「IO」と一致するもの

Daniel Lopatin - ele-king

 まもなく《WXAXRXP DJS》での来日を控えるワンオートリックス・ポイント・ネヴァーことダニエル・ロパティンが、新たなサウンドトラックをリリースする。2年前の『グッド・タイム』に続いて、今回もサフディ兄弟監督による映画の劇伴だが(原題『Uncut Gems』)、名義が OPN から本名へと変わっているのには何か意図があるのだろうか。
 映画の製作総指揮はマーティン・スコセッシで、主演はアダム・サンドラー、さらに作中ではザ・ウィークエンド(The Weeknd)がサックスを吹いていたり(予告編にも登場)、トラヴィス・スコットまで参加している模様。全米では12月13日に公開され、それ以外の地域では2020年1月に Netflix での配信が予定されている。
 なお、サントラのコントリビューター一覧にはイーライ・ケスラーゲイトキーパーの名も挙がっており、音楽のほうも注目すべきポイントが多そうだ。リリースは映画の公開とおなじ12月13日。

DANIEL LOPATIN

アダム・サンドラー主演、サフディ兄弟監督の話題作
『UNCUT GEMS』の音楽をOPNことダニエル・ロパティンが担当
12月13日にサウンドトラック・アルバムのリリースが決定

ダニエル・ロパティンが新たに手がけたサウンドトラック・アルバム『Uncut Gems - Original Motion Picture Soundtrack』が12月13日にリリースされることが発表された。ハリウッド俳優アダム・サンドラーが主演を務め、NBAの元スター選手であるケビン・ガーネットや、ザ・ウィークエンドが本人役で出演するクライムサスペンス映画『Uncut Gems (原題)』は、ジョシュア&ベニー・サフディ兄弟が監督を務め、新進気鋭の映画スタジオA24の配給で2020年1月に Netflix にて公開が予定されている。

Uncut Gems | Official Trailer HD | A24
https://youtu.be/vTfJp2Ts9X8

今週いよいよ開催を迎える〈WARP RECORDS〉30周年記念イベント《WXAXRXP DJS》にも出演するワンオートリックス・ポイント・ネヴァーことダニエル・ロパティンとサフディ兄弟がタッグを組むのは、2017年公開のロバート・パティンソン主演映画『グッド・タイム』に続き、今回が2度目となる。『グッド・タイム』では、カンヌ・サウンドトラック賞やハリウッドメディア音楽賞を受賞したことでも大きな話題となった。ダニエル・ロパティンは、これまでにもソフィア・コッポラ監督映画『ブリングリング』(2013)やヴァンサン・カッセル主演映画『Partisan (原題)』(2015)の映画音楽を手がけている。

ダニエル・ロパティンが手がけた音楽が、映画のクライマックスの緊張感をさらに高め、また幻想的な要素も加えていることよって、強迫観念や神経の高ぶりが生むエネルギーが映画を包み込んでいる。 ──Little White Lies

ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーことダニエル・ロパティンの類いまれなるパーカッシヴなサウンドトラックが、次々と巻き起こる展開を圧倒する ──IndieWire

エレクトロニカとオペラを融合したダニエル・ロパティンによる不穏な音楽は、見る者の血圧を上昇させ続けながら、サフディ兄弟の生み出す奇妙なマジックに多大なる貢献をしている。 ──Thrillist

Uncut Gems (原題)
監督:ジョシュア・サフディ&ベニー・サフディ
脚本:ジョシュア・サフディ、ベニー・サフディ、ロナルド・ブロンスタイン
製作:スコット・ルーディン、イーライ・ブッシュ、セバスチャン・ベア・マクラード
出演:アダム・サンドラー、キース・スタンフィールド、ジュリア・フォックス、ケビン・ガーネット、イディナ・メンゼル、エリック・ボゴシアン、ジャド・ハーシュ
音楽:ダニエル・ロパティン
公開:2020年1月予定

ダニエル・ロパティンによるサウンドトラック・アルバム『Uncut Gems - Original Motion Picture Soundtrack』は、12月13日(金)に世界同時リリース。国内盤CDには解説書が封入される。

label: BEAT RECORDS / WARP RECORDS
artist: Daniel Lopatin
title: Uncut Gems Original Motion Picture Soundtrack
release date: 2019/12/13 FRI ON SALE

国内盤CD
BRC-625 (解説書封入) ¥2,200+税

BEATINK.COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=10630
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/B07ZR5G8DL

TRACKLISTING
01. The Ballad Of Howie Bling
02. Pure Elation
03. Followed
04. The Bet Hits
05. High Life
06. No Vacation
07. School Play
08. Fuck You Howard
09. Smoothie
10. Back To Roslyn
11. The Fountain
12. Powerade
13. Windows
14. Buzz Me Out
15. The Blade
16. Mohegan Suite
17. Uncut Gems

interview with KANDYTOWN - ele-king


KANDYTOWN
ADVISORY

ワーナーミュージック・ジャパン

Hip Hop

Amazon Tower HMV iTunes

 東京・世田谷を拠点に十代から集まった仲間同士によって結成され、総勢16名のメンバーを擁するヒップホップ・コレクティヴとして活動する KANDYTOWN。インディペンデントでの活動を経て、2016年にグループとしてのファースト・アルバム『KANDYTOWN』にてメジャー・デビューを果たし、それと並行して各メンバーのソロ活動も精力的に展開してきたことで、日本のヒップホップ・シーンの中で、KANDYTOWN の存在感は年を追うごとに加速度的に存在感を増している。
 2019年に入って、EP「LOCAL SERVICE」によって久しぶりに作品リリースを再開した彼らが、ついに完成させたセカンド・アルバム『ADVISORY』。KANDYTOWN の熱心なファンであれば、前作同様に東京という街や彼らの仲間を思う気持ちがこもったラップの中に彼らのクールで普遍的な魅力が伝わってくる一方で、ソロ活動を経ての個々の確実な成長が、アルバム全体に溢れていることを感じ取ることができるだろう。
 今回のインタヴューでは、今回のアルバム『ADVISORY』のメイン・プロデューサーである Neetz と、もうひとりのプロデューサーでもある Ryohu (ふたりともラッパーとしても複数の曲に参加)、さらにある意味、本作の MVP とも言える Gottz の3人に参加してもらい、アルバム制作の過程を中心に語ってもらった。行間から溢れてくる KANDYTOWN のファミリー感も含めて、彼らの生の声をぜひ聞いて欲しい。

3年前に前作『KANDYTOWN』をリリースして、それ以降、それぞれソロでの作品も積極的にリリースしてきましたが、思い描いていたプラン通りという感じでしょうか?

Ryohu:そうですね。漠然とファーストを出した後に、ソロをやっていこうっていうのはあったので。KANDYTOWN だけでやっていくよりも、ソロでちゃんと力を付けて、それが KANDYTOWN に返ってくるのが理想だし。だから、ソロでやっていくのも大事だっていう話もしてたんで。だから、思い描いていた通りにはなっていったかなって。特に Gottz なんかは2枚もアルバムを出して、こんな立派になられて。

Gottz:(笑)

今年5月の渋谷 TSUTAYA O-EAST でのワンマンであったり、フェスへの出演とか、個々での活躍するフィールドも大きくなっていって、オーディエンスの反応自体も大きなものになってると思うんですけど、実感としてはいかがですか?

Ryohu:知ってもらえるようになって、聞いてくれる人が増えた分、やっぱりどこに行っても盛り上がってくれて。昔よりは多くの人が楽しんでくれてるのは感じていますね。

今年2月にはEP「LOCAL SERVICE」をリリースしていますが、今回のアルバム『ADVISORY』の話が出てきたのはどの辺りのタイミングだったのでしょうか?

Neetz:「LOCAL SERVICE」が出た後に、Zepp でのライヴ(今年11月に行なわれる Zepp Diver City と Zepp Osaka Bayside での公演)をやろうっていう話になって。それに向けてアルバムを作ろうっていう話になって。

アルバムの方向性などについて話したりはしたのでしょうか?

Ryohu:Neetz に「ビート、よろしく!」ぐらいな感じでしたね。とりあえず1曲やって、2曲、3曲って、ビートを作り始めようって。

つまり、アルバムをどういう形にするっていう話はせずに?

Neetz:かっちり話し合ったっていうのはあんまりしなかったと思いますね。とりあえず音を作って、みんなに聞かせて。ひとつずつ曲を作っていった感じですね。

「これを俺にやらせてくれなかったら、二度と Neetz と喋んない」っていうくらいの勢いで。「やりたいから、やらせて」みたいな逆オファーもしたっすね。(Gottz)

過去のインタヴューでも KANDYTOWN はビート先行っていう話をされてましたけど、今回のアルバムに向けて、ビートのイメージなどはありましたか?

Neetz:Zepp でライヴをやるっていうのは決めてたんで、とりあえずはデカい箱(会場)で鳴らすためのサウンドを意識して、ビートは作っていって。それぞれのビートに合う、KANDYTOWN のメンバーを選んでハメていくっていう作業をしましたね。

ビートを作った時点で、誰がラップするっていうのも決めていったと?

Neetz:定まってないのもいくつかありましたけど、大半の曲は自分で事前に決めました。ファースト・アルバムのときは、そういうことはあんまりしなくて、みんなにビートを投げて、それに誰かが乗っかってくれるっていうやり方が多かったけど、今回は指定してっていうのが多かったと思いますね。

ビートを作りながら、誰がラップするのかを自分で見えるようになったっていうことでしょうか?

Neetz:そうですね。ソロ・アルバム(『Figure Chord』)のときにも自分でラッパーを指定したんですけど、結構、悩んで作ったんで。その辺りの成果が今回のアルバムにも反映させられたのなかって思います。

ソロをやることによって、その人のラップの良さがより分かるからね。(Neetz)

そう。漠然と「何を作ったら良いんだろう?」って思うよりも、メンバーのことを理解した上で作れる。(Ryohu)

今日、お話を伺っている3人は、それぞれ今年に入ってからもソロでの作品をリリースしていますが、ソロ活動が今回のアルバムにも大きな影響を与えていると思いますか?

Ryohu:確実に大きいと思いますね。ソロでやった分、KANDYTOWN でアルバムを作るっていうのは作りやすかった。ひとりで作品を作るとなると、例えば1曲作る場合にも全部自分でやることが多いと思うんですけど、KANDYTOWN のアルバムを作るならば、近い仲間がいて、「ちょっとワン・ヴァース蹴ってみてよ」みたいのも簡単にできて、そっからトントン拍子で作っていける。

サウンド面で今回はトラップ的な要素が入ってきていますが、そういう部分では前作からかなり幅が広がった印象があります。すでに Neetz 君のソロ・アルバムでもトラップはやっていましたが、そういったサウンドもやるようになった理由は何でしょうか?

Neetz:単純に昔と作っている環境が変わってきたっていうのもあるし、ドラムのスネアとかキックとか選び方も、どの音がハマるかっていうのも分かってきたと思うんで。成長っていうか分からないですけど、そういうのが分かってきたのかなっていうのは思います。

こちらの勝手な推測なんですけど、KANDYTOWN の中で Gottz 君のソロって、KANDYTOWN の幅を広げるっていう意味で、結構大きいのかな?って思っていて。

Ryohu:確実にデカいと思います。

Neetz:デカいですね。

トラップを取り入れたサウンドの部分にも Gottz 君のソロが影響しているのかな?と思ったんですが、いかがでしょうか?

Neetz:サウンド面でもちょっとは影響があると思いますね。

Ryohu:それこそ、O-EAST でのEP(「LOCAL SERVICE」)のリリース・パーティのときに、合間に Gottz と MUD の時間を設けたんですけど。そこでのライヴにおける爆発力っていうのがハンパなくて。自分たちも楽しめるし。その楽しさに味をしめたっていうのがあるかもしれませんね。

Gottz:いままで KANDYTOWN でやる場合、普通に好きだけど、自分のソロでは使わないようなビートっていうのが多かったんですけど、今回は自分のソロでも使いたいようなビートが多くて。3曲目の“Last Week”とか“Slide”とかもそうですけど、ああいうビートが俺はいちばん大好物なんで。っていうか、「これを俺にやらせてくれなかったら、二度と Neetz と喋んない」っていうくらいの勢いで。「やりたいから、やらせて」みたいな逆オファーもしたっすね。

Neetz:(笑)

Gottz:実は俺は3年前のアルバム(『KANDYTOWN』)の自分をあんまり認めていなくて。あんまりやれてなかったし、自分的にはダメだった。ヴァース数も少ないし、ライヴでも演る曲も少ないし。そこでクサることはできたけど、じゃあ、ソロでカマしてやれば良いじゃんっていう開き直りで。俺みたいなやつでも、ソロ・アルバムを出せるチャンスがあったんで。〈P-VINE〉から『SOUTHPARK』を出させてもらって。そうやって独り立ちして、発言権のある人間として帰ってこれたのは良かったかなって。

今回のアルバムでの個々の参加曲数をカウントしたら、Gottz 君が最多(15曲中8曲)ですよね?

Gottz:そうですね。けど、それはたまたまというか。俺と同じくらいヴァースを録っている人もいたんですけど、俺は1曲も削られなかったっていうだけで。そこがいちばんデカいですね。

Neetz:Gottz はソロ・アルバムを2枚出して、ソロでライヴもやって。Gottz のライヴは客が物凄く盛り上がるから、単純にスゲえなって。やっぱり、そこからの影響っていうのはありますね。

実力でメンバーを認めさせたと?

Neetz:そうですね。この人はそれをやって。そうなると、今回のアルバムにも入れたくなるから、結果的に曲数が増えてきた。

Ryohu:あと、ソロをやることによって、その人のやりたい音楽性とかが分かるじゃないですか。一緒にやってても分からないことも多々あるし、昔のイメージで止まっちゃう場合もあるだろうし。俺はビートメーカーも兼任してるんで、「Gottz だったらこういうのが良いのかな? Neetz だったらこういうのが良いのかな?」って、何となくその辺のイメージもしていて。そういう意味で、ソロがあると、ビートを作る側としても「ここに Gottz を入れたら面白くなるんじゃないかな?」とかっていうのができるんで。

Neetz:ソロをやることによって、その人のラップの良さがより分かるからね。

Ryohu:そう。漠然と「何を作ったら良いんだろう?」って思うよりも、メンバーのことを理解した上で作れる。今回のアルバムで Neetz が「このビートにはこのラッパーが乗って欲しい」ってイメージできてるのも、そこが理由のひとつになっていると思います。

YUSHI君に関しては、ヴァースをやっている人たちが、それについて言っているかもしれないし、また別のことを言ってるかもしれないし。それはヴァースをやっている人、それぞれの気持ちだと思うんですよね。(Neetz)

具体的にアルバムの制作がスタートしたのはいつ頃でしょうか?

Ryohu:2月14日に「LOCAL SERVICE」をリリースして、その後、2月20日に Neetz のソロ・アルバムが出て。それまで Neetz が自分のことで精一杯だったので、それが終わって3月に入ったくらいから、Neetz が KANDYTOWN のビートを少しずつ作り出して。9月くらいに全体のミックスとマスタリングが終ったので。だから、5、6ヶ月くらいかかりましね。

約半年間の制作で15曲、さらにボーナストラックを合わせるとかなりのボリュームですね。

Ryohu:Neetz が頑張ってくれました。

ちなみにアルバムの中で最初に作った曲は覚えていますか?

Neetz:何だろう?

Gottz:“Take It”じゃない?

Neetz:あっ、そうだ!

Gottz:最初に KIKUMARU がラップ書いてたんだよね? それで俺はゲームしながら、KIKUMARU に耳元でラップされて、「こういう感じなんだけど、どう?」って。「あ~」って聞き流してて。

Ryohu&Neetz:(笑)

Gottz:その20分後くらいに俺もリリックを書き出して、パッと書いたのがあれだったと思う。「Gottz のほうが勢いあるからワン・ヴァース目で良いっしょ?」みたいに Neetz が言ってくれて。

Neetz:そうだったね。先に KIKUMARU が録ってたけど、Gottz の勢いが良かったからワン・ヴァース目とツー・ヴァース目を入れ替えたんだ。

Gottz:その後に MUD がフックを入れてみたいな流れで。

あの曲の「違うママから生まれたけど、俺らブラザー」とか、「ララバイ」と「儚い」で韻踏んでるところとか、結構パンチラインになってて好きです。

Gottz:ありがとうございます。でも、本当にあんまり考えずに書いてて。

それが逆に良かったんでしょうね。

Neetz:本当に勢いですね。

そこから1曲1曲作っていって、全体のムードができていった感じでしょうか?

Ryohu:そうですね。何曲かごとに誰かが勢いをつけてくれると、みんなも「おっ、来たか!」みたいな感じになって、周りも作ろうっていう気になってくる。何もしないときは、本当にみんな何もしなくなっちゃうんで。

今回のアルバムの中でキーになった曲はどれでしょうか?

Neetz:とりあえずリード曲で行こうみたいな感じだったのは“HND”と“Last Week”で。

Ryohu:もう録っている段階でわりと、そういう話が出ていて。

Neetz:最初、一発目に“HND”でシングルを出そうっていうのは決めていて。ビートができた時点で、これ一発目かなっていう話をした気がする。それで、みんなのヴァースを乗っけて。

Gottz:多分、俺が最初に言った気がするんだよね。ビートがなんかもう KANDYTOWN っぽいし、「これが一発目で良いんじゃない?」って。Neetz のビートの中でもまだ誰も触ってすらいなかったときに、俺は自分では絶対にラップしないけど、「これ格好良いじゃん!」ってずっと思っていて。それで、Neetz の家で「これなんじゃない?」みたいに言ったんじゃないかな?

Neetz:それ覚えてる。感触を窺うために、ビートをみんなに聴かせるタイミングがあって。それで Gottz が言ってくれたっていうのはある。

Gottz:MUD がやったら間違いないから、「とりあえず MUD でしょ!?」みたいな。やっぱり、安定感が彼にはあるんで。それで MUD が入れてから、BSC と DIAN もリリックを書いて。

これは単純にリリックの中に「羽田エアポート」って出てきたから、「HND」っていうタイトルに?

Neetz:そうですね……としか言えないですね(笑)。最初にタイトルを聞いても意味分かんないでしょうけど。

[[SplitPage]]


改めて16人いるって凄えなって。文化祭みたいっていうと軽く聞こえちゃいますけど。十代から夜な夜な集まって、ビート聞かせてもらって、ラップ書いてみたいな。いままで自分たちがやってきたことを久々に、改めてみんなでやるっていうのは楽しいことだなって。(Ryohu)


KANDYTOWN
ADVISORY

ワーナーミュージック・ジャパン

Hip Hop

Amazon Tower HMV iTunes

“Last Week”のほうはどのような流れで?

Neetz:“Last Week”もビートを聴かせた時点で、みんなの中で「ヤバい!」ってなかったから、それでメンツを決めようってなって。IOくん、Gottz、MUD で。初めは4人くらい入れても良いかな?って思ったけど、もうちょいシンプルにしようと思って、その3人に決めて。さっき話も出たように、Gottz の逆オファーもあったんで。

“HND”はいままでのみんなが思い描く KANDYTOWN のスタイルでしたけど、一方で“Last Week”はもっとトラップっぽいビートで、新たな KANDYTOWN っていう感じがしましたね。

Neetz:“HND”はザ・KANDYTOWN な色をまた出せれば良いなっていうのがあって。またそれとは別に“Last Week”は、新しい感じの色、アップデートされたものを作りたかったっていうのはありますね。

Gottz:これだけの振り幅の曲を1曲目と3曲目に入れてくるアーティストってなかなかいないと思うんですよ。しかも、2曲目は“Slide”じゃん。

Neetz:たしかに。

Gottz:結構、玉手箱みたいな。

確かに頭の3曲の振り幅はなかなか凄いですね。

Gottz:でも、最後までアルバムを聴くと、「なるほどね」って、ちゃんと着地する。

“Slide”みたいに、ダンストラックみたいなのを KANDYTOWN で作りたいっていうのは前からあったんですか?

Neetz:そうですね。元々、4つ打ちっぽいのが結構好きだったから。4つ打ちっぽい、けどヒップホップみたいなのを目指しました。

Gottz:けど、“Neon Step”(Gottz のファースト・アルバム『SOUTHPARK』収録曲で Neetz プロデュース)まで行くと、このアルバムには入れられないからね。やっぱり、ああいうビートはやりすぎ感あるじゃん。

Neetz:あれはもっと4つ打ちで、オシャレ。

Gottz:ヨーロッパみたいなイメージだね(笑)。

今回のアルバムで唯一、3人がラップで揃って参加しているのが“Imperial”っていう曲ですけど。この曲はイントロのギターが印象的で、アルバム後半の結構重要なポジションにいる曲にも感じますが、この曲はどうやってできたのでしょうか?

Ryohu:元々はイントロのギターの部分で1曲作っていて。けど、音の鳴り的にスタジアム級みたいな曲になりそうで、やり過ぎだなと思ったんでそれはヤメて。でも、もったいないから取っておいたものをイントロに使って、もうちょっとトーンと下げて、冷たいイメージでビートを作ってみて。これは俺の中ではすごくヒップホップな曲だと思っていて。ラップのスキルが見えるっていうか。もちろんブーンバップ系でもラップのスキルは見せられるんですけど、ああいうノリのビートで格好良くラップを乗っけられるのが、俺が思うラッパー像としてひとつあって。それで、いろんな奴に頼んでみようと思って、DIAN と BSC と Neetz に頼んでみたら、途中で DIAN が「無理っす」みたいになって。Gottz がレコーディングの前半に自分の録りを終ってたんで、「Gottz、お願い!」って、急遽、召喚して。「Gottz ならイケるっしょ?」って。そしたら、ああいう男臭い感じに仕上がって。

Neetz:(Ryohuが)フックを先に乗せてたよね?

Ryohu:そうだね。先にフックはできていて。

Neetz:コンセプトとサビは先にできていたから。ヴァースは作りやすかったですね。

Ryohu:Neetz のあのヴァースはすごい気に入っています。Gottz もすぐに書いてくれて。結構、急にお願いしたのに、ああやって対応できるのは凄いなって。

“Imperial”ってボースティングの曲ですけど、最後の BSC のヴァースで「誰でも自分たちと同じことができる」みたいなメッセージになっているのが良いなって思いました。

Ryohu:BSC はソロでも KANDYTOWN の曲の中でも、リリックとか内容が深い傾向があって。全員がボースティングしたら、結局、そういう曲になっちゃうけど、あえて BSC をラスト・ヴァースに置いておいて、最後にBSCがハッとさせられるワードを言ってくれたらって。本人には伝えてはいないんですけど、それをわざと意図的にやったら、本当にああいうラップになって。みんなの言ってることをまとめたというか、ちゃんと最後に分からせてくれたっていうか。BSC にやらせておけば、間違いなく締まると思ってたんで、思った通りになりましたね。

家族以外では誰よりも、いちばん長く人生をここまで一緒に過ごしていると思うんですよ。俺らはこのCD1枚に収まりきらないほどのライフがあるし。それはこれからも止まることはないし。自分たちもそのつもりで街を歩くし。(Ryohu)

今回もアルバムのトラックのほとんど(15曲中11曲)を Neetz 君が手がけていますが、“Imperial”も含めて、Ryohu 君とはどういう役割分担をしているんでしょうか?

Ryohu:Neetzが作ったトラックの中で足りない部分を聞いて、「こういうのをやりたい」って自分が思ったのを作るっていう感じです。だから、完全に自分発信っていうトラックはあんまりなくて。けど、個人的に808(TR-808)の音みたいなのは入れようと思っていて。“In Need”とかは、最初のデモの段階ではわりとR&Bっぽかったんですけど、ちょっとトラップっぽくして。「こういうのも面白いでしょ?」って。

Neetz:アルバムの後半に Ryohu の曲が多くなっていて。そこでやっぱり、俺のトラックに足りない色が出てきていて。そういうバランスになってると思いますね。

Ryohu:前作(『KANDYTOWN』)と同じで、絵みたいに「ここにもうひとつ、この色を足したら良くない?」みたいな感覚ですね。だから、俺は Neetz の後ろにいて、全体を見ている感じです。

Ryohu 君がトラックを手がけた曲だと、こちらも個人的には“Cruisin'”が好きですね。

Ryohu:一度、KANDYTOWN のDJチーム、MASATO と Minnesotah をウチのスタジオに呼んで、「KANDYTOWN に良い曲ないかな?」みたいな話を軽くしたときに、いくつか出てきた曲のひとつがミッドナイト・スターの“Curious”っていう曲で。あれを聞いて「KANDYTOWN ってこんな感じだよね?」みたいに個人的に思っていて。あのビート感というか。そのオマージュとして作ったのが“Cruisin'”ですね。さっきも言ったように、Zepp でのライヴに向けたイメージの曲が多かったので、良くも悪くも振り切れている曲にしたいなと思って。一応、「Cruisin'」ってタイトルだけども、ゆっくりと車に乗るっていうよりも、もっとドライバーに特化したというか。がっつりと運転しているようなイメージで。KANDYTOWN だと、ゆっくり聞ける感じのイメージなんだろうけど、あえて違う方向に振り切ってみました。

この曲のリリックに「闇かき消すYUSHIのフロー」っていう部分がありますけど、YUSHI さんの存在はいまでも KANDYTOWN の中であったり、作品として今回のアルバムにも残っている感じはしますか?

Ryohu:そうですね。90年代にエリック・B&ラキムが“What's On Your Mind”っていう曲で“Curious”を使っていて。そのビートで YUSHI がラップしている音源が残ってるんですけど。今回、“Cruisin'”にそれを入れるっていう話もあったんですけど、曲の内容が今回のテーマと違っていたので入れるのはやめたんですが。でも、それだけじゃなくて、YUSHI の名前はいろんな話の中で出てくるし。そういうこともあって、リリックの中に入ってきたっていうのはあるかもしれないです。

最後の“Until The End Of Time”も YUSHI さんに捧げてた曲ではありますか?

Gottz:IO 君は YUSHI 君について歌っていますね。

Neetz:YUSHI 君に関しては、ヴァースをやっている人たちが、それについて言っているかもしれないし、また別のことを言ってるかもしれないし。それはヴァースをやっている人、それぞれの気持ちだと思うんですよね。“Until The End Of Time”は、とにかくいまのこの感じは、延々に止まらず、残るもんだぞっていう意味で作ったから。

今回のアルバムの制作の約半年は、結構、密な感じだったと思いますが、再びみんなでアルバムを作る作業っていうのを久しぶりにやってどうでしたか?

Neetz:やっぱり帰ってきた感じはあるよね?

Ryohu:懐かしいなって思いましたね。「LOCAL SERVICE」の段階でもそういう感じは結構ありましたけど。やっぱり、いざアルバムを作り始めると、ファーストのときの感じってこんなんだったっけ?みたいなことは思いましたね。あと、おのおのソロでやっているから同じことを感じると思うんですけど、「俺、ワン・ヴァースしか蹴ってないのにもう1曲できてる!?」みたいなのはありますね。人数がいるっていうだけでも進みの速さというか。ひとりだと考え過ぎちゃうこともあると思うんで。そういう意味では、ファーストを思い出しながら、改めて16人いるって凄えなって。そういう、みんなでやっている凄さだったりを感じつつ、久々にみんなでひとつの作品に向かえるのは、文化祭みたいっていうと軽く聞こえちゃいますけど。十代から夜な夜な集まって、ビート聞かせてもらって、ラップ書いてみたいな。いままで自分たちがやってきたことを久々に、改めてみんなでやるっていうのは楽しいことだなって思いましたね。

Gottz:俺はソロのほうでライヴとかツアーとかやってて、制作も続けてるんで。今回、KANDYTOWN には帰ってきたんですけど、あんまりやることは変わってないというか。むしろ、みんながいるから楽しいっていうのが帰ってきた感なのかな?っていう。いつもは基本ひとりなんで、やっぱり楽しいですね。

KANDYTOWN は落ち着ける場所なんですかね? それとも、刺激を受ける場所?

Neetz:どっちでもあるよね。

Gottz:スタジオとかライヴとかだと刺激を受けるかもしれないですけど。「あいつカマしてるな」みたいに。けど、それ以外だと、やっぱり普段は落ち着くっすね。

前作からの3年を経て、KANDYTOWN の絶対に変わらない部分って何だと思いますか?

Ryohu:……結構難しい質問ですね。

Gottz:まあ、やりたくないことはやらないっていうのですかね。

Neetz:音楽をやらなくても、仲間であって……ってことじゃない?

Gottz:(その答えは)30点くらいだね。

Neetz:(笑)

Ryohu:音楽しかりですけど、KANDYTOWN っていう仕事仲間であり、友達でありっていう。まだ短いですけど、少なからず家族以外では誰よりも、いちばん長く人生をここまで一緒に過ごしていると思うんですよ。そういう仲間と、誰かに何か言われなくとも、自分たちでやろうぜってなって。いろんなことが巻き起こりながら、十代からここまで来て。その結果、いま、こうやって音楽で表現してるっていうだけでも、俺は十分凄いことだなって思っていて。このアルバムがどう評価されるかは分からないですけど、俺らはこのCD1枚に収まりきらないほどのライフがあるし。それはこれからも止まることはないし。自分たちもそのつもりで街を歩くし。ソロでも、仲間たちに馬鹿にされないように作品を作らないといけないと思うし。けど、(KANDYTOWN に)帰ってきたら、こうやってリラックスして。みんなで作ろうってなったら、また新しいアルバムでも作るかもしれないし。それが全部に繋がっていくというか。それがいちばん、KANDYTOWN らしいというか。それに全てが尽きるのかなっていう感じはしますね。

DJ Nigga Fox - ele-king

 昨年〈Warp〉から「Crânio EP」を送り出し、先日はレーベル30周年を祝うNTSのオンライン・フェスにも参加していたリスボンのDJニガ・フォックスが、2017年の「15 Barras」以来2年ぶりにホームたる〈Príncipe〉へと帰還、新作『Cartas Na Manga』をリリースしている。その独創的な音楽ですでに大きな名声を獲得している彼だけれど、じつはこれまで発表してきた作品はどれもEPであり、フルレングスは今回が初となる。ジャジーなコードやアシッドなど、かつてなく洗練されたサウンドを堪能しよう。

artist: DJ Nigga Fox
title: Cartas Na Manga
label: Príncipe
release: October 25th, 2019

tracklist:

01. Quebas
02. Sub Zero
03. Nhama
04. Faz a Minha
05. Talanzele
06. Água Morna
07. Vício
08. Pão de Cada Dia
09. 5 Violinos

Boomkat / Bandcamp / Spotify / iTunes / Amazon

Dino Spiluttini - ele-king

 オーストラリアはウィーン出身の電子音楽家ディーノ・スピルッティーニ(Dino Spiluttini)の新作『Heaven』は、クラスター、ハルモニア、タンジェリン・ドリーム、ポポル・ヴーなど70年代のドイツの電子音楽を思わせるものがある。エクスペリメンタルとロマンティックの混合の果てに生まれた戦後世界の陥没地点にして無機質な20世紀電子ロマン派ともいうべき戦後ドイツの電子音楽=クラウトロック。本作は、その音楽的遺伝子を継承する「2019年現在における最新電子音楽のひとつ」とひとまずはいえよう。もしくはこの神なき世界において祈りを捧げるような仮想世界宗教電子音楽とでもいうべきか。じっさい、その分断したようなサウンドにはいまのインターネット以降の特徴ともいえる「断片性がもたらす崇高さが」横溢している。70年代と10年代の交錯? あなたが(いまや瀕死の状態の?)「先端音楽」の聴き手ならば、本作は絶対に聴くべき作品である。われわれが愛してやまかった10年代の先端音楽へのレクイエムでもあるのだから。

 ディーノ・スピルッティーニは「ドローン作家」の枠で紹介されてもいるが、2014年に〈Umor Rex〉(ちなみにこのレーベルは日本でいささか過小評価気味だ。ラファエル・アントン・イリサリ、フェリシア・アトキンソンM.・ゲド・ゲングラス、ドリフトマシン、ジェームス・プレイス、カラ=リズ・カヴァーデール&LXVなど10年代のポスト・エクスペリメンタルな電子音楽レーベルとして重要なアーティストと作品を多くリリースしているのだ)からリリースしたニルス・クァック(Nils Quak)とのスプリットLP『Modular Anxiety』からして、ノイズ、ドローン、クラシカル、アンビエント、テクノなどのフォームが溶け合ったような独自のサウンドを展開しており、ひとくくりの枠で語ることはできなかった。当然、5年も前の作品なので、最新作『Heaven』に比べるとシンプルな構造だが、ノイジーな電子音とアトモスフィアでアンビエンスなサウンドの交錯がもたらすクラシカルで天国的な音響/音楽性はすでに完成されていた。さらに『Modular Anxiety』の名が表すように、モジュラーシンセを駆使しているのが特徴だが、ドローン一辺倒ではなくモダン・クラシカルな音楽性がクロスしている点も特徴であった。最新作『Heaven』では、彼が追及してきたエクスペリメンタル/クラシカルな音楽性が極限まで高まっている。サウンド的には一言でいえばアンビエント・クラシカル化したベン・フロストか。

 アルバムには全8曲が収録されている。分断した「声」の残骸が脅迫的に反復し、鏡のような電子音に反響されていく1曲め“Body At War”、途切れてしまいそうな硬いノイズと透明な電子音が横溢する2曲め“Weakened Centurion”、アルヴォ・ペルトのオーケストラ曲のハーモニーにノイズ音響が空気に浸透する3曲め“Touch Isolation”、一転して穏やかな電子音響空間を鳴らす4曲め“Rainbow Bridge”まで完璧な流れである。アルバム後半の始まりである“Flesh Angel”以降も聴き手の意識に浸透するようなサウンドを展開し続ける。どの曲も極度にデジタライズされた音質の中で、クラシカル、ミニマル、電子音楽の欠片がスムーズかつ歪に接続され、思わずポスト・インターネット時代のモダン・クラシカル・ヴェイパーウェイヴとでも軽薄に形容したくなるが、その音楽のむこうにはアルヴォ・ペルトの音楽に通じるオーセンティックな西洋音楽の反復性が横溢している。

 私としては、ウィーン出身の音楽家によるこのようなアルバム作品が、ウィーンの電子音響レーベルの老舗(?)〈Editions Mego〉からリリースされたことで、同じくウィーン出身の電子音響音楽家フェネス(クリスチャン・フェネス)と比較してしまいそうにもなった。フェネスによるロマンティック・グリッチ音響の傑作『Endless Summer』が、〈Mego〉からリリースされたのはいまから18年も前の2001年だ。『Endless Summer』と『Heaven』を並べてみることで、〈Mego〉/〈Editions Mego〉とその主宰の電子音楽家ピタことピーター・レーバーグの電子音響への一貫した視座を感じ取ることができるのではないか。それは「相反する世界を電子ノイズで繋ぐこと」に思える。叙情から崇高さへ。モダン・クラシカルからモジュラーサウンドへ。ビーチ・ボーイズからアルヴォ・ペルトへ。20年近い歳月をはさみながらも、このふたつのアルバムは、このように相反するものを呑みこみながら、そこに生まれるロマンティックで過激にして美しい電子ノイズの蠢きを生成しているのだ。

 本作を聴くことで70年代のクラウトロック、80年代のテクノ/ニューウェイヴ、90年代のグリッチ、00年代のエレクトロニカ、アンビエント/ドローン、10年代のポスト・インターネット・サウンド、インダストリアル・テクノと、さまざまなフォームに液状的に生成変化してきたエレクトロニック・ミュージック/電子音響音楽の変化の過程を聴き取ることもできた。2019というディケイドの終わりが刻印されたこの年に聴くべきアルバムである。

Kokoko! - ele-king

 エボラ出血熱ではない。はしかでもない。戦争でもなければ性暴力でもなく、なんというかこう、もっとポジティヴなニュアンスで最近「コンゴ」という単語を目にする機会が多い。別エレ最新号をつくる過程で久しぶりにDRCミュージックを聴き返したというのもある。あるいは先月来日を果たしたキシ。彼女は幼いころに旧宗主国たるベルギーへと移住しているから、現地の空気にどっぷりというわけではなかったんだろうけど、それでも音楽に興味を持つきっかけになったのはルンバ・コンゴレーズやドンボロだったと語っているし、それこそ『7 Directions』のテーマは植民地化される以前、かの地に存在していたという部族「バントゥ・コンゴ」とコスモロジーを接続させることだった。なぜだか最近「コンゴ」がキイワードになっている。

 首都キンシャサのブロック・パーティのなかで産声をあげたコココ!は、通常のバンドとは異なり、楽器の発明家たちをそのおもな構成員としている。グループ名はリンガラ語で「ノック、ノック、ノック」を意味し、そこには「ドアを開けて自分たちの音楽に触れてもらいたい」という彼らの願いがこめられている。唯一西洋からの参加者であるデブリュイことグザビエ・トマはブリュッセルを拠点に活動しているプロデューサーで、彼が映画制作会社のベル・キノワーズとともにキンシャサを訪れた際に路上でパフォーマンスする発明家たちと出会い、2016年の夏、コココ!が結成されることになった。
 最初に完成した曲だという“Tokoliana”は2017年6月にシングル化され、彼らの記念すべき最初のリリースとなる。その後セカンド・シングル「Tongos'a」を挟み、翌2018年にはリスボンのDJマルフォックスやダーバンのシティズン・ボーイを招いたリミックス盤を発表、見事昨今のトレンドへの合流を果たす。そのままサード・シングル「Azo Toke」や初のEP作品「Liboso」を送り出し、今年に入ってからもシングルを連発、かくしてお目見えとなったのがこのファースト・アルバム『Fongola』だ。

 コココ!のメンバーはフランコ&OK・ジャズやパパ・ウェンバといったコンゴのレジェンドたちから影響を受けているとのことで、たしかに部分的にそれらしき要素がにじみ出ている、ように聞こえなくもない、が、それ以上に注目すべきなのは、彼らの驚くべきDIY精神だろう。RAのセッション動画を見ればわかるように、コココ!の面々は空き缶やペットボトル、タイプライターやトースターを楽器として用いている。それだけではない。本作を録音するにあたって彼らは、なんとスタジオまで自作してしまっている(素材は卓球台とマットレス)。
 彼らがそのように日常的なマテリアルを楽器として用いるのは、けっして奇をてらっているわけではなく、そもそもコンゴでは楽器が異様に高いという理由からだ。かつてフライング・リザーズもドラムのかわりに段ボールを叩いていたけれど、じっさいに手に入るか入らないかというのは大きなちがいだろう。レンタルですらとうてい手が届かない値段だそうで、おまけにかの地はしょっちゅう停電に見舞われるらしく、ゆえにコココ!は身のまわりにあるもの、路傍で拾ったもので音楽をつくりあげなければならなかった。そんな彼らの創意工夫を最大限に活かすためだろう、デブリュイによるシンセもできるだけ簡素に、良い意味でチープな音を繰り出している。

 冒頭“Likolo”や“Azo Toke”、ダンサブルな“Buka Dansa”や“Malembe”といった前半の曲たちが体現しているように、アフリカンなヴォーカル、ミニマルな各種パーカッションと、ダブやベース・ミュージック、ハウスなどの手法との組み合わせがこのアルバムの基調を為しているが、他方でひたすらストレンジなムードが続く“L.O.V.E.”や、陶酔的なベースラインの反復とギャング・オブ・フォーを思わせるギター(??)との対比が強烈な“Tongos'a”、加工されているのか生で発せられているのか判然としない独特のヴォーカルがクセになる“Zala Mayele”など、さまざまなアイディアでリスナーを楽しませてくれる表情豊かな1枚に仕上がっている。なかでももっとも彼らの真髄を堪能させてくれるのは、やはり、最初につくられたという“Tokoliana”だろう。この曲をミラ・カリックスサンズ・オブ・ケメットに接続したのも頷けるというか、ベースラインやダビーなドラム処理が高らかに告げているように、これは、まさしくポストパンクである。

 彼らの創意工夫の背景にはもちろん、政治的に困難なコンゴの情勢が横たわっている。西洋のアーティストが趣向を凝らそうとして楽器以外のものに手を出すのとはわけがちがうのだ。だからコココ!の音楽は、DAWがあればいかようにもそれっぽい曲がつくれてしまう昨今の風潮にたいするオルタナティヴであると同時に、創意工夫を重ねなければならない状況へと彼らを追いやった社会なり世界なりにたいするプロテストでもある。
 にもかかわらず。にもかかわらず、たとえば彼らのボイラールームでのパフォーマンスなんかを観ていると、怒りや抗議よりも圧倒的に、喜びや楽しみのほうが勝っているように感じる。なんというかこう、もっとポジティヴなのだ。きっとその正のオーラこそ、コココ!の音楽最大の魅力なんだと思う。

Colleen - ele-king

 昨年素晴らしいアルバム『A Flame My Love, A Frequency』を送り届けてくれたフランスの音楽家コリーンが、モーグとコラボレイトしたEP「A Flame Variations」を公開した。『A Flame~』収録曲の別ヴァージョンが5曲収められており、バンドキャンプにてフリーでダウンロード可能となっている。

https://colleencolleen.bandcamp.com/album/a-flame-variations-live-in-the-moog-soundlab

Plaid - ele-king

 30周年を迎え大きな盛り上がりを見せている〈Warp〉だけれど、またもや嬉しいお知らせの到着だ。今年6月に環境問題をテーマに掲げた力作『Polymer』をリリースしたヴェテラン、プラッドが来日する。オーディオ・ヴィジュアルにも定評のある彼らだけに、今回のライヴでもきっと素晴らしい一夜を演出してくれることだろう。11月23日は VENT に決まり!

Aphex Twin や Autechre 等と共に〈Warp〉レーベルを支えてきた Plaid が、オーディオ・ビジュアル・ライブセットで登場!

今年の7月には10枚目となる最新アルバム『Polymer』をリリース、30周年を迎えた超人気レーベル〈Warp〉を Aphex Twin や Autechre、Nightmares On Wax などとともに支えてきたPlaid (プラッド)が、話題のオーディオ・ビジュアル・ライブセットを引っさげて11月23日のVENTに登場!

まばゆいメロディ、肉感的なリズム、ヒプノティックなテクスチャーが散りばめられた13曲を収録した最新作品『Polymer』を今年7月にリリースした Plaid。名門レーベルの看板アーティストの1組として長年の活躍は言わずもがな、Björk をはじめ、Mark Bell、Arca、Haxan Cloak、最近では Skee Mask や Daniel Avery などともコラボレーションしてきた。他にも London Sinfonietta や Southbank Gamelan Players、Felix's Machines のロボット・スカルプチャー、サウンドトラックなどジャンルを超えて幅の広い仕事をしてきた。また Berghain などの有名クラブからシドニーのオペラハウスなど様々な場所でライブを繰り広げてきた国際的な輝かしい実績も持っている。

Plaid は過去にも世界各地でオーディオ・ビジュアル・ライブセットを披露しており、その圧倒的なクオリティの高さは大きな評判となっていた。多声音楽、環境汚染、政治などのマニフェストをクリエイティブに昇華し、環境問題や統合性、生存競争や死亡率、人間性の断絶などのテーマがぶつかり合っている最新作『Polymer』は今の時代に聴くべき作品と言えるだろう。まさに今見るべきライブアクトのクリエイティビティを直に体感してほしい!

Plaid - WXAXRXP Mix:https://youtu.be/62B_JAg6jJ0

[イベント概要]
- Plaid -
DATE : 11/23 (SAT)
OPEN : 23:00
DOOR : ¥3,500 / FB discount : ¥3,000
ADVANCED TICKET:¥2,500
https://jp.residentadvisor.net/events/1326343

=ROOM1=
Plaid - Live -
Mustache X
TUNE aka FUKUI (INTEGRATION / Hippie Disco)
HOWL (DODGY DEALS CLUB)

=ROOM2=
JUNSHIMBO (OTHERTHEQue!)
FLEDtokyo (Tu.uT.Tu./Test Press)
HARUYAMA (RINN∃)
TEA YOUNG DAY
MIDY (YELLOW) × Amber (PARANORMAL)

VENT:https://vent-tokyo.net/schedule/plaid/
Facebookイベントページ:https://www.facebook.com/events/772747059842468/

※ VENTでは、20歳未満の方や、写真付身分証明書をお持ちでない方のご入場はお断りさせて頂いております。ご来場の際は、必ず写真付身分証明書をお持ち下さいます様、宜しくお願い致します。尚、サンダル類でのご入場はお断りさせていただきます。予めご了承下さい。
※ Must be 20 or over with Photo ID to enter. Also, sandals are not accepted in any case. Thank you for your
cooperation.

CFCF - ele-king

 今年、ニューエイジとジャングルを組み合わせたアルバム『Liquid Colours』をリリースし話題を呼んだ CFCF が、同作を引っさげ来日ツアーをおこなう。11月2日から11月6日にかけて、東京、新潟、大阪を巡回。ライヴではいったいどんなサウンドが繰り広げられるのか。あなた自身の耳で確認しよう。

CFCF JAPAN TOUR 2019
– LIQUID COLOURS RELEASE TOUR –

・11/02 (Sat) – TOKYO | CIRCUS Tokyo
・11/03 (Sun) – Niigata | Kiageba Church
・11/06 (wed) – OSAKA | CIRCUS Osaka

https://www.artuniongroup.co.jp/plancha/top/news/cfcf-japan-tour-2019/

■東京公演

CFCF JAPAN TOUR 2019 – Tokyo –

日程:11/2(土)
場所:CIRCUS Tokyo
時間:開場 19:00 / 開演 19:30
料金:前売 3,500円 / 当日 4,000円(別途1D代金600円)
チケット:チケットぴあ (Pコード:167133) / Peatix / e+

LIVE:
CFCF
dip in the pool
Daisuke Tanabe


■新潟公演

CFCF JAPAN TOUR 2019 – Niigata –
experimental room #30

日程:11/3(日)
場所:新潟・木揚場教会(新潟市中央区礎町通上一ノ町1957)
時間:開場 17:00 / 開演 17:30
料金:前売 3,500円 / 当日 4,000円 / 新潟県外からの方 3,000円 / 18才以下無料!
チケット:メール予約
info@experimentalrooms.com
(件名を「11/3チケット予約」としてご氏名とご希望の枚数をご連絡下さい)

LIVE:
CFCF
dip in the pool
Yojiro Ando

DJ:
Jacob

SHOP:
Oohata Coffee


■大阪公演

CFCF JAPAN TOUR 2019 – Osaka –

日程:11/6(水)
場所:CIRCUS Osaka
時間:開場 19:00 / 開演 19:30
料金:前売 3,000円 / 当日 3,500円(別途1D代金600円)
チケット:チケットぴあ (Pコード:167135 ) / Peatix / e+

出演:
CFCF
speedometer.
Dove



■CFCF
モントリオールを拠点に活動するコンポーザー Michael Silver によるソロ・プロジェクト。これまで〈Paper Bag〉、〈Acephale〉、〈RVNG Intl.〉、〈1080P〉、〈International Feel〉など、様々なレーベルから作品をリリースしている。インディ・ディスコ~ポスト・ダブステップ~アンビエントなど幾多のエレクトロニック・ ミュージックを横断しつつも、常にクウォリティの高いサウンドを披露し、ジャンルを超えて高い支持を得ている。また、リミキサーとしてもその手腕を発揮しており、Crystal Castles、HEALTH、Owen Pallett など多岐にわたるアーティストのリミックスを手がけており、現代のエレクトロニック・シーンで重要な人物の一人として地位を確立している。日本の音楽にも精通しており、dip in the pool との交流も深い。
cfcfmusic.com / Twitter / SoundCloud


■dip in the pool:(東京、新潟公演に出演)
1983年に作/編曲を担当する木村達司(track)と、作詞担当の甲田益也子(vo)が結成したデュオ。独特の音楽センスとファッショナブルなヴィジュアルが話題を呼び、86年にイギリスは〈ROUGH TRADE〉よりデビュー。
マイペースな活動と並行して、甲田益也子が89年に映画『ファンシイダンス』で役者としてもデビューし、映画『白痴』では主演をつとめた。木村達司は他アーティストのプローデュース、アレンジやCM、映画音楽制作等、個々の活動も多彩に展開している。
一時の活動休止を経て2011年に本格的に再始動、14年ぶり、8枚目となるアルバム『brown eyes』をリリース。
2013年には木村達司がモーガン・フィッシャー、安田寿之と共にアンビエント・エレクトロニカ・アルバム『Portmanteau』をリリース。甲田益也子がゲスト・ヴォーカルとして4曲参加している。
2015年1月に伊藤ゴロー、古川初穂らをゲストに迎えた10枚目のアルバム『HIGHWIRE WALKER』をリリース。
2016年にアムステルダムに本拠を置き世界中に多くのファンを擁する復刻レコード専門レーベル〈Music From Memory〉から89年に発表した「On Retinae」が12 inch・シングルとしてリイシューされ世界的に再評価される。
2017年にはアメリカのアンビエント・デュオ Visible Cloaks からの依頼を受けシングルを共作リリースし、来日イベントでは共演も果たしている。
2018年、オーストラリアはメルボルンでのフェス、シドニーでのDJ/ライヴ・イベントに参加。
2019年、ヨーロッパツアーを行い、パリ、ストックホルムにてライブを行い好評を博す。また、年内には日本、オーストラリア、フランスのアーティストとのコラボレーションを行い、作詞、作曲、歌唱、トラックメイクを提供したシングルが連続してリリースされている。
https://dipinthepool.com/


■Daisuke Tanabe:(東京公演に出演)
偶然の重なりから初ライヴはロンドンの廃墟で行われた大規模スクウォット・パーティー。06年、紆余曲折を経てリリースした初のEPが BBC Radio1 Worldwide Award にノミネートされ、その後も世界最大規模の都市型フェス Sónar Barcelona への出演、イタリアでのデザインの祭典ミラノサローネへの楽曲提供等幅広く活動中。釣り好き。
https://soundcloud.com/daisuketanabe
https://twitter.com/daisuketanabe
https://www.facebook.com/Daisuke-Tanabe-157676610954408/


■Yojiro Ando:(新潟公演に出演)
安藤洋次郎 | 新潟県新発田市在住の作曲家。4歳から17歳までピアノを習い、その後、クラブ音楽に傾倒。22歳からトラック製作を開始し、2016年にエレクトロニカを軸とした自身初となるアルバム『Cube Day Love』を旧名義(Yojiro Chiba)で発表。その後、2018年にはインスト・ヒップホップを軸としたアルバム『Keshiki』を発表。現在、トラック製作の他にライブ活動にも力を入れている。
YOJIRO ANDO
YOJIRO ANDO “KESHIKI”
YOJIRO CHIBA “CUBE DAY LOVE”


■ヤコブ:(新潟公演に出演)
国内外の先鋭的なアーティストを招聘し、アート・エキシビションやクラブ・イベントなどを行う、新潟のアンダーグラウンド・シーンを牽引する red race riot! を主催し、DJとしてもプレイする。また様々なイベントでもDJとして精力的な活動を行い、盟友 le とのDJユニット、Ixalods の名義も持っている。
RED RACE RIOT!
Interview with JACOB


■speedometer. (高山純 a.k.a. slomos):(大阪公演に出演)
1990年代より speedometer. として活動、6作のアルバムをリリース。中納良恵(ego-wrappin')、イルリメとのユニット「SPDILL」、山中透(ex. Dumb Type)とのコラボレーションから、二階堂和美の編曲、ビッグポルノ楽曲担当、故市川準監督作品への楽曲提供など。近年はAUTORA(山本アキヲ+高山純+砂十島NANI+森雄大)としても2作のアルバムをリリース、アパレル・ブランドのコレクションに楽曲提供、台湾・蔡健雅のアルバムに編曲者として参加。
​オフィシャルサイト
https://takayamajun.com/


■Dove:(大阪公演に出演)
大阪拠点のシンガー/プロデューサー。2018年にリリースした1st EP「Femm」、2019年にリリースした2nd EP「irrational」が各地で話題となり、今までにデンマークのシンガー Erika de Casier やレーベル〈PAN〉の M.E.S.H や Toxe などと共演。自主レーベル〈Pure Voyage〉も共同で主催しており、各方面から今後が期待されているアーティストの1人である。
https://soundcloud.com/doveren

interview with Michael Gira(Swans) - ele-king


Swans
Leaving Meaning

[解説・歌詞対訳 / ボーナストラック1曲収録]
Mute/トラフィック

Experimental RockPost Punk

Amazon

 ニューヨークのノー・ウェイヴ勢がその崩壊型のアート虐殺行為を終えつつあったシーン末期、1982年にスワンズは出現した。1983年のデビュー作『Filth』のインダストリアルなリズムと非情に切りつけるギターから2016年の『The Glowing Man』でのすべてを超越する音響の大伽藍まで、彼らは進化を重ね、長きにわたるキャリアを切り開いてきたが、次々に変化するバンド・メンバーやコラボレーターたちの顔ぶれの中心に据わり、スワンズの発展段階のひとつひとつを組織してきたのがフロントマンのマイケル・ジラだ。

 実験的な作品『Soundtracks for the Blind』に続き、スワンズは1997年にいったん解散している。そこからジラはエンジェルズ・オブ・ライトでサイケデリックなフォーク調の音楽性を追求した後、新たなラインナップでスワンズを再編成しこの顔ぶれで2010年から2016年にかけて4作のアルバムを発表。じょじょに変化を続けるジラのサイケデリックからの影響を残しつつ、それらを音の極点のフレッシュな探求に融合させた作品群だった。このラインナップは2017年に解消されたものの、それはバンドそのものの終結、というか長期の活動休止を意味するものですらなかった。そうではなく、ジラは自らのアイディアの再配置を図るべく短い休みをとった上で、『Leaving Meaning』に取り組み始めた。クリス・エイブラムス、トニー・バック、ロイド・スワントンから成るオーストラリアの実験トリオ:ザ・ネックスから作曲家ベン・フロスト、トランスジェンダーの前衛的なキャバレー・パフォーマー:ベイビー・ディーに至る、幅広い音楽性を誇るコラボレーターたちが世界各国から結集した作品だ。

 マントラ調になることも多い執拗なリズムとグルーヴ、トーン群とサウンドスケープの豊かな重なり、ゴスペル的な合唱によるクレッシェンドとが、今にも崩れそうなメロディの感覚で強調された、霊的な音の交感の数々へと統合されている。このアルバムおよびその創作過程の理解をもう少し深めるべく、筆者はアメリカにいるジラとの電話取材をおこなった。取材時の彼はこれまでも何度かコラボレートしてきたノーマン・ウェストバーグを帯同しての短期ソロ・ツアーに乗り出す準備を進めているところだったが、それに続いて彼は2020年から始まる『Leaving Meaning』ツアー向けの新たなスワンズのライヴ・ショウ作りに着手するそうだ。(坂本麻里子訳)

わたしはドアーズを聴いて育ったんだ。大げさな音楽だったかもしれないけど、その当時はすごくいいと思ってた。いまでもその頃聴いてたレコードのことを思い出すよ。

アルバムを聴いたのですが、かなり手の込んだプロセスだったのではないでしょうか。参加したアーティストも30人以上います。

ジラ:6ヶ月やそこらかかったんじゃないかな、いや、8ヶ月だったかも。ようやく作り終えたのがたしか3ヶ月前。かなりの作業だった。

大部分をドイツで録られましたね。なぜドイツだったのでしょう?

ジラ:メインで参加してくれてるアーティストがベルリン在住だった。ラリー・ミュリンズ、クリストフ・ハン、ヨーヨー・ロームとまず元になるトラックを録って、その後サポート(と言えども、重要な役割の)ミュージシャンを呼んだわけだけど、彼らもベルリン在住だったからね。ベルリンには他にも何人か呼び寄せて、素晴らしきベン・フロストと作業するためにアイスランドに飛んだよ。ニューメキシコ州のアルバカーキにも行って、A Hawk and a Hacksawのヘザーとジェレミー、昔からの友人のソー・ハリスとも作業した。で、ブルックリンでダナ・シェクター、ノーマン・ウェストバーグ、クリス・プラフディカのパートを録って、またベルリンに戻ってオーヴァーダブとミックス作業をしたんだ。

以前とはかなり異なるプロセスだったのですか?

ジラ:うーん、2010年から2017年、18年くらいまでは固定のバンド・メンバーがいた、メンバー間の仲も良かったし、みんないいミュージシャンだった。スタジオに入って、ライヴ演奏してきたものや、わたしがアコースティック・ギターで書いた曲に肉付けしたものを録ったりした。いつも一緒にやっている人は決まっていて、外部から人を連れてきたりもしたけど、ベースになる部分はずっと同じだった。スタジオに入って、全てをレコーディングしたりもした。わたしが不在のこともよくあったけど、いまみたいに大世帯ではなかったんだ。その当時のバンドを解散してからは、曲に見合って、作り上げてくれる仲間を選ぶようにした。

アルバム、『My Father Will Guide Me up a Rope to the Sky』(2010)から『The Glowing Man』の流れでいくと、先に広がりを持つ曲作りをされたということでしょうか?

ジラ:まずわたしがアコースティック・ギターのみで録って、そのあとみんなでスタジオで作りこんでいった曲もあるよ。他の曲はライヴでやったものを使ったりもした。アコースティック・ギターから生まれたグルーヴをスタジオでみんなとプレイして、エレクトリック・ギターを乗せて、バンドとして曲を作りこんでいく感じ。そこから、ライヴ演奏して、わたしひとりじゃなくて、曲が展開するに従って、バンドとしてインプロしていく。こういった断片的なものを生でプレイして、積み重なって、どんどん構築される──30分の曲もあれば、50分の曲もある。ある曲を演奏しているうちに、新たな流れができて何かが生まれて、元にあった部分を切り捨てたりとかね。わたしたちの曲は常に進化系だから、その先の流れも見えてくる。なかなか面白いやり方だったと思う。

かなり前に作られた曲の断片を再度使い、新しいものに生まれ変わらせる、といったプロセスなようにも取れますね。例えば、『The Glowing Man』内の“The World Looks Red/The World Looks Black”は80年代にサーストン・ムーアのために書かれた歌詞が引用されています。

ジラ:音楽が完成することは決してないと思っている。今回のアルバムの曲にしても、新しいバンドと演奏すれば、また新たに進化していくものだろうし。むしろそうであってほしい。アルバムと全く同じように聴こえるのではつまらない、新しいかたちでで演奏できる術を見出したい。常に崖っぷちにぶら下がってる感覚が大切なんだ。まがりないものを作り出すにはいい刺激なんじゃないか。

そういった意味では、今回のアルバムを作る過程は以前とは逆のやり方だった、と?

ジラ:そうかもしれない。ただ、今回のアルバムの構成・作曲に関していうと、作りはじめはむき出しの状態。いままでに演奏したことがあるものじゃないから、構成、作曲、ミックス、プロダクションという流れだった。以前に存在していたものではなかったから、だから自分のよく知るやり方でベストなアルバムを作ったのみ。で、想像つくと思うけど、このでき上がったものを思い切りぶち壊すのが次のステップ(笑)。

ご自身のアコースティックのデモを事前にリリースし、今回のアルバム制作資金を調達しました。以前にもこのやり方をされたことがありますね。

ジラ:何度もね。曲が反復する部分があるんだけど、そこからその曲のごく初期のヴァージョンや、アウトラインが見えてくると思う。ただ、こういう曲をアルバムと比べると、相当変化を遂げている。あるものが常に進化段階だという事実は重要だ。

レコーティングされたものとライヴ音楽の関係性について。ライヴ体験は独特の身体的若しくは直感的な何かがあるように思えます。

ジラ:そうだね、特に前作から感じ取れたと思うけど(笑)。音量重視だったからね。それには訳があって、ただ単に音量をあげたかったのではなくて、そこまでの音量にしないとしっくりこなかったっていうのがあった。これからのライヴではもうそのやり方はしないけど。それなりの音量にはなるが、以前のように音量に圧倒される体験ではなくなるね。

それを聞いて、以前ブライアン・イーノが言ったことを思い出しました。何かが限界ギリギリになったときにこそ、クリエイティヴィティが生まれる、と。例えば、スピーカーを最大音量まであげたときに、ディストーションという新しい音の形が生まれるように。

ジラ:ああ、想定外のものが生まれるのをみるのは楽しい。わたしも最初に作ったものを捨てて、予想外の産物を使うことがよくある。そっちの方が熱がこもってる気がするから。

かなり冒険的なアプローチですよね。それはご自身が元々ミュージシャンとしての訓練を受けていないことに起因していると思いますか?

ジラ:そうだな、わたしがギター・プレイヤーと曲作りをしているとする。わたしが自分のギターでコードを弾いて、「もうちょっとオープンコードっぽく弾いてみて」と頼んで、弾いてもらう。で、「あー、ちょっと違うな。もっと高いコードでやってみようか。それかハモってみるか」って具合に。その曲にしっくりくるものを探すのみ。だいたいわたしが曲を書くときはアコースティック・ギターを使うんだけど、ギターに腹が触れてるもんだから腹で音を感じるんだよ。わたしが弾くコードにはオーヴァートーンや共鳴があって、曲を組み立てていく段階になると、むしろコード主体というよりもコードを取り囲むサウンドがメインになること多い。そうすると、「そうか、そこに女性ヴォーカルかホーンを入れたらこの共鳴部分を引き出すことができるのかもしれない」ってなるから、そうやって曲が作り上げられていく。

だから自分のよく知るやり方でベストなアルバムを作ったのみ。で、想像つくと思うけど、このでき上がったものを思い切りぶち壊すのが次のステップ(笑)。

ギターの共鳴を身体で感じるとおっしゃっていましたが、音楽の身体性について思い出しました。

ジラ:ああ、まあ、わたしはある意味、サウンドにのめり込んで消えてしまいたいっていう、こう、青臭い衝動に駆られるから、スケールはでかければでかいほどいいんだけど。ただ当然、長いこと生きていれば、でかいサウンドにしたいんだったらそれなりにサイズ感を合わせていかなきゃいけないことを学ぶわけで。青臭いっていったのは、若かりし頃に音楽に没頭して、そのなかに埋もれるとどこか新しい場所に辿り着けたことを思い出したから。だから、ステレオの音量をグッと上げるんだよ、しばしのあいだこの世から消えてしまいたいと思うから(笑)。

わたしの青春時代はいつもシューゲイザー・ミュージックでしたね。音の渦に飲み込まれますから、音楽的にはひどいものだったかもしれませんけど。

ジラ:申し訳ないけど、中身のない音楽だな(笑)!

その当時は自分自身の中身も空っぽだったんだと思います!

ジラ:わたしはドアーズを聴いて育ったんだ。大げさな音楽だったかもしれないけど、その当時はすごくいいと思ってた。いまでもその頃聴いてたレコードのことを思い出すよ。

そう考えると、最近のスワンズのサウンドはドアーズ特有のエコーを彷彿させるものがありますね。サウンドそのものというよりも、雰囲気ですけど。

ジラ:まあそうだな、ドアーズはわたしの一部になってるから。ジム・モリソンみたいに歌えたら、もう死んでもいいや、だってそれ以上の幸せなんてないだろ(笑)。

ノイズやノイズ・ロックのような音楽の極限を追求する音楽は多々ありますが、80年代、90年代のアーティストがもともとこの音楽的な限界を作り始めたように思います。どのようにしてご自分の限界に挑み続けられているのでしょうか。

ジラ:その当時、スワンズは“ノイズ”音楽だと言われてたみたいだが、そう思ったことは一度もない。“サウンド”──純粋なサウンド、と捉える方が個人的にはしっくりきた。“ノイズ”と言われてたことを気にすることもなかったが、常に自分のやり方で、自分にとって唯一無二の、本物の音を追求してきたつもりだ。

そういった意味でこのように音楽に限界を設けるのは、音楽的な違反を犯すということなのかもしれません。

ジラ:他人が何をしようと関係ないさ。ルールを破りたいのあれば、どうぞご勝手に(笑)! そうしたところで、結局またそのルールとやらに縛られることになるんじゃないかと思うけど。やりたいことは自ら見つけるべきだし、それが人を不快にさせるなら仕方ないこと。ただそうと決めても、またその事実に結局は囚われることになる。誰かが決めたルールのなかで音楽は作りたくはない。

今回のアルバムに話を戻します。『The Glowing Man』に比べると、歌詞重視なように思えます。

ジラ:かなり意図したものだ。特に過去の『The Seer』、『To Be Kind』、『The Glowing Man』の3作に関しても歌詞はそれなりに重要だったんだけど、若干陰に隠れていたのかもしれない。歌詞がゴテゴテしすぎたり、奇抜すぎたりすると、サウンド体験の妨げになりうると思ったから。今回はこのサウンドに見合うものを生み出すことに挑戦した。ある意味、ゴスペルみたいな感じだよね。何度も繰り返されるフレーズがあって、それが昂揚していくような。だから、物語調のものより、サウンドに意味をもたせてくれるようなアンセムとかスローガンみたいなフレーズを見つけようと思ったんだ。今回の新しいプロジェクトでは、もっと歌詞を書くと決めて、アコースティック・ギターを持って自分をなかば強制的に歌詞に集中させるところからはじまった。湧き出てくる言葉もあれば、どうしてもうまい具合に出てこないこともあったけど。

インプロを多用し、生で演奏し作り上げていくというスタイルから、より構造的なものにしていこうというプロセスの変化の一端だということですか?

ジラ:ああ、そうだね。歌詞は明らかに完成してるけど、そこからまた曲が進化していくっていうときもあったね。歌詞ができていないときでも、イメージしているものがあがってくるまで、適当なフレーズで歌ってたときもあった。で、そのイメージと他のイメージの相乗効果で曲ができたり。その場合、全ての曲はすでに完成していて、あとはその曲を演奏してる人たちと詰めていくだけだった。

このアルバムの制作過程で歌詞から何かテーマが生まれてきましたか?

ジラ:どうだろう。いつも自分自身の存在に惑わされ、驚かされてるからさ。自分の精神、一般的にいう精神というものがどういうものなのか、意識とはどういう仕組みなのか理解しようとしているんだけど、もしテーマがあるとしたらそれかな。君が若い頃にこういう経験があったかどうかわからないけど、わたしには間違いなくあった、とくにLSDをやったときにね。鏡のなかの自分の姿をある一定の時間眺めていると、自分が肉体から離れていくのが見えて、鏡のなかの人物は自己というものを失う、この現象。こういった心理状態は興味深いものだ。

歌詞やサウンドについて。“Amnesia”を例にとります、もしかしたらわたし自身の不安を投影しているだけかもしれませんが、世のなかが制御不能に陥っていくような印象を受けました。

ジラ:さあ、いまの世のなかについてどうこう言えるほどの立場にないからなんとも言えないけど、自分の頭のなかがどうなってるかはよくわかってるつもりだ(笑)。

まあ、わたしはある意味、サウンドにのめり込んで消えてしまいたいっていう、こう、青臭い衝動に駆られるから、スケールはでかければでかいほどいいんだけど。

先ほど、ゴスペル音楽についてお話されていましたが、今回のアルバムにもその要素が入っているように思えました。このような音楽は、宗教的な救済を彷彿させるのではないでしょうか。

ジラ:うーん、救済、ではないかな。救済っていうんだったら、まずは呪われていることが前提じゃないか。恍惚的な何かに解けこんでいくっていう考え方は、もちろん音楽の本質だけどね。それは常に追い求めている。曲ってシンプルなものだったり、短編的なものだったりするんだけど、サウンドのなかで我を見いだしたり、見失ったりってことを同時にやっているってことでもあるんじゃないか。

“Leaving Meaning”では最近話題のドイツの「Dark」というテレビ・ドラマのサントラを担当してるベン・フロストが参加していますね。映画ファンなんですか?

ジラ:映画オタクってわけでもないし、すごく詳しいわけじゃないけど、映画はよく観るよ。近代では一番わかりやすい芸術の形なんじゃないか。個々の持つ力をうまく引き出して、自分のヴィジョンを維持しつつ、そこから芸術作品を作り出すって、とてつもないことだと思うんだ。まとめていかなきゃいけない人たちからあれこれ言われたり、経済的な困難だとか、それを全て乗り越え、ものすごく手の込んだ何かを生み出すのはとてつもない労力だ。

いまお話にあった、手が込んで、包括的な芸術作品である映画のように、あなたが音楽的に成し遂げたいなにかはありますか? アルバムを聴いていると、単に個々の曲を寄せ集めただけではないような気がします。

ジラ:80年代後半か、もしかしたら80年代なかばくらいから、アルバムをサウンドトラックとしてとらえるようになった──エナジー、わたしたち独自のサウンドそして昂揚感が詰まったものとして。音を通じて、完全なる体験を作り出したかったんだ。自分が映画を撮ったり、脚本を書いたりなんて腕は全くないが、こういった体験に音を落とし込んでいくことだけはできる。

それは曲や音楽の欠片が他のものに移り変わっていく過程なのではないかとわたしも思います。

ジラ:以前のアルバムだと、音の継続性や遷移性は少し掘り下げてみるだけだったこともあったが、『Soundtracks for the Blind』(1996)あたりから、それを実際に採用してみたら面白いんじゃないかと思うようになった。だからその流れに乗って、曲を作ってみようってなったんだ。「お、面白いやり方が見つかった、遷移的で形のない瞬間を紡いでいこう」って思ったのを覚えてる。

最後になりますが、次のステップとして今回のアルバムをライヴで実現したいとおっしゃっていましたね。どのようにして実現されるか、若しくはどのようなセットアップにされるか決めているのですか?

ジラ:まだあまり公にするつもりはないんだけど、6人編成で、座っての演奏になる予定。延々と伸びた音の洪水がポイントになって、そこから曲が展開していくっていう変わった編成の予定だけど、どうなるかね! リハの期間は3週間あるから、なかなか面白いことになりそうだ。このツアーで新しいバンドと一緒に作り込もうと思っている曲はあるんだ。これからはじまるソロ・ツアーが終わったら、彼らとのツアーだけでプレイ予定の新曲が完成しているはず。いいサウンド体験にできればいいんだけど。

現在のセットアップにインプロを取り入れる予定は?

ジラ:ああ、そうだね、それもいいなとよく思ってる。それにはまずコード構成をちゃんとおさえて、それからどうやってそれをぶち壊すかを考えないとだな(笑)!

Emerging in 1982 into the disintegrating art-carnage of the New York no wave scene’s dying days, Swans have carved out an enduring career that has evolved from the industrial rhythms and harsh guitar slashes of their 1983 debut Filth through to the transcendent sonic cathedrals of 2016’s The Glowing Man, with frontman Michael Gira orchestrating each evolutionary step from the centre of an ever-shifting lineup of bandmates and collaborators.

Swans disbanded in 1997, following the experimental Soundtracks for the Blind, with Gira pursuing a psychedelic folk-tinged direction with Angels of Light before reforming Swans under a new lineup for a run of four albums between 2010 and 2016 that retained Gira’s evolving psychedelic influences and fused them to fresh explorations of sonic extremes. The dissolution of that lineup in 2017 didn’t herald the end of the band though, or even an extended hiatus. Instead, Gira took a short break to reconfigure his ideas and began work on Leaving Meaning, bringing together a worldwide cast of musically divcerse collaborators ranging from Chris, Tony Buck and Lloyd Swanton of Australian experimental trio The Necks through composer Ben Frost to transgender avant-cabaret performer Baby Dee.

The album synthesises insistent, often mantric rhythms and grooves, richly layered tones and soundscapes, and gospel-like choral crescendos into moments ecstatic sonic communion underscored with a frequently fragile melodic sensibility. To try to understand a bit more about the album and the process behind it, I spoke with Gira by phone from the United States, where he was preparing to embark on a short solo tour with occasional collaborator Norman Westberg before working on creating a new live Swans show to tour Leaving Meaning in 2020.

IM:
Listening to this album, it feels like it was quite an involved process, and looking at all the people you collaborated with, there’s more than thirty people on the album.

MG:
It took six months or something – maybe eight months – and I finished three months ago, maybe. It was quite involved.

IM:
You recorded a lot of it in Germany. Why did you take that decision?

MG:
Some of the main players lived in Berlin. Larry Mullins, Kristof Hahn and Yoyo Röhm were the people with whom I first recorded the basic tracks, and then other ancillary musicians, although ultimately of equal importance, also lived in Berlin. I flew some people into the studio in Berlin as well, and then I travelled to Iceland as well, to work with the wonderful Ben Frost. I also travelled to Alberqurque, New Mexico, and worked with Heather and Jeremy from A Hawk and a Hacksaw and my old friend Thor (Harris). And then I travelled to Brooklyn and recorded Dana Schechter, Norman Westberg and Chris Pravdica and a few other things, and then I went back to Berlin and did some more overdubs and mixed.

IM:
Is that a very different process from the way you’ve worked previously?

MG:
Well, from 2010 to 2017-18 I had a fixed band for a while – great friends, great musicians – and we had a thing, so we’d go into the studio and record the material we had worked on live perhaps, or things that I had written on acoustic guitar we fleshed out. I had a set group of people with whom I worked, and then I would bring in other people to add orchestrations, but I had a basic group. We would go into the studio and record everything – I’d travel around a bit, but there weren’t as many people involved. Since I decided to disband that group, I just chose the people, whomever they might be, that served the song and helped orchestrate the song.

IM:
So on that run of albums from My Father Will Guide Me up a Rope to the Sky through The Glowing Man, the songs were built up live to a greater extent?

MG:
There are songs on there that I wrote exclusively on acoustic guitar and then we orchestrated them in the studio. Other ones came through playing live. I would have maybe a groove on the acoustic guitar and then I would go and rehearse with those gentlemen and I’d play electric guitar and then as a group we’d build it up and develop the song. And then we’d play it live and we had a tendency to improvise as a group – not solo, but improvise as the music unfolded. These long pieces developed just through performing, some of them thirty minutes long, sometimes fifty minutes long – it would just grow and grow. And sometimes what would happen is we’d have a song we were playing and a new thing would happen, which would become a new song and we’d leave the old bit behind, so it was always evolving and we’d find a new path forward. It was an interesting way to work.

IM:
There also seemed to be this process where fragments of old songs from a long time ago would re-emerge and gain a new lease of life. For example, on The Glowing Man using lyrics you’re written back in the ’80s for Thurston Moore in the song The World Looks Red/The World Looks Black.

MG:
I don’t look at the music as ever being finished. Even the songs from this album, I’m going to perform some of them with a new group and I expect that they’ll change considerably. I want them to – I don’t want them to sound like the record: I want to find a new way to perform them. It’s always important to me to be dangling over the cliff and having failure nipping at your toes. It’s a good impetus to make something authentic happen.

IM:
So in that sense, was the process behind Leaving Meaning almost in some ways the reverse of the ways you’d been working previously?

MG:
Maybe so. However, the way that this was composed and orchestrated was naked at the beginning. There wasn’t a history of playing it, so it was composing, orchestrating, mixing and producing this thing in and of itself. It didn’t have a life previous to that, so I just made the best record I knew how to do. And now, of course, the next thing to do is to fuck things up as much as possible (laughs).

IM:
You helpeed fund this album with a collection of your acoustic demos as well, right? You’ve done similar things in the past too.

MG:
Many times, yes. There’s one iteration of the songs and you can see the skeletal, nascent version of the songs, but as you compare those to the album, they’re obviously transformed quite a bit. Things are always in process, I think that’s important.

IM:
In terms of the relationship between recorded and live music, there’s also something physical or visceral that is unique to the live experience.

MG:
Yeah, particularly with the last version of Swans you felt it (laughs). It was very volume-intensive. And for a reason: it wasn’t just to be loud, it was that it didn’t sound right unless it was loud. But I’m leaving that behind in the next performances. It’ll have some volume, but it won’t be the overwhelming experience that it was in the past.

IM:
That reminds me of something that I think Brian Eno once said, about how creativity often emerges when something is pushing against its limits, for example in the way that volume pushing against the maximum carrying capacity of the speakers creating new sounds in the form of distortion.

MG:
Yeah, I enjoy that. I enjoy when unexpected results occur, and oftentimes I will discard the original thing and go with these unexpected results because they seem to have more fire in them.

IM:
That seems like quite an exploratory approach, and do you think it has something to do with you not being a formally trained musician?

MG:
Well, say I’m working with a guitarist and I’ll have a chord on my guitar and I’ll say, “Why don’t you try this, more of an open chord?” and then they’ll try something and I’ll say, “Ahh, not quite. Maybe move up the neck or let’s do a harmony.” It’s just searching for what works with the song. Usually, if I’m playing a song with an acoustic guitar, which I do when I’m writing, I can feel it in my belly because the guitar’s resting against my belly and there’s these overtones and resonances that are in the chords I play, and often the orchestration is inspired by what I hear around the chord rather than the chord itself. So I might think, “Oh, maybe I can bring out that resonance if I added some horns or some female vocals,” so things start to grow in that way.

IM:
What you said about the resonances of the guitar against your body brings me back to the idea about the physicality of music.

MG:
Yeah, well, I have a kind of adolescent urge to disappear in the sound, so I usually want things bigger and bigger. Of course, I’ve learned over the years you actually have to make things small also in order for something to sound big. I say adolescent because I associate it with my younger days listening to music, and just to disappear in the music and it kind of takes me somewhere. That’s why you turn up your stereo really loud: because you just want to be erased for a while, you know? (Laughs)

IM:
That reminds me of when I was a kid and my teenage crybaby music was always shoegaze. Even when the music was horrible, I could just disappear into the sound.

MG:
Unfortunately, the music had no content! (Laughs)

IM:
Probably back then I had no content myself either!

MG:
I grew up listening to The Doors. Maybe melodrametic, but it was pretty fantastic. I still think about those records sometimes.

IM:
I can definitely feel some echo of The Doors in recent Swans, at least in the feeling if not exactly the sound.

MG:
Yeah, I mean it’s there in me, for sure. If I could sing like Jim Morrison, I’d immediately kill myself because I’d be so happy. (Laughs)

IM:
With a lot of music that explores sonic extremes, like noise or noise-rock, it sometimes feels as if those limits were already charted by artists in the 1980s and ’90s. How do you keep on being able to challeenge yourself?

MG:
Well, I realise the word was bandied about in regards to Swans back in the olden days, but I never agreed with the term “noise” as applied to us. “Sound” – pure sound would have been a better term for me. But I’ve always followed my own path, and what I think sounds real and not redundant or phony is what I pursue.

IM:
In that sense, maybe thinking of sonic limits in these terms is similar to the idea of transgression, which I know is an idea you don’t necessarily agree with.

MG:
Oh, I don’t care what people want to do. If they want to transgress, all power to them! (Laughs) It just seems like that puts you in the position of a captive in a way, nipping at the heels of your master. To me, one should just choose their own destiny and if that bothers people, fine, but if you make that the point, then you’re necessarily beholden to the people that you’re trying to bother.

IM:
To return to Leaving Meaning, it felt like a more lyrically dense album than, say, The Glowing Man.

MG:
That’s very intentional. The thing is, with the last three records in particulat – that would be The Seer, To Be Kind and The Glowing Man, the lyrics were important, but they took kind of a back seat because if the words were too baroque or ornate, it tends to distract from the experience of the sound. So my challenge was to create signifiers that worked with the sound. Sort of like gospel in a way – you know, you’ll have a phrase that keeps repeating and that ties in with the crescendo. So the challenge was to find words that were more like anthems or slogans rather than someone telling a story, and that would just add meaning to the sound. In this new project, I decided I wanted to write more, so I sat down with an acoustic guitar and forced myself to keep working on the words and they develpped. Sometimes the words flowed and others it was just hacking away with an icepick at a mkountain.

IM:
Is that then partly a function of the change in process from building up the songs live with a lot of improvisation to something more compositional?

MG:
Yeah. I mean, there are some instances in that period where I had clearly finished words and then the songs grew from that, but in other things I wouldn’t have words, and even live I’d be singing nonsensical phrases until an image appeared, and then gradually that image would inspire other images and then I’d have a song. But in this instance, the songs were all there, written, and it was a case of finding life in them with the people that interpreted them.

IM:
Did you notice any themes emerge from the lyrics through thr process of writing this record?

MG:
I don’t know. I’m perpetually befuddled, flummoxed and astonished just by the fact of my own existence, you know? Trying to figure out how my mind works or how a mind works, how consciousness works, and if there’s any theme, it’s that. I don’t know if you had this experience when you were young – I certainly did, particularly when I took LSD – but staring at your face in the mirror long enough, you become disembodied and this person in the mirror loses all sense of being you: it’s just this phenomenon. That kind of frame of mind interests me.

IM:
In the lyrics and music of some songs, for example Amnesia, and I may be projecting my nown anxieties here, but I got the impression of a world spiralling out of control.

MG:
I don’t have an authoritative enough perspective enough to make comments about the world in general, but as far as questioning the reality of my own mind, I’m pretty good at that. (Laughs)

IM:
You also brought up gospel music earlier, and that’s also a soun d and feeling that ceme through on this album. That’s a kind of music that traditionally has been concerned with the idea of salvation.

MG:
Well, I don’t know about salvation. Salvation would presuppose that you’re damned to begin with, but the idea of dissolving into something ecstatic of course is inherent in music, so I’m always looking for that. Sometimes the songs are simple and it’s just a little vignette, but sometimes it’s about simultaneously finding and losing yourself in the sound.

IM:
On Leaving Meaning you worked with Ben Frost, whose work on the soundtrack to the German TV drama Dark was very well received recently. Are you a big fan of cinema?

MG:
I’m not a cinephile – I’m not an expert or anything – but I definitely enjoy movies. I think of the last century, it’s the most comprehensive artform. I have tremendous admiration for an auteur director who can harness all these different forces, keep a vision and manage to forge a work of art out of it. You can imagine all the things tugging at you from every direction from all the people you have to pull together, all the financial travails you have to endure, and making this completely immersive out of it I think is just tremendous.

IM:
In creating these immersive, all-encompassing works of art, is there a parallel with what you try to achieve musically? Increasingly your albums seem to be aiming for something more than just a collection of discrete songs.

MG:
Since the late ‘80s or even mid-‘80s I started to look at albums in a way as soundtracks, replete with all the dynamics and signature sounds that might appear, the crescandos, and just trying to create a total experience through sound. I certainly don’t have it in me to direct a film – or write a film, for God’sb sake! – but I can forge sound into these experiences.

IM:
That’s about the way one song or piece of music transitions into another I guess, too.

MG:
There was a period in Swans, on the album Soundtracks for the Blind, where in previous albums I’d been exploring just that – these segues or transitions – and then I decided around Soundtracks for the Blind that the more interesting thing was the segues or transitions, so I sort of followed those to make the music rather than trying to have songs – or too many songs, anyway. So I thought, “Oh, there’s an interesting avenue to pursue: these transitional, amorphous moments.”

IM:
So lastly, as you mentioned, the next stage is to take this album live. Do you have a plan for how you’re going to do that or what sort of setup you’ll employ?

MG:
I guess I’m not supposed to talk about it yet, but it’ll be six people, and we’ll all be sitting down. The instrumentation is kind of odd, and I think the emphasis is going to be on extended waves of sound punctuated by moments where a song arises, so we’ll see what happens! We have three weeks of rehearsals to make a band, so it should be interesting. I have songs that we’ll work on and hopefully after I finish this solo tour I’m about to embark upon, I’m going to have a couple of new songs written just for the tour with these people in mind that will be playing live and hopefully we’ll make a great experience.

IM:
And will you still be trying to incorporate space for improvisation into the setup you’re buiolding?

MG:
Oh, yeah, that always interests me. First people have to learn the chord structires, and then we have to learn how to destroy them! (Laughs)

Kim Gordon - ele-king

 ダニエル・ジョンストンの追悼記事の冒頭にしたためた、サーストン・ムーアが私にサインを求めたくだりは彼がソロ作『The Better Days』リリース時に来日したさいの取材現場だった。2014年だからいまから5年前、その3年前にアルバム『The Eternal』につづくツアーを終えたソニック・ユースはサーストンとキム夫妻の不和で解散したことになっていた。「解散した」と断定調で書かなかったのは、グループ内──というかサーストンとキムのあいだ──に認識のズレないし誤解があるかにみえ、また私も当時いまだナマナマしかったこの話題について当人に真意をたださなかったからだが、この差異は永遠に解消しないかもしれないしやがて時間が解決するかもしれない。とまれ夫婦仲には第三者の考えのおよばない影も日向もあり、つまらない詮索は野次馬趣味にさえならないとすれば、愛好家にすぎないものはのこされた音源にあたるほかはない。私もソニック・ユースの、編集盤や企画盤、シングルやEPをふくめると数十枚におよぶ作品を四季おりおり、二十四節気をむかえるたびにひっぱりだして聴くことがつとめとなってひさしい。いましがたも、霜降にあたる本日なにを聴くべきか思案に暮れていたところだが、今年はなにやらこれまでといささか事情がことなるようなのである。

 なんとなれば、キムが、キム・ゴードンが新作を発表したのである。私はキムの新作といえば、ソニック・ユースの自主レーベルから2000年に出た『ミュージカル パースペクティブ』以来なのか、近作だと『Yokokimthurston』(2012年)がそれにあたるのか、としばし黙考してはたと気づいた。キムは過去にソロ作がないのである。上記の『ミュージカル パースペクティブ』もモリイクエ、DJオリーヴとの共作だったし、後者は表題どおりオノヨーコと元夫との連名である。90年代、プッシー・ガロアのジュリー・カフリッツとともに──のちにボアダムスのヨシミとペイヴメントのマーク・イボルドなども一時参加──気を吐いたフリー・キトゥンはバンドであってもソロではない。80年代から数えると長いキャリアをもつ彼女にソロ名義の作品がないのは意外ではあるが、むろんキムも手をこまねいていたわけではない。先述のツアー後のバンド解体から2年の服喪期間を経て、2013年にはビル・ネイスとのユニット「Body/Head」をキムは始動している。2本のノイズ・ギターが巣穴の蛇さながらからみあうなかをキムの朗唱と朗読ともつかない声が演劇的な空間性をかもしだす Body/Head の音楽性はその名のとおり、身体と思考、男と女、ギターと声といったいくつかの二項対立を背景に、しかし構想先行型のユニットにつきもののアリバイとしての音楽=作品のあり方に収斂しない芯の太い内実をそなえていた。彼らは数年おきに『No Waves』(2016年)、『The Switch』(2018年)を発表し、ノイズの深奥を探る活動をつづけているが、ソニック・ユース時代はサーストンとリー・ラナルドという稀代のノイズ・メイカーの影でかならずしも「音のひと」とはみなされなかったキムの音への触知のたしかさ──それはすなわち即興する身体の充溢でもある、そのことを──語り直すかのようでもあった。その一方で、西海外に出戻ったキムはサーフィンを中心にアートも音楽もひとしなみに俎上にあげるアレックス・ノストとグリッターバストなるデュオを併走し、Body/Head のファーストと同年にセルフタイトルの一作を世に問うている。ちなみにグリッターバストとは90年代のノイズ・ロックの一翼を担ったロイヤル・トラックスの楽曲タイトルの引用である。ロイヤル・トラックスは断線気味の頭中のシナプスをアンプに直結するかのごとき元プッシー・ガロアのニール・マイケル・ハガティのギターと、場末の呪術師を想起させるジェニファー・ヘレマの声を基調にしたユニットで、本邦では〈Pヴァイン〉の安藤氏が重要案件の隙を突いてせっせと世に送り出しつづける〈ドラッグ・シティ〉のレコード番号1番を彼らが飾ったのはいまいちど留意すべきであろう。“Glitterbust”はロイヤル・トラックスの1990年のアルバム『Twin Infinitives』の収録曲で、土管のなかで音が飛び交うような音響空間はガレージのロウファイ化とも形容可能だが、90年代に雨後の筍のように派生したオルタナティヴの突端といったほうがしっくりくるだろうか。パートナー関係にあったハガティ、ヘレマの作品からの引用は邪推をさそいもするが、おそらくそれ以上に、キムにとってこの数年は共同体のくびきをのがれ過去の積みのこしを精算する期間だったのであろう。というのもまた邪推にすぎないとしても、バンド解体後の助走期間がなかりせば、ソロ作『No Home Record』はこれほどふっきれたものになったかどうか。
 逆にいえば、ソニック・ユースはロック史とリスナーの記憶にそれだけしっかりと根をはっていたともいえる。
 むしろ怪物的な風情さえたたえていた。その活動はサーストンとリー・ラナルドとの出会いにはじまる。彼らがグレン・ブランカのギター・アンサンブルの同窓であることは本媒体のそこかしこや拙著『前衛音楽入門』にも記したのでそちらをあたられたいが、このふたりにサーストンのガールフレンドだったキムが加わり体制の整った彼らは1982年の同名作でデビューにこぎつけた。ファーストのジャケットに映るおおぶりのメガネをかけたキムはいまだ美大生だったころのなごりをとどめているが、バンドのサウンドもまた70年代末のノーウェイヴの影をひきずっていた。ブランカ直系の和声感覚とパンク的なリズムにそのことは端的にあらわれている。その一方で、キムの静かに燃焼するヴォーカルをフィーチャーした“I Dream I Dreamed”などは彼らをおくれてきたノーウェイヴにとどめない広がりをしめしていた。むろん80年代初頭、音楽にはのこされた余白はいくらでもあり、余白を切り拓くことこそ創作の営みであれば、ソニック・ユースほどそのことに自覚的だった集団は音楽史をみわたしてもそうはいない。その触手はロックにとどまらず、各ジャンルの先鋭的な領域にとどき、作品数をかさねるごとに山積した経験は音楽性に循環し、86年の『Evol』でドラムスがスティーヴ・シェリーへ代替わりしたころには後年にいたる指針はさだまっていた。『Sister』ははさみ、1988年に発表した『Daydream Nation』はその起点にして最初の集成というべき重要作だが、“Teenage Riot”なる象徴的な楽曲を冒頭にかかげ、疾走感と先鋭性とアクチュアリティを同居させたサウンドは不思議なことに彼らの根城であったアンダーグランドの世界を窮屈に感じさせるほどのポピュラリティもそなえていた。

 1990年の『Goo』で大手ゲフィンに移籍したソニック・ユースの活動は同時代のグランジや、その発展的総称ともいえるオルタナティヴのながれでとらえる必要があるが、高名な論者の夥しい言説があるので本稿では迂回することにして、ここで述べたいのはメジャーに活動の舞台を移してからというもの、いよいよ多方面にのびる彼らの「創作の営み」でキムのはたした役割である。キムは美大出身であることはすでに述べたが、卒業後彼女はアート方面でのキャリアを夢見てニューヨークにたどりついていた。80年代初頭のことである。当時をふりかえり、コンセプチュアル・アートの第一人者ダン・グハラムは2010年に開催した個展で来日したさい以下のように述べている。
「初めて会ったとき、彼女は途方に暮れていました。当時のボーイフレンドとニューヨークに来るはずが、彼は同行せず、キムは彼に僕を頼れと言われてこの街にやってきたんです」
 グラハムがキムにブランカを紹介し、彼のサークルにいたサーストンと彼女は出会う。だれかとの別れがべつのだれかとの出会いを演出することは、槇原敬之あたりにいわれるまでもなく世のつねではあるが、日々の営みをとおして出会いがどのような果実を実らせるかはまたべつの次元の話であろう。その点でサーストンとキムは、ひいてはソニック・ユースはバンド内の関係性の手綱を巧みにさばいた典型といえるのではないか。ことにメジャー・デビュー以後、洋の東西を問わず、感覚とセンスが主導した90年代においてフィジカル(音盤)は音楽の伝達ツールである以上にヴィジュアル言語の表現媒体として重要な役割を担っていた。そのような潮流を背景に、ソニック・ユースがアートとも高い親和性をもつバンドとして巷間に認知を広めたのも、ひとえにキュレーターであるキムの目利きに由来する。ダン・グラハムとも親交をもつジェームス・ウェリングの写真をもちいた85年の『Bad Moon Rising』を嚆矢に、『Daydream Nation』のゲルハルト・リヒター、『Goo』のレイモンド・ペティボン、『Dirty』(1992年)のマイク・ケリー、21世紀に入ってからも2004年の『Sonic Nurse』でのリチャード・プリンスなどなど、彼らはアートワークに音楽の衣としてその内実を反照するよりも聴覚と視覚の交錯のなかに生まれる三角波を聴き手に波及させる効果を託していた。これはまったくの余談だが、私は以前在籍した雑誌にペティボンの作品を掲載したいと思い、本人に連絡をとり、おそるおそる掲載料を交渉しようしたら、その作品は俺の手を離れているから金はいらない、使うなら勝手に使ってくれとの返事とともにデータが送られてきたことがある。人的物的を問わず権利の管理に汲々するエンタテインメント産業(新自由主義体制下においてマネジメントとは監視と防禦すなわちセキュリティの別称である)とは真逆の、これがDIY精神かと感動した(いまどうなっているかは知りませんよ)ものだが、キムにとってのアートも、グラハムしかり、ケリーとかトニー・アウスラーとかリチャード・プリンス(は他者作品の無断転用のカドで何件かの訴訟を抱えていたはずである)とか、ことの当否はおくとしても、既存の審美眼の視界を侵すものとしての意味合いをふくんでいたのではないか。
 映像やファッションも例外ではない。『Dirty』収録の“Sugar Kane”のMVに若き日のクロエ・セヴィニーを起用したのもキムのアイデアだというし、X-Large にかかわっていたビースティ・ボーイズのマイクDのつてでキムが姉妹ブランド X-Girl を90年代初頭にたちあげたのはことのほか有名である。そう書きながら、私は思わず目頭が熱くなったのは、なにかが老いる以上に骨抜きになる感覚を禁じえないからだが、歯ごたえのないノルタルジーなど犬も食わない。
 そのことをキム・ゴードンは知り抜いている。ソニック・ユース解体後、彼女はグラハムも所属するニューヨークの303ギャラリーに加わり、今年フィラデルフィアのアンディ・ウォーホル美術館とダブリンのアイルランド近代美術館で個展をひらいている。遠方のこととて、私は未見だが、「Lo-fi Glamour」と題した前者の、ペインティングというより広義の「書」とさえとれる「Noise Painting」シリーズの血のようにしたたるアクリル絵の具の筆致には、90年代に好事家を欣喜雀躍させた彼女の手になるアートブックに宿っていた速度感を円熟の域に昇華した趣きがある。いや円熟ということばはふさわしくないかもしれない。なにせ「Lo-Fi」であり「Noise」なのだから、おそらく2019年のキム・ゴードンはフランスの批評家ロラン・バルトになぞらえるなら、継起と切断のはてにある新章としての「新たな生」のさなかにある。

 『No Home Record』ほどそのことをあらわしているものはない。このレコードはキム・ゴードンのはじめてのソロ・アルバムであり、9曲40分強の時間のなかにはキムの現在がつまっている。プロデュースを(おもに)担当したのは、エンジェル・オルセン、チャーリー・XCXからヴェルヴェット・アンダーグラウンドのジョン・ケイルまで、手広く手がけるジャスティン・ライセンで、年少の共闘者の伴走をえて、キムの音楽はフレッシュに生まれかわっている。そう感じさせるのは、このレコードがバンド・サウンドよりもプログラムによるビート感覚を主眼にするからだが、音色とともに目先をかえてみました的なみてくれ以上に、作品の基底部を支えるデザイナブルな志向性がたんにノイジーな印象にとどまらないダイナミックな聴感をもたらしてくる。ソニック・ユースの結成後に生まれたライセンらの世代にとってはおそらくノイズも楽音も音響であることにはかわりなく、ロックというよりもエレクトロニック・ミュージックの方法論が裏打ちする点に『No Home Record』の画期がある。とはいえ“Air BnB”のようにソニック・ユースを彷彿する楽曲も本作はおさめており、聴きどころのひとつでもあるが、それさえも多様性のいちぶにすぎない。ソングライティングの面でソニック・ユースを体現していたのはサーストンにちがいないとしても、キムの声と存在感がバンドに与えていたムードのようなものの大きさを、私は2曲目の“Air BnB”を耳にしてあらためて思った、その耳で全体を俯瞰すると、レコードではA面にあたる1~5曲目ではポップな方向性を、6曲目の“Cookie Butter”以降のB面では前衛的な志向を本作はうかがわせる。とはいえときに四つ打ちさえ打ち鳴らす本作は難解さとは遠い場所にある。90年代のキムであれば、このことばにあるいは眉を顰めたかもしれないが、『No Home Record』の現在性が難解さを突き抜ける力感をもっているのはたしかである。他方歌詞の面では断片的なことばをかさねイメージの飛躍をはかっている。主題となるのは、住み慣れた東海岸の住居をたたみ故郷であるLAに戻ったのに、ふるさともまた時代の波に洗われて変わってしまった──というようなある種のよるべなさだが、ことばの端々に感じるのはその状態から逃れようともがくのではなく、そこにある自己をみつめる透徹したまなざしである。
 いうまでもなく「Home」の語にはいくつかのふくみがある。かつて「No Direction Home」と歌ったボブ・ディランの巨視的なヴィジョンともキムのホームは鋭くすれちがっている。

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467