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There are many many alternatives. 道なら腐るほどある

There are many many alternatives. 道なら腐るほどある

第4回 愛と生存ンンン……。

文:高島鈴 Apr 09,2019 UP

 三月は〈おしまい〉になっていた。何もかもがだめだった。布団のあいだにうずくまってスマホでソリティアをしたり指の皮を血が出るまで剥いたりしていたら一ヶ月が終わった。神はなぜこんな血の出やすいところにエンターテインメントを用意したんでしょうね。正直今も左手の人差し指で親指の皮をめくりながらこの文章を書いている。
 やらなければならない種々のことを全て先送りにした。何もしたくなかったし、実際にほとんど何もしなかった。全部が恐ろしいほどおっくうで、身体の外側の時間の流れに全くついていけないと感じていた。アルバイトだけは通えていたが、アルバイト以外では人に会わなかった。何もかもが遠かった。
 三月はだめだ。私にとっては冬よりもきつい。着替えて一歩外に出ればつい一ヶ月前まで渇望して止まなかった太陽があるのに、どうしても部屋から動けない。冬の〈おしまい〉には「こんな気候なら仕方がない」という説得力と納得があるが、春の〈おしまい〉は外的要因に己の不調の理由をなすりつけにくいほど陽の光がうつくしい。苦しい。私は一生この天気を「行楽日和」と形容できない。

 だが不思議と今シーズンはその場にいるのが耐えられないほどの精神の下降はなかった。奇妙な凪だ。「ヘル日本」なニュースが常態化しすぎて怒ることにすら疲れていたのかもしれない。いや、性暴力に、公務員の韓国差別に、入管の人権無視に、こんなにたいへんなことばかり起きているのに新元号だのオリンピックだのどうでもいいニュースばかり流すテレビに、ずっと怒ってはいたし、これは自分の現実なのだという意識もあったが、その一方でなんだか妙に全てが自分から遠かったのだ。普段なら内臓がどよめいてその場で手足をばたつかせたり唸ったりせずにいられないようなときでも、「ああ、そうか」と思ってしまえている自分がいた。悲しくてムカついてとりあえずほうぼうに署名をしたが、それ以上の具体的な対処法がわからず、ゴジラになって全部踏み潰したいなあなどと考えていた。
 思うに、短い間に大量かつさまざまな問題を視界に入れすぎたために、視界の縮尺がどんどん小さくなっていき、世界に対する目線がゴジラになっていったのではないか。渋谷109からTSUTAYAまでの徒歩経路を表示したマップより山口県から青森県までの徒歩経路を表示したマップのほうが漠然としているのと同じで、広い範囲の大量の問題を見ようとした結果視点が上空になって細部が見えなくなっていくのだ。どうしようもないたくさんの細かい何か。何から手をつけていいかわからない。これもう全部ダメじゃない? 全部踏み潰したい。グシャッ。踏んだ後は足の裏を拭く。

 しかし同時にこういうときほどむしょうに人間がかわいく見える。アルバイト先に行くために地下鉄に乗ると、乗り合わせた人がやけにかわいい。眠る人の眉間のしわ、使い込んだカバン、四隅が剥がれかけのスマホケースなどを、あまり長く見ると失礼なので一瞬だけ風景として目に入れて、みんな生きててかわいいな~と思って噛みしめる。老若男女関係なく、なんというか、月齢を重ねた生き物がそこにいることそのものがどうしようもなく素敵だ。電車の窓から見えるたくさんのマンションは虫の巣のようで、一生懸命作られた穴一個一個に人間がいっぱい寄り集まって暮らしていると思うと、なおのことかわいい。自分の生活を全部棚に上げて、全部かわいい。

 この気持ちも「ゴジラになって全部踏み潰したい欲」と結局は同根なのだろう。すなわち私のなかの野放図な殺意も野放図な好意も、結局は対象と向き合いたくないという無責任な気持ちだからだ。殺意を握りしめていても私は実際に生きている人間のエネルギーを前にしながらそれを実行しようとは思わないし、全員かわいくても「じゃあ今からこの全く知らない人と手を繋いで見つめあって一時間喋って」と言われたら絶対に拒否する。これは個体に向けた気持ちではないのだ。現実的な結果を望むならベクトルを決めなければならない。私(ゴジラではない)の身体から全方位に向けて広域攻撃を撃っても威力は分散してしまって効果がない。対象に攻撃されかねない距離まで近づいて、対象を定めてエネルギーを使わねばならない。(常に現実的な結果を求めることが正しいわけでは当然ないが、「やるからには勝ちたいじゃん」とも思う。)すなわち、どのような気持ちに基づいてやるにしろ、仕留めたいものがあるなら対象と本気で向き合わなければならない。

「向き合う」とは対象に影響されて自分が変化する可能性を受け入れることだ。対象と食うか食われるかの場所に立つことだ。相手と関わったことについて責任を引き受ける覚悟を持つことだ。そして向き合うことは愛である。嫌悪だろうが好意だろうが、対象について考えて考えて考えて考えて「向き合った」なら、それは愛としか呼びようがなくなる。
 しかしここまで書いてきて改めて思うけれど、「向き合う」行為は本当に特定の種類のエネルギーを大量に必要とする。ここに力を注ごうと決断する勇気もいるし、実際にそこに注ぐ力も必要だし、もし力が足りなくなったときには撤退を決める覚悟も必要だ。「生存」する行為にエネルギーを集中させていて「向き合う」余力がいっさいないとか、あるいはほかのエネルギーならば用意できても「向き合う」ためのエネルギーだけは枯渇しているとか、私一人の実感だけでもたくさんの状況が思い出せる。人間のエネルギーは些細なことですぐ変わり、容易に矛盾する。落ち込みがあるのはどうしようもない。

 そこまでわかっていてもやっぱり何もできずにいるのはつらくて悔しい。気持ちの上でどうにも解決しがたいものがある以上、なおさら言葉で繰り返しおのれのキツさを許しておきたい。実際無理なんですよ、泥みたいに布団の上で潰れて昼まで寝て親に用意してもらったご飯で生きてんのが本当に申し訳ない。でも今の状況を「立て直す」には、やっぱり呆然としながら消極的に生存にしがみついている状況を積極的に肯定するしかない。どんなに泥でも、生存を手放さない選択は立派だ。えらい。すごい。クソ、ごめん、いいんだ、いいんだよ。

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高島鈴/Takashima Rin高島鈴/Takashima Rin
1995年、東京都生まれ。ライター。
https://twitter.com/mjqag

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