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Home >  News >  RIP > R.I.P. Jalal Mansur Nuriddin - ジャラールと出会い直すために

RIP

R.I.P. Jalal Mansur Nuriddin

ジャラールと出会い直すために

山本昭宏 Jun 21,2018 UP

 2018年6月4日、ジャラール・マンスール・ナリディンが亡くなった。
 ジャラール・マンスール・ナリディンは、1944年7月24日、ニューヨークに生まれ、ブルックリンのフォート・グリーンで育った。米軍への入隊、その後ウォールストリートの銀行で速記の仕事をした後、ラスト・ポエッツとしてデビューすることになる。このグループのメンバー構成の変遷は、やや複雑なのだが、ジャラールの立場を知るためにも、簡単に整理しておく。
 まず、ファースト・アルバム『The Last Poets』(1970)が発表される前に、最初期のメンバーであるガイラン・ケイン、デヴィッド・ネルソン、フェリペ・ルシアーノが脱退している(なお、脱退した三人はThe Original Last Poetsというグループ名で1971年に『Right On!』というアルバムをリリースする)。その結果、ラスト・ポエッツは、アビオドゥン・オイェウォレ、ウマー・ビン・ハッサン、ジャラール(当時の名義はアラフィア・プディム)、コンガ奏者のニリージャ、の四名で、ファースト・アルバムを発表することになった。しかし、ポリティカルな姿勢を堅持するアビオドゥンが、まず脱退する。そして、セカンド・アルバム『This Is Madness』(1971)発表後には、ウマーが脱退した(ニリージャもこのころには脱退していると思われる)。
 こうして、ひとり残されたジャラールは、ラスト・ポエッツの新メンバーとしてスリアマンを迎え、『Chastisment』(1972)、『At Last』(1973)、など数々の作品を発表し、1994年まで活動を続けた。つまり、ラスト・ポエッツとして最も長く活動したのが、ジャラールなのである。しかしながら、1997年に再結成されたラスト・ポエッツに、ジャラールの名前はなかった。ウマーとアビオドゥンのふたりだけが「ラスト・ポエッツ」を名乗ったのである。このふたりに言わせれば「ポリティカルな姿勢を崩さない自分たちこそがラスト・ポエッツだ」ということになるだろうし、ジャラールとしては「辞めたお前たちが名乗るな。自分こそがラスト・ポエッツだ」と叫びたかったのではないか。
 再結成されたラスト・ポエッツに自分の名前がない……。この事態に直面したジャラールは、直接行動に出る。新しいラスト・ポエッツのふたりの元を訪れたジャラールは、ウマーに対して「スリアマンを殺したのはお前だ」「これはスリアマンの分だ」「これでお前の声は死ぬんだ」と言いながら、長い針でウマーの喉元を突き刺した……とされている。
 このエピソードは、ラスト・ポエッツの初期メンバーやプロデューサーへのインタヴューを元に構成されたドキュメント・ノベルで紹介されているものだ。その名も『The Last Poets』(オランダ語の原著が2004年、英訳2014年)と題されたドキュメント・ノベルの作者、クリスティン・オッテンによれば、ジャラールは本書に関する取材の申し入れを断ったらしい。そのため、これはあくまでウマーとアビオドゥンのふたりが語る「事件」に過ぎず、真偽のほどはわからない。ただし、長い針でメンバーの喉を突いたというエピソードには、なにか異様な迫力を感じずにはいられない。
 切り裂くようなジャラールの声には、激しい怒りを行動に移してしまうような危うさがあり、それが彼の魅力でもあった。内面の葛藤をドライな肉声に乗せる際の緊張感。それこそが、ジャラールの比類ないライミングの源泉だったのかもしれない。

 ラスト・ポエッツ関連の話題が多くなってしまったが、ジャラールは、アラフィア・プディム(Alafia Pudim)やライトニン・ロッド(Lightnin' Rod)と名乗ってソロでも活躍している。なかでも、クール・アンド・ザ・ギャングを迎えたライトニン・ロッド名義でのソロ作品である『Hustlers Convention』(1973)は、ラスト・ポエッツ名義の作品と同様、サンプリング・ソースの宝庫として、ヒップホップの文脈ではいまなお特別な影響力を持っている。その後、80年代以降のヒップホップの隆盛のなかで、ジャラールは常に言及され、参照された。それにより、「ラップの生みの親」としての地位を確立していく。しかし、そうした位置にとどまることなく、ジャラールは変化し続けた。90年代に発表された作品、たとえばシングル「Mankind」(1993)を聴けば、ジャラールの「語り」がより「ラップ化」していく様相をつかむことができる。

 彼が亡くなったと知ったとき、ラスト・ポエッツの“Bird's Word”(1972年の『Chastisment』所収)という作品を思い出した。ジャラールはこの作品のなかで、その圧倒的なライミングと、心地よい声で、黒人音楽の歴史を語り上げている。そこで言及されるのは、ベッシー・スミスからルイ・アームストロング、アート・ブレイキー、エリック・ドルフィー、コルトレーンを経てニナ・シモン、サン・ラへと至る歴史だ。この歴史のなかに、ジャラールを加えるためにも、改めてジャラールと出会い直したいと思う。これまでは聴き流していた彼の声に、耳を澄ますことが、なによりの追悼だろう。

山本昭宏

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