「Nothing」と一致するもの

Loscil - ele-king

 アンビエント・ミュージックには癒しの効果があるのはたしかだが、このジャンルには思考をうながす効果をはらんでいる作品もある。「この音楽体験はいったい何なんだろう」というわけだ。ロスシル名義で知られるカナダの「音響彫刻家」スコット・モーガンの新譜は、そのふたつを同時に作動させている。まずひとつの楽曲がある。それをひとつのビッグバンとして、いくつもの宇宙が生成される。モーガンはまずブタペストの22人による弦楽オーケストラに演奏を依頼し、それを3分の曲として7インチのヴァイナルにカットした。その曲はおそらくまずサンプリングされ、10通りの加工を施され、その結果、時間も趣も違う計70分にもおよぶ10曲が生まれた。どのような方法で加工したのかはぼくは知らない。とにかくそれが今回のアルバムとなった。モーガンはその作品に『クララ(Clara)』、ラテン語で「明るさ」を意味する言葉を冠している。「これはいったい何なんだろう」
 その作風はブライアン・イーノによるかの有名な「アンビエント・シリーズ」に近いかもしれない。優雅で、ときに天使のようなサウンドが湧き上がり、ときにパーカッシヴな要素が微妙に絡み合っている。再生する音量や再生の仕方(スピーカー、ないしはヘッドフォン)によっても聴こえ方が変わってくるだろう。アンビエント・ミュージックのコンセプトを復習するにももってこいだ。

 アルバムは闇にはじまる。あるいは、暗い宇宙空間を漂泊しているのかもしれない。まあとにかく、そんな感じなのだ。モーガンは長年、リスナーからのフィードバックで「あんたの音楽からは闇を感じる」という感想と、もうひとつ「あんたの音楽は瞑想的で落ち着きがある」というふたつの感想を聞かされてきたという。本作を作るにあたって彼は、自分の作品におけるそうした二面性を意識した。そこは闇かもしれないが、しかしそれは絶望ではない、瞑想の暗喩なのだ。
 ブタペストのオーケストラを使った理由に、文化的な意味はない。インターネットでいろいろ検索した結果、制作予算内で雇えたのがたまたま彼らだった。打ち合わせもネットを通じておこなわれ、録音データもまたネットで受け取った。アルバム中、オーケストラの生演奏がそのまま使用されている箇所はごくわずかかもしれないが、この作品の温かみが弦楽器から来ていることは間違いない。曲が進むにつれて、じょじょに平穏な気配が広がっていくのだけれど、それはたとえば、ゆっくり時間をかけて変化する空を眺めているかのようでもある。とくにアルバムの後半にかけて控え目に感じられる平穏な感覚は、じつに素晴らしい。
 これはアンビエント・ミュージックだ。リスナーが何かをするときの邪魔にならない音楽であり、無視することもできる音楽。仕事をしながら聴くこともできるが、音の世界に没入することもできる。ちなみにモーガンは1998年から作品を発表し続けているベテランで、今作が13枚目、メインストリームではないが世界中に熱心なファンを持っている。カナダのブリティッシュ・コロンビア州の南海岸という豊かな自然と隣接した場所で音楽を制作しているというが、じっさい彼は「自然の劣化(気候変動)」をテーマにしたアルバム(2016年の『Monument Builders』)、雲の細部を描写した写真を掲載したアルバム(2019年の『Equivalents』)など、たびたび自然をモチーフにしている、そんななかでも本作はより抽象性の高い、広漠とした宇宙を思わせる音楽が鳴っている。モーガン自身が自分の音楽はモノクロームだと言っているように、カラフルなサウンドとは言い難い。が、しかしそれはたぶん「明るい」のだ。
  

映画:フィッシュマンズ - ele-king

ジェイムズ・ハッドフィールド(江口理恵・訳)

 『映画:フィッシュマンズ』の終盤で、こだま和文は故・佐藤伸治が残した、この映画を一刀両断する批評のような気のきいたしゃれを思い出す。「お腹いっぱいって嫌だね」
 フィッシュマンズの進化は、より少ないことから多くを成し遂げる方法を探る、着実な蒸留のプロセスにあったといえる。佐藤が歌詞を極限のむき出しの状態にまで削ぎ落す一方、グループの音楽は、メンバーが縮小されるほど、可能性の広がりを見せた。監督の手嶋悠貴はそれに倣うことなく、小野島大の巨大な便覧のような『フィッシュマンズ全書』に近い、膨大な全能のデータを書き出すような映画を生み出した。3時間近くにおよぶこの作品は、ハードコアなファンが待ち望んだ、DVD『男達の別れ98.12.28@赤坂BLITZ』や『記憶の増大』を補完するような、徹底したオーラル・ヒストリー(口述歴史)である。それほど熱心ではないファンには、長い苦行のように感じるかもしれないが、そもそも彼らが3時間のドキュメンタリーをわざわざ観るとも思えない。
 映画の大部分が年代順の形をとっており、大学時代から1999年の佐藤の早すぎる死まで、バンドの歴史を丁寧に追い、最後に佐藤のいないフィッシュマンズの控えめな継続活動を描くコーダで終わる。手嶋は大量のVHSテープのアーカイヴを使用して、メルボルン(デビュー・アルバム『Chappie, Don’t Cry』のレコーディングを行った)での観客の少ないライヴから、1998年12月28日のライブの最終曲まで、バンドの軌跡の様々な場面での親密な姿を垣間見せている。
 しかし、この映画の真骨頂は、生き残ったメンバーやプロデューサーのZAKを含む重要人物たち、マネージャーの植田亜希子、音楽ライターの川崎大介、(さらに、UA、ハナレグミ、YO-KINGなど、定番の有名人の知人たちも登場)などのインタヴューの数々だ。映画の最初では茂木欣一が佐藤との出会いの場である大学のキャンパスの音楽室を再訪し、最後のほうでは日比谷野外音楽堂も訪れる。続く柏原譲が奥多摩の川辺の通路で話すシーンは、『LONG SEASON』 のジャケット写真が撮影された場所で、2019年の台風19号ハギビスで崩壊してしまったところでもあり、非常に痛切に心に迫ってくる。このシーンは、映画の、微かにへこんだような空気感を捉えている。手嶋は祝祭に乗り出すつもりだったのかもしれないが、ときにレクイエム(鎮魂歌)のようにも感じられる。

 『映画:フィッシュマンズ』はバンド内の力学を上手に捉えており、ときに記録を正そうと意識的に努力しているようにもうかがえる。ギタリストの小嶋謙介とキーボーディストのHAKASE-SUNが辞めることになった経緯やフィッシュマンズがポリドールとの契約によって──もっとも永続的な音楽を残した結果があるにもかかわらず──事実上、破滅してしまったことなどについて、深く、ときにどうでもよいディテールに延々と入り込む。佐藤が投影していた、自由奔放な性格というペルソナを考えると、フィッシュマンズのキャリアの初期に、最初の大ヒットを出すためにやるべきことの詳細なリストを記した手書きの日記を見るのは興味深い。ポリドールが彼らを次のスピッツにしたがっていたと、いま驚くのは容易だが、フィッシュマンズ自身がそのわずか数年前に、同じようなメインストリームの観客を獲得しようと試みていたのだ。
 佐藤のダークサイドについても示唆されてはいるのだが、彼を悲運の人物に見せようとはしていない。しかし、手嶋は、ミュージシャン佐藤の最後の1年が肉体的かつ精神的にも脆い状態になっていたことについて、真剣に議論する機会を逃してしまったのかもしれない。植田が、『男達の別れ』ツアーの頃には、佐藤がいかに疲労困憊し、酸素吸入をしなければならなかったことを明かしており、彼を助けるためにもう少し何かができたのではないかと思わずにはいられないのだ。

 本作で明らかになったことの多くは、熱心なファンにとっても新鮮なものだろう。手嶋は、フィッシュマンズを故人のフロントマンと同一視してしまう一般的な傾向を正してくれたことでも評価できる。エンドクレジットで流れる再結成されたフィッシュマンズの演奏に合わせて流れる佐藤の声のように、佐藤自身は映画のなかの、どこにでもいて、どこにもいない。『Orange』のロンドンでのレコーディング中、カフェテラスでのんびりとギターを弾いているような、もっともくつろいだ瞬間にも、その何気ない物腰とは対照的に強烈な存在感を放っている。(映画に出てくるインタヴュイーのなかでもっとも辛辣なHAKASEは、実際の佐藤は、ナイーヴなファンが想像したがるような、天真爛漫な楽天家のイメージとはかけ離れていたと語っている)

 正直なところ、私は『映画:フィッシュマンズ』が彼らの音楽の手法や完璧なダブ・ホップ・コンボがいかにして世田谷三部作のような崇高な高みに到達したのかについて、もう少し洞察を与えてくれるのではないかと期待していた。映画に収められているライヴの記録映像は、ほとんどがかなりお粗末なクオリティで、カムコーダーで撮影されたギグのヴィデオやスーパー8の映像、写真などのモンタージュの音楽の断片には度々アルバムからの音源が当てられている。ようやく曲の完全なパフォーマンスを見ることができるのは、映画の最後の1時間になってからで、1998年12月に赤坂ブリッツで行われたコンサートのローファイなヴィデオが登場する。この映像は露出度が高すぎてハレーションを起こしている状態で、彼らのキャリアのなかでもっとも多く記録されているライヴの映像にしてはあまり貢献していない。それよりも佐藤の自虐的なMCのクリップの方が、はっきり言って輝いている。

 映画のクラウドファンディングのキャンペーンで手嶋は、日本の自主製作による音楽ドキュメンタリーは、音源や記録映像のライセンスを取得するための莫大な費用にぶち壊されることが多いと説明した。同情を禁じ得ないが、そのような制約があるからこそ編集により有効な厳格さが求められ、本作でもインタヴューと音楽そのものの満足できるバランスが保たれるべきだった。もしも『映画:フィッシュマンズ』の意図が鑑賞者にオリジナル・アルバムへの回帰を促すことだとしたら、文句なしの成功といえるだろう。しかし、単独の映画としては過ぎたるは及ばざるがごとしであるがゆえに物足りなさも残る。

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水越真紀

 フィッシュマンズのバイオグラフィーであり、佐藤伸治のそれでもあるこの映画は、基本的には若い頃から順に話が進む。けれども人間の記憶はもちろんそんなふうには収まっていない。残されているものは偏在しているし、改変されているところもある。因果関係が逆になっていることだってあるかもしれない。それを「物語」と呼ぶ人もいるが、そのような、不正確とも言える「記憶」そのものがその人であることの証でもある。そして実はどの「記憶」も、例えば佐藤伸治が亡くなってからの22年がその人に及ぼした変化とともに考えれば、ちっとも不正確なんかではないことも明らかだ。映画には、「今思い出しながら、考えながら話をしている人」がいて、純粋に過去に撮られた映像がある。それだけですでにふたつの「時間」があるわけで、さらにそれが前後行き来したり重なったりしながらいくつもの「時間」が行き交う。それがフィッシュマンズの音楽にとても合っていて楽しい。
 そういえば、佐藤伸治はフィッシュマンズを結成する前に「時間」という名前のバンドを組んでいた。25年前に雑誌の『ele-king』でインタヴューしたときに、そのバンド名の意味を訊ねると「いやー、ライヴのとき、「時間です」ってステージに出ていって、最後に「時間でしたー」って終わるのが面白いかと思って」なんて言っていた。例によってちょっとニヤニヤした感じで……。本当はもっと深い意味があったのか、それともただ冗談を言いたくて思いついた名前だったのかはわからなかった。あの頃、音楽ライターにとって、佐藤伸治のインタヴューというのは恐ろしい仕事だった。少なくとも私は怖かった。事務所のスタッフには「こないだは取材中に消えました」なんておどかされるほどで、とにかく話が短い。こちらから見ればシャイなのか、いたずらっけなのか、わざとなのか性格なのかわからないけれど、なんだかニヤニヤしながらこちらを見透かしたように笑ってるようでもあり、それこそ何も聞けないまま「時間でしたー」ってことになるのがオチだった。
 この映画はそんな佐藤伸治の「時間」の映画だと、2度目に観たときになんとなくわかった気になった。「時間」というバンド名は冗談を言うためではなく、佐藤伸治が生涯、抱えていたテーマだったのではないかと。この映画を観ていてわかったような気がしている。

 『映画:フィッシュマンズ』を観ていて感じるのは、「時間」というものは直線的に流れるものではないということだ。まさに、『LONG SEASON』完成後のインタヴューかなにかで、佐藤伸治がそんな話をしているシーンがある。〈普通に生きてる時間の流れじゃない時間がこの曲の随所にある。「今日が来て明日が来て」という日常で過ぎる時間だけじゃない、頭のなかにある時間もある〉というような短いシーンだ。フィッシュマンズの歌といえば、なんでもない日常の刹那の輝きやその景色を描いたものだとよく言われていた。冷戦が終わった後のあの頃は、いわゆる大きな物語が廃れ、文学でも音楽でもミニマリズムが主流になっていく時期で、佐藤伸治の作る歌詞はその時代の気分のなかでも、きわめて優れた表現だったように思う。けれども佐藤伸治のなかでは少し違っていたのだ。違うと言うより、単に刹那だの日常ということではなく、もっと悠久で、もっと広角で見た「時間」なるものを見つめていたのだと、私は22年後のこの映画に教えてもらった。
 アリストテレスが言ったように、「時間」とは変化のことだ。変化のないところに「時間」は流れない。逆に言えば、変化がある限り、「時間」は逆方向にだって流れることもある。「歴史にイフはない」とは厳密には間違ったことかもしれないのだ。とにかく「時間」はもっと複雑に存在しているし、とくに人の頭の中にある「時間」の多様さや繊細さはどれほどの想像力をつかえば感じることができるか、あるいは写しとることができるのか、ぞくぞくするようなテーマではないか。そのようなものを、佐藤伸治は『空中キャンプ』の次に作った35分に及ぶ大作「LONG SEASON」で、今度は言葉から音に比重を移して表現しようとしていたのだろうか。この曲では幻想的に重層的に、多層な流れで景色が移り、時間が移るように、この映画でもそのようなことが起きていくことに気づく。『映画:フィッシュマンズ』で時間が入り乱れるように構成されているのは、まさに佐藤伸治の世界観そのものなのではないだろうか。とくに後半、『宇宙 日本 世田谷』から“ゆらめきIN THE AIR”に至る混乱の時期、現在に語るメンバーたちの表情、ライヴや歪んだ映像のMV、ライヴで演奏されるデビュー曲、あの寒い寒い雨の日の音楽葬……フィッシュマンズに流れていた当たり前の日常が少しずつ軋み始める時期だ。20年以上経ったからと言って、この頃のことを、落ち着いて話せる当事者たちがいるだろうか。答えは否だ。誰にも「整理」などできていない。当時のフィッシュマンズにおとずれた危機はあまりにも大きくて、とくに茂木欣一の告白には胸がつまる。その、「いま現在」の感情や思いと当時の映像のつぎはぎが、前半のバイオグラフィー的な編集とは打って変わったカオスになる。それは図らずも、“LONG SEASON”のライヴで体験したような、景色がぐるぐると歪んでいくような混乱を思わせる。もちろん体験としては天と地のように違っているはずだが、無造作に、ファンノートのように継ぎ接いでいるようでいて、前半から中盤、そして語り手たちの当時とこの22年と現在の異なる混乱や思いを伝える後半への流れは緻密に計算されているのかもしれない。

 増補版が発売されたばかりの『佐藤伸治詩集ロングシーズン』のたまたま手に触れたページを開くと、たいがいの割合で、佐藤伸治は「時間」を意識して曲を作っていたんだなと気づく。「パラダイス パラダイス 時の流れに押しつぶされて」「明日はどうでもよかった 今は笑ってた」「風が吹けば未来が笑う」「20年前に見てたような何もない世界が見えた」「楽しかった時が終わって 気づいてみたら寂しい人だった」「終わらない夜にReady Go」「そんな眼差しが時を止めてくれる」……。ほんとに無造作に開いたページで待っている佐藤くんの「時間」。そういうなかでも私が昔からいちばん印象深かったのは“Go Go Round This World!”の「いったいいくつの時を過ごしてきたの 60年70年80年前の感じ 本当に確かだったのはいったいなんでしょうねえ」というところ。こうやって見える景色、この「感じ」に、大雑把な言い方だが、ものすごくたくさんの人が共感している。これは「伝わる」感覚なのだ。これが「伝わる」という人間同士の不思議にふるえてしまう。
 22年前、佐藤伸治がいなくなったとき、この映画に出てくる身近な人たちばかりでなく、フィッシュマンズとの時間が止まることになったファンは少なくないと思う。例えば私はこの間、何度かライヴを見たり、出版物に関わったりもしてきたにもかからず、私の「フィッシュマンズ時間」は失われたままだったかもしれないといま思っている。2019年のライヴで少しの変化が実はあったが、それでもこの映画を観たことで、私の「フィッシュマンズ時間」はようやく動きはじめた。それには、この時期というものもあったように思う。コロナ自粛で、もっと大きな時間がすっかり止まってしまう感覚を覚えていたということと関係があるのではないかと。きっとそうだ。この映画がコロナ自粛の最中に完成したことは偶然ではないように思われる。去年、何度も感じていたことは「あれからまだ1年も経っていないのか」ということだった。中年になって以降、こんな感覚は初めてのことだった。歳をとって思うのは「あれは昨日のことのようだ」である。とにかく時間は加速度つけて過ぎてゆくようになる。しかしコロナ自粛ですべてが止まってしばらく経つと「あれはもっとずっと前のことのようだ」と変わった。つまり「時間」が止まりつつあったのだ。
 佐藤伸治はこんな「時間」のことを考えていたんだろうなと思う。これはひとつの発見だ。ファンじゃなければ楽しめない映画かと言われれば、半分くらいはそうかもしれない。でも、才能豊かで音楽が好きで好きでたまらない男の子が音楽を抱きしめて、抱きしめられ過ぎてゆく架空のドラマとして観ることはできると、私には言える。私なら観られる。その物語もまた、映画を貫く「時間」のひとつだ。

 ところで私はとても幸いなことに、この映画を二度観ることができた。ぜひもう一度は観るつもりだけれど、一度目はZAKのマスタリングの前の段階の版で、二度目は後のものだった。耳に自信があるわけではないが、音の違いが映画そのものを変えていることに驚いた。圧倒的なのだ。ZAKなし版でも「ずっと前」が聴こえた時に、バンドの音が変わった!ことは十分に伝わってきていたが、ZAKの手が入った後のバージョンではそういうのとは違う作用が起きていた。どういうことかといえば、音が良すぎて、古い映像の前半部分ではどこか違和感のようなものがあるのだ。違和感というとネガティヴに聞こえるかもしれないが、それが物語の枠としてとても面白い効果を持っている。フィクショナルな雰囲気というか、わざと気づかないくらい、音と映像のフォーカスがずらされているような、あるいは音に反応するフィルターがかかっているような。それが後半になって、そう“ずっと前”から後の世界では、その音と映像がピッタリと合焦してくるように聴こえる。前述した後半に起き始めるカオスとその合焦した世界に息を呑む。できれば音の良い環境で観られることを勧めます。

Jun Togawa - ele-king

 1981年に歌謡テクノユニット“ゲルニカ”に参加して本格的な音楽活動を開始した戸川純。そこから今年で40周年となるのを記念し、アルファ/YENレーベル時代にリリースしたソロデビューアルバム『玉姫様』(1984年)と、ライヴアルバム『裏玉姫』(1984年)が、カラーヴァイナル仕様のLP盤で再発売されることが決定した。『裏玉姫』は当初カセットテープだけで発売されたもので、今回が初のLP化。濃厚な個性と多彩な活動で80年代を牽引し、現在も後進の女性ロックアーティストに多大な影響を与え続けている彼女の足跡を振り返る重要な機会となりそうだ。

〈シンガーソングアクトレス 40周年記念 『玉姫様』『裏玉姫』VINYL REISSUE〉
2021.9.29 IN STORE
完全生産限定盤
各定価:¥4,070(税抜価格¥3,700)
発売元:ソニー・ミュージックダイレクト


戸川 純/玉姫様
30cm 33 1/3rpm Vinyl: MHJL-198
Original release: 1984/1/25
●完全生産限定盤
●2021年ニューカッティング
●クリアレッドヴァイナル(透明赤)仕様
●封入特典:特製ステッカー
ゲルニカ活動休止を受け、自己プロデュースで1984年リリースしたソロデビューアルバム。女性の生理をテーマにしたタイトル曲や、バロック曲(パッヘルベルのカノン)に自作詞を付けた「蛹化(むし)の女」を含み、唯一無二の世界観が存分に表現された本作は、彼女を一躍80年代サブカル女王の地位に押し上げた。現在も日本の女性ロック史に刻まれる名盤としての存在感を放っている。
Side 1
1. 怒濤の恋愛
2. 諦念プシガンガ
3. 昆虫軍
4. 憂悶の戯画
5. 隣りの印度人
Side B
1. 玉姫様
2. 森の人々
3. 踊れない
4. 蛹化の女


戸川 純とヤプーズ/裏玉姫
30cm 33 1/3rpm Vinyl: MHJL-199
Original release: 1984/4/25
●完全生産限定盤
●2021年ニューカッティング
●クリアピンクヴァイナル(透明ピンク)仕様
●封入特典:特製ステッカー
前作『玉姫様』と同年に、当初カセットテープだけで発売された初のライヴアルバムを、今回初めてアナログLP化。1984年2月19日、東京・ラフォーレミュージアム原宿で収録。バックのヤプーズ(泉水敏郎/中原信雄/比賀江隆男/立川芳雄/里美智子)と共に全編パンクでハイテンションな演奏を展開。現在でも戸川純のライヴの大詰めで歌われる「パンク蛹化の女」収録。
Side A
1. OVERTURE
2. 玉姫様
3. ベビーラヴ
4. 踊れない
5. 涙のメカニズム
Side B
1. 電車でGO
2. ロマンス娘
3. 隣りの印度人
4. 昆虫軍
5. パンク蛹化の女

戸川 純 ソニーミュージック特設サイト
https://www.110107.com/jun_togawa40th/


同じく初ヴァイナル化されるヤプーズ作品。

8月18日(水)発売
ダイヤルYを廻せ!
品番:PLP-7171
価格:¥3,850 (税込)(税抜:¥3,500)
★初回生産限定
ダダダイズム
品番:PLP-7172
価格:¥3,850 (税込)(税抜:¥3,500)
★初回生産限定

 戸川純のユーチューブ「戸川純の人生相談」もはや18回目を迎えています! 戸川純が欽ちゃんファミリーに?


https://www.youtube.com/watch?v=7kahgnKElao

2021年7月26日 - ele-king

 ここ10日ほどずっと気が重いのは、もちろん小山田圭吾について考えているからだ。そもそもオリンピック開催に反対のぼくが、小山田圭吾がそれに関与したということに失意を覚えないはずがなく、また、問題となった二誌の記事の内容に関しても、一次資料に当たったわけでないが、ネットで明らかになっている部分だけ見ても擁護しようがない。自分自身のふがいなさも痛感している。音楽シーンにはぼくのようにROとQJを読まない人だっているわけだし、ぼくの仕事は人格をチェックすることではない。とはいえコーネリアスの特集号を2冊も作っているのだから、これらの記事に目を通し、これはいったい何だったのかを本人に問い、語らせるべきだった。下調べが徹底していなかったという批判はあって然るべきだ。

 ぼくが小山田圭吾と初めて会話したのは、1999年のたしか夏も終わりの頃だったと思う。きっかけは『ファンタズマ』だ。エレクトロニック・ミュージックばかりを聴いて、渋谷系と括られているシーンとはとくに接点のなかったぼくに、ひとりの友人がこれは聴いたほうがいいとCDを貸してくれたのである。ぼくは『ファンタズマ』を素晴らしい作品だと思ったし、折しもロックの特集を考えていたこともあって、小山田圭吾の友人でもあった彼が取材のセッティングをしてくれたというわけだ。以来、小山田圭吾とは主に取材を通じて何度も会うことになるが、ぼくにはとても「いじめ自慢」をするような人には見えなかったし、露悪的だったこともなかった(これは擁護ではない、ただそうだったという事実を書いている)。
 米国の出版社による「33 1/3」というポップ・ミュージック史における傑作アルバム1枚についてひとりの著者が一冊を書くシリーズがある。ジャンルで言えばロックがメインで、日本では村上春樹が訳したビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』が有名だ。このなかの1冊として(そして日本のロック・ミュージックのアルバムとしては最初に)2019年にコーネリアスの『ファンタズマ』は刊行されている。「コーネリアスは西欧の音楽ファンの世界地図にJ-POPを載せる上で重要な役割を果たした」という紹介文とともに。
 コーネリアスは日本の大衆文化の国際的な評価に大いに貢献した。海外での知名度は高い。ゆえに今回のニュースは海外の有力メディア(『ガーディアン』や『ピッチフォーク』)でも報じられている。彼の音楽作品は道徳心を説くものではないし、暴力を駆り立てるものでもないが、件のニュースはコーネリアスの評価や今後の活動にダメージを与えるだろう。小山田圭吾は多くを失った。「社会など必要ない」と言ったのは新自由主義の起点となったマーガレット・サッチャーだが、彼が発表した謝罪文にも「社会」がなかった。いまコーネリアスを総合的に評価するうえでの難しさはそこに集約されているのではないかと思う。
 だが、『ファンタズマ』や『ポイント』が部屋に籠もってひとりで音楽を作っていた多くの若者の創作意欲を促したのは事実だし、これら作品を純粋に楽しんだリスナーやその音楽に癒されたリスナーが世界中に多数いることも事実だ。エレキングは基本的にリスナー文化を醸成することを目的としている。作品は世に出たときから作者の支配下から離れ、それを享受したもの(=リスナー)のなかで育まれるものだ。コーネリアスの音楽を愛している人たちが障害者への虐待を肯定することは100%ないだろうし、ファンの心のなかにある『ファンタズマ』や『ポイント』が汚れることもないだろう。
 ことの大小はともかく、誰にだって人生において失敗はあるだろうし、少なくともぼくにはある。この文章を書いているのも、今回の騒ぎと自分が決して無関係だとは思っていないからだ。コーネリアスが失ったものは大きい、しかし時間はまだ十分にある。なんらかのカタチをもって解決して欲しい。それがすべてのファンが願っていることだろう。

 今回の件でもうひとつ気が滅入ったのは、彼の息子、小山田米呂への執拗な罵詈雑言だ。こんな前近代的ムラ社会のつるし上げが、21世紀のいまもネット社会にあるということが本当に悲しい。「親の七光りで書かせやがって」などと言ってくる輩もいたが、小山田米呂は彼の若い感受性をもってOPNのような10年代を代表する電子音楽やシェイムのような若いバンドについて言葉を綴れる書き手であり、可能性を秘めたミュージシャンだ(そもそも米呂とぼくは、コーネリアスとは関係のないところで出会っている。若い世代のインディ・ロックについての若い書き手を探していて、それがたまたま小山田圭吾の息子だった)。近い将来、彼がまたあの軽妙な文体で若い世代の新しい音楽について書いてくれることを願っているし、堂々と音楽活動を続けて欲しい。

R.I.P. Peter Rehberg - ele-king

 7月23日、ピタことピーター・レーバーグが逝去。明け方に見たガーディアンの見出しには53歳とあった。心臓発作だったという。レーバーグはエレクトロニック・ミュージックをダンスフロアから引き剥がし、エレクトロニカを先導したラップ・トップ・ミュージシャンの先駆者である。フェネスとともに現代音楽やミュジーク・コンクレートをリヴァイヴァルさせた中心人物といっていい。ウィーンを拠点にラモン・バウアーらと共同で運営していた〈メゴ〉からは自らの作品だけでなく、フェネスやヘッカーなど実験的なエレクトロニック・ミュージック(=ジム・オルークいわく「パンク・コンピュータ・ミュージック」)を矢継ぎ早にリリースすることでエレクトロニカというタームを引き寄せ、1999年には彼自身のソロ作『Get Out』と、フェネス及びジム・オルークと組んだ『The Magic Sound Of Fenn O'Berg』によってテクノのサブ・ジャンルに位置していたエレクトロニック・リスニング・ミュージックを一気に格上げすることとなった。また、コンピュータをサウンド・メイキングの主役としたことでDJカルチャーによって葬り去られた“演奏”を復活させ、ライヴにラップ・トップを持ち込むという早すぎたアクションは観客からパフォーマス中に罵声を浴びせられるという事態も招くことになった。〈メゴ〉が10年の歴史に幕を閉じてからはレーバーグひとりで〈エディション・メゴ〉を新たに立ち上げ、マーク・フェルやOPNなど2010年代の主役となる才能も幅広くフック・アップし、カテリーナ・バルビエリやヴォイシズ・フロム・ザ・レイクなど数えるのが面倒なほど幅広い才能にチャンスを与えている。一方で、ワイアーのギルバート&ルイスによるドームを全作再発するなど過去に向ける視点にも確かなものがあり、2012年にはミュジーク・コンクレートの再発や未発表作品に的を絞ったサブ・レーベル、〈リコレクションGRM〉からも話題作を多数リリース。元エメラルズのジョン・エリオットにA&Rを委ねた〈スペクトラム・シュプール〉やジム・オルーク専門の〈オールド・ニュース〉など6つのサブ・レーベルも併走させ、よくこんがらがらないなと思ったことがある(複数のサブ・レーベルを展開していた〈ミュート〉が彼の理想だったらしい)。レーバーグや〈メゴ〉は現代音楽をポップ・ミュージックの領域に近づけたといってもいいだろうし、エレクトロニック・ミュージックに現代音楽の使える部分を再注入したでもいいけれど、明らかに〈ラスター・ノートン〉や〈パン〉といったレーベルは〈メゴ〉の遺産の上に成り立ち、その裾野はいまも広がり続けている。

 レーバーグとステファン・オモーリー(Sunn O))))から成るKTLが初めて日本に来た際、僕は松村正人とともに一度だけレーバーグに取材したことがある。コンピュータ・ミュージックとブラック・メタルの融合と自称していたKTLはオモーリーのギターとレーバーグのノイズだけで構成され、ビートがないにもかかわらず、ゆらゆらと体を揺らしながら聴くことのできる有機的なノイズ体験であった(オモーリーも後に〈エディション・メゴ〉傘下で〈イディオロジック・オーガン〉というサブ・レーベルを始める)。お天気雨の日に赤坂の外れで会ったKTLは二人とも適度に話し好きといった印象で、簡単に打ち解け、ジゼル・ヴィエンヌが舞台のためにふたりにコラボレイトしないかと持ちかけてきたことがKTLの始まりで、奇妙なロケーションでレコーディングしたことやヨーロッパでは彼らの作品が不本意にもファシズムと結びつけられて批判されていることなどを語ってくれた。この時期、バックボーンがまだよくわからなかったオモーリーがアメリカで起きているドゥーム・メタルの動向やそれらとの距離感を冷静に説明してくれたのに対し、レーバーグは人間関係の行き詰まりから〈メゴ〉を閉鎖しなければならなくなったことや日本のライヴでは羽目を外し過ぎてしまった失敗談など、どちらかというと、話を盛り上げたい性格なのかなという話し方だったように記憶している。プライヴェートではマイルス・デイヴィスしか聴かないというオモーリーに対して、ミュジーク・コンクレートどころか、若い頃はニッツィアー・エッブに夢中だったというレーバーグの回想も興味深く、それを聞いて『Get Out』の暴力性が何に由来するのか少しは謎が解けた気もする。それこそボディ・ミュージックから最先端の実験音楽へと音楽性を発展させた彼のキャパシティに驚かざるを得なかったというか。

 レーバーグの演奏を最後に観たのは六本木のスーパーデラックスで行われたフェン・オバーグのリリパだった。『The Return Of Fenn O'Berg』から8年ぶりとなるサード・アルバム『In Stereo』のために行われたもので、その時のライヴも『Live In Japan』としてリリースされている(https://www.youtube.com/watch?v=r_trm302p_I)。初期に比べて諧謔性は抑えられ、ニュアンスに富んだドローンを演奏するレーバーグがそこにいた。ラップ・トップに意識を集中させる彼の眼差しは真剣そのものであり、罵声を浴びせるようなオーディエンスはなく、誰もが彼らの曲を静かに聴き入っていた。R.I.P.

 「泣きすぎた」「悶々とした」「整理がつかない」「まっすぐ家に帰れない」など様々な副反応を引き起こしている『映画:フィッシュマンズ』ですが、なんと、東京オリンピックのCMに“SLOW DAYS”が使われています。


https://www.youtube.com/watch?v=Ea3zr8b4STM

 スペイン放送協会のCMです。スペインの人にはこう見えているということなんでしょう……。

 そして、『映画:フィッシュマンズ』の公開と同時に各サブスクでHONZIのソロ・アルバム『ONE』(96)『TWO』(00)のストリーミングも始まっています。詳しくは『永遠のフィッシュマンズ』に書いた通りですが、ZAKのプロデュースによる『ONE』、佐藤伸治の逝去を受けて“いい言葉ちょうだい”をカヴァーした『TWO』と、傾向がぜんぜん異なる2枚のアルバムです。A-Decade-In-Fakeのメンバーとして17歳でデビューしたHONZIさんはフィッシュマンズとはまったく異なる音楽的バックボーンを有し、幻想的な作風を存分に楽しむことができます。
 ちなみに『永遠のフィッシュマンズ』で柏原譲に「やけになってて」と指摘されていたHONZIさんがこれでもかと爆発していた演奏はおそらく「宇宙 日本 奥田イズム」のツアー・ファイナル、野音での“Go Go Round This World”ではないでしょうか。ほとんどノイズと化しているキーボードに敢然とアンサンブルをかませていくフィッシュマンズの演奏がまたスゴいです。

SPARTA - ele-king

 新しい音楽に出会ったときのわくわく感がある。

 実を言うと、トラップ以降に登場したオートチューンをかけて歌うフロウのラップが苦手だった。もちろんなかには好きな曲もある。ただ自分がなんでしっくりこないのかずっとわからなくて、「俺は時代に付いて行けてないのか」、なんなら「本当はヒップホップ好きじゃないんじゃないか」というレベルで悩んでいた。

 最近 SPARTA のライヴを観る機会があった。新型コロナウイルスの感染拡大予防対策で、観客は声出し禁止の公演だったので、演者からするとやりづらさもあったはず。だがその状況で SPARTA は音楽でコミュニケーションをとりながら素晴らしいパフォーマンスをしていた。彼は KOHH からの影響を公言していて、いわゆるトラップ以降の歌うフロウを多用する。だけどめっちゃ好きだった。なにせ彼は歌がうまいのだ。声量もしっかりあって、オートチューンを使いこなしてる感じがあった。

 そこから仙人掌鎮座DOPENESSMoment Joon とマイクリレーした Red Bull RASEN、さらに ISSUGI、SANTAWORLDVIEW との “POSSIBLE” を見て「間違いなく好き」と確信した。

 じゃあ SPARTA は何が違うのかと『兆し』もがっつり聴いてみると、とにかくメロディーが多彩なのだ。特に自分はもともとUKロックが大好きで、USのグランジ・ムーヴメントの時期に青春を過ごしたから、感覚的に音楽の好き嫌いをメロディーで決めている節があることに気づいた。トラップの歌はメロディーというよりあくまでリズム重視のフロウで、ラップほど角がなく、聴いていてバラエティに欠ける気がしてしまい、それが自分のなかの違和感につながっていた。

『兆し』は SPARTA のメロディー・センスがさらに際立つ作品だ。トラックもメロディアスだが、そこに引っ張られすぎない。SPARTA のアプローチが独特で、ラップと歌の引き出しも多い。だが奇をてらっている感はなく、全体的な印象はあくまでオーセンティック。だから新しい音楽に出会ったときのわくわく感がある。

 個人的に好きな曲はまず “One By One”。同じくメロディー・センスに定評のあるプロデューサー・KM との相性の良さを感じさせる。単語単位で押韻していく「でかいでかい舞台 狭い世界向かい 深く誓い/願う未来 偉大 偉大 未開 開き 明るい兆しと朝日が登るよう」というラインが特に好きだ。CM曲に起用されればいいのに。次の “Jungle feat. anddy toy store” も四つ打ちのヒップホップ好きとしてはたまらない。プロデューサーの Mizukami はアルバムの前半3曲を手がける No Beer Team のメンバーでもある。客演の anddy toy store とスイッチする場所も面白い。

 いちばんのお気に入りは、これまた KM トラックになるが先行曲 “Stay Humble” だ。トラックと SPARTA の個性が絡み合い、複雑なメロディーとグルーヴを作り出している。音楽へのひたむきさをポジティヴに表現した強力なフック「Gold chain Money n Bitchで?/見てる先はその上/まだまだ足りないって/お金でも買えない/誰も教えない/俺ならできるはず」もいい。力が出る。「辞めちゃいけない人生を」というラインに説得力を持たせる。

 メロディーやラップのアプローチは複雑でユニークだが楽曲としてはキャッチー。しかもリリックのステイトメントはポジティヴ。背伸びしない自分の言葉をラップにしているのもいい。こういう人を “センスがいい” と言うのだと思った。

 まずは1曲目 “Narrow Road” を聴いてみてほしい。ニコラス・ジャーによる憂いを含んだヴォーカルがエディットされ、デイヴ・ハリントンによる蠱惑的なギターが空間を引き裂いている。グリッチと、いくつかの細やかな具体音。アンビエントの要素もある。シングル曲 “The Limit” やサイケデリックな “I'm The Echo” で聴かれるジャーの高い声のある部分はどこかボン・イヴェールのジャスティン・ヴァーノンを想起させ、“The Question Is To See It All” ではハリントンがロック・ギターの種々のパターンを披露、“Inside Is Out There” では感傷的なピアノが曲全体の強烈なサイケデリアを中和している。あるいは、アルバムの随所で顔をのぞかせる、中期カンの即興性。本作にはじつにさまざまな音楽のアイディアが凝縮されている。
 ダークサイドは、ふたりがソロではできないことをぶつけあい、美しく結晶化させるプロジェクトだ。ジャーの側から眺めればこれは、『Space Is Only Noise』をバンド・サウンドと衝突させた作品であり、ハリントンの側から眺めればこれは、即興のダイナミズムを編集によって制御し、電子音響の氷室へと封じこめた作品である。このアルバムではカンのように、セッションとエディット双方のすばらしいマジックが発動している。
 だれかひとり圧倒的なスターがいて、そいつが180度世界を塗り変える──物語としてはわかりやすいが、現実はそうではない。ポップ・ミュージックは組み合わせであり、幾多の先人たちの試みを後進が継承し、新たな創意工夫をもって前進させていく。ダークサイドは、そんなポップ・ミュージックの本質そのものを表現しているようだ。

 デイヴ・ハリントンについて補足しておこう。マルチ・インストゥルメンタリストの彼はNYのインディ・ロック・バンド、アームズの元メンバーとしても知られているが、もともとはジャズに入れこみ、ビル・フリゼールやジョン・ゾーンから影響を受け、ニッティング・ファクトリーでプレイするなど、当地の即興シーンで活躍していたギタリストだ。
 ダークサイドでの成功のあとも即興演奏家として活動をつづける一方、2018年にはバロウズ作品に登場する「ドリーム・マシーン」なる装置を具現化するコンサートを企画、ザ・マスター・ミュージシャンズ・オブ・ジャジューカ、イギー・ポップ、ジェネシス・P=オリッジオリヴァー・コーツ、ジーナ・パーキンス、グレッグ・フォックス、〈PAN〉のビル・クーリガスら、そうそうたる顔ぶれに召集をかけてもいる。
 ダークサイドが最初に注目を集めたのは2011年の「Darkside EP」。その後2013年に彼らはダフトサイド名義でダフト・パンクのアルバム『Random Access Memories』をまるごとリミックス、オリジナルとは似ても似つかぬ特異なサウンドへとつくり変えている。同年にはファースト・アルバム『Psychic』もリリースされ、サイド・プロジェクトの域を超える高評価を獲得するに至った。ツアーも精力的にこなし、2014年におこなわれたライヴは2020年に音盤化されている。それから8年のときを経て届けられたのが、今回の新作『Spiral』だ。
 録音は2018年だという。なぜこのタイミングで? 『Spiral』の魅力はサウンドだけではない。たとえば “Lawmaker” のリリック。「彼は必要な治療法を知っている/人びとは喜び笑う/これまでどれほど大変だったか/でもそれも楽になる、と人びとは口にする」「彼は白衣を着ていた/だがその手には議員の指輪」。この背筋が凍る歌詞からは、2020年以降のパンデミック下における政治的なあれこれを連想せずにはいられない。きわめてタイムリーだ。
 注目の新作について、ジャーとハリントン、双方がメールで質問に答えてくれた。

俺たちは音楽制作を、内側から外側へとおこなっている。そして俺は個人的には、音楽がつくられているときには、なるべく、いま現在のその瞬間をたいせつにしたいと思っている。(ハリントン)

まずはダークサイドの基本的なことからお聞かせください。スタートは2011年のようですが、このプロジェクトはどういう経緯で、どういう意図のもとはじまったものなのでしょう?

デイヴ・ハリントン(Dave Harrington、以下DH):2010年に、ニコがアルバム『Space is Only Noise』のツアー・バンドを結成するというときに、ウィル・エプスタイン(ニコラス・ジャーのライヴ・バンドのメンバー)からニコを紹介されたんだ。俺はそのバンドの一員となり、一緒に練習をしたり、即興演奏をしたりして、2011年の初めからツアーを開始した。 その年の夏、ニコと俺はツアーのオフの日に、ホテルの部屋で一緒にジャムをはじめて、それが結果として俺たちのファーストEPになった。それ以来、俺たちは一緒に演奏をして、音楽をつくり、実験的なことや即興的なことをやっていたというわけさ。

ニコラス・ジャー(Nicolás Jaar、以下NJ):デイヴが答えてくれたね :)

ニコラスさんによれば、ダークサイドは「ジャム・バンド」で「休みの日にやること」とのことですが、つまりこのプロジェクトにはある種の気軽さがあるということでしょうか?

NJ:そう、ダークサイドはデイヴと一緒に音楽をつくるという美しい体験がもとになっているんだ。そのプロセスは、穏やかで、長い視点を持っている。彼と一緒にいるとき、自分は2021年に向けて音楽をつくっているという感覚がないんだ。俺たちは、どんな場所にでも、いつの時代にも存在していられるという感覚がある。

デイヴさんはダークサイドを「ぼくらが一緒に音楽をつくるときにあらわれる、部屋のなかの三番めの存在」と説明していますが、三番めの存在ということは、たんに1+1ではなく、ふたりで為しえること以上のなにかがこのプロジェクトにはある、ということでしょうか?

DH:俺たちが一緒にこのプロジェクトをやるときは、普段とはちがうことをしていて、アプローチも普段と異なったり、アイディアも普段とはべつのものを使うようにしている。ダークサイドらしいと感じられるアイディアを追求する余白をつくるようにしているんだ。もちろん、そういうアイディアは俺たち個人の嗜好や探求心から来ている部分もあると思うけれど、俺たちがダークサイドとして音楽をつくるときは、基本的ななにかを共有しているという実感があるんだ。

俺たちは鏡をのぞいて正直にならなければいけなかった。ごまかしなどいっさいせずに。でも俺たちは未来を見据えることもできなかった。すべては、現在という瞬間に感じる直感を原動力にするのが狙いだった。(ジャー)

「ダークサイド」という名前にしたのはなぜですか? おふたりそれぞれの活動では出せないダークな部分を出そうということ?

NJ:最初は冗談でつけたんだけど、それが定着したんだ。ありえないほど壮大な名前だよね、いろいろな意味で大きすぎる! でも、こういうのって一度選んでしまうと変えるのが難しいから、俺たちはダークサイドのままなんだよ!

レーベルが〈マタドール〉になったのはどういう経緯で?

NJ:〈マタドール〉から連絡が来て、〈マタドール〉からリリースするのが合っていると思ったから。ちょうどそのときに俺とデイヴは、『PsychicPsychic』の収録曲となったダークサイドの音楽をつくっていたからね。

〈マタドール〉のカタログでいちばん好きなアルバムを教えてください。

DH:ワオ。〈Matador〉の歴史は長いから、好きな作品はほんとうにたくさんあるよ。選ぶのが難しいけど、〈Matador〉の新譜でいちばん好きなのは、すばらしいエムドゥ・モクターの『Afrique Victime』だね。 あのレコードは最高だよ。

NJ:キャット・パワーのアルバムは、俺の青年時代にすごく大事なものだった!

今年はダフト・パンクが解散しました。彼らについてコメントをください。

NJ:最高なバンド。

ニコラスさんはここ数年のあいだ、アゲンスト・アール・ロジックとしての作品やFKAツイッグスのプロデュース、自身のソロ作など活動が多岐に渡っていますが、そのなかで大きな転機となる仕事はありましたか?

NJ:とくにこれという瞬間があるわけじゃない。でも、『SIRENS』のツアーが終わったときに、人生のちょっとした転機が訪れた。俺はニューヨークを離れてヨーロッパに移り、酒やタバコ、その他もろもろをやめた。2017年以降、すべてのことが俺にとっては違うように感じられたけれど、それは外から見てもわからないかもしれないね :)

デイヴさんは、デイヴ・ハリントン・グループやライツ・フルアレセント(Lights Fluorescent)としての作品がある一方、Chris Forsyth たちとのセッション盤もリリースされていますが、ご自身のなかではそれぞれどういう位置づけなのでしょう?

DH:俺は即興演奏が大好きでね。即興演奏のような音楽の練習の仕方をしていると、刺戟的で驚くようなコラボレイションにつながっていく。自分にその気さえあればね。俺はそういうコラボレイションにすごく興味を持っている。俺が興味を持っている音楽にはさまざまなモードやギアがたくさんあるんだ。そういったさまざまな音楽──たとえそれらが根本的に異なる音楽であるとしても──を追求することを自分にとっての練習の一部として認めれば認めるほど、さまざまな状況のなかで挑戦することができ、さまざまな音楽のシナリオに貢献できるということがわかった。 多様性はインスピレイションにつながるということ。

デイヴさんは、チボ・マットの羽鳥美保ともカセットを出していたようですね。どういう経緯で彼女とセッションすることに? また、たったの35本限定だったようですが、いつかわれわれ一般のリスナーが聴くチャンスは訪れるのでしょうか?

DH:ミホはほんとうにすばらしいミュージシャンだよ! 最後に会ったのはもう2年近く前だから、また彼女と一緒に演奏したい。彼女に電話して、あのカセットのことを聞いてみようかな。いつかちゃんとリリースできたら嬉しいからね。ミホと俺は、ニューヨークの即興/ジャズ界のミュージシャンのネットワークを通じて知り合った。俺の記憶が正しければ、ふたりとも大規模なアンサンブルの即興コンサートに招待されたんだけど、そのときに意気投合して、その大人数のバンドのなかでも、ふたりのあいだにおもしろい瞬間があった。その後、彼女は俺のバンドであるメリー・プランクスターズと一緒に何度かライヴに参加してくれた。俺と彼女は即興演奏にたいするアプローチがとても似ているから、その後も一緒に音楽をつくろうと思ったのは自然な流れだったね。

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俺にとってこの2枚のレコードは、ある瞬間の記録であり、イメージであると同時に、それらはつねに未完成であり、人びとがこの2枚を聴き、俺たちがこの2枚に収録されている曲を演奏し、探求していくなかで、この音楽は生き続け、変化していく。(ハリントン)

前作『Psychic』は高い評価を得ました。今回、それがプレッシャーになることはありましたか?

DH:俺が(ニコラスと)ふたたび一緒に音楽をつくりはじめ、『Spiral』の制作に取り組んだのは、ニコと一緒に音楽をつくりたいと思ったからだった。またふたりで音楽をやりはじめたら楽しくて、刺戟的で、作曲のプロセスは自然に勢いを増していった。俺たちは音楽制作を、内側から外側へとおこなっている。そして俺は個人的には、音楽がつくられているときには、なるべく、いま現在のその瞬間をたいせつにしたいと思っている。いろいろと外部要因について考えすぎても気が散漫してしまうから、その音楽でその瞬間に起こっていることに集中するほうが気分的にも良い感じがする。だからつねにそういう姿勢でいたいと思っているんだ。

NJ:俺たちはプレッシャーを感じていたとは思うけど、なにかをつくりたいなら、そういうプレッシャーのことはまったく気にしないほうがいいってことをわかっていたんだ。

制作はどういうプロセスで進められるのでしょう? 今回はふたりでニュージャージーはフレミントンのスタジオにこもったそうですが、役割分担のようなものはあるのでしょうか?

DH:今回はじつは、ニュージャージー州に家を借りてそこに滞在していて、そこに小さな、持ち運び可能なレコーディング機材を設置していたんだ。家で料理したり、裏庭に座って話をしたりしながら仕事をするのは素敵だった。俺たちの役割としては、歌うのはいつもニコで、ギターを弾くのはいつも俺だけど、それ以外はふたりともその瞬間の感じによってなんでもやるよ。

NJ:制作プロセスはすごく楽しかった。デイヴと一緒に音楽をつくっていく過程がすごく楽しいんだよ。デイヴと一緒にいると、音楽制作は独自の世界なんだと感じる。アルバムのアートワークに写っているオーブみたいな。その世界のなかでは、独自の方法ですべてが屈折されたり、維持されたりする。デイヴと一緒に音楽をつくっていると、俺はすぐべつの世界に迷いこむ。それは喜びであり、俺自身の仕事からの休暇でもあるんだ。

録音時期は2018年とのことですが、今作をつくるにあたりインスパイアされたものはありますか? 音楽でも、音楽以外のもの/出来事でも。

DH:インスピレイションは、ふたりが「一緒にジャムをしたい」「また一緒に音楽をつくりたい」という想いからはじまり、そこからすべてが流れていった。

“The Limit” は前作収録曲 “Golden Arrow” にたいする自分たち自身からの応答のようにも聞こえます。そのような意識はありましたか?

NJ:それはなかったね :) でも、そういうふうに捉えてくれてすごく嬉しい :)) !

今回の新作『Spiral』と前作『Psychic』との最大のちがいはどこにあると思いますか?

DH:俺はこの2枚のレコードのなかに存在していて、そのときの感情がどんなものであるかを知っている。レコーディング過程の記憶やイメージもあるし、俺たちがそのとき、どんな世界にいて、どんな生活をしていたのかということを覚えているから、これについて話すのは難しい。俺にはちがいや対照というものは見えないし、類似点も見られない。俺にとってこの2枚のレコードは、ある瞬間の記録であり、イメージであると同時に、それらはつねに未完成であり、人びとがこの2枚を聴き、俺たちがこの2枚に収録されている曲を演奏し、探求していくなかで、この音楽は生き続け、変化していくものだと考えている。

NJ:『Psychic』のときの俺たちはもっと野心的な心境にあった。『Spiral』においては、俺たちの原動力は野心からくるべきじゃないと考えていた。俺たちは鏡をのぞいて正直にならなければいけなかった。ごまかしなどいっさいせずに。でも俺たちは未来を見据えることもできなかった。すべては、現在という瞬間に感じる直感を原動力にするのが狙いだった。

“Lawmaker” のリリックは、奇しくも2020年以降のパンデミック下における政治を連想させます。録音時は、どのような状況をイメージしてリリックを書いていたのですか?

NJ:たしかにこの曲の歌詞は、いまとなっては奇妙な響きがあるよね。でも俺たちはアルバムのすべてを2018年に作曲したんだ。俺たちが語ろうとしていたのは、ある種の人間(男性)についての物語で、俺たちはそういう人間から成長して卒業したいと思っている。つまり、周囲の人たちにたいして規則や条件を課すような人間のこと。人びとを癒すのではなく、締めつけるような法律の社会に生きている人間。その法律は、共感や思いやり、あるいは愛と呼ばれるものを生み出すのではなく、分離や孤立を主な目的としている。

俺たちが抜け出そうとしている軸は、野心、キャリア、お金、仕事かもしれない。それ以前には、宗教や君主制が、多くの物事が動く軸になっていたようだ。俺たちの世界にとって次なる軸とはなんだと思う?(ジャー)

アルバム・タイトルの『Spiral』にはどのような意味がこめられているのでしょう?

NJ:『Spiral』という名前は、俺たちの新曲に使われている言葉なんだ。これがその歌詞だよ──「もしそれが螺旋を巻いたら、方向に関係なく、きみの顔をそこに見た(And If It Went Into A Spiral, Regardless Of Direction, There I Saw Your Face)」。これは最愛のひとの顔について歌っている。地面の位置が不明瞭でも、そのひとの顔は正しいほうを向いている、ということ。螺旋は、俺たちの時代の状況をあらわしていて、それは自分のなかへと入っていく動き(そこにはナルシシズムの意味合いももちろんある)。だけど、もっとポジティヴな意味合いとして、物事を複数の視点から見るという可能性でもあり、螺旋は軸のまわりに沿った複数の視点を提供してくれる。その軸はまだ定義されていない。俺たちが抜け出そうとしている軸は、野心、キャリア、お金、仕事かもしれない。それ以前には、宗教や君主制が、多くの物事が動く軸になっていたようだ。俺たちの世界にとって次なる軸とはなんだと思う?

報道によれば、ニューヨーク州ではワクチン接種率が70%に達したため、ほぼすべての制限が解除されたそうですね。日本は政府がほぼなにも有効なことをしないため、まだまだパンデミックの真っ最中です。にもかかわらず一ヶ月後にはオリンピックが強行開催される予定になっています。『Spiral』のリリース日は、ちょうど開会式の日にあたります。そんな状況でこのアルバムを聴くリスナーにメッセージをお願いします。

DH:世の中には、俺たちの音楽を聴くという選択をしてくれるひとたちがいることを知って、いつも謙虚な気持ちになる。俺たちがつくった音楽が、どんな小さな形であれ、だれかの人生の一部になれるということは、とても光栄なことだと思う。このような形で俺たちと時間を共有してくれるすべてのひとたちに感謝しています。

NJ:日本の現状(2021年7月8日現在)を見ると、日本ではまだひどい緊急事態の状況なんだね。オリンピックは、他の多くの団体と同様に、「通常通りの営業」を継続することを第一に考える、金目的の団体だ。俺たちが生きているこの時代では奇妙なことが起こっていて、世界の一部では通常の生活に戻りつつある一方で、他の地域では危機が残酷な形で進行している。これはとても重要なことで、俺たちはオリンピックを見ながら、このことについて考えなくてはいけないと思う。俺たちは、豊かで、主に「西洋」の国々の視点からでは、この世界をほんとうに見たり理解することはできないのだと。

R.I.P. Biz Markie - ele-king

 ヒップホップ・シーンの中でも唯一無二なユーモアあふれるキャラクターで、多くのファンから愛されていたラッパー、Biz Markie (本名:Marcel Theo Hall)が7月16日、メリーランド州ボルチモアの病院にて亡くなった。享年57歳。妻である Tara Hall に看取られながら、息を引き取ったという。
 死因は発表されていないが、一部では糖尿病による合併症と報じられている。Biz Markie は2010年に2型糖尿病と診断され、昨年には糖尿病治療の入院中に脳卒中になり、一時は昏睡状態になっていたとも伝えられていた。その後、意識は回復していたものの闘病生活は続き、今年7月頭には Biz Markie が亡くなったという噂がインターネット上で広まり、代理人が否定のコメントを発表するという騒ぎも起きていた。

 1964年にニューヨーク・ハーレムにて生まれ、その後、ロングアイランドにて育ったという Biz Markie。ちなみに同じくラッパーの Diamond Shell は彼の実兄であり、Biz Markie のバックDJを務めていた Cool V は彼の従兄弟にあたる。
 10代半ばからラップをはじめた Biz Markie は80年代初期にはハウス・パーティや学校のパーティにてマイクを握り、徐々に活躍の場を広げていき、その後、クイーンズを拠点とするロデューサー/DJの Marley Marl 率いる Juice Crew の正式メンバーとなる。Juice Crew 加入当初は当時、人気アーティストであった MC Shan や Roxanne Shante のライヴのサポート・メンバーとしてステージに立ち、ヒューマンビートボックスを披露。1986年にリリースされた Roxanne Shante のシングル「The Def Fresh Crew/Biz Beat」にも Biz Markie のヒューマンビートボックスが使用されており、このシングルは彼にとって最初のリリース作品となった。
 Biz Markie 自身がデビューを飾ったのが、同じく1986年にリリースされた 1st シングル「Make The Music With Your Mouth, Biz」で、Marley Marl がプロデュースを務めているが、Biz Markie 自身も曲の制作に深く関わっており、お得意のヒューマンビートボックスも披露している。また、このシングルも含めて、Biz Markie の初期の作品のリリックのいくつかを彼の盟友でもある Big Daddy Kane が手がけていたこともファンの間では有名な話だろう(Biz Markie が曲のテーマやコンセプトを伝えて、それを Big Daddy Kane がリリックにしていた)。
 1988年には 1st アルバム『Goin' Off』、翌年には 2nd アルバム『The Biz Never Sleeps』をリリースし、この 2nd アルバムからシングルカットされた “Just A Friend” はビルボードの総合シングル・チャートで最高9位に入るなど、Biz Markie 自身にとっても最大のヒット曲になった。一方、1991年にリリースされた 3rd アルバム『I Need a Haircut』では、収録曲 “Alone Again” における Gilbert O'Sullivan (ギルバート・オサリヴァン)の楽曲からのサンプリングが著作権侵害にあたるとして訴えられ、アルバムは一時販売停止に。これまでヒップホップ作品のサンプリングに関してはグレーゾーンの扱いであったが、この件以降、メジャー・レーベルではサンプリングに関して著作権所有者に事前に確認することが一般化していくことになる。
 心機一転を図った、1993年リリースの 4th アルバム『All Samples Cleared!』(このタイトルも最高!)からは、ディスコ時代の大ヒット曲である McFadden & Whitehead “Ain't No Stoppin' Us Now” をバックにヘタウマな歌を炸裂させた “Let Me Turn You On” が大ヒットして、Biz Markie の健在っぷりを強く印象づけた。そして、2003年には結果的にラスト・アルバムとなってしまった『Weekend Warrior』を発表している。

 その愛されるキャラクターによって、広く音楽シーンから支持されていた Biz Markie は様々なアーティストの作品にフィーチャリングされており、同じ Juice Crew の Big Daddy Kane や Kool G Rap & DJ Polo を筆頭に、Beastie Boys、De La Soul、Beatnuts、Princ Paul、Cut Chemist といったヒップホップ勢に加えて、Usher や Nick Cannon といったR&Bシンガーの作品にもゲスト参加。さらに1997年にリリースされた The Rolling Stones のシングル「Anybody Seen My Baby」にて、前出の 1st シングル「Make The Music With Your Mouth, Biz」のカップリング曲 “One Two” がサンプリングされたことも大きなニュースとなった。さらに彼のキャラクターは音楽シーンを飛び越えて、人気子供番組『Yo Gabba Gabba!』への出演でも話題を呼び、映画『Men In Black II』ではヒューマンビートボックスをする宇宙人役での出演も果たしている。

 最後に日本との繋がりを記して終わりたい。日本にも数多くのファンを持つ Biz Markie だが、90年代半ばにはすでに初来日を果たしており、その後、ライヴやDJなどで何度も日本を訪れている。2015年にはヒップホップ・フェス《SOUL CAMP》に出演し、その2年後の2017年の来日公演が最後となった。さらに日本のヒップホップ・シーンからも人気の高かった彼は、テイ・トウワ(TOWA TEI)、dj honda、DJ HASEBE、NIGO といった日本人プロデューサー/DJの作品にもゲスト参加している。

 “Make The Music With Your Mouth, Biz”、“Just A Friend”、“Let Me Turn You On” 以外にも “Nobody Beats the Biz”、“Vapors”、“Spring Again” といった数々のヒップホップ・クラシックを残し、さらに “Picking Boogers” や “Toilet Stool Rap” のようないままでのヒップホップの楽曲にはなかったユーモアあふれる歌詞の世界観でヒップホップの可能性を広げてきた Biz Markie。これからも彼の楽曲は愛され続けるであろうし、誰も Biz Markie を倒すことはできない。

interview with 食品まつり a.k.a foodman - ele-king

 早口である。食品まつりはとにかく早口である。同じ副詞を繰り返しながら異なる内容に切り替わっていくしゃべりはさながらジュークにも等しい。ジュークみたいにしゃべるからジュークをつくるようになったのか。それともジュークをやっているうちに話し方もジュークみたいになったのか。副詞を多用せず、主語と述語の結びつきをもう少し明確にすれば黒柳徹子のようなしゃべり方になるのかもしれないけれど、そのようにする必要は感じられない。黒柳徹子のようにしゃべると音楽性が変わってしまう気がするということもあるけれど、慌てたようにしゃべり、人と話をするときに焦りがちな食品まつりが、今回のように「やすらぎ」というコンセプトを掲げることには自然と説得力を感じるからである。ジュークなのに「やすらぎ」。このような矛盾した命題をクリアーしていく、その特異な音楽性。あるいは変革の予感。そして、何よりも食品まつりはいま、日本のアンダーグラウンドから世界に向けて独自の音楽的ヴィジョンを発信し、日本からオリジナルな音楽が生まれるという実績を積み重ねている最中なので、黒柳徹子にかまけているヒマはないのである。サン・アロウのレーベルからリリースされた『ARU OTOKO NO DENSETSU』から2年10ヶ月、〈ハイパーダブ〉から新作をリリースした食品まつりに換気のいい部屋で話を訊いた。

コロナになって、ライヴもあまりできなくなって〔……〕深い意味もなくて、アジフライをSNSにアップしたりして、そういう日常の楽しみの比重が大きくなってきたというかな。身の回りの楽しみというか。

チャレンジャーですよねー。

食品まつり(以下、食まつ):そう言っていただけると。

真価がわかるのは2~3年後かなという気がするぐらい、戸惑いもあります。

食まつ:ああ、そんな。

こんなに変えちゃうものかなという……思い切りが良すぎて。

食まつ:はい。

これは制作期間は? 『ARU OTOKO NO DENSETSU』が終わってから?

食まつ:そうですね。『ARU OTOKO』が終わって、制作をはじめたのが去年の7月ぐらいからなんですけど、だいたい1ヶ月ちょいぐらい。

早いんですね。『EZ MINZOKU』はコンセプトを決めてつくり込んだもので、『ARU OTOKO』は何も決めないで思いつくままにつくったということでしたけど、今回は?

食まつ:今回はコンセプトがあって、まず音的な面は、自分が20代前半にギターとパーカッションで友だちと名古屋の路上で演奏していた時期がけっこうあったんですけど、友だちがギターをじゃかじゃか鳴らして、僕がそれに合わせてパーカッションというか、小さなタイコを合わすみたいな。そんな感じでやっていて、たまに自作の曲もやったりして、あんま考えもナシに路上で遊んでただけなんですけど、お酒を飲みながらやっているとセッションみたいになって、パカパカやってると通りすがりの酔っ払いも入ってきたりして。

(笑)。

食まつ:それが楽しかったという記憶があって。そんな大して上手くもないんですけど、やっているうちにトランス感が産まれる気がして。

トランスということは、人が聞いてるとかじゃなくて……

食まつ:自分たちがただ楽しくなって。上昇していく感じになって。それが面白いなって。で、これを打ち込みでやったら面白いんじゃないかなというアイディアはけっこう前からあったんです。そういうのがボンヤリとあって。それがひとつ。で、コロナになって、ライヴもあまりできなくなって、最初はちょくちょく名古屋のクラブには遊びに行っていたんですけど、そういう機会もなくなって。

うん。

食まつ:で、家の周りとかしか行くところがなくなって、自分は名古屋の外れに住んでるんですけど、その辺をうろうろしてたら、高速道路の入口があって、パーキング・エリアに裏から入れるというのを発見したんですね。「裏から入れるじゃん」と思ってパって入って、で、食堂があったんで、ちょっと入ってみようと思って、なんとなく頼んだのがアジフライで……

あー、ツイッターであげまくってましたね。

食まつ:「アジフライ、美味しい」ってなって、そこからハマっちゃって。週5ぐらいの勢いでパーキング・エリアに行っちゃって。

週5(笑)。

食まつ:そう。で、まあ、深い意味もなくて、アジフライをSNSにアップしたりして、そういう日常の楽しみの比重が大きくなってきたというかな。身の回りの楽しみというか。

今回のアルバムで意識したのは全曲同じように聞こえるということなんですよ。〔……〕自分の好きなアルバムというのは、似た感じの曲が並んでるのが多いなというのがあって。ベーシック・チャンネルとか。

なるほどコロナの影響なんですね。

食まつ:そうですね。そっから入っていって、そんなことやってるうちに、やっぱアルバムをつくんなきゃいけないなってなって。なんとなくボンヤリと自分の中で2~3年に1枚つくんなきゃいけないかなというのがあって。

けっこう空きましたもんね。

食まつ:そうなんですよ。それでパーカッションとギターのアイディアと、今回、いろいろと日常で経験した楽しいことを合わせた感じは面白いかなって。

20代前半に感じたことを振り返るというノスタルジーではなく?

食まつ:そうですね。ギターとパーカッションを使うということだけ決めて。

確かに “Yasuragi” “Shiboritate” “Parking Area” “Minsyuku” といったあたりはギターありきの曲だと思いました。

食まつ:そうですね、ギターのじゃかじゃかした感じやパキパキした感じで。

自分で弾いて?

食まつ:いや、プラグ・インとサンプリングを分解して組み替える、みたいな。自分ではぜんぜん弾けないので(笑)。押尾コータロー、ヤバいなとかも思ってたりしたので。バカテクの。

全部、リズム・ギターですよね。リズム・ギターに対する強い関心が?

食まつ:そうですね。まさにリズム・ギターですね。

『ARU OTOKO』がすごくいいと思っていたので、最初は「え?」と思ったんですけど……

食まつ:(笑)。

一番違うのはなんだろうと思ったら、メロディがなくなってるんですね。シンセが入ってなくて、そのせいなのか、シュールな感じがしないと思ったんですよ。『ARU OTOKO』にあった凄みがなくなって、即物的になってるんだと。音だけが置かれていて、精神的な部分を膨らませる気がないなって(笑)。

食まつ:かもしれないですね。音自体はフィーリングでつくってるだけだったんですけど、今回のアルバムで意識したのは全曲同じように聞こえるということなんですよ。

全部同じ? そうだったかなあ(笑)。

食まつ:そういうイメージだったんですよ(笑)。

自分ではそうなんだ? “Sanbashi” はまったく違うと思うけど。

食まつ:ああ、あれはそうですね(笑)。自分の好きなアルバムというのは、似た感じの曲が並んでるのが多いなというのがあって。ベーシック・チャンネルとか。大体、似た感じじゃないですか。

一堂:(笑)

パラノイアックにやりたいんだ?

食まつ:今回は統一感を持たせたくて。『ARU OTOKO』がいろんな世界に行ってたんで、つくってる期間も今回は短めだったし、夏だったので、汗かきながらいろんな場所に行って集中してつくっていたということもあるのかなって。記憶としては曲をつくってるというより汗だくになって自転車で走ってるという記憶の方が残ってるんですよ。めちゃくちゃ日焼けして。曲つくってるのに、肌が黒いっていう。

一堂:(爆笑)

食まつ:「どういうこと?」っていう。

いいじゃないですか(笑)。

食まつ:体も引き締まってきて(笑)。つくりながら面白いなって思ってて。

コロナっぽくないですねー。

食まつ:そうですね。健康的になって。

僕は、今回はコンセプトがあるとしたら日本の伝統的なリズムをテーマにしたのかなと思ったんですよ。

食まつ:それに関してはなんも考えてなくて。

そうなんだー。“Michi No Eki” がお経を読むときのリズムに聞こえたり、“Numachi” はまた三三七拍子やってるなーとか、“Food Court” は聴くたびに印象が変わるんだけど、チンドン屋っぽく聞こえたりね、〈ハイパーダブ〉からリリースするにあたって日本のリズムを海外のリスナーに意識させてやろうと考えたのかなって。

食まつ:無意識に出たのかもしれないですけど、手癖というか、自分がよく使うパターンというか、あと、けっこう、間(ま)を意識したところはあったかもしれないです。

日本のリスナーよりもイギリスの人にはどう聞こえるのか興味あるというか。

食まつ:ああ、確かに。

コロナで困ってるミュージシャンは多いと思うんですけど、ユーチューブで楽器の弾き方や解説をはじめた人がたくさんいて、そのなかでロサンジェルスに住んでる日本人のジャズ・ドラマーの人が日本のリズムについて解説していた動画あったんですよ。

食まつ:はい。

いろんな国から来てる人たちと演奏する機会が多いから、みんな自分の国のリズムについて話すのに自分だけ日本のリズムがわかっていなかったと。悩んじゃったらしいんですよ、「お前の国のリズムは?」と訊かれて。

食まつ:なるほど。

それで、その人が見つけたのが千葉県のお寺でお経を読んでいる動画で、言われてみるとヘンなリズムなんですね。カカッカッカッ……みたいな。

一堂:(笑)

確かに面白いリズムなんですよ。西洋のリズムではないしね。食品さんもジュークから入って、洋楽のリズムでスタートを切ってるわけだから、日本のリズムを意識すると、今回の作品みたいになるのかなあと思って。

食まつ:ああ。そう言われるとそんな気もして来ますねえ。

でも、意識的ではなかったんですね。

食まつ:そうですね。日本のビートを意識したのは三三七拍子だけでした。つーか、あんまり意識してしまうと、そのままになってしまうというか。

パラパラとか阿波踊り的な。そこが日本的だなって。上半身だけで踊る感じ。

食まつ:そうかもしれないですね。

ベースを入れないせいもあると思うんだけど、そのことにはアンビヴァレンツな感情もあるんですけど(笑)。

食まつ:このアルバムをつくる前にUKの CAFE OTO っていうヴェニューがあって、ロックダウンで困っているミュージシャンを救済する意味もあるんですけど、そこがやってる〈タクロク〉というレーベルから去年、僕も「SHIKAKU」というEPを出していて。それがちょっと今回のアルバムの青写真的な意味もあって、カクカクとしたビートをつくりたいというコンセプトで。全体にカクカクしてて(笑)。それをつくったことがアルバムに影響してるなあと自分でも思うんですけど。

うん。「ODOODO」みたいなEPとはぜんぜん違いますよね。よくこんなにつくり分けられるなって。

食まつ:あれは〈マッド・ディセント〉から出てるし、もうちょい広い層に聞いてもらいたいなというものなので。あんまりやってなかったような曲もやってみたりして。ハウスとか。実験で。

そうでしたね。

食まつ:いままで聞いてなかった人からも「よかったよ」って声かけられたんですよ。

広がりがあったんだ。最後に入ってた “Colosseum” というのは何かのサンプリングなんですか。あのメロディは個人的にツボだったので。

食まつ:あれはサンプルを細かく切って並べる感じです。

ああ。じゃあ、ああいうメロディの曲があるわけじゃないんだ。

食まつ:そうですね。

でも、今回は『YASURAGI LAND』から完全にメロディをなくすと。それは初めから決めてたんですね。

食まつ:あんまり意識してなかったですけど、言われてみると確かにメロディはあんまりないか……

まったくないですよ。意識していないなんてスゴいなー。

食まつ:言われてみるとそうですね。

一堂:(笑)

食まつ:自転車で走ってたのが必死だったという記憶の方が濃くて。

一堂:(笑)

そうかもしれないけど、最後に家でトラック・ダウンとかするわけですよね。そのときに物足りないとは思わなかったと。

食まつ:そうですよね(笑)。

満足してるんですよね(笑)。

食まつ:そうすね(笑)。

一堂:(笑)

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「休んで下さい」という感じですね。座敷とかで寝転んでお茶でも飲んで……みたいな。

タイトルが「やすらぎ」じゃないですか。いま、脳内物質はドーパミンじゃなくてオキシトシン志向だというトレンドというか、傾向がありますけど……

食まつ:いや、なんか、「やすらぎランド」とかありそうじゃないですか。地方には。

東京以外の雰囲気は僕はぜんぜんわからないんだけど、そうなんだ?

食まつ:ありそうなんですよ。「やすらぎランド」って響きもいいし、あとまあ、ゆったりした曲もあるし。だったら『YASURAGI LAND』かなあって。

実際に「やすらぎランド」を建てちゃったらいいんじゃない?

食まつ:そうすね(笑)。

僕の印象だと東京の中心よりも、その周辺の方がシャレた名前を店につける気もするんだけど。「シャトレーゼ」とか。

食まつ:ああ、地方とか田舎の方ががんばっちゃうのかもしれないですね。

東京の方がダサい名前が多いような……名古屋だとなんのイメージもないんだけど。

食まつ:ああ。わけのわかんない名前の店もいっぱいありますよ(笑)。

まあ、でも、そのタイトルにするということは、「ここに来て安らいで下さい」ということなんですよね。

食まつ:「休んで下さい」という感じですね。座敷とかで寝転んでお茶でも飲んで……みたいな。

最初、タイトルだけ見たときに、『ARU OTOKO』からシンセが醸し出す雰囲気が受け継がれてるのかなと予想したんですよ。アンビエントっぽいような。でも、実際にはリズムがチャカポコ来たなっていう(笑)。

食まつ:確かにそうすね(笑)。

まあ、でも、それが和風のリズムに聞こえたところで、まったく違うアルバムだなと思って。それこそYMOが出てきたときに「テクノお神楽」と評されたことがあったんですよ。それに倣うと「ジュークお神楽」みたいだなあというか。実際にはどこもお神楽じゃないんだけど。

食まつ:ああ、なるほどー。

まあ、日本っぽいニュアンスがあるということですよ。でも、それで「ジューク感」があるのがスゴいというか。

食まつ:今回は割にあるかもしれないですね。

意識しなくても「和風が滲み出るのはいい」と、コムアイさんも理想のように言ってたけど。

食まつ:そうですね、意識的に出すんじゃなくて、やっているうちに自然に出るみたいなものはあるのかもしれないですね。そこの部分のコントロールは自分でも意識してるところで、無理に出そうとするとよくないから。

無理に出さないということは、日本の伝統的なリズムの音楽も聞いたりはしてるということ?

食まつ:詳しくはないですけど、割と好きで聴いたりはしてます。津軽三味線とか。

ああ、聞くんですね。“Michi No Eki” でフィーチャーされている Taigen Kawabe(ボー・ニンゲン)のヴォーカルも祝詞っぽく聞こえたりね。あれも偶然?

食まつ:歌い方はこちらから少し指示させてもらったりしたんですけど、メロディとかは自由にやってもらいました。あれは、歌が入ってからトラックはつくりかえたんですよ。

あ、そうなんだ。

食まつ:毎回、そうなんですよ。歌もの系は、歌に合わせてトラックは変えちゃうんです。

へー、そういうもんなんだ。

食まつ:毎回、そうすね。

細かいんですね。ちなみに物足りない面があるとすれば、全体にダイナミズムがもうちょっとあってもよかったかなというのはありますね。

食まつ:あー、海外のレヴューでは「ライト」とか「フュージョン」という風に書かれていたので、そういう風に聞こえるのかなとは思いました。「ジャズ・フュージョン」に聞こえるとか。

YMOに近づきましたね。

食まつ:(笑)確かに。最初にコード9にデモを送った段階で坂本龍一の『エスペラント』の雰囲気があると言われて。

ああ、それは素晴らしい。坂本龍一がやりきったと言ってたアルバムですね。あれはいい。

食まつ:それと、映画のサントラで、なんちゃらスカイ……

『リキッド・スカイ』?

食まつ:あ、そう、そう。そのふたつのフィーリングがあると彼は言っていて。

『リキッド・スカイ』ねー。なるほどね。

食まつ:『エスペラント』も聴いてみたらなるほどと思ったし、『リキッド・スカイ』もめちゃくちゃシンパシーを感じる音でしたね。ヘンな音がずっと鳴っていて。

わかる、わかる。映画は観ました?

食まつ:いや、観てないです。

映画も面白いよー。ロードショーで観たんだけど、監督が音楽もやっていて、これはヘンと思ってサントラを探したんですよ。コード9も面白い聞き方しているなあ。そもそも〈ハイパーダブ〉から出ることになった経緯は?

食まつ:デモを送ったっていう。ジュークをつくりはじめたきっかけが〈ハイパーダブ〉のDJラシャドだったし、ジェシー・ランザのリミックスをやったりして多少の交流もあったので。で、メールで送ったら、これいいじゃんていうことになったという。返事が早かったんですよ。

なるほど。どこにもない音をつくったという感じもあるし。

食まつ:いや、いや。

そういう野心はあるわけでしょ。

食まつ:毎回、それはそのつもりです。「これが自分です」という感じでつくろうと思ってて。

仲間がいない感じって、どんな気分?

食まつ:ほかにないものをつくりたいという気持ちは最初からずっとあるので……ずっと同じことをやっているというか。

アルバムはそうしようということですよね?

食まつ:そうです、そうです。

「ODOODO」や「DOKUTSU」といったEPはそこまでじゃないというか。

食まつ:そうですね。あの辺はライヴでやって反応が良かった曲を録音してる感じですね。ライヴでやる曲はあんまりアルバムに入れなかったりして。リズムがバシバシというか、ライヴとアルバムの印象は変えてるかもしれないです。

それだけアルバムは特別視してるということですよね。

食まつ:めちゃくちゃしてますね。洋服のブランドみたいに、コレクションというか、何年から何年までの方向性をアルバムが決めるという意味で自分のなかではいちばん重要ですね。

やっぱり陽気な要素もありつつ気持ち悪いというのがけっこう好きというか。ユーモアがあって、シリアスになりすぎないのが好きですね。

もう次に考えてることはあるんですか?

食まつ:やっぱりアフリカですかね。〈ニゲ・ニゲ〉の人たちも聴いてくれてるみたいなので。シンゲリのセットをやったこともあるんですよ。やっぱり陽気な要素もありつつ気持ち悪いというのがけっこう好きというか。ユーモアがあって、シリアスになりすぎないのが好きですね。

『YASURAGI LAND』を誰かにリミックスしてもらうとしたらどの辺が?

食まつ:ああー。考えてなかったなあ。誰だろう? 今まで自分の曲をリミックスしてもらうという経験が……

ない?

食まつ:1回だけありますかね。2012年に広島の CRZKNY(クレイジーケニー)さんていうジュークをやっている方が1曲だけやってくれたことがあって。

それだけですか? じゃあ、コード9にやってもらおう!

食まつ:そうですね。踊れる感じにしてもらうとか。

ぜんぜん違う感じの人がいいですよね。昨日の夜、それを考えていてオールタイチとか名前が浮かんじゃって、それじゃ同じになっちゃうなって。

食まつ:(笑)ちょっといま、思ったんですけど、ベースとかキックが入っているのを想像して聴いてもらうのもいいかなって。

頭で音を足す?

食まつ:そういう聞き方もできるかなって。そうすればいくらでも頭のなかでヴァリエーションがつくれるというか。やっぱり想像の余地を残したいなっていうのがあるんですよ。

70年代に、数寄屋橋に日立ローディープラザというライヴハウスというか、音楽教室みたいなハコがあって。

食まつ:ええ。

バンドが目の前で演奏するんですけど、聴いている人には全員、卓があって、自分の好きなミックスでそのライヴを録音してカセットで持って帰れたんですよ。ベースをカットしたい人はベースのメモリはゼロにしてしまうみたいな。

食まつ:へえー。

パンタ&HALの演奏を録音した覚えがあるんだけど、最初にひとりずつ楽器の音を鳴らしてくれるので、ギターとかドラムを自分の好きな音量に調節してね。誰も真剣にバンドを見ないから、演奏している人たちはやりにくかったらしいんだけど。オーディエンスはずっと卓と格闘してて。

食まつ:(笑)。

そういう感じで好きな感じで聴いて欲しいと。ちょっと違うか。

食まつ:すごいですね、それ。自分で揚げれる揚げ物屋さんみたい。

“Aji Fly” に繋げたな。

食まつ:それぐらい自由に聴いて欲しいのはありますね。こんだけスカスカなんで、ベースとキックを入れるだけですべての曲の印象が変わると思うんですよ。

そうですよね。最後に、課外活動が多くてぜんぜん追いきれてないんですけど、課外活動でやった自信作はなんですか?

食まつ:いろいろあるんですけど、アイドルで金子理江さんの、2017年に出た trolleattroll 名義のやつなんですけど、相対性理論の真部(脩一、現・集団行動)さんと一緒にやった “lost”(https://www.youtube.com/watch?v=qcTBIw8ux00 )ですかね。パーカッシヴな曲で、いま聴くと『YASURAGI LAND』に繋がるなって。メロディは真部さんなんですけど。あと、去年、釜山ビエンナーレっていう芸術祭があって、コロナの時期でもなんとか開催されて、10人のミュージシャンが曲を提供したんですけど、僕も参加して、それはけっこう好きですね。

そこでしか聴けない曲?

食まつ:レコードにもなってるんですけど、韓国語なんですよ。

調べてみます(……と言ったものの、さっぱりわからず)。

〈Hyperdub〉からの最新作『Yasuragi Land』発売を記念したリリース・パーティー
“Local World x Foodman - Yasuragi Land - Tokyo 2021”の開催が決定!

昼のコンサート(8月8日開催)とサウナと水風呂の2フロアに別れた夜のクラブ・ナイト(9月11日開催)の2部構成

名古屋在住のエレクトロニック・ミュージック・プロデューサー、食品まつり a.k.a foodman。〈Hyperdub〉より最新作『Yasuragi Land』を発売したことを記念し、リリース・パーティーの開催が決定! 今回のイベントはクラブ&モードなアドベンチャー・パーティ Local World と SPREAD での共同開催となる。土着、素朴、憂いをテーマに南は長崎、北は北海道、Foodman に纏わるアーティスト含む全国各地からフレッシュな全20組が集まる昼のコンサート(8月8日開催)とサウナと水風呂の2フロアに別れた夜のクラブ・ナイト(9月11日開催)の2部構成、2021年の湿度と共に夏のボルテージを上げるサマー・イベント。

Local World x Foodman - Yasuragi Land - Tokyo 2021

SUN 8 AUG Day Concert 16:00 at SPREAD
ADV ¥3,300+1D@RA *LTD70 / Club Night DOOR ¥1,000 OFF

LIVE:

7FO
cotto center
Foodman
machìna
NTsKi
Taigen Kawabe - Acoustic set -

DJ: noripi - Yasuragi set -

SAT 11 SEP Club Night 22:00 at SPREAD + Hanare
ADV ¥2,500+1D@RA *LTD150 / DOOR ¥3,000+1D / U23 ¥2,000+1D

- 70人限定 / Limited to 70 people
- 再入場可 ※再入場毎にドリンク・チケット代として¥600頂きます / 1 drink ticket ¥600 charged at every re-enter

・サウナフロア@SPREAD

LIVE:
Foodman
JUMADIBA & ykah
NEXTMAN
Power DNA
ued

DJ:
Baby Loci [ether]
D.J.Fulltono
HARETSU
Midori (the hatch)

・水風呂フロア@Hanare*

LIVE:
hakobune [Tobira Records]
Yamaan
徳利

DJ:
Akie
Takao
荒井優作

artwork: ssaliva

- Hanare *東京都世田谷区北沢2-18-5 NeビルB1F / B1F Ne BLDG 2-18-5 Kitazawa Setagaya-ku Tokyo
- 150人限定 / Limited to 150 people
- 再入場可 ※再入場毎にドリンク・チケット代として¥600頂きます / 1 drink ticket ¥600 charged at every re-enter

食品まつり a.k.a foodman

名古屋出身の電子音楽家。2012年にNYの〈Orange Milk〉よりリリースしたデビュー作『Shokuhin』を皮切りに、〈Mad decent〉や〈Palto Flats〉など国内外の様々なレーベルからリリースを重ね、2016年の『Ez Minzoku』は、海外は Pitchfork のエクスペリメンタル部門、FACT Magazine、Tiny Mix Tapes などの年間ベスト、国内では Music Magazine のダンス部門の年間ベストにも選出された。その後 Unsound、Boiler Room、Low End Theory に出演。2021年7月にUKのレーベル〈Hyperdub〉から最新アルバム『Yasuragi land』をリリース。Bo Ningen の Taigen Kawabe とのユニット「KISEKI」、中原昌也とのユニット「食中毒センター」としても活動。独自の土着性を下地にジューク/フットワーク、エレクトロニクス、アンビエント、ノイズ、ハウスにまで及ぶ多様の作品を発表している。

Local World

2016年より渋谷WWWをホームに世界各地のコンテンポラリーなエレクトロニック/ダンス・ミュージックのローカルとグローバルな潮流が交わる地点を世界観としながら、多様なリズムとテキスチャやクラブにおける最新のモードにフォーカスし、これまでに25回を開催。

Local 1 World EQUIKNOXX
Local 2 World Chino Amobi
Local 3 World RP Boo
Local 4 World Elysia Crampton
Local 5 World 南蛮渡来 w/ DJ Nigga Fox
Local 6 World Klein
Local 7 World Radd Lounge w/ M.E.S.H.
Local 8 World Pan Daijing
Local 9 World TRAXMAN
Local X World ERRORSMITH & Total Freedom
Local DX World Nídia & Howie Lee
Local X1 World DJ Marfox
Local X2 World 南蛮渡来 w/ coucou chloe & shygirl
Local X3 World Lee Gamble
Local X4 World 南蛮渡来 -外伝- w/ Machine Girl
Local X5 World Tzusing & Nkisi
Local X6 World Lotic - halloween nuts -
Local X7 World Discwoman
Local X8 World Rian Treanor VS TYO GQOM
Local X9 World Hyperdub 15th
Local XX World Neoplasia3 w/ Yves Tumor
Local XX0 World - Reload -
Local XXMAS World - UK Club Cheers -
Local World x ether

https://localworld.tokyo

イベント詳細はこちら
Day Concert: https://jp.ra.co/events/1452674
Club Night: https://jp.ra.co/events/1452675

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