「96 Back」と一致するもの

8月のジャズ - ele-king

 今月はベテラン・アーティストの久々の作品から紹介したい。プランキー・ンカビンデことジェイムズ・ブランチは1947年生まれのサックス奏者で、1971年にサンフランシスコでジュジュを結成したことで知られる。アフリカ音楽や民族色の濃いフリー・ジャズを展開し、次第にそれはアフロ・スピリチュアル・ジャズとして認知されるようになる。〈ストラタ・イースト〉で2枚のアルバムをリリースした後、ワンネス・オブ・ジュジュと改名したグループは1975年に名作『African Rhythms』を発表。ワシントンDCでジャズDJ/評論家のジミー・グレイが新レーベル〈ブラック・ファイア〉を創設し、彼に共鳴したプランキーが参加し、第1弾アーティストとなった。続く1976年の『Space Jungle Luv』と共にスピリチュアル・ジャズにソウルやファンクを融合した内容で、後のレア・グルーヴ・ムーヴメントやクラブ・ジャズ・シーンでも再評価が高まった。1980年にはプランキー&ワンネス・オブ・ジュジュ名義で『Make A Change』を発表するが、収録曲の “Every Way But Loose” はラリー・レヴァンによるリミックス12インチがリリースされ、ダンス・ミュージックの世界でも知られることになる。『Make A Change』はディスコやエレクトロ・ファンクの要素も交えていて、そうした具合に当時の音楽の流行を巧みに取り入れる部分もプランキーにはあった。

Plunky & Oneness Of Juju
Made Through Ritual

Strut

 その後は一時のブランクはあったが、『African Rhythms』などが再評価されていることをプランキー自身も認識していて、1996年にワンネス・オブ・ジュジュ再評価の流れで復帰作の『Bush Brothers & Spacer Rangers』を〈ブラック・ファイア〉からリリース。それ以降も地道な活動を続け、自主レーベルの〈N.A.M.Eブランド〉からコンスタントにアルバムをリリースしている。初期は混沌として原初的なジャズをやっていたジュジュだが、ワンネス・オブ・ジュジュになってからは時流に乗ってソウル、ファンク、アフロビート、ディスコ、エレクトロなどを融合し、ある意味で非常に柔軟で自由な気風を持つアーティストとも言える。1990年代は当時のアシッド・ジャズ・ムーヴメントに呼応してラッパーをフィーチャーしたり、その後もR&Bに接近した作品のリリースもある。

 2019年にプランキー&ワンネス名義で『Afroceltic』というアフロビート寄りのアルバムをリリースし、それから6年ぶりの新作が『Made Through Ritual』となる。〈ブラック・ファイア〉の諸作を〈ストラット〉が再発していたこともあり、今回はその〈ストラット〉から〈ブラック・ファイア〉創設50周年を記念してのリリースとなる。ババトゥンデやエカ・エテら往年のメンバーはいないが、シンガーのシャーレイン・グリーンや作家・詩人のロスコー・バーネムズなどが参加している。また、プロデューサーはプランキーの息子のジャマイア・ブランチで、ジミー・グレイの息子のジャマル・グレイも共同プロデュースしている。シャーレイン・グリーンによる瞑想的なヴォーカルが導く “Share This Love” は、『Space Jungle Luv』の頃を彷彿とさせるスペイシーな浮遊感に包まれる。ジャズとアフロやファンクを融合した “In Due Time” や “Made Through Ritual” は、『African Rhythms』の頃のプランキーを再現していて、コズミックな質感のジャズ・ファンクの “Broad Street Strut” は『Make A Change』にあるようなナンバーと言えるが、不思議と古びた感じを抱かせないのはジャマイア・ブランチとジャマル・グレイのプロデュースによるものだろう。ロスコー・バーネムズがポエトリー・ローディングを披露する “Children Of The Drum” はラスト・ポエッツに通じるようなブラック・カルチャー賛歌である。


Dom Salvador, Adrian Younge & Ali Shaheed Muhammad
Jazz Is Dead 24

Jazz Is Dead

 エイドリアン・ヤングとアリ・シャヒード・ムハマッドによる『Jazz Is Dead』シリーズは、伝説的なミュージシャンとのセッションをかれこれ5年ほど続けている。アジムス、マルコス・ヴァーリ、ジョアン・ドナートなどブラジルのミュージシャンとのセッションも多くおこなっていて、2024年にはジョイス、アントニオ・カルロス&ジョカフィ、カルロス・ダフェ、イルドンらとブラジル勢と共演したオムニバスを発表したが、その中のひとりであったドン・サルヴァドールとの共演作が『Jazz Is Dead 24』としてリリースされた。ドン・サルヴァドールは1960年代から活躍するピアニストで、サルヴァドール・トリオやリオ・65・トリオは1960年代半ばに沸騰したジャズ・サンバの名トリオとして伝説的に語り継がれる。1960年代後半からは時代の流れと共にロック、ファンク、ソウルなども取り入れ、アボリサオというサンバ・ファンク寄りのバンドも率いたことがある。また、アメリカに渡って活動していた時期もあり、『My Family』(1976年)というブラジリアン・フュージョンのアルバムもリリースした。

 そんなドン・サルヴァドールも、現在87歳というブラジル音楽界でも最長老に属する年齢となっているが、そんな彼をレコーディングの場に連れ出したというだけでも、『Jazz Is Dead』はとても貴重な企画と言えよう。今回のアルバムは1960年代後半から1970年代前半の時期、アルバムで言えば1969年のファースト・ソロ・アルバムから、アボリサオを率いた1971年の『Som, Sangue E Raça』あたりの時期を念頭に入れた内容である。ドン・サルヴァドール自身による獣の咆哮のような奇妙なスキャット・ヴォーカルが印象的な “Os Ancestrais”、男女コーラスを交えたノヴェラ(サントラ)風の “Nao Podemos o Amar Para”、ソフト・ロックを取り入れたブラジリアン・ソウル “Minha Melanina”、アフロビートに近似したサンバ・ファンク “Eletricidade” など、ドン・サルヴァドールならではの作品集と言える。サイケデリックな風味の “Safíra” は、アマゾン流域で発生した原初的なアフロ・ブラジリアン・サウンドがジャズと結びついたできた作品で、ドン・サルヴァドールのルーツを見せるものだ。


Organic Pulse Ensemble
Oppression Is Nine Tenths Of The Law

RR Gems

 オーガニック・パルス・アンサンブルは、グループ名こそ冠しているものの、実際はグスタフ・ホーネイというスウェーデンのアーティストによる個人プロジェクト。グスタフ・ホーネイはサックス、フルート、トランペット、ギター、キーボード、ドラムス、ベース、パーカッションなどを操るマルチ・ミュージシャンで、それ演奏をマルチ録音することでオーガニック・パルス・アンサンブルは成り立っている。グスタフ・ホーネイはほかにもデュオヤというユニットをやっていて、そちらはジャズ・ファンク系のサウンドであるが、オーガニック・パルス・アンサンブルはモード・ジャズやスピリチュアル・ジャズ系と言えるだろう。2019年からアルバムをリリースしていて、『Oppression Is Nine Tenths Of The Law』は通算7作目となるアルバムだ。

 “Oppression Is Nine Tenths Of The Law” はバンブー・フルートがフィーチャーされた、極めてプリミティヴな趣のスピリチュアル・ジャズ。スウェーデンはクール・ジャズの印象が強いが、実際にはアフリカ音楽に影響を受けたミュージシャンもいるし、民謡を取り入れた作品もいろいろ出ている。ドン・チェリーが長年住みついて活動していたところでもあり、オーガニック・パルス・アンサンブルはそんなドン・チェリーの『Organic Music Society』(1972年)に影響を受けているのだろう。“Peace As A Political Statement” という楽曲も、そんなドン・チェリーの精神性を示すタイトルだ。1960~70年代、アメリカのジャズ・ミュージシャンの中には北欧へ移住する者もいろいろおり、トニー・スコット、サブー・マルティネス、ジョージ・ラッセルなどはスウェーデンを拠点とした。中でジョージ・ラッセルはビッグ・バンドをはじめとした大編成のグループの指揮や作曲・編曲に長けていたが、オーガニック・パルス・アンサンブルにおける多種の楽器のアンサンブルや作曲技法にも目を見張る部分があり、そこにはジョージ・ラッセルの影響も見て取れる。そして、グスタフ・ホーネイはそれをひとりでやっているのが何とも凄い。


Aldorande
Trois

Favorite Recordings

 アルドランドはフランスのグループで、ベーシストのヴァージル・ラファエリをリーダーに、ピアニスト/キーボーディストのフローリアン・ペリシエ、ドラマーのマチュー・エドゥアール、パーカッショニストのエルワン・ロッフェルが集まる。この中でフローリアン・ペリシエは自身のクインテットを率いて数々のアルバムを残すほか、カマラオ・オーケストラというアフロ~ラテン系のバンドや、コトネットというジャズ・ファンク・バンドでも演奏する。ヴァージル・ラファエリもカマラオ・オーケストラのメンバーで、またマシュー・エドゥアルドと共にセテンタというラテン・ファンク・バンドで演奏している。このようにフランス、主にパリのジャズ、ファンク、ラテン・シーンで活躍してきたミュージシャンが集まってアルドランデは結成された。2019年にファースト・アルバム、2021年にはセカンド・アルバムの『Deux』をリリースしているが、彼らの音楽性は1970年代のエレクトリックなジャズ・ファンクをベースに、ファンクやフュージョン、シンセ・ブギーやブロークンビーツなどのエッセンスを交えたものとなっていて、ラテンやアフロ・フレーヴァーに富むリズム・セクションも魅力だ。

 そんなアルドランドの3作目のアルバム『Trois』がリリースされた。メンバーはこれまでゲスト参加してきたギタリストのローレン・ギエも加わり、5人編成となっている。フローリアン・ペリシエはフェンダー・ローズ、エレピ、ミニモーグ、アープ・シンセほか各種キーボードやシンセを用い、これまで以上に重層的な鍵盤サウンドを展開する。“Back To Mother Earth” は重厚な出だしからソリッドなビートが始まり、軽快なブギー・ファンクへと展開する。全体的にブリット・ファンクに通じるナンバーだが、途中のヴィブラフォン・ソロやフェンダー・ローズも印象的で、アジムスやロイ・エアーズなどの影響も感じさせる。“Gulf Of Mexico” はスパニッシュ調のフュージョン・ナンバーで、フローリアンのキーボードがダークでミステリアスなムードを掻き立てる中、途中からジプシー調のコーラスも加わって盛り上げる。疾走感に満ちたリズムは思わず体が動き出すようなものであるが、このあたりはダンス・ミュージックが得意な〈フェイヴァリット・レコーディングス〉の作品らしい。

interview with Colin Newman/Malka Spigel - ele-king

 「時代の流れに身を任せながらも、自分の原則を守ろうとする」というのが、マルカ・シュピーゲルが、過去数十年にわたって音楽と人生の道を歩む上で指針としてきた哲学を、自ら説明した言葉だ。イスラエル生まれで最初はベルギーを拠点とするポスト・パンクと実験的ポップ・バンド、ミニマル・コンパクトとして活動を始めた。
「君は本当に詩人だね」と、この時間の大半で冗談交じりに語ったのは、彼女のパートナーでイギリスのポスト・パンク時代の伝説のバンド、ワイアーのリード・ヴォーカル兼ソングライターとして名を馳せたコリン・ニューマンだ。
やりとりのなかで、行ったり来たりしながら互いの空白を埋めるように話し、どちらかが割って入って会話の流れを調整する。コラボレーションが基本という感覚こそが彼らの自然な会話の仕方の本質の一部であり、おそらくそれが、音楽家として長く継続できている協働の特性をも垣間見せているのかもしれない。


Immersion
Nanocluster Vol. 1


Immersion
Nanocluster Vol. 2


Immersion
Nanocluster Vol. 3

 1980年代にベルギーで出会ったふたりの、尽きることのない好奇心、新しい音に対する鋭いアンテナを張り巡らせること、そして他者の作品を吸収して共有したくてたまらない、スポンジのような吸収力と解放的な感性が組み合わさったことで、魅惑的で変わりやすいオルタナティヴ・ポップ・ミュージックの歴史に大きな影響を与える(同時に影響を受ける)存在となった。

 〈スウィム(Swim ~)〉レーベルの共同オーナーとして、Githead名義のバンドとして、ここ最近ではエレクトロニック・デュオ、イマージョン(Immersion/没入の意味)名義として『ナノクラスター(Nanocluster)』における複数の人と共働するスピーゲルとニューマンは、おそらくこれまでで一番活発な活動を展開している。今年のはじめ、彼らは『ナノクラスター』シリーズの第3弾をリリースし、イマージョンとしては、アメリカのアンビエント・カントリー・トリオのSUSSと共に砂漠と海、コンクリートと空を融合させた、ヒプノティックで本質的なテクノで宇宙的なコラージュを創り上げた。その一方、イマージョンのニュー・アルバム『WTF?』は時代精神を捉えたタイトルで、9月にリリース予定だ。

 下記は、昨年夏に『ナノクラスター』の「vol.2」「vol.3」のリリース期間中に実施した、スピーゲル(MS)とニューマン(CN)とのインタヴュ-の編集版である。

80年代半ばのブリュッセルに本物のシーンがあった。〈クラムド・ディスクス〉だけでなく、〈クレプスキュール〉もあり、両レーベルにたくさんの国際的なアーティストが集まって、結果的にブリュッセルに住むようになったりしていた。物価も安くてツアーもやりやすかったし。

この世界に入るきっかけは何だったと考えていますか?

マルカ・スピーゲル(以下、MS):知識も技術もない状態でも、とにかく人と集まって一緒になって演奏することから始まった気がします。それでも、クリエイティヴであることの力がどういうものなのかを感じることができたのが大きかった。そして私は‶一緒に居ること〟の力を感じ続けている。私たちが常にコラボレーションをするのはそのため。他の人と演奏すると音楽面だけでなく、人間関係においても魔法みたいなものを感じるから。

コリン・ニューマン(以下、CN):僕はマルカとはまったく違う世界から来ています。いわゆるハードコアからネオクラシカルまでの、ありとあらゆる音楽の領域で、合奏(アンサンブル)にはふたつのアプローチの仕方があると思う。ひとつは、誰かが何か書き留めたものを皆で演奏するタイプ。もう一方は、皆で部屋に集まってその場で一緒に何とかするタイプだとすると、僕は最初の方。ワイアーが、ジャミングが下手くそなのは、周知の事実! 「部屋で一緒に音楽を作ってみよう!」と言っても決して何もできあがらない。基本的な作品の構造と要素があれば、非常に良いものになる可能性はある。それに対して、マルカは完全に怖い物なしなんだ。彼女が文字通り演奏を始めると、その周りに必ず何かが見つかるという具合。僕たちが最初に出会ったのは1985年で、それからほぼ継続的に長い時間、一緒に仕事をしている。

あなたは、ミニマル・コンパクト(Minimal Compact)の5枚目のアルバムをプロデュースされましたね?

CN:そう、『レイジング・ソウルズ/Raising Souls』をね。

その頃、つまり1980年代初頭のベルギーの音楽シーンは、アクサク・マブールとザ・ハネムーン・キラーズのマーク・ホランダー(オランデル)が〈クラムド・ディスクス〉で活躍していた非常に興味深い時代だったようですね。

MS:そう、ある種のエネルギーがあった。レーベル周辺にはタキシードムーンやその他の多様な音楽があって、コリンは完全に魅了されていたと思う。彼は、ロンドンで公有地に不法滞在するような生活から、ブリュッセルに移ってイギリスよりも少し穏やかな人びとや美味しい食事に出会えた。

CN:そうなんだ。すごく気に入っていたよ。本物のシーンがあった。80年代半ばは常に魅力的な時代で、〈クラムド・ディスクス〉だけでなく、〈クレプスキュール〉もあり、両レーベルにたくさんの国際的なアーティストが集まって、結果的にブリュッセルに住むようになったりしていた。物価も安くてツアーもやりやすかったし。

MS:ロンドンはかなり厳しい場所だった! 私はロンドンに行き始めたばかりの頃にショックを受けたの。ものすごく貧しい感じがして。あなたがブリュッセルに惹かれた理由がわかった。誰かと恋に落ちた以外にもね……わかるでしょう?

CN:一目ぼれだったよ。

MS:楽しい場所だったけれど、(シーンが)衰退すると退屈なベルギーになってしまった。

CN:それは、ベルギーのシーンが心理的な境界線を越えてしまったからなんだ。フランドルとワロン地域はほとんど別の国とも言える場所で、シーンは〈R&S〉レコードがあったゲント(ヘント)に移ってしまい、そこがテクノ・シーンのすべてになった。突然、〈R&S〉と契約した国際的なアーティストたちが現れて、シーンを牽引するようになった。エイフェックス・ツインの最初のアルバムをリリースしたのも彼ら。〈ワープ〉レーベルが頭角を現して彼らの輝きを奪うまで、ゲントには強いシーンがあった。

MS:私たちが再びロンドンに興味を持ち始めたのもその頃だったね。

CN:たしかにね。ブリュッセルからゲントへの移住を考えるぐらいなら、ポーランドに移るのと変わらない。どちらにも同じ銀行、同じ店があるけど、言語もメンタリティも全然違う。それに、ロンドンはまさに、拡大し始めている時だった。

MS:私たちはいつも、物事が始まりそうな場所に惹かれる傾向があるね。

CN:僕は1986年にブリュッセルに移ったんだけど、僕たちがそこを離れたのは1992年になってからだった。その時、ロンドンではようやく電子音楽シーンが始まったところだった。

MS:そして私たちはレーベルを立ち上げて、多くの電子音楽のアーティストたちと知りったの。

CN:移住する前には、マルカのミニマル・コンパクトでの活動が下火になっていて、シンガーのサミー・バーンバッハの近所に住みながらあるプロジェクトに取り組んでいたんだけれど、進展しなかった。そしたら、マルカにソロ・アルバムの話が来たんだよね。でも、彼女は知らない雇われのミュージシャンたちとスタジオに入るのを嫌がり、自分たちのスタジオで、自分たち自身で作りたいと思った。

MS:それに、彼らは私たちの考え自体を理解してはくれなかった。その頃ちょうど、自分たちのスタジオを持つということをし始めたばかりだったから。今では普通のことなのにね。

CN:彼女は、‶もうやり始めたからには、最後までやり遂げたい。さっさとやってしまおう″と言ったんだ。ロンドンに引っ越す時には、ガレージをしっかりと録音ができる場所に改造してレコードを作ってから、リリースしてもらえるレーベルを探すつもりだった。持っていた僅かな金でガレージに防音を施して、新しいミキシング・コンソールを買い、レコードを完成させた。だけど、レコードを出してくれるレーベル探しには完全に失敗したんだ。そんななか、ミュート・レコード社長のダニエル・ミラーとミーティングをしたら、「ここまで全部を自分たちでやったのなら、自分たちで出せばいいのに。やり方はこうだ……」と、レーベルの運営方法を2時間かけて指導してもらった。そして突然、アルバムをリリースすることになった。

MS:(私たちの)典型的な回答ね! 質問に対して、もはやまったく別の話題になってしまっている……!

その後、ミニマル・コンパクトのサミー・バーンバッハと一緒に、オラクルという名でコンピレーションを制作して出した。2枚のレコードを出したところで、マルカが言ったんだ。「私たちはテクノ・レコードを作らなければ!」と。

これこそが私の理想のインタヴューの形ですよ。私がやるべきことが少なければ少ないほど良い!

CN:実は、僕たちがレコード会社を作ったことをマルカが認めるまでに一年かかったんだ。彼女にはそれがとても思い上がったことに思えたから! それでも僕たちはマルカの初のソロ・アルバムをリリースし、そこから利益を得ることができた。

MS:あの頃はいまよりもまだやり易い時代だったから。

CN:そして、人びとはもっと多く(音楽を)購入していた。その後、ミニマル・コンパクトのサミー・バーンバッハと一緒に、オラクル(Oracle)という名でコンピレーションを制作して出した。2枚のレコードを出したところで、マルカが言ったんだ。「私たちはテクノ・レコードを作らなければ!」と。

MS:私はそんなこと言っていないけど!

CN:いや、言ったよ!君はもっとインストゥルメンタルな曲を作るという想いにかられていた。そして、常に‶ミステリアス〟という言葉を好んでいたね。

MS:多分、そっちの方がより純粋だからだと思う。テクノには‶フロント〟というイメージがあまり無いところに惹かれたの。音楽の制作者がどこから来た、どういう人なのかは知らなくても、純粋な音楽だけがすべてだと思うようなところに。

CN:そうそう、『NME』では‶顔なしのテクノ・バカ(”faceless techno bollocks)″みたいにまとめられたけれど、それは‶ジャングル″のような言葉と同じで、最初はこき下ろしみたいな呼び方だけど、結局は受け入れられるんだ。‶顔なしのテクノ・バカ″なんて、素晴らしい発想だよね![編註:これはすぐにテクノの匿名性、音楽重視で作り手のルッキズムに依存しない態度を賛辞する言葉になった] 最初のイマージョンのレコードでは、僕たちはドイツ出身だと偽ってウィッグやマスクを着けて宣材写真を撮って、でたらめな偽名を使っていた。レコード会社としては、レコードをリリースするだけだから、それが誰によるものなのかは関係ない。それが最初のイマージョンのアルバム『オシレイティング/Oscillating』だった。

ほぼ同じ時期にリミックス・アルバムもリリースされましたよね?

MS:当時はほんとうに簡単だった。電子音楽のミュージシャンがたくさんいて、誰もがオープンで、「お願いできる?」と聞くと「もちろん、リミックスするよ!」という返事がもらえたものよ。

CN:それはロビン(ランボー、別名スキャナー)が始めたんだよね。バタシー・バークを歩いていた時、彼が「リミックスしてあげるよ!」と言ったんだ。我々も、いいね! という感じで。僕たちはそれが12インチ盤を出す口実になると思った。それで2枚分のリミックス・アルバムを作ったんだけど、2作目の頃には、テクノ界の少し有名なクロード・ヤングのようなアーティストがリミックスを手掛けてくれるようになって、それらのレコードが売れたんだ! まだレーベルを始める前の〈ファット・キャット〉がコヴェント・ガーデンにレコード店を持っていたから、少し多めに白盤を作って〈ファット・キャット〉に渡せば、彼らがトップDJたちに売ってくれていた。

MS:そうやって、自然と広がっていったの。あの自然な流れが好きだったな。今は、すべて業界の仕組みを通さなくてはならなくて、その罠から抜け出すのは不可能ね。

CN:それで、僕たちのそれまでの歴史とはまったく関係なく、ダンス・ミュージック界でクールな音楽を出すレーベルという評判を得たんだ。その次に、LFOのゲズ・ヴァーリーから連絡が来て、「いくつかのトラックがあるんだけど、ワープは全部が‵聴くための音楽′でないと出したくないと言っている。俺はダンスフロア向けの音楽をやりたいのに」と言うんだ。ちょうど息子のベンを迎えに行く車の中でそのカセットを聴いたんだけど、最初のトラック“クオ・ヴァディス/Quo Vadis”を聴いた瞬間にこれはポップ・ミュージックだと思ったね!

MS:彼はG-Manと名義を変えて12インチを出して、この曲は大成功を収めたし、今でもプレイされている。日本でのワイアーのライヴで、ある人がワイアーの出番の前に“クオ・ヴァディス”をプレイしていた。その人は、コリンとこの曲の繋がりを知らなかったと思うけど。聴いた瞬間に、「ワオ! まだプレイする人がいるんだ」と思った。

CN:まさにクラシックな、ダンスのできるミニマル・テクノとして、DJたちに愛されたよね。この頃には僕たちはもう恐ろしいほどの評判を得ていたんだけど、ひとつのスタイルに固執したくはなくて。そして、ドラムンベースが登場し、僕たちも夢中になった。テクノはある種、アメリカンな感じがしたけど、ドラムンベースはまさにロンドンの音楽で、70年代パンクのような興奮を覚えた。突然、信じられないほどのエネルギーの爆発が起きた。正直、90年代半ばのある時点では、もうドラムンベースさえあればいいという感じだった。自分たちでも少し作ったけれど、その後、ロニー&クライドという、ブレイクビートのより知的な側面に分け入って、違う領域に挑戦する人たちと仕事をするようになった。僕たちはもう少しダウンテンポ寄りの作品をいくつか出して、90年代後半にはポスト・ロックの渦に巻き込まれ始めた。僕たちは90年代をアンビエント・テクノから始めて、ポスト・ロックへとたどり着いた。その時の時流に乗ったということだ。レーベルをやるのであれば、常に現代的であり続けなければいけない。

いまの話を聞いて、あなたが先ほど話していたことを思い出しました。あなたは、ネオクラシックからその他のさまざまなジャンルへと続く音楽の糸のようなものについて話してくれましたが、それに名前は付けていないと言いました。実は私もそういったことをよく考えるのです。ジョン・ケージからブライアン・イーノが1970年代にやったこと、それからパンクの時代にもっとも興味深いバンドがやっていたことまで、線を引くことができるのではないかと。それは、クラシック・ロックの正典の枠組み外にある、並行歴史(パラレル・ヒストリー)のようなものではないかとね。

MS:ストリーミングが始まってからすべてが変わったのではないかな。音楽を届ける範囲や、仕組みそのものが変わったのでは?

CN:根本的に変わったのは、どこに力があるかということだと思う。例えば、90年代のインストゥルメンタル・ミュージックの台頭は、アーティストがアメリカやイギリス出身でなくても世界的に活躍できることを意味して、その変化はストリーミングの普及によって完成されたんだ。今ではその現象は‶グローカリズム(glocalism)〟と呼ばれていて、アーティストが自国で成功を収めながら世界中へと広げていくことができる。それと同時に業界は、完全に石化したかのような状態になって——僕が言っているのは、メジャー・レーベルや大手の独立系のことだけど——なんとか過去の体制にしがみつこうともがいている。権力の分散化は確実に起きていて、それをさらに加速化させる必要がある。

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ドラムンベースが登場し、僕たちも夢中になった。テクノはある種、アメリカンな感じがしたけど、ドラムンベースはまさにロンドンの音楽で、70年代パンクのような興奮を覚えた。突然、信じられないほどのエネルギーの爆発が起きた。正直、90年代半ばのある時点では、もうドラムンベースさえあればいいという感じだ。

あなた方が一緒に働き始めた時、コラボレーションが重要になったと言っていましたね。年月を経て、それが大きく成長したように見えます。それはあきらかに、『ナノクラスター』の重要な要素のひとつですよね。

MS:それがすごく魅力的な領域なんです。長年音楽を作り続けていると、知らない人と一緒に働くこともあって、そんな時には自分の安全地帯から押し出されるようなことも起きてくる。どこか違う場所で、他の人たちのやり方に挑戦すると、視野が広がって、多くの選択肢を与えられるの。すべてのコラボレーションが私たちを新たな場所へと連れて行ってくれる。

CN:2000年代になると、ワイアーが再び始動して、それと並行してGitheadというバンドのプロジェクトにも取り組んでいた。10年前には、ブライトンに移住したんだけど、そこでまたイマージョンも復活させることにしたんだ。機材がかなりシンプルで、ただ一緒にギグをするだけでよかったから。イマージョンの前のアルバム『ロウ・インパクト/Low Impact』は1999年のリリースで、その次のレコードは2016年だった。長い間隔が空いてしまったけど、それが僕たちに自由に活動する空間を与えてくれた。それでアルバムを制作して最初は2枚の10インチ盤として発売し、後にCDに編集した――まるで島に住むアナログな生き物みたいなイメージで。実際にそれがタイトルになったんだけど(EP『アナログ・クリーチャーズ/Analogue Creatures』と『リヴィング・オン・アン・アイランド/Living On An Island』 をまとめたアルバム、『アナログ・クリーチャーズ・リヴィング・オン・アン・アイランド』)。実は僕たちがすでにその時、ブレグジットによる疎外感を感じ始めていたのがタイトルに表れているんだ。

今日の取材の前にその曲を聴いていて、そのことに強く感じ入りました。『リヴィング・オン・アン・アイランド』というタイトルと2016という年を見て「ああ、自分もその感覚を知っている!」と思ったんです。

MS:ブレグジットの投票時には、私たちは島に居て、あらゆるものから隔絶されているという強い感覚を覚えたの。

CN:僕たちは海辺に住んでいるしね。

MS:そう。そしてそれがある種の希望と楽観主義を同時にもたらしてもくれる。

CN:いくつかライヴやフェスティヴァルにも出演したけれど、大きな動きはなかったね。
でもブライトン在住の知人が、「ブライトンに居るなら、自分たちの手でシーンを作る必要がある」と言ったんだ。現地の音楽シーンは結構分断されているからね。

MS:ミュージシャンもすごく多いから!

CN:すごく多い! それで僕たちは、「それはどういう意味だろう? どうやったらシーンを生み出すことができるのか? クラブでイベントを企画してもいいけど、他の人とどうやって差別化できるんだろう? そうだ、コラボレーションの要素を入れてみよう」と思いついた。僕たちはターウォーター(Tarwater)とはベルリンのシーンの初期から何年も知り合いだったし、会場をみつけて、ターウォーターとイマージョンがコラボレートするイベントを企画しようということになった。彼らが数日間、僕たちの所に泊まり込んで一緒に曲を作ればよいと考えた。そして、それが上手くいったんだ。

MS:リハーサル中にもスタジオで録音ができたから、基礎となる録音を残すことができたしね。

CN:ザ・ローズ・ヒルという公共の、110人ぐらいのキャパの小さな会場でやったんだよね。ちゃんとしたお客さんで埋めるのも簡単な規模の。

これは、実はワイアーのブルース・ギルバートが人生と芸術について語った大事な声明のひとつ、「文脈がすべてだ(Context is all).」から来ている。僕はいわゆるビッグ・ボーイ・プロダクションと言われるものを常に嫌ってきた。レコードを聴いて、その背後に関わった‶プロデューサー″のエゴが透けて見えるような自己主張の強いもののことだ。

コラボレーションはどのような感じでやるのでしょう? 即興することもあるんでしょうか? それとも事前の準備の方が多めですか?

MS:まず私たちがアーティストにアプローチして、「私たちの方から3つの基本的なアイディアを送るから、あなたの3つの基本の考えを返送してください。何か思いついたものをそこに乗せてみてほしい」と言う。それを基に、あまりやり過ぎない程度に構築していく。それから相手と一緒になって完成を目指すの。毎回違うやり方にはなるけれど、それが基本的な構造かな。全然即興ではないけれど、完成度をそこまで高くしないから「うまく行くだろうか?」とか「良いライヴができるだろうか?」というような多少の緊張感もある。

CN:次に思いついたコラボレーションの相手がレティシア・サディールだった。‶クラウトロック・カラオケ″というものがあってね。

MS:ロンドンに長年住んでいる、日本から来た人が企画している、違うバンドの人達が集まってクラウトロックのヴァージョンを弾くという一夜があって、それが楽しいの!

CN:それをレティシア・サディールと一緒にやったんだけど、彼女はギター演奏の能力だけでなく、すべてのパートを覚えて参加したんだ。僕たちはそんなことをしたことがなかったんだけど! それを見て、彼女に『ナノクラスター』の話を持ちかけたら、セットをやってくれるのではないかと思った。

MS:彼女が私たちの所にやって来て滞在し、一緒に題材に取り組んで。そう、とても良かったわ。

CN:僕たちは多くの素晴らしい人たちを知っているけど、そのうちの何人かは僕たちがその人たちのファンであるという理由からなんだ。ウルリッヒ・シュナウスが宇宙で一番の音楽を作っていた時もあったし、他にもロビン・ランボー、スキャナー、勿論Githeadのね。彼のことももう何年も知っているよ。

MS:それ以来、私たちはますます幅広い分野でコラボを続け、紙の上では機能しそうもない奇抜なアイディアを次々と生み出してきたの。

CN:そこへ突然パンデミックが襲い、2020年5月に僕たちは4つのコラボレーション企画以外はまったくすることがなかったから、「アルバムを完成させよう」と決めた。実はこれは難しい決断だった。というのも、マルカと僕はそれまで一度もアルバムのミキシングをやったことがなかったから。まさに目から鱗が落ちるような経験だった。僕の感覚では、それが当時、僕たちのスタジオから生まれた作品のなかでも最高のミックスのレコードになったんだ。すべてをコラボレーションして制作したからだと思う。

MS:ある意味、ラジオからも影響を受けていたよね。異なるジャンルの曲をたくさん聴くと、音の組み合わせ方など、無意識に影響を受けていたと思う。

CN:その通りだね。それを2021年にリリースして、批評家からはある程度の高評価を得たけれど、パンデミックの最中にはプロモーションは何もできなかった。ライヴもすでに終わっていたので、ツアーを組むのも難しい状況だった。どちらにしても、2021年から22年にかけて、ツアーを検討したミュージシャンは、自分たちで主催するしかなかったし。

パンデミックの状況において、アルバムで他のアーティストたちとはどのように協力して制作できたんですか?

CN:すべてを事前に録音していた。

MS:リハーサルをしながら録音し、それを制作の基盤としたの。現在では、彼らが送ってくれる素材で仕事をしているけれど、次回作のコラボレーション(2025年のSUSSとの『ナノクラスターVol.3』)では、物理的な空間での作業はしないと思う。状況次第だけどね。スタジオ・ワークを完成させるには、互いにパーツを送り合うか、物理的に人が集まるかのどちらかの方法がある。

それは、プロジェクトの進化の一環ですね。始めた頃にはブライトン在住のミュージシャンたちや、移動が容易な人たち中心だったのが、より広範にアーティストを探し始めると、プロセス自体も変わってくる。

CN:まさに。最初の作品をリリースした後、「次のレイヤーに行くにはどうすればよいか」を考えた。多くの人と話をしたけど、誰もブライトンには居なかったし、パンデミック後というのは、誰もが自分のキャリアに集中していた時期だった。僕たちと仕事をするのは贅沢だと思われる可能性もあったから、何か別の方法はないかと考えた。僕たちの知り合いにサウス・バイ・サウスウェストの主なオーガナイザーのひとりであるジェイムズ・マイナーがいたので、そこで何かをやってみようと思った。

MS:それは結構怖いことだった。というのも、オースティンまで遠征して、現地の人たちと音楽を作らなければならなかったから。どうやってやろう?と。その時、リストにソー(Thor)・ハリスの名前を見つけたの。彼はその土地の人で、パーカッションを演奏するので、一緒に何かを創りやすいのではないかと思った。

CN:彼はかなりアメリカのミニマリスト・シーンの核心にいる人物だし。

MS:そして、生まれつきコラボレーションの才能のある人。

CN:ソーは、実に乗り気きだったね。事前に素材を交換したので現場に着いたらすでに基盤となるものもあった。結局、彼の家でリハーサルをすることになった――彼はただ優秀な音楽家であるだけでなく、大工、配管工、便利屋としても何でもござれの職人で、素晴らしい社会的良心も持ち合わせているんだ。

MS:彼は素晴らしい人物だった。彼の自宅で仕事ができたのは良い経験だった。オースティンでは誰もが知る人物。

CN:実際のパフォーマンスでは、ちょっとした試練のようだった。というのも、結局、ホテル・ヴェガスで演奏することになり、半分暗がりの、そこら中、酔っぱらいだらけのなかで、テーブルの上に機材を設置しなければなかったから。

MS:それがコラボレーションの良いところ。それぞれの異なる経験が、いつもなら行かないような場所にまで連れて行ってくれるので、かなりの中毒性がある。私たちは人と一緒に音楽を作ることが大好きだし、他の人の世界に引き込まれるのも特別なことだから。

それが、リスナーとして『ナノクラスター』のアルバムを聴くときに興味深い点のひとつです。音楽的な個性が互いに溶け合っていくかのような感覚なんです。多くの人が関わっていて、各盤面やディスクごとにコラボレーターが違うのに、常に一貫した雰囲気が漂ってくるからです。あなたたちがワイヤーとの作業について説明してくれたのとは対照的ですね。ワイアーでは各人の役割が明確に分けられ、決まっていたという。

MS:コラボレーターが違っていても、音に一貫した豊かさがあると言う声をよくもらいます。

CN:それはおそらく、最終的なミックスのやり方も影響しているだろうね。

MS:でも、それだけではないわ。私たちはそこに人間同士の繋がりを持ち込むから。いつも、最後には友情関係になって終わることが多いよね。

CN:僕たちは、一緒に仕事をする人の空間を作ろうと努めるけれど、文脈を設定した上でそうする。これは、実はワイアーのブルース・ギルバートが人生と芸術について語った大事な声明のひとつ、「文脈がすべてだ(Context is all).」から来ている。僕はいわゆるビッグ・ボーイ・プロダクションと言われるものを常に嫌ってきた。レコードを聴いて、その背後に関わった‶プロデューサー″のエゴが透けて見えるような自己主張の強いもののことだ。制作に関わるのであれば、その音楽とそれを聴く人の間の障壁を取り除くべきだ。リスナーがその音楽のなかに何があるのかを容易に聴けるようにするべきだと思う。自分や他の関係者を良く見せよう、聴かせようとすることではなく、全体が大事なんだ。

レーベル名をSwim(泳ぐ)にしたのはなぜですか?

MS:だめ(笑)? 私たちはいつも響きの良い名前を探しているんだけど。多分、私たちがいつも異なる人びとの世界の間に軽やかに浮かんでいるからかも。でも、ほんとうはよくわからない。それは後からついて来るものだと思う。この名前を聞いて、あなたは何を思い浮かべますか?

私はブライアン・イーノのことを思い出しました。彼の音楽では水が繰り返し登場するテーマで、イマージョンで聴く音にもどこか似たものを感じます。あなた方は、どちらも他のバンドではシンガーとして知られていますが、ここでは多くの曲でヴォーカルを削ぎ落しています。だから、ポップスターやロックスターのエゴを排除して、他の可能性が生まれる流動的な空間を探しているように聴こえます。

MS:私たちは、『ウォーター・コミュニケーション/Water Communication』というコンピレーションも出したし、水は繰り返し現れるテーマなの。そして今は、海辺に住んでいるし。

CN:これは、ある意味、『ナノクラスターVol.2』のもうひとつのコラボレーションであるジャック(ウォルター、別名カブゾア Cubzoa)に引き戻される。2021年頃だったと思うけれど、皆が再びライヴを開催するようになり、僕たちはザ・ローズ・ヒルに行ってカブゾアに真に感銘を受けたんだ。

MS:彼は私たちに曲を送ってくれるようになったんだけど、曲というのは完成されたものなので、最初はどうしたらよいのかと戸惑った。通常は、もっと基本的なところから始めるから。でもとても興味深い挑戦になったし、すごく良い作品に仕上がったと思う。

「いまのバンドは大変なのよね。そうせざるを得ないんだから」「ほんとうにそう! パンデミック以降、業界はミュージシャンに圧力をかけている」

CN:さらにもうひとつ、これまでの『ナノクラスター』ではやったことのないことをしたんだ。それは、素材をどんどん出し合うことだった。最初は素材が足りていなかったから。結果、かなり素晴らしい成功に繋がった。彼の曲とはかなり違うものになったんだ。

MS:彼が一緒に居るとほんとうに良い人なので助かったわ。人間性は非常に重要だから。

前回の作品では、4人のアーティストが参加してそれぞれが10インチの片面を担当されましたが、2作目ではふたりとなり、各ディスクにひとりのアーティストが参加した形になっていますね。

MS:それは事前に決めたことではなかったけど、作業を進めるうちに素材が十分そろったことに気付いたの。今後はもしかしたら、コラボレーションはひとつだけになるかもしれない(注:実際、『ナノクラスターVol.3』では、SUSSのみとのコラボになった)。

CN:ルールを設けてはいないよね。ただ、僕たちはダブル10インチ(2枚組の10インチ盤)が好きで。この着想は、完全に実用面でのふたつの理由から生まれた。ひとつ目は、最初のアルバムを製造した際、12インチのヴァイナルをプレスするのに数か月かかったのに、10インチならずっと早く作れたということがあった。また、最初のアルバムには4つのまったく異なるプロジェクトが含まれていた。だから‶それぞれに専用の面があれば、それが自然な仕切りになる″と考えた。

MS:アーティストにとってもより興味深くなるしね。

CN:そう。それぞれが独立した作品になればね。当然のようにデジタル配信では、別々のEPとしてもリリースされているし、ストリーミングでは、短い長さのリリースがトレンドになっているようだ。例えば、20曲入りのアルバムをリリースしても、注目されるのは1、2曲だけで、残りは無視されてしまう。ストリーミングでは聴く人の注意力が極端に短いから。別々のEPにすることで、異なる人たちがそれぞれ別のアーティストに集中できると思った。でも実際には、媒体によるということなんだけど。

そして2作目では、各アーティストがより広い範囲でプレイする余地が得られると、EPのような短いフォーマットではなく、違う方向性になる気がします。

MS:そうかも。各アーティストがより多くの表現で貢献できるようになることが重要。

現在のあなた方の作品に共通するテーマのひとつは、独立した所有権の尊重のように感じます。ワイアーの場合も、バンドがカタログの大部分を所有しているというのは事実でしょうか?

CN:僕たちは80年代の作品は所有しておらず、70年代、80年代の出版権も持っていないけれど、70年代作品のマスターテープは保持していて、2000年以降の作品のすべても持っている。〈スウィム〉からリリースしたアーティストの一部は、自分たちで権利を買い戻していて、他のアーティストは特に気にしていないようだけれど、僕たちは喜んで権利を返還するつもりなんだ。他の人の音楽に執着する必要はない。

MS:あなたの場合は、所有権を持つことがとても重要だと思う。だって、大手レーベルが持つ影響力というものに嫌というほど、気付かされたんだから……

CN:僕たちにとっては、個人的にかなり大きな違いになったよね……。勿論、僕は非常に恵まれた立場で話しているわけだけど。つまり、70年代のワイアーの素材が何世代にもわたって受け入れられてきたから。それは70年代にリリースされた当時の人たちだけでなく、世代を超えて受け継がれて若い人にまで響いている、決して静かではないダイナミックな現象なんだ。さらにストリーミングの数字から判断すると、リスナーは減少するどころか、増加している。自らでマスターの権利を所有し、収益の大部分をバンドに還元できると、生計を立てるための基盤ができる。もしもオリジナル・メンバーと同世代の人たちが公務員になっていれば、はるかに多くの収入を得ていただろう。だけど、60代、70代、80代のミュージシャンのなかには、生活に苦労している人も多い。ツアーに出なければ家賃を払えないから、過酷な条件でツアーを続けるしかないんだ。

MS:でも、私たちが一緒に作るものをすべて所有していることには、メリットとデメリットの両方がある。外部レーベルのように、作品をより広めるような力はないから。

CN:お金がかかるからね。宣伝費や製造費、その他すべてに費用がかかる。だけど、例えばすでにやっているコラボレーションのひとつは、ブライトンを拠点とするバンド、ホリディ・ゴースツというサムとカットのカップルで、僕たちとも仲が良い。彼は30代前半で、ツアーのブッキング方法まで良く知っているんだ。僕の世代のミュージシャンは、ツアーのブッキングの仕方などまったく知らないと思う。

MS:いまのバンドは大変なのよね。そうせざるを得ないんだから。

CN:ほんとうにそう! パンデミック以降、業界はミュージシャンに圧力をかけている。

日本でも似たような状況だと感じます。あの数年で、何かが急激に加速した、‶それ以前とそれ以後″があるんです。若手のミュージシャンたちが、まるで優秀なビジネスマンのように見えるのはある意味で尊敬に値するけど、彼らがそうせざるを得ないことに同情してしまいます。

MS:そうよね。ミュージシャンとして、ただ音楽を追求する自由は、素晴らしい以外の何ものでもない。

(了)

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“I think you swim with the times, but you try to hold onto your own principles,” is how Malka Spigel describes the philosophy that’s guided her path through music and life over the past several decades — initially with Israeli-born, Belgian-based post-punk and experimental pop band Minimal Compact.

“You’re such a poet,” jokes her partner through the greater part of that time, Colin Newman, who made his name as the lead vocalist and songwriter of UK post-punk legends Wire.

A sense of back-and-forth, of each filling the gaps left by the other, of one stepping in and adjusting the flow of the conversation — of collaboration, essentially — is a natural part of the way they talk, and perhaps offers a window into the nature of their long-lasting collaboration as musicians too.

The pair met in Belgium in the 1980s and a combination of endless shared curiosity, a finely honed antenna for new sounds, and a porous, open sensibility to both absorb and eagerly share other people’s work has seen them leave their in fluence on (and be influenced by) by a fascinating and fluid alternative history of popular music.

Working together as co-owners of the Swim~ label, in the band Githead, as the electronic duo Immersion and most recently with a series of collaborators in the Nanocluster live and recording project, Spigel and Newman are perhaps more active than they’ve ever been. Earlier this year, they released the third of their Nanocluster series in collaboration, Immersion merging with US ambient-country trio SUSS to create a hypnotic, techno-organic, shifting kosmische collage of desert and sea, concrete and sky. Meanwhile, Immersion’s new album, under the zeitgeist-grabbing title “WTF?”, is set for release in September.

The following interview is an edited version of a conversation with Spigel (MS) and Newman (CN) last summer in the period between the second and third Nanocluster releases.

__________

IM : What do you think was your starting point that got you on this train?

MS: I think just getting together with people and playing together without any knowledge and technical ability, but feeling already the power of what it’s like to be creative. But also the togetherness, for me is the power that always stays there. That’s why we always collaborate: there’s some kind of magic when you play with other people, not only on the music side but on the human side.

CN: I come from a very different world from Malka. I mean, within whatever you call this whole gamut of music that runs from hardcore to neoclassical or whatever, there seem to be two approaches among ensembles. One is somebody writes something and the ensemble plays it, or the ensemble stand in a room and figure it out together. I come from the first approach. Wire is famously rubbish at jamming! If you’d said, “Let’s stand in a room and figure out some music together,” that’s never happened. If you have a basic structure and some compositional elements that are going in there, then it can be very, very good. Whereas Malka is completely fearless: she will literally just start playing and you kind of find things that go around what she’s playing. We first met in 85, so that’s a long period of pretty much continual working together.

IM : You produced maybe the fifth Minimal Compact album, right?

CN: Yeah, “Raging Souls”.

IM : That looks like a very interesting period for music in Belgium in the early 80s, with the Crammed Discs label and Marc Hollander from Aksak Maboul and The Honeymoon Killers.

MS: Yeah, there was some kind of energy. There was Tuxedomoon and other kinds of music around the label, and I think Colin was pretty much charmed by the whole thing. He came from living in a squat in London into Brussels, and the nice food and people who are kind of softer than in the UK.

CN: Yeah, I loved it. It was a real scene. And that period around the mid-80s was a really fascinating time. It wasn’t just Crammed Discs, there was Crépuscule, and both labels had a lot of international artists who ended up living in Brussels because it was cheap and good for touring.

MS: And London was a pretty harsh place! I was a bit shocked when I started going to London! It felt pretty poor. I could see why you were charmed with Brussels. Apart from falling in love with… you know!

CN: It was love at first sight.

MS: It was a fun place, but when it died off, it just became boring Belgium.

CN: What happened was the scene in Belgium crossed the psychological border. Flanders and Wallonia are almost two separate countries, and the scene moved to Ghent because that’s where R&S Records were based, and that was the whole techno scene was. Suddenly there were all these international artists signed to R&S and they were leading the pack. I mean, they put out the first Aphex Twin albums. Until Warp came and stole their thunder, there was a strong scene in Ghent.

MS: That’s also when we started getting more interested in London again.

CN: That’s true, if you’re in Brussels and you’re thinking about moving to Ghent, you might as well be moving to Poland. You have the same banks and same shops, but you have a totally different language and an entirely different mentality. And London was just starting to expand.

MS: We always feel attracted to places where things kind of start.

CN: I moved to Brussels in 1986 and we finally left in ’92, and at that point, the electronic scene was just starting in London.

MS: And started a label, and started to get to know more electronic music artists.

CN: Before we left, Malka’s time with Minimal Compact had sort of fizzled out, and we lived around the corner from the singer, Samy Birnbach, and sort of worked on a project that didn’t go anywhere. Then Malka got the offer to do a solo album, but she didn’t want to go into the studio with a bunch of hired musicians. We wanted to make it ourselves in our own studio.

MS: And they just didn’t get the concept. It was the beginning of people owning their own studios, and now it’s so common.

CN: She said, “Well I’ve already started on it. I want to finish it. Let’s just do it.” We moved to London with the idea that we could convert our garage into a proper space for recording, then make that record and figure out if we could find someone to release it. We took the little money we had, soundproofed the garage, bought a new mixing board and set to work on finishing the record. Then totally failed to find a label for it, but I had a meeting with (Mute Records boss) Daniel Miller and he said, “You’ve done it all yourselves, so why don’t you just release it yourselves as well? This is what you do…” So I had like a two-hour instruction about how to run a label. And suddenly we were releasing an album.

MS: Typical answer! He asked a question and now we’re a million miles away!

IM : This is my ideal interview. The less work I have to do, the better!

CN: It took Malka a year to actually admit that we had a record company. She thought it was well pretentious! But we put out Malka’s first solo album, and we made some money out of it!

MS: It was easier in those days.

CN: And people bought more. And after that we put out a compilation of the material we’d worked on with Sami Birnbach from Minimal Compact, under the name Oracle. So we’d released two records and then Malka said, “We have to make a techno record!”

MS: I never said that!

CN: Yes you did! You were very much into the idea that we had to make something more instrumental. You always liked the word “mysterious”.

MS: I guess it’s more pure. I always felt attracted with techno to how it doesn’t have too much of a “front image”. The people making the music, we don’t know where they come from, it’s all about the purity of music.

CN: Yeah, summed up in the NME with the phrase “faceless techno bollocks”, which rather like all those other words, like “jungle”, which starts off as a put-down but you sort of embrace it: “faceless techno bollocks”, what a brilliant idea! With the first Immersion record, we just pretended to be from Germany and we had publicity photos with wigs and masks, we had made-up names. If you’re a record company, you just release records: they could be by anybody. That was the first Immersion album, “Oscillating”.

IM : You also put out a remix album at almost the same time, didn’t you?

MS: It was really easy at the time. There were lots of electronic musicians, people were open, you’d ask someone, “Yeah, I’ll do you a remix!”

CN: It was Robin (Rimbaud, a.k.a. Scanner) that started it. We were walking in Battersea Park and he said, “I’ll do you a remix!” Oh, alright! Then we thought that would be an excuse to put out twelve-inches. We did two volumes of remixes and by the second one, we were getting slightly bigger names in the techno world doing remixes for us, like Claude Young, and those records were selling! Fat Cat Records had a shop in Covent Garden, and basically you’d manufacture some extra white labels, give them to Fat Cat, and they would sell them to all the top DJs.

MS: So it kind of spread naturally. I like the way it was so organic. Now everything goes through the industry and it’s impossible to break out of that kind of trap.

CN: And we started to have a reputation within dance music that was nothing to do with our history, just as this label that puts out cool music. The next thing that happened was that Gez Varley from LFO got in contact with us and he said, “I’ve got these tracks and Warp don’t want to put it out because they want to be all ‘listening music’ and I want to to do dancefloor.” And I remember listening to his cassette while going to pick up our son Ben from school in the car, listening to the first track, “Quo Vadis”, and I just thought, “This is pop music!”

MS: He called himself G-Man. And we did really well with it. I mean, people still play “Quo Vadis”. I heard it in Japan, when Wire played a gig and there was someone playing earlier, I don’t think he connected you with the track, but he played “Quo Vadis” and I thought, “Wow! People are still playing it!”

CN: It’s just an absolutely classic bit of danceable minimal techno and DJs loved it. So by this point we had a fearsome reputation but didn’t want to stick in one style. And then drum’n’bass happened. We were biiiiig on drum’n’bass. Techno was sort of American, but drum’n’bass was just London music, and it was kind of exciting like the 70s punk thing: suddenly you have this unbelievable explosion of energy. There was a point in the mid-90s when, to be honest, drum’n’bass was the only music that you needed. We made a little bit of it ourselves, but then we started working with Ronnie & Clyde, who were sort of the more intellectual side of breakbeat or pushing into a different kind of area. We put out some other stuff that was kind of more downtempo, and then towards the end of the 90s, we started to get involved in the whole post-rock thing. We charted a course through the 90s, starting with ambient techno and ended up with post-rock. It was all about what was going on: if you’re a label, you’ve got to be contemporary.

IM : It reminds me of something you said earlier. You talked about this thread of music that runs from neoclassical through all these other things, and you didn’t have a name for it. But it’s something I often think about: that there’s a line you could draw through stuff like John Cage, through what Brian Eno was doing in the 1970s and what a lot of the most interesting bands of the punk era were doing. It’s like a parallel history outside that classic rock canon.

MS: Didn’t everything change because of streaming. It changed how far it can reach and how it works.

CN: I think the fundamental change is in where the power lies. For example, the rise of instrumental music in the 90s meant that artists didn’t have to be from America or the UK to be international artists, and that thing has really been completed now with streaming, where you have what they call “glocalism”, where artists can do really well in their territory and spread out. At the same time, the industry is absolutely petrified and they’re doing everything they can to hang on — I’m talking about the major labels and the large independents — to the way it was. There’s definitely been a devolution of power and that has to be accelerated.

IM : You said that collaboration is something that became important when you started working together, and it seems like that’s grown a lot over they years. It’s obviously a big part of what Nanocluster is.

MS: It’s a fascinating area, because after so many years of making music, you get pushed out of your comfort zone because you’re working with a person you might not even know very well. So to kind of find yourself somewhere else and to try to go towards what they do, it opens you up and gives you ways forward with more options. Every collaboration takes us somewhere else.

CN: Wire happened again through the 00s, we had a parallel project, Githead, which was also a band, and we moved to Brighton ten years ago. We made a decision when we got to Brighton that we would reactivate Immersion because the equipment was quite modest and we could just play gigs together. Immersion’s last album (“Low Impact”) had come out in 1999 and the next one came out in 2016. It’s a long time between records, but that offered us a space to just get on and do stuff, so we did an album, which we initially released as two 10-inches and then compiled onto a CD — like analogue creatures living on an island, which was actually the title (the EPs “Analogue Creatures” and “Living On An Island” which were compiled into the album “Analogue Creatures Living On An Island”). So we were already starting to feel the alienation of Brexit in that title.

IM : I was listening to that earlier today and that struck me. I saw “Living On An Island”, then the date 2016 and thought, “Oh yeah, I know that feeling!”

MS: There was a really strong feeling at the time of the Brexit vote that we’re on an island, kind of separate from everything.

CN: And we live next to the sea, too.

MS: Yeah, which gives you a kind of hope and optimism at the same time.

CN: We did a few gigs, maybe a couple of festivals, but there wasn’t a lot going on with it. But someone we knew in Brighton had told us, “If you’re in Brighton, you need to create your own scene.” It can be quite divided-up.

MS: There’s LOTS of musicians!

CN: Lots of musicians! So we thought, “Well what does that mean? How can we create a scene? Let’s create a night in a club, but how can we make that different to anybody else’s? Well let’s have a collaborative element in it.” We’d known Tarwater for absolutely years, right from the early days of the Berlin scene, and we thought, “We’ll find a venue, do Tarwater and Immersion collaborating together. They can stay with us for a couple of days, we can work out the pieces together.” And it worked.

MS: And we could record it in our studio while we were rehearsing, so we had a basic recording of it.

CN: We did it at The Rose Hill, which is a small community venue that holds about 110 people — easy to fill it up with the right thing.

IM : How does the collaboration come about? Is there improvisation, or more prior preparation?

MS: We approach the artist and say, “We’ll send you three very basic ideas, you send us three basic ideas: try and put something on it that you come up with.” And we kind of build it, but not too far. Then we get together and sort of complete it in a way. It’s different every time, but that’s the basic structure. It’s not improvisation at all, but it’s not so complete that there isn’t a kind of tension about “Is it going to work? Is it going to be good live?”

CN: The next person we thought of was Laetitia Sadier. There’s something called “Krautrock Karaoke”.

MS: It’s someone from Japan who’s been living in London for a long time, and he’s been organising nights where people from different bands get together and play a version of krautrock. It’s fun!

CN: We did one with Laetitia Sadier. She came with not only the competence of her guitar playing: she’d actually learned all the parts, which is more than we’d ever done! It was amazing. So we thought maybe if we ask her, she’ll do a Nanocluster set.

MS: And she came over, stayed here, worked on material, and yeah, it was good.

CN: We know a lot of people, some of them just because we’re fans. There was a point when Ulrich Schnauss was making some of the best music on the planet, and then Robin Rimbaud, Scanner, of course who was in Githead. We’ve known him for years.

MS: And since then, we’ve been collaborating further and further afield and come up with more weird ideas that maybe shouldn’t work on paper.

CN: And then suddenly the pandemic hit, it was May 2020, we had these four collaborations, absolutely nothing else to do, so we thought, “Let’s finish the record.” And that was a difficult decision because Malka and I had never worked on mixing an album before. It was a real eye-opener: it was at that point the best mixed record that had come out of our studio, in my opinion, and it was because we were doing everything as a collaboration.

MS: It was kind of influenced by the radio show as well. When we play a lot of songs from different genres, we hear sounds, how things are put together, and it does unconsciously influence how we work.

CN: Absolutely. So we put that out in 2021, to some critical acclaim but in the middle of a pandemic you can’t do anything about promoting it much. All the gigs had been done already, so a bit difficult to tour it. And anyway, if any musicians in 2021-2022 were thinking about touring, they were thinking about touring themselves.

IM : Given the pandemic situation, how were you able to work together with the artists on the album?

CN: Everything was recorded beforehand.

MS: So while we rehearse, we record, and that becomes the base to work on. Now we’re working on stuff that they send us, and I don’t think something physical, in a room, is going to happen for this next collaboration (2025’s “Nanocluster vol. 3” with SUSS). So it depends. There’s always a way to finish studio work, whether we send parts to each other or peeople are physically here.

IM : This is also part of the way the project has evolved, by the sound of it. When you started, it was musicians in Brighton or who could travel easily, but as you start looking further afield for artists to work with, maybe that changes the process.

CN: Absolutely. What happened was that we put the first one out and then we thought “How do we move that on to the next layer?” Because we’d spoken to a lot of people but none of them were in Brighton, and the post-pandemic period was one when people were very much looking at their own careers. Doing stuff with us could be seen as a luxury. So we thought, “How can we do this another way?” We know quite well one of the main organisers of South By Southwest, James Minor, and we thought, “OK, why don’t we do something there?”

MS: It was quite scary because we have to travel to Austin and somehow create music with someone already there, so how do you do it? Then we saw Thor Harris on the list: he’s local, he plays percussion and seemed like it might be easy to make something together.

CN: And he’s very much in the American minimalist world.

MS: And he’s a natural collaborator.

CN: Thor was really up for it, we exchanged some material so we had something to build on when we got there. We ended up rehearsing in his house — the house that he built himself because he’s not only a very competent musician: he’s also a very competent carpenter, plumber and odd-job man, who also has this amazing social conscience.

MS: He’s an amazing guy. It was a great experience to work in his house. Everybody knows him in Austin.

CN: It was a bit of a baptism of fire in terms of the actual performance. We ended up playing at Hotel Vegas. We had to set up a table with all our gear on, in semi-darkness with drunk people falling all over us.

MS: It’s the beauty of the collaboration: each experience is different and each experience takes you somewhere you wouldn’t otherwise be. That feeling is quite addictive because we love making music together but to be pulled into someone else’s world as well is special.

IM : That’s one of the things that I find interesting, hearing the Nanocluster albums as a listener: it’s the feeling of all the musical egos dissolving into each other. Even though there’s a lot of people involved and the collaborator is switching with each side of the record or each disc, quite a coherent atmosphere comes out of it. The opposite of how you described working with Wire where each person’s role is very clearly fixed and separated.

MS: We do hear from people that even though there’s different collaborators, there’s a fullness to the sound.

CN: I guess that’s also how we mix it in the end.

MS: But not only that: we bring something human-wise where we connect with the person. It’s always ended up being a friendship.

CN: I mean we try to create a space for the person but we set a context. That’s actually one of Bruce Gilbert from Wire’s big statements about life and art: “Context is all.” I always hate what I call “big boy production” where you hear a record and you know there’s been a “producer” involved because it’s got that ego about it. If you’re working on production, you should be taking away the barrier between the music and the person listening to it: you should make it easy for the person to hear what’s in the music. It’s not about making yourself sound good, or about making this other person sound good: it’s about the whole thing.

IM : Why did you choose the name Swim~ for the label?

MS: Why not? (Laughs) I mean we always look for good sounding names. I suppose we always float easily between the worlds of different people. I don’t know, though. That’s something that comes after the fact. What do you think when you hear the name?

IM : It reminds me of Brian Eno. Water is such a recurring theme in his music, and I felt he does something a little similar to what I hear in Immersion. You’re both musicians who are known as singers in your other bands, but here you’ve stripped away the vocals in a lot of it. So it’s like taking away the pop star or rock star ego and finding some more fluid space where other things could happen.

MS: We had a compilation called Water Communication, so water seems to be a theme that keeps coming back. And now we live by the sea.

CN: This kind of brings us back to Jack (Wolter, a.k.a. Cubzoa), the other collaboration on Nanocluster Volume 2. I think it was back in 2021, when people were starting to have gigs again, and we went to The Rose Hill and we were really impressed by Cubzoa.

MS: He ended up sending us songs, and we thought, “What are we going to do?” because songs are quite complete things. Normally we start from something more basic, but it was an interesting challenge and I think it turned out really well.

CN: And the other thing was we did something that we had so far not done with Nanocluster, which is bash out some material between us because we didn’t have enough material at first. It was a quite spectacular success. They were quite different to his songs.

MS: It helps that he’s such a nice guy to be with. The human side is so important.

IM : With the last one, there were four artists, with each getting one side of the 10-inch but with the second one it’s just two, with one artist per disc.

MS: It’s not something we decided in advance, but it became obvious as we worked that there’s enough material. In the future it might be just one collaboration (Note: this ended up being the case with “Nanocluster vol.3” with SUSS).

CN: There’s no rule. Though we like the double ten-inch. The idea for it came about through two entirely practical reasons. One was that when we manufactured the first album, pressing 12-inch vinyl was taking absolutely months when you could do 10-inches much quicker. And then also on the first album there were four really different projects. So we thought, “If each one gets their own side, it’ll make a natural division between them.”

MS: And it’s more interesting for the artists, too.

CN: Yeah, if they’ve got their own separate things. And of course with the digital release, they are separate EPs as well. With streaming, the trend seems to be towards shorter releases. You’ll notice that someone releases an album with like twenty tracks, but only one or two will get attention and the rest will be ignored because there’s a bit of a short attention span in streaming. So we thought separate EPs and then perhaps different people will tend more towards one or towards another one. But it’s just about the medium, really.

IM : And I guess with the second one, each artist having more space to play with takes it to a different place than with a smaller, EP-length canvas.

MS: Yeah, there’s more expression for each artist to contribute.

IM : One thing that seems to run through your work now is a respect for independent ownership. I think even with Wire now the band owns most of its catalogue, is that right?

CN: We don’t own the 80s stuff and we don’t own the publishing on the 70s or 80s stuff, but we own the masters on the 70s stuff and we own everything since 2000. Some of the artists that we’ve released on Swim have taken back their own rights and others don’t seem to be bothered so much, but we’re happy to give back the rights. We don’t need to be hanging onto other people’s music.

MS: With you, it’s really important to have ownership because you became much more aware about how big labels can really…

CN: It’s made a massive difference to us personally. Of course I talk from a very priveliged position because it just so happens that Wire’s 70s material caught generation after generation. It’s not a static thing where the only people who listen to Wire’s music from the 70s are contemporaries of when it came out. It seems to go down the generations and catch younger audiences as well, so it’s a dynamic thing. And that audience, from what I can see in the streaming figures, is growing, not diminishing. So owning the master rights and getting the majority of the money into the band gives you a living. I mean people of the age of the original members, if they’d gone into the civil service, could easily be making much more money, but a lot of musicians in their sixties, seventies and eighties are struggling. Having to go on tour in poor conditions because if they don’t go on tour, they can’t pay their rent.

MS: There is an avantage and a disadvantage in that we own everything that we make together. We don’t have the power of an external label that can maybe push it more.

CN: It does cost money. You have to spend money on promotion, you have to spend money on manufacturing and all the rest of it. But, for example one of the collaborations that we’ve already started is with a band who are based in Brighton called Holiday Ghosts — with Sam and Kat. We’re two couples and we get on really well. He’s in his early thirties, and they know how to book a tour: they don’t have any problem with that kind of stuff. Musicians of my generation would not have even the first idea how to book a tour.

MS: I mean it’s so hard for bands nowadays, they have to be.

CN: They have to be! And since the pandemic, the industry has squeezed the musicians.

IM : It feels similar in Japan, where there’s a before and after where something accelerated massively over those years. Young musicians seem like such good businesspeople, and I sort of admire them but I kind of feel sorry for them that this has had to happen to them.

MS: Yeah, the freedom of just being a musician is amazing.

Stereolab - ele-king

 未来を見つめるために過去を振り返るのは、つねにステレオラブの習慣の一部だった。アートワークには1960年代の実験的なステレオ・テスト・レコード盤の要素を取り入れ、音のルーツはクラウトロックの攻撃的でモータリックなモダニズム、フランス現代思想や戦後のマルクス主義の変種などの緩めの解釈、ルチア・パメラやノーマン・マクラレン等の創造力豊かな変わり者たちによるポップ・カルチャーの難解な奥義などの多岐にわたる過去から引き出したあらゆる要素が、政治批判、技術楽観主義、そして子どものようなクリエイティヴな遊びを融合させた、進歩の土台となる精神を構築してきた。
 
 だが、その進歩という考え方が、なかなかトリッキーではある。ステレオラブの新譜があなたを本当に驚かせたのはいつが最後だっただろうか? 私にとって、それはおそらく2001年の『Sound Dust』だったのではないかと思うが、すでに1997年に『Dots and Loops』がリリースされた時点で、ステレオラブのアルバムを思い浮かべるときに必要なすべての要素が揃ったと感じていたことにも言及しておきたい。とはいえ、それ以降の作品に創造性が欠如していたわけではない。グループはしばしば、自分たち自身で障害物をこしらえて、グルーヴを壊し、プロセスを複雑化して、お決まりのパターンに陥るのを防ぐことを繰り返してきた。2004年の『Margerine Eclipse』で特にその手法が際立っているが、このアルバムは“デュアル・モノ”方式で録音され、ふたつの独立した録音が各チャンネルにあり、それらが組み合わさって音が聴こえてくるというものだった。

 『Instant Holograms on Metal Film』の制作過程でもそのような仕事がなされたのかは知る由もないが、2008年の『Chemical Chords』のセッションからの音源で編まれた2010年の『Not Music』以来の今回の新譜は、まさにステレオラブのアルバムらしい音に聴こえる。完璧なメロディの再構築、音楽的要素やテーマなど、愛聴家たちが期待するものが揃っている。私の周りの人びとの意見はというと、眩暈がするような興奮を覚えた人と、期待はずれだったという人に二分されている。ある人は“自動操縦(オートパイロット)化されたバンド”という表現で総括した。
 私はその批判は、的外れであると思う。何よりもその精緻な再現性だけで、“オートパイロット”化という言葉がほのめかす怠惰という疑いを晴らすことができるからだ。それよりも私が感じとったのは、17年ぶりに集まったミュージシャンたちがこの“ステレオラブ”と呼ばれるものの記憶を呼び覚まし、再構築するために懸命に努力する様子だった。最後に一緒に奏でた音楽から彼らを隔てた長い時間自体が、そのプロセスを複雑化する障害物として機能し、再びステレオラブになるという行為がその概念の枠組みとなっているのだ。
 これは、単なる技術の実践を超えたもののように感じてしまう。長い時間、離れていた音やプロセス、そして人同士が再接続を果たすという感情的な行為なのだ。

 冒頭から、“Mystical Plosives”の電子的なアルペジオが“Aerial Troubles”へと突入すると、何か強烈なものの存在を感じる。ビートが予想より一瞬だけ早く始まり、ポップなフックに辿り着こうと焦っていかのようだ。メロディとテーマだけで、アルバム発売前のシングル“Melodie Is A Wound”が“Ping Pong”と同じ作曲者によるものだとわかるが、いずれも、より広がりのある密度の濃い作品となっている。この曲とA面全体が、新しい家のすべての部屋を見せたくてたまらない、無我夢中な案内人に連れまわされているような感覚だ。
 ティム・ゲインとレティシア・サディエールはどちらも前回のアルバム以来、活発な活動を続けており、この再構築されたステレオラブの構造にも、それぞれの作品の要素が絡まっている。ティムのプロジェクトであるキャヴァーン・オブ・アンチ・マターのホルガ―・ツァップもゲスト参加した、インストゥルメンタルな“Electrified Teenybop!”はふたりのアルバムの一枚にも違和感なく収まりそうな曲だ。一方、レティシアが頻繁にコラボレートするマリー・メルレ(アイコ・シェリーの)がバック・ヴォーカルで参加している。
 ある意味、ティムとレティシアの、その間の数年にわたる活動が、彼らが自分たちの過去を振り返るというプロセスを必要とした大きな理由のひとつかもしれない。キャヴァーン・オブ・アンチ・マターがシンセティックなモダニズムのサウンドに激しく傾倒したのに対し、レティシアの方は、特に昨年の『Rooting For Love』では物理的なものと精神的なものに対峙していた。ステレオラブの開発ツールは、両者が再び一緒に演奏できるようにするだけでなく、それぞれの創造的なこだわりを追求する余地を提供しており、その枠組みのなかで両者のアプローチが絡み合うことが織り込み済みなのだ。

 『Rooting For Love』では、現代政治がかなり強調されていたが、それはより抽象的な形で詩的に表現されていた。だが『Instant Holograms on Metal Film』 では、資本主義の破壊的なダンスと、機能不全を好む独裁体制を、執拗に、鮮明に描いている。

「Is there some form of justice possible or (なんらかの正義の形というものは実現可能なのだろうか、それとも)/So long, public’s right to know the truth(国民の真実を知る権利の終焉か)/Gagged, muzzled by the powerful(権力者に口を塞がれて封じられ)/Cultivate ignorance and hate(無知と憎しみを増殖させる)」

 と、レティシアは「Melodie Is A Wound(メロディとは傷である)」で問いかけ、こういった率直な真剣さを嫌がる人たちの目を白黒させる。

 A面の、歌詞を通じて現在の混乱した社会情勢に対する社会的、政治的、そして経済的な批判をアルバムの基盤とするやり方は、音楽のより理論に基づいた側面と結びつき、彼女の宇宙的な進歩の処方への、ある程度の具体的かつ抽象的な入口を構築している。
 そして、おそらくここが A面の政治に対する真剣さに賛同していた人のなかでも、レティシアの政治観が精神的なものばかりでなく、ニューエイジの領域に近い要素にまで密接に結びついているために、離れてしまう人が出てくる分かれ目になっているのかもしれない。とはいえ、このアルバムは、ステレオラブがこれまで表現してきたなかでもっとも完全な、政治的かつ個人的な宣言となっている。全体を貫いているのは、ただ問題点を明らかにする
だけでなく、ある種の解決策への道筋を示そうとする献身である。 

「Juncture invites us to provide care (この岐路は私たちにケアの提供を促している)/Palliative (一時しのぎの緩和ケアを)/ For dying modernity (死にゆく現代性に)/While offering antenatal care for the inception of the new, yet undermined future (一方でまだ定まっていない新たな未来の始まりに産前ケアを提供しながら)/ That holds the prospect for greater wisdom (より大きな英知の可能性を持つ未来のために)」

 レティシアはこのように“Aerial Troubles”で語り、『Rooting For Love』の歌詞は、彼女の革命的な実践において、対立ではなく愛と共感を中心に据えていると言及している。

 “Wisdom(知恵・英知)”は彼女が繰り返し使う言葉だが、その使い方は“明晰さ”と大体一致しており、社会という名のフィルターを通して見る訓練がなされる前に世界を見透かしてしまう、子ども特有の純真さのような感覚のことなのかもしれない。おそらく、多少はフランス左派の哲学者、コルネリュウス・カストリアディスの影響もあるのだろう。彼はイド、自我と超自我に分割される前の子どもの精神を、精神的な単子(サイキック・モナド)と説明し、健全な社会には、内省のための精神分析的なツールが不可欠であると考えた。そのような自己分析なしでは、私たちは自分たちの意欲に気付けないばかりか、真の自律性を獲得することができず、自治制のない社会は機能しないからだ。
 フランス語のつづりによる“Monade”は、もちろん、レティシアが自身の名前のみを使って活動するようになる前に音楽をリリースする際に使用した名称だが、これは単なる精神分析学的な用語ではなく、グノーシス主義とも強く結びついた神秘的な言葉である。
 アルバムのB面へと進み、とくに豊かでサイケデリックなC面になると、歌詞の社会批判は、診断的な内容から治療の段階へと進み、彼らが描く救済への道には、だんだんとグノーシス主義的な宇宙論が映し出される——資本主義の現実主義的支配者、デミウルゴス(“Vermona F Transistor”の神のふりをするジョーカー)が、人類が英知や啓発を得て、モナドの高潔で純粋な光の中で真の人間性を手に入れるのを妨げようとするが、その神聖な一部の火花は本来、我々がそれぞれ内包しているものなのだ。

 だが、ここで重要なのは、これらの表現方法のすべてが、本質的には個人的なものへと行き着くことなのだ。レティシアが“Vermona F Transistor”で「The architect, our higher self (建築家という私たちの高次なる自己)」と歌うその言語は霊的なものであり、「Explore without fear the rhizomic waves (恐れることなく、根茎状の波を探索せよ)」と歌うところでは、ドゥルーズとガタリの批判理論を想起させるが、“Esemplastic Creeping Eruption”のタイトルでは、コールリッジの詩の言葉を引いており、一体感(wholeness)と結合(union)という繰り返されるテーマは、宗教、心理学、政治と愛における語彙の核心的な部分だ。  「統合」のテーマは、バンドの再結成という文脈において、特に心に迫るものだ。“Esemplastic Creeping Eruption”のエンディングの歌詞

「It is because I am you, it’s because you are me (なぜなら、私はあなたであり、あなたは私だから)/Eternally entwined, mirage of separateness(永遠に絡み合った、分離と言う幻影)/Meeting with a stranger, a lost part of myself (見知らぬ人との出会い、失われた自分の一部) /It’s because I am you, it’s because you are me (なぜなら、私はあなたであり、あなたは私だから)/Two halves of one(一個の二つの半身)/Union, compound (結合、複合)」

は、人間に共通する普遍的なテーマとしても解釈できるが、ステレオラブ自身にとっても、強力な響きを持つ文脈となっている。

 アルバムの最終面は、注目を集めたがるA面や暗さのあるB面、サイケデリックなC面とは対照的に軽やかで、爽やかさと安心感のある音調になっている。最終面より前の面でも探求された多くのテーマを再訪するが、アルバムと同様に、次へと漕ぎ出す出発点として過去に焦点を当てている。“Colour Television”が「Open are the possibilities(可能性は無限に広がっている)!」と宣言し、“Flashes From Everywhere”では、「冒険的な進み方」を約束している。

 最終的に、政治批判や哲学、心理学、宇宙論といった深遠な風景を駆け抜ける、目の回るような旅の後にステレオラブが『Instant Holograms on Metal Film』で提示する前進への道は、決して不明瞭なものではないし、大袈裟なものでもない。彼らはただ、こう言っている。「自分自身の意欲と偏見について熟考し、明晰さと自律性を獲得しよう。その明晰さで異なる可能性を探求し、自分自身と他者を、精神的、社会的に、あるいは長年離れていたポップ・グループとして、同一のものの一部として結びつき、大胆に、自由に創造しよう」


by Ian F. Martin

The idea of looking back in order to look forward is one that’s always been a part of Stereolab’s praxis. The artwork that drew from 1960s experimental and stereo test records, their sonic roots in the aggressive, motorik modernism of krautrock, various loosely interpreted strains of French Theory and postwar mutant Marxism, the pop cultural esoterica of creative eccentrics like Lucia Pamela and Norman McLaren — it all drew from the past to construct an ethos combining political critique, technological optimism and childlike creative play as a platform for progress.

That idea of progress is a tricky one, though. When was the last time a new Stereolab album really surprised you? For me, perhaps that was 2001’s Sound Dust, although I’d argue that all the key elements you need to imagine a Stereolab album were in place with the release of Dots and Loops in 1997. That’s not to say there was a lack of creativity at work beyond that point, though: the group would often construct roadblocks for themselves to throw themselves off their groove, complicate their process and prevent themselves from falling into patterns. They do this most strikingly in 2004’s Margerine Eclipse, which was recorded in “dual mono” with two independently coherent recordings, one in each channel, that combine to create the song you hear.

Whether there was some process of that kind at work behind the scenes of Instant Holograms on Metal Film, I don’t know, but this first new album since 2010’s Not Music, which was itself pieced together from recordings made during the 2008 sessions for Chemical Chords, sounds exactly like a Stereolab album: an immaculate recreation of the melodies, musical elements and themes a fond listener would expect. Opinions among people around me have been split between giddy excitement and disappointment: a feeling one person summed up as of “a band on autopilot”.

I think that criticism misses the mark. The meticulousness of the recreation alone absolves the band of the suggestion of laziness “autopilot” implies. Rather, the sense I get is of musicians working together for the first time in seventeen years, working hard to remember and reconstruct this thing called Stereolab — the gulf of time that separates them from their last music together itself functioning as a roadblock that complicates their process, the act of becoming Stereolab again its own conceptual framework.

It feels more than just a technical exercise, though. It’s an emotional process of reconnecting with sounds, processes and people after a long time.

From the start, as the electronic arpeggio of Mystical Plosives bursts into Aerial Troubles, there’s something insistent, beats kicking in just a moment before you’re expecting them, almost an impatience to get to the pop hook. Both in melody and themes, early single Melodie Is A Wound is identifiably the same songwriters who wrote a song like Ping Pong, but it’s both more expansive and densely packed. The song, and the whole of side A, really, feels like being swept along by a deleriously enthusiastic guide, eager to show you all the rooms of their new house.

Tim Gane and Laetitia Sadier have both been active over the years since their last album, and elements of both their own work twine through the structure of the reconstructed Stereolab. Holger Zapf from Tim’s project Cavern of Anti-Matter makes an appearance, and the instrumental Electrified Teenybop! would fit just as easily into one of their albums. Meanwhile, Laetitia’s frequent collaborator Marie Merlet (of Iko Chérie) joins on backing vocals.

In a way, Tim and Laetitia’s work in the intervening years may be a big part of what makes this process of looking back on their own past necessary. Where Cavern of Anti-Matter leaned hard into the sound of synthetic modernism, Laetitia, especially on last year’s Rooting For Love, sought to engage with the physical and the spiritual. The Stereolab toolkit allows them both to play together again, offering space for each to explore their own creative obsessions within a framework where the intertwining of those approaches is baked in.

Where contemporary politics underscored much of Rooting For Love, they do so lyrically in a more abstract way. Instant Holograms on Metal Film, though, lays out with urgent clarity the destructive dance of capitalism and its dysfunctional lover authoritarianism.

“Is there some form of justice possible or / So long, public's right to know the truth / Gagged, muzzled by the powerful / Cultivate ignorance and hate,” Laetitia asks on Melodie Is A Wound, no doubt causing all the sorts of people who cringe at such direct earnestness to roll their eyes.

The way Side A grounds the album in a social, political and economic critique of the current troubled climate both links the album lyrically with the more theoretical side of the music, and constructs a more or less tangible entry point for her more cosmic prescription for progress.

This is probably the point where even some of those who were OK with the political earnestness of Side A begin to check out, because Laetitia’s politics are woven intimately with something spiritual, even new age-adjacent. However, the album maps out what might be the most complete political and personal manifesto Stereolab have ever expressed. What underscores it all, throughout, is a devotion to not just identifying problems but mapping out some sort of route to a solution.

“The juncture invites us to provide care / Palliative / For dying modernity / While offering antenatal care for the inception of the new, yet undetermined future / That holds the prospect for greater wisdom,” she says on Aerial Troubles, and ss on Rooting For Love, the lyrics here centre love and compassion rather than conflict in her revolutionary praxis.

The word “wisdom” is one she returns to again and again, used in a way that seems to be roughly congruent with “clarity” and perhaps the sense of childlike innocence that sees the world clearly through eyes that haven’t yet been trained to see through society’s filters. There’s perhaps the influence of French leftist philosopher Cornelius Castoriadis in this, who describes a child’s psyche before it is broken up into the id, ego and superego as the “psychic monad”, and saw the psychoanalytical tools of self-reflection as crucial to a healthy society, because without such examination, we cannot be conscious of our motivations and therefore be truly autonomous, and a society cannot function without autonomy.

Monade (in the word’s French spelling), of course, was the name Laetitia used to release music under before settling into using her own name alone, and it’s not just a psychoanalytical term but a mystic one with strong connections to gnosticism.

As the album moves into Side B and especially the richly psychedelic Side C, and the lyrics’ social critiques move from the diagnostic to the curative, the route they sketch out towards salvation increasingly mirrors gnostic cosmology — the archons of the capitalist realist demiurge (“the joker who pretends a God to be,” of Vermona F Transistor) holding humanity back from attaining wisdom or enlightenment and experiencing their full humanity in the incorrubtible pure light of the monad, part of whose divine spark we each contain.

Importantly, though, all these modes of expression come down to something fundamentally personal. The language is spiritual on Vermona F Transistor when Laetitia sings “The architect, our higher self”, it recalls the critical theory of Deleuze and Guattari where she sings “Explore without fear the rhizomic waves”, it draws language from the poetry of Coleridge in the title Esemplastic Creeping Eruption, and the repeated theme of wholeness and union is a key part of the vocabulary of religion, psychology, politics and love.

That theme of union is a poignant one in the context of the band’s reunion. The ending of Esemplastic Creeping Eruption with the lines “It is because I am you, it's because you are me / Eternally entwined, mirage of separateness / Meeting with a stranger, a lost part of myself / It’s because I am you, it's because you are me / Two halves of one / Union, compound” can be read as a general statement about collective humanity, but rings powerfully in the context of Stereolab itself.

The final side of the album takes on a lighter, breezier, more reassuring tone than the attention-hungry Side A, the darker side B and the psychedelic Side C. It revisits many lof the points explored on the earlier sides, but perhaps like the album itself, its focus is on summarising the past as a kicking off point for where to go next. “Open are the possibilities!” declares Colour Television, with Flashes From Everywhere promising an “Adventurous way to proceed”.

For all the giddy journey they take you on through this esoteric landscape of political critique, philosophy, psychology and cosmology, the route forward Stereolab offer on Instant Holograms on Metal Film isn’t an obscure one, in the end. It’s not a grand one either. It simply says: reflect on your own motivations and biases in order to achieve greater clarity and autonomy; use that clarity to explore different possibilities; see yourself and others united as part of the same thing, whether spiritually, as a society, or maybe even as a long-separated pop group; and create boldly and with freedom.

Pulp - ele-king

 1995年という年は、いまとなっては当時の1965年と同じくらい遠い過去になった。1995年、グラストンベリー・フェスティヴァルのメインステージに、ストーン・ローゼズの代役として突如ヘッドライナーとして登場したパルプにとって、それはバンドの飛躍を意味したものだったが、同時に、イギリスのポップ・カルチャーにおける決定的な出来事でもあった。当時リリースされたばかりのシングル「Common People」は、その瞬間にして90年代を象徴するポップ・ソングとしての地位を確立したのだった。
 あのときの勝利は、周縁に追いやられてきた人びと、置き去りにされてきた人びと──インディ・キッズ、労働者階級、学校でいじめられ、スーパーマーケットの駐車場で暴力を受けていたような“変わり者”たちにとっての正当性の回復のようにも感じられた。
 あれから30年──2025年に(あまりうまく隠し通せなかった)シークレット・セットとして同じステージに戻ってきた彼らは、明らかに年齢を重ね、白髪も混じった風貌のバンドとなっていた。もっとも、ジャーヴィス・コッカーはもともと“老けた若者”のような佇まいで、彼の身体がようやく年齢に追いついただけとも言える。その意味では、彼の佇まいはあまり変わっておらず、2025年のパルプのライヴは、驚異と美しさに満ちたものだった。90年代の楽曲がひとつずつ演奏されていくにつれ、時間が逆流していくような錯覚を覚える。ジャーヴィスの表情や身振りが、いつしか過去の写真のなかの彼自身と重なっていき、ひとつひとつの曲が、ふたたび若さを帯びながら息を吹き返していくのだ。

 パルプの新作アルバム『More』は、こうした熟年期の彼らが生み出した作品である。そこには人生の静かな失望や諦念が、擦り切れた袖口のように滲んでいる。だがこのアルバムは同時に、過去の断片や未完の思考と緩やかにつながりながら、それらを現在へと開かれた「連続体」の一部として再構築している。過去と対話を重ねることで、それをいまなお生き続ける何かとして復活させている。

 オープニング曲 “Spike Island” は、1990年にザ・ストーン・ローゼズが敢行した伝説的な野外コンサートを参照している。この公演は、音響の不備や場当たり的な運営が問題視された一方で、インディ・カルチャーが時代精神を掌握した象徴的瞬間であり、パルプが1995年にグラストンベリーのメインステージに立つまでの流れを形成する上でも、重要な踏み石となった出来事だ。 “Slow Jam” に登場する「Cos I’m the resurrection man(だってぼくは復活の男だから)」という一節もまた、ザ・ストーン・ローゼズの代表曲 “I Am the Resurrection ” を想起させつつ、彼らが生み出した時代の空気がパルプの台頭を後押ししたという文脈をほのめかしている。
 アルバムにはその他にも、ポップ・カルチャーへの言及が点在している。 “Tina ” のなかの「Your lipstick on my coffee cup(コーヒーカップについた君の口紅)」という台詞は、90年代UKポップスの寵児テイク・ザットへのウィンクとして響く。そしてラスト曲 “A Sunset” では「I’d like to teach the world to sing(世界中に歌を教えたい)」というフレーズが繰り返される。これは、1971年に放映されたコカ・コーラのCM──海辺の夕焼けを背景に、若者たちが合唱するあの映像──に記憶の起源をもつかもしれないが、同時にオアシスの初期代表曲──ロジャー・クックとロジャー・グリーナウェイによる原曲 “I’d Like to Teach the World to Sing ” のメロディを流用していたことで知られている── “Shakermaker ” をも想起させる。

 もちろん、このアルバムにはパルプ自身の歴史も随所に織り込まれている。 “Got to Have Love ” でジャーヴィスが綴る「L-O-V-E」の綴り方は、1995年の名曲 “F.E.E.L.I.N.G.C.A.L.L.E.D.L.O.V.E. ” を明確に呼び起こすし、 “Grown Ups” における「Are you sure?(本気かい?)」という一言は、 “Common People” での印象的な語り口をなぞる。そして “Background Noise ” で告白される「Don’t remember the first time(最初のときのことは覚えていない)」という一節は、1994年の出世作『His’n’Hers』に収録された名曲 “Do You Remember the First Time? ” への静かな応答でもある。過去と現在、記憶と再演──それらはこのアルバム全体を通して繰り返し響き合いながら、パルプという存在の継続性を、静かに、しかしたしかに証明している。

 とはいえ、こうした過去のポップ・カルチャーにまつわるイースターエッグ[*復活祭に飾られるカラフルな卵/復活の象徴]の数々は、どちらかといえば時間の経過を示す通過点のようなものであり、このアルバムの核心にあるのは、ジャーヴィス自身による老いについての私的な黙想にほかならない。そしてそれは、かつて彼の楽曲を特徴づけていた、性的欲望や覗き見るような痛みを描いた物語の精緻な語り口とまったく同じ文体で遂行されている。
 2曲目 “Tina” は、 “Something Changed ” の構造を逆転させるような楽曲だ。あの曲では、語り手はまだ出会ってもいない女性との未来を夢見ていたが、 “Tina” では(おそらく既婚の)男が、実現しなかったもうひとつの人生──ある女性との長年にわたる幻想の関係──を回想するというかたちをとる。いや、より正確には、電車やカフェでふと目にする女性たちに向けて日常的に抱く、現実とは切り離された空想の象徴といった方がいいかもしれない。
 この曲の核心にあるのは、「老い」がいかにして人間から「別の人生」の可能性をひとつひとつ奪っていくか、という痛切なメタファーである。そしてそのメタファーは、女性の名前に込められた言葉遊びによって強調される。 “Tina” とは、マーガレット・サッチャーがかつて語った有名なフレーズ──「There Is No Alternative(他に選択肢はない)」──の頭文字なのだ。

“My Sex ” は、より近過去の記憶を反映している。ギリシャ悲劇のコロスを思わせる鋭く語りかけるようなバッキング・コーラスは、ジャーヴィス・コッカーが2019年に始動させたプロジェクト《Jarv Is...》の作風と語り口を彷彿とさせる。一方、 “Got to Have Love” は、別の興味深いアプローチを取っている。2000年前後に書かれたが一度はお蔵入りとなった楽曲を再構築し、いまのバンドの状況にふさわしいかたちで蘇らせているのだ。ディスコ的な律動が執拗に反復されるこの曲は、バンドの絶頂期の痛切な渇望──とりわけ “She’s a Lady” に通じるもの──をもっとも明示的に喚起するものだが、同時にジャーヴィスは、当時と現在とのあいだに広がる時間の隔たりを自覚的に見つめている。「It cannot be denied, I waited far too long / To believe, to believe in the words, I once wrote to this song(否定できない、ぼくはあまりに長く待ちすぎた/かつてこの曲のために綴った言葉を信じるために)」
 しかしながら『More』は、ブラーの近作『The Ballad of Darren』と同様、強いポップ性を前面に押し出すよりも、静かなテンポと内省的な憂いに重心を置いた作品である。ブラーのデーモン・アルバーンが“ダレン”という誰でもない架空の存在を媒介に老いについての思索を展開したのに対して、ジャーヴィス・コッカーはより直接的で、感傷に浸ることなく語りかけてくる。曲そのものも、しっとりとしたトーンのなかに、どこか切迫した緊張感を保っている。
  “Partial Eclipse” は、パルプがこれまで録音してきたなかでも屈指の名曲のひとつと言ってよいだろう。そしてアルバムを締めくくる “A Sunsets” は、すでにライヴでのハイライトとしての風格すら漂わせている。録音ではブライアン・イーノとその家族がバック・ヴォーカルに加わっているが、その響きはまるで、イーノの名作『Before and After Science』のB面に収められていても不思議ではないような、静謐かつ奥行きある余韻を残す。
 『More』に欠けているのは、作品全体を貫く強固な「音の輪郭」だ。少なくとも、それが『His’n’Hers』にあったような、きらめくシンセとグラム・ロック的華やかさで構築されたウォール・オブ・サウンドであったり、『This is Hardcore』のような、コカインの幻覚と偏執的閉塞感、そしてオーケストラルなギター・ノイズが渾然一体となった不穏な音響的スープであったりするような形では、ここには存在していない。

 もっとも、『More』も『This is Hardcore』と同じく、管弦楽的アレンジへの愛着を共有してはいる。だが本作を特徴づけているのは、むしろ過剰さを排した端正なプロダクション──それぞれの楽曲に必要な空間だけを与え、個々の曲が独立した輝きを放てるように配慮された、ミニマルで清潔な仕上げである。その意味で、アルバム全体の印象は『Different Class』に近い。じっさい、この『Different Class』との関係こそが、本作について考えるとき何度も立ち返ってしまう視点である。『More』は、90年代のあの名作の、老いを経た鏡像のようにも感じられる。年月に磨耗しながらも希望を失わず、どの曲も同じように独自性をもち、洗練され、控えめなながらしっかりとした自信をたたえた、もうひとつのポップの結晶としてそこにあるのだ。


Ian F. Martin

1995 is is distant in the past now as 1965 was then. When Pulp stepped onto the main stage at Glastonbury in 1995 as last-minute replacement headliners for The Stone Roses, it was a breakthrough moment for the band and a defining event in British pop life, cementing the position of their then-new single Common People as the iconic pop song of the decade. It felt like a triumph and vindication for the outsiders and the left-behind: the indie kids, the working class, the weirdos who got bullied at school and beaten up in supermarket car parks.

When they stepped onto that same stage for a (not very well kept) secret set in 2025, it was as an older, greyer, more weathered group. Jarvis Cocker always looked to me like an elderly man just waiting for his body to catch up, so he inhabits this ragged state well. This also means that he is remarkably unchanged, and Pulp live in 20205 is a thing of wonder and beauty: as the songs from their 90s unfold, time seems to flow backwards through them, Jarvis growing impossibly younger as the set goes on and one by one he begins to inhabit those photographs of another time.

Pulp’s new album, More, is a creature born of this older band — music that wears the quiet disappointments of life on its worn sleeves — but throughout, it connects to and runs with loose threads from the past, turning the past into part of a still-living continuum, in conversation with its older self.

Opening song Spike Island references The Stone Roses’ legendary 1990 outdoor concert, notorious for its poor sound and slapdash atmosphere but a key moment in indie culture’s seizing of the zeitgeist and an important stepping stone on Pulp’s route to that stage in Glastonbury. The line “Cos I’m the resurrection man” on Slow Jam also perhaps calls back to The Stone Roses and the role they had in shaping the atmosphere that enabled Pulp’s rise. Other pop cultural reference points dot the album too. The line “Your lipstick on my coffee cup” from Tina gives a wink in the direction of Take That. Meanwhile, closing song A Sunset repeats the line “I’d like to teach the word to sing”, which perhaps has its roots in a childhood memory of a 1971 Coke advert, featuring a choir of youngsters singing the line against the backdrop of a seaside sunset, but also summons the memory of Oasis’ early hit Shakermaker, which stole the melody of Roger Cook and Roger Greenaway’s original song.

Naturally, Pulp’s own history extends through the album too. The way Jarvis enunciates the letters “L-O-V-E” in Got to Have Love echoes F.E.E.L.I.N.G.C.A.L.L.E.D.L.O.V.E. from 1995, The line “Are you sure?” on Grown Ups nods to his famous delivery of the same phrase in Common People, and his confession of “Don’t remember the first time” in Background Noise calls back to Do You Remember The First Time? from Pulp’s 1994 breakthrough (and best) album His’n’Hers.

But all these little easter eggs from past pop moments are more like waypoints to symbolise the passage of time, while the heart of the album is Jarvis’ own personal meditations on growing old. This he does with all the storyteller’s attention to detail that characterised his early tales of sexual frustration and voyeuristic heartache. Second track Tina inverts the structure of Something Changed, where instead of the narrator dreaming of a future with a girl he hasn’t yet met, it takes the form of a (possibly married) man loking back over a decades-long fantasy of a life he never had with another woman — or more likely an avatar for all the other women he idly fantasises about in trains and cafés. The song underscores its metaphor for the way age closes down one alternative life path after another by making the woman’s name an acronym for Margaret Thatcher’s famous declaration of cancelled futures everywhere: “There Is No Alternative”.

My Sex reflects the more recent past, with its sharply delivered Greek chorus backing choir recalling the style and tone of Cocker’s 2019 Jarv Is project. Meanwhile, Got to Have Love takes another interesting approach, resurrecting an abandoned song from around the turn of the millennium and retooling it for the band’s current circumstances. With its insistent disco pulse, it’s the song that most explicitly summons the painful longing of the band’s heyday, particularly She’s a Lady, but with Jarvis noting the distance between the song’s roots and the band’s current lives as he sings “It cannot be denied, I waited far too long / To believe, to believe in the words, I once wrote to this song”.

Like Blur’s recent The Ballad of Darren, though, More leans less on bold pop statements and harder on its downtempo, melancholy side. Where Damon Albarn wrapped his own musings on advancing age in the distancing device of everyman Darren, though, Jarvis is more direct, less mournful, the songs still crisp and urgent in their own way. Partial Eclipse might be one of the best songs Pulp have ever recorded, and closing song A Sunset already feels like a live showstopper, the recorded version recruiting Brian Eno and most of his family on backing vocals for a tune that already feels like it could have sat comfortably on Side B of Before and After Science.

What More doesn’t have is a strong overarching sound of its own, or at least not in the way His’n’Hers did with its shimmering, glittering, synth-glam wall of sound or This is Hardcore did with its paranoid, claustrophobic brew of cocaine-sleaze and orchestrally-augmented guitar noise. While it shares the latter’s love of orchestral arrangements, the overall sound it’s characterised more by a tidy, unfussy production style that gives each of the songs what they need to shine individually, and in this way it more closely resembles Different Class.

It’s that relationship with Different Class that I keep coming back to with this album, and in many ways it feels like an older mirror to its 90s counterpart: worn down by the years but still hopeful, and each song every much as unique, elegantly crafted and quietly confident a piece of pop in its own more understated way.

Little Simz - ele-king

 いまこの作品を聴けて良かった。移民文化の豊かさ、裏切りと再出発、貧しい若者の刹那と逞しさ──ラッパー/ソングライターのリトル・シムズの通算6枚目のアルバム『Lotus』を聴くと、彼女の『Top Boy』での名演を思い出さずにはいられない。極論をいえば、『Lotus』と『Top Boy』は表裏一体の関係にある。ドラマのなかでシムズが演じたシングルマザーで介護士のシェリーはストリートからのしたたかな仕打ちにあい、人間関係に苦しみながらも、慈愛を失わず、毅然としていた。シムズは、怒りと悲しみ、困惑と決意のあいだで揺れ動くシェリーを見事に演じ切っていた。彼女が重要な音楽的パートナーだったプロデューサーのインフロー(ソールト)との決裂を乗り越えて本作を見事に完成させたように。

 『Top Boy』は、イギリス国内でも最も貧しいエリアとされる東ロンドンのハックニーで撮影された、犯罪ドラマとフッド/コミュニティのヒューマン・ドラマを融合したシリーズで、架空の公営団地=サマーハウスを主な舞台に、ブラック・ブリティッシュの人びとを中心に物語が展開する。劇中では、ギャングのドラッグ・ディールと抗争、貧困問題、移民たちの軋轢と共生あるいは強制送還、排外主義の高まり、都市の再開発/ジェントリフィケーション(町の高級化)とそれへの抵抗運動が描かれる。

 シェリーが、金儲けに邁進する恋人のドラッグ・ディーラーと意見が対立しながらも、彼女や彼が生活したり、育ったりしたサマーハウスの取り壊しと再開発反対の運動に身を投じる姿とプロットなんて涙なしには観られない。語り草となっている2024年のグラストンベリーのステージで、“101 FM” を歌うシムズの背後のスクリーンに映し出されていたのが、まさに巨大な団地だった。優れた人間描写と洞察力に富んだ脚本から成るドラマでめっぽう面白い。ただ、とにかく悲劇の連続で、あまりの暴力と裏切りの過酷さに途中で気持ちが滅入ってしまうのも事実だ。

 しかし、シムズは『Top Boy』の物語は誇張ではないと言う。1994年生まれのシムズは、ハックニーに近い北ロンドンで、家ではヨルバ語を話すナイジェリア人の母と、3人の兄姉に育てられている。母親の影響で、食事も音楽も映画もナイジェリアの文化が色濃い家庭だったという。2019年に、『ガーディアン』の取材に応じた彼女は、「このシリーズで描かれているすべての物語は、私自身が実際に目にしてきた出来事の一部。私が演じているキャラクターも、現実で知っている人物そのもの。だからこれは、本当に身近で、決して他人事とは思えない」と語り、「はっきり言っておくけど、『Top Boy』はいま起きていることを美化したり、称賛したりしているわけではない。現代の自分たちの世界をリアルに描いてるだけ」と強調している。

 これは一部からの、『Top Boy』がストリートの犯罪や暴力をカッコよく描き、ブラック・ブリティッシュのステレオタイプを助長しているという批判への反論でもあったのだが、シムズは実際にナイフの犯罪で友人を亡くし、その経験を受けてすぐさま “Wounds” (2019年。『GREY Area』収録)という曲を作り上げた。『Top Boy』でもくり返し描かれる銃犯罪とそれを美化するラッパーたちをも痛烈に批判するラップ・ミュージックで、『Top Boy』の劇中で流れていてもおかしくないような曲だ。

 こうして『Top Boy』が移民社会の負の側面や貧困の悲惨なリアリティをも容赦なく描き出して鋭い問題提起をおこなったとするならば、『Lotus』は音楽を通じてイギリスの移民文化の豊かさや貧しい若者の逞しさを伝える。エネルギッシュかつ情熱的に。たしかに本作では、決裂したインフローへの苛烈な批判やのっぴきならないシリアスな感情が噴出している。1曲目からして “Thief”、つまり泥棒だ。それはそれとして、僕が本作に魅力を感じるのは、多彩なリズム(アフロビートやポスト・パンク、ジャズ、そしてもちろんグライム/ヒップホップ)と諧謔精神があるからだ。

 プロデュースは、アフロ・ジャズ・バンド、ココロコを手がけたことでも知られるマイルス・クリントン・ジェイムズ。MVが公開されている “Young” はベースラインがぐいぐい引っ張る、貧しい若者のリアリティがコミカルに歌われるポスト・パンク風の楽曲だ。が、ポスト・パンクそれ自体を相対化するようなぬくもりのあるサウンドと丁寧な演奏は、たしかに歌詞で敬意を示すエイミー・ワインハウスのソウル・ミュージックの傑作『Back to Black』以降のものに思える。何より「金や高級品じゃねえんだよ。酒と草があって人の目なんて気にしないで踊って、愛があれば完璧な人生だよ」という気合いが清々しいではないか!

 ユキミとの “Enough” はまるでチック・チック・チックを思わせるディスコ・パンクで、ポスト・パンクといえば、“Flood” もそうだ。その曲にも参加したナイジェリア出身のシンガー、オボンジェイヤーとの “Lion” は、トニー・アレンをサンプリングした、シカゴのラッパー、コモンの2000年の名曲 “Heat” を連想させるアフロビート×ヒップホップ。この曲でシムズは、「ライオンのハートとナイジェリア人のプライド」「全盛期のローリン・ヒル並みだってわかるよ 私を見れば/ラスタファリアンも一緒 ドレッドがたなびくのを見ていて/ネフェルティティみたいに気高くこの車に乗り込む」と自信満々にラップする。彼女がローリン・ヒル、フェラ・クティ、ミッシー・エリオットらから多大な影響を受けてきたのは有名な話だ。

 さらに、双子の兄弟の久々の電話をラッパーのレッチ32との素早い掛け合いで演じる “Blood” は、まさに、家族やブラザー・アンド・シスターが重要なモチーフだった『Top Boy』のスピンオフのよう。こうした表現は現代のラップ・ミュージックが最も得意とするもののひとつだろう。歌詞をじっくり読みつつ耳を澄ませると本当に心に沁みる。そして、ウガンダからの移民の両親の下、ロンドンで育ったマイケル・キワヌーカのヴォーカルとギター、ユセフ・デイズのドラムンベース風のドラミング、ストリングスから成る表題曲の美しさは、4ヒーローの代表曲 “Star Chasers” に匹敵する。

 この島国もいま、外国人嫌悪と排外主義の急激な高まりをみせている。そんななか、リトル・シムズの言葉と音楽がより広く、深く伝わることを願うばかりだ。彼女の存在は、移民社会の希望そのものといっても過言ではないのだから。


7月1日追記:ちなみに、NEWSでも取り上げられている、いま話題騒然のアイルランドのラップ・グループ、Kneecap。8月1日から日本でも公開される彼らの映画『Kneecap/ニーキャップ』を試写で観たが、これもまた素晴らしかった! この映画についてはあらためて書くつもりだ。

interview with GoGo Penguin - ele-king

 UKの新世代ジャズを代表するゴーゴー・ペンギン。クリス・イリングワース(ピアノ)、ニック・ブラッカ(ベース)、ロブ・ターナー(ドラムス)というピアノ・トリオ形式の彼らは、通常のジャズの枠では括り切れない存在だ。「アコースティック・エレクトロニカ・トリオ」とも評される彼らは、これまでのピアノ・トリオの概念を変えるスタイルで、クラシックや現代音楽はもとより、テクノ、ドラムンベース、ダブステップ、エレクトロニカといったクラブ・ミュージックの要素や概念を演奏や作曲に取り入れており、アプローチとしてはエレクトロニック・サウンドをアコースティックな生演奏で表現しているとも言える。2018年に『A Humdrum Star』リリース後の来日ツアー時に取材した際は、「あくまで演奏の軸となるのはアコースティック楽器。僕らのスタイルであるアコースティック楽器で演奏するエレクトロニック・ミュージックというのに変わりはない」と発言していた。

 そんなゴーゴー・ペンギンだが、2020年に自身の名を冠した『GoGo Penguin』を発表した後、世界はコロナ禍に見舞われる。そして、2021年にドラマーがロブ・ターナーからジョン・スコットへと交替し、2015年から契約を結んできた〈ブルーノート〉から離れることになった。そうして2023年に新生ゴーゴー・ペンギンは、〈ソニー・マスターワークス〉傘下の新レーベル〈XXIM〉から第1弾アルバム『Everything Is Going To Be OK』を発表し、コロナのために長らく封印されてきたワールド・ツアーも再開する。精力的にツアーをおこなうなか、2023年のフジ・ロック・フェスティバル出演をはじめ、日本でも何度か公演をおこなってきた。2024年には地元マンチェスターでのスタジオ・ライヴを収めた『From the North: Live in Manchester』をリリースし、スタジオ録音による音源がライヴでさらに変化や進化を遂げているところも見せてくれた。そして、このたびスタジオ録音盤としては2年ぶりのニュー・アルバム『Necessary Fictions』が発表された。あくまでアコースティック楽器によるトリオ演奏にこだわってきた彼らだが、今回はシンガーなどゲスト・ミュージシャンとの共演があるなど、いろいろと変化が見られる。もちろん3人の演奏という核となる部分はそのままに、新たに挑戦しているところも見られるアルバムだ。そんなところを含め、マンチェスターの自宅にいるクリス・イリングワースとニック・ブラッカに話を訊いた。

ゴーゴー・ペンギンはピアノ・トリオというとらえ方をされることもあるんだけど、実際にはそんなことはなくて、3人が平等な関係にあるグループなんだ。(クリス・イリングワース)

今回のele-kingのインタヴューは、2018年の『A Humdrum Star』リリース後の来日ツアー時に取材して以来となりますが、この7年間でバンドにはいろいろと変化がありました。2021年から2023年にかけてとなりますが、ドラマーがオリジナル・メンバーのロブ・ターナーからジョン・スコットへ交替し、〈ブルーノート〉から〈XXIM〉へ移籍しました。コロナ禍やパンデミックによる社会の変化にも重なっていたと思いますが、この頃バンドには何らかの変革があったのでしょうか?

ニック・ブラッカ(以下、NB):確かに、そのとき起こっていることは人間わからないものだし、バンドに限らず人って日々ゆっくり成長したり、変化しているじゃないか。だから後で振り返ったとき、こんなにも変わったんだなって思うんであって、その真っただ中にいるときは変化に気づかないものだったりする。でも、言われたとおりに『A Humdrum Star』の後にコロナになって、コロナ以前と以降で世界が変わったし、個人的にも変わったところがあったと思う。それはドラマーが新しくなったりとかもあるけれど、いま変化を経た後、とってもいい場所に自分たちはいるなと思っている。

レーベルの移籍について掘り下げると、〈ブルーノート〉はジャズ専門レーベルで、一方〈XXIM〉はもっと幅広く音楽全般を扱うなかで、特にポスト・クラシカルなどに強いレーベルというイメージがあります。そうしたレーベル・カラー的なものがバンドの方向性に繋がったところはあったりするのでしょうか?

クリス・イリングワース(以下、CI):う~ん、それはどうかな……最初〈ブルーノート〉と契約したときはすごく誇らしいことだったし、大きなレーベルだったから自分たちにとって大事件だったけど、でも音楽的にはこういったものを作れというようなプレッシャーをかけられることは一切なくて、自分たちのやりたいようにさせてくれた。ただ、確かに〈ブルーノート〉と言えば世界を代表するジャズ・レーベルだから、自分たちのなかで知らず知らずのうちにそれに見合ったものを作らなきゃというようなプレッシャーをかけてしまっていたのかもしれないけどね。そして、〈XXIM〉に移ったからといって、自分たちがポスト・クラシカルなものをやっているかといえば、そうじゃないと思う。自分たちにはロックとか、ドラムンベースとか、もっとエレクトロニックなサウンドとか、そういった影響もあったりするわけで。何をするにしても、レーベルは100パーセントの力で我々をサポートしてくれて、やりたいことをやっていいと言ってくれてるから、本当に自由にできているんだ。バンドって僕ら3人だけじゃなく、マネージャーやレーベルなどを含めたチームだと思っているから、そのチームの全員がそれぞれの役割を果たしているんだ。日本だとレーベルは〈ソニー・ミュージック〉になるんだけど、世界中をツアーとかで回るときも、そうした各国のレーベルが僕らをサポートしてくれているからね。

ロブからジョンへのドラマーの交代は、バンドのサウンド面での変化をもたらしましたか?

CI:人間関係ってつねに動いたり、変化したりするものだと思うんだ。音楽に対する考え方だったり、もしくは仕事への取り組み方だったりとかに変化や違いが出てくることがあるんだけど、バンドを続けていくなかで僕とニックはより絆が深まっていって、一方ロブは離れることになってしまった。ゴーゴー・ペンギンは僕とニックによってある程度できあがっていた部分があるけど、そこに新たにジョンという個人が入ってきた。彼は僕らと音楽への考えや向き合い方をシェアできる人物だと思う。ゴーゴー・ペンギンは僕がピアニストということもあって、ピアノ・トリオというとらえ方をされることもあるんだけど、実際にはそんなことはなくて、3人が平等な関係にあるグループなんだ。グループによっては、メインがいて自分はサポート的な立場でいいと満足するミュージシャンがいたりする場合もあるけど、ジョンは決してそうではなくて、バンドの同じ3分の1を担うミュージシャンなんだという意識で挑んでくれる。一緒にやり始めて4年が経つけれど、もっとそれ以上に長くやっているような気にさせてくれるんだ。僕とニックの間には阿吽の呼吸みたいなものがあるけど、ジョンはそれを理解しようと努めるだけじゃなく、その上に新たなアイデアを出してくれることもあって楽しいんだ。僕ら3人は兄弟とか家族のように一緒にいて居心地のいい関係を築けていて、今後もさらにいいものになっていくんじゃないか楽しみだよ。

年をとるとこれまで辿ってきた道を振り返ることが増える。それは感傷的になってノスタルジーに浸るのではなくて、自分がこれまでやってきたことは一体何だったのだろう? 不要なものがあったのではないか? それは捨ててしまうべきではないだろうか? そんなことを考える時期で。(ニック・ブラッカ)

ここからは新作についていろいろ話を伺います。まず抽象的なタイトルの『Necessary Fictions』について、ニックのセルフ・ライナーでは「私たちができる限りオープンで正真正銘の人間であろうと努力し、幼少期に身につけた保護マスクを脱ぎ捨てることを意味している」と述べていますが、今回のアルバムには自身の振り返りや客観視があったということでしょうか? “Umbra” や “The Truth Within” など、自我や自身の内面を探求するような楽曲が多く見られるわけですが。

NB:直接的には『Middle Passage』という本を読んだことがヒントになっている。人が年をとって中年に差し掛かってきたころに感じることが書かれていて、たとえば若いときは先のこと、次のことばかり考えるものだけれど、年をとるとこれまで辿ってきた道を振り返ることが増える。それは感傷的になってノスタルジーに浸るのではなくて、自分がこれまでやってきたことは一体何だったのだろう? 不要なものがあったのではないか? それは捨ててしまうべきではないだろうか? ……などと自分も含めてそんなことを考える時期にきていて、それを『Necessary Fictions』という言葉に託した。そしてバンドに当てはめると、ある曲を書いて、これまでとは全然異なるタイプの曲ができたときに、周りのオーディエンスはそれを一体どう考えるだろうか? いままでと違い過ぎて受け入れられないんじゃないか? と頭に過ることがあるかもしれない。でもそうではなくて、いま自分たちが本当にやりたいこと、進むべき道を歩むことこそが大切だと思っていて、それが『Necessary Fictions』なのだと。

『Middle Passage』は誰かのエッセイ、もしくは何か心理学に関する本ですか?

NB:ジェイムス・ホリスという心理療法士の本だ。僕の妻も心理療法士で、彼女にもこの本をリコメンドしてあげたよ。僕はいろいろなことに興味があって、心理学もそのひとつなんだけど、毎週いろいろな本を推薦してくれるニュースレターに登録していて、そこからこの本を見つけたんだ。こうした具合に頭の中、心の中をいろいろな角度から読み解いていくことがとても好きなんだ。

いままでにない新しいタイプの曲によって人々が混乱するんじゃないかと仰いましたが、『Necessary Fictions』は “What We are and What We Are Meant to Be” という曲が象徴するように、過去のゴーゴー・ペンギンと現在の自分たちを対比させ、新たな世界を生み出していく姿勢が見られるのではないかと思います。その最たる例が “Forgive the Damages” で、ゴーゴー・ペンギンにとって初めてシンガーとコラボした楽曲となっています。フォーキーなムードの素晴らしい作品となっていて、これまでのゴーゴー・ペンギンのイメージを覆すものとなっていますが、どのような意図でこの曲を作りましたか?

CI:ヴォーカルを入れたり、シンガーとコラボすることは、ずっと昔から考えてはいたんだ。実際に他の人やシンガーの側からオファーを受けたこともある。そうした際には、僕らの音楽にとってそれが必要なものなら、必然性のあることなら考えるよと返事はしてきた。そうして、その必要がないままいまに至っていたんだ。今回 “Forgive the Dameges” の原型となる曲を書いたときには、ヴォーカル曲を作ろうと思ってスタートしたのではないんだ。ただオープンでまっさらの状態から始めたんだけど、作っていくなかで強く感情を揺さぶられるものが芽生えてきて、インストのままだと何かひとつ物足りないなと思うようになった。じゃあ何を入れようかってなったとき、最初はフィールド・レコーディング的に人の声や会話、ノイズを入れようとした。でも何か違う。次にスポークンワードを入れてみたけど、これもちょっと違う。じゃあ、ヴォーカルを試してみようかということで、やってみたんだ。だから、最初からヴォーカル曲を作ろうとしたんではなくて、いろいろと紆余曲折を経てできた曲なんだ。

NB:ヴォーカルのダウディは昔からの友人で、いまはスロヴァキアに住んでいるんだけど、昨年たまたまマンチェスターに来る用事があったから、そのタイミングでレコーディングに呼んだんだ。その日はマンチェスターにしては珍しく天気が良くて、スタジオにある庭でお茶を飲んで、アルバムの話とか、さっき言った心理学の本の話をしてあげた。曲のデモを彼に聴いてもらったら、歌詞を作って歌ってくれて、そうやってレコーディングしたんだ。

人間が住む場所や環境は人間にとってとても大事なものだし、僕らもツアーなどから家族や友人のいるマンチェスターに戻ってきて、いまの自分がいるのはこのホームあってのものなんだということを実感する。(ニック・ブラッカ)

ダウディ・マツィコはウガンダ人の両親を持つシンガー・ソングライターで、あなたたちとマネージャーが共通するポルティコ・カルテットのサポート・アクトを彼が務めていたときに知り合ったそうですね。彼が持つダークなムードは、ロンドンのアルファ・ミストが作るヴォーカル作品にも通じるイメージがあります。

NB:うん、わかるよ。

『Necessary Fictions』にはほかのアーティストとのコラボがいくつかあって、室内音楽楽団のマンチェスター・コレクティヴやヴァイオリン奏者のラーキ・シンと共演しています。その “Louminous Giants” や “State of Flux” では、彼らの奏でるストリングスがこれまた新たな化学反応を起こしているわけですが、こうしたストリングスとの共演はいかがでしたか?

CI:ゴーゴー・ペンギンのパートの録音は全て終わって、その録音素材を持ってストリングス用の録音スタジオへ行ったんだ。これまではつねに自分たちはスタジオで演奏して、録音していたけれど、こうした別録音は初めてのことだったよ。スタジオで自分たちの演奏が流れ、それを別のミュージシャンたちが聴いてストリングスをアレンジし、演奏していく光景を見るのはとても奇妙な感覚で面白かったよ。マンチェスター・コレクティヴはヴァイオリン4本、ヴィオラ2本、チェロ2本の8名で、ストリングス・セクションとしては小ぶりなんだけど、スタジオではとても大がかりに演奏していて、僕らの音楽がどんどん大きなものへ変化していくのが感じられた。ラーキも素晴らしいミュージシャンで、彼女ならではの個性を持つ人だよ。彼女のアンサンブルのリードの仕方がとても上手で、ゴーゴー・ペンギンにおける3人のコミュニケーションの取り方と、彼女やマンチェスター・コレクティヴのコミュニケーションの取り方はある種似ているところがあるなと感じられた。そして、僕たちの音楽を彼女たちが楽しんで演奏してくれていたこともとても嬉しかったね。音楽を通じて僕らと彼女たちが何かコネクトできた瞬間だったと思う。今回のコラボは僕たちにとってとても有益なもので、新たな可能性を示してくれた。今後もまたやるかもしれないけど、3人でやるスタイルに戻るかもしれない。いずれにしても選択肢はいろいろあって、自由なんだ。

アルバムのアートワークに用いられた写真はマンチェスターのファロウフィールドにあるトーストラックと呼ばれるビルで、ニックが撮影した写真をもとにクリスがデザインしているそうですね。このアートワークは楽曲の “Fallowfield Loops” にも繋がっていて、この曲はいまでは廃線となってサイクリングロードに用いられるマンチェスターの古い鉄道線路跡を示しています。極めてダンサブルな仕上がりとなったこの曲は、アルバム制作における最初期に作られたということですが、あなたたちがここに込めた思いを教えてもらえますか?

NB:僕とクリスはマンチェスターに近いヨークシャー出身だけど、10代のときにマンチェスターに来て以来ずっと住んでいて、もう生まれ故郷より長く住んでいるから親しみがある。もちろん市政などいろいろ問題があるのも事実だけど、大好きな町であることに変わりはない。だからアルバムを作る際に、ちょっとした敬意を表する意味でマンチェスターについて触れるのは悪いことじゃない。人間が住む場所や環境は人間にとってとても大事なものだし、僕らもツアーなどから家族や友人のいるマンチェスターに戻ってきて、いまの自分がいるのはこのホームあってのものなんだということを実感する。トーストラックは1950年代末から1960年に建てられた古いビルで、いまは廃墟となって使われていないけれど、いまもそこにそのまま残されている。マンチェスターの町並みはいろいろ変わってきているけど、トーストラックはずっと変わらずにあり続けているんだ。見た目もちょっとユニークな感じで、一種のランドマークと言えるかな。僕も日課のランニングでその前を走るんだけど、いつも面白いしいいなと思うんだ。

クリス、ニック、ジョンという3人の組み合わせがゴーゴー・ペンギンで、たまたまそれがピアノ、ベース、ドラムをやっているということ。だから、あるときその楽器が変わることがあるかもしれない。(クリス・イリングワース)

今回のアルバムはエレクトロニクスの比重がさらに増した印象です。たとえば電子的なノイズを背景とした “Background Hiss Reminds Me of Rain”、アコースティックに始まりながら、中盤以降はシンセを多用して大きく変貌する “Naga Ghost”、その逆のパターンの “Silence Speaks” などがその代表ですが、こうした方向性の楽曲には新生ゴーゴー・ペンギンの姿が表われているのでしょうか?

CI:今後こうしたエレクトリックな作品が多くなるのかどうかは、もしかしたらそうなるのかもしれないけど、いまはオプションのひとつだとしか言えないかな。アルバムは発売されたばかりで、実際のライヴでは一度も演奏していないからね。今年の末くらいからアメリカ、カナダ、ヨーロッパ、そしてできれば日本、中国、オーストラリアなどをツアーしていくことになるけど、そこで演奏していくことで曲はどんどんとまた変わっていくと思うから、いまの段階で今後の方向性について言及することはできない。ひとつ言えるのは、これらの楽曲が自分たちの新しい扉を開けてくれたことは間違いないことだし、エレクトロニクスを使うことを自分たちはとても楽しんでできた。でも次のアルバムを作るときには、ひょっとしたらアコースティックに戻ってるかもしれないし、全く違う新たな楽器を使っているかもしれない。極論するならゴーゴー・ペンギンの本質はピアノ、ベース、ドラムという楽器の編成じゃないと思うんだ。クリス、ニック、ジョンという3人の組み合わせがゴーゴー・ペンギンで、たまたまそれがピアノ、ベース、ドラムをやっているということ。だから、あるときその楽器が変わることがあるかもしれない。僕はもともとクラシックを学んできたから言うけど、クラシックの作曲家はオーケストラのために曲を書くことがあれば、小さな弦楽アンサンブルのために書くこともある。でも、そうした異なる用途の楽曲でも、その作曲家の色や個性は同じなんだ。ゴーゴー・ペンギンもそうだと思っていて、アウトプットは違っても、その根底にあるものは変わらないと思うんだ。

“Background Hiss Reminds Me of Rain” に関してですが、東京都現代美術館で開催された坂本龍一の展覧会に行って、そこで受けたインスピレーションを絡めながらコメントしていますね。坂本龍一から受けた感銘や影響についてお聞かせください。

CI:僕らは坂本龍一の大ファンで、残念ながら生のライヴを観る機会はなかったんだけど、展覧会では教授が実際にピアノを弾いているかのようなインスタレーション展示もされていて、本当のライヴに近い体験もできた。“Background Hiss Reminds Me of Rain” については僕が家でシンセをいじりながら書いた曲で、それを携帯で録音してニックに聴かせたところ、音質があまりよくなかったから「まるでヒス音(シューッというような人工的な雑音)が雨音みたいだね」と彼が言って、それがタイトルになっているんだ。そのヒス音が音楽へと生成されていくというのは、ある種教授の作品に通じるところもあるんじゃないかなと僕は思っている。教授は水とか雨など自然の音を作品に効果的に取り入れて、彼の音楽からは自然そのものを感じられることがいろいろとある。彼のドキュメンタリー・フィルムでも、「耳を澄ませば世の中にはいろいろな音があることを感じられる」というようなことを言っていて、自分にとってとても腑に落ちる言葉だった。そうしたセンスは僕たちにも通じるものだと思う。

“Float” はニックが学校卒業後に海外旅行をしているなか、1年ほど滞在したタイのバンコクで見た祭りの風景がモチーフになっているそうですね。タイでは現地のミュージシャンたちとセッションし、ジャズを演奏していたとも聞きますが、文化や生活様式などいろいろ影響を受けたところもあるのでしょうか?

NB:僕の年齢がわかっちゃうかもしれないけど(笑)、大昔にガールフレンドと、いまの妻のことだけど、タイに住んでいて、本当に大好きな国だったね……食べ物もおいしかったし。“Float” のモチーフになったのはローイクラトンという水の神に捧げるお祭りで、バナナの葉で作った船にお供え物を乗せて、灯篭流しのように川へ流してお祈りをするんだ。“Float” を作曲しているころ、ちょうどこのローイクラトンについてのドキュメンタリー映像を観ることがあって、タイで暮らしているころを思い出しながら作ったんだ。僕自身は昔を振り返って曲を作ることはあまり多くはないんだけれど、この曲に関してはそうしたノスタルジーがいい具合にかみ合ったと思うよ。

タイに関連してですが、“Naga Ghosts” という言葉もタイでは蛇や龍の神々を指しているようですが、そうしたものをイメージしているのですか?

CI:いや、チリペッパーソースのことを指しているんだ。僕らは辛いもの好きだからね(笑)。

ええ、そうなんですか? “Naga Ghosts” の意味がわからなくていろいろ調べたところ、いま話したタイの神々の意味が出てきたので、てっきりそうかと。

CI:それは面白いね(笑)。

NB:うん、そうした意味があることは知っていたけれどね。僕らの曲はどちらかと言えばユングとかそうした心理学に関連するシリアスなタイトルをつけることもあるけれど、人生はそればかりじゃなくて、楽しいこともいっぱいあるわけだから(笑)。今回は深く考えずに好きなものをタイトルにしたんだよ。

6月のジャズ - ele-king

 今月はヴォーカル作品に良作が揃った。クリスティ・ダシールはワシントンDC出身で、ノース・キャロライナ州グリーンヴィルで育ったジャズ・シンガー。マンハッタン音楽院に学んでメリーランド州のストラスモア・ミュージック・センターで研究を行い、現在はハワード大学でジャズの声楽を教えている。ちなみに同大学で音楽学部長を務めるのはボビー・ワトソンのグループなどで演奏してきたベーシストのキャロル・ダシール・ジュニアで、クリスティの父親でもある。アルバム・デビューは2016年の『Time All Mine』で、セカンド・アルバムの『Journey In Black』(2023年)は本年のグラミー賞のジャズ・ヴォーカル・アルバムにもノミネートされた。兄弟のキャロル・ダシール3世がドラマーを務めるこのアルバムは、自身の出目であるアメリカの黒人やその歴史について掘り下げ、彼女の祖母をはじめとした祖先が歌っていた黒人の民謡も取り上げている。

Terri Lyne Carrington And Christie Dashiell
We Insist 2025!

Candid

 そんなクリスティ・ダシールが、現在のアメリカにおける女性ミュージシャンの党首的な存在にあるドラマーのテリ・リン・キャリントンと組んで『We Insist 2025!』を作った。『We Insist!』は1961年にドラマーのマックス・ローチが、妻であるジャズ・シンガーのアビー・リンカーンらと作ったアルバムで、作詞はオスカー・ブラウン・ジュニアが担当した。奴隷解放宣言100周年を記念した作品で、当時高まっていた公民権運動のスローガンにも掲げられた。ローチの叩き出すアフロ・リズムにアビーのメッセージ色の濃いヴォーカルが絡み、アート・ブレイキーのようなアフロ・キューバン・ジャズやハード・バップを土台にフリー・ジャズにも踏み込んだ演奏を見せ、後のブラック・ジャズやスピリチュアル・ジャズの土台になったといえる重要作だ。この作品をリリースした〈キャンディッド〉による企画で、その『We Insist!』の2025年版が実現した。楽曲は『We Insist!』収録曲のカヴァーほか、アビー・リンカーンへのオマージュを綴った “Dear Abby” など。演奏はモーガン・ゲリン、マシュー・スティーヴンスなど、テリのグループで演奏してきた面々が中心となる。

 ビリー・ホリデイの後継者の位置にあったアビー・リンカーンは、『We Insist!』では黒人霊歌や民謡、ブルースなどの要素を感じさせる歌を見せ、ポエトリー・リーディングからシアトリカルな演劇風、土着的なアフリカ民謡やフリーキーな叫び声など、変幻自在で前衛的なパフォーマンスを披露していた。『We Insist 2025!』でのクリスティは、アビーの歌に忠実に沿いつつも、そこにネオ・ソウルやファンクなどの要素も交え、現代的にアップデートした歌を見せる。黒人霊歌風のアカペラで始まる “Driva’man” はアフロ色が強い演奏で、ロイ・エアーズ風のヴァイヴも交えた中で、スキャットを交えたクリスティのアドリブも素晴らしい。現在であればカサンドラ・クロスからジョージア・アン・マルドロウに通じる歌と言える。1960年の南アフリカのシャープビル虐殺事件に対する曲である “Tears for Johannesburg” は、硬質でミステリアスなジャズ・ファンク調の演奏に乗せ、クリスティのワードレス・ヴォイスは怒りと悲しみが入り混じった感情を吐露していく。アビーの歌を下敷きにしつつ、あたかも亡霊のような歌声である。


Tyreek McDole
Open Up Your Senses

Artwork

 タイリーク・マクドールはハイチ系の黒人シンガーで、ニューヨークを拠点に活動する新進の25歳。ジョニー・ハートマンやレオン・トーマスなど男性ジャズ・シンガーの先人たちから影響を受け、2023年にサラ・ヴォーン国際ジャズ・ヴォーカル・コンペティションで優勝し、一躍注目を集めることになった。そうして作ったデビュー・アルバムが『Open Up Your Senses』。大ベテランのケニー・バロンはじめ、サリヴァン・フォートナー、ロドニー・ホイテカーといった経験豊富なメンバーが演奏に参加。比較的若手ではブランフォード・マルサリス・カルテットのジャスティン・フォークナーや、ファラオ・サンダースの息子であるトモキ・サンダースなども参加する。

 収録作品はカヴァー曲が多く、ニコラス・ペイトンの “The Backward Step”(禅思想に基づく作品で、クリスティ・ダシールが般若心経を取り入れた歌詞で歌っていた)、セロニアス・モンクの作品でカーメン・マックレーが歌詞をつけて歌った “Ugly Beauty” などをやっている。特に注目はタイリークが強く影響を受けたレオン・トーマスの作品で、ファラオ・サンダースとの共作となる “The Creator Has A Master Plan” と “The Sun Song”。“The Creator Has A Master Plan” はトモキ・サンダースのテナー・サックスを交え、まさにファラオ・サンダースとレオン・トーマスへのオマージュが散りばめられている。“The Sun Song” の牧歌的でフォーキーなフィーリングも素晴らしい。もうひとつ出色のできとなるのがホレス・シルヴァーの “Won’t You Open Up Your Sense”。原曲はアンディ・ベイの歌をフィーチャーしたブルージーなワルツ曲で、4ヒーローもカヴァーしていたことがある。そもそもタイリークのバリトン・ヴォイスは比較的アンディ・ベイに近い感じで、彼からもかなり影響を受けていることが読み取れる。サリヴァン・フォートナーのエレピ演奏も印象的で、タイリークもオリジナルのアンディ・ベイに倣ってブルース・フィーリングを出しつつも、自分なりの自由なスタイルで崩しながら歌っている。


Arjuna Oakes
While I'm Distracted

Albert's Favourites

 アルジュナ・オークスはニュージーランド出身で、最近はロンドンに拠点を移して活動するシンガー・ソングライター/ピアニスト/作曲家。2019年にデビューEPとなる「The Watcher EP」をリリースし、男性シンガーで言えばホセ・ジェイムズの路線を継ぐような歌を披露していた。声質自体はホセよりも高く、より中性的でソウルフルな魅力を持つ。そして、ギタリスト/プロデューサーのセレビーことカラム・マウワーとコラボしてエレクトリックな作品を作ったり、作曲家のジョン・プサタスとのコラボではアンビエントな側面を見せるなど、プロデューサー/トラックメイカー的な側面も持つ。そうした活動を経て、ファースト・アルバムとなる『While I'm Distracted』をリリースした。

 『While I'm Distracted』の共同プロデューサーは盟友のセレビーが務め、ニュージーランドの音楽仲間がサポートする中で、1990年代より長い活動を続けるネイサン・ヘインズの参加が目を引く。ストリングス・セクションも交えた編成の中、アルジュナはヴォーカルのほかにピアノ、キーボード、シンセ、プロダクションを担当する。楽曲のプロダクションは極めて現代的なもので、“Won’t Let This World Break My Heart” はフライング・ロータスドリアン・コンセプトなどのビート・ミュージック調とも言える。“No Joke” はゴーゴー・ペンギン的な演奏で、“Catch Me” は有機的なストリングスによってコズミックな世界が作られていく。それらの上で歌うアルジュナのヴォーカルは非常に中性的かつオルタナティヴなもので、デヴィッド・ボウイがマーク・ジュリアナやダニー・マッキャスリンらとやった『Blackstar』あたりの世界を連想させる。こうした歌やジャケットからも伺えるが、アルジュナはジェンダーレスなアーティストのようだ。


Snowpoet
Heartstrings

Edition

 スノウポエットはロンドンを拠点に活動するローレン・キンセラとクリス・ハイソンによる男女ペア・ユニット。ローレンが作詞とヴォーカルを担当し、クリスがピアノ、キーボード、シンセ、ベース、ギター演奏などから作曲/プロダクション全般を担当する。2014年にデビューEPをリリースし、2016年にファースト・アルバムをリリースした後は、カーディフで設立されたジャズ・レーベルの〈エディション〉から作品をリリースしているが、一般的なジャズ・ユニットやジャズ・ヴォーカルものとは異なり、もっとオルタナティヴでエレクトロニックな要素を持つアーティストである。ローレンの摩訶不思議でフェアリーな歌声を含め、ビョークと比較されることもある。〈エディション〉から『Thought You Knew』(2018年)、『Wait For Me』(2021年)とリリースしてきて、『Heartstrings』は4年ぶりの新作となる。

 これまではエレクトロニックなスタジオ・ワークを軸にアルバム制作を行ってきたスノウポエットだが、『Heartstrings』は参加ミュージシャンを交えながら、スタジオでセッションや作曲を行ってできたアルバムである。そうしたライヴ・パフォーマンスの生々しさや即興演奏の妙味を入れて作られていることを含め、スノウポエットにとってもっともジャズらしいアルバムと言えるかもしれない。ダイナミックなドラム・ビートに導かれる “Host” では、ローレンの歌はポエトリー・リーディング調のクールな始まりから、次第に熱とエモーションを孕んで高揚していく。彼女の歌には英国のトラッドやフォークの影響を感じさせる部分があり、そうした点でも英国ならではのユニットだなと思う。“Our World” はスノウポエットらしい繊細で美しい楽曲で、アコースティックとエレクトリックのバランスが素晴らしい。ゆったりとしたテンポの “one of those people” は、スノウポエットならではの牧歌的でメロウなバラード。『Heartstrings』は人生における喪失や再生がテーマとなっているそうだが、そうした豊かでエモーショナルな世界観が込められた楽曲である。

Swans - ele-king

 ロックの歴史において、炎に焼かれ灰となり、そこから甦るというフェニックスの神話をこれほどまでに体現したバンドが他にあるだろうか——スワンズをおいて。1998年、バンドは文字通り「死」を迎える。最終作のタイトルは、まぎれもなく『Swans are Dead』。これ以上ない明快さ。「これで本当に終わり」と公言するバンドは数あれど、実際に姿を消す者は稀だった。そして彼らは、本当に消えた。
 1982年の結成以来バンドを率いてきたマイケル・ジラも、当時の活動を肯定的に語ることはなく、2000年代のアメリカにおける新たなフォーク・ムーヴメントのなかで、Angels of Lightやソロ名義でフォーク・ミュージックへと舵を切っていった。だが、スワンズが『The Great Annihilator』(1995)で踏み出したあの時代は、いま振り返っても尋常ではなかった。『Holy Money』(1986)の時期の金槌のような打楽器による暴力的ミニマリズムと同等の強度をもちながらも、そこにはより物語性に富んだ、儀式的なノイズの瞑想が展開されていた。なかでも『Soundtracks for the Blind』(1996)は、音の探求として驚異的な達成を示す作品であり、もっと多くの人に発見されるべきアルバムである。
 スワンズは死んだ——そうマイケル・ジラが宣言したとき、それを疑う理由はどこにもなかった。だが2010年、誰も予想しえなかった再生の瞬間が訪れる。スワンズは再び目を覚ましたのだ。
 復活後最初の作品『My Father Will Guide Me Up a Rope to the Sky』(冗長なタイトルが物語るように)は、たしかな可能性を感じさせながらもやや肩すかしだった。その音楽的へその緒はまだ、Angels of Lightのフォーク的世界にしっかりと繋がれていたからだ。年齢を重ねれば創造性は失われていく——そんな西洋に根づく通念が、作品の背後にちらついていたのも否めない。
 しかし、すべてが変わったのは2012年。『The Seer』のリリースによって、誰も予測できなかった新たな激烈の時代が幕を開けた。ジラは、初期スワンズの打撃的なサウンドを再び受け入れつつ、それをまったく新たな文脈に落とし込んでいった。その音楽は、過去と現在を弧を描くようにつなぎ、バンドの新たな自己像を浮かび上がらせたのだ。スワンズというバンドは、その歩みを時代ごとに明確に区切っていく存在であり、それを決定し、宣言することをジラ自身もまた好んでいる。

 2025年に発表されたスワンズの第17作『Birthing』は、まさに記念碑的な作品であり、またしても「これが最後の〈ビッグ・サウンド〉作品になる」との宣言とともに世に放たれた。極限までの追求を信条とするマイケル・ジラらしく、本作でもその姿勢は貫かれている。全7曲ながら収録時間は2時間近くにおよび、かつて『Soundtracks for the Blind』が「一線」を画したように、『Birthing』もまたひとつの終わり——どれほど決定的な終止符であるかは定かでないにせよ——を示しているかもしれない。
 『Birthing』を語るうえで不可欠なのは、スワンズというバンドがグレン・ブランカの「使徒たち」であるという事実を理解することだ。今日では徐々に記憶から遠ざけられつつあるが、ブランカはスワンズのみならずSonic Youth、さらには80年代NYアヴァン・シーン全体に多大な影響を与えた存在である。
 巨大なノイズ・ギター交響曲の先駆者であったブランカは、10本以上のエレクトリック・ギターとアンプが一斉に耳をつんざく音量で鳴らされ、アコースティック楽器では決して得られないような〈うなり〉や〈幽霊音〉を呼び起こすという音響実験を通じて、演奏者に「強度」のすべてを教え込んだ。その場にはジラも、ソニック・ユースのサーストン・ムーアも身を置いていたのだ。皮肉なのは、ジラがあの「音」に本格的に再び取り組んだのが、それからおよそ20年を経てのことだったという点だ。時間とは、まさに相対的なものなのだ。
 『Birthing』は、メシア的なドローン——ほぼすべての楽曲に通底する、力の限りに引き伸ばされた音のうねり——と、説教師のような呼びかけ(“I am a Tower”)を行き来しながら、氷河のように冷たい音響の炎をひとつに束ねるような、ミニマル・フォークの哀歌を内包している。アンサンブルによる暴力的な歓迎は、リスナーに険しい音の山を登らせるが、アルバムの多くのパートはむしろ内省的で、どこか悲しげで繊細ですらある。
 冒頭の“The Healers”は、全員男性メンバーによるバンドとは思えないほどフェミニンな楽曲であり、浮遊するような音の抱擁が広がっている。その柔らかさは、ラストにかけて続く記念碑的なエクスタシーと鮮やかな対照をなす。この「静から動への振幅」、あるいは個々の楽曲を超えた巨大な音響構造は、まさにグレン・ブランカの手法を思わせるものであり、2時間という時間のなかで幾度となく繰り返される。そのため、本作は個々の楽曲というよりも、一続きの大作として体験されるべきものとなっている。
 最終的に、この構造から逃れることは難しい。ボアダムスのように、かつて同じ道を選んだバンドたちがそうであったように、この形式に祝福された者たちは、たとえ曲が分かれていても、必然的にマントラ的な「ひとつの音」に回帰していく運命にあるのだ。繰り返すことは、神をより深く知ることに通じる。だが、30年以上にわたるヴィジョンを貫いてきたマイケル・ジラは、決して時代を繰り返さない。ゆえに、『Birthing』が何らかの「別れ」を告げる作品であることは間違いない。しかし、いくつかのことを忘れずにいたい。
 まず第一に、スワンズの啓示は常にツアーとともにもたらされるということ。願わくば、読者であるあなたにも彼らのライヴを体験してほしい。彼らは過去に二度、日本に来ている。願いを込めて指を交差させれば、もしかするともう一度──本当に最後の一度──来日してくれるかもしれない。
 第二に、スワンズのフィジカル・リリースは、単なるアルバムではなく「遺産」として設計されているということ。芸術作品として保存されるべきものとして、クオリティに優れた盤を手に入れた者には、その価値は限りなく高い。
 第三に、マイケル・ジラは現在71歳という、なお鮮烈な生命力をもつ人物であるということ。残された時間は、すでに歩んできた道のりより短いかもしれない。完璧ではないかもしれないが、『Birthing』は、そんな彼が世界に贈った驚くべき贈与であり、妥協なき、そして深い愛に満ちたヴィジョンの結晶である。だからこそ、この作品を単にダウンロードして済ませてはいけない。ぜひフィジカルで手に入れ、一生大切にしてほしい。
 「I am the best fucking Fuck that you never will have.(俺はきみがかつて見たことのない最高のクソ野郎)」


There is no band in rock history whose trajectory has reflected the myth of the Phoenix, one destined to burn in fire and then resurrect itself like SWANS. The band literally died in 1997, their “last” album sincerely entitled SWANS ARE DEAD. It doesn`t get any clearer than that. How many bands jump up and down to say never more? And gone they were. Founder Michael Gira didn`t speak positively of his days fronting the band from 1982 while he moved on to folk music in the midst of the American new folk scene of the 2000`s with new band Angels of Light and solo efforts. Still that era, begun with “The Great Annihilator” was formidable intense cinematic music that mirrored in intensity with the Holy Money era of hammer percussion, instead evolved to narrative based ritualistic noisy meditation.”Soundtracks of the Blind” is an incredible achievement in sound that begs to be discovered more.
When he said SWANS was dead, no one had any reason to disbelieve him but come 2010, a rebirth was witnessed. SWANS reawakened. The keenly promising but somewhat underwhelming first release “My Father Will Guide Me Up a Rope to the Sky” with its unnecessary long title was definitely a suggestion of what could be but didn’t go far enough with its umbilical cord still tightly connected to Angels of Light folkdom. The commonly held western belief that the older one gets the less creative one is could be felt in the background. But all changed in 2012 with “The Seer,” officially starting an intense new era no one could have forecast. Gira had embraced again the pummeling sound of the early songs in a new context that drew an arc from their beginnings to their new found self. SWANS is a band of clearly marked eras which Gira is very found of deciding and announcing.
2025`s monumental release “Birthing,” SWANS` 17th release, is no different, attached to yet another announcement that it would be the last “big sound” release. Gira known for pushing to the extreme has definitely done so here. With just 7 tracks, the album is just a hair under 2 hours and may mark another end (how definitively is anyones guess) in the same way that “Soundtracks of the Blind” was a line in the sand.
To properly talk of “Birthing,” it`s vital to comprehend that SWANS are the disciples of Glenn Branca, a name that is progressively being forgotten in time despite his massive influence on SWANS and Sonic Youth and the NYC avant scene of the 80`s. Branca, the first composer of titanic noise guitar symphonies provided a learning ground for musicians (both Gira and Thurston Moore were participating musicians) to soak in the intensity of 10 or more electric guitars with amps strumming simultaneously at earsplitting volumes summoning humming ghost tones impossible with acoustic instruments. It is incredibly ironic that Gira didn`t embrace “that sound” again til 20 years later. Time is indeed relative.
“Birthing” wades between messianic near-power drones (almost every song), preacher callings (“I am a Tower”), minimalist folk dirges which hold all of the flames of glacier sound together. Though the welcoming violence of the ensemble creates stark mountains to climb for the listener, many parts of the album remain meditative, almost mournful and delicate. The beginning “The Healers” is a very feminine song coming from an all male band. That floating aural embrace is directly contrasted with the continuous monumental euphoria of the end. This Branca pattern occurs often through the 2 hours making parts of the total experience at times feel less like individual songs and more like one long work. Ultimately this can`t be escaped as any band that choses this road like the Boredoms for example before them, often repeats themselves in separate songs because the blessing of their formation is christened by a mantra sound. To repeat is to know God better.
Gira, in his 30 plus year vision does not repeat eras so this is definitely a goodbye of some kind but let us keep some things in mind. One, SWANS revelations always come with a tour and I hope you the reader gets to see them. They have come twice to Japan, and if we cross our fingers, maybe they will come one last time. Two, SWANS physical releases are legacy works designed to be art, to be preserved as art. Highly valuable when bought with commendable quality. Three, Michael Gira is a vibrant 71 year old man. There is less ahead than behind so though “Birthing” is not perfect, it is an amazing gift to the world by a man with a vision uncompromising and loving. Do not just download this. Buy a physical copy and keep it forever.
“I am the best fucking Fuck that you never will have”

Special Conversation - ele-king

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難しいなと思うのが、その“観察する視点”が細かすぎると、ウェットな文章になっちゃうんですよね。いかにサラっと書きながらも面白さがないと、本を読んでもらえないですからね。その差し引きというか、緩急の付け方がものすごく熟練している。 ——タナカカツキ

変わりゆく自分の肉体と感覚を偏りのない視点で観察すること

ガビン:自分がヨボヨボのじいさんになったときのことは考えたりしますか?

カツキ:ヨボヨボといえば、ちょうど一昨年ぐらいに、オトンが一回死にかけたんですよ。医者からも今夜が山ですと言われ、私も急いで東京から大阪に帰って、身辺整理から祭事場の予約、お墓まで全部買ったんですけど……オトンが復活したんです。

ガビン:奇跡の復活。

カツキ:ただ、死は免れたけど老人なので、すごくヨボヨボでギリギリ歩けるって感じなんですよね。体も脳機能も老化していて、もうすぐ認知症っていう感じはあるんですけど、唯一楽しみにしてるのがおしゃべりの時間なんですよね。だから自分も、年をとってヨボヨボになるのは自然のことだし、もうしょうがないんだけど、おしゃべりを奪われるのは辛いなって。だから、最後までおしゃべりをどれだけずっと続けられるか。友達が大事なんだろうなって思いますね。

ガビン:カツキさんとはこれまでいろいろ仕事もいっしょにしてきたけれど、たいはんの時間はおしゃべりがメインですよね。でも、世のおじさん達はおしゃべりをしてないんじゃないですかね? せいぜい酒場でクダをまくかんじで。でもカツキさん周辺は、おしゃべりが主食ですよね。あと、今では当たり前になったオンラインでのおしゃべりもずいぶん前からやってましたよね。

カツキ:Skypeが潰れるなんてね。本当に感慨深いですよ。

ガビン:Zoomが登場する前はskypeを繋ぎっぱなしでめちゃくちゃおしゃべりをしてましたよね。

カツキ:そう、Skypeで繋いで。同じ仕事をやっているとかじゃなくて、もう本当に雑談で。なんか聞いてほしい話があるからとあらたまって繋ぐわけじゃなくて、当たり前のようにずっと繋いでる。で、繋ぎっぱなしでお互いに仕事をしたり、コーヒーをいれたり、トイレに行ったりとか。もうずっと繋ぎっぱなしだった。

ガビン:2人だけじゃなくてみんなつないでね。うちのスタッフがタイに移住したときもずっとSkypeでつないで、特に会話がなくなってもそのままで「そういえばさあ?」とか話しかける感じの。カツキさんのところは歌を歌ったりギター弾いたりとかしてましたね……。なんせ、東日本大震災のときもね、ワーって大きく揺れて最初にやったのはカツキさんにSkypeを繋いだことだった。

カツキ:あの日は水槽もだいぶ揺れて感電したり。危なかったですよね。

ガビン:震災直後はまだ状況もわからなくて、いつもより大きめの地震だと思ってたというのもあるし、安否確認もあるけど。地震の瞬間におしゃべりチャンスだ! って。

カツキ:あとはやっぱり、皆さんが自宅作業だったことも大きい。Skypeをつけていると図書館に行って自習しているみたいになるんですよね。けっこう気力も持つし。それに部屋の中でずっと作業をしていると、どうしたって空気が重くなる。だけどSkypeでお互いの作業場につないでおくと、風通しがよくなるんですよね。かといって誰かがしゃべっていたり、音が聞こえればなんでもいいわけじゃない。それがたとえばラジオだと、心がザワザワしたりイラッとすることもあるので。

ガビン:「過払い金」の広告とかも耳に入ってくるからね。法務大臣認定司法書士の専用ダイヤルも覚えちゃうし。

カツキ:妙にテンションの高いDJとかも気になっちゃう。だから好きなもの同士が、それぞれのペースでおしゃべりをしたり、しゃべらなかったり、ゆるくいられる空間ということでSkypeを永遠にやっていましたね。我々はおじさんのころからずっとおしゃべりをしてきたよね(笑)。

ガビン:みなさんが想像しているレベルじゃない「おしゃべりおじさん」でしたね。なんといってもカツキさんは、ファミレスを出禁になったりしていますから(笑)。それこそ前さんの本(『死なれちゃった後に』著:前田隆弘)で、朝までファミレスでおしゃべりをしていて、「次はあなたの番ね」と一人で喋らなくちゃいけなくなった瞬間のことが書かれてるけど、あれもカツキさんとか僕とかと一緒にファミレスに行ったときの話ですよね。


はじめての老い
伊藤ガビン(著)

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カツキ:おしゃべりの話でいうと、この本もガビンさんは言文一致の文体とおっしゃっていましたけれど。老いを観察して文章にするとして、ガビンさんならいくらでも笑わせることに振った文章が書けると思うんですけど、この本はそのバランスがめちゃくちゃすごいなと思って。やりすぎない感じが。

ガビン:ありがとうございます。

カツキ:今は老後を語る本もたくさん出ているけど、その多くは「老いても大丈夫!」と励ますような文脈です。でも、『はじめての老い』はそうしたある種の信仰だったり加齢を賞賛するような文脈ではなく、変わりゆく自分の肉体と感覚を偏りのない視点で観察している。難しいなと思うのが、その“観察する視点”が細かすぎると、ウェットな文章になっちゃうんですよね。いかにサラっと書きながらも面白さがないと、本を読んでもらえないですからね。その差し引きというか、緩急の付け方がものすごく熟練している。

ガビン:老いを励ましてはいないですからね。

カツキ:だから僕が思ったのは、『はじめての老い』は老いのことが書かれている本なんだけど、まるで伊藤ガビンとしゃべっている感覚なんです。昔の本は、読者と作家ってしゃべっていたんですよ。文章を通して、作家と読者っていうのがちゃんと一本の線で結ばれていた。でも今は、もちろん社会情勢もあるかもしれないけれど、僕が知る限り書店に行って最初に目に入るのは、ビジネス書が平積みされている光景なんですよね。お金や社会的な肩書、自由な時間、人間関係……。“ラベリングされた何か”を確実に得るための実用的な本が、それこそ棚にわーっと並んでいる。別にそういう本を批判するわけじゃないけど、そうした実用的な情報って、別に本じゃなくても得られるんですよね。だからサウナの話にも通じるんですけど、これからは「ガワ」ではない時代がくると思う。みんな、どこかで人の存在を感じたい、誰かとおしゃべりをしたいっていう時代が来ていると思うんですよね。その中にはもちろんこの本の存在があるなと思いますし。

ガビン:あー。これがおしゃべりだと意識してなかったけど、言われてみれば確かに。この本は、老いることへのハウツーではなくただの「おしゃべり」の記録ですね。カツキさんが言ってくれた通り、この本には老化にまつわる悩みを解消するためのハウツー的なものは載っていないんですよね。だから有益な知識やエビデンスとかは期待しないでほしくって。というのも、僕がいま大学にいるってことあって「老いの専門家」だと思われるとそれはそれで困る。だから「大学教授」という肩書が先に出てくるとへんに信用されちゃうし、それは本当に怖い。

カツキ:「老いの偉い人」ではないからね。

ガビン:そう。だからこの本はあくまで自分の体験しか書いてないぞっていうことなんだけど。それで積極的には老いに詳しくならないでおこうと思っているだけど、でも書いていると自然にと情報は集まってきちゃうので。そうすると中には「やっぱりこれはめちゃめちゃ面白いから入れよう」というのは書いて、という感じです。だけど一般書の領域のなかでできること、というのは念頭には置いて書きましたね。
 あとは僕の中では、90年代のことをどう昇華したらいいのかはけっこう考えました。僕は、懐かしいものがそもそも苦手なので、90年代に対する思い入れとかは全然ないんだけど……。今はあの時代のことがあまりにも悪く言われすぎなんじゃないか、とは思います。たとえば90年代は冷笑的な時代で、冷笑=悪くらいの評価ですけど、当時はアレはアレで機能を持っていたとは思う。今はできないですけどね。『はじめての老い』は昭和軽薄体ではないんだけど、やっぱりその文体も自分にとっては強い影響を受けているので。でも今は昭和軽薄体自体がなかったことになってるような……?
 ただ、90年代的なことを露悪的にやろうっていう気は全然なくて、普通にこういうことを考えているということです。

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僕自身は60手前になっても全然しっかりもしてないし。きっとこのまま高齢者になっていくんだろうな……という感じがしている(笑)。 ——タナカカツキ

魂が抜けたと誤解されちゃうから(笑)。でもまあ、きっと我々はもっと年をとったらそういうギャグをすごくやるよね。死んだふりみたいな。 ——伊藤ガビン

還暦を前に、なんで心はこんなにふざけたがっているのかな?


はじめての老い
伊藤ガビン(著)

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カツキ:僕は、この本を読んで私も老いについて話したいと思ったんですよね。今58歳で還暦が目の前なんです。ガビンさんも書いていましたけどそれぐらいの年齢っていわゆる前期高齢者の一歩手前じゃないですか。なのに、なんで心はこんなにふざけたがっているのかな? と思うんですよ(笑)。昔、思い描いていた還暦の姿はもうちょっとちゃんとしていたはずなのに。見た目と同じくらい心も成熟すると思っていたんですけど。ちゃんとおじいちゃんみたいな気持ちになるんだろうなって。でも現実は全然なってないですよね。

ガビン:なってないですか?

カツキ:だって、おじいちゃんになるとふざけたいと思わないじゃないですか。いや、「思わないだろう」と思っていたんですよ。そもそもおじいちゃんで、ふざけている人をあんまり見てきてこなかったし。でも僕自身は60手前になっても全然しっかりもしてないし。きっとこのまま高齢者になっていくんだろうな……という感じがしている(笑)。

ガビン:その話でいうと、数日前、親に会いに行ったんですよね。もうかなり認知症が進んでいるから、僕のことをギリギリわかっているかどうかって感じなんだけど。「一緒に写真撮ろうや」って言って。あとで、ふたりで自撮りした写真を見たらベロだしてふざけた顔をして映っていた。

カツキ:最後はふざけだけが残るんだ。

ガビン:そうなんですよ。ギャグも言っていましたし。その前に会ったときはもう少ししっかりしていて、「仕事は何してるの」「大学の先生をやってるよ」「大学校の先生か、そこで強盗の仕方でも教えてるのか?」って会話があったり。だから人間は、脳が老化して認知機能が低下してもギリギリまでふざけるんだと思って。

カツキ:ふざけている人は老人になってもそこはあんまり変わんないぞ、ってことですよね。そこは聞いておきたかったな。

ガビン:でもやっぱり、全体的にタガが緩んでくるから、いままで自分で倫理的に抑制していた部分が抑制できなくなってきたりするでしょ。そういうのは恐いですけどね。ちなみにカツキさんは理想とする死のイメージはあるんですか? 

カツキ:僕が気になるのはそのとき医療がどうなのかな? って話ですね。

ガビン:あーなるほど。我々はまだ、老衰までにはちょっとあるもんね。この先は安楽死の議論が進んでもうちょっと整備されそうな気もするし。

カツキ:これからは人口統計的にみても死を迎える人数が多くなるし、葬式のバリエーションのような「死のデザイン」も増えてくると思うんです。で、じゃあ自分がどういう風に最後を迎えたいかでいうと、自分が知らない間に死んでいたぐらいがいいなとは思う。ただ、一方でちゃんと死ねるのかな? って。だって、遠くない未来ではアバターみたいな自分の身代わりの出てきそうじゃないですか、「ただ肉体が死んだだけでしょ」みたいな感じで。だから死んだ後も、まるでまだ生きているかのようにアバター版の自分がZoomで喋ることもできそうだなって思うんですよね。そうなったときに、今とは「死」の概念がだいぶ変わっているとは思う。だから理想の死については、テクノロジーによりますね。現実的な話でいうと、モルヒネをいっぱい打ってくれるならそれはちょっと試してみたいと思います(笑)。

ガビン:僕の場合はカツキさんとはまた違って、どっちかというと死を迎える前段階が気になります。自分がかなりヨボヨボになっても、妻はピンピンしていると思うんです。そうなると妻に自分の介護をさせたくはないので、いっそのことホームに入りたい。ただ、気になるのがそうしたときにインターネットはどこの段階で捨てるのかな? ってこと。

カツキ:インターネット問題だ。

ガビン:そう。これはまだ書けていない原稿だけど、細馬宏通さんとかと話していたときに「サブスク老人」っていう言葉が出たんです。たとえば仕事や家、ものなどいろいろ手放したとしても、Spotifyだけあったら音楽は無限に聴けるじゃないですか。だから年金でサーヴィスを継続できると思うんですよね。この先、Wi-Fiさえあればどこでも、お金を使わなくても無限に音楽とか映画が享受できる環境が来るじゃないですか。とすると、え、老人になったらなったで忙しいで! っていう(笑)。

カツキ:仕事を辞めた後も確実に使うしね。

ガビン:そもそも仕事以前に、成人したと同時にインターネットを使い始めているぐらいの感覚があるから。当時はパソコン通信でしたけど。これを手放す時は来るのかな? だとしたらそれって一体いつなんだ? というのは気になる。たとえば80代とかになって、サブスクリプションは使っているはずだけど、はたしてインターネットでコミュニケーションをどれぐらいできているかってのは気になるかな。というのも既に他界している方の話なんですけど、一時期知り合い(当時80代)がFacebook上でどんどん新しいアカウントを作っては僕をフォローしてくるということがあって。たぶん、どれが自分のアカウントなのかわけがわからなくなって新しいアカウントを作っちゃうみたいな。

カツキ:次々作るんだ(笑)。

ガビン:こっちはスパムなのかどうかもわかんないし、うわーってなりますよね。で、家族はきっと心配になりますよね。だからどこかのタイミングでインターネットとのつながりを遮断するってことが起きるのかなと思って。それが外部による遮断なのか自主的返納なのかは気になりますよね。

カツキ:インターネットの返納。

ガビン:スマホに関しては本で書きましたけど(「らくらくホンを買う日を想像する」に収録)、第三者に取り上げてもらわないと危険だなとは思っています。だから、それをいつまでどんな感じでやるのか? 最近はカツキさんとそんなにおしゃべりをできていないですけど、これからはたまにつないでね。おしゃべりができたらと思っていますけど。

カツキ:うん、まだインターネットの返納はせずに。ガビンさんの話を受けて、これから我々が老境に入っていく上でやりたいことは……やっぱり老人ホームを作ることなのかもしれない。

ガビン:独身の友達も多いしね。

カツキ:我々の周りには、ホームを運営できるスキルを持っている人たちもいっぱいいるじゃないですか。それこそ温浴施設を作ることもできるし。おいしい料理があって自分がやりたいことができる環境があって……と考えたら、いまある施設で満足できる場所がないんですよ。だから、いっそのこと我々でホームを作るのかなと思うんですよね。一時滞在もできて楽しかったら家に帰らなくてもいいし、好きなだけ居られるし。仕事を辞めて老境に入り体が衰えても、最後はめちゃめちゃ面白い放課後がずっと続く、みたいな。

ガビン:そうなるとお金をどうにかしなきゃ(笑)。面白ホームに入るお金も必要だね。

カツキ:やっぱり誰でも入れるわけじゃなくて、そのホームに入るためには面白くないとダメですよね。ガビンさんはもう無料でしょう(笑)。

ガビン:無料でいいんですか(笑)。

カツキ:やっぱりサーヴィスできる人は、基本無料ですよ。

ガビン:炎がついた球のジャグリングとかする可能性あるし。

カツキ:あれ老人でやったらダメなんでしょ。

ガビン:魂が抜けたと誤解されちゃうから(笑)。でもまあ、きっと我々はもっと年をとったらそういうギャグをすごくやるよね。死んだふりみたいな。

カツキ:絶対にやるでしょ。点滴でオレンジジュースを飲むとか(笑)。 だからやっぱり、ふざけ続けてふざけたまま亡くなるみたいなのもいいけど、まずは生きているうちに、ここに天国(面白ホーム)をつくる。で、天国を作っておいて、逝ったかどうかがもうわかんないの(笑)。

ガビン:死んでも生きていてもどっちも天国に行ける。どっちも一緒っていう。それはたしかに理想的ですね。

カツキ:そう思うと、やっぱり老いって奥深いですね。はじめての老いの後編として、老いへ抗う編もありそう。

ガビン:そう、抗い編はやりたいなと思っています。年とって、「抗えるところ」と「抗えないところ」が明らかになってきていて。たとえば筋肉はけっこう抗えるけれど、そんなに簡単には付かないぞ、とか。知り合いで走りはじめた人は「考え方がめっちゃヤンキーみたいになってきました!」とか言っていて(笑)。

カツキ:筋肉脳になっちゃうってことですかね。

ガビン:そこも興味あるかな。自分はそうはなりたくないなと思いつつも、身体を鍛えているうちに筋肉脳になっていくかどうかみたいなところもすごく興味ありますね。あと、肛門括約筋はどれぐらいキュッとできるんや! みたいな。尿もれに対する抗いとかって興味ないですか?

カツキ:肛門のまわりも筋肉ですからね。たしかに老いへどう抗うのか、抗ったときの観察も面白そう。そもそも、僕は老いを観察すること自体が一種の抗いだと思うんですよ。だって老いを敵とみなしているわけでしょう。昔、私が年齢を上にサバ読んでいたかのように、老いを観ることによって相手をまずしっかり観るということになってるのかなって。

ガビン:あー。ぼくはもう単純にびっくりしてるだけなんですけどね、「あれ?」「え、いまこれ?」っていうことの連続だから。でもまあ、自分に起きていることがなんなのかっていうのは知ろうとはしていますね。

カツキ:完全に抗うことってできないので、基本負けは認めつつも、ランダムにやってくるこの老いをどこまで冷静に見つめられるかなって。急に「こんなん知らんかったわー」っていうよりは、だいぶスロープがなだらかになる。

ガビン:だからこの本は、老いの予習にはいいと思うんですよね。たとえ今読んでピンときてなくても、いつか「あ、あれ? ガビンが言っていたのはこれかぁ」みたいな。本の中で白内障とか緑内障とかの話もちょっと書いたけど(「老いの初心者として、はじめての老眼」に収録)、ほぼみんな発症するものって多いみたいで。手術でだいぶ見え方は改善することができるみたいですけどね。

カツキ:今回は老いに対しての向き合い方で、次は「抗い編」をやるとなると、私的には楽しみですね。

ガビン:まあ大変なのと、時間がかかるんですよね。やりだしてから結果が出るまで。

カツキ:でも、結果は出なくともなにをするかの選択でもすごく面白いと思う。

ガビン:ですかねー。

カツキ:人にとっての抗う方法も違うだろうと思うんですよね。だからガビンさんが老いに抗うために、「これだ!」っていうものを選択するまでの話や道具だったり、向き合い方も検討しがいがいっぱいあるので。そこは広がっているなと思いますけどね。

ガビン:そうですね、続けたいです。

カツキ:続けないと「はじめての老い」も売れないですからね(笑)。「このシリーズなんか続いているな」っていうので読もうと思いますし。

ガビン:シーズン2ね。気長に待っていてください。

(構成:児玉志穂)

タナカカツキ 1966年、大阪府生まれ。85年に小学館『週刊ビッグコミックスピリッツ』誌にて新人漫画賞を受賞し、マンガ家デビュー。89年、初のマンガ単行本 『逆光の頃』を刊行。主な著書に『オッス!トン子ちゃん』、『サ道』シリーズ、天久聖一との共著『バカドリル』シリーズなどがある。また、カプセルトイ「コップのフチ子」の企画・原案も手がけるほか、水槽内に水草や流木、石などをレイアウトして楽しむ「水草水槽」の第一人者。近著に『はじめてのウィスキング』がある。『はじめての老い』note版の題字を担当し、書籍では帯の推薦コメントを担当。

伊藤ガビン
編集者/京都精華大学メディア表現学部教授
1963年 神奈川県生まれ。学生時代に(株)アスキーの発行するパソコン誌LOGiNにライター/編集者として参加する。1993年にボストーク社を仲間たちと起業。編集的手法を使い、書籍、雑誌のほか、映像、webサイト、広告キャンペーンのディレクション、展覧会のプロデュース、ゲーム制作などを行う。またデザインチームNNNNYをいすたえこなどと組織し、デザインや映像ディレクションなどを行う。主な仕事に「あたらしいたましい」MV(□□□)のディレクション、Redbull Music Academy 2014のPRキャンペーンのクリエイティブディレクションなどがある。また個人としては、201年9あいちトリエンナーレや、2021年東京ビエンナーレなどにインスタレーション作品を発表するなど、現代美術家としても活動。編著書に、『魔窟ちゃん訪問』(アスペクト)、『パラッパラッパー公式ガイドブック』(ソニー・マガジンズ)など。現在は京都に在住し、京都精華大学の「メディア表現学部」で新しい表現について、研究・指導している。近年のテーマに自身の「老い」があり、国立長寿医療研究センター『あたまとからだを元気にするMCIハンドブック』の編集ディレクション、日本科学未来館の常設展示「老いパーク」に関わるなど活動範囲を広げている。

Special Conversation - ele-king

 この春、発売された編集者・伊藤ガビン(61歳)によるエッセイ『はじめての老い』。本書は、薄毛や老眼、ブランコが怖い、筋力の低下や免許の返納について、らくらくホン問題、老害側に立って見えてきた景色……。60代を手前に、自身の体から刻々ともたらされる身体的・感覚的な老いによる変化をつぶさに見つめ、驚き、記録したもの。ポジティブ/ネガティブといった二極化で老いを語るのではなく、俯瞰した視点で老いを綴ったnoteの連載に、書下ろしを加えたエッセイです。
 今回は、本の発売を記念して25年来の付き合いであり、帯にコメントを寄せてくれたマンガ家のタナカカツキ氏(58歳)と伊藤ガビン氏のオンライン対談を実施。本が立ち上がるきっかけとなったnote版「はじめての老い」の題字を担当するなど、ガビン氏とは前からの間柄だからこそ話せる老い以前/以後のこと、人生をどう終えたいかなど……前期高齢者(65歳~)という区分が迫りつつある初老の2人が語ります。
 「年を重ねて体力も気力もますますパワーダウン」!

タナカカツキ
1966年、大阪府生まれ。85年に小学館『週刊ビッグコミックスピリッツ』誌にて新人漫画賞を受賞し、マンガ家デビュー。89年、初のマンガ単行本 『逆光の頃』を刊行。主な著書に『オッス!トン子ちゃん』、『サ道』シリーズ、天久聖一との共著『バカドリル』シリーズなどがある。また、カプセルトイ「コップのフチ子」の企画・原案も手がけるほか、水槽内に水草や流木、石などをレイアウトして楽しむ「水草水槽」の第一人者。近著に『はじめてのウィスキング』がある。『はじめての老い』note版の題字を担当し、書籍では帯の推薦コメントを担当。

伊藤ガビン
編集者/京都精華大学メディア表現学部教授
1963年 神奈川県生まれ。学生時代に(株)アスキーの発行するパソコン誌LOGiNにライター/編集者として参加する。1993年にボストーク社を仲間たちと起業。編集的手法を使い、書籍、雑誌のほか、映像、webサイト、広告キャンペーンのディレクション、展覧会のプロデュース、ゲーム制作などを行う。またデザインチームNNNNYをいすたえこなどと組織し、デザインや映像ディレクションなどを行う。主な仕事に「あたらしいたましい」MVのディレクション、Redbull Music Academy 2014のPRキャンペーンのクリエイティブディレクションなどがある。また個人としては、201年9あいちトリエンナーレや、2021年東京ビエンナーレなどにインスタレーション作品を発表するなど、現代美術家としても活動。編著書に、『魔窟ちゃん訪問』(アスペクト)、『パラッパラッパー公式ガイドブック』(ソニー・マガジンズ)など。現在は京都に在住し、京都精華大学の「メディア表現学部」で新しい表現について、研究・指導している。近年のテーマに自身の「老い」があり、国立長寿医療研究センター『あたまとからだを元気にするMCIハンドブック』の編集ディレクション、日本科学未来館の常設展示「老いパーク」に関わるなど活動範囲を広げている。


60代といえども我々はまだ働かなきゃならないわけですし ——タナカカツキ

そうですね、『はじめての老い』も、ある種のサバイバル戦略として書きはじめましたものではありますからね ——伊藤ガビン

文章の大天才がついに動き出した!


はじめての老い
伊藤ガビン(著)

Amazon

伊藤ガビン(以下ガビン):帯のコメントありがとうございました。カツキさんが帯に「文章の大天才が動き出した!」と書いてくれたことに驚きました。内容やテーマではなくそこを褒めるんかーい! となりました(笑)。余談ですが、最初amazonに本の紹介文が載ったときは「大天才」ではなく「天才」って書かれてたんですよ。それで版元に「あのー、カツキさんの帯文では“天才”ではなく、“大天才”なんですけど」と自ら訂正した経緯があって……え、何だこの時間? 自分に「大」を付ける時間がやって来るとは! とちょっと面映ゆかったです(笑)。自分では「文章の大天才」とは思っていないですしね。

タナカカツキ(以下カツキ):ガビンさんは文章の人ですよ。この本にしたって「老い」はモチーフじゃないですか。ガビンさんが書くなら何だって絶対に面白くなるから。もうね、私的には、『はじめての老い』はやっと大きな山が動いた! と感激していますよ。これまで表に出てこなかった大天才がやっと単著を出したって。これは世の中的にも大事件ですよ!
 とにかくこの記事を読んでいる人に言いたいのは『はじめての老い』が発売に至った背景には長い歴史があるってことです。知り合って25年、ガビンさんの仕事を近くでみてきましたが、いろいろなプロジェクトはやってきたけれど単著だけは書いてこなかった。本のあとがきに、noteを始めた理由は嫁に言われたからとありましたけども。本当にそれこそ私も、ずいぶん前から散々、これだけ文章がうまいんだから書いてくださいよ! とすすめてきましたし、周りからもずっと言われ続けていた。それはある意味ガビンさんの中で、単著を出すというのは大切にしてきた部分でもあったはずです。だからこそ、そうやすやすと書いてこなかった。それがこの度、ようやくまとまった1冊の本になったことは、本当に世の中的にも大事件だなと。

ガビン:はい。やっと出しました。これは言い訳になっちゃうけど……自分の性格的なのかなんなのか、自分のことを後回しにしちゃうんですよ。たぶんそれを理由としたモラトリアムなんだと思うけど。ここ10年は、定期的に文章を書いて発表をすることから離れていたので、3年前にはじめたnoteは久々に取り組んだ文章の連載だったんですよね。
 それで久しぶりに腰を据えて文章を書こうと思ったときにテーマをどうするか、どんな文体にするかはいろいろ考えたんです。で、あれこれ考えて、なんというか80〜90年代の自分が非常に影響を受けた文章のスタイルについて考えたような、そうでもないような。僕の文章には明らかに昭和軽薄体の影響があるし、自分はそういう風にしか書けないっていうのもあるのに、なんか、世の中的にはなかったことになっているなというのはあって、そういう文章は書きたいと思ったんですよね。そんな経緯があり、いままで共著とか編集者としてはいろいろと本を作ってきたけれどソロ・アルバムを出すタイミングが来たってことですね。で、本を出したからにはこれから執筆活動を活発にしなきゃいけないんですけど、どうしよう(笑)。

カツキ:60代といえども我々はまだ働かなきゃならないわけですし。

ガビン:そうですね、『はじめての老い』も、ある種のサバイバル戦略として書きはじめましたものではありますからね。ちなみに本にはカツキさん絡みの話もいろいろ書いているんですよ。戸田誠司さんの「濃霧が来るぞ」っていう発言もカツキさんと一緒にいたときの話だし。

カツキ:立ち会っていましたね(笑)。

ガビン:戸田さんが急に40代は濃霧が来るって言い出して、2人で「えっ、濃霧?」って顔を見合わせたよね(笑)。これは最終的には書きませんでしたが、カツキさんのお父さんのお話に影響を受けて、「カツラ」について書く予定もあったんです。「おもてなしとしてのカツラ」ってタイトルで。昔カツキさんが話していたじゃないですか。家で寛いでいたらお父さんがおもむろにカツラを脱いで机の横に置いてびっくりしたって話。

カツキ:ありましたね。あれは50年ぐらい前の話かな。当時、弟はまだ1歳で上手に発語はできないし、主語も述語もめちゃくちゃだった頃です。そんな弟が、目の前でカツラを脱ぐ父の姿を見て、「髪の毛ちょっとしかないね」って(笑)。人生で初めてちゃんとした文章になっている言葉を口にしましたから。あまりの衝撃で言語野に電気が走ったのかもしれない。

ガビン:いい話。

カツキ:そもそもなぜ父がカツラだったかというと、当時うちの父親はシャンプーやコンディショナーなどを、美容院に卸す美容業界の仕事をしていたんです。それなのに、髪が薄いと自分が営業している商品の信用にも関わるじゃないですか。

ガビン:取引先も「地肌にいいシャンプーなんですね(お父さんの頭に視線がいって)……???」ってなるよね。

カツキ:そう、信用がない(笑)。「お前が地肌にいいシャンプーを売っているのか」ってツッコまれちゃう。だからあくまで父としては、仕事のためにかぶっていたカツラだったんですけど、当時にしてはすごく自然な仕上がりで、至近距離で見ても絶対にバレないぐらいいい商品だったんですよね。なんでも、仕事の縁で知り合ったカツラメーカーに勤める友人のコネがあって、当時の新技術をつぎ込んだカツラ産業の黎明期の産物みたいなサンプルを特別にもらったそうです。今では当たり前かもしれませんが、白髪が絶妙なバランスで混ざっているカツラでしたから。

ガビン:50年前の話ですもんね。当時、カツキさんからその話を聞いたときは、世の中的にはまだカツラは揶揄の対象でしたよね。でも、もしかしたら自分の美的センスのためではなく対社会とか業務を円滑に進めるためにとか、礼儀として使っている人はけっこういるんじゃないかと思ったんです。まあそんな感じで、これまでカツキさんと交わしたいろんなやりとりから生まれた文章が、本の中にけっこう入っているよって話です。
 一応、読者のために、我々がどういう関係かを話しておくと、いやべつにそんな特別な関係って言うわけでもないですけど(笑)。2人で初めて会ったのは30代の頃、僕がカツキさんの仕事を知っていて、いつか一緒に仕事するかもしれないなーと思っていたんだけど待てど暮らせど誰も紹介してくれないんですよ(笑)。で、「どうせいつか会うやろ」っていうことで、友人からカツキさんの連絡先を聞いて僕から直接連絡したんですよね。渋谷で2人で会いましょうって言って、初めて会って、なんかそのまま卓球しましたよね。

カツキ:初めて2人で会ったその日にね。

ガビン:カツキさんはすごく卓球していましたよね、その頃。

カツキ:2000年ぐらいでしたっけ?

ガビン:無言で卓球して、それを機にそれで僕がやってるゲームのプロジェクトに入ってもらって、ゲーム制作っていうことで毎日顔合わすようになり、気が付けばカツキさんの弟子筋の人たちもスタッフに入るようになり……。それがどんどんつながっていって、なんなら今も一緒に仕事していますしね。

カツキ:僕はもともと、純粋にガビンさんのファンだったんです。ガビンさんがやっている展覧会とかも見に行ったりしてて。それに当時、自分の読んでいる本とかにも名前が出てきますからね。だからそれで、なんとなくどんな人なのかイメージはできてたんですよ。だから、初めて2人きりで会うといってもいきなり旧知の感じでできないかな、って思って(笑)。

ガビン:それで初対面で卓球(笑)?

カツキ:同級生と久々に再会したぐらいの感じで(笑)。実際そんな感じだったよね?

ガビン:お互いに、どんな人でどんな仕事をしていて、何が好きで、好みとか嫌いなものとか、なんとなく自分と方向性が一緒というか、気が合うぞっていうのは、本とかで読んでいるからもう分かっていたから。

カツキ:初めて会ったのにもう「よそよそしい感じはやめましょう」ぐらいの(笑)。

ガビン:時間のムダですもんね。探り合いはショートカットで。僕は普段、完全に社交性ゼロの人間なんですけど、カツキさんのような「いずれ会うやろ」っていう人には直接会いに行くんですよ。まあその渋谷で卓球をした日から本当に毎日のようにいろいろ一緒にやっていた。ジャグリングしたりね。VJチームでLA行ったり。アレいまにして思えば一体なんの時間だったんだっていう。それで、これちょっと老いの話に関係あるかもしれないと思って思い出したのが、あの頃、カツキさんって年を上にサバ読んでましたよね?(笑)アレなんだったんですか?

カツキ:そうそう(笑)。あの頃、ちょっとだけサバを読んで35歳を38って言ってましたね。そうすると実際に38になったとき、「あれ? まだ38か」って心持になるから。対外的に貫禄を出すためとかじゃなくて、あくまで自分の心構えとしてサバを読む。

ガビン:ちょっとした老いへのシミュレーションね(笑)。その話もだし、カツキさんはもともと自分の人生の全体像を俯瞰するところがありますよね。子どものころにマンガ描き始めたのも晩年の回顧録のためなんでしょう?

カツキ:自分の回顧展をやる体でいろいろ作品を残してましたね、幼い頃から。

ガビン:人生を俯瞰してるところありますよね。人の人生まで俯瞰してるでしょ? なんとなく苦手な人と対峙しないとならない時、相手を勝手に「生前のこの人」ってテイにしてましたよね。「あー、このひとは嫌なやつだったけど、もう亡くなっちゃったしな……」みたいな視線で(笑)。サルバドール・ダリが相手の頭の上にうんこを乗せていたように。

カツキ:いや、鳩ね。

ガビン:あれ、うんこじゃなかったっけ? 俺、最近も何回かうんこって言っちゃってるかもしれない(笑)。

カツキ:鳩を頭と接着するときにうんこを使う……いや、フクロウだ! フクロウを乗せてさらに人を白塗りにするとなにも怖くなくなる、っていうことをダリは発見したんですよね。とまぁ横道にそれましたが、たとえ相手が嫌な奴でも、脳内で「生前の人」として受け止めたり、脳内イメージで相手の頭の上にフクロウを乗せたりすれば、大体のことは許せるというか。

ガビン:ビジネス書にかかれてない「なんとか思考」ですね。

カツキ:そうですね、ものごとをフラットに受け止めるライフハックとしてやってましたね(笑)。

ガビン:当時からお互いに今でいうメタ認知っていうか、いろんなことを俯瞰して考えてること、話していましたよね。たとえばすごく嫌な人から酷いことを言われて、怒らなくちゃいけないタイミングがあったとして、相手に怒りのメールを送る際にbccにカツキさんを入れたりとかしてました。関係ないのに。

カツキ:ccだと相手にバレちゃうからね。

ガビン:こっちとしてはカツキさんにメールを見てもらうことで、怒っている自分を一回俯瞰できるし他人事として見ることができる。「うわあ、この人本気で怒ってるわ」みたいな。そういえば一緒に会社やっていた人に送る決別メールも転送しましたよね(笑)。

カツキ:ありましたね。

ガビン:しかもそれはカツキさんに限った話じゃなくて、一時期、周りの人達に「怒っているメールがあったらちょうだい」と言ってメールを転送してもらっていました。第三者に感情が爆発したメールを送ることでその人への怒りをお焚き上げするみたいな。

カツキ:怒りを成仏できますからね。

ガビン:「嫌いな人誰?」って会話もよくしていましたよね(笑)。

カツキ:してた。好きな人じゃなくて嫌いな人の話。

ガビン:やっぱり「嫌いな人」って、ある種の同族嫌悪じゃないけど、どこかで自分と何らかの関わり合いというか被る部分があるから。そういったことをカツキさんと根掘り葉掘り聞きあったのはすごく面白かった。お互いの言動を俯瞰しながら観察して。

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老いに関してはこちらから何かアクションを起こさなくても、ただ待っているだけで、生活をしているだけで日々思いもよらなかった方向からいろいろ起きるから。その都度びっくりして、じっと観察をして、文章にする
——伊藤ガビン

もうね、サウナは15年ぐらいやっているけど、その間に体はどんどん老いていっているから正直なところ作業のペースは落ちていますね。でも今それをやってしまうと、身体がついていかなくなるし確実に後でガタがくる。
——タナカカツキ

加齢によってクリエイティビティは変化するのか


はじめての老い
伊藤ガビン(著)

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ガビン:クリエイティビティの話でいうと、正直どうですか? 僕はもうね、だいぶ枯渇しています(笑)。今はもう、枯渇したままどうやって生きるかっていうことですよね。今回、文章を久しぶりに書いて、もちろん原稿自体は書けるんだけど、特に面白いことは言ってないっていうか。本の中では路上観察という言葉を使っていますけど、基本的に自分を取材対象者に�

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