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RIP

R.I.P. Vivienne Westwood

R.I.P. Vivienne Westwood

追悼:ヴィヴィアン・ウエストウッド

三田格 Jan 01,2023 UP

 サウス・ロンドンの湾岸地区にある巨大なスタジオで忌野清志郎のフォト・セッションが始まり、僕はやることもなくただ見学していた。彼の初ソロ・アルバム『レザー・シャープ』のために30着ほどの衣装が用意され、デイヴィス&スターが息のあった撮影を続けている。スペシャルズやピート・タウンゼンド、デヴィッド・ボウイやティアーズ・フォー・フィアーズのジャケット写真を手掛けてきた夫婦のフォトグラファーである。2人が交互にシャッターを切るので、清志郎はどっちに集中していいのかわからず、序盤はうまくいっているようには見えなかった。彼らが用意した衣装のなかにテディ・ボーイズのジャケットがあり、清志郎がそれを着てポーズを取ると、実に恰好良かった。ミックス・ダウンの合間を縫って、体を休める間もなく撮影に挑んでいる清志郎はその時、体重が38キロまで減っていて、ジャケットはややダブついて見えた。そのせいか、そのカットは最終的にアルバム用には使われず、宣伝用に回されたので一般の目には触れなかったかもしれない。半日がかりの撮影が終わり、今日の衣装でどれか買い取りたいものはあるかと訊かれた清志郎はとくに考えた様子もなく「ない」と答えた。普段着にはネルシャツとか目立たないものしか彼は着ない。デイヴィス&スターが「OK」といって衣装を片づけ始めた時、「僕が買ってもいいですか」と思わず僕は声に出していた。テディ・ボーイズのジャケットはその場で僕のものになった。ヴィヴィアン・ウエストウッドの一点ものである。ガーゼ・シャツはワールズ・エンドですでに買い込んでいた。ヴィヴィアンだらけになった旅行カバンを持って僕は初のイギリス旅行から日本に戻ってきた。10代でパンク・ロックに出会うということはこういうことである。カタチから入ってもしょうがないなどとは思わない。ヴィヴィアン・ウエストウッドの服で全身を固めたい。二木信がトミー ヒルフィガーで全身を決めているのと同じである。ヴィヴィアン・ウエストウッドのショップが日本にオープンするのは意外と早く、93年のことだけれど、80年代にはまだ海を渡る必要があった。『レザー・シャープ』の取材とパンクの聖地巡りで僕の24時間はバーストしっぱなしだった。出所したばかりのトッパー・ヒードンがレコーディング・スタジオにいるのもぶち上がった。PV撮影の合間にトッパー・ヒードンが自分で飲むビールを自分で買いに行くところまで恰好良く見えた。

 70年代当時、パンク・ロックについての情報はほとんど日本に入ってこなかった。マルカム・マクラーレンのことはまだしもヴィヴィアン・ウエストウッドがパンク・ファッションを生み出したと言われても、詳細はわからないし、破けたTシャツぐらい誰でもつくれるような気がした。パンク・ファッションではなくコンフロンテイション・ドレッシングというコレクション名がついていたことも知らなかったし、「サヴェージィズ(パイレーツ)」、「バッファロー/泥のノスタルジー」、「ニューロマンティクス」と移り変わるシーンの背後にウエストウッドがいるらしいというだけで、それが本当なのかどうかもよくわからなかった(バッファロー・ハットは00年代にファレル・ウイリアムズがリヴァイヴァルさせている)。ウエストウッドがどんな顔なのかさえわからなかったので、僕は映画『グレート・ロックンロール・スウィンドル』のレーザーディスクを買い、セックス・ピストルズが女王在位25周年を祝うジュビリー当日にテームズ河に浮かべた船上でボート・パーティを開催し、〝God Save The Queen〟を大音量で演奏するシーンを何度も繰り返し観たけれど、警官たちと揉み合うマルカム・マクラーレンは確認できてもウエストウッドが逮捕された瞬間は判然としなかった(ちなみに『グレート・ロックンロール・スウィンドル』にフィーチャーされた〝Who Killed Bambi〟はテン・ポール・チューダーとヴィヴィアン・ウエストウッドの共作)。それどころかローナ・カッター監督のドキュメンタリー作品『ヴィヴィアン・ウエストウッド 最強のエレガンス』を観るまで、僕はニューロマンティクスが下火になってから子どもを育てるお金がなくなくなったウエストウッドが生活保護を受けていたことも知らなかった。僕がカーキ色のジャケットを買い取った頃である。当時は誰と話してもイギリスへ行ったらBOYのキャップやパンクTシャツの1枚や2枚は買ったよと話し合っていた時期なのに。あの売り上げはウエストウッドには入っていなかったのだろうか。同じドキュメンタリーでウエストウッドはパンクについては語りたくないと最初は口を閉ざしてしまう。追悼記事のほとんどが「パンク・ファッションの女王が……」という見出しを立てているというのに、ウエストウッドにとってパンクは思い出したくない過去だということもちょっとショックだった。監督がねばりにねばって最後は経営実態まで細かく語り始め、それもまた驚くような内容だったけれど、同作は全体にお金のことが明確に語られているところが新鮮な作品だった。

  ヴィヴィアン・ウエストウッドは80年代の後半にファッションの方向性を大きく変え、いわゆるヴィクトリア回帰を果たしたとされる。パンクやバッファローとは異なり、確かにエレガントと呼べる性格のものにはなっていたけれど、裾が広がれば広がるほどいいとされた19世紀のスカート(クリノリン)をミニにカットするなど、そのアイディアは上流階級のパロディと言われたり、過去(束縛された女性)と未来(自由になった女性)を同時に表現したとも評され、目に見えない部分では男性用ファッションを素材レヴェルから女性用につくり直すなど、対決を意味するコンフロンテイション・ドレッシングはひそかに続いていたともいえる。92年にバッキンガム宮殿で大英帝国勲章を受賞する際にはスカートに大胆なビキニとスケスケのタイツ姿で現れ、物議を醸す一幕もあった(これには宮殿に所属する写真家の撮り方に悪意があったとウエストウッドは反論している)。一方でBボーイ・ファッションを低脳呼ばわりするなど、クレジットの入れ方を巡って20年間の付き合いに終止符を打ったマルカム・マクラーレンが新たに入れ込んでいたヒップ・ホップには冷たく当たり、ストリート・カルチャーとは決定的に距離を置こうとしたことも確かである。ニューロマンティクス時代の最後に単独で「ウィッチ」というコレクションを発表したウエストウッドはキース・ヘリングをフィーチャーすることで自動的にマドンナが広告塔になってくれるなど、実際にはストリート・カルチャーが彼女の名声を後押しした面があったにせよ。マクラーレンとの残念な結末とは対照的に『ヴィヴィアン・ウエストウッド 最強のエレガンス』を観ると彼女の後半生は大学の教え子だったアンドレアス・クロンターラーとの愛の物語であったこともよくわかる。クロンターラーの献身ぶりやウエストウッドを支える彼の努力は並大抵ではなく、彼女もそれがわかっているところはなかなかに感動的だった。オーストリー出身のクロンターラーは92年にウエストウッドよりも25歳下の夫となり、25年間にわたって発表してきた「ヴィヴィアン・ウエストウッド・ゴールドレーベル」は実質的にはクロンターラーが手掛けていたも同然だったと発表し、ブランド名も「アンドレアス・クロンターラー・フォー・ヴィヴィアン・ウエストウッド」に改名されている。

  00年代に入るとウエストウッドは政治的言動を強く繰り出すようになる。とくに「気候変動」に関しては語気が荒く、行動力もかなりのものがあり、緑の党支持を表明しているものの、ヴィヴィアン・ウエストウッドの商品にはポリエステルが使われているなど矛盾を指摘されることも多く、かなりな額を寄付したにもかかわらず緑の党からイヴェントに出演することを拒否されたこともある。驚いたのはシェール・ガスの掘削に反対してキャメロン首相の別荘に戦車で向かって行ったことで、何が起きているのかわからなかった僕はスケートシングと動画を送りあったりして、その夜は、一晩中、大騒ぎになった。道が細くなってウエストウッドを乗せた戦車が別荘に突っ込むことはできなかったけれど、戦車の上から拡声器で抗議する姿を見てウエストウッドがパンクを全うしていることは確かだと思った。またウィキリークスを高く評価していて、アメリカ政府に指名手配され、エクアドル大使館で軟禁状態となっている主幹のジュリアン・アサンジを長期にわたってサポートし、クロンターラーと2人で獄中結婚の衣装をデザインしたり、アメリカ政府への引き渡しに反対して裁判所の前でウエストウッド自らが鳥かごに入って宙づりにされるというパフォーマンスも行なっている。05年にはキャサリン・ハムネットが90年代に定着させたメッセージTシャツに「私はテロリストではない。逮捕しないで下さい(I AM NOT A TERRORIST, please don't arrest me)」というメッセージに赤いハート・マークを付け加えてトレンドTシャツとして生まれ変わらせ、ワン・ダイレクションのゼインがこれを着てツイッターで広めたり、ジェレミー・コービンが労働党党首になった時は派手に応援し、ボリス・ジョンソンに大敗を喫することも。政治に比べてTVドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』で使われたウェディング・ドレスが1時間で売り切れたとかファッションの話題が少ないことは気になるところだけれど、『ヴィヴィアン・ウエストウッド 最強のエレガンス』を観ると、そっちの方はクロンターラーがちゃんとやっているのかなと思ってしまうのはやはりマズいだろうか。

  05年に姪たちを連れて森アーツセンターギャラリーで開催されたヴィヴィアン・ウエストウッド展を観に行くと、まだファッションには興味がなかった彼女たちの反応は「魔女みた~い」というものだった。確かに装飾過多だし、とくに黒い服が集められた部屋は森の中にいるみたいで、妙な落ち着きがあった(日本ではゴスロリや矢沢あい『NANA』が流行の火つけ役になったと言われるし、ヴィヴィアン・ウエストウッドが人の名前だと思っていない世代には福袋で有名みたいだし……)。パンク・ロックは遠い夢。ヴィヴィアン・ウエストウッドが家族に囲まれて静かに息を引き取ったことを知らせる公式アカウントには「ヴィヴィアンは自分をタオイストだと考えていた」と綴られている。イギリスはニューエイジ大国なので驚くまいとは思うけれど、ここへ来て最後にタオイストというのは与謝野晶子のアナーキズム擁護に通じる空想性を想起させ、あんまり聞きたくなかったなとは思う。ヴィヴィアン・ウエストウッドの真骨頂はやはり力が漲るデザイン力であり、無為自然という意味でのアナーキズムではなく、大胆に布をカットするように制度として立ちはだかる壁を突破しようとする実行力に直結させたことだと思うから。またひとつパンクの星が消えてしまった。R.I.P.

三田格

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