「IR」と一致するもの

本邦初訳となる
「ヒップホップ・ジャーナリズムのゴッドファーザー」
と呼ばれた黒人批評家による博覧強記の代表作!

ジョージ・クリントンの “メタなバカさ” が
アミリ・バラカの “変わっていく同じもの” へと放り込まれ
フリー・ジャズもマイケル・ジャクソンもギャングスタ・ラップもジェイムズ・ブラウンもトニ・モリスンも、すべては同一線上で語られる

ヒップホップは、逆さまの資本主義
ヒップホップは、植民地主義の逆再生
ヒップホップは、黒人化された衝撃の未来に送り込まれた、
奴隷主たちが作り出した世界
ヒップホップは、地下からの略奪品、
喜んで他のすべてを弄ぶ
ヒップホップは我らが文化の消費と商品化、
潜在意識の誘惑とアメリカン・ドリーム機械の
黒い美的副産物 ──本書所収「ヒップホップとは何か?」より


著者紹介:押野素子

翻訳協力:Kinnara : Desi La、江口理恵、宇野瑠海、Neil Ollivierra、魚住洋子、高橋勇人、五井健太郎、dream hampton

目次

イントロダクション――欲望、あらゆる物事(ブラック)

第一部 黒人男性の展示会

追悼:アミリ・バラカ/ウェイン・ショーター/ジミ・ヘンドリックス/ジョン・コルトレーン/釣りに行く──レスター・ボウイを偲んで/ザ・ブラック・アーティスツ・グループ/ブッチ・モリス/チャールズ・エドワード・アンダーソン・ベリーと私たちの未来史/独学の砂男、ロニー・ホーリー/マリオン・ブラウンとジンジ・ブラウン/塵埃のダークな天使──デイヴィッド・ハモンズとストリートの超絶主義/ビル・T・ジョーンズ──舞踏における戦闘的振り付け/ゲイリー・シモンズ──コンセプトの爆撃者/ヴィジョンの持続性──ストーリーボード・P/アイス・キューブ/ウィントン・マルサリス──ジャズの改革者/ソーントン・ダイアル──自由、ブラック、そして世界の暗闇を照らすこと/ケヒンデ・ワイリー──黒人の男らしさをめぐって/ラメルジー──地下鉄のグラフィティ、そして偶像破壊のサムライ/リチャード・プライヤー──プライヤー健在/追悼:リチャード・プライヤー/追悼:ギル・スコット=ヘロン/鏡のなかの男──追悼:マイケル・ジャクソン/マイルス・デイヴィス

第二部 笑う彼女は意地悪だけど、魅力的

ボーン・トゥ・ダイク──笑うシスターへの我が愛、意地悪そうでクィアで印象的なシスター再び/ジョニ・ミッチェル──ブラック&ブロンド/アジーリア・バンクス──『ファンタシー』/シャーデー──ブラック・マジック・ウーマン/もしジェイムズ・ブラウンがフェミニストだったら/イタバリ・ニジェリ著『最後の農園』について/カラ・ウォーカーについて話そう/空間、時間、芸術の境界線にいる女性たち──カンディダ・ロメロ『リトル・ガールズ』をめぐる考察/アート界のホープ、エレン・ギャラガー/黒と抽象の詩人に贈る/“ギクユ神話と宇宙から来た有色のライオット・ガールの戦い”──ワンゲチ・ムトゥ特集/象形文字のゾンビ・パレードに参加しよう──デボラ・グラント/第二幕のビョーク/キュレーター、セルマ・ゴールデンの挑戦

第三部 やあ暗闇、私の懐かしいミーム

ウォール街占拠に黒人女性が少なかった理由トップ10+4/ヒップホップとは何か? ドリーム・ハンプトン、対話的インスピレーション、そしてミシェル・ンデゲオチェロがミシェル・ンデゲオチェロであるために/諜報データ──ボブ・ディラン『ラヴ・アンド・セフト』/三〇歳になったヒップホップ/愛とクランク──アウトキャスト『スピーカーボックス/ザ・ラヴ・ビロウ』/白い自由──エミネム/ウー・ダニット──ウータン・クラン『ウータン フォーエヴァー』/アンロック・ザ・トゥルースvsジョン・ケージ

第四部 スクリーニングス

スパイク・リー『バンブーズルド』/『ザ・マック』的なるもの──ブラックスプロイテーション映画の語法/セックスとニグロシティー──ジョン・シングルトン監督の映画『サウスセントラルLA』/白塗りのリンカーン──スーザン・ロリ・パークス作『トップドッグ/アンダードッグ』におけるジェフリー・ライトとドン・チードル/ドキュメンタリー『ブラックパワー・ミックステープ』(二〇一一)──ふたたび語られる闘争の時代

第五部 人種、性、政治トリック、文芸

巨匠、クラレンス・メイジャー/大西洋の音──キャリル・フィリップス著『アトランティック・サウンド』/アポカリプス・ナウ──パトリシア・ヒル・コリンズ著『ブラック・セクシャル・ポリティクス』、トーマス・シェヴォリー著『ノートリアスHIV』、ジェイコブ・レヴェンソン著『秘密の伝染病』/血と橋──一九九九年、ニューヨーク市警とジュリアーニの抗議運動/“ニガ” チュード/脅威の三人──ジェリー・ガフィオ・ワッツ著『アミリ・バラカ』、ヘイゼル・ローリー著『リチャード・ライト』、デヴィッド・メイシー著『フランツ・ファノン』/底辺のえさ箱──桐野夏生著『アウト』/高台を登る──マリーズ・コンデ著『風の巻く丘』/雑種惑星の憂鬱──ゼイディー・スミス著『ホワイト・ティース』/スキン・トレードの冒険──リサ・ティースリー著『グロー・イン・ザ・ダーク』/ジェネレーション・ヘックス──ジェフリー・レナード・アレン著『背中の下のレイル(Rails under My Back)』/地下に潜る──ゲイル・ジョーンズ著『モスキート』/審判の日──トニ・モリソン著『ラヴ』とエドワード・P・ジョーンズ著『地図になかった世界』について/ブラック・モダニティと笑い、あるいは “N*g*a” はいかにしてジョークを手に入れたか?/カラハリのけんけん遊び、あるいは二〇巻におよぶアフロ・セントリックなフューチャリストのマニフェストのためのノート

『フライボーイ2』日本語刊行に寄せて 押野素子

索引

著者
グレッグ・テイト(Greg Tate)
1957年10月14日、アメリカはオハイオ州デイトン市に生まれる。本名はGregory Stephen Tate。ハワード大学でジャーナリズムを映画について学ぶと、『ヴィレッジ・ヴォイス』への寄稿をきっかけに、ニューヨークを拠点とし、批評家としての活動をはじめる。白人至上主義の世界に抗う、その先鋭的な批評はたちまち評判となって、80年代半ばには、主に黒人文化に関する批評家としては第一人者となる。そして、『ニューヨークタイムズ』、『ワシントンポスト』、『ダウンビート』、『ローリング・ストーン』、『ヴァイブ』など複数の雑誌や新聞にも寄稿、有名なヒップホップ専門誌『ソース』は、テイトを「ヒップホップ・ジャーナリズムのゴッドファーザー」と呼んだ。1992年には初の評論集『Flyboy in the Buttermilk』を上梓する。その2作目が本作『Flyboy 2』となる。テイトは執筆活動の傍ら、いくつかのバンドでフリー・ジャズ、ファンク、サイケデリック・ロックなどの音楽活動も続けた。他方では、白人優遇のアメリカの音楽産業への異議申し立てとして、〈Black Rock Coalition〉という連合を組織した。また、2003年にテイトが編集した『Everything But the Burden』は、黒人芸術の白人による流用をテーマにしている。2009年にはコロンビア大学ジャズ研究センターの客員教授、2012年にはブラウン大学のアフリカーナ研究客員教授を務めている。2021年12月7日、64歳で永眠すると、その夜、ハーレムのアポロシアターは追悼の意を込めて彼の名前を表示した。

訳者
山本昭宏(Akihiro Yamamoto)
神戸市外国語大学准教授。1984年、奈良県生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程修了。博士(文学)。専門は文化史、歴史社会学。著書に『残されたものたちの戦後日本表現史』(青土社、2023年)、『戦後民主主義:現代日本を創った思想と文化』(中央公論新社、2021年)、『大江健三郎とその時代:戦後に選ばれた小説家』(人文書院、2019年)など。

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OZmotic & Fennesz - ele-king

 ロマンティック。ノイズ。アンビエンス。グリッチ。電子音。エレクトリック・ギター。それらの音の交錯から生まれるクリスチャン・フェネスの電子音響は、晩夏の記憶、もしくは真冬の光景のようなロマンティックな感情/感覚を引き起こしてくれる。彼は「黄昏」の音響を鳴らし続ける音楽家なのである。

 2019年にリリースされた前作『Agora』から4年。フェネスの新作アルバムが英国の実験音楽レーベル〈touch〉からリリースされた。とはいえ今回はソロ・アルバムではない。イタリア・トリノのデュオ(サックス奏者とパーカッション奏者)オズモティック(OZmotic)との共作である。
 しかしながらアルバムの隅々から横溢しているロマンティックな響きは紛れもなくクリスチャン・フェネスのサウンドだった。電子音響によるロマン派の交響曲とでもいうべきか。その壮大なサウンドは快楽的ですらある。さすがあの『マーラー・リミックス』を手掛けたフェネスだ。
 だがよく聴き込むとフェネス的ではない音が溶け合うように散りばめられていることもわかってくる。細やかなリズム。メタリックな打撃音。微かなパルス音。ここにコラボレーションの意味があるのだろう。異なる音と音の交錯と融合。

 フェネスとオズモティックとの共作は2015年の『AirEffec』以来だ。前作『AirEffec』にはジャズ的な要素があったが、今作はより電子音響/アンビエント的なサウンドになっているのが特徴といえる。より「フェネス」的と感じられる所以はそのあたりにある。オズモティックも2018年に〈touch〉からアンビエント・ジャズの秀作『Elusive Balance』をリリースしているので、彼らの今の方向性がうまい具合にミックスされた結果かもしれない。

 本作『Senzatempo』のはじまりは2019年にまでさかのぼるという。トリオとしての最後のライヴの後、彼らはメールでのやりとりを繰り返し、アルバムのコンセプトを固めていった。そして2021年11月に、念願かなってのスタジオ・セッションがイタリアでおこなわれた。
 いわばコロナ禍を経ての制作だったわけだが、このアルバムにはコロナの「閉塞感」はない。むしろイタリアの陽光のような解放感がある。その解放的な音の波にのって聴き込んでいくと、日々の煩わしい時間からひととき解き放たれ、眩い陽光のもと音の海を漂うような快楽を得ることできるほどである。
 アルバムは長尺4曲が収録されているが、アルバムを象徴する曲は、なんといっても1曲目 “Senzatempo” であろう。まず小さな打撃音のようなノイズから曲がはじまる。そして管弦楽を一部を反復するようなフレーズが鳴りはじめ、微かなノイズと微細なパルス音のような音が左右から聴こえてくる。次第により大きな波を描くようにロマンティックな弦楽のようなサウンドもレイヤーされ、スケールの大きい音響世界を生成していくだろう。
 その後しばらくはいかにもフェネス的な電子音響/アンビエント・ノイズが生成されていくが、やがて微かなビートのような音が折り重なりはじまる。しかもどこかドラムンベース的な高速な刻みを聴かせるのだが、サウンド自体は低音で身体に作用する音ではなく、ノイズ・レイヤーに折り重なるように細やかに鳴っている。これまでのフェネスの音にはなかった要素であり、オズモティックとのコラボレーションゆえに表出したサウンドかもしれない。
 そしてポスト・ロック的ともいえるエレクトリック・ギターの深く乾いた響きが、全体のサウンドとアンサンブルとアンビエンスを崩さないように、繊細し、しかし力強く重なっていく。その時点で、さきほどまでの小さなビートは影を潜め、20世紀、最後のロマン派、もしくは21世紀最初のロマン派とでも形容したい電子音響/アンビエントが雄大に鳴り響いているのだ。
 やがて楽曲はコーダを迎えるかのように、終わりを意識させる音へと変化する。冒頭のエモーショナルな旋律を反復し、雨の終わりのようなポツポツというノイズが折り重なり、曲は静かに終わるを迎える。
 2曲目 “Floating Time” では1曲目 “Senzatempo” よりも落ち着いたトーンで展開する。おそらくはフェネスのものであろうエレクトリック・ギターが鳴り響き、それにパルスのような電子音がうっすらとリズムを刻んでいく。
 3曲目 “Motionless” は、ロマンティックな音の雨のなか、ノイズからフレージングまでが暗い世界から光を希求するようなエモーショナルに展開する。続く4曲目 “Movements l – ll” も同様のトーンの楽曲だが、サウンドは煌めくような金属的な響きを持っている。終盤にはメタリックな打撃音に鳴りはじめるパートもあり、1曲目 “Senzatempo” のリズム・レイヤーとの共通性を感じさせるが、こちらの方がより全面的に「リズム」を展開させている点が特徴だ。最終曲という意味では、このパートがアルバムのクライマックスを担っているのかもしれない。そして衝撃的な一音でアルバムは見事に幕を閉じる。
 この曲は仮想空間のシューゲイザーと電子的にグリッチするロマン派の楽曲の融合とでもいうへきサウンド構築し、まさに1曲目 “Senzatempo” と並ぶ曲のように思えた。
 本作では、ロマンティックな「電子音響交響楽」とでもいうべきサウンドスケープが生まれている。ジョン・ヴォゼンクロフトによる素晴らしいアートワークの効果もあり、別の並行世界に煌めく「夏の光景」を聴いているような感覚を覚えもした。フェネスとオズモティックの深化を見せつけるアルバムといえよう。

Gina Birch - ele-king

 先週、アフリカ系アメリカ人の友人のひとりと、渋谷のカフェで会った。多忙な弁護士であり、60年代の日本のアンダーグラウンド文化を研究しているこの男は、最近読んだ本では谷崎潤一郎の『痴人の愛』が面白かったそうで、「ナオミの話は、アフロ・アメリカン史のメタファーとしても読めるからね」と言った。批評家グレッグ・テイトは桐野夏生の『OUT』の書評で、「日本という国はアメリカの文化ならなんでも受け入れると聞いているが、その日本でなぜフェミニズムが流行らなかったのかがよくわかった」と書いている。

 ぼくがこのアルバムについて書くうえでの問題点はまさにそこにある。間違ってもフェミニストではないし、これまでの人生でフェミニズムに反する行為をしてきたという自覚がある人間がフェミニズムの音楽について語るというのは、普通に考えて偽善者めいているし、自分でも後ろめたさを感じる。本来であればこういう音楽は、野中モモ氏や水越真紀氏のようなフェミニストが書くべきなのだろう。ただ、もしぼくに、少しでも入り込む余地があるとしたら、自分が10代のときに、ザ・レインコーツの大ファンだったということはあるかもしれない。

 ザ・レインコーツやザ・スリッツのようなバンド、もしくはデルタ5やヤング・マーブル・ジャイアンツのようなヴォーカリゼーションは、ぼくにとって〈ポスト・パンク〉という言葉から想起されるイメージの多くを占めている。彼女たちは、たとえばアニメや広告などで表象化される必要以上にエロい女の対極にいて、色気を武器にパフォーマンスするシンガーとも100万光年離れていた。まずはその佇まいが、ぼくにはものすごくクールに思えたのだ。

 なかでもザ・レインコーツは、圧倒的だった。彼女たちの音楽がもし実験的だったと言えるなら、あの歌いっぷり、あのガチャガチャした演奏は、彼女たちの人生ないしは世界に臨む思想から来ている。それを知ったのは、『ザ・レインコーツ』という本の編集を担当した、けっこう最近のことだったりするのだが、10代だった自分が感じていたのは、同時代のほかの〈ポスト・パンク〉にはない、言うなればオルタナティヴな喜びの感覚だった。男社会とは別のところで彼女たちは楽しんでいる、その感じが、男社会にどっぷりのぼくには最高にクールに思えたのだった。

 ザ・レインコーツのベーシスト、ジーナ・バーチは、「私は窓辺でベースを弾いている年老いた白人女」と、資料のなかで言っている。67歳になって初のソロ・アルバムをリリースする彼女はこう続ける。「頭を突き出して、ただでっかく叫びたいだけ。私はベースをでっかく弾く」——これだけで充分にメッセージである。

 ジーナのベースは、ダブから大きな影響を受けている。音空間の一要素として、床を這ってグルーヴを創出する。アルバム冒頭の表題曲からまさにそれで、いかにもレインコーツなダブ空間が広がっている。 “Big Mouth” や“Pussy Riot”、 “Digging Down” といった曲においても低音宇宙はストーンと発展し、アナ・ダ・シルヴァの抽象的な電子音が花を添える。その“Pussy Riot” では、「私を黙らせたいのか」と挑発し、「私たちが鎖に繋がれた人たちのために日々闘うことは義務だ」とまで言い切っている。続く、ラジオから流れるオールディーズ風のポップな曲調の、しかし“私は憤怒(I Am Rage)” という曲名の曲では、自分は「憤怒が泡立ち怒りに燃える釜」であると、柔らかくメロディアスに歌っている。

 もちろんこのアルバムには、彼女のソロ活動のはじまりを告げた曲、 あの“Feminist Song” が収録されている。

 フェミニストかと訊かれたら
 私はこう言う
 無力なんてクソくらえ
 孤独なんてクソくらえ
 女を貶める奴らはクソだと

 権力の座にいる女がいる
 しかし多くの女たちは鎖に繋がれ苦役に耐えている

 過小評価され過小評価され
 レイプされ虐待され歴史からはじかれる
 だからフェミニストかと訊かれたら
 私はこう言う
 なぜそうではないのかと
 私は都会の女
 私は戦士

 ザ・レインコーツにあった「喜び」はここにもじゅうぶんにある。が、ジーナ・バーチのソロ・アルバムには、抑えきれない怒りがそこら中にある。ダブの深度がもっとも深い“Digging Down”においても、彼女は怒っている自分を隠さない。そして、アルバムを締める “Let’s Go Crazy” のなかで彼女はより直接的に女たちに呼びかけている。「この狂った時代のために/女の仲間が欲しい/私たちの時代がもうすぐやってくる/私たちの時代がもうすぐやってくる/私たちの時代がもうすぐやってくる/私たちの時代がもうすぐやってくる……」

 あらためて、そして謙虚な気持ちで言えば、このアルバムのレヴューの書き手にぼくが相応しくないことはあきらである。が、ここは、偉大なるベル・フックスが言うように「フェミニズムはみんなのもの」ということでお許しいただきたい。確実なところとしては、いちリスナーとして、言うべき言葉をもった音楽特有の力強いものを感じるし、日本がグレッグ・テイトの言う通りなのだとしたら、音楽メディアに関わる人間としてこの作品を紹介するのは、それこそ義務なのだ。

冬にわかれて - ele-king

 シンガー・ソングライターの寺尾紗穂、ベーシストの伊賀航、ドラマーのあだち麗三郎からなる3人組、冬にわかれて。『なんにもいらない』『タンデム』と、すでに2枚のアルバムを送り出している彼らが3枚目のアルバムをリリースすることになった。アンビエント・ポップ、MPBからモンゴル民謡まで、幅広いアプローチを試みているようだ。発売は5月24日、以降全国各地でライヴも予定されている。まだときどき寒い日もあるけれど、「冬にわかれて」春を満喫したい。

もしあなたが目を凝らし、耳をすましてみれば、そこには二度と繰り返されない「生」のゆらめきがある――。寺尾紗穂、伊賀航、あだち麗三郎からなるバンド「冬にわかれて」。待望のサードアルバム『flow』が完成。

冬にわかれて 3rd album『flow』
2023.05.24 in stores
品番:KHGCD-003 CD 定価:¥3,000+税 発売元:こほろぎ舎 CD 販売元:PCI MUSIC

01. tandem ⅱ
 作曲:伊賀航
02. 水面の天使
 作詞:寺尾紗穂 作曲:伊賀航
03. 舟を漕ぐ人
 作詞:あだち麗三郎 作曲:あだち麗三郎
04. There’s flow in flower
 作曲:あだち麗三郎
05. snow snow
 作詞:寺尾紗穂 作曲:伊賀航
06. もしも海
 作詞:あだち麗三郎 作曲:あだち麗三郎
07. 昭和柔侠伝の唄
 作詞:あがた森魚 作曲:あがた森魚
08. Girolamo
 作詞:寺尾紗穂 作曲:寺尾紗穂
09.可愛い栗毛(Хөөрхөнхалиун)
 モンゴル民謡
10.朝焼け A red morning
 作詞:寺尾紗穂 作曲:寺尾紗穂

 昨年2022年にリリースしたオリジナル・アルバム『余白のメロディ』で、唯一無二のシンガー・ソングライターとしての評価を確立しますますその活動に注目が集まる、寺尾紗穂。細野晴臣を始め、数多くのミュージシャンから絶対的な信頼を置かれる稀代のベーシスト、伊賀航。そして、自身名義での幅広い創作から、片想いなど様々なバンド/プロジェクトで活動する鬼才ドラマー/音楽家、あだち麗三郎。
そんな三者による「冬にわかれて」は、これまでに『なんにもいらない』(2018年)、とセカンドアルバム『タンデム』(2020年)を発表し、個性あふれるトリオバンドとして作を追うごとにその表現を深めてきた。
本作『flow』で、彼らの挑戦的なソングライティング/アンサンブルは過去最高のレベルに達し、一つの「バンド」としてますます紐帯を強めたといえる。各メンバーが持ち寄った個性豊かな楽曲は、三者間の熱を帯びたコミュニケーションと当意即妙のレコーディングを経て、全く例をみない形に仕上げられた。
 前作アルバムの名を継ぐまろやかなインスト「tandem2」をはじめ、妖しくも軽やかな色香の漂うワルツ「水面の天使」、エレクトロニカ+アンビエントポップ的な音像に彩られた「snow snow」など、ソングライター/サウンドクリエイターとしての伊賀航は、その独自のセンスをますます深化させた。あだち麗三郎は、MPB〜ネオフィルクローレの薫りをまとった「船を漕ぐ人」、「醒」、ドライブ感溢れるプログレッシブポップ「もしも海」で、より一層自由な曲想に挑戦している。また、あがた森魚の「昭和柔侠伝の唄」、モンゴル民謡「可愛い栗毛」の斬新なカヴァーも光る。
そして、寺尾紗穂が持ち寄った2つの曲が、本作の全体に力強い生命を吹き込んでいく。時の神権政治を厳しく批判し民衆を熱狂させた15世紀フィレンツェの修道士ジロラモ・サヴォナローラにインスピレーションを得て書かれたという「Gilolamo」は、歴史と「今」をつなぎとめる彼女の鋭い社会意識が鮮烈な形で刻まれている。アルバムを締めくくる「朝焼け」は、数限りない名曲を持つ彼女のキャリアにおいても指折りの、実に感動的な曲だ。
「流れ」を意味する、タイトルの「flow」。このアルバムを聴くと、その題通り流麗でダイナミックな、流れる水に身を浸すような感覚を覚える。しかし、その「流れ」は、決してただ心地よさを誘い、去っていくものではない。静かに形を変える水面。滑るように飛びゆく鳥たち。移り去っていく季節。流れていく私達の「生」。目を凝らし、耳をすましてみれば、そこには二度とは繰り返されない彩があり、襞(ひだ)があるはずなのだ。
―柴崎祐二

[冬にわかれて プロフィール]
『楕円の夢』、『余白のメロディ』などリリース毎に作品が名盤と注目される寺尾紗穂(vo, p)と、細野晴臣や星野源、ハナレグミなどさまざまなアーティストのサポートを務めるベーシスト、伊賀航(b/lake、Old Days Tailor)、片想いやHei Tanakaの一 員でもあり、のろしレコードや東郷清丸といったアーティストのサポート、その他プロデュースやレコーディングからソロ活動までこなすマルチ・プレイヤー、あだち麗三郎(ds, sax/あだち麗三郎と美味しい水)の3人から成るバンド。2017年、7インチ・ シングル「耳をすまして」でデビュー。2018年にファースト・アルバム『なんにもいらない』をリリース。収録曲の「君の街」(伊賀航の詞曲)は、J-WAVE「TOKIO HOT 100」に3ヶ月連続でランクインした。2021年、セカンド・アルバム『タンデム』をリリース、配信において世界各地で今なお上位 にランクインが続いている。

2018年10月 1st アルバム『なんにもいらない』発表。
2021年4月 2st アルバム『タンデム』発表。
2023年5月 3rd アルバム『flow』発表。

[冬にわかれて ライブスケジュール]
5月27日 愛知 森、道、市場2023
7月4日 Billboard Live東京(寺尾紗穂/冬にわかれて)
9月3日 愛媛・今治 眞鍋造機本社ビル1F
9月24日 熊本 早川倉庫
10月8日 足柄 RingNe Festival
11月18日 栃木 OHYA BASE

 先日3年半ぶりのパーティを開催したファッション・ブランド、C.E から新たなパーティ情報です。5月20日(土)、表参道VENTで催されるイベントに日本からChangsie、UKからジョン・K(イキノックス『Bird Sound Power』や『Colón Man』のコンパイラー/キュレイターでもあります)、オランダからmad miranが出演。これは素敵な一夜になること間違いなし、チケットなど詳細は下記よりご確認を。

[5月16日追記]
 嬉しい追加情報です。当日には会場にてTシャツが販売されるとのこと。ぜひ足を運びましょう。

C.E presents
Changsie
Jon K
mad miran

C.Eのパーティが5月20日土曜日にVENTで開催。

洋服ブランドC.E(シーイー)が、2023年5月20日土曜日、表参道に位置するVENTを会場にパーティを開催します。

Skate Thing (スケートシング)がデザイナー、Toby Feltwell(トビー・フェルトウェル)がディレクターを務めるC.Eは、2011年のブランド発足以来、不定期ながら国内外のミュージシャンやDJを招聘しパーティを開催してきました。

本パーティでは、日本からChangsie、イギリスよりJon K、そしてオランダからmad miranをゲストに迎えます。

C.E presents

Changsie
Jon K
mad miran

開催日時:2023年5月20日土曜日11時
会場:VENT vent-tokyo.net
料金:Door 3,000 Yen
Advance 2,000 Yen (5月19日金曜日 午後11時59分 販売終了)
t.livepocket.jp/e/vent_bar_20230520

Over 20's Only. Photo I.D. Required.
20歳未満の方のご入場はお断り致します。年齢確認のため顔写真付きの公的身分証明書をご持参願います

■Changsie
千葉は銚子の潮風が育んだ1988年産DJ。2010年代初頭に出会ったダブステップをきっかけに、DJとしての活動を開始。UKのベースミュージックを軸に古今東西の様々なジャンルを織り交ぜるプレイスタイルで、国内外のいたるフロアで低音を轟かせてきた。
2020年、ロンドンに拠点を移す。以降、オンライン・ラジオ局「NTS Radio」のマンスリー番組、レコードショップ「Kindred」の配信やイベント、クラブ「Venue MOT」への定期的な出演など、現地に根を張って活動中。ロンドンでの日々によって得た感覚は、DJスタイルに更なる奥行きを与え、その活動はUK国内 に限らず、世界各国のクラブやフェスティバルで精力的にプレイを重ねている。
www.nts.live/shows/changsie
soundcloud.com/changsie

■Jon K
イギリスはマンチェスターを拠点とするDJ、デザイナー。キュレーションもおこなっており、DDSよりリリースされたEquiknoxx 「Bird Sound Power」のコンパイル及びデザインを手掛けた。2021年にはElle Andrewsと共に音楽レーベル「MAL recordings」を立ち上げた。
soundcloud.com/jon_k_mcr
malrecordings.bandcamp.com

■mad miran
オランダの首都であるアムステルダムを拠点に活動。「Garage Noord」や「De School」、「Nitsa」、「Blitz」などのクラブにおけるDJだけでなく、「Dekmantel」をはじめ「Primavera」や「Solstice」、「Love International」といった音楽フェスティバルにも出演している。
soundcloud.com/madmiran
ra.co/dj/madmiran

interview with For Tracy Hyde - ele-king

 バンドの終わりは美しい。もちろん、そうではないこともある。ひょっとしたら、そうではないことの方が多いかもしれない。しかし、少なくともFor Tracy Hydeの終わりは美しかった。2023年3月25日、東京・渋谷WWW Xでのラスト・ライヴを見て、そう感じた。

 いわゆる「東京インディ」のバンド群が、関西のシーン、あるいはSoundCloudやBandcamp、ブログやソーシャル・メディアとの相互作用の中で、不思議でユニークな音楽を作っていた2012年の東京にFor Tracy Hydeは現れた。シューゲイズ、ドリーム・ポップ、ギター・ポップ、マッドチェスター、ブリット・ポップ、渋谷系から、はたまたアニメやゲームまでを養分にしていた彼らは、インターネット・カルチャーの申し子でもあった。そして、周囲のバンドが失速し疲弊しフェイドアウトしていった10年強の間、2016年のデビュー・アルバム『Film Bleu』の発表以降、着実に最高傑作を更新していき、ファンダムを国外に築き上げもした。
 最後まで「青い」音楽を奏で続けたFor Tracy Hydeは、一方で自分たちの表現そのものを問い、自身の内面にも踏み込んでいき、その青さはどんどん深みを増していった。その時々の国内外の政治的な状況、音楽シーンの潮流や動向に向き合い、疑問や違和感すら音楽に反映させていった。それは例えば、ラスト・アルバム『Hotel Insomnia』に収められた“House Of Mirrors”を聴いてもよくわかる。夏botはこの曲について、「ソーシャル・メディアやスマートフォンを媒介にしたナルシシズムについての曲だ」と説明する。
 国内シーンへの貢献、東アジアや東南アジアのバンドとの繋がり、フォロワーに及ぼした影響の大きさ、ファンダムの厚さといった点で、For Tracy Hydeというバンドの音楽、彼らが存在したことの意義はとても大きい。彼らがいなかったと仮定してみると、現在のシーンの風景は、現在のそれとちがうものだっただろう。そのことは彼らが解散したいま、ファンのひとりひとりが噛み締めているはずだ。

 3月29日には、最後の作品にして最高傑作になった『Hotel Insomnia』がヴァイナルでリリースされた。これに合わせて、主宰者である夏bot(ギター/ヴォーカル)、メンバーのMav(ベース)、eureka(ヴォーカル)、草稿(ドラム)へのラスト・インタヴューを届ける。東京でいちばん美しいロック・バンドの軌跡を辿り直した、ロング・インタヴューになった。


2023年3月25日、渋谷WWW Xでのラスト・ライヴ

アジア圏の音楽に触れてくれるのは結局、アジア人だけなんじゃないか? という思いは払拭しきれませんでした。白人主体のインディ・ロック・シーンにおいて、東洋人として一撃を喰らわせるには至らなかったんじゃないかなと。(夏bot)

1月5日に解散が発表されて、衝撃を受けました。Twitterではトレンド入りしましたね。

夏bot:しましたね(笑)。あれはびっくりしました。

驚いたし、残念でした。どんな反響がありましたか?

夏bot:印象に残ってるのは、「ライヴを一度見たかった」という声が多かったことです。いやいや、我々けっこうやってましたよと(笑)。

Mav:「いつまでもあると思うな、親とバンド」ってやつですね。

夏bot:アイドル界隈の方は「推しは推せるときに推せ」とよくおっしゃいますからね。

Mav:最後のライヴをやってから「解散しました」と言う人もいるじゃないですか。あれは嫌なので、ちゃんとお別れする機会を作れたのはよかったです。

夏bot:「事後報告はしない」というのは、ポリシーとしてあったので。唐突な解散は、ファン心理として気分がよくないですね。

eureka:友人には以前から話してたので、「発表したんだ」、「頑張ったね」と言ってもらいました。

夏bot:DMが殺到したんでしょ?

eureka:海外の方から「なんでフォトハイは終わっちゃうの?」とDMが飛んできてたんですが、「(理由は)書いてあるよ~」と思ってました(笑)。

夏bot:英語の声明文も出したからね

草稿:「もったいないね」とも言われましたね。うちらくらいの規模感のバンドっていない気がするので、貴重だったのかなって。大体バンドって、上に行くか下に行くかじゃないですか。でも、うちらは境界線上にいたから。

夏bot:良くも悪くも、ずっと中堅感を出してましたから。

(笑)。2月8日のラブリーサマーちゃんとの対バンでも「そういえば、我々解散するんですよ」みたいなノリでしたし、「ANGURA」のインタヴューでも「あっけらかんとしてます」と言っていたので、整理できた上での解散だと思いました。

夏bot:ここに至るまでのプロセスが長かったので、いまさら思うことがあんまりないんです。

去年の8月に解散が決まっていたそうですね。理由は明確に書いてありましたが、「現行の体制で足並みを揃えて活動を継続すること」が困難だとありました。メンバーのペースや生活との兼ね合い、ということでしょうか?

夏bot:音楽に対する姿勢ですかね。僕はマジで会社を辞めたいと思ってるんですけど、そうなりたいと思ってるのが僕だけだったので、埒が明かないなと。

夏botさんのコメントが興味深かったです。「ひとつのバンドで何十年も活動を継続したり、アルバムを10作以上もリリースしたり、といった長きに渡る活動は端から眼中にな」かったと。

夏bot:それはほんとに考えたことがなくて。僕はビーチ・ボーイズが好きなんですけど、彼らは特に中盤から終盤にかけて駄作に近いものが多いですよね。数十年単位で活動を継続してく中でクリエイティヴなスパークを維持するのは、どう考えても不可能だと思ってます。特にジャンルの性質としても長々と、必要以上に活動を継続するのは美しくないと思ってたので、どこかでスパっと終わらせようと思ってました。

そうだったんですね。

夏bot:実際、以前も「終わらせようかな」というタイミングがありましたし。セカンド・アルバム(『he(r)art』)のリリース直後とか、サード・アルバム(『New Young City』)を出してコロナ禍に突入した頃とか、モチベーションが下がったことがあったんです。なので、自然な成り行きではあるのが正直なところですね。

バンドって永続できるものではないですよね。

草稿:どこかのライブハウスで「長くやるのもいいと思うんだよね」という話を夏botにしたら、「いや、それはちがうんじゃない?」と返されたことを覚えてますね。

夏bot:重鎮になりたくない、在野で居続けたい気持ちがあるんです。やっぱ人間、偉ぶり始めたら終わりだなと(笑)。ハングリー精神や探求心って、立場が安定するとなくなるので。実際、バンドが終わることになり、高校時代から使ってたMacBookを買い替えて、手を付けては諦めてを繰り返してたLogicを最近めちゃめちゃ使ってるんです。創作意欲がいつになく湧いてるんですね。安定した立場に身を置きつつあったバンドがなくなるとなったとき、音楽に対する探求心が改めて湧き上がったり、逆境に立ち向かってく気持ちが掻き立てられてて。活動期間が長くなるのは、クリエイターとして望ましくないんじゃないかな? と。

区切りを付けたことで、次のことが考えられるようになったんですね。

eureka:私の場合、For Tracy Hydeに加入して生活が音楽に飲み込まれてく感覚があって、「ライヴでどうしたらちゃんとできるか」とかを四六時中考え続ける感じになってたので、一回リセットして、改めていろんなアーティストの音楽を聴いたりしたいんです。音楽と暮らしを、いい塩梅でやっていけたらいいなと思ってます。

草稿:僕は仕事が好きなので、仕事とバンドだったら仕事を取っちゃうんですよね。今後は仕事に集中できるな、という思いはあります。夏botが言ったとおり、同じ環境で続けてくのはよくないと思います、環境が変わった数だけ人間は成長すると思いますし。でも、居心地のよい場所がなくなったのは残念ですね。いまさらドラムが上手くなったような気がするんですけど(笑)。

だらだら続けて馴れ合いになったら、バンドとしては危機的状況ですからね。

夏bot:馴れ合ってる感じはなかったと思います。良くも悪くも、メンバー同士そんなに仲が良くない(笑)。

一同:(笑)。

Mav:「遊ぼうぜ」、「飲みに行こうぜ」とかはないからね。

夏bot:ツンケンしてるとか空気が悪いとかではなくて、シンプルに普段の生活で関わりがないってことですね。

草稿:趣味も全員守備範囲がちがいますね。

eureka:一緒に仕事をしてる同僚たち、みたいな気持ちでした。

夏botさんのコメントには「バンドとしての活動の一つの到達点」ともありましたよね。

夏bot:そうですね。ライドのマーク・ガードナーというバンド内外で共通してヒーローと見なされてる方と一緒に仕事をすることが経験できたり、アジア・ツアーをおこなったり、シンガポールのフェス(Baybeats)に出られたり、自分たちの規模感や音楽性のバンドだとまずないような活動がいろいろと経験できたので。もちろん継続してさらなる高みに到達する可能性はあるんですけど、100%あるわけではない。特にコロナ禍以降、音楽業界が停滞気味で、規模が縮んでしまった感が否めないので。そうなったとき、一か八かの賭けに出るより、ここらで一旦区切った方がいいなと。

なるほど。

夏bot:あと去年、ソブズのラファエル(・オン)から「アメリカ・ツアーが斡旋できるかもしれない」という話があったのですが、メンバーに切り出したとき、アメリカに行きたいと思った人間が僕以外にいなかった。

個々の仕事や生活との兼ね合いで?

夏bot:ええ。僕には音楽活動する上でアメリカとイギリスをツアーで回れるくらいまで行くというのは大きな目標としてあるので、アメリカ・ツアーがこのバンドで望めないとなった時点で、自分の中で整理が付いたことも大きかったです。なので到達点だし、これ以上はあるかもしれないけど、それが必ずしも自分が望んだ形ではないかもしれない、ということで引き際かなと。

実際、アルバムもライヴも素晴らしいので残念ではありますが、ここで終わることに対する説得力は感じます。

Mav:ライヴのクオリティはいまがいちばんいい、高いよね。

夏bot:ここ最近、本当に悔いがないですね。

ピッチフォークに『Hotel Insomnia』のレヴューが載った後、解散の報が載ったのは驚きました。

草稿:レヴューが載った当日じゃなかった?

Mav:コントみたいだった(笑)。

夏bot:ピッチフォークは独立性を保ってるので、事前のやりとりはまったくなかったんです。なので、たまたまそういう因果だったという。外からは相当、不思議な見え方をしてたと思います。

Mav:ピッチフォークに載ったから解散する、みたいな(笑)。

夏bot:海外ファンがほんとにそういう冗談を言ってたよ(笑)。

『Hotel Insomnia』のレヴューはバンドへの理解と知識に基づいた、かなりしっかりとした内容でしたね。

夏bot:ええ。ただ、ライターはアジア系の方だと思います。アジア圏の音楽に触れてくれるのは結局、アジア人だけなんじゃないか? という思いは払拭しきれませんでした。白人主体のインディ・ロック・シーンにおいて、東洋人として一撃を喰らわせるには至らなかったんじゃないかなと。

一方で、ソブズなどは欧米で評価されつつありますよね。

夏bot:ソブズは風穴を空けてくれるんじゃないかなと、期待してる部分は少なからずありますね。

フォトハイの活動を通じて得た喜びや感慨についてお聞きしたいです。

eureka:言いたいことはたくさんあるんですけど、海外に行ったときにみんながシンガロングしてくれたり、そういうのはすごく嬉しかったですね。国内外問わず、うっとりした熱い視線やキラキラした目で見上げられたことがない人生だったので、私的にそれは初めて見た景色でした。普通に生きてたら経験できないことだと思うので、それが私のいちばんの宝、ファンのみなさんに頂いた景色ですね。

Mav:Baybeatsのステージだったり年始のCLUB QUATTRO(2022年1月10日)だったり、「普通にバンドをやってたら、こんな大勢の人たちの前でやることはなかっただろうな」という場所でやれたのは大きいですね。あとは、僕は9月に仕事の出張でシンガポールに行ったんですけど、最終日の夜にソブズやコズミック・チャイルドが借りてるスタジオに行って、夜通し飲みながら好きな音楽を爆音で流しながらすすめ合ってたんですよ。異国の地でこんなことをやる人生ってあんまないよな……と感慨深かったですね。あとはやっぱり、エゴサしてる瞬間は「生きてる!」って感じ(笑)。

夏bot:結局、インターネットなんだよな~。

Mav:インターネット育ちなので。

(笑)。

草稿:僕は普段旅行をしないので、バンドの用事がなかったら海外にも、大阪ですら行かなかっただろうし、そんな機会があるバンドにいられただけでよかったと思います。あと最近、バンド界隈の人たちとカードゲームをやってるんですけど、そういうコミュニティができたのもよかった。

Mav:君、バンド界隈の人たちといちばんプライベートで遊んでるよね。

草稿:バンド界隈ってもはや思ってないんだけどね。

夏bot:日本のシューゲイズ・シーンはマジック・ザ・ギャザリングのプレイ人口が多いらしいです。

草稿:みんな、陰キャなんじゃないですかね。外交的な陰キャ、みたいな(笑)。


eureka(ヴォーカル/ギター)

私らしく自分で歌いたいって気持ちでレコーディングに挑んだのがいままでとのちがいですね。私は結局、誰か風に歌っても私の歌にしかならないので、それがいいところだと言われるけど、それを一回全部捨ててみたい気持ちがありました。(eureka)

ラスト・インタヴューになるので、バンドの歩みを振り返りたいと思います。始まりは2012年、夏botさんが宅録を始めたことと考えていいのでしょうか? とはいえ、バンドで演奏することを前提に制作していたそうですね。

夏bot:大学に入りたての頃にバンドをやってたんですけどすぐ空中分解しちゃって、それがトラウマになってたんです。それで、ひとりでチルウェイヴを作ったりしてたんですね。そんな中、後にBoyishを結成する岩澤(圭樹)くんが「Friends(現Teen Runnings)というバンドがめちゃめちゃかっこいい」と言っててFriendsを好きになり、一緒にライヴを見に行くようになって。その過程でSuper VHSとかミツメとか、いわゆる東京インディのバンドを知っていったんです。同時代の海外シーンと共鳴しながら日本で独自の音楽を作ってるバンドがいることが衝撃だったので、自分もそういうシーンに加われるバンドをやりたいと思ったんですね。2012年の春頃に岩澤くんがBoyishでライヴをするようになったことに刺激を受けて、バンドで演奏できる曲を作るようになりました。

最初の作品は『Juniper And Lamplight』ですか?

夏bot:その前にBoyishとのスプリット(『Flower Pool EP』)を出しています。それを出したのが2012年9月なので、そこをバンドの始点と仮定しています。

そこに、メンバーが加わることで発展していった。

夏bot:最終的にベースのMavくん、ドラムのまーしーさん、ギターのU-1というラインナップになり、ラブリーサマーちゃんが参加した時期が1年あって、ラブサマちゃんが脱退してeurekaが加入して、という感じですね。紆余曲折があって、メンバーがかなり入れ替わってます。それ以前も含めるともう3、4人いるんですけど、数えてくとキリがないので。

Mav:初代ドラマーのMacBookとかね(笑)。

ラブサマちゃんが加入してリリースしたEP「In Fear Of Love」のCDを無料で配布していたことをよく覚えています。夏botさんがおっしゃったとおり、当時の東京インディは面白くて刺激的な時期でしたよね。

Mav:関西のトゥイー・ポップ周りも元気で面白かったよね。

夏bot:そうね。Wallflowerがいて、Juvenile Juvenileがいて、Fandazeがいて……。いまの方がバンドの母数が多くて理解してくださる方も多いんですけど、あの頃ならではの刹那的な輝きがあったなと未だに思い返しますね。仲間が少ない中、みんな試行錯誤して、面白いイヴェントをDIYでやろうとしてる感じがありました。

Mav:いろんな人がZINEを作ったり、オガダイさん(小笠原大)のレーベルのAno(t)raksがネット・コンピを出したり。僕もソロで参加してました。

夏bot:“Youth In My Videotapes”名義でね。

ソーシャル・メディアの黎明期で、Hi-Hi-Whoopeeに象徴されるブログ・カルチャーを介して情報が広がっていく動きもありましたね。For Tracy Hydeはその後、『Film Bleu』でP-VINEからアルバム・デビューを果たします。このアルバムはいま聴くと、タイトルどおりフレッシュな青さを感じますし、eurekaさんの歌もちょっとちがいますね。

草稿:いま、eurekaはマスクの下でめちゃくちゃ苦い顔をしてます(笑)。

eureka:録り直せるなら録り直したい(笑)。録音したのは加入して2、3週間後で、最初に録ったのは“Sarah”(“Her Sarah Records Collection”)と“渚”だったと思います。録音したものを聴いて、「私ってこんな声なの?」と思ったのがそのままCDになってます(笑)。

夏bot:この頃は「歌に感情を込めないのがいい」という謎のポリシーがあって、それを彼女に強いたらめちゃめちゃ戸惑ってしまって。

eureka:セカンドからは好き勝手に歌ってよくなったんですけど、ファーストのときはとにかく「かわいくならないようにニュートラルな感じで、無感情で歌って」と言われて、全然わからなかったですね(笑)。

夏bot:聴き返したら、演奏もアレンジも全然なってねえなって思っちゃいますね(笑)。唯一、いま聴くことができない自分の作品。でも、不思議と根強く支持してくださる方がいらっしゃるんですよね。

Mav:最近のライヴ物販でも未だにCDが売れるからね。

夏bot:解散を発表してから「ファーストの曲をライヴで聴きたい」という声がめちゃめちゃあるのですが、やりようがない(笑)。

Mav:編成上の都合があるからね。

音楽的には渋谷系成分が多めに感じられますし、すごくポップでいろいろなことにトライしている印象です。

夏bot:良くも悪くも、海外インディの解像度がめちゃめちゃ低かったと思います。いかんせんプロダクション周りのことを何も知らなかったので、ノウハウがないまま「ザ・1975っぽい音にしたい」とか「ダイヴ(DIIV)みたいな音にしたい」とか、そういう試行錯誤の跡が残ってますね。

Mav:単純に2012年から2016年までの曲が全部入ってるから、作った期間が長いんですよね。

夏bot:(曲が)古いんだよね。

先日、夏botさんの「新譜案内等に『シューゲイズ』という言葉を入れるだけで出荷枚数が3桁単位で減るという時代が10年くらい前にはありました」というツイートがバズっていたじゃないですか。そのこともファーストのサウンドに関係しているのかなと。

夏bot:その情報は友人のバンドマンがレーベル・オーナーから聞いた話なので僕が直接損害を被ったわけではないんですけど、それでも当時のうちらの担当者も「シューゲイズ」という言葉を使うのを渋ってたので、業界内でそういう認識は共有されてたと思います。レコード屋さんのポップでも「チルウェイヴ×アニメ文化」みたいな不思議な書かれ方をされてて、本質はそこじゃない気がするんだけど、でも「シューゲイズ」って言うわけにはいかないしな、というモヤモヤ感がありましたね。

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夏bot(ギター/ヴォーカル)

全編を通して文明批判的な視座があるので、芸術作品じゃなくあくまでも商品や製品、広告としてCDを提示したい思いがあって。アートワークというよりプロダクト・デザイン的な観点でやりたかったんです。(夏bot)

『he(r)art』以降の方がシューゲイズへのアプローチが明確に打ち出されていった感じがします。『he(r)art』でフォトハイのアートが完成された感じがしますね。

Mav:エンジニアがTriple Time Studioの岩田(純也)さんになって、プロダクションの質が変わったのがデカいですね。リファレンスとしてダイヴの『Oshin』の曲をリファレンスに挙げたら、岩田さんもノリノリで実機のデカいリヴァーブを出してきて。

夏bot:スペース・エコーね。

Mav:我々もテンションが上がって、リヴァーブ盛り盛りで録りましたね。

夏bot:話が通じるエンジニアさんとの出会いが大きくて、音楽性もそっちに引き寄せられるようになりました。「ディレイとリヴァーブで空間を埋め尽くすのをシューゲイズっぽくない曲に当てはめていく」というテーマがあって、それこそシティ・ポップ的な曲にそのアプローチをしてみたり。

eurekaさんはいかがですか?

eureka:ファーストを録りながら自分の声や「どうしたらどういう風に歌えるのか」が客観的になんとなくわかるようになって、ライヴをある程度重ねて、「こういうことがしたい」というのがだんだんわかってきた頃ですね。夏botさんのデモに対して「こういう感じで歌おう」とイメージしてやれたので、いい感じだったんじゃないかなと(笑)。好きなアルバムのひとつです。

Mav:夏botがザ・1975にハマってて、コーラスの入れ方は参考にしてましたね。5度とかの音でずっとハモりつづけるコーラスが雑音の少ないeurekaの歌声に合ってたと思います。

夏bot:その後の方向性の基盤になってるとは思うのですが、一方で特異点っぽい感じもする。例えば、ブラック・ミュージックっぽいアプローチの曲は、これ以降ほぼやってないですし。

Mav:変なことをいろいろ、いちばんやってるんですよね。“アフターダーク”や“放物線”の感じはこれ以降ないし、“Just for a Night”の朗読も変わってるし。トータルとしてすごく好きです。

そして、まーしーさんの脱退と草稿さんの加入を経てリリースされた『New Young City』。夏botさんにインタヴューしたとき、シティ・ポップが喧伝され称揚されていたことへの違和感を語っていた記憶があります。

夏bot:シティ・ポップってある意味、シューゲイズ以上に新規性が打ち出しにくいと思ってて、シンプルに面白くないなと(笑)。音楽的探求心が感じられないものが流行ってたので、シティ・ポップの意匠を借りて内側からそれを瓦解させることをセカンドでやろうとしたんですけど、自分の力不足かうまく伝わらなかった。そこで一旦仕切り直して本当に得意な音楽に改めて向き合って、シティ・ポップ・ブームに対するオルタナティヴとして強度が高いものを提示しよう、という意識はあった気がします。

Mav:草稿が入って、フィジカル的に強度のあることをやれるようになりましたね。

夏bot:まーしーさんとはドラマーとしての資質がちがうからね。

Mav:まーしーさんは関西のギター・ポップ畑出身なんですけど、草稿はマイク・ポートノイになりたい人なので(笑)。

草稿:僕、マイク・ポートノイっぽくないですか(笑)?

Mav:草稿は、デモのドラムがダサいと思ったらどんどん変えてくタイプですし(笑)。

草稿:「ダサい」って言うと管さん(夏bot)は露骨に機嫌が悪くなるから、そうは言わないけど(笑)。ドラムパターンを変えてもあまり怒られなかったので、ありがたく変えさせていただいてます。

Mav:このへんから僕もベースで好き放題やらせてもらってますね。

夏bot:一方でここから(eurekaがギターを弾くようになったことで)ギターが3本になったので、そのぶんシンセに依存する比率が下がっていった。ドラスティックな変化がセカンドとサードの間にあった気はしますね。

“Hope”と“Can Little Birds Remember?”は完全に英語詞の曲ですよね。

夏bot:ソブズとの出会いが大きかったですね。2018年の7月頃に「ジャパン・ツアーをオーガナイズしてほしい」と相談を受け、2019年の1月にそれを実現させて、というのを間に挟んだので、海外リスナーにどう訴求するかを念頭に英語詩の曲を作りました。その部分はアルバム全体に変化をもたらしたんじゃないかと思います。

その後、2019年9月18日の台北公演に始まるアジア・ツアーをおこなっています。

草稿:弾丸すぎて大変だった思い出しかない(笑)。嫌な思い出が99%、いい思い出は1%しかないかも。

夏bot:スケジュールは鬼キツかったですね。僕は楽しかったけど、みんなはそうじゃなかったかも(笑)。

Mav:楽しさはあるけど、あのスケジュールでやるもんじゃないって思ったよ。

夏bot:マニラからジャカルタに移動する空港で気絶しそうになってたとき、さすがにキツかったよね。

寝る時間がなくて?

夏bot:そう。マニラでのライヴが終わって空港に移動して、深夜だからお店も開いてない中、フライトまでの数時間を空港で潰さなきゃいけなくて。

草稿:機内泊が3連続だったから、めっちゃハードでしたね。コズミック・チャイルドのメンバーが空港のコンビニの前で寝てて、すげえなって思った(笑)。

夏bot:あの時間帯の海外の空港ってすごくて、みんな当たり前のように床で寝るんですよ。

eureka:最終日のジャカルタに着いたとき、「頼むからお風呂に入れさせて!」って訴えて入れさせてもらったんですけど、みんなは入れなかったよね(笑)。

草稿:僕は、マニラとジャカルタでは同じ服を着てました(笑)。

eureka:あとライヴをする環境もすごくて、その場でステージを作って音響もギリギリまででき上がってない状態で、日本でのリハーサルとはまったくちがいました。メンタルが強くなったと思います(笑)。

草稿:マニアの会場はコンクリートの打ちっぱなしのジムで、音がめちゃくちゃ回ってましたね。

夏bot:音響が事故らなかった日、ないんですよね。

草稿:ジャカルタの思い出だと、ドラムの位置がステージの後ろギリギリで、演奏中に椅子が落ちかけたりとか(笑)。

eureka:最初の数曲でヴォーカルの音が外に出てなかったことがあって、「おかしいな」と思って“Can you hear me?”って聞いたら“No!”って返ってきたこともあったよね(笑)。“One more time!”って言われて、もう一回歌いました(笑)。

草稿:ヴォーカルのマイク線がMavのコーラスマイクに刺さってたんだよね。

Mav:でも、シンガポールとインドネシアでライヴをやったときは「すげえ! こんな盛り上がるんだ! マジか!?」ってインパクトはあったよ。

夏bot:娯楽に対する飢餓感が強いんですよ。公安がイヴェント運営に介入してくるのでギリギリまで会場の使用許可が下りなくて、会場が決まらないから告知できないとか、そういう経緯があって。そのぶん能動的に楽しもうという姿勢が伝わってきて、かなり刺激を受けましたね。日本語詞の曲も響いたけど、その上で英語詞の曲も当たり前のように響いて、一緒に歌ってくれて……。その体験がこの作品以降、英語詞の曲を必ず入れる流れに大きく作用したのは事実ですね。

Mav:後は、リリパでwarbearと対バンしたじゃないですか(2019年10月16日)。あれは感慨深いものがあった。音響は事故ったとはいえ、U-1はあれがエンディングって感じだったもんね(笑)。

草稿:「人生、第一部完」みたいな感じだった(笑)。

Mav:『あの花』(『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』)のTシャツにサインまでしてもらって。

夏bot:もう一個付け足すと、翌年(2020年)の1月にバンコクでライヴをしたときにデス・オブ・ヘザーのテイや他のメンバーが遊びに来てくれて仲良くなった経緯があって、今回スプリット・シングル(『Milkshake / Pretty Things』)を出すことができたんです。来日公演(2023年3月16日)で対バンもできたので、ささやかだけどターニング・ポイントっぽい出来事かな。

草稿:タイ、よかったね。サイン会もして、50人くらい並んでたんじゃないかな? コロナ禍前の瀬戸際だったね。

先例がないことをやることと、軸にある音楽性を崩さずに可能なかぎり規模感を広げることは念頭に置いて活動してきました。それがシーンの活性化や若手たちへのインスピレーションに繋がってくものと思って活動してきたので、もし少しでも形にできてるなら本望ですね。(夏bot)

そしてコロナ禍に突入し、2021年に『Ethernity』をリリースしました。「アメリカ」というコンセプチュアルなテーマがあり、音楽的にも異色のアルバムだと思います。

夏bot:やっぱり、かなり大きな社会情勢の変化がいろいろとあったので。アメリカはトランプ政権下でしたし。

Mav:ブラック・ライヴズ・マターとかもあって。

夏bot:そう。あと、コロナ禍でバンドも動かせないし友だちとも会えないし、何もすることがないのでひとりで内省にふける時間が否応なしに増えて。変化が起こるのは、必然と言えば必然なのかなと。

Mav:夏botが多摩川沿いを無限に歩いてた時期ね。

草稿:痩せた時期ね。

eurekaさんはどうですか?

eureka:小学生の頃から社会に対していろいろなことを考え続けてて、それを表に出せないタイプだったので、このアルバムはぐっとくる、しっくりくる歌詞が多かったです。小学6年生のときの卒業文集にみんなが将来の夢や6年間の思い出を書いている中で、私は「戦争反対」って書いたんですよ(笑)。

Mav:イカついね~。

夏bot:だいぶストロング。

eureka:そういう本ばかり読んでましたし。私の親は父がアメリカ人なんです。片方の国は戦争をしてて片方の国には平和憲法がある、という2つの祖国の間でアイデンティティの葛藤を感じながら育ってきたので、このアルバムはしっくりきました。

夏bot:コロナを機に昔のことを思い返しつつ、いまのアメリカと昔のアメリカを対比してましたね。あとはドリーム・ポップというジャンルが社会性と切り離されて捉えられがちだからこそ、あえて社会性のある作品を出すことにしたんです。

Mav:僕はこのアルバムでは、「リアル・エステイトのパクリをやらせていただきました」という感じでしょうか(笑)。ソロ名義で作った曲で、歌詞が書けずにお蔵入りにしてたものをサルベージしたんです(“Welcome to Cookieville”)。夏botが「爽やかな曲が欲しい」と言ってたので、仮タイトルは「爽やか」でしたね。

夏bot:貴重なU-1作詞曲です。

Mav:あいつが「書いてみる」と言うから書いてきたはいいものの、メロディと文字数が一切合ってなくて(笑)。韻もめちゃくちゃだし、「頭の中でどう整合性が付いてるのかまったくわからん」と思いながら調節した経緯があります。じつは、ファーストの“Outcider”の作詞は僕ってことになってるんですけど、あれもU-1が作詞原案なんです。それもめちゃくちゃな状態だったから、僕が調整したんですよね。

夏bot:そしたら「これは俺の歌詞じゃない!」って言い出してクレジットされるのを拒まれた。よくわからんけど、“Welcome to Cookieville”のクレジットはOKだったね。

Mav : 嫌がってたけど、ぬるっとそのままクレジットしちゃった。

草稿さんは?

草稿:僕はこのとき、モチベーションが1ミリもなくて(笑)。やる気がなさすぎて3か月くらいドラムを叩いてなくて、めちゃくちゃ下手になったんです。数か月叩かなかったブランクを取り戻すには、マジで1年半くらいかかりますね。演奏面については、2曲目の“Just Like Firefries”のフィルをいろんな曲で使い回してるんです。でも、「これはコンセプト・アルバムだから大丈夫」って言い聞かせて(笑)。ドリーム・シアターのコンセプト・アルバム『Metropolis Pt. 2』でもマイク・ポートノイが“Overture 1928”のフィルを使い回してるので、自分の中でそれと同じということにしました(笑)。

そんな裏があったとは(笑)。そして、2022年2月のU-1さんの脱退を経て10月にシンガポールのフェス、Baybeatsに出演しました。

夏bot:2019年のアジア・ツアーと2020年のバンコク公演からの連続性の中で捉えてますね。海外での活動が視野に入ってくる段階かなと思ってたところでコロナ禍に突入してしまって、国内での活動すらままならない状況になってしまったので、それを乗り越えて海外の舞台に戻れたのには感慨深いものがありました。以前お会いした方々にもまた会えましたし、当時と変わらないかそれ以上の盛り上がりをまた見せてくれて。シンガポールは国民の多くが早い段階でコロナに一度罹ってたらしく、生活は完全に元通りになってましたね。日本とまったくちがう状況に放り出されたのもよかったですね。

草稿:いい待遇をしてくださって、非常に気持ちがよかったですね。

夏bot:フェスに国家資本が入ってるからね。

草稿:Baybeatsに出るか出ないかでバンド内は紛糾したんですけど、解散が決まってたので僕は絶対、無理にでも出た方がいいと激推ししました。結果的に出られてよかったと思います。

Mav:2019年のグッズを着てくれてる人がいたのは嬉しかったですね。夏botは完全に暑さにやられてましたね。

夏bot:熱中症になりました。10月だったけど夏の気候なんですよ。

Mav:eurekaはすぐ帰国しなきゃいけなかったので、僕と草稿だけがライヴ後のサイン会でサインを書き続けました(笑)。

草稿:いちばん需要のないふたりが(笑)!

夏bot:劇場の支配人が物販の手伝いに来るくらいの勢いで、物販はほぼ全部売れましたからね。

Mav:シンガポールのバンドの連中と飲んだのも楽しかった。コズミック・チャイルドが新曲をレコーディングしてるスタジオに遊びに行ったのもいい思い出だし。

夏bot:このときに機内で撮った朝焼けの写真がスウェットの写真になってるよ

草稿:そうなんだ! めちゃくちゃいい話。

eureka:でも、なんだかんだで2019年のアジア・ツアーも楽しかったですよ。

草稿:それは美化されてるよ(笑)。

夏bot:思い出補正だ(笑)。

eureka:騙されてたほうが幸せ(笑)。

そして『Hotel Insomnia』に至るわけですが、制作はいつやっていたのでしょうか?

草稿:『Ethernity』のワンマン・ツアーのとき(2021年5月1日、3日の「Long Promised Road」)には既に……。

Mav:2、3曲やってたよね。“Undulate”と“Milkshake”と“Estuary”。

夏bot:レコーディングも2021年の夏には一旦してたんじゃないかな。この頃、僕はすごく燃えてたんですよ。どんどん曲を作っては(メンバーに)投げ、作っては投げ、っていうのをやってて。

Mav:いままでのデモは全部フルで作ったものだったんですけど、『Hotel Insomnia』に関してはワン・コーラスのものをたくさん作ってましたね。それで、「どれがいい?」って投げられる感じ。

夏bot:ぶっちゃけ『Ethernity』の評判がよくなかったんですよね(笑)。なので、それを上書きしたい心理があったと思います。コンセプト・アルバムを作るのはやめて、曲をいっぱい作ってメンバー投票で選べば嫌でもいいアルバムになるだろうって。

『Hotel Insomnia』は、いままであったアルバムのイントロとアウトロがないですからね。いい曲だけを集めたものにしたと。

夏bot:シンプルにそういう形にしようと思いました。「曲数を減らそう」という狙いもありましたね。

草稿:長すぎて冗長な節があったからね。

Mav:「10曲、11曲で終わろう」って言ってたね。

草稿:気づいたら13曲になってたけど(笑)。でも、このアルバムは冗長感ないよね。アルバムの長さはいままでとそんなに変わらないんだけど。

とはいえ、『Hotel Insomnia』というタイトルにはコンセプトが潜んでいそうな感じがあります。

夏bot:ええ。通底してるものはありますね。コロナ禍以降の世の中の変化が『Ethernity』のときよりさらに加速してる感じがあって――例えば、いろいろな分断だったり、ウクライナ戦争だったり、安倍(晋三)元首相の暗殺事件だったり。なので『Ethernity』を制作してた頃より、考えたり思ったりすることがさらに増えました。“Hotel Insomnia”というのは「旅先で過去を思い返したり、未来を不安に思ったりして眠れない」という状態を想定してます。でも、旅をするまでもなく、我々は普段、日常においてそういう心理に近い感情を抱えて生活しないといけない状況になってるので、旅先での不安といま我々の生活の中にある不安をオーヴァーラップさせてます。生まれ育った国にいながらにして異邦人のような孤立感、疎外感を覚える感じというか。そういう心情をいろいろな形で表現しよう、というのが裏テーマとしてありました。

イーグルスの“Hotel California”と関係があるのかな? なんて思っていました。

夏bot:それは全然ないんですけど、そういう捉え方もできるとは思います。それこそ“Hotel California”も文明批判的な視座がある曲なので、意図してないにせよ面白いと思いますね。今作はタイトルだけ先にあったのですが、検索していたら他にも固有名詞として“Hotel Insomnia”という言葉が使われてる例が2つあって。一個は韓国に実在するホテルで、もう一個はチャールズ・シミック(Charles Simic)というアメリカの詩人の詩集なんです。チャールズ・シミックは旧ソ連圏のセルビア出身の方で、作風も旧ソ連圏の社会主義が日常生活に落としてる暗い影を感じさせるものらしいんですね。実際に詩集を取り寄せて読んでみたら、別に好きでも嫌いでもなかったんですけど(笑)。“Hotel California”にしてもチャールズ・シミックにしても、いろいろな、似たような発想のものがこのタイトルに集約されてるんじゃないかと思いますね。

ちょっとホラーめいたモチーフでもありますよね。映画『シャイニング』のオーヴァー・ルック・ホテルを想起させもしますし。音楽的にはどうでしょう? 演奏やプロダクションは、フォトハイの集大成にして最も得意なところを打ち出しているんじゃないかと思いました。

夏bot:「シンプルにいい曲を」というのが第一義だったので、あまりめちゃくちゃなことはできなかったんです。身の丈に合ってないことに手を出した結果、「音は面白いけど楽曲の強度がない」という例は過去作にあったと思うので、それは絶対に排除しないといけなかった。フォトハイがいままで長いコンセプト・アルバムを作ってきたのには、The 1975の異様に長いアルバムの影響が大きいんですね。今回そこからあえて外れて、一曲一曲の強度が高いコンパクトでコンセプトのないアルバムを作ろうと思い立ったら、The 1975も(『Being Funny in a Foreign Language』で)そういう方向に路線変更してて偶然にも一致したのが、自分の中で面白ポイントとしてあります(笑)。

マスタリングはなんと、ライドのマーク・ガードナーが担当しています。

草稿:マスタリング前と後で聞こえ方が全然ちがったんですよね。印象がこんなに変わるんだなって。「ドラムでか! ベースでか!」みたいな。

Mav:「洋楽の音」というかね。

夏bot:先行配信された“Milkshake”とYouTubeのMVは従来どおり中村宗一郎さんがマスタリングされてるのですが、印象がちがうので聴き比べてみると面白いと思います。

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Mav(ベース)

何年後か、ブックオフの棚にひっそり並んでて、何も知らんけど手に取ってみたらめちゃくちゃよかったCDとして若者に聴いてもらいたい。(Mav)

マーク・ガードナーに依頼した経緯を教えてもらえますか? エンジニアリングをされているというのは知りませんでした。

夏bot:彼はいまスタジオをやってて、ミキシングやマスタリング、プロデュースなどをいろいろされてるんですね。遡ると、まず『Ethernity』をアメリカでマスタリングしたかったので、エンジニアさんにコンタクトを取ったのですが返事がなく、納期に間に合わなかったことがあったんです。で、『Hotel Insomnia』を作るとき、レーベルからプロモーションとして外部アーティストとコラボする案を頂いて、エモ・ラップに傾倒していた時期だったので国内のラッパーをフィーチャーした曲を作ろうかなと思ってたのですが、イメージが湧かなくて。でも、外部アーティストを入れるのは大事かなと思ったので、今回こそ海外でマスタリングしてみるのは手だと思いました。候補としてスロウダイヴのサイモン・スコットとマーク・ガードナーを挙げて、バンド内で話し合ったらみんなライドへの思い入れが強かったから、マーク・ガードナーと一緒にやってみたい、という話になったんですね。マーク本人もSNSですごく言及してくださって、願ったり叶ったりでしたね。

Mav:ミーハーだけど、マーク・ガードナーが、俺が弾いたベース、俺が書いた曲を聴いてるってだけでテンション上がるよね(笑)。

草稿:そんなこと考えなかったな。

夏bot:自分のドラム、めちゃめちゃ持ち上げられてるやん(笑)。

草稿:たしかにね。「いいドラムだ!」って思われたのかも(笑)。

夏bot:「ドラムを聴かせたい」って思ってなかったら、こうはならないから。

草稿:いいこと言うね。自信持てたわ(笑)。このアルバムでは、どれだけ気持ち悪いことができるかに挑戦したんですよ。『Ethernity』についてのインタヴューでも言ったんですけど、スピッツが赤レンガ倉庫でのライヴ映像を無料公開してる時期があって、仕事が忙しかった期間にそれをリピートしてたんです。そしたら(ドラマーの﨑山龍男が)「気持ち悪いことをさらっと入れてるんだけど気持ち悪くない」みたいなプレイをしてて。それで管さんが怒らないギリギリまで気持ち悪いプレイをやろうと思ってアレンジしたんですが、どこまでやっても怒られないからどんどん気持ち悪くなっていきました(笑)。

夏bot:ペースよく曲を作るのを最優先してたから、デモはドラムもベースもぜんぜん練ってなかったんだよね。

草稿:リファレンスもなかったから、僕とMavで決めていきましたね。

Mav:ベースは……頑張ったな(笑)。“The First Time (Is The Last Time)”とか、個人的に気に入ってるベースラインはすごく多いです。

草稿:あれはCymbalsを目指したんだよね(笑)。“RALLY”のフィルをなんとかねじ込もうと思ってパンチインしましたからね(笑)。

Mav:“House Of Mirrors”は私が書いた曲ですが、「あまりめちゃくちゃなことはできなかった」と言いつつ、思いっきり変な曲ですね。

夏bot:Mavくんの曲が一曲あった方がいいかな、という気持ちがあったんですよ。

Mav:温情枠があるんですよ(笑)。夏botが「アルバムに欲しい要素リスト」を出して、その中で「チルウェイヴっぽい曲だったらいける」と思って作ったのですが、最終的に全然ちがうとこに行き着いたね。ファーストからフィフスまで僕が書いた曲は7曲あるんですけど、この曲に限らず、いくつかはバンド内発注みたいな感じでした。ただ、“House Of Mirrors”は海外のRate Your Musicではボロクソに言われてますね(笑)。

夏bot:自分からは出てこない感じなので面白かったと思います。好きな人は好きな曲だよね。

Mav:評価が両極端なんだよね。

草稿:でも、ラップは宇多丸さんに(「アフター6ジャンクション」で)褒められたから。

夏bot:めちゃめちゃ光栄だったけど、完全にドメス(ティック)な視点だね(笑)。

ラップは想定されていたんですか?

Mav:間奏がギター・ソロだけだとさびしいから語りかラップを入れたいけど、自分で歌詞を書けないから無理難題にならないかな? と思ってたら、夏botが「ラップを入れたい」と言ってくれたんですよね。

夏bot:最近SixTONESの田中樹くんにめちゃめちゃハマってて、ラップが熱いんですよ(笑)。

eurekaさんはどうですか?

eureka:これまでは曲ごとに「このヴォーカリストっぽく歌いたい」と設定して「この人とこの人のいいとこ取り」みたいなのをやってたんですけど、今回は一曲もそれをやってないんです。

夏bot:お~!

最後にeurekaとして歌ったんですね。

eureka:そうなんです。ただの素の私で歌ってみようって。さっき言ったとおり『Ethernity』も好きなんですが、歌詞がいちばん好きなのは今作かも。だから、私らしく自分で歌いたいって気持ちでレコーディングに挑んだのがいままでとのちがいですね。私は結局、誰か風に歌っても私の歌にしかならないので、それがいいところだと言われるけど、それを一回全部捨ててみたい気持ちがありました。


草稿(ドラム)

ある文脈の中にちゃんと位置づけられるほど強度のある曲を夏botが書いてくれて、そこに参加できたのが嬉しかったですね。誰かの人生を狂わせられる程度のバンドにはなったのかな?(草稿)

夏bot:みんな素なんだよね。僕もリファレンスをあえて投げなかったので。

草稿:あえてだったんですね。

夏bot:いちいちリストアップするのがだるいし、型にハマるのも面白くないなと。曲決めの投票とか、民主的な感じはめちゃめちゃ意識してた。

eureka:あとこの前、リハーサルの前日にぜんぜん眠れなくて、本当に“Hotel Insomnia”だったことがあって(笑)。ニュースやTwitterを見てても3.11の話題が流れてきて、寝不足のまま向かったスタジオで歌った“Estuary”でいろいろ考えてしまいました。今回の歌詞、重いですよね。

夏bot:「このアルバム、管さんが病みすぎてる」と言う友人がいるんですが、そんなことないんですよ。いろんな登場人物の物語をいろんな人の視点で書いてるだけなので。

eureka:“Hotel Insomnia”だからね。

“Natalie”では思いっきりビーチ・ボーイズ・オマージュをやっていて、夏botさんらしいなと思いました。

夏bot:いままでやってこなかったしできなかったのですが、コロナ禍以降、音楽への解像度がめちゃめちゃ高まったんですよね。リモート・ワークになって音楽を聴く時間が増えたので、聴いては調べてを繰り返してく過程でわかったことがかなり多かったんです。それで、ここいらで一回やってみようかなと。同じような音楽性の他のバンドは絶対やらないでしょうし。あと、明確に決まってなかったんですけど、アルバムを作ってる段階で「終わるんやろな」と思ってたので、最後にやっておきたいことを考えてたからですね。

今回はジャケットがメンバーの写真だというのも大きなちがいですね。

夏bot:今回は、いままでお世話になってた小林光大くんじゃなくて、renzo masudaくんという写真家が撮ってくれたんです。光大くんはメンバーの写真をジャケットにしたがってなかったのですが、せっかく写真家が変わったし、ちがうことをやってみたいと思ったときにこの案が浮かんだんですね。メンバーを撮るだけならお金も時間も節約できますし(笑)。

草稿:あとはテレビを探してくるだけでしたね。

Mav:世に残存する貴重なブラウン管テレビの内の1つをMVでeurekaが壊しましたが。

eureka:しかも、1つじゃないし(笑)。いや~、あれ、怖かったな~。

夏bot:ジャケットに文字を入れたのもハイライトかな。普通のアルバムっぽい感じにしたくなかったのと、全編を通して文明批判的な視座があるので、芸術作品じゃなくあくまでも商品や製品、広告としてCDを提示したい思いがあって。アートワークというよりプロダクト・デザイン的な観点でやりたかったんです。それと、ソブズとかコズミック・チャイルドとか、シンガポールの友人たちはみんな渋谷系がめちゃめちゃ好きなんですね。それで、ひさびさに渋谷系を聴き直して「やっぱりいいな」と思うタームがあったので、渋谷系っぽい意匠を古臭かったり陳腐だったりしない程度に取り入れました。いろんな要素を足し算で取り入れて組み立てていきましたね。

音楽的にも90年代のエレメントを感じました。

夏bot:原点回帰といえば原点回帰ですね。ファーストからフォースまでの要素は全部、何かしら入ってる集大成だという気がします。“House Of Mirrors”だってセカンドっぽいといえばセカンドっぽい。

Mav:ラップが新鮮って言われるけど、普通にやってたよなと。

夏bot:“アフダーダーク”はラップってほどの感じでもなかったから。

アルバムの最後の曲“Leave The Planet”は解散宣言にも聞こえます。考えすぎでしょうか?

夏bot:歌詞は正直……バンドの終わりについての歌ですね。めんどくせー、全部投げ出してー、みたいな気持ちで書いてました(笑)。この曲が最後の曲になったのはたまたまで、もともと草稿が“Subway Station Revelation”で終わる案を出してたんですけど、いざ曲が出揃って並べたときにあまり気持ちよくなくて。

Mav:“Unduate”始まり、“Subway”終わりの曲順をメンバーで考えたのですが“Leave”がハマらなくてこうなりました。

草稿:あの打ち込みがイントロの曲で終わったのはよかったよね。

Mav:2023年はマッドチェスターが来る。

草稿:絶対来ないでしょ(笑)。

夏bot:でも最近、アンダーグラウンド・レベルで出てきてますよ。イギリスにはピクシー(Pixey)、オーストラリアにはハッチーやDMA’Sがいるから。

フォトハイがいなかったらこの10年の日本のシーンの景色はちがったんじゃないかと思うくらい、意味のあったバンドだと思うんです。東アジア、東南アジアのバンドとの繋がりも重要ですし。

夏bot:うーん……。そうなんですかね~?

(笑)。ご本人としての達成感はどうでしょうか?

夏bot:そうだとも思うし、そうだと言い切れないとも思うというのが正直なところかな……。僕は世間で思われてるよりは自分を客観視できるので、自分を持ち上げる言動は本心ではやってないんです。だから、ぶっちゃけ自分に自信はないですね。ただ、先例がないことをやることと、軸にある音楽性を崩さずに可能なかぎり規模感を広げることは念頭に置いて活動してきました。それがシーンの活性化や若手たちへのインスピレーションに繋がってくものと思って活動してきたので、もし少しでも形にできてるなら本望ですね。

Mav:僕は、シーンはあんまり意識してないかも。このバンドで作ったアルバムが気に入ってるので、それがすべてだなって思ってる。ライヴより音源の方がよっぽどいいと思ってるので(笑)。

夏bot:それはそうだね(笑)。

Mav:あと、コピバンしてくれる人がいるのはめちゃくちゃ嬉しい。コピバンされる対象になれた喜びはめちゃくちゃありますね。今後は、みんながコピバンやってくれるのをチューチュー吸って生きていきます。

(笑)。

夏bot:ライヴは、ふれあい動物園みたいなもんやからね。

Mav:我々自身がね、音源のFor Tracy Hydeのコピバンみたいなところがあるからね。

eureka:私はこのバンドが初めてのバンドなので、これまで音楽に能動的に関わることはまずなかったんです。でも、彼(夏bot)の曲を聴いて「これはいろんな人に聴いてもらうべき音楽だ」と勝手な思いを抱いて、彼の曲のスピーカー的な立場になれたのが嬉しいです。それを布教できたというか……。

夏botさんの曲を伝える媒体になれた、という感じですか?

eureka:……弟子みたいな感じ?

弟子(笑)?

夏bot:それはちがう気がするけど(笑)。

eureka:布教活動してる人、みたいな気持ちです(笑)。それが嬉しいし誇りに思ってるし、よかったと思います。アルバムの中に私が残ったのも嬉しいし、みんなにいっぱい聴いてもらいたいです。私たちがいなくなった後も曲は残るのでいっぱい聴いてほしいし、コピーもしてほしいです。

Mav:何年後か、ブックオフの棚にひっそり並んでて、何も知らんけど手に取ってみたらめちゃくちゃよかったCDとして若者に聴いてもらいたい。

夏bot:それはある!

eureka:私はMADになりたい。MADになって、それで知ってほしい(笑)。

Mav:MADという文化ってまだ存在してるの(笑)?

eureka:もうないのかな~?

夏bot:そのうちTikTokで流行らないかな~。

TikTokでペイヴメントの“Harness Your Hopes”が謎に流行ったので、可能性はあると思います(笑)。

eureka:突然、誰かの脳内を支配したいですね。

草稿さんはどうでしょう?

草稿:僕は、ある文脈の中にちゃんと位置づけられるほど強度のある曲を夏botが書いてくれて、そこに参加できたのが嬉しかったですね。誰かの人生を狂わせられる程度のバンドにはなったのかな? かといって、夏botが音楽だけで食っていけるところまで行けなかったのは心残りですね。

夏bot:まあ、僕は敵が多いから(笑)。

草稿:でも、いいものを作り続けてれば、きっといつか何かありますよ。

夏bot:せやな~。

草稿:あとは運ですから。まあ、コピバンはしてほしいですね。

Mav:コピバン、してほしい。

夏bot:コピバンは、してほしい。YouTubeにあるのは全部見てますから。

草稿:ちゃんとコピってくれないけどね(笑)。

Mav:ベースとドラムのディテールはめっちゃ捨て去られる。だから、俺たちとのチェキは撮りに来ないんだよ。

eureka:でも、歌ってる子たちはみんなかわいいよね。

草稿:ヴォーカルとギターの解像度だけは高い(笑)。

夏bot:でもね、コピーしてくれる事実だけでもう感動だよ。あとは精度で感動させてくれるバンドが現れたらマジで嬉しくなっちゃう。

草稿:すげー! 俺らよりうめー! みたいな(笑)。

eureka:二代目For Tracy Hyde(笑)。

夏bot:襲名してください(笑)。

そういう意味で、「21世紀のTeenage Symphony for God」だったんじゃないかと思うんです。

夏bot:だといいんですけどね~(笑)。

草稿:いいまとめだ!

Mav:僕は「僕らのアーバン・ギター・ポップへの貢献」だと思ってますよ。

夏bot:ザワンジのね。※

※小沢健二の“ある光”の歌詞「僕のアーバン・ブルーズへの貢献」のもじり。プリファブ・スプラウトの“Cruel”の歌詞“My contribution, to urban blues”の引用。

Mav:どれだっけ? 最初の頃にそれ、付けてたよね?※

EP『Born To Be Breathtaken』のコピー。

草稿:……太古の話してる?

真面目な話、それは確実に成し得たことなのではないでしょうか。

夏bot:だといいな~。

草稿:5年後には管さんが僕らを養ってくれるよ! それか年に一回、焼き肉を奢ってくれるはず。

夏bot:高い焼肉って食べたことないんだよな~。

草稿:食べ物ってさ、1万円を超えると全部同じですよね(笑)。

eureka:高いと緊張しちゃって味を感じられなくなる。全部、砂みたいに感じちゃって(笑)。「これ、1枚2000円だな」って思いながら食べるお肉、味しないよ。手汗がすごい出ちゃう。

あまりにも永遠の中堅バンドっぽい話なんですけど(笑)!

Mav:それが結論でした(笑)。10年間のまとめ(笑)。

夏bot:5枚のアルバムを通じて学んだこと、肉の味なの(笑)? 「友達と適度に安い焼肉を食うのがいちばんうまい」という結論?

草稿:……悲しすぎるだろ(笑)!

For Tracy Hyde年表

2012年9月11日:
Boyish & For Tracy HydeのスプリットEP『Flower Pool EP』をリリース

2012年10月9日:
EP『Juniper And Lamplight』をリリース

2013年5月10日:
アルバム『Satellite Lovers』をリリース

2013年8月31日:
EP『All About Ivy』をリリース

2013年10月27日:
『Satellite Lovers』『All About Ivy』のCD-Rを音系・メディアミックス同人即売会「M3」で頒布

2014年4月:
ラブリーサマーちゃん(ヴォーカル)が加入

2014年4月27日:
EP『In Fear Of Love』をリリース、「M3」でCDを頒布、各地で無料配布

2014年8月17日:
EP『Born To Be Breathtaken』をリリース、「コミックマーケット」で頒布

2014年10月26日:
シングル『Shady Lane Sherbet / Ferris Wheel Coma』をリリース、「M3」でCD-Rを頒布

2015年5月:
ラブリーサマーちゃんが脱退

2015年9月3日:
eureka(ヴォーカル)が加入

2015年10月25日:
シングル「渚にて」をリリース、「M3」でCD-Rを頒布

2016年12月2日:
アルバム『Film Bleu』をリリース

2017年11月2日:
アルバム『he(r)art』をリリース

2018年1月:
まーしーさん(ドラム)が脱退

2018年2月4日:
草稿(ドラム)が加入

2019年9月4日:
アルバム『New Young City』をリリース

2019年9月18日~22日:
台湾・台北、シンガポール、フィリピン・マニラ、インドネシア・ジャカルタを回るアジア・ツアーを開催

2021年2月17日:
アルバム『Ethernity』をリリース

2022年2月15日:
U-1(ギター)が脱退

2022年10月29日:
シンガポールのフェスティヴァル「Baybeats」に出演

2022年11月2日:
For Tracy Hyde & Death of Heatherのスプリット・シングル『Milkshake / Pretty Things』をリリース

2022年12月14日:
アルバム『Hotel Insomnia』をリリース

2023年1月5日:
解散を発表

2023年3月25日:
東京・渋谷WWW Xでのライヴ「Early Checkout: “Hotel Insomnia” Release Tour Tokyo」をもって解散

NAKAMURA Hiroyuki - ele-king

 なんて爽やかな「ピアノ・アルバム」だろう。
 綺麗で、楽しい。伸びやかだけど、整っている。風のように爽やかで、透明なピアノ。「音楽」を全身で追求し、そしてそれを楽しんでいるさまが、音のすみずみから聴こえてくる。

 なんて精密な「ピアノ・アルバム」だろう。
 コード、旋律、演奏、サウンド。そのすべてが計算され、磨き上げられ、傷ひとつない結晶体=サウンドスケープを形成している。映画のように味わい深い音響がここにある。

 NAKAMURA Hiroyuki のソロ・アルバムを聴いて、まずはそんなことを思った。リリースはブルックリンのレーベル〈Youngbloods〉。

 NAKAMURA Hiroyukiは、ピアニスト、電子音楽家、作曲家である。彼はサックス奏者にしてミキシング・エンジニアの宇津木紘一とのエレクトロニカ・ユニット UN.a のメンバーとしてエレクトロニカ・ファンによく知られた存在だ。

 NAKAMURA Hiroyuki のソロ・アルバムを聴き、私は彼は作曲・演奏家としても一流だが、音響作家/サウンド・デザイナーとしても卓抜したセンスと技量を持っていると確信した。とうぜん、音楽も徹底的に分析している。
 だが彼の音楽は実験のためだけにあるわけではない。その音には「音楽へのよろこび」にあふれている。これが重要だ。

 華麗さと緻密さ。喜びと分析。音楽と音響。
 そのふたつが共存することに、まったく矛盾がない作品である。どうしてだろう?と思いつつ、NAKAMURA Hiroyuki のnoteを読んでいると次のようなことが書いてあった。少し長くなるが大切なことなので引用しておきたい。

あなたとの距離。

複雑さを受け入れていく音楽。

 クラシック、ジャズ、エレクトロニカ、音響が一つの物語となった新しいピアノの表現。
 シューマンの「子供の情景」にインスパイアされ制作しました。

電子音は全てピアノの音から制作されています。

 「複雑さを受け入れること」。
 この言葉に本作のすべてがあると思った。音と音の複雑な交錯。その「複雑さ」にこそ、音楽の美しさがある。いや音楽の未来があるとでもいうべきか。われわれの耳は多様な音のうごきを感じることができるのだ。このアルバムは、われわれの耳の可能性を信じている。「あなたとの距離」。

 しかも驚いたことに「電子音」はすべてピアノから作られた音なのだという(!)。これには驚いた。もちろん技術的には可能なことなのだろうが、本作を「ピアノ・アルバム」とするという「意志」に驚いたのだ。
 さらに重要なのは、シューマンの「子供の情景」にインスパイアされているという点である。あのシューマンのロマンティックなピュアで、「子供の心を描いた、大人のための作品」という曲に。まさに本作のようではないか。

 彼はこうも書いている。

本アルバムは、シューマン以外にもフランクオーシャンの[ブロンド]から影響を受けています。 また、アジア人であることを意識し、ノイズと捉えられる音も意図的に取り入れています。

 この作曲者自身の言葉を読むと、このアルバムについて明晰に説明されており、もはや何も書くことがないように思える。ロマンティックなピュアさ(シューマン)。深いアンビエンス(フランク・オーシャン)。そしてアジア的なノイズへの意識/感覚。

 アルバム1曲目 “Distance” は環境音的な音から幕をあける。その後、滴り落ちるようなピアノといくつもの心地よいノイズが折り重なり、踊るように楽しげなピアノ演奏になる。SF的な仮想空間における輪舞曲のようなピアノ曲だ。
 2曲目 “Sing” はジャズとも無調とも印象派的ともとれる静謐な端正なピアノに微かにミニマムなノイズが絡みあう曲だ。3曲目 “Lay” はダイナミックなアルペジオから始まる力強い曲である。
 以降、アルバムは変装と即興と作曲を織り交ぜながら、蒼穹のごとき爽やかな和声と煌めくような旋律と、映画のように味わい深く精密なサウンドスケープを同時に展開する。
 海外のヨハン・ヨハンソンやニルス・フラームのポスト・クラシカル勢とは異なるジャズ風味がミックスされた新しいクラシカル・ミュージックとでもいうべきか。

 アルバム中、もっとも気になった曲は、やや暗い曲調で展開する6曲目 “Tomtom” だ。20世紀後半のクラシック音楽的な無調の響きが、やがてジャズ的な響きに変化し、ドローンやアンビエンスが変化していく。さまざまな音が折り重なるが、静謐なムードは保たれる。
 いうならば静かなエモーショナルとでもいうべきか。いくつもの相反する要素が静かな水面のむこうに渦巻くように展開している曲に思えた。
 どうやら NAKAMURA Hiroyuki が20歳のときに作曲した曲のようである(https://note.com/bbmusic/n/n9404e596804d)。私はカオスの先に、最後の最後に表出するエレガンスなピアノがたまらなく好きだ。

 やがて最終曲にしてアルバム・タイトル曲でもある7曲目 “Look Up At the Stars” へと至る。煌びやかで華やかに始まったこのアルバムは、うす暗い陰影に満ちた音世界(ノイズと音楽の交錯)を抜けて、静謐にして透明な音楽世界へとに行き着くわけだ。
 ノイズですら光景のひとつとして認識するアジア的な感覚と西洋の構築された音楽・和声の交錯のはてに行きつく、静謐な星空のような音世界に。

 この美しい音楽の結晶体を簡単に表現するなら、こうなる。
 
 春風か夏の空のような爽やかな「ピアノ・アルバム」。
 心の奥深く潜っていくような静謐な「ピアノ・アルバム」。
 映画のようなサウンドスケープを展開する緻密な音響の「ピアノ・アルバム」。

 そしてこの相反する三つのエレメントがまったく矛盾することなく交錯する点が重要なのだ。音楽と音響の豊かさの結晶とでもいうべきかもしれない。

 繰り返し聴き込むほどに、発見と味わいが増してくるアルバムだろう。ピアノのクリスタルな音、華麗な演奏と旋律、細やかで静謐なサウンドスケープ。そのどれもが耳に染み込んでくるような美しく、心地よい。
 「新しいモダン・クラシカル・ミュージック」がここにある。ぜひとも多くの人の耳を潤してほしいアルバムだ。

Yo La Tengo - ele-king

 COVID-19というパンデミックがもたらした衝撃は、三波にわたり音楽を襲ったようだ。

 第一波は、フィオナ・アップルの『Fetch the Bolt Cutters』のようなアルバムで、パンデミック以前に作曲・録音されたものだが、閉塞感や孤立というテーマ、また、自宅で制作されたような雰囲気が、ロックダウン中のリスナーの痛ましい人生と、思いもかけぬ類似性を喚起した。

 第二波は、2020年の隔離された不穏な雰囲気の中で録音された作品群のリリース・ラッシュである。ニック・ケイヴとウォーレン・エリスの『Carnage』のように、緊張感ただよう分断の感覚を音楽に反映させたケースもあった。ガイデッド・バイ・ヴォイシズの『Styles We Paid For』では、離れ離れになってしまったロック・ミュージシャンたちが、電子メールで連絡を取り合いながら、デジタルに媒介された現代において失われつつある繋がりについて考察している。また、パンデミックによるパニック状態を麻痺させようと、アンビエントな音の世界に浸ることで、絶叫したくなるような静けさの中に安心感を生み出そうとしたアーティストたちもいた。ヨ・ラ・テンゴが短期間でレコーディングした、即興インストゥルメンタル・アルバム『We Have Amnesia Sometimes』の引き延ばされたようなテクスチャーとドローンは、一見するとこの後者の反応に当てはまるように思われる。

 しかしながら、この作品は、パンデミックが音楽にもたらした第三の波、つまり、リセットと再生という方向性を示しているのかもしれない。そこで登場するのが、このバンドの最新アルバム『This Stupid World』である。

 ヨ・ラ・テンゴについて、「過激な行動」や「激しい変化」という観点から語るのは、誤解を招く印象を与えるかもしれない。このバンドは、1993年の『Painful』で自身のサウンドを確立して以来、30年間にわたってその領域を拡張してきたわけだが、彼らがいままでに作ってきたどんな楽曲を聴いても、すぐに「これはヨ・ラ・テンゴだ」とわかるバンドである。それは、彼らの音楽がすべて同じに聴こえるという意味ではなく、彼らがいま占めている領域が、紛れもなく彼らのものであるように感じられるということだ。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドが、わずか5枚のアルバムで切り開いた道は、いまやヨ・ラ・テンゴが20枚近いアルバムで包括的に探求し、拡張しており、たとえ彼らがその道の先駆者でなかったとしても、ヨ・ラ・テンゴこそがこれらの道を知り尽くした、影響力ある道案内だと言っても過言ではないだろう。

 簡単に言うと、ヨ・ラ・テンゴは自分たちがどのようなバンドであるかを理解しているのだ。彼らが長年にわたって起こしてきた変化というのは、総じて、甘美なものと生々しいものの間の果てしない葛藤に対して、様々な取り組みをしてきたことによる質感の移り変わりであると言える。彼らは、身近にあるツールを使って、角砂糖から血液を抽出するための様々な方法を模索してきたのだ。そして、ここ10年間は『Fade』や『There’s a Riot Going On』のようなアルバムにおいて、その過程のソフトな一面の中に、彼らが抱えている様々な不安を包み込んでいる傾向があった。

『We Have Amnesia Sometimes』は、ある意味、そのような優しい世界への旅路の集大成のように感じられた。だが一方で、この作品は、メンバーだけが練習室にこもり、中央に置かれた1本のマイクに向かって演奏したものが録音されたという、非常に生々しいアルバムでもあった。その撫でるような感触は確かに心地良いものだったが、このアルバムはメロディーを削ぎ落とし、彼らがノイズと戯れ、ポップな曲構造から完全に遊離したもので、ジョン・マッケンタイアがプロデュースを手がけた『Fade』にあった滑らかなストリングスのアレンジメントからは完全にかけ離れていたものだった。それはリセットだったのだ。

 では、『This Stupid World』はどのような作品なのだろうか。バンドは今作のプロダクションにDIY的なアプローチを全面的に取り入れており、7分間のオープニング曲 “Sinatra Drive Breakdown” から、かすれたような、粘り強い前進力がこのアルバムに備わっている。規制が緩和され、パンデミックより先のことが考えられるようになったとき、音楽シーンにいる多くの人が感じたものがあったが、それは、周囲の快適さが、抑圧されていた衝動に取って変わり、その衝動が爆発する出口を求めているという感覚だった。この曲はその感覚を捉えている。新鮮な気持ちで世界へと飛び出し、全てを再開するという感覚。再び人と会い、再び何かをしたいと思い、再び一緒に音を出す。もう2年も無駄にしてしまったのだから、いまこそが、それをやるときなのだ。

 同時に、ヨ・ラ・テンゴが確実にヨ・ラ・テンゴであり続けていることは、決して軽視すべきことではない。A面の最初の数秒から、ヨ・ラ・テンゴであることはすぐに認識でき、彼ら自身もそのことに対して完全な確信を持っている。『This Stupid World』は、彼らの過去30年におけるキャリアのどの時点でリリースされてもおかしくないアルバムであり、誰にとっても驚きではなかっただろう。このアルバムの48分間は、3面のレコード盤という、通常なら忌まわしいフォーマットで構成されているのだが、ヨ・ラ・テンゴらしい遊び心と妙な満足感がある。A面は、ゾクッとするようなディストーションと力強い威嚇が暗闇から唸り声を上げ、2曲目の “Fallout” はバンドがこれまで書いた曲の中で最も快活で生々しいポップ・ソングであり、A面を締めくくる “Tonight’s Episode” は、絶え間なく鳴り続けるフィードバック音の中、シンプルなグルーヴが柔らかに跳ねている。B面では、ジョージア・ハブリーがヴォーカルを取って代わり、“Aselestine” では最も甘美なスポットライトが彼女に当たり、ヨ・ラ・テンゴの抑えの効いたサウンドへの基調が打ち出されていく。そして、最終的には、メロディーと、むさ苦しいノイズ・ロック、テクスチャーのあるドローンといった、彼らのコアとなるスタイルへと回帰する。B面の最後は、永遠にループする仕様(ロックド・グルーブ)になっており、これはちょっとしたイタズラ心か、あるいはアルバム最後の2曲を聴くために、最後のレコードを取り出す時間をリスナーに与えるためのものだろう。

 最後の面では、ヨ・ラ・テンゴのノイズ・ロック的な側面がさらに深く掘り下げられており、何層にも重なったフィードバックとディストーションの中にリスナーを没入させていく。“Fallout” が、はるか彼方の海底からつぶやくように再び現れると、音楽は音程を外すように溶け出し、シンセ・ドローンの疲れながらも希望感ある流れに取って代わり、その雰囲気からデヴィッド・リンチを彷彿とさせるようなドリーム・ポップが浮き彫りになる。この2曲は、このアルバムを見事に締めくくるトラックであり、ここ数年ロウが追求してきた、激しい音の暴力と心が震えるような美しさの衝撃的な共存というものに、ヨ・ラ・テンゴがいままでになく近づいていることを示す2曲ではないだろうか。だが彼らはそれをヨ・ラ・テンゴらしく、最初から最後までやり遂げている。彼らは自分たちが何者であるか知っているが、『This Stupid World』では、その認識がより一層強く感じられるのだ。


by Ian F. Martin

The shock to the system delivered by the COVID-19 pandemic seems to have hit music in three waves.

The first was with albums like Fiona Apple’s “Fetch the Bolt Cutters”, written and recorded before the pandemic but where the theme of being trapped and the secluded, homemade atmosphere evoked unexpected parallels with the bruised lives of locked-in listeners.

The second was the initial rush of releases that were recorded in the atmosphere of isolation and unease of 2020. In some cases, like Nick Cave and Warren Ellis’ “Carnage”, this meant channeling that tense sense of fragmentation into the music. In Guided By Voices’ “Styles We Paid For” it meant dispersed rockers working by email to reflect on the loss of connection in digitally mediated lives. Others sought to anaesthetise the panic, using ambient sonic furniture to craft a sense of security out of the screaming silence. It’s this latter response to the situation that the drawn-out textures and drones of Yo La Tengo’s speedily recorded, improvised instrumental album “We Have Amnesia Sometimes” seemed on the face of it to fall into.

However, it perhaps also points the direction towards a third wave of influence brought to music by the pandemic: one of reset and even rejuvenation. It’s here that the band’s latest album, “This Stupid World” comes in.

Talking about Yo La Tengo in terms of radical moves and sharp shifts often seems like a misleading way to discuss them. This is a band where, at least since the expansion of their sound mapped out in 1993’s “Painful”, you can hear almost anything they’ve done over those thirty years and instantly know it’s them. This is not to say that their music all sounds the same so much as that the territory they occupy now feels so indisputably theirs. Paths blazed by The Velvet Underground over a mere five albums have now been explored and expanded by Yo La Tengo so comprehensively over nearly twenty albums that even if they weren’t the first, they’re these roads’ most immediately recognisable travellers and most influential stewards.

To put it simply, Yo La Tengo know what sort of band they are. The ways they have changed over the years have generally occurred in the shifting textures of their varying approaches to the endless struggle between the sweet and the raw — in finding different ways, with the tools at hand, to get blood from a sugarcube — and over the past decade or so, albums like “Fade" and “There’s a Riot Going On” have tended to wrap up whatever anxieties they have in the softer side of that process.

In some ways, “We Have Amnesia Sometimes” felt like a consummation of that journey into gentle fields. It was also a very raw album, though, recorded by the band alone in their practice room, playing into a single centrally placed microphone. There was certainly something soothing about its caress, but it was an album that stripped away melody and let them play with noise, liberated entirely from pop song structures — as far as the band has ever been from the smooth string arrangements of the John McEntire-produced “Fade”. It was a reset.

So what does that make “This Stupid World”? Well, the band have fully embraced a DIY approach to production, which from seven-minute opener “Sinatra Drive Breakdown” gives the album a scratchy, insistent forward momentum. It captures that feeling many of us in the music scene felt as restrictions relaxed and we start thinking beyond the pandemic, the comfort of the ambient giving way to a repressed urgency seeking an outlet from which to explode. The feeling of lurching out into a world where we are starting again, fresh: meeting people again, wanting to do something again, making a noise together again. We’d wasted two years already and now was a time to just do it.

At the same time, it’s important not to understate the extent to which Yo La Tengo are always definitively Yo La Tengo. From those first few seconds of Side A, the band are immediately recognisable and completely assured in themselves — “This Stupid World” is an album they could have released at any point in the past thirty years and surprised no one. Even in how the album’s 48 minutes are sequenced over the usually cursed format of three sides of vinyl manages to be both playful and strangely satisfying in a distinctly Yo La Tengo way. Side A growls out of the darkness in squalls of thrilling distortion and reassuring menace, second track “Fallout” as fizzy and raw a pop song as the band have ever written, and side closer “Tonight’s Episode” hopping softly around its simple groove beneath a constant hum of feedback. Side B flips the story with Georgia Hubley taking vocals for one of her sweetest spotlight moments in “Aselestine”, setting the tone for a tour through the band’s more sonically restrained side, eventually returning to their core conversation between melody, skronky noise-rock and textured drones. It ends on a lock-groove — perhaps born from a sense of mischief or perhaps to give the listener time to whip out the last disc for the final two songs.

The final side digs even deeper into Yo La Tengo’s noise-rock side, immersing the listener in layers of feedback and distortion, “Fallout” reappearing in a distant, submarine murmur before the music slips out of tune and dissolves, giving way to tired but hopeful washes of synth drone, crafting Lynchian dreampop out of the the ambience. These two tracks make for an intriguing exit to the album, and together form perhaps the closest the band have yet come to the devastating coexistence of harsh sonic violence and heart-stopping beauty explored over the last few years by Low. They way they do it is Yo La Tengo all the way, though: they know who they are, but on “This Stupid World” they’re just more so.

Boris - ele-king

 去る2022年、30周年記念アルバム『Heavy Rocks』をリリースしたBoris。同作を引っ提げたツアーは北米、オーストラリアをめぐり終え、今月末からは欧州ツアーがはじまる(最終日は6月8日、スペインのプリマヴェーラ・サウンド)。それに先がけ、昨年LAおよびサンフランシスコでおこなわれたパフォーマンスの映像が公開されている。チェックしておきましょう。

Fridge - ele-king

 キエラン・ヘブデンがフォー・テットをはじめるまえに組んでいたポスト・ロック・バンド、フリッジの01年作『Happiness』が20周年記念盤となって蘇る。“Cut Up Piano and Xylophone” や “Long Singing” など美しい音世界が魅力のアルバムだ。現在 “Five Four Child Voice” がリード曲として公開、さらに同曲の2007年のライヴ映像も公開されている。発売は5月26日です。

Four TetことKieran Hebden率いるFridgeが2001年にリリースした名作『Happiness』のリリース20周年記念盤が5/26リリース決定。リード・シングルとして「Five Four Child Voice (Remastered)」がリリース、加えて、この曲を演奏した2007年のライヴ・パフォーマンス映像が公開。

Four TetことKieran Hebdenが学友であったAdem Ilhan、Sam Jeffersと共に1996年に結成したFridgeが2001年にリリースした『Happiness』がリリース20周年を記念し、リマスタリングし、ボーナス・トラックを加えた新装パッケージのアニヴァーサリー・エディションが5/26にリリースされることが決定致しました。

リード・シングルとして「Five Four Child Voice (Remastered)」がリリース、加えて、この曲を演奏した2007年のライヴ・パフォーマンス「Live at Bardens Boudoir, London, England (August 9, 2007)」が公開されました。

Fridge “Happiness – Anniversary Edition” 5/26 release

Artist: Fridge
Title: Happiness
Label: PLANCHA / Temporary Residence Ltd.
Format: CD(国内流通仕様盤)
※帯・解説付き
Release Date: 2023.05.26
Price(CD): 2,200 yen + tax

ポストロックとエレクトロニカが交錯し、フォークトロニカへも派生しようとしていたゼロ年代初頭を彩った不朽の名作の20周年記念盤が登場。Four TetことKieran Hebdenが学友であったAdem Ilhan、Sam Jeffersと共に1996年に結成したFridgeが2001年にリリースした『Happiness』がリリース20周年を記念し、リマスタリングし、ボーナス・トラックを加えた新装パッケージのアニヴァーサリー・エディション。ポストロックxエレクトロニカの超絶名曲にしてフォークトロニカの源流になったいう説もある超名曲「Long Singing」収録。

1996年に学友のKieran Hebden、Adem Ilhan、Sam Jeffers によって結成されたFridgeは、初期は驚くほど多作で、最初の4年間で10枚のシングルと4枚のアルバムをリリースした。メジャーレーベルに短期間在籍した後、トリオはこれまでで最も焦点を絞ったアルバム(Eph、1999年)をリリースした後、フリッジは4枚目のアルバム『Happiness』を発表した。

2001年に最初にリリースされた『Happiness』は、広大で田園的な傑作であり、アコースティック・クラッター、エレクトロニックな探求、ヒップホップ・プロダクション・テクニック、実験的なロック・アレンジの革新的なミックスです。Kieranの今をときめくソロ・プロジェクトであるFour Tetとともに、『Happiness』は1990年代の典型的な自己真面目なエレクトロニック、インディ〜アヴァンロックの最も説得力のある要素を引きずり出し、それらを折衷的なフォークやスピリチュアル・ジャズと組み合わせて、新しい世紀へ向けたものへと昇華した。さらに驚くべきことに、彼らはなんの気負いもなく、当時のあらゆるアルバムとは一線を画す完成度の高い作品を完成させたのだ。

当時のムーヴメントであったポストロックとエレクトロニカが交錯していくような極めて完成度の高い作品であるが、何といっても白眉は本編最後を飾る9分にも及ぶ「Long Singing」。エレクトロニックなサウンドとアコースティックな音色がミニマルながらエモーショナルなメロディに乗って重なり合っていきながらピークを迎えた後に徐々に減っていく。その構築美で聴かせるポストロック〜エレクトロニカ史上に輝く珠玉の名曲。また、フォークトロニカの源流のひとつであるとも言われており、20年の時を経ても未だ色あせていない。

『Happiness – Anniversary Edition』は、Fridgeのキャリアを決定づけたこの傑作の20周年記念リイシュー。 Kieran Hebdenがオリジナルのマスター・テープから細心の注意を払って復元、再構築、リマスタリングしたこのアルバムの音質は、かつてないほどオリジナルの録音を尊重しています。

01. Melodica & Trombone
02. Drum Machines & Glockenspiel
03. Cut Up Piano & Xylophone
04. Tone Guitar & Drum Noise
05. Five Four Child Voice
06. Sample & Clicks
07. Drums Bass Sonics & Edits
08. Harmonics
09. Long Singing
10. Five Combs (Bonus Track)

Restored and remastered by founding member of Fridge, Kieran Hebden (aka Four Tet)

"Five Four Child Voice (Remastered)" out now

Bandcamp
YouTube

Fridge – Live at Bardens Boudoir, London, England (August 9, 2007)
YouTube

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