Home > Interviews > interview with Mouse on Mars - 僕たちはダブを、ジャンルではなく社会的なものとして捉えたい
リー・ペリーは単なる音楽家なだけではなくて、とてもコンセプチュアルな人だった。空間のなかで物事を配置していたし、コラージュを作っていた。別の部屋で起きていたことを、すぐに別の出来事と結びつけることができたんだ。
おそらく“火星”というテーマが影響していたのだろう。ペリーがダブや電子音楽に与えた影響は、彼が宇宙探査に傾倒していたのと同じくらい有名だ。あるいは、その言葉自体が持つ意味と、それ以上にその響きが決め手だったのかもしれない。“火星のネズミ(マウス・オン・マーズ)!”——これは彼が即興的な詩的スピーチでマイクに向かって発しそうな言葉だ。
以上は、リー・スクラッチ・ペリーとマウス・オン・マーズによる共作アルバム『Spatial, No Problem.(空間に問題なし)』のライナーノーツからの引用である。書いているのはルイ・チュード=ソケイ、ナイジェリア生まれジャマイカ育ちの学者。アフロフューチャリズム、黒人ディアスポラ研究で知られる人物で、MoMとは過去に共作している。前作にあたる『AAI(Anarchic Artificial Intelligence)』(2021年)がそれだ。
マウス・オン・マーズは、いわばエレクトロニック・ミュージックにおけるトリックスターである。高度な知識を持ちながら、それをユーモアや批評性、あるいはノイズとしてあえて崩すことで、長きにわたってぼくたちの耳と頭と身体を楽しませてきたドイツのデュオだ。
初期においては、UKクラブ・サウンドを彼ら流に奇妙に歪めた『Iaora Tahiti』(1995)が人気作で、ほかにもステレオラブとも共鳴しているレトロ・フューチャーなラウンジ・ミュージック『Autoditacker』 (1997)、生楽器を大胆にフィーチャーした『Niun Niggung』(1999)などが必聴盤として挙げられる。近年では、ザ・ナショナル、ボン・イヴェール、ジム・オルークらが参加した『Dimensional People』 (2018)と無政府主義的な人工知能をテーマにした前作『AAI』 (2021)を推薦したい。もちろん、マーク・E・スミスとのプロジェクト、フォン・ズーデンフェッド(Von Südenfed)も落とせない。『Tromatic Reflexxions』(2007)も必聴盤にしておきましょう。さらに、メンバーのヤン・ウェルナーとオヴァル(マーカス・ポップ)とのユニット、ミクロストリアのセカンド・アルバムを聴いておけば合格だ。乾杯!
マウス・オン・マーズを特徴付けるのはスタイルではなく、その流動的なコンセプトにある。ゆえにリー・ペリーとの共作は——マーク・E・スミスとの共作もそうだったように——意外性がありつつも、意外でもなんでもなかったりもするのだ。というのも、マウス・オン・マーズとは絵に描いたようなポスト構造主義的グループで、すなわちひとつの型/スタイル(構造)を絶対視することなく、むしろ「そこからハミ出るものこそが面白いんじゃない?」と突っ込みを入れてきたような連中なのだから。
1993年の結成以来、長くデュッセルドルフやケルンといったラインラント地方を拠点にしていたマウス・オン・マーズだが、2010年頃には、ヤン・ウェルナーとアンディ・トマのふたりは拠点をベルリンに移している。 リー・ペリーとのセッションもその街にある彼らのスタジオでおこなわれた。このアルバムは、本質的な意味でスタジオワークやミキシングにおける実験を追求した、1970年代後半の〈Black Ark〉時代のリー・ペリー作品とは重なるが、レゲエ/ダブというひとつの型/スタイル(構造)を拒否している。それを楽しめるリスナーにとっては、ほかで聴けない極上のサウンド・アートが展開されていると思っていい。
『Spatial, No Problem.』はまさにそういう作品だ。聴き手は、そのなかを移動していく。異なる伝統、文化、リズム、楽器、人格の間をね。それらは互いにコミュニケーションを取り、出会い、平和的に混ざり合いながら、奇妙でぶっ飛んだ音楽のアイデアを一緒に創り上げていくんだ。
■リー・ペリーがベルリンにあるMoMの〈Paraverse〉スタジオにやって来たのが2019年12月というと、前作『AAI』の制作前になるのでしょうか?
ヤン・ウェルナー:うん。『AAI』の制作より前のことだね。リー・スクラッチ・ペリーをベルリンに呼ぶために、長いプロセスを踏む必要があった。LAのレコード・レーベルとか、その他に何人か、それに仲の良い友人で、元ザ・フォールのメンバーだったエレナ・ポウロウとかね。あとは、本当にいくつかランダムなことをやっていた。それで、最終的にリーがベルリンにやって来たんだ。
アンディが自分のスバルで空港まで迎えに行って。空港に降り立ったリーは、ある意味ベルリンに“着地”した感じだった。それで、まず電子音楽機材のショップで、 〈Patchpoint〉っていう店のオープニングにつれて行った。着いた瞬間からものすごく好奇心旺盛で、「この機材は何をしているんだ?」「どうやって音を出しているんだ?」って、すべてのことを知りたがっている感じだった。それから、その夜のうちに、そのままスタジオに向かったよ。スタジオに着いたら、すぐにレコーディングをはじめていたね。実際、リーが到着したその日の夜には、もう録音をはじめていた。
■ペリーの死後、すぐにリリースしなかったのは、作品がペリーへの追悼の感傷に埋もれてしまうことを避けるためだったのでしょうか? あるいは、『AAI』のリリースと重なってしまうからだったのでしょうか?
アンディ・トマ:(『AAI』のリリースの件は)もちろん問題ではあったんだけど、でもそれが理由というわけではない。実際、リーが亡くなったとき、僕たちはこのプロジェクトを小休止させる必要があった。というのも、もっと彼と一緒に作業を続けるつもりだったからね。彼と一緒にミックス作業もしたいと思っていたんだ。彼自身も、もっとプロダクション面にも関わりたいと話していたし。でも、それはもう叶わなくなったしまった。だから、僕たちは『AAI』のプロジェクトの方に集中することになったんだ。
それはある意味助けにもなった。というのも、ルイ・チュード=ソケイが関わっていて、彼はリーの素材も聴いていたから、いろいろと助けてくれたんだ。このプロジェクトをゼロから作り直すのではなくて、どうやって完成まで持っていくか、という部分についてもね。
元々はリーと一緒にパフォーマンスする構想もあったんだよ。そもそもこのレコードが『Spatial, No Problem.』というタイトルになった理由もそこにある。このレコードを作って、収録曲を3Dサウンドシステムのなかでパフォーマンスするつもりだった。リーにはいわばMC(マスター・オブ・セレモニー)みたいな役割をやってもらおうと思っていてね。それに、僕たちの友人で楽器を作っている人がいて、リーのために“魔法の杖”みたいなものを作ろう、なんて話もしていたんだよ。音を空間のなかに投げ込んで、その音が3Dサウンドシステムの中でアルゴリズミックに反射していく……僕たちはそんなことをやろうとしていたんだ。それが、リーとのプロジェクトの当初のアイデアだったんだよね。
でも、そういう構想についても、ある意味別れを告げなければいけなかった。それに、知っての通り、僕たちは『AAI』の作業にも取り組まなければならなかったしね。それでしばらく時間を置いた。このプロジェクトには、3年くらいまったく触れていなかったんだよ。
あとになって、また少しずつトラックの作業に取り掛かりはじめたんだけど、実はそんなに手を入れる必要もなかった。というのも、驚くほどすでにすべて上手く噛み合っていたんだから。このままほとんど手を加えずに完成させられるんじゃないか、という感じだったね。
■MoMとペリーとの共通するところをひとつ言えば、サウンドにおけるテクスチュアの創出ということがありますよね。MoMの初期、あるいは、ミクロストリアの初期においても顕著だったと思いますが、いちど録音したテープをくしゃくしゃにしたり、加工して再生するような行為は、ブラック・アーク時代のペリーがやったこと(録音したテープに大麻の煙をかけたりなど)と重なるところがあります。しかし、そうしたスタジオ・マジックを駆使したリー・ペリーは1970年代の話ですよね。
アンディ:そうだね。彼は本当にたくさんのことをやってくれたんだ。もちろん、プロダクションに関する彼自身のアイデアを完全に実現するところまではいかなかったけれど。でも、ベルリンで僕たちと一緒に過ごした状況に、彼はかなり居心地の良さを感じていたように見受けられた。互いまだよく知らない状態だったし、いまこの瞬間に存在するものを見てみて、そこからクリエイティヴになっていこうという感じだった。そこにはエゴもなかったし、何かを過度に期待する空気もなかった。それで、2日目くらいになって彼も少しずつアンディにギターが弾けるか訊いたり、「ベースラインはboom、boom、boomみたいな感じがいいかも」とか、そんなふうにアイデアを口にしはじめたんだ。
とはいえ、具体的に詰めていく時間はあまりなかったけれど。ずっと即興での演奏が続いていたから。スタジオには三つのスペースがあって、まずは僕たち自身のメインのスタジオ、それからStudio B、さらに録音用の部屋があって、そこにはオルガンやベース・アンプ、パーカッションなんかを全部セットアップしていた。その部屋には専属のエンジニアもいたね。キッチンまで録音スペースとして使っていたんだよ(笑)。料理しながら録音したりね(笑)。
■MoMとしては、この企画を引き受けた理由はどこにあったのでしょうか? 共作にいたる過程には、わりと偶然的な要素があったのでしょうか?
アンディ:物事っていつもそういうものなんだけれど、いろんな経路や繋がりを通って形になっていったんだ。同時に、音楽的なインスピレーションもいろいろな場所から来ていたね。それに、僕たちには長いキャリアがあるから、スタイルやプロダクションに関してはかなり経験も蓄積されていた。リーもそこに対してとてもオープンだったし、実際かなり多くのことを理解しているようにも見えた。だからこそ、僕たちが投げたものに対して、彼は驚くほど素早く反応できたんだと思う。僕たちが作っていたストーリーや空気感に対してね。録音中もそうだったけど、彼は詩的で物語性のある表現を通してアイデアを出してくれた。それが、楽曲や全体の雰囲気やコンセプトに本当にぴったりはまっていたんだ。彼は、その“瞬間”を感じ取る感受性がものすごく高い人だと思う。
■『AAI』の複雑性と比べると、サウンドの細部における変化、音響やコラージュなんかはすばらしく凝っていますが、総じてグルーヴィな作品です。ペリーの存在感、その生命力を打ち出すべく、このMoM流ファンクをやったのでしょうか?
ヤン:どちらのレコードも“声”を軸に作られているという共通点はある。でも、声というのは、それぞれ話し方も違うし、言語によっても違いがある。どんな言語にも固有のリズムやメロディ、声域の中にある倍音的なスペクトルがある。『AAI』はかなりフォーカスされた作品で、とてもコンセプチュアルなものだった。僕たちはルイ・チュード=ソケイと一緒にアルバムのストーリーを作っていって、ルイの声を合成して、演奏可能な作品に仕上げたんだ。つまり、ルイの声のように聞こえるスピーチ・シンセサイザーを構築したんだよ。
一方で、リー・スクラッチ・ペリーとの作品はもっと即興的で、自然発生的なものだった。実際に楽器を使ったレコーディング・セッションのなかで生まれていったものなんだ。アルバムの大半はワンテイクで、リーにもう一回歌って欲しいとか、ギターをもう一回弾いてとか、そんなことはいっさいしていない。そこで起こったものをそのまま受け取って、そこから僕たちがアレンジしていった。もちろん、どちらの作品もものすごく緻密にアレンジされているよ。かなりのスタジオ・ワークを重ねて、細かく構築している。僕たちは、言ってみれば“パズル・パンクス”なんだよね(笑)。PUZZLE PUNKSって知ってる?
■芸術家の大竹伸朗さんと、BOREDOMSのEYヨさんとの実験音楽ユニットですね。
ヤン:そうそう。僕たちは“パスル・パンクス”なんだと思う。本当に緻密な部分を扱っているし、そのディテールを組み合わせながらアレンジしていくからね。ある意味、コラージュみたいなもの。まるでアメリカ映画で悪の犯罪者や巨大な犯罪ネットワークを追っているシーンみたいな感じだね。壁一面に写真が貼ってあって、そこに糸が張り巡らされているようなやつ。僕たちの作業って、まさにあんな感じなんだ。だから、『AAI』も『Spatial, No Problem.』も、「犯罪はどこで起こっている?」「ストーリーはどこにある?」「動機はなんだ?」「誰が関わっているんだ?」「次に何が起こる?」「それとどう向き合う?」みたいなことを探っていく、奇妙なアレンジの集積なんだ。
ただ、リー・スクラッチ・ペリーとの作品は、ある意味もっとオーガニックなものだった。関わっている人も多かったし、ある意味とてもソーシャルなものだったんだよね。開かれた共同体のような感じだった。一方で、『AAI』はマウス・オン・マーズをかなり凝縮した作品なんだ。これまででもっともフォーカスされていて、もっとも緻密に考え抜かれた作品のひとつだと思う。マウス・オン・マーズの世界観はつねにかなり極端なんだけど、リー・スクラッチ・ペリーの作品と『AAI』は、その両極端みたいな存在なんだよね。
でも、その両方を結びつけているものがある。それは、“文化”に対する強い探求心なんだ。音響制作の歴史的文化、芸術文化、世界構築の文化……スピリチュアルな世界構築、合理的な世界構築、コンセプチュアルな世界構築。西洋、パン・アフリカン、アジア、グローバル、超ローカルといった極めて個人的で特異なもの……つまり、ひとりの人間、ひとつの精神が持つ文化。そういうものすべてが、ある種奇妙な惑星モデルのなかに存在している。僕たちの音楽や作品は、昔からずっとそういう“惑星モデル”なんだよね。すべてが三次元的で、ある意味、システムそのものと言ってもいいかもしれない。僕たちは、そのモデルを作るための手段として音楽を使っているんだ。音楽ってすごく忍耐強いし、たくさんのものを返してくれるし、アクセスしやすくて、包摂的だから。
僕たちが実際に構築しているのは、シナリオそのものだ。本当に探求しているのは、三次元的なアイデアなんだ。リーとの作業がスムーズだったのも、彼の思考が完全にそういったものだったから。彼は本当に、同じような考え方をしていたね。つまり、彼は単なる音楽家なだけではなくて、とてもコンセプチュアルな人だったんだよね。彼は空間のなかで物事を配置していたし、コラージュを作っていた。別の部屋で起きていたことを、すぐに別の出来事と結びつけることができたんだ。ある部屋でいままさに起きていることを、別の部屋の特定の瞬間に起きている何かと直結させたり。あるいは、時間を行き来して、前日に起きたことを、まったく別の曲のなかの特定の瞬間に突然持ち込むようなこともやってのけたよ。だから、リーとは、時間や空間を旅することがとても自然なことだったんだ。
それは、『AAI』とも繋がっていると思う。『AAI』はもっと人工的でコンセプチュアルというか、ある意味コンピューテーショナルな(計算上の)構造なんだよね。一方で、リーとの作品はもっと自発的で自然発生的な構造だった。それに、どちらの作品も、ジャンルについての作品ではないんだ。ガラージでも、エレクトロ・ファンクでも、ダブでも、レゲエでも、クラウトロックでも、実験音楽でも、テクノでも、ポップでも、クラシックでもない。もちろん、結果として特定のジャンルに聞こえることはあるよ。ある人はこう捉えるし、別の人は違った捉え方をする。でも、本質的には、万華鏡みたいに変化し続ける視点の示唆だと思っている。音楽は、そういった構造や示唆を創造するための、とても優れたプラットフォームであり、ツールであると思うんだ。だから、このアルバムは『Spatial, No Problem.』というタイトルになった。本当に“空間”と、そのなかに存在する“星座”、すなわち“配置”についての作品なんだ。
■非常に興味深いです。実際に、あなた方はコンセプトマニア的なところがありますよね。スタイルに対するフェティシズムではなく、コンセプトありきでこれまでやってきていると思います。今回のコンセプトについては、予め考えられていたものだったのか、それともリーとのレコーディングのなかで生まれたものだったのでしょうか?
ヤン:そうだね。物語を語れるもの、とも言えるね。今回のコンセプトは、電話やZOOMでの対話から生まれたものがベースになっているよ。
アンディ:リー・スクラッチ・ペリーと最初に電話したときのことなんだけど、そのときに僕たちが基本的なアイデアについて話したんだ。僕たちはダブを、ジャンルとしてではなく、もっと社会的なものとして捉えたいと思っていた。ある種の“スペース”としてね。だから僕は、空間的なシステムを作りたいこととか、将来的にはライヴ・パフォーマンスもできるかもしれない、という構想を彼に説明したんだ。そのときの彼の返事が、「Okay, it’s spatial, no problem(空間? ノープロブレムだ)」だった(笑)。その言葉について、僕たちは何週間も話した。というのも、その返答自体がとてもオープンで、ポジティヴで、遊び心に満ちていたからなんだ。彼のそのひと言は、このアルバムに関するいろんなアイデアに、かなり大きな影響を与えたね。
序文・質問:野田努(2026年6月04日)
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