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Fennesz - ele-king

 海、またしても海だ。サーファー映画からヒントを得たという『エンドレス・サマー』(2001)をはじめ、水の都『ヴェニス』(2004)、そして陰鬱な『ブラック・シー』(2008)に前作『アゴーラ』(2019)、そして本作『モザイク』……オーストリア人のギタリスト兼ラップトップ奏者はこれまでも海にちなんだ作品を制作し、アートワークにはたびたび海の写真が使われている。
 さて、まずは振り返ってみよう。いまから30年近く前の話だ。クリスチャン・フェネスは、敢えてこういう言い方をするが——「ポスト・オウテカ/ポスト・エレクトロニカ/ポスト・アンビエント」におけるグリッチ・ミュージックを代表するひとりとして我々の前に現れた。テクノロジーを間違って使うことで発生するサウンドの粒子をパレットとするこのスタイルは、テクスチャの快楽と作者の想像力なしでは楽曲たりえない。フェネスはそれを独自に、深みのある表現へと発展させることができた数少ないひとりだ。

 また、美術学校で音楽を学んだ彼は、90年代後半のウィーンの小さなコミュニティ——ピーター・レハーグ(通称ピタ)による〈Mego〉というレーベルを拠点とした、ユーロセントリックな電子の実験場の主要人物としても知られる。すなわち、英国産のエレクトロニカ台風から離れて、アカデミアでもなければテクノでもない欧州独自の回路を見出した一派、そこにはジム・オルーク、あるいはベテランのキース・ロウ、ブルクハルト・シュタングルのような即興家たちも合流した。この辺境(オルタナティヴ)において、フェネスはそして放浪者デイヴィッド・シルヴィアンと共演し、坂本龍一と共作したことはここ日本ではよく知られるところである。

 ピタ、オルークとのラップトップ・アンサンブルによる即興作品もいまだ根強い人気をほこっているが、彼の初期作品のほとんどはギターとエフェクトを駆使して作られている。そのセットはいまでも彼の主要機材で、彫刻に喩えられる彼の音響工作は、ドラムとベースがないどころか、多くのエレクトロニック・ミュージックと構造が異なっている。そして、なんと言っても彼には、数多の不協和音作品にはないメロディの再発見があり、受け入れるか否かはともかく、楽曲にはヨーロッパ的な美学、とくに古くから日本人が思い浮かべるようなそれが横溢しているようにぼくには思える。フェネスを聴くことはゲーテやトーマス・マンを読むことに近いとは言い過ぎだが、彼の音楽には詩的な美があり、生きることの葛藤があり、そして内的な深みがあることはたしかだろう。ただ、フェネスの音楽を聴いていつも感嘆するのは、その緻密さと大胆さが入り乱れた表現力だ。ロスコの抽象絵画が観る距離や鑑賞時の精神状態によって見え方が異なるように、フェネスの抽象音楽は聴く度に違って聴こえたりもする。

 本作『モザイク』、フェネスにとって5年ぶりのアルバムは、その微細なタッチで描かれる詩的描写と精神性が融和した力作だ。前作よりも、入りやすい。ことにアルバム冒頭の“Heliconia”は出だしが出色で、あざやかな幕開けがある。聴いて数十秒、目の前にはあたかも海(たとえばアドリア海)が広がるようだ。海中には、それこそ無数のテクスチュアがある。光と闇があり、重力と時間は変化する。うねるような音の循環、音の煌めき、複数のレイヤーが並走するなかフェネスらしいメロディが立ち上がる。そのじつに魅惑的な音響工作に対し、2曲目の“Love And The Framed Insects(愛と額装された昆虫)”のドローンは静的にはじまり、内省的に展開する。エーテル状に加工されたサウンドはゆらめき、他方では軋むようなグリッチが遠い記憶の向こうで鳴っている。この曲における速度を落とした感覚はその次の“Personare”にも感じられるが、こちらはよりダビーな残響のなかで抽象化される。 

 『エンドレス・サマー』のようなアルバムを出してしまったフェネスは、それ以降の作品すべてがその傑作と比較されてしまうという、ある意味不幸な状況にある。日本のアンビエント作家と呼ばれる人たちから「『エンドレス・サマー』は好きだけれど……」という言葉をぼくはなんど耳にしたことか。もっとも、そう言われるだけの代表作をもつアンビエント作家が何人いようか、とも言えるわけだが、まあそれはさておき、たしかにカリフォルニア西海岸の情景には、多くの人が感情移入できる牧歌性があった。しかし、海辺の情景がつねに黄金色であるとは限らない。4曲目の“A Man Outside”には寒々しい曇り空が広がっている、そんなふうに思える曲だ。よりミニマルに、しかも茫洋と続くこの曲のどこかでは雨も降っているのだろう。「海にいるのは、あれは、浪ばかり」(中原中也)——そんな感じである。

 終わらない夏は終わりつつある。神妙な響きをもったドローンに導かれながらはじまる5曲目“Patterning Heart(パターニングする心)”もまた感動的な作品だ。いまでも多くの電子音楽家に好まれている映画監督にアンドレイ・タルコフスキーがいるが、その映像におあつらえ向きの曲だと言えるし、ぼくはその重みにおいて坂本龍一の『async』との共鳴を感じた。しかしながら、アルバム最後の、謎めいた曲名の“Goniorizon”の荘厳さに関しては、いまはなんと言ってのかわからない。海に飛び込んで、哲学的な内省に向かっている、そう喩えていいものかどうか。それほどまでに聴いている人間の心に突き刺さる魔力がある。いずれにせよ、美を忘れることはない、奥深いヨーロッパの音楽。そして海、またしても海があると。 

(追記:日本盤のよろすず氏の解説はたいへん勉強になった。ここに書かれていることと一切重ならない。ファンには一読をお薦めする)

P-VINE - ele-king

 レコードにまつわるさまざまな取り組みを実現する「VINYL GOES AROUND」の発足、プレス工場「VINYL GOES AROUND PRESSING」の設立など、近年さまざまな挑戦をつづけてきたPヴァイン。ここへ来てまた新たなプロジェクトがアナウンスされている。
 ひとつは、スマートフォン向けアプリ「VINYLVERSE(ヴァイナルヴァース)」のローンチだ。あなたが持っている実物のレコード・コレクションをデジタルで管理できるのみならず、共有や売買まで可能な新しいサーヴィスとのこと。
 そしてもうひとつ、NFCチップが搭載された次世代レコードの開発だ。「PHYGITAL VINYL(フィジタル・ヴァイナル)」と名づけられたそれは、ブロックチェーン技術を活用し、これまでとは異なるレコード体験をもたらすものになっている模様。その第1弾として、人気の高いザ・ウドゥン・グラス・フィーチャリング・ビリー・ウッテンの『Live』が限定リリース、豪華特典も予定されている。
 Pヴァインが踏み出す新たな一歩に注目したい。

“Always with Your VINYL.” スマートフォンアプリ「VINYLVERSE」と次世代レコード「PHYGITAL VINYL」をリリース

インディーズ音楽シーンの草分け的存在である株式会社Pヴァインは、スマートフォン向けアプリ「VINYLVERSE(ヴァイナルヴァース)」と、ブロックチェーン技術を活用した次世代のレコード「PHYGITAL VINYL(フィジタル・ヴァイナル)」を開発しました。2024年12月25日よりベータ版からサービスの提供を開始いたします。

<レコードの新時代へ>
音楽を楽しむ環境が多様化する中で、一度は注目を失ったレコードが近年再び脚光を浴びています。私たちはレコード市場を活性化させる目的でVINYL GOES AROUNDを2021年に始動し、そのプロジェクトの一環として2024年にレコードプレス工場を立ち上げました。それに続いて、私たちはレコードに秘められた特別な魅力を活かしつつ、現代のテクノロジーと融合させ、新しい価値を創出することに挑戦しました。今回リリースする2つのプロダクトをご紹介いたします。

<VINYLVERSE(ヴァイナルヴァース)でできること>
「レコードの世界」を意味するこのアプリは、あなたの実物のレコードコレクションをデジタルで管理・共有、売買できる新しいサービスです。

コレクションの管理・共有とソーシャル機能
アカウント登録をすると各ユーザーのギャラリーが開設されます。実際のレコードのジャケットをアプリで撮影するだけで、簡単にデータベースから情報を検索してギャラリーに自分のコレクションを追加して披露することが可能です。ギャラリーを通して、他のコレクターをフォローしたり、気に入ったレコードに「いいね!」したりと、音楽を通じたつながりを楽しめます。

マーケットプレイス(2025年開始予定)
ギャラリーに追加したレコードをユーザー同士で売買できるマーケット機能も導入予定。実際のレコードショップがオンラインストアを簡単に開設することも可能です。

PHYGITAL VINYLという新しいレコードの認証機能と新しい音楽体験の付与
アプリによってPHYGITAL VINYLがブロックチェーンと接続し様々な機能をお楽しみいただけます。

<PHYGITAL VINYL(フィジタル・ヴァイナル)とは?>
フィジカルとデジタルを融合した次世代のレコードです。

所有の証明
レコードのレーベル面に貼付されているQRコードが印刷されたNFCチップを、アプリのカメラでスキャンすることで、ユーザーによる所有をNFTで証明できます。

新しいファン体験
所有者限定のギフトやイベント参加権などを後から受け取れたりするなど、アーティストとファンのコミュニティ形成に役立つ、新しい形の継続的なつながりを提供します。

未来への展望
将来的にはメタバースなどの仮想現実との連携を視野に入れ、オンラインでもオフラインでも楽しめる音楽体験を拡張します。

<PHYGITAL VINYL第一弾リリースのご案内>
世界的なヴィンテージ・レコード市場で高い価値を持つ、THE WOODEN GLASS featuring BILLY WOOTENによる『Live』を、PHYGITAL VINYLの第一弾リリースとしてこのたび限定リリースいたします。購入してアプリでスキャンを行った所有者には豪華な追加特典のご提供を予定しております。

<アプリをダウンロードして、新しい音楽の世界へ!>
VINYLVERSEをダウンロードして会員登録するだけで、あなたのレコードコレクションを美しく管理し、音楽ファン同士のつながりを広げることができます。さらに、PHYGITAL VINYLでアーティストとの特別な体験も手に入れられるのです。私たちと一緒に「音楽の未来」を体感してください!

3年前にたくさんのレコードが世界中の皆様に届くようにという願いを込めてVINYL GOES AROUNDチームが発足しました。
この間、細々とではありますが熱狂的なヴァイナル支持者の期待に応えるべく、レコードのみならず、Tシャツやシルクスクリーン仕様のハンドメイドのエクスクルーシヴ商品そしてele-kingを通しての書籍やウェブでのコラムなど、ヴァイナルにかかわる様々な企画をしてまいりました。
今春にはVINYL GOES AROUND PRESSINGというレコード・プレス工場を設立しました。少しずつレコードと音楽とカルチャーが大好きな皆様に我々のヴァイナルに対する想いが届いていればと思っております。

VINYL GOES AROUND発足当初より、我々はヴァイナルが好きな人たちが集うコミュニティーの形成を目指しておりましたが、この度、VINYL GOES AROUNDによる新たなプロジェクト「VINYLVERSE」を開始することになりました。
ヴァイナル好きが自身のコレクションをデジタルの棚(「デジ棚」と呼んでください)にアーカイヴしキュレートすることで、世界中の人々やレコード店とつながりを持つことができ、そして、そこに集まった様々なレコードを手にできるマーケットプレイスへと発展していくことを目指すサービスです。

併せて、少しだけレコードの未来に向けた試みにもトライしております。

まずは、自分のレコードをVINYLVERSEのデジ棚にアーカイヴしてみることから始めてみませんか?
まもなくPヴァインは50周年を迎えようとしております。
我々が掲げてきた「THE CHANGING SAME ~変わりゆく、変わらないもの~」というバリューの元、これからも音楽文化の伝統を大切にしながら、テクノロジーと融合した新しい価値をお届けします。

たくさんのレコードが世界中の皆様に届くように ~Vinyl Goes Around~

株式会社Pヴァイン
代表取締役社長 水谷聡男

ios App Store
Android Google Play
VINYLVERSE Webサイト
THE WOODEN GLASS featuring BILLY WOOTEN『Live』販売ページ

Masaya Nakahara - ele-king

 中原昌也の新刊『偉大な作家生活には病院生活が必要だ』がじつに面白い、うん、ときに切なくなるけど面白い、です。「生死の淵をさまよう闘病生活の果てに、左側麻痺の身となりながら生還した偉大な作家の驚異的な軌跡(奇跡!)。待望の生還第一作にして、病の前後を記録した前代未聞のエッセイ集」というのが版元による紹介文です。なにぶん、中原氏は以前のような執筆活動はできない状態なので「語り」になりますが、現在の彼の「はじめに」と「おわりに」があります。そのあいだには中原氏の入院前とその後に書いた既発の日記/原稿がエディットされているわけですが、これが編集者の技術によって、まさに中原節と言いますか、ショーペンハウアーも凌ぐペシミズムとリー・ペリーにも匹敵する超越的な眼差しやふさふさした動物のようなものが渾然一体化したひとつの物語として巧妙に構成されいるのです。あらためてこの人間の存在感、輪郭、思想というか習性というか特性というか、そんなものが浮き彫りにされている次第で、いったい中原昌也という人は……最近はライヴ活動も精力的にやっていますが、ガンバレ昌也です(俺もがんばる)。
 ファンの方へ。別冊エレキングの『誰かと日本映画の話をしてみたい』には、三田格との対談があります。(キング・タビーの評伝がどうしても読みたいというので、先日、届けてきました)
 

中原昌也
偉大な作家生活には病院生活が必要だ

河出書房新社
12/27発売

12月のジャズ - ele-king

 先月はムラトゥ・アスタトゥケとフードナ・オーケストラとの共演作を紹介したが、今月もそうしたレジェンド級アーティストの新作が登場した。正確に言えば未発表レコーディングなのだが、ラップの元祖とも言えるポエトリー・リーディング集団のラスト・ポエッツと、アフロビートのオリジネーターである故トニー・アレンとの共演作である。録音は2018年で、『Understand What Black Is』を遺作としてラスト・ポエッツのジャラール・マンスール・ナリディンが死去した後に、残されたメンバーであるアビオダン・オイェウォレとウマー・ビン・ハッサンがブライトンにあるプリンス・ファッティのスタジオに赴き、そのときレコーディングをしていたトニー・アレンとセッションをおこなったというものである。当時のトニーのバンドであるエジプト80にはコートニー・パイン、カイディ・テイサン、ジョー・アーモン・ジョーンズらが参加し、ロンドンのアフロ・レゲエ・バンドであるスーズセイヤーズがホーン・セクションを固めていた。


E王

The Last Poets feat. Tony Allen & Egypt 80
Africanism

Africa Seven

 2018年と言えばサウス・ロンドンのジャズ・シーンが注目を集めはじめた時期で、そうした中にいたジョー・アーモン・ジョーンズがトゥモローズ・ウォリアーズ(ジャズ・ウォリアーズ)の先輩格にあたるコートニー・パインや、ウェスト・ロンドンのブロークンビーツ・シーンでも活躍してきたカイディ・テイサン、そしてモーゼス・ボイドエズラ・コレクティヴなどに多大な影響を与えたトニー・アレンと会したという非常に興味深いセッションである。ジョー・アーモン・ジョーンズやエズラ・コレクティヴはヒップホップやグライムの要素を持つ作品もやっているが、そうした点ではラップの元祖であるラスト・ポエッツとの共演も彼にとって大きなものだったろう。レゲエやダブのエンジニアとして名高いプリンス・ファッティのスタジオというのも面白く、『Understand What Black Is』はかなりレゲエに傾倒した部分もあったが、コートニー・パインにしろ、ジョー・アーモン・ジョーンズにしろ、レゲエやダブの影響も大きなアーティストであり、UKのジャズ、レゲエ、ヒップホップが集積したようなセッションだったと思われる。

 基本的に新曲をやるのではなく、“This Is Madness”、“When The Revolution”、“Gash Man”、“Niggers Are Scared Of Revolution” など、ラスト・ポエッツの過去の代表曲を再演するものとなっている。かつて公民権運動ともリンクしていたラスト・ポエッツの作品には人種差別などを痛烈に批判したメッセージが込められていて、近年のブラック・ライヴズ・マター運動とも重なり、改めて彼らのやってきたことは再評価されるべきと思うのだが、この『Africanism』のリリースにはそうした意義もある。そして、“This Is Madness” に顕著なように、トニー・アレンの叩き出す強烈なアフロビートとラスト・ポエッツのメッセージはとても相性がよい。そもそもトニー・アレンもフェラ・クティと共にナイジェリアの軍事警察に対抗するべく音楽活動をおこなっていたわけで、そうしたレベル・ミュージックとしての同志が共演したセッションだったと言える。


E王

Sun Ra Arkestra
Lights On A Satellite

In+Out

 サン・ラー・アーケストラの草創期からのメンバーで、サン・ラー亡き後のおよそ30年に渡ってバンド・リーダーを務めるマルチ・リード奏者のマーシャル・アレンが、今年5月に100歳を迎えた。100歳という高齢ながら現役で演奏活動をおこなうことが信じられないことなのだが、その誕生日からおよそ半年後、個人名で初のソロ・アルバムとなる『New Dawn』をリリースする(予定では来年2月頃)ということだから全くもって驚かされる。そんなマーシャル・アレンの生誕100年を祝ったトリビュート的なアルバムが『Lights On A Satellite』である。サン・ラー・アーケストラとしても今年6月にニューヨークで録音された新作アルバムであり、マーシャル・アレン以下、アルト・サックス奏者でアレンと共にバンドのアレンジャーを務めるノエル・スコット、テナー・サックスのジェイムズ・スチュワート、フレンチ・ホルンのヴィンセント・チャンセイ、トランペットのマイケル・レイ、セシル・ブルックス、ベースのタイラー・ミッチェル、トロンボーンのデイヴ・デイヴィス、ロバート・ストリンガー、パーカッションのエルソン・ナシメント、ギターのデイヴ・ホテップ、ヴァイオリンとヴォーカルのタラ・ミドルトンなど、前作『Living Sky』(2022年)や前々作『Swirling』(2020年)と同じようなラインナップとなっている。

 表題曲は1960年代からの楽団のレパートリーで、『Fate In A Pleasant Mood』(1965年)、『Art Forms Of Dimension Tomorrow』(1965年)、『Live In Paris At The Gibus』(1973年)、『Live At Montreaux 1976』(1976年)などで度々録音されてきたサン・ラー代表曲のひとつ。『Swirling』でも演奏していたほか、クラブ・ジャズ世代にはトゥー・バンクス・オブ・フォーがカヴァーしたことでも知られる曲だ。美しいバラード・タイプの曲で、ほとんどワン・フレーズのメロディをアーケストラが重層的に重ね合わせていく。シンプルに統一された楽曲構成であるが、その循環されるフレーズの中で奏者たちの即興性やアイデアが積み重なり、壮大なドラマが展開される。“Friendly Galaxy” も1960年代からの代表曲で、『Secret Of The Sun』(1965年)や『Disco 3000』(1978年)などに収録された。スペイシーなSEを交え、サン・ラー・アーケストラらしい宇宙旅行へ誘うような楽曲となっている。マーシャル・アレンの100歳を祝うにふさわしいラインナップと言えよう。


Richard Spaven
Sole Subject

Fine Line

 リチャード・スペイヴンにとって『Sole Project』は、2020年にリリースしたサンデューンズとの『Spaven x Sandunes』以来、久々のアルバムである。この間は、アルファ・ミストの『Bring Back』(2021年)、クラークの『SUS Dog』(2023年)、ロイル・カーナーの『Higo』(2024年)などのレコーディングに参加するなど、ジャズに限らず幅広く活動していた。また、盟友のギタリストであるスチュワート・マッカラムやジョーダン・ラケイなどが参加したEPの「Spirit Beats」(2022年)をリリースしているが、これなどはドラマーというより人力ビートメイカー的な視点に立ったものである。このEPにはラッパーのバーニー・アーティストとコラボした曲もあり、よりクラブ・サウンドを意識した内容となっていたのだが、『Sole Project』もそうした延長線上にあるビート・クリエイター的なアルバムと言えよう。

 参加メンバーはスチュワート・マッカラムのほか、ネイティヴ・ダンサーなどで活動してきたキーボード奏者のサム・クロウ、ブラジル系のパーカッション奏者でダ・ラータなどで長年活動してきたオリ・サヴィル、アルファ・ミスト、ロイル・カーナー、ジョーダン・ラケイらの作品に参加するトランペット奏者のジョニー・ウッドハムといった面々で、シンガーのナタリー・ダンカンやネイティヴ・ダンサーのヴォーカリストだったフリーダ・ツアーレイ、DJのワイルドチャイルドなどもフィーチャーされる。スチュワート・マッカラムのメロウなギターや哀愁に満ちたワードレス・ヴォイスが空間を埋める “Spirit Quintet” は、かつてのシネマティック・オーケストラジャザノヴァあたりに代表されるクラブ・ジャズのエッセンスを感じさせる楽曲。実際にリチャード・スペイヴンやスチュワート・マッカラムはシネマティック・オーケストラに在籍していたこともあるので、そうした要素は自然と表れるのだろう。

 “Stellar” では人力ブロークンビーツ的なドラミングを披露し、ナタリー・ダンカンのディープな歌声をフィーチャーした表題曲ではダブステップ的なドラムにより、サブモーション・オーケストラのような世界を導き出す。“Find Peace Within” はブロークンビーツ調のドラムスと、アフロ・ラテン的なパーカッションが絡み合ったグルーヴィーなリズムが特徴だが、これもプログラミングではなく全て生演奏によるもの。“Faders” のドラムンベースでもブロークンビーツでもテクノでもない有機的なビートは、マシンでは出すことのできないスペイヴンのドラムスの真骨頂と言える。プログラミングと生演奏の境界線が曖昧になるアルバムだ。


Tomin
A Willed and Conscious Balance
International Anthem Recording Company / rings

 トミンはフルネームをトミン・ペレア・チャンブリーといい、ニューヨークのブルックリンを拠点に活動するマルチ・プレイヤーである。主に演奏するのはフルート、トランペット、アルト・クラリネットなどで、即興演奏家であり作曲家であると共に、詩人としても活動する。ジャズ・アット・リンカーン・センター・ユース・オーケストラのトロンボーン奏者として出発し、ジャズ、ヒップホップ、パンクなどをミックスしたアーティスト集団のスタンディング・オン・ザ・コーナーの出身者でもある。以前は個人で作品発表をおこなってきたが、今年に入ってからシカゴの〈インターナショナル・アンセム〉と契約を結び、『Flores Para Verene / Cantos Para Caramina』と『A Willed and Conscious Balance』の2枚のアルバムをリリースした。『Flores Para Verene / Cantos Para Caramina』はこれまでの自作曲をまとめたコンピで、全くのひとりで作った作品集となる。エリック・ドルフィー、アルバート・アイラー、チャールズ・ミンガス、マル・ウォルドロン、デューク・エリントン、ローランド・カーク、カル・マッセイなど、彼が影響を受けたジャズ・ミュージシャンたちに捧げた楽曲が収められていた。一方、『A Willed and Conscious Balance』はセプテット編成のグループによる録音で、〈インターナショナル・アンセム〉における正式なデビュー・アルバムという位置づけである。

 バンド・メンバーはニューヨークのミュージシャンとシカゴのミュージシャンが混在し、なかでもベーシストのルーク・スチュワートとドラマーのチェザー・ホームズはイレヴァーシブル・エンタングルメンツのメンバーで、チェリストのレスター・セント・ルイスは故ジェイミー・ブランチのバンド・メンバーとして活動してきた。トミンはジェイミー・ブランチが存命中の2021年にシカゴを訪れ、ジェイミーやエンジェル・バット・ダーウィッドらと共演をするが、そのときにルーク・スチュワート、チェザー・ホームズ、レスター・セント・ルイスやキーボード奏者のティアナ・デイヴィスらと会し、このグループの結成へと繋がった。アルバム収録曲はブッカー・リトル作曲の “Man of Words” とカラパルーシャことモーリス・マッキンタイア作曲の “Humility in the Light of the Creator” を除いて全てトミンのオリジナル曲。“Movement” は軽やかなリズムに乗せてトミンのフルートが優しく奏でられる牧歌性に富む作品。スピリチュアル・ジャズとして語られるフルート奏者のロイド・マクニールの作品を彷彿とさせる楽曲だ。“Life” も疾走感のあるリズムを持ち、エレピの力強い演奏やチェロのスリリングな音色も光る。ストリングスが印象的な点では、ジャズ・ヴァイオリン奏者のマイケル・ホワイトを思い起こさせるところもある。“Humility in the Light of the Creator” はモーリス・マッキンタイアがシカゴのAACM在籍中に発表したデビュー・アルバムのタイトル曲で、シカゴのフリー・ジャズ・シーンに対するトミンなりの敬意の表われとも言える。“Man of Words” の原曲はほぼブッカー・リトルによるトランペットの独奏だが、ここではトミンなりのアンビエントな解釈で再現している。

ele-king vol.34 - ele-king

 1994年、テリー・ライリーがサンフランシスコのテープ・ミュージック・センターにて “In C” を初演してから30年、ジェフ・ミルズは「サイクル30」という究極のミニマル・テクノ作品をリリースした。それから30年後の2024年、ミニマリズムの30周期説に則して同シングルはリイシューされ、テリー・ライリーの“In C” も60周年の記念盤『In C‐ 60thバースデー・フルムーン・セレブレーション・アット・清水寺』を出したばかり。2024年、エレキングが「ミニマリズム」特集をやらない理由はなかったのです。
 もっとも時代のトレンドは「マキシマリズム(てんこ盛り音楽)」であるという主張が、2010年代にはあった。火付け役はカニエ・ウェスト(2010年の『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』)というのが定説になっている。ぼくはアニマル・コレクティヴがビーチ・ボーイズ(『ペット・サウンズ』と『スマイル』)にアクセスしたときだと考えるが、まあとにかく、それからいっきに、いちぶのインディ・ロックにもいちぶのエレクトロニック・ミュージックにもその傾向は受け継がれていったと。近年のUKインディとかOPNとか、ね。
 しかしながら、だからといって「ミニマリズム(引き算の音楽)」がなくなったわけではない。いや、むしろオルタナティヴなインディペンデントなシーンでは、そぎ落としているサウンドが輝いている。たとえば、もしいま「アンビエント」がブームだとしたら、その音楽は「ミニマリズム」に基づいていなければならない。2024年は、ジャズとポスト・パンクとが接続したようなサウンドもひとつの傾向として見られたが、それも「ミニマリズム」に基づいている。「ダブ」は基本、「引き算」から来ている——。

 とまあ、そんなことを思いながら「サイクル30」に則した「ミニマリズム」特集を企画した次第です。自分で言うのもなんですが、面白いですよ。たとえば、テリー・ライリーのインタヴュー記事は過去にいろいろありますが、今回はひとつ、かなり良い話を引き出せたと思います。それは読んでのお楽しみ。
 もちろん、年末号なので「年間ベスト・アルバム」特集です。アルバム30枚をはじめ、ジャンル別ベスト/ライター・チャートがあります。そして毎回お願いしているのですが、どうかこれを「ドネーション(寄付金)」だと思って買っていただけたら幸いに存じます。 レコード店ではすでに発売中、書店発売は25日です(地域によって遅れることもあります)。それでは皆々様、よきクリスマスを。

ele-king vol.34

特集:テリー・ライリーの“In C”、そして、ミニマリズムの冒険

マキシマリズム時代のミニマリズム(野田努)

インタヴュー テリー・ライリーを訪ねて——“In C”誕生60年(高橋智子)
『In C - 60th バースデー・フルムーン・セレブレーション・アット・清水寺』制作話を今作のプロデューサー、中村周市氏に訊く

テリー・ライリー、60年を越えるその歩み——“In C”以外の重要作品(杉田元一)
アメリカン・ミニマリズムの系譜——テリー・ジェニングス、スティーヴ・ライヒ、フィリップ・グラス(杉田元一)
ラ・モンテ・ヤング——永遠に鳴り続ける始原としてのドローン(松山晋也)
アフロ・ミニマリズム——ブルースにおける反復の文化(緊那羅:デジ・ラ)
「ファンク」は魔法、地球を支配したウィルス(野田努)
カン——いまなお世界中に広がり続けるミニマル・ロックの地下茎(松山晋也)
アンビエントのはじまりにミニマルあり──ブライアン・イーノの呼び水(杉田元一)
パンク・ミニマリズムの究極の境地——ワイアーの探求(イアン・F・マーティン/青木絵美)
サン・ラーの“Rocket Number Nine”に見るミニマルな高揚(野田努)
アシッド・ハウスが切り開いた「ミニマリズム」の行方(野田努)
ヨーロッパの旅——クラフトワークからポスト・パンクを経由してミカ・ヴァイニオへ(野田努)
もうひとつの行き先——マラリア!からカラ‐リス・カヴァーデイルへ(三田格)
ひとかけらの永遠、ヒップホップのミニマリズム──DJプレミア、J・ディラ、アルケミスト(吉田雅史)
アフリカン・ドラムを初めて西欧世界に聞かせたババトゥンデ・オラトゥンジ(三田格)
リスニング術——グリッチからアンビエント/ドリーム・ポップへ(野田努)
Minimal Nation——ミニマリズムのさらなる冒険のご案内(野田努)

非ポストモダン的ミニマリズムに向けて(仲山ひふみ)

2024年ベスト・アルバム30選
2024年ベスト・リイシュー23選
ジャンル別ベスト——テクノ(猪股恭哉)/インディ・ロック(天野龍太郎)/ジャズ(小川充)/ ヒップホップ(高橋芳朗)/ハウス(猪股恭哉)/エクスペリメンタル(ジェイムズ・ハッドフィールド/青木絵美)/ポスト・ハイパーポップ(松島広人) /レゲエ/ダブ(河村祐介)/アンビエント(三田格)

2024年わたしのお気に入りベスト10——24名による個人チャート(青木絵美、天野龍太郎、小川充、小山田米呂、Casanova.S、河村祐介、木津毅、緊那羅:Desi La、篠田ミル、柴崎祐二、杉田元一、高橋智子、髙橋勇人、つやちゃん、デンシノオト、橋本徹、ジェイムズ・ハッドフィールド、二木信、ジリアン・マーシャル、Mars89、イアン・F・マーティン、松島広人、三田格、吉田雅史)

VINYL GOES AROUND PRESENTS そこにレコードがあるから 第5回 「THE CHANGING SAME」レーベルの節目とレコード文化の未来(水谷聡男×山崎真央)
 

FRUE presents Fred Frith Live 2025 - ele-king

 2024年はフレッド・フリスの初期の金字塔、『Guitar Solo』から半世紀(50周年)ということで、新録を加えたリイシュー盤『Guitar Solos / Fifty』がリリースされている。もし、あなたが実験音楽や即興、デレク・ベイリーや灰野敬二、フリー・ジャズとブルースとクラシックにおける前衛を違和感なく並列に聴ける耳の持ち主であるなら、ヘンリー・カウやアート・ベアーズでの活動、ジョン・ゾーンをはじめとするコラボレーションの数々……などすでにご存じであろう。(ニューウェイヴ世代にはレジデンツのレーベルから出た2枚は忘れがたいですね)
 とにかく、フレッド・フリスの2016年以来となる約8年半振りの来日公演が決定しました。

「フレッドのソロの即興演奏を観たことがないなら、ぜひ見るべきだ。生で演奏を観るためなら何だってすべきだ。それは世界の驚異のひとつだから」 ——マーク・リボ

FRUE presents
Fred Frith Live 2025

DAY 1 “DUO”
Friday, 17th January at BAROOM, Tokyo
Fred Frith / Seiichi Yamamoto
Open: 18:30 Start 19:30 Adv. 6,500yen
*全席指定 / 1ドリンク別 *受付にて1ドリンク代(¥1,000)を別途お支払いいただきます。

DAY 2 “SOLO”
Saturday, 18th January at BAROOM, Tokyo
Fred Frith playing with the film『rereading forest』
Open: 18:30 Start 19:30 Adv. 6,500yen
*全席指定 / 1ドリンク別 *受付にて1ドリンク代(¥1,000)を別途お支払いいただきます。

*1 ドリンクは終演後はご利用いただけませんので、お時間に余裕を持ってご来場ください。
*お座席はご購入順に事前に配席され、当日開場時間より受付にて座席指定券をお渡しいたします。
*開演時間に遅れた場合は曲間までロビーにてお待ちいただき、指定の座席とは異なる座席又は立ち見でのご案内となります。
*会場内にクロークはございません。
*前売チケットが完売の場合、当日券の販売はございません。
*お客様都合によるチケット代の返金/キャンセルは承っておりません。予めご了承ください

前売チケット: 2024年12月18日(水)18:00〜発売
チケット発売 URL:
●1月17日:
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●1月18日:
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BAROOM
東京都港区南⻘山 6-10-12 1F
https://baroom.tokyo/

Fred Frith (フレッド・フリス)
フレッド・フリスは、エクステンデッド・エレクトリック・ギター(extended electric guitar/型にはまらない独創的なテクニックによるエレクトリック・ギターの演奏スタイル)の先駆者である。彼は「ヘンリー・カウ」で作曲を学び、「アート・ベアーズ」で作曲の技術を磨き、「スケルトン・クルー」でマルチ・インストゥルメンタリストとしての才能を開花させ、「マサカー」で観客を熱狂させ、1964年以来、つねに1つまたは複数のバンドに在籍し、現在もそのすべてを継続し続けている。その間、彼の作品は、バロック音楽や現代音楽のアンサンブル、弦楽四重奏団、室内管弦楽団、そして人気とまではいかないまでも、つねに拡大を続ける準ポピュラー音楽の分野におけるさまざまなグループやアーティストによって演奏されてきた。フレッドは映画やダンスのための作曲も幅広く手掛けており、カリフォルニア州オークランドのミルズ・カレッジやスイスのバーゼル音楽院で⻑年即興を教えてきた。即興演奏に対する生涯にわたる情熱は、ブラジルのドラマー、マリア・ポルトガル、チェリストのパウラ・サンチェス、そして非凡なブリコージュ奏者であるスドゥ・テワリなど、必ずしも即興演奏家と名乗っているわけではないアーティストたちとの共演へと彼を導いてきた。フレッドは、ニコラス・ハンベルトとヴェルナー・ペンツェルの様々な受賞歴を誇る映画『Step across the Border』の主題ともなっている。

interview with Iglooghost - ele-king

 2024年の文化的衝撃のひとりに、パリ・オリンピックにおいてレスリング女子76キロ級の金メダルを獲得した鏡優翔がいる。彼女は「kawaii」という文字が描かれたマウスピースを装着して試合に出場し、そして勝利すると手を振り上げて「カワイイ!」と絶叫したのだ。もちろん、柔道において「捨て身技」に分類される、極めてリスキーな(つまり度胸と速度を要する)巴投げで試合を制した角田夏実もすごかった。ただ、彼女のそれは伝統的な意味合い(すなわち男性的想像力の範囲内)でのすごさだ。女子レスリング重量級の選手が人目をはばからず「カワイイ!」と叫んだりするのは、過去にはなかったことで、つまりこれはオルタナティヴであり、歴史的文脈からの堂々たる逸脱だったと言える。
「カワイイ」はいまや世界語で、それは「キュート」の和語ではない。かつて「クール」と呼ばれていたものが「カワイイ」へと変容している。その表象は社会的、感情的、ジェンダー的な文脈ないしは個人によって異なる。語源が「かわいそう」と関連していることから、脆弱性という意味合いも含有している。

 「カワイイ」は物や人本来の性質ではなく、見方の一形態である。つまり、ある物や人を「カワイイ」と呼ぶことで、見る者は共感、親密さ、感情を込めた柔らかな視線を向ける。「カワイイ」という言葉は、見る者について、見られる者と同じくらい多くを語る。
クリスティーン・ヤノ
『ピンク・グローバリゼーション』(2013)

 IDM——いや、近年では“デコンストラクテッド・クラブ”などと括られるハチャメチャなスタイル——と「カワイイ」との出会い、イグルーゴーストのこれまでの作風をこのようにまとめるのはいささか乱暴ではあるが、「カワイイ」は、彼がたびたび比較されるエイフェックス・ツインやフライローになかった趣であることはたしかだ。
 いまからでに遅くはない。2015年の「Chinese Nu Yr」をチェックして欲しい。2017年の楽しいカオス『Neō Wax Bloom』を体験しよう。シュールな「Clear Tamei」に酔い、妖しくも美しい『Lei Line Eon』に進入すべし。眠れない夜は“ᴗ ˳ ᴗ Snoring”を聴きたまえ(坂本龍一へのオマージュあり)。グリッチホップ、IDM、トラップ、クラシック、アンビエント……いろんなものが融合しているエレクトロニック・ミュージックだが、過去の遺産を亡霊扱いすることなく、音楽が醸し出すムードにおいては、おそろしいほど前を見つめている点はソフィーと似ている。だが、ソフィーと違ってイグルーは「カワイイ」……いや、それもいまや過去形とするべきなのだろう。

 そう、ここまでさんざん「カワイイ」と言っておきながら話をひっくり返すようだが、彼の最新作『Tidal Memory Exo』に「カワイイ」はない。イグルーゴーストは変わった。荒々しいレイヴ・ミュージックはイマジナリーではあるが身体的で、グルーヴィーだがダーク、同作の世界観はアートワークが象徴的に表している。ぼくは、当初「カワイイ」がないこの作品世界に動揺し、思わず一歩、そして二歩引いてしまったのだが、しかし聴いているうちにすっかり好きになった。理由は以下のように説明できるかもしれない。『Tidal Memory Exo』の主要成分にはジャングルがある。また、同アルバムのコンセプトには汚染にまみれ荒廃した居住区がある。しかしこの音楽は、たとえばBurialのような空しさや内省、絶望や孤独には向かわない。妙な前向きな活気が漲っている。イグルーゴーストはソフィーや鏡優翔のように、伝統的な想像力から逸脱した新世代なのだ。

子供の頃は毎日のようにテレビで「ムーミン」を観て、マイナーなアニメも早朝の時間帯に放送されていたんだよ。そのイメージを複雑なストーリーラインと組み合わせて表現するのが好きだった

時間作ってくれてありがとうございます。調子はどうですか?

イグルー:いまやっと時差ぼけが治ってきた気がする。せっかく回復したのに、あと2、3日で帰らないといけないけど(笑)。

日本は3回目?

イグルー:たぶん6回目だと思う。

いちばん最初に来たのって?

イグルー:長野のタイコクラブだった。本当にクールだったのを覚えているよ。森のなかで、霧がすごくて。楽しかったな。

それは何年?

イグルー:2018年じゃないかな。

あなたがポケモンとともに育って、日本のポップカルチャーが大好きだったという話はよく知られています。初めて日本に来て自分の目で日本を見たときはどういう印象でしたか?

イグルー:素晴らしかった。空港からバスに乗って東京に行ったんだけど、空港が東京じゃなくて郊外にあるっていうのを知らなくて、最初はバスから見える景色にちょっと戸惑ったんだ。立ち並ぶ高層ビルを想像してたのに何の変哲もない景色が広がっていて、「あ、もしかしたら思ったほど東京ってクレイジーじゃないのかも」って思った。でも東京都内に入った途端、すぐにその景色に引き込まれたんだ。すごく衝撃的な瞬間だったよ。

ところでイグルーの本名は、シーマス・マリア(Seamus Maliah)。この苗字は珍しいんじゃないですか?

イグルー:うん。イギリス人でさえ読み方を知らないんだから(笑)。

あなたが生まれた場所、ドーセット州シャフツベリーは、イングランド南西の海沿いのほうですが、ケルティックな文化があるような変わった場所?

イグルー:いや、そうでもないよ。ストーンヘンジに近いし、そういう古いものがたくさんあるからおとぎ話みたいな雰囲気はあるけど。でも、子供時代を過ごすには退屈な場所なんだ。まわりで何か面白いことが起こってるわけじゃないから。だから、自分の成長期の時間のほとんどはインターネットに費やした。まわりに森しかないから(笑)。

あなたとよく比べられるエイフェックス・ツインもコーンウォール出身で、ドーセット州の西隣です。土着的な何かがあるんじゃないのかな?

イグルー:あまり近くはないけどすごく似ているとは思う。共通点は、まわりに影響されるものがないことだと思う。音楽シーンもないから、作るものが自分流になって奇妙なものが生まれるんじゃないかな。

あなたの作品に『Lei Line Eon』というアルバムがありますよね。これもぼくのフェイヴァリットなのですが、「レイ・ライン」という、古代のマジカルパワーを結ぶラインという説があってそれを題名にしています。こういう神秘的なものへの憧憬というか共感というか、やっぱり生まれ故郷が影響しているのかなと思ったんですけど。

イグルー:たしかにそうだね。70年代から80年代にかけて、イギリスではネオペイガニズムというムーヴメントがあったんだ。ストーンヘンジもその一部だったんだけど、そのときに民間信仰や農村の伝統みたいなものが再び広がった。とくにサブカル系が好きで熱狂的な人たちのあいだでね[*ドルイド教を模倣したザ・KLFもそうで、レイ・ラインはビル・ドラモンドの重要なコンセプト]。ぼくの両親もその一部だったんだけど、そのムーヴメントのなかで、レイ・ラインという魔法のような目に見えない繋がりで場所と場所がつながっている、という考え方があって、ぼくはそれについてよく聞かされて育ったんだ。

ご両親の話が出ましたが、どんな家庭環境で育ったんですか?

イグルー:ぼくの両親はふたりとも音楽が大好きだから、音楽をたくさん聴いて育った。とくに父親は音楽の趣味がすごくクレイジーで、子供の頃は前衛的な音楽をたくさん聴かされたよ。Swansとかね。あと、母はフルートをよく吹いてた。

お父さんは具体的にどんな音楽を好んでいたんですか?

イグルー:最近だとソフィーを聴いてる(笑)。もう60代なのにね[*質者も60代であるが、それを言うと話が違う方向に行きそうだったのでそのまま流しました]。でも、それくらい父親は昔からオープンマインドなんだ。ぼくが子供の頃は、ヘビメタも聴いていたし、エレクトロニック・ミュージックも聴いてたよ。KLFとかね。それ以外にも本当に幅広くいろんな音楽を聴いてたね。

お父さんはレイヴに行ったりしてたんですか?

イグルー:いや、それはあまり。レイヴに行くにはちょっと歳をとっていたと思う[*ということは質者よりも年上ですかね]。でも、行ってはいなかったけどそういった音楽に興味は持っていたし、レイヴ・カルチャーが起きたことをとても嬉しく思っていたよ。

なかなかユニークな家庭環境だったんですね。いつから音楽を作りはじめたんですか?

イグルー:子供の頃からずっと音楽をやりたいとは思っていたんだ。でも、ギターを習いはじめたんだけどうまくできなかった。不器用で、一生懸命やっても上手く弾けなくて。ドラムにも挑戦したけど同じ。身体を動かして奏でる楽器がぼくには向いてなかったらしい。で、9歳か10歳のときにコンピュータを手に入れたんだけど、身体を動かさなくてもコンピュータで音楽を作れることがわかって、それで音楽を作りはじめたんだ。そっちの作り方のほうがぼくにとってはすごく自然だった。

最初に作ろうとした音楽はスタイルで言うと何ですか? ヒップホップ? テクノ?

イグルー:実はガバみたいな音楽を作っていたんだ。昔のスタイルのDAWソフトを使って、とにかくすごく速いブレイクビートを作っていた。出来は最悪だったけど(笑)。でも、それを10歳くらいのときにはマイスペースにあげたりしてたよ。

あなたが15 歳のときにフライローにデモテープを渡した話は有名です。やっぱ最初に影響を受けたのはフライローだったんですか?

イグルー:確実にそう。初めて彼のアルバム『Cosmogramma』を聴いたときは、これはぼくにとって本当に重要な音楽的瞬間だと感じた。あんなに速くて複雑なのに、同時に聴いていたあそこまで楽しい音楽を聴いたのはあのときが初めてだった。

それは何歳のとき?

イグルー:たぶん18歳だったと思う。

自分の作品を公に出したのは、2013年出したカセット作品が最初になるんですか?

イグルー:そうだと思う。当時はまだ自分の声というものが確立されてなかったから、フライローのコピーみたいな感じだったけどね(笑)。でも〈Brainfeeder〉に自分の作品を送るころまでにはそれも変化して、もっと自分らしいものを作れていたと思う。

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初めてフライローの『コスモグランマ』を聴いたときは、これはぼくにとって本当に重要な音楽的瞬間だと感じた。

UKのミュージシャンで好きだった人はいなかったんですか?

イグルー:2013年……あのことのぼくは、LAのアーティストの音楽ばかりを聴いていたんだ。たぶん、UKのシーンから離れすぎていたからかも。イギリスにもクールな音楽がたくさんあることを知らなくて、それに気づいたのはもう少し後になってからなんだよ。気づいてからは、そのユニークさがぼくの音楽作りの大きな助けになったと思うけど。

『Cosmogramma』の時代は、UKではUKガラージがあって、ダブステップがあって、ベリアルみたいな人も出てきて、アンダーグランドでまた新しい動きが出てきたときでした。

イグルー:たぶん、ぼくはちょっと若すぎたんだと思う[*1996年生まれの彼は、2010年は日本でいう中学生]。まだ学生だったし、世代があってなかった。〈プラスチック・ピープル〉もそうだし、そういった音楽や動きに関しては、もっと後になってから知ったんだ。

ちなみに、ぼくがあなたの音楽を聴いたのは2019年の『XYZ』が最初でした。bandcampで、デジタル+CDを購入したんですが、送られてきたCDはチャックの付いたビニールの袋に入っていて、あれって、もろDIY的な手作業でやったんだろうなと(笑)。

イグルー:本当にそう(笑)。

自分のなかで最初に納得がいった作品は何でしたか?

イグルー:〈Brainfeeder〉からリリースされた最初のEP「Chinese Nu Yr」かな。初めてファンとしての視点以上の音楽を作ることができたと思えた。それまでは、自分が好きな音楽があって、そのサウンドを自分でも作ってみたいと思って作品を作っていた。でもあのEPのときは、自分の世界観みたいなものを作品を通して表現することができたと実感できたんだ。

あなたの音楽はいろいろな要素が混ざっていますよね。自分の音楽のコンセプトをどう考えていますか?

イグルー:ぼくにとって大切なのは音楽とヴィジュアルを結びつけること。ぼくにとってヴィジュアルは音楽と同じくらい大切だし、作っていて楽しいものなんだ。だからいろいろ実験してみるんだよ。ジャケ写にこのイメージを使ったら音楽がどう感じられるだろう、とかね。イメージによって感じ方も変わると思うから。その逆もあるし。ぼくにとってはそのふたつは強くリンクしているんだ。

最新作『Tidal Memory Exo』は大好きで、今年のベストな作品のひとつです。

イグルー:ありがとう。

でも最初聴いたときには動揺したんですよね。音楽もヴィジュアルも、それまでのあなたの「カワイイ」[*通訳の原口さんがこれを“キュート”と訳されたのを聞いて、「いや、違うんです」と言おうかと思ったが、話が面倒になるので止めました]がない。おそらくファンも、なぜイグルーは「カワイイ」を捨てたんだ!? と思ったことでしょうね(笑)。

イグルー:(笑)今回作品を作っているときに住んでいた場所が、イギリスのマーゲートっていう場所だったんだけど、すごく暗い場所で、空がいつも灰色だったんだ。雨もずっと降っていたし、近くに海もあるけど、水は茶色だし、ぜんぜん綺麗な海じゃなくて(笑)。その環境のなかでイマジネーションを働かせて生まれたストーリーが反映されたからだと思う。あの環境の影響は大きかった。

いまイギリスはかなり悲惨な場所だと思うし、どんどん寂しい孤立した場所になってきてしまっている。その様子は、間違いなく今回の作品に反映されていると思うね。ぼくの音楽も、どんどんダークになってきているから。

〈Brainfeeder〉時代の数年間、あなたは帽子を被った「kawaii」アイコンをヴィジュアルにして、作品にもドリーミーなフィーリングがあった。いま振り返って、あの当時のあなたがやろうとしていたことは何だったのでしょうか? 

イグルー:あれは、子供の頃に目にしていたメディアの影響が強かったんだと思う。インスピレーションは間違いなくそれ。子供の頃は毎日のようにテレビで「ムーミン」を観て、日本ではあまり人気がなかったであろうマイナーなアニメなんかも早朝の時間帯に放送されていたんだよ。ぼくは、そのイメージを複雑なストーリーラインと組み合わせて表現するのが好きだったんだよね。見た目はかわいくてシンプルなのに実は秘密がある、みたいな。あのイメージの影には宗教的なストーリーのような複雑なストーリーが隠れている。それをデジタルで表現してラップトップのなかで命を与える、みたいなことをやりたかったんだ。

その「カワイイ」路線は2010年代からずっと続いていました。それはそれですごく良かったし、ぼくは2021年の『Neō Wax Bloom』だって大好きですが、新作を聴いたときは、あなたの内面で何か起こったのか!? と思いました(笑)。

イグルー:最初にキャリアをスタートさせた頃は、最初のアイディアにとらわれてしまっていた部分があると思う。しばらくは、その同じアイディアをこのまま広げ続けないといけないのかなと考えていた時期もあった。でも本心は、リリースするレコード全てで新しい世界を表現して、まったく異なる作品を作りたいと思っていたんだ。でも、前はそうやって作品を分けるということが少し怖かった。でもいまは、気持ち的にそれができるようになったし、自分にとってすごく新鮮なんだ。やっていてすごく心地いいしね。

今回のアルバムは、不法占拠して、不法のパーティがあって、不法のラジオがあって、ゴミや廃品が流れ着いたような場所から発信する、みたいなストーリーがあるけれど、そこには何か政治的な意味はあるんですか?

イグルー:それを敢えて意識したわけではないんだけど、もしかした政治と繋がっている部分もあるかもしれない。解釈はリスナーのみんなに任せたいからあまり詳しくは言わないけど、自分が住んでいた街があまり綺麗な場所じゃなかったんだよね。汚くて重苦しい感じでさ。例えば、水も汚染でいっぱいだったり。説明するのは複雑だから省くけど、そこにはブレグジットも関係していたりするんだ。いまイギリスはかなり悲惨な場所だと思うし、どんどん寂しい孤立した場所になってきてしまっている。その様子は、間違いなく今回の作品に反映されていると思うね。ぼくの音楽も、どんどんダークになってきているから。

これは質問ではなく感想なんだけど、最後の曲“Geo Sprite Exo”がとくに好きです。あのトラックは本当にすごいと思います。

イグルー:ありがとう。

今回のアルバムが〈LuckyMe〉からリリースされることになった経緯を教えてください。

イグルー:〈LuckyMe〉は元々ぼくが大好きなレーベルだったんだ。ぼくは、あのレーベルは本当に特別だと思っている。自分が発見していいなと思うエレクトロニック・ミュージックには必ず〈LuckyMe〉が関わっているし、エレクトロに限らず、それ以外の音楽にも影響を与えているレーベルだと思うから。

自分からアプローチしたんですか?

イグルー:お互いって感じかな。ぼくも最初に持っていたアイディアを彼らに見せて、彼らもすでにぼくのこれまでの作品を気に入ってくれていたからね。

日本に来たとき、J-PopのCDを買っていますか?

イグルー:うん。今回もミニ・カラオケCDを買ったよ(笑)。名前はわからないけど、グラフィックデザインが好みだった。子供の歌なんかも好きなんだ。イギリスでは絶対見つけられないような作品を買うのが好きなんだ。そういう作品はインスピレーションを与えてくれるから。

去る5月、ロレイン・ジェイムズが来日した際に彼女と少しだけ喋って、最近でお気に入りのアルバムは何? って聴いたら、あなたの作品を挙げてたんだよね。

イグルー:(嬉しそうに)クレイジーだね。ぼくも彼女の音楽が大好き。彼女は天才だと思う。

彼女も東京に来ると必ず渋谷のタワレコで日本の音楽を買うんです。

イグルー:そうなんだね。

次の作品はどこからいつでるか決まってるんですか?

イグルー:いま作っているところなんだけど、今回の滞在でもインスピレーションをもらって、それを新しい作品に反映させられたらなと思っているんだ。クレイジーに聞こえると思うけど、日本の建築現場にすごくインスパイアされて(笑)。乗り物がイギリスと違うんだよ。あの乗り物の名前ってなんだっけ? ショベルカーだ(笑)。日本のショベルカーの見た目が本当に好きなんだ。その見た目を音にしてみたいんだ。馬鹿げてると思われるかもしれないけど(笑)。

(笑)それはシングル?

イグルー:リリースするならEPとしてかな。レーベルはまだ決まってないけど。

以上です。どうも、お時間ありがとうございました。残りの滞在を楽しんでってください。

イグルー:こちらこそありがとう。


 対面取材はやはりいい。その人の雰囲気を知ることができる。イグルーは「カワイイ」人だったし、とても優しそうな人に思えた。それがいちばんの収穫だ。ぼくは彼と話して、ますますファンになった。よし、これからもイグルーゴーストを聴くぞ。

イグルーゴーストの『Tidal Memory Exo』は、最近ヴァイナル盤もリリースされた。

Dennis Bovell - ele-king

 UKレゲエにおけるイノヴェイター、デニス・ボーヴェル。ジャマイカと同じく、旧イギリス植民地、西インド諸島の西の端にある珊瑚礁の島、バルバトスにて1953年に生まれ、1965年に家族の移住とともに12歳のときに彼はサウス・ロンドンの地に降り立った。いわゆる非ジャマイカのカリブ系の「ウィンドラッシュ世代」であり、デニスが音楽を手がけた、UKブラックの若者とサウンドシステム・カルチャーを描いた映画『バビロン』の主人公たちとほぼ同じか、もしくは少しだけ上の世代と言えるだろう。1971年にバンド、マトゥンビを結成し、来英するジャマイカン・アーティストやディージェイのバックを務めつつ、自らの楽曲も発表、UKレゲエの礎を作っていくことになるのだが、もうひとつ彼の重要な活動の場としてサウンドシステムの運営があった。今回、本稿のテーマとなる、〈Warp〉傘下の〈Diciples〉からリリースされる、彼の1976年から1980年の作品をまとめた『Sufferer Sounds』は、彼が運営していたJah Sufferer Soundsystemからとられている(「Sufferer」とは植民地・人種主義の文字通り「受難者」として、ジャマイカのゲットーの人びとが自らを呼ぶ言い方だ)。
 彼は1970年代初頭よりJah Suffererを運営しつつ、マトゥンビとは別にさまざまな音源制作も手がけていく。まずは自身が活動するサウンドシステムの “スペシャル” の需要がありつつ、彼の場合、1970年代の後半に関わったマテリアルの数々を考えると、それだけに留まらない猛烈な創作意欲が垣間見られる。その原動力のひとつに、「UKのレゲエ」を地元UKのシーンに認めさせるというものがあったようだ。当時のUKのサウンドシステムで重宝されていたのは「本場」ジャマイカのレゲエであって、彼らが欲しがっていたのはジャマイカの名プロデューサーたちがUKに持ち込むダブプレート(未発表、もしくは特別な別ミックスのテスト・プレス盤、ないしはそのマスター・テープ)だった。こうした状況のなかで、彼はさまざまなサウンドを試し、ダブ・ミックスの技を、そしてさまざまな音楽に対するアイディアを磨き、当時シーンに自分たちの力量を認めさせていった。そのなかのひとつにラヴァーズ・ロック・レゲエ=ミリタントなレベル・ミュージックではなく、ラヴ・ソング中心のポップな流行歌としてのレゲエもあると言えるだろう。
 また彼の通り名とも言えるブラックベアード、4thストリート・オーケストラや『Sufferer Sounds』にも収録されているアフリカン・ストーンなど、匿名性の高い名義を使い、場合によってはあえて海外でプレスし逆輸入、ジャマイカ盤のようにいわゆるドーナッツ盤(センターホールがラージホールになっている)にするために、わざわざカッティング・マシンで穴まであけて、あたかもジャマイカのアーティスト、盤であるかのように偽装までしていた。また彼は基本的にはベーシストとして知られているが、じつはギター、ドラム、キーボードを操るマルチ・インストルメンタリストでもあって、レコーディング・エンジニアとして多重録音で楽曲を制作、さらにそれをダブ・ミックス、ときにはそうしてできた音源を、自身のシステムでその晩にプレイするためにダブプレートのカッティングすらした。おそらくセッション・ミュージシャン費を浮かせたい意図もあったとは思うが、演奏のニュアンスからアレンジからコントロールする狙いもあったのではないだろうか。
 本国ジャマイカのダブ音源は基本的に歌入りのオリジナル・ヴァージョンの、演奏家の意志がほぼ介在しないリミックス・ヴァージョンであったが、デニスの場合は、純然たるダブ・ヴァージョンのためのレコーディングもおこなっていた。アレンジからダブ・ミックスありきで作られることもあったのではないだろうか、そこからまさに特別な、キラーなダブが生まれたことは想像に容易い。ちなみに、こうした『Sufferer Sounds』で見られるデニスの仕事のなかから、ダブの手法が極まった作品として、1980年の2枚のダブ・アルバムをあげておこう。UKで初めてダブ・アルバムを流通させたウィンストン・エドワーズ(ジョー・ギブスのいとこ)のレーベルからリリースされた、オーソドックスなレゲエのリズムながら手数の多いダブ・エフェクトが楽しめる『Winston Edwards & Blackbeard At 10 Downing Street - Dub Conference』と、さまざまな音響的な仕掛けや演奏も含めて、単なるダブ・アルバムから一歩踏み込んでダブを表現として昇華させた『I Wah Dub』の2枚だ。
 ロイド・ブラッドリー『ベース・カルチャー』に掲載されているインタヴュー(「16 : 俺たちのルーツ」収録)によれば、デニスはある種のフォーマット化されたジャマイカのリズム(バニー・リーのフライング・シンバル~ロッカーズ・スタイル、スライ&ロビーによるステッパーなど)をはねのけるUK独自のリズムの創出を目指しもした。そのひとつが、その後、ラヴァーズ・ロック・レゲエの代名詞ともなるジャネット・ケイの “Silly Games” のリズム・デリヴァーだという。アスワドのアンガス・ゲイをドラマーとして起用し、ハイハットとスネアがエレガントに進む、デニス言うところの「スティックラー(こちょこちょくすぐる)・リズム」(上記インタヴューにて発言)は、たしかに大きくジャマイカのリズムを変えるまではいかなかったが、UK生まれの独特のレゲエのスタイルとしてのラヴァーズ・ロック・レゲエの最大のヒット曲となり、代表曲となった(『Sufferer Sounds』には、アンガスのジェントルなタッチのドラムも堪能できる未発表のダブ “Game Of Dubs” が収録されている)。

 1970年代のこうした彼のサウンドに対するトータル・プロデュースとアンダーグラウンド・サウンドシステム・シーンの実験は、演奏が人力である点を除けば、そのまま現在のダブステップ・アーティストがDAWでやっていることとあまり大差がないことがわかるだろう。『Sufferer Sounds』は、まさにこうした地下の先鋭的な音楽の実験のドキュメンタリーとなっている(デニス本人が語っているライナーノーツも必読だ)。1970年末になるとこうしたサウンドの実験とその手腕が、LKJとの共闘などUKレゲエ・シーンの重要作を経て、ジャンル外の人びとにも注目され、ザ・スリッツやザ・ポップ・グループ、さらには坂本龍一の作品などを手がけることになり、国際的な評価にもつながっていく。
 そういえば、デニス・ボーヴェルのコンピが〈Disciples〉からというのは以外な感覚もしたが、レゲエ史というよりも、ダブをひとつ、現在につづくエレクトロニック・ミュージックの手法とすれば、つまりUKのアンダーグラウンドに存在したある種のエレクトロニック・ミュージックの埋もれていた重要な実験であり、そう考えればこれまでのレーベルの方向性とも合致すると合点がいく。

和音を刻む手 - ele-king

坂本といえば、少年時代に出会ったドビュッシーとラヴェルを敬愛し続けた音楽家として知られており、坂本自身もこの2人の影響を折に触れて語ってきた。だが、 “Asience-fast-piano” は違う。この曲には、坂本がドビュッシーやラヴェルを通して習得し、彼独自の和声語法のひとつへと昇華した、くぐもったような和音の響きがほとんど感じられない。


Ryuichi Sakamoto
/04 /05

ワーナーミュージック・ジャパン

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 坂本龍一の2枚のセルフカヴァー・アルバム——2004年発売の『/04』と2005年発売の『/05』——が2枚組リマスター盤『/04 /05』として再発されることになった。2枚とも坂本のピアノ曲のベスト盤ともいえるのだが、全ての収録曲が坂本自身によって再構成されており、ほとんどの収録曲はオリジナルの楽曲とはすっかり別の新しい音楽に生まれ変わっている。ピアノを主柱としているものの、この2枚のアルバムは性格がやや異なる。
  『/04』は坂本によるピアノ独奏だけでなく、チェロの藤原真里(『Undercooled-acoustica』、 “Tamago 2004” )、同じくチェロのジャキス・モレレンバウム( “Bibo no Aozora” )、尺八の藤原道山( “Seven Samurai – ending theme” )らとのコラボレーションも交えた構成となっており、ピアノを中心としたアンサンブルや室内楽の可能性を感じさせる。
 多重録音を駆使して全演奏を坂本ひとりが担っている『/05』は、『/04』と比べると内向的な印象を与えるかもしれないが、この状況を究極の自己完結性とも言いかえることができるだろう。

【参考映像】『/04』2004年発売時のメイキング映像
ここで坂本は「こういう曲はピアノではできないと思っていたものも、あえて挑戦してとりあげているんですよね」と語っている。

 本稿では、楽曲の内容や作曲技法のみならず、演奏も含めた広い概念として坂本のピアノ曲を捉えたいので、 “ピアノ音楽” という言葉を使うことにした。
 坂本のピアノ音楽の特徴をじっくり考えてみようと、アルバム2枚をまずは1曲ずつ収録順に聴いてみた。決して大げさな表現ではなく、『/04』の1曲目“Asience-fast-piano”に筆者は強い衝撃を受けた。2003年にシャンプーのテレビCMのために書き下ろされたこの曲を覚えている人も多いだろう。当時、CMで流れていたのは、『/04』のボーナス・トラックとして収録された鮮やかなオーケストレーションを特徴とするオリジナル版だった。この曲のピアノ版では、輪郭のはっきりした下行形の跳躍モティーフで始まるメロディを右手が弾き、そこに左手が伴奏として和音を刻む。中間部では、新たなモティーフが高音域と低音域で呼び交わし合い、その後、東南アジアのどこかの地域(それは想像上の場所かもしれないが)の音階を思わせるパッセージで冒頭のメロディへと戻って曲が締めくくられる。シャンプーのCMということもあってなのか、清潔感さえ漂わせる、この簡潔で清々しい小曲に筆者は本当に驚愕してしまった。これはこんなにすごい曲だったのかと、ピアノ版で思い知らされたのだった。
 坂本といえば、少年時代に出会ったドビュッシーとラヴェルを敬愛し続けた音楽家として知られており、坂本自身もこの2人の影響を折に触れて語ってきた。だが、 “Asience-fast-piano” は違う。この曲には、坂本がドビュッシーやラヴェルを通して習得し、彼独自の和声語法のひとつへと昇華した、くぐもったような和音の響きがほとんど感じられない。フランス近現代音楽とは明らかに異なる、この曲の明瞭さはどこに由来するのだろうか。そこで筆者の頭に浮かんだのがモーツァルトだ。幼い頃からクラシック音楽の技法、理論、歴史を身につけてきた坂本にとってのモーツァルトの存在は、当然、通っておくべき教養であり、バッハやベートーヴェンと並んで、身近な作曲家だったはずだ。また、これは坂本に限らず、いわゆるクラシック音楽を体系的に学んだことのある人ならば、今も昔も誰もが通る道だろう。
 聴き手にまっすぐに飛び込んでくる晴朗な旋律は “Asience-fast-piano” の 「モーツァルト感」を特徴付ける要素だが、左手による和音の連打も看過できない。たとえば、モーツァルトの “ディヴェルティメント ニ長調 K136” (1772)は弦楽四重奏曲なのでピアノの音色ではないが、第1楽章の明るい旋律と小気味よく刻まれる和音は、 “Asience-fast-piano” の華やかさとどこかで繋がっているようにも思える。
 過去に、坂本はモーツァルトについて、 「かなり弾かされたし、聴いてもいるし、自分のなかにずいぶん入ってはいますけどね。でも扱いにくい人ですよね、モーツァルトは」(『コモンズ:スコラ 音楽の学校 第18巻 ピアノへの旅』アルテスパブリッシング、2021年、123頁。)と発言している。この発言の背景を詳述すると、音楽の訓練の痕跡が見つからないにもかかわらず、モーツァルトの音楽は全てが最初から完結していることと、彼のピアノ曲を完璧に弾くのは限りなく不可能なこと(同前、123-124頁)から、坂本はモーツァルトを 「扱いにくい人」と言ったのだった。この発言をふまえると、坂本のピアノ音楽を語る際にモーツァルトを持ち出すのは無謀にも思えるが、それでもやはり、彼のピアノ曲における和音の連打を聴くと、モーツァルトのいくつかの楽曲を連想せざるを得ない。
 映画『ラストエンペラー』の音楽として書かれた、『/04』5曲目の “Rain” も和音の連打が効果的に用いられている。皇帝溥儀の第二皇妃、文繡は決然とした口調で 「I want a divorce(私は離婚したいのです)」と溥儀に訴え(この時、溥儀は彼女にまともに取り合っていない様子だが)、召使いが差し出した傘を晴れやかな顔で断り、降りしきる雨の中、彼のもとを去って行く。 “Rain” はこの緊迫したシーンそのものだと言ってもよいくらい、ここで起きる出来事や人物の機微を見事に捉えている。劇中でのオリジナル版ではシンセサイザーの短い前奏の後に、高音域の弦楽が端正なメロディを奏で、低音域の弦楽が和音をすばやく刻む。この緊張感はもちろんピアノ版でも変わらない。粒の揃った硬質なタッチで連打される和音がただならぬ雰囲気を放ち、聴き手を音楽に引き込む。そして、ここでまたもモーツァルトが思い出される。 “ピアノ・ソナタ第8番 イ短調 K310” (1778)(『新モーツァルト全集』以降は第9番に変更された)の第1楽章は、モーツァルトのピアノ・ソナタには珍しい短調だ。第1楽章の冒頭、右手のメロディと左手の和音の激しい連打のぶつかり合いは “Rain” の緊張感に通じるものがある。このソナタに限らず、私たちはモーツァルトの短調の曲に特別な意味を持たせようとしてきた。古くは小林秀雄が 「モオツァルト」(1946)の中で、 “弦楽五重奏曲第4番 ト短調 K516” (1787)を 「モーツァルトのかなしさは疾走する」と評した。 “Rain” から感じるのは悲哀だけではなくて、新たな世界に対する期待や高揚感も含まれるが、いずれにせよ、短調の和音が決然と連打されることによる音楽的、心理的な効果ははかり知れない。

【参考映像】
本文中で言及したモーツァルトの3曲。 「和音の連打」やモーツァルトの「かなしさ」が何を指すのかを実際に聴いてみてほしい。

モーツァルト “ディヴェルティメント ニ長調 K136” 第1楽章

モーツァルト “ピアノ・ソナタ第8番 イ短調 K310” 第1楽章

モーツァルト “弦楽五重奏曲 第4番 ト短調 K516” 第1楽章

ピアノの弦の間にボルトやゴムなどを挟んで、ピアノの本来の音色を変化させるプリペアド・ピアノにも坂本は積極的だった。『/04』8曲目 “Riot in Lagos” でのプリペアド・ピアノは打楽器的な用法に徹している。一方、『/05』最後の “Rainforest” でのプリペアド・ピアノは、ピアノを楽器という枠組みから解放し、単なる物体と捉えて様々な音を出している。音を発する物体と、音そのものへの関心は2017年のアルバム『async』につながった。

 坂本とモーツァルトを並べてみたところ、実は和音の連打が坂本のピアノ音楽にとって重要な役割を持っているのではないか。そんな仮説さえ成立しそうだ。拍に合わせて和音を規則的に刻む方法はとてもシンプルだが、打鍵の強さやテンポ次第で音楽は様々な表情を見せるだけでなく、リズムを担う低音部や打楽器セクションの効果も期待できる。和音の連打はピアノ音楽の表現の幅を広げていると同時に、坂本のピアノ演奏のスタイルを特徴付けているようにも感じられる。先に紹介した2曲の他に、『/04』と『/05』のいくつかの楽曲においても、和音の連打が効果的に用いられている。
 『/04』4曲目 “Merry Christmas Mr. Lawrence” では、後半に差しかかると、1拍目にアクセントを付けた和音の連打が聴こえてくる。それまでのゆったりとした曲調が一転し、あのなじみ深いメロディがどこかへ向かっているような感覚を得る。多重録音のピアノにのせて坂本自らが歌う5曲目 “Perspective” の和音の連打は、内省的で落ち着いた雰囲気を揺さぶるような効果をもたらす。冒頭のメロディがとても有名な『/05』4曲目 “Energy Flow” では、古典舞曲のような中間部を経て、もとのメロディに戻った時に、高音域での和音の連打が出てくる。これら3曲の和音の連打にはモーツァルトの音楽に感じる悲哀はなく、曲全体の均質性に対する変化や刺激としての役割を持っている。
 『/05』3曲目 “Amore” のオリジナルは1989年のアルバム『Beauty』に収録されている。オリジナルではアート・リンゼイとユッスー・ンドゥールが参加して賑やかな音楽に仕上がっているが、ピアノ版では右手がメロディを弾き、左手が柔らかで控えめな打鍵で和音を鳴らしている。メロディもコード進行も同じはずなのに、2つのヴァージョンはまるで別の曲のように聴こえる。
 『/05』7曲目の “Happy End” は “Amore” 以上にオリジナルと乖離している。この曲は1981年にシングル “Front Line” のカップリングとして発表され、同年のYMOのアルバム『BGM』にも別のアレンジで収録されている。1981年のYMOのウィンター・ライブでもこの曲は演奏された。これら3つを聴き比べるだけでも十分に面白いのだが(この中では『BGM』ヴァージョンが最も抽象的だ)、『/05』では4台ピアノ版に再構成されている。整ったメロディ+規則正しく刻まれる和音+これらを支える低音の明瞭な構造は、バロック時代の古典組曲のひとつ、ガヴォット(2拍子系の中庸なテンポの舞曲)を想起させる。筆者はこのピアノ4台版を聴いて、この曲の全貌がようやくわかった。また、この曲は坂本の最後となった演奏を記録したコンサート映画『Opus』(2023)でも演奏されている。ここでの演奏では和音の連打は消え、ガヴォットから荘重な足取りのパヴァーヌ(2拍子系の厳かな舞曲)へと変貌を遂げている。
 『/05』6曲目 “The Last Emperor” と10曲目 “The Sheltering Sky” はどちらも映画のテーマ曲としてオーケストラ編成で書かれた。この2曲のピアノ版でも和音の連打が登場する。 “The Last Emperor” では、メイン・テーマが終わって中間部に移ると、和音は音域を低くしていき、最後にはトレモロをダイナミックに奏でる。 “The Sheltering Sky” はシンプルに右手の高音域でのメロディに左手が和音で伴奏をつけるシンプルな構成だが、 “The Last Emperor” と同じく、曲が進むにつれて左手の音域が低くなり、和音よりもさらに劇的な効果を生むトレモロを経て、静かに幕を閉じる。
 以上が『/04』と『/05』に聴くことのできる、坂本による和音の打鍵の数々だ。ここでは、あえて音の響きではなくて、音のアタックに着目して彼のピアノ音楽を紐解いてみた。もちろん、彼のピアノ曲と演奏には他の多種多様な要素が複雑に絡み合っている。たとえば、『/04』3曲目の “+33” にミニマル・ミュージックとのつながりを見出すこともできる。また、YMOをよく知っている人なら、この曲にYMOの映画『プロパガンダ』(1984)の最後を飾った “M16” を思い出して懐かしい気持ちになるかもしれない。『/05』5曲目の “Aqua” と9曲目 “Fountain” は水の音楽だ。水をテーマにした曲をいくつも遺したドビュッシーやラヴェルに限らず、水は古今東西の音楽家に大きなインスピレーションを与え続けており、坂本もその例外ではなかった。2009年のアルバム『out of noise』の中で、坂本がハンディ・レコーダーや水中マイクを使って採取した北極圏の様々な音を聴くことができる。
 ピアノの弦の間にボルトやゴムなどを挟んで、ピアノの本来の音色を変化させるプリペアド・ピアノにも坂本は積極的だった。『/04』8曲目 “Riot in Lagos” でのプリペアド・ピアノは打楽器的な用法に徹している。一方、『/05』最後の “Rainforest” でのプリペアド・ピアノは、ピアノを楽器という枠組みから解放し、単なる物体と捉えて様々な音を出している。音を発する物体と、音そのものへの関心は2017年のアルバム『async』につながった。

 『/04』と『/05』2枚組リマスター盤発売に合わせて、このアルバムのスコアブック(楽譜集)も発売される。作曲家と演奏家の分業化が進んだ現在、自作曲の演奏をこれほど多く残している音楽家は坂本の他になかなかいないのではないだろうか。自分の曲を弾くことについて、坂本は 「十年一日というか三十年一日のごとく同じように弾くのは嫌なので、なんとか違う新鮮な弾き方がないものかと、いつも頭の中で考えてはいるんですけれど、なかなかないんですね、これが」(『コモンズ:スコラ 音楽の学校 第18巻 ピアノへの旅』91頁。)と言っている。だが、この発言に続けて、10年くらいのスパンで弾き方、和音、テンポが変わっていることもあり、たまに伴奏の仕方を変えてみるとも述べている(同前、91頁)。自作曲を自分で書いた楽譜通りに演奏することにこだわり、自分の曲を完全に客観的に捉えてピアノを弾くフィリップ・グラスと違い、坂本にとってのピアノ演奏は、自分の創作の足跡を確認し、そこから新たな可能性を発見する大事な作業だったのかもしれない。

■坂本龍一『/04 /05』はワーナーミュージック・ジャパンから12月18日発売。また、大規模なインスタレーション展『坂本龍一 | 音を視る 時を聴く』(https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/RS/)は東京都現代美術館にて2024年12月21日から。



Ryuichi Sakamoto
/04 /05

ワーナーミュージック・ジャパン

特集:テリー・ライリーの“In C”、そしてミニマリズムの冒険

ラ・モンテ・ヤング/アメリカン・ミニマリズム/アフロ・ミニマリズムの故郷、ブルース/JBと「ファンク」という魔法/CAN/ブライアン・イーノにおける「ミニマル」/ポスト・パンクによるミニマルの極限、ワイアー/サン・ラーにおける不規則な反復/アシッド・ハウスが切り開いた「ミニマリズム」の行方/マラリア!からカラ‐リス・カヴァーデイルへ/DJプレミアとJ・ディラ/ババトゥンデ・オラトゥンジ/ヨーロッパの旅、クラフトワークからミカ・ヴァイニオへ/ドリーム・ポップと接続するグリッチ

2024年ベスト・アルバム30発表

菊判218×152/160ページ
*レコード店およびアマゾンでは12月20日(金)に、書店では12月25日(水)に発売となります。

▶刊行のお知らせ:
エレキング年末号は、ジェフ・ミルズの予言通りの “ミニマリズム” 特集です

目次

特集:テリー・ライリーの“In C”、そして、ミニマリズムの冒険

マキシマリズム時代のミニマリズム(野田努)

インタヴュー テリー・ライリーを訪ねて――“In C”誕生60年(高橋智子)
『In C - 60th バースデー・フルムーン・セレブレーション・アット・清水寺』制作話を今作のプロデューサー、中村周市氏に訊く

テリー・ライリー、60年を越えるその歩み――“In C”以外の重要作品(杉田元一)
アメリカン・ミニマリズムの系譜――テリー・ジェニングス、スティーヴ・ライヒ、フィリップ・グラス(杉田元一)
ラ・モンテ・ヤング――永遠に鳴り続ける始原としてのドローン(松山晋也)
アフロ・ミニマリズム――ブルースにおける反復の文化(緊那羅:デジ・ラ)
「ファンク」は魔法、地球を支配したウィルス(野田努)
カン――いまなお世界中に広がり続けるミニマル・ロックの地下茎(松山晋也)
アンビエントのはじまりにミニマルあり──ブライアン・イーノの呼び水(杉田元一)
パンク・ミニマリズムの究極の境地――ワイアーの探求(イアン・F・マーティン/青木絵美)
サン・ラーの“Rocket Number Nine”に見るミニマルな高揚(野田努)
アシッド・ハウスが切り開いた「ミニマリズム」の行方(野田努)
ヨーロッパの旅――クラフトワークからポスト・パンクを経由してミカ・ヴァイニオへ(野田努)
もうひとつの行き先――マラリア!からカラ‐リス・カヴァーデイルへ(三田格)
ひとかけらの永遠、ヒップホップのミニマリズム──DJプレミア、J・ディラ、アルケミスト(吉田雅史)
アフリカン・ドラムを初めて西欧世界に聞かせたババトゥンデ・オラトゥンジ(三田格)
リスニング術――グリッチからアンビエント/ドリーム・ポップへ(野田努)
Minimal Nation――ミニマリズムのさらなる冒険のご案内(野田努)

非ポストモダン的ミニマリズムに向けて(仲山ひふみ)

2024年ベスト・アルバム30選
2024年ベスト・リイシュー23選
ジャンル別ベスト――テクノ(猪股恭哉) | インディ・ロック(天野龍太郎) | ジャズ(小川充) | ヒップホップ(高橋芳朗) | ハウス(猪股恭哉) | エクスペリメンタル(ジェイムズ・ハッドフィールド/青木絵美) | ポスト・ハイパーポップ(松島広人) | レゲエ/ダブ(河村祐介) | アンビエント(三田格)

2024年わたしのお気に入りベスト10――24名による個人チャート(青木絵美、天野龍太郎、小川充、小山田米呂、Casanova.S、河村祐介、木津毅、緊那羅:Desi La、篠田ミル、柴崎祐二、杉田元一、高橋智子、髙橋勇人、つやちゃん、デンシノオト、橋本徹、ジェイムズ・ハッドフィールド、二木信、ジリアン・マーシャル、Mars89、イアン・F・マーティン、松島広人、三田格、吉田雅史)

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