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Pantha du Prince

Pantha du Prince

Elements of Light

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橋元優歩   Jan 17,2013 UP

 鐘(ベル)をチューニングするためには、鐘自体を削るしかないそうだ。音響構造上、ベルの音はさまざまな波動が入り組んでいて、非常に困難な作業だという。鐘の歴史は紀元前2000年ごろまでさかのぼることができるようだが、そのころチューニングの概念があったかどうかはわからない。もちろん、なにか「いい音」にしたいという気持ちはあっただろうけれども、ドレミが登場するのはずっと後のこと。まったくの想像だが、鐘において当初重要だったのは、むしろあの強すぎるほどの倍音だったのではないかと思う。

 鐘の音に人の一生や運命のイメージを結びつけるのは自然なことだ。ラフマニノフには人生における四季を鐘のモチーフで描き出す名作があるし、「祇園精舎の鐘の声......」も人の世の理を説く一節である。キリスト教圏はことのほかそうであろうが、洋の東西を問わず、寺社には人々の生活を取り仕切ってきた歴史がある。しかしそれだけではない。カーンと鳴ってその後もわんわんと様態を変えて残りつづけるあの複雑な倍音の響きに、われわれはなにより人の生き死にやその象徴を見てしまうのではないだろうか。弦を巻いたり皮を張ったりするのとはわけが違う、音色の修正の困難さ、取り返しのつかなさ、ままならなさ。学校チャイムでもおなじみ、ビッグ・ベンの「キンコンカンコン」が、どこか調子はずれな音程をたどりつつも重くはかない響きを持っているのは、まさにそのためである。チューニングのままならなさそのものが、一生(ひとよ)の喩に似つかわしい。

 パンタ・デュ・プランスはベルの音をフェティッシュとして並ならぬ美学のもとに音響構築するプロデューサーである。独自の美意識をすべりこませたミニマル・ハウスは、リズムや展開や音のテクスチャーよりも、その「ベル」というコンセプトにこだわることで成立しているように思われる。本名義では2007年の『ディス・ブリス』からその傾向を深めた。"シュタイナー・イム・フリューク"などは、ベルが用いられていない部分でも、それが持つ共鳴運動や倍音を比喩的に再現するような反復表現が用いられている。彼のミニマリズムはベルそのもののミニマリズムによって加速する。ちらちらとガラスや雪片のように輝く音、そのひとつひとつに、調性音楽にそもそもなじまないような音痴さ――ままならなさ、多様さ――が宿っている。一音だけで音楽として無限に成立しているような音が、無限に連なっていく、そうした複雑すぎるシンプルさという逆説を前作では新古今の美学に比較したが、間違いではないように思う。

 本作はそのベル・フェティシズムを限界まで振り切る会心の一枚となった。ベルやマリンバなどの打楽器のパフォーマンスを行うノルウェーのアーティスト、ザ・ベル・ラボラトリーとのコラボレーション作である。ピッチフォークが公開しているトレーラーからは、ヴィブラフォンや大小のゴングにカリヨンやスティールパン、チューブラーベルなどありとあらゆるベルを用いたステージングが窺われる。この"スペクトラル・スプリット"はベース音が楽曲のシークエンスを描き、マリンバなどの鍵盤楽器は音程をふくめて秩序正しくそれぞれのフレーズをリフレインし、4/4のビートもピタリときまっているが、テーマを奏でるカリヨンにやはり途方もない存在感がある。やはり鐘のかたちをしたものに鐘のもっとも魅力的で度し難い響きが宿るという確信があるのだろう。
 楽曲の出来もさることながら、やはりこのコンセプトが思いつきのイロモノとはまったく異なる説得力を持っているところに敬服してしまう。美学的な音楽ではなく美学そのものなのだ。前者が陥りやすい単調さや脆さはここには感じられない。彼にはフィリップ・グラス"マッド・ラッシュ"のリミックス・ワークがあるが、今作はスティーヴ・ライヒやラ・モンテ・ヤングからの影響も一層強く感じさせるものになった。"パーティクル" "スペクトラル・スプリット"など長尺のトラックは力が入っているが、わたしは"クヮントゥム"などのただただベル三昧な小品にとくに心惹かれる。ビートもない。パンタ・デュ・プランスにビートを外す決意をさせた点には、彼のザ・ベル・ラボラトリーへ寄せる信頼もうかがわれるだろう。だが、いつものストイックなハウスを少し外した、彼なりのデレであるようにも思われる。ミラー・トゥ・ミラーのハッピーなアンビエントや、メデリン・マーキーのヴォコーダー・アートにも近いフィーリングを感じた。ひとつとして同じものは複製できないというベルの、あのままならない倍音を味わう感度は、もしかするとメデリンの感情豊かな音声合成を楽しむメカニズムと同じものなのかもしれない。

橋元優歩