡田拓郎さんもその参加アーティストのひとりです。


玉井裕規(dublab.jp)

岡田:僕がLAに行ったのは2023年の5月が初めてです。Temporal Drift の北沢洋祐さんとは繋がっていて、元々2020年にちょろっと行ってみようと予定していましたがパンデミックになってしまい、ちょうど渡航のためのPCR検査などが必要なくなったのがそのタイミングでした。アメリカに行くのもそのときが初めてで、パンデミックが落ち着いてきて、生きてる間にいろんなところ行ってみよう! みたいな気持ちで向かったので、特にレコーディングのために行ったわけでもありませんでした。
 現地に着いたら、たまたまいろんなミュージシャンに会えたり、集まれば演奏したり録音しはじめたりみたいな感じで、もう音楽の生活への根づき方にびっくりして。
 Yohei(鹿野洋平)さんのことも知っていたので連絡して自宅にお邪魔したら、ちょうどPhi-Psonicsのセスさん(Seth Ford-Young)が「近くにいるから遊びに行くよ」ってことでコントラバスを持って来てくれて。
 Yoheiさんの家は庭がスタジオなんですよ。そこでせっかくだからセッションして録音しようよって、旅の写真を撮るような感じで半日ジャムって遊んでもらいました。そのときの録音のひとつが今年リリースした「The Near End, The Dark Night, The County Line」に収録されてます。


岡田拓郎

玉井:LAでは庭にスタジオを構えることは珍しくないですよね。Yoheiさんは素晴らしい作曲家でありプロデューサー、かと思えばローディーとしてブレイク・ミルズや斉藤和義、ロバート・プラントのツアーに参加していたりと、すごくフットワーク軽く活動している人で僕も正体がつかめていないのですが(笑)、元々はレコードの再発レーベルをやりたくてアメリカに渡った人なんですよね。

岡田:僕が個人的に好きなLAのシーンに対して抱いているイメージって、レコードが好きな人たちが好む音楽と、プレイヤーがやりたい音楽、クラブ・カルチャーの人が聴きたい音楽とが全部交差してシーンとして成立しているというか。そういう場所って世界を見てもあまりないと思うんです。すごく実験的なことをやったとしても、最終的にはリスニング・ミュージックとして楽しめる録音物に落とし込むというか。
 エクスペリメンタルと呼ばれるような音楽も僕は好きですが、そういった音楽は例えばインディ・ロックやポップス好きにはときに厳し過ぎる側面があると言いますか。LAではそういう音楽でも、あくまでリスニング作品として楽しめるものが多いように感じます。LAのいまのシーンで活躍している人たちが持っているおおらかなムードが、そういう作品づくりを可能にするんじゃないかと思います。ああいう空気感があると、出てくる音楽は当然変わってくるだろうなと。

原:dublab.jpで放送をスタートさせた2013年当初、LAのメンバーからは「どんな放送でも必ずアーカイヴしろ」としつこく言われたんですよ。まだ慣れないなかで内容がグダグダな番組もあって、こんなの残したくないよって言ったんですけど(笑)。当時はすべてのデータをLAのサーバーに保存する決まりになっていたので、提出しないわけにはいかなくて。渋々やっていたけれど、続けていくうちにアーカイヴすることの価値の大きさがわかってきました。LAには、必ずレコーディングして残す、という習慣のようなものが根付いているように感じます。例えば、カルロス・ニーニョは即興的なセッションをやったとして、その素材を使ってあれこれ編集したものをプライベートプレスでもいいから必ずレコードとして残すんですよ。そういう、リスニングの楽しみがわかっているというか、リスナー側のことをしっかり理解している人が多いなと思いますね。
 ミュージシャンって、どうしても演奏することがゴールになってしまいがちな節があると思うんですが、LAでは演奏とレコーディングが対になっている。その大切さをよくわかっているから、優れたレコーディング・エンジニアが育つし、質の高いスタジオが維持されてるんではないでしょうか。


原雅明

コロナ禍以降、ひとりで音楽を作ったりクラブでの演奏以外の活動が模索されたなかで、競争から離れるミュージシャンが増えて、その受け皿としてLAがあったという面もある気がします。(原)

そういう文化の源流になっているものは何なんでしょうか?

玉井:まずLAにはジャズやポップスなどのシーンと平行して、映画産業に紐づいた音楽産業がありますよね。

岡田:映画の(劇伴などの)仕事があることで、ミュージシャンたちがクラブ回りをする以外の食い扶持を得ることができたというのはLAらしい環境ですよね。

玉井:譜面が読めるミュージシャンが圧倒的に多いエリアとよく言われてたそうですからね。

原:仕事があるからLAにいる、ということは大いにあると思います。いまだったら、例えばNetflixから仕事をもらえるとか。コマーシャルなものとインディペンデントなもの、両方があって往来できるから、ネイト・マーセローやブレイク・ミルズみたいな人たちが大きい仕事もしながら実験的な作品も自由に作れているわけですよね。
日本でもそういう状況がもっとあればいいなと思うんですけどね。そうすれば、それこそ岡田さんみたいなアーティストがもっと活動しやすくなる。

岡田:そうですね。シカゴ時代のジム(・オルーク)さんのように、自分の作品を作りつつ、プロデュース、エンジニア業を行ったり来たりできたらなあとこの10年間やってきたところはあります。僕みたいなタイプのミュージシャンはLAにいけばいくらでもいると思いますが、日本の土壌だとまあまあ大変ですね(笑)。
 LAはコミュニティという単位で動くという意識も強いと思うので、コマーシャルなところにもクリエイティヴなまま関わることができている気がしますね。例えばプレイヤーはその現場に合わせてスタイルをいろいろ変えて合わせていくというよりは、そのプレイヤーのカラーが欲しいからその現場に呼ばれ、集まると言いますか。ジェイ・ベルローズとかメジャーな人とやっても、小さなクラブでプレイしても全然スタイルは変わらない。これって当たり前のようでいて、いざ自分の国のプロダクションの仕組みを省みるとなかなか難しいことだったりもする。これはLAに限ったことではありませんが。

原:なぜLAに音楽家が集まるのかということについては、気候が温暖で居心地がいいこともやっぱり大きいと思いますね。古くはストラヴィンスキーやマイルス・デイヴィスもキャリアの晩年はLAに移住していたりするわけですけど。ニューヨークのような場所は緊張感があってそれはそれで良いけれど、それが辛くなってきた人はLAの穏やかな環境に移っていくという動きが、近年のアメリカのジャズシーンでも現れていますよね。

岡田:LAとニューヨークで、やっぱりミュージシャンのカラーの違いは明らかにありますよね。

原:ありますね。ニューヨークはヒエラルキーがあって、ランク付けがつねにされているようなところがあります。それが収入にも直結していくような緊張感がある。それがやりがいと感じられる人もいるけれど、疲弊する人も当然いるわけです。それがコロナ禍以降、ひとりで音楽を作ったりクラブでの演奏以外の活動が模索されたなかで、競争から離れるミュージシャンが増えて、その受け皿としてLAがあったという面もある気がします。スピリチュアルな方面に目覚めるミュージシャンも多かったですし。

玉井:そういうムーヴメントやコミュニティも、今回の山火事で破壊されてしまったわけですよね。火災発生直後から、多くのアーティストたちは「GoFundMe」というクラウドファンディングのプラットフォームを使って各々が支援金を募る動きが活発だったんですけれど、いま、そういう形で資金を得ていた人々が政府からの補助金を受給しにくいという事態になっていたり、申請作業自体が非常に煩雑でそのやりとりだけで相当の時間を要するということも言われていたりするんですよ。
 そうなってくると、人材がどんどんLAから出ていってしまうんですよね。例えば、日本でもファンが多いファビアーノ・ド・ナシメントなども。LAの音楽産業から人材や頭脳の流出がすでにはじまってしまっている気がします。

岡田:僕が面識のあるLAの人たちは、みんな直接火災の被害は受けていなくて家屋も無事なんですけど、灰の被害がひどすぎて結局土地を離れてしまっている人が結構いますね。Tenporal Driftのパトリック(Patrick McCarthy)さんは火災の直後、しばらくは家を離れなくてはならなかったと言っていました。

原:マッドリブの家も焼けてしまって、機材やレコード・コレクションも失われたらしいですが、ちょっと信じられない損害ですよね。

岡田:ジェフ・パーカーとよく一緒にやってるポール(Paul Bryan)も、同じくスタジオの機材が燃えてしまったと聞きました。

原:この火災が今後どういうかたちで、どれくらいの損失を出すのか、まだ全く予想がつかない。

玉井:にもかかわらず、現地でも山火事に関する報道はほとんどされなくなってしまっているらしく、支援の動きが盛り下がってしまうことが心配です。

改めて振り返る、2000年代〜2010年代のLAシーン

そういうムーヴメントやコミュニティも、今回の山火事で破壊されてしまったわけですよね。LAの音楽産業から人材や頭脳の流出がすでにはじまってしまっている気がします。(玉井)

原さんがLAのシーンを意識したり、関わりはじめた当初のこともお聞きしたいです。

原:LAのdublabが立ち上がるのが1999年ですが、それよりも前に、dublab創設者のフロスティ(Mark “Frosty” McNeill)とは知り合っていたんです。彼はその頃から日本のアンダーグラウンドな音楽をやたら掘っていて。そういう作品のリリースに僕が携わっていたからか、直接コンタクトしてきたんですね。Rei Harakamiを聴かせたらのめりこむようにファンになってた。dublabがスタートしてからは、すぐに竹村延和を出演させたり。

玉井:それ、99年の放送ですよね。当時聴いていました。

原:その後、コーネリアスが初めてアメリカ・ツアーをしたときにもdublabに出てましたね。
LAに初めて行ったのは2008年。当時雑誌だったTOKIONからの依頼で、世界の各都市の音楽シーンを巡る企画の一環でした。僕はLAを希望したら行かせてもらえた。良い時代ですよね(笑)。ちょうど「LOW END THEORY」がスタートした年で、J・ディラが亡くなってから2年経っていたタイミングですね。そのときに行った「LOW END THEORY」には〈Warp〉からリリースする前のフライング・ロータスが出ていました。ほかにも、ラス・Gが働いていた〈POO-BAH-RECORDS〉やdublabのスタジオに行ったり。
 そこから 2010年になると、いろいろなことが爆発的に生まれていくわけです。フライング・ロータスの『Cosmogramma』が出て、それまでも盛り上がっていたビート・ミュージック・シーンから、アリス・コルトレーンのようなスピリチュアル・ジャズの源流につながっていくものも現れて。一方で、カルロス・ニーニョはジェシー・ピーターソンと『Turn On The Sunlight』を出して、ビート・シーンとは離れた場所でアンビエントやフォークっぽいアプローチに行く。
 『Turn On The Sunlight」は僕がレコードも出したんですが、カルロスいわく「ジョン・フェイヒーとブライアン・イーノが出会ったらこんな音楽になる」って言っていて、当時はそれがよくわからなかったというか「これはどこに向かっている音楽なんだろう?」と思ったりしました(笑)。でも、そこからほどなくして、ニューエイジ・リヴァイヴァルと言われる音楽に注目が集まり、『I Am The Center: Private Issue New Age Music In America, 1950-1990』のようなコンピレーションが〈Light In The Attic〉から出るようになった。
 そして、そういう動きと並行して、カマシ・ワシントンとかオースティン・ペラルタとか、ジャズ・ミュージシャンたちも当時はビート・ミュージックのレーベルだった〈Brainfeeder〉からジャズのアルバム(2015年にカマシ・ワシントン『The Epic』がリリース)を出すということも起きはじめる。
 さっき岡田さんが言っていたような、プレイヤー的な音楽もリスナー的な音楽もすべてが混ざり合っていくような土壌は、こういう動きのなかで完成されていったように見えるんですよね。

アンビエント的なものを内包したジャズというのは確実に出てきていますよね。こういう潮流が現行のLAシーンから生まれたということと、さらにその源流にはアリス・コルトレーンが1970年代に建てたアシュラム(僧院)があるんじゃないかと思います。(原)

そういうクロスオーヴァーな動きを牽引するようなミュージシャンたちは、どんな現場で育成されているのでしょうか?

原:例えば、LAジャズのメッカといわれるレイマート・パークにあるThe World Stageという老舗のジャズ・クラブはワークショップもおこなうコミュニティ・スペースでもあって、カマシやテラス・マーティンなんかも演奏していた。カマシたちが台頭したことで、The World Stageが綿々と続けてきたことにスポットライトが当たるようになりました。その後も、新しいプレイヤーを輩出し続けていて、いまのLAシーンで活躍している人たちにもここで地道に演奏してきたミュージシャンがいます。

玉井:THE PAN AFRIKAN PEOPLES ARKESTRAもThe World Stageのあるサウス・セントラルという地域で生まれていて、そうしたローカルなコミュニティからジャメル・ディーンのような新しい才能が出てきていますよね。

原:The World Stageはコミュニティをサポートして、教育の場になっているイメージですね。UKのトータル・リフレッシュメント・センターにも近い感じかな。

玉井:THE PAN AFRIKAN PEOPLES ARKESTRAのメカラ・セッションというドラマーのドキュメンタリー作品をdublabのフロスティとアレ(Alejandro Cohen)がプロデューサーとして制作しているんですが、ジャズ・スピリットがどうやって継承されていくか、みたいなことが語られていて。その系譜のなかにカマシやジャメル・ディーンたちがいるんだということがわかります。

https://www.pbssocal.org/shows/artbound/episodes/the-new-west-coast-sound-an-l-a-jazz-legacy
The New West Coast Sound: An L.A. Jazz Legacy

音楽が静かになっていく、その心とは?

昨今のLAのコンテンポラリーなジャズ・ミュージシャンたちは、一見オーセンティックでストレートアヘッドなジャズをやっていても、カルロス・ニーニョが提示したような感覚を持ってやっているというのは感じます。皆、極めて静かな演奏をしますよね。(岡田)

原さんから語られた2010年代の動きがその後向かった先のひとつが、昨今のジャズとアンビエントが接近したようなサウンドということにもなるわけですね。

原:「アンビエント・ジャズ」という呼称が適切なのかはわからないのですが、アンビエント的なものを内包したジャズというのは確実に出てきていますよね。象徴的だったのはやはりアンドレ3000がカルロス・ニーニョたちと作った『New Blue Sun』です。ヒップホップ・アーティストがスピリチュアル・ジャズやニューエイジにアプローチしたような作品で、もうこれが決定打になった感じがします。

 こういう潮流が現行のLAシーンから生まれたということと、さらにその源流にはアリス・コルトレーンが1970年代に建てたアシュラム(僧院)があるんじゃないかと思います。80年代にはLA郊外のさらに広大な土地に移って、商業的なリリースに背を向けてヴェーダ聖典を学ぶ人びとに向けて音楽活動をおこなっていた。
 フライング・ロータスや、アンドレ3000のバンドでキーボードを弾いているスーリヤ・ボトファシーナなんかは、アシュラムに出入りしていた人たちなんですよ。スーリヤはアリスの愛弟子で、アシュラムで育ったあとに名門のニュースクール大学に行ってジャズを学んでもいる。彼のようなミュージシャンも登場していて、カルロス・ニーニョと当然のようにつながっているわけです。
 『Cosmogramma』もそのきっかけのひとつだけど、アリス・コルトレーンのような音楽が再評価されて、一般的なリスナーにも聴かれるようになったことというのが、大きな流れのなかで影響を及ぼしているんじゃないかと思いますね。

岡田:クラブ・ジャズの文脈でスピリチュアル・ジャズの再評価がされた時代がありましたけれど、今日の視点は少し異なりますよね。それこそアリスの音楽はそこからも漏れてしまっていたと思いますし。

原:カルロスがビルド・アン・アーク(Build An Ark)をはじめたときはそういうクラブ・ジャズの流れで評価されていたわけだけど、それ以降のカルロスはビートを外す方向に行くわけです。おそらくですが、カルロス本人の考えとして、ビートを外さないと次にいけないと思ったんじゃないかと思うんですよね。ビルド・アン・アークはミュージシャンの集まりで、カルロスはほとんど演奏しないけどバンド・リーダー的な影響力があって、例えるならキップ・ハンラハンみたいな存在でもありました。でも、そのままプロデューサーに進むのではなく、プレイヤーとリスナーの中間みたいな居場所を見つけようと模索していたんではと思います。だから、ニューエイジやアンビエント的なものに振り切れば、いろいろなことができると思ったんじゃないかと。

玉井:カルロスが『ユリイカ』のインタヴューで語っていたことですが、「人は成熟するにつれてビート・ミュージックから離れていくものなんだ」みたいな、なかなか過激なことを言っていましたね(笑)。フィジカルに高揚するものではなくて、より自由な音楽の形を自己の内側に求めていたということなんでしょうね。

岡田:アンビエント・ジャズのようなサウンドは、まさにリスニング視点から生まれたものとも言えますよね。例えばマイルス・デイヴィスの黄金クインテットなんかは流動的に伸縮する身体性が注目される印象です。ですが、スタジオ作品においては抑制されていると言いますか、非常にプロデュース的な作品であったりもします。言わずもがな黄金クインテットのライヴは極上ですが、ここにおけるある種のプレイヤーズ・ミュージック的なセッションの部分がその後のプレイヤーや評論家に過度に注目され語られ引き継がれていった部分も少なくないように感じています。
 カルロス・ニーニョがビートを外したっていうのは、こうしたジャズにおけるこういった意味での火花が散るようなプレイヤーズ・ミュージック的なセッションへの再考と実践でもあるように感じています。そしてこれは必ずしも身体性との訣別というわけではありません。ビートこそありませんが、近年の彼の音楽の持つ身体性や自然環境のような流動性は作品を追うごとに増しています。熱を必ずしも外側に放射するのでなく、内的な熱にフォーカスすることもできる。前者が熱を帯びた会話や議論だとするなら、後者は会話もするけど、そんな大きな声も出さなくても会話ができるしそのなかにはビーチベッドでチルしてる人がいても良い感じと言いますか(笑)
 昨今のLAのコンテンポラリーなジャズ・ミュージシャンたちは、一見オーセンティックでストレートアヘッドなジャズをやっていても、カルロスが提示したような感覚を持ってやっているというのは感じます。皆、極めて静かな演奏をしますよね。大きい声を出さなくても会話ができる環境といいますか。

玉井:そういうアプローチはウェストコースト・ジャズでは昔からあるように思っていて、例えばジミー・ジュフリーがやっていたような絶妙な均衡で成り立っているアンサンブルのサウンドって、静謐で、ともすれば眠たくなるような演奏だけれど、それこそ現代のアンビエント・ジャズ的な耳で聴くとすごく良い。そういう音がジェフ・パーカーとか、いまのLAのジャズ・ミュージシャンに継承されているんじゃないかという気もしますね。

岡田:思えば、ジェフ・パーカーがETAでやっていたような(ETA IVtetの)セッションって、チコ・ハミルトンとかガボール・ザボのような、ドローンが基調にあってハーモニー的な起伏はできるだけ何も起こらない、当時のジャズ好きからしたら退屈とされてしまった音楽を思い起こさせますね。そしてこのミニマルな感覚は現代のLAジャズに通底するトーンを想起させます。

原:ジェフ・パーカーのソロ・ギター作品について「フリー・インプロヴィゼーション」ではなくて「フリー・コンポジション」とプレスリリースで説明されていた。即興演奏ではなくて、作曲しながら即興演奏しているんだと。それは言い得て妙ですよね。

岡田:これは本当に面白いですよね。カルロスがビートを外したことを踏まえて、その上で再びビートを取り入れ、複数人でお互いの演奏に耳を傾けながら即興的に組み立てていく。一見静かだけど、本当にスリリングで刺激的なサウンドだと思います。

ベーシックな文脈の上に、新たな行き先を提示する

僕はジョシュ・ジョンソンですかね。作品はもちろんですが、彼が去年dublabの番組に出た際の選曲がすごく良かったんですよ。それこそアンビエント・ジャズを俯瞰するような内容で。(玉井)

みなさんがいま追っているLAのアーティストやコミュニティについてもお聞きしたいです。

玉井:僕はジョシュ・ジョンソンですかね。作品はもちろんですが、彼が去年dublabの番組に出た際の選曲がすごく良かったんですよ。それこそアンビエント・ジャズを俯瞰するような内容で、ジョシュア・エイブラムスの新譜とかもかけていて、ジョシュのルーツにシカゴ音響派と呼ばれたような時代の音楽もやはりあるんだろうか、とか。

https://www.dublab.com/archive/frosty-w-josh-johnson-celsius-drop-10-10-24

岡田:トータスをはじめシカゴの音響的な音楽を聴いていたジャズマンがミニマルなジャズをやったら絶対おもしろいじゃん、とかそういうことを考えている人が当たり前にいる世界なんですよね。ゴリゴリにジャズができるけど、タウン・アンド・カントリーも吉村弘も好きみたいな人がたくさんいる。僕もそういう話だけをしていたい……(笑)。

玉井:(ジョシュの選曲のなかで)あとはダニエル・ロテムとかもかけていて。

岡田:多重録音で作ってるひとですよね。すごく良かった!

原:ダニエル・ロテムの作品を出している〈Colorfield Records〉というLAのレーベルはすごく良いですよね。アンビエント・ジャズっぽいものも出しているレーベルなんですが、例えばマーク・ジュリアナやラリー・ゴールディングスの作品も普段の作風とは異なる音響感になっていたりする。レーベルのプロデューサーがピート・ミンという人なんですが、彼は必ずアーティストとマンツーマンでスタジオに入って一緒に作品を作り上げるというスタイルらしくて。

岡田:理想的ですよね。優れたジャズ・プレイヤーにこんな演奏をしてほしい、っていうコミュニケーションをしながら作品を作っていくというのは。ジャズの人たちはみんな演奏力が高いから、言ったことをなんでも体現してくれる。

原:プロデューサーとして正しいことですよね。とりあえず一緒にスタジオ入ろう、っていうのは。

岡田:一対一の〈ECM〉みたいな。

玉井:マンフレート・アイヒャーとマンツーマンは怖いですね(笑)。

最後に、岡田さんが注目しているアーティストは誰でしょうか。

岡田:ディラン・デイというギタリストですね! 彼は本当に面白いギタリストです。日本にはサム・ウィルクスのライヴで来ていましたけど、やばい音を出す人だなと思ってステージの足元を見に行ったら、チューナーしか置いていなかった(笑)。いわゆるデレク・トラックス的な上手さもある人なんですが、マッチョな演奏ではなく、すごく抑制が効いていて。スライド(・ギター)のプレイも時にサイン波の電子音のように聴こえたり。

 プリミティヴなアメリカーナがルーツなんだと思うんですけど、サム・ウィルクスみたいな未来的な志向のあるサウンドにエフェクターなしで入り込めちゃうというのは、ちょっとショックですらありますね。Phi-Psonicsの次の作品にも参加しているらしく、自分のかたちを変えないでどんな音楽にでも入っていけるというのは、いまの時代に珍しいスタイルだと思います。
 ディラン・デイしかり、SMLなどに参加しているグレゴリー・ユールマンとか、ジャクソン・ブラウンの来日公演で観たメイソン・ストゥープスとか、すごく面白いギタリストがLAからたくさん出てきている。トラップが全盛だった2010年代というのは、多くのギタリストはギターの役割について向き合わなくてはいけない時代で、自分もそういうことを考えていた。いま一度、ギターという楽器を楽曲のなかでどう位置づけるか、どうやって新しいサウンドを見つけるかという模索を、彼らもこの10年してきたんじゃないかという気がします。それを経て2020年代に入って新しい可能性を提示しているんじゃないかと。

彼らに共通している特徴を見出すことはできますか?

岡田:いまはエフェクターでできることが拡張しているなかで、テクノロジーを使ってどんな音を出すかを模索するうちに、どんな変わった音を出すかというペダリストに陥ってしまいがちな時代だと思います。ときに鳥の鳴き真似合戦になってしまっていないか、とか(笑)。彼らはユニークな音も扱うけど、極めてギターをギター的に弾くことで勝負できる人たち。ブルース、ジャズ、カントリーというベーシックなアメリカの音楽史の流れのなかでのエレキ・ギターが、ギターについて本当によく知っていますし、現代の音楽に対してこの古典的な楽器でどうアプローチすれば、どこに向かっていけば面白いのか、について本当によく考えていると思います。そういう文脈がないと、音楽自体がどこへ向かっていけばいいかわからなくなってしまうようにも思う。文脈がないと、結局ペダリストになってしまうとも言えるし。だから彼らのことは、120%支持したいですね。

Susumu Yokota - ele-king

 横田進の7枚組のボックス・セットが8月1日にロンドンの〈Lo Recordings〉から発売される。これは、横田の没後10年を節目とした同レーベルの企画で、1998年に始動した横田のレーベル〈Skintone〉から2012年までにリリースされた14作品がCD・アナログ両フォーマットにて復刻される。その第一弾として、今回は以下の人気作がセットに入っている。
『Magic Thread』(1998) 『Image 1983-1998』(1998) 『Sakura』(1999) 『Grinning Cat』(2001) 『Will』(2001) 『The Boy and the Tree』(2002) 『Laputa』(2003)
 
 全作品はリマスタリングされ、アナログ盤ではカラー・ヴァイナル(全13枚の12インチの盤)仕様、各アルバムのカヴァーアートは新しくデザインされ、彼の詳しいバイオグラフィーが綴られたブックレットも封入されている。CDが1万5千円弱、アナログ盤は5万強と高価な商品だが、ファンには嬉しい企画だ。限定発売なので、早めに予約しよう。

Susumu Yokota
Skintone Edition Volume 1

Ellen Arkbro - ele-king

 スウェーデンの作曲家/サウンド・アーティスト、エレン・アークブロは、カリ・マローンサラ・ダヴァチと並んで、近年のドローン・ミュージックの中でもひときわ存在感を放つ人物だ。そんな彼女がリリースした新作『Nightclouds』は、これまでのキャリアを通じて最も完成度の高い一作であり、その質の高さに驚かされると同時に深い納得を覚える作品となっていた。鍵となるのは、2021年のヴォーカル・アルバム『I get along without you very well』を経た経験だ。その作品を通じて彼女が獲得した「音楽」と「音響」の統合感が、本作『Nightclouds』で見事に昇華されている。

 『Nightclouds』のマスタリングを手がけたのは、アンビエント界の重鎮にして優れたエンジニアでもあるシュテファン・マシュー。リリース元は、ザ・シャドウ・リングのボックス・セット、フローリアン・ヘッカー、7038634357、キャサリン・クリスター・ヘニックスなどのアルバムをリリースし、いまや現代エクスペリメンタル・ミュージックの最重要レーベルのひとつに数えられる〈Blank Forms Editions〉である。同レーベルからは、アークブロが参加するユニット Lippard Arkbro Lindwall の新作『How do I know if my cat likes me?』も同時にリリース。こちらはモダンな構造と音響でミニマリズムを展開する意欲作となっている。

 アークブロは2017年の『For Organ and Brass』以降、パイプオルガンや管楽器など伝統的な楽器を用いたドローン作品を継続的に発表し、「ハードコアなドローン」とも呼ぶべき音楽性を築いてきた。感傷を排した硬質な響きは、同時代のマローンやダヴァチと比較しても、明確な個性を持っていた。それは、ストックホルム王立音楽大学で電子音楽を学び、学位を取得した彼女の音楽的素養に裏打ちされた成果でもある。楽器に対する深い理解と、音の物理的特性に対する精緻な感覚が、彼女の作品には常に息づいている。
 その一方で、アークブロはもともとジャズ・ヴォーカリストとしての訓練も積んでおり、ヨハン・グラデンとの共作による『I get along without you very well』では、そのヴォーカリストとしての側面が色濃く現れていた。従来のドローン作品とは異なる、歌と感情を繊細に結びつけた意欲的な試みだった。そこでは、和声の余白や、残響の隙間に「うたごえ」が揺らめくように立ち上がり、彼女の新たな可能性が垣間見えた。
 こうした異なるベクトルを持つ作品群は、決して相反するものではない。むしろ、音楽という時間芸術においては、ミニマリズムもドローンも、そして歌も、すべてが多層的な時間のレイヤーとして重なり合っている。『Nightclouds』は、そうしたアークブロの内的多様性が統合された結果として誕生したアルバムだ。そこに聴こえる響きは、これまでにない豊かな音響の発見である。その意味では2019年にリリースされたカリ・マローン『The Sacrificial Code』と双璧をなすアルバムといえよう。

 『Nightclouds』に収録されているのは、2023年から2024年にかけてヨーロッパ各地の歴史的教会や演奏空間で録音された、パイプオルガンによる5曲の即興演奏だ。即興とはいえ、構築的でコンポジション的な側面が強く、「リアルタイムで作曲された演奏」と言って差し支えない。空間そのものを含んだ演奏は、あたかも建築と対話するかのように響き、その空間の記憶をも刻印する。アークブロの演奏には、感傷を排した冷静さが通底しているが、その音の向こうには、あたかも「うたごえ」が立ち上がってくるような錯覚すら覚える。もしかすると彼女は、演奏中に頭の中で歌を響かせていたのではないか。
 1曲目 “Nightclouds” は、霧の中から立ち上がるようなオルガンの響きで幕を開ける。ドローン的な持続音かと思いきや、頻繁にコードチェンジが起こり、響きは抽象と具象の境界を往復する。無調の響きのようなクールさを持ちつつも、微かな調性感が保たれ、独特の和声が立ち上がってくる。耳を澄ませていると、遠くから誰かの「声」が聴こえてくるような錯覚に襲われる。どこにも声なんて鳴っていないのに。そう、ここには、彼女が長年磨いてきた即興と構成の絶妙なバランスが存在しているのだ。
 2曲目 “Still Life” では、“Nightclouds” と同じくパイプオルガンが用いられているが、やや高音から始まり、コード・チェンジは抑制されている。和声というより音色の変化に比重が置かれ、よりドローン的な構成となっている。倍音が空間を漂うことで、聴覚だけでなく身体感覚にも訴えるような揺らぎが生まれている。ハードコアなドローン作品に比べて音像は柔らかく、筆者にはここでもやはり幻の「うた/こえ」が聴こえてきた。
 3曲目 “Chordalities” は低めのトーンで始まり、控えめなコード進行がドローン的な質感を強調する。中盤で突如、高音が鋭く鳴り響く展開は意表を突き、終盤では微細な音から低音への移行が何度も繰り返される。アルバム中でも最も無機的な印象を与える楽曲であり、その硬質さはアークブロ初期の作風に近い。
 4曲目 “Nightclouds (variation)” は、その名の通り1曲目の変奏曲だが、“Chordalities” の再解釈にも聴こえる。1分38秒という短さながら、次の5曲目への橋渡しとしての機能を果たしている。ある種の「呼吸」として機能しており、アルバムの時間構造において重要な意味を担っている。
 5曲目 “Morningclouds” は、アルバムの掉尾を飾る18分58秒の長尺曲。“Nightclouds” から “Morningclouds” へ、夜から朝への移ろいを暗示し、作品全体の円環構造を締めくくる。持続と変化、即興と構築、音楽と音響の「あわい」。その彼岸に浮かぶ「うた/こえ」の幻視。本作の音楽的・哲学的な結実点がここにある。“Morningclouds” のタイトルが示唆するように、柔らかく微かな光を含んだ明るさが、音の全体に差し込む。

 本作の収録時間は約36分。決して長尺ではないが、時間の線的な感覚に囚われる必要はない。夜から朝へ、そしてまた夜へと循環する大きな時間軸がこのアルバムには刻まれている。繰り返し耳を傾けることで、その響きは少しずつ変容していくだろう。オルガンによる独自のコード感は極めて個性的であり、新たなミニマル・ミュージックの理想形を提示する作品と言える。2025年のエクスペリメンタル・ミュージックにおいては、本作『Nightclouds』は、エセル・ケイン『Perverts』、ルーシー・レイルトン『Blue Veil』と並び、確実に2025年を代表する重要作のひとつとなるだろう。

ストーンはあまりにも高く舞い上がり、あまりにも激しく墜落したため、挫折した希望と閉ざされたユートピアの生きたメタファーとなったのだ。 ――『ガーディアン』書評より

黒人音楽のルールを完全に変え、
サマー・オブ・ラヴの象徴となって
ブラック・ポリティクスをポップスに流し込み、
そして時代の頂点に立った男の、ウィットに富んだ赤裸々な回想録

 2025年6月9日、永眠したスライ・ストーン。『サンキュー またおれでいられることに――スライ・ストーン自叙伝』は、スライの波瀾に満ちた人生の “光と影” を、余すところなく綴った回想録だ。
 キャリア初期のラジオDJやレコード・プロデューサー時代から、60年代末のサンフランシスコ音楽シーンの頂点、そして70~80年代ロサンゼルスの深く重く、混沌とした日々へと物語は進む。舞台はステージであり、豪邸であり、家族や著名人たちとの交遊のなかでもある。ここに描かれるのは、欠落を抱えた人間の姿と完璧なまでの芸術性とのせめぎ合い。
 共著者には、ジョージ・クリントンやブライアン・ウィルソンの回想録にも携わった作家ベン・グリーンマンを迎え、『サンキュー またおれでいられることに――スライ・ストーン自叙伝』は、鮮烈で、ときに恐ろしく、だが最終的には深く肯定的な人生とキャリアの旅路となっている。

[著者]
スライ・ストーン(Sly Stone)
1943年、テキサス州デントンにてシルヴェスター・スチュワートとして生まれ、幼少期にカリフォルニア州ヴァレーホへと移住。ドゥーワップ歌手、ラジオDJ、レコード・プロデューサーとしての短いキャリアを経て、彼は〈スライ&ザ・ファミリー・ストーン〉を結成、その中心人物として活動する。このバンドは、黒人と白人、男性と女性、兄弟姉妹による混成グループであり、ロック、ソウル、ファンクを融合させた革新的なサウンドによって、ポップ・ミュージックの地平を大きく塗り替えた。ウッドストック・フェスティヴァルへの出演で一世を風靡し、「エヴリデイ・ピープル」「サンキュー」「ファミリー・アフェア」といった代表曲は、1960~70年代のアメリカ文化の変遷を映し出すと同時に、その時代を象徴する国民的アンセムとして今なお鳴り響いている。絶頂期から薬物依存に苦しみ、次第に表舞台から姿を消すことになるが、その音楽的影響力はむしろ増すばかりだった。気まぐれで風変わり、唯一無二の閃きを放つスライ・ストーンは、まさにアメリカが生んだ真のオリジナルである。2025年6月9日、ロサンゼルスにて永眠。

ベン・グリーンマン(Ben Greenman)
シカゴ生まれ、マイアミ育ち、その後ブルックリンに移住。『ニューヨーク・タイムズ』紙のベストセラー作家であり、ノンフィクションとフィクションの双方を手がける。これまでにクエストラヴ、ジョージ・クリントン、ブライアン・ウィルソン、スティーヴィー・ヴァン・ザントらとの共著を発表、翻訳されたものとしてはクリントンとの『ファンクはつらいよ』(DU BOOKS)、クエストラヴとの『ミュージック・イズ・ヒストリー』(シンコー・ミュージック)がある。批評やジャーナリズムの分野でも活躍し、長年編集者を務めた『ザ・ニューヨーカー』誌をはじめ、『マイアミ・ニュー・タイムズ』など多くの媒体に寄稿してきた。なお、彼もまた、読者のあなたに感謝を捧げたい。

[本文より]
 「連れて行きたい、もっと高くに」。おれが歌うと、観客は最後の言葉を歌い返してくれた、「もっと高くに!」。全員がだ。すげえ。
 そのまま続けさせた。おれがそうした。
 「そう、『もっと高くに』。で、ピースサインを掲げるんだ。大丈夫、何も損はしないから。ただ、うん、やっぱりまだ躊躇してる人がいるみたいだね。承認が要ると思ってるんだろ、自分にとって得になるかもしれないことをするだけなのに」
 「連れて行きたい、もっと高くに」が出て行った。「もっと高くに」が返って来た。言葉の意味するものがぐんと広がった。それはいまや、たんに良い気持ちや良い薬物で自らを上げ続けろ、とは言っていなかった。それはいまや、自分を下げてしまうあらゆるものを打ち負かせ、と言っていた。それは、自らが抱える問題の乗り越え方を教えてくれる一つの指南だった。それは、一つの解決策だった。

目次

前奏(イントロ)

序章 おれがおれにいてほしいなら(イフ・アイ・ウォント・ミー・トゥ・ステイ)

パート1 新しい世界(ア・ホール・ニュー・シング)

1章 家族の話(ファミリー・アフェア)(1943~1955)
2章 青春話は簡潔に(シング・ア・シンプル・ソング)(1955~1963)
3章 やればできるさ(ユー・キャン・メイク・イット・イフ・ユー・トライ)(1946~1966)
4章 社会的弱者(アンダードッグ)(1966~1967)
5章 音楽に合わせて踊れ(ダンス・トゥ・ザ・ミュージック)(1968)
6章 連れて行きたい、もっと高くに(アイ・ウォント・トゥ・テイク・ユー・ハイヤー)(1969)

パート2 リッスン・トゥ・ザ・ヴォイス

7章 夏の日の熱き楽しみ(ホット・ファン・イン・ザ・サマータイム)(1969~1970)
8章 人は皆、誰もがスター(エヴリバディ・イズ・ア・スター)(1970~1971)
9章 おれ、笑顔だったろ(ユー・コート・ミー・スマイリン)(1971~1972)
10章 いずれ(イン・タイム)(1972~1973)
11章 するって言ってくれ(セイ・ユー・ウィル)(1974)
12章 スモール・トーク(1974)

パート3 思い出せ、自分が誰なのか(リメンバー・フー・ユー・アー)

13章 クロスワード・パズル(1975~1979)
14章 ファンクはより強靱に(ゲッツ・ストロンガー)(1980~1983)
15章 クレイジー(1984~1986)
16章 変調の時(タイム・トゥ・モジュレート)(1987~2001)
17章 復活劇(カミング・バック・フォー・モア)(2001~2011)
18章 もしもこの部屋が喋れたなら(イフ・ディス・ルーム・クッド・トーク)(2012~現在)

後奏(アウトロ)

スライの謝辞
ベンの謝辞

Selected Discography

索引

ディランの想像力を刺激した音楽を最もよく理解している書き手による独創的な書物。
――『ニューヨーカー』

長編探偵小説のような文化批評であり、音楽的なラヴストーリー。
――『Rolling Stone』(2022年のベスト・ミュージック・ブックに選定)

マーカスのディラン論は、ボブ・ディランその人と同じくらい不可欠なものだ。ディランの幻視的な創造力というプリズムを通して、マーカスは現代アメリカの魂の驚くべき歴史を浮かび上がらせる。
――オリヴィエ・アサヤス(映画監督)

マーカスの洞察と叙情が冴え渡った一冊。ディランとその音楽についての豊富な情報、回想的な筆致と霊感に満ちた批評との見事な融合。最も独創的な音楽家を、最も独創的な音楽批評家が語るにふさわしい本だ。
――ジョイス・キャロル・オーツ(作家)

 ロック・ジャーナリズムの巨匠によるディラン研究の集大成。
 ディランの創造的・文化的発展の全体像、七つの楽曲を軸にディランの軌跡を語りつつ、アメリカという国とその歌の歴史の省察を織り込んだ、濃密かつ豊穣な書物。
 ディランが自らの楽曲を書きはじめたとき、そこに新たな命を吹き込んだ伝承歌の系譜も本書のなかで生き生きと甦る。
 ディランの楽曲について語るとき、どうしても言葉が反復的になりがちだが、著者は新鮮な視点を提示し、ディランの音楽の源流に関する深甚な知識を押しつけがましさもなく披露する。
 これは単なるディランの伝記ではない。ディランが自身の歌に新たな命を吹き込んだ、アメリカのフォーク・ソングの豊かな歴史そのものである。
 たとえば、“風に吹かれて” は、ディランが21歳のときに書いた曲だが、じつは “No More Auction Block(もう競売台などごめんだ)” という南北戦争時代の自由の歌がその根幹にあると、著者は語る――
 過去と現在を往復しながら展開する本書の、最後の一文を読んだときには、読者は少なからず、思いも寄らなかった何かを思うだろう。
 表紙および挿絵を手がけたマックス・クラークのヴィジュアルも、マーカスの、そしてディランの言葉と絶妙な呼応を見せている。さあ、2022年の刊行当時、多くのメディアから絶賛された名著の日本版をどうぞ。

 ●より詳しい内容紹介および解説はこちら→ 『グリール・マーカス『フォーク・ミュージック——ボブ・ディラン、七つの歌でたどるバイオグラフィー』』刊行のお知らせ

[著者]
グリール・マーカス(Greil Marcus)
 1945年カリフォルニア州サンフランシスコ生まれ。1963年にカリフォルニア大学に入学、『ローリング・ストーン』を創刊するヤン・ウェナーと知り合い、ロック評論家の第一世代の最前線として活動。1975年には、いまもなお読み継がれている『ミステリー・トレイン』の初版が上梓する。
 未訳だが1989年に出版された『Lipstick Traces』は、セックス・ピストルズの源流としてシチュアシオニズムやダダ、はては中世の千年王国論宗派にまで遡り、パンクを民衆の抗議詩の文脈のなかで論じた重要作として知られる。
 また、これも未訳ながらディランとザ・バンドが趣味で録音した「The Basement Tapes」からアメリカを論じた『Invisible Republic: Bob Dylan 's Basement Tapes』も影響力ある一冊。
 ほかにも多数に著作があるが、日本では以下の翻訳書がある。『ロックの「新しい波」 パンクからネオ・ダダまで』(三井徹 訳、1984年、晶文社)、『ミステリー・トレイン ロック音楽にみるアメリカ像』(三井徹 訳、1989年、第三文明社)、『デッド・エルヴィス』(三井徹 訳、1996年、キネマ旬報社)、『ライク・ア・ローリング・ストーン――Bob Dylan at the Crossroad』(菅野ヘッケル 訳、2006年、白夜書房)。

[本文より]
二〇〇一年にローマで、ボブ・ディランは記者団に対し「他の人々の中に自分の姿が見える」と述べた。そのはじまりから現在に至る彼の作品の謎を解く手がかりがあるとしたら、この発言がまさにそれかもしれない。彼の歌のエンジン部に当たるのは共感だ。つまり他の人々の人生の中に入ってみたいという欲求とそれをやってのける能力のことであり、異なる結末を求め、既に他者にやり尽くされたドラマを再現・再演することすらある。(…)それはまた、ボブ・ディラン自身が宿ってきたコスチューム、顔、髪型、情動の数々の変容のように、自らでっち上げた、あるいは発見した別の人生とアイデンティティの中に入っていくことも意味する。次なるウディ・ガスリーかと思えば最新版のランボーになり(…)と。

四六判/368頁

目次


バイオグラフィー
他の生き様の中で

Blowin’ in the Wind――風に吹かれて(一九六二)
The Lonesome Death of Hattie Carroll――ハッティ・キャロルの寂しい死(一九六四)
Ain’t Talkin’――エイント・トーキン(二〇〇六)
The Times They Are A-Changin’――時代は変る(一九六四)
Desolation Row――廃墟の街(一九六五)
Jim Jones――ジム・ジョーンズ(一九九二)
Murder Most Foul――最も卑劣な殺人(二〇二〇)

著者註釈
謝辞
索引

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* 発売日以降にリンク先を追加予定。


Cosey Fanni Tutti - ele-king

 ポルノ産業とは男性によって男性の快楽のために作られた装置で——日本でそれは、ポルノ産業との無関係を装ったさまざまなジャンルにおいて広範囲に機能している——、そこでは女性は非現実的なものとして客体化される。コージー・ファニ・トゥッティがポルノ雑誌のモデルやヌードダンサーをやったことは、1970年代のフェミニズムからするとポルノ産業への従属と解され、1976年の悪名高き〈Prostitution(売春)〉展とともに、権威的なアート界からも女性解放からも、そして国会からも個人攻撃の対象となった。
 社会の規範に迎合しないこと、不寛容に対するあらんかぎりの存在証明、立ち入り禁止の領域を横断すること——それが彼女の生き方であって、彼女のアートであるという考えが、彼女の自伝『アート セックス ミュージック』で明かされている。コージーの挑発的でセクシャナルなヌード写真がギャラリーに飾られている21世紀では、ウィメンズ・ポリティクスとアートの関係も再調整されたようで、当初言われていたような、それが低俗なポルノと高級なアートとの階層を粉砕するものだというよくある解釈が、いまでは中産階級的に思えてくる。あくせく働く必要のなかった中産階級の子息たちによる“過激な集団”COUMトランスミッションズのなかで、唯一の労働者階級出身だったコージーが働きながらアート活動を続けた話も自伝にくわしい。先日、『ワイアー』の表紙を飾った彼女だが、そのカヴァースートリーを読んで思わず声が出てしまったのは、これだけ国際的な名声を得たいまでも、コージーは生活のために働くことから逃れられていないという現実だ。こうした日々の生活と彼女のアートが無関係になることはあり得ない。自伝にあるように、彼女にとっては「人生がアート」なのだ。

 『2t2』は、コージー・ファニ・トゥティにとって2019年の『TUTTI』に続くオリジナル・ソロ・アルバムに数えられるが、その前に1枚、デリア・ダービシャーのドキュメンタリー番組『The Myths And Legendary Tapes』のためのサウンドトラックを2022年に発表している。コージーにとって、これが重要だった。
 ダービシャーは1960年代、BBCラジオの電子音響プロジェクトで働き、電子音楽家の先駆者のひとりとしていまでは日本でもよく知られている。コージーはドキュメンタリー番組の音楽を依頼されたことで、ダービシャーについて調べた。マンチェスター大学に残された彼女の資料を読みあさり、そして手記や記録を読んでいくうちに彼女の人生への共感がどんどん膨らんでいったのである。
 第二次大戦開戦の2年前、労働者階級の娘として生まれたダービシャーだが、数学の成績が抜群に優秀だったがゆえに、当時の労働者階級の少女としては極めて稀なことにケンブリッジ大学の奨学金を獲得した。数学を学ぶにはもっとも権威ある場所だが、彼女が専攻を数学から音楽に変えたのは、学内における根深い女性蔑視によって入学した女性の多くが余儀なく中退するなか、ダービシャーには音楽だけが逃げ場であり、楽園に思えたからだった。就職のため、BBCに異常な枚数の手紙を送りつけていたのも、そこは当時、英国内で唯一音楽を流す機関だったからで、BBCに行く以外のことが彼女には考えられなかった。
 ダービシャーを音響工学に向かわせたのは、数学的で、未来を予感させるヤニス・クセナキスによる電子詩だった。願いかなってBBCの音響プロジェクトに就職できたダービシャーだが、最初に彼女がもっとも苦労したのは、誰もが上品な英語を話すBBCという職場のなかで、労働者階級のコヴェントリー訛りを矯正することだった。彼女の最初の「音響プロジェクト」は自分自身の声の強制的な変調だったのかもしれない、コージーはそう書いている。
 そのいっぽうでコージーは、ダービシャーについて調べている時期に、たまたま古本屋でマーガリー・ケンプの本を見つけて、なんとなく気になって買った。ケンプは幻視体験をもつ14世紀の女性神秘家で、裕福な家の出ではあったが、その型破りな言動ゆえに迫害され、国外への巡礼を繰り返し、異端の罪で七度も告発されながら自分を貫いた人物である。コージーの人生において宗教はまったく縁のないものだったが、教会から「とんでもない狂女」と非難されたケンプは、1976年に「文明の破壊者」と国会議員から名指しで非難された自分と似ている、コージーはケンプの人生についても研究した——そして、ダービシャー、ケンプ、そしてコージー自身、生きた時代の違う3人の女の人生の共通点を見出しながら描いたのが、2022年に刊行された2冊目の書籍『Re-Sisters』だった(先述したコージーのコメントは同書からの引用)。本作『2t2』は、その延長にある。

 アルバムの前半は躍動感のある曲が並んでいる。1曲目の “Curæ(キュレイ)”──ラテン語で「注意」や「配慮」の意──を聴いていると、コージーが「レイヴ・カルチャーに参加できなかったことを後悔している」と発言したことを思い出す。アルバムの中盤以降では、彼女のコルネット、そして今作における重要な楽器であるハーモニカをフィーチャーしたアンビエント風の曲が続いている。とくに “Threnody” と“Sonance”の2曲では、興味深いことにコージーの穏やかな境地を感じることもできるが、そう簡単に晴れ晴れとした気持ちにはなれないとでも言いたげに、アルバムには闇があり、低音がある。自伝『アートセックス ミュージック』の映画化が決まり制作がはじまろうとしたとき、ジェネシス・P・オリッジの遺産管理団体がTGの曲の使用の許可をしなかった(使用にはメンバー全員の許諾が必要)。インダストリアル・ミュージックの起源とスロッビング・グリッスルの結成を描く映画に対するその対応が、自伝のなかでオリッジからの虐待を書いたコージーへの報復であろうことは察しが付く。最初は「ふざけんな」だったコージーの反応は、しかし最後には、並外れた忍耐と交渉の果てに得た合意における勝利の「ありがとう」、そして「ふざけんな」を添えた感情へと変わっていた。その先に生まれたのが、『Re-Sisters』であり本作『2t2』である。

 コージー・ファニ・トゥッティという名前は、モーツァルトのオペラ「コジ・ファン・トゥッテ」 (「女はこうするものだ」の意)をもじったものだというが、つくづくこの芸名は素晴らしいアイロニーだ。
 『Re-Sisters』には、最後に素晴らしい一文がある—— ‘WILL’ではなく ‘WON’T’。つまり「やらないこと」「拒絶すること」、彼女たちが男性優遇の社会のなかで自分の居場所を見出すためにやったことが「従属への拒絶」だったことは大きな意味があるように思う。「私たちがいまやっていること自体は、たぶん重要ではない。けれど、いつか誰かが関心を持って、この土台のうえに何か素晴らしいものを築いてくれるかもしれない」というアート活動にともなう宿望、男性アーティストからはなかなか出てこない言葉ではないだろうか。本作『2t2』を聴いた誰かが、いつかさらに素晴らしいものを作るだろう、そんな思いを抱かせるような音楽は決して多くないのだ。

Terri Lyne Carrington And Christie Dashiell - ele-king

 マックス・ローチの『We Insist!:Freedom Now Suite』(61年)は最高だ。コールマン・ホーキンスの雄々しいテナー・サックス。ブッカー・リトルの力強いトランペット。アビー・リンカーンの説得力溢れるヴォーカル。そして、ローチの紡ぐ強靭なグルーヴ。それだけで、なんの説明も要らないほどである。だが、同作がアフリカン・アメリカンの自由と権利を求めた闘いの所産だと知ると、少し聞こえ方が変わるかもしれない。公民権運動のスローガンとして制作され、奴隷解放宣言100周年を記念して発表された同作は、強烈なメッセージのこもったプロテスト・アルバムなのである。同時代の作品に較べても、切実さが違うのだ。
 そして、このアルバムに敬意を払って作られたのが、グラミー賞を4度受賞したドラマー/プロデューサーのテリ・リン・キャリントンと、グラミー賞ノミネート経験のあるヴォーカリストのクイリスティ・ダシールによる『We Insist 2025!』だ。オリジナルが偉大すぎるが故に重圧も相当だったのではないかと推測するが、仕上がりは文句なし。ジャズ、ブルース、ソウル、ゴスペル、ファンクなどを折衷した闇鍋的なグルーヴが脈打っている。なんだ、こちらも最高じゃないか。

 キャリントンとダシールはいずれも女性ミュージシャン。圧倒的な男社会だったジャズ・シーンの風向きが変わりつつあるのを反映してか、ゲスト陣も、ベーシストのミシェル・ンデゲオチェロ、ハープ奏者のブランディー・ヤンガー、フルート奏者のニコール・ミッチェルなど女性が多い。61年の『We Instst!』でローチらがアフリカン・アメリカンの誇りを歌い上げたように、本作ではジャズ界隈でマイノリティである女性ミュージシャンならではの矜持が表出している。

 フェラ・クティのお株を奪うようなアフロ・ビートの“Driva‘man”、キャリントンのリムショットが響き渡るスロー・ファンク“Freedom Day,Pt.1”、凄みの効いた朗読に圧倒される“Triptych: Resolve/Resist/Reimagine”、アビー・リンカーンへのリスペクトが浮き彫りになる“Dear Abbey”など、ふつふつと湧きあがってくる熱情が、風通しの良いネオ・ソウル的なサウンドで中和され、聴きやすくなっているのも特徴だ。本作が生みだされた背景や文脈を知らずとも楽しめるところも肝要だろう。

 影の主役は10曲中7曲に参加しているトランペッターのミレーナ・カサド。スペイン人の母とドミニカ共和国出身の父の間に生まれ、バークリー音楽大学で学んだ彼女は、つい先日、デビュー作『リフレクション・オブ・アナザー・セルフ』をリリースしたばかり。彼女はロイ・ハーグローヴの衣鉢を継ぐような――つまり、RHファクター的とも言える――ネオ・ソウル以降のサウンドを披露した。そのプレイにもぜひとも注目してほしい。それにしても、ブルーノートからデビューしたブランドン・ウッディーにせよ、黒田卓也にせよ、2018年に49歳で急逝したハーグローヴに敬意を示すトランペッターは数多い。この系譜も剋目に値するだろう。

Hazel English - ele-king

 ヘイゼル・イングリッシュの音楽は記憶の中で鳴っているみたいな音がする。あるいはそれは2010年代に差しかかった時代のUSインディの音の面影なのかもしれない。オーストラリア出身で現在LAを拠点に活動する彼女の音楽は初期のビーチ・フォッシルズにオールウェイズの輝きのフレバーを振りかけたみたいなもののように感じられるのだ。柔らかい光の投影のようなそれは最新作のプロデューサーDay Waveの音楽にも重なって感じる部分でもある。2枚のEPを合わせるようにして作られた最初のフルレングスの編集盤『Just Give In/Never Going Home』以来、再び彼と共に制作したという『Real Life』を聞いているとほんの少しだけ世界が色づいたような感覚に陥る。メロディアスなギターのフレーズに優しく憂いを帯びたヴォーカル、記憶のフィルターみたいなシンセの音、それは世界を変えるみたいな大げさなものではなくて、家に帰った後にお気に入りのTVが始まるみたいな子供の頃の帰り道のワクワク感や待ち合わせをしている友達のもとに向かっている時に感じる心地よい胸の高鳴りに近いのかもしれない。
 そんなことを考えながら2025年のヘイゼル・イングリッシュの来日ツアー、最終日のライヴに向かう。夏のような暑さが続く6月後半の日、最新アルバムの曲をたくさん聞けたらいいななんて思いながらの道にやはり胸が高鳴っていく。こんな穏やかな興奮を味わえるのもきっと彼女の音楽の魅力だろう。

 新代田のFeverの壁にヘイゼルの名前を見つける。入場を待つ会場も心なしかワクワク感に包まれているような気配がある。オープニングアクトは浮。始まった瞬間に会場の空気が変わる。静かに、心に波紋を描いていくギターの弾き語りはひんやりとした神社の石段の冷たさを感じながら聞く童歌のようだと思った。クーラーの風が冷たく沁みて思わず目を閉じたくなる。

 そうしてしばらく置いて20時45分、バンドと共にヘイゼル・イングリッシュが登場する。シンセ・プレイヤーの姿はなく2本のギターとベースにドラムのベーシックな編成、だけどもドラム・セットがマーシャルのギター・アンプの横、ステージの端に置かれるというちょっと変わった配置。出囃子はなし。スゥっと入ってスッと始まる。そして70年代風のワンピースを着た小柄な彼女がギターを構えた瞬間、想像の世界の夏が訪れる。それはきらきらしていて柔らかな、ほんの少しだけ重力がなくなった世界の日々の思い出なのだ。オープニングトラックの “Make It Better” にしても続けて演奏された “More Like You” にしても憂いを帯びていて、いわゆるインディーポップの曲としてはしっとりしている。しかしその塩梅がなんとも心地良い。まるで雨上がりの水滴混じりの街のように、憂いを含んだ歌声がギターの輝きを反射してノスタルジックに曲を染める。

 進行ミスすら愛おしく思える会場全体を包む暖かな空気もまた格別だ。バンドは曲を間違えてやり直す。でもそれすら嬉しく感じる。ゆるいのではなく暖かい、それは彼女の音楽が格式ばったところではない、何気ない日常と接続される場所から来ているからなのかもしれない。友達との会話で噛んだり言い間違えたりしたときにちょっと笑ってネタにしてそのまま話を続けるのと同じように、笑顔で一言声をかけてなにごともなくそのまま音楽が続いていく。そうやって演奏された “Other Lives” はオリジナルよりもずっと柔らかく優しいアレンジで、まるで硬さのあった初対面の出会いから気心の知れた仲になったみたいに思えて、日常からほんの少しだけ抜け出した幸福をそこに感じた。

 ライヴ中盤、ギターを置き60年代のポップ・ミュージックに影響を受けたようなアルバム『Wake UP!』(赤い帽子と服が印象的なやつだ)から “Five and Dime”、“Shaking” と2曲続けて披露される。スタンドからマイクを外し、控えめに彼女は踊る。マイクを片手にゆらゆらと体を揺らす姿はこれ以上ないくらい曲にフィットしている。まるでレトロなテレビに映るポップ・スターみたいな様相で、だけども派手に主張することはなく曲に寄り添い音の隙間に入り込むように揺れていく。
このセクションの流れの中で披露された “There She Goes” もまた素晴らしかった。瑞々しくスッと突き抜けるようなラーズの原曲と比べて、厚みを出さずほとんどギター単独でゆったりと余白を作るみたいに演奏されるヘイゼル・イングリッシュ・ヴァージョンはやはり憂いを含み、そこに広がる空間に思い出を浮かばせているような雰囲気があった。こうやって聞くとこの曲は60年代的なフィーリングを多分に含んでいる曲なんだなと思わせられる。

 そしてヘイゼル・イングリッシュには郷愁がある。「今日この辺りを散歩したんだけど凄く良かった。東京はいつも違った印象を与えてきて、訪れる度に探検してるみたいな気分になる」なんて言葉の後に演奏された “All Dressed Up” に強いノスタルジーを感じる。頭の中のアルバムをめくるようにして思い出が映し出されるタイプのノスタルジー。街には知らない誰かの記憶が刻まれている。ヘイゼル・イングリッシュの音楽の中にある憂いは失われた、あるいは遠く離れてしまった場所との距離なのだ。そうした感情がインディ・ポップ/ドリーム・ポップの淡い光の中に接続されて小さな幻想を生み出す。それこそがきっとこの心地よさの正体だ。

 そんな風にしてこの理想の夏は終わりに近づいていく。待たせることなくすぐさま出てきてのアンコール。会場から「5モア」「10モア」の軽口が飛んで(あぁここからも会場を包む暖かい空気を感じる)ちょっとはにかんで「まだ私に飽きていないんだ」なんて言ってから演奏された最後の2曲はまた格別だった。不安に対処することについての曲だという “I'm Fine”。オリジナルとは違ったアレンジ。シンセの同期に頼らずにシンプルにギターを効かせ歌を聞かせる。そうやってギターと声の曇り空に切なさが滲み出す。構造的には “There She Goes” のカヴァーと同じような作りだけれど、 やはりヘイゼル・イングリッシュの声は奥行きがあって特別だ。
 そして最後はダンスで終わる。再びギターを置き、バンド・メンバーを紹介した後「次で本当に最後の曲。日本のショーの本当に最後」と言って “Wake UP!” が演奏される。派手に飛び跳ねるような渦の中、笑顔を浮かべて別れてく。インタヴューで彼女は自分の曲を時間の小さなスナップショットみたいに捉えていると言っていたけれどこの日のライヴはまさにそれだった。暖かく優しくほのかに幸せ、ヘイゼル・イングリッシュの音楽は感情を撫で上げて頭の中に心地の良い日々の記憶を残していく。

Theo Parrish - ele-king

 9月7日、福井市中央公園で開かれるONE PARK FESTIVALへの出演がアナウンスされていたセオ・パリッシュ。その前日にあたる9月6日、東京での公演が決定した。会場は渋谷のO-EASTで、オープンからラストまでのロング・セットを披露。しかもヴィジュアルは宇川直宏とREALROCKDESIGNが手がけるとのことで、これは行くしかないですね。

[8月15日追記]
 東京、福井につづいて大阪公演が決定しました! 9月9日(火)18:30~23:30@NOON、当地の方は駆けつけましょう。

9月9日(Thu)大阪 NOON
Theo Parrish open-close set

DJ: Theo Parrish
PA: Kabamix

Coffee: edenico
Food: Simba Curry

open 18:30 - close 23:30

Door 5,000yen+1drink
ADV 4,000+1drink

Ticket Info
Mail Reservation https://noon-cafe.com/events/theo-parrish-yoyaku/
RA https://ja.ra.co/events/2233023
e+ https://eplus.jp/sf/detail/4383230001

Info: NOON + CAFE http://noon-cafe.com
大阪市北区中崎西3-3-8 Tel 06-6373-4919
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