「TT」と一致するもの

 私はノエル・ギャラガーには我慢がならない。

 私はかれこれもう30年近く彼のことを嫌ってきたが、自分でもそのことが少し引っかかっている。長い間、尋常ではないほどの成功を収め、愛されるソングライターとして活躍し続けているということは、彼は実際、仕事ができるのだろう。かなり個人的なことになってしまうが、これほど長期にわたって、自分がひとりのミュージシャンを嫌ってきた理由を自分でも知りたいのだ。

 1990年代半ばのティーンエイジャーだった私にとって、その理由は極めて単純だった。ブラーとオアシスのどちらかを選ばなければならないような状況で、私はブラー派だった。それでも、『NME』のジャーナリストたち──当時、いまの自分より若かったであろうライターたち──の安っぽい挑発で形成された見解に、大人、しかも中年になってまで引きずられるべきではないだろう。私も少しは成長しているはずだし、大人になるべきだよね?

 当時、私が最初に言ったであろうことは、彼の歌詞がひどいということだ。振り返ると、ノエルの歌詞は、デイヴィッド・バーマンやモーマスが書くような種類のよい詞ではなかったし、そもそもそれを意図していたわけでもなかった。彼らはパンク・ロックな、私のようなミドル・クラスのスノッブや評論家はファック・ユーという立ち位置で、「彼女は医者とヤッた/ヘリコプターの上で」のような狂乱状態とナンセンスな言葉が飛び交う、韻を踏む歌詞で注目を集め、面白がられた。その核心は、おそらく曲の魂が歌詞ではなく音楽に込められていたということで、それが理解できないのは心で聴いていないということなのかもしれない。

 そんなわけで、私が不快感を覚えたのが「心」の部分だったのではないかと思うようになったのである。つまり、ノエルの曲の感情的な部分が安っぽく安易に感じられ、バンドに投影され自信に満ちた威張った態度が、十代を複雑な迷いや疑念のなかで過ごした人間には響かなかったのではないだろうか。

 これは、現在のノエルの音楽に対しては不公平な批評だ。そもそもあの威勢の良さは、リアムと彼の嘲るようなロック・スターのヴォーカルに起因するものだった。ノエルは、ロック・スターとしての存在感がはるかに薄く、声も細くて脆弱な楽器だ。興味深いのは、ノエルとかつてのライヴァル、デーモン・アルバーンの音楽的な野心が大きく乖離するなかでも、彼らのポップ・ソング作りには、むしろ類似性が見られたことだった。二人の、シンガーソングライターたちの小さめで疲れ気味の声が、中年期の哀愁の色彩を帯びるのは容易なことだったから。ノエルの「Dead to the World」を聴くと、デーモンの声で“And if you say so / I’ll bend over backwards / But if love ain’t enough / To make it alright / Leave me dead to the world” (もし君が言うなら / 精一杯努力するよ / でも愛が足りないなら / 上手くやってくれ / 僕にはかまわないで) が歌われるのが、容易く想像できる。

 さらに、ノエル・ギャラガーはハイ・フライング・バーズの新作『Council Skies (カウンシル・スカイズ)』 では以前に比べて謙虚で、少なくとも思慮深い人物であるように感じられる。レコードを通してある種の喪失感に貫かれており、“Trying to Find a World that’s Been and Gone” では、「続ける意志」を持つことについてのお馴染みのリフレインが、たとえそれが無益な戦いであっても意味があるというメランコリックな文脈で描かれている。タイトル・トラックでは、1990年代の野心的な威勢の良さが、ぼんやりとした脆い希望へと変化している。それはおそらく、大富豪となったノエルがハンプシャーの私有地にいても、未だに思い出すだろう公営住宅地の空の下での、存続する誓いにほかならない。

 しかし、必ずしもその内省的な感覚が、歌詞としてより優れているとはかぎらない。初期のオアシスのパンクな勢いなしには、陳腐なものが残るだけだ。アルバムのタイトル・トラックは、“Catch a falling star” (流れ星をみつけて) という名言で始まり、すぐに“drink to better days” (より良い日々に乾杯) できるかもしれないという深淵なる展望が続く。だが、曲はそれでは終わらず、次々と天才的な珠玉の詞が火のように放たれる。“Waiting on a train that never comes”(来ないはずの電車で待つ)、“Taking the long way home”(遠回りをして帰る)、“You can win or lose it all” (勝つこともあれば、すべてを失うこともある)。ノエルの詞に対する想像力のあまりの陳腐さに、私が積み上げてきた彼のソングライティングに対する慈愛にも似た気持ちが、すべて消え去り、苛立ちだけが募り始める。“Tonight! Tonight!” (今夜! 今夜こそ!)、“Gonna let that dream take flight” (あの夢を羽ばたかせるんだ)というライムで、退屈なタイトルがつけられたクロージング・アンセムの“We’re Gonna Get There in the End”にたどり着く頃には、もう自害したくなっている。ノエルの愚かさ(インタヴューでのノエルは、私の反対意見をもってしても、鋭く、観察力があるようにみえる)ではなく、彼がリスナーを愚かだと見くびっているところに侮辱を感じるのだ。

 私は自分のなかに募るイライラを抑制し、少しばかり視点を変えてみる必要がある。

 ノエル・ギャラガーについてよく言われるのは、彼が料理でいうと「肉とポテト」のようなありふれた音楽を作るということだ。これは話者によっては、批評とも賞賛ともとれるが、いずれにしても本質を突いているように感じられる。メロディが次にどうなるのか、5秒前には予測できてしまうのが魅力で、一度歌詞が音楽の中に据えられると、摩擦なく滑っていき、漠然とした感情がそこにあることにも気付かずに通り過ぎてしまいそうだ。これは、細心の注意を払って訓練され、何世代にもわたり変わることのなかった基本的な材料を使って作られた、音による慰めの料理なのだ。 “Love is a Rich Man” を力強く支える同音反復するギター・フックは、ザ・ジーザス&メリー・チェイン(2017)の “The Two of Us ” と同一ではないのか? あるいはザ・ライトニング・シーズ(1994)の “Change” か? ザ・モダン・ラヴァーズ(1972)の “Roadrunner” なのか? それは、それらすべての未回収の記憶であり、蓄積されたロックの歴史のほかの100万ピースが半分だけ記憶された歓喜の生暖かい瞬間にチャネリングされるようなものだ。

 別の言い方をすれば、そこに驚きはない。これは、いつまでも自分らしく、変わる必要はないと教えてくれる音楽なのだ。この音楽は、自分の想像を超えてくるものを聴きたくない人のためのものだ。そして、ここで告白すると、私のある部分は、ノエル・ギャラガーのことが好きなのだ。オアシスとノエル・ギャラガーズ・フライング・バーズ両方のライヴもフェスで観ているし、私の意志とは裏腹に、飲み込まれて夢中になってしまった。九州で友だちとのドライブ中に、彼のカーステレオから “Be Here Now ” が流れてきた時も、20年ぶりに聴いて、それまでそのアルバムのことを考えたことすらなかったのに、すべての曲と歌詞を諳んじていたのを思い出した。結局のところ、決まり文句のように陳腐な表現は、その輪郭が脳裏に刻みこまれるほどに使い古されたフレーズに過ぎない。自分の一部になってしまっているのだ。

 そういう意味で、ノエル・ギャラガーに対する私自身の抵抗は、音楽的な癒しや保守性に惹かれる自分の一部分への抵抗ということになる。何故に? この私のなかの相反する、マゾヒスティックな側面はいったい何なのだろう。なぜ、ただハッピーではいられず、聴く音楽に緊張感を求めずにはいられないのだろう?

 基本的に、芸術作品のなかのささやかな緊張感は刺激的だ。ザ・ビートルズの “ストロベリー・フィールズ・フォーエバー” の冒頭がよい例で、ヴォーカルのメロディは本能が期待する通りのG音できれいに解決する一方、基調となるコード構成の、突然のFマイナーの不協和音に足元をすくわれる。リスナーの期待と、実際に展開されるアレンジの間の緊張感が、聴き手を楽曲の不確かな現実の中へと迷いこませ、馴染みのないものとの遭遇がスリルをもたらすのだ。

 オアシスが大ブレイクを果たしていた頃、ロック界隈で起こっていたもっとも刺激的なことは、ほぼ間違いなくローファイ・ミュージックという不協和音のような領域でのことだった。オアシスのデビュー・アルバム『Definitely Maybe(『オアシス』)』が初のチャート入りを果たした1994年の同じ夏、アメリカの偉大なロック・バンド、ガイディッド・バイ・ヴォイシズがブレイクのきかっけとなったアルバム『Be Thousand』をリリースしていた。彼らもまた、オアシスと同様にブリティッシュ・インヴェイジョンにより確立された、ロック・フォーメーション(編成)の予測可能性をおおいに楽しんでいたが、GBVのリーダー、ロバート・ポラードは、自身が“クリーミー”(柔らかく、滑らかな)と“ファックド・アップ”(混乱した、めちゃくちゃな)と呼んでいるものの間にある緊張感について主張した。彼が“クリーミー”すぎると見做したメロディは、リリースに耐えうるように、なんらかの方法でばらばらにして、曲を短くしたり、やみくもにマッシュアップしたりして、不協和音的なサウンドエフェクト、あるいは音のアーティファクト(工芸品)を、DIYなレコーディング・プロセスから生みだし、馴染みのある流れを遮るように投入するのだった。

 アメリカ人音楽評論家で、プロの気難し屋の老人、ロバート・クリストガウは、『Bee Thousand』を「変質者のためのポップス──上品ぶった、あるいは疎外された、自分がまだ生きていることを思い出すのに、痛みなしには快楽を得ることができないポストモダンな知識人気取りの者たち」と評した。そのシニカルな論調はともかく、クリストガウのGBVの魅力についてのアプローチは功を奏している──そう、快楽は確かに少し倒錯的で、これは音による「ツンデレ」なフェティッシュともいえる。そしてその親しみやすいものと倒錯したものとの間の緊張感が、リスナーの音楽への求愛のダンスに不確かさというスリルを注入してくれるのだ。

 ノエル・ギャラガーがかつて、退屈で保守的だと切り捨てたフィル・コリンズのようなアーティストの仕事にさえ、緊張感はある。ノエルに “In The Air Tonight ” のような曲は書けやしない。ヴォーカルは緩く自由に流れ、音楽の輪郭は耳に心地よく響くが、常にリフレインへと戻ってくる。曲に命を吹き込むドラムブレイクは、繰り返しいじられるが、長いこと抑制されてもいる。ソフト・ロックへの偏見を捨て去れば、フィル・コリンズのサウンドに合わせて、ネオンきらめく映画のなかのセックス・シーンを想像して、深い官能で相互にクライマックスに達することができるだろう。ノエル・ギャラガーの音楽で同じシーンを想像してみても……いや、やはりやめておこうか。私はたったいま、 “Champagne Supernova” を聴いて同じことを想像してみたが、非常に不快な7分半を過ごしてしまった。上手くはいかないのだ。

 ノエルの歌は、ある種の集団的なユーフォリア(強い高揚感)を呼び起こすことに成功しているが、それがほとんど彼の音楽のホームともいえるところだ。彼の歌詞とアレンジの摩擦の少なさは、社交的な集まりの歯車の潤滑油には最適で、リスナーにそのグループの陽気なヴァイブスに身をゆだねること以外は特に何も要求しない。おそらく、アシッド・ハウス全盛期のノエルの青春時代と共通項があるが、その違いはジャンルを超えたところにある。アシッド・ハウスには、「あなたと私が楽しむこと」を望んでいない体制側(スペイスメン3の言葉による)と、我々と彼らとの闘争という独自の形の緊張感が存在した──それはより広い意味でいうと、過去(トーリー党=英国保守党)と未来(大量のドラッグを使用して使われていない倉庫でエレクトロニック・ミュージックを聴くこと)との間の闘争だった。ノエルは明らかにそういった時代と精神に多少の共感を示しつつ、たまにエレクトロニック・アクトにもちょっかいを出しながら、彼自身の音楽は、常に未来よりも過去に、反乱者よりもエスタブリッシュメント(体制派)に興味を示してきたのだ。そして、時折公の場で繰り出す政治や他のミュージシャン、あるいは自分の弟に関するピリッと香ばしい発言には──哲学的、性的、抒情的、あるいは“ポストモダンな知識人ぶった”アート・マゾヒズムであれ、直感的なある種の緊張感は、ノエル・ギャラガーの音楽には存在しないのだ。

 もちろん、このことに問題はない。彼は音楽とは戦いたくない人のために曲を作っているのだし、それを上手にやってのけるのだから。

 この記事を書き始めた時、自分とはテイストの違いがあるにせよ、過去にノエルに対して公平性に欠ける態度をとっていたことを反省し、ソングライターとしての彼の疑いようのない資質を成熟した大人として受け入れ、融和的な雰囲気の結末に辿り着くのではないかと思っていた。しかし、それは彼と彼の音楽にとってもフェアなことではないと思う。平凡さはさておき、彼の真の資質のひとつは、感情をストレートに表現するところだからだ。

 だから、本当のことをいうと、私はいまでもノエル・ギャラガーの音楽が嫌いだ。私のなかの一部分が、彼の音楽を好いているから嫌いなのだ。彼は、私のなかにある快感センサーを刺激する方法を知っている。不協和音のスリルを忘れ、彼の音楽に没入する自分を許してしまい──本気で耳を傾けることを思い出した後に、6分間死んでいたことに気付かされるのだから。


The problem with Noel Gallagher (and why he’s good)written by Ian F. Martin

I can’t stand Noel Gallagher.

I’ve disliked him for nearly thirty years, and this bothers me a little. To have been an extraordinarily successful and well loved songwriter for so long, he must in fact be good at his job. More personally, for me to have hated a musician like that for so long, I want to know why.

As a teenager in the mid-90s, the reason was pretty simple: you had to choose between Blur and Oasis, and I chose Blur. Still, I probably shouldn’t carry into adulthood and middle age musical opinions that were moulded by the cheap provocations of NME journalists — writers who were probably younger at the time than I am now. I should be more mature than that, right?

At the time, the first thing I would probably have said was that his lyrics were bad. Looking back, they certainly weren’t good lyrics of the sort a David Berman or a Momus might write, but they were never meant to be: they were a punk rock fuck-you to middle-class snobs and critics like me, and the way lines like “She done it with a doctor / On a helicopter” jump deliriously and nonsensically from rhyme to rhyme is attention-grabbing and funny. The core of it, perhaps, is a sense that the soul of the song is carried by the music, not the lyrics, and if you can’t get that, you’re not listening with your heart.

So I start wondering if maybe that “heart” is what I found off-putting — that the emotions in Noel’s songs felt cheesy and facile, that the confident, swaggering attitude that the band projected didn’t speak to someone who spent their teens lost in complexity and doubt.

This is an unfair critique to bring to Noel’s current music. For a start, so much of that swagger was down to Liam and his sneering rock star vocals. Noel has far less of a rock star presence and his voice is a thinner, more vulnerable instrument. It’s interesting that even as Noel and former rival Damon Albarn’s musical ambitions have widely diverged, their pop songwriting has also revealed more points of similarity: two singer-songwriters with small, weary voices that easily carry the melancholy tint of middle age. Listen to Noel’s song “Dead to the World” and it’s easy to imagine Damon’s voice singing the lines “And if you say so / I’ll bend over backwards / But if love ain't enough / To make it alright / Leave me dead to the world”.

There’s a sense, too, that Noel Gallagher is a more humble, or at least thoughtful figure than he used to be on his new High Flying Birds album “Council Skies”. A sense of loss runs through the record, with the song “Trying to Find a World that’s Been and Gone” placing a familiar refrain about having “the will to carry on” in the melancholy context of a struggle that’s worth it even though it might be futile. In the title track, meanwhile, the aspirational swagger of the 1990s seems to have faded into a duller and more fragile hope that persists in the promise of the council estate skies that Noel can still presumably remember from his millionaire Hampshire estate.

That greater sense of reflection doesn’t necessarily mean the lyrics are any better, though. Without the punk swagger of early Oasis, all that’s left is cliché. The album’s title track opens with the words of wisdom “Catch a falling star”, swiftly followed by the profound observation that we might “drink to better days”. The song isn’t done though, firing nuggets of poetic genius one after the other: “Waiting on a train that never comes”; “Taking the long way home”; “You can win or lose it all”. The sheer banality of Noel’s lyrical imagination banishes every charitable thought I’ve been building up about his songwriting, and my irritation begins to rise. By the time he rhymes “Tonight! Tonight!” with “Gonna let that dream take flight” on the insipidly titled closing anthem “We’re Gonna Get There in the End”, I want to kill myself. I feel insulted not by how stupid Noel is (he comes across as sharp and observant in interviews, even when I disagree with him) but how stupid he thinks his listeners are.

I need to dial back my annoyance and get a bit of perspective.

An common remark about Noel Gallagher is that he makes “meat and potatoes” music. It’s a comment that’s either criticism or praise depending on the speaker, but it feels true either way. The appeal is that you always know what his melodies are going to do five seconds before they do it, and once placed inside that music, the lyrics glide by frictionlessly: vague sentiments that you barely recognise are even there. This is sonic comfort food made with practiced care from basic ingredients that have remained unchanged for generations — is the chiming guitar hook that anchors “Love is a Rich Man” the same as “The Two of Us” by The Jesus and Mary Chain (2017)? Is it “Change” by The Lightning Seeds (1994)? Is it “Roadrunner” by The Modern Lovers (1972)? It’s the accrued memories of them all, and of a million other pieces of rock history channeled into a warm moment of half-remembered exultation.

To put it another way, there are no surprises: this is music that tells you it’s OK to be yourself forever and never change. It’s music for people who don’t want to hear anything that challenges their expectations. And a confession: a little piece of me does like Noel Gallagher. I’ve seen both Oasis and Noel Gallagher’s Flying Birds live at festivals and both times got swept up in it despite myself. I remember driving with a friend through Kyushu as “Be Here Now” came on his car stereo, and I knew all the songs, all the words, more than 20 years after the last time I heard or even thought about the album. After all, what is a cliché but a phrase so well worn that it’s contours are carved into your brain? It’s part of you.

So my resistance to Noel Gallagher is really a resistance to that part of myself that’s drawn to musical comfort and conservatism. But why? What is this contrary, masochistic side of me that can’t just be happy and needs some tension with the music I listen to?

Fundamentally, a bit of tension in a piece of art is exciting. The opening of The Beatles’ “Strawberry Fields Forever” is a great example, with the vocal melody resolving cleanly on the G note where instinct tells you to expect it, while the underlying chord structure pulls the rug out from beneath you with a dissonant F minor. The tension between the listener’s expectation and what the arrangement actually does sends you tumbling into the song’s uncertain reality and there’s a thrill in this contact with the unfamiliar.

Around the time Oasis were breaking big, arguably the most exciting thing happening in rock music was in the dissonant sphere of lo-fi music. In the same summer of 1994 that Oasis’ debut “Definitely Maybe” first hit the charts, America’s greatest rock band Guided By Voices were releasing their breakthrough album “Bee Thousand”. While they, like Oasis, revelled in the predictability of the same established British Invasion rock formations, GBV leader Robert Pollard also insisted on a tension between what he called “creamy” and “fucked-up”. For him, a melody deemed too “creamy” would need to be mutilated in some way to make it acceptable for release: songs cut short or mashed together in haphazard ways, discordant sound effects or sonic artefacts emerging from the DIY recording process thrown in to interrupt the flow of the familiar.

American music critic and professional grumpy old git Robert Christgau described “Bee Thousand” as “pop for perverts — pomo smarty-pants too prudish and/or alienated to take their pleasure without a touch of pain to remind them that they're still alive”. The cynical tone aside, Christgau nails the appeal of GBV’s approach: yes, the pleasure is a little perverse — the sonic equivalent of the “tsundere” fetish — but that tension between the familiar and the oblique injects the thrill of uncertainty into the courtship dance the listener does with the music.

Even with an artist like Phil Collins, who Noel Gallagher has in the past dismissed as boring and conservative, there can be tension at work. Noel could never write a song like “In The Air Tonight”. The vocals flow loose and free, caressing the contours of the music but always locking back in for the refrain; the drum break that kicks the song into life is teased repeatedly but held back for so long. Get over your soft rock prejudices and you can imagine a deeply sensual, neon-bathed movie sex scene that reaches a mutually satisfying climax to the sound of Phil Collins. Imagine the same scene set to the music of Noel Gallagher… or maybe don’t. I just spent an uncomfortable seven and a half minutes listening to “Champagne Supernova” while trying to picture it, and it just doesn’t work.

What Noel’s song does succeed in evoking, though, is a sort of collective euphoria, and that’s where his music is most at home. The frictionlessness of his lyrics and arrangements work best lubricating the gears of social gatherings without demanding anything much from the listener other than that they submit themselves to the buoyant vibe of the group. It shares something, perhaps, with Noel’s youth during the height of acid house, but the differences go further than genre. Acid house had its own tension in the form if an us-and-them struggle with an establishment that didn’t (in the words of Spacemen 3) “want you and me to enjoy ourselves” — which is to say more broadly between the past (the Tory party) and the future (taking massive amounts of drugs in a disused warehouse while listening to electronic music). While Noel clearly has some sympathy with that era and ethos, and has flirted with electronic acts on occasion, his own music has always been more interested in the past than the future, more establishment than insurgent. And for all his occasionally spicy public remarks on politics, other musicians or his brother, a visceral sense of tension — whether philosophical, sexual, lyrical or “pomo smarty-pants” art-masochism — has no place in Noel Gallagher’s music.

This is fine, of course: he makes songs for people who don’t want to fight with their music, and he is very good at it.

I thought, when I started to write this, that I might end there, on a conciliatory note, with the realisation that I’d been unfair on Noel in the past and with a mature acceptance of his undoubted qualities as a songwriter, despite my differences in taste. But I don’t think that would be fair to him or his music either: for all his banalities, one of his genuine qualities is that he is a straight shooter emotionally.

So in truth, I still hate Noel Gallagher’s music. I hate it because a part of me likes it. Because he knows how to work that little part of me and stimulate those pleasure sensors. Because I let myself forget the thrill of the dissonant and sink into it — until I remember to really listen, and then I realise I’ve been dead for six minutes.

Jlin - ele-king

 フットワークの更新者、ジェイリンが2021年のEP「Embryo」以来となる新作ミニ・アルバムを9月29日に発表する。〈Planet Mu〉からのリリースで、シカゴのアンサンブル、サード・コースト・パーカッションと制作した曲のエレクトロニック・ヴァージョンが収められているとのこと。CD盤には「Embryo」の4曲も追加収録。コンテンポラリー・ダンス作品への挑戦を経て進化を遂げたという彼女の、新たな試みに耳をすませたい。

https://planet.mu/releases/perspective/

Kirk Degiorgio - ele-king

 アズ・ワンなどの名義で知られるUKテクノのヴェテラン、カーク・ディジョージオがDJ活動から引退することを表明している。80年代前半から40年近くDJをやってきたという56歳の彼は、現在、腎臓の問題によりペースメイカーを装着せねばならない状況にあるそうだ。そのため、ヘッドフォンやDJブース、モニターのような電磁機器から物理的に距離をとらざるをえないとのこと。
 ただし創作をやめるつもりはないようで、モニターから距離をとってできるスタジオ内での作業に集中するとのこと。彼は今年、『Modal Forces / Percussive Forces』および『Robe Of Dreams』の2枚のアルバムに加え、ブルー・バイナリー名義でも『Origins』を発表している。早期の快復と今後の活躍に期待したい。

Ryuichi Sakamoto - ele-king

 2000年代以降の坂本龍一は、この時代だけでひとつの物語だ。『async』をはじめとする彼の大胆な挑戦は、これからさらに語られていくことだろう。そんな坂本の、音楽的冒険の契機のひとつとなったのは、アルヴァ・ノトやニューヨーク〈12K〉との出会いだろう。
 
 今週木曜日、7月13日から10月15日までの3ヶ月のあいだ、〈12K〉のレーベルメイトが中心となって完成した坂本龍一追悼盤がリリースされる。計41人のアーティストによる5枚組。まずはそのメンツを見て欲しい。そしてぜひ聴いて欲しい。
 

坂本龍一追悼盤 『Micro ambient Music』

小さなものにこだわり続けた坂本龍一の音に呼応した
41名の音楽家たちによる追悼

全未発表39曲。3ヵ月間の限定公開。

「アンビエントは僕の手を離れた」とブ゙ライアン・イーノが言うほど、アンビエント・ミュージック(環境音楽)の解釈は広がっている。その中で坂本龍一が求めた「環境、音楽、音」は何であったのか。坂本が所属していたニューヨーク「12K」のレーベルメイトが中心となって集められたこの追悼盤で、その一部が解き明かされる。

ここからもまた、坂本の「音」は広が゙り続ける。

公開期間:2023年7月13日(木)~2023年10月15日(日)

特設サイト:http://microambientmusic.info/
*Bandcamp 販売のみ 1タイトル 1,800円 5枚セット 5,500円
※収益金の一部は Trees For Sakamoto に寄付されます。

参加アーティスト
Alva Noto, AOKI takamasa, ASUNA, Bill Seaman, Chihei Hatakeyama, Christophe Charles,
Christopher Willits, David Toop, Federico Durand, hakobune, Hideki Umezawa,
Ian Hawgood, ILLUHA, Kane Ikin, Kazuya Matsumoto, Ken Ikeda, Lawrence English,
Marcus Fischer, Marihiko Hara, Miki Yui, Nobuto Suda, Otomo Yoshihide,
Rie Nakajima and David Cunningham, Sachiko M, Sawako, Shuta Hasunuma,
Stephen Vitiello, Stijn Hüwels, SUGAI KEN, Takashi KOKUBO, Taylor Deupree,
Tetuzi Akiyama, The Factors, Tomoko Sauvage, Tomotsugu Nakamura, Tomoyoshi Date,
Toshimaru Nakamura, Tujiko Noriko, Yui Onodera

Jaimie Branch - ele-king

 2017年の『Fly Or Die』で注目を集め、その野心的なスタイルで将来が期待されていたものの、昨年亡くなってしまったジェイミー・ブランチ。才あるこのジャズ・トランぺッターが生前ほぼ完成させていたというアルバムがリリースされることになった。パンクやノイズからアフロ・カリビアンの要素までが含まれる作品に仕上がっているようだ。CDの発売は9月6日。注目しよう。

Jaimie Branch『Fly or Die Fly or Die Fly or Die』
2023.09.06(水)CD Release

2022年8月22日39歳という若さで亡くなった、ダイナミックなジャズ・トランペット奏者/作曲家ジェイミー・ブランチによる、瑞々しく、壮大で、生命力に溢れた遺作となるアルバムが完成。メンバーには、チェリストのレスター・セントルイス、ベーシストのジェイソン・アジェミアン、ドラマーのチャド・テイラーが参加。

ジェイミー・ブランチが亡くなった時、彼女が率いたフライ・オア・ダイの新作はミキシングを残すのみで、ほぼ完成していた。遺族と共に完成までこぎ着けたこのアルバムは、デビュー作『Fly Or Die』から変わらないメンバーと制作されたが、その音は随分と遠いところへと我々を導く。パンク・ジャズのダイナミズムとノイズから、アフロ・カリビアンの陽気なポリリズムまでがここには刻まれている。かつてないほどにフィーチャーされているジェイミーのヴォーカルは、ハードコアとソウルの間を深く揺れ動く。美しいという形容こそが相応しいアルバムだ。(原 雅明 ringsプロデューサー)

ミュージシャン:
jaimie branch – trumpet, voice, keyboard, percussion, happy apple
Lester St. Louis – cello, voice, flute, marimba, keyboard
Jason Ajemian – double bass, electric bass, voice, marimba
Chad Taylor – drums, mbira, timpani, bells, marimba

with special guests-
Nick Broste – trombone (on track 5 & 6)
Rob Frye – flute (track 5), bass clarinet (track 5, 6 & 7)
Akenya Seymour – voice (track 5)
Daniel Villarreal – conga and percussion (track 2, 5, 6 & 7)
Kuma Dog – voice (track 5)

[リリース情報]

アーティスト名:Jaimie Branch(ジェイミー・ブランチ)
アルバム名:Fly or Die Fly or Die Fly or Die

リリース日:2023年09月06日(水)
フォーマット:CD
レーベル:rings / International Anthem
品番:RINC109
価格:2,700円+税
販売リンク:
https://ringstokyo.lnk.to/WQEQcd

オフィシャル URL :
http://www.ringstokyo.com/jaimie-branch-fly-or-die-fly-or-die-fly-or-die-world-war/

DMBQ × NO BUSES - ele-king

 DMBQが各地のクアトロでおこなっている2マン企画「DMBQと…」シリーズの最新公演が決定した。今回は名古屋クアトロにて NO BUSES との2マン。独自の路線をひたすらに突き進む稀有な2バンドの競演は今回が初で、かなり珍しい組み合わせといえよう。チケットはチケットぴあ、e+、ローソンチケットなどで7月22日より発売予定。

公演情報:
「DMBQとNO BUSES」
9月20日(水)
名古屋クアトロ
開場18:45 開演19:30
チケット:前売¥4,000 当日¥5,000
お問合せ:名古屋クラブクアトロ
TEL.052-264-8212

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[7月20日追記] * NEW!!
 本日、新たに2公演の情報がアナウンスされた。梅田と渋谷の両クアトロでの開催で、前者ではドミコと、後者ではエンドンジム・オルーク石橋英子と競演する。これは豪華です。見逃せません。

公演情報:
「DMBQとドミコ」
10月5日(木)
梅田クアトロ
開場18:45 開演19:30
チケット:前売¥4,000 当日¥5,000
お問合せ:梅田クラブクアトロ
TEL.06-6315-8150

「DMBQ, ENDON, Jim O'Rourke & Eiko Ishibashi」
10月10日(火)
渋谷クアトロ
開場18:45 開演19:30
チケット:前売¥4,000 当日¥5,000
お問合せ:渋谷クラブクアトロ
TEL.03-3477-8750

Overmono - ele-king

K まず1曲目にびっくりした。最近のポップスの模倣というかクリシェをやっているけれど、これはギャグなのか本気なのか。3曲目とか5曲目のヴォーカルもすごくいまっぽいから、本気かな。

W たしかに1、3、5曲とめっちゃポップスですね。でも言われるまで気づきませんでした(笑)。ぼくはこういう、UKのビートにいまっぽいポップスのヴォーカルが乗ることって、そこまでびっくりしないんですよね。

K 感じ方に世代の差が出たね(笑)。

W 世代差じゃないでしょ。

N なんでも世代差にしちゃいかんね。

W なぜなのか考えてみると……たとえば「planet rave」というスポティファイのプレイリストがあるんですが、これはいわゆるY2K的な視点から再定義したダンス・ミュージックを集めたプレイリストで……

K Y2K的な視点って? 2000年になるとコンピュータが1900年と勘違いして大変なことになるぞって騒がれたやつ?

W いや、00年ごろの音楽のリヴァイヴァルってことです。その代表とも言えるピンクパンサレスとかピリは、UK産のビートにめっちゃポップスのヴォーカルが乗っかってます。最近だと、エリカ・ド・カシエールが作曲に加わったニュー・ジーンズの新曲 “Super Shy” もビートが明らかにUKで、さすがにコレはびっくりしました。

K (ピンクパンサレス、ピリ、ニュー・ジーンズを聴いてみる)なるほど、00年ころっていわれてウーキーあたりを思い浮かべたけど、どちらかというとジャングルのリズムを崩した感じ、ジャングルのフィーリングが大きいね。万能初歩くんが好きなアイドルのニュー・ジーンズは検索するとやたらジャージー・クラブって出てくるけど、この曲はジャングルとUKガラージの部分のほうが強いように聞こえる。

W 自分はこういう曲もたくさん浴びている。なのでUKダンスの真打ちたるオーヴァーモノがいまのポップスのメロディをとりいれていることは、彼らがデビュー・アルバムを送り出すうえで、つまりより広いフィールドにかちこむうえでは自然なことだと映ったし、スッと入ってきましたね。

K インタヴューでオーヴァーモノの片方、トム・ラッセルが、最近聴いているのはアメリカのR&Bやポップスで、自覚的にUKのアンダーグラウンドからは距離をとったって言っていたけど、ぜんぜんUKらしい要素は入っているよね。現役のクラバーとしてはどう? 個人的には2曲目とか終盤の “Is U”、“So U Kno 2”、“Calling Out” とか、やっぱりUKガラージのリズムを聴かせてくれる曲がぐっとくるんだけど。

N 2000年代以降のUKは、インディ・ロックでもダンスでもUSのR&Bとヒップホップが大好き。ただ、その背後には依然としてジャングルがあって、これはいまでもほんと大きい。いまもっともイキの良いジャングルを聴きたければ Tim Reaper や彼のレーベル〈Future Retro〉をチェックするといいよ。オーヴァーモノはすでにポップ・フィールドにいるけど、活力あるアンダーグラウンドがその土台にはある。

W 偉そうな言い方になってしまいますが、まずハウスやテクノのDJがフルレングスでアルバム1枚分、カッコよく仕上げるのってすごく難しいことだと思ってます。でもそこを軽々と超えたオーヴァーモノはすげーなあと、いちリスナーとして素直に感じました。

N それはホントそうだね。

W インタヴューにもあるとおり、場所問わずまさに車で流せるような雰囲気もありますよね。ぼくは最後のスロウタイの使い方にしびれました。スロウタイをフィーチャーしたなら、そりゃもうディスクロージャー “My High” 的な、超ラジオ向けシングルをつくりたくなりそうなものですが、あくまでビートが主体でありつつ、きっちりヴォーカルも料理されてる(笑)。

K スロウタイ、5月にレイプ容疑で法廷に呼び出されていたけれど、その後どうなったんだろう。無罪を主張していて、裁判は来年に開始されるみたいだけど……事実だとしたらすごく残念だよね。

W そうですね……。他方で “So U Kno” は京都拠点の Stones Taro がリミックスしたり、まさにゴリゴリのバンガーですよね。

K この曲めちゃくちゃかっこいいよね。ダークさもありつつの、声のサンプルの反復に降参してしまう。

W だけど全体としてはクラブ・バンガーの12インチをただ寄せ集めただけという感じにはなってない。このシーソー感覚は不思議でした。このバランスにかんしてはジョイ・Oよりも好みかもしれない。あのミックステープは最高ですが、ちょっとだけアンセム感が物足りないと思っていたので。その点、オーヴァーモノはバッチリって感じでした。

K オーヴァーモノのもう片方、エド・ラッセルのテセラはチェックしていた? ぼくが最初に聴いたのは “Nancy's Pantry” (2013)で、といっても12インチで買ってたわけではなくて、〈ビート〉から出ていた〈R&S〉のコンピ『IOTDJPN』(2014)で聴いたんだけど、けっこうロウなブレイクビーツをやっている印象だった。オーヴァーモノも “BMW Track” (2021)とかはその延長線上に置ける曲だと思うけど、今回のアルバムはやっぱりだいぶポップさが増していると思う。ヴォーカル入りだからかな。UKらしく加工されてはいるけれど。

W テスラは正直、あまり積極的にはチェックしてなかったですね。「硬派」ってことばが出ましたけど、そこが自分的にあまりハマらなかった理由かもしれません。「ポップさ」「キャッチー」というのはすごく乱暴にまとめると、要はより開けた感じですよね。テセラの12インチから感じる硬派さは狭い空間で男たちが踊る汗臭さを感じます。だけど、今回のオーヴァーモノのサウンドは男も女もいる感じです。なぜかって考えたとき、やっぱりUKガラージ/2ステップはひとつのキーじゃないかと。サイモン・レイノルズが『WIRE』で、UKガラージでは「the girls love that tune(女の子たちがあの曲を気に入ってる)」が宣伝文句になるんだ、と指摘しています。その文句はテクノやドラムンベースだと基本的にディスになると(笑)。「たしかに」って思いました。男だけじゃなく、女性も含めて、いろんな人に開けてる音楽。

N それは偏見、テクノもジャングルも女性リスナー/クラバー多いって(笑)。

K ともあれ日本でもこういう素朴に良質なダンス・ミュージックがもっと市民権を得られるようになるといいな。

Bendik Giske - ele-king

 サックスの音がとにかく軋んでいる。古いドアを開けているような音。ギーギーと耳障りで世界が壊れていく気分。ノルウェイ(現ベルリン)のサキソフォン奏者によるソロ3作目は、パベル・ミリヤコフやローレル・ヘイローといった近年のコラボレーターとの作業が反映された様子もなく、基本的なフォーマットは5年前のデビュー・シングル “Adjust”に立ち返ったような7曲入りとなった。前作のようにダブやドローンと組み合わせることもなく、シンプルにサックスの演奏を聴かせるかたちで、オーヴァーダビングもなし。それこそ原点に戻ったという意味で自分の名前をアルバム・タイトルにした……のかなと。ミニマルの要素を強めて、前作『Cracks』のような物語性を回避し、一部だけを拡大する醍醐味。鎖骨を強調したアルバム・ジャケットはレヤ『Eyeline』の別カットみたいなテイストで、いわゆるクィア・アートを強調している。

 管楽器では圧倒的にトランペットが好みなので、これまでサックスの演奏に深く親しんできたとはとてもいえず、サックスがメインの曲で僕が忘れられない曲といえば(立花ハジメ『H』のようにサックスを別な楽器に置き換えると別な味が出そうな曲は除外して)アルトラボックス “Hiroshima Mon Amour”やフィリップ・グラス “Are Years What? (For Marianne Moore)”など数えるほどしか思い浮かばない。ベンディク・ギスケのサックスはそうした数少ない曲のどれにも似ていず、むしろエルモア・ジェームズのブルース・ギターなどを想起してしまう。気持ちよく吹くわけではなく、内面の葛藤が音に出るタイプ。でも、どうやらそういうことではないらしい。幼少期をインドネシアで過ごしたギスケはディジェリドゥーが身近にあり、それに慣れ親しんだせいで、現在のような吹き方になってしまったものらしい。内面ではなく、身体性に導かれた結果だと。

 とはいえ、今回はプロデューサーにベアトリス・ディロンが起用され、弾むようなテンポがこれまでとは一線を画す作風になっている(“Adjustt”はもっとダウンテンポの部類だった)。ウラ・シュトラウス “I Forgot To Take A Picture”を倍速にしているような曲が多く、いつものようにサックスが軋み、重く沈み込もうとしても、リズムが停滞を許さない。ディロンらしくトライバルな妙味を効かせたパーカッションが、おそらくはループされているせいで、サックスも一気には調子を変えようがないといった曲の進み方。ループ(多分)なので、グルーヴにも限界があり、ダンス・ミュージックにもインプロヴィゼ’ションにも着地しない。同じ方法論を繰り返すことでリズムに支配されない身体性を探り出そうとしているというか、“Rusht”ではテンポを変えていく試みなどもあり、J・リンのバレエ音楽『Autobiography (Music From Wayne McGregor's Autobiography)』に近いものが感じられる。そうか、観念的にはジュークへのアンサーなのか。オープニングからやたらとテンポが速いのはそのせいだったか。アカデミックな舞台に進出したジュークをフォローし、アコースティックに特化したかたちで発展させる試み。そう考えると個人的にはかなりすっきりする。久々にブラック・ミュージックとは異なる身体性の追求で面白い音楽を聴いたかもしれない。力任せに踊る世界ではあるけれど、そのことがまったく美しくないというわけではない。

“Startt”“Rise and Fallt”“Rusht”“Slippingt”と身体性を強く感じさせるタイトルに混ざって1曲だけ違和感を覚えるのが“Rhizomet”。ドゥルーズのアレだろうか。それとも単に「根っこ」という意味だろうか。このところツイッターが自滅していくのでよく考えることだけれど、ツイッターがダメになったのはイーロン・マスクがCEOになってからではなく、トレンドを表示するようになってからだったのではないかと。ツイッターというのはそれこそ根っこのようにあちこちに広がって誰と誰がつながっているのかよくわからなかったから情報がアナーキーな価値を持つことができたのに、多くの人が集まっている場所や話題を可視化してしまったことで、ドゥルーズのいう「ツリーからリゾームへ」を逆行し、旧来の情報システムと同じ凡庸なヒエラルキー思想に絡め取られてしまったのではないかと。ツイッターの利用者も自由な表現から情報のコマに格下げされてしまったというか。逆にいえば大多数がどこにいるのかを把握していないと権力というのはやはり不安なんだろうな(大衆自身も「権力」に含まれる)。まったくの余談でした。

 エンディングのみビートレスで、軋んだサックス音が地を這い、戦い済んで日が暮れていく感じでしょうか。ここだけはトランペット奏者のジョン・ハッセルが思い浮かぶ。

Cornelius - ele-king

 『Sensuous』から『Mellow Waves』までに11年がかかったことに比べると、6年というインターヴァルは短いように思える。しかも、その間には、2020年から現在に至るまでの新型コロナウイルス禍の3年が含まれてもいる。ともあれ、ここにコーネリアスの6年ぶりのニュー・アルバム『夢中夢 -Dream In Dream-』が、ついに届けられた。

 『夢中夢』は、コーネリアスのディスコグラフィの中で、独特の新鮮さを湛えている。たとえば、アルバム・タイトルが日本語なのは初めてだし、10曲中7曲には邦題が付されており、それらが英題より先に位置づけられている。
 今年5月21日、福岡の野外フェスティヴァル「CIRCLE ’23」に出演した直後、栗田善太郎によるインタヴュー(https://open.spotify.com/episode/4sxpkxvv0iJcLS9yZtlDku?si=288221ab8b864b83)を受けた小山田は、アルバムについて「多重世界的なイメージ」、「シンガーソングライター的なアプローチというか、自分で歌って歌詞も書いて、みたいな」、「今まであんまりやってこなかったんで。前回、坂本慎太郎くんに何曲か歌詞を書いてもらったりとかしてたんですけど、あんまり頼っちゃいけないなと思って」と語っている。『夢中夢』は、コーネリアス/小山田にとって、「シンガーソングライター的な」アルバムなのだ。
 坂本が歌詞を書いたのは、オープナーの “変わる消える – Change and Vanish” だけ。これはもともと mei ehara が歌ったシングルとして2022年に発表されたものだが、アルバムでは今年2月にリカットされた、キーを落として小山田自身が歌ったものになっている。これ以降、『夢中夢』では、自作自演的な、ある意味でパーソナルで内面的な世界が広がっていく。
 それゆえに、どこか他者の介入を退け、あるいは他者を恐れているかのようにも見える『夢中夢』は、「夢の中の夢」にトラップされたがための自己完結性や閉鎖性──複層化された夢の中であがくクリストファー・ノーラン監督の映画『インセプション』を思い出させなくもない──に特徴づけられている。そういえば、『Mellow Waves』には “夢の中で” という曲があったが、『夢中夢』に収められている曲は、あのかわいらしいポップ・ソングよりも、かなり深く遠い世界にさ迷いこんでしまっているようだ。
 歌ものに傾倒した『Mellow Waves』よりもインストゥルメンタルの比重が再び増え、3曲(“TOO PURE”、“NIGHT HERON”、“霧中夢 – Dream in the Mist”)も含まれている。そして、そういった点は、たしかにあの『Point』や『Sensuous』の透徹した世界への回帰のようでもある。

 けれども、『夢中夢』は、聴き手を退けることはない。『Point』や『Sensuous』よりもっとずっと親しみやすくて不思議と温かい、歌のアルバムでもあるからだ。コーネリアスがこれまでに築き上げてきたサウンド・ヴォキャブラリーを用いたシンプルなポップ・ソング集、と呼んでもいいようなレコードかもしれない。ブライアン・イーノがその長いキャリアにおいて何度か歌に回帰してきたように、ここには明瞭で起伏に富んだ旋律があり、いつになく雄弁なギターがあり、アブストラクトでアンビエント的に浮遊する電子音に彩られながらもポップ・ソングらしい構造があり、そして何よりも叙情的な言葉がある。
 なかでも “火花 – Sparks” は、コーネリアス/小山田の告白のような曲に聞こえる。90年代のインタヴューでの発言をめぐって過去の出来事と行動、さらには自身が発した言葉を否が応でも振り返り、向き合わざるをえなかった2021年以降の苦悩の時間が、「火花」には直接的に表れているように思えるのだ。「過ぎてった 瞬間が/突然に 蘇る/脳の中 消去した/思い出が 顔出す」。極限まで削ぎ落とされた言葉であるにもかかわらず、そこにはコーネリアスというペルソナが剥がれた小山田圭吾という個人の顔が、はっきりと、生々しいほどに、剥き出しのままで映りこんでいるのではないだろうか。しかし、これについて小山田は、本誌のインタヴューで「でもね、騒動のことを考えて書いた歌詞は、じつはそんなにないんです。“火花” も、古い曲で、もっと前に書いていたんですよ。ただ、いま読むとそのことを歌っているようにしか思えないと思うんですけど……じつはそういうわけでもないんです」と明言している。
 とはいえ、『夢中夢』は、やはりとても叙情的なアルバムである。まったりとした微温のメランコリアが充満していて、けっして明るくはないものの、エモーショナルであることには変わりない。それがもっとも顕著なのは、METAFIVE の曲を再演した “環境と心理 – Environmental” だろう。ここでは、時間の経過と風景や景色の変化にともなって気分が前向きになっていく、という心情の遷移が描写されている。コーネリアスらしからぬ、あまりにも素朴な、主情主義的な詞だ。
 言葉を即物的に扱い、音と響きへ極度に還元していった『Point』や『Sensuous』のようなアプローチも、たとえば “DRIFTS” にはある。しかし、そこで歌われる言葉は、「気配 匂い/空気 香り」、「糸口 ヒント」、「手がかり 暗示/含意 想い」、「感情 感触/浸透 伝達/伝搬 残像」といった、心情や感情に強く結びついたものだ。“DRIFTS” からは、“火花” のリリックと地続きの感覚や、ソーシャル・メディアのよどみとうねりに翻弄される心理的なイメージが、どうしても浮かび上がってきてしまう。

 『夢中夢』が最後に流れつくのは、“無常の世界 – All Things Must Pass” という優しいポップ・ナンバーである。しかし、ここでも短い詞が多くのことを語っている。「誕生 消滅/繁栄 衰退」、「地水火風空/諸行無常/始まり 終わり/繋がり 巡り」。まるで『平家物語』である。
 そういえば、前作『Mellow Waves』をめぐるインタヴューで、小山田はこんなことを話していた。

──「いつか / どこか」は小山田さんの作詞ですが、坂本さんの歌詞の世界に通じるものがありますね。穏やかな虚無感というか。

「結局、みんな死んじゃう」みたいな(笑)。

──坂本さんが書いた次の曲「未来の人へ」に通じる世界です。

坂本くんも僕と同世代だし、お互い中年感が深まってる感じ(笑)。去年、デヴィッド・ボウイとかプリンスとか子供の頃に憧れてた人が死んだりしたし、この歳になったら身の回りの人が死んだり病気になったりすることが多くなってくるじゃない? そういう感じが歌詞に出てるよね。遠くのほうに死が見えてきちゃったみたいな。

──世界が終わるとかじゃなくて、自分の体が滅びていくという実感が。

うん。そういうリアルな感覚。だんだん目が見えなくなってきたとか。

Cornelius「Mellow Waves」インタビュー|10年半ぶりのアルバムをより深く楽しむためのサブテキスト(音楽ナタリー) https://natalie.mu/music/pp/cornelius06

 前作に続いて『夢中夢』には、こういった実感が確実に反映されている。
 この世界に存在するものは、なにもかも変化を逃れることはできず、いつしか過ぎ去っていく。ひとはいまこの瞬間も老い、死に向かっていっているし、それに抗うことはできない。仏教的な諦観や不可逆性が『夢中夢』にはたしかにあるが、それが不思議と心地よいような、奇妙で柔らかいリラックスしたムードがある。

 『Point』や『Sensuous』には、どこにもないポップ・ミュージックの未来のようなものがあった。しかし、『夢中夢』にあるのは、20世紀的な革新性と前衛性、一方向的な進化というよりも、そんなものにまるで拘泥していない達観のようなものである。夢の中の夢に閉じこめられ、そこでまどろみ、その外側で移ろいゆくひとやものを他人事として眺めているような。
 “蜃気楼 – Mirage” には、『Fantasma』の “Star Fruits Surf Rider” へのセルフ・オマージュがサプライズとして仕込まれている。それは、単なる自己言及というよりも、多重化され入れ子状になって圧縮された時間や空間の表出のようだ。フランキー・ナックルズの “The Whistle Song” を彷彿とさせる夢見心地の “時間の外で – Out of Time” は、とりわけ象徴的である。なぜなら、ここでは、過去・現在・未来のちがいが存在しない、人間の一般的な認知の外にあるループ量子重力理論的な世界観が奏でられているからだ。
 “火花” のミュージック・ビデオについて、小山田はこうも語っている。「まあ、100年後とか、一連の出来事が忘れ去られたとき、あれを観ていまとはまた別の解釈ができるんだったらそれはそれでいいのかな、と」。現在という時間の外へ出て、過去を飛び越え、あるいは未来の人へ。
 死と不在がこだまし、20世紀的なるものの終わりが、いよいよ突きつけられている。『夢中夢』は、そんな無力感に満ちた気怠い2023年のサウンドトラックとしてこのうえ上ない、あらゆるものの外にあるポップ・レコードだ。

interview with Jitwam - ele-king

 不思議な感覚だった。こんなにも裏表がなくて、ピュアで、正直で、でもどこか計算されている部分もあって、冷静だ。僕がジタムと出会った第一印象はそんなところだ。ムーディーマンが2016年に放った『DJ-KICKS』のミックスにより、彼の名が一躍注目されることになった。その後も立て続けにローファイなビートメイクとプリンスを彷彿とさせるような甘いヴォーカルを武器にEPやアルバムをリリースし、ロックとソウルが絶妙にブレンドされた2019年のセカンド・アルバム『Honeycomb』で一気に火が着いた。ビート・プログラムから、ソングライティングをほぼ自分自身で手がけ、ヴォーカルまで務める彼のDIYなプロダクションはどこか聴いたことあるような懐かしさと、馴染みのないフレッシュさが共存しているように感じられる。つねに自身のバックグラウンドを全面に押し出すスタイルも、共感が持てるポイントだろう。

 そして満を辞して3枚目のアルバム『Third』をリリース。ソロでのビート・メイキングから飛躍して自身と所縁のあるミュージシャンとバンドでのサウンドを追求。より音楽性が高くなり、同時に新たなジャンルのファン層を取り込むことに成功したと思う。今回のジャパン・ツアーでもジタムのプレイを見ようとたくさんのオーディエンスが駆けつけてくれたが、ヒップホップが好きな人、ロックが好きな人、そしてデトロイト・ヘッズなど、日本でもオーディエンスの融合がなされていたのは印象的だった。

 昨今、ビジネスとアートを両立させるのは益々難しい時代になってきた。そんななか、絶妙なセンスと経験値を糧にインディペンデントな音楽史シーンをサヴァイヴし続ける彼の姿は一緒にいるだけで本当に刺激になった。訪れた先々で彼のパフォーマンスを聴いた人はこの感覚がわかると思う。とにかくポジティヴで、ダンス・ミュージックの固定観念を次々と破壊していくポテンシャルを持っている。このインタヴューは彼の生い立ちやバックグラウンド、ニュー・アルバム『Third』についてだけでなく、日々移り変わるシーンのなかでどうやって自由に音楽を表現し続けられるかというヒントも詰まっている。インドにルーツを持ち、オーストラリアで幼少期を過ごし、ロンドン、ニューヨークと拠点を移しながら世界を股にかけて活躍するひとりのアーティストに人生を豊かにする処世術を伺った。

最初のシングル「Whereyougonnago?」をムーディーマンが彼のコンピレーションに入れてくれたんだ。この出来事なしに僕の音楽を語ることはできないよ。

改めてジャパンツアーはどうだった?

J:日本は本当に素晴らしいよ! 食べ物、景色、音楽、文化、アート、ファッション、すべてが映画みたい。実際に体感してみると、それ以上のものだったね。オーディエンスは僕のことを真摯に受け入れてくれて、レコードを持ってきてくれる人もいたんだ。最高の時間を過ごしたね。そして、ここで音楽を共有する機会を得られたことに本当に感謝している。改めてツアーの成功のためにサポートしてくれた皆さん、本当にありがとう。

東京、大阪、京都、広島、金沢、名古屋と6都市を回ったね、ツアーで特別な思い出はある?

J:音楽はもちろんだけど、食べることも好きだから日本で食べた物は全部ハイライトになったね。特に金沢で食べたディナーは信じられなかったよ! 他にも、鉄板焼き、ラーメンに、お寿司、カレーなんかも。でも僕がツアーで得たことの大部分は、人との繋がり。文化をもう少しだけ理解して、自分の世界観を広げ、自分の生活に取り入れていくことで人生をよりよくしていくことだと思う。

素晴らしいね、では音楽について話しましょう。いつから作曲をはじめたの?

J:音楽をやっていなかったっていう時期が一度もないんだ。つまり、生まれてからずっと音楽をやっているってことになるね。

最初に勉強した楽器は?

J:最初の楽器はおそらくキーボードだったと思う。母さんが若い頃に買ってくれた小さなカシオのキーボードでレッスンにも通ったんだけど、まともに弾く感じが自分に合わなくてその後すぐにギターに移ったんだ。それでギターからちょっとしたエフェクトペダルを買ったんだけど、そこにはドラムマシンも付いていて、それでビートを細かく刻んでオーヴァーダビングしはじめたんだ。それが最初のプロデュースになるのかな?

何歳くらいのエピソードだったの?

J:たぶん10歳くらいの出来事じゃないかな? 思い返すと自分でも驚きだよ。子どもの頃はひとりきりが多かったから、音楽が自分のはけ口になってたね。僕にとって音楽は、いつでも戻ってくることができる唯一の友人のようなものさ。2017年頃からより真剣に音楽に取り組むようになって、最初のシングル「Whereyougonnago?」を出した。それをムーディーマンが彼のコンピレーションに入れてくれたんだ。この出来事なしに僕の音楽を語ることはできないよ。まさしく音楽が僕にたくさんの祝福を与えてくれたんだ。音楽なしの人生は考えられないね。

ムーディーマンとのエピソードについて、もう少し掘り下げてもいいかな?

J:彼とは本当に不思議な縁があって、僕が最初に買ったレコードもムーディーマンだった。白いジャケットにスタンプが押してあるだけだったから、誰のレコードかなんて3年くらい気づかなくて、後で振り返ると本当に驚いたよ。その2年後に僕が最初のレコードをリリースしたときに、〈!K7〉のスタッフから突然連絡が来て、彼が僕の曲を出したいって言ってきたんだ。

本人に直接会ったことはある?

J:ムーディーマンのライヴを初めて見たのはロンドンでのコンサート。そのとき、彼はローラースケート・ツアーのようなものをやっていて、シカゴやデトロイトから15人くらいのの子どもたちを招待して、クロアチア、ロンドン、ポルトガルなどヨーロッパ全体のフェスを一緒に回っていたんだ。子どもたちは国はおろか、自分たちの地域を離れたこともなくて、そんな若者のために新しいコミュニティをもたらして、それを世界と共有している光景が僕にとっても本当に大きなインスピレーションだった。それで僕は彼に自分の絵も描いてあるビート入りのCDを渡して、その何年か後に彼のチームが僕に声をかけてくれたんだ。改めて彼のサポートに感謝したい。彼のコンピレーションに参加したことを思い出すといまでも緊張するよ。最近ベルリンのクラブで僕のトラックをムーディーマンがプレイしているのを聴いて「あぁ、なんてことだろう!!!」ってね。とにかく、感謝してもしきれないんだ。それに、日本からのフィードバックもたくさんあったのを覚えている。日本にはムーディーマンのヘッズがたくさんいるって聞いてたし、日本はいつも……「デトロイト」だよね。

デトロイト好きな日本のオーディエンスは喜ぶと思うよ。

J:あの街が魅力的なのは間違いない理由がある。デトロイトは本当にインスピレーションに満ちた街。多くの異なるジャンルを融合し続けてるし、ひとつのスタイルに束縛されたり、ひとつの演奏方法に固執したりしない土壌があるよね。彼らはつねにヒップホップ、ファンク、ジャズ、テクノ、ソウルの間を難なく行き来してて、それが僕に大きなインスピレーションを与えてくれたんだ。DJや楽曲制作のなかで、僕もいろんなジャンルやリズム、そしてサウンドを行き来するのが好きだからね。デトロイトは僕にとっても本当に大きな影響を与えてくれているよ。

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インドの長い歴史のなかで、例えばアラビア数秘術を取り入れてそこから新しいものを生み出したり、日本文化を取り入れてきた歴史だってあるんだ。それが僕の音楽に対するヴィジョンに繋がっていると思う。

ジャンルの話が出たけど、自分の音楽のスタイルをどう表現している? 『COLORS』のインタヴューでもいろんなジャンルをフュージョンさせていくって言ってたけど……。

J:僕自身、インド人として過去のインドの偉大な作曲家たちを見ていると、つねに世界中で出てくるサウンドを融合してそれをミックスしてきたような気がするんだ。R・D・バーマン(インドで最も影響力のある作曲家のひとり)はディスコ、サイケデリック・ロックを地元の伝統音楽と融合させてきたから、僕も同じ軌道を辿っていると感じるし、偉大なインドの作曲家たちの遺産を引き継ごうとしているよ。自分の音楽がカルチャーのメルティング・ポットになればいいよね。インドの長い歴史のなかで、例えばアラビア数秘術を取り入れてそこから新しいものを生み出したり、日本文化を取り入れてきた歴史だってあるんだ。それが僕の音楽に対するヴィジョンに繋がっていると思う。それから、僕はロンドン、ニューヨーク、メルボルンだったりと、多くの異なる文化の場所に住んで、いろんな人びとに出会ってきた。だから、自分が恵まれてきたすべての経験から、何か新しいものを生み出すことが自分の責任だと感じているよ。

インタヴューのなかに「ANGER/怒り」っていうキーワードにも触れていたけど、その意味は?

J:まず、昨今の世の中を見てみると貧富の差が本当に大きくなっているよね。富裕層はさらに裕福になって、貧困層はさらに貧しくなるように設定されているのがよくわかる。「人類が地球上で生き残れるか?」って疑問について、人びとのヴィジョンが似合わないくらい現代社会はおかしなことになっていて、いわゆる「ヒューマニティー3.0」みたいな違った物の考え方が必要だと思う。なぜならいま、僕たちが進んでいる道はそれではないから。だから僕みたいな茶色い肌の人間が世界的な音楽シーンで活動しているだけで、別の物語を見せることができる。アーティストが皆、必ずしも同じストーリーを語ることはできないからね。

つまり自分の感情に潜むメッセージを音楽に込めているってこと?

J:間違いなく、ほとんどの楽曲がそうだね。楽曲の全てが僕の人生を反映しているし、自分自身を楽曲に注ぎ込んでなかったら音楽にとっても失礼に値すると思う。いつも110%のチカラで音楽に取り組んでいるし、自分の音楽が誰かと似ているとも感じているよ。もちろん、誰かの影響を受けてるとか、あのアーティストに似ているねと言うことだってできるけど、この音は僕だけのものさ。そしてそれを本当に誇りに思ってる。

では実際どのようにして音楽を作ったり、書いたりしているの? もちろん誰かとジャムやコラボレーションすることも多いよね?

J:もちろん、コラボレーションは大好きだ。基本的に自分で頻繁にビートを作ったりしてるけど、最近出したアルバムのときはスタジオにこもっていろんなミュージシャンとセッションしたり、曲を書いたりしたね。特にこのアルバム『Third』では、より自分の個性を前面に出したかったから、自分のビートやトラック、歌詞をバンドに落とし込んで、よりユニットとして音楽を掘り下げることが重要なプロセスだった。だから新譜には生演奏がたくさん盛り込まれていて、もちろんこれからもこのスタイルを続けていきたいと思ってる。エレクトロニックとライヴ・ミュージックの間を探求すること、それが前のアルバムからより進歩した部分かな。もちろんいままでの楽曲にも生音はたくさんあったけど、このアルバムではミュージシャンとより入念に取り組んだって感覚も強いよ。

僕みたいな茶色い肌の人間が世界的な音楽シーンで活動しているだけで、別の物語を見せることができる。

将来誰かとコラボレーションしたい人はいる?

J:そうだね……沢山いるけれど、アシャ・プトゥリなんかは夢のひとりだ。彼女は欧米でも活躍したインドを代表する名シンガーで、インド人にとってもアイコン的な存在なんだ。いまではみんなも知っている「ボリウッド(インド映画)」のサウンドを国外に広めたキーパーソンでもあるし、あとはガンズ・アンド・ローゼズのスラッシュなんかも憧れの存在。でも有名、無名なんてことは関係ないし、現に今回のアルバムでもたくさんのミュージシャンとコラボレーションできたんだ。とにかく、自分だけのクリエイションに納めずに、共演するアーティストと自然な形で音楽を育んでいけたら最高だよね。

日本のアーティストで気になる人は?

J:少し前に小袋成彬のリミックスをやったばっかりだし、また近いうちに彼の住んでいるロンドンに行く機会があるからまたセッションできたらいいね。それと、BIGYUKI、椎名林檎の楽曲も聴いてるよ。日本は本当に素晴らしいアーティストがたくさんいると思う。

自身のプロダクションと並行してレーベル〈The Jazz Diaries〉もやっているよね。

J:元々、レーベルは自分のレコードを出すためにはじめたもの。僕らの音楽は本当にインディペンデントな業界だから、買ってくれたレコードのお金がどこに流れていくかを可視化するのが重要だと思った。だからレーベルは自分自身のためにあるし、実際に他に手がけたリリースも僕が世界を旅して実際に出会ったアーティストだけなんだ。音楽のおかげでたくさんの仲間ができたり、お金を稼いだり、行ったことのない場所を旅できている。結局、僕の人生の大半は音楽で、レーベルもそのなかの一部ってことさ。特に、南アジアのアーティストを集めたコンピレーション『Chalo』(2020)は、まだスポットライトの当たっていないアーティストやミュージシャンの仲間たちにとってとてもいいキッカケになったと思う。ダンス・ミュージック・シーンは欧米のアーティストが中心だけど、まだまだ知られていない素晴らしいアーティストが世界中にいて……。そう! まさに日本だって、世界のトップDJに引けを取らないくらい素晴らしいDJがたくさんいるよね。とにかく、そういう長い間光が当たらなかったアーティストをフィーチャーできたのは最高の機会だ。これからも続けていきたいな。

そういうところも踏まえて、音楽にできる最良のことって何だと思う?

J:そうだね、まず自分にとって音楽は人生だし、人生が音楽だ。一生のサウンドトラックみたいに、仲間との出会いや子どもの頃からのいろいろな思い出が音楽になっていくんだ。音楽のチカラは本当に強い。日本に来て、僕は日本語も話せないし、日本人も英語を話せない人もいたけれど、僕の音楽を聴いてシェアしてくれる人がいる。それはただのドラムビートや楽器から鳴る音を超えて、音楽で繋がる人間関係なんだと思う。だから皆、「音楽は世界共通言語」なんて言うし、そこに文化や、年齢、人種は関係ない。それが自分たちやそれぞれのカルチャーを表現することも忘れてはいけないよ。

それじゃあ最後に、「一ヶ月音楽禁止!」って状況になったら何をすると思う?

J:あまり考えたこともなかったけど、何かクリエイティヴなことだったり、アイデアを溜めたりもするかもしれない。でももし音楽をやっていなかったら何かビジネスをしてるかもしれないね。結局、僕に取って音楽は自身の頭のアイデアを形にすることの延長線上にあって、生きるために何かをはじめていると思う。それに、音楽もビジネスの一部だし、ミュージシャンでいることは起業家と同じこと。それはいまも昔も変わらないことで、素晴らしいミュージシャンやアーティストでも、それを持続可能にして継続させるためのビジネスの洞察力がなくて失敗している人も大勢いたと思う。だからこそ、過去の成功や失敗を多くのミュージシャンや起業家から学んで自分の活動に取り入れているのかもね。

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