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ミシェル・ルグラン 世界を変えた映画音楽家

ミシェル・ルグラン 世界を変えた映画音楽家

9月19日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開
©-MACT PRODUCTIONS-LE SOUS-MARIN PRODUCTIONS-INA-PANTHEON FILM-2024 

監督・脚本:デヴィッド・ヘルツォーク・デシテス 脚本:ウィリー・デュハフオーグ 製作:マルティーヌ・ド・クレルモン・トネール ティエリー・ド・クレルモン・トネール デヴィッド・ヘルツォーク・デシテス 編集:マルゴッド・イシェール ヴァンサン・モルヴァン デヴィッド・ヘルツォーク・デシテス 撮影:ニコラス・ボーシャン リヤド・カイラット スタン・オリンガー 音響:テオドール・セラルド 
音楽:デヴィッド・ヘルツォーク・デシテス ミシェル・ルグラン
出演:ミシェル・ルグラン アニエス・ヴァルダ ジャック・ドゥミ カトリーヌ・ドヌーヴ バンジャマン・ルグラン クロード・ルルーシュ バーブラ・ストライサンド クインシー・ジョーンズ ナナ・ムスクーリ
2024年/109分/フランス/原題:IL ÉTAIT UNE FOIS MICHEL LEGRAND/カラー/5.1ch/1.85:1 
日本語字幕:大塚美左恵 後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ 配給:アンプラグド 
公式HP:unpfilm.com/legrand

山崎真央(サントラ・ブラザース) Sep 02,2025 UP

 近年の映画音楽は実に多様化しているが、それでも商業的な作品では伝統的なクラシック音楽を基盤としたオーケストラ作品が多いように思われる。しかしいまから50〜60年前、ミッドセンチュリー・モダンの感性が息づいていた時代には、“ジャズ”の要素を取り入れた楽曲がメジャー映画で数多く使用され、先駆的な音楽表現のひとつとして定着していた。
 ジャズをバックグラウンドに持ち、そのセンスを映画に活かしたこの時期の作曲家といえば、『ピンク・パンサー』で知られるヘンリー・マンシーニ、『スパイ大作戦(のちの『ミッション:インポッシブル』)』や『ダーティーハリー』のラロ・シフリン、そして『キャンディ』や『コンドル』を手がけたデイヴ・グルーシンなどが思い浮かぶ。また、クインシー・ジョーンズもキャリア初期に多くの映画音楽を手がけ、この分野においても大きな足跡を残している。
 ヘンリー・マンシーニは1950年代初頭から活動していたため、やや早い時期の登場といえるが、彼らはおおむね1950年代後半から1980年代にかけて、同時代にハリウッドで活躍した作曲家たちと言って差し支えないだろう。出身国に目を向ければ、アルゼンチン出身のラロ・シフリンを除き(とはいえ、彼の活動拠点もアメリカにあったが)、いずれもアメリカ人である。
 ジャズはアメリカがその中心地であり、次々と新しいスタイルや演奏技法が生まれていた。そうしたアメリカのジャズ文化に対し、ヨーロッパの音楽家たちは強い影響を受け、憧れを抱いていた。その代表的な存在の一人がフランス出身の作曲家ミシェル・ルグランである。彼もまた、ジャズの語法を巧みに取り入れながら、映画音楽の分野で国際的な成功を収めた人物だ。

 ルグランはパリ国立高等音楽院でクラシック音楽と作曲を学び、恩師ナディア・ブーランジェのもとで修練を積んだ。ブーランジェは20世紀を代表するクラシック音楽の作曲家、指揮者、そして教育者であり、彼女の門下には実に多彩な作曲家たちの名前が連なっている。
 例えば……レアグルーヴ好きには、ムーグ・ファンクの金字塔“Psyche Rock”や“Jericho Jerk”で知られるフランスの実験音楽家のピエール・アンリ、クラシックの素養が作品に深みを与えるブラジルの奇才エグベルト・ジスモンチ、ミニマル・ミュージックの旗手フィリップ・グラス、タンゴを革新したアストル・ピアソラ、さらにはクインシー・ジョーンズ、キース・ジャレット、ドナルド・バードまでもが彼女の門下生として名を連ねる。近年の音楽シーンに計り知れない影響を与えた(個人的にも大好きな)音楽家たちを指導したナディア・ブーランジェは、ある意味、相当な“やばい”教育者だったのかもしれない。
 ルグランもまたその一人であり、クラシックの厳格な教育に裏打ちされた音楽性と、それとは対照的に、自由な精神性の象徴でもあったジャズへの深い興味を併せ持っていた。1950年代にはマイルスやコルトレーンといったトップクラスのジャズ・ミュージシャンたちとも積極的に交流を持ち、その後映画音楽の世界へと進出する。1961年にはジャン=リュック・ゴダール監督の『女は女である』の音楽を皮切りに、ヌーヴェルヴァーグ初期において実験的かつ自由な音楽表現を展開し、従来の映画音楽の枠を超えた新たな可能性を切り拓いた。1964年の『はなればなれに(Bande à part)』における、アンナ・カリーナとクロード・ブラッスール、サミ・フレーの3人の有名なダンス・シーンは、ルグランの軽やかで洒脱でファンキーな音楽があってこそ成り立った名場面だろう。
 同じく1964年には、フランス映画界の黄金コンビとなるジャック・ドゥミ監督と出会い、『シェルブールの雨傘』の音楽を担当する。ここでは、セリフがすべて音楽で歌われるという革新的なスタイルを採用し大きな注目を集めた。以降もこのコンビで『ロシュフォールの恋人たち』や『ロバと王女(Peau d'Âne)』など数々のスタイリッシュな作品を手がけた。なお、この『ロシュフォールの恋人たち』は1990年代の渋谷系ムーヴメント、とくにピチカート・ファイヴに代表されるアーティストやそのファンたちに多大な影響を与えた、デザイン/ファッション的バイブルとも言える作品である。色彩感覚、リズム感、そして軽やかさをもった世界観は、当時の日本のポップ・カルチャーに深く影響を及ぼしている。
 こうした一連の作品は、フランス国内にとどまらず、やがてハリウッドにも波及していく。ルグランのハリウッドでの成功は周知のとおりだが、個人的に印象に残っているのは、映画『The Happy Ending』のテーマ曲“What Are You Doing the Rest of Your Life?”である。近年では、ビル・エヴァンスによるローズ(エレクトリック・ピアノの一種)での演奏ヴァージョンが、アンビエント系や静謐で内省的な音楽を好むリスナー層からも高く評価されている。この曲は、ルグランにとっては長いキャリアのなかの小さな一コマにすぎないかもしれないが、作曲に込められた繊細な情感は、いまなお多くの人の心をとらえ続けている。

 クラシックの構成美とジャズの即興性が融合したミシェル・ルグランの音楽は、1960〜70年代の映画音楽のスタイルをある意味で決定づけた存在の一人といえるが、こうした楽曲一つひとつを支えていたものは何だったのか……。ルグランの音楽に向き合ってみると、彼の音楽性の本質が少しずつ見えてくる。特筆すべきは、彼の卓越したオーケストレーションの技術だ。あくまで個人的な感想にすぎないが、前述のジャズ出身の作曲家たちや同時代のヨーロッパの映画音楽家と比べても、その楽曲自体の安定感はかなり高いと思う。ルグランのオーケストラ作品には、重厚さと繊細さ、旋律の美しさが非常にバランスよく共存している。
 なぜ彼が非常に安定した完成度を生み出せたのか、その謎を解くヒントが多く描かれているのが、『ミシェル・ルグラン 世界を変えた映画音楽家』だ。映像を通して彼の本質が見て取れた。とくに印象に残ったのは、ルグランは極めて高いピアノ演奏力を有していたという事実だ。作品の完成度との明確な因果関係はわからないが、こうしたたしかな演奏力に裏打ちされていたからこそ、ミシェル・ルグランはオーケストラをコントロールし、映画の血や肉となるような、情熱的でクオリティの高い音楽を生み出すことができたのだろう。
 そんなルグランの軌跡を証言する関係者のなかに、1980年代にフランス映画音楽を革新した作曲家ガブリエル・ヤレドの姿があったのには驚かされた。ガブリエル・ヤレドといえば、まだ若手の時代に、ジャン=リュック・ゴダールの注文を跳ね除けて「だったら他の人に頼むがいい」と言い放ち、ゴダールが折れて好きにやらせたという破天荒なエピソードの持ち主だ。彼がルグランへの敬意を熱く語る様子を目の当たりにし、「ヤレドはこんなにもルグランをリスペクトしていたのか」と、これにはかなり意外に感じた。
 そういえば、ヤレドもルグランも映画音楽家として飛躍するきっかけとなったのはジャン=リュック・ゴダールであり、それぞれの時代に新たな地平を切り拓いてきたという点で、その軌跡はどこか響き合っているのかもしれない。さらに考えてみると、ヤレドとジャン=ジャック・ベネックス監督のコンビにも、どこかルグランとジャック・ドゥミの関係に通じるものを感じる。作曲家と映画監督が深く共鳴し合い、作品全体の世界観を形づくっていく。その関係性の在り方には共通する空気があるように思えた。

 さて、本作『ミシェル・ルグラン 世界を変えた映画音楽家』を観終えたあと、あらためてルグランの音楽に耳を傾けてみると、映画という総合芸術の奥深さとともに、音楽が“時間”という、目に見えず手で触れることのできないキャンバスに描かれる芸術であることの凄みを、あらためて実感させられる。そして、表現とは、卓越した技術や形式だけでなく、創り手の内側にある情熱や愛情が注がれてこそ、人の心に深く響くのだということを、しみじみと感じる。
 ゆえに、一人のアーティストの人生を描いた本作から感じ取るべきは、現代で希薄になりがちな“熱い何か”を私たちがいまこそ見つめ直すべきだというメッセージではないだろうか。

(ミシェル・ルグランの名盤の数々。筆者のコレクションより)

山崎真央(サントラ・ブラザース)