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Cowboy Sadness

Indie RockPop AmbientPop Drone

Cowboy Sadness

Selected Jambient Works Vol. 1

(Self-released)

野田努 Feb 19,2024 UP

 願望ないしは情動は、音楽が生まれる起点であり、燃料だ。20世紀を駆け抜けた個人主義(私は私で好きなように生きたる)はロックンロールのガソリンとなったし、怒りや否定がパンクの根幹だといわれている。では、この場合はどうなのだろう。ゆっくりとした物事のペースとスペース、これを欲していると、ただそれだけのことかもしれない。いや、文化の地殻変動におけるほんの小さな一篇の表出かもしれない。たぶんそうだろう。とにかく、なんにせよ、ぼくは疲れているのだ。それもかなりひどく。昼も夜もぐったりである。自分でいうのも何だが、カウボーイ・サッドネスの『セレクティッド・ジャンビエントvol.1』が心地よく感じるのも無理はないのである。いまはのらりくらりと、ただぼぉーっとしたい、できることなら。我らが深沢七郎はいった。ただ「ぼーと生きればいい」と。願望が音楽の生まれる起点であるなら、『セレクティッド・ジャンビエント』を具現化せしめんとした種子は、日常の暦もしがらみも忘れ、ぼぉーっとしたいという欲望に違いない。(たしか昔もこんな原稿を書いた記憶があるような)

 ロック・バンドがアンビエント/ドローンを演奏することは珍しくも新しくもない。CANはそれをやっていたし、一時期のハルモニア/クラスターがイーノのアンビエントに影響を与えた話は有名だ。あの時代、ハルモニア/クラスターがベルリン生活に疲れて田舎へと向かわなかったら、イーノの「アンビエント」がいま我々が知っているそれとは違ったものになっていたという可能性は、大いにある。まあ、それはそれとて、70年代後半にはアンビエントに積極的なロック・バンドが少なくなかった。ぼくが初めてアンビエントを聴いて「いいなぁ」としみじみと思ったのはまだ疲れを知らぬ10代なかばの話で、それはジャパンのセカンド・アルバムのB面の最後に収録されていた“ザ・テナント”という曲だった。ほかにも、ポスト・パンク期にはいろんなバンドの作品のなかに「静寂」ないしは「沈黙」があった。歌のないそれらを当時はアルバムのオマケのように思っていたが、いま思えばそれらこそが未来だったのだ。
 カウボーイ・サッドネスは、ジ・アントラーズというNYのインディ・ロック・バンドのメンバーを中心に結成された3人組で、ベースもドラムもいる。バンドの説明によれば、このプロジェクトは10年以上前からはじまったそうで、ブルックリンでの「アンビエント・ジャム・クラブ」なるイベントでのセッションが元になっている。「期待や商業的なプレッシャーから解放された」音楽として進化したと、彼らはその意図を明かしてもいる。ほらね。
 あるいは……、『セレクティッド・ジャンビエント』を、こうも説明できるだろう。ボン・イヴェールのアメリカーナとザ・KLFの『チルアウト』におけるあくまでアメリカ横断のあの感覚のみをブレンドし、トゲを抜いて、どこまでも抽象化し、どこまでもゆるくした感じ。ドローンにはじまり、ところどころでドローンをやっているのだが、スピリチュアルではないし、あからさまにドラッギーでもない。ご覧の通りの、抽象的な風景写真のスリーヴアートがほのめかすように、演奏からはやんわりとアメリカ中西部のムードが聴こえてくる……が、幻想的ではないし感傷的でもない。ベッドルームでもコンピュータでもなく、バンドでジャムってアンビエント、言うまでもないことだが、アルバム・タイトルにはユーモアが込められている。

 昨年は、コーネリアスがライヴで、素晴らしいことに新作からのアンビエント/ドローン曲 “霧中夢” を演奏していたが、こんにちロック・バンドにおけるこうした傾向をぼくは興味深く思っている。フロイトが19世紀末に発見した無意識という領域のなかの「イド」は、放っておくと欲望の赴くまま暴走するから、それを調整するために超自我を必要とするという話だった。ロックには、20世紀に解放されたまさにその「イド」の文化としての雷鳴のような性質が備わっていたわけだが、ロック・バンドの側がアンビエントに接近する傾向がもしこれからも増え続けるのであれば、20世紀に暴れすぎた欲望が21世紀では静寂の側へとしずかに変質しているのではないのだろうか。それが無意識のうちに表出してきていると……。
 もちろんこの考えはたんなる思いつきでバカげているし、人生の多くを20世紀で過ごしている自分の年齢的なことが影響しているのではないかという疑いが必要なこともわかっている。ただ、高級化するアンビエントや音響実験としてのアンビエントがあるいっぽうで、大衆的で、ポップ化するアンビエントが地道ながら増えていることにも注目したい(冥丁や吉村弘リヴァイヴァルも大きくはこの流れだろう)。それらはエネルギーの減退を意味しない。雷鳴ばかりがエネルギーではないと言っているのだ。

野田努