Home > Reviews > Album Reviews > 鎮座DOPENESS- 100%RAP
2009年の日本のヒップホップの重要作を挙げろと言われれば、僕は迷うことなく鎮座ドープネスのファースト・アルバム『100%RAP』を挙げる。なぜか? そんなことを考えながら、MSNニュースを何気なく眺めていると、興味深い記事を見つけた。鳩山首相がシンガポールの新聞社のインタヴューに、「(日本が)中国に経済力で抜かれることは人口のサイズから言っても当然だ。体のサイズに合った形の経済の展開をすればいい」と応じたという。中国との比較云々よりも、日本がすでに飛躍的な経済成長の夢を抱けるような国ではないという事実を首相が認めたことのほうが重要だろう。だから、経済の"成長"ではなく、"展開"と表現した点は実に正しいと思う。庶民は誰も飛躍的な経済成長なんてもはや期待していないのだから。そんなことは随分前から町では常識だ。我々は金がなくても少々度が過ぎるほど陽気に、ダラダラと勝手にやるしかないのだ。そのほうがいまを生きるためにずっと切実なテーマなのだよ。だから、僕は鎮座ドープネスを聴いて怠け心を飼い育てている。
少々逸れたが、僕はここで政治や経済の話ではなく、音楽の話をしようとしている。鎮座ドープネスというアーティストの話を。
1981年東京都調布市生まれの鎮座ドープネスは、スチャダラパーやノートリアスB.I.Gをきっかけに高校から本格的にラップをはじめている。2003年、2DJ5MCのカップス・オブ・チャイというグループで『Seven Cups Of Chai EP』を発表、解散後、残ったメンバーとコチトラ・ハグレティック・エィムシーズを2004年に結成する。コチトラは現在、鎮座ドープネス、サボ、カトマイラの3MCに落ち着き、昨年リリースしたデビュー・アルバム『HAGU LIFE』は、日本語ラップ・シーンで反響を呼んでいる。鎮座ドープネスはそして、今年9月、満を持して〈EMI MUSIC JAPAN〉から『100%RAP』をリリースしている。
アルバム・タイトルは、ヒップ・ハウス、R&Bからユーロ・ビートまでをラップ物としてパッケージしたUSのコンピ・シリーズが元ネタで、鎮座ドープネスは、ラップが本来持つそんな自由を、ハイファナ、DJヤス、エビスビーツ、スカイフィッシュといった一癖も二癖もあるプロデューサーが制作した多彩なトラック(エレクトロ、Gファンク、ダンスホール、メロウ・ソウル)に乗って謳歌している。その並外れた身体能力を武器にした変幻自在なラップの巧さは、現在の日本のラッパーのなかで間違いなく上位5位に食い込むはずだ。
アルバムはいまは亡き流浪のフォーク・シンガー、高田渡が1971年に発表した"ごあいさつ"のカヴァーからはじまる。慌しい時代の流れをやり過ごすように、のらりくらりと......。「どうもどうもいゃーどうも/何時ぞや色々この度はまた/まあまあひとつまーひとつ/そんな訳でなにぶんよろしく/ナニの方はいずれナニして/そのせつはゆっくりいゃどうも」"ごあいさつ"
白いタキシードや腹巻き姿ではしゃぎまくる、バウンシーな酒飲みチューン"乾杯"のヴィデオ・クリップは植木等へのオマージュだ。植木等が在籍したクレイジーキャッツによる1961年の"スーダラ節"――高度経済成長真っ只中におけるサラリーマンの能天気な様子をコミカルに描いたその歌詞とスウィンギーなリズムに特徴を持つそのヒット曲がサンプリングされている。「嬉し恥かし/野放し飲んべ~/道端寝そべる/分かっちゃいるけど!」と、こんな感じ。そういえば、『ブラック・ノイズ』の著者、トリシア・ローズはサンプリングを"音楽的タイムマシン"と巧く言ったものだけど、鎮座ドープネスは埃を被った高度経済成長期の日本の大衆音楽に新しい息吹を吹き込んで、底がすっぽりと抜けてしまった時代の酔狂なサウンドトラックとして再生させているようだ。そして、"ドンスタ"では、跳ね上がるファンキーなビートの上で「現代社会頑張りすぎ~/生産工場止まらない~」と、窮屈な日本社会を揶揄する。ちなみに、忌野清志郎が彼に大きなインスピレーションを与えていることも付け加えておこう。
ニヒリズムを出発点としたハードコア・ラップ(あるいはギャングスタ・ラップ)のストリート・リアリズムもそうだが、あまりに中身のないポップ・チャート・ラップとも異なるリアリティが日本のヒップホップに息づいていることは喜ばしいことであり、貴重でもある。このテーマについて詳しくは今後の原稿に譲るが、何はともあれ、鎮座ドープネスのあっけらかんとした陽気さや怠惰を抱擁する余裕を僕らはいま必要としている。まあ、大変だけど肩の力を抜いてやろうやと。ということで、『100%RAP』は2009年、ベストの1枚である。
Everything's Gonna Be All Right.
二木 信