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レコード蒐集家訪問記 第⼀回

レコード蒐集家訪問記 第⼀回

ピンク・フロイド『夜明けの⼝笛吹き』を60枚以上持つ漢

Feb 22,2024 UP

 近年、世界中で拡がり続けるアナログ・レコード。⾳楽メディアとして⼈々の記憶から⼀度忘れられかけたものの、今では⾒事に表舞台に復活しました。しかし東京のレコード店の多さが最多であった90年代頃と⽐べてみると、当時の規模にまではまだまだ拡大していない状況。若い世代も今はレコードを聴く⼈が増えてきているようですが、実際にどのようなレコード・コレクションをしているのでしょうか?
 そんな疑問を抱えて、とあるミュージシャンの30代男性(若くもないですが・・)宅にVGAチームで⾶び込み取材を遂⾏致しました。

[今回のレコード・コレクター]

齋藤辰也 / chill blankhead(1989年生まれ)
DJパーティー<Cosy Inside>主宰。パブリック娘。メンバー。CDとレコードが大好き。

***

 埼京線で渋⾕駅から15分。我々は⼗条駅に降り⽴ちました。東京都の北に位置する、その名の通りの北区にある小さな街、⼗条。駅前ロータリーに不穏な影を落とす建設途中のタワマンに背を向けて、小さな商店街を⼀歩⼊るとそこは古き良き⾵情あふれる街並み。昔ながらの喫茶店や⾷堂、⾦物店などの個⼈店がずらっと並び、活気のある空気がなんだか昭和にタイムスリップしたかのよう。
 そしてしばらく進むと左⼿には大きな演芸場が突如出現。お年を召した⽅々が次々に場内に吸い込まれています。ここは1951年に開業された歴史ある大衆⽂化施設。こんな小さな街の路地裏に演芸場がある珍しい光景は、まるでアメリカ郊外の小さな街の映画館を想起させます。そんなレトロ感が漂う商店街を抜けてしばらくすると男の⾃宅に到着。
 事前に得た情報では、けっこうディグっているということでしたが、30うん年レコードを掘り続けている我々VGAチーム。期待値半分で扉を開けましたが・・・・

---レコードに浸⾷されてますね。(床にじかに⽴てかけられたレコードが倒れてくる様を⾒ながら)このレコードが崩れてくる感じも懐かしい。まるで浪⼈⽣の部屋ですね。⾃分の居場所はあるんですか?

齋藤:⼀応あります。いまはマットレスを外で天⽇⼲ししていて、ついでにレコードの並びも整理しようとしたら途中で時間切れになってしまい、かえって散らかってしまいました。すみません。
それでこの辺が前にお話しした同じアルバムをひたすら集めたレコード・コレクションです。(レコード棚の背表紙を⾒ながら)こっからここは全部ピンク・フロイドの1st アルバム、『夜明けの⼝笛吹き(The Piper at the Gates of Dawn)』ですね。

---え!これ全部??

齋藤:そうです。そしてここからここまではヴェルヴェット・アンダーグラウンドの3rd。
こっちはドアーズの3rd。こっちはナンシー・シナトラの・・・

---⼊室早々いきなりフル・スロットルできましたね。これだと話が続かないんで、とりあえずまずはレコードにハマったきっかけを教えてもらえますか?

齋藤:はい。中学⽣の時にビートルズを好きになったんですけど。⽗親はレッド・ツェッペリンの来⽇公演とかを⾒に⾏くような⼈だったのですが、海賊盤(ブートレッグ)のCDをたくさん持っていて。
僕もその影響でビートルズの海賊盤を聴くようになったんです。そして当時、⽗親がたくさん海賊盤の専⾨雑誌を持っていたのですが、それをたまたま⾒てしまったんですね。

---雑誌名が『Beatleg』っていうんですね。ずいぶんシャレがきいた名前ですね。

齋藤:⻄新宿で売っていた本で、レコードに⼊ってるミックス違いの⾳源についても書いてあったりして。レコードでしか聴けない⾳源もあるんだと。それでレコードの存在に気づいたんです。

---その頃は普段はCDを聴いていたのですか?

齋藤:そうですね。家にはCD しかありませんでした。⽗親からはレコードの⽅がCD よりも⾳に迫⼒があるんだというような話を聞かされていました。その後、⾼校⽣の時に付き合った相⼿が部屋でレコードを聴いているのを⽬の当たりにしてすごく羨ましくなって、レコードだけの⾳源が⼊ってるアルバムはレコードを買うようになりました。ただ、機材にほとんど関⼼がなくて、実際に⾃分のターンテーブルを買ったのは大学を卒業する直前なのですが。

---そこからレコードを買い始めてこんな偏愛的な蒐集をするようになるんですね。ちなみにサブスクは使⽤しますか?

齋藤:課⾦の契約はしていないですね。モノじゃないものにお⾦を払うのが嫌なので。

---「モノじゃないものにお⾦を払いたくない」名⾔ですね。ソウルやジャズよりもロックが好きなんですか?

齋藤:ロックが⼀番好きですがジャズもヒップホップも聴きます。ソウルは奥が深そうでそんなに聴いていないですが、ジャズで好きなのはセロニアス・モンク、ニーナ・シモン、コルトレーンのフリーの頃とか。あとはガボール・ザボ。彼のギターはシド・バレット(ピンク・フロイドの初期中⼼メンバー)に似ている気がして好きです。けど今でもレコード店に⼊って最初に⾒る棚はビートルズの新⼊荷コーナーですね。

---ピンク・フロイドの1stの物量、すごいですね。いったい、何枚持っているんですか?

齋藤:40枚以上ですね。CDも合わせると60枚以上あると思います。あとはカセット・テープもありますね。

---そんなに同じものばっかり買うのはなぜですか?ピンク・フロイドの他のアルバムは聴かないんですか?

齋藤:他のアルバムには全く興味ないんですよ。

---えー?!それはすごいですね。

齋藤:僕はシド・バレットが好きで、彼は1stアルバムにしか参加してないんです。なのでピンク・フロイドのファンではないです。

---じゃあソロも追いかけてるんですか?

齋藤:もちろん、シド・バレットのソロも聴きます。でも2枚しか出ていないのですぐに終わっちゃう。なので、もっとシド・バレットを聴きたいと思ったら1stを深く掘るしかないんですよ。

---深く掘るということはどういうことですか?

齋藤:これらは全部プレスされた時期や国が違うんです。なのである意味、全部違うレコードなんです。

---なるほど。シド・バレットを追いかけてたくさん聴くためには1stアルバムのプレス違いをたくさん聴くしかない。物理的な理由なんですね。

齋藤:シド・バレットはまだピンク・フロイドがブレイクする以前のこのアルバムで脱退しているんです。引退後も引きこもりを続けていたらしいので、彼はこのアルバムが世界中で評価されたということを知らなかったんじゃないのかなと思いまして。彼の代わりに僕が聴いてあげています。

---完全に憑依してますね。じゃあプログレが好きなわけではないんですね?

齋藤:その通りです。僕は同じ⽳をずっと掘り続けていたいんですよ。プレスが違う盤がどんな⾳がするのか聴いてみたいんですね。

---このピンク・フロイドの1stの中でも⼀番思い⼊れのある盤はどれですか?

齋藤:この初回の⽇本盤なのですが、この帯は偽物でカラー・コピーなんです。

---ずいぶん綺麗にできていますね。

齋藤:これはネット・オークションで落札したのですが、売り⼿の⽅は正規の「帯付き初回⽇本盤」を⼿に⼊れた事で「帯なし」を出品したらしく、その⽅が帯をコピーして「おまけ」でつけてくれました。

---とても親切な⽅ですね。偽物の帯かもしれないけれど、完品の気分を少しだけ味わうことができる。いい話です。

齋藤:この「帯なし」の⽇本盤はたしか4万円くらいしたんですけれど、「帯付き」は本当に珍しくて市場に出てもおそらく100万円くらいするんで僕には無理ですね。

---100万円!ただの印刷物の有無で価値が20倍以上になるってすごいですね。ところで今までで⼀番⾼い買い物をしたレコードはなんですか?

齋藤:L'Arc‐en‐Ciel のアナログBOX ですね。これは関係者のみに配られた⾮売品なんですよ。

---(失笑)

齋藤:ギリ1桁万円でした…。今はもっとするみたいです。

---ピンク・フロイドから急にL'Arc-en-Cielが出てくるとは思いませんでした。

齋藤:小学⽣の頃に好きだったんです。それに、シド・バレットのスペルがSYDである経緯とハイドのスペルがHYDEである経緯はヒジョーに似ておりまして…

---これは我々おじさんには理解ができない部分かもしれません。普通、小学⽣のときに好きだったものって⾃分の⿊歴史として⼼の奥底にしまっておきたい。たまに懐かしくなって聴きたくなる気持ちもわかりますが、大⼈になってからそれに10万円出したいとは絶対に思わないですね。⾃分の⾳楽遍歴の進化の過程で捨てていったものでもあるので。

齋藤:L'Arc-en-Ciel は僕の⾳楽の原体験として強く根付いていて、大⼈になってからレコードがあるって知った時に絶対に買おうって決めていました。

---他は何かありますか?

齋藤:次に⾼いのはL⇔Rですかね。これも⾮売品の7インチですが、1インチ約1万円くらいしました。L⇔Rはコロナ以降に好きになったバンドですね。あとはかなり安値で買えましたが、レア度が⾼いのはエミネムの⾃主盤ですね。

---なるほど。それにしても⾊々なジャンルを聴いていますね。感性がナチュラルというか。我々が若い頃は趣味の範囲をある程度、制限しなければいけないような⾵潮がありました。
今のように簡単に⾳楽がなんでも聴ける時代ではなかったこともあって、⽅向性を絞って聴かないと知識を増やすことができなかった。今の若い世代の⽅が聴き⽅が⾃由で他ジャンルにも寛容かもしれません。

齋藤:今は聴き⽅を狭くしていることの⽅が不⾃然だと思いますよ。

---普段はどこでレコードを買いますか?

齋藤:実店舗でもインターネットでも買いますが、最近は店舗の⽅が多いです。できれば大型店ではなくて街の小さな中古レコード店にお⾦を落としたいと思って、昨年は特にそういうお店にたくさん⾏きました。

---レコードを売ることもありますか?

齋藤:売るときはオークションなどのネット販売は⾯倒くさいので、こちらもお店の買取サービスを利⽤します。

---⾃分以外のレコード・コレクターで尊敬してる⼈はいますか?

齋藤:先ほどの海賊盤の専⾨雑誌『Beatleg』でビートルズの記事を書いてる小沢大介さんという⼈がいまして、この⼈は本当に公式リリースのレコードは⼀切買わないらしいんです。海賊盤しか買わない。
知⼈が小沢さんの⾃宅を訪問したらしく「レコード棚の背表紙が全部真っ⽩だった」という話を聞いて感銘を受けました。海賊盤ってジャケットが無いので。

---それはすごく濃厚なコレクションですね。

齋藤:今、僕が持っているレコードの枚数って2000枚程度ですけれど、枚数をたくさん持っている事が良いとは思わないんですよ。それよりも内容の濃さに興味があるんです。
その⼈の大事にしているポリシーがコレクションの中⼼にある事が良いと思ってます。

2024年1⽉某⽇

***

 今回、我々にとってカルチャーショックだったのは、⾳楽の聴き⽅に全く垣根がないということでした。ヒップホップからLʼArc-en-Cielまで聴いている事を⾃信たっぷりに話す姿がとても新鮮でした。彼がそういうタイプなのか、それとも今の若い⼈たちの傾向としてそうなのかは今回の取材だけではわかりませんが、昔はターゲットを絞って集中的に深く掘り、そのジャンルを極めるということが良いとされていました。さらに我々よりも上の世代は「ジャズならこう、ソウル、ブルースはこう聴くべき」というような⽂脈に沿った聴き⽅が常識で、そのカウンターもあって⼀般評価されていないものを「格好良い」という尺度でディグするレア・グルーヴ世代が誕⽣しました。今はさらに広く深く、好きなものを好きなだけ聴けるようになった時代。いろんな体裁にこだわる必要がなくなったのかもしれません。
 ⾃由な聴き⽅がその⼈の個性になっていき「好きなものは好き」と皆が⾃信を持って⾔える時代になった。そう考えるととても素晴らしいことだと思いますが、⼀⽅でSNS やネット情報ばかりに⾝を委ねるばかりではなく、時には本を読むなど先⼈の蓄積したデータや歴史を学ぶことはいつの時代も大切なことです。体系的に捉えた上で⾃らの趣向にあった取捨選択が、よりリアルなレコードのディグに繋がるということを⽼婆⼼ながら記しておきたい。
 いずれにしてもネットやサブスクがあるにも関わらずフィジカルにこだわり、コスパも効率も悪いレコード盤に特別な愛着を感じてコレクションしていく彼の姿勢にはリスペクト。
レコードには世代を超えて⼈を惹きつける魔⼒があるんですね。

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⽔⾕聡男
⼭崎真央