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RIP

R.I.P. Pelé

R.I.P. Pelé

追悼:ペレ

野田努 Dec 30,2022 UP

 ペレは、世界初のサッカーにおけるスーパースターだったが、マラドーナと同じく、いちサッカー選手以上の存在だった。モハメッド・アリやマイケル・ジョーダンなどと並べて語られるように、スポーツをもって頂点に上り詰めた黒人でもあった。影響力の大きさから、その無邪気な言動は、ときに政治的にも解釈された。だいたい、戦争を止めることができたスポーツ選手などほかにいたのだろうか。60年代末、内戦状態だったナイジェリアとビアフラはペレのプレイを見るために休戦したのである。
 ペレの全盛期は、1958年のスウェーデン大会から1970年のメキシコ大会までの間だと言われている。彼はブラジル代表としてW杯で三度、クラブ・チーム「サントス」の一員として二度の世界王者に輝き、23年間の選手生活において世界80カ国でおよそ計1300試合以上の試合に出場し、公式としてはいまのところ最高の1300近いゴールを記録している。ぼくが「サッカーの王様」をリアルタイムで見たのは、1977年、東京の国立競技場で引退試合をしたときのテレビ中継が最初だった。だから彼の黄金時代は、あとからヴィデオなどで見るしかなかった。スウェーデン大会で優勝したときの、17歳のペレの胸トラップでボールをコントロールし太ももで高く上げ、相手DFを抜き去り、ボレーでシュートを決めるあの有名なシーンもそうだし、優勝して大泣きしているあの姿もだ。誰もが思うように、その桁外れの無邪気さがずいぶん印象に残っている。ガーディアンが追悼記事で書いたように、彼は「喜び(joy)」の使者だった。

 ぼくにとってのサッカーの聖書ではペレを次のように紹介している。

ペレが走り出すとなると、ナイフのように敵陣を切り裂いた。ひと走り終えてみると、敵は彼の脚が描く迷宮ですっかり迷子になっていた。跳べば跳んだで、空気が階段になっているかのように彼は空に昇ってしまう。フリーキックをするときには、ブロックに並ぶ相手チームが、彼の大ゴールが決まるところを見損なわないようにと、あべこべにゴールのほうを向きたがった。

エドゥアルド・ガレアーノ『スタジアムの神と悪魔』(飯島みどり訳)

 サッカーに革命を起こした褐色のブラジル人は、ペレ以前にもいた。20世紀初頭のアルトゥール・フリーデンライヒが当時のイングランド式サッカーの常識を破壊した先駆者と言われている。周知のように、サッカーのなかにフェイントやリフティングのテクニックを活かしたトリッキーなプレイを持ち込んだのは南米の黒人選手たちだ。それは彼らの幼少期におけるストリート・サッカーで発明され養われたテクニックで、プロ選手になったとき、白人選手からの執拗なタックルから逃れるため、肉弾的なプレイを翻弄するために研磨された技だった。小刻みにボールを操り、リズミックにボールを運んだかと思えば、いきなりテンポを変えて相手を抜き去る。こうした個人の創造性によって打開するサッカー、もっと言えば夢を運ぶような快楽のためのサッカーは、旧来の(西欧がマッチョな男性を育てるために発案した)マニュアル的なサッカーの対極にあるものだった。
 フリーデンライヒはブラジル代表において初の黒人選手だったが、1910年代の時点では、スポーツ大会とはまだ白人のものであって、世界で最初に黒人選手を代表に選出したウルグアイは、勝利した試合を無効にするよう相手チームから言われたこともあったほどだ。フリーデンライヒも試合に出る前はロッカールームで縮れ毛を伸ばしていたというし、肌の色を少しでも白くしようと米の粉を顔に塗った選手もいたという。
 ペレが世界の前に登場した1958年は、テレビが普及し、地球のまわりをアメリカとソ連の人工衛星が飛んでいた。ブラジルのナショナル・チームには、アフリカ系のヒーローたち、ガリンシャもいたしジジもいた。アメリカでは、マーティン・ルーサー・キング牧師が公民権運動を動していた。ペレは的確なタイミングで登場し、その天才的なプレイと無邪気さをもって世界にたくさんの笑顔をもたらしていった。フリーデンライヒからペレに受け継がれ発展したブラジル式は、ネイマールがいみじくも言ったようにサッカーを「芸術に変え、エンターテインメントに変えた」。ペレは引退のセレモニーにおいて、スピーチの最後に「愛」という言葉を連発したという。彼を突き動かしていたのが「愛」だったというのは、残された映像からもうかがい知ることができよう。南米の黒人の存在を世界にアピールした先達、あまりに偉大な「サッカーの王様」、レスト・イン・ピース。

※これは蛇足だが、ペレは1974年、清水市内のサッカー教室にも参加してくれている。

野田努

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