「S」と一致するもの

 先日3年半ぶりのパーティを開催したファッション・ブランド、C.E から新たなパーティ情報です。5月20日(土)、表参道VENTで催されるイベントに日本からChangsie、UKからジョン・K(イキノックス『Bird Sound Power』や『Colón Man』のコンパイラー/キュレイターでもあります)、オランダからmad miranが出演。これは素敵な一夜になること間違いなし、チケットなど詳細は下記よりご確認を。

[5月16日追記]
 嬉しい追加情報です。当日には会場にてTシャツが販売されるとのこと。ぜひ足を運びましょう。

C.E presents
Changsie
Jon K
mad miran

C.Eのパーティが5月20日土曜日にVENTで開催。

洋服ブランドC.E(シーイー)が、2023年5月20日土曜日、表参道に位置するVENTを会場にパーティを開催します。

Skate Thing (スケートシング)がデザイナー、Toby Feltwell(トビー・フェルトウェル)がディレクターを務めるC.Eは、2011年のブランド発足以来、不定期ながら国内外のミュージシャンやDJを招聘しパーティを開催してきました。

本パーティでは、日本からChangsie、イギリスよりJon K、そしてオランダからmad miranをゲストに迎えます。

C.E presents

Changsie
Jon K
mad miran

開催日時:2023年5月20日土曜日11時
会場:VENT vent-tokyo.net
料金:Door 3,000 Yen
Advance 2,000 Yen (5月19日金曜日 午後11時59分 販売終了)
t.livepocket.jp/e/vent_bar_20230520

Over 20's Only. Photo I.D. Required.
20歳未満の方のご入場はお断り致します。年齢確認のため顔写真付きの公的身分証明書をご持参願います

■Changsie
千葉は銚子の潮風が育んだ1988年産DJ。2010年代初頭に出会ったダブステップをきっかけに、DJとしての活動を開始。UKのベースミュージックを軸に古今東西の様々なジャンルを織り交ぜるプレイスタイルで、国内外のいたるフロアで低音を轟かせてきた。
2020年、ロンドンに拠点を移す。以降、オンライン・ラジオ局「NTS Radio」のマンスリー番組、レコードショップ「Kindred」の配信やイベント、クラブ「Venue MOT」への定期的な出演など、現地に根を張って活動中。ロンドンでの日々によって得た感覚は、DJスタイルに更なる奥行きを与え、その活動はUK国内 に限らず、世界各国のクラブやフェスティバルで精力的にプレイを重ねている。
www.nts.live/shows/changsie
soundcloud.com/changsie

■Jon K
イギリスはマンチェスターを拠点とするDJ、デザイナー。キュレーションもおこなっており、DDSよりリリースされたEquiknoxx 「Bird Sound Power」のコンパイル及びデザインを手掛けた。2021年にはElle Andrewsと共に音楽レーベル「MAL recordings」を立ち上げた。
soundcloud.com/jon_k_mcr
malrecordings.bandcamp.com

■mad miran
オランダの首都であるアムステルダムを拠点に活動。「Garage Noord」や「De School」、「Nitsa」、「Blitz」などのクラブにおけるDJだけでなく、「Dekmantel」をはじめ「Primavera」や「Solstice」、「Love International」といった音楽フェスティバルにも出演している。
soundcloud.com/madmiran
ra.co/dj/madmiran

創造の生命体 - ele-king

 KLEPTOMANIAC(クレプトマニアック、以下KPTM)というアーティストをご存知だろうか?
 2000年代に、前衛ヒップホップ集団兼レーベル〈BLACK SMOKER RECORDS〉の主要アーティストの一人として、ペイティング、ビートメイキング、グラフィック・デザインなどを手がけ、ヴィジュアル・アートと音楽の表現者として、精力的な活動を行っていた。また、2006年の時点でその類い稀な求心力とDIY精神を発揮して女性アーティスト集団〈WAG.〉を立ち上げ、男の方が多いクラブ・ミュージック/ストリート・カルチャーのシーンでコンピレーション『LA NINA』を制作、画集を出版、音楽イベントや展覧会を主催するなどして奮闘していた。
 では、ベンゾジアゼピン(以下BZD)という薬のことはご存知だろうか?
向精神薬の一種で、一般に広く処方されている抗不安薬、鎮静剤、睡眠薬に含まれている。日本では約700万人が服用しているという2018年のデータもある。現在も非常に多くの人びとがこの薬の処方を受けて服用し続けている一方で、近年になってその副作用や依存性の高さ、急な減薬や断薬によって引き起こされる離脱症状が、深刻な薬害問題として世界的に注目を集め始めている。昨年の11月に、Netflixで『テイク・ユア・ピル:トランキライザーに潜む闇』という、この問題に踏み込んだドキュメンタリーが公開された。
 これから開始するこの連載は、KPTMとBZDとアートのはなしだ。KPTMという一人の人間、アーティストの、深く、奇妙で恐ろしい、薬との壮絶な闘い、そしてアートを通して自分を取り戻した体験を記録する試みである。



『365+1 DAYS GNOMON』より:2021年6月19日の絵日記

闇に光を当てたい

 筆者は、元気いっぱいに東京でずっと活動していた頃のKPTMを知っている。当時も交流があったし、2009年に私がベルリンに引っ越すことに決めてから、彼女が〈WAG.〉メンバーと東高円寺〈Grassroots〉でレギュラー開催していた「WAG. in G」というイベントに私の送別会を兼ねてゲストDJとして呼んでくれた。芯の通った、カッコいい、まさに「ドープ」という形容詞が相応しい女性アーティストだった。その時のKPTMの姿が、私の知っているKPTMだったし、私の中の彼女のイメージはその時からずっと更新されないまま長い月日が経った。
 私が東京を離れてから数年後、KPTMも東京を離れて地元の広島に戻ったこと、体調が悪いということ、その理由が不明であることは伝え聞いていた。私が最近になって知ったのは、まだ長期服用による依存性の恐ろしさが周知されていない2000年代後半から、KPTMはBZDを服用していたということ、そしてその体調不良というのはこの薬からの離脱症状だったということだ。
 2010年代になってから原因不明の体調不要に悩まされ続けた彼女は、遂にはアーティスト活動が続けられない状態となっていた。その後、約9年間という気の遠くなるような年月にわたって人知れず減・断薬に挑み、筆舌に尽くしがたい離脱症状と闘いながら絵や音楽と向き合い、遂には完全な断薬に成功していたのだった。
 その彼女がリハビリのために描き溜めた絵日記を、〈BLACK SMOKER RECORDS〉が自主制作本『365+1 DAYS GNOMON』として出版した。2022年12月の〈BLACK GALLERY〉という毎年恒例の展覧会で、365+1枚すべての絵を展示するから、KPTMとトークをして欲しいという連絡が(レーベル・マネージャーの)JUBE君からきた時、私はまだその意味を全く理解していなかった。10年以上ぶりにKPTMと話せるなら、と、とりあえずその依頼は受けることにした。

 私は私で、ここ数年、特にパンデミック中に致命的に悪化した、わりと深刻な腰椎椎間板ヘルニアによる強烈な坐骨神経痛に悩まされ、それまで丈夫だった自分の、初めての「ヘルス・クライシス」を経験していた。一度手術を受けるも再発するなどして、自分の体が全く思い通りにならず、座る、仰向けに寝る、といった当たり前の動きや体勢ですらままならなくなり、震えるような激痛の中で正気を保つのに苦労したり、リハビリ施設に3週間入院したり、再発後は自力で克服する方法を模索しながらあらゆる治療法を試してみたりしていた。もしも私自身がこのような体験をしていなかったら、KPTMの話にもそこまで共感できなかったかもしれない。でも、2022年12月10日にZoom越しに聞いたKPTMの体験談に、私は衝撃を受けると共に、彼女の生命力と強い想いに、とても心を動かされた。

 その彼女の想いとは、「闇に光を当てたい」というものだった。

魂の声を聞こえなくする薬

 彼女自身が、自分の不調がBZDによって引き起こされていると確信するまでに長い時間がかかったように、この薬の長期服用、乱用による副作用についての情報がまだ決定的に不足しており、患者本人や担当医でも分からないことが多い。実際は薬の離脱症状に苦しめられていながら、情報が限られているためにどうすればいいのかわからない人、自覚がないまま間違った診断や治療や投薬をしている人、周囲の理解や協力が得られない人、酷いケースでは自死に至る人の数は潜在的にかなりの数に登ると推測される。

 特にKPTMが懸念しているのは、彼女が身を置いてきたヒップホップやスケートボードといったストリート・カルチャーに携わる人たちの間でも、入手しやすいベンゾジアゼピン系の薬をレクリエーション目的で使用する遊びが流行っていることだ。また、ストレスや不安、不眠といった症状を訴える人は増加する一方で、非常に広範囲に処方もされているのに対し、極めて身体的依存性が高いこと、また断薬が非常に困難であることは周知されていない。KPTMは、離脱症状サバイバーの一人として、アーティストとして、自らの体験を知ってもらうことで同じような思いをする人が一人でも減って欲しいと、リハビリ絵日記『365+1 DAYS GNOMON』を発表するに至ったのだった。これは、表現者としての彼女が抱いた使命感だとも言える。
 「BZDは魂の声を聞こえなくする薬」だと、KPTMは言う。アートと音楽を、”魂の声”を表現する手段として携わってきた彼女から、BZDは生命力、生きる意思、自己を表現する術、そのすべてを奪い去ろうとした。
 思えばKPTMは、爆発的な生命力と創造意欲を持った人だった。「生命力は、ありまくりだったと思います。バックパックでインドを旅したりとか、あらゆるところに精力的に出向いていって、何でも自分からやるみたいなタイプでしたね。フリーダムが好きな人間。昔から “魂の憤り”を感じていて(笑)。学校に対してだとか、親に対してだとか。『え? なんでダメなの?』って合点がいかないことが社会に対して多すぎて。魂の自由を奪うものに対して、ずっと中指立てて生きてきた、って感じですね(笑)。だから、 “閉塞感”というものが嫌いなのに、BZDのせいで何年も牢獄に閉じ込められていたようでした。ほんの短い距離ですら移動することもできなかったので」
 “魂の憤り”を、絵を描いたり音楽を作ることのエネルギーに変換してきたのが、KPTMというアーティストであり、彼女の多くの活動の原動力となっていた。「 “男社会”に対してもそうで。もう普通に、(男性の)人数が多いだけじゃん、としか思えなかった。私には。男が牛耳って、男が偉そうにしているけど、『それは(シーンにいる)女の人数が少ないだけで、女にできないわけじゃないからね! 女の人数が増えれば、全然女だけでもやれるし!』という思いがずっとありました。なんか、男社会に入らせてください、みたいな態度がすごく気持ち悪い。自立しておきたいだけなんですよ。それぞれの個性のまま、堂々と生きられるようにしたい。今はその頃と比べると女性も活動しやすくなったけど、WAG.はそういう気持ちで始めました。結局まだお金も産み出せてないし、まだやり切れていないんですけど。」


LA NINA (PV)

頑張るのを止めたら、それ以外は闇

 そんな彼女が、一時は「自我の99%をなくす」状態になり、自分は何者なのか、絵を描くどころか色鉛筆で色を塗る方法や、水道の蛇口の捻り方すら分からなくなったという。今こうして、かつてのように笑い合いながら会話ができていることが奇跡のように思えるし、画面越しの彼女の姿は驚くほど変わっていないように見えた。しかし、外観からはすっかり良くなったように見えていても、完全に断薬して以降も離脱症状は続いており、それが完全に消える日が来るのかどうか、またそれまでにどれほどの月日を要するのかは、誰にもわからない。彼女の戦いは終わっていないし、終わりは見えていないのだ。
 いまも強烈な神経痛や痙攣は止まらない。「『365+1 DAYS GNOMON』が出てからは、起きた瞬間に痛みは襲ってきますが、『おっしゃーこれをパワーに変えてやるぞ!』って、痛みを前進するエネルギーに変えるんだ、って自分に言い聞かせてます。どうせ、痛いから。マジでどこ行ってもどうせ痛いんですよ。こうしたらマシになる、っていうのがない。四六時中なんです。人に言葉で伝えても理解してもらえないので、1分間くらいいろんな人に体験してみて欲しいですよ。ホントにこの(体の)中マジでヤバいから!って(笑)。自分では、ムカデが体の中をニョロニョロしているような感覚があるんですけど、本当に伝わらなくて。外には見えないんですよね……私はこんなんなのに! ずっと人と会えない時期があって、会えるようになったら外からはけっこう普通に見えているってことに逆にビックリしましたね。中では妖怪級のものすごいことが起こってるんですけど!」


『365+1 DAYS GNOMON』より:2021年6月7日の絵日記

 それでも、KPTMは戻ってきた。絵を描き、本を出し、展示をやり、ミックスCDを出し、イベントをやってDJをするところまで来た。長〜い道のりを経て、地獄を越えて、出口のなかった創造力をアウトプットし、生命力をスパークし始めた。
 「痛いのは神経。特に古傷のところがギューッと痛むんですけど、どうせ痛みがあるなら、あるなりにやるしかないと思って。何かに集中できている時は、その間少しだけ痛みを忘れられることがありますけど、今も神経がめっちゃ震えてるんですよ。フッと力抜いたら全身震える。パーキンソン病の人の症状に近いかな。震えるの見られるのは恥ずいから、人前ではそれを頑張って抑えているんです。アゴがガクガクガクガクって震えるんですよ。今も中では大振動を感じてます。気を抜いたらアゴが震えるので、歯医者の治療ができないんですよ。本当は治療したいところいっぱいあるけど。美容院も震えちゃうから行けないし。だから髪は自分でチョキチョキ切ってます」
 人前では震えないよう抑えることをもう何年もやってきているので、それが「ノーマル」になっているという。交感神経が暴れ、眠れない期間が長かった。最近は眠ることができるようになったことがハッピーなのだと語った。眠ることができるようになってやっと、活動を再開する気力が養われたようだ。頑張り続けることはは辛くないのかという私の質問に、彼女はこう答えた。「うーん……頑張るのを止めたら、それ以外は闇なんで。そっちの方向に引っ張られるよりは、頑張っていたい。それで何年も頑張り続けてます。根性で(笑)」
 このような強さを、同じ境遇に置かれた人のうちの何人が持っているのか、持てるのだろうかと、思いを巡らさずにはいられない。私などは1年半ほど坐骨神経の痛みと痙攣に悩まされただけで、すべてを投げ出したい気持ちになっていたものだ。
 「離脱症状って逃げ場がないんですよ。自分が違う何かに乗っ取られるような感覚なんです。死以外だったら、闇を進んでいくしか道がない。内臓に詰まっている変な感覚、そこを開いていくしか道がないような状態になった。何かに乗っ取られた状態の自分の体を自分に取り戻すには、そこに意識を持っていって、『ここは自分だ!』っていう風に、一個一個、ちょっとずつ入っていって意識を戻すようなことをしていかないといけない……こう言っても、ちょっと意味が分からないとは思うんですけど……」
 次元は違うものの、私は自分の経験からこの発言には共感できる部分があった。使い古された言い方だが、体の不調や痛みは、「体のサイン」、「体からのメッセージ」なのだ。何かがおかしいということを、体が伝えようとしてくれている。現代社会では、ほとんどの人が意識の中では自分で自分の体を使えているつもりでいるが、体が何か伝えようとしていることに自分で気づけていないことが多い。そのサインがよほど無視できないほど強烈になるまで。


『365+1 DAYS GNOMON』より:2021年6月24日の絵日記

生命体に戻ろう

「離脱症状は、痛みとか震えとか炎症というかたちで、体からのメッセージを全部教えてくれるという感じですね。いっぱい薬を抜いたら、その分いっぱい教えてくれるから……先ほどの話に戻すと、普通だったら見たくない、自分の痛いところや辛いところを直視するしか生きる道がなくなるんです。死なないんだったら。それで、直視を始めたら、中にあったのは自分が小さい頃の母親とのトラウマだったり、古傷に意識を持っていったら、その時に受けた心の傷というかその時の感情のようなものをもう一度味わう感覚?傷の中には記憶も残されているのかなと。ちょっとオカルトっぽい話に聞こえるかもしれないですけど。古傷の中の癒しきれていない感情、ないことにしていたものを感じることによって、ちょっとずつ傷も治っていくんですよ」
 確かに、深刻な健康問題を経験する前の自分だったら、これはやや「スピッた」話に聞こえたかもしれない。しかし、今は大きく頷ける。自分の体を知ることはある意味、自然の神秘、真理に近づくことなのかもしれないと思うようになった。
 「『これは天罰なのか?』と思いましたからね……世の中、絶対的な悪とか善だって言えることって少ないと思うんですけど、一番罪なことって、人の魂の声を聞こえなくすることかもしれないと離脱症状を経験して感じだんです。生命体として、一番良くないのは薬で神経——“神経”と書いて神様の経路ですからね、それを傷つけたり、それをないことにして人間は外側だけで生きていると思うことが一番罪だったんだって。もうちょっとオカルトに足を踏み入れるような領域のヤバさなんですよね。BZDの離脱症状って」
 少し話を広げると、さまざまな疾患を画一的、短絡的、効率的に対処しようとする現代社会の傾向が、もしかするとBZDという薬の存在や、その他の対処療法的な医療に表れているのかもしれない。そもそも、これだけ複雑で謎が多い人間の体や精神の不具合を、そんな簡単に「治せる」と思う方が間違っているのではないか。それで”治った”ことにしてはいけないのではないか。
 「私が行き着いた結論は、『みんな、生命体に戻ろう』ってことです。葛藤を乗り越えることが生命体を進化させる。たまには逃避することも大事だけど、葛藤は向き合って乗り越えていくものだよ、って。乗り越えたら強くなるから!」
 KPTMは、今も様々な障害を乗り越え続けてる。強靭な(自称)狂人。ネクスト・レヴェルに到達したKPTMのようにみんながなれるわけではないが、彼女の経験からは、多くの人々が忘れてしまった、あるいは無視することに慣れてしまった生命体としての人間の肉体や精神からのメッセージが詰まっているように思う。
 KPTMとこれまで何度か話す中で最も衝撃的だった発言のひとつは、「ベンゾの離脱症状は、ものすごい勢いで “死 ” に引っ張られる。もし自分を簡単に殺す手段があったら、殺していたと思う」と言っていたことだ。これほど生命力と創造力に溢れ、周囲にもそれを伝播させるような存在だったKPTMをそこまでの状態に追い込んだもの、そこから”生きる”意欲を再び取り戻した過程について、これからインタビューを重ねながら探っていく。

KPTMが現在拠点としている広島で、『365+1 DAYS GNOMON』の展示が行われる。会場に足を運べる方はぜひ。

KLEPTOMANIAC
[365+1DAYS GNOMON]
EXHIBITION

2023
4/28fri. 4/29sat. 4/30sun.
5/05fri. 5/06sat.5/07sun.

15:00-20:00

at.dimlight

SUNDAY AFTERNOON PARTY
17:00-20:00

4/30 sun. DJ /satoshi,kenjimen,macchan
5/07sun.DJ /halavic,satoshi itoi,ka ho

広島市中区銀山町13-12 3F

Cornelius - ele-king

 『Mellow Waves』から早くも6年。編集盤の『Ripple Waves』から数えても5年だ。さまざまな出来事を経験した私たちは2023年、あらためてコーネリアスと出会い直すことになる。通算7枚目のオリジナル・アルバムは『夢中夢 -Dream In Dream-』と題されている。夢の中の、夢。はたしてそこではどのような音楽が紡がれているのか──。先行して12インチで出た “変わる消える” や7インチで出た “火花”、METAFIVE の楽曲として発表された “環境と心理” のセルフカヴァーも収録される。新作の発売は6月28日。

Cornelius オリジナルアルバム「夢中夢 -Dream In Dream-」発売!

コーネリアスが、6月28日にオリジナルアルバム「夢中夢 -Dream In Dream-」(漢字読み:むちゅうむ)を発売する。
今作はコーネリアスにとって7作目のオリジナル・アルバムで、前作「Mellow Waves」以来、丸6年ぶりのリリースとなる。

アルバムには、2月22日にアナログ12インチ・シングルに収録した「変わる消える」、5月17日にアナログ7インチ・シングル収録の「火花」や、METAFIVEの楽曲として発表した「環境と心理」のセルフカバー・ヴァージョンなどが収録される予定。発表に合わせ、新たなアーティスト写真も公開された。

[Cornelius 「夢中夢 -Dream In Dream-」]

収録曲

変わる消える
火花
環境と心理

他全10曲収録予定。

品番・価格
発売日:6月28日発売
品番:WPCL-13489
形態:CD
価格:¥3,000(税抜)/ ¥3,300(税込)
https://Cornelius.lnk.to/dreamindream

[Cornelius 「火花」]
収録曲
Side A
火花

Side B
QUANTUM GHOSTS
   Lyrics & Music by Keigo Oyamada

品番・価格
発売日 : 5月17日発売
品番 : WPKL-10008
価格:¥1,900(税抜)/ ¥2,090(税込)
アナログ7インチ・シングル
https://cornelius.lnk.to/hibana

先着購入特典:
以下の対象CDショップでお買い上げの方に先着で、特典をプレゼントいたします。在庫がなくなり次第終了となりますので、お早めにご予約・ご購入ください!

Amazon:メガジャケ
セブンネットショッピング:オリジナルステッカー

[PROFILE]
Cornelius(コーネリアス)
小山田圭吾のソロプロジェクト。
'93年、Corneliusとして活動をスタート。現在まで6枚のオリジナルアルバムをリリース。
自身の活動以外にも、国内外多数のアーティストとのコラボレーションやREMIX、インスタレーションやプロデュースなど幅広く活動中。


Kukangendai - ele-king

 独自の尖った路線をひた走るエクスペリメンタル・ロック・バンド、空間現代が新作をリリースする。近年は『Soundtracks for CHITEN』や12インチ『Tentai』、カセット『After』に、グラフィック・デザイナー=三重野龍とのコラボなど、変わらず精力的に活動している彼らだが、オリジナル・アルバムとしてはスティーヴン・オマリーの〈Ideologic Organ〉から送り出された『Palm』以来、4年振りの作品となる。題して『Tracks』、CD盤は5月31日発売、デジタル版は本日4月26日より配信がスタート。ちなみにエンジニアはDUB SQUADROVOの益子樹で、空間現代の拠点・京都「外」にてレコーディングされている。
 また、同新作の発表に合わせ、東京では6月20日にレコ発ライヴが催されるほか、5月と7月には京都で3本のリリパが予定されている。詳しくは下記を。

ARTIST:空間現代
TITLE::『Tracks』
LABEL::Leftbrain / HEADZ
CAT.NO.:LEFT 2 / HEADZ 257
FORMAT:CD / digital
BARCODE:4582561399138
発売日:CD 5月31日(水) / digital 4月26日(水)
流通:ブリッジ
定価(CD):2,200円+税(定価:2,420円)

1. Burst Policy
2. Look at Right Hand
3. Beacons
4. Fever was Good
5. The Taste of Reality
6. Hatsuentou

◎ CD盤には佐々木敦と角田俊也によるライナーノーツを日本語・英語で収録

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2023年6月20日(火)at 渋谷WWW
【空間現代『Tracks』release live】

LIVE:空間現代
DJ:UNKNOWNMIXER(佐々木敦)

開場:19:30/開演:20:00
予約:3,500円+1D/学割予約:2500円+1D

予約フォーム:
https://forms.gle/e2ERaL1tot6PWP859

WWW
〒150-0042
東京都渋谷区宇田川町13-17 ライズビル地下
TEL: 03-5458-7685

《Kukangendai “Tracks” Release Party》京都編

① 5月13日(土)京都・外

Kuknacke
NEW MANUKE
MARK
空間現代

開場 17:30 開演 18:00
予約 2,500円 当日 3,000円
*学生証提示で予約・当日ともに2,000円

② 5月20日(土)京都・外

空間現代

開場 19:00 開演 19:30

③ 7月1日(土)京都・外

contact Gonzo
D.J.Fulltono
空間現代

開場 18:00 開演 18:30
予約 2,500円 当日 3,000円
*学生証提示で予約・当日ともに2,000円

●予約・詳細:http://soto-kyoto.jp/event/230513/

interview with For Tracy Hyde - ele-king

 バンドの終わりは美しい。もちろん、そうではないこともある。ひょっとしたら、そうではないことの方が多いかもしれない。しかし、少なくともFor Tracy Hydeの終わりは美しかった。2023年3月25日、東京・渋谷WWW Xでのラスト・ライヴを見て、そう感じた。

 いわゆる「東京インディ」のバンド群が、関西のシーン、あるいはSoundCloudやBandcamp、ブログやソーシャル・メディアとの相互作用の中で、不思議でユニークな音楽を作っていた2012年の東京にFor Tracy Hydeは現れた。シューゲイズ、ドリーム・ポップ、ギター・ポップ、マッドチェスター、ブリット・ポップ、渋谷系から、はたまたアニメやゲームまでを養分にしていた彼らは、インターネット・カルチャーの申し子でもあった。そして、周囲のバンドが失速し疲弊しフェイドアウトしていった10年強の間、2016年のデビュー・アルバム『Film Bleu』の発表以降、着実に最高傑作を更新していき、ファンダムを国外に築き上げもした。
 最後まで「青い」音楽を奏で続けたFor Tracy Hydeは、一方で自分たちの表現そのものを問い、自身の内面にも踏み込んでいき、その青さはどんどん深みを増していった。その時々の国内外の政治的な状況、音楽シーンの潮流や動向に向き合い、疑問や違和感すら音楽に反映させていった。それは例えば、ラスト・アルバム『Hotel Insomnia』に収められた“House Of Mirrors”を聴いてもよくわかる。夏botはこの曲について、「ソーシャル・メディアやスマートフォンを媒介にしたナルシシズムについての曲だ」と説明する。
 国内シーンへの貢献、東アジアや東南アジアのバンドとの繋がり、フォロワーに及ぼした影響の大きさ、ファンダムの厚さといった点で、For Tracy Hydeというバンドの音楽、彼らが存在したことの意義はとても大きい。彼らがいなかったと仮定してみると、現在のシーンの風景は、現在のそれとちがうものだっただろう。そのことは彼らが解散したいま、ファンのひとりひとりが噛み締めているはずだ。

 3月29日には、最後の作品にして最高傑作になった『Hotel Insomnia』がヴァイナルでリリースされた。これに合わせて、主宰者である夏bot(ギター/ヴォーカル)、メンバーのMav(ベース)、eureka(ヴォーカル)、草稿(ドラム)へのラスト・インタヴューを届ける。東京でいちばん美しいロック・バンドの軌跡を辿り直した、ロング・インタヴューになった。


2023年3月25日、渋谷WWW Xでのラスト・ライヴ

アジア圏の音楽に触れてくれるのは結局、アジア人だけなんじゃないか? という思いは払拭しきれませんでした。白人主体のインディ・ロック・シーンにおいて、東洋人として一撃を喰らわせるには至らなかったんじゃないかなと。(夏bot)

1月5日に解散が発表されて、衝撃を受けました。Twitterではトレンド入りしましたね。

夏bot:しましたね(笑)。あれはびっくりしました。

驚いたし、残念でした。どんな反響がありましたか?

夏bot:印象に残ってるのは、「ライヴを一度見たかった」という声が多かったことです。いやいや、我々けっこうやってましたよと(笑)。

Mav:「いつまでもあると思うな、親とバンド」ってやつですね。

夏bot:アイドル界隈の方は「推しは推せるときに推せ」とよくおっしゃいますからね。

Mav:最後のライヴをやってから「解散しました」と言う人もいるじゃないですか。あれは嫌なので、ちゃんとお別れする機会を作れたのはよかったです。

夏bot:「事後報告はしない」というのは、ポリシーとしてあったので。唐突な解散は、ファン心理として気分がよくないですね。

eureka:友人には以前から話してたので、「発表したんだ」、「頑張ったね」と言ってもらいました。

夏bot:DMが殺到したんでしょ?

eureka:海外の方から「なんでフォトハイは終わっちゃうの?」とDMが飛んできてたんですが、「(理由は)書いてあるよ~」と思ってました(笑)。

夏bot:英語の声明文も出したからね

草稿:「もったいないね」とも言われましたね。うちらくらいの規模感のバンドっていない気がするので、貴重だったのかなって。大体バンドって、上に行くか下に行くかじゃないですか。でも、うちらは境界線上にいたから。

夏bot:良くも悪くも、ずっと中堅感を出してましたから。

(笑)。2月8日のラブリーサマーちゃんとの対バンでも「そういえば、我々解散するんですよ」みたいなノリでしたし、「ANGURA」のインタヴューでも「あっけらかんとしてます」と言っていたので、整理できた上での解散だと思いました。

夏bot:ここに至るまでのプロセスが長かったので、いまさら思うことがあんまりないんです。

去年の8月に解散が決まっていたそうですね。理由は明確に書いてありましたが、「現行の体制で足並みを揃えて活動を継続すること」が困難だとありました。メンバーのペースや生活との兼ね合い、ということでしょうか?

夏bot:音楽に対する姿勢ですかね。僕はマジで会社を辞めたいと思ってるんですけど、そうなりたいと思ってるのが僕だけだったので、埒が明かないなと。

夏botさんのコメントが興味深かったです。「ひとつのバンドで何十年も活動を継続したり、アルバムを10作以上もリリースしたり、といった長きに渡る活動は端から眼中にな」かったと。

夏bot:それはほんとに考えたことがなくて。僕はビーチ・ボーイズが好きなんですけど、彼らは特に中盤から終盤にかけて駄作に近いものが多いですよね。数十年単位で活動を継続してく中でクリエイティヴなスパークを維持するのは、どう考えても不可能だと思ってます。特にジャンルの性質としても長々と、必要以上に活動を継続するのは美しくないと思ってたので、どこかでスパっと終わらせようと思ってました。

そうだったんですね。

夏bot:実際、以前も「終わらせようかな」というタイミングがありましたし。セカンド・アルバム(『he(r)art』)のリリース直後とか、サード・アルバム(『New Young City』)を出してコロナ禍に突入した頃とか、モチベーションが下がったことがあったんです。なので、自然な成り行きではあるのが正直なところですね。

バンドって永続できるものではないですよね。

草稿:どこかのライブハウスで「長くやるのもいいと思うんだよね」という話を夏botにしたら、「いや、それはちがうんじゃない?」と返されたことを覚えてますね。

夏bot:重鎮になりたくない、在野で居続けたい気持ちがあるんです。やっぱ人間、偉ぶり始めたら終わりだなと(笑)。ハングリー精神や探求心って、立場が安定するとなくなるので。実際、バンドが終わることになり、高校時代から使ってたMacBookを買い替えて、手を付けては諦めてを繰り返してたLogicを最近めちゃめちゃ使ってるんです。創作意欲がいつになく湧いてるんですね。安定した立場に身を置きつつあったバンドがなくなるとなったとき、音楽に対する探求心が改めて湧き上がったり、逆境に立ち向かってく気持ちが掻き立てられてて。活動期間が長くなるのは、クリエイターとして望ましくないんじゃないかな? と。

区切りを付けたことで、次のことが考えられるようになったんですね。

eureka:私の場合、For Tracy Hydeに加入して生活が音楽に飲み込まれてく感覚があって、「ライヴでどうしたらちゃんとできるか」とかを四六時中考え続ける感じになってたので、一回リセットして、改めていろんなアーティストの音楽を聴いたりしたいんです。音楽と暮らしを、いい塩梅でやっていけたらいいなと思ってます。

草稿:僕は仕事が好きなので、仕事とバンドだったら仕事を取っちゃうんですよね。今後は仕事に集中できるな、という思いはあります。夏botが言ったとおり、同じ環境で続けてくのはよくないと思います、環境が変わった数だけ人間は成長すると思いますし。でも、居心地のよい場所がなくなったのは残念ですね。いまさらドラムが上手くなったような気がするんですけど(笑)。

だらだら続けて馴れ合いになったら、バンドとしては危機的状況ですからね。

夏bot:馴れ合ってる感じはなかったと思います。良くも悪くも、メンバー同士そんなに仲が良くない(笑)。

一同:(笑)。

Mav:「遊ぼうぜ」、「飲みに行こうぜ」とかはないからね。

夏bot:ツンケンしてるとか空気が悪いとかではなくて、シンプルに普段の生活で関わりがないってことですね。

草稿:趣味も全員守備範囲がちがいますね。

eureka:一緒に仕事をしてる同僚たち、みたいな気持ちでした。

夏botさんのコメントには「バンドとしての活動の一つの到達点」ともありましたよね。

夏bot:そうですね。ライドのマーク・ガードナーというバンド内外で共通してヒーローと見なされてる方と一緒に仕事をすることが経験できたり、アジア・ツアーをおこなったり、シンガポールのフェス(Baybeats)に出られたり、自分たちの規模感や音楽性のバンドだとまずないような活動がいろいろと経験できたので。もちろん継続してさらなる高みに到達する可能性はあるんですけど、100%あるわけではない。特にコロナ禍以降、音楽業界が停滞気味で、規模が縮んでしまった感が否めないので。そうなったとき、一か八かの賭けに出るより、ここらで一旦区切った方がいいなと。

なるほど。

夏bot:あと去年、ソブズのラファエル(・オン)から「アメリカ・ツアーが斡旋できるかもしれない」という話があったのですが、メンバーに切り出したとき、アメリカに行きたいと思った人間が僕以外にいなかった。

個々の仕事や生活との兼ね合いで?

夏bot:ええ。僕には音楽活動する上でアメリカとイギリスをツアーで回れるくらいまで行くというのは大きな目標としてあるので、アメリカ・ツアーがこのバンドで望めないとなった時点で、自分の中で整理が付いたことも大きかったです。なので到達点だし、これ以上はあるかもしれないけど、それが必ずしも自分が望んだ形ではないかもしれない、ということで引き際かなと。

実際、アルバムもライヴも素晴らしいので残念ではありますが、ここで終わることに対する説得力は感じます。

Mav:ライヴのクオリティはいまがいちばんいい、高いよね。

夏bot:ここ最近、本当に悔いがないですね。

ピッチフォークに『Hotel Insomnia』のレヴューが載った後、解散の報が載ったのは驚きました。

草稿:レヴューが載った当日じゃなかった?

Mav:コントみたいだった(笑)。

夏bot:ピッチフォークは独立性を保ってるので、事前のやりとりはまったくなかったんです。なので、たまたまそういう因果だったという。外からは相当、不思議な見え方をしてたと思います。

Mav:ピッチフォークに載ったから解散する、みたいな(笑)。

夏bot:海外ファンがほんとにそういう冗談を言ってたよ(笑)。

『Hotel Insomnia』のレヴューはバンドへの理解と知識に基づいた、かなりしっかりとした内容でしたね。

夏bot:ええ。ただ、ライターはアジア系の方だと思います。アジア圏の音楽に触れてくれるのは結局、アジア人だけなんじゃないか? という思いは払拭しきれませんでした。白人主体のインディ・ロック・シーンにおいて、東洋人として一撃を喰らわせるには至らなかったんじゃないかなと。

一方で、ソブズなどは欧米で評価されつつありますよね。

夏bot:ソブズは風穴を空けてくれるんじゃないかなと、期待してる部分は少なからずありますね。

フォトハイの活動を通じて得た喜びや感慨についてお聞きしたいです。

eureka:言いたいことはたくさんあるんですけど、海外に行ったときにみんながシンガロングしてくれたり、そういうのはすごく嬉しかったですね。国内外問わず、うっとりした熱い視線やキラキラした目で見上げられたことがない人生だったので、私的にそれは初めて見た景色でした。普通に生きてたら経験できないことだと思うので、それが私のいちばんの宝、ファンのみなさんに頂いた景色ですね。

Mav:Baybeatsのステージだったり年始のCLUB QUATTRO(2022年1月10日)だったり、「普通にバンドをやってたら、こんな大勢の人たちの前でやることはなかっただろうな」という場所でやれたのは大きいですね。あとは、僕は9月に仕事の出張でシンガポールに行ったんですけど、最終日の夜にソブズやコズミック・チャイルドが借りてるスタジオに行って、夜通し飲みながら好きな音楽を爆音で流しながらすすめ合ってたんですよ。異国の地でこんなことをやる人生ってあんまないよな……と感慨深かったですね。あとはやっぱり、エゴサしてる瞬間は「生きてる!」って感じ(笑)。

夏bot:結局、インターネットなんだよな~。

Mav:インターネット育ちなので。

(笑)。

草稿:僕は普段旅行をしないので、バンドの用事がなかったら海外にも、大阪ですら行かなかっただろうし、そんな機会があるバンドにいられただけでよかったと思います。あと最近、バンド界隈の人たちとカードゲームをやってるんですけど、そういうコミュニティができたのもよかった。

Mav:君、バンド界隈の人たちといちばんプライベートで遊んでるよね。

草稿:バンド界隈ってもはや思ってないんだけどね。

夏bot:日本のシューゲイズ・シーンはマジック・ザ・ギャザリングのプレイ人口が多いらしいです。

草稿:みんな、陰キャなんじゃないですかね。外交的な陰キャ、みたいな(笑)。


eureka(ヴォーカル/ギター)

私らしく自分で歌いたいって気持ちでレコーディングに挑んだのがいままでとのちがいですね。私は結局、誰か風に歌っても私の歌にしかならないので、それがいいところだと言われるけど、それを一回全部捨ててみたい気持ちがありました。(eureka)

ラスト・インタヴューになるので、バンドの歩みを振り返りたいと思います。始まりは2012年、夏botさんが宅録を始めたことと考えていいのでしょうか? とはいえ、バンドで演奏することを前提に制作していたそうですね。

夏bot:大学に入りたての頃にバンドをやってたんですけどすぐ空中分解しちゃって、それがトラウマになってたんです。それで、ひとりでチルウェイヴを作ったりしてたんですね。そんな中、後にBoyishを結成する岩澤(圭樹)くんが「Friends(現Teen Runnings)というバンドがめちゃめちゃかっこいい」と言っててFriendsを好きになり、一緒にライヴを見に行くようになって。その過程でSuper VHSとかミツメとか、いわゆる東京インディのバンドを知っていったんです。同時代の海外シーンと共鳴しながら日本で独自の音楽を作ってるバンドがいることが衝撃だったので、自分もそういうシーンに加われるバンドをやりたいと思ったんですね。2012年の春頃に岩澤くんがBoyishでライヴをするようになったことに刺激を受けて、バンドで演奏できる曲を作るようになりました。

最初の作品は『Juniper And Lamplight』ですか?

夏bot:その前にBoyishとのスプリット(『Flower Pool EP』)を出しています。それを出したのが2012年9月なので、そこをバンドの始点と仮定しています。

そこに、メンバーが加わることで発展していった。

夏bot:最終的にベースのMavくん、ドラムのまーしーさん、ギターのU-1というラインナップになり、ラブリーサマーちゃんが参加した時期が1年あって、ラブサマちゃんが脱退してeurekaが加入して、という感じですね。紆余曲折があって、メンバーがかなり入れ替わってます。それ以前も含めるともう3、4人いるんですけど、数えてくとキリがないので。

Mav:初代ドラマーのMacBookとかね(笑)。

ラブサマちゃんが加入してリリースしたEP「In Fear Of Love」のCDを無料で配布していたことをよく覚えています。夏botさんがおっしゃったとおり、当時の東京インディは面白くて刺激的な時期でしたよね。

Mav:関西のトゥイー・ポップ周りも元気で面白かったよね。

夏bot:そうね。Wallflowerがいて、Juvenile Juvenileがいて、Fandazeがいて……。いまの方がバンドの母数が多くて理解してくださる方も多いんですけど、あの頃ならではの刹那的な輝きがあったなと未だに思い返しますね。仲間が少ない中、みんな試行錯誤して、面白いイヴェントをDIYでやろうとしてる感じがありました。

Mav:いろんな人がZINEを作ったり、オガダイさん(小笠原大)のレーベルのAno(t)raksがネット・コンピを出したり。僕もソロで参加してました。

夏bot:“Youth In My Videotapes”名義でね。

ソーシャル・メディアの黎明期で、Hi-Hi-Whoopeeに象徴されるブログ・カルチャーを介して情報が広がっていく動きもありましたね。For Tracy Hydeはその後、『Film Bleu』でP-VINEからアルバム・デビューを果たします。このアルバムはいま聴くと、タイトルどおりフレッシュな青さを感じますし、eurekaさんの歌もちょっとちがいますね。

草稿:いま、eurekaはマスクの下でめちゃくちゃ苦い顔をしてます(笑)。

eureka:録り直せるなら録り直したい(笑)。録音したのは加入して2、3週間後で、最初に録ったのは“Sarah”(“Her Sarah Records Collection”)と“渚”だったと思います。録音したものを聴いて、「私ってこんな声なの?」と思ったのがそのままCDになってます(笑)。

夏bot:この頃は「歌に感情を込めないのがいい」という謎のポリシーがあって、それを彼女に強いたらめちゃめちゃ戸惑ってしまって。

eureka:セカンドからは好き勝手に歌ってよくなったんですけど、ファーストのときはとにかく「かわいくならないようにニュートラルな感じで、無感情で歌って」と言われて、全然わからなかったですね(笑)。

夏bot:聴き返したら、演奏もアレンジも全然なってねえなって思っちゃいますね(笑)。唯一、いま聴くことができない自分の作品。でも、不思議と根強く支持してくださる方がいらっしゃるんですよね。

Mav:最近のライヴ物販でも未だにCDが売れるからね。

夏bot:解散を発表してから「ファーストの曲をライヴで聴きたい」という声がめちゃめちゃあるのですが、やりようがない(笑)。

Mav:編成上の都合があるからね。

音楽的には渋谷系成分が多めに感じられますし、すごくポップでいろいろなことにトライしている印象です。

夏bot:良くも悪くも、海外インディの解像度がめちゃめちゃ低かったと思います。いかんせんプロダクション周りのことを何も知らなかったので、ノウハウがないまま「ザ・1975っぽい音にしたい」とか「ダイヴ(DIIV)みたいな音にしたい」とか、そういう試行錯誤の跡が残ってますね。

Mav:単純に2012年から2016年までの曲が全部入ってるから、作った期間が長いんですよね。

夏bot:(曲が)古いんだよね。

先日、夏botさんの「新譜案内等に『シューゲイズ』という言葉を入れるだけで出荷枚数が3桁単位で減るという時代が10年くらい前にはありました」というツイートがバズっていたじゃないですか。そのこともファーストのサウンドに関係しているのかなと。

夏bot:その情報は友人のバンドマンがレーベル・オーナーから聞いた話なので僕が直接損害を被ったわけではないんですけど、それでも当時のうちらの担当者も「シューゲイズ」という言葉を使うのを渋ってたので、業界内でそういう認識は共有されてたと思います。レコード屋さんのポップでも「チルウェイヴ×アニメ文化」みたいな不思議な書かれ方をされてて、本質はそこじゃない気がするんだけど、でも「シューゲイズ」って言うわけにはいかないしな、というモヤモヤ感がありましたね。

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夏bot(ギター/ヴォーカル)

全編を通して文明批判的な視座があるので、芸術作品じゃなくあくまでも商品や製品、広告としてCDを提示したい思いがあって。アートワークというよりプロダクト・デザイン的な観点でやりたかったんです。(夏bot)

『he(r)art』以降の方がシューゲイズへのアプローチが明確に打ち出されていった感じがします。『he(r)art』でフォトハイのアートが完成された感じがしますね。

Mav:エンジニアがTriple Time Studioの岩田(純也)さんになって、プロダクションの質が変わったのがデカいですね。リファレンスとしてダイヴの『Oshin』の曲をリファレンスに挙げたら、岩田さんもノリノリで実機のデカいリヴァーブを出してきて。

夏bot:スペース・エコーね。

Mav:我々もテンションが上がって、リヴァーブ盛り盛りで録りましたね。

夏bot:話が通じるエンジニアさんとの出会いが大きくて、音楽性もそっちに引き寄せられるようになりました。「ディレイとリヴァーブで空間を埋め尽くすのをシューゲイズっぽくない曲に当てはめていく」というテーマがあって、それこそシティ・ポップ的な曲にそのアプローチをしてみたり。

eurekaさんはいかがですか?

eureka:ファーストを録りながら自分の声や「どうしたらどういう風に歌えるのか」が客観的になんとなくわかるようになって、ライヴをある程度重ねて、「こういうことがしたい」というのがだんだんわかってきた頃ですね。夏botさんのデモに対して「こういう感じで歌おう」とイメージしてやれたので、いい感じだったんじゃないかなと(笑)。好きなアルバムのひとつです。

Mav:夏botがザ・1975にハマってて、コーラスの入れ方は参考にしてましたね。5度とかの音でずっとハモりつづけるコーラスが雑音の少ないeurekaの歌声に合ってたと思います。

夏bot:その後の方向性の基盤になってるとは思うのですが、一方で特異点っぽい感じもする。例えば、ブラック・ミュージックっぽいアプローチの曲は、これ以降ほぼやってないですし。

Mav:変なことをいろいろ、いちばんやってるんですよね。“アフターダーク”や“放物線”の感じはこれ以降ないし、“Just for a Night”の朗読も変わってるし。トータルとしてすごく好きです。

そして、まーしーさんの脱退と草稿さんの加入を経てリリースされた『New Young City』。夏botさんにインタヴューしたとき、シティ・ポップが喧伝され称揚されていたことへの違和感を語っていた記憶があります。

夏bot:シティ・ポップってある意味、シューゲイズ以上に新規性が打ち出しにくいと思ってて、シンプルに面白くないなと(笑)。音楽的探求心が感じられないものが流行ってたので、シティ・ポップの意匠を借りて内側からそれを瓦解させることをセカンドでやろうとしたんですけど、自分の力不足かうまく伝わらなかった。そこで一旦仕切り直して本当に得意な音楽に改めて向き合って、シティ・ポップ・ブームに対するオルタナティヴとして強度が高いものを提示しよう、という意識はあった気がします。

Mav:草稿が入って、フィジカル的に強度のあることをやれるようになりましたね。

夏bot:まーしーさんとはドラマーとしての資質がちがうからね。

Mav:まーしーさんは関西のギター・ポップ畑出身なんですけど、草稿はマイク・ポートノイになりたい人なので(笑)。

草稿:僕、マイク・ポートノイっぽくないですか(笑)?

Mav:草稿は、デモのドラムがダサいと思ったらどんどん変えてくタイプですし(笑)。

草稿:「ダサい」って言うと管さん(夏bot)は露骨に機嫌が悪くなるから、そうは言わないけど(笑)。ドラムパターンを変えてもあまり怒られなかったので、ありがたく変えさせていただいてます。

Mav:このへんから僕もベースで好き放題やらせてもらってますね。

夏bot:一方でここから(eurekaがギターを弾くようになったことで)ギターが3本になったので、そのぶんシンセに依存する比率が下がっていった。ドラスティックな変化がセカンドとサードの間にあった気はしますね。

“Hope”と“Can Little Birds Remember?”は完全に英語詞の曲ですよね。

夏bot:ソブズとの出会いが大きかったですね。2018年の7月頃に「ジャパン・ツアーをオーガナイズしてほしい」と相談を受け、2019年の1月にそれを実現させて、というのを間に挟んだので、海外リスナーにどう訴求するかを念頭に英語詩の曲を作りました。その部分はアルバム全体に変化をもたらしたんじゃないかと思います。

その後、2019年9月18日の台北公演に始まるアジア・ツアーをおこなっています。

草稿:弾丸すぎて大変だった思い出しかない(笑)。嫌な思い出が99%、いい思い出は1%しかないかも。

夏bot:スケジュールは鬼キツかったですね。僕は楽しかったけど、みんなはそうじゃなかったかも(笑)。

Mav:楽しさはあるけど、あのスケジュールでやるもんじゃないって思ったよ。

夏bot:マニラからジャカルタに移動する空港で気絶しそうになってたとき、さすがにキツかったよね。

寝る時間がなくて?

夏bot:そう。マニラでのライヴが終わって空港に移動して、深夜だからお店も開いてない中、フライトまでの数時間を空港で潰さなきゃいけなくて。

草稿:機内泊が3連続だったから、めっちゃハードでしたね。コズミック・チャイルドのメンバーが空港のコンビニの前で寝てて、すげえなって思った(笑)。

夏bot:あの時間帯の海外の空港ってすごくて、みんな当たり前のように床で寝るんですよ。

eureka:最終日のジャカルタに着いたとき、「頼むからお風呂に入れさせて!」って訴えて入れさせてもらったんですけど、みんなは入れなかったよね(笑)。

草稿:僕は、マニラとジャカルタでは同じ服を着てました(笑)。

eureka:あとライヴをする環境もすごくて、その場でステージを作って音響もギリギリまででき上がってない状態で、日本でのリハーサルとはまったくちがいました。メンタルが強くなったと思います(笑)。

草稿:マニアの会場はコンクリートの打ちっぱなしのジムで、音がめちゃくちゃ回ってましたね。

夏bot:音響が事故らなかった日、ないんですよね。

草稿:ジャカルタの思い出だと、ドラムの位置がステージの後ろギリギリで、演奏中に椅子が落ちかけたりとか(笑)。

eureka:最初の数曲でヴォーカルの音が外に出てなかったことがあって、「おかしいな」と思って“Can you hear me?”って聞いたら“No!”って返ってきたこともあったよね(笑)。“One more time!”って言われて、もう一回歌いました(笑)。

草稿:ヴォーカルのマイク線がMavのコーラスマイクに刺さってたんだよね。

Mav:でも、シンガポールとインドネシアでライヴをやったときは「すげえ! こんな盛り上がるんだ! マジか!?」ってインパクトはあったよ。

夏bot:娯楽に対する飢餓感が強いんですよ。公安がイヴェント運営に介入してくるのでギリギリまで会場の使用許可が下りなくて、会場が決まらないから告知できないとか、そういう経緯があって。そのぶん能動的に楽しもうという姿勢が伝わってきて、かなり刺激を受けましたね。日本語詞の曲も響いたけど、その上で英語詞の曲も当たり前のように響いて、一緒に歌ってくれて……。その体験がこの作品以降、英語詞の曲を必ず入れる流れに大きく作用したのは事実ですね。

Mav:後は、リリパでwarbearと対バンしたじゃないですか(2019年10月16日)。あれは感慨深いものがあった。音響は事故ったとはいえ、U-1はあれがエンディングって感じだったもんね(笑)。

草稿:「人生、第一部完」みたいな感じだった(笑)。

Mav:『あの花』(『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』)のTシャツにサインまでしてもらって。

夏bot:もう一個付け足すと、翌年(2020年)の1月にバンコクでライヴをしたときにデス・オブ・ヘザーのテイや他のメンバーが遊びに来てくれて仲良くなった経緯があって、今回スプリット・シングル(『Milkshake / Pretty Things』)を出すことができたんです。来日公演(2023年3月16日)で対バンもできたので、ささやかだけどターニング・ポイントっぽい出来事かな。

草稿:タイ、よかったね。サイン会もして、50人くらい並んでたんじゃないかな? コロナ禍前の瀬戸際だったね。

先例がないことをやることと、軸にある音楽性を崩さずに可能なかぎり規模感を広げることは念頭に置いて活動してきました。それがシーンの活性化や若手たちへのインスピレーションに繋がってくものと思って活動してきたので、もし少しでも形にできてるなら本望ですね。(夏bot)

そしてコロナ禍に突入し、2021年に『Ethernity』をリリースしました。「アメリカ」というコンセプチュアルなテーマがあり、音楽的にも異色のアルバムだと思います。

夏bot:やっぱり、かなり大きな社会情勢の変化がいろいろとあったので。アメリカはトランプ政権下でしたし。

Mav:ブラック・ライヴズ・マターとかもあって。

夏bot:そう。あと、コロナ禍でバンドも動かせないし友だちとも会えないし、何もすることがないのでひとりで内省にふける時間が否応なしに増えて。変化が起こるのは、必然と言えば必然なのかなと。

Mav:夏botが多摩川沿いを無限に歩いてた時期ね。

草稿:痩せた時期ね。

eurekaさんはどうですか?

eureka:小学生の頃から社会に対していろいろなことを考え続けてて、それを表に出せないタイプだったので、このアルバムはぐっとくる、しっくりくる歌詞が多かったです。小学6年生のときの卒業文集にみんなが将来の夢や6年間の思い出を書いている中で、私は「戦争反対」って書いたんですよ(笑)。

Mav:イカついね~。

夏bot:だいぶストロング。

eureka:そういう本ばかり読んでましたし。私の親は父がアメリカ人なんです。片方の国は戦争をしてて片方の国には平和憲法がある、という2つの祖国の間でアイデンティティの葛藤を感じながら育ってきたので、このアルバムはしっくりきました。

夏bot:コロナを機に昔のことを思い返しつつ、いまのアメリカと昔のアメリカを対比してましたね。あとはドリーム・ポップというジャンルが社会性と切り離されて捉えられがちだからこそ、あえて社会性のある作品を出すことにしたんです。

Mav:僕はこのアルバムでは、「リアル・エステイトのパクリをやらせていただきました」という感じでしょうか(笑)。ソロ名義で作った曲で、歌詞が書けずにお蔵入りにしてたものをサルベージしたんです(“Welcome to Cookieville”)。夏botが「爽やかな曲が欲しい」と言ってたので、仮タイトルは「爽やか」でしたね。

夏bot:貴重なU-1作詞曲です。

Mav:あいつが「書いてみる」と言うから書いてきたはいいものの、メロディと文字数が一切合ってなくて(笑)。韻もめちゃくちゃだし、「頭の中でどう整合性が付いてるのかまったくわからん」と思いながら調節した経緯があります。じつは、ファーストの“Outcider”の作詞は僕ってことになってるんですけど、あれもU-1が作詞原案なんです。それもめちゃくちゃな状態だったから、僕が調整したんですよね。

夏bot:そしたら「これは俺の歌詞じゃない!」って言い出してクレジットされるのを拒まれた。よくわからんけど、“Welcome to Cookieville”のクレジットはOKだったね。

Mav : 嫌がってたけど、ぬるっとそのままクレジットしちゃった。

草稿さんは?

草稿:僕はこのとき、モチベーションが1ミリもなくて(笑)。やる気がなさすぎて3か月くらいドラムを叩いてなくて、めちゃくちゃ下手になったんです。数か月叩かなかったブランクを取り戻すには、マジで1年半くらいかかりますね。演奏面については、2曲目の“Just Like Firefries”のフィルをいろんな曲で使い回してるんです。でも、「これはコンセプト・アルバムだから大丈夫」って言い聞かせて(笑)。ドリーム・シアターのコンセプト・アルバム『Metropolis Pt. 2』でもマイク・ポートノイが“Overture 1928”のフィルを使い回してるので、自分の中でそれと同じということにしました(笑)。

そんな裏があったとは(笑)。そして、2022年2月のU-1さんの脱退を経て10月にシンガポールのフェス、Baybeatsに出演しました。

夏bot:2019年のアジア・ツアーと2020年のバンコク公演からの連続性の中で捉えてますね。海外での活動が視野に入ってくる段階かなと思ってたところでコロナ禍に突入してしまって、国内での活動すらままならない状況になってしまったので、それを乗り越えて海外の舞台に戻れたのには感慨深いものがありました。以前お会いした方々にもまた会えましたし、当時と変わらないかそれ以上の盛り上がりをまた見せてくれて。シンガポールは国民の多くが早い段階でコロナに一度罹ってたらしく、生活は完全に元通りになってましたね。日本とまったくちがう状況に放り出されたのもよかったですね。

草稿:いい待遇をしてくださって、非常に気持ちがよかったですね。

夏bot:フェスに国家資本が入ってるからね。

草稿:Baybeatsに出るか出ないかでバンド内は紛糾したんですけど、解散が決まってたので僕は絶対、無理にでも出た方がいいと激推ししました。結果的に出られてよかったと思います。

Mav:2019年のグッズを着てくれてる人がいたのは嬉しかったですね。夏botは完全に暑さにやられてましたね。

夏bot:熱中症になりました。10月だったけど夏の気候なんですよ。

Mav:eurekaはすぐ帰国しなきゃいけなかったので、僕と草稿だけがライヴ後のサイン会でサインを書き続けました(笑)。

草稿:いちばん需要のないふたりが(笑)!

夏bot:劇場の支配人が物販の手伝いに来るくらいの勢いで、物販はほぼ全部売れましたからね。

Mav:シンガポールのバンドの連中と飲んだのも楽しかった。コズミック・チャイルドが新曲をレコーディングしてるスタジオに遊びに行ったのもいい思い出だし。

夏bot:このときに機内で撮った朝焼けの写真がスウェットの写真になってるよ

草稿:そうなんだ! めちゃくちゃいい話。

eureka:でも、なんだかんだで2019年のアジア・ツアーも楽しかったですよ。

草稿:それは美化されてるよ(笑)。

夏bot:思い出補正だ(笑)。

eureka:騙されてたほうが幸せ(笑)。

そして『Hotel Insomnia』に至るわけですが、制作はいつやっていたのでしょうか?

草稿:『Ethernity』のワンマン・ツアーのとき(2021年5月1日、3日の「Long Promised Road」)には既に……。

Mav:2、3曲やってたよね。“Undulate”と“Milkshake”と“Estuary”。

夏bot:レコーディングも2021年の夏には一旦してたんじゃないかな。この頃、僕はすごく燃えてたんですよ。どんどん曲を作っては(メンバーに)投げ、作っては投げ、っていうのをやってて。

Mav:いままでのデモは全部フルで作ったものだったんですけど、『Hotel Insomnia』に関してはワン・コーラスのものをたくさん作ってましたね。それで、「どれがいい?」って投げられる感じ。

夏bot:ぶっちゃけ『Ethernity』の評判がよくなかったんですよね(笑)。なので、それを上書きしたい心理があったと思います。コンセプト・アルバムを作るのはやめて、曲をいっぱい作ってメンバー投票で選べば嫌でもいいアルバムになるだろうって。

『Hotel Insomnia』は、いままであったアルバムのイントロとアウトロがないですからね。いい曲だけを集めたものにしたと。

夏bot:シンプルにそういう形にしようと思いました。「曲数を減らそう」という狙いもありましたね。

草稿:長すぎて冗長な節があったからね。

Mav:「10曲、11曲で終わろう」って言ってたね。

草稿:気づいたら13曲になってたけど(笑)。でも、このアルバムは冗長感ないよね。アルバムの長さはいままでとそんなに変わらないんだけど。

とはいえ、『Hotel Insomnia』というタイトルにはコンセプトが潜んでいそうな感じがあります。

夏bot:ええ。通底してるものはありますね。コロナ禍以降の世の中の変化が『Ethernity』のときよりさらに加速してる感じがあって――例えば、いろいろな分断だったり、ウクライナ戦争だったり、安倍(晋三)元首相の暗殺事件だったり。なので『Ethernity』を制作してた頃より、考えたり思ったりすることがさらに増えました。“Hotel Insomnia”というのは「旅先で過去を思い返したり、未来を不安に思ったりして眠れない」という状態を想定してます。でも、旅をするまでもなく、我々は普段、日常においてそういう心理に近い感情を抱えて生活しないといけない状況になってるので、旅先での不安といま我々の生活の中にある不安をオーヴァーラップさせてます。生まれ育った国にいながらにして異邦人のような孤立感、疎外感を覚える感じというか。そういう心情をいろいろな形で表現しよう、というのが裏テーマとしてありました。

イーグルスの“Hotel California”と関係があるのかな? なんて思っていました。

夏bot:それは全然ないんですけど、そういう捉え方もできるとは思います。それこそ“Hotel California”も文明批判的な視座がある曲なので、意図してないにせよ面白いと思いますね。今作はタイトルだけ先にあったのですが、検索していたら他にも固有名詞として“Hotel Insomnia”という言葉が使われてる例が2つあって。一個は韓国に実在するホテルで、もう一個はチャールズ・シミック(Charles Simic)というアメリカの詩人の詩集なんです。チャールズ・シミックは旧ソ連圏のセルビア出身の方で、作風も旧ソ連圏の社会主義が日常生活に落としてる暗い影を感じさせるものらしいんですね。実際に詩集を取り寄せて読んでみたら、別に好きでも嫌いでもなかったんですけど(笑)。“Hotel California”にしてもチャールズ・シミックにしても、いろいろな、似たような発想のものがこのタイトルに集約されてるんじゃないかと思いますね。

ちょっとホラーめいたモチーフでもありますよね。映画『シャイニング』のオーヴァー・ルック・ホテルを想起させもしますし。音楽的にはどうでしょう? 演奏やプロダクションは、フォトハイの集大成にして最も得意なところを打ち出しているんじゃないかと思いました。

夏bot:「シンプルにいい曲を」というのが第一義だったので、あまりめちゃくちゃなことはできなかったんです。身の丈に合ってないことに手を出した結果、「音は面白いけど楽曲の強度がない」という例は過去作にあったと思うので、それは絶対に排除しないといけなかった。フォトハイがいままで長いコンセプト・アルバムを作ってきたのには、The 1975の異様に長いアルバムの影響が大きいんですね。今回そこからあえて外れて、一曲一曲の強度が高いコンパクトでコンセプトのないアルバムを作ろうと思い立ったら、The 1975も(『Being Funny in a Foreign Language』で)そういう方向に路線変更してて偶然にも一致したのが、自分の中で面白ポイントとしてあります(笑)。

マスタリングはなんと、ライドのマーク・ガードナーが担当しています。

草稿:マスタリング前と後で聞こえ方が全然ちがったんですよね。印象がこんなに変わるんだなって。「ドラムでか! ベースでか!」みたいな。

Mav:「洋楽の音」というかね。

夏bot:先行配信された“Milkshake”とYouTubeのMVは従来どおり中村宗一郎さんがマスタリングされてるのですが、印象がちがうので聴き比べてみると面白いと思います。

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Mav(ベース)

何年後か、ブックオフの棚にひっそり並んでて、何も知らんけど手に取ってみたらめちゃくちゃよかったCDとして若者に聴いてもらいたい。(Mav)

マーク・ガードナーに依頼した経緯を教えてもらえますか? エンジニアリングをされているというのは知りませんでした。

夏bot:彼はいまスタジオをやってて、ミキシングやマスタリング、プロデュースなどをいろいろされてるんですね。遡ると、まず『Ethernity』をアメリカでマスタリングしたかったので、エンジニアさんにコンタクトを取ったのですが返事がなく、納期に間に合わなかったことがあったんです。で、『Hotel Insomnia』を作るとき、レーベルからプロモーションとして外部アーティストとコラボする案を頂いて、エモ・ラップに傾倒していた時期だったので国内のラッパーをフィーチャーした曲を作ろうかなと思ってたのですが、イメージが湧かなくて。でも、外部アーティストを入れるのは大事かなと思ったので、今回こそ海外でマスタリングしてみるのは手だと思いました。候補としてスロウダイヴのサイモン・スコットとマーク・ガードナーを挙げて、バンド内で話し合ったらみんなライドへの思い入れが強かったから、マーク・ガードナーと一緒にやってみたい、という話になったんですね。マーク本人もSNSですごく言及してくださって、願ったり叶ったりでしたね。

Mav:ミーハーだけど、マーク・ガードナーが、俺が弾いたベース、俺が書いた曲を聴いてるってだけでテンション上がるよね(笑)。

草稿:そんなこと考えなかったな。

夏bot:自分のドラム、めちゃめちゃ持ち上げられてるやん(笑)。

草稿:たしかにね。「いいドラムだ!」って思われたのかも(笑)。

夏bot:「ドラムを聴かせたい」って思ってなかったら、こうはならないから。

草稿:いいこと言うね。自信持てたわ(笑)。このアルバムでは、どれだけ気持ち悪いことができるかに挑戦したんですよ。『Ethernity』についてのインタヴューでも言ったんですけど、スピッツが赤レンガ倉庫でのライヴ映像を無料公開してる時期があって、仕事が忙しかった期間にそれをリピートしてたんです。そしたら(ドラマーの﨑山龍男が)「気持ち悪いことをさらっと入れてるんだけど気持ち悪くない」みたいなプレイをしてて。それで管さんが怒らないギリギリまで気持ち悪いプレイをやろうと思ってアレンジしたんですが、どこまでやっても怒られないからどんどん気持ち悪くなっていきました(笑)。

夏bot:ペースよく曲を作るのを最優先してたから、デモはドラムもベースもぜんぜん練ってなかったんだよね。

草稿:リファレンスもなかったから、僕とMavで決めていきましたね。

Mav:ベースは……頑張ったな(笑)。“The First Time (Is The Last Time)”とか、個人的に気に入ってるベースラインはすごく多いです。

草稿:あれはCymbalsを目指したんだよね(笑)。“RALLY”のフィルをなんとかねじ込もうと思ってパンチインしましたからね(笑)。

Mav:“House Of Mirrors”は私が書いた曲ですが、「あまりめちゃくちゃなことはできなかった」と言いつつ、思いっきり変な曲ですね。

夏bot:Mavくんの曲が一曲あった方がいいかな、という気持ちがあったんですよ。

Mav:温情枠があるんですよ(笑)。夏botが「アルバムに欲しい要素リスト」を出して、その中で「チルウェイヴっぽい曲だったらいける」と思って作ったのですが、最終的に全然ちがうとこに行き着いたね。ファーストからフィフスまで僕が書いた曲は7曲あるんですけど、この曲に限らず、いくつかはバンド内発注みたいな感じでした。ただ、“House Of Mirrors”は海外のRate Your Musicではボロクソに言われてますね(笑)。

夏bot:自分からは出てこない感じなので面白かったと思います。好きな人は好きな曲だよね。

Mav:評価が両極端なんだよね。

草稿:でも、ラップは宇多丸さんに(「アフター6ジャンクション」で)褒められたから。

夏bot:めちゃめちゃ光栄だったけど、完全にドメス(ティック)な視点だね(笑)。

ラップは想定されていたんですか?

Mav:間奏がギター・ソロだけだとさびしいから語りかラップを入れたいけど、自分で歌詞を書けないから無理難題にならないかな? と思ってたら、夏botが「ラップを入れたい」と言ってくれたんですよね。

夏bot:最近SixTONESの田中樹くんにめちゃめちゃハマってて、ラップが熱いんですよ(笑)。

eurekaさんはどうですか?

eureka:これまでは曲ごとに「このヴォーカリストっぽく歌いたい」と設定して「この人とこの人のいいとこ取り」みたいなのをやってたんですけど、今回は一曲もそれをやってないんです。

夏bot:お~!

最後にeurekaとして歌ったんですね。

eureka:そうなんです。ただの素の私で歌ってみようって。さっき言ったとおり『Ethernity』も好きなんですが、歌詞がいちばん好きなのは今作かも。だから、私らしく自分で歌いたいって気持ちでレコーディングに挑んだのがいままでとのちがいですね。私は結局、誰か風に歌っても私の歌にしかならないので、それがいいところだと言われるけど、それを一回全部捨ててみたい気持ちがありました。


草稿(ドラム)

ある文脈の中にちゃんと位置づけられるほど強度のある曲を夏botが書いてくれて、そこに参加できたのが嬉しかったですね。誰かの人生を狂わせられる程度のバンドにはなったのかな?(草稿)

夏bot:みんな素なんだよね。僕もリファレンスをあえて投げなかったので。

草稿:あえてだったんですね。

夏bot:いちいちリストアップするのがだるいし、型にハマるのも面白くないなと。曲決めの投票とか、民主的な感じはめちゃめちゃ意識してた。

eureka:あとこの前、リハーサルの前日にぜんぜん眠れなくて、本当に“Hotel Insomnia”だったことがあって(笑)。ニュースやTwitterを見てても3.11の話題が流れてきて、寝不足のまま向かったスタジオで歌った“Estuary”でいろいろ考えてしまいました。今回の歌詞、重いですよね。

夏bot:「このアルバム、管さんが病みすぎてる」と言う友人がいるんですが、そんなことないんですよ。いろんな登場人物の物語をいろんな人の視点で書いてるだけなので。

eureka:“Hotel Insomnia”だからね。

“Natalie”では思いっきりビーチ・ボーイズ・オマージュをやっていて、夏botさんらしいなと思いました。

夏bot:いままでやってこなかったしできなかったのですが、コロナ禍以降、音楽への解像度がめちゃめちゃ高まったんですよね。リモート・ワークになって音楽を聴く時間が増えたので、聴いては調べてを繰り返してく過程でわかったことがかなり多かったんです。それで、ここいらで一回やってみようかなと。同じような音楽性の他のバンドは絶対やらないでしょうし。あと、明確に決まってなかったんですけど、アルバムを作ってる段階で「終わるんやろな」と思ってたので、最後にやっておきたいことを考えてたからですね。

今回はジャケットがメンバーの写真だというのも大きなちがいですね。

夏bot:今回は、いままでお世話になってた小林光大くんじゃなくて、renzo masudaくんという写真家が撮ってくれたんです。光大くんはメンバーの写真をジャケットにしたがってなかったのですが、せっかく写真家が変わったし、ちがうことをやってみたいと思ったときにこの案が浮かんだんですね。メンバーを撮るだけならお金も時間も節約できますし(笑)。

草稿:あとはテレビを探してくるだけでしたね。

Mav:世に残存する貴重なブラウン管テレビの内の1つをMVでeurekaが壊しましたが。

eureka:しかも、1つじゃないし(笑)。いや~、あれ、怖かったな~。

夏bot:ジャケットに文字を入れたのもハイライトかな。普通のアルバムっぽい感じにしたくなかったのと、全編を通して文明批判的な視座があるので、芸術作品じゃなくあくまでも商品や製品、広告としてCDを提示したい思いがあって。アートワークというよりプロダクト・デザイン的な観点でやりたかったんです。それと、ソブズとかコズミック・チャイルドとか、シンガポールの友人たちはみんな渋谷系がめちゃめちゃ好きなんですね。それで、ひさびさに渋谷系を聴き直して「やっぱりいいな」と思うタームがあったので、渋谷系っぽい意匠を古臭かったり陳腐だったりしない程度に取り入れました。いろんな要素を足し算で取り入れて組み立てていきましたね。

音楽的にも90年代のエレメントを感じました。

夏bot:原点回帰といえば原点回帰ですね。ファーストからフォースまでの要素は全部、何かしら入ってる集大成だという気がします。“House Of Mirrors”だってセカンドっぽいといえばセカンドっぽい。

Mav:ラップが新鮮って言われるけど、普通にやってたよなと。

夏bot:“アフダーダーク”はラップってほどの感じでもなかったから。

アルバムの最後の曲“Leave The Planet”は解散宣言にも聞こえます。考えすぎでしょうか?

夏bot:歌詞は正直……バンドの終わりについての歌ですね。めんどくせー、全部投げ出してー、みたいな気持ちで書いてました(笑)。この曲が最後の曲になったのはたまたまで、もともと草稿が“Subway Station Revelation”で終わる案を出してたんですけど、いざ曲が出揃って並べたときにあまり気持ちよくなくて。

Mav:“Unduate”始まり、“Subway”終わりの曲順をメンバーで考えたのですが“Leave”がハマらなくてこうなりました。

草稿:あの打ち込みがイントロの曲で終わったのはよかったよね。

Mav:2023年はマッドチェスターが来る。

草稿:絶対来ないでしょ(笑)。

夏bot:でも最近、アンダーグラウンド・レベルで出てきてますよ。イギリスにはピクシー(Pixey)、オーストラリアにはハッチーやDMA’Sがいるから。

フォトハイがいなかったらこの10年の日本のシーンの景色はちがったんじゃないかと思うくらい、意味のあったバンドだと思うんです。東アジア、東南アジアのバンドとの繋がりも重要ですし。

夏bot:うーん……。そうなんですかね~?

(笑)。ご本人としての達成感はどうでしょうか?

夏bot:そうだとも思うし、そうだと言い切れないとも思うというのが正直なところかな……。僕は世間で思われてるよりは自分を客観視できるので、自分を持ち上げる言動は本心ではやってないんです。だから、ぶっちゃけ自分に自信はないですね。ただ、先例がないことをやることと、軸にある音楽性を崩さずに可能なかぎり規模感を広げることは念頭に置いて活動してきました。それがシーンの活性化や若手たちへのインスピレーションに繋がってくものと思って活動してきたので、もし少しでも形にできてるなら本望ですね。

Mav:僕は、シーンはあんまり意識してないかも。このバンドで作ったアルバムが気に入ってるので、それがすべてだなって思ってる。ライヴより音源の方がよっぽどいいと思ってるので(笑)。

夏bot:それはそうだね(笑)。

Mav:あと、コピバンしてくれる人がいるのはめちゃくちゃ嬉しい。コピバンされる対象になれた喜びはめちゃくちゃありますね。今後は、みんながコピバンやってくれるのをチューチュー吸って生きていきます。

(笑)。

夏bot:ライヴは、ふれあい動物園みたいなもんやからね。

Mav:我々自身がね、音源のFor Tracy Hydeのコピバンみたいなところがあるからね。

eureka:私はこのバンドが初めてのバンドなので、これまで音楽に能動的に関わることはまずなかったんです。でも、彼(夏bot)の曲を聴いて「これはいろんな人に聴いてもらうべき音楽だ」と勝手な思いを抱いて、彼の曲のスピーカー的な立場になれたのが嬉しいです。それを布教できたというか……。

夏botさんの曲を伝える媒体になれた、という感じですか?

eureka:……弟子みたいな感じ?

弟子(笑)?

夏bot:それはちがう気がするけど(笑)。

eureka:布教活動してる人、みたいな気持ちです(笑)。それが嬉しいし誇りに思ってるし、よかったと思います。アルバムの中に私が残ったのも嬉しいし、みんなにいっぱい聴いてもらいたいです。私たちがいなくなった後も曲は残るのでいっぱい聴いてほしいし、コピーもしてほしいです。

Mav:何年後か、ブックオフの棚にひっそり並んでて、何も知らんけど手に取ってみたらめちゃくちゃよかったCDとして若者に聴いてもらいたい。

夏bot:それはある!

eureka:私はMADになりたい。MADになって、それで知ってほしい(笑)。

Mav:MADという文化ってまだ存在してるの(笑)?

eureka:もうないのかな~?

夏bot:そのうちTikTokで流行らないかな~。

TikTokでペイヴメントの“Harness Your Hopes”が謎に流行ったので、可能性はあると思います(笑)。

eureka:突然、誰かの脳内を支配したいですね。

草稿さんはどうでしょう?

草稿:僕は、ある文脈の中にちゃんと位置づけられるほど強度のある曲を夏botが書いてくれて、そこに参加できたのが嬉しかったですね。誰かの人生を狂わせられる程度のバンドにはなったのかな? かといって、夏botが音楽だけで食っていけるところまで行けなかったのは心残りですね。

夏bot:まあ、僕は敵が多いから(笑)。

草稿:でも、いいものを作り続けてれば、きっといつか何かありますよ。

夏bot:せやな~。

草稿:あとは運ですから。まあ、コピバンはしてほしいですね。

Mav:コピバン、してほしい。

夏bot:コピバンは、してほしい。YouTubeにあるのは全部見てますから。

草稿:ちゃんとコピってくれないけどね(笑)。

Mav:ベースとドラムのディテールはめっちゃ捨て去られる。だから、俺たちとのチェキは撮りに来ないんだよ。

eureka:でも、歌ってる子たちはみんなかわいいよね。

草稿:ヴォーカルとギターの解像度だけは高い(笑)。

夏bot:でもね、コピーしてくれる事実だけでもう感動だよ。あとは精度で感動させてくれるバンドが現れたらマジで嬉しくなっちゃう。

草稿:すげー! 俺らよりうめー! みたいな(笑)。

eureka:二代目For Tracy Hyde(笑)。

夏bot:襲名してください(笑)。

そういう意味で、「21世紀のTeenage Symphony for God」だったんじゃないかと思うんです。

夏bot:だといいんですけどね~(笑)。

草稿:いいまとめだ!

Mav:僕は「僕らのアーバン・ギター・ポップへの貢献」だと思ってますよ。

夏bot:ザワンジのね。※

※小沢健二の“ある光”の歌詞「僕のアーバン・ブルーズへの貢献」のもじり。プリファブ・スプラウトの“Cruel”の歌詞“My contribution, to urban blues”の引用。

Mav:どれだっけ? 最初の頃にそれ、付けてたよね?※

EP『Born To Be Breathtaken』のコピー。

草稿:……太古の話してる?

真面目な話、それは確実に成し得たことなのではないでしょうか。

夏bot:だといいな~。

草稿:5年後には管さんが僕らを養ってくれるよ! それか年に一回、焼き肉を奢ってくれるはず。

夏bot:高い焼肉って食べたことないんだよな~。

草稿:食べ物ってさ、1万円を超えると全部同じですよね(笑)。

eureka:高いと緊張しちゃって味を感じられなくなる。全部、砂みたいに感じちゃって(笑)。「これ、1枚2000円だな」って思いながら食べるお肉、味しないよ。手汗がすごい出ちゃう。

あまりにも永遠の中堅バンドっぽい話なんですけど(笑)!

Mav:それが結論でした(笑)。10年間のまとめ(笑)。

夏bot:5枚のアルバムを通じて学んだこと、肉の味なの(笑)? 「友達と適度に安い焼肉を食うのがいちばんうまい」という結論?

草稿:……悲しすぎるだろ(笑)!

For Tracy Hyde年表

2012年9月11日:
Boyish & For Tracy HydeのスプリットEP『Flower Pool EP』をリリース

2012年10月9日:
EP『Juniper And Lamplight』をリリース

2013年5月10日:
アルバム『Satellite Lovers』をリリース

2013年8月31日:
EP『All About Ivy』をリリース

2013年10月27日:
『Satellite Lovers』『All About Ivy』のCD-Rを音系・メディアミックス同人即売会「M3」で頒布

2014年4月:
ラブリーサマーちゃん(ヴォーカル)が加入

2014年4月27日:
EP『In Fear Of Love』をリリース、「M3」でCDを頒布、各地で無料配布

2014年8月17日:
EP『Born To Be Breathtaken』をリリース、「コミックマーケット」で頒布

2014年10月26日:
シングル『Shady Lane Sherbet / Ferris Wheel Coma』をリリース、「M3」でCD-Rを頒布

2015年5月:
ラブリーサマーちゃんが脱退

2015年9月3日:
eureka(ヴォーカル)が加入

2015年10月25日:
シングル「渚にて」をリリース、「M3」でCD-Rを頒布

2016年12月2日:
アルバム『Film Bleu』をリリース

2017年11月2日:
アルバム『he(r)art』をリリース

2018年1月:
まーしーさん(ドラム)が脱退

2018年2月4日:
草稿(ドラム)が加入

2019年9月4日:
アルバム『New Young City』をリリース

2019年9月18日~22日:
台湾・台北、シンガポール、フィリピン・マニラ、インドネシア・ジャカルタを回るアジア・ツアーを開催

2021年2月17日:
アルバム『Ethernity』をリリース

2022年2月15日:
U-1(ギター)が脱退

2022年10月29日:
シンガポールのフェスティヴァル「Baybeats」に出演

2022年11月2日:
For Tracy Hyde & Death of Heatherのスプリット・シングル『Milkshake / Pretty Things』をリリース

2022年12月14日:
アルバム『Hotel Insomnia』をリリース

2023年1月5日:
解散を発表

2023年3月25日:
東京・渋谷WWW Xでのライヴ「Early Checkout: “Hotel Insomnia” Release Tour Tokyo」をもって解散

R.I.P. Mark Stewart - ele-king

文:野田努

「彼らはついに、変化とは、改革を意味するものでも改善を意味するものでもないことに気がつくだろう」——フランツ・ファノンのこの予言通り、世界は変わらなくていいものが変えられ、変わって欲しいものは変わらない。憂鬱な曇り空に相応しい訃報がまた届いた。その少し前にはジャー・シャカの訃報があり、今朝はマーク・スチュワートだ。いったい、坂本龍一といい、シャカといいマークといい、あるいは昨年から続いている死者のリストを思い出すと、勇敢な戦士たちがあちら側の世界に招かれている理由がこの宇宙のどこかに存在しているのではないかという妄想にとらわれてしまう。ファノンはまた、「重要なのは世界を知ることではない、世界を変えることだ」と言ったが、その意味を音楽に込めた人がまたひとりいなくなるのは、胸に穴が空いたような気分にさせるものだ。

 一般的に言えばマーク・スチュワートは、ブリストル・サウンドのゴッドファーザーだが、10代半ばのぼくにとってはファンクの先生だった。ジェイムズ・ブラウンが発明し、白いアメリカで生きる黒い人たちから劣等感を削除し前向きな自信を与えたこの決定的な音楽の語法を、ザ・ポップ・グループというバンドはパンクの文脈に流し込んだ。それだけでもどえらいことだが、ブリストルという地政学のなかで生まれたこのバンドは、実験音楽であると同時に脳内をふっとばす低音ダンス音楽でもあり、当時UKで起きていた移民文化にリンクするダブという概念もそこに混ぜ合わせたばかりか、さらにまたそこに、60年代のポスト・コルトレーンから広がる炎の音楽=フリー・ジャズにも手を染めていたのだった。

 カオスとファンクとの結合に相応しいそのバンドのディオニソスこそ、マーク・スチュワートに他ならなかった。彼らが標的にしたのは、資本主義であり植民地主義だったが(残念ながらいまや重要なトピックとなっている)、こうした政治的主張と音楽との融合において、最高にクールで、圧倒的に迫力があり、創造的で快楽的でもあったロック・バンドがいたとしたら、彼らだった。

 ザ・ポップ・グループとしてのずば抜けた3枚を残し、マークはザ・マフィアを名乗ってからもその手を緩めなかった。エイドリアン・シャーウッドとダブ・シンジケートのメンバーといっしょに録音したシングル「Jerusalem」(1982)とアルバム『Learning To Cope With Cowardice』(1983)は、〈ON-U Sound〉がダブの実験において、どこまでそれをやりきれるのかという、もっともラディカルな次元に没入していた時代の輝かしい記録である。サウンド・コラージュとダブとの境界線を曖昧にし抽象化した “Jerusalem” 、奈落の底から立ち上がるアヴァンギャルド・ゴスペル・ルーツ・ダブの名曲 “リヴァティ・シティ” はここに収録されている。

 新しい音楽のスタイルの出現をつねに肯定的に捉えていたマークが、ヒップホップを無視するはずがなかった。ザ・マフィアを経てソロ名義になった彼が最初に発表した、傑出したシングル「Hypnotized」と 『As The Veneer Of Democracy Starts To Fade(民主主義というヴェイルに包まれた時代が終わりを告げようとしているとき)』(1985)は、オールドスクール・ヒップホップの拠点から、シュガーヒル・ギャングの主要バックメンバー3人を引き抜いての制作で、これらはシャーウッドのダブの新境地によってインダストリアル・サウンドのルーツにもなった。

 このように、マークや〈ON-U Sound〉系の音楽にすっかり魅了されたファンの度肝を次に抜いたのは、1987年の決定的なシングル盤「This Is Stranger Than Love」だった。エリック・サティにはじまり、粒子の粗いヒップホップ・ビートがミックスされるこの曲には、90年代のブリストルを案内することになるスミス&マイティが参加し、のちのちトリップホップの先駆的1枚としても認定されている。

 この頃、マークはハウス・ミュージックへの共感を示していた。じっさい、1990年にリリースされた『Metatron』に収録された「Hysteria」は、都内のテクノ系のパーティでもよくかかっていたし、1993年に初来日した際のステージは、その数年前まではダンス・ミュージックのヒットメイカーだったアダムスキーとふたりによるパフォーマンスだった。渋谷のオンエアーのステージに登場し、あの大きな身体を豪快にゆらしながらあちこち動き回り、胃袋のそこから鳴らしているかのような彼の独特のヴォーカリゼーションを、ぼくの記憶から消そうたって無理な話である。

 個人的な思い出を言うなら、もうひとつある。1999年の話だが、ぼくはロンドン市内の図書館に隣接した、コーヒー一杯1ポンドほどの食堂で、マークと待ち合わせて、会って、話を聞いたことがある。これにはいくつかの不安と驚きがあった。携帯が普及する以前の話なので、彼に指定されたその場所に、時間通りにほんとうに彼が来てくれるのか、行ってみなければ確認のしようがなかった。また、ぼくに言わせれば、自分のスーパーヒーローのひとりが、日本からダブについての話を聞きに来ただけの(つまり、彼の作品のプロモーションでもないでもない)小さなメディアのために、ブリストルという地方都市からわざわざロンドンまで来てくれるのかという心配も、じゅうぶんにあった。だいたいこういう場合は、せめてそこそこ気の利いたレストランでおこなうというのが、ひとつの作法のようなものとしてある。しかしカネのない学生同士が待ち合わせるようなその広い場所に、マークはぼくよりも先に来て、ひとり、どこにでもあるような丸いテーブルのイスに腰掛けていた。

 これは奇遇としか言いようがない。先日亡くなったジャー・シャカの話も、そのときマークから嫌というほどされた。〈ON-U Sound〉における実験旺盛な時代の(マークにとっての)重要な影響源のひとつは、ジャー・シャカだった。ぼくは幸運なことに、1992年と1993年にロンドン市内の公民館で開催されていたシャカのサウンドシステムを経験していたので、マークの話にすっかり納得した。なるほどたしかに、ロンドンにおけるシャカのシステムは、それ自体が実験的といえるほど、あり得ない低音とあり得ない音のバランスで、原曲をまったく別のものにしていたのである。

 彼の長いキャリアのなかで、ぼくにしてみれば、出さなければ良かったのにと思った作品もある。何年か前に、再結成したザ・ポップ・グループとして来日したこともあったが、いくらそこで往年の代表曲を演奏しようとも、初来日におけるアダムスキーを従えてのよれよれのライヴのときの異様な緊張感を味わうことはなかった。が、そう、しかそれもいまとなっては贅沢な話なのだ。

 マーク・スチュワート、ザ・ポップ・グループ、ザ・マフィア、これらの影響力はものすごいものがある。マッシヴ・アタックやポーティスヘッドどころか、バースデー・パーティ(ニック・ケイヴ)のようなバンドだって、あのディオニソスがいなければ違ったものになっていただろう。

 フランツ・ファノンは、「抑圧された人たちは、つねに最悪を想定する」と言ったが、マークは逆で、未来に対して楽観的だった。新しいもの、若い才能をつねに褒め称え、あれだけ深刻な社会問題を取り上げてきたのに関わらず、よく笑う、あの豪快な佇まいの彼には、根っからの楽天性があった。いまぼくはそれをがんばって思い出そうとしているが、地のはるか暗い底から、ダブのベースとファンクの力強いリズムをともなって、彼の絶叫が呪いのように聞こえてくるのである。



文:三田格

 坂本龍一が83年に初めてラジオのレギュラー番組を持った「サウンドストリート」の第1回目を聞いていたら、『B2~Unit』を録音しているスタジオにスリッツのメンバーが毎日遊びに来るんだよと話している箇所があった。そして、お気に入りだというスリッツの曲をかける際に「ザ・ポップ・グループの兄弟バンド、いや、姉妹バンドです」と紹介し、ザ・ポップ・グループについてはなんの説明もなかった。第1回目の放送にもかかわらず、彼のラジオを聞いているリスナーはザ・ポップ・グループのことは知っていて当たり前といった雰囲気だった。ザ・ポップ・グループはその前年、セカンド・アルバムがリリースされると急に音楽誌で持ち上げられ、当時、大学生だった僕は波に乗ろうとする大人が大挙して現れたような気がしてしょうがなかった。ファーストに比べて明らかにフリーキーなセンスは薄まり、様式化が進んでいるというのに唐突に興奮し始めた大人たちの言動はどうにもナゾで、あの時のイヤな感じは40年経ってもいまだに身体から抜けてくれない。「ザ・ポップ・グループ」というネーミングがあまりにアイロニカルだったせいで、それはなおさらグロテスクに感じられ、資本主義的な文脈でアノニマスを気取ったネーミングはそれ自体がポップ・アートになっているという印象を倍増させる効果まであった。当時の音楽メディアがシーンを取り囲んでいた状況はXTC“This Is Pop”やPIL“Poptones”といったタイトルにも滲み出し、キング・オブ・ポップがトップに立つ日もすぐそこに迫っていた。ポップはもはや社会をテーマとして表現されるタームではなく、コマーシャリズムという姿勢に取って代わり、そのことに無自覚ではいられなくなった制度そのものを彼らは名乗っていたのである。消費主義が勢いを増す80年代の入り口でポップを対象化できなければ表現者の主体性が失われるという不安や焦燥をザ・ポップ・グループというネーミングは見事に集約していた。さらにセカンド・シングル“We Are All Prostitutes(私たちはみな金銭のために品性を落とす売春婦だ)”というタイトルはさすがに言い過ぎだと思ったけれど(いまだに少し抵抗がある)、ポップ・ミュージックをやるためにそこまで考えなければいけないのかという状況について認識できたことは大きかった。また、ザ・ポップ・グループについて何かを考えることはただの大学生でしかなかった僕が平井玄さんや粉川哲夫さんといった思想家たちと深夜ラジオで議論ができるパスポートになったことも僕にとっては少なからずだった。

 多大なインパクトを伴って現れたザ・ポップ・グループは、しかし、あっという間に解散してしまった。ザ・ポップ・グループはすぐにもピッグバッグとリップ・リグ&パニックに分かれてマテリアルやジェームズ・ブラッド・ウルマーといったフリー・ファンクの列に加わり、“Getting Up”や“You're My Kind Of Climate”がその裾野を大いに広げてくれたものの、マーク・ステュワートだけがどこかに消えてしまった。ザ・ポップ・グループが不在となった81年は僕にはパンク・ロックから続く狂騒が少し落ち着いたように感じられた年で、地下に潜った動きやドイツで始まった新たな胎動にも気づかず、個人的には音楽に対する興味が少し薄れた時期でもあった。日本では「軽ければ正義」といった風潮が蔓延し始めた時でもあり、TVをつければホール&オーツやシーナ・イーストンばかり流れていた。これが。しかし、82年になると様相が一変する。「破壊」と「創造」が必ずセットで訪れるものならば、82年はパンクによって破壊されたポップ・ミュージックが見事に再構築を成し遂げた年だと思えるほど、あらゆる場面に力が漲っていた。アソシエイツやキュアー、スクリッティ・ポリッティにファン・ボーイ・スリーと数え切れないアイディアが噴出し、それぞれが持っていた独自のヴィジョンはニュー・ロマンティクスから第2次ブリティッシュ・インヴェンジョンへと拡大していく。リップ・リグ&パニックやピッグバッグが先導したブリティッシュ・ファンクはディスコ・ビートとあいまってその原動力のひとつとなり、ナイトクラッビングがユース・カルチャーのライフスタイルとして完全に定着したのもこの時期である。ほんとに何を聞いても面白かった。ひとつだけ不満があるとしたら、それはダブの可能性が思ったほど翼を広げなかったことで、フライング・リザーズやXTCのアンディ・パートリッジによるソロ作など、ダブをジャマイカの文脈から切り離して独自の方法論に持ち込むプロデューサーが期待したほどは増えなかったこと。ダブよりもファンクというキーワードの方が大手を振るっていたというか。マーク・ステュワートがマフィアを率いて“Jerusalem”を投下したのはそんな時だった。

 83年に入ってすぐに輸入盤が届いた“Jerusalem”は祭りに投げ入れられた石のようだった。さらなる興奮を覚えた者もいれば、白けて避けてしまった者もいたことだろう。“Jerusalem”はジャケット・デザインがまずはザ・ポップ・グループと同じ刺激を回復させていた。紙を折りたたんだだけのジャケットもラフで無造作なら、引っ掻き傷のような文字はナイトクラッビングやニュー・ロマンティクスとは異なる文化の健在を表していた。ザ・ポップ・グループが放っていたヴィジュアルと言語による挑発はすべてマーク・ステュワートによるものだったと再確認させられた瞬間でもあり、“Jerusalem”やカップリングの““Welcome To Liberty City””などインダストリアル・ミュージックとダブをダイレクトに結びつけたサウンドは鮮烈のひと言で、カリブ海を遠く離れたダブ・サウンドがポップ・ミュージックの再構築ではなく「パンクの再定義」と評されたのもなるほどだった。様式化されたパンクやマイナー根性に支配されたアンダーグラウンドとは異なり、不遜で広く外に開かれた攻撃性はそれこそパンク直系であり、アソシエイツやスクリッティ・ポリッティに覚えた興奮とは異なる次元が存在していたことを一気に思い出させてくれた。パンク・ロックに触発された言説に「誰でも音楽ができる」というワン・コード・ワンダーとかスリーコード万能論のようなものがあり、その通りチープな音楽性が勢いづくという局面が当時から、あるいは現代でも少なからず存在している。それとは逆にパンクが高度な音楽性と結びついてはいけないというルールがあるわけもなく、パンクがトーン・ダウンした時期にファンクやジャズをパンクと結びつけたのがザ・ポップ・グループだったとしたら、マーク・ステュワート&マフィアは同じくそれをダブやレゲエと結びつけ、もう一度、同じインパクトまで辿り着いたのである。それはやはり並大抵のクリエイティヴィティではなかった。追ってリリースされたファースト・アルバム『Learning To Cope With Cowardice』ではさらにその方法論が縦横に展開されていた。どれだけテープを切ったり貼ったりしたのか知らないけれど、“To Have A Vision”や“Blessed Are Those Who Struggle”の目まぐるしさは格別だった。

 90年代に入ってからマーク・ステュワートがアダムスキーを伴って来日し、ボアダムズなどが出演するイヴェントで前座じみたステージやったことがあった。アダムスキーというのはレイヴ初期にコマーシャルな夢を見たスター・プロデューサーの1人で、レイヴがヒット・チャートとは異なるオルタナティヴな磁場を独自に切り開いた頃にはバカにされて放り出された存在だった。マーク・ステュワートとアダムスキーというのは、つまり、水と油のような組み合わせだったのに、これがそれなりに泥臭いテクノとしてまとまったステージを成立させていた。『Learning To Cope With Cowardice』やその後のソロ・アルバムでもそうなんだろうけれど、マーク・ステュワートのサウンドはおそらくエイドリアン・シャーウッドの力によるところが大きく、マーク・ステュワートという人は自身のアイデンティティと音楽性がそれほど強くは結びついていないのだろう。シンセーポップかと思えばニュービートとあまりに節操がなく、サイレント・ポエッツにザ・バグと交際範囲も度を越している。彼にとって大事なことは極左ともいえるメッセージを伝えることであり、イギリスでは活動家と認識されるほど明確に権力と対峙することで、確か自分のことをジャーナリストと呼んでいた時期もあった。とはいえ、彼はやはりヴォーカリストだった。目の前でマイクを握りしめていた時の存在感は圧倒的で、彼の声には独特の張りがあり、彼が敬愛していたらしきマルカム・Xに通じるカリスマ性も申し分なかった。

 ある時、インタビューを始めようと思ったらマーク・ステュワートに「腕相撲をしよう」と言われて彼の手を思いっきり握ったことがある。当たり前のことだけれど、彼の手は暖かく、少しがさがさとしていて分厚かった。あの手に二度と力が入らないと思うとやはり悲しく、どうして……という気持ちにならざるを得ない。R.I.P.

interview with Alfa Mist - ele-king

 現代のジャズ・シーンで、ヒップホップやビート・ミュージックなどを融合するスタイルの新世代のミュージシャンは少なくないが、そうした中でも独自のカラーを持つひとりがイースト・ロンドン出身のアルファ・ミストである。ピアニスト/ラッパー/トラックメイカー/プロデューサー/作曲家と多彩な才能を持つ彼は、コンテンポラリー・ジャズからジャズ・ロックやフュージョン、ヒップホップやR&Bなどクラブ・サウンドからの影響のほか、映画音楽やポスト・クラシカルを思わせるヴィジュアライズされた音像が特徴で、繊細で抒情的なメロディはときに甘美な、ときに物悲しい世界を演出していく。どちらかと言えば内省的で思索的な作品が多く、人間の心理などをテーマにしたダークで重厚な曲調もアルファ・ミストの作品の特徴のひとつと言えるだろう。

 2015年に発表した『ノクターン』以降、2017年の『アンティフォン』、2019年の『ストラクチャリズム』、2021年の『ブリング・バックス』とアルバムをリリースし、シンガーのエマヴィーと共作した『エポック』はじめ、ドラマーのリチャード・スペイヴンと組んだ44th・ムーヴでの活動、トム・ミッシュ、ユセフ・デイズジョーダン・ラカイロイル・カーナーなどとのコラボと、多彩に自身の可能性を拡大してきたアルファ・ミスト。
 そんな彼が『ブリング・バックス』以来2年ぶりとなるニュー・アルバム『ヴァリアブルズ』を完成させた。長年の演奏パートナーであるカヤ・トーマス・ダイクはじめ、ギタリストのジェイミー・リーミングなど、『ブリング・バックス』から演奏メンバーに大きな変動はなく、基本的にはこれまでの路線を継承する作品と言えるが、南アフリカのフォーク・シンガーのボンゲジウェ・マバンダラをフィーチャーした作品や民族調の作品、さらにこれまであまりなかったハード・バップ調の作品と、また新たな表情を見せてくれるアルバムとなっている。コロナで中断を余儀なくされていたライヴ活動も再開し、この5月には2019年以来となる来日公演も予定しているというアルファ・ミストに、『ヴァリアブルズ』について話を訊いた。

放課後歩いて家に帰るか、それとも公園に寄って帰るという決断とでは、ふたつの異なる結果が生まれるよね? 『ヴァリアブルズ』ではほとんどの曲が全く異なる仕上がりになっているんだけど、そこには僕がそのうちの一曲から一枚のアルバムを作ることができた可能性があり、つまりは10枚のアルバムができ上がる可能性が存在していたことになる。それは僕が歩むことができたかもしれない10本の異なる道なんだ。

アルバムの完成とリリース、おめでとうございます。アルバムをリリースしたいまの気分はいかがですか?

アルファ・ミスト:ありがとう。アルバムをリリースすると、作品が自分の元を離れてほかの皆のものになる。もう僕のものではなくなるんだ。だから、すごく落ち着くんだよね。

なるほど。ニュー・アルバムは2021年の『ブリング・バックス』以来、2年ぶりとなりますね。『ブリング・バックス』はコロナによるパンデミック後にリリースされた作品で、そうした体験も曲作りに反映されたのではと思います。その後ツアーなども再開し、少しずつ日常を取り戻す中で『ヴァリアブルズ』は作られていったと思いますが、『ブリング・バックス』から『ヴァリアブルズ』に至る中で何か音楽的な変化などはあったのでしょうか?

アルファ・ミスト:『ヴァリアブルズ』を作っていた期間は、既にライヴを始めていたんだ。その影響は少しあったのかなと思う。ライヴをすることでエネルギーが増して、より高いエナジーが生まれるんだ。だから、『ヴァリアブルズ』はそのパワーを反映しているんじゃないかと思うんだよね。パンデミックで家に閉じこもっているときと外に出ているとき、そこにはふたつの異なる感情とエネルギーがある。僕は家にいるのが好きだから、パンデミック中に家にいるのは心地よくはあった。でも今回、再び外に出てライヴで演奏していたことは、間違いなく『ヴァリアブルズ』に対するアプローチに影響を与えたと思う。

今回のアルバムに参加するメンバーですが、『ブリング・バックス』で演奏の中心となったジェイミー・リーミング(ギター)、カヤ・トーマス・ダイク(ヴォーカル、ベース)、ジェイミー・ホートン(ドラムス)、ジョニー・ウッドハム(トランペット)らが引き続いて行っているのでしょうか? ジェイミー・リーミングの印象的なギターが聴けるので、ほぼ同じメンバーでやっているのかと。ほかに新たに参加するミュージシャンなどはいますか?

アルファ・ミスト:ほとんどのメンバーが同じなんだけど、ドラムのジェイミー・ホートンの代わりに、今回はジャズ・ケイザーに参加してもらっているんだ。彼女は本当に素晴らしいドラマーで、僕がユーチューブで公開している『ブリング・バックス』のライヴ・ヴァージョンでもドラムを演奏してくれている。僕はライヴで一緒に演奏しているミュージシャンと一緒にアルバムを作ることが多いんだよ。ジャズ以外のメンバーは以前と同じだ。

ジャズ・ケイザーはアルバムに何をもたらしてくれたと思いますか?

アルファ・ミスト:彼女だけじゃなく、全てのミュージシャンが自分自身の精神を高め、自分自身の音と声をしっかりと伝えてくれたと思う。それが音楽の一番素晴らしい部分だからね。彼女に関して言えば、僕やカヤやジェイミー・ホートンは独学で音楽を勉強したミュージシャンなんだけど、ジャズ・ケイザーはちゃんとアメリカのバークレー音楽院に通ってジャズ・ミュージックを学んで作ってきたミュージシャンなんだ。だから、彼女の演奏はすごくバランスが取れている。その状況に合ったことをすぐにできるのがジャズなんだよね。それに、彼女には彼女にしか奏でられない音があるし、それがサウンドに違いをもたらしてくれたと思う。

これまでリリースした『アンティフォン』ではメンタル・ヘルスや家族コミュニティについての兄との会話が、『ストラクチャリズム』では議論文化や個人的な成長についての姉との会話がモチーフとなっています。今回のアルバムでは何かモチーフとなっているものはありますか? 「いま自分がどこにいるのか?」「どうやってここに来たのか?」というのが『ヴァリアブルズ』におけるあなたの問いかけとのことですが。

アルファ・ミスト:今回のテーマ、またはモチーフは「無限の可能性」。つまり、あらゆる可能性がアルバムのテーマなんだ。ほんの少しだけど、人生の中で僕はいくつかの決断をしてきた。そして、そのおかげでいまの自分が存在している。それは君にも、誰にでも同じことが言えるんだ。ひとつの小さな決断。例えば僕が学校に通っていたとしたら、放課後歩いて家に帰るか、それとも公園に寄って帰るという決断とでは、ふたつの異なる結果が生まれるよね? 『ヴァリアブルズ』ではほとんどの曲が全く異なる仕上がりになっているんだけど、そこには僕がそのうちの一曲から一枚のアルバムを作ることができた可能性があり、つまりは10枚のアルバムができ上がる可能性が存在していたことになる。そして、それは僕が歩むことができたかもしれない10本の異なる道なんだ。だから、『ヴァリアブルズ』は基本的に僕自身が興味を持っていて、作ることができる様々な音の可能性を表現した作品なんだよ。今回はそれを一枚のアルバムに収めた。そして、僕はオーストラリアのアニメーター/ビデオグラファーのスポッドとコラボをして、彼がヴィジュアルのコンセプトを作ってくれたんだ。僕が彼に歌詞と各曲に込めた思い、そして無限の可能性というアイデアを伝え、あのいろいろなものが動き続け変化し続ける作品を作り上げた。動き続け、変わり続ける。それこそ人間だからね。今回のアルバムでは、僕はそのアイデアに興味を持っていて、それを作品に反映させたんだ。

そのアイディアはいつ頃から頭の中にあったのでしょうか?

アルファ・ミスト:アイデア自体はずっと前から頭の中にありはしたんだ。でもいまになって、それをじっくりと音楽で表現したいと思うようになったんだよね。僕のアルバムのほとんどは、僕の頭の中で交わされる会話から生まれたもの。それが今回は「変化するもの」だったんだ。特別何か理由があったわけではなく、ただそれについて表現したいと思った。もしかしたら、それは自分がこれまでずっと自分が何を考えるかとか、自分のメンタルヘルスのことを話してきたからかも。それってつまりは、自分が自分のことをどう思うかってことだよね。でも、「無限の可能性」はそれとはちょっと違う。自分のことではなくて、いまの自分に自分を導いてきた出来事や行動についての話だから。

僕は静かで閉鎖的で貧しい環境で育った。有名になる方法はミュージシャン、スポーツ選手、犯罪者、その3つしかないと思っていたんだ。でも本当は人生はそんなものじゃない。目にするものがそれしかないことが問題なんだ。成功したいというパッションをもっていても、建築家にもなれることなんて知らなかった。

面白いですね。では、いくつか収録曲について聞かせて下さい。“フォワード” は1950年代から60年代にかけてのチャールズ・ミンガスやマックス・ローチのようなビッグ・バンドによるハード・バップ調の始まりです。ジャズ・ロックやフュージョン的ないままでのあなたの作品にはあまりなかったタイプの曲ですが、これまでとは何か違うイメージが生まれてきたのでしょうか?

アルファ・ミスト:これはさっき話した可能性に関係している。僕が最初にピアノを習ったとき、できる限りジャズ調の音楽を作り続けて、もっとジャズよりの音楽を作り続けて、さらに時間をさかのぼって伝統的なものを作ることだってできたわけだよね。つまり、それができる可能性もあったということ。この曲はその可能性についての曲で、自分が伝統的な曲を作ろうと精一杯頑張ってみたらどんな曲ができるかが形になっているんだ。だから、この曲では自分自身は普段はあまり演奏しないけれど、聴くのは大好きな、僕自身が心から尊敬している音楽で幕を開ける。作りたければ、こういう曲だけでアルバムを作ることもできるんだけど、この要素はあくまでも自分が好きなたくさんある要素のひとつで、全てではない。でも、これも僕が持っている可能性のひとつなんだ。確かにいままでこういう音楽も好きだということを、自分の音楽で説明したことはなかったかもしれない。ずっと好きではあるんだけど、こういうサウンドを取り入れようとしたことはなかったかも。だからこそ、今回のアルバムにそれを取り入れたかったんだと思う。

今回はそういった音楽を作る心の準備がもっとできていたと思いますか?

アルファ・ミスト:そうなんだ。聴くのが好きだからって、演奏したくてもそれが演奏できるとは限らない。この曲だってそれを完全に演奏できてるとは思わないしね。でも、これは僕が持つ可能性なんだ。僕が聴いてきた素晴らしい音楽ではないけれど、僕が作った僕のヴァージョンなんだよ。

チャールズ・ミンガスやマックス・ローチの話を続けると、彼らは作品に人種差別の反対など政治的な主張を投影することもあり、ジャズとポエトリー・リーディングの融合なども試みました。それは現在のジャズとヒップホップやラップの関係にもなぞることができると思います。あなたはこれまでジャズとヒップホップの融合をおこなってきて、自分でラップもしますし、『ブリング・バックス』では著述家のヒラリー・トーマスのポエトリー・リーディングもフィーチャーしていましたが、こうした活動は何か意識しておこなっているのでしょうか?

アルファ・ミスト:インストの音楽だと、アーティストのメッセージが伝わりきれないと思うんだ。でも、スポークンワードやポエトリー・リーディングが入ると、はっきりとそのアルバムの内容が伝わって誤解が生まれにくくなる。メッセージによりフォーカスを置くことができるんだよね。だから、これまでのアルバムではそうやってメッセージや内容をよりクリアにしてきた。でも、今回のアルバムではそこから一歩引いているんだ。一曲だけラップしている曲があるけどね。あの曲だけは自分が何を言いたいかをはっきりと伝えたかったから。でも、今回は全ての曲でラップをしてはいない。今回はリスナーに曲の解釈をまかせたかったんだ。全ての人が僕と同じように育ったわけじゃない。だから、僕が作ったものを全ての人が僕と全く同じように受け取る必要はないんだよ。今回は自分の経験や生き方、感じ方に合わせて皆に自由に曲から何かを感じて欲しいと思った。そういうわけで、『ヴァリアブルズ』ではメッセージを明確にすることから一歩引いたんだ。ラップをしているのは1、2曲だけ。その曲以外は曲の解釈はリスナー次第で、その人の好きなように理解して、好きなように感じて欲しい。その曲が何を意味するかは、聴く人自身で決めて欲しいんだ。

それによって、より多くの人が作品に繋がりを感じることができるかもしれませんね。

アルファ・ミスト:その通り。そうすることで、より多くの人を迎え入れることができるからね。

今回のアルバムでは数少ない、あなたがラップを披露している “ボーダーライン” では自然対育成の議論をしているとのことですが、具体的にどんなメッセージを持つ曲なのでしょう?

アルファ・ミスト:そう、その曲では自分が言いたいことがかなり明確だった。だから、はっきりとそれを示しているんだ。僕は静かで閉鎖的で貧しい環境で育った。これまで一度もロンドンを出たことはなかったし、自分のまわりにあるものしか見たことがなかったんだ。僕の友人たちやまわりにいる人たちは、誰もが成功するために戦っていた。そして僕らは、僕らと同じような人たちの中に、3つのタイプの成功者しか見たことがなかったんだ。そのうちふたつはテレビで見る人たち。有名なミュージシャンかサッカーみたいなスポーツ選手。そしてもうひとつはテレビに映っていない人たちで、僕たちの地域でTVに映っていない有名人とは犯罪者だったんだ。自分たちの目で実際に見ることができた有名人は犯罪者たちだけ。だから僕たちは、有名になる方法はミュージシャン、スポーツ選手、犯罪者、その3つしかないと思っていたんだ。でも本当は、人生はそんなものじゃない。僕たちはただ狭い世界の中にいたから、それを知らなかっただけなんだ。そんな風に視野が狭くなってしまう理由はたくさんあって、それは子どもたちのせいじゃない。その地域がそういう場所になってしまっていたから、仕方がないんだよ。目にするものがそれしかないことが問題なんだ。成功したいというパッションをもっていても、建築家にもなれることなんて知らなかった。誰もができる普通のことでも成功できるなんて知らなかった。それが可能だなんて思いもしなかった。有名になるにはその3択しかないなんて間違った考え方なんだけど、僕らはそれが間違いだと知らなかったんだ。“ボーダーライン” では昔そんな風に考えていたあの頃に心を戻し、そこから抜け出そうとしているんだ。
 多くの物事を見れば見るほど、そこから抜け出せる。例えば僕の場合、ロンドンを出てから田舎や木々、家、木を見るようになった。そういうのって、それまではテレビでしか見たことなかったのに。あるひとつのエリアを出れば、自分の知っているもの以上のものがこの世にはたくさん存在していることに気づき、マインドが広がるんだよ。だから、旅ってすごく良いものだと思うんだ。違う国や異なる文化圏に行けば、問題が自分だけのものでないことにも気づけるし、ある地域でこういう人間でいなければいけない、みたいなプレッシャーもなくなる。自分の世界以外にも世界は存在し、異なる生き方をしている人たちがいるということを知ると、僕はとても落ち着くんだよね。リラックスして、より大きなヴィジョンで物事を考えることができるようになる。そうなれば自分が好きなことができるし、存在することが心地よくなるんだ。

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ドラムだけはグルーヴやリズムを計算して作ってる。僕にとってドラムはすごくテクニカルなもので、結構特殊な考え方でリズム・パターンのことを考えるから。でもハーモニーに関してはほとんどがフィーリングなんだ。

“エイジド・アイズ” はカヤ・トーマス・ダイクの繊細な歌声が美しいフォーク調のナンバーです。彼女とは長年に渡ってコラボを続けていますが、どんな魅力を持つミュージシャンですか?

アルファ・ミスト:彼女は本当にすごい。単にミュージシャンとしてだけじゃなく、僕がこれまでに出した全てのアルバムのアートワークも手がけてくれているんだ。もちろん今回のアルバムのアートワークもそう。彼女は素晴らしいヴィジュアル・アーティストでもあるんだよ。ヴォーカルに関しては、彼女は僕と違うタイプだと思う。僕は自分ができることを見つけて、それを磨いていこうとするタイプなんだけど、彼女はたまにいる、何をやっても上手いアーティストだから。たまに何でもできるうらやましい人たちっているよね(笑)。彼女もそのひとり。そんな彼女と一緒に仕事ができるなんて最高だよ。いま、彼女は自分の作品にも取り組んでいるところなんだけど、それがリリースされるのが待ち遠しい。『ヴァリアブルズ』がリリースされるのは〈アンチ〉だから違うけど、僕のレーベルの〈セキト〉では、僕のまわりにいる素晴らしいミュージシャンたちの背中を押し、彼らの作品をリリースして、世界に広げていきたいんだ。去年はジェイミー・リーミングのアルバムを出したし、ジョニー・ウッドハムも最近ジェイ・スフィンクス(JSPHYNX)の名義でアルバムを出した。僕は自分のまわりで音楽を作っている人たち皆に輝いて欲しいんだよね。そして、その光を世界とシェアすることで、そのミュージシャンたちが前進することができる。その力になることが僕の望みなんだ。

カヤの声のどんな部分が特に素晴らしいと思いますか?

アルファ・ミスト:彼女の声は今年録られたものに聴こえない。いつの時代の声なのかわからない部分が魅力なんだ。1960年代の声にも聴こえるし、1970年代の声にも聴こえる。彼女のあの時代を超えた独特の声は本当に素晴らしい。声に込められた彼女の感情が、僕たちをタイムスリップさせてくれるんだ。

自分がいま作る作品をタイムレスなものにするのは、すごく難しいことですよね。

アルファ・ミスト:かなりね。“今” という時代に縛られたサウンドにしないためには、目をつぶって周囲にあるものを全部シャットダウンしなければいけない。まわりから気をそらされることなく、ただただ自分が好きなものを作ろうとしないと。それができれば時代に縛られない作品を作ることができると思う。

タイムレスな音楽を作るということは、あなたにとって重要なことなのでしょうか? 何か意識してそうしようとはしていますか?

アルファ・ミスト:あえてタイムレスなものを作ろうとはしていない。でも、自分が作っている音楽が、自分自身が好きな音楽であることは常に意識しているし、自分の音楽にとって重要なことだね。心がけているのは新しいトレンドに乗ることなく、皆がやっているから自分もやらなければいけないというプレッシャーを感じることもなく、自分の音楽を作ること。周囲を見渡して何かを真似することだけは絶対にしないようにしている。もしいまの流行りで自分が気に入ったものがあればそれを取り入れることはしていいと思うし、まわりで何が起こっているのか見渡すことはもちろんある。でも、それはあくまでも耳を傾けてほかのこと、新しいことを学び視野を広げるためなんだ。それを取り入れたとしても、それがもし本当に自分が好きだから取り入れたのだとしたら、そのサウンドは自分から発信しているものにちゃんと聴こえると思うしね。例えそれが自分のまわりにあるもの、影響を受けたものから生まれたものであっても、ちゃんと自分自身が心から好きなものである限り、それは自分の作品に聴こえると思う。

“アフォ” は南アフリカのフォーク・シンガーのボンゲジウェ・マバンダラをフィーチャーしていて、牧歌風の野趣溢れる楽曲となっています。これもいままでのあなたの作品とは異なるタイプの楽曲かと思いますが、彼と共演するようになったきっかけは何でしょう?

アルファ・ミスト:彼は南アフリカの出身で、彼が自分の言語で曲の歌詞を書いたから、タイトルも彼につけてもらったんだ。南アフリカって11言語くらい話されているらしいんだけど、彼がそのうちのどの言語で歌詞を書いたのかはわからない。僕はもちろんその言語を理解できないから、内容を知るために英語に訳してもらわなければいけなかったしね。彼の音楽には本当に強い感情が込められているんだ。僕は自分が音楽を聴くときに感情を求める。だから、自分の音楽にもそれをもたせたいと思って彼を選んだよ。彼とのコラボは僕にとって、一緒に演奏をしたことのないミュージシャンとの初めてのコラボだった。これまでお互いをそこまで知らないアーティストと一緒にコラボしたことはなかったからね。でも、今回は彼を招くことが重要だと思ったんだ。前に南アフリカに行ったときに南アフリカの音楽シーンの素晴らしさ、彼らが作る音楽の素晴らしさを知って、とにかくボンゲジウェと一緒に作品を作りたいと思ったんだよ。

いま自分がいる場所にたどり着くまでに、僕たちは様々な決断を下してきた。誰もがそれぞれに全く異なる旅路を歩んできた。このアルバムは僕たちがいまいる場所にたどり着くまでに通過しなければならなかった様々なチェック・ポイントのようなもの。

彼とはどのようにして一緒に仕事をする機会を得たのでしょう?

アルファ・ミスト:まず、僕が彼の音楽を見つけたんだ。どうやって見つけたのかまでは覚えてないけど、スポティファイとか、オンラインのどこかだったと思う。僕はフォーク・ミュージックを演奏している黒人ミュージシャンに興味があるんだけど、ギターを使ったアフリカ音楽を探していたときに彼の音楽を見つけたんだ。聴いてすぐに、すごく良いと思った。そしたら、ラッキーなことに僕のマネージメントが彼と以前仕事をしたことがあって、彼らがボンゲジウェに連絡してくれたんだ。

“サイクルズ” はあなたのエレピにギターやサックスなどが絡んで織り成すメランコリックなサウンドが特徴的です。『ブリング・バックス』やそれ以前からもこうしたダークで抒情的なサウンドがあなたのトレードマークと言え、それは映画音楽にも通じるものですが、こうしたサウンドの原風景となっているものは何でしょう?

アルファ・ミスト:多分、それだけが僕が作れるサウンドなんじゃないかな。僕はヴィジュアル・アートに興味があるし、さっきも言ったけど僕にとって感情と音楽は繋がっているから。僕が興味を持っていること、夢中になっていること、感じていることが自然と音楽に反映されているんだと思う。音楽を作るときは、できるだけ自分に対して正直で、リアルである必要があると思うんだよね。僕はそうやってアルバムを作ってきたから、多分僕が持っている感情が音楽に伝わって、そのヴィジュアルを思い起こさせるものができ上がってるんじゃないかな。

意識的にそのようなサウンドを作ろうとしているわけではないんですね?

アルファ・ミスト:そうではないね。もちろん、数学的に音楽を作ることもきっと楽しいとは思うけど。僕自身もドラムだけはグルーヴやリズムを計算して作ってる。僕にとってドラムはすごくテクニカルなもので、結構特殊な考え方でリズム・パターンのことを考えるから。でもハーモニーに関してはほとんどがフィーリングなんだ。ピアノもギターもそう。ドラムと違って僕はピアノの全てを知らないし、技術的に正しく弾くことができない。知らないことも多いし、自分の頭の中にあるものをどうにかそれを使って表現してみようという段階にいるんだ。でも、それが逆にいいと思う。決まりを知ってしまうと、そこから動けなくなってしまうからね。あえてマスターし過ぎず、新しいことを自分で自然に発見し続けていくほうがいいと思うんだ。

“ゲンダ” は民族音楽調の作品で、土着的なリズムが特徴です。アフリカ音楽など何か題材となっているものがあるのでしょうか? ロンドン生まれの黒人第2世代として、あなたのルーツが反映されているのかなと……

アルファ・ミスト:僕の母親はウガンダ出身で、僕はロンドンで生まれたけど、家系的にはウガンダ人。そしてウガンダ語で、「Genda(ゲンダ)」というのは「Go Away(あっちへ行きなさい)」という意味。子どもの頃、母はよく僕にウガンダ語で話しかけてくれた。母が話していたのはウガンダで話されている言語のひとつ、ルガンダ語。僕はその言葉を理解することはできたんだけど、英語で返事をしても通じるからルガンダ語を自分で使うことはなく、学ぶ必要性もなかったから話すことはできないんだ。子どもに話すときって、指示することが多いよね? だから最初に覚えたのは、「止まれ」、「こっちに来なさい」、「あっちへ行きなさい」だった。でも “ゲンダ” は「消えろ」みたいな厳しい言葉ではなくて、遊び感覚で使う感じ。僕にとってこれは親近感がある言葉で、母がそう言っていたのをよく覚えているんだ。
“ゲンダ” では僕の姪っ子が一緒に歌ってくれている。彼女に歌ってほしかったんだ。僕と姉はロンドンで生まれたけど、親がウガンダ生まれだった。でも姪っ子は、もちろん僕らの次の世代で、親からさえもルガンダ語を聞かずに育つわけだよね。“ゲンダ” を聴いたら、ウガンダの人たちは「それは正しいアクセントじゃない」ってきっと言うと思う。でも、ロンドンに住んでいる僕らにとってはあれが僕らのアクセントなんだ。僕にとっては正しい発音はどうでもよかった。それよりも、僕にとってリアルなものにするほうが大切だったからね。ウガンダに行ってウガンダの聖歌隊に歌ってもらうことだってできたのかもしれないけど、それは僕がしたいことではなかった。そうじゃなくて、姪っ子にそのフレーズを教えて、ふたりで一緒に歌いたかったんだ。それが、僕たち家族の言語だから。あれは楽しい経験だったし、曲を想像以上にリアルにしてくれたと思う。

サウンド的にも参考にしたものは特になかったですか?

アルファ・ミスト:もしかしたら、リズム的にはアフリカ音楽の影響を受けているかもしれない。でも僕にとっては、全てがアフリカの影響だと言えるんだけどね。だって、僕はアフリカ人だから。まあでも、ビートは特にアフリカ音楽の影響があると思う。アフロ・ビートみたいなフィーリングかな。あの曲のハーモニーはすごく感情的で、コーラスはどちらかといえば悲しい感じだと思うんだけど、ビートはすごく生き生きしていて、僕にとっては南アフリカのアマピアノを思い起こさせる。生き生きしたビートと静かで悲しげなハーモニーの組み合わせ。実際のアマピアノとは全然違うかもしれないけど、僕自身があの曲を説明するとしたらその言葉を使うかな。

“BC” はマハヴィシュヌ・オーケストラのようなジャズ・ロックで、“ヴァリアブルズ” もジェイミー・ホートンのギターがジョン・マクラフリン張りに印象に残ります。マハヴィシュヌ・オーケストラやリターン・トゥ・フォーエヴァーなど、1970年代のフュージョン・サウンドが何かあなたに影響を及ぼしているところはありますか?

アルファ・ミスト:僕にとっての1970年代の魅力は、70年代に作られた5枚、10枚、15枚のアルバムがあったら、そのどれもが全然違う作品であり得ること。だから、“70代フュージョン” って言葉があるんだよ。ジャンルをどうカテゴライズしていいかわからない音楽がたくさんあったから。ギターが3本あっても4本あってもいい。それくらい何でもアリだったからね。マハヴィシュヌ・オーケストラもそうだった。ディストーションのかかったギターの上にストリングスが乗せられ、ドラムもあったり。あの頃は、全ての人びとが自分独特のアプローチを持っていた。僕はあの自由なアプローチとスピリットに影響を受けていると思う。“BC” はジャングルやドラムンベースの影響も受けている曲だけど、演奏のアプローチは70年代と同じで、ほとんどが即興なんだ。演奏してみるまで何が起こるかわからない。そして何かが起これば、それをそのまま活かす。そんな感じ。それは僕が好む音楽へのアプローチで、よく人びとは僕の音楽をジャズと呼ぶけど、ジャズではそうしたことがしょっちゅう起こっている。この曲では、ジャズ・ミュージシャンや70年代のフュージョン・サウンドのアーティストのように、自分がやりたいことを数分間やり続けて音楽を作っていく、というアプローチとスピリットをエンジョイしているんだ。

“4th Feb(ステイ・アウェイク)” はロイ・エアーズのようなメロウ・グルーヴにラップをフィーチャーしています。一方で後半から女性のワードレス・ヴォイスとストリングスが登場し、前半とはまた異なるムードを持つ楽曲となっています。こうした異質の要素を融合するところもあなたの才能のひとつだと思いますが、いかがでしょうか?

アルファ・ミスト:あの曲ではラップがチェロの四重奏に変わる。あのチェロの部分では、ペギー・ノーランっていうチェロ奏者に参加してもらったんだ。僕は人が予測できないことをするのが好きなんだよね。例えば、まさかラップが最後にはストリング・カルテットに変わるなんて、誰も考えないと思う。そこで、僕はラップもストリングスも好きだから、それをひとつの曲で取り入れることにしたんだ。そのふたつを分けないといけないという決まりはないしね。ラップのトラックって普通の曲と違って実はいろいろなものが共存できるものだと思うんだ。それがヒップホップだと僕は思う。僕が音楽を作り始めたときは、映画のサントラを持ってきて、そこにドラムやベースを乗せたりなんかもしてた。でもいまは最初から自分で作っているので、もっといろいろなことができるんだよね。自分が好きなものを、気分次第で好きに組み合わせることができる。それが楽しいんだ。

最後に、リスナーに向けて『ヴァリアブルズ』が持つメッセージをお聞かせください。

アルファ・ミスト:僕からのメッセージは、この世には様々な方法や道があるということ。いま自分がいる場所にたどり着くまでに、僕たちは様々な決断を下してきた。そして、誰もがそれぞれに全く異なる旅路を歩んできた。このアルバムは、僕たちがいまいる場所にたどり着くまでに通過しなければならなかった様々なチェック・ポイントのようなものなんだ。その過程であらゆる可能性を探っている。さっきも言ったように、10曲のトラックとは10種類のアルバムができる可能性だからね。

ありがとうございました。

アルファ・ミスト:ありがとう。6月に来日して、ショーで皆に会えるのを楽しみにしているよ。

アルファ・ミスト来日公演情報

6月5日(月):Billboard Live OSAKA
6月7日(水):Billboard Live TOKYO
6月8日(木):Billboard Live YOKOHAMA

詳細はこちら:https://smash-jpn.com/live/?id=3896

NAKAMURA Hiroyuki - ele-king

 なんて爽やかな「ピアノ・アルバム」だろう。
 綺麗で、楽しい。伸びやかだけど、整っている。風のように爽やかで、透明なピアノ。「音楽」を全身で追求し、そしてそれを楽しんでいるさまが、音のすみずみから聴こえてくる。

 なんて精密な「ピアノ・アルバム」だろう。
 コード、旋律、演奏、サウンド。そのすべてが計算され、磨き上げられ、傷ひとつない結晶体=サウンドスケープを形成している。映画のように味わい深い音響がここにある。

 NAKAMURA Hiroyuki のソロ・アルバムを聴いて、まずはそんなことを思った。リリースはブルックリンのレーベル〈Youngbloods〉。

 NAKAMURA Hiroyukiは、ピアニスト、電子音楽家、作曲家である。彼はサックス奏者にしてミキシング・エンジニアの宇津木紘一とのエレクトロニカ・ユニット UN.a のメンバーとしてエレクトロニカ・ファンによく知られた存在だ。

 NAKAMURA Hiroyuki のソロ・アルバムを聴き、私は彼は作曲・演奏家としても一流だが、音響作家/サウンド・デザイナーとしても卓抜したセンスと技量を持っていると確信した。とうぜん、音楽も徹底的に分析している。
 だが彼の音楽は実験のためだけにあるわけではない。その音には「音楽へのよろこび」にあふれている。これが重要だ。

 華麗さと緻密さ。喜びと分析。音楽と音響。
 そのふたつが共存することに、まったく矛盾がない作品である。どうしてだろう?と思いつつ、NAKAMURA Hiroyuki のnoteを読んでいると次のようなことが書いてあった。少し長くなるが大切なことなので引用しておきたい。

あなたとの距離。

複雑さを受け入れていく音楽。

 クラシック、ジャズ、エレクトロニカ、音響が一つの物語となった新しいピアノの表現。
 シューマンの「子供の情景」にインスパイアされ制作しました。

電子音は全てピアノの音から制作されています。

 「複雑さを受け入れること」。
 この言葉に本作のすべてがあると思った。音と音の複雑な交錯。その「複雑さ」にこそ、音楽の美しさがある。いや音楽の未来があるとでもいうべきか。われわれの耳は多様な音のうごきを感じることができるのだ。このアルバムは、われわれの耳の可能性を信じている。「あなたとの距離」。

 しかも驚いたことに「電子音」はすべてピアノから作られた音なのだという(!)。これには驚いた。もちろん技術的には可能なことなのだろうが、本作を「ピアノ・アルバム」とするという「意志」に驚いたのだ。
 さらに重要なのは、シューマンの「子供の情景」にインスパイアされているという点である。あのシューマンのロマンティックなピュアで、「子供の心を描いた、大人のための作品」という曲に。まさに本作のようではないか。

 彼はこうも書いている。

本アルバムは、シューマン以外にもフランクオーシャンの[ブロンド]から影響を受けています。 また、アジア人であることを意識し、ノイズと捉えられる音も意図的に取り入れています。

 この作曲者自身の言葉を読むと、このアルバムについて明晰に説明されており、もはや何も書くことがないように思える。ロマンティックなピュアさ(シューマン)。深いアンビエンス(フランク・オーシャン)。そしてアジア的なノイズへの意識/感覚。

 アルバム1曲目 “Distance” は環境音的な音から幕をあける。その後、滴り落ちるようなピアノといくつもの心地よいノイズが折り重なり、踊るように楽しげなピアノ演奏になる。SF的な仮想空間における輪舞曲のようなピアノ曲だ。
 2曲目 “Sing” はジャズとも無調とも印象派的ともとれる静謐な端正なピアノに微かにミニマムなノイズが絡みあう曲だ。3曲目 “Lay” はダイナミックなアルペジオから始まる力強い曲である。
 以降、アルバムは変装と即興と作曲を織り交ぜながら、蒼穹のごとき爽やかな和声と煌めくような旋律と、映画のように味わい深く精密なサウンドスケープを同時に展開する。
 海外のヨハン・ヨハンソンやニルス・フラームのポスト・クラシカル勢とは異なるジャズ風味がミックスされた新しいクラシカル・ミュージックとでもいうべきか。

 アルバム中、もっとも気になった曲は、やや暗い曲調で展開する6曲目 “Tomtom” だ。20世紀後半のクラシック音楽的な無調の響きが、やがてジャズ的な響きに変化し、ドローンやアンビエンスが変化していく。さまざまな音が折り重なるが、静謐なムードは保たれる。
 いうならば静かなエモーショナルとでもいうべきか。いくつもの相反する要素が静かな水面のむこうに渦巻くように展開している曲に思えた。
 どうやら NAKAMURA Hiroyuki が20歳のときに作曲した曲のようである(https://note.com/bbmusic/n/n9404e596804d)。私はカオスの先に、最後の最後に表出するエレガンスなピアノがたまらなく好きだ。

 やがて最終曲にしてアルバム・タイトル曲でもある7曲目 “Look Up At the Stars” へと至る。煌びやかで華やかに始まったこのアルバムは、うす暗い陰影に満ちた音世界(ノイズと音楽の交錯)を抜けて、静謐にして透明な音楽世界へとに行き着くわけだ。
 ノイズですら光景のひとつとして認識するアジア的な感覚と西洋の構築された音楽・和声の交錯のはてに行きつく、静謐な星空のような音世界に。

 この美しい音楽の結晶体を簡単に表現するなら、こうなる。
 
 春風か夏の空のような爽やかな「ピアノ・アルバム」。
 心の奥深く潜っていくような静謐な「ピアノ・アルバム」。
 映画のようなサウンドスケープを展開する緻密な音響の「ピアノ・アルバム」。

 そしてこの相反する三つのエレメントがまったく矛盾することなく交錯する点が重要なのだ。音楽と音響の豊かさの結晶とでもいうべきかもしれない。

 繰り返し聴き込むほどに、発見と味わいが増してくるアルバムだろう。ピアノのクリスタルな音、華麗な演奏と旋律、細やかで静謐なサウンドスケープ。そのどれもが耳に染み込んでくるような美しく、心地よい。
 「新しいモダン・クラシカル・ミュージック」がここにある。ぜひとも多くの人の耳を潤してほしいアルバムだ。

Liturgy - ele-king

 ピンクパンサレスやニア・アーカイヴズがドラムンベースを、オリヴィア・ロドリゴや WILLOW がポップ・パンクを再編集しリヴァイヴァル・ヒットさせたというのは、つまりマチズモの解体や柔軟なサウンド演出には少なからず女性性に立脚した視点が必要だったということだろう。ヒップホップにおいてジャージー・クラブのリズムを導入し、ラップ・ゲームに軽やかさという新たなムードを打ち立て TikTok を賑わせているのは、海外だとアイス・スパイスであり国内だと LANA である。クィアな世界観を持ち込むことで、ラウド・ロックにおいて近いことを成し遂げているのはマネスキンかもしれない。

 では、メタルといういささか異質なジャンルにおいてはどうだろうか。メタルは基本的に重さ/速さ/激しさといったエクストリーム化を志向するため、軽やかさというベクトルを欲していない。けれども、実は一部のジャンル内ジャンルにおいては、極めて早い段階からメタル的価値観に対する解体が試行錯誤されていた事実を忘れてはならない。

 それがまさしく、本稿のテーマとなるブラック・メタルである。サタニックな世界観とともに惨烈なニュースばかりが紹介されがちなこのジャンルだが、実は以前から非常に包括的かつ柔軟な音楽性を持ち合わせていた。90年代にデビューしたメイヘムや Dødheimsgard に始まり、ブラックゲイズの先駆者となった00年代のブルート・アウス・ノートに至るまで、シンセサイザーを中心とした電子音、メタルらしからぬ過度なリヴァーブ、現代音楽やジャズといった異ジャンルの音楽性を貪欲に取り入れ、いわばブラック・メタルという枠組みの内側から練り上げる形で前衛性を獲得していったバンドが多く存在したのである。メタル音楽を表現する際に頻繁に使われる「ソリッドな」「メリハリの効いた」「アグレッション」といった言葉は、つまりメタルが攻撃的かつ切れ味あるサウンドで空間を切り裂き明確な境界を提示するがゆえの表現だが、その境界線をやや曖昧なニュアンスで滲ませてきたのがブラック・メタルではないだろうか。

 もっとも、この音楽が優れた曖昧さを最も効果的に発揮するのは2010年代以降のことである。ブラック・メタルの包括性という側面において決定打となった一手が、2013年リリースのデフヘヴン『Sunbather』であることに異論を唱える者はいまい。彼らはメタル的な輪郭の生成に対し本格的な揺らぎを持ち込んだが、むしろそれはブラックメタルだったからこそ成立したとも言えるだろう。いつの時代においても越境的/抽象的な音を奏でるバンドに対しては批判の声が大きいメタル・シーンだが、このジャンルはある程度そういった議論の余地を用意しながらも自律的で前向きな成長を遂げてきたように思う。だからこそ、近年は、ジェンダー観点でのアイデンティティの揺らぎ~確立をブラック・メタルという様式に投影した作品を作り上げるような動きが一部で見られている。アンビエンスなムードを漂わせながらミニマルな音でアプローチする女性SSWのチェルシー・ウルフ、性的暴行を受けた経験により合意なきセックスへのアンチテーゼを楽曲へ反映し続ける GGGOLDDD、トランス女性としてブラック・メタルの成分を吸収し無秩序なキメラ・サウンドをぶちまけるジ・エフェメロン・ループなど、枚挙に暇がない。そして、その代表的な人物となるのが、リタジーの中心を担うラヴェンナ・ハント・ヘンドリクスである。

 2020年5月にトランス女性であることを公表したラヴェンナは、リタジーを率いながらこれまで5枚のアルバムをリリースしてきた。6作目となる最新作『93696』では、バンドが試してきたあらゆるアプローチ──哲学をもとにした深遠なコンセプト、重層的なトレモロ・ギター、絶え間ないクレッシェンド、トラップのリズム、突如挿入されるグリッチ音、壮大なオーケストレーション、現代音楽を参照したような不協和音──それら全てを融合させることで、集大成的な彩りを見せている。冒頭の “Djennaration” から、ヒップホップを間に挟みつつシンフォニックな攻撃性がシームレスに繋がれるさまに驚くほかない。以前から「ブラック・メタルはロックというフレームとその楽器を使ってクラシックを作るもの」と発言してきたラヴェンナらしく、本作もアルバムはいくつかのまとまり≒楽章に分かれ、楽器のみで世界観を構築していくインスト曲も多く収録されている。執拗な反復とその先にある上昇が解放感を生み出すという点で、そもそものメタル作品としての完成度が高い。リタジーの最高傑作であるのはもちろんのこと、近年のメタル・シーンを見渡しても指折りの出来だろう。

 けれども、『93696』が胸を打つ理由はそれだけにとどまらない。まず、破裂するかのような勢いで叩かれるドラムの音がプリミティヴに響くさま、そのクリアな質感が生々しいフィジカリティを表出させる点。次に、ドラムにとどまらず、バンド・サウンドを形成する鮮やかな音それぞれが緊張感に支えられ均衡している点。ラヴェンナが「バンドの一体感が欲しかったから、今回はよりライヴに近い音で録りたいと思った。もともとこのバンドのバックグラウンドがパンクだったということもあるんだけど、アルバム自体がこうしたライヴ感で作られることが最近非常に少なくなってきているからね」と述べている通り、肉体性を獲得するようなパンクの要素に加え、各楽器の力関係が拮抗しバランスが釣り合い保たれるようなサウンドが鳴っているのだ。その効果は、プロデュースに入ったスティーヴ・アルビニ、ミキシングを担当したセス・マンチェスターの力量によるところが大きいのだろう。

 そして以上のようなアプローチは、ブラック・メタルの様式に対するクリティカルな打ち手にもなり得る。ひとつは、ときに思想を強く投影したコンセプトによって観念的になりがちなこのジャンルに対し、地に足の着いたフィジカリティを与えるという意味で。「独りブラック・メタル」という形容があるように、このジャンルにはたとえバンド編成であったとしても中心人物のワンマン・プロジェクトと化しステートメントのBGMとして楽曲が添えられてしまうような倒錯性がある。本作はその倒錯を振り払い、パンク由来の肉体感を巡らせることに尽力する。さらにもうひとつは、トレモロ・ギターとブラスト・ビートの応酬により極端に偏重しがちなサウンドに対し、「調和」という反‐ブラック・メタルとも言える均衡を作り出しているという意味で。クリアなバンド・サウンドを構成するどの楽器についても均等に音が引き出され緻密なバランスを保つがゆえに、極めて繊細な音の鳴りに浸ることができる。

 リタジーは、リスナーを自己発見と自己実現に向かわせることをステートメントに掲げているからこそ、『93696』はただただ圧倒的な完成度を誇示する「だけ」の作品ではない。本作は、既存のブラック・メタルの方法論を踏襲しながらも、パンク由来の肉体性と繊細な均衡によって反‐ブラック・メタルとしての魅力を奏でるのだ。ジャンルに倣いながらもジャンル内で揺らぎ前衛を編み出していくこと──それは、まさしくリタジーとしての活動を展開していく中でトランス女性であることを公表することになった、ラヴェンナ自身の姿と重なりやしないだろうか。『93696』はラヴェンナのアイデンティティが存分に反映された、メタルというジャンルのジェンダー観を捉え直すには格好の、重要な作品である。

Yo La Tengo - ele-king

 COVID-19というパンデミックがもたらした衝撃は、三波にわたり音楽を襲ったようだ。

 第一波は、フィオナ・アップルの『Fetch the Bolt Cutters』のようなアルバムで、パンデミック以前に作曲・録音されたものだが、閉塞感や孤立というテーマ、また、自宅で制作されたような雰囲気が、ロックダウン中のリスナーの痛ましい人生と、思いもかけぬ類似性を喚起した。

 第二波は、2020年の隔離された不穏な雰囲気の中で録音された作品群のリリース・ラッシュである。ニック・ケイヴとウォーレン・エリスの『Carnage』のように、緊張感ただよう分断の感覚を音楽に反映させたケースもあった。ガイデッド・バイ・ヴォイシズの『Styles We Paid For』では、離れ離れになってしまったロック・ミュージシャンたちが、電子メールで連絡を取り合いながら、デジタルに媒介された現代において失われつつある繋がりについて考察している。また、パンデミックによるパニック状態を麻痺させようと、アンビエントな音の世界に浸ることで、絶叫したくなるような静けさの中に安心感を生み出そうとしたアーティストたちもいた。ヨ・ラ・テンゴが短期間でレコーディングした、即興インストゥルメンタル・アルバム『We Have Amnesia Sometimes』の引き延ばされたようなテクスチャーとドローンは、一見するとこの後者の反応に当てはまるように思われる。

 しかしながら、この作品は、パンデミックが音楽にもたらした第三の波、つまり、リセットと再生という方向性を示しているのかもしれない。そこで登場するのが、このバンドの最新アルバム『This Stupid World』である。

 ヨ・ラ・テンゴについて、「過激な行動」や「激しい変化」という観点から語るのは、誤解を招く印象を与えるかもしれない。このバンドは、1993年の『Painful』で自身のサウンドを確立して以来、30年間にわたってその領域を拡張してきたわけだが、彼らがいままでに作ってきたどんな楽曲を聴いても、すぐに「これはヨ・ラ・テンゴだ」とわかるバンドである。それは、彼らの音楽がすべて同じに聴こえるという意味ではなく、彼らがいま占めている領域が、紛れもなく彼らのものであるように感じられるということだ。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドが、わずか5枚のアルバムで切り開いた道は、いまやヨ・ラ・テンゴが20枚近いアルバムで包括的に探求し、拡張しており、たとえ彼らがその道の先駆者でなかったとしても、ヨ・ラ・テンゴこそがこれらの道を知り尽くした、影響力ある道案内だと言っても過言ではないだろう。

 簡単に言うと、ヨ・ラ・テンゴは自分たちがどのようなバンドであるかを理解しているのだ。彼らが長年にわたって起こしてきた変化というのは、総じて、甘美なものと生々しいものの間の果てしない葛藤に対して、様々な取り組みをしてきたことによる質感の移り変わりであると言える。彼らは、身近にあるツールを使って、角砂糖から血液を抽出するための様々な方法を模索してきたのだ。そして、ここ10年間は『Fade』や『There’s a Riot Going On』のようなアルバムにおいて、その過程のソフトな一面の中に、彼らが抱えている様々な不安を包み込んでいる傾向があった。

『We Have Amnesia Sometimes』は、ある意味、そのような優しい世界への旅路の集大成のように感じられた。だが一方で、この作品は、メンバーだけが練習室にこもり、中央に置かれた1本のマイクに向かって演奏したものが録音されたという、非常に生々しいアルバムでもあった。その撫でるような感触は確かに心地良いものだったが、このアルバムはメロディーを削ぎ落とし、彼らがノイズと戯れ、ポップな曲構造から完全に遊離したもので、ジョン・マッケンタイアがプロデュースを手がけた『Fade』にあった滑らかなストリングスのアレンジメントからは完全にかけ離れていたものだった。それはリセットだったのだ。

 では、『This Stupid World』はどのような作品なのだろうか。バンドは今作のプロダクションにDIY的なアプローチを全面的に取り入れており、7分間のオープニング曲 “Sinatra Drive Breakdown” から、かすれたような、粘り強い前進力がこのアルバムに備わっている。規制が緩和され、パンデミックより先のことが考えられるようになったとき、音楽シーンにいる多くの人が感じたものがあったが、それは、周囲の快適さが、抑圧されていた衝動に取って変わり、その衝動が爆発する出口を求めているという感覚だった。この曲はその感覚を捉えている。新鮮な気持ちで世界へと飛び出し、全てを再開するという感覚。再び人と会い、再び何かをしたいと思い、再び一緒に音を出す。もう2年も無駄にしてしまったのだから、いまこそが、それをやるときなのだ。

 同時に、ヨ・ラ・テンゴが確実にヨ・ラ・テンゴであり続けていることは、決して軽視すべきことではない。A面の最初の数秒から、ヨ・ラ・テンゴであることはすぐに認識でき、彼ら自身もそのことに対して完全な確信を持っている。『This Stupid World』は、彼らの過去30年におけるキャリアのどの時点でリリースされてもおかしくないアルバムであり、誰にとっても驚きではなかっただろう。このアルバムの48分間は、3面のレコード盤という、通常なら忌まわしいフォーマットで構成されているのだが、ヨ・ラ・テンゴらしい遊び心と妙な満足感がある。A面は、ゾクッとするようなディストーションと力強い威嚇が暗闇から唸り声を上げ、2曲目の “Fallout” はバンドがこれまで書いた曲の中で最も快活で生々しいポップ・ソングであり、A面を締めくくる “Tonight’s Episode” は、絶え間なく鳴り続けるフィードバック音の中、シンプルなグルーヴが柔らかに跳ねている。B面では、ジョージア・ハブリーがヴォーカルを取って代わり、“Aselestine” では最も甘美なスポットライトが彼女に当たり、ヨ・ラ・テンゴの抑えの効いたサウンドへの基調が打ち出されていく。そして、最終的には、メロディーと、むさ苦しいノイズ・ロック、テクスチャーのあるドローンといった、彼らのコアとなるスタイルへと回帰する。B面の最後は、永遠にループする仕様(ロックド・グルーブ)になっており、これはちょっとしたイタズラ心か、あるいはアルバム最後の2曲を聴くために、最後のレコードを取り出す時間をリスナーに与えるためのものだろう。

 最後の面では、ヨ・ラ・テンゴのノイズ・ロック的な側面がさらに深く掘り下げられており、何層にも重なったフィードバックとディストーションの中にリスナーを没入させていく。“Fallout” が、はるか彼方の海底からつぶやくように再び現れると、音楽は音程を外すように溶け出し、シンセ・ドローンの疲れながらも希望感ある流れに取って代わり、その雰囲気からデヴィッド・リンチを彷彿とさせるようなドリーム・ポップが浮き彫りになる。この2曲は、このアルバムを見事に締めくくるトラックであり、ここ数年ロウが追求してきた、激しい音の暴力と心が震えるような美しさの衝撃的な共存というものに、ヨ・ラ・テンゴがいままでになく近づいていることを示す2曲ではないだろうか。だが彼らはそれをヨ・ラ・テンゴらしく、最初から最後までやり遂げている。彼らは自分たちが何者であるか知っているが、『This Stupid World』では、その認識がより一層強く感じられるのだ。


by Ian F. Martin

The shock to the system delivered by the COVID-19 pandemic seems to have hit music in three waves.

The first was with albums like Fiona Apple’s “Fetch the Bolt Cutters”, written and recorded before the pandemic but where the theme of being trapped and the secluded, homemade atmosphere evoked unexpected parallels with the bruised lives of locked-in listeners.

The second was the initial rush of releases that were recorded in the atmosphere of isolation and unease of 2020. In some cases, like Nick Cave and Warren Ellis’ “Carnage”, this meant channeling that tense sense of fragmentation into the music. In Guided By Voices’ “Styles We Paid For” it meant dispersed rockers working by email to reflect on the loss of connection in digitally mediated lives. Others sought to anaesthetise the panic, using ambient sonic furniture to craft a sense of security out of the screaming silence. It’s this latter response to the situation that the drawn-out textures and drones of Yo La Tengo’s speedily recorded, improvised instrumental album “We Have Amnesia Sometimes” seemed on the face of it to fall into.

However, it perhaps also points the direction towards a third wave of influence brought to music by the pandemic: one of reset and even rejuvenation. It’s here that the band’s latest album, “This Stupid World” comes in.

Talking about Yo La Tengo in terms of radical moves and sharp shifts often seems like a misleading way to discuss them. This is a band where, at least since the expansion of their sound mapped out in 1993’s “Painful”, you can hear almost anything they’ve done over those thirty years and instantly know it’s them. This is not to say that their music all sounds the same so much as that the territory they occupy now feels so indisputably theirs. Paths blazed by The Velvet Underground over a mere five albums have now been explored and expanded by Yo La Tengo so comprehensively over nearly twenty albums that even if they weren’t the first, they’re these roads’ most immediately recognisable travellers and most influential stewards.

To put it simply, Yo La Tengo know what sort of band they are. The ways they have changed over the years have generally occurred in the shifting textures of their varying approaches to the endless struggle between the sweet and the raw — in finding different ways, with the tools at hand, to get blood from a sugarcube — and over the past decade or so, albums like “Fade" and “There’s a Riot Going On” have tended to wrap up whatever anxieties they have in the softer side of that process.

In some ways, “We Have Amnesia Sometimes” felt like a consummation of that journey into gentle fields. It was also a very raw album, though, recorded by the band alone in their practice room, playing into a single centrally placed microphone. There was certainly something soothing about its caress, but it was an album that stripped away melody and let them play with noise, liberated entirely from pop song structures — as far as the band has ever been from the smooth string arrangements of the John McEntire-produced “Fade”. It was a reset.

So what does that make “This Stupid World”? Well, the band have fully embraced a DIY approach to production, which from seven-minute opener “Sinatra Drive Breakdown” gives the album a scratchy, insistent forward momentum. It captures that feeling many of us in the music scene felt as restrictions relaxed and we start thinking beyond the pandemic, the comfort of the ambient giving way to a repressed urgency seeking an outlet from which to explode. The feeling of lurching out into a world where we are starting again, fresh: meeting people again, wanting to do something again, making a noise together again. We’d wasted two years already and now was a time to just do it.

At the same time, it’s important not to understate the extent to which Yo La Tengo are always definitively Yo La Tengo. From those first few seconds of Side A, the band are immediately recognisable and completely assured in themselves — “This Stupid World” is an album they could have released at any point in the past thirty years and surprised no one. Even in how the album’s 48 minutes are sequenced over the usually cursed format of three sides of vinyl manages to be both playful and strangely satisfying in a distinctly Yo La Tengo way. Side A growls out of the darkness in squalls of thrilling distortion and reassuring menace, second track “Fallout” as fizzy and raw a pop song as the band have ever written, and side closer “Tonight’s Episode” hopping softly around its simple groove beneath a constant hum of feedback. Side B flips the story with Georgia Hubley taking vocals for one of her sweetest spotlight moments in “Aselestine”, setting the tone for a tour through the band’s more sonically restrained side, eventually returning to their core conversation between melody, skronky noise-rock and textured drones. It ends on a lock-groove — perhaps born from a sense of mischief or perhaps to give the listener time to whip out the last disc for the final two songs.

The final side digs even deeper into Yo La Tengo’s noise-rock side, immersing the listener in layers of feedback and distortion, “Fallout” reappearing in a distant, submarine murmur before the music slips out of tune and dissolves, giving way to tired but hopeful washes of synth drone, crafting Lynchian dreampop out of the the ambience. These two tracks make for an intriguing exit to the album, and together form perhaps the closest the band have yet come to the devastating coexistence of harsh sonic violence and heart-stopping beauty explored over the last few years by Low. They way they do it is Yo La Tengo all the way, though: they know who they are, but on “This Stupid World” they’re just more so.

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