Home > Interviews > interview with Jacques Greene & Nosaj Thing (Verses GT) - ヴァーシーズGT──ジャック・グリーンとノサッジ・シングが組んだ話題のプロジェクト
モントリオールのハウス・プロデューサー、ジャック・グリーン。LAビート・シーンを出自にもち、現在はなんと東京に暮らしているというノサッジ・シング。ふたりによる共同プロジェクトがヴァーシーズGTだ。シングルが評判だった彼ら、ついに放たれた初のアルバムやいかに。
こういう音楽には抗えない。フロアで聴いたら最高に気持ちいいだろうダンス・チューンがもつ恍惚感。部屋で落ち着いて耳を傾けたい繊細なエレクトロニカの音響性。それらがみごとに共存しているのがヴァーシーズ・GTのファースト・アルバムだ。
かたや〈Lucky Me〉をホームにハウス・トラックを投下しつづけてきたプロデューサー。かたやLAビート・シーン出身、陰影に富んだテクスチャーを探求してきたアーティスト。ジャック・グリーンとノサッジ・シングによるコラボレイション・アルバム第一作は、それぞれ異なる道を歩んできたエレクトロニック・ミュージシャン同士のいい部分が絶妙なあんばいで溶けあっている。
正直に告白すると、初めて聴いたときは上モノのシンセがジャック・グリーンで、少しこもったような音の響きがノサッジ・シング、ビートのパターンはふたりの協議によるものだろうと想像していた。じっさいは、自分のやりそうなことを相手がやったり、逆に相手のやりそうなことを自分がやったりしていたそうなので、下記で語られているように、そんなに簡単には切りわけられないプロセスを経ているのだろう。
個人的に耳を奪われたのはUKガラージ~ダブステップのビートが躍動するいくつかの曲たちだ。00年代後半、まさにそうした音楽がいちばん力をもっていた時代にキャリアをスタートさせた彼らではあるが、不思議なことに “Unknown” や “Found” といった曲からは懐古趣味よりもむしろ現代性のほうが感じられる。ひとつの突出したビートが流行るのではなく、過去のさまざまなスタイルが入り乱れるパンデミック以降のダンス・シーンの動きに、彼らもまた呼応しているということなのかもしれない。
幸運なことにわれわれは、そんなふたりの晴れ姿を11月、〈MUTEK〉のプログラムで体験することができる。ギグにそなえ、まずはこのアルバムを聴きこんでおこうではないか。
じっさいにおなじ場所でいっしょに作業していると、学びのスピードもぜんぜんちがうんだ。(ノサッジ・シング)
■ジャック・グリーンさんは現在モントリオール在住で、ノサッジ・シングさんがLA在住……で合っていますか?
ジャック・グリーン(Jacques Greene、以下JG):ああ、ぼくはモントリオール。
ノサッジ・シング(Nosaj Thing、以下NT):ぼくはもともとLAなんだけどいまは東京に住んでるんだ。
■強力なコラボレイションですので、まずはそもそもおふたりがいつ、どこで出会い、どういう流れでこのプロジェクトをはじめることになったのか、経緯を教えてください。ノサッジ・シングさんの2022年作が〈LuckyMe〉から出たのがきっかけですか?
NT:いや、最初に会ったのは2009年なんだ。その前から、シックストゥー(Sixtoo)という名前で活動している共通の友人がいて、彼をサポートしてライヴのオープニングをやったのが、たしか2007年か2008年くらいかな。その彼が、「いつかモントリオールでショーをやろう」と言ってくれて、2009年に、フィル[訳注:ジャック・グリーンの本名]と一緒にモントリオールで、ルニスとマシーンドラムと一緒にパーティでプレイしたんだ。
JG:ぼくたちは互いの音楽が好きだったし、友だちとして仲よくしていて、似たようなシーンにいたんだけど、音楽をいっしょにつくりはじめたのはたぶん2018年か2019年くらいで、かなりカジュアルな感じだったと思う。その時点では、基本的にはただの友だちという感じで、ロサンゼルスにぼくが行ったときに、フォーを一緒に食べたり(笑)、車でちょっと出かけたりして、なんとなくしゃべったり遊んだりしていた。何年かそんな感じが続いていて、ロサンゼルスに1日余裕があるときなんかは、「ジェイソン[*訳注:ノサッジ・シングの本名]、飯でも食べに行って、ビートでもつくる?」みたいな感じで連絡していた。
でも、ちゃんとしたプロジェクトをやろうとか、そういう話ではなかったんだ。ロサンゼルスって、ジェイソンみたいにいろんなひととコラボレイションするのが自然なカルチャーだと思うんだけど、ぼくはこれまでずっとひとりで作業するスタイルだった。でもパンデミックのあとくらいから、「だれかといっしょにおなじ空間で音楽をつくりたい」という思いが強くなっていた。そこから、ちょっと曲をつくってみる感じだったのが、「もう少しちゃんとしたかたちにしてみようか」という流れになった。
互いにグラフィック作品や映画をシェアしたり、彼のスタジオでもぼくのスタジオでも、開いた本のページを撮影してリファレンスとして使ったりしていた。(ノサッジ・シング)
■おふたりは2010年前後に、かたやUKの〈Night Slugs〉から、かたやLAビート・シーンから登場してきたわけですが、そのころから互いの音楽は聴いたり意識したりしていたのでしょうか。
NT:たしか初めて彼のことを知ったのは、モントリオールで会う1年か2年くらい前だったと思う。そのときは彼がまだべつの名前でやっていたころだった。当時、ぼくはロサンゼルスにいたけど、モントリオールでもしっかりしたシーンができあがっていたから、ちゃんとチェックしていた。
JG:もちろん意識していたよ。そして、こうやって今回のような形で一緒にやれるのが面白いと思う。そもそもぼくたちのいたシーンは、たとえばハドソン・モホークからフライング・ロータス、あるいはジェイムズ・ブレイクに至るまで、みんなほかのジャンルやシーンからなにかをとりいれるという感覚がすごく自然にあったと思う。ノサッジ・シングの音楽にも、たとえばテンポはゆっくりの曲が多いけれど、ダンス・ミュージック──たとえばモーリッツ・フォン・オズワルドのような影響を感じる瞬間があって、ドラムマシンや独特な音色がヒップホップの枠を超えて、明らかにエレクトロニック寄りの質感になっているところがあると思う。
逆にぼくはジャック・グリーンというプロジェクトをはじめたときから、ダンス・ミュージックに現代的なR&Bの要素を強くとりいれていた。「もしティンバランドがテクノをつくったら?」みたいなイメージで、そっち側からの音をどんどん引用していたんだ。そうやって互いがべつのシーンやジャンルを横断して、混ざり合っていくような化学反応が、いまの自分たちの音をつくっていると思う。
■ジャック・グリーンさんのコメントで「このプロジェクトは50/50の関係」とありましたが、制作はどのように進められたのでしょうか? 直接会って作業することが大事だったそうですが。
JG:「50/50の関係」と言ったのは、たんに作業の分量が半分ずつというよりは、互いがすべての決定にちゃんと意見を出しあって、最終的な判断もいっしょにしていく、という意味なんだ。じっさい、曲づくりのなかで「だれがどこを何パーセントやった」なんていうのは、まったく気にしていなかった。どの曲もまずふたりで直接会って、おなじ場所でスタートさせていたから。どのスタジオにいても、ぼくたちはそれぞれのラップトップを同時に立ちあげて、そこにいくつかの機材を組みあわせて使っていた。つまり、「バンドとして」ラップトップ・ミュージックをつくろうとしていたんだ。最初は、たとえばジェイソンがハイハットやパーカッションのグルーヴをつくっていて、ぼくはキーボードでコードを探していたりして、そのあとジェイソンがべつの機材に移ったり……そういうふうに、互いが自然と呼応しながら進めていくような感じだった。リモートでファイルをやりとりしながら音楽をつくるやり方もあって、じっさいそうやって仕上げた曲もたくさんあるんだけど、そのやり方だと、ときどきこんな問題が起こる──だれかからファイルを受けとって、「これを送り返すからには、もっと大きく変えないと」「ちゃんと手を入れたと思ってもらえるようにしないと」などと思って、無理にべつの方向にもっていってしまう。でも、曲がほんとうに必要としているのはそういうことじゃない場合もある。むしろ、「このアイディアいいな。ちょっとした工夫を加えればさらに面白くなるかも」というくらいで充分だったりする。今回のやり方では、そういう意味でも余計なエゴが入らなかったと思う。
NT:フィルが言ったとおりで、今回の作品のほとんどは直接顔を合わせて作曲を進めていった。共同作業をするうえで、それはほんとうにたいせつなことだと思う。いっしょに音楽をつくる、アートをつくるということは、互いと深く会話するということだから。相手と対話したり、自分自身と対話したりすることなんだ。だからおなじ空間にいることが自分たちにとっては不可欠だったと思うし、じっさいにおなじ場所でいっしょに作業していると、学びのスピードもぜんぜんちがうんだ。
■今回のコラボレイションの過程で、相手が出してきたアイディアやサウンドで、いちばん予想外で驚いたものはなんでしたか?
JG:「すごく意外だった」というよりは、その結果がかなり予想外だったという感じなんだけど、今回のアルバムから出した最新シングル “Ground” という曲が、まさにそういう体験だった。あの曲の制作でとても面白いと思ったのは、ふたりの役割が入れかわったような瞬間があったことなんだ。ジェイソンのラップトップには、すごくきれいに録音されたヴォーカル素材が入っていて、それを彼がその場でライヴ的にチョップしたり、ループさせたりしながら自由に加工していた。そのまわりにぼくがスペクトラルで幽玄的なコードを重ねていったんだけど、互いにことばを交わすこともなく、自然とそうなっていった。ぼくの耳には、ジェイソンがまるで自分がやりそうなことをしていて、逆にぼくがジェイソンっぽいことをしているように感じられて、まさに役割が逆転していたんだ(笑)。さらに面白かったのは、ジェイソンのヴォーカルのチョップの仕方で、通常のループみたいに繰り返すんじゃなくて、つねに進化しつづけていくようなアプローチだったこと。ぱっと聴くとループしているように感じるけど、じつはずっと変化している。それがほんとうにすばらしくて、「なんだこれ、最高じゃないか!」って思ったよ。
NT:ぼくがフィルと作業していて面白かったのは、互いに交代で作業することが多かったところかな。たとえばぼくがメインのラップトップで録音していて、フィルがキーボードやドラムマシンを触っていたり、その逆だったり。ふだんひとりで録音しているときは、自分が「これは残したい」と思う部分に自然と手が伸びるんだけど、フィルと一緒にやっていると「えっ、それを残すの?」と驚かされることが多くて、そこがとても新鮮だった。
以前『Continua』の制作を手伝ってくれた友人にもおなじようなことを言われたことがあるんだ。「ジェイソンが “なにをやろうとしてるか” を探っている途中の過程で出てくる音が、いちばん面白いんだよ」って。つまりシンセで音色を探したり、まだ意図的に演奏していない状態で出てくる「未完成の音」にこそ魅力があるということ。今回フィルと作業していて、その感覚がすごくよくわかった。
質問・序文:小林拓音(2025年9月12日)
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