「IR」と一致するもの

ZULI - ele-king

 エジプトはカイロ出身で、現在は、ベルリンを拠点とするエレクトロニック・ミュージック・アーティストのズリの新作が、あのエンプティセットのジェイムズ・ギンズバーグがファウンダーを務めるブリストルのレーベル〈Subtext〉からリリースされた。ジェイムズ・ギンズバーグは本作のミックスも手掛けている。
 『Lambda』は2020年10月にカイロで制作開始され、2023年7月にベルリンで完成した。はじめに断っておく。本作は間違いなく彼の最高傑作である。なぜか。これまでの解体と再構成を同時におこなうようなディコンストラクション的なサウンドをさらに推し進め、解体と「優雅さ」を同時に共存させるような音響空間を構築しているからである。絶縁体の隙間から漏れ出るノイズと綺麗な空気のなかを漂うアンビエントが並列に鳴っているとでもいうべきか。

 結論へと至る前に、まずはズリの経歴を簡単に振り返っておくべきった。ズリは本名を Ahmed El Ghazoly という。彼はその活動初期においてカイロで地元のラッパーたちにビートを提供して経験を積んだ。その後、カイロでも急成長中のアンダーグラウンド・ダンス・ミュージックに関心を移し、イベントのプロモートや、DJとしても精力的に活動を展開する。いわば現場からの叩き上げといってもいい。その点、頭でっかちの実験音楽家ではない点も信頼がおける点だ。
 とはいえ私のようなオタクなリスナーがズリのことを知ったのはリー・ギャンブルが主宰するレーベル〈UIQ〉から2018年に出たアルバム『Terminal』だったと思う。10年代尖端音楽の代表のひとりといっていいリー・ギャンブルが見出した音という点に最初は惹かれたのだ。じっさいその音を聴いてみると、ヒップホップとジャングルが高密度に圧縮・解体(押しつぶされていくような)サウンドを展開しており、そのうえアブストラクトかつコラージュ的なトラックに仕上がっていて衝撃を受けた。まさに10年代尖端音楽が爛熟期に入ったと実感したものである。
 2019年以降は、ズリとラマ(ふたりは2019年に連名で『Noods Mixtape』をリリース)とともにレーベル〈irsh〉を発足させ、2020年に自身のシングルやコンピレーション・アルバム『did you mean irish』をリリースしていく。2022年には『did you mean irish vol. 2』を発表した。
 ズリはベルリンに拠点をしさらに精力的に活動を展開していく。昨年、同郷のカイロのアンダーグラウンド・レーベル〈Nashazphone〉よりリリースされた『Digla Dive - Live』はIDM、ヒップホップ、ジャングルなどをカオティックにミックスしたような強烈なアルバムで、まさに『Terminal』の進化形のような音で驚いたものだ。この音楽家は長い時間かけて自身のサウンドを深化させているのだなと思った。
 『Digla Dive - Live』から1年待たずにリリースされた本作『Lambda』は、いわばカオスの先にある美麗かつロマンティック、そして分解と再構成を繰り返すようなアンビエンスとサウンドスケープを実現しているアルバムであった。彼の音の向こうに眠っていた「優雅さ」が全面化したようなアルバムとでもいうべきか。彼は本作で明らかに新たな音の領域を探究し見出しているといえよう。

 アルバムには全12曲が収録されており、どの曲もノイズとアンビエントと電子音と声が解体され再構築され音楽と音の中間領域の池に浮かぶ花たちのように浮遊している。インダストリアル、テクノ、アンビエント、トリップホップなどがバラバラに解体され、その果てに再構成されていくような仕上がりなのだ。アルバムのオープナーである “Release +ϕ” では本作の音響の質感(透明、解体的な質感というべきか)を見事に提示し、作品世界へとリスナーを誘う(エンド・トラック “Release -ϕ” と対になっていることは明白で、アルバム自体が円環を描くように構成されているといえよう)。
 いわばどのトラックも電子音がコナゴナに粉砕され再構成されていくようなディコンストラクト的な音響世界を展開している。まったく方向性は異なるが長谷川白紙の傑作『魔法学校』の横に置いてみてもいいかもしれない。
 なかでも MICHAELBRAILEY を招いた8曲目 “10000 (Papercuts pt. 1) ” に注目してほしい。声と音とノイズとメロディの境界線が曖昧になり、同時にクリアでシャープな音像を実現しているのだ。デジタルの粒子が空間に漂うような未来的ポップ・ソングだ。MICHAELBRAILEY は3曲目 “Syzygy” ではヴォーカルに加えてサウンド・メイクにも関わっており、ズリとの密接な協働関係を窺わせる。また、あのコビー・セイ(!)をヴォーカルに起用した12曲目 “Ast” も印象に残るトラックだ。カラカラと乾いた音でリリカル・ミニマル・メロデイが鳴り、そこにヴォイスが絡みつく。
 ズリ単独の曲 “Trachea” も加工されたヴォイスに、どこか切迫感のあるアンビエントを絡める見事なトラックを展開する。“Fahsil Qusseer” では、ズリの父親の手紙を朗読する。この曲では自身の声とテープ録音された声が融解していく。過去と現在の境界線が曖昧になっていく。
 どの曲もバラバラに解体されたアンビエントのような音でありながら、 MICHAELBRAILEY、コニー・セイや Abdullah Miniawy らのヴォーカル/声が発するポップネスもあり、実験一辺倒ではない聴きやすさもある。
 まさに一筋縄ではいかない仕上がりのアルバムだ。優雅にして不穏、不穏にして美麗、解体的にして再構築的なサウンドスケープなのである。いくつもの相反する要素が交錯・共存しつつ、全体としては美麗な音響空間が生成されているわけだ。

 いわばズリが、自身の人生を振り返るように鳴らす音が、単純な「ひとつの人生」に帰結せずに、ノイズとアンビエンスのはざまから無数の音が生成されるように、複数の人生が立ち上がってくるようなサウンドに思えたのだ。いわば解体と再構築を繰り返し、つねに未知の領域へと進化/深化する「尖端音楽」の現在形。たとえば今年リリースされたベン・フロストの新作と合わせて聴いてもよいアルバムかもしれない。

R.I.P. Tadashi Yabe - ele-king

 去る7月25日夜明け前、DJ・プロデューサーの矢部直氏が心筋梗塞のためこの世を去った。周知のように彼は日本のクラブ・ジャズ・シーンを切り拓いたひとりで、その功績はとてつもなく大きい。また、彼は日本で暮らしながらも、その窮屈な制度や慣習に囚われないラディカルな自由人というか、まあとにかく、破天荒な男だった。世界の人間を、なんだかんだと社会のなかで労働しながら生きていける人と、アーティストとしてでなければ生きられない人とに大別するとしたら、彼は明白に後者に属する人だった。青山の〈Blue〉で、あるいは〈Gold〉や〈Yellow〉で、最初期の新宿リキッドルームで、めかし込んだ大勢の若者たちがジャズで踊っていた時代の立役者のひとり、90年代という狂おしいディケイドにおける主要人物のひとりだった。
 ともに時代を生きてきたDJがいなくなるのは、とても悲しい。以下、矢部直氏とは違う立場で、日本のクラブ・ジャズ・シーンをサポートしてきた小川充氏、そしてこの10年、もっとも親しい関係を築いてパーティを続けていたbar bonoboの成浩一氏に追悼文を書いてもらった。あの時代を知っている人も知らない世代も、どうか読んで欲しい。(野田努)


DJが考える自由なジャズを体現した

小川充

 7月25日、矢部直氏の突然の訃報が届いた。死因は心筋梗塞とのことで、享年59歳という早過ぎる死だった。矢部さんと初めて話をするようになったのは1990年代半ばのこと、当時はユナイテッド・フューチャー・オーガニゼイション(U.F.O.)の全盛時代で、その頃の私は渋谷でレコード・ショップの店員をしていたこともあり、来店してレコードを選んだりする手伝いをする中で会話をしたりしていた。そうした中からU.F.O.のパーティの〈Jazzin’〉(芝浦ゴールド~西麻布イエロー)やジャズ・ブラザーズとオーガナイズしていた南青山のクラブのブルーに遊びに行ったりし、ブルーではDJをする機会も得たのだった。また、海外からDJを招聘した際にもブルーに世話になり、矢部さんと地方のクラブに行ったりとか、自分がオーガナイズするイベントに出演したもらったりと、DJ関連でもいろいろお世話になった。

 1990年代のクラブ・ジャズ界のトップ・スターだった矢部さんは、傍から見るととても尖っていて、体も大きくて喧嘩が強いというイメージがまかり通っていた。高校や大学では野球部だったが、怪我のためにその道を断念し、DJや夜の世界に入ってきたそうだ。そうした体育会系気質の矢部さんだったが、当時のクラブにはディスコや水商売の名残があった。酒や喧嘩といった荒っぽいところもあり、DJにも徒弟制度的なところがあって、下積みを経てようやく一人前になれるという時代だった。そういった時代にDJとして名を上げるには、喧嘩も強くてハッタリが効かないとという部分もあり、そうした武勇伝がまかり通っていたのだと思う。矢部さんの上の世代からは生意気な奴、というように映っていたようだ。ただ、実際に会って話をしてみると、矢部さんは確かに突っ張っていて、ぶっきらぼうなところはあるものの、とても優しい人だったし、自分たちの後に続くDJやアーティストたちを手助けしたり、守ってくれるような存在だった。

 矢部直はDJをやりつつ、桑原茂一氏が運営する企画会社のクラブキングで働いていて、そうした中でラファエル・セバーグや松浦俊夫と出会い、DJ集団のU.F.O.を結成した。編集や企画の仕事をしていただけあり、DJをするにもアートやファッション、デザインの感覚を持ち込み、それがU.F.O.の個性や強みとなった。DJユニットとしてのU.F.O.が誕生したのは1990年のことだが、当時の東京のクラブ・シーンではヒップホップ、ハウス、テクノなどのシーンは出始めていたものの、ジャズはなかった。レアグルーヴやレゲエ、ロックやニュー・ウェイヴなどをかけるDJはいたものの、当時のロンドンで流行っていたようなアシッド・ジャズをプレイするDJはほとんどいなくて、U.F.O.がその先駆になった。スーツでDJをするというスタイルも、ロンドンのジャズ・シーンから来たものだ。ただ、U.F.O.はイギリスのDJスタイルを単に真似るのではなく、自分たちにしかない味をいかに出していくかに腐心していた。よく混同されがちだが、U.F.O.の音楽性はアシッド・ジャズとイコールではないし、レアグルーヴとも違う。また、1990年代半ばによくひと括りにされていた「渋谷系」でもない。それぞれ通じたり、繋がったりするところはあるのかもしれないが、あくまで唯一独尊の無頼派がU.F.O.であった。

 DJやイベントをやりつつ、U.F.O.は楽曲制作にも取り掛かる。彼ら自身は楽器を弾いたりプログラミングができたりするわけではないので、おもにサンプリングするネタを出してマニピュレーターに伝え、楽曲全体のイメージや方向性をプロデュースするというやり方だ。編集者的なセンスや時代を先読みする能力が問われるわけで、それ以前の音楽は技術を持つミュージシャンや作曲家、シンガーによって作られてきたものだったが、U.F.O.はそうした音楽の在り方を変えたと言える。現在はこうしたDJプロデューサーは一般的だが、U.F.O.はそのパイオニアであった。また、楽曲制作だけではなくアルバム・ジャケットのアートワークや写真、ファッションなどを含めた演出を施し、イベントと連動させていくやり方など、音楽にあらゆるものを巻き込んだトータル・プロデュースは、日本においてはY.M.O.がその先駆だと思うが、U.F.O.もそうした資質を受け継いでいた。Y.M.O.とスネークマンショーで関わった桑原茂一氏主宰のクラブキング出身である、矢部直や松浦俊夫ならではのセンスと言えよう。また、コスモポリタンでボヘミアンな感覚はモロッコ系フランス人のラファエル・セバーグならではで、そうした個性派を束ねていたのが矢部直でもあった。

 U.F.O.のデビュー曲は1991年の“I Love My Baby – My Baby Loves Jazz”で、ジャズやラテンのさまざまなサンプリングの中に、タイトル通りジャズへの愛情を忍ばせたものだった。そして、ヴァン・モリソンのカヴァーの“Moondance”とオリジナル曲の“Loud Minority”のカップリング・シングルを1992年にリリース。“Loud Minority”はU.F.O.の名前を日本はもちろん、世界へ広げる大ヒットとなった。クラブ・シーンではまだマイノリティだったジャズを高らかに宣言する声明文的な記念碑で、この曲を聴いて曲作りを始めたジャズDJも多かった。サンプリングのジャズ・ネタの膨大さと、それをスムーズに繋げてひとつの曲に再構築する鮮やかさ、そしてメッセージ性や散文的な感覚を持ち合わせる方法論と、サンプリング・ミュージックのひとつの到達点であり、いまだ色褪せてはいない。マイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンなどのジャズとはもちろん同列のものではないが、テクノロジーが発達した1990年代において楽器をサンプラーに持ち替え、DJが考える自由なジャズというのがこの“Loud Minority”であったのだ。

 1993年にはファースト・アルバムの『United Future Organization』をリリース。世界的にコネクションを広げていた彼らは、ガリアーノやマンディ満ちるに加えてヴェテラン・ジャズ・シンガーのジョン・ヘンドリックスを迎え、彼の“I’ll Bet You Thought I’d Never Find You”をリメイクするなど、企画力はズバ抜けていた。当時のジャズ・シーンにおける最先端だったブラジル音楽も取り入れ、エドゥ・ロボの“Upa Neguinho”をカヴァーするなど、時代の空気を読むセンスも抜群だった。そして、U.F.O.らしいクールなジャズ・センスが光る“The Sixth Sense”は、クラブ・ジャズのスタイリッシュなカッコよさが詰まっていた。ワールド・ツアーも行うなど日本だけでなく世界中で影響力を高めていったU.F.O.は、セカンド・アルバムの『No Sound Is Too Taboo』(1994年)では世界旅行を標榜し、よりワールドワイドでコスモポリタンな色合いを強める。DJクラッシュ、スノーボーイ、クリーヴランド・ワトキスら多彩なゲストに、ケリー・パターソンやマーク・マーフィーのカヴァー。レジェンドであるマーフィーとはこのときの“Stolen Moments”のリメイクが縁で、後に共演が実現した。派手なトピックに目を奪われがちだが、エルメート・パスコアルを再解釈した“Mistress Of Dance”には繊細でリリカルな美しさがあり、こうした詩的な世界観もまたU.F.O.の魅力のひとつだった。音楽以外に詩、文学、映画などさまざまな芸術の影響も有するのがU.F.O.で、そうしたものがもっともよく表れたのが架空のスパイ映画のサントラ仕立てとなった1996年の『3rd Perspective』。映画『Mission Impossible』の公開に合わせて作られたこのアルバムは、ロンドンでオーケストラを交えて録音された。“The Planet Plan”はカール・クレイグがリミックスするなど、そうしたリミキサーの人選も秀逸だった。ジャザノヴァがリミックスした“Friends”はハープシコードを用いた変拍子のジャズ・ヴォーカルもので、こうしたワルツものを取り入れるところもほかのジャズ系アーティストにはなかなかないU.F.O.ならではのアイデアだった。

 その後、『Bon Voyage』(1999年)、『V』(2001年)と合計5枚のアルバムを残して、松浦俊夫はU.F.O.を脱退し、以降は矢部直とラファエル・セバーグのふたりとなるが、U.F.O.としての楽曲制作はストップしてしまい、DJも個人活動がメインとなっていった。U.F.O.としての活動は主に1990年代に集約されるが、彼らは自身のレーベルである〈ブラウンズウッド〉を設立し(ジャイルス・ピーターソンの〈ブラウンズウッド・レコーディングス〉とは別)、自分たちのアルバム以外に『Multidirection』というコンピレーションをリリースする。キョウト・ジャズ・マッシヴ、竹村延和、ジャズ・ブラザーズ、クール・スプーン、ソウル・ボッサ・トリオなどの作品を収録し、日本のジャズ・シーンを盛り上げるべくいろいろなアーティストをプッシュしていた(ちなみに、ジャズ以外にDJムロも収録していた)。『Multidirection』の2作以外に、スモール・サークル・オブ・フレンズのEPをリリースするなど自分たち以外のアーティストもプロモートし、クラブ・ジャズ・シーン全体を牽引し、発展させていこうというのが〈ブラウンズウッド〉であった。矢部直はこのように全体を見る目やリーダー性、カリスマ性の備わった稀有なDJであり、こうした視点を持つ人は今後もなかなか出てこないだろう。


彼はハードコア・ビートニクだった

成浩一(bar bonobo)

 私は80年代後半から2000年までNYに住んでいたので、remix誌などでU.F.O.の活躍をチラ見ていたくらいで、全くといっていいほど彼らの全盛期を知らない。しかし、私たちはここ10年ほどは、近所ということもあり……月一で水曜日にweneed@bonoboというパーティを彼が亡くなるまで続けた、同世代の親しき友人だった。ここでは極私的に矢部直さんについて書こうと思う。
 あの当時、いくつかのクラブ誌からチラ見した矢部さんたちを、まあ随分と格好つけた方々もいたもんだなあ……といったちょいと斜めからの視線で見ていた。 私がそう思ってしまったのも、その当時の私が、彼らの音を男女でパンパンのフロアで浴びるチャンスもなく、〈Jazzin'〉という名の熱狂的パーティが夜な夜な東京で行われていたことも知らなかったからだ。まさかあんな格好つけが日本人にできるはずがない、似合うはずがない、そう信じ切っていた。そんな同時代の日本人を見たことがなかったし、そこに思想があるなんて思ってもいなかった。矢部さん、大変失礼しました(笑)。
  ところが近年は、それが必然だったことのように彼と仲良くなり、本当によく遊んだ。そしてよく語り合った。純粋に音について、DJ談義、現象や物に対する認識、What is cool、女、男、偉大な先人達について……などなど。 そして、たまに聞かせてくれるU.F.O.時代の話。 初めてのモントルー・ジャズ・フェスティヴァルの出演、それは、演奏家以外では史上初になるDJとしての出演だった。最初はヨーロッパのジャズ・オーディエンスたちの「おいおい何がはじまるんだよ」と、冷やかし(?)の視線があったが、最後には熱狂の渦になったという。
 ほかにも、 メジャーな会社との交渉時の話もしくれた。「貴方たちにはオレたちのカッコよさは本当にわかってんのかな、と終始攻めの姿勢で交渉し、好条件をまんまと引き出したよ」、なんてニヤニヤしながら話してくれたものだった。「どうやって、ディー・ディー・ブリッジウォーターに歌ってもらうことができたのさ?」なんていう問いにも、「いや〜、あのときは意外なことに、けっこうスムーズに進んだんだよ。ホント嬉しかったなー」、なんてニコニコしていた。あるいは、最近では、「U.F.O.が僕のピークと捉えていないんだ、捉えたくないんだ、また何かやるのさ」とも語っていた。そして、ついに先日は、「政治家になるってどう思う?」って聞かれたんだよ(笑)。「政治家といっても都議会くらいだけど」って真面目に言うからびっくりしたけれど、すぐに「だったら僕が広報部長になるよ」って言いたくなる話だった。
 「僕は90年代にU.F.O.で、世間に良い方向の影響を与えることができたと思っている。でもいまの時代状況、ダンスフロアの熱度、ではそのような影響を与えることの難しさを感じていて。で、ちょいと考えてみたら、こりゃ政治活動で良い影響を与えるもありじゃない?  例えば、代々木公園で夏のあいだステージを作って、1ヶ月毎日、いろいろな優れたミュージシャンたちのライヴをフリーで見せる、とか。夕方からは皆が芝生に横になりながらビールを片手にクラシックな名作映画みるとかさ」
  私はそれを聞いて、「まるで、セントラルパークのサマーステージのようで凄く良いな」って思った。「留置所に音楽室を作ってMPCを置く」っていう私のアイデアにも大賛成してくれた。「そんなことができたら当選しちゃうねー」、なんて笑い合いましたよ。
 彼には自身の日常への美学が常にあった。それは音楽に留まらず、コラージュ、スクラップ、文学、写真、人へのちょっとした手作りのギフトなど、他のDJとは違った芸術一般への深い興味、そしてやはりビート族への強い共感。DJってただの音楽馬鹿なんじゃない、といいう感じとは根本が違っていた。
 高校時代には真剣に甲子園を目指していた野球少年、上京後すぐに動き出し、ヤベイズムのはじまりとなる鮮やかなスタートダッシュ。 当初、そこにどのような飛躍があったのかわからなかったのだけれど………いまはこう想像できる。 野球にどっぷりな日常を過ごしつつも日々さまざまな本に触れ、前衛詩に陶酔し、ビバップ、モダン・ジャズに惹かれた早熟な青年。それはハイプではなかった。 そういうスタートがあって、それからクラブキングのボスに見出され、世界にまであっという間に飛躍した! 
 見事なのは、それまでのように資本、メジャー・レコード会社などに頼るのでなく、自分たちで繋がっていったこと。 それはなかなか新しい。しかしそここそが(まだまだ初々しい初動期であった)クラブ・ミュージックの本質であり、まさに時代がぴったりと彼と一緒にいたということだと思う。 彼ほど1990年代に愛され、それを作れた人はいないのではないの?  なんて幸せな人生なんだ?  
 いま思ったんだが、彼は先人達からの知恵を頂いて新しいArtを作った。しかしそれは決して付け足していくようなものではなく、そいつをひん剥いてひん剥いてそれを剥き出しにするベクトル。そのサンプルを剥き出して精神性を露わにしたいタイプのハードコア・ビートニク。 みんな彼のことをエキセントリックだと語ったりもするが、まあ例えれば、ビル・エヴァンス、ルー・リードのような生き方をしていた、というだけですよ。 そしてそのスタイルのブレのなさはずっと前からだったんだろうし、い、わ、ゆ、るACID JAZZを超えた、その強度に世界がびっくりしたんだと思う。
 そしていま。 私が神宮前で運営しているclubには、彼への感謝で一杯の若者たちが毎夜、「矢部さん! いろいろ教えていただきありがとうございました!」と本当に寂しそうにしているのを見る。みんなに伝えたいことは………矢部さんがいなくなったらヤベイズムも終わるんじゃないよってこと。 矢部スタイルを追うのでなく——まあそんなこともできるわけないが(笑)——、矢部さんと共有できた時間をひん剥いてみて、残ったヤベイズムをまた下の世代に伝えるべく生きてほしい。 矢部さんがずっとずっと先人達とそうやってきたように。

Burial - ele-king

 先日コード9とのスプリット12インチがリリースされたばかりのベリアル。今度はなんと映画のサウンドトラックだ。彼が音楽を手がけたのはハーモニー・コリン監督による新作スリラー『Baby Invasion』で、9月のヴェネツィア国際映画祭でプレミア上映されることになっている。音盤化の予定があるのかどうか気になるところだけれど、最近ベリアルはアンドレア・アーノルド監督作『Bird』(5月にカンヌ国際映画祭でプレミア上映)にもスコアを提供しており、もしかしたら映画音楽に新たな活路を見出そうとしているのかもしれない。続報に注目です。

Midori Aoyama - ele-king

 DJのMidori Aoyamaが全国ツアーを開始している。すでに別府・熊本・福岡公演は終了しているが、8/10の大阪から9/21の名古屋まで、計11か所をめぐる予定。今回のツアーでは「euphonia」という話題のミキサーを使用、会場や状況によってはワークショップも実施されるそうだ。詳しくは下記より。

Midori Aoyama、新ロータリーミキサー "euphonia" と共に14か所を巡る夏の全国ツアー【TSUBAKI fm presents Midori Aoyama Japan tour 2024 supported by OTAIRECORD】をスタート!

国内外で活躍するDJ/プロデューサーのMidori Aoyamaが、新ロータリーミキサー "euphonia" と共に14か所を巡る全国ツアー【TSUBAKI fm presents Midori Aoyama Japan tour 2024 supported by OTAIRECORD】をスタートする。
初日7月26日の別府・CREOLE CAFEを皮切りに、7月〜9月末まで熊本・福岡・大阪・京都・富山・加賀・白馬・新潟・広島・岡山・藤沢・名古屋と全国のクラブやミュージックバーなど計14か所を周り、イベントを開催。
今回ツアーで使用するのは、AlphaThetaの新ロータリーミキサー "euphonia"。会場の状況やイベントの内容によってチュートリアルやワークショップも実施予定。

是非この機会に新ロータリーミキサー "euphonia" の魅力とハウスを軸に、新旧問わずあらゆるジャンルを独特のセンスとスキルでクロスオーバーさせていくMidori Aoyamaのパフォーマンスを体感して欲しい。

TSUBAKI fm presents Midori Aoyama Japan tour 2024 supported by OTAIRECORD

7/26(金) 別府 CREOLE CAFE
7/27(土) 熊本 Mellow Mellow
7/28(日) 福岡 Kieth Flack
8/10(土) 大阪 BAR Inc
8/11(日) 京都 Metro
8/12(月) 京都 NOHGA HOTEL KIYOMIZU KYOTO
8/16(金) 富山 NEWPORT
8/17(土) 黑崎海水浴場 (Kurosaki Beach)
8/23(金) 白馬 Concrete
8/24(土) 新潟 meme studio
8/30(金) 広島 音楽食堂 ONDO
8/31(土) 岡山 PINE&SONS
9/6(金) 藤沢 chillout酒場 常夏
9/21(土) 名古屋 Normal

interview with Fat Dog - ele-king

 サウス・ロンドンのカオスを生み出すバンド、ファット・ドッグのエネルギーは本当に凄まじいものがある。暗く激しく、それでいてユーモラスなエネルギーがぐるぐるぐるぐると渦を巻くようにして迫ってくる。その熱に触れてみたいと手を伸ばしたくなるような、彼らの音楽を聞いているとふつふつとそんな思いが湧き上がってくる。ファット・ホワイト・ファミリーの邪悪なユーモア、HMLTDの大仰なロマン、ヴァイアグラ・ボーイズの人を食ったようなふてぶてしさ、PVAのネオンの明かり、それら全てを彷彿させながらそれらのどれとも似ないカオスを生み出すバンド、ヤバいという言葉がこんなにも似合うバンドはなかなかないだろう。
 ファット・ドッグは2020年のロックダウンのさなか、中心メンバー、ジョー・ラヴの部屋で生まれた。彼は抑圧された心、そうして身体を解放するかのようにひとりエレクトリックでハードな曲を作り続けた。それは彼が以前所属していたポスト・パンク・サウンドのバンドDREXXELS(Peeping Drexels)とはかけ離れたもので、しかし同じように、あるいはそれ以上に、ライヴの熱を求めたのだ。
 制限が解除され、サウス・ロンドンのライヴ・ハウス、ウィンドミルで他のバンドをやっていたメンバーが出会い、そうして部屋の中のアイデアが具現化され身体を持った。エネルギーに名前が与えられ、サウンドは夜を重ねるごとに熱を帯び、飢えた獣の身体は肥大化していく。「サックスをバンドに入れないこと」。ジョー・ラヴが最初に立てた誓いはあっという間に破られて、やがてサックス奏者のモーガン・ウォレスが加入した。そしてその音がファット・ドッグにさらなる熱をもたらしたのだ。サックスをプレイしている意識ではなく音のレイヤーのひとつを加えるという感覚だとそう彼女は言うが、そのレイヤーはバンドの中でなくてはならないものなった。
 長らく正式な音源が1曲もなかったという状況の中、彼らはライヴを重ねファンベースを拡大していく。そうしてそれが騒ぎになって、曲をリリースしていないにもかかわらずスポーツ・チーム、ヴァイアグラ・ボーイズ、ヤードアクトのサポートに抜擢された。そこで目撃した観客が彼らを知って、それを広めて……そうやってまた口から口に評判が広がっていく。それは古き良きバンドの成功物語を思い起こさせ、同時にSNSを通し熱が伝わる現代の渦を感じさせもする。

 そんな彼らが〈Domino〉と契約を果たし曲をリリースしたのが去年、23年のこと。それから1年、2024年9月6日についに1stアルバム『WOOF.』がリリースされる。さらにはなんと12月に大阪、名古屋、東京で来日公演がおこなわれるというのだ(インタヴュー後に正式にツアーの発表がなされた)。アルバムにそしてライヴ、ここに来てさらにギアを上げるファット・ドッグ。デビュー・アルバムのリリースを前にサックスのモーガンと鍵盤奏者のクリス・ヒューズにこのカオスを生むバンドについて話を聞いた。あるいはふたりの目を通し完璧主義者だという創始者ジョー・ラヴの感性が見えてくるようなそんなインタヴューにもなっているかもしれない。それにしても何かがはじまりそうな、ヤバい匂いがプンプンだ。

人間がどんなに壊れていても、アイデアそのものは生き残ることができる、って彼は言いたかったんだと思う。(M)

日本のインタヴューは初めてなので、まず最初にメンバーの紹介をお願いします。

モーガン・ウォレス(Morgan Wallace、以下MW):私はサックスとキーボード担当で、クリスがキーボードとシンセサイザー担当、ジョー・ラヴがヴォーカルとギター、ジャッキー・ウィーラーがベース、ジョニー・ハッチンソンがドラムス担当ね。

ファット・ドッグはどんな経緯で結成されたのでしょうか? メンバーはそれ以前からバンド活動などしていたのでしょうか? ジョー・ラヴはPeeping Drexelsにいましたよね?

MW:そうそう。ジョーはPeeping Drexelsにいて、他のメンバーも全員ロンドンでなんらかのバンドをやっていて。みんなそれぞれ違うバンドでプレイしてたんだけど、ウィンドミルでギグをやることが多かったから、それで知り合ったという感じ。このバンドは、ジョーがロックダウン中の2020年に結成した。他の多くのミュージシャンと同じように彼も外の世界でやることが何もなくなってしまったから、曲作りに没頭するようになったんじゃないかな。ロックダウンの間、自分のベッドルームで楽曲の核となるエレクトロニックなパートを作曲するようになって、それで規制が少し緩和されるようになってから、ミュージシャンを集めてバンド活動をはじめて。エレクトロ・ミュージックをベースに、そこに私たちの音が乗っていったという感じかな。そこから彼がさらに楽器を増やして、で、ライヴをやるようになったみたいな流れ。何年もの間、生の音楽に触れてこなかったから、みんなが求めているものはライヴなんだって思ったっていうのもあって。ライヴ限定のバンドという感じではじまったのはすごく良かったと思う。少しずつバンド活動に対する意識も変わってきてはいるけどね。

ファット・ドッグというバンド名はどのように決めたのでしょうか? アルバムの最後に名前とひっかけたような「人間を殺すことはできても犬を殺すことはできない」という言葉が出てきますが、活動をしていくうちに「Dog」という言葉になにか特別なニュアンスが出てきたということはありますか?

MW:ジョーが考えたバンド名だからな。でもウィンドミルでのギグが決まったときに、ブッカーのティム・ペリーが彼に「ポスターにバンド名を書きたいんだけど、なんて書けばいい?」って訊いて、それで急いでキャッチーな名前を考えなくちゃならなくなったって話があって。だからたぶん名前に深い意味はないと思う。バンド名について、少し前にジョーと話し合ったことがあるんだけど、ふたりとも2音節の名前がキャッチーでバンド名としてはすごく良いよね、って言ってて。でも、私たちの評価を通して、バンド名にも少し意味が出てきたような気がする。あのフレーズはシンセ・プレーヤーのクリスが書いたんだけど、クリスはサヴァイヴァル能力に長けているから、人間がどんなに壊れていても、アイデアそのものは生き残ることができる、って彼は言いたかったんだと思う。ツアー中はどんなに寝不足でも、どれだけたくさんの飛行機に乗らなきゃいけないとしても、ステージで生きるための術を私たちは学ぶことができるから。そういう意味が込められているんじゃないかな。

いまはもちろん重要なアクセントになっているかと思いますが、結成当初作ったルールに「音楽にサックスを持ち込まないこと」というのがあったという話があります。これは21年当時大流行していたウィンドミル・シーンのポスト・パンク・バンドへのカウンターを意識したものだったのでしょうか?

MW:そういう意味もあったかもね。ジョーが前にやっていた Peeping Drexels はポスト・パンク・バンドだったから。彼がファット・ドッグの音楽を作りはじめたときはひとりでコンピュータで作っていたんだけど、以前のバンドとは対極にあるようなサウンドで。いわゆるダンス・ミュージック。ダンサブルなサウンドで、とにかくみんなを踊らせたいっていう欲望があった。もちろん私はサックス・プレイヤーだから、彼の意見には同意しかねるけど、サックスを取り入れたポスト・パンク・バンドがたくさん存在していたのはそうだったと思う。たしかにサックスを入れることで、目新しさを感じるからね。それに対し私のファット・ドッグでの役割について言うと、いわゆる普通のサックスを吹いていないということ。私はジャズ・ミュージシャンで、ときどきジャズも演奏しているけど、そういうものとファット・ドッグとでは全く異なるプレイの仕方をしているから。私だけじゃなくて全員が自分の楽器が目立つような演奏をなるべく避けるようにしている。私たちが目指すのは全体としてまとまりのあるサウンドだから。それぞれの楽器はひとつのレイヤーに過ぎないというか。そんな感じだから、私はサックスをプレイしているという意識はしてない。自分が出す音はあくまでもレイヤーのひとつであってとてもリズミックなサウンドだから。アルバムにしても、サックスというよりもエフェクトやレイヤーのひとつという感覚でプレイしているし。それが効果的に使われているみたいな。いわゆる目新しくて目立つようなサックスではなくて、ものすごい大音量で爆発する音だったり、抑えめのトーンで淡々と演奏したり。いわゆるステレオタイプなサックスではないと思うけど、それでもジョーが言ったことは承服しかねるかな(笑)。

以前はジャズ・バンドにいたんですか?

MW:大学でジャズを勉強して、いくつかのジャズ・バンドに参加していたけど、その他にもいろいろやってた。ファット・ドッグ以前にもジャズではないバンドもやってたし。ただサックス・ソロを吹きたくてこのバンドに参加したというわけではなくて。

(ここでクリスが入ってくる)

いまちょうどファット・ドッグ以前にも音楽をやっていたのかどうか訊いていたところだったのですが、クリスはどうですか?

クリス・ヒューズ(Chris Hughes、以下CH):モーガンほどの器じゃないけど、僕もクラシックとジャズが好きで育ったんだ。それに、ダブル・ベースもプレイしていたね。高校を卒業して昔からの友人たちとバンドを組んだりしたけど、本当にゴミみたいなバンドだったよ。みんなが好き勝手にソロを弾きたがるようなバンドで、クソみたいなサウンドだった(笑)。ファット・ドッグに加入するまでは音楽業界みたいなものには全然縁がなくて。まぁいまでもこういう環境には全然慣れないけどね。すごく変な気分だよ。ずっと大規模なオーケストラやビッグ・バンドで演奏していたから、6人組の、言ってみればポップ・バンドでプレイするのは本当にそれとは全く違う経験なんだ。ギグをやることにしろ、他のバンドとの奇妙な競争みたいなものにしろ、ビッグ・バンドにいるときとはまるで違う。すごく変な気分だよ。

私のファット・ドッグでの役割について言うと、いわゆる普通のサックスを吹いていないということ。私はジャズ・ミュージシャンで、ときどきジャズも演奏しているけど、そういうものとファット・ドッグとでは全く異なるプレイの仕方をしている。(M)

そんなサウス・ロンドン、ウィンドミル・シーンは、あなたたちの眼から見てどんなふうに映っていましたか?

MW:ウィンドミル・シーンにいたのは何年か前から去年くらいまでだから何とも言えないけど、私もクリスと同じで、音楽業界という世界でバンド活動をするのが初めてだから、パブ・ヴェニューでプレイすることについてよりもそっち方が大きいかも。たくさんツアーに出て、海外で演奏するって本当に信じられないような体験だから。それ以前には旅行にもほとんど行ったことがなかったし。少し前にオランダでインタヴューを受けたんだけど、そのときに「ファット・ドッグを一言で表すと?」って訊かれて。ジョーは “トラベル” って答えていたんだけど、私も同じことを声を大にして言いたい。私たちの視点から見ると、このバンドは “旅” そのもの。ウィンドミル・シーンを飛び出して、もっといろいろなところでたくさんのギグをやるようになった。ずっと旅をしている気分で、これまで触れることのなかったより多くの文化や世界に触れているから。

ファット・ドッグの音楽はシンセサイザーのネオンのきらめきが印象的で、ある種のいかがわしさがあり、モノクロ・サウンドのポスト・パンク・バンドとまったく違っていて新鮮に聞こえました。活動をする上で影響を受けたバンドは何かあったのでしょうか?

MW:クリスは誰を挙げる?

CH:曲によるかなぁ。それに、いろいろな曲の影響や要素をひとつの曲にたくさん詰め込んでいたりもするしね。大きなインスピレーションのひとつに、ScootaとThe Intergalactic Republic of Kongoを挙げられると思うけど。そのふたつは、ジョーが曲作りの上で大きな影響を受けていることは間違いないね。それに、映画や映画音楽にも多大な影響を受けているよ。

MW:レコードのヴァージョンは、つねにライヴ・ヴァージョンとは違っているからね。だから最初にレコーディングに入ったときはなんだか変な気分だった。ライヴとは全然違うものになるなと思ったから。でも、実際にアルバムを作ってみたらライヴとはまた違った良さがあることに気付いて。ストリングスとかレイヤーをたくさん重ねることの良さというか。そういうものはライヴのステージでは再現できないから。フルのストリング・オーケストラを入れる余裕はステージのサイズ的にも予算的にも不可能でしょ(笑)。

現行のバンドで共感しているようなバンドはいますか?

MW:Pink Eye Clubかな。すごく良いよ。男性のソロなんだけど、clubを名乗ってる(笑)。

CH:彼はすごく良いね。僕はGetdown Servicesっていうバンドがすごく好きなんだ。ブリストル出身の2人組で、とてもファンキーな音楽をやっているんだけど、歌詞がかなり攻めてて面白いよ。めちゃくちゃ良い人たちだし。彼らはとてもクールだね。自分たちにしかできない音楽をやっていて、まるで海みたいに毎回同サウンドが変化していく感じ。

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曲をリリースすることなく、死ぬほどたくさんギグをやってきたことで強固なファンベースを築くことができたんだと思うし、自分たちのコミュニティを築き上げることができたんだと思う。(C)

ファット・ドッグは曲を出す前から凄いバンドがいると評判になっていて、日本にいてもSNS上でのざわつき具合を感じられましたが、長らくの間正式な音源が1曲もありませんでした。それでYouTubeにあがっているライヴ動画を何度も見たりして。そういう状況はワクワクを感じるものでもあったのですが、長い間曲をリリースしなかったのはバンドの戦略的な部分もあったのでしょうか?

CH:まあ、ある程度は意識したところもあったと思うけど、完全に意図的なものだったとは思わないな。

MW:もちろんレコードのリリースに関してはつねに考えていたけど、最初の曲をリリースすることはかなりハードルが高かったかもね。特にジョーはかなりの完璧主義者だから。とにかく素晴らしいサウンドに仕上がるまで、焦るのはやめようというムードが漂っていて。それでしばらくレコーディングを試みていたんだけど、わずかなセクションのエディットにこだわりはじめたら止まらないというループに入ってしまって。とにかく完璧に仕上がるまでリリースするのは得策じゃないということになった。その一方でそういう考え方に深入りしない方がいいんじゃないかという思いもあったけどね。

そうだったんですね。端から見ているとこうした動きはバンドとして成功するために、まずサブスクリプション・サービスに曲をアップすること、プレイリストに載ることが大事だというようないまの風潮に一石を投じていたようにも感じられて。ライヴ活動でバンドが大きくなっていくという、ある種先祖返りしたような姿とSNSを通して噂が広がっていく現代的な要素のハイブリットみたいにも思えて。

MW:そういうもの(いまの風潮)からちょっと距離を置くことはいいんじゃないかという思いはあったかな。もちろん音楽業界に身を置いている限り完全に避けて通れるわけではないけど。でも売上とかそういう数字的なものは自分にとってはすごく不自然で、なんだか自分には関係ないものだと感じていて。自分たちのペースで曲をリリースしたいってね。だからアルバムをリリースするのはいまが最適と自分たちで感じたからじゃないかな。そういうものから少し距離を取っていられたのは良かったよね。

CH:そうだね。売上競争とか、本当に馬鹿らしいしそういうものに巻き込まれるのは変な気分だよ。でも、そんなふうに曲をリリースすることなく、死ぬほどたくさんギグをやってきたことで強固なファンベースを築くことができたんだと思うし、自分たちのコミュニティを築き上げることができたんだと思う。それって素晴らしいことだし、正しい戦略だったと僕は思うな。曲がリリースされていなければみんなが話題を作ってくれるし、ライヴに足を運んでくれているファンたちという基盤がないばっかりに、曲が埋もれてしまうということもないしね。リリースまでに300回でも400回でもギグをやっていれば、かなりの規模のファンベースを築けるし、ギグに足を運んでくれる人たちはきっとアルバムにしろ曲にしろきちんと聴いてくれると思うんだ。そうすることでまた注目を集めることもできるしね。

MW:それにそういう人たちは曲をより大切にしてくれると思う。多くの人たちが歌詞をすでに知っていたりするけど、ギグに来るにあたってもっとちゃんと歌詞を覚えてこなきゃって気にしてくれるでしょ。

CH:そうなんだよね。めちゃくちゃすごいことだよ。

そうした時期を経て〈Domino〉と契約したわけですが、〈Domino〉と契約した経緯について教えていただけないでしょうか?

CH:他には誰も僕たちと契約したいって言うレーベルがなかったから(笑)。他にも少し話をしたレーベルはあったんだけど、なんか70年代っぽい音楽をやりたいみたいな変なレーベルでさ。〈Domino〉は全然違っていて、もっと何か特別なものがあると感じたんだ。けっして大きなレーベルではないけど。もちろん、売れっ子のバンドもいくつか輩出しているけど、レコード会社としてはけっして大きくはないよね。それと〈Domino〉の社長のローレンスの存在も大きかったね。基本的に彼個人が好きなバンドと契約しているという。何度か僕たちのギグで彼を見かけたことがあるけど、ヘッドバンギングしてノリノリだったんだ。そういう個性があるし、〈Domino〉は他のレーベルに較べてすごく近しい感じがしたんだよ。一方で〈Island〉は偉大な伯父さんて感じで、〈Domino〉はお母さんって感じかな(笑)。

ロンドンのバンドでいうとソーリーやファット・ホワイト・ファミリーが〈Domino〉のバンドですか、レーベルについてどんな印象を持っていましたか?

CH:僕はもともと〈Domino〉所属のShirley Collingsとリチャード・ドーソンが大好きだったんだ。それにファット・ホワイト・ファミリーもね。たしか『Serfs Up!』が彼らが最初に〈Domino〉からリリースしたアルバムじゃなかったかな? この3組のショーは本当に素晴らしいよ。僕はクラシックなトライアド・フォークが大好きだから。Shirley Collinsにしろリチャード・ドーソンにしろ、トライアド・フォークをリヴァイヴァルさせるようなアプローチをしているんだ。それでいてかなりひねりが利いていて、すごく幅広いことをやっている。だから、その2組の印象がとても強いよ。

MW:私はソーリーがすごく好き。最新アルバムの大ファンで。一緒のレーベルに所属しているというのはとても嬉しい。それにベス・ギボンズもね。じつは彼女が〈Domino〉所属だって知らなかったんだけど、〈Domino〉の人と話しているときにその話題になって、「マジで! ゲストリストに入れて!」ってお願いしたの(笑)。それで〈Domino〉の人たちとバービカンでやったショーを観に行って。その2組と同じレーベルというのは嬉しかった。

聴く人がつねに憂鬱になるようなものはやりたくない。そういうものから抜け出せるようなものがやりたいんだ。(C)

曲についての質問もさせてください。あなたたちの音楽は、大仰でダークなエネルギーがあるのと同時に人を食ったようなユーモアがあって、それが新鮮でとてもワクワクさせられます。こうしたバランスは意識しているのでしょうか?

CH:いちばん大事なことは、この曲を100回演奏しても、それ以上演っても、そこに楽しみを見出せるような曲にするということかな。そこを一番に考えてる。でも良い曲にしたいのと同時にそうであって欲しくないとも思ってて。言葉で説明するのは難しいんだけど、耳当たりが良いだけじゃなくて、聴く人がクスッと笑えるようなところがある方が良いと思うんだよね。聴く人がつねに憂鬱になるようなものはやりたくない。そういうものから抜け出せるようなものがやりたいんだ。

MW:どの曲もすごく激しく畳みかける部分があるから、それを鎮めるような部分もないとね。いくつかの曲の歌詞は奇妙で抽象的なものを核に持っているけど、バンドとしてひとつにまとまっているということがいちばん大切なんじゃないかな。でも、そうね……私たちからしても面白いと思う言葉もいくつかあるし、ジョーがずっと同じ言葉を繰り返して全然終わらないこともあるし、いつも言うことが違うところもあるし。それが私たちにとっては本当におかしくて。そういうのを聴きながら演奏を続けるのは面白い。だから400回演奏してもいつも楽しいのかもね。

実際の曲作りは、スタジオでセッションしながら作っていく感じでしょうか? 何度かステージで演奏していくうちに完成していった曲などもありますか?

MW:ジョーが全ての曲のバッキング・トラックとエレクトロニックな部分を作っていて、各楽器のパートについてもいろいろとアイデアを持っているから、それを彼がリハーサルでコンピュータでプレイして、そこにそれぞれが肉付けしていく感じかな。初期のリハーサルはなかなかみんなで集まることができなかったんだけどね。自分たちの楽器についてはある程度のアイデアがあるから、みんなでいろいろと違ったものを持ち寄る感じ。ただジョーは横暴なところがあるから、彼がそれがふさわしくないと思えば、クソみたいなサウンドだな、ってはっきり言うけどね(笑)。みんなに完璧を求めるというか。

CH:唯一無二の視点を持っていつつ、全員の賛同は必要だけどね。

ジェームス・フォードとのレコーディングはどんな感じだったんですか?

MW:彼は〈Domino〉が薦めてくれたんじゃなかったかな。

CH:彼はアークティック・モンキーズとかとすでに一緒にやっていたからね。〈Domino〉からの信頼があった。それで、いくつかの曲のプロダクションをお願いしたんだよ。彼にやってもらって良かったよ。特にジョーの完璧主義が行き過ぎて、このままじゃアルバムを期日通りにリリースすることは不可能だ、下手したら何ヶ月も遅れるだろうってなったとき、軌道修正してくれる存在だったのが大きいね。ジョーに対して客観的な意見を述べることのできる存在だったというか。ジョーがスタジオに籠もってもう何週間も同じところにこだわりはじめておかしくなっていたときに「もうそろそろ次のパートに移ろうか」って言ってくれたり。ジョーの扱いに長けていたのはきっと彼の経験がものを言ったんだろうね。

MW:ジョーが言ってたんだけど、YouTubeで「In the Studio」とかっていうシリーズを観たらしいの。詳しくは覚えてないんだけど、それのジェームス・フォードの回を観て。それまで彼のことは知らなかったんだけど彼がプロデューサーを務めたものを観たんだって。それで実際に彼と一緒にプロダクションの仕事をしてみて、セカンド・アルバムを自分でプロデュースするための全ての技術を学んだって言ってた。だから自分たちでプロデュースすることのある一定の楽しさみたいなものが身についたのかもしれない。

改めてライヴについての話を聞かせて欲しいのですが、ファット・ドッグのライヴは画面を通してでもわかるくらいの凄まじいエネルギーを感じます。見ている人が口々に「ヤバい」と言うような狂乱やカオスがあって。バンドにとってライヴとはどのようなものなのでしょうか?

MW:私たちはいつも、110パーセントの力を出そうって言ってる。もちろん、何週間もツアーに出ていると、それを毎晩こなすというのはときどきとても大変だと感じるけどね。面白いのは、それぞれのメンバーがライヴについて独自の主観を持っているところ。何度もステージに立っていると、あるメンバーは今日のパフォーマンスは全然良くなかったと感じている一方で、他のメンバーは今日の出来は最高だった、って感じていたりすることがあって。けどそれも結局はどれだけのエネルギーを込められるかってことだと思う。パフォーマンスに関して自分でどうしても厳しくジャッジしてしまうから。私個人に関してはジョーがヴォーカルでガンガン攻めてくるようなときには、ステージ上でただ隣に立っているように見えてもじつは彼以上にガンガン攻めているってことが多いかもしれない。もし音楽が大音量で、胸に響くような鼓動を感じられたら、そんな状態になっているかも。私たちはみんな、いまでもそういうものを気持ち的にも、肉体的にも求めているんだと思う。私はサックス・プレイヤーだからそんな姿勢なのかもしれないけど、音楽を全身で感じていて。大音量でベースが胸に鳴り響いていく感じがして、それに自分も呼応していくみたいな。全身を使って演奏している。全身と、全脳の体験という感じかな。こんなサウンドにしようなんて、頭では全然考えていない。

いままでで印象に残っているライヴはどのようなものがありますか?

CH:Wide Awake(Festival, London)はかなりクレイジーだったね・

MW:Electric(Brixton, London)のショーもね。

もうライヴを見たくてたまらないという状態なのですが、先日、東京で「JAPAN TOUR」と書かれたあなたたちのポスターをちらっと見かける機会があって……日本でのライヴを期待してしまってもいいでしょうか?

CH:期待してくれても良いと思うよ。まだ決定かどうかはわからないんだけど、ある程度は決まっているんじゃないかな。

MW:私も早速予定表に入れたけど、どうなるのかな。

CH:僕も予定表に入れたよ。でも、実現するかどうかはまだわからないにしても、日本に行ける可能性があるなんてすごくクレイジーだよ。信じられなくてまだ頬をつねってるくらい。ものすごく楽しみにしてるんだ。

FAT DOG JAPAN TOUR
SUPPORT ACT: bed

OSAKA - 12.02 (MON) Yogibo META VALLEY
NAGOYA - 12.03 (TUE) CLUB QUATTRO
TOKYO - 12.04 (WED) LIQUIDROOM

OPEN 18:00 / START 19:00
前売: 7,200円(税込 / 別途1ドリンク代 / オールスタンディング) ※未就学児童入場不可
INFO: WWW.BEATINK.COM

チケット詳細

先行発売:
BEATINK主催者WEB先行: 7/24(wed)10:00
イープラス・プレイガイド最速先行受付: 7/30(tue)10:00~8/5(mon)23:59

[東京]
イープラス・プレオーダー: 8/6(tue)10:00~8/14(wed)23:59
LAWSONプレリクエスト: 8/6(tue)~8/12(mon)23:59
[大阪]
イープラス・プレオーダー、ぴあプレリザーブ 、LAWSONプレリクエスト:
[名古屋]
QUATTRO WEB先行、イープラス・プレオーダー、ぴあプレリザーブ、LAWSONプレリクエスト: 8/6(tue)12:00~8/12(mon)23:59

一般発売:8月23日(金)10:00~
[東京]
イープラス
LAWSON TICKET (L:72320)
BEATINK
INFO: BEATINK 03-5768-1277

[大阪]
イープラス
チケットぴあ
LAWSON TICKET
BEATINK
INFO: SMASH WEST 06-6535-5569

[名古屋]
イープラス
チケットぴあ ※電子チケット(MOALA)、
LAWSON TICKET
BEATINK

INFO: 名古屋クラブクアトロ 052-264-8211

7月のジャズ - ele-king

 先月は南アフリカ共和国から生み出されたジャズ・アルバムを2枚紹介したが、リンダ・シカカネも南アフリカのダーバン近郊のウムラジ・タウンシップ出身のサックス奏者。


Linda Sikhakhane
iLadi

Blue Note / Universal Music South Africa

 10歳の頃から音楽スクールに通い、大学入学後は音楽理論や作曲などについても習得してきた。南アフリカのミュージシャンや訪れたミュージシャンたちとの共演を経て、2016年には海外留学の奨学金を獲得。2017年にニューヨークのニュースクール大学に入学し、ビリー・ハーパー、デヴィッド・シュニッター、レジー・ワークマン、チャールズ・トリヴァーに師事している。ビリー・ハーパー、デヴィッド・シュニッターは1970年代を代表する名サックス奏者で、特にハーパーはジョン・コルトレーンの後継者的な奏者として注目を浴びた。彼のファースト・アルバムはチャールズ・トリヴァーとスタンリー・カウエルが創設した〈ストラタ・イースト〉からリリースされ、そのときのベースはレジー・ワークマンだった。そうした面々の教えを受けたリンダ・シカカネもコルトレーンの系譜に繋がるサックス奏者と言える。
 同年にはファースト・アルバムの『Two Sides, One Mirror』を自主制作で発表するが、このプロデューサーは先月紹介したンドゥドゥゾ・マカティーニである。そして、ニュースクールの卒業リサイタルの模様を収録したライヴ録音の『An Open Dialogue』(2020年)にも、マカティーニはヴォーカルで参加。マカティーニ以外にもニューヨークで活動する南アフリカ出身のミュージシャンがサポートしていた。

 プロとなってからの第1作『Isambulo』(2022年)もマカティーニによる共同プロデュースで、リンダ・シカカネにとって彼は欠かせないミュージシャンというか、一種のメンター的な存在なのだろう。呪術師や祈祷師でもあるマカティーニから、音楽以外にも宗教や哲学などの影響を多大に受けているようだ。南アフリカのズールー族によるズールー語で啓示という意味の『Isambulo』について、シカカネ自身も「スピリチュアルな体験」と述べている。
 それから2年後の新作『Iladi』もマカティーニがプロデュースとピアノを担当する。シカカネは『Iladi』について、ズールー族の伝統や彼の生い立ちから導かれた儀式であり、アフリカのさまざまな文化的知識に裏付けされたものであると述べる。このアルバムはその儀式を音で表現したもので、彼が人生の旅において得てきたもの、学んできたことに対する感謝の意を表したものであると。マカティーニの端正なピアノをバックに、シカカネのテナー・サックスが魂の奥底からブロウするスピリチュアル・ジャズの “Influential Moments”、ダークなトーンで深く潜行していくようなミステリアスなモーダル・ジャズの “iGosa”、アラビックな旋律のポスト・コルトレーン的なナンバーの “Ukukhushulwa” と、マカティーニの『Unomkhubulwane』と対で聴きたいアルバムだ。


Forest Law
Zero

Les Disques Bongo Joe / Total Refreshment Centre

 フォレスト・ロウことアレックス・バークは、エセックス出身でロンドンを拠点に活動するマルチ・アーティスト。DJ/プロデューサーのエサ・ウィリアムズ率いるアフロ・シンセ・バンドというブラジリアン・ブギー・バンドや、ハハ・サウンズ・コレクティヴというポップ・ロック・バンドでも活動している。最初はジャイルス・ピーターソンのコンピ・シリーズ『Future Bublers』に収録されたことで注目され、〈ブラウンズウッド・レコーディングス〉からデビューEPの「Forest Law」を2020年にリリース。このEPにはエサ・ウィリアムズも参加していて、アフリカ、ブラジル、ラテン系のプリミティヴなサウンドと、ニューウェイヴやポスト・パンクを通過したディスコ・ダブをミックスしたユニークな作品となっていた。
 それから数年を経て、突如登場したのがデビュー・アルバムの『Zero』である。この数年、フォレスト・ロウはロンドンのトータル・リフレシュメント・センターでライヴやセッションなどをやってきたようで、この『Zero』のリリース元にも絡んでいる。YouTubeではトータル・リフレシュメント・センターでのライヴ・セッションの様子を見ることができるのだが、バンド・メンバーはギターとヴォーカルのフォレスト・ロウ以下、アーサー・サハス(フルート、パーカッション、シンセ、エレクトロニクス)、アンジー・プラサンティ(ベース)、イーノ・インワン(パーカッション、エレクトロニクス)、モモコ・ジル(ドラムス)というラインナップで、ほぼこのメンバーで『Zero』も録音しているようだ。

 先行シングルとなった “Ooo, I” はEPでもやっていたアフロ・ブラジリアン系のディスコ・ダブで、エサ・ウィリアムズ・アフロ・シンセ・バンドにも共通するテイスト(エサ・ウィリアムズ・アフロ・シンセ・バンドやハハ・サウンズ・コレクティヴもメンバー的には被る部分もある)。オランダのニック・マウスコヴィッチ・ダンス・バンドあたりに通じるところもあるが、全体的にはフォレスト・ロウの方がよりバレアリックな雰囲気が強い。ボヘミアのジプシー音楽的なダンス・グルーヴの “Niceties”、フルートとコーラスがミステリアスな雰囲気を誘うアフロ・ブラジリアンの “Difficulties”、土着的なアフロ・ブラジリアンとブロークンビーツをミックスしたような “Parece” など、世界各地の民俗音楽や伝承音楽をポップ・ミュージックと巧みに融合した世界を展開している。


Bryony Jarman-Pinto
Below Dawn

Tru Thoughts

 シンガー・ソングライターのブライオニー・ジャーマン・ピントは、ロンドン生まれで幼少期は英国北西部のカンブリア州で育った。ケルティック・バンドのバカ・ビヨンドなどで活動したベーシストのマーカス・ピントを父に持ち、ケルト音楽や英国トラッドから派生したブリティッシュ・フォークと、ソウルやジャズがミックスした音楽性を持つ。ソロ・デビュー前はマシュー・ハルソールとゴンドワナ・オーケストラや、トム・リアのヴェルカなど、マンチェスター方面でも客演してきた。トム・リアとはカンブリア州のペンリスにあるブルージャム・アーツという音楽スクールで共に学んできた仲間だ。ファースト・アルバムは2019年の『Cage And Aviary』で、これまで数々のコラボをしてきたトム・リアが共同プロデュースを担当。ムーンチャイルドのようなジャジーなネオ・ソウルのマナーを取り入れつつも、UK独自のソウルやクラブ・サウンドのエッセンスも取り入れ、何よりもそのアコースティックな肌触りはリアン・ラ・ハヴァスあたりに共通するものだった。

 その後、ジャイルス・ピーターソン主催の「ウィ・アウト・ヒア・フェスティヴァル」への出演があり、待望のセカンド・アルバム『Below Dawn』がリリースされた。パンデミック初期に制作がスタートしたというアルバムで、そうした社会の変化の中で自身も妊娠・出産を体験し、母となった。夜明け前を意味するタイトル『Below Dawn』についてブライオニーは、「このアルバムは、私が出産し、新しい世界に踏み出す直前の自分自身について語っている」と述べている。そして、プロデュースがノスタルジア77のベン・ラムディンが手掛けることもあり、サウンド的には前作以上にジャズの要素が増している。演奏メンバーもそのノスタルジア77のロス・スタンレー(キーボード)ほか、現代のロンドン・ジャズのキーパーソンのひとりであるトム・ハーバート(ベース)、アフロ・ジャズ・バンドのワージュのメンバーであるタル・ジョーンズ(ギター)などが参加。かつてのリチャード・エヴァンスを思わせるベン・ラムディンのストリングス・アレンジが冴える “Moving Forward” がその代表で、中間部のトランペット・ソロも含めて、ブライオニーの歌と共にバックの演奏も聴きどころが多い。“Deep” でのロス・スタンレーのエレピ演奏もそのひとつ。ルタ・シポラによるミステリアスなフルートがフィーチャーされた “Willow” は、ジャズ・スタンダードである “Willow Weep For Me” を下敷きとしている。ジャズ・シンガーとしてのブライオニーの艶やかさ、気品が伝わってくるナンバーだ。 そして、“Leap” でのジャジーなスキャット、“O” でのフルートと結びついた情感に満ちた歌、フォーキーなムードの “Feel Those Things” でのアーシーな力強さをまとった歌と、さまざまな表情を見せてくれるアルバムだ。


Ahmed Malek
Musique Originale De Films: Deuxième Tome

Habibi Funk

 最後に復刻物を紹介したい。アルジェリア出身の作曲家/ミュージシャンで、1970年代から1980年代にかけて数々のサントラを残したアーメド・マレック。アルジェリア放送局でテレビやラジオの音楽を制作し、映画やドキュメンタリーなどにも彼の音楽は用いられた。伝統的なアルジェリアの音楽と、西洋のジャズやファンクを融合し、またシンセをはじめとした新しい楽器やテクノロジーを取り込むことにも貪欲だったマレックは、アルジェリアのエンニオ・モリコーネとも呼ばれた。キューバやフランスでおこなわれた音楽祭にも参加するなど国際交流にも積極的で、2008年の没後以降は再評価が進み、2019年と2021年はアルジェ国立現代美術館で回顧展が開催された。彼のサントラやレコードはアルジェリア国内のみの流通で、また非英語圏の音楽であるためにこれまでほとんど聴く機会はなかったが、2016年頃よりドイツの〈ハビビ・ファンク〉が彼の作品のアーカイヴ化を進めている。『Musique Originale De Films: Deuxième Tome』もそうした1枚だ。

 “La La La” はブラックスプロイテーション風のジャズ・ファンクで、年代的には1970年代中盤頃の作品だろう。スリリングなリズム・セクションとワウ・ギターはブラックスプロイテーションの定番だが、どこかアラビックなムードがアルジェリア音楽ならではである。そして、フルートのような音色のモーグ・シンセが用いられ、当時の先端技術を駆使した作品であることも読み取れる。

Seerkesinternational - ele-king

 そう、時代はDUB。先日、すばらしいアルバム『KINTSUGI SOUL STEPPERS』をリリースしたseekersinternationalが来日。東京公演ではMars89がTemple Ov Subsonic Youth名義でのライヴも披露。さらに先日USの〈Digital Sting〉より強力なアルバムをリリースしたばかりのG Version III、イベントを主催する〈Riddim Chango〉の1TA、Elementも出演。ぜひ、現在進行形のダブを体験して欲しい。

2024.08.10 FRI
OPEN/START23:30
Over 20 only・Photo ID required
20未満入場不可・要顔写真付ID

Riddim Chango presents GHOST DANCE

LINE UP>>>
LIVE:
Papa Cool Breeze from Seerkesinternational
Temple Ov Subsonic Youth a.k.a. Mars89

DJ:
G Version III
Element
1TA

artwork: Boram Momo Lee

ADV./DOORU23 ¥2,500 / ADV ¥3,000 / DOOR ¥3,500
TICKET: https://t.livepocket.jp/e/20240810wwwb

詳細: https://www-shibuya.jp/schedule/018076.php

Riddim Chango
https://riddimchango.bandcamp.com/
https://www.youtube.com/@riddimchango


nmnhn sp vol.4
8月13日(火曜日)
場所 SOCORE FACTORY
開演 19:00~

出演者
Papa Cool Breeze from Seekersinternational
1729
Element
yudayajazz
Nakam

ADV 3,000 (1D)
DOOR 3,000 (+1D)

https://socorefactory.com/schedule/2024/08/13/nmnhn-sp-vol-4/

水谷:そろそろVGA(VINYL GOES AROUND)でコンピレーションでも作ろうという話になったのって去年(2023年)の秋くらいでしたね。

山崎:VGAはレアグルーヴのイメージが強いという事もあって、いろいろ案を出しあった結果、「アンビエント・ブームへのレアグルーヴからの回答」というコンセプトができて取りかからせて頂きました。

水谷:一概には言えないのですが直球の70年代ソウルが今の時代にフィットしないような感覚があり、また思った以上にスピリチュアル・ジャズが盛り上がっている背景もあったので、その辺にカテゴライズされているものを中心に静かな楽曲をアンビエント的な解釈でコンパイルするのは面白いかもねというのが当初の話でした。そもそもアンビエントの定義とは何なのでしょうか?

山崎:ブライアン・イーノが提唱した「環境に溶け込む、興味深くかつ無視できる音楽」というのが定説ですが、境界線は曖昧ですね。90年代に流行したヒップホップやR&B、アシッドジャズのルーツにはレアグルーヴ的なサウンドがあったのに対し、テクノやハウスのルーツにはアンビエントやニュー・ウェイヴ、プログレッシヴ・ロックがあって、当時のレコード店にはテクノと同じ棚にアンビエント系も並んだりしていました。僕はそのあたりからアンビエントに興味を持ち始めました。

水谷:近年のアンビエント・ブームはどのような経緯で生まれたのでしょうか?

山崎: 今の世界的なアンビエント・ブームは80年代の日本の環境音楽やニューエイジが中心となっています。日本ではハウス系の文脈からバレアリックやイタロ/コズミック系に流れた人たちが2010年以降に開拓していったように思いますが、しかし90年代は、クラブミュージック界隈では誰もこの辺に興味を持っていなかったように思います。時代とともに価値観が逆転した感じですね。

水谷:今回のコンピレーションはその流れとも少し外れているように思いましたが、具体的にはどのような意図で選曲をしていったのですか?

山崎:まずコンピレーションの意義みたいなものを考えてイメージを膨らませました。僕が20代の頃(80〜90年代)によく聴いていたのは主に70年代のソウルやファンク、ジャズのいわゆるレアグルーヴ系のコンピレーションで、当時は知らなかった曲の発見に加えて、収録曲の完成度が高くてリスニング体験がとても豊かでした。でも2000年代を過ぎたあたりから発掘ネタも出尽くしてきて、様々なコンピレーションが重箱の隅を突くようになりどんどんクオリティーも下がっていきました。

水谷:レアグルーヴの視点でいうと欧米の主要な楽曲の発掘は2000年代で枯渇したように思われます。2000年代中盤に差し掛かると収録ネタのターゲットは辺境系にいきました。購買層もどんどんマニアックな人たちになっていき、それはコア層にとっては新鮮でしたが、いま、2024年に振り返ってみても一般的なスタンダードにならなかった曲が多かった気がします。

山崎:一方、同時期にレアグルーヴ系以外でよく聴いていたコンピレーションは、1994年にリリースされた『Café Del Mar』や1996年にリリースされた『Ocean Of Sound』で、前者は当時、イビザ島のカフェをテーマにしていてそこでレギュラーDJをしていたホセ・パディーヤが選曲をしているもの。後者はブライアン・イーノが設立したレーベル、Obscureからもアルバムをリリースするアンビエント/エクスペリメンタル・シーンのパイオニア、 デヴィッド・トゥープによるものなのですが、どちらもジャンルの深掘りというよりは、ジャンルも年代も広い範囲で捉えられていて、テーマにそって演出された選曲が斬新でした。

 それで散々アンビエント系のコンピレーションが出ている今、若いアナログ購入者層に向けるべきなのは、レアな曲を中心にセレクトするのではなく、定番もおさえた上でサブスクのプレイリストでは感じることのできないアナログの体験ができるようなコンピレーションではないか思いまして、また80年代アンビエント発掘系のMUSIC FROM MEMORYや、LITAの『環境音楽』とも違った方向性にしたかったので、『Café Del Mar』や『Ocean Of Sound』を意識し、テーマを決めて様々なカテゴリーから選曲する方向へとシフトしました。テーマは夜の部屋から望む月です。

水谷:どうして月なのでしょうか?

山崎:単純な理由なのですが去年、たまたまストロベリー・ムーン(毎年6月に見られる赤い満月のこと)に遭遇したんですね。海の水平線上に、これまで見たことのないくらい赤くて異様な感じで妖艶な光を放っていました。その時に撮った写真をジャケットにしたいという思いがありまして、実際に使わせていただきました。

水谷:このジャケットは秀逸ですね。なんとも言えない存在感を感じます。それとこの三角の帯、『ORIGAMI』もいい感じになりましたね。

山崎:この帯は水谷さんと一緒に考案させていただきましたが、通常の縦の帯はジャケットのアートワークの大事な部分を隠してしまうこともある。この帯はそんな時にいいですね。

水谷:ただ日本盤の帯って良くできていて、縦にドーンっとカタカナが入っている感じは外国人も好きですし、あの存在感が購買意欲に直結する感じもあります。なので『ORIGAMI』は今後もケースバイケースで使っていきたいなと考えています。

山崎:では曲を追っていきたいと思います。

水谷:1曲目はP-VINEのアーティスト、yanacoですね。最近はマイアミのシンガーソングライター、カミラ・カベロにサンプリングされたり、配信サービスのチャート常連になっている新進気鋭の日本人アーティストです。

山崎:この「Arriving」は最初に聴いたとき、ピアノのフレーズが綺麗で心に染みる感じがアルバムの導入にふさわしいと思い、すぐに1曲目にさせてもらおうと決めました。

水谷:yanacoはデモテープをP-VINEに送ってきてくれたアーティストの一人なのですが、アンビエント作品のデモテープって今、とても多いんですよ。語弊を恐れずに言うとアンビエントっぽい曲って簡単に作れてしまう。そういう事情もあってなのか、たくさんアンビエントのデモが送られてくるのですが、yanacoには他のアーティストとは明らかな違いを感じたんです。その違い何だったのか明確にはわからないのですが、アンビエントって冷たい曲が多い中、yanacoには不思議な温かみを感じたのも理由の一つで、彼が唯一リリースに繋がったアーティストです。

山崎:直感に触れてくるような親しみのある感じはとても良いですね。適度な緊張感を保っているので自然体で聴けます。今回、ジャンル特有の難解さはあえて避けましたのでフィットしました。
続いて2曲目にはフランスの黒人ピアニスト、Chassolの「Wersailles (Planeur)」です。

水谷:ピアノの流れが続きますが、遠い景観をイメージするようなゆったりしたyanacoの曲から疾走感のあるこの曲への繋がりがまるで映画のシーンが変わるようですね。

山崎:実際、この曲は『わたしは最悪。』という2021年のフランス映画で使われていて、主人公の女性が明け方に街を彷徨するシーンにマッチしていました。この映画では他にもArmad JamalやCymandeが使用されていて監督に同世代感を感じました。調べたらそのヨアキム・トリアー監督は1974年生まれでした。

水谷:ピアノがエモくていいですね。情景が浮かびます。Chassolはどういうアーティストなのでしょうか?

山崎:2015年に恵比寿のリキッドルームでモントルー・ジャズ・フェスティバルが開催されてそこでLIVEを初めて観ました。映像を使ったライブをする人なのですが、鳥のさえずりや人の会話の映像に演奏をかぶせていき、ピアノやドラムと映像がどんどんシンクロしいていってそれが少しずつ音楽に変わっていく。今まで観たことがない貴重な体験でした。その後、すっかりChassolのファンになってレコードを買うようになりました。良い曲が多いので今回、候補曲を絞るのが難しかったです。
次の3曲目はBrian Bennett & Alan Hawkshaw の「Alto Glide」です。

水谷:これはUK老舗のKPMというライブラリー音源ですね。やっぱりヨーロッパな感じがします。いつもUSの真っ黒な曲ばっかり聴いていても疲れちゃいますから、たまにはこういう洒落た曲を聴きたくなるので、僕も昔はフランスのEditions Montparnasse 2000とかをよく集めました。この「Alto Glide」は跳ねた感じのビートと浮遊感のあるシンセサイザーが気持ち良いですね。片割れのBrian Bennett の『Voyage』というライブラリー・アルバムを知っていますが、そこに収録の「Solstice」も、 ドープでゆったりとしたシンセ・ファンクでいい曲です。

山崎:KPMのライブラリー音源はイタリア系よりも70年代臭すぎず洗練された曲が多いです。John Cameronの「Half Forgotten Daydreams」とかKeith Mansfield「Morning Broadway」などは有名なレア・グルーヴ・クラシックでもあります。

水谷:今回、100%アンビエントにこだわっていないとは思いますが、これはビートが強いのでアンビエントとは言えない感じですね。

山崎:すでに3曲目でアンビエント色から外れてしまうというのもどうかとは思いましたが、緩急をつけることで曲それぞれが生きてくる感じを前半から作りたかったです。そして次につなげる橋渡し的な役割でもありました。

水谷:で、次がSven WunderのLP未収録の7インチ・オンリーの曲「Harmonica and....」ですね。

山崎:Sven Wunderは近年、人気が急上昇しています。この曲は彼の楽曲の中でも人気の高い曲で、7インチは最近では2万円くらいまで上がっています。また先日も、タイラー・ザ・クリエイターのアパレル・ブランドle FLEURのPV挿入曲としても使われていました。今回のコンピレーションの中ではある意味いちばん華やかな曲ですね。

水谷:しっかりとした音ですよね。こういうビートに豪華なストリングスが入るとDavid Axelrodを思い出しますが、その現代版と言ってもいいかもしれません。

山崎:David Axelrodは当時の最高峰のレコーディング環境とスタジオ・ミュージシャンを使っていますからね。で、あのサウンドをあの時代にやっていた。僕らにとってはもう神のような存在ですが、Sven Wunderもそこに追走していてかなり頑張っていると思います。

水谷:次はテキサスのアンビエント作家、Dittoです。ここで初めて80年代ニューエイジ・サウンド的なシンセサイザーの音色がでてきました。

山崎:なぜテキサスでこういう音楽をやっていたのかが謎な人です。これはビートがしっかり入っているので選曲しました。僕はWally Badarouが昔から好きで、この人はアンビエント的な曲を手がける黒人キーボーディストなのですが、アフリカンなビートにDX-7などの80年代シンセサイザーが特徴で、クラブ・クラシックな曲が多くあります。このDittoの「Pop」はシンセの音色と変拍子のリズムがWally Badarouにも通じる感じがしました。でも本人は白人でイーノやクラスターに影響を受けているらしいです。

水谷:次の曲は日本人ですね。

山崎:新津章夫さんはまさに80年代の日本のニューエイジ音楽家です。最近、ギター中心の一人多重録音で作られたアルバム『I/O(イ・オ)』(1978)がアナログで再発されました。自宅の物置をスタジオに改造して音楽制作をされていたらしいですが、工夫を凝らした作風で評価が高いです。この曲は1981年に発表された曲ですが、ゆっくり弾いたギターの再生スピードを上げてメロディーを奏でているところが特徴的で、この手法はホルガー・シュウカイもペルシアン・ラヴで使っています。

水谷:確かにペルシアン・ラヴに通じる曲ですね。

山崎:このような職人気質なニューエイジ/環境音楽家が80年代の日本にはたくさんいて今、それが世界で再評価されています。この辺の作家はYMOの影響下にある人も少なくないと思います。YMOが海外での評価が高かったことから日本の環境音楽シーンも海外を視野に入れて制作をされていたのではないでしょうか。今、ここにきてそれが実を結んだというのはいいですね。

水谷:次はLemon Quartetの「Hyper for Love」ですね。ここでアンビエント系からジャズに戻りました。どういうグループなのですか?

山崎:オハイオの現行ジャズ・グループですね。アルバムを2020年代に2枚リリースしています。全体的にECMにも通じるような作風で、最近のアンビエント系のファンから人気が高いです。今、ECMの中古レコードって以前に比べて高くなっているんですよ。

水谷:そうなんですね。昔は1000円以内で買えるイメージでしたが。

山崎:ECMはアンビエントとは呼ばれないですが、設立当初(アンビエントという定義ができる前)から「The Most Beautiful Sound Next To Silence (沈黙の次に美しい音)」というサウンド・コンセプトを示してきたレーベルなので、今また評価が上がっているのはアンビエント人気の延長にあると思います。

水谷:これを聴いて思うのはやはりスピリチュアル・ジャズとは違ってピアノが軽いですよね。スピリチュアル・ジャズのピアノは美しさと同時に重みがある。これはジャズなのにアンビエントとしても聴けるのはこの軽さが理由だと思います。このサウンドは今の時代を表しているように感じますね。

山崎:今回のコンピレーションで示したかったのはアンビエントをテーマにしながらもアンビエントではないジャンルの横断なので、この曲の良い意味で軽めな表現はコンセプトに合いました。

水谷:続いてはGigi Masin の「Clouds」です。よくできた曲ですね。古くからサンプリング・ネタとしても多くの人から使われています。

山崎:この曲は2016年に我が社で12インチをカットしていますがその時の世の中の反響はどうだったのですか?

水谷:日本ではちょっとしたGigi Masinブームが起こっていましたね。レコードも売れましたし、舐達麻の「FLOATIN’」でもその後サンプリングもされました。

山崎:この曲は美しいピアノが印象的ですが、バックのシンセサイザーのループが秀逸ですね。

水谷:このループ感がサンプリングネタになりやすい所以だと思いますが、アンビエントでも僕らのようなジャンルの人が聴ける重要な部分はこのループ感という気がします。ここにグルーヴを見出すことができる。

山崎:おっしゃる通りですね。ビートが無くても感じられるグルーヴの一つに、同じフレーズの反復があると思います。今回の選曲はこのグルーヴ感を重視しています。これがレアグルーヴからの回答なのかなと。

水谷:次はJohanna Billingの「This Is How We Walk On The Moon」ですね。アーサー・ラッセルのカバー曲です。アーサー・ラッセルって僕が最初にアンビエントを意識した人ですね。アンビエントからディスコ/ガラージ系、ニュー・ウェーブなど多方面で活動されていましたが、いろいろな層から高い評価をされるクロスオーバーな人の象徴のようなイメージです。

山崎:90年代はアーサー・ラッセルからのサンプリングって、ハウスでは結構ありますが、調べるとヒップホップでもカニエ・ウエストが2016年にサンプリングしているのである意味レアグルーヴな人だと思います。

水谷:このJohanna Billingという方はどのようなアーティストなのでしょうか?

山崎:スウェーデンで活動する女性のメディア・アーティストで、映像で多くの作品を発表しています。この「This Is How We Walk On The Moon」も彼女が2007年に発表した同名のショート・ムーヴィー(邦題『私たちの月面の歩き方』)のサウンドトラックで、当時は恵比寿映像際というアート・フェスでも出展されていたみたいですね。この作品は観ていないですが、彼女は主に即興とドキュメンタリーを掛け合わせたような作風らしいです。

水谷:チェロの感じはアーサー・ラッセルっぽいですが、パーカッシヴなトラックとしばらく歌が出てこないアレンジがいいですね。

山崎:原曲がいい曲っていうのもあるかもしれませんが、アート系の作家による音楽にしてはすごく良くできているアレンジだと思います。あとこの曲は歌詞がいいんですよ。翻訳を見たらとてもポジティブな内容で感銘を受けました。それもあって本作のタイトルはここから引用させていただきました。

水谷:続いてはWeldon Irvineの「Morning Sunrise」です。今、めちゃくちゃ人気のある曲ですが、僕たちがこんなことを言ってはいけないですが、「え?なんで?」って感じもありますよね。

山崎:1998年リリースの未発表アルバムに収録されていました。このアルバムは僕もリアルタイムで買いましたが、どちらかというと失敗したなと思った買い物でしたね。当時の周囲の評判もすごく悪かった。それが後にこの曲が跳ねるとは思いもしなかったです。

水谷:これもサンプリングされて人気が上がった曲ですね。Weldon Irvineの歌モノの代表曲といえば僕らの時代は「I Love You」っていう印象が強いのですが、今はどちらかといえばこの「Morning Sunrise」の方が代表的になっている気がします。

山崎:コンピレーションの終盤に夜明けをテーマにした曲を持って来れたのはちょうど良かったですし、他にソウルフルな楽曲が無かったのでうまくバランスが取れました。またあらためて聴くとやっぱりいい曲だなとも思いました。

水谷:そしてLPの最後はセキトオ・シゲオさんの「The Word II」。これもマック・デマルコによる引用で今や大人気の楽曲ですね。

山崎:そうですね。さすがに有名曲すぎるとも思いましたが、僕たちの界隈を外れたところでは意外と知らない人も多いので収録させていただきました。このオリジナルのレコードはエレクトーンの教則的なシリーズですね。日本人でもなかなかディグしないであろう曲をカナダ人のマック・デマルコが引用するなんて最初はびっくりしましたが、ネットの力はすごいというか、YouTubeの出現によって日本の古い音楽が世界に広まった代表的な事例の一つではないでしょうか。

水谷:LP収録曲をひと通り説明いたしましたがCDには井上鑑さんの「湖のピアノ」が追加収録されています。

山崎:この曲が収録されていたアルバム、『カルサヴィーナ』はもともとカセット・ブックのシリーズでリリースされています。井上鑑さんは多作すぎてすべてを聴いているわけではないですが、アンビエントを手掛けている作品は珍しいと思います。

水谷:日本で高い人気を誇る作編曲家だけあって音が鋭く響きわたりますね。

山崎:背景に鳴っているフィールド・レコーディングのような音とピアノにかかっているエコーやリヴァーブも効果的で美しいです。

水谷:吉村弘さんを筆頭に今、流行っているアンビエントって先ほどのDittoのようなサウンドなのかなって思うのですが、井上鑑さんのこの曲はそれとは全く別の音楽に感じます。アンビエントの中でもカテゴリーの枝分かれってあるのですか?

山崎:Dittoはシンセサイザー・ミュージックだと思います。井上鑑さんのこの曲は現代音楽よりでしょうか。この辺をひっくるめてニューエイジ・ミュージックと言うのだと思いますが、ニューエイジって瞑想のための音楽や音楽療法に使われるものだったりする宗教的イメージが強いので、先にも書きましたが昔は一般的には人気のある音楽ではなかったです。ただ現代からあらためて振り返ると、80年代のこの辺のサウンドって90年代以降に生まれたIDM系やダウンテンポに近いサウンドをそれよりも先に具体化していたように思います。ここに因果関係があるのかどうかは全くわからないですが、再評価されているのはそういうことではないかと勝手に思っています。

水谷:あとは80年代ディグの延長ですよね。このムーブメントは80年代ディグの最終地点かもしれません。

山崎:たしかに巷ではそろそろ90年代ディグに入ってきてますからね。

水谷:さて、今回、あらためてこの『How We Walk On The Moon』を通して聴きましたが、バランスよく上手くまとまっているんじゃないでしょうか。

山崎:そう言って頂けて安心しました。最後に伝えたいのですが、今回のLPはとても音がいいです。プレスは我が社の『VINYL GOES AROUND PRESSING』(VGAP)なので、非常に手前味噌で恐縮ですが、選曲を考えている間ずっとデジタル音源でこれらの曲を聴いていたんですよ。それでテスト・プレスが上がってきて初めてレコードに針を落とした時に、久しぶりにアナログというものの素晴らしさを感じました。あの感動は忘れられないですね。暖かみがあって奥行きがあって、解像度はデジタルの方が良いはずなのですが、すぐそこで楽器を鳴らしているようなリアルさも感じまして。で、やっぱりレコードって良い音なんだなぁとあらためて思いました。

水谷:うちの宣伝になってしまうようで申し訳ないですが、実際にVGAPのプレスの音は外からの評判もとてもいいんですよ。非常にありがたいお話ですが。

山崎:一般受注も開始しましたし、国内のレコード生産が今まで以上に活発になるといいですね。

VINYL GOES AROUND Presents
V.A. / ハウ・ウィー・ウォーク・オン・ザ・ムーン
V.A. – How We Walk on the Moon

CD:発売中
LP : PLP-7443 / Release: 2024年8月7日

LP収録曲
SIDE A
1. yanaco - Arriving
2. Chassol - Wersailles (Planeur)
3. Brian Bennett & Alan Hawkshaw - Alto Glide
4. Sven Wunder - Harmonica and…
5. Ditto – Pop
6. 新津章夫 – リヨン

SIDE B
1. Lemon Quartet - Hyper for Love
2. Gigi Masin – Clouds
3. Johanna Billing - This Is How We Walk On The Moon (It's Clearing Up Again, Radio Edit)
4. Weldon Irvine - Morning Sunrise
5. Shigeo Sekito – The Word Ⅱ

https://vgap.jp

Brian Eno - ele-king

 観るたびに内容が変わる映画、二度とおなじ上映を体験することができない映画──ゲイリー・ハストウィット監督によるドキュメンタリー映画『ENO』にはブライアン・イーノのジェネレイティヴ思想が貫かれている。50年におよぶキャリアをたどる同作のサウンドトラックには、74年のセカンド『Taking Tiger Mountain』収録曲から22年の最新オリジナル・アルバム『FOREVERANDEVERNOMORE』収録曲まで、さまざまな時代の楽曲が収録されているのだけれど、注目しておきたい曲のひとつに “Stiff” がある。91年にリリース予定だったもののお蔵入りとなってしまった幻のアルバム『My Squelchy Life』(15年に公式発売)に収められていた、なんともポップで軽快な1曲だ。昨日、そのMVが初めて公開されている。ここに含まれるイーノの映像は90年代初頭に撮影されたもので、今回の映画制作の過程で発掘されたものだという。
 なお同サウンドトラックには弟ロジャーと演奏した “By This River” のライヴ音源など、未発表曲も収録されている。チェックしておこう。

BRIAN ENO
ブライアン・イーノのジェネレイティブ・ドキュメンタリー映画『ENO』
公式サウンドトラックから、未公開のビンテージ映像が使用された
新作ミュージック・ビデオ「Stiff」が本日公開。
公式サウンドトラックのレコード/CDも発売中!

本日、今まで世に出たことのないイーノの映像を盛り込んだ新しいミュージック・ビデオ「Stiff」が公開された。

Brian Eno - Stiff
https://youtu.be/z-dnmHpUdFw

「Stiff」はヴィンテージ版イーノだ。不遜な歌詞、ユーモア、そしてユニークなサウンドを持つこの曲は、元々は非常に捉えどころのないアルバム『My Squelchy Life』に収録されていた。1991年にリリースされる予定だったこのアルバムは、スケジュールの遅れなどでリリースされず、2015年にやっと日の目を見ることになる。なおこのビデオのディレクターは日本人ジュン・ハナモト・ハーンが手がけている。

『My Squelchy Life』に収録された音源の一部は最終的に『Nerve Net』に発展したが、何故か「Stiff」は収録されないことになった。ビデオに収録されているイーノの映像は、90年代初頭に撮影されたもので、ゲイリー・ハストウィットが『ENO』の映画制作でようやく再発見したものだ。この曲は映画と公式サウンドトラック・アルバムの両方に収録されている。

OSTには新曲「All I Remember」(LISTEN / WATCH) が収録されている。ドキュメンタリーのエンディング曲でもあるこの曲は、このために特別に書き下ろされたもので、イーノが初期に影響を受けたものや経験について言及した、瞑想的で内省的なヴォーカル・トラックである。この他、アルバムには2曲の未発表曲、「Lighthouse #429」(LISTEN / WATCH)と「By This River(Live at The Acropolis) (LISTEN / WATCH)」も収録されている。前者は、イーノがSonos Radioで公開しているラジオ番組「The Lighthouse」から抜粋。「By This River (Live at The Acropolis)」は、2021年8月にアテネのアクロポリスでブライアンと弟のロジャー・イーノによって演奏されたファンに人気の曲である。

どの時代においても明確なビジョンを提示してきたミュージシャン、アーティスト、そして活動家であるイーノについての決定的なドキュメンタリー『ENO』は、二度と同じ上映にならない、画期的なジェネレイティブ映画である。米英の各地にて先週金曜日から公開されていて、詳細のスケジュールはこちらで確認できる:https://www.hustwit.com/events

この画期的な映画と連携するOSTは、イーノの豊かなキャリアに触れる音の旅に連れ出してくれる。フィジカル・アルバムに収録されている17曲は、『Taking Tiger Mountain』のような初期のソロ作品から、デヴィッド・バーン、ジョン・ケイル、クラスター、そして最近ではフレッド・アゲイン.. とのコラボレーションから最新アルバム『FOREVERANDEVERNOMORE』までを収録。

過去50年にわたるイーノの作品を完全に網羅するには、アルバム長尺のアンビエント作品や様々なコラボレーション、〈All Saints〉、〈Warp〉、〈Opal〉の時代も含め、非常に大規模なボックス・セットが必要となる。このサウンドトラックは、そんなアーティストの並外れたキャリアを、タイムリーに思い出させてくれる役割を担っている。

2024年ゲイリー・ハストウィット監督によるジェネレイティブ映画『ENO』のオフィシャル・サウンドトラックは、Universal Music RecordingsからレコードとCDでリリース中。2LPのリサイクル・ブラック盤と2LPのピンク&ホワイト盤(d2cのみ)、そして73分のCDには、エレガントなポートレートのイラスト入り16ページ・ブックレットが付いている。

アルバムのDolby Atmos特別編集版はApple Music、Amazon Music でストリーミング中。
https://brianeno.lnk.to/EnoOSTAtmos

彼の作品がいかに機知に富み、色彩豊かであるかを物語っている ──THE TIMES ****

イーノによる50年のエッセンスを1枚のCD/2枚組LPに収めようという魅力的な試み ──RECORD COLLECTOR - *****

イーノは過去半世紀の音楽界で最も重要な人物の一人であり、彼の影響は今後何世紀にもわたって続くだろう。このアルバムは、長年にわたって作ってきた彼の素晴らしい音楽と、彼がなぜこれほどまでに重要な存在なのかを少しだけ教えてくれる ──SPILL MAGAZINE - 4.5 stars

ゲイリー・ハストウィットの同名ドキュメンタリーのサウンドトラックは、ブライアン・イーノの多才な才能を思い出させてくれる......長く多様なキャリアを一枚にまとめるのは当然不可能ではあるが、イーノの音楽的戦略を知る上で必要不可欠となる作品 ──Electronic Sound

Tracklist:
Brian Eno - All I Remember *Previously Unreleased*
Brian Eno with Daniel Lanois and Roger Eno - The Secret Place
Brian Eno & Fred Again - Cmon
Brian Eno & Cluster - Ho Renomo
Brian Eno - Sky Saw
Brian Eno & John Cale - Spinning Away
Brian Eno & Tom Rogerson - Motion In Field
Brian Eno - There Were Bells
Brian Eno - Third Uncle
Brian Eno & David Byrne - Everything That Happens
Brian Eno - Stiff
Brian Eno with Leo Abrahams and Jon Hopkins - Emerald & Lime
Brian Eno - Hardly Me
Brian Eno & David Byrne - Regiment
Brian Eno - Fractal Zoom
Brian Eno - Lighthouse #429 *Previously Unreleased*
Brian Eno & Roger Eno - By This River (Live At The Acropolis) *Previously Unreleased*

https://www.universal-music.co.jp/brian-eno/

Actress - ele-king

 アクトレスの新譜『Statik』は、彼のこれまでのアルバムにあったディストピア=人間以降の世界観をより深化させたようなアルバムだった。廃墟に鳴るエレクトロニック・ミュージックとでもいうべきか。
 リリースは2014年の『Ghettoville』から2023年の『LXXXVIII』まで続いた〈Ninja Tune〉ではなく、ノルウェイ・オスロのレーベル〈Smalltown Supersound〉からである。〈Smalltownx Supersound〉は、すでに「老舗」といっても過言ではないレーベルだが、そのフレッシュなキュレーション・センスは常に健在であり、近年もケリー・リー・オーウェンス 、カルメン・ヴィラン、ベンディク・ギスケなどの印象深いアルバムを連発している。

 そんな〈Smalltown Supersound〉からアクトレスのアルバムが出ると知ったときは少々意外に感じたものだが、同時に実験的なエレクトロニック・ミュージックという側面からどこか共通項を感じたものだ。加えて何か新しい「変化」もあるのだろうかとも思った。実際、『Statik』は、これまでのアクトレスとはどこか異質なアルバムに仕上がっていたのである。
 では今までのアクトレスのサウンドと比べて、どこが違うのか。アクトレスの作品の中でも、もっともアンビエント色の強いアルバムだが、ときにビートもあるし、インダストリアルな音を組み合わせるサウンドのプロダクションも健在である。その意味で大きな差異はないといってもいい。鉄屑に雨が降り注ぐような、人間以降の世界を思わせるSF /ディストピアなムードも中期以降のアクトレスと大きく変化はない。が、「何か」が遠い。音が遠いのか。それとも感情が遠いのか。もしくは世界が遠いのか。何か世界から乖離されていくような感覚があるのだ。

 1曲目“Hell”からして環境音、かすかなノイズ、音楽のループ、断片的なビートなど、アンビエントともインダストリアルでもない複数の音の連鎖が、どこか「遠い」感覚を生成している。2曲目“Static”では不安定な持続音=ドローンが流れ始め、アンビエント色が強くなるが、しかし近年のアンビエントのようにエモーショナルになるわけでもなく、過度に静謐になるわけでもなく、フラットな音のまま終わる。
 最初の2曲はいわばアルバムのオープニングだろう。3曲目“My Ways”以降はミニマルな音楽性とビートによるトラックが展開されていく。盛り上がるわけでもなく、過剰に静謐になるわけでもなく、淡々としたエレクトロニック・ミュージックが展開されていくのだ。そのどこかフラットな感覚が心地よい。マシンの音とヒトの音の「中間状態」に鳴っているような音でも称すべきか。
 4曲目“Rainlines”では、チリチリとしたノイズに4つ打ちのキックとシンセリフが重なり、オーセンティックなテクノ・トラックかと思いきや、そのキックはすぐに途切れる。雨のようなノイズのみが続き、またキックが流れる。盛り上がりをあえて断絶するような構成でありながら、一定の感覚の音の持続=ノイズがあるおかけで、アンビエントとしても聴ける曲である。
 5曲目“Ray”では深海に潜るようなシンセのアルペジオが鳴り、そこにまた微かなノイズがレイヤーされる。遠くの方にベースラインが微かに聴こえる。やがてハイハットやヴォイス・サンプルも鳴るが、やはり盛り上がるというよりは一定のトーンが持続したまま曲は進行する。脱構築されたテクノとでも言いたくなるほどの不思議な曲だ。
 6曲目“Six”でも同じようなムードが継続する。控えめなビートに、空気のように微かなノイズがレイヤーされていく。7曲目“Cafe del Mars”は6分48秒ある曲で、アルバム中もっとも長い曲である。淡いシンセ鳴り、2分ほどしたところでハイハットやキック、ベースがなり始める。それらはやはり曖昧な空気を纏っており、強烈な音で踊らせるというよりは、感覚にゆっくりと浸透していくように鳴り続ける。
 8曲目“Dolphin Spray”でもミニマルなアルペジオにキック・スネアが絡むというシンプルなトラックだが、しかしそのムードもどこか曖昧で遠い。こんな感覚をエレクトロニック・ミュージックで感じるのは稀な事態だと思う。
 その「曖昧」で「遠い」ムードは9曲目“System Verse”でも持続する。YMO、もしくは70年末期のTVゲームの爆発音のような音にダブなムードのキックが折り重なるだけの曲だが、しかし、その音すべてを「地味」に「遠く」していることで、不可思議な感覚を生成しているように思えた。
 10曲目“Doves Over Atlantis”の酸性雨(古い表現だがどうもこういういい方がしっくりくる)が降り注ぐようなアンビエント/ドローンはまさに本作のクライマックスに相応しいといえる。スタティックなクライマックスとでいうべきかラストの11曲目“Mellow Checx”はサウンドにほんの少しの明るさ、微かに光がさしてくるような質感のアンビエントを展開する。いわばエンディング曲といえよう。ここでも少しずつ遠ざかっていくような感覚が広がっていく。いずれにせよこのアルバムの音には「心」が「無」になっていくような感覚がある。だがそれが不思議と心地よい。

 全11曲。それぞれの曲としてはヴァリエーションに富んでいるが、アルバム全体としてはどこか薄暗いトーンで統一されている。かといって過度にダークというわけでもなく、何か単純に一言で言い表せない曖昧なムードが横溢する。それが冒頭に記した「遠い」という感覚に結びつくのかもしれない。
 いってみればかつて「人」がいた場所、つまりは「廃墟」に対する安らぎに近いとでもいうべきか。希望も絶望もない時間として廃墟。われわれはそのような時間にどこか安らぎを覚えてしまう。アクトレスの『Statik』は、そんな感覚を思い出せてくれるアルバムなのだ(繰り返すが音自体は聴きやすいエレクトロニック・ミュージックである。決して極度に難解な音楽ではないことを何度も書いておきたい)。

 2020年の『Karma & Desire』と2023年の『LXXXVIII』は、どこか21世紀のディストピア的な観光地に鳴るサウンドトラックのように聴こえたが、本作『Statik』は、その世界を反転させたような場所に鳴る音に感じられた。
 言葉を変えれば『Statik』は「失われた未来を希求したヴェイパーウェイヴの失われた未来」のようなサウンドのようにも感じられたのである。出発点は同じだが終着点が違うヴェイパーウェイヴとでもいうべきか。煌びやかな仮想のビジュアルを剥いだ後に見える現実の廃墟に鳴るサウンドトラック。
 本作を聴き終わったあとに『Hazyville』(2008)や『Splazsh』(2010)を聴くと、随分と「遠い」場所に来てしまったような気がする。無にして美。美にして無。いわば「鉄屑」に満ちた廃墟世界への慈愛のような音楽が鳴っている。
 だがそれは間違いなく今ここ、この現在地点の音なのだ。2012年に『R.I.P』というアルバムを発表してからアクトレスは、いわば世界を漂うエーテルのように、その不定形な姿を変化し続けている。本作はそんな彼による世界の現在報告書のようなアルバムなのかもしれない。

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