「MAN ON MAN」と一致するもの

R.I.P. Roy Ayers - ele-king

 クラブ・ミュージックを聴く者にとってジャズ・ミュージシャンと聞いて真っ先に思い浮かぶのは、マイルス・デイヴィスでもジョン・コルトレーンでもなく、ロイ・エアーズだろう。それほどロイ・エアーズはクラブ・ミュージックと切っても切れないほど縁が深く、愛されてきたミュージシャンである。そんなロイ・エアーズが去る3月4日に亡くなった。長い闘病生活の末にニューヨークで家族に看取られて亡くなったそうで、享年84歳。2019年にブルーノートでライヴをおこなったのが最後の来日公演となったが、そのときは78歳ながら元気な姿を見せてくれていた。また、2020年にはエイドリアン・ヤングとアリ・シャヒード・ムハマドの『Jazz Is Dead』に参加し、その後も長く続くプロジェクトのきっかけにもなっていた。こうして現役の第一線で活躍していた彼がいつ頃から闘病生活を送っていたのかはよくわからないが、80歳くらいまでヴァイタリティに満ちた音楽生活を送れたのは彼にとって幸せなことだったろう。長く、そして濃密な音楽人生だった。

 ロイ・エアーズは1940年9月10日にロサンゼルスで生まれた。5歳のときにジャズ・ヴィブラフォンの祖であるライオネル・ハンプトンからマレットをプレゼントされ、ジャズ・ヴァイブ奏者の道を志す。1963年にピアニストのジャック・ウィルソンのグループでレコーディングをスタートし、そこでヴィブラフォン演奏の土台を築く。当時の西海岸はウェスト・コースト・ジャズの全盛期で、そうした中で自身のデビュー・アルバムとなる『West Coast Vibes』も同年にリリース。ジャック・ウィルソンが全面協力したこのアルバムは、“Out Of Sight” や “Ricardo’s Dilemma” という素晴らしいモーダル・ジャズを収録する。後年のユビキティ時代とは異なるロイのクールな魅力が詰まったアルバムだ。
 その後ニューヨークに移住し、フルート奏者のハービー・マンのバンドに加入。そして、マンが契約する〈アトランティック〉から1967年にリーダー・アルバムの『Virgo Vibes』を発表。チャールズ・トリヴァー、ジョー・ヘンダーソン、レジー・ワークマンらが参加したこのアルバムは、モードや新主流派といった1960年代のメインストリーム・ジャズの流れを汲むもので、こうした路線でハービー・ハンコック、ロン・カーターらと共演した『Stoned Soul Picnic』(1968年)、『Daddy Bug』(1969年)をリリースしていく。また、マンのグループで初来日した折、マン監修のもとカルテット編成で日本録音となるアルバムも発表している(ロイは日本のレコード会社と縁が深く、ユビキティ時代にも日本盤オンリーの『Live At The Montreux Jazz Festival』をリリースしている)。

 こうして正統的なジャズの道を進んできたロイだが、〈ポリドール〉へ移籍した1970年にジャズ・ファンクへ方向転換した『Ubiquity』をリリース。以後、このアルバムからグループ名をとったユビキティを率い、『He’s Coming』(1972年)、『Virgo Red』(1973年)、『Red Black & Green』(1973年)、『Change Up The Groove』(1974年)などをリリースしていく。ユビキティの屋台骨を担ったのは鍵盤奏者でアレンジャーのハリー・ウィテカーで、後にブラック・ルネッサンスのプロジェクトを興したことでも知られる人物だ。ほかにもフィリップ・ウー、エドウィン・バードソング、フスト・アルマリオ、ジェイムズ・メイソンなど多くのミュージシャンが参加し、またアルバムによってディー・ディー・ブリッジウォーター、シルヴィア・ストリップリンらのシンガーも擁していて、ロイは彼らをまとめるトータル・プロデューサー的な立ち位置であった。ユビキティではヴィブラフォン以外に鍵盤も演奏し、歌も歌うロイだが、自分が前面に出るよりもこうした仲間のミュージシャンたちをサポートし、バンド全体で音を聴かせる方向性を持っていた。

 モス・デフやケンドリック・ラマーらのサンプリング・ソースとして有名な『He’s Coming』の“We Live In Brooklyn Baby”に代表されるように、ユビキティ初期は硬質でアブストラクトなムードの漂う作品が印象的だったが、1975年の『A Tear To Smile』あたりからはグルーヴ感に富むダンサブルな楽曲が増えていく。ちなみにこのアルバムに収録された “2000 Black” は4ヒーローのディーゴがレーベル名にしたほどで、後世のアーティストにロイがいかに多大な影響を与えていたかを示している。
 一方、『Mystic Voyage』(1975年)や『Everybody Loves The Sunshine』(1976年)にはメロディアスでゆったりとしたミドル~スロー・テンポの曲があり、後にメロウ・グルーヴと称される。時代的にはディスコが始まった頃で、ロイはいちはやくそうした要素を取り入れるなど、時代を読む嗅覚にも長けていた。ユビキティ最終作となった『Lifeline』(1977年)の “Running Away” はガラージ・クラシックでハウス系DJのバイブルでもあるし(同時にア・トライブ・コールド・クエストやコモンらのサンプリング・ソースとしても有名)、ソロ名義の『You Send Me』(1978年)の “Can’t You See Me” や “Get On Up, Get On Down”、『Fever』(1979年)の “Love Will Bring Us Back Together” はブギー・クラシックとして、後年になっても長く聴かれ繋がれる。
 『Let’s Do It』(1978年)の“Sweet Tears”(『He’s Coming』収録曲の再演)は後にニューヨリカン・ソウルで自身も参加してカヴァーする。マスターズ・アット・ワークとは縁が深く、『Feeling Good』(1982年)の “Our Time Is Coming” も後年に彼らとコラボしてセルフ・カヴァーしている。ヒップホップ、ハウス、クラブ・ジャズ、レア・グルーヴなど、あらゆる方向のDJやクラブ・ミュージック・ラヴァーからリスペクトされたロイ・エアーズである。

1960年代、1970年代、1980年代と時代によって音楽性を変化させたロイだが、それは好奇心や探求心が旺盛だったことの表れでもある。1979年にアフリカ・ツアーをした際に前座を務めたフェラ・クティと意気投合し、『Music Of Many Colors』を制作する。1981年に『Africa, Center Of The World』をリリースするが、これはフェラ・クティとボブ・マーリーに捧げたもの。1983年の『Lots Of Love』収録の “Black Family” もフェラ・クティとの共演からインスパイアされたもので、アフロビートにラップ調のヴォーカルを乗せたスタイルという具合に、アフロビートやレゲエを柔軟に取り入れた時代もあった。

 ロイの功績としては、自身のレーベルある〈ウノ・メロディック〉を運営し、自分の作品以外にも様々なアーティストを世に送り出したことも挙げられる。シルヴィア・ストリップリン、エイティーズ・レディーズ、フスト・アルマリオ、エセル・ビティらが〈ウノ・メロディック〉出身で、“Daylight” やロイの “Everybody Loves The Sunshine” のカヴァーで知られるランプも彼のプロデュースによるものだ。後輩や後進に対して広く道筋を付けてくれたアーティストであり、前述のニューヨリカン・ソウル(マスターズ・アット・ワーク)やエイドリアン・ヤング&アリ・シャヒード・ムハマドとのコラボなどはその表れと言える。日本においてもクロマニョンが “Midnight Magic” という曲で共演するなど、ロイをリスペクトして共演やコラボする例は世界中に広がった。ロイはそうした申し出を快く引き受けてくれる懐の深い人物であり、多くの人から愛されたミュージシャンだった。

Horsegirl - ele-king

 2018年あるいは19年、パンデミックが世界の様式を変える前にギター・バンドがクールなものだと再び知らしめた若者たちの熱は世界中に広がり、そうして発展していった。サウスロンドン・ウィンドミルでのインディ・シーンは言うまでもなく、アミル・アンド・ザ・スニッファーズを生んだメルボルンでもトゥワインやデリヴァリーなどエネルギーを感じるバンドが出てきているし、シカゴにはなんといってもハロガロのコミュニティがある。ノイ!の名曲 “Hallogallo” からその名を取ったというシカゴの10代の若者カイ・スレイターのジンの初号が出たのが21年のこと(80年代のパンクのジンに影響を受けたこのジンはタイプライターで書かれている)。ハロガロのホームページには「YOUTH REVOLUTION NOW」の素晴らしい文字が踊る。このカイ・スレイターがやっているプロジェクトが〈K RECORDS〉からアルバムが出る60年代のサイケ・ポップに影響を受けたようなシャープ・ピンズであり、所属しているバンドがティーンビートを体現したライフガードだ。ライフガードにはホースガールのペネロペ・ローウェンスタインの弟のアイザックがいて、ホースガールの最初のシングルを録音したのが少し年上のフリコのニコ・カペタンであって……とどんどんその輪が広がっていく。もともとはハロガロ・キッズと称する趣味の合う遊び仲間で友情を育みそれぞれに音楽を作っていたのだというが、パンデミックを挟みそれが理想的に大きくなった。ジンを作りTシャツを作りイベントを開催し、ビデオを撮り、ヴィジュアルを決める。音楽とそれ以外のものが結びついたDIY精神でのつながり、シカゴで、世界中で、音楽が好きな若者たちが自分の居場所があると感じられるコミュニティを作りたい、そうした思いがあったのだと彼らは言う。

 ホースガールはそんなコミュニティのなかで育まれそれぞれの感性を磨いていった。ギターとヴォーカルのノラ・チェンとペネロペ・ローウェンスタイン、そしてドラムのジジ・リースからなる3ピース・バンド、ペネロペの家の地下室で練習しソニック・ユースやクリーナーズ・フロム・ヴィーナスに憧れた音楽を奏でる。そうしてこの仲間内のクールなバンドが〈マタドール〉と契約し、DIY精神を持ったままで大きな場所に進出していったのだ。どうしたってそこに理想的なインディ・バンドのストーリーを夢見てしまうものだが、ホースガールはその期待に見事応えて見せてくれた。10代の高校生活のレコードだったと自ら評する1stアルバム『Versions of Modern Performance』は80年代や90年代のオルタナ・バンドへの愛に溢れていて、それが時を経た20年代の新しいギター・ミュージックとして提示され多くのインディ・ロック・ファンに受け入れられた。小さな場所で鳴らされる大きな音、そこにはユース・カルチャーのなかにある音楽の根源的な魅力が詰まっていたように僕には思えた。

 そうして25年の2ndアルバム『Phonetics On and On』でもってホースガールは第2章に入った。大学に進学するためにニューヨークでの暮らしが始まり、新たな街での生活のなかで音楽が生まれる。さりとてシカゴの街は思い出のなかの場所ではなく頻繁に帰る繋がりのある場所で、実際にこの2ndアルバムも24年の冬にシカゴで録音されたものだ。シカゴの伝説的なバンド、ウィルコのアルバムを手がけたケイト・ル・ボンのプロデュースのもと、ウィルコのスタジオ The Loft で作られたこの音楽は1stアルバムの延長線上にありながら耳に入ってくる音の感じが明らかに違う。ディストーションで歪められたギターの音はシンプルなものに置き換えられて、ソニック・ユースというよりはヴェルヴェット・アンダーグラウンドが頭に浮かぶようなものになった。あるいはヤング・マーブル・ジャイアンツのようなスカスカの音の隙間に存在の魔法を浮かべせるようなそんなバンドになったのだ。余計なものをそぎ落としたなんて表現はしっくりこない。なぜなら最初から足されてなどいないからだ。必要十分というのも違う。どうしてかと言うとこの音数の少ない乾いた空間のなかにしか存在しないエネルギーがあるからだ。プロデュースを務めたケイト・ル・ボンは「無理に形を崩すことはない。洗練させようとしてもあなたたち3人がやったら自然とそうなるのだから」と言ったというがそれはまさに的を射ているように感じられる。僕はここにストロークスの『Is This It』を重ねてしまう。そう、これこそがそれなのだ。過去の黄金がこれ以上ないような形でモダンに提示される。繰り返されるリフに繰り返されるギター・ミュージックの歴史、その繰り返しの違いのなかにこそロックンロールの熱が生まれる。

 モダン・ラヴァーズの “Roadrunner” を思わせる “Where’d You Go?” で始まり素晴らしいコーラス・ワークを持つ “Rock City” を経由して遠くに向かうこのアルバムは1stアルバムとは違った種類の感動を届けてくれる。ホースガールのこれからの時間の中で素晴らしいアンセムになる可能性を持った “Julie” あるいは “2468”、“Switch Over”、“Sport Meets Sound” エトセトラ、エトセトラ、アルバムのほとんどの曲で聞かれる「ドゥドゥドゥ」「ダッダダッダダッタ」のような言葉にならない言葉がギターの上でリズムを生み出し心を躍らせる。それはいにしえから続くポップ・ミュージックの呪法とも言えるようなもので、それこそがこのアルバムをより一層魅力的にしているものだ。シンプルな、それでいて奥行きのある音と言葉の間の響き、それはまさにこのアルバムのギターのようにとどろき、合わさり、この音楽に魔法をかける。

 ホースガールはこの2ndアルバムで本当に素晴らしい場所に行ったのだと思う。シカゴのDIYコミュニティの精神を持ったまま、その外側の空気を吸って、内向きになりすぎないポップで実験的な音楽を作り上げた。それはまさにインディ・ミュージックの理想だ。そうしてきっとここに続く若者たちがまた現れるのだろう。その繰り返しのなかにこそ黄金は存在し、歴史はそうやって形作られていく。

interview with Acidclank (Yota Mori) - ele-king

 一心不乱にモジュラー・シンセを操作しながら身体を揺らすひとりの若者の姿──それが最初に観たAcidclankの動画だった。随所にグリッチやドリルンベースっぽい要素が挿入されるそのインプロヴィゼイションを耳にし、これはロレイン・ジェイムズやイグルーゴーストといった今日におけるエレクトロニック・ミュージックの牽引者たちと並べて語るべき新世代かもしれない──そんな話が編集部では浮上した。
 たしかに、間違ってはいない。けれどもAcidclankのバックグラウンドはその先入見を超えたところに存在していた。旧作を遡って聴いていくと、随所でギターが小さくはない役割を果たしている。そもそも音楽に目覚めたきっかけは、父親のギターを触ったことだったという。Acidclank自体、もともとはバンドだった。なるほど、シューゲイズやマッドチェスターの恍惚を頼りにエレクトロニック・ミュージックの深き森を分け入っていった結果、モジュラー・シンセと出会うことになった、と。

 2月にCDでリリースされ、3月5日にLPが発売される通算6枚目のアルバムは『In Dissolve』と題されている。溶解中。あるいは、溶解して。ブックレットにはAcidclankことYota Mori当人がつづった英文が記されている。「境界が曖昧になり、どこからどこまでが “自分” なのかわからなくなる/天井から滴が落ちる。それは雨なのか、それとも自分が溶けていく音なのか/確かめる術はない」
 コンセプトはずばり、トランスだ。むろんそれは音楽スタイルのことではなくて、ある種の体験、意識の変容を指している。面白いのは、そんなトランス状態に達するための道筋はけしてひとつではないということを、このアルバムが身をもって実践している点だろう。新作にはガムランもあればぶりぶりのアシッド・サウンドもあるし、ドラムンベースもジョニー・マー風ギターもダブステップも含まれている。個人的に唸らされたのは “Mantra” で、かそけきダブ・テクノをバックに親しみやすいアコースティック・ギターとスーパーカーからの影響が色濃くにじんだヴォーカルが浮遊していくさまには舌を巻かざるをえなかった。こんな組み合わせがありえたのか、と。
 屋号からしてサイケデリックなこのトラックメイカー/シンガー・ソングライターはいったいどんな音楽遍歴をたどってきたのか? きたる3月7日にはCIRCUS Tokyoでリリース・パーティを控えるYota Mori。その背景を探ってみようではないか。

世代ではないんですけど、SUPERCARはめちゃくちゃ聴いてましたね。

新作は「トランス」がコンセプトだそうですね。

MORI:「アシッドクランク」という名前のとおり、サイケデリックな音楽表現をやりたいという想いが最初からありました。これまでのアルバムでも「サイケデリック」や「トランス」的なものをテーマにしていて。ただ今回はそれをより前面に押し出して、よりコンセプチュアルにつくったという感じですね。

アシッドクランクはバンドだった時期もあるんですよね。

MORI:アシッドクランクをはじめたのが大学2年か3年のころで、当初はサウンドクラウドに曲を上げて反応を見るみたいなところからスタートしました。そうしたことをしばらくやっているうちに自分の曲をバンド・セットでもやってみたくなって、メンバーを集めたんです。いまでこそモジュラー・シンセサイザーを使っていますけど、そのときは僕を含めて4人編成のギター・ロック・バンドで、UKのロックやオルタナティヴ・ロックから影響を受けたサウンドでした。その後〈3P3B〉というレーベルに声をかけてもらってセカンド・アルバム『Addiction』を出すことになって。

それが何年ですか?

MORI:2018年ですね。このときはCDとLPだったんですが、全国流通盤としてアルバムをリリースしたのはそれが最初でした。それ以前はバンドキャンプで宅録のアルバムを出していて、なのでバンドとして初めて出したアルバムが『Addiction』ですね。その後あらためて宅録のソロ・プロジェクトに戻って、いまのアシッドクランクになります。

ソロ・プロジェクトに戻そうと思ったのはなぜです?

MORI:やっぱりバンドの枠組みのなかでは自分のやれることが制限されてきたなっていう思いがあって。それで一度解散しました。といってもメンバー間で衝突したというわけではなく。レーベルのリリースがバンド主体だったこともあって、バンド・サウンド的なものをもとめられていたんですね。でもそれ以外にもやりたいことがあった。なので、初心に立ち返って自由にやりたいということで、名前はそのままにソロ・プロジェクトに戻したんです。それが現在までつづいている感じですね。

なるほど、ではバンドとして出したのは『Addiction』だけなんですね。

MORI:そうです。その後〈Ano(t)raks〉というネット・レーベルからサード・アルバム『Apache Sound』を出したり、セルフ・リリースでフォース・アルバム『Vivid』をバンドキャンプ経由で出したりと、ソロに戻ってからはけっこう自由にやっていましたね。

最初に音楽に目覚めたのはいつごろですか?

MORI:本格的に音楽を聴きはじめたのは高校からです。といっても当時リアルタイムで流行していた音楽より、昔の音楽を聴き漁っていた感じで。家に置いてあった父親のアコースティック・ギターを触ったのがきっかけでした。最初は父親が好きなフォーク・ソングの弾き語りをしたり、エリック・クラプトンのMTVアンプラグドのライヴ映像を観たりしていて、フィンガーでブルースを弾いたりとか、アコギばっかり弾いてましたね。その延長でオアシスとかを聴きはじめて、という流れです。

やはりギターの存在は大きかったんでしょうか。サード以降のソロ作でもけっこうギターの存在感がありますよね。

MORI:原体験というか。やっぱり音楽をはじめたきっかけだったので。いまでも音源にはよく入れますね。

プログレッシヴ・ロックって、アルバム1枚をとおして聴く前提のフォーマットになってることが多いじゃないですか。だから今回のアルバムもそういうふうにつくったつもりです。

音楽を自分でやるようになって、同時代でピンときた作品やアーティストはいましたか?

MORI:あまりリアルタイムの音楽を聴くということをしていないんです。当時はオアシスから遡るというか……日本のバンドでいうと、その世代ではないんですけど、SUPERCARはめちゃくちゃ聴いてましたね。

やはりそうですよね。節々からSUPERCARの影響が感じられるなと思って、お尋ねしようと思っていました。聴きはじめたときはすでに解散していたと思うんですが、どんなふうに出会ったんでしょう?

MORI:高校生のとき、ぜんぜん友だちがいなくて(笑)。ずっと家で音楽を聴いてるか、ギター弾いてるかだったんです。その時点でもうユーチューブはあったので、それで聴きはじめましたね。

シューゲイズのバンドより先に、SUPERCARと出会って。

MORI:そうですね。SUPERCARが先ですね。シューゲイズだと、やっぱりマイ・ブラッディ・ヴァレンタインは好きですが、ティーンエイジ・フィルムスターというバンドがとくに好きで。そういうマッドチェスター的な要素が入ったバンドが好きですね。ライドとか。大きな音でフィードバック・ノイズを聴いていると、やっぱりちょっとトランシーな感覚になるというか、そういう部分はアシッドクランクでも表現したいと思っています。それでライヴでもかなりシューゲイズ寄りの曲をやってますね。

ロックだとほかにはどういうものが好きだったんでしょうか?

MORI:プログレをめちゃくちゃ聴いていましたね。大学生のころ、カケハシ・レコードっていうレコード屋でいっぱい買ってました。最初はピンク・フロイドやキング・クリムゾンから入って、ソフト・マシーンだったりジェントル・ジャイアントだったり、本当にいろいろ聴き漁りましたね。プログレッシヴ・ロックって、アルバム1枚をとおして聴く前提のフォーマットになってることが多いじゃないですか。だから今回のアルバムもそういうふうにつくったつもりです。前半はA面として聴いてほしいし、後半はB面として聴いてほしくて。けっこうプログレっぽいアルバムにしようとは今回考えましたね。

もともとは大阪で活動されていたんですよね。上京したのが2023年で。

MORI:はい。引っ越してきたタイミングがちょうどフジロックのレッドマーキーに出演したあとで。そのとき年齢的にも30手前だったということもあって、大阪でやってた仕事を辞めて、音楽だけでやってみようっていうモチベーションで東京に来ました。

上京前は大阪のなにかしらのシーンと接点があったんでしょうか?

MORI:大阪はけっこう洋楽志向っぽいインディというか、アシッドクランクに似た系統のバンドもわりといましたね。ただそっちはいわゆるオルタナな感じというか、アシッドクランクはダンス・ミュージックの要素もあるので、シーンに溶けこめていたかというと、あまりそうではなかったような気がします。

最初に観たアシッドクランクの動画がモジュラー・シンセのものだったので、完全にその先入見でとらえてしまっていたんですが、過去作を遡っていくと、けっこうギター・サウンドだなと新鮮な体験でした。

MORI:原体験がオアシスなので。

メロディがキャッチーなのにも、そうした原体験が影響しているんでしょうか。

MORI:そうですね。メロディは作曲の過程でも大事にしていて、どれほどアヴァンギャルドなトラックだろうともメロディはきれいにしようと心がけています。それは、エイフェックス・ツインの影響もありますね。彼も激しいドラムンベースにきれいなメロディを載せたり、すごくきれいなピアノの曲をつくったりしますよね。エイフェックス・ツインでいちばん好きなのは『Drukqs』なんですが、そうした影響は大きいと思います。

モジュラー・シンセに関心が向かったのはいつで、なぜそうなったのですか?

MORI:はじめたのはコロナ禍の最中でしたね。時間とお金に余裕ができて。ただ興味をもったのはそれ以前で、フォー・テットがDJセットの脇にモジュラーを置いているのを見たときでした。それで自分の制作のとき横に置いておきたいなと思って買ったんです。そこから集めはじめて現在に至る感じです。やっぱりダンス・ミュージックの表現をやっていくうえで、ギターだと表現できないこともあって。でもだからといってMacbookを置いてライヴするのもちがうなと感じていたので、いいツールに出会えたと思っています。それでライヴでも使うようになりましたね。

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エレクトロニックな音楽もシューゲイズも、ループするフレーズを大音量で聴いていると自分の感覚が溶けていく感じというか、そういうある種のトランス状態に誘われるという点ではおなじなのかなと。

過去作をたどると、『Vivid』から音響が変わって、エレクトロニックがメインになった感じなのかなと思ったのですが。

MORI:まさに『Vivid』からですね。積極的にアナログ・シンセをとりいれはじめて。ギター・ロックはもうけっこうやってきたので、いま関心が高いのはダンス・ミュージックですね。新作にもバンド・サウンドは入ってるんですけど、関心はダンスのほうが高いかな。

ダンス・ミュージックだとどういうものがお好きなんですか?

MORI:エイフェックス・ツインとかスクエアプッシャーとか〈Warp〉系がいちばん好きですね。ボーズ・オブ・カナダもめちゃくちゃ好きですし。あとは、フォークトロニカの音響も好きですね。エレクトロニックな音楽もシューゲイズも、ループするフレーズを大音量で聴いていると自分の感覚が溶けていく感じというか、そういうある種のトランス状態に誘われるという点ではおなじなのかなと。そういうところにじぶんは惹かれるんだろうなと思います。

新作の最後の曲は、途中からレコードのパチパチ音が入ってきて、ダブステップのビートになっていきます。これは、ベリアルですよね?

MORI:ですね(笑)。ベリアルと、あとマウント・キンビーからも影響を受けているんですが、そのあたりの耳にいい音響の感じは意識していますね。そういうところでリスナーに気持ちよくなってほしいという思いでつくりました。

音響はアルバムを出すごとに洗練されていっている印象を受けました。濁らせるというよりはきれいな方向に向かっているというか。

MORI:どちらも好きなんですけど、今回はハイファイな方向に振り切った感じですね。ごりごりのノイズはライヴで表現したいので、音源は音源できれいなほうに振り切ろうと思ってミックスもやりました。

新作は1曲1曲タイプがちがっていて、いろんなスタイルを1枚に詰めこんだ雑食的なアルバムになっています。

MORI:これまでもいろんなジャンルを入れてはきたんですが、今作はよりコンセプチュアルにまとめています。ひとつのおなじテーマでアルバムをつくったのは今回が初めてなんです。そういう点ではまとまりはできているかなと。

1曲目はガムランで。

MORI:ですね。ただあれは、サンプルも入ってはいるんですが、基本的にはモジュラー・シンセでつくった音なんです。物理モデリングっていう。モジュラーを使いだしてからアナログ・シンセでそういう音を出せるということを知って、いつかやってみたいと思っていたので、今回ようやくという感じです。

インドネシアの音楽を研究したというわけではなく。

MORI:そっち方面の音楽もけっこう好きではあります。じつは幼いころ、マレーシアに住んでいたんですよ。父親の仕事の関係で、幼稚園〜小学生のころ、4年くらい暮らしていました。そのとき東南アジアのいろんなところに連れていってもらったりもして、そういう音楽も知らず知らずのうちに聴いていたし、いまでも好きなので、今回自然にとりいれられたのかもしれないです。

新作は「トランス状態の追体験」がテーマですが、サイケデリックな音楽でいちばんやばいと思った音楽はなんでしたか?

MORI:マニュエル・ゲッチングの『Inventions For Electric Guitar』(1975)ですね。ずっとミュート・ギターが左右で鳴っていて、あれはすごかったです。

トランスへの欲望には、現実がいやだというような思いもあったりするんでしょうか?

MORI:とくにそういうわけではないんですけど、せっかくアルバムを聴いてもらえるんだったらやっぱり非日常的な体験をしてもらいたいなと。

新作でいちばん苦労した曲はどれでしたか?

MORI:曲単体というよりは、流れを考えるのがすごく大変でしたね。A面は全部BPM120で揃えてシームレスにつなげてるんですけど、LPを出すことが決まっていたので、最初からそういう構想はしていました。だから流れをどうしようか、シームレスに聴けるかどうかっていうところに最後まで悩みましたね。

最近のエレクトロニック系の音楽で気にいっているミュージシャンはいますか?

MORI:バーカー(Barker)ですかね。リズム・パートが鳴っていなくてミニマルなコードが鳴っているような。ロレンツォ・センニとか、あまりビートが入っていない、ウワモノだけでつくっているようなのが好きですね。

新作にはダブ・テクノも入っていますよね。

MORI:そこらへんもすごく好きですね。

“Mantra” はトラックはミニマル・ダブなのに、ギターも鳴っていて、メロディラインはSUPERCAR風で、おもしろい組みあわせだなと思いました。

MORI:そういえばあの曲はけっこう大変だったかもしれない。「どんな曲になるんやろ?」って、最後まであまりイメージが固まらずつくっていたおぼえがあります。後ろでぽこぽこなっているのはぜんぶリゾネーターのシンセなんですが、そこにギターを重ねてつくりましたね。

しかもそれにつづくのがドラムンベースで。ほんとうにタイプのちがう曲が1枚に詰めこまれていますよね。

MORI:ライヴのソロ・セットはけっこうそっち寄りなんですよ。3月7日のリリース・パーティではバンド・セットとソロ・セット、どちらも披露します。

サポートの中尾憲太郎さんとはどういう経緯で?

MORI:中尾さんは、モジュラー・シンセ友だちみたいな感じで。中尾さんもソロで4つ打ちのダンス・ミュージックをやっているんですけど、そういうイベントで知りあって、その流れでサポートもやってもらうことになりました。モジュラー・シンセって、自分のやりたいことが見えてないとどんどん深みにハマっていくんですけど、自分のソロ・セットはここ1年くらいでどういう音楽をやりたいのかっていうのが見えてきましたね。

最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。

MORI:アルバムを一度通しで聴いてほしい、それだけに集中して聴いてみてほしい、というのはありますね。たとえば部屋を真っ暗にして、スピーカーに向かって通しで聴いてみてほしいというか。そういう思いはありますね。そのうえで、ぜひ一度ライヴにも来てほしいなと思っています。アシッドクランクで表現したいことって、ライヴを体験してもらって初めてわかってもらえるのかなとも思っていて。大きな音で、ウーファーの揺れとか含めてトランス体験ができるはずです。

[リリース情報]
Acidclank
ALBUM
『In Dissolve』
2025.02.05 [CD] / 03.05 [VINYL]
PCD-25459 / PLP-7534
定価:¥2,750(税抜¥2,500) / ¥4,500(税抜¥4,091)
Label:P-VINE
※linkfire:https://p-vine.lnk.to/32QIyc

Tracklist:
1. Enigma
2. Hide Your Navel
3. Hallucination
4. Radiance
5. Mantra
6. Remember Me
7. Out Of View
8. Grounding

[リリースイベント情報]
Acidclank 「In Dissolve」 Release Party
『acidplex (dissolution)』

日時:2025年3月7日(金)
OPEN / START:18:00 / 18:30
会場:東京・渋谷 CIRCUS Tokyo
LIVE:Acidclank
GUEST:Big Animal Theory
Ticket:
pia https://w.pia.jp/t/acidclank-t/

Acidclank:
@ACIDCLANK
@y0ta1993
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Satomimagae - ele-king

 彼女の紡ぐ静謐さは特別な空気に包まれている。東京のシンガー・ソングライター、サトミマガエの新作がおなじみの〈RVNG Intl.〉からリリースされる。2021年の『Hanazono』以来となるアルバムで、『Taba』と題されたそれは4月25日に発売、日本独自でCD盤も出るとのこと。プレスによれば、「個人と集団、構築的なものと宇宙的なもの、明瞭なものと感じられるものの間を鮮やかにつない」だ作品に仕上がっているようだ。現在、収録曲 “Many” のMVが公開中です。

Rainbow Disco Club 2025 - ele-king

 エレクトロニック・ミュージック/ダンス・ミュージックのリスナーから絶大な信頼を得ている〈Rainbow Disco Club〉、16周年を迎える今年は、4月18日(金)、19日(土)、20日(日)の3日間、いつもの静岡県東伊豆クロスカントリーコースで開催される。今年は、UKクラブ・ジャズの立役者ジャイルス・ピーターソン、シカゴ・ハウスのレジェンドのロン・トレント、〈ハイパーダブ〉のコード9新世代ディープ・ハウスを代表するChaos In The CBDほか、全18組の豪華メンツ。また、DJ Nobuがキュレートする「Red Bull Stage」の2日間の注目。
 以下、オーガナイザーの土谷正洋氏に訊いてみました。

あらためてRDCのコンセプトを話してください。

RDC:Beyond Space And Timeをコンセプトにしています

企画していくうえで、今回、とくに意識したことは何でしょうか?

RDC:15周年を終えて、会場は同じながらも出演者の部分は新しくもあり、かつRDCらしさを考えてブッキングしました。

今回、RDCとしてあらたな挑戦があったら教えてください。

RDC:こちらもブッキングについてですが、ずっと2日目のRDC StageのトリをDJ NobuのB2B企画を2016年から行ってきましたが、今年はDJ Nobu Curatesとして深夜のRed Bull Stageで行うところは新たな挑戦と言えると思います。

 とにかく、最高のロケーションと最高の音楽が最高のヴァイブを創出することでしょう。行かれる方はぜひ、地元の金目鯛を食べてください。

Rainbow Disco Club 2025
日時: 2025年4月18日(金)9:00開場∕12:00開演〜4月20日(日)19:00終演
会場: 東伊豆クロスカントリーコース特設ステージ(静岡県)

出演(AtoZ):
〈RDC STAGE〉
Antal
Chaos In The CBD
Dita & Gero
Eris Drew & Octo Octa
Gilles Peterson (5-hour set)
Kikiorix
Kuniyuki & Xiaolin (live)
Ouissam
Palms Trax
Ron Trent
Sisi
Sound Metaphors DJs

〈RED BULL STAGE〉
DJ Nobu b2b Batu
Fullhouse
Kode9、Logic1000、Verraco、Woody92

〈VISUAL〉
REALROCKDESIGN C.O.L.O
KOZEE
VJ MANAMI

〈LASER & LIGHTING〉
YAMACHANG

オフィシャルサイト:
http://www.rainbowdiscoclub.com

Sonoko Inoue - ele-king

 昨年リリースされたアルバム『ほころび』が話題を呼び、第17回CDショップ大賞2025入賞を果たしたシンガー・ソングライターの井上園子。その最新ライヴ映像が公開されている。
 今月3日、青山の「月見ル君想フ」でおこなわれたパフォーマンスで、ギターに長尾豪大(ModernOld)、ベースに大澤逸人、ドラムにgnkosaiを迎えたバンド編成での演奏だ。弾き語りスタイルが印象的だったアルバムとはうってかわり、「ブルーグラスであれば何でも好き」と主張する彼女のまた新たな一面を垣間見させてくれる映像といえよう。
 3月から4月には大阪・京都・兵庫、愛媛、神奈川~東京での公演が控えているので、お近くの方はぜひ。3月19日には『ほころび』のLPもリリースされます。

interview with Squid - ele-king

 私自身は2010年代後半から隆盛を極めていったサウス・ロンドン周辺のインディ・シーンを筆頭としたUKバーニングに心底興奮し、その音楽の熱をリアルタイムで伝えようと活動したインディ・ロックDJだ。2018年にフォンテインズD.C.の “Hurricane Laughter” を初めてDJでかけたときに当時は認知度が低い中でも生まれたフロアの熱々とした反応は、これから凄いことが起きそうな予感を確信に変えてくれたが、そんな私にとっても、2021年は景色が大きく変わった特別な年だったように思う。頭角を現すアーティストの積極的な折衷性によりサウンド・ヴァリエーションが格段に増え、ポスト・パンクだけのシーンだと捉えることは完全にナンセンスとなり、この界隈の音楽にアクセスする人も多方面から増えたと実感したタイミングだ。そして、この年の希望の象徴として、並べて語られていたのがブラック・カントリー、ニュー・ロードブラック・ミディ、そしてスクイッドだ。この3組はもちろんそれぞれに特徴は違えど、ジャズやクラシック、民族音楽なども含めた積極的な折衷性という共通項を持ち、この年のチャート・アクションでも結果を残した。しかし、ブラック・カントリー、ニュー・ロードは2022年にフロントマンが脱退し、ブラック・ミディは2024年に解散した。それはひとつの転機のようにも感じられたが、しかしスクイッドは留まることのない創作意欲で、自由で実験的なアプローチを保ちながら、新たな音楽の地平を切り拓く。彼らは自身を「イギリスの音楽シーンの一部ではない」と語り、2021年のメンバーのままで進化を続けている。

 そんなスクイッドが3rdアルバム『Cowards』を2025年2月にリリースした。1曲目の “Crispy Skin” を聴けば、眠りから目を開いた瞬間の、眩い太陽を猛烈に覚えるような「アカルイ」音の風景に出会う。これまでの2作品では、火薬庫を積んだ緻密な演奏がもたらす緊張感や迫力に圧倒されるような印象が強かったが、キーボードのアーサーが「前作よりもずっとカラフルで鮮やかなレコード」と説明するように、おとぎ話の世界にリスナーを迷い込ませるような物語性や幻想さをまとった印象が強いサウンドになったように感じる。それは、作品全編を通してストリングスが前面に出たことやローザ・ブルック、トニー・ニョク、クラリッサ・コネリーによるコーラスが加わったことも大きく影響していると思うが、ときに煌びやかでときに壮大でときにエキゾチックな彼らの新しい音がリスナーを心地よくその世界に迎え入れているようだ。一方で、この作品で歌われているテーマは「悪」だという。

 「悪」とは、ときに境界が曖昧な言葉ともなる。今日の世界で起きている「正義」を大義名分とした暴力は言うまでもなく、身近なもの、自分自身についてはどうだろうか? 狂気に満ちた世界で、自分自身はどのように生きていけるのか。「アカルイ」音の中で繰り広げられる「悪」への考察。「何が人間を悪人たらしめるのか」という視点があったとギターのルイは言う。音楽版『ミッドサマー』とも言いたくなるほど、青空に包まれるような聴き心地の中で、人肉を日常的に食べる人間、友好的な殺人犯観光客、現代社会に紛れ込んだクロマニヨン人、14階の高層階から飛び降りるアンディ・ウォーホルのフォロワーなどに出会うだろう。ぜひ、短編小説を読み解くように、社会や自分自身の状況について当てはめるように聴くのをオススメしたい。

人間は、しばしば大きな悪の権化に囲まれているように理解されがちだけど、僕たちが面白いと感じたのは小さな悪という考え方なんだ。

今作『Cowards』の作品テーマが「悪」ということで、全体的に人間の根源的な邪悪性であったり、悪なる心に抗えない虚しさや自分自身への憤りみたいなものが描かれた一貫性のある作品だと感じました。こうしたテーマでアルバムを制作しようとしたきっかけは何だったのでしょうか?

ルイス・ボアレス(Louis Borlase、以下LB):このアルバムでは、悪がスペクトラムであるというアイディアについて考えることに興味があったんだ。僕たちはいままで、場所に特化したようなレコードを作ってきたから。でも今回は、(悪がスペクトラムであるというアイディアを)興味深い視点だと感じた。人間、そして、何が人間を悪人たらしめるのか、そして悪人になるためにどのような決断を下さなければならないのかというアイディアが、面白い視点だと感じたんだ。悪をスペクトラムとして捉える考え方は興味深い。なぜなら、いまこの瞬間を生きるのに、日々の生活の中である程度の悪を経験することなしに生きることは不可能だからだ。人間は、しばしば大きな悪の権化に囲まれているように理解されがちだけど、僕たちが面白いと感じたのは小さな悪という考え方なんだ。そのほとんどは、オリー(・ジャッジ/ヴォーカル、ドラムス)や僕たちが読んだ本やフィクションを通して探求している。この種のストーリー・ラインを読むと、悩まされたり、しばしば緊張したり、不気味だったりするんだ。僕たちをうろたえさせるような何か、尻込みさせるような何か……人生で起こっていることは、僕たちが自分自身でそれを背負うか背負わないかのような形で、ただ何とかしてこれらに対処するということ。ある意味では、そのような悪に対して僕たちがつねに考えていたようなやり方で、対応していくということなんだ。 

アーサー・レッドベター(Arthur Leadbetter、以下AL):それは重要なことだ。でも、このレコードを書きはじめるときに、何か意図して書きはじめたわけではないということも言っておきたい。内容やテーマや形式は、書いていく過程で明らかになっていくものだからね。

いまアーサーが答えてくれたのと関連のある質問になりますが、そうしたテーマに反して、サウンドは全体的にポップさや優美さを感じました。サウンドについて、方向性として決めていたものは何かあったのでしょうか? 「悪」というテーマが先にあったのか? サウンドが先にあって、リリックを作っていく中でテーマが「悪」となったのか。

AL:何から最初に手をつけるかはをはっきりさせるのは、おそらく難しいことだと思う。僕たちは、特に議論をすることなく、わりと本能的に、ごく自然に、一緒に音楽を生み出していると言っていいと思う。顔を合わせて、アイディアを出し合って、音楽を創り上げるという作曲のプロセスを通して、誰が歌詞を担当したとしても、音楽と並行して歌詞を書くことで、そのふたつ(歌詞と音楽)が互いに影響し合うんだ。どちらが先ということはない。もちろん、ときにはどちらかが転換することもあるけど、それは自然なプロセスであり、定義づけることはできないんだ。

LB:(大いに同意する)そうだね。『Cowards』では、アルバム全体を通して歌詞のテーマをより深く理解することに僕たちはとても重きを置いていたように思う。たぶん無意識のうちに、音楽が歌詞の暗さや気難しさ、歌詞の意味するすべての要素にマッチしていないように感じていたんだと思う。その代わりに、前作よりもずっとカラフルで鮮やかなレコードを作るという、逆の方向に進んでいることに気づいたんだ。

“Crispy Skin” はカニバリズムについて歌った曲ということで、暴力に対する感覚の麻痺を示したような楽曲だと解釈しています。現在世界で起きている様々な暴力や戦争にも結び付いてきそうですが、この楽曲のテーマとなったアイディアはどこから生まれたのでしょうか?

LB:“Crispy Skin” は『Tender Is The Flesh』という小説〔編注:アルゼンチンの作家アグスティナ・バズテリカの代表作、2017年〕がもとになっているんだけど、その小説では、他の人間を食べて生きていくというカニバリズムが当たり前の、ディストピアの世界が描かれているんだ。この曲の歌詞の要素は、架空のインスピレーションのようなものだと思う。この曲は、無関心というアイディアと、悪に対してそれを非難したり反応したりしないことがいかに簡単なことかというアイディアを見ているようなものなんだ。自分の周りの悪行について、無関心でいることの方がずっと簡単だ、ということなんだけど、より広義な問題は、どうすればその地点に到達できるのか、人生の中で何が起きなければならないのか、その前にどのような意思決定プロセスを経なければならないのかということだ。僕たちは暴力に対して無感覚になっている。この曲は本に基づいてはいるんだけど、このテーマが歌詞のインスピレーションという点で、このアルバムのキーになっているんだ。

8曲目の “Showtime!” について、途中瞑想的なムードがはじまったと思えば、ファミコンのようなゲーム・サウンドだったり、今作でキーになっているストリングスの音だったり、変わった音も含めていろんな音が入り混じり、転調して激しくフィナーレに向かっていく感じがこれぞスクイッドと言いたくなるような真骨頂さ、スクイッド的サウンドを凝縮させたような特に面白い楽曲だと思いました。この楽曲について、制作でのエピソードがあれば教えてください。

AL:曲の前半もしくは3分の1はすぐにでき上がった。この曲はマーゲイト(イギリス南東部の海辺の町)で書いたんだけど、それ以前に僕らが書いた他の曲とはまったくフィーリングが違っていた。僕たちは、この曲の急激な変化を実験しはじめたんだ。それは本当にスタジオでしか作れないものになった。どこで音楽がストップするのか。 テンポをコントロールするのはひとりだ 。僕たちは、プロデューサーがコントロールできるテンポ・クロックを使って、すべてライヴでやったんだけど、曲が進むにつれて、他の人を巻き込んでテンポをコントロールする必要があったんだ。そう、曲がシフトしていくとき、かなりはっきりしたバンドのグルーヴと曲が、突然、完全にバラバラになってしまうんだ。それまで演奏していた楽器、ティンパニがバラバラになり、テンポは完全に遅くなって、曲はまったく新しいものに進化する。これは僕たちが好んで使う手法で、多様な音楽的影響に対する僕たちの幅広い共通の魅力を反映していると思う。

僕らは、自分たちがシーンの一部だとはまったく思っていない。

ポジ(Pozi)のローザ・ブルックが「additional voices」としてクレジットされていることに驚きました。他にも、トニー・ジョク(Tony Njoku)やクラリッサ・コネリーらがコーラス参加していますが、彼らの参加にはどういった経緯があったでしょうか?

LB:トニーとローザと出会ったのは、僕が “Cro-Magnon Man” の歌詞を書いていたときだったと思う。ヴァース・コーラスを取り入れた歌詞のアプローチを模索してみたかったんだ。 というのも、僕らのスタイルは、どこか物語的で、直線的だったから、いつもやっていることとは違うことをやってみたかった。 僕や他のバンド・メンバーが歌う代わりに、他の人間のコーラスを取り上げるというアイディアはとてもエキサイティングだと感じた。バッキング・ヴォーカリストたちを取り入れてそこを誇張させ、彼らにリードを取らせるんだ。トニーとローザはふたりとも僕たちの親友で、彼らが一緒に歌うとき、ふたりの声が異なる声質でもって全く違うヴォーカルの音色へと導き、ヘッドヴォイスで歌うファルセットのヴァージョンを探求することができるんだ。そして、この白人らしいアンドロジナス(androgynous)な声の語りというアイディアは、この曲にとてもふさわしいと感じた。ふたりのことを知っている僕たちにとっては、明らかだけど、レコードを聴いただけでは、誰が中心になって歌っているのか想像がつかない。そう、クリアに歌っているのは誰かを見分けるのは本当に難しいんだ。彼らが参加してくれたのは素晴らしかったし、この種のヴォーカル・マイクロ・アンサンブルのアイディアは、レコード全体でかなり多く使われているんだ。でもクラリッサの場合は、かなり違っていた。というのも、アントン(・ピアソン/ギター)がアルバム最後の曲 “Well Met” の前半の歌詞を書いていたんだけど、誰の声を使うべきなのか、正確にはわからなかった。何人かの人に相談して、アルバムに参加させるのにふさわしい声の持ち主を友人たちから推薦してもらっていたんだ。でも、誰かがクラリッサを推薦してくれて、やっと決まったんだ。僕たちはすでにクラリッサのアルバムの大ファンで、これはパーフェクトだった。クラリッサのヴォーカルは僕たち男性であるバンド・メンバーの誰の声よりもずっと低いから、ヴォーカルと性別を想定したある種のフリー・スライディング・スケールのようなものかな。でも、その上にトニーとローザの声が重なっているから、クラリッサのヴォーカルが強調されていて、本当に素晴らしかった。

音源制作と比べるとライヴでは制約もあって、少し違うサウンドにもなってくるかと思います。私自身は過去2回の来日ライヴはどちらも鑑賞していて、非常に楽しませてもらいましたが、ライヴ演奏ではどういった意識をもっていますか?

AL:僕らのライヴ・パフォーマンスへのアプローチは、まず曲を覚えて、実際に演奏できるようにする。“Showtime!” について説明したような感じなんだけど、スタジオで使うテクニックには、ライヴではできないものがたくさんあるんだ。それはまず、曲との関係を再構築しようとすることなんだ。何年も前に作ったものをもう一度研究するんだ。今回の場合は曲を書いてからすでに2年が過ぎようとしている。つまり、古い友人、あるいは知っていたけれども疎遠になってしまった友人との友情を再構築するようなものだね。最初は、やらなきゃいけないことを目の前にしてかなり緊張するけど、曲が再びそこにあるとわかると、すべてがごく自然に感じられるし、実はあっという間なんだ。

通訳:たしかに、スクイッドのライヴでは、ステージであまりにも多くのことが起きていて、レコードを聴くのとはまた違った体験ができるのが醍醐味だと思います。まさにテクニックそのものですよね。

昨年のラ・ルート・デュ・ロック(La Route du Rock、フランスのフェス)ではヴァイアグラ・ボーイズ(Viagra Boys)の “Sports” をカヴァーしていてびっくりしました。過去2回の来日公演ではカヴァー演奏はなかったと記憶していますが、そういったカヴァー演奏もたまにおこなっているのでしょうか?

LB:ヴァイアグラ・ボーイズはあのフェスティヴァルに出るはずだったんだけど、皆体調を崩してしまっていたんだ。前日に電話がかかってきて、フランスのラ・ルート・デュ・ロック・フェスティヴァルでヴァイアグラ・ボーイズの代役をやらないかって言われた。僕らはちょうど小規模ツアーからイギリスに帰国するところで、これはやるべきだと思った。僕らの最初のツアーは、ヴァイアグラ・ボーイズのツアーでのサポート・アクトだったからね。それに、ラ・ルート・デュ・ロックは素晴らしいフェスティヴァルだと知っていたし、僕らにとってはいいことでしかなかったから、即答でやるって言ったんだ。でもヴァイアグラ・ボーイズに会えなくてがっかりしている人も多いから、彼らの最も有名な曲をカヴァーしよう、そうすればちょっと面白いんじゃないかと思ったんだ。それで、うまくいくようなやり方を一生懸命考えたんだけど、実際にやってみたら、すごく面白くて、ちょっと馬鹿げた感じもよかった。

スクイッドが様々なジャンルでの音楽的アイディアを高いレヴェルで実験的に次々と接続している様に、個人的にはレディオヘッドっぽさを感じるのですが、そうした比較は本人たちにとって妥当なものでしょうか?

LB:レディオヘッドとの関係はすべて大きなインスピレーションだと思う。バンド内でもレディオヘッドのアルバムに憧れを抱いている人もいれば、レディオヘッドの音楽性を高く評価している人もいる。 皆何らかの形で通ってきているし、その音楽性には感謝している。でも、それは大きなことではないんだ。もっと本質的なことだと思う。インストゥルメンタルを深く追求する手段みたいなものを、僕たちはしばしば共有しているといえるかな。

AL:(レディオヘッドから)影響を受けないのは難しいし、僕らのような音楽を書く上で、ある意味レディオヘッドと比較されないのも難しいと思う。僕はバンドとしてレディオヘッドを聴いたことはないけれど、『Amnesiac』──これがいちばん有名なアルバムではないよね?(とルイに確認する)──を聴いてみたりはしたよ。以前、レディオヘッドは驚異的なバンドで、芸術的なロック、実験的なロックの側面を持ちながら、少し親しみやすいものにしていると人びとが言うのを聞いたことがある。だから、その範囲内で何かをやることになれば、間違いなく彼らのやったことの借りを返すことになると思う。合ってるかな?

LB:うん、的を射ていると思う。レディオヘッドの影響を受けないのは難しい。90年代に登場した彼らは、素晴らしく新しいバンドだったと思う。実験的な試みをはじめただけでなく、トム・ヨークのゴージャスな歌声は、特に彼が物語を語り、あのような曲を書いているときは、恋に落ちないわけがない。でも、どちらかというと、その探求し続けようとする姿勢が、最大のインスピレーションなのかもしれない。彼らが『OK Computer』で達成した現状を受け入れることなく、制作を続行し、『Kid A』を作りあげたことは、とても大胆なことだと思う。それに、そこには影響を受けたものすべてが展示してあるんだ。それはバンドとして重要なことだと思う。

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あるバンドが突然成功したと聞いたとき、僕はいつも最初に思うのは、ああ、彼らは大丈夫かな、ということ。

ブラック・ミディが解散し、イギリスの音楽シーンにおける変わり目みたいなもの──人それぞれ感じ方はあると思うのですが、私個人としては、アンダーグラウンドからではなくウェット・レッグやザ・ラスト・ディナー・パーティのようなよくも悪くも資本からのプッシュを全面に受けたアーティストの台頭、ポスト・パンク的なサウンドの飽和感、バー・イタリアのようなドリーミーで退廃的なサウンドの流行など──も多少感じる昨今ですが、スクイッド自身としては現在のイギリスの音楽シーンをどのように見て、今後どのようにありたいと考えていますか?

AL:一般的に言うと、ザ・ラスト・ディナー・パーティやイングリッシュ・ティーチャーのようなバンドが台頭してきて、彼らのようなバンドがうまくいっているのを見るのは素晴らしいことだと思う。でも、僕たちは、メンバーが様々な影響を受けているバンドだから、イギリスの音楽シーンという考え方は、ある意味、僕たちの活動とは全く別のもののように思えるんだ。

LB:僕らは、自分たちがシーンの一部だとはまったく思っていない。

AL:僕たちは、バンドというグループのように見られるという基本的な意味でのシーンには属していない。僕たちはまた、音楽の広い展望や物事がどのように変化していくかをあまり気にしていないんだ。もちろんUKの音楽、UKのバンド・ミュージックのようなものは、明らかに意識してきたから、それに気づいていないわけではないし、興味がないわけでもない。そうではなくて、僕が言いたいのは、バンドとして、クリエイティヴなコラボレーションとして、それは僕たちの議論には出てこないということなんだ。ある意味その戸口に立ってそこに留まることはとても重要で、それは僕たちの創作活動にとってとても貴重なことだと思う。ライティング・ルームには、自分たちの持っているものをすべて持ち込んで、リハーサルに臨む。でも、クリエイティヴなコラボレーションとしては、それはまったく議論に入らないんだ。

LB:僕もそう思う。だからユーチューブで誰かが、話題のバンドやレーベルのプロジェクトとして、その彼らの音楽を理解することなく紹介しているヴィデオを見るたびに、彼らのことが心配になるんだ。 というのも、多くのバンドを見ていて、1曲がヒットしたアーティストが大成功を収め、熱心なファンを獲得したと思ったら、次の瞬間には名前すら出てこないこともある。彼らは燃え尽き症候群のような問題を抱えていて、異常なレヴェルの不安やセルフイメージの問題、自信のなさを抱えている。つねにそのようなリスクにさらされているんだ。たしかに僕らも何らかの問題を抱えているけど、でも、レーベルの面では、大丈夫。だって自分たちのやりたいことができない環境でバンドが育つことはできないんだから。でも、一発屋になることを推奨され、それで毎晩のように観客を動員しているバンドにとっては、いいことではない。レコード業界全体が、過重労働や強制的な労働を強いることによって、精神衛生上の問題を抱えることになることを、人びとが認識することが重要だと思う。

AL:うん、とてもいい意見だ。あるバンドが突然成功したと聞いたとき、僕はいつも最初に思うのは、ああ、彼らは大丈夫かな、ということだから。

先行曲 “Crispy Skin” のミュージック・ヴィデオは伊藤高志の実験短編映画『ZONE』(1995)をフィーチャーすることとなりました。このコラボレーションにはどういった経緯があったでしょうか?

LB:なぜあの作品をミュージック・ヴィデオに使ったのかを理解するには、アルバムが完成し、ミキシングとプロデュースが終わった後まで遡る。僕たちはこのアルバムが何なのか、どういう意味を持つのか、お互いに話し合って考えたことがなかった。僕たち5人の間で何度も出てきたのは、収録曲はほとんど短編小説のようなもので、悪と臆病というテーマの世界を探っているが、彼らは皆、まったく異なる場所や人々を探求している、という理解だった。だから、すでに存在するスプライト(Sprite、小鬼、ゴブリン)的な意味のヴィデオを、僕らの曲のひとつに再利用するのは楽しいアイディアだと思ったんだ。そしてあのヴィデオには、“Crispy Skin” の歌詞の世界観やテンションにマッチするような、ヴィジュアルにおける偶然の一致がたくさんあるんだ。幸運なことに、僕たちはライセンスを取得し、編集することを許可された。このフィルムは、じつはオリジナルではもっと長いんだ。曲や歌詞を書くことで、すでに存在するものから意味をつむぎ出しているようで、いい反映だと感じたんだ。いままでやったことのなかったことだけど、既存のアートワークをヴィデオという形でライセンスして、1曲目に使うのがいいと感じたんだ。

通訳:まだ生まれてもいないあなたたちが、1995年の作品をどうやって見つけたのでしょう?

LB:いや、生まれてたって(笑)。それは、アルバムのヴィジュアル・ワールドを実現するために、僕たちがどのような段階を踏んでいるかということに尽きるね。チーム全体からどれほどの助けを得られることが多いか。素晴らしいマネージャーもいるし、レーベルもいつも助けてくれるし、周りのみんなが映像の世界を実現するのを助けてくれる。“Crispy Skin” のヴィデオに起用するいくつかの候補はあったんだ。 ただ、同じ世界に属しているようには感じられなかったし、音楽を共鳴させるものでもなかった。しかし最終的に、この特別なフィルムは、本当にただぴったりだと感じたんだ。

カニバリズム自体は恐ろしい価値観でこのリリックも恐ろしい状況が描かれていますが、そういった状況に置かれたときに、誰しもがそれに順応してしまう危うさを感じますか?

AL:それはないと思う。特定の状況下で一般的に人びとがカニバリズムに走る傾向があるかどうかという質問には答えられないけど。もし、人びとが自分でそう思い込むのであれば、それはまったく問題ないと思うけど、そう思う人の方が少ないんじゃないかな。ただこの曲はカニバリズムを実際に経験したというよりも、本が主な参考文献になっているんだ。

LB:うん、この曲はカニバリズムというよりも、もっと無気力についての曲なんだと思う。僕たちが生きている社会での人間関係を通して、僕たちはどの時点で無気力になってしまうのだろう? 自分が知らない人の悪行を目にしたとき、あるいは、自分の人生を難しくしている友人や職場の人がいたりしたとき、誰にでも、そこで困難に直面したり、自分の置かれた状況に制度化されてしまうような転機のようなものがあって、人生には真正面から取り組むべきことが必ずあると思う。そしてそれはときどき、自分を内側から蝕んでいる。でも多くの場合、それらにアプローチしないほうがずっと簡単なんだ。オリーがこの曲で考えているのは、僕たちを臆病にするのは何なのか、ということだと思う。いちばん簡単なことをやらないことなのか? いちばん難しいことに取り組まないことなのか? 僕たちは皆、ときに少し無気力になる傾向があるような気がする。それが問題なんだ。

通訳:このアルバムには自問自答する要素がたくさんあると思います。ここではあえて答えを出さずに、自分で考えるのですよね。

LB:うん、そうなんだ。

『O Monolith』がリリースされた日に『Cowards』のレコーディングを終えたから、いかなるレヴューやプレスの人たちが何を言おうと、自分たちが作りたいもの以外に何も関係なかったし、自分たちが次に何をするのかとすることとは切り離すことができた。

2ndアルバムの『O Monolith』は1stアルバム『Bright Green Field』のリリースから2週間後の2021年のツアー中にスタートしたと前作のプレスリリースで見ました。今作も2022年の11月から2023年4月までの6ヶ月間、『O Monolith』がリリースされる前に制作がはじまったということで、その創作意欲に驚きました。創作意欲を絶えず掻き立てるものはなんなのでしょうか?

AL:アルバムを作るには長い時間がかかる。ときにクリエイティヴになることにも。つまりタイムラインなんだ。このアルバムにかんしては早く完成させることが効果的だった。だから、できるだけ早く作曲を終えて、できるだけ早くレコーディングをしたんだ。というのも、『O Monolith』がリリースされたらツアーに出るだろうし、ツアーに出たら曲を作るのはとても難しいから。純粋に時間管理の問題なんだ。『O Monolith』がリリースされるまであと数ヶ月ある。曲を書こう。クリエイティヴになろう、そして仕上げよう。より時間をかければもっといい仕事ができるんだ。

LB:それに、『O Monolith』の評価に左右されないで進めることができたのは、本当にいい感じだった。というのも、『O Monolith』がリリースされた日に『Cowards』のレコーディングを終えたから。だから、このアルバムについて語る人たちや、いかなるレヴューやプレスの人たちが何を言おうと、自分たちが作りたいもの以外に何も関係なかったし、自分たちが次に何をするのかとすることとは切り離すことができた。ある意味、守ることができたのは本当にいいことだと思った。

AL:まさにその通り。

通訳:やはりレヴューや評価は気になるもので、次の作品にも影響するものなのですか? どちらかというと、これが自分の音楽だ! レヴューなんか気にしない! というアティチュードなのかと……。

LB:それは議論の余地がある。どのように受け止められ、そこからどう進むかについては、人それぞれ異なる問題を抱えていると思う。でも、最終的にこのプロジェクトでよかったと思うのは、僕たち全員が、過去のプロジェクトから、もっと作りたい、もっと探求したいと思う要素を持っていたことだと思う。 そして、やらなければならないとわかっていたこともあったし、本当に変えたいと感じていたこともあった。『Cowards』の曲作りでは、本当にシンプルで凝縮された素晴らしい曲作りを感じられるようなアイディアをいくつか作ろうというところからはじめたんだ。そしてそれは、今回の作品の大きな足がかりになったんだ。

Legendary Japanese jump blues band - ele-king

 ジャンプ・ブルースというのは、ロックンロールの元になったブルースの発展型だ。チャック・ベリーはジャンプ・ブルースの王様ルイ・ジョーダンを影響源として公言し、ビル・ヘイリーにいたっては“ロック・アラウンド・ザ・クロック”を作曲するためにジャンプ・ブルースを時間をかけて研究した(そして、たいして時間をかけずにそれをやってしまったのがエルヴィスである)。
 ブルースに、スウィング・ジャズからの影響を取り入れたジャンプ・ブルースを演奏するバンドが、ここ日本にもいた。福嶋岩雄&ザ・ミッドナイターズである。
 この度、福嶋岩雄&ザ・ミッドナイターズの貴重なライヴ録音が発掘された。ときは1976年3月28日。演奏場所は東京の三ノ輪に存在した伝説的ライヴ・ハウス、モンド。60年代末からじわじわと盛り上がり、最高潮に達していた日本におけるブルース・ブームの真っ只中。ワイノニー・ハリスやギター・スリム、スマイリー・ルイスらのナンバーを熱く、洒脱にカヴァー。当時の空気がビリビリと伝わってくる、価値ある発掘ライヴ録音だ。なお、ベースはその後、JAGATARAに加入するナベこと渡辺正巳。
 本日19日より配信開始です。

福嶋岩雄&ザ・ミッドナイターズ:福嶋岩雄(Vocal)、白庄司孝(Alto Sax)、江口達哉(Tenor Sax)、墨谷喜栄(Guitar)、墨谷実則(Piano)、渡辺正巳(Bass)、奥沢福治(Drums)

《リリース情報》
アーティスト:福嶋岩雄&ザ・ミッドナイターズ
タイトル:福嶋岩雄&ザ・ミッドナイターズ
フォーマット:デジタル配信
配信開始日:2025年2月19日
https://p-vine.lnk.to/1bt8uJ

収録曲
1. Texas Hop
2. You Better Hold Me
3. All She Wants To Do Is Rock
4. R.M. Blues
5. A Letter To My Girl Friend
6. Well, I Done Got Over It
7. I Need Your Love So Bad
8. Too Many Drivers
9. It’s So Peaceful
10. Corrine, Corrina
11. Good Rockin’ Tonight
12. Nothing But The Blues
13. Reconsider Baby

録音:1976年3月28日 東京・三ノ輪モンドにて
Mastered by George Mori

Spiral Deluxe - ele-king

 ジェフ・ミルズが率いるスパイラル・デラックスが再始動、7年ぶりとなるセカンド・アルバム『THE LOVE PRETENDER』を発表する。スパイラル・デラックスは、2015年に東京と神戸で開催されたアートフェス「TodaysArt JP」のために発足された、即興演奏の自由な表現と創造性を原動力とするエレクトロニック・ジャズ・カルテット。ジェフに加え、ジェラルド・ミッチェル(Underground Resistance / Los Hermanos)、大野由美子(Buffalo Daughter / Cornelius)、日野 “Jino” 賢二の三者が加わったスーパー・ユニットだ。

 2018年と2019年のジェフ・ミルズ来日時にキーボードのジェラルド・ミッチェルをデトロイトから招聘し、東京のスタジオで2度に渡りレコーディングが実施されていたようで、それが今回のアルバムとなったとのこと(まるでテレパシーのように準備をほとんど要さず、自然で有機的な流れで演奏されたようだ)。

 また、東京でのレコーディング後に、いまは亡きフランスのジャズ・ギタリスト、シルヴァン・リュックがパリにて録音参加しており、ほかにも日本のジャズ・ミュージシャン・TOKU、NY在住のマサ清水も参加しているとのこと。

Artist: SPIRAL DELUXE
Title: THE LOVE PRETENDER
Label: Axis
Format: LP
Release Date: 2025.03

Tracklist
A1. Spiral Deluxe - Society's Man
A2. Spiral Deluxe - The Soloist
B. Spiral Deluxe - Paris Roulette (Long Mix)
C1. Spiral Deluxe - Shapeshifters
C2. Spiral Deluxe - Uptown
D. Spiral Deluxe - The Drive

Recording data:
Recorded on Nov 25/26 2019 at Studio Dede, Tokyo
Sound Engineer: Shunroku Hitani
St-Robo Studio on Nov 5, 2018
Sound Engineer: Zak
Studio Ferber Mix-down on Feb 3 -7. 2019
Sound Engineer: Guilluame Dujardin
Post Enhancement: Steve Kovacs

DJ Python - ele-king

 過去には〈Sustain-Release〉の東京編のサテライト開催を手掛け、2023年には野外レイヴを開催するなど、ニューヨーク/東京発、異なる地のダンス・ミュージックの架け橋を担うパーティー・シリーズ〈PACIFIC MODE〉。2025年からはライヴにフォーカスした新シリーズを開始し、初回となる2月25日(火)にはデンマーク出身、ロンドン拠点のヴィオラ奏者アストリッド・ゾンネと石橋英子を迎えるという。

 そして3月11日(火)に渋谷・WWWで開催されるシリーズ第2弾には、ディープ・ハウスのダイナミクスとラテンのリズムを折衷するかのような多くの顔を持つDJパイソンが、ライヴ・セットで登場。待望の新作リリースを引っ提げ、約2年ぶりの来日となる。迎えるは〈BOILER ROOM TOKYO〉と〈ishinoko〉を股にかけ、ハイパーポップからミニマル、アンビエントまでを枠組みを超越して自在に紡ぐ2000年生まれの音楽家・E.O.U。ほか、追加アクトも予定されているようだ。チケットはLivePocketにて販売中。

 なお、DJパイソンは3月15日(土)に渋谷・ENTERにて開催される同シリーズのクラブ・ナイトにも出演。共演には〈悪魔の沼〉よりDr.Nishimuraが同ヴェニューに初登場するほか、食品まつり a.k.a foodman、suimin、YELLOWUHURU(FLATTOP)、Chanaz(PAL.Sounds)、DJ Healthyといった日本各地の実力者たちを迎える。3月14日(金)には大阪・BAR INCにも出演するようだ。いずれも見逃せない。

PACIFIC MODE
LIVE:DJ Python / E.O.U / and more…

日程:2025年3月11日(火)
会場:渋谷WWW
時間:OPEN 18:00 / START 19:00
料金:U23:¥2,500 / ADV:¥4,000 / DOOR:¥4,500
チケット:https://t.livepocket.jp/e/pacificmode

※U23チケット:23歳以下の方が対象のチケットになります。当日受付にて年齢の確認出来る写真付きのIDをご提示下さい。ご提示がない場合は通常前売り価格との差額を頂戴いたします。
more infomation:https://www-shibuya.jp/schedule/018753.php

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