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大友良英スペシャルビッグバンド

ImprovisationJazz

大友良英スペシャルビッグバンド

そらとみらいと

Little Stone

細田成嗣 Mar 09,2026 UP

 15年を長いと見るか短いと見るかは人によって様々だと思うが、少なくともいまの若者たち、たとえば中学生には15年前の記憶がない。わたし自身、音楽を自覚的に聴くようになったのは14歳の頃だと思うから、いまあの頃の自分のような人間が背伸びしてアヴァンギャルドな音楽を聴いているのだとしたら、そのリスナーには東日本大震災発生時の記憶がないことになる。そう、3.11から15年の歳月が経過した。決して短くない時間が経った。そしてこの間、世界ではさらなる災厄、さらなる惨禍がもたらされてきた。だが時の流れとともに少しずつ積み重ねられてきた物事もある。15年前には思いもよらなかったような「希望」を鳴らす人たちもいる。大友良英率いるスペシャルビッグバンド(OSBB)はそのような響きでわたしたちに未来について考えさせる。

 もともとは劇伴が出発点だった。2013年に放送された連続テレビ小説『あまちゃん』の音楽を手掛けるためにOSBBのメンバーは集められた。そこに至る経緯を手短に振り返っておきたい。大友良英はゼロ年代の中心的なプロジェクトのひとつだったニュー・ジャズ・オーケストラ(ONJO)を2009年に休止した。その後軸足を移したのは、相前後して進行していた音遊びの会への参加(2005年〜)やアジアン・ミーティング・フェスティバルの開催(同)、インスタレーションの試み(同)、FENの結成(2008年)、ONJTの始動(2009年)、ダブル・オーケストラの立ち上げ(2010年)といった複数のプロジェクトだった。それらのいくつかは「アンサンブルズ(=アンサンブルの複数形)」をキーワードに展開していった。そうしたなかで2011年、3.11を契機にプロジェクトFUKUSHIMA!へと活動の比重が傾くことになる。そこでは阪神・淡路大震災の発生から15年後の神戸を舞台としたドラマ『その街のこども』(2010年、音楽は大友が担当)を参照しながら活動したという。

 3.11以後の大友の活動は「アンサンブルズ」がますます重要なコンセプトとなっていった。というより、一般の参加者と制作するインスタレーションからアマチュアを交えたオーケストラまで、誰かひとりが中心となるのではない、様々な来歴の人びとと共同作業をおこなう「アンサンブルズ」の試みが、3.11以後の混乱した社会において文化活動をおこなう上で大きなヒントとなったのだと思う。そして2013年、『あまちゃん』の音楽を任されることになった大友は、2年前に「アンサンブルズ・パレード/すみだ川音楽解放区」で知り合ったチャンチキトルネエドの全メンバーが合流する形で、劇伴のためのスペシャルビッグバンドを結成した。

 通常であればドラマが終われば劇伴バンドも解散するものだが、スペシャルビッグバンドは活動を継続した。正確には2013年をもって「あまちゃんスペシャルビッグバンド」は解散し、OSBBとして再出発を果たした。大友はOSBBについて「ONJOの続きができるかもしれないと思った」と語ったことがある。後期ONJOではジャズ・ミュージシャンだけでなく、いわゆる音響的な即興演奏家やアジア近隣諸国の実験的音楽家、音遊びの会のメンバーなど、非ジャズ・ミュージシャンが参加するようになっていた。そのようにONJOで垣間見られた「ジャズ経験者以外の人たちによるジャズ」の可能性を、OSBBに見たのだという——チャンチキトルネエドのメンバーはクラシックの素養を持つ藝大卒の演奏家たちだった。新宿ピットインがオープンから50周年を迎えた2015年、OSBBはファースト・フル・アルバム『Live at Shinjuku PIT INN』をリリース。『あまちゃん』の劇中曲も含みつつ、チャーリー・ヘイデンやエリック・ドルフィーなど、ONJO時代のレパートリーを新たな解釈で演奏してみせた。コロナ禍に見舞われた2022年には初のスタジオ・アルバム『Stone Stone Stone』を発表し、多数の気鋭ゲストを交えるとともに「あまちゃんバンド」から脱した新たな段階に到達したことを示した。

 さらに2024年、OSBBは初の欧州7カ国を巡るツアーを敢行。楽曲の演奏だけでなく、指揮を駆使して即興的なアンサンブルを創出するという大友が長年取り組んできた試みをバンド・メンバー全員が入れ替わりで指揮者となる形で導入し、唯一無二のラージ・アンサンブルへと成長を遂げた——その記録は翌年にライヴ盤『Live at Cafe OTO 2024』として世に放たれることになる。そして勢いを増したOSBBが新たに挑んだのが、組曲『そらとみらいと』のレコーディングだった。同組曲はもともと指揮者・佐渡裕からの委嘱を受けて大友が作曲、江藤直子、加藤みちあき、荻原和音が編曲し、阪神・淡路大震災から30年の節目となる2025年1月に兵庫芸術文化センター管弦楽団によって初演された25分ほどのオーケストラ作品だった。それをOSBBがあらためて編曲し、50分近くにおよぶ大作へと発展させた。

 『そらとみらいと』は3つの楽章から成っている。第1楽章「レクイエム」は場を鎮めるような鈴やおりんの静謐な響きから幕を開ける。じっくりと時間をかけながら、次第に管楽器の持続音やピアノの打音などが重なり、徐々にクレッシェンドしていく。美しいハーモニーが形成されると、ふっと音が消え、木管楽器が穏やかな速度で印象的なメロディを奏で始める。近年の大友良英のレパートリーとなっている「空が映えた2022年11月18日水曜日」をベースとしたじつにシンプルなメロディだ。大きく深呼吸するようにメロディが繰り返され、ピアノやギターがまるで浮遊する魂のごとく漂うと、低音が力強いリズムを刻み始め、ドラムやパーカッションも入り、アンサンブルが豊かな厚みを増していく。続く第2楽章「Life」は指揮による集団即興のパートだ。ここでは佐渡裕がゲスト指揮者として参加している。強烈なアタック、不定形なサウンドの変容、突如として流れ出すリズミカルなビート。自在に変化するアンサンブルはカオティックにもなればときには調和をも生み出す。大友のノイズ・ギターが炸裂する一方、ストレンジなグルーヴで身体を揺さぶりもする。いまここで生まれ落ちた剥き出しの音楽。そして第3楽章「祭りと空と」で16分を超える壮大なクライマックスへと向かう。「福島わらじまつり」の笛のフレーズを取り入れた祭囃子から始まり、骨太なベースを合図に即興的アンサンブルが躍動し始めると、第1楽章で聴いたあの印象的なメロディが、今度は希望に満ち溢れた晴れやかなサウンドで高らかに奏でられる。同一のメロディがこれほど変わるのかと驚いた。さらにそこに大河ドラマ『いだてん』のメインテーマから引用したメロディが紛れ込み、記憶を撹拌するようにコラージュされた、しかし有機的なビッグバンドのアンサンブルが、祝祭の興奮を高めるようにして場を盛り上げていく。ピークに達したところで一転、穏やかなメロディへと切り替わるが、そこからさらに祭囃子を経て奇怪な音色が暴れ出し、最後は三三七拍子で大団円を迎えるのである。ラスト・トラックの「Epilogue」では「福島わらじまつり」のフィールド・レコーディングと思しき響きが幻影のように姿を現し、そこに被さるように音頭のリズムが奏でられ、あたかも終わらない祭りが延々と続くかのようにフェードアウトしていく。

 「鎮魂、即興、そして祭り」がテーマだという。それは大友良英がとりわけ3.11以後に力を入れてきた活動の足跡でもあるだろう。その意味で『そらとみらいと』はまさに集大成と言っていい作品だ。だがたんに大友の個人史がまとめられたというわけではない。彼の活動そのものがつねに社会と接してきたからである。ではその活動とはどのようなものであったのか。大友は2025年10月18日に放送された『JAMJAMラジオ』のなかで、ゼロ年代半ば頃に現在へと繋がる「原点」が生まれたと説明しつつ、その後の活動について「コミュニティ運動」という言葉で振り返っている。誰かひとりが全ての決定権を持つのではなく、あるコミュニティのなかで、プロフェッショナルもときにはアマチュアも交えて協働し作品を制作することを繰り返してきたのだと。それはたとえば音遊びの会で知的な障害のある人たちとワークショップをおこなうことであったり、山口情報芸術センターや水戸芸術館でそれぞれの地域の人たちとコラボレートしながらインスタレーションを制作することであったり、プロジェクトFUKUSHIMA!で見知らぬ人びとと盆踊りを踊ることであったりしただろう。2015年から始まったアンサンブルズ東京では市民参加型のワークショップで指揮による集団即興の試みをさらに発展させていった。そのように社会と接する様々なコミュニティにおける協働なくしては、『そらとみらいと』も生まれなかったのではないか。

 3.11の記憶を持たない世代は時を経るにつれて増えていく。いかにして記憶を継承するかということがいまを生きるわたしたちの課題である。もちろんそれだけを取るならば手段は様々にあるだろう。言葉、映像、モニュメント——音楽はどちらかというと記憶を形として残すことには不向きで、鳴り止めば空中に消え去って忘れられてしまう。だが音楽を聴くには一定の時間が必要であり、裏を返すなら、わたしたちは音楽を聴くことによって何がしかを感じ取り考えるための時間を確保できる。『そらとみらいと』を聴きながら、たとえ当時の記憶がなかったとしても、3.11とそれ以後に起きた様々な出来事について思いを巡らすことができる。未曾有の大震災から15年ほど経ってこのような響きが生み出されたのだ。さらに15年後の未来にはどのような空が広がっているだろうか——。

細田成嗣