「PAN」と一致するもの

Spekki Webu - ele-king

 札幌を拠点に活動を続けてきたテクノDJの OCCA が、次世代のサイケデリック電子音楽シーンを語る上で欠かすことができない2人の重要人物を招聘し、革新的でユニークな電子音楽イベントを創ろうとしている。今回ゲストに招聘されたのは、〈MIRROR ZONE〉を主宰する SPEKKI WEBU と PYRAMID OF KNOWLEDGE 名義でカルト音楽愛好家に知られる K.O.P. 32 の2名だ。未知なる最先端の音楽を制作し、演奏する彼らが、東京と大阪のダンス・ミュージック・シーンを根底から揺るがすことは間違いないだろう。
 両者は今回、7月27日(木)に東京のストリーミング・スタジオ SUPER DOMMUNE(こちらは SPEKKI WEBU と OCCA の出演)、28日(金)に VENT を会場に OCCA の盟友である YSK と共に主催する《SECT》に出演。その後29日(土)には、CIRCUS OSAKA を会場にした OCCA による新シリーズ《PARHELION》に登壇し東西を廻る予定だ。
 そしてこの度、初めてのジャパン・ツアーを敢行する SPEKKI WEBU に来日前インタヴューのチャンスが頂けた。先日、台湾にて開催された《Organik Festival》でも OCCA と顔を合わせていた2人が、どのように意気投合し、今回のイベントがどのようなコンセプトを持っているのか持っているのか、少しでも伝われば嬉しいと思う。


「海を超えた地でダンス・ミュージックのBPMが加速し、テクノあるいはトランス・ミュージックと形容される音楽への熱量が高まっている」と書けば、往年のファンはこのような文章を読むのは何度目のことだろうと思うかもしれない。確かに、海外で開かれている信じられないような大きさのダンスフロアで、BPMが150を超えるような音楽に人びとが熱狂的になっている動画がSNSで回ってくることは、もはや日常茶飯事となっているが、一部のアンダーグラウンド・シーンにいる人間は、これを単なる繰り返された流行、舵を失ったトレンドだとは認識していないだろう。米作家マーク・トウェインが語った「歴史は繰り返さないが、韻を踏む(History does not repeat itself, but it rhymes)」という言葉がしばしば歴史学で引用されるように、それと同様のことがこの複雑化した音楽シーンにおける変遷を形容することもできると思う。そこには確かに、大きな流れ=トレンドの影響がある一方で、同時にこの時代でしか生まれない特有の “うねり” が存在している。つまりこの「BPMの加速化」は、文化的な需要を満たしつつも、過去にはないほど画期的で、いまだかつて体験したことのないようなサウンドと共に起きている現象であると言い換えることができるだろう。

 オランダ出身の SPEKKI WEBU は、まさにその “うねり” を、最前衛で創り続けているクリエーターの1人として、多くの信頼あるDJから認識されている。彼は、この加速化するテクノ/トランスといったムーヴメントを牽引する中で、〈Amniote〉や〈Positive Source〉といった新興ダンス・ミュージック・レーベルから作品を発表し、自身が主宰するレーベル〈MIRROR ZONE〉からは、トランス・ミュージックの系譜にありがらも、全く新しいDJプレイを可能にするツール的プロダクションを世に送り出してきた。また、ここ日本でも著名な Jane Fitz や Mama Snake、Konduku らと共にB2Bで共演してきた指折りの技巧派DJでもあるのだが、それは彼の音楽的ルーツにガバやジャングルといった幅広い音楽があり、ダンス・ミュージックの新しい可能性を拡張し続ける研究家であることが理由にあるのかもしれない。このインタヴューを通して、彼の音楽的ルーツと彼が捉えるダンス・ミュージックの新しい像が伝われば幸いだ。

■こんにちは、クリス! 元気ですか? まずは、あなたが育った街であるオランダのデルフト、そして大都市ロッテルダムについて教えてほしいです。デルフトはどのような街で、あなたはどのように過ごしましたか? また、どのようにしてアンダーグラウンドな音楽と出会いましたか?

SW:こんにちは、僕はとても元気だよ! 僕はデルフトという比較的に小さな街で育った。デルフトは地理的にロッテルダムとハーグというふたつの大都市に囲まれた大きな都市圏にあるところで、昔は父親と一緒に地元のレコード店によく音楽を掘りに行ったね。
 ここで初めてジャングルのCDを買って、それからエレクトロニック・ミュージックの旅がはじまった。周りはみんなハードコアなレイヴに行くか、ヒップホップを聴いていた。このときから僕はガバに興味を持ちはじめ、それらの音楽を集めるようになったんだ。
 僕が若い頃、デルフトにはいくつもの素晴らしいヴェニューがあって、そこではエレクトロニック・ミュージックの幅広い分野を紹介するような興味深いイベントがたくさん催されていた。僕が初めてダンスフロアに足を踏み入れたのも、そういった会場だったね。僕の友だちの多くは、街中や郊外のハードコア・ガバ・レイヴに行っていた。でも、ある程度の年齢になると、僕の興味は自分の住んでいる地域周辺の大都市(ロッテルダムとハーグ)に移っていった。
 ロッテルダムは、ガバ・ムーヴメントの勃興と形成に貢献した非常に重要な都市だ。面白いレイヴをやっているクラブやコミュニティ、サウンドシステムがたくさんある街でもある。だから僕はよくロッテルダムに訪れてライヴを見たり、面白いアーティストのプレイを見たりしていた。毎週末かなり長い期間、友だちたちとパーティーに行っていたんだ。この数年間は、エレクトロニック・ミュージックの世界を自分の中に形成し、自分を教育するのにとても重要な時期だったよ。

■あるインタヴューでは、あなたははじめにガバ・ミュージックに傾倒していたと書かれていました。それはいつ頃で、どのようにして遊んでいたのでしょうか? また、その後どのように現在のスタイルにたどりついたのでしょう?

SW:エレクトロニック・ミュージックに触れたのはかなり若い頃だったね。初めてジャングルのCDを買った後、すぐにガバ・ミュージックに触れた。90年代のオランダではすでに重要なカルチャーになっていたから、僕の周りの人はみんなこのスタイルのエレクトロニック・ミュージックを聴いていたよ。下に住んでいた少し年上の隣人はテープを集めていて、かの有名な音楽イベント《Thunderdome》のコンピレーションを聴いたのもこのときだった。これで新しい世界が開いたんだ。面白かったのは、ここに収録されていたトラックの多くに、ジャングルやブレイクビーツのリズムも混ざっていたこと。これはもちろん、ジャングル・ヘッズの僕にとっては天国のような組み合わせだった。
 それから音楽を集めはじめ、パーティーにもよく行くようになった。この時期からガバ・ムーヴメントに深く入り込むようになって、このジャンルの中にもっと実験的で面白いコーナーがたくさんあることを知ったんだ。インダストリアルでエッジの効いた、より深くてダークなサウンド。カルチャー、サウンド、ダンスフロア、インスピレーションの面で、いろんなことがとても面白くなりはじめた瞬間だった。この時期の音楽体験は、僕が後にDJとしてプレイするようになったとき、アーティストとして非常に重要な基礎となるものになったね。
 ロッテルダムとその周辺には、インダストリアル・ハードコア、ドラム&ベース、ノイズ、ブレイクコアなどの境界を越えた、小規模で親密かつ実験的なクラブ・ナイトを主催する会場がいくつかあったんだ。この時期は、多くのDJやライヴ・アーティストたちが、その境界線を破り、サウンドの面でよりストレートに、何か別のものへと進化させていた。興味深い新しいアーティストたちが押し寄せてきて、彼らが僕の関心の的だったんだ。僕は少人数の友人たちとヨーロッパ中を旅して、これらのアーティストの演奏をたくさん見に行った。アーティストとしての僕自身の教育やブループリントは、この頃に形成されたかもしれないね。

■あなたのDJスタイルはBPMの制限から逃れ、「リスナーの意識と鼓動に訴えかけるようなスタイル」を象徴しているように思います。多くの人が形容するように、あなたのセットに意識を集中していると、まるで地球から宇宙に発射するスペースシャトルのような感覚を得ることがありますが、現場ではどのようなことを考えながらセットを構築しているのでしょうか?

SW:どのスロットをどれくらいの時間プレイするかにもよるが、僕は時間をかけながら「リフトオフ」の瞬間に向けて緊張感を高めていくのがとても好きなんだ。特に長いセットを演奏するときは、呼吸を整え、ゆっくりと「特定のエネルギーのポイント」まで向かっていく。このポイントに到着したら、この原動力を保ち続ける。これが僕のセットにおいて最も重要なことだ。全体的には、まずマインドをリセットするストーリーを創る、それから未知への新たな旅に出るというストーリーだ。でも、さっきも言ったように、すべては自分の出番次第でもある。
 ロング・セットをやるときには、セットの途中で長いブレイクダウンをかけて、ダンスフロアと脳をリセットするのが好きだ。BPMが145くらいで進行しているところで、突然3分のアンビエント・トラックを流してダンスフロアをブレイクさせる。旅は必ずしもまっすぐ継続的に進む必要はない。既成概念にとらわれないようにすることは、DJとしてだけでなく、プロデューサー、ライヴ・アーティストとして、そして新しいオーディオ・ヴィジュアル・ショウにおいても、とても重要なことなんだ。

■いま述べていただいたように、あなたは特定の現場で、ドローンやサイケデリックなエクスペリメンタル、ダウンテンポまでを流すことが多いと思います。BPM、あるいはビートという概念について、どのような考えを持っていますか?

SW:BPMは、僕にはあまり関係ない。もちろん、いまのところ僕がプレイするのは夜のクロージング・タイムや遅い時間帯だから、僕のDJセットは速いペースになることが多い。ただ、僕にとって最も大事な要素はグルーヴ、深み、催眠術なんだ。BPMが80だろうが125だろうが160だろうが関係ない。プログレッシヴなグルーヴ感、根底にある隠れたリズム、ポリリズムの要素がすべてだ。僕が演奏するトラックの中には、とても不思議な音楽的な変化が起こっているので、セットを聴いた人は僕が実際にプレイしたBPMの速さに驚くということがよくある。その音楽的な変化によって、人びとは実際にそこまで速いBPMだとは認識しないんだ。これが「マインド・トリック」と「催眠術」の力だと思う。

■主宰されているレーベル〈MIRROR ZONE〉からは、多くの現代的なトラック、DJツールとしても使えるトラックがリリースされています。レーベルの設立背景や哲学的な信念を教えていただけますか?

SW:このレーベルは2018年にスタートし、僕の人間としての歩みを進化させてきた。〈MIRROR ZONE〉は、あなたと僕、僕たちの社会における立ち位置、そして僕たちが人間としてどのように形成されていくのかの全てだ。
 誰もが自分自身との個人的な旅路を持っている。転んで学び、ありのままの自分を受け入れる。鏡を見る勇気を持ち、毎日より良い自分になろうとする。〈MIRROR ZONE〉は、あなたと僕が経験する人生だ。僕のインナーサークルの中で、友だちたちが人間として美しく興味深い瞬間をたくさん経験しているのを見てきた。すべてのリリースには、コンセプトやストーリーがあり、それはアートワークや詩にも反映され、リリース全体が完全な旅となっている。

■あなたはクロアチアの《Mo:Dem Festival》など大規模なトランス・フェスティヴァルでもプレイをしたDJでもあります。広義の意味でのトランス・ミュージックについて、どのような考えを持っているのでしょうか?

SW:いまのところは、僕にとって「トランス」とは単なる言葉でしかない。もちろん古典的なトランス・ミュージックというサウンドはあるけれど、その定義ははるかに広い。それは、ある瞬間にムード、フィーリングを提示し、共有する特定の方法だ。それだけでなくて、DJセットの中でトラック同士がどのように連動しているかということも重要だと思う。例えば、トラック3がトラック6、10、15と強く繋がってたりね。継続的な繋がりが、雰囲気やマインドセットを創り上げる。僕にとっては、感情と催眠術がすべてなんだ。ヒプノティック(催眠術)という言葉がいまのDJとしての僕を表すのにぴったりだと思うし、これが「トランス」の基本だと思う。

■今回の日本ツアーで共演する K.O.P. 32 が運営するレーベル〈Beyond The Bridge〉からあなたの「Euclidean Doorway EP」が先日リリースされました。K.O.P. 32 と共演するにあたって、何か特別な思いがありますか?

SW:K.O.P.32 とは以前から知り合いだったが実際に会う機会はなかった。だから今回 OCCA と一緒に日本で彼に会えるのが夢のようなんだ。僕たちは、ダンスフロアで一緒に溶け合うことができる「似た者同士」だと確信している。僕たちは同じバックグラウンドを強く共有しているからね。
 彼と一緒にパフォーマンスすることは、間違いなく特別な感覚だ。そうでなければ、彼のレーベルから自分の音楽をリリースすることもなかったと思う。彼に直接会ったことはないけれど、僕たちが一緒に感じ、話すのは銀河の言葉なんだ。それに、彼はとても才能のある素晴らしいアーティストで、僕にとっても刺激的な存在だ! だから、彼と一緒にツアーを回れることをとても光栄に思っている。

■最後に、あなたの初来日公演を楽しみにしているダンス・ミュージック・ファンに向けて一言お願いします!

SW:日本を訪れるのは初めてで、とても興奮している。新しい人たちと出会って、一緒のダンスフロアを共有し、みんなを未知への旅に連れていけることをとても楽しみにしているよ。日本に訪れて、遊んで、探検することは長年の夢だったが、それがついに実現するね!

(Introduction & Interview: Yutaro Yamamuro)

TESTSET - ele-king

 TESTSET のファースト・アルバム『1STST』を聴き、私はある不思議な感慨におそわれた。「継承と刷新」が同時におこなわれているような感覚とでもいうべきか。
 しかし圧倒的な速度感で駆け抜けるような焦燥感に満ちたアルバムを聴き終わったとき、「いや、まさにこれこそ正しく「バンド」のファースト・アルバムではないか!」と思い直した。古今東西のあらゆる「バンド」は過去の継承と刷新を同時におこなうことで「いま」に切り込んできた。TESTSET も同様だ。彼らは危機的状況=クリティカルな状況からはじまらざるをえなかったバンドである。つまりは状況と過去に対して向き合わざるをえないはじまりだったのだ。

 2021年。高橋幸宏の闘病、東京オリンピックにまつわる小山田圭吾の炎上を経由して、彼らの前身である METAFIVE はその活動を休止した。予定されていたセカンド・アルバム『METAATEM』のリリースも中止になった。
 だが METAFIVE は活動停止中も完全に止まっていたわけではなかった。2021年のフジロックに砂原良徳とLEO今井が METAFIVE として出演した。サポート・メンバーとしてドラムに白根賢一、ギターに永井聖一を迎えてステージに立ったのである。これこそが TESTSET のはじまりだ。以降、この4人はごく自然の成り行きのように活動を継続し、その名は TESTSET へと変化した(ちなみにバンドの命名はLEO今井によるものだ)。
 2022年。TESTSET の活動が本格化する。彼らはザ・スペルバウンドとのツーマンライヴもおこなった(2022年4月14日)。同年8月12日にはファーストEP「EP1 TSTST」もリリースした。2022年は METAFIVE もまた動き出した。9月にはセカンド・アルバム『METAATEM』が「ラスト・アルバム」として一般リリースされたのだ。そして2021年7月より活動を停止していた小山田圭吾も活動を再開した。ファンは安心した。しかし「ラスト・アルバム」という呼称に変更になったことにファンの心はざわついた。
 2023年1月。高橋幸宏が世を去った。偉大なミュージシャンが帰らぬ人となり、METAFIVE というバンドは終わりを迎えた。高橋幸宏の死は悲しく、辛いものだった。
 しかし、ウォーキング・イン・ザ・ビート、音楽は生きている限り止まらない。歩み続ける。音楽は前進する。
 2023年7月12日。EPリリースからほぼ一年後、TESTSET は、ついにファースト・アルバムをリリースした。私はこの記念すべきファースト・アルバムの音源を繰り返し聴き、TESTSET が「ひとつのバンド」としての個性を確立したと思った。TESTSET は METAFIVE 派生バンドではない。新たな集合体として TESTSET の音が鳴り響いていたのだ。
 21年フジロック出演時(METAFIVE)から随所だったが、砂原と今井を中心とするアンサンブルは、METAFIVE と比べてよりソリッドであった。バンドの「本質」がより露になったとでもいうべきか。骨組みがそこにあったのだ。それは何か。今井のロックと砂原のテクノが交錯することで「汗をかかないロック/ファンク」としてのテクノ/ニューウェイヴ的な音がより明確に生まれているのだ。
 そしてこのテクノ/ニューウェイヴの継承こそが、80年代に高橋幸宏が切り開いた音楽性を継承していることはいうまでもない。METAFIVE の終了は悲しい出来事だが、同時に日本のニューウェイヴ・アーティストの先駆けともいえる高橋幸宏の魂が受け継がれたのである。
 
 アルバム全体としてはとても風通しの良い疾走感に満ちた曲を多く収録している。精密な砂原のトラックに「ライヴ感」が出てきたことは注目に値する。だがところどころにこの世界、いや「世間」への「毒」と「棘」がある。これはLEO今井の個性かもしれない。同時に冷静な砂原の論理性もこのアルバムにはある。二面性が魅力的とでもいうべきか。
 アルバム・オープナー曲 “El Hop” にはそんな彼らの個性がとてもよくでている。硬質で精密な砂原良徳のトラックの上を、変幻自在かつ強靭な今井のヴォーカルがソリッドに鳴っているのだ。クールでいて激しい。あえていえば人間どもへの激烈な怒りがある。「ただ踊りたいだけなのに、邪魔をしやがる人間的」と今井は歌う。
 続く2曲目 “Moneyman” では「マネーマン」について皮肉を投げつけるように今井は歌う。英語の中に紛れ込む「さりげない、さりげない、えげつない」という日本語が強烈だ。この2曲は砂原と今井の共作である。砂原良徳のトラックが今井の激情とクールな対比をなしている。
 アルバムには砂原、今井だけではなく、白根賢一 、永井聖一らの曲も収められている。この点も TESTSET が四人体制のバンドになったことを示しているといえよう。
 今井の単独曲は、3曲目、7曲目、8曲目と多い。さすが「バンド」の背骨的存在だ。これらの曲に限らず、今井はヴォーカルとして作詞家としてアルバム全編に関わっている。あえていえば METAFIVE 以上に「LEO今井色」が強い。
 4曲目 “Japanalog” はアルバム中でも異色のディスコ調の曲だ。曲は白根賢一が担当。彼のポップネスが炸裂している曲だ。続く5曲目 “Dreamtalk” は白根賢一とLEO今井の曲である。テクノ的なトラックのミディアム・テンポの曲を展開するのだが、なんといってもベースラインに中毒性がある(どことなくベースラインがスケッチショウの “Turn Turn” に似ている気もした)。4曲目・5曲目と白根曲が続くが、彼のポップスネスがアルバム中盤において見事なアクセントを与えていることの証左ともいえる。
 9曲目 “Stranger” は詞・曲ともに永井聖一の手によるものだ。なんとヴォーカルも披露している。どことなく相対性理論を思わせる詞・曲が特徴だが、音は完全に TESTSET 仕様だ。
 アルバム・ラストの10曲目 “A Natural Life” は、今井、砂原、永井の共作である。不穏さの中に希望を滲ませた曲だ。「ナチュラルライフ」という言葉とその発声に、ある種の棘がある。こんな歪んだ世界で「ナチュラルライフ」と歌うのだから。

 アルバムを聴いて確信したのだが、砂原のトラックの見事さは言うまでもないが、今井の「人間」に棘と皮肉と怒りを向けるような声と言葉にこそ、このバンドの本質がある。また、“A Natural Life” はどこか YMO の “CUE” を想起した。偉大なる高橋幸宏への追悼を勝手に感じてしまった。この曲が最後にある意味は大きい。
 また、永井聖一のギターも印象的であった。90年代後半~00年代のオルタナ的というか、乾いた激情のような見事に鳴り響いていたのだ。彼は TESTSET に新たな音を導入し、同時に新しい「顔」としての存在感を放っているように感じられる。
 そう、TESTSET は METAFIVE という「伝説」から脱して、TESTSET として新たな「歴史」を歩みはじめている。6人から2人へ。2人から4人へ。
 同時に高橋幸宏が選んだメンバーが2人いるという点で、彼らは高橋幸宏の魂を受け継いでもいる。まさに革新と継承だ。そもそもロック成分が限りなく薄いであろう砂原がこれほどにロック度の高いバンドに関わること事態が異例である。LEO今井と砂原という人選において高橋幸宏のディレクションは継続している。異質なものの衝突が生み出す新しい「必然」とでもいうべきか。
 彼らは2021年以降の激動を経て新たな集合体に生まれ変わった。革新と継承のソリッド・ステイト・サヴァイヴァー。そう、新しいバンドのファーストセットがいま、世界に鳴り響きはじめたのだ。

Pantayo - ele-king

 パンタヨとはタガログ語で「わたしたちのために」という意味だそうだ。わたしたち、とは誰か。カナダはトロントのフィリピン系のクィア5人組。パンタヨはマイノリティである自分たちのアイデンティティを探るためにフィリピン南部の伝統楽器クリンタンを叩きつつ、思いきりポップなインディ・ポップをやっている。それはもう、一度聴いただけで覚えてしまえそうなキャッチーさで……はじめてパンタヨを聴くというひとは、本作のオープニング・ナンバー “One More Latch (Give It to ’Ya)” を。R&B風の色気のあるメロディを持った一曲だが、そこで妙に人懐こく響く金属音が連打されれば、不思議なトリップ感覚が発生する。なじみ深いようで、同時に聴いたことのない音楽だ、と思う。

 クリンタンの音色と旋律を現行のポップ・ミュージックとミックスするパンタヨのスタイルは、デビュー・アルバム『Pantayo』ではまだアイデア一発勝負という感じだったが(それはそれですごくチャーミングだったのだが)本作ではよりポップ・ソングとしての完成度を高めた曲が目立つ。思いがけずメロウなソウル・テイストがある “Must've Been A Fool"、爽やかなギターがたっぷり鳴るものだからまるでただの北米インディ・ロックのような “Mali”。フィリピン系である彼女たちも(当たり前だが)現代のカナダでは西洋文明や西洋文化の支配下で暮らしているわけで、パンタヨはそのありのままの姿を隠すことはないが、自分たちのルーツを探ることで音楽をオリジナルなものにしてきた。テクノ風のシンセ・リフが聞こえてくる “Dreams” や “Masanguanan”、インディ・ロック風のイントロで始まりつつすぐにクリンタンがメロディを先導する “Sapa(n)ahon” といったインスト曲では西洋のスケールを外れていることがわかりやすく、フィリンピン由来のアイデンティティを言葉よりも音楽のなかから追求している。OKI DUB AINU BAND にとってアイヌに伝わる伝統楽器トンコリがもっとも重要であるように、パンタヨにはクリンタンを鳴らすことが自己表現の発露なのである。
 僕がひとつ気になるのは、イスラム文化と関わりの深い楽器であるクリンタンをクィア・バンドだと公言しているパンタヨが鳴らしていることの意味だ。イスラム圏でも近年は変わってきているとの話も聞くとはいえ(それに、非イスラム圏における多地域でのクィアへのバックラッシュを見ていると、文化や宗教以上に政治的陣営の問題だと感じられることも多い。が、)イスラム文化がクィアに対して厳しい態度を歴史的に示してきたことは否定できない。民族的マイノリティとして、あるいは性的マイノリティとしての経験を歌っているというパンタヨがミックスしているものは、単純にスタイルとしての伝統とモダンよりも大きなものなのかもしれない。
 とはいえ、パンタヨの音楽はアイデンティティ政治が最優先されたものではないと思う。初期パンクのように徹底してDIY精神が貫かれているため聴いていると晴れ晴れとした気持ちになれるし、その上でいろんな音楽にアクセスする身軽さが気持ちいい。パンタヨの愉快な音楽は、個性と呼ばれるものがどこからやって来るのかを僕に考えさせる。少数派としてのルーツとつながることもできるし、必ずしもルーツに縛られなくてもいい。その間を行き来しながら、何よりもアイデアを生かして自分たちにだけ作れるものを目指せばいいのだ。

 1961年8月ニューヨークはヴィレッジ・ゲイト、ジョン・コルトレーン・セクステット(エリック・ドルフィー含)完全未発表ライヴ音源発掘。そんな令和一大ジャズ・ニュースに触れて「待ってました」と色めき立つ人が、はたしてどれくらいいるだろうか。狂喜する往年のジャズ・ファンを横目に、それがいったいどれほどの意味を持つことなのかよくわからぬまま、とりあえず様子を見るか、あるいはすぐに忘れてしまうか、ようするに大して関心を持たない人たちが大勢目に浮かぶ。そんな諸兄諸姉に対して説得力のある何事かを訴えるのはなかなか難しそうであるし、かといって往年のジャズ好事家諸賢にとり為になるような何事かを私なんぞが書けるはずもなく、さて。


John Coltrane with Eric Dolphy
Evenings at the Village Gate

Impulse! / ユニバーサル

Jazz

■通常盤(SHM-CD)
Amazon Tower HMV disk union

■限定盤(SA-CD~SHM仕様)
Amazon Tower HMV disk union

配信

 ともあれいまさら基本的な情報は不要であろう。なにしろいまや岩波新書の目録にその名を連ねるほどの歴史的偉人である。その岩波新書赤版1303『コルトレーン ジャズの殉教者』の著者であり世界有数の “コルトレーン学者” たる藤岡靖洋は、『The John Coltrane Reference』(Routledge, 2007)というコルトレーン研究の決定版と言うべき巨大なディスコグラフィーの編纂にも関わっている。コルトレーンの足取り・演奏データを詳細に記したこの本を眺めていると、「when you hear music, after it’s over, it’s gone in the air, you can never capture it again(音楽は聴き終わると空中に消え去り、もう二度と捕まえることはできない)」という呪文のようなエリック・ドルフィーの言葉を思い出す。ようは録音されずに空中に消えた演奏のほうが録音されたものより圧倒的に多いという当たり前の事実に改めて直面するわけだが、したがって録音されているという事実だけを根拠に、今回発掘された1961年8月ヴィレッジ・ゲイトでの演奏に何か特別な意味を持たせる理由はないこともまた、肝に銘じておくべきことなのかもしれない。ごく一部の(ほぼ関係者に近い)人を除けば、「待ってました」というわけではなく不意の棚ぼた的サプライズ発掘音源であり、つまりコルトレーンが日常的に行なっていた数あるギグのほんの一コマが、当時たまたま新しい音響システムのテストの一環としてリチャード・アルダーソンによって録音されており、永らく行方不明になっていたそのテープが近年たまたまニューヨーク公共図書館に眠る膨大な資料のなかから発見されただけの話である。発掘音源をめぐるいたずらな伝説化を避けるなら、そういう物言いになる。

 ジョン・コルトレーン(ss, ts)、エリック・ドルフィー(fl, bcl, as)、マッコイ・タイナー(p)、レジー・ワークマン(b)、アート・デイヴィス(b)、エルヴィン・ジョーンズ(ds)のセクステット、つまりこの時期数ヶ月間にわたって実験的に試みていたツー・ベース編成による全5曲。“My Favorite Things”(①)、“When Lights Are Low”(②)、“Impressions”(③)、“Greensleeves”(④)といった定番のレパートリーが並び、ドルフィーが編曲したことで有名な『Africa/Brass』(1961年5月録音)収録曲 “Africa” のライヴ録音(⑤)は他のどこにも残されておらずこれが唯一の記録である。すべての曲が10分を超え、“Africa” に至っては22分。この時期に顕著となるこうした演奏の長尺化は、コルトレーンの音楽の発展にとって不可避の事態であり、従来のコードチェンジに縛られずにひとつのハーモニーを延々と展開し続けることの可能性を示していた。とりわけライヴ演奏は一種のトランス状態の渦を作り出すかのごとき様相で、当時は「ジャズの破壊」とまで言われたコルトレーン=ドルフィーの剥き出しのソロがここでは存分に堪能できる。

 ふいと個人的な話になるが、私が初めて買ったコルトレーンのアルバムは、『That Dynamic Jazz Duo! John Coltrane – Eric Dolphy』(1962年2月録音)と題された見るからにブートレグ感が漂うレコードだった。実際おそらく1970年頃につくられたブート盤である。中古で確か500円。安っぽいモノクロ・ジャケットの裏面にはなんとコルトレーンの直筆サインが油性のマジック(つまり魔術的な力)で書き込まれており、すわ!歴史がねじれる不思議!とひとりひそかに喜んだ。私が高校生の頃なので2003年とかそのあたりの話であるが、当時巷では「スピリチュアル・ジャズ」と呼ばれる古い=新しい潮流が盛り上がっていた時代である。クラブ・ジャズ/DJカルチャーのシーンが発端となったスピリチュアル・ジャズなる言葉が指し示していたのは、簡単に言うと「コルトレーン以後のジャズ」だった。どことなく神秘的だったり民族的だったりアフロセントリックだったり、場合によっては宇宙的だったりする崇高なムードを纏ったグルーヴィーな黒いジャズが対象で、代表格はファラオ・サンダースアリス・コルトレーンアーチー・シェップ、そして〈ストラタ・イースト〉や〈ブラック・ジャズ〉、〈トライブ〉などといったレーベル、またはそのフォロワーが定番のネタであり、スピリチュアルを合言葉に一気に再評価が進んだ。コルトレーン「以後」ということは当然ジョン・コルトレーンその人も含まれる、というよりまさにコルトレーンこそがスピリチュアル・ジャズの “元祖”、“伝説”、“永遠のアイコン” であるとして崇められてはいたが(参考:小川充監修『スピリチュアル・ジャズ』リットーミュージック、2006年)、実際の主たるところはその「後」のほう、コルトレーンの「子どもたち」だった。なぜならコルトレーンはとうの昔からビッグネームであったし、一部のDJにとってはグルーヴがレアであることのほうが音楽やその歴史的文脈より優先されたからである。

 個人的な話を続けると、歴史捏造油性マジカル・ブート盤の次に買ったのが『Olé』(1961年5月録音)だった。表題曲におけるコルトレーンのソプラノサックスが「アンダルシアの土埃のなかで舞っているジプシーの肉体感覚に近いように聴こえる」と書いたのは平岡正明だが(『毒血と薔薇』国書刊行会、2007年)、このジプシー的感覚あるいはアラブ的感覚はスペインめがけて地中海を3拍子で突破することによって培われ、おそらくその後のコルトレーン流の高音パッセージをかたちづくる最も重要な要素であるはずだ。螺旋状に延びていく並外れた旋律=フレージングは、隣にエリック・ドルフィーを擁することでより際立ち強化・装飾される。コルトレーンのグループにドルフィーが加入していたのは1961年5月から翌62年3月までの約10カ月間。『Olé』の他に『Africa/Brass』、『Live At The Village Vanguard』、『Impressions』などがあり、ライヴ録音のブート盤を含めるとそれなりの数が残されている。この頃の “中期” コルトレーンはスピリチュアル・ジャズ隆盛の時代にあってはあまり顧みられていなかったようにも思うが、“Olé” や “Africa”、また “Spiritual”(『Live At The Village Vanguard』収録)といった比較的長尺の楽曲は、モーダルな “単調さ” ゆえの “崇高さ” があり、明らかに後のスピリチュアル・ジャズを預言している。『A Love Supreme』(1964年12月録音)や『Kulu Sé Mama』(1965年6、10月録音)を差し置いて、どうやら私はこのどちらに転ぶかわからない危うさ、神に対する卑屈と人間的な尊厳を兼ね備えた “中期” コルトレーンがいちばん好きだった。「ファンキーズムから前衛ジャズにジャズ・シーンがきりかわった前後から、卑屈さや劣等感を額のしわにほりこんだ黒人くさい黒人がジャズの世界から減り、人間的な尊厳にみちた人物が数多くあらわれた」(平岡正明「コルトレーン・テーゼ」『ジャズ宣言』イザラ書房、1969年)。言ってみればコルトレーンはその中間のような、というより明らかに相反するふたつの性質を有しており、かの有名な「笑いながら怒る人」ならぬ、キャンディーをペロペロ舐めながら神妙な面持ちの人、導師の顔をした弟子キャラ、といった具合の、まるでレコードにA面とB面があるような二面性である。それならコルトレーンの毒血はAB型か。

 にもかかわらず片面をなきものとされ、生前より聖人的尊厳を投影され、死後さらに伝説とされ、まるで神様のように祀られている状況について、コルトレーン本人は少なからず戸惑いを感じているようだ。「自分でも考えられねごどだ」──1975年、恐山のイタコに “口寄せ” されて地上に舞い降りたコルトレーンは津軽弁でそう語った。FM東京「ジャズ・ラブ・ハウス」という番組で放送されたこのときの口寄せ実況はなかなか傑作で、しまいにはコルトレーンの親父さんまで降霊してくる始末(「まさかあのようにジョンが有名になるとは思わなかった」云々)。書き起こしが『季刊ジャズ批評』誌46号(阿部克自「宇宙からきたコルトレーン(恐山いたこ口寄せ実況)」)に掲載されているので、ご興味のある方はぜひ。

 口寄せは英語だと necromancy に相当するか、あるいは conjure でもいいかもしれない。たとえば『マンボ・ジャンボ』で知られる作家イシュメール・リードにとって最重要キーワードのひとつが conjure であったことを考えると、(ジャズの下部構造としての)ブルース衝動は死の概念と不可分であり、そこにはすでに何らかの魔術的な力が内在していることに気がつく。黒人霊歌以前のニグロ・スピリチュアルすなわちヴードゥーの精霊か、それこそ奇病ジェス・グルーの発症を促す何らかの魔法か。かくして、キャプチャーされることなく空中に消えた無数のサウンドに、大西洋に沈んだ無数の死のイメージが重なる。まずはレコーディングされていた奇跡を真摯に受け止めるべきなのだろう。録音は呪文であり救済である。1961年8月ニューヨークはヴィレッジ・ゲイト、ジョン・コルトレーン・セクステット(エリック・ドルフィー含)完全未発表ライヴ音源発掘。アフリカ大陸へ延びるテナーサックスのミドル・パッセージに、いまだ見ぬ過去と失われた未来が立ち現れる。もうしばらく、ジャズは「コルトレーン以後の音楽」でしかありえないことを確信する。

Black Dog Productions / The Black Dog - ele-king

 今年は〈Warp〉の「Artificial Intelligence」シリーズ30周年。つまりポリゴン・ウィンドウオウテカB12などのアルバムが軒並み30周年を迎えるわけだけれど、なかでも屈指の名盤がブラック・ドッグ・プロダクションズの『Bytes』である。ケン・ダウニー(ザ・ブラック・ドッグ)およびプラッドとして知られるふたり、エド・ハンドリー&アンディ・ターナー(先月の来日公演@VENTも相変わらずよかった)がさまざま名義で参加、一見コンピ風の体裁をとった歴史的名作、問答無用の1枚で、このたびめでたくヴァイナルでリイシューされることになった。オリジナル・リリース時以来、ヴァイナルでは復刻されてこなかったようなので粋なはからいといえよう。あわせてザ・ブラック・ドッグ名義の『Spanners』(1995)もオリジナル・プレス以来初めて、ヴァイナルでリイシューされる。こちらも『Bytes』にひけをとらない、3人のオリジナリティを堪能することができる1枚。ぜひに。


●Bytes
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13491


●Spanners
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13492

 私はノエル・ギャラガーには我慢がならない。

 私はかれこれもう30年近く彼のことを嫌ってきたが、自分でもそのことが少し引っかかっている。長い間、尋常ではないほどの成功を収め、愛されるソングライターとして活躍し続けているということは、彼は実際、仕事ができるのだろう。かなり個人的なことになってしまうが、これほど長期にわたって、自分がひとりのミュージシャンを嫌ってきた理由を自分でも知りたいのだ。

 1990年代半ばのティーンエイジャーだった私にとって、その理由は極めて単純だった。ブラーとオアシスのどちらかを選ばなければならないような状況で、私はブラー派だった。それでも、『NME』のジャーナリストたち──当時、いまの自分より若かったであろうライターたち──の安っぽい挑発で形成された見解に、大人、しかも中年になってまで引きずられるべきではないだろう。私も少しは成長しているはずだし、大人になるべきだよね?

 当時、私が最初に言ったであろうことは、彼の歌詞がひどいということだ。振り返ると、ノエルの歌詞は、デイヴィッド・バーマンやモーマスが書くような種類のよい詞ではなかったし、そもそもそれを意図していたわけでもなかった。彼らはパンク・ロックな、私のようなミドル・クラスのスノッブや評論家はファック・ユーという立ち位置で、「彼女は医者とヤッた/ヘリコプターの上で」のような狂乱状態とナンセンスな言葉が飛び交う、韻を踏む歌詞で注目を集め、面白がられた。その核心は、おそらく曲の魂が歌詞ではなく音楽に込められていたということで、それが理解できないのは心で聴いていないということなのかもしれない。

 そんなわけで、私が不快感を覚えたのが「心」の部分だったのではないかと思うようになったのである。つまり、ノエルの曲の感情的な部分が安っぽく安易に感じられ、バンドに投影され自信に満ちた威張った態度が、十代を複雑な迷いや疑念のなかで過ごした人間には響かなかったのではないだろうか。

 これは、現在のノエルの音楽に対しては不公平な批評だ。そもそもあの威勢の良さは、リアムと彼の嘲るようなロック・スターのヴォーカルに起因するものだった。ノエルは、ロック・スターとしての存在感がはるかに薄く、声も細くて脆弱な楽器だ。興味深いのは、ノエルとかつてのライヴァル、デーモン・アルバーンの音楽的な野心が大きく乖離するなかでも、彼らのポップ・ソング作りには、むしろ類似性が見られたことだった。二人の、シンガーソングライターたちの小さめで疲れ気味の声が、中年期の哀愁の色彩を帯びるのは容易なことだったから。ノエルの「Dead to the World」を聴くと、デーモンの声で“And if you say so / I’ll bend over backwards / But if love ain’t enough / To make it alright / Leave me dead to the world” (もし君が言うなら / 精一杯努力するよ / でも愛が足りないなら / 上手くやってくれ / 僕にはかまわないで) が歌われるのが、容易く想像できる。

 さらに、ノエル・ギャラガーはハイ・フライング・バーズの新作『Council Skies (カウンシル・スカイズ)』 では以前に比べて謙虚で、少なくとも思慮深い人物であるように感じられる。レコードを通してある種の喪失感に貫かれており、“Trying to Find a World that’s Been and Gone” では、「続ける意志」を持つことについてのお馴染みのリフレインが、たとえそれが無益な戦いであっても意味があるというメランコリックな文脈で描かれている。タイトル・トラックでは、1990年代の野心的な威勢の良さが、ぼんやりとした脆い希望へと変化している。それはおそらく、大富豪となったノエルがハンプシャーの私有地にいても、未だに思い出すだろう公営住宅地の空の下での、存続する誓いにほかならない。

 しかし、必ずしもその内省的な感覚が、歌詞としてより優れているとはかぎらない。初期のオアシスのパンクな勢いなしには、陳腐なものが残るだけだ。アルバムのタイトル・トラックは、“Catch a falling star” (流れ星をみつけて) という名言で始まり、すぐに“drink to better days” (より良い日々に乾杯) できるかもしれないという深淵なる展望が続く。だが、曲はそれでは終わらず、次々と天才的な珠玉の詞が火のように放たれる。“Waiting on a train that never comes”(来ないはずの電車で待つ)、“Taking the long way home”(遠回りをして帰る)、“You can win or lose it all” (勝つこともあれば、すべてを失うこともある)。ノエルの詞に対する想像力のあまりの陳腐さに、私が積み上げてきた彼のソングライティングに対する慈愛にも似た気持ちが、すべて消え去り、苛立ちだけが募り始める。“Tonight! Tonight!” (今夜! 今夜こそ!)、“Gonna let that dream take flight” (あの夢を羽ばたかせるんだ)というライムで、退屈なタイトルがつけられたクロージング・アンセムの“We’re Gonna Get There in the End”にたどり着く頃には、もう自害したくなっている。ノエルの愚かさ(インタヴューでのノエルは、私の反対意見をもってしても、鋭く、観察力があるようにみえる)ではなく、彼がリスナーを愚かだと見くびっているところに侮辱を感じるのだ。

 私は自分のなかに募るイライラを抑制し、少しばかり視点を変えてみる必要がある。

 ノエル・ギャラガーについてよく言われるのは、彼が料理でいうと「肉とポテト」のようなありふれた音楽を作るということだ。これは話者によっては、批評とも賞賛ともとれるが、いずれにしても本質を突いているように感じられる。メロディが次にどうなるのか、5秒前には予測できてしまうのが魅力で、一度歌詞が音楽の中に据えられると、摩擦なく滑っていき、漠然とした感情がそこにあることにも気付かずに通り過ぎてしまいそうだ。これは、細心の注意を払って訓練され、何世代にもわたり変わることのなかった基本的な材料を使って作られた、音による慰めの料理なのだ。 “Love is a Rich Man” を力強く支える同音反復するギター・フックは、ザ・ジーザス&メリー・チェイン(2017)の “The Two of Us ” と同一ではないのか? あるいはザ・ライトニング・シーズ(1994)の “Change” か? ザ・モダン・ラヴァーズ(1972)の “Roadrunner” なのか? それは、それらすべての未回収の記憶であり、蓄積されたロックの歴史のほかの100万ピースが半分だけ記憶された歓喜の生暖かい瞬間にチャネリングされるようなものだ。

 別の言い方をすれば、そこに驚きはない。これは、いつまでも自分らしく、変わる必要はないと教えてくれる音楽なのだ。この音楽は、自分の想像を超えてくるものを聴きたくない人のためのものだ。そして、ここで告白すると、私のある部分は、ノエル・ギャラガーのことが好きなのだ。オアシスとノエル・ギャラガーズ・フライング・バーズ両方のライヴもフェスで観ているし、私の意志とは裏腹に、飲み込まれて夢中になってしまった。九州で友だちとのドライブ中に、彼のカーステレオから “Be Here Now ” が流れてきた時も、20年ぶりに聴いて、それまでそのアルバムのことを考えたことすらなかったのに、すべての曲と歌詞を諳んじていたのを思い出した。結局のところ、決まり文句のように陳腐な表現は、その輪郭が脳裏に刻みこまれるほどに使い古されたフレーズに過ぎない。自分の一部になってしまっているのだ。

 そういう意味で、ノエル・ギャラガーに対する私自身の抵抗は、音楽的な癒しや保守性に惹かれる自分の一部分への抵抗ということになる。何故に? この私のなかの相反する、マゾヒスティックな側面はいったい何なのだろう。なぜ、ただハッピーではいられず、聴く音楽に緊張感を求めずにはいられないのだろう?

 基本的に、芸術作品のなかのささやかな緊張感は刺激的だ。ザ・ビートルズの “ストロベリー・フィールズ・フォーエバー” の冒頭がよい例で、ヴォーカルのメロディは本能が期待する通りのG音できれいに解決する一方、基調となるコード構成の、突然のFマイナーの不協和音に足元をすくわれる。リスナーの期待と、実際に展開されるアレンジの間の緊張感が、聴き手を楽曲の不確かな現実の中へと迷いこませ、馴染みのないものとの遭遇がスリルをもたらすのだ。

 オアシスが大ブレイクを果たしていた頃、ロック界隈で起こっていたもっとも刺激的なことは、ほぼ間違いなくローファイ・ミュージックという不協和音のような領域でのことだった。オアシスのデビュー・アルバム『Definitely Maybe(『オアシス』)』が初のチャート入りを果たした1994年の同じ夏、アメリカの偉大なロック・バンド、ガイディッド・バイ・ヴォイシズがブレイクのきかっけとなったアルバム『Be Thousand』をリリースしていた。彼らもまた、オアシスと同様にブリティッシュ・インヴェイジョンにより確立された、ロック・フォーメーション(編成)の予測可能性をおおいに楽しんでいたが、GBVのリーダー、ロバート・ポラードは、自身が“クリーミー”(柔らかく、滑らかな)と“ファックド・アップ”(混乱した、めちゃくちゃな)と呼んでいるものの間にある緊張感について主張した。彼が“クリーミー”すぎると見做したメロディは、リリースに耐えうるように、なんらかの方法でばらばらにして、曲を短くしたり、やみくもにマッシュアップしたりして、不協和音的なサウンドエフェクト、あるいは音のアーティファクト(工芸品)を、DIYなレコーディング・プロセスから生みだし、馴染みのある流れを遮るように投入するのだった。

 アメリカ人音楽評論家で、プロの気難し屋の老人、ロバート・クリストガウは、『Bee Thousand』を「変質者のためのポップス──上品ぶった、あるいは疎外された、自分がまだ生きていることを思い出すのに、痛みなしには快楽を得ることができないポストモダンな知識人気取りの者たち」と評した。そのシニカルな論調はともかく、クリストガウのGBVの魅力についてのアプローチは功を奏している──そう、快楽は確かに少し倒錯的で、これは音による「ツンデレ」なフェティッシュともいえる。そしてその親しみやすいものと倒錯したものとの間の緊張感が、リスナーの音楽への求愛のダンスに不確かさというスリルを注入してくれるのだ。

 ノエル・ギャラガーがかつて、退屈で保守的だと切り捨てたフィル・コリンズのようなアーティストの仕事にさえ、緊張感はある。ノエルに “In The Air Tonight ” のような曲は書けやしない。ヴォーカルは緩く自由に流れ、音楽の輪郭は耳に心地よく響くが、常にリフレインへと戻ってくる。曲に命を吹き込むドラムブレイクは、繰り返しいじられるが、長いこと抑制されてもいる。ソフト・ロックへの偏見を捨て去れば、フィル・コリンズのサウンドに合わせて、ネオンきらめく映画のなかのセックス・シーンを想像して、深い官能で相互にクライマックスに達することができるだろう。ノエル・ギャラガーの音楽で同じシーンを想像してみても……いや、やはりやめておこうか。私はたったいま、 “Champagne Supernova” を聴いて同じことを想像してみたが、非常に不快な7分半を過ごしてしまった。上手くはいかないのだ。

 ノエルの歌は、ある種の集団的なユーフォリア(強い高揚感)を呼び起こすことに成功しているが、それがほとんど彼の音楽のホームともいえるところだ。彼の歌詞とアレンジの摩擦の少なさは、社交的な集まりの歯車の潤滑油には最適で、リスナーにそのグループの陽気なヴァイブスに身をゆだねること以外は特に何も要求しない。おそらく、アシッド・ハウス全盛期のノエルの青春時代と共通項があるが、その違いはジャンルを超えたところにある。アシッド・ハウスには、「あなたと私が楽しむこと」を望んでいない体制側(スペイスメン3の言葉による)と、我々と彼らとの闘争という独自の形の緊張感が存在した──それはより広い意味でいうと、過去(トーリー党=英国保守党)と未来(大量のドラッグを使用して使われていない倉庫でエレクトロニック・ミュージックを聴くこと)との間の闘争だった。ノエルは明らかにそういった時代と精神に多少の共感を示しつつ、たまにエレクトロニック・アクトにもちょっかいを出しながら、彼自身の音楽は、常に未来よりも過去に、反乱者よりもエスタブリッシュメント(体制派)に興味を示してきたのだ。そして、時折公の場で繰り出す政治や他のミュージシャン、あるいは自分の弟に関するピリッと香ばしい発言には──哲学的、性的、抒情的、あるいは“ポストモダンな知識人ぶった”アート・マゾヒズムであれ、直感的なある種の緊張感は、ノエル・ギャラガーの音楽には存在しないのだ。

 もちろん、このことに問題はない。彼は音楽とは戦いたくない人のために曲を作っているのだし、それを上手にやってのけるのだから。

 この記事を書き始めた時、自分とはテイストの違いがあるにせよ、過去にノエルに対して公平性に欠ける態度をとっていたことを反省し、ソングライターとしての彼の疑いようのない資質を成熟した大人として受け入れ、融和的な雰囲気の結末に辿り着くのではないかと思っていた。しかし、それは彼と彼の音楽にとってもフェアなことではないと思う。平凡さはさておき、彼の真の資質のひとつは、感情をストレートに表現するところだからだ。

 だから、本当のことをいうと、私はいまでもノエル・ギャラガーの音楽が嫌いだ。私のなかの一部分が、彼の音楽を好いているから嫌いなのだ。彼は、私のなかにある快感センサーを刺激する方法を知っている。不協和音のスリルを忘れ、彼の音楽に没入する自分を許してしまい──本気で耳を傾けることを思い出した後に、6分間死んでいたことに気付かされるのだから。


The problem with Noel Gallagher (and why he’s good)written by Ian F. Martin

I can’t stand Noel Gallagher.

I’ve disliked him for nearly thirty years, and this bothers me a little. To have been an extraordinarily successful and well loved songwriter for so long, he must in fact be good at his job. More personally, for me to have hated a musician like that for so long, I want to know why.

As a teenager in the mid-90s, the reason was pretty simple: you had to choose between Blur and Oasis, and I chose Blur. Still, I probably shouldn’t carry into adulthood and middle age musical opinions that were moulded by the cheap provocations of NME journalists — writers who were probably younger at the time than I am now. I should be more mature than that, right?

At the time, the first thing I would probably have said was that his lyrics were bad. Looking back, they certainly weren’t good lyrics of the sort a David Berman or a Momus might write, but they were never meant to be: they were a punk rock fuck-you to middle-class snobs and critics like me, and the way lines like “She done it with a doctor / On a helicopter” jump deliriously and nonsensically from rhyme to rhyme is attention-grabbing and funny. The core of it, perhaps, is a sense that the soul of the song is carried by the music, not the lyrics, and if you can’t get that, you’re not listening with your heart.

So I start wondering if maybe that “heart” is what I found off-putting — that the emotions in Noel’s songs felt cheesy and facile, that the confident, swaggering attitude that the band projected didn’t speak to someone who spent their teens lost in complexity and doubt.

This is an unfair critique to bring to Noel’s current music. For a start, so much of that swagger was down to Liam and his sneering rock star vocals. Noel has far less of a rock star presence and his voice is a thinner, more vulnerable instrument. It’s interesting that even as Noel and former rival Damon Albarn’s musical ambitions have widely diverged, their pop songwriting has also revealed more points of similarity: two singer-songwriters with small, weary voices that easily carry the melancholy tint of middle age. Listen to Noel’s song “Dead to the World” and it’s easy to imagine Damon’s voice singing the lines “And if you say so / I’ll bend over backwards / But if love ain't enough / To make it alright / Leave me dead to the world”.

There’s a sense, too, that Noel Gallagher is a more humble, or at least thoughtful figure than he used to be on his new High Flying Birds album “Council Skies”. A sense of loss runs through the record, with the song “Trying to Find a World that’s Been and Gone” placing a familiar refrain about having “the will to carry on” in the melancholy context of a struggle that’s worth it even though it might be futile. In the title track, meanwhile, the aspirational swagger of the 1990s seems to have faded into a duller and more fragile hope that persists in the promise of the council estate skies that Noel can still presumably remember from his millionaire Hampshire estate.

That greater sense of reflection doesn’t necessarily mean the lyrics are any better, though. Without the punk swagger of early Oasis, all that’s left is cliché. The album’s title track opens with the words of wisdom “Catch a falling star”, swiftly followed by the profound observation that we might “drink to better days”. The song isn’t done though, firing nuggets of poetic genius one after the other: “Waiting on a train that never comes”; “Taking the long way home”; “You can win or lose it all”. The sheer banality of Noel’s lyrical imagination banishes every charitable thought I’ve been building up about his songwriting, and my irritation begins to rise. By the time he rhymes “Tonight! Tonight!” with “Gonna let that dream take flight” on the insipidly titled closing anthem “We’re Gonna Get There in the End”, I want to kill myself. I feel insulted not by how stupid Noel is (he comes across as sharp and observant in interviews, even when I disagree with him) but how stupid he thinks his listeners are.

I need to dial back my annoyance and get a bit of perspective.

An common remark about Noel Gallagher is that he makes “meat and potatoes” music. It’s a comment that’s either criticism or praise depending on the speaker, but it feels true either way. The appeal is that you always know what his melodies are going to do five seconds before they do it, and once placed inside that music, the lyrics glide by frictionlessly: vague sentiments that you barely recognise are even there. This is sonic comfort food made with practiced care from basic ingredients that have remained unchanged for generations — is the chiming guitar hook that anchors “Love is a Rich Man” the same as “The Two of Us” by The Jesus and Mary Chain (2017)? Is it “Change” by The Lightning Seeds (1994)? Is it “Roadrunner” by The Modern Lovers (1972)? It’s the accrued memories of them all, and of a million other pieces of rock history channeled into a warm moment of half-remembered exultation.

To put it another way, there are no surprises: this is music that tells you it’s OK to be yourself forever and never change. It’s music for people who don’t want to hear anything that challenges their expectations. And a confession: a little piece of me does like Noel Gallagher. I’ve seen both Oasis and Noel Gallagher’s Flying Birds live at festivals and both times got swept up in it despite myself. I remember driving with a friend through Kyushu as “Be Here Now” came on his car stereo, and I knew all the songs, all the words, more than 20 years after the last time I heard or even thought about the album. After all, what is a cliché but a phrase so well worn that it’s contours are carved into your brain? It’s part of you.

So my resistance to Noel Gallagher is really a resistance to that part of myself that’s drawn to musical comfort and conservatism. But why? What is this contrary, masochistic side of me that can’t just be happy and needs some tension with the music I listen to?

Fundamentally, a bit of tension in a piece of art is exciting. The opening of The Beatles’ “Strawberry Fields Forever” is a great example, with the vocal melody resolving cleanly on the G note where instinct tells you to expect it, while the underlying chord structure pulls the rug out from beneath you with a dissonant F minor. The tension between the listener’s expectation and what the arrangement actually does sends you tumbling into the song’s uncertain reality and there’s a thrill in this contact with the unfamiliar.

Around the time Oasis were breaking big, arguably the most exciting thing happening in rock music was in the dissonant sphere of lo-fi music. In the same summer of 1994 that Oasis’ debut “Definitely Maybe” first hit the charts, America’s greatest rock band Guided By Voices were releasing their breakthrough album “Bee Thousand”. While they, like Oasis, revelled in the predictability of the same established British Invasion rock formations, GBV leader Robert Pollard also insisted on a tension between what he called “creamy” and “fucked-up”. For him, a melody deemed too “creamy” would need to be mutilated in some way to make it acceptable for release: songs cut short or mashed together in haphazard ways, discordant sound effects or sonic artefacts emerging from the DIY recording process thrown in to interrupt the flow of the familiar.

American music critic and professional grumpy old git Robert Christgau described “Bee Thousand” as “pop for perverts — pomo smarty-pants too prudish and/or alienated to take their pleasure without a touch of pain to remind them that they're still alive”. The cynical tone aside, Christgau nails the appeal of GBV’s approach: yes, the pleasure is a little perverse — the sonic equivalent of the “tsundere” fetish — but that tension between the familiar and the oblique injects the thrill of uncertainty into the courtship dance the listener does with the music.

Even with an artist like Phil Collins, who Noel Gallagher has in the past dismissed as boring and conservative, there can be tension at work. Noel could never write a song like “In The Air Tonight”. The vocals flow loose and free, caressing the contours of the music but always locking back in for the refrain; the drum break that kicks the song into life is teased repeatedly but held back for so long. Get over your soft rock prejudices and you can imagine a deeply sensual, neon-bathed movie sex scene that reaches a mutually satisfying climax to the sound of Phil Collins. Imagine the same scene set to the music of Noel Gallagher… or maybe don’t. I just spent an uncomfortable seven and a half minutes listening to “Champagne Supernova” while trying to picture it, and it just doesn’t work.

What Noel’s song does succeed in evoking, though, is a sort of collective euphoria, and that’s where his music is most at home. The frictionlessness of his lyrics and arrangements work best lubricating the gears of social gatherings without demanding anything much from the listener other than that they submit themselves to the buoyant vibe of the group. It shares something, perhaps, with Noel’s youth during the height of acid house, but the differences go further than genre. Acid house had its own tension in the form if an us-and-them struggle with an establishment that didn’t (in the words of Spacemen 3) “want you and me to enjoy ourselves” — which is to say more broadly between the past (the Tory party) and the future (taking massive amounts of drugs in a disused warehouse while listening to electronic music). While Noel clearly has some sympathy with that era and ethos, and has flirted with electronic acts on occasion, his own music has always been more interested in the past than the future, more establishment than insurgent. And for all his occasionally spicy public remarks on politics, other musicians or his brother, a visceral sense of tension — whether philosophical, sexual, lyrical or “pomo smarty-pants” art-masochism — has no place in Noel Gallagher’s music.

This is fine, of course: he makes songs for people who don’t want to fight with their music, and he is very good at it.

I thought, when I started to write this, that I might end there, on a conciliatory note, with the realisation that I’d been unfair on Noel in the past and with a mature acceptance of his undoubted qualities as a songwriter, despite my differences in taste. But I don’t think that would be fair to him or his music either: for all his banalities, one of his genuine qualities is that he is a straight shooter emotionally.

So in truth, I still hate Noel Gallagher’s music. I hate it because a part of me likes it. Because he knows how to work that little part of me and stimulate those pleasure sensors. Because I let myself forget the thrill of the dissonant and sink into it — until I remember to really listen, and then I realise I’ve been dead for six minutes.

Jaimie Branch - ele-king

 2017年の『Fly Or Die』で注目を集め、その野心的なスタイルで将来が期待されていたものの、昨年亡くなってしまったジェイミー・ブランチ。才あるこのジャズ・トランぺッターが生前ほぼ完成させていたというアルバムがリリースされることになった。パンクやノイズからアフロ・カリビアンの要素までが含まれる作品に仕上がっているようだ。CDの発売は9月6日。注目しよう。

Jaimie Branch『Fly or Die Fly or Die Fly or Die』
2023.09.06(水)CD Release

2022年8月22日39歳という若さで亡くなった、ダイナミックなジャズ・トランペット奏者/作曲家ジェイミー・ブランチによる、瑞々しく、壮大で、生命力に溢れた遺作となるアルバムが完成。メンバーには、チェリストのレスター・セントルイス、ベーシストのジェイソン・アジェミアン、ドラマーのチャド・テイラーが参加。

ジェイミー・ブランチが亡くなった時、彼女が率いたフライ・オア・ダイの新作はミキシングを残すのみで、ほぼ完成していた。遺族と共に完成までこぎ着けたこのアルバムは、デビュー作『Fly Or Die』から変わらないメンバーと制作されたが、その音は随分と遠いところへと我々を導く。パンク・ジャズのダイナミズムとノイズから、アフロ・カリビアンの陽気なポリリズムまでがここには刻まれている。かつてないほどにフィーチャーされているジェイミーのヴォーカルは、ハードコアとソウルの間を深く揺れ動く。美しいという形容こそが相応しいアルバムだ。(原 雅明 ringsプロデューサー)

ミュージシャン:
jaimie branch – trumpet, voice, keyboard, percussion, happy apple
Lester St. Louis – cello, voice, flute, marimba, keyboard
Jason Ajemian – double bass, electric bass, voice, marimba
Chad Taylor – drums, mbira, timpani, bells, marimba

with special guests-
Nick Broste – trombone (on track 5 & 6)
Rob Frye – flute (track 5), bass clarinet (track 5, 6 & 7)
Akenya Seymour – voice (track 5)
Daniel Villarreal – conga and percussion (track 2, 5, 6 & 7)
Kuma Dog – voice (track 5)

[リリース情報]

アーティスト名:Jaimie Branch(ジェイミー・ブランチ)
アルバム名:Fly or Die Fly or Die Fly or Die

リリース日:2023年09月06日(水)
フォーマット:CD
レーベル:rings / International Anthem
品番:RINC109
価格:2,700円+税
販売リンク:
https://ringstokyo.lnk.to/WQEQcd

オフィシャル URL :
http://www.ringstokyo.com/jaimie-branch-fly-or-die-fly-or-die-fly-or-die-world-war/

Overmono - ele-king

K まず1曲目にびっくりした。最近のポップスの模倣というかクリシェをやっているけれど、これはギャグなのか本気なのか。3曲目とか5曲目のヴォーカルもすごくいまっぽいから、本気かな。

W たしかに1、3、5曲とめっちゃポップスですね。でも言われるまで気づきませんでした(笑)。ぼくはこういう、UKのビートにいまっぽいポップスのヴォーカルが乗ることって、そこまでびっくりしないんですよね。

K 感じ方に世代の差が出たね(笑)。

W 世代差じゃないでしょ。

N なんでも世代差にしちゃいかんね。

W なぜなのか考えてみると……たとえば「planet rave」というスポティファイのプレイリストがあるんですが、これはいわゆるY2K的な視点から再定義したダンス・ミュージックを集めたプレイリストで……

K Y2K的な視点って? 2000年になるとコンピュータが1900年と勘違いして大変なことになるぞって騒がれたやつ?

W いや、00年ごろの音楽のリヴァイヴァルってことです。その代表とも言えるピンクパンサレスとかピリは、UK産のビートにめっちゃポップスのヴォーカルが乗っかってます。最近だと、エリカ・ド・カシエールが作曲に加わったニュー・ジーンズの新曲 “Super Shy” もビートが明らかにUKで、さすがにコレはびっくりしました。

K (ピンクパンサレス、ピリ、ニュー・ジーンズを聴いてみる)なるほど、00年ころっていわれてウーキーあたりを思い浮かべたけど、どちらかというとジャングルのリズムを崩した感じ、ジャングルのフィーリングが大きいね。万能初歩くんが好きなアイドルのニュー・ジーンズは検索するとやたらジャージー・クラブって出てくるけど、この曲はジャングルとUKガラージの部分のほうが強いように聞こえる。

W 自分はこういう曲もたくさん浴びている。なのでUKダンスの真打ちたるオーヴァーモノがいまのポップスのメロディをとりいれていることは、彼らがデビュー・アルバムを送り出すうえで、つまりより広いフィールドにかちこむうえでは自然なことだと映ったし、スッと入ってきましたね。

K インタヴューでオーヴァーモノの片方、トム・ラッセルが、最近聴いているのはアメリカのR&Bやポップスで、自覚的にUKのアンダーグラウンドからは距離をとったって言っていたけど、ぜんぜんUKらしい要素は入っているよね。現役のクラバーとしてはどう? 個人的には2曲目とか終盤の “Is U”、“So U Kno 2”、“Calling Out” とか、やっぱりUKガラージのリズムを聴かせてくれる曲がぐっとくるんだけど。

N 2000年代以降のUKは、インディ・ロックでもダンスでもUSのR&Bとヒップホップが大好き。ただ、その背後には依然としてジャングルがあって、これはいまでもほんと大きい。いまもっともイキの良いジャングルを聴きたければ Tim Reaper や彼のレーベル〈Future Retro〉をチェックするといいよ。オーヴァーモノはすでにポップ・フィールドにいるけど、活力あるアンダーグラウンドがその土台にはある。

W 偉そうな言い方になってしまいますが、まずハウスやテクノのDJがフルレングスでアルバム1枚分、カッコよく仕上げるのってすごく難しいことだと思ってます。でもそこを軽々と超えたオーヴァーモノはすげーなあと、いちリスナーとして素直に感じました。

N それはホントそうだね。

W インタヴューにもあるとおり、場所問わずまさに車で流せるような雰囲気もありますよね。ぼくは最後のスロウタイの使い方にしびれました。スロウタイをフィーチャーしたなら、そりゃもうディスクロージャー “My High” 的な、超ラジオ向けシングルをつくりたくなりそうなものですが、あくまでビートが主体でありつつ、きっちりヴォーカルも料理されてる(笑)。

K スロウタイ、5月にレイプ容疑で法廷に呼び出されていたけれど、その後どうなったんだろう。無罪を主張していて、裁判は来年に開始されるみたいだけど……事実だとしたらすごく残念だよね。

W そうですね……。他方で “So U Kno” は京都拠点の Stones Taro がリミックスしたり、まさにゴリゴリのバンガーですよね。

K この曲めちゃくちゃかっこいいよね。ダークさもありつつの、声のサンプルの反復に降参してしまう。

W だけど全体としてはクラブ・バンガーの12インチをただ寄せ集めただけという感じにはなってない。このシーソー感覚は不思議でした。このバランスにかんしてはジョイ・Oよりも好みかもしれない。あのミックステープは最高ですが、ちょっとだけアンセム感が物足りないと思っていたので。その点、オーヴァーモノはバッチリって感じでした。

K オーヴァーモノのもう片方、エド・ラッセルのテセラはチェックしていた? ぼくが最初に聴いたのは “Nancy's Pantry” (2013)で、といっても12インチで買ってたわけではなくて、〈ビート〉から出ていた〈R&S〉のコンピ『IOTDJPN』(2014)で聴いたんだけど、けっこうロウなブレイクビーツをやっている印象だった。オーヴァーモノも “BMW Track” (2021)とかはその延長線上に置ける曲だと思うけど、今回のアルバムはやっぱりだいぶポップさが増していると思う。ヴォーカル入りだからかな。UKらしく加工されてはいるけれど。

W テスラは正直、あまり積極的にはチェックしてなかったですね。「硬派」ってことばが出ましたけど、そこが自分的にあまりハマらなかった理由かもしれません。「ポップさ」「キャッチー」というのはすごく乱暴にまとめると、要はより開けた感じですよね。テセラの12インチから感じる硬派さは狭い空間で男たちが踊る汗臭さを感じます。だけど、今回のオーヴァーモノのサウンドは男も女もいる感じです。なぜかって考えたとき、やっぱりUKガラージ/2ステップはひとつのキーじゃないかと。サイモン・レイノルズが『WIRE』で、UKガラージでは「the girls love that tune(女の子たちがあの曲を気に入ってる)」が宣伝文句になるんだ、と指摘しています。その文句はテクノやドラムンベースだと基本的にディスになると(笑)。「たしかに」って思いました。男だけじゃなく、女性も含めて、いろんな人に開けてる音楽。

N それは偏見、テクノもジャングルも女性リスナー/クラバー多いって(笑)。

K ともあれ日本でもこういう素朴に良質なダンス・ミュージックがもっと市民権を得られるようになるといいな。

interview with Jitwam - ele-king

 不思議な感覚だった。こんなにも裏表がなくて、ピュアで、正直で、でもどこか計算されている部分もあって、冷静だ。僕がジタムと出会った第一印象はそんなところだ。ムーディーマンが2016年に放った『DJ-KICKS』のミックスにより、彼の名が一躍注目されることになった。その後も立て続けにローファイなビートメイクとプリンスを彷彿とさせるような甘いヴォーカルを武器にEPやアルバムをリリースし、ロックとソウルが絶妙にブレンドされた2019年のセカンド・アルバム『Honeycomb』で一気に火が着いた。ビート・プログラムから、ソングライティングをほぼ自分自身で手がけ、ヴォーカルまで務める彼のDIYなプロダクションはどこか聴いたことあるような懐かしさと、馴染みのないフレッシュさが共存しているように感じられる。つねに自身のバックグラウンドを全面に押し出すスタイルも、共感が持てるポイントだろう。

 そして満を辞して3枚目のアルバム『Third』をリリース。ソロでのビート・メイキングから飛躍して自身と所縁のあるミュージシャンとバンドでのサウンドを追求。より音楽性が高くなり、同時に新たなジャンルのファン層を取り込むことに成功したと思う。今回のジャパン・ツアーでもジタムのプレイを見ようとたくさんのオーディエンスが駆けつけてくれたが、ヒップホップが好きな人、ロックが好きな人、そしてデトロイト・ヘッズなど、日本でもオーディエンスの融合がなされていたのは印象的だった。

 昨今、ビジネスとアートを両立させるのは益々難しい時代になってきた。そんななか、絶妙なセンスと経験値を糧にインディペンデントな音楽史シーンをサヴァイヴし続ける彼の姿は一緒にいるだけで本当に刺激になった。訪れた先々で彼のパフォーマンスを聴いた人はこの感覚がわかると思う。とにかくポジティヴで、ダンス・ミュージックの固定観念を次々と破壊していくポテンシャルを持っている。このインタヴューは彼の生い立ちやバックグラウンド、ニュー・アルバム『Third』についてだけでなく、日々移り変わるシーンのなかでどうやって自由に音楽を表現し続けられるかというヒントも詰まっている。インドにルーツを持ち、オーストラリアで幼少期を過ごし、ロンドン、ニューヨークと拠点を移しながら世界を股にかけて活躍するひとりのアーティストに人生を豊かにする処世術を伺った。

最初のシングル「Whereyougonnago?」をムーディーマンが彼のコンピレーションに入れてくれたんだ。この出来事なしに僕の音楽を語ることはできないよ。

改めてジャパンツアーはどうだった?

J:日本は本当に素晴らしいよ! 食べ物、景色、音楽、文化、アート、ファッション、すべてが映画みたい。実際に体感してみると、それ以上のものだったね。オーディエンスは僕のことを真摯に受け入れてくれて、レコードを持ってきてくれる人もいたんだ。最高の時間を過ごしたね。そして、ここで音楽を共有する機会を得られたことに本当に感謝している。改めてツアーの成功のためにサポートしてくれた皆さん、本当にありがとう。

東京、大阪、京都、広島、金沢、名古屋と6都市を回ったね、ツアーで特別な思い出はある?

J:音楽はもちろんだけど、食べることも好きだから日本で食べた物は全部ハイライトになったね。特に金沢で食べたディナーは信じられなかったよ! 他にも、鉄板焼き、ラーメンに、お寿司、カレーなんかも。でも僕がツアーで得たことの大部分は、人との繋がり。文化をもう少しだけ理解して、自分の世界観を広げ、自分の生活に取り入れていくことで人生をよりよくしていくことだと思う。

素晴らしいね、では音楽について話しましょう。いつから作曲をはじめたの?

J:音楽をやっていなかったっていう時期が一度もないんだ。つまり、生まれてからずっと音楽をやっているってことになるね。

最初に勉強した楽器は?

J:最初の楽器はおそらくキーボードだったと思う。母さんが若い頃に買ってくれた小さなカシオのキーボードでレッスンにも通ったんだけど、まともに弾く感じが自分に合わなくてその後すぐにギターに移ったんだ。それでギターからちょっとしたエフェクトペダルを買ったんだけど、そこにはドラムマシンも付いていて、それでビートを細かく刻んでオーヴァーダビングしはじめたんだ。それが最初のプロデュースになるのかな?

何歳くらいのエピソードだったの?

J:たぶん10歳くらいの出来事じゃないかな? 思い返すと自分でも驚きだよ。子どもの頃はひとりきりが多かったから、音楽が自分のはけ口になってたね。僕にとって音楽は、いつでも戻ってくることができる唯一の友人のようなものさ。2017年頃からより真剣に音楽に取り組むようになって、最初のシングル「Whereyougonnago?」を出した。それをムーディーマンが彼のコンピレーションに入れてくれたんだ。この出来事なしに僕の音楽を語ることはできないよ。まさしく音楽が僕にたくさんの祝福を与えてくれたんだ。音楽なしの人生は考えられないね。

ムーディーマンとのエピソードについて、もう少し掘り下げてもいいかな?

J:彼とは本当に不思議な縁があって、僕が最初に買ったレコードもムーディーマンだった。白いジャケットにスタンプが押してあるだけだったから、誰のレコードかなんて3年くらい気づかなくて、後で振り返ると本当に驚いたよ。その2年後に僕が最初のレコードをリリースしたときに、〈!K7〉のスタッフから突然連絡が来て、彼が僕の曲を出したいって言ってきたんだ。

本人に直接会ったことはある?

J:ムーディーマンのライヴを初めて見たのはロンドンでのコンサート。そのとき、彼はローラースケート・ツアーのようなものをやっていて、シカゴやデトロイトから15人くらいのの子どもたちを招待して、クロアチア、ロンドン、ポルトガルなどヨーロッパ全体のフェスを一緒に回っていたんだ。子どもたちは国はおろか、自分たちの地域を離れたこともなくて、そんな若者のために新しいコミュニティをもたらして、それを世界と共有している光景が僕にとっても本当に大きなインスピレーションだった。それで僕は彼に自分の絵も描いてあるビート入りのCDを渡して、その何年か後に彼のチームが僕に声をかけてくれたんだ。改めて彼のサポートに感謝したい。彼のコンピレーションに参加したことを思い出すといまでも緊張するよ。最近ベルリンのクラブで僕のトラックをムーディーマンがプレイしているのを聴いて「あぁ、なんてことだろう!!!」ってね。とにかく、感謝してもしきれないんだ。それに、日本からのフィードバックもたくさんあったのを覚えている。日本にはムーディーマンのヘッズがたくさんいるって聞いてたし、日本はいつも……「デトロイト」だよね。

デトロイト好きな日本のオーディエンスは喜ぶと思うよ。

J:あの街が魅力的なのは間違いない理由がある。デトロイトは本当にインスピレーションに満ちた街。多くの異なるジャンルを融合し続けてるし、ひとつのスタイルに束縛されたり、ひとつの演奏方法に固執したりしない土壌があるよね。彼らはつねにヒップホップ、ファンク、ジャズ、テクノ、ソウルの間を難なく行き来してて、それが僕に大きなインスピレーションを与えてくれたんだ。DJや楽曲制作のなかで、僕もいろんなジャンルやリズム、そしてサウンドを行き来するのが好きだからね。デトロイトは僕にとっても本当に大きな影響を与えてくれているよ。

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インドの長い歴史のなかで、例えばアラビア数秘術を取り入れてそこから新しいものを生み出したり、日本文化を取り入れてきた歴史だってあるんだ。それが僕の音楽に対するヴィジョンに繋がっていると思う。

ジャンルの話が出たけど、自分の音楽のスタイルをどう表現している? 『COLORS』のインタヴューでもいろんなジャンルをフュージョンさせていくって言ってたけど……。

J:僕自身、インド人として過去のインドの偉大な作曲家たちを見ていると、つねに世界中で出てくるサウンドを融合してそれをミックスしてきたような気がするんだ。R・D・バーマン(インドで最も影響力のある作曲家のひとり)はディスコ、サイケデリック・ロックを地元の伝統音楽と融合させてきたから、僕も同じ軌道を辿っていると感じるし、偉大なインドの作曲家たちの遺産を引き継ごうとしているよ。自分の音楽がカルチャーのメルティング・ポットになればいいよね。インドの長い歴史のなかで、例えばアラビア数秘術を取り入れてそこから新しいものを生み出したり、日本文化を取り入れてきた歴史だってあるんだ。それが僕の音楽に対するヴィジョンに繋がっていると思う。それから、僕はロンドン、ニューヨーク、メルボルンだったりと、多くの異なる文化の場所に住んで、いろんな人びとに出会ってきた。だから、自分が恵まれてきたすべての経験から、何か新しいものを生み出すことが自分の責任だと感じているよ。

インタヴューのなかに「ANGER/怒り」っていうキーワードにも触れていたけど、その意味は?

J:まず、昨今の世の中を見てみると貧富の差が本当に大きくなっているよね。富裕層はさらに裕福になって、貧困層はさらに貧しくなるように設定されているのがよくわかる。「人類が地球上で生き残れるか?」って疑問について、人びとのヴィジョンが似合わないくらい現代社会はおかしなことになっていて、いわゆる「ヒューマニティー3.0」みたいな違った物の考え方が必要だと思う。なぜならいま、僕たちが進んでいる道はそれではないから。だから僕みたいな茶色い肌の人間が世界的な音楽シーンで活動しているだけで、別の物語を見せることができる。アーティストが皆、必ずしも同じストーリーを語ることはできないからね。

つまり自分の感情に潜むメッセージを音楽に込めているってこと?

J:間違いなく、ほとんどの楽曲がそうだね。楽曲の全てが僕の人生を反映しているし、自分自身を楽曲に注ぎ込んでなかったら音楽にとっても失礼に値すると思う。いつも110%のチカラで音楽に取り組んでいるし、自分の音楽が誰かと似ているとも感じているよ。もちろん、誰かの影響を受けてるとか、あのアーティストに似ているねと言うことだってできるけど、この音は僕だけのものさ。そしてそれを本当に誇りに思ってる。

では実際どのようにして音楽を作ったり、書いたりしているの? もちろん誰かとジャムやコラボレーションすることも多いよね?

J:もちろん、コラボレーションは大好きだ。基本的に自分で頻繁にビートを作ったりしてるけど、最近出したアルバムのときはスタジオにこもっていろんなミュージシャンとセッションしたり、曲を書いたりしたね。特にこのアルバム『Third』では、より自分の個性を前面に出したかったから、自分のビートやトラック、歌詞をバンドに落とし込んで、よりユニットとして音楽を掘り下げることが重要なプロセスだった。だから新譜には生演奏がたくさん盛り込まれていて、もちろんこれからもこのスタイルを続けていきたいと思ってる。エレクトロニックとライヴ・ミュージックの間を探求すること、それが前のアルバムからより進歩した部分かな。もちろんいままでの楽曲にも生音はたくさんあったけど、このアルバムではミュージシャンとより入念に取り組んだって感覚も強いよ。

僕みたいな茶色い肌の人間が世界的な音楽シーンで活動しているだけで、別の物語を見せることができる。

将来誰かとコラボレーションしたい人はいる?

J:そうだね……沢山いるけれど、アシャ・プトゥリなんかは夢のひとりだ。彼女は欧米でも活躍したインドを代表する名シンガーで、インド人にとってもアイコン的な存在なんだ。いまではみんなも知っている「ボリウッド(インド映画)」のサウンドを国外に広めたキーパーソンでもあるし、あとはガンズ・アンド・ローゼズのスラッシュなんかも憧れの存在。でも有名、無名なんてことは関係ないし、現に今回のアルバムでもたくさんのミュージシャンとコラボレーションできたんだ。とにかく、自分だけのクリエイションに納めずに、共演するアーティストと自然な形で音楽を育んでいけたら最高だよね。

日本のアーティストで気になる人は?

J:少し前に小袋成彬のリミックスをやったばっかりだし、また近いうちに彼の住んでいるロンドンに行く機会があるからまたセッションできたらいいね。それと、BIGYUKI、椎名林檎の楽曲も聴いてるよ。日本は本当に素晴らしいアーティストがたくさんいると思う。

自身のプロダクションと並行してレーベル〈The Jazz Diaries〉もやっているよね。

J:元々、レーベルは自分のレコードを出すためにはじめたもの。僕らの音楽は本当にインディペンデントな業界だから、買ってくれたレコードのお金がどこに流れていくかを可視化するのが重要だと思った。だからレーベルは自分自身のためにあるし、実際に他に手がけたリリースも僕が世界を旅して実際に出会ったアーティストだけなんだ。音楽のおかげでたくさんの仲間ができたり、お金を稼いだり、行ったことのない場所を旅できている。結局、僕の人生の大半は音楽で、レーベルもそのなかの一部ってことさ。特に、南アジアのアーティストを集めたコンピレーション『Chalo』(2020)は、まだスポットライトの当たっていないアーティストやミュージシャンの仲間たちにとってとてもいいキッカケになったと思う。ダンス・ミュージック・シーンは欧米のアーティストが中心だけど、まだまだ知られていない素晴らしいアーティストが世界中にいて……。そう! まさに日本だって、世界のトップDJに引けを取らないくらい素晴らしいDJがたくさんいるよね。とにかく、そういう長い間光が当たらなかったアーティストをフィーチャーできたのは最高の機会だ。これからも続けていきたいな。

そういうところも踏まえて、音楽にできる最良のことって何だと思う?

J:そうだね、まず自分にとって音楽は人生だし、人生が音楽だ。一生のサウンドトラックみたいに、仲間との出会いや子どもの頃からのいろいろな思い出が音楽になっていくんだ。音楽のチカラは本当に強い。日本に来て、僕は日本語も話せないし、日本人も英語を話せない人もいたけれど、僕の音楽を聴いてシェアしてくれる人がいる。それはただのドラムビートや楽器から鳴る音を超えて、音楽で繋がる人間関係なんだと思う。だから皆、「音楽は世界共通言語」なんて言うし、そこに文化や、年齢、人種は関係ない。それが自分たちやそれぞれのカルチャーを表現することも忘れてはいけないよ。

それじゃあ最後に、「一ヶ月音楽禁止!」って状況になったら何をすると思う?

J:あまり考えたこともなかったけど、何かクリエイティヴなことだったり、アイデアを溜めたりもするかもしれない。でももし音楽をやっていなかったら何かビジネスをしてるかもしれないね。結局、僕に取って音楽は自身の頭のアイデアを形にすることの延長線上にあって、生きるために何かをはじめていると思う。それに、音楽もビジネスの一部だし、ミュージシャンでいることは起業家と同じこと。それはいまも昔も変わらないことで、素晴らしいミュージシャンやアーティストでも、それを持続可能にして継続させるためのビジネスの洞察力がなくて失敗している人も大勢いたと思う。だからこそ、過去の成功や失敗を多くのミュージシャンや起業家から学んで自分の活動に取り入れているのかもね。

interview with Matthew Herbert - ele-king

馬は、猫なんかよりもはるかに深く人間とつながっている。人間と多くの関係をもったナンバーワンの動物なんだ。

 ユニークなることばは日本では「風変わりな」「奇抜な」といったニュアンスで使われることが多い。本来の意味は「唯一無二」だ。マシュー・ハーバートのような音楽家がほかにいるだろうか? ハウス、ジャズ、フィールド・レコーディングにコラージュ、コンセプト、メッセージ──どれかひとつ、ふたつをやる音楽家はほかにもいる。ハーバートはそれらすべてを、30年近いキャリアのなかでずっと実践してきた。しかも、シリアスなアーティストが陥りがちな罠、深刻ぶった表情にはけっしてとらわれることなく。ハーバートこそユニークである。

 90年代後半、彼はまずミニマルなテック・ハウスのプロデューサーとして頭角をあらわしてきた。トースターや洗濯機といった家にあるモノの音を用いた『Around The House』(98)、人体から生成される音をとりいれた『Bodily Functions』(01)などの代表作は、彼が卓越したコラージュ・アーティストでもあることを示している。ビッグ・バンドを迎えた『Goodbye Swingtime』(03)はひとつの到達点だろう。政治的な言動で知られる言語学者チョムスキーの文章がプリントアウトされる音をサンプリングしたりしながら、他方で大胆にスウィング・ジャズ愛を披露した同作は、ブレグジットに触発された近年の『The State Between Us』(19)にもつながっている。
 ここ10年ほどを振り返ってみても、一匹の豚の生涯をドキュメントした『One Pig』(11)、ふたたび人体の発する音に着目した『A Nude』(16)などコンセプチュアルな作品が目立つ一方、『The Shakes』(15)や『Musca』(21)では彼の出自たるダンスの喜びとせつなさを大いに味わうことができた。パンデミック前は意欲的にサウンドトラックにも挑戦、尖鋭的なドラマーとの目の覚めるようなコラボ『Drum Solo』(22)もあった。彼の好奇心が絶える日は永遠に訪れないにちがいない。

 この唯一無二の才能が新たに挑んだテーマは、馬。気になる動機は以下の発言で確認していただくとして、ロンドン・コンテンポラリー・オーケストラと組んだ新作『The Horse』ではサウンド面でも新たな実験が繰り広げられている。馬の骨はじめ、全体としてはフィールド・レコーディングの存在感とフォーク・ミュージック的な気配が際立っているが、自身のルーツの再確認ともいえるダンス寄りの曲もある。コンセプトとサウンドの冒険が最良のかたちで結びついた力作だと思う。
 もっとも注目すべきはシャバカ・ハッチングスの参加だろう。ほかにもセブ・ロッチフォード(ポーラー・ベア)やエディ・ヒック(元ココロコ)、シオン・クロスと、サンズ・オブ・ケメット周辺の面々が集結している。2010年代に勃興したUKジャズ・ムーヴメントのなかでも最重要人物たるハッチングスまわりとの接続は、長いキャリアを有するハーバートが現代的な感覚を失っていないことの証左だ(ハッチングスが若いころに師事した即興演奏のレジェンド、エヴァン・パーカーの客演も大きなトピックといえよう)。

 ちなみに本作で馬との対話を終えた彼は現在、バナナに夢中だという。スーパーやコンビニなど、いまやどこにでも安価で並んでいるバナナ。その光景がグローバリゼイションと搾取のうえに成り立っていることを80年代初頭の時点で喝破したのが鶴見良行『バナナと日本人』だった。どうやらいまハーバートもおなじ着眼点に行きついたらしい。早くも次作が聴きたくなってきた。

彼にお願いしたことは、「フルートを演奏した世界初のミュージシャンになった気持ちを想像しながら演奏してくれ」ということだけ。彼が参加してくれたのはほんとうに光栄なことだった。シャバカ・ハッチングスというミュージシャンはつねに疑問を持ち、考えている。

新作のテーマは「馬」です。音楽と馬との関わりでまず思い浮かべるのは、ヴァイオリンの弓が馬のしっぽからつくられていることです。つまりクラシック音楽の長い歴史は、馬なくしては成り立ちませんでした。また音楽以外でも馬は、移動手段としての利用をはじめ、人間と長い歴史を有しています。今回馬をテーマにしたのはなぜなのでしょう?

H:じつは最初から馬を選んだわけじゃないんだよ。馬のほうからぼくを選んでくれたんだと思う。最初のアイディアは、なにか大きな生き物の骸骨を使ってレコードをつくるといういうものだった。そこで eBay でいちばん大きな骸骨を検索したんだ。ティラノサウルス・レックスとか、恐竜のね。でもそれはなくて、購入することができるいちばん大きな骨は馬の骨だったんだ。だから馬の骨を買ったら、数週間後にものすごく大きな箱がスタジオに届いてさ(笑)。「なんてことをしてしまったんだろう」とそのときは少し後悔したよ(笑)。でもぼくはその骨格から楽器をつくりはじめて、それで音楽をつくりはじめた。そしたらどんどん馬の魅力に夢中になっていったんだ。馬や、馬にまつわる物語にね。馬は、猫なんかよりもはるかに深く人間とつながっている。人間と多くの関係をもったナンバーワンの動物なんだ。そこで、馬は自然界と人間の関係の謎を解き明かす鍵であり、その関係をあらわすとても素晴らしい比喩になると思った。そんな成りゆきで、今回のアルバムを作るに至ったんだよ。

通訳:そもそもどうして骸骨を使いたいと思ったのでしょう?

H:正直、それは覚えてない。そのアイディアを気に入ったのはたぶん、骨というものが多くの動物が共有するものだからだったと思う。骨は見えないけれども私たちのなかに存在しているものだから。毎回レコードをつくるたびにぼくにとって重要なのは、その作品制作をとおしてなにかを学ぶことなんだ。自分が知らないことに触れ、それを学び、そしてそれをオーディエンスを共有することがぼくの野心なんだよ。

以前は「豚」をテーマにしたアルバムを出していますよね。それと今回の「馬」とは、テーマのうえでどう異なっているのでしょう?

H:豚の場合、あれは一匹の豚の人生の旅路がアルバムの大きなテーマだった。その豚が生まれてから食べられるまでの人生を記録したのがあの作品。そして、その豚が食べられた瞬間にその記録はストップするんだ。その記録はある意味ドキュメンタリーのようなもの。ある一匹の豚のドキュメンタリー、あるいは物語なんだよ。僕は、あの一匹の動物の一生のほとんどすべてを知っていた。その豚が生まれたときも、食べられたときもその場にいたし、旅の間中ずっと一緒だった。でも今回の馬についてはなにも知らないんだ。競走馬であること、ヨーロッパ生まれであること、そしてメスであることだけは知っているけど、知っているのはその3点のみ。だから今回のアルバムはほとんどその馬の死後の世界のようなもので、その馬の霊的な旅、幻想的な旅、神聖なる旅といった感じなんだ。馬の骨を手にしたときからすべてが未知だった。つまりぼくにとってこのアルバムはドキュメンタリーではなく、探検や未知の世界であり、かなり抽象的な作品。この馬は数年前に亡くなったんだけれど、ある意味アルバムをつくることで、その馬のために死後の世界を作ったようなものなんだ。

非常にさまざまな音が用いられていますが、制作はどのようなプロセスで進められたのでしょうか? リサーチと素材の収集だけでかなりの時間を費やさなければならないように思えます。

H:そう。かなり大変だったね。今回はレコードの制作期間が半年しかなかったから、骨組が届いてから完成するまではとても早かった。最初はなにをどうしたらいいのかわからないままアルバムづくりをスタートさせて、まずヘンリー・ダグに脚の骨を使って4本のフルートをつくってもらったんだ。そのあと骨盤からハープをつくってもらい、サム・アンダーウッドとグラハム・ダニングに骨を演奏できる機会をつくるのを手伝ってもらった。そうやってできあがった新しい楽器の演奏方法を発見しながら素晴らしいミュージシャンにそれを演奏してもらったんだ。とにかく即興で音を演奏し、ストーリーをつくっていった。今回はカースティー・ハウスリーという監督と一緒に作業をしたんだ。彼女はイギリスの有名なシアター・カンパニー Complicite で多くの演劇を手がけている。そしてもうひとり、イモージェン・ナイトというムーヴメント・ディレクターとも一緒に作業した。ぼくと彼女たちの3人は、ドラマツルギー(戯曲の創作や構成についての技法、作劇法)について考え、物語の構成や内容について考えることにかなり長い時間を費やし、この馬の骨にまつわるストーリーと、音楽にまつわるすべての可能性について話しあったんだ。最初のアイディアがエキサイティングであったと同時にすごく厄介だったし、時間も限られていたから、けっこう途方にくれてしまってね。そこでカースティーとイモージェンが物語の構成を考えるのを手伝ってくれたんだ。

アウトサイダーやエキセントリックなひとたち、もしくはシーンの端っこで面白い音楽を作ってきたひとたちをこのレコードに招き、ここで彼らに自分の居場所を見つけてほしかったんだよ。そして彼らをこの空間で祝福したかったんだ。

今回の制作でもっとも苦労したことはなんでしたか?

H:もっとも苦労した、というか大変だったのは、その馬に対して誠実で忠実な作品をつくること。ぼくはその馬のことをなにも知らなかったから、自分が知らないものについて音楽をつくるというのはかなり難しいことだった。まるで、会ったこともないだれかのプロフィールを書くようなものだからね。もうひとつは、骨という唯一残されたその馬の一部に魂を見出すこと。骨はぼくが持っているその馬のすべてだったから、もちろんぼくはその骨に敬意を払いたかった。でも骨というものに魂を見出すことが最初は難しくてね。生きているものと違って、骨はカルシウムと炭素とシリコンでできている。骨はもう生きていないわけで、生き物の遺骨と魂の関係とは何かを考えるというのが、ぼくにとってはすごく複雑だったんだ。

“The Horse’s Bones And Flutes” では、馬の骨からつくられたフルートをシャバカ・ハッチングスが演奏しています。彼はサックス奏者ですが、日本の尺八などさまざまな管楽器を探究しています。また彼はアフリカの歴史を調べたり、非常に研究熱心です。彼の探究心について、あなたの思うところをお聞かせください。

H:最初に今回の件を依頼したとき、彼は「無理だね。俺には演奏できないよ」と言ったんだ。でも、もちろん彼は才能あるミュージシャンだから、10分後には完璧にフルートを演奏していた。そこでマイクをセットし、ひたすら彼に演奏してもらい、2時間かけてそれを録音したんだ。そしてその演奏をとにかく聴きまくりながら、僕らはたくさん話をした。僕が最初に彼にお願いしたことは、「フルートを演奏した世界初のミュージシャンになった気持ちを想像しながら演奏してくれ」ということだけ。そこから2時間の即興演奏ができあがり、ぼくがそのなかからとくにいいと思った部分をいくつか取り出し、曲をつくりあげたんだ。ぼくは彼の探究心が大好き。だからこそ彼を選んだし、彼が参加してくれたのはほんとうに光栄なことだった。シャバカ・ハッチングスというミュージシャンはつねに疑問を持ち、考えている。音楽というものはときに超越を意味するものだと思うんだ。そして、考えるということと降伏することのあいだにはとても複雑な関係がある。彼はかなり興味深い視点やヴィジョンを持ってるんだ。演奏や即興をやっているときはとくにそう。彼は演奏しているときつねに考え、つねになにかを創造しながらも、そこには同時に自由が存在する。彼のなかではそのアンバランスが成り立っていているんだよ。自由で好奇心旺盛でありながらなにかを達成しようとするのはすごく難しくて複雑なことだと思う。でも彼はそれをとてもうまく表現できていると思うね。

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人類が最初に音楽をデザインしたとき、それは複雑なものではなかった。でも人間が進化するにつれて、音楽もより複雑に進化してきた。だからぼくたちは出だしのほうの音をすごくシンプルなものにしたかったんだよ。

本作にはポーラー・ベアのセブ・ロッチフォードや元ココロコのエディ・ヒック、またシオン・クロスも参加しています(全員サンズ・オブ・ケメットでも演奏経験あり)。2010年代後半はロンドンを中心に新たなジャズのムーヴメントが勃興しました。これまでもジャズを小さくはない要素としてとりいれてきたあなたにとって、そのムーヴメントはどのように映っていますか?

H:イギリスには昔から面白いジャズが存在していて、その歴史は長い。以前は新しい世代は昔からの物語を引き継ぎ、昔からのまともなジャズを継承してきたんだ。イギリスのジャズにはつねに、ある種のアンダーグラウンドで探究的な伝統が尊愛してきたからね。でもいまはジャズとダンス・ミュージック、そしてリズムのあいだですごくエキサイティングなコラボレーションがおこなわれていると思う。ジャズの歴史のなかでリズムというのはこれまでとくには追求されてこなかったと思うんだ。でもいまの新しい世代は、ダンス・ミュージックからリズムとアイディアを借り、それを即興演奏にとりいれている。しかもそれをかなりうまくやっていると思うね。ぼく自身そういったサウンドが大好きだし、例えばシオン・クロスのようなミュージシャンはチューバを演奏しているけれど、ぼくはそこが好きなんだ。チューバは通常ジャズの楽器ではないからね。新しい楽器、新しい音、そして新しい声を見つけるというのは本当にエキサイティングだと思うし、彼らが集まっていっしょに演奏するようなコラボレーションがあるのもこのシーンの素晴らしさだと思う。彼らは互いにサポートしあっているし、まるでエコシステムのように機能している。ほんとうにポジティヴだと思うよ。

ひるがえって、エヴァン・パーカーやダニーロ・ペレス(Danilo Pérez)といった巨匠も参加しています。彼らを起用するに至った理由は?

H:エヴァン・パーカーはぼくの近所に住んでいるんだ。彼とは友人の紹介で知り合い、参加してもらうことになった。ダニーロ・ペレスとは数年前パナマで一緒に映画のサウンドトラックを制作したことがあって知り合ったんだ。ぼくにとって今回のレコードに昔の世代のミュージシャンも招くのは重要なことだった。今回は若い世代から年配の世代まで、幅広い世代のアーティストをフィーチャーしたくてね。楽器の製作者にかんしても同じ。ヘンリー・ダグは昔の世代の楽器製作者だし、ぼくらは彼以外に若い楽器製作者にも参加してもらった。ぼくはアウトサイダーやエキセントリックなひとたち、もしくはシーンの端っこで面白い音楽を作ってきたひとたちをこのレコードに招き、ここで彼らに自分の居場所を見つけてほしかったんだよ。そして彼らをこの空間で祝福したかったんだ。

馬と権力はこれまでずっと結びついてきたし、いまでもそれは続いている。王や貴族、権力を象徴するものとして。馬に乗れるということは、自然をコントロールできるということなんだ。馬は権力と自然を支配することの象徴なんだよ。

通訳:エヴァンとダニーロとの実際に曲づくりをしたプロセスを教えてください。

H:エヴァンは、彼がぼくのスタジオに来て、彼に骨のフルートを渡し即興で演奏してもらった。彼はサックスも吹いているんだけど、あれがいちばんの成功だったと思う。というのは、今回のアルバムでぼくにとって大切だったのは、音楽が自由であることだったから。その自由さで、馬の精神、想像力の精神、音楽家の精神を表現し、それを感じてもらいたいと思っていたんだ。エヴァンはそれを表現してくれた。彼は自由に、とても美しく、感動的なものをもたらしてくれたんだ。
 ダニーロとの作業はそれとは少し違っていた。パナマでレコーディングし、彼にも即興で演奏してもらったんだけれど、彼には馬と対話するように演奏してもらうようお願いしたんだ。「馬が出す音を聴いて、それに合わせてピアノを弾くれ」ってね。そうすることで新しい表現の形をいっしょにつくっていった。その異なるプロセスがそれぞれ違ったものをもたらしてくれたんだ。

2曲目の太鼓の響きや4曲目の旋律などからは、西洋ポピュラー・ミュージックとは異なる、民族音楽やフォーク・ミュージックと呼ばれるものを想起しました。そういった点もテーマの「馬」と関係しているのでしょうか?

H:原始的な楽器を使ったから、民族音楽のように聞こえないことはむしろありえなかったと思う。馬の皮やウサギの皮といった動物の皮を引き伸ばして作られたものだから、かなりベーシックな楽器なんだ。そのシンプルな太鼓を演奏しているだけだから、フォーク・ミュージックのように聞こえないほうが難しいと思うね。現代の楽器と比べると、その楽器から得られる音やテクスチャーの幅はかなり限られているから。ぼくは今回のアルバムで音楽の歴史も表現したかったんだ。人類が最初に音楽をデザインしたとき、それは複雑なものではなかった。でも人間が進化するにつれて、音楽もより複雑に進化してきた。だからぼくたちは出だしのほうの音をすごくシンプルなものにしたかったんだよ。2曲目では、最後にひとつのコードが出てくるんだけど、それはハーモニーの出現を表現している。そんな感じで、このアルバムでは音楽の進化も表現しているんだ。だからアルバムの最初のほうはフォーク・ミュージックのようにとてもシンプルにはじまり、そこからオーケストラのようになり、エレクトロニックになっていく。アルバムのなかで、音楽がどんどん複雑で奇妙なものに発展していくんだ。

本作には、かつてサフラジェットのエミリー・デイヴィソンが命を懸けて馬の前に立ちふさがった、その競馬場で録音した音も含まれているそうですね。フェミニズムもまた本作に含まれるテーマなのでしょうか?

H:あの音源を使ったのは、ぼくが権力の表現に興味があるから。もちろんフェミニズムはその重要な一部ではあるんだけれど、フェミニズムがテーマというわけではないんだ。馬と権力はこれまでずっと結びついてきたし、いまでもそれは続いている。王や貴族、権力を象徴するものとして。馬に乗れるということは、自然をコントロールできるということなんだ。馬は権力と自然を支配することの象徴なんだよ。そして、自分たちの楽しみのために馬を競わせる競馬という点もそうだし、女性が権利のために立ち上がるという点もそうだし、あの場面ではいくつかのストーリーがひとつになっているように思えたんだ。権力がどのように交錯するかを説明するための有力なストーリーがね。権力とフェミニズムの関係だったり、権力と環境の関係だったり、貴族制度と競馬、つまりはスポーツやギャンブルの関係、権力と搾取の関係もそう。権力がどのように社会と交差しているのかを表現するのに役立つと思った。ほんの小さな出来事だけれど、僕にとってあの出来事と場所は、権力にかんするいくつかの物語が結晶化したものなんだ。

ダンスフロアはたんにレッドブルやウィスキーを飲むための場所じゃない。ダンスフロアが政治的でありつづけること、政治化されつづけることは、ぼくはすごく重要なことだと思っている。

今回フィールド・レコーディングだけでなく、インターネットから集められた馬の鳴き声も使用されているのですよね? パンデミック中はIT関係のテック企業やシリコンヴァレーのひとり勝ちのような状況になり、富める者がさらに富むような側面もありましたが、それでもインターネットを使わざるをえない現代のアンビヴァレントについてどう思いますか?

H:インターネットのよさは、その巨大さ。インターネットは人間の脳の巨大な地図のようなもの。だから、クリエイティヴな部位もあり、怒りの部位もあり、セクシーな部位もあり、情報の部位もあり、機能的な部位もある。ぼくはその詰まり具合が好きなんだ。インターネットをとおして過去のさまざまな人びとやアイディアとコラボレーションできるのも素晴らしいことだと思う。それに、ぼくは新しい技術を使うことに興味があるんだ。たとえば機械学習とかね。馬の鳴き声を集めるために使ったのがこの技術。このアルバムでは非常に初期の原始的な技術である骨のフルートから機械学習にまで触れたかったんだ。

“The Horse Is Put To Work” や “The Rider (Not The Horse)” にはダンス・ミュージックの躍動があります。90年代~00年代初頭、あなたはハウスのプロデューサーとして名を馳せ、2021年の『Musca』もハウス・アルバムでした。あなたにとってハウス、もしくはダンス・ミュージックとはなにを意味していますか?

H:ぼくが最初にダンス・ミュージックをつくりはじめたころは、ダンス・ミュージックのレコード会社もそれをつくるアーティストもそれほど多くはなかった。それがいまでは何百万人、何千万人という人びとがそれをつくっている。だからダンス・ミュージックは以前と比べると薄くなり、パワーが少し弱くなった気がするんだよね。政治的な意味も希薄になってしまった。とくにハウス・ミュージックはアメリカのブラック・クィア・カルチャーとして、安全にプレイされるための場所としてはじまったのに。ダンスフロアはたんにレッドブルやウィスキーを飲むための場所じゃない。ダンスフロアが政治的でありつづけること、政治化されつづけることは、ぼくはすごく重要なことだと思っている。とくにイギリスでは政治も新聞も、どんどん右傾化してしまっているんだ。そんななかでダンスフロアのような安全な空間をつくり、それを育てていくことはほんとうに重要だと思う。なのにダンス・ミュージックの形態が、音楽的に言えば、少し保守的になってきてしまっているのは残念だよ。気候変動だったり、ぼくたちはいま実存的な危機的状況にあると思う。そんななかで音楽があまりにも保守的だったとしたら、それはぼくらの助けにはなれないと思うんだ。

これまでもあなたは人間の身体やブレグジットなど、さまざまなテーマの作品をつくってきました。ただ音の効果や作曲行為などのみに専念するアーティストがいる一方で、あなたがそうしたなにがしかのコンセプトを自身の音楽活動に据えるのはなぜなのでしょうか?

H:好奇心と、なにかを学びたいという気持ちだろうね。いまぼくは映画やテレビ音楽の仕事をしている。次のプロジェクトはバナナがテーマなんだ。いまはドミニカ共和国でバナナにマイクをくくりつけて、ドミニカ共和国からぼくの朝食として出てくるまでの道のりを録音し、記録しているところ。これはもう映画のような作品なんだ。映画であり、記録ドキュメンタリーでもある。今回バナナをコンセプトにした理由は、ぼくがバナナについてなにも知らないことに気がついたから。毎朝バナナを食べているのに、それについてなにも知らなかったから、バナナについて調べなきゃと思ったんだよね。バナナは世界でもっとも食べられている果物なのに、品種はひとつしかない。そして、パナマ病のせいで危機に瀕している果物なんだ。もしよかったらチキータ・ブランドについて調べてみて。バナナの歴史に暗い影を落としているから。

通訳:以上です。今日はありがとうございました。

H:こちらこそ、ありがとう。

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