『(500)日のサマー』が自分の周りでけっこう話題になったとき、そのいかにもアメリカン・インディっぽい恋愛映画を観る層が日本にもまだ一定数いることに少なからず驚いたのだった。イマドキの文化系男子はほぼ全員オタクになっているという偏見を持っていたので、オシャレだけれども冴えない男が主人公で、キュートだが奔放な女の子に振り回される......というような、かつてのサブカル界隈では典型のラヴ・ストーリーが日本ではもはや受けないと思っていたのである。僕がかつてもっとガキで偏狭だった頃、そういうインディ・サブカル男子のことはどうにも「かわいい女の子に振り回されるボク」を正当化しているフニャモラした男に見えて、敵視していたものだった......それならば70年代のギャング映画を観るぜ、と。ガキだったということです。けれども、『(500)日のサマー』を観たときは、インディ男子のアイコンであるズーイー・デシャネルに振り回されたい願望の炸裂っぷりに一言物申したい気持ちはやはりありつつも、頼りない青年の成長譚としては真っ当でいいのではないかと「彼ら」とようやく和解できたのである。オシャレなサブカル・インディ男子だって、この国ではもはや少数派になりつつあるか、もはやたんなる趣味だと見なされるようになっているのだから......(偏見だが)。
ローカル・ネイティヴスが登場したときにも、これはオシャレなインディ男女の好みにパーフェクトにフィットするバンドなのではないか......と反射的に身構えてしまった。西海岸版のフリート・フォクシーズ、素朴なグリズリー・ベア、60年代風のアニマル・コレクティヴ......形容はいろいろあるだろうが、トライバルなリズム解釈による躍動感と流麗なコーラス・ワークがこのバンドの大きな売りであることは間違いなく、それは当時のUSインディのなかにあってあまりにも優等生的な振る舞いだったのである。彼ら自身の強い個性や主張はない。フリート・フォクシーズの厳格さも、グリズリー・ベアの不穏さも、アニマル・コレクティヴの明るい壊れ方もなく、マジメにトーキング・ヘッズのカヴァーをやる辺りも何だか利口な回答に思えた。演奏もアレンジも巧みで、ルックスが良く、しかもファッショナブルな服装のメンバーが並んだときの佇まいもバッチリすぎて、10代の僕ならきっとイチャモンをつけていたことだろう。
が、彼らの2枚目である『ハミングバード』はザ・ナショナルのアーロン・デスナーをプロデュースに迎えて、弱点であったサウンドの平坦さに立体感を与えることに成功している......という、あまりにも真っ当なバンドの成長を見て、この素直さは愛されてもいいのではないかと思い直すことにした。オープニング・トラックのタイトルは"ユー・アンド・アイ"、つまり"キミとボク"で、歌っていることは「きみとぼく/ぼくらいつだって強かった/それだけでやる気が出た/信じて」という、ちょっと幼すぎるのではないかというモチーフだが、音としては陰影のあるギターとピアノが濃淡をもたらしている。前作よりもはっきりと曲の構成がダイナミックになり、耳を楽しませてくれる箇所が多い。得意のトライバルなパーカッションとコーラス・ワークを敢えて減らした結果だそうだが、"ブレイカーズ"では結局それらが伸び伸びと躍動していて、自分たちのいいところも見せたかったのだなと微笑ましい。いっぽうで"スリー・マンツ"や"マウント・ワシントン"、"コロンビア"などのバラッドはよく抑制されており、このバンドにこれほど情感に満ちた歌があったのかと驚かされる。歌詞にも内省や迷いが目立つようになった。
それでも、アルバム全体から立ち上ってくるフィーリングは、キュートだが頼りない青年たちの精一杯さである。そのむず痒さこそがローカル・ネイティヴスを聴くことであり、何だかんだ言ってもブローステップで騒ぐマッチョな連中が結局アメリカでは強いようなので、彼らのような優等生は現在やや劣勢を強いられているのだろう。サマーに振り回された挙句フラれたトム青年にインディ男子が大いに共感したように、ローカル・ネイティヴスの素朴な頑張りとスウィートな歌に勇気づけられるのは、決して悪いことではないだろう。
そう言えば、『(500)日のサマー』には、インディ男女の次なるアイコンの筆頭であるクロエ・グレース・モレッツが『キック・アス』よりも幼い姿で出ており、既に「彼ら」の目を奪っていたのだった。
「Not Wavingã€ã¨ä¸€è‡´ã™ã‚‹ã‚‚ã®
ステージをリングに見立てる趣向は、間違いなく成功していると思った。フロアの中央付近にほとんどやぐらのように構えられたステージには、ボクシングのリングを模して柱が立ち、ロープが張られている。360°というわけにはいかなかったが、ステージの後ろの方にまわりこむこともできる。わたしにはそれが新たな祭りを呼び込むための装置であるように見えた。
ともすれば発信側の一方通行にもなりかねないライヴ空間から、ショウとしてのダイナミズムを最大限に引き出したい......音響を台無しにしてまでこのコンセプトを優先したこと(いや、ほんとにそういう意図であるのかどうかわからないが)には、ひとまず意味があったと言えるだろう。演奏者はオーディエンスを食う、オーディエンスもヘタなものを聴かされたら承知しない。そしてジャンルを異にする演奏者同士もリングの上では残酷なまでにひとしく比べられるライヴァルだ。そんな3方向の本来的な緊張関係をコミカルに可視化することで、会場には独特の求心力が生まれていたように思う。ステージだけに集中するのではなく、リングをふくめた会場全体へ視野が広がっていくようなところがあって、そのぶんワクワク感が伝播しやすく、増幅されやすい。ビールを手にスポーツ観戦をするようなほどよいリラックス感もあった。第1回めということだが、どういう意図でこうしたかたちを目指したのか、主催側の前口上を聞き逃してしまったのが残念である。(付記:実際に前口上をされていたのは名司会の長州ちから氏。すみません!)

ミツメ
さて、渋谷で駅からTSUTAYA以上の距離を歩くのが苦手なわたしは、WOMBまでの長い道すがらをエア同行者を作ってなぐさみとしたので、非実在の同行者・城戸さん(憧れの先輩設定)との会話にも都度ふれることをお許しいただきたい。
城戸「いったいなんて場所に立ってるんだ、WOMBとやらは。」
わたし「ふふふ...」
こんな要領である。ホテル街の細い路地を急ぐ影が、数メートル間隔でちらほら続いていた。いずれライヴハウスもエキナカになる時代が来るかもしれないが、ライヴ空間へ接続するまでの「歩く」という導入部は、かったるいながらも確実に重要な役割を果たしていると感じる。
さて、今回のイヴェントに集められた3つのアーティストのいずれもにヴァンパイア・ウィークエンドやアニマル・コレクティヴの面影を認めたので、そのことも先に書いておきたい。ユーフォリックなトロピカル・サイケとして、そのなまあたたかさをほどよく脱臼させるアフロ・ポップとして、彼らの面影はそれぞれの演奏のふとしたところに顔をのぞかせた。ある意味では、00年代の音楽をリアルに消化した世代が、その次に何をプレゼンテーションできるのかということを観察できる機会だったのかもしれない。
わたし「ですよね? 城戸さん。」
城戸「ああ。ミツメはすばらしいな。」
ミツメはすばらしい。残念な音響のことは割り引くとして、完全に世界標準の10’sインディが鳴っていた。やりたいことは明確で、アニマル・コレクティヴやヴァンパイア・ウィークエンドなど00年代USにおけるもっとも大きな成果のひとつが、のちの世界に何をもたらしたのかということをまざまざと見せつけられる。
余談だが、00年代のはじめには、もう海外の音楽シーンが、たとえばグランジやブリット・ポップ以上の規模で日本に影響を及ぼすことはない――それは音楽のみにとどまらない、社会構造や文化全般の問題も含むわけだが――のではないか、両者は文化として溶け合うことなく、翻訳されないまま個別に存在していくのではないか、などと思ったものだったけれど、そうでもないようだ。ブルックリンや西海岸のアヴァン・フォーク勢が残したもの、それがひるがえってチルウェイヴへと接続していったもの、あるいはカレッジ・チャートの明るく軽やかな知性、等々のディテールをしなやかな筋肉に変え、彼らは日本の土を蹴って走っている。じつにシャイな印象で、ふだんのライヴはわからないが、まるでスタジオでのリハをのぞき見しているような、客のいないところで演奏しているかのような、インティメットな空気感がある。
それもよい。ミツメの音楽には誰かの耳を無理やり開かせようというところがない。北風と太陽で、太陽が自然に人の上着を脱がせるように、彼らの音はただ遠くの方で誘っているだけだ。3曲めくらいだったか、トム・トム・クラブのような小粋なファンク・ナンバーがはじまったときに、人々は控えめに、心地よさげに、身体を揺さぶりはじめた。上着を脱ぐ――われわれが完全にこのイヴェントへとスイッチした瞬間である。
城戸「さあ、われわれも乾杯だ。」
わたし「ハイ、城戸さん。」
おいしく乾杯しました。城戸さんは彼らのトレーナーやカーディガンといった服装も気になったようだ。「イェール時代を思い出すな」と言って目を細めていたけれど、たしかに学生っぽい、生真面目さと自由さがないまぜになったようなたたずまいにも、まぶしいようなストーリー性を感じる。彼らはそれをファッションとしてではなく、ユニクロのように着ているのかもしれず、それもまた好ましい。

アルフレッド・ビーチ・サンダル
アルフレッド・ビーチサンダルはさすがの一言。バンドでのセットの方がよいという話も聞いたが、ギター1本でしっかりフロアの心臓をつかんでいた。声も比類ないが、彼にとっての翼はその文学性だろう。むろん、名義からしてあまりにびりびりくるセンスを放っているわけで、はじめてその名を聞いたときは幻の歌人フラワーしげるの「俺は存在しないお前の弟だ」を思い出し、「お前」がアルフレッド・ビーチサンダルであってくれればいいと思った。「ついに夏がきた」「僕はビーチサンダルを見つけなければならない」(“ファイナリー・サマー・ハズ・カム”)と歌い出して典雅に完璧に挨拶をきめ、ボトルシップで行くような奇妙でサイケデリックな物語の小世界を開いていく。ちょっとしたインスタレーションのようなイヴェントも行うようだが、こうした場所でシンプルに魅力を伝えられるアーティストでもあるのだなと感服した。ギターのことはわからないが、実に神経に心地よい鳴りで、ルート音が電子音のように響いている。テクニックが言葉と世界観をひかえめに支えている。
城戸「音響はつくづく惜しいのだがな。」
わたし「それは仕方がないですね。」
われわれは素敵に酔いながら、フリー・マーケットのスペースへと向かった。上のほうの数階はそれぞれ喫煙スペースやフリマを含む物販スペースなどになっていて、ぶらぶらと回遊していられる。
わたし「きゃっ、城戸さんだめです。パンツです。」
城戸「なっ......!?」
パンツを売っていた。

シャムキャッツ
シャムキャッツは本当に輝いている。そして華があった。きっと、アイドルにすっかりお鉢を奪われたテレビの音楽番組のなかでさえ輝けるだろう。いまロック・バンドというフォーム自体にかつてほどの存在感やエネルギーは感じづらい。しかしすくなくとも「彼らは」生き生きと、貪欲に生きていて、生きてやるぞという腹の底のエネルギーがバンド・サウンドにリアリティを与えているように思われる。そして同様のバンドが地下には存在し、夜な夜な少なからぬ人々を楽しませているということまでをしのばせる。
もちろん、生き生きと生きることは当世風の賢さから導き出された彼らの批評性そのものでもある。無邪気な「生きよう!」ではない。「(おもしろくない世の中をあえておもしろく)生きよう!」なのである(https://www.ele-king.net/interviews/002701/)。そうした複雑な屈折と意志を含むかれらの全力の遊びに、われわれは乗るのか、乗らないのか。
時折ダンゴのようにもつれるアンサンブルの強烈な愛嬌、ペイヴメントのヨレヨレ・ポップからストーンズへと突き抜けるような猥雑さと強さ、クラスでまぶしすぎる人たちの持つ圧倒的な輝き。彼らは人を乗せ人の心を持っていくことにあまりにも慣れている。ミツメは音楽自体の持つグルーヴで人を動かそうとしていたが、シャムキャッツはその無敵感あふれるバンド・ケミストリーによって人を動かすというところだろうか(もちろんベースとドラムの功績を称えないわけにはいかない。ファンキーな曲になると突如として彼らの顔と身体はキレを増す)。ラス前をスペーシーなインプロで盛り上げ、“なんだかやれそう”などのアンセムへとつなげていくステージングも実に堂に入っている。それに、『ゴースト・ワールド』についての長めのMCもよかった。たしかにイーニドやレベッカが日本人ならこの会場にいただろうし、シャムキャッツを10代の傲慢さで冷笑したかもしれない。しかしその10代の傲慢さは、シャムキャッツの音楽に巻き込まれずにはいられないものでもあるのだ。
わたし「城戸さんはどう思います......?」
ライヴの余韻のなかで気がつけば、わたしはひとりである。いっしょに帰りたかったのに、いつもつれない城戸さんは今日も通常運転であった。
「日本を代表する春の都市型音楽フェス」として、クラブ・ミュージック・ファンを中心に広まりつつあるこのスター・フェス。2013年もさらなる盛り上がりが期待されている。出演アーティストも先日第2弾が発表されジャザノヴァやフレンドリー・ファイアーズ、DJケンタロウにデ・デ・マウスとじつに豪華。そして本日は第3弾出演情報が解禁! ジ・オーブ、電気グルーヴ、80KIDZ、セオ・パリッシュと今回も破格。ele-kingでも追ってイヴェントやアーティストの紹介を行っていきます!
日本を代表する春の都市型音楽フェスとしてデビューした『StarFes.』が2013年春に再び!
"日本一早い夏フェス"として、2012年3月にお台場特設会場にて華々しくデビューした『StarFes.』。
ジャンルにとらわれることなく、最高のアーティストと共に自由な発想で繰り広げられるステージは、多くのオーディエンスを魅了し、早くも春を代表する都市型音楽フェスとなった。
次回開催への期待が高まる中、更なる進化を遂げて、『StarFes.2013』となって帰ってくる!!
開催日程は2013年3月23日(土)、会場もスケールアップして東扇島東公園(神奈川県 川崎市)にて開催される。
そして、StarFes.2013の前哨戦とも言える『StarExhibition.2012』が2012年12月14日(金)に東京・日ノ出桟橋にあるTABLOIDにて開催された。
成長の途上にある次世代アーティスト「Next Star」3組がStarFes.2013への出場をかけたコンテストを実施し、rega、DaichiがStarFes.の出演アーティストとして選出された。
StarFes.2013、StarExhibition.2012、と新たな試みに挑戦するStarFes.に乞うご期待!
『StarFes.』
開催日時:2013年3月23日(土)会場:東扇島東公園(神奈川県 川崎市)
出演:ジ・オーブ、電気グルーヴ、80KIDZ、セオ・パリッシュ他
チケット;¥3,500(前売り)発売中
公式サイト:https://star-fes.net
本作の話題性は、ひとつにはジャケットのアート・ワークにある。これがジャスティン・ビーバー"ビューティー・アンド・ザ・ビースト"のPVから借用して加工したものであるということに触れないレヴューはないだろう。当のビーブズの顔はフレアのような加工で消されているわけだが、わたしが読んだなかでこれを権利関係の問題として解題する記事はなく、もっぱら制作者がジャスティン・ビーバーに寄せる(オブセッショナルな)思いであるとか、ポップとエクスペリメンタリズムとの間の葛藤であるとかなかなか大層な解釈が加えられていた。うまいじゃないか......過大解釈を上積みさせる、クリティカルなジャケット。トイ・カメラのような色合いは久々に見るチルウェイヴ・マナーで、これをいまのタイミングで召還することも、ビーブズに掛け合わせることも、何か狙いがあってのことと考えざるをえない。それに、対象をぼやけさせるのは彼らの十八番であり、自画像でもあった。となれば、ジャスティン・ビーバーがぼやけていることにも意味を見つけ出したくなる。
チルウェイヴはドリーミーな自閉空間を、屈託や釈明なくきわめて自然に肯定する音であったし、そのことでもってベッドルーム・ポップに新しい局面を拓いた。その彼らがアンビエント、ハウス、R&B等々、思い思いに散開していったのちにどんなものに行き当たり、どんな在り方を示すのか。向後10年はずっとそれを気にしているはずのわたしのようなリスナーには、なにかとかしましいアート・ワークなのである。
さて、本作の制作者はシザー・ロックことマーカス・ホエール。オーストラリアはシドニーのプロデューサーで、もしかするとコラーボーンズというエレクトロニック・デュオの片割れとしてご存知のかたもいるかもしれない。本作はそのホエールのソロとして初めてまとまったかたちで発表された4曲だ。"チューン"は、彼の初のソロ・リリースとして昨年発表されている(トーマス・ウィリアムスとのコラボ作)。コラーボーンズ自体がすでにポスト・チルウェイヴ的ないくつかの方向性を含んだユニットで、2枚のアルバムにはクラウドラップやトリルウェイヴ、90年代風のR&B、ハウ・トゥ・ドレス・ウェルらのようなウィッチハウスの展開形、シンセ・アンビエント、ドローンなど多彩な音を聴くことができる。チル・アウトなフィーリングと切なげなエモーション、そしてビーブズへのこだわりも(!)ホエールズのソロと共通している(EP『タイガー・ビーツ』に"ワン・タイム"のカヴァーを収録)。
『チューン』は、全体としてはアンビエント作品ということになるだろうか。曲ごとにさまざまな工夫がなされながらも、声やヴォーカルというものに対する執着が感じられるのが特徴だ。スクリューを応用してジュリアナ・バーウィックの男性版ともいうべき声と光の祝祭的コラージュを編み出す"アウター・スペース"。インダストリアルなテイストをわずかにしのばせたノイズ・アンビエントに裸のヴォーカルが乗る表題曲"チューン"。"ナン"は、今度はメデリン・マーキーの男性版かというヴォコーダー使いのエクスペリメンタルなア・カペラ独唱。最後はチラチラというベルがパンサ・デュ・プリンスを思わせ、儀式的な唱和と土木作業かなにかのサンプリングが中世的な意匠をもって差し挟まれるドローン風のトラック。いみじくもタイニー・ミックス・テープスが「ヴォーカル・サイエンス」と名づけて遊んでいるが、言い得て妙である。
また、先鋭的な女流と方法を交えるところも興味深い。女性的という意味ではないが(彼女らもまた女性的と言えるかどうかわからない)、ジュリアナ・バーウィックやメデリン・マーキーらと並べられるしなやかでつよいエモーションがある。彼はコラーボーンズの楽曲解説においてゲイであることをほのめかすような発言をしているが、そうした彼の在り方に関係する部分もあるかもしれない。それから、理に勝るよりも情動に賭けたいというようなところが感じられる。そういう感じ方が理知的な精神から生まれることは疑いないが、情動について彼の音のディレクションは間違わないというか、瞬間瞬間の感情の動きを写し取ることに大きな注意が払われていることがわかる。声を重視するのも同じ理由ではないだろうか。"ナン"で大風のようにひときわつよい発声がなされるとき、われわれの心もその動きに合わせてとても感じやすく自由になるだろう。
最後にビーブズの本家PVについて。そこではまるでセレブなリゾートの狂騒が描かれるが、どことなくクリーンで他愛もない感じがするところには好感を持ったし、新しいフィーリングがあるようにも思った。そのことはホエールのなかでもおそらく肯定的に、共感的にとらえられている。どぎつい色使いなどもいっさいない。ネオンには透明感があり、画面をすべる光の感覚はシザー・ロックのジャケットの風合いともともとほとんど変わらないのだ。だが、このジャケットを見る前に同じように感じられたかどうかはわからない。その意味ではとくにお騒がせなアート・ワークではなく、ホエール自身の純粋な共感と解釈がこめられたものとして彼の音楽を補完するものであると感じられる。
アーバンとジャンクのいけない好配合、多色迷彩のヴァリエーションで飾るDOWN NORTH CAMPがシモキタに2daysポップアップ出店したREFUGEE MARKET。
当日の写真とDJのプレイリストのみで構成したイヴェント・レポートをどうぞ。まずは写真を見ながら下にあるプレイリストを楽しんで下さい。
photo by Keita Sakai , and ele-king
photo by DNC(SORA/DJ49/CENJU/KATEETO/K.K.K.K.K./YK_VENOM/CHANGYUU/YAHIKO/and... 順不同)
Refugee market DJ playlist
Redman "Funkorama (Double Green Remix) featuring Erick Sermon"
CHANGYUU
Jackie Mittoo / Ghetto Organ
febb
Barbara Mason/ You did not stay last night
Gatcha
RLP - Kler
GONZ
Jay-Z /Girls, Girls, Girls
K.K.K.K.K.
Dennis Brown / Here I Come
KID FRESINO
Ruc Da Jackel & Challace / I'm good
PUNPEE
Snow world×Guess who's back(mush up)/Gapper×Scarface
MASS-HOLE
L.V./Gangsta's Boogie (Barr 9 Version)
WOLF24
John Holt / Lonely Girl
Yodel
2chainz / I'm different (mighty mi&slugworth trap mix)
49
DOWN NORTH CAMP / ooamp
total coordinate by SORA,CHANGYUU (DNC)
DOGEAR RECORDS https://www.dogearrecordsxxxxxxxx.com
booking downnorthcamp@gmail.com
さて、みなさんはもうお読みになられましたでしょうか? 2013年をファンキーに生きる手引書『しくじるなよ、ルーディ』を刊行した二木信があなたの街へお邪魔します! お迎えするゲストも豪華! 動く二木信を見て癒されちゃってください。
00年代以降の日本のヒップホップ/ラップをドキュメントした単行本『しくじるなよ、ルーディ』を刊行したばかりのファンキー・ライター二木信のトークイベントが、渋谷、京都、大阪、新宿、福岡で連続開催!!!
ヒップホップのみならずさまざまなアーティストとのコラボが印象的なラッパー環ROY、大阪ディープサウス秘史を圧倒的密度で描いた著書『通天閣 新・日本資本主義発達史』がサントリー学芸賞を受賞した社会学者・酒井隆史などなど、土地毎に異なる対談者を迎えてヒップホップに始まる音楽論は勿論、風土風俗について、アングラ文化についての筋書きの無いクロス・トークに是非とも注目いただきたい!!!
■2月2日(土)東京 タワーレコード渋谷店
1/18に発売された『しくじるなよ、ルーディ』の発売を記念して、タワーレコード渋谷店4Fにてインストアイベントを開催!
著者である二木信の対談相手はなんと環ROYに決定!これは見逃せない!
出演: 二木信、環ROY
日時: 2013年2月2日(土) 18:00~
会場: タワーレコード渋谷店4F
参加方法: 観覧フリー
《ご注意》
※ご予約のお客様には優先的にサイン&特典引換券を確保し、商品購入時に引換券を差し上げます。
※アーティストの都合により、内容等の変更・イベント中止となる場合がございますので予めご了承ください。
タワーレコード・イベントインフォ:https://tower.jp/store/event/2013/01/003046
環ROY HP:https://www.tamakiroy.com/
Pヴァイン HP :
https://p-vine.jp/artists/shin-futatsugi
■2月10日(日)京都 100000t アローントコ
『しくじるなよ、ルーディ』 刊行記念 二木信トークショー!
「日本のラップのことば――その多様性とファンクネス」
類い稀なるバイタリティで、日本のヒップホップの人と現場と背景を取材し続けてきた音楽ライター、二木信氏の初の単著『しくじるなよ、ルーディ』が刊行されました。それを記念して開催するこのトークショーでは、「日本のラップにおけるファンクネスとはなにか?」という問いからスタートし、芸能・民俗・大衆文化・都市空間といった論点も含め、現在の「ことば」の可能性について思考する切り口について、二木氏自身に自由に語っていただこうと思います。ヒップホップ・リスナーに限らず、「ことば」に何かを見出そうとしている方々のご来場を、心よりお待ちしております
トークゲスト:二木 信(Shin Futatsugi|音楽ライター)
聞き手:村上 潔(Kiyoshi Murakami|現代女性思想・運動史研究)
日時:2013年2月10日(日曜)19:00~21:00〔18:45開場〕
会場:100000t アローントコ(京都市中京区寺町御池上ル 上本能寺前町485 モーリスビル2F)
https://100000t.blog24.fc2.com/
参加方法:入場料:500円
*事前申込不要(入場者が定員に達した場合、ご入場をお断りする場合があります。
あらかじめご了承ください。)
*終了後、会場近くで、ゲストを交えた簡単な交流会を行なう予定です。
●村上 潔(Kiyoshi Murakami)
1976年、横浜市生まれ。2002年~2006年まで、『remix』誌ほかで音楽/映画ライターとして活動。現代女性思想・運動史研究。立命館大学大学院非常勤講師。著書に『主婦と労働のもつれ――その争点と運動』(洛北出版)など。
■2月11日(祝・月)大阪 スタンダードブックストア心斎橋店
『しくじるなよ、ルーディ』刊行記念トークイベント
大阪ディープサウス秘史を圧倒的密度で描いた『通天閣 新・日本資本主義発達史』(青土社)で第34回サントリー学芸賞を受賞したヒップホップ第一世代の気鋭の社会学者・酒井隆史とのスペシャル・トークショー開催!! 街にうごめく人びとの逞しく、猥雑な生き様に魅了されてきた2人が、"People Make The World Go Round"をテーマに、街と人と音楽について縦横無尽に語りあう!!
日時:2013年2月11日(月)※祝日 開場11:15 開演12:00
出演:二木信、酒井隆史
開場:スタンダードブックストア心斎橋店 https://www.standardbookstore.com
参加方法:入場料1,000円(ワンドリンク付き)
※当日のご入場はチケット番号順です。
※チケット番号は予約順ではなく、ご入金順になります。
※チケット引換が遅くなりますと立ち見になる場合がございます。
※ご予約数によって当日券の発売を中止する場合がございます。
【予約方法】
お電話(06-6484-2239)
ご来店(スタンダードブックストア心斎橋BFレジカウンターへお越しください)
メール ご対応可能です、詳細はこちらまで
https://www.standardbookstore.com/archives/66094747.html
★2月23日(土)東京・新宿★
詳細、近日アップ!!
★2月24日(日)福岡★
詳細 近日アップ!!
2012年にツイッターで話題になった音楽ジャンル(orタグ)はなんだろう? シーパンク#Seapunk/ヴェイパーウェイヴ#Vaporwave/ジューク#Juke/ウィッチハウス#Witchhouse/ニューエイジ#Newage/ゴルジェ#Gorgeとか。
ゴルジェ? そんな音楽あったの? グーグルで「gorge」と検索してみる。「インド~ネパールの山岳地帯のクラブシーンで生まれた新ジャンルの音楽「Gorge」について。」というツイートのまとめページが出てくる。まとめられているツイートもほとんど一部の人たちだけが扇動しているだけ。アーティストのインタヴュー記事など、情報はすべて日本語だ。
ならば発祥の地のアーティストはどういうひとたちがいるのかと思い、ためしに「india gorge music」で検索してみる。トップに出てくるのは―――ジョージ・ハリスン(George Harrison)のウィキペディアだ。
そこで僕は、トラックスマンの熱にうなされながら、日本国内で行われた「Gorgeフェスティバル・イヴェント」であるらしい「Gorge I/O Tokyo 2012」(10月27日)へ潜入した。桜台で。桜台? 「インド~ネパール」の音楽のイヴェントが桜台なの? ラーメン二郎を食べてから向かったまるで工場や用水路の跡地のような会場(POOL)には、インド人もネパール人もいない。ただそこにあるのは、DJマッチポンプによるSE、インダストリアルなノイズやテクノやアンビエントのライヴ、そして「GORGE was Fake」というTシャツを着た愉快な日本人たち、そしてあたたかそうな山飯......。
そんな、そんな日本解釈の「ゴルジェ」を標榜するアーティストたちが、なぜかシカゴ発祥の日本国内のジュークのアーティストたちと抗争を起こしており、その決着をイヴェントとして見世物にするようだ。
ことの経緯はジョージ・ジュークムラややカムキ・マヒトなるアーティストたちのバンドキャンプを参照してほしい。
イヴェント詳細は以下。もちろん僕も向かおうと思う。パブリック娘。の重要会議がちゃんと終わったらね!
遂に日本で全面対決へ!? 「2/2 Juke VS Gorge」 - GORGE.IN.CLIPS:
https://gorge-in.tumblr.com/post/41506798782/2-2-juke-vs-gorge
果たしてこの全面抗争が和解の方向に向かうのか、さらなる確執へと発展していくのか。その結論が出るのが2/2である。
さらにサウンド対決に加えて、この抗争をおさめるべく出演者によるトークセッションも予定されているという。
全世界が注目するこのイヴェントに、審判として来場できるのは日本在住の方の僥倖であるはずだ。
そして場外乱闘として、広島のCRZKNYが提唱されたとされていた、GogeとJukeの鬼っ子的ジャンル、"Gorjuke"について、その起源めぐる争いが勃発している模様だ。
詳細は各トラックのリリースノートを呼んで欲しい。
広島で行われる[GHETTOMANNERS vol.3] とともに、2/2は日本のゲットーシーンにおいて何かが変わる音を聴く決定的な日になることは約束されている。その日を安穏として過ごすか、その現場に向かうかは、あなたの判断に任せられている。
『JUKEvsGORGE』
https://www.super-deluxe.com/room/3338/
六本木SUPER DELUXE
開場 18:00 / 開演 18:00
料金 予約 2000円 / 当日 2500円 (ドリンク別)
■Juke Side
D.J.Kuroki Kouichi [DJ]
FRUITY[DJ]
Guchon [Live]
Boogie Mann [Live]
■Gorge Side
HiBiKi MaMeShiBa[DJ]
hanali [Live]
kampingcar [Live]
K2 (uccelli + Gorge Clooney) [Live]
■Talk Session
「The mystery of juke&gorge」
Kuroki Kouichi × hanali × uccelli × fruity × ?
Head of Chezzetcook......という言葉をそのままコピペして画像検索する。〈ディヴォース〉すなわち「離婚/別離」を意味する言葉を名前としたレーベルは、カナダと言ってもずっと東、出島のように北米大陸から大西洋に突き出ているノヴァ・スコアシア州の海外沿いの小さな村、シェゼットコックにある。ダーシーは海でサーフィンするかたわら1993年からレーベルを運営しているらしい。昨年はマイ・キャット・イズ・アン・エイリアンのようなイタリアの電子音楽デュオのアルバムや、母国カナダのディーオンのカセットも出している。基本的にはエクスペリメンタルな方向性を好んでいる。昨年末にリリースしたユール・ネヴァー・ゲット・トゥ・へヴンのデビュー・アルバムは、このレーベルにとってポップにアプローチした数少ない1枚となったわけだが、これが日本でかなりの数売れた。と、ダーシーからメールが来た。
ユール・ネヴァー・ゲット・トゥ・へヴン=バート・バカラックの作曲したなかでもよく知られる1曲だ。60年代の、ディオンヌ・ワーウィックが歌っているヴァージョンが有名だが、ジム・オルークのカヴァー・アルバムにも当然収録されている。
ユール・ネヴァー・ゲット・トゥ・へヴン(YNGTH)は、シェゼットコックとは反対側の、モントリオールを越えて、トロントも越えて、そしてデトロイト方向に向かって進んでいくとある、ロンドンという町を拠点とする男女ふたり組だ。バカラックの曲名を引用していることから、レトロないまどきのドリーム・ポップを予想されることと思うが、それはたぶん正解で、たぶん間違っている。この、繭のなかのようなくぐもった音響とチリノイズとの協奏曲は、ザ・ケアテイカーを彷彿させる......ところもあり、同時にコクトー・ツインズめいたゴシックなニュアンスも含んでいる。
近代社会の完成に抗うようにネオゴシックも際だったという論を読んだことがあるが、ローファイやリヴァーブというよりも、この"籠もった感覚"が昨今のDIY電子音楽の多くに共通しているもののひとつだ。そしてこの感覚は、3月上旬に発売予定の粉川哲夫と三田格の共著『無縁のメディア』で解明されていることかもしれない。
先日、ある雑誌社から「渋谷」についてのエッセイを依頼された。僕は、90年代後半を渋谷と代官山のちょうど中間にあった集合住宅で暮らしていたので、渋谷、代官山、恵比寿あたりは散歩コースだったのだけれど、しかし、そこは、現在の渋谷、代官山、恵比寿あたりとはまるで別の町だった。景観も、住人も、家賃も、空気も、そして町というトポスの意味においても。僕が渋谷を歩かなくなったのではなく、僕が歩く渋谷がなくなったのだということをあらためて感じながら、YNGTHのぬるいダウンテンポを聴き続けた。この作品が日本で売れたのは、必然だったと言えよう。歩く町を失った人たちが彷徨う場所は......たとえ天国に行けなくても。
それにしてもカナダの音楽シーンは、この10年素晴らしい。GY!BEやアーケイド・ファイヤー、グライムスばかりではない。ゲイリー・ウォー、グルーパー、USガールズ、ブラック・ダイスのエリック・コープランドもカナダのアンダーグラウンド・シーンと深く関わっている。詳しくは『Weird Canada』をチェック。
Dj doppelgengerを形容すると鬱蒼と生い茂っている樹海に住んでいる鷹というところだろうか。普段は上空高く優雅に飛んでいながらも、広い視野で常に獲物を狙っている。そしていちど踏み入れたら決して抜け出せないような、誰もが恐れをなす樹海へとひとり飛び込み、狙った獲物は必ず捕らえる。その視野の広さと獲物を狙う嗅覚は、彼の音楽に対する前向きで実直な姿勢にこそ反映されているのではないかと思う。
デビュー・アルバム『パラダイム・シフト』は、世界各国を旅した彼がその五感によって得た世界観を余すことなく体現した作品だ。その名のとおりシーンに「革命的変化」を与えるアルバムである。
ダブステップに照準を合わせながらも、本人いわく「細分化するダブステップのなか、新たなるスタイルを提唱する」ものであって、無国籍的で能動的で哲学的、オリジナリティあるサウンドが生まれている。ベース・ミュージックを根底に持ったディープなサウンドから、ジャングル的なアッパー・グルーヴ、民族音楽特有なメロディックなサウンド。
3曲目の『カーマ・スートラ』は、インドの熱い気候のなか、砂漠を彷徨い歩いているかのような気持ちにトリップさせられる。曲名の『カーマ・スートラ』は、現存するインド最古の三大性典のひとつ、性愛学の文献の名だ。こういうところにも彼の哲学観、旅の意義を見出すことができるだろう。
全曲を通して聴いてみると、東南アジア、中南米などさまざまな国にトリップさせられ、気づいたら現実により戻されている。9曲め、表題曲の『パラダイム・シフト』では長旅の疲れを洗い流しながらも、また「革命的変化」でもって空っぽになった身体に中毒性を植えつける。そしてその中毒性のために、再度「革命的変化」を求め旅にでる。この「革命的変化」は貪欲に歩みをとめない。そして彼もまた「革命的変化」を求め、強靭な意志を持って永劫回帰を続けていくだろう。
けっしてDJユースなだけのアルバムではなく、家でのBGMとしても聴ける。曲名の意味を理解し曲と照らし合わせながら自分なりの解釈で聴いたりするのも面白いだろう。旅中のBGMとして聴くのもいいかもしれない。さまざまなシチュエーションで聴いてみてほしい。そして彼のDJを現場へ聴きにいって、世界観を体感してほしい。これからも彼の旅が新たなサウンドとして、言い換えるならば「新しい文明」として日本に持ち込まれ、抽象度をあげ、その世界観がドッペルゲンガー・サウンドとして世界に発信されていくことになるだろう。
アリストテレスの名言に「革命は小事にあらざるも、小事より発生する。」というのがある。まさに彼のアルバム『パラダイム・シフト』がその言葉を体現しているように感じられる。
ディーン・ブラントは、ハイプ・ウィリアムス名義での活動を経て、昨年はソロ作品『ザ・ナルシスト2』を無料でばらまき、半年後にアナログ盤を売りました。〈Hippos In Tanks〉から、彼の新しいソロ・アルバムのリリースが、先日アナウンスされた。タイトルは『救世主(The Redeemer)』つまり「キリスト」。アルバムの1曲目"Papi"がすでにSoudcloudに上げられています。
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5月発売......だそうですが、お聞きのように、これまでのディーン・ブラント&インガ・コープランドの曖昧な、ぼやけた、つまりスモーキーなシンセ・ポップではありません。ミュージカル仕立ての......一時期のザ・レジデンツのようなコンセプトを彷彿させます。ザ・レジデンツ......ビル・ドラモンドが人を評価するときの判断基準になったバンドです。
もうひとつ、ディーン・ブラント&インガ・コープランドの"ストーカー"シリーズの"5"がユーチューブにupされました。全く意味不明なシリーズとして知られる今回の新作は、そう、ウェイン・ルーニーのポスターとモーターサイクルの服装をしたブラントがただそこにいます。「未来のスラムのイパネマ」は、君の意味づけを待っているのでしょう。DLなう。
紙『ele-king』のvol.8で、tomadoが持ち上げているseapunkのコンピレーションにも収録され、〈ボーイズノイズ〉からの12インチ「Liquid」を三田格がタワレコ渋谷でかけていた、ニューヨークのオネエ系ラッパー、Le1fの新しいミックステープがupされています。昨年の『ダーク・ヨーク』に次ぐ2作目で、本人はこれを「ツリー・ハウス」なるジャンル名で呼んでいます。どんな意味なのかは知りません。
このあたりのNYのゲイ・ラップ・シーン、新たなるダンス・ミュージックがロンドンの〈ナイト・スラッグ〉系のNguzunguzuあたりと絡んでいるとことろは興味深く、そして、初期のシカゴ・ハウスのように......というよりも、懐かしのヴォーギングの世界です、セクシーです。新作『Fly Zone』にはスパンク・ロックも参加(他にもいろいろ)。木津毅の感想を待ちましょう。
