ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Metamorphose ’23 ──Metamorphoseが11年ぶりの復活、レジェンドたちに混ざりGEZANや羊文学らも出演 (news)
  2. Columns talking about Brian Eno’s new soundtrack 対談:ブライアン・イーノの新作『トップボーイ』の面白さをめぐって (columns)
  3. なのるなもない × YAMAAN ──ヒップホップとニューエイジ/アンビエントが交差する場所、注目のアルバムがリリース (news)
  4. PJ Harvey - I Inside The Old Year Dying (review)
  5. Lawrence English & Lea Bertucci - Chthonic (review)
  6. 熊は、いない - (review)
  7. Columns アフリカは自分たちのゴスペルを創出する (columns)
  8. interview with Adrian Sherwood UKダブの巨匠にダブについて教えてもらう | エイドリアン・シャーウッド、インタヴュー (interviews)
  9. Natalie Beridze - Of Which One Knows | ナタリー・ベリツェ (review)
  10. AMBIENT KYOTO 2023 ──京都がアンビエントに包まれる秋。開幕までいよいよ1週間、各アーティストの展示作品の内容が判明 (news)
  11. Tirzah - trip9love...? | ティルザ (review)
  12. Oneohtrix Point Never ──ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー、新作『Again』を携えての来日公演が決定 (news)
  13. interview with Loraine James 路上と夢想を往復する、「穏やかな対決」という名のアルバム | ロレイン・ジェイムス、インタヴュー (interviews)
  14. interview with Nanorunamonai 飽くなき魅惑のデイドリーマー | なのるなもない、アカシャの唇、降神 (interviews)
  15. Columns 9月のジャズ Jazz in September 2023 (columns)
  16. Spellling - Spellling & the Mystery School | スペリング、クリスティア・カブラル (review)
  17. Caterina Barbieri - Myuthafoo | カテリーナ・バルビエリ (review)
  18. interview with ZORN 労働者階級のアンチ・ヒーロー | ゾーン、インタヴュー (interviews)
  19. 国葬の日 - (review)
  20. talking about Aphex Twin エイフェックス・ツイン対談 vol.2 (interviews)

Home >  Reviews >  Live Reviews > 坂本慎太郎- @日比谷公園野外音楽堂

坂本慎太郎

坂本慎太郎

@日比谷公園野外音楽堂

2023年6月25日

野田努 写真:小原泰広 Jun 27,2023 UP

 日比谷公園には開演1時間前に着いた。都心部では唯一と言える、広い森林地帯と明治時代に建てられた歴史的な建築物が残されているこの貴重な場所も、再整備という名のもとで木々が伐採され、風景が変えられようとしている。ぼくは公園の噴水を越えたところに昔からある売店で缶ビールを買ってベンチで飲んだ。こうした心和む変わってはいけない風景はどんどん変えられる。坂本慎太郎は歌う。「あざやかな夕闇につつまれて/ひとつずつ思い出が消えてゆく」

 なんでも日比谷公園は、日比谷の商業施設と巨大なブリッジで繋がれるらしい。渋谷の宮下公園の高級化をはじめとする、商業・オフィス高層ビルによる再開発が実現している「快適さ」は、その風景に溶け込める人たちのみを歓迎し、そうではない人たちを疎外する。「キャンドルがゆれる部屋でセンスのいい曲がかかり/大人たちが泣いている/何も感じない」、と坂本慎太郎は “義務のように” のなかで歌っている。

 梅雨の真っ只中だったがその日の天気は良く、湿度はあっても夕暮れになれば涼しいし、缶ビールも美味しい。ぼくは屋台でもう一本飲んでから、本番に臨むことにした。そして、かつてRCサクセションやボアダムスやフィッシュマンズなんかを聴きに来たこの場所で、いま坂本慎太郎を聴いている。ロックの予定調和をことごとく外したこのロックのライヴには、いつものことだが、いろんな人たちが集まってくる。年齢層もいろいろだし、ファッションもいろいろで、これほどリスナーの多様性が豊かなライヴもないのではないかと勝手に思ったりもした。形式化されたロック的な高揚感のないこのライヴは、しかしものすごく人気があり、チケットは抽選で運良く当たった者のみが購入できるのだ。

 1曲目の “できれば愛を” がはじまったとき、ぼくはその日3本目の缶ビールを求めて列に並んでいた。まだ空は明るく、ゆったりとしたビートが大気のなかに溶けている。ああ気持ちいい。歌は、胸にぽっかり穴があいた男が「はずかしいでしょ/あわれでしょ」と憐れみながら「ここにすっぽりとはまる/何か入れてください」と懇願する。「なんでもいいけれど、少しは愛を込めて」というリフレインは、柔らかい歌と曲のなかのとつとつとした歌詞において、私たちのなかの「空洞」と、それとは相反する強い何かをじわじわと喚起させる。いずれにせよ、坂本慎太郎の楽曲は、日比谷野音の解放感と相性が良かった。

 昨年のライヴは、ほとんどがアルバム『物語のように』からの楽曲を演奏していたが、今回は全作品からの選曲だったから、ファンには「次はどの曲を演るのだろうか」という楽しみもあった。 “めちゃくちゃ悪い男” (『ナマで踊ろう』収録)がはじまったときには当然歓声が上がったし、いや、 “鬼退治” (『できれば愛を』収録)も意外なほどノリノリで、“義務のように” から “仮面をはずさないで” ( 『幻とのつきあい方』収録)という、日本社会を辛辣に風刺しているように思える曲で前半は盛り上がった。

 ライヴの後半、気分はゆっくりと上昇する。ぼくが4杯目の缶ビールのために並んでいるときに “物語のように” がはじまり、この奇妙なほど緩やかな曲でオーディエンスの気持ちはさらにほっこりする。そして、しばらくしてはじまった “ディスコって” のグルーヴが場内をまるごと踊らせるのだった(野外での演奏が似合う楽しい曲だが、これもまた、日本のLGBT法への当てつけにも聞こえる)。

 続いて演奏された “ナマで踊ろう” は、この晩のクライマックスだった。それから “幻とのつきあい方” と “動物らしく”の2曲を演奏し、メンバー紹介をするとバンドはそのままステージから消えた。いつものようにアンコールはなかった(おそらくは、最後の2曲がライヴでよくあるアンコールに相当するのだろう)。野音にやって来た人たちのほとんどがそれをわかっているので、片付けられているステージを名残惜しそうに眺めながらも席を立ち、何人かはしばらくのあいだ席に座ったままライヴの余韻に浸っていた。

 ぼくは、自分にとってこの野音で見るライヴは、坂本慎太郎が最後になるかもしれないなと思った。だとしたら、ぼくにとっては、これほどそれに相応しいライヴもないかもしれなかった。完全に別世界が演出されるホールやライヴハウスでのライヴと違って、野音でのライヴは周囲の景色——高層ビルやらなんやら——が否応なしに視界のどこかに入ってくる。自分がいま暮らしている街のなかで聴いているんだなという意識をどこかに保持しながらその音楽に集中するという感覚はここでしか味わえないものだ。坂本慎太郎の音楽は、決してなにか思想を強制するものではないが、この生きづらい街で生きていくうえでの心持ちの調整を助けてくれる。この晩の、「今日めざめて君はそう決めた」を聴いて勇気づけられた人だって少なくないだろう。

野田努