「Low」と一致するもの

interview with Colin Newman/Malka Spigel - ele-king

 「時代の流れに身を任せながらも、自分の原則を守ろうとする」というのが、マルカ・シュピーゲルが、過去数十年にわたって音楽と人生の道を歩む上で指針としてきた哲学を、自ら説明した言葉だ。イスラエル生まれで最初はベルギーを拠点とするポスト・パンクと実験的ポップ・バンド、ミニマル・コンパクトとして活動を始めた。
「君は本当に詩人だね」と、この時間の大半で冗談交じりに語ったのは、彼女のパートナーでイギリスのポスト・パンク時代の伝説のバンド、ワイアーのリード・ヴォーカル兼ソングライターとして名を馳せたコリン・ニューマンだ。
やりとりのなかで、行ったり来たりしながら互いの空白を埋めるように話し、どちらかが割って入って会話の流れを調整する。コラボレーションが基本という感覚こそが彼らの自然な会話の仕方の本質の一部であり、おそらくそれが、音楽家として長く継続できている協働の特性をも垣間見せているのかもしれない。


Immersion
Nanocluster Vol. 1


Immersion
Nanocluster Vol. 2


Immersion
Nanocluster Vol. 3

 1980年代にベルギーで出会ったふたりの、尽きることのない好奇心、新しい音に対する鋭いアンテナを張り巡らせること、そして他者の作品を吸収して共有したくてたまらない、スポンジのような吸収力と解放的な感性が組み合わさったことで、魅惑的で変わりやすいオルタナティヴ・ポップ・ミュージックの歴史に大きな影響を与える(同時に影響を受ける)存在となった。

 〈スウィム(Swim ~)〉レーベルの共同オーナーとして、Githead名義のバンドとして、ここ最近ではエレクトロニック・デュオ、イマージョン(Immersion/没入の意味)名義として『ナノクラスター(Nanocluster)』における複数の人と共働するスピーゲルとニューマンは、おそらくこれまでで一番活発な活動を展開している。今年のはじめ、彼らは『ナノクラスター』シリーズの第3弾をリリースし、イマージョンとしては、アメリカのアンビエント・カントリー・トリオのSUSSと共に砂漠と海、コンクリートと空を融合させた、ヒプノティックで本質的なテクノで宇宙的なコラージュを創り上げた。その一方、イマージョンのニュー・アルバム『WTF?』は時代精神を捉えたタイトルで、9月にリリース予定だ。

 下記は、昨年夏に『ナノクラスター』の「vol.2」「vol.3」のリリース期間中に実施した、スピーゲル(MS)とニューマン(CN)とのインタヴュ-の編集版である。

80年代半ばのブリュッセルに本物のシーンがあった。〈クラムド・ディスクス〉だけでなく、〈クレプスキュール〉もあり、両レーベルにたくさんの国際的なアーティストが集まって、結果的にブリュッセルに住むようになったりしていた。物価も安くてツアーもやりやすかったし。

この世界に入るきっかけは何だったと考えていますか?

マルカ・スピーゲル(以下、MS):知識も技術もない状態でも、とにかく人と集まって一緒になって演奏することから始まった気がします。それでも、クリエイティヴであることの力がどういうものなのかを感じることができたのが大きかった。そして私は‶一緒に居ること〟の力を感じ続けている。私たちが常にコラボレーションをするのはそのため。他の人と演奏すると音楽面だけでなく、人間関係においても魔法みたいなものを感じるから。

コリン・ニューマン(以下、CN):僕はマルカとはまったく違う世界から来ています。いわゆるハードコアからネオクラシカルまでの、ありとあらゆる音楽の領域で、合奏(アンサンブル)にはふたつのアプローチの仕方があると思う。ひとつは、誰かが何か書き留めたものを皆で演奏するタイプ。もう一方は、皆で部屋に集まってその場で一緒に何とかするタイプだとすると、僕は最初の方。ワイアーが、ジャミングが下手くそなのは、周知の事実! 「部屋で一緒に音楽を作ってみよう!」と言っても決して何もできあがらない。基本的な作品の構造と要素があれば、非常に良いものになる可能性はある。それに対して、マルカは完全に怖い物なしなんだ。彼女が文字通り演奏を始めると、その周りに必ず何かが見つかるという具合。僕たちが最初に出会ったのは1985年で、それからほぼ継続的に長い時間、一緒に仕事をしている。

あなたは、ミニマル・コンパクト(Minimal Compact)の5枚目のアルバムをプロデュースされましたね?

CN:そう、『レイジング・ソウルズ/Raising Souls』をね。

その頃、つまり1980年代初頭のベルギーの音楽シーンは、アクサク・マブールとザ・ハネムーン・キラーズのマーク・ホランダー(オランデル)が〈クラムド・ディスクス〉で活躍していた非常に興味深い時代だったようですね。

MS:そう、ある種のエネルギーがあった。レーベル周辺にはタキシードムーンやその他の多様な音楽があって、コリンは完全に魅了されていたと思う。彼は、ロンドンで公有地に不法滞在するような生活から、ブリュッセルに移ってイギリスよりも少し穏やかな人びとや美味しい食事に出会えた。

CN:そうなんだ。すごく気に入っていたよ。本物のシーンがあった。80年代半ばは常に魅力的な時代で、〈クラムド・ディスクス〉だけでなく、〈クレプスキュール〉もあり、両レーベルにたくさんの国際的なアーティストが集まって、結果的にブリュッセルに住むようになったりしていた。物価も安くてツアーもやりやすかったし。

MS:ロンドンはかなり厳しい場所だった! 私はロンドンに行き始めたばかりの頃にショックを受けたの。ものすごく貧しい感じがして。あなたがブリュッセルに惹かれた理由がわかった。誰かと恋に落ちた以外にもね……わかるでしょう?

CN:一目ぼれだったよ。

MS:楽しい場所だったけれど、(シーンが)衰退すると退屈なベルギーになってしまった。

CN:それは、ベルギーのシーンが心理的な境界線を越えてしまったからなんだ。フランドルとワロン地域はほとんど別の国とも言える場所で、シーンは〈R&S〉レコードがあったゲント(ヘント)に移ってしまい、そこがテクノ・シーンのすべてになった。突然、〈R&S〉と契約した国際的なアーティストたちが現れて、シーンを牽引するようになった。エイフェックス・ツインの最初のアルバムをリリースしたのも彼ら。〈ワープ〉レーベルが頭角を現して彼らの輝きを奪うまで、ゲントには強いシーンがあった。

MS:私たちが再びロンドンに興味を持ち始めたのもその頃だったね。

CN:たしかにね。ブリュッセルからゲントへの移住を考えるぐらいなら、ポーランドに移るのと変わらない。どちらにも同じ銀行、同じ店があるけど、言語もメンタリティも全然違う。それに、ロンドンはまさに、拡大し始めている時だった。

MS:私たちはいつも、物事が始まりそうな場所に惹かれる傾向があるね。

CN:僕は1986年にブリュッセルに移ったんだけど、僕たちがそこを離れたのは1992年になってからだった。その時、ロンドンではようやく電子音楽シーンが始まったところだった。

MS:そして私たちはレーベルを立ち上げて、多くの電子音楽のアーティストたちと知りったの。

CN:移住する前には、マルカのミニマル・コンパクトでの活動が下火になっていて、シンガーのサミー・バーンバッハの近所に住みながらあるプロジェクトに取り組んでいたんだけれど、進展しなかった。そしたら、マルカにソロ・アルバムの話が来たんだよね。でも、彼女は知らない雇われのミュージシャンたちとスタジオに入るのを嫌がり、自分たちのスタジオで、自分たち自身で作りたいと思った。

MS:それに、彼らは私たちの考え自体を理解してはくれなかった。その頃ちょうど、自分たちのスタジオを持つということをし始めたばかりだったから。今では普通のことなのにね。

CN:彼女は、‶もうやり始めたからには、最後までやり遂げたい。さっさとやってしまおう″と言ったんだ。ロンドンに引っ越す時には、ガレージをしっかりと録音ができる場所に改造してレコードを作ってから、リリースしてもらえるレーベルを探すつもりだった。持っていた僅かな金でガレージに防音を施して、新しいミキシング・コンソールを買い、レコードを完成させた。だけど、レコードを出してくれるレーベル探しには完全に失敗したんだ。そんななか、ミュート・レコード社長のダニエル・ミラーとミーティングをしたら、「ここまで全部を自分たちでやったのなら、自分たちで出せばいいのに。やり方はこうだ……」と、レーベルの運営方法を2時間かけて指導してもらった。そして突然、アルバムをリリースすることになった。

MS:(私たちの)典型的な回答ね! 質問に対して、もはやまったく別の話題になってしまっている……!

その後、ミニマル・コンパクトのサミー・バーンバッハと一緒に、オラクルという名でコンピレーションを制作して出した。2枚のレコードを出したところで、マルカが言ったんだ。「私たちはテクノ・レコードを作らなければ!」と。

これこそが私の理想のインタヴューの形ですよ。私がやるべきことが少なければ少ないほど良い!

CN:実は、僕たちがレコード会社を作ったことをマルカが認めるまでに一年かかったんだ。彼女にはそれがとても思い上がったことに思えたから! それでも僕たちはマルカの初のソロ・アルバムをリリースし、そこから利益を得ることができた。

MS:あの頃はいまよりもまだやり易い時代だったから。

CN:そして、人びとはもっと多く(音楽を)購入していた。その後、ミニマル・コンパクトのサミー・バーンバッハと一緒に、オラクル(Oracle)という名でコンピレーションを制作して出した。2枚のレコードを出したところで、マルカが言ったんだ。「私たちはテクノ・レコードを作らなければ!」と。

MS:私はそんなこと言っていないけど!

CN:いや、言ったよ!君はもっとインストゥルメンタルな曲を作るという想いにかられていた。そして、常に‶ミステリアス〟という言葉を好んでいたね。

MS:多分、そっちの方がより純粋だからだと思う。テクノには‶フロント〟というイメージがあまり無いところに惹かれたの。音楽の制作者がどこから来た、どういう人なのかは知らなくても、純粋な音楽だけがすべてだと思うようなところに。

CN:そうそう、『NME』では‶顔なしのテクノ・バカ(”faceless techno bollocks)″みたいにまとめられたけれど、それは‶ジャングル″のような言葉と同じで、最初はこき下ろしみたいな呼び方だけど、結局は受け入れられるんだ。‶顔なしのテクノ・バカ″なんて、素晴らしい発想だよね![編註:これはすぐにテクノの匿名性、音楽重視で作り手のルッキズムに依存しない態度を賛辞する言葉になった] 最初のイマージョンのレコードでは、僕たちはドイツ出身だと偽ってウィッグやマスクを着けて宣材写真を撮って、でたらめな偽名を使っていた。レコード会社としては、レコードをリリースするだけだから、それが誰によるものなのかは関係ない。それが最初のイマージョンのアルバム『オシレイティング/Oscillating』だった。

ほぼ同じ時期にリミックス・アルバムもリリースされましたよね?

MS:当時はほんとうに簡単だった。電子音楽のミュージシャンがたくさんいて、誰もがオープンで、「お願いできる?」と聞くと「もちろん、リミックスするよ!」という返事がもらえたものよ。

CN:それはロビン(ランボー、別名スキャナー)が始めたんだよね。バタシー・バークを歩いていた時、彼が「リミックスしてあげるよ!」と言ったんだ。我々も、いいね! という感じで。僕たちはそれが12インチ盤を出す口実になると思った。それで2枚分のリミックス・アルバムを作ったんだけど、2作目の頃には、テクノ界の少し有名なクロード・ヤングのようなアーティストがリミックスを手掛けてくれるようになって、それらのレコードが売れたんだ! まだレーベルを始める前の〈ファット・キャット〉がコヴェント・ガーデンにレコード店を持っていたから、少し多めに白盤を作って〈ファット・キャット〉に渡せば、彼らがトップDJたちに売ってくれていた。

MS:そうやって、自然と広がっていったの。あの自然な流れが好きだったな。今は、すべて業界の仕組みを通さなくてはならなくて、その罠から抜け出すのは不可能ね。

CN:それで、僕たちのそれまでの歴史とはまったく関係なく、ダンス・ミュージック界でクールな音楽を出すレーベルという評判を得たんだ。その次に、LFOのゲズ・ヴァーリーから連絡が来て、「いくつかのトラックがあるんだけど、ワープは全部が‵聴くための音楽′でないと出したくないと言っている。俺はダンスフロア向けの音楽をやりたいのに」と言うんだ。ちょうど息子のベンを迎えに行く車の中でそのカセットを聴いたんだけど、最初のトラック“クオ・ヴァディス/Quo Vadis”を聴いた瞬間にこれはポップ・ミュージックだと思ったね!

MS:彼はG-Manと名義を変えて12インチを出して、この曲は大成功を収めたし、今でもプレイされている。日本でのワイアーのライヴで、ある人がワイアーの出番の前に“クオ・ヴァディス”をプレイしていた。その人は、コリンとこの曲の繋がりを知らなかったと思うけど。聴いた瞬間に、「ワオ! まだプレイする人がいるんだ」と思った。

CN:まさにクラシックな、ダンスのできるミニマル・テクノとして、DJたちに愛されたよね。この頃には僕たちはもう恐ろしいほどの評判を得ていたんだけど、ひとつのスタイルに固執したくはなくて。そして、ドラムンベースが登場し、僕たちも夢中になった。テクノはある種、アメリカンな感じがしたけど、ドラムンベースはまさにロンドンの音楽で、70年代パンクのような興奮を覚えた。突然、信じられないほどのエネルギーの爆発が起きた。正直、90年代半ばのある時点では、もうドラムンベースさえあればいいという感じだった。自分たちでも少し作ったけれど、その後、ロニー&クライドという、ブレイクビートのより知的な側面に分け入って、違う領域に挑戦する人たちと仕事をするようになった。僕たちはもう少しダウンテンポ寄りの作品をいくつか出して、90年代後半にはポスト・ロックの渦に巻き込まれ始めた。僕たちは90年代をアンビエント・テクノから始めて、ポスト・ロックへとたどり着いた。その時の時流に乗ったということだ。レーベルをやるのであれば、常に現代的であり続けなければいけない。

いまの話を聞いて、あなたが先ほど話していたことを思い出しました。あなたは、ネオクラシックからその他のさまざまなジャンルへと続く音楽の糸のようなものについて話してくれましたが、それに名前は付けていないと言いました。実は私もそういったことをよく考えるのです。ジョン・ケージからブライアン・イーノが1970年代にやったこと、それからパンクの時代にもっとも興味深いバンドがやっていたことまで、線を引くことができるのではないかと。それは、クラシック・ロックの正典の枠組み外にある、並行歴史(パラレル・ヒストリー)のようなものではないかとね。

MS:ストリーミングが始まってからすべてが変わったのではないかな。音楽を届ける範囲や、仕組みそのものが変わったのでは?

CN:根本的に変わったのは、どこに力があるかということだと思う。例えば、90年代のインストゥルメンタル・ミュージックの台頭は、アーティストがアメリカやイギリス出身でなくても世界的に活躍できることを意味して、その変化はストリーミングの普及によって完成されたんだ。今ではその現象は‶グローカリズム(glocalism)〟と呼ばれていて、アーティストが自国で成功を収めながら世界中へと広げていくことができる。それと同時に業界は、完全に石化したかのような状態になって——僕が言っているのは、メジャー・レーベルや大手の独立系のことだけど——なんとか過去の体制にしがみつこうともがいている。権力の分散化は確実に起きていて、それをさらに加速化させる必要がある。

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ドラムンベースが登場し、僕たちも夢中になった。テクノはある種、アメリカンな感じがしたけど、ドラムンベースはまさにロンドンの音楽で、70年代パンクのような興奮を覚えた。突然、信じられないほどのエネルギーの爆発が起きた。正直、90年代半ばのある時点では、もうドラムンベースさえあればいいという感じだ。

あなた方が一緒に働き始めた時、コラボレーションが重要になったと言っていましたね。年月を経て、それが大きく成長したように見えます。それはあきらかに、『ナノクラスター』の重要な要素のひとつですよね。

MS:それがすごく魅力的な領域なんです。長年音楽を作り続けていると、知らない人と一緒に働くこともあって、そんな時には自分の安全地帯から押し出されるようなことも起きてくる。どこか違う場所で、他の人たちのやり方に挑戦すると、視野が広がって、多くの選択肢を与えられるの。すべてのコラボレーションが私たちを新たな場所へと連れて行ってくれる。

CN:2000年代になると、ワイアーが再び始動して、それと並行してGitheadというバンドのプロジェクトにも取り組んでいた。10年前には、ブライトンに移住したんだけど、そこでまたイマージョンも復活させることにしたんだ。機材がかなりシンプルで、ただ一緒にギグをするだけでよかったから。イマージョンの前のアルバム『ロウ・インパクト/Low Impact』は1999年のリリースで、その次のレコードは2016年だった。長い間隔が空いてしまったけど、それが僕たちに自由に活動する空間を与えてくれた。それでアルバムを制作して最初は2枚の10インチ盤として発売し、後にCDに編集した――まるで島に住むアナログな生き物みたいなイメージで。実際にそれがタイトルになったんだけど(EP『アナログ・クリーチャーズ/Analogue Creatures』と『リヴィング・オン・アン・アイランド/Living On An Island』 をまとめたアルバム、『アナログ・クリーチャーズ・リヴィング・オン・アン・アイランド』)。実は僕たちがすでにその時、ブレグジットによる疎外感を感じ始めていたのがタイトルに表れているんだ。

今日の取材の前にその曲を聴いていて、そのことに強く感じ入りました。『リヴィング・オン・アン・アイランド』というタイトルと2016という年を見て「ああ、自分もその感覚を知っている!」と思ったんです。

MS:ブレグジットの投票時には、私たちは島に居て、あらゆるものから隔絶されているという強い感覚を覚えたの。

CN:僕たちは海辺に住んでいるしね。

MS:そう。そしてそれがある種の希望と楽観主義を同時にもたらしてもくれる。

CN:いくつかライヴやフェスティヴァルにも出演したけれど、大きな動きはなかったね。
でもブライトン在住の知人が、「ブライトンに居るなら、自分たちの手でシーンを作る必要がある」と言ったんだ。現地の音楽シーンは結構分断されているからね。

MS:ミュージシャンもすごく多いから!

CN:すごく多い! それで僕たちは、「それはどういう意味だろう? どうやったらシーンを生み出すことができるのか? クラブでイベントを企画してもいいけど、他の人とどうやって差別化できるんだろう? そうだ、コラボレーションの要素を入れてみよう」と思いついた。僕たちはターウォーター(Tarwater)とはベルリンのシーンの初期から何年も知り合いだったし、会場をみつけて、ターウォーターとイマージョンがコラボレートするイベントを企画しようということになった。彼らが数日間、僕たちの所に泊まり込んで一緒に曲を作ればよいと考えた。そして、それが上手くいったんだ。

MS:リハーサル中にもスタジオで録音ができたから、基礎となる録音を残すことができたしね。

CN:ザ・ローズ・ヒルという公共の、110人ぐらいのキャパの小さな会場でやったんだよね。ちゃんとしたお客さんで埋めるのも簡単な規模の。

これは、実はワイアーのブルース・ギルバートが人生と芸術について語った大事な声明のひとつ、「文脈がすべてだ(Context is all).」から来ている。僕はいわゆるビッグ・ボーイ・プロダクションと言われるものを常に嫌ってきた。レコードを聴いて、その背後に関わった‶プロデューサー″のエゴが透けて見えるような自己主張の強いもののことだ。

コラボレーションはどのような感じでやるのでしょう? 即興することもあるんでしょうか? それとも事前の準備の方が多めですか?

MS:まず私たちがアーティストにアプローチして、「私たちの方から3つの基本的なアイディアを送るから、あなたの3つの基本の考えを返送してください。何か思いついたものをそこに乗せてみてほしい」と言う。それを基に、あまりやり過ぎない程度に構築していく。それから相手と一緒になって完成を目指すの。毎回違うやり方にはなるけれど、それが基本的な構造かな。全然即興ではないけれど、完成度をそこまで高くしないから「うまく行くだろうか?」とか「良いライヴができるだろうか?」というような多少の緊張感もある。

CN:次に思いついたコラボレーションの相手がレティシア・サディールだった。‶クラウトロック・カラオケ″というものがあってね。

MS:ロンドンに長年住んでいる、日本から来た人が企画している、違うバンドの人達が集まってクラウトロックのヴァージョンを弾くという一夜があって、それが楽しいの!

CN:それをレティシア・サディールと一緒にやったんだけど、彼女はギター演奏の能力だけでなく、すべてのパートを覚えて参加したんだ。僕たちはそんなことをしたことがなかったんだけど! それを見て、彼女に『ナノクラスター』の話を持ちかけたら、セットをやってくれるのではないかと思った。

MS:彼女が私たちの所にやって来て滞在し、一緒に題材に取り組んで。そう、とても良かったわ。

CN:僕たちは多くの素晴らしい人たちを知っているけど、そのうちの何人かは僕たちがその人たちのファンであるという理由からなんだ。ウルリッヒ・シュナウスが宇宙で一番の音楽を作っていた時もあったし、他にもロビン・ランボー、スキャナー、勿論Githeadのね。彼のことももう何年も知っているよ。

MS:それ以来、私たちはますます幅広い分野でコラボを続け、紙の上では機能しそうもない奇抜なアイディアを次々と生み出してきたの。

CN:そこへ突然パンデミックが襲い、2020年5月に僕たちは4つのコラボレーション企画以外はまったくすることがなかったから、「アルバムを完成させよう」と決めた。実はこれは難しい決断だった。というのも、マルカと僕はそれまで一度もアルバムのミキシングをやったことがなかったから。まさに目から鱗が落ちるような経験だった。僕の感覚では、それが当時、僕たちのスタジオから生まれた作品のなかでも最高のミックスのレコードになったんだ。すべてをコラボレーションして制作したからだと思う。

MS:ある意味、ラジオからも影響を受けていたよね。異なるジャンルの曲をたくさん聴くと、音の組み合わせ方など、無意識に影響を受けていたと思う。

CN:その通りだね。それを2021年にリリースして、批評家からはある程度の高評価を得たけれど、パンデミックの最中にはプロモーションは何もできなかった。ライヴもすでに終わっていたので、ツアーを組むのも難しい状況だった。どちらにしても、2021年から22年にかけて、ツアーを検討したミュージシャンは、自分たちで主催するしかなかったし。

パンデミックの状況において、アルバムで他のアーティストたちとはどのように協力して制作できたんですか?

CN:すべてを事前に録音していた。

MS:リハーサルをしながら録音し、それを制作の基盤としたの。現在では、彼らが送ってくれる素材で仕事をしているけれど、次回作のコラボレーション(2025年のSUSSとの『ナノクラスターVol.3』)では、物理的な空間での作業はしないと思う。状況次第だけどね。スタジオ・ワークを完成させるには、互いにパーツを送り合うか、物理的に人が集まるかのどちらかの方法がある。

それは、プロジェクトの進化の一環ですね。始めた頃にはブライトン在住のミュージシャンたちや、移動が容易な人たち中心だったのが、より広範にアーティストを探し始めると、プロセス自体も変わってくる。

CN:まさに。最初の作品をリリースした後、「次のレイヤーに行くにはどうすればよいか」を考えた。多くの人と話をしたけど、誰もブライトンには居なかったし、パンデミック後というのは、誰もが自分のキャリアに集中していた時期だった。僕たちと仕事をするのは贅沢だと思われる可能性もあったから、何か別の方法はないかと考えた。僕たちの知り合いにサウス・バイ・サウスウェストの主なオーガナイザーのひとりであるジェイムズ・マイナーがいたので、そこで何かをやってみようと思った。

MS:それは結構怖いことだった。というのも、オースティンまで遠征して、現地の人たちと音楽を作らなければならなかったから。どうやってやろう?と。その時、リストにソー(Thor)・ハリスの名前を見つけたの。彼はその土地の人で、パーカッションを演奏するので、一緒に何かを創りやすいのではないかと思った。

CN:彼はかなりアメリカのミニマリスト・シーンの核心にいる人物だし。

MS:そして、生まれつきコラボレーションの才能のある人。

CN:ソーは、実に乗り気きだったね。事前に素材を交換したので現場に着いたらすでに基盤となるものもあった。結局、彼の家でリハーサルをすることになった――彼はただ優秀な音楽家であるだけでなく、大工、配管工、便利屋としても何でもござれの職人で、素晴らしい社会的良心も持ち合わせているんだ。

MS:彼は素晴らしい人物だった。彼の自宅で仕事ができたのは良い経験だった。オースティンでは誰もが知る人物。

CN:実際のパフォーマンスでは、ちょっとした試練のようだった。というのも、結局、ホテル・ヴェガスで演奏することになり、半分暗がりの、そこら中、酔っぱらいだらけのなかで、テーブルの上に機材を設置しなければなかったから。

MS:それがコラボレーションの良いところ。それぞれの異なる経験が、いつもなら行かないような場所にまで連れて行ってくれるので、かなりの中毒性がある。私たちは人と一緒に音楽を作ることが大好きだし、他の人の世界に引き込まれるのも特別なことだから。

それが、リスナーとして『ナノクラスター』のアルバムを聴くときに興味深い点のひとつです。音楽的な個性が互いに溶け合っていくかのような感覚なんです。多くの人が関わっていて、各盤面やディスクごとにコラボレーターが違うのに、常に一貫した雰囲気が漂ってくるからです。あなたたちがワイヤーとの作業について説明してくれたのとは対照的ですね。ワイアーでは各人の役割が明確に分けられ、決まっていたという。

MS:コラボレーターが違っていても、音に一貫した豊かさがあると言う声をよくもらいます。

CN:それはおそらく、最終的なミックスのやり方も影響しているだろうね。

MS:でも、それだけではないわ。私たちはそこに人間同士の繋がりを持ち込むから。いつも、最後には友情関係になって終わることが多いよね。

CN:僕たちは、一緒に仕事をする人の空間を作ろうと努めるけれど、文脈を設定した上でそうする。これは、実はワイアーのブルース・ギルバートが人生と芸術について語った大事な声明のひとつ、「文脈がすべてだ(Context is all).」から来ている。僕はいわゆるビッグ・ボーイ・プロダクションと言われるものを常に嫌ってきた。レコードを聴いて、その背後に関わった‶プロデューサー″のエゴが透けて見えるような自己主張の強いもののことだ。制作に関わるのであれば、その音楽とそれを聴く人の間の障壁を取り除くべきだ。リスナーがその音楽のなかに何があるのかを容易に聴けるようにするべきだと思う。自分や他の関係者を良く見せよう、聴かせようとすることではなく、全体が大事なんだ。

レーベル名をSwim(泳ぐ)にしたのはなぜですか?

MS:だめ(笑)? 私たちはいつも響きの良い名前を探しているんだけど。多分、私たちがいつも異なる人びとの世界の間に軽やかに浮かんでいるからかも。でも、ほんとうはよくわからない。それは後からついて来るものだと思う。この名前を聞いて、あなたは何を思い浮かべますか?

私はブライアン・イーノのことを思い出しました。彼の音楽では水が繰り返し登場するテーマで、イマージョンで聴く音にもどこか似たものを感じます。あなた方は、どちらも他のバンドではシンガーとして知られていますが、ここでは多くの曲でヴォーカルを削ぎ落しています。だから、ポップスターやロックスターのエゴを排除して、他の可能性が生まれる流動的な空間を探しているように聴こえます。

MS:私たちは、『ウォーター・コミュニケーション/Water Communication』というコンピレーションも出したし、水は繰り返し現れるテーマなの。そして今は、海辺に住んでいるし。

CN:これは、ある意味、『ナノクラスターVol.2』のもうひとつのコラボレーションであるジャック(ウォルター、別名カブゾア Cubzoa)に引き戻される。2021年頃だったと思うけれど、皆が再びライヴを開催するようになり、僕たちはザ・ローズ・ヒルに行ってカブゾアに真に感銘を受けたんだ。

MS:彼は私たちに曲を送ってくれるようになったんだけど、曲というのは完成されたものなので、最初はどうしたらよいのかと戸惑った。通常は、もっと基本的なところから始めるから。でもとても興味深い挑戦になったし、すごく良い作品に仕上がったと思う。

「いまのバンドは大変なのよね。そうせざるを得ないんだから」「ほんとうにそう! パンデミック以降、業界はミュージシャンに圧力をかけている」

CN:さらにもうひとつ、これまでの『ナノクラスター』ではやったことのないことをしたんだ。それは、素材をどんどん出し合うことだった。最初は素材が足りていなかったから。結果、かなり素晴らしい成功に繋がった。彼の曲とはかなり違うものになったんだ。

MS:彼が一緒に居るとほんとうに良い人なので助かったわ。人間性は非常に重要だから。

前回の作品では、4人のアーティストが参加してそれぞれが10インチの片面を担当されましたが、2作目ではふたりとなり、各ディスクにひとりのアーティストが参加した形になっていますね。

MS:それは事前に決めたことではなかったけど、作業を進めるうちに素材が十分そろったことに気付いたの。今後はもしかしたら、コラボレーションはひとつだけになるかもしれない(注:実際、『ナノクラスターVol.3』では、SUSSのみとのコラボになった)。

CN:ルールを設けてはいないよね。ただ、僕たちはダブル10インチ(2枚組の10インチ盤)が好きで。この着想は、完全に実用面でのふたつの理由から生まれた。ひとつ目は、最初のアルバムを製造した際、12インチのヴァイナルをプレスするのに数か月かかったのに、10インチならずっと早く作れたということがあった。また、最初のアルバムには4つのまったく異なるプロジェクトが含まれていた。だから‶それぞれに専用の面があれば、それが自然な仕切りになる″と考えた。

MS:アーティストにとってもより興味深くなるしね。

CN:そう。それぞれが独立した作品になればね。当然のようにデジタル配信では、別々のEPとしてもリリースされているし、ストリーミングでは、短い長さのリリースがトレンドになっているようだ。例えば、20曲入りのアルバムをリリースしても、注目されるのは1、2曲だけで、残りは無視されてしまう。ストリーミングでは聴く人の注意力が極端に短いから。別々のEPにすることで、異なる人たちがそれぞれ別のアーティストに集中できると思った。でも実際には、媒体によるということなんだけど。

そして2作目では、各アーティストがより広い範囲でプレイする余地が得られると、EPのような短いフォーマットではなく、違う方向性になる気がします。

MS:そうかも。各アーティストがより多くの表現で貢献できるようになることが重要。

現在のあなた方の作品に共通するテーマのひとつは、独立した所有権の尊重のように感じます。ワイアーの場合も、バンドがカタログの大部分を所有しているというのは事実でしょうか?

CN:僕たちは80年代の作品は所有しておらず、70年代、80年代の出版権も持っていないけれど、70年代作品のマスターテープは保持していて、2000年以降の作品のすべても持っている。〈スウィム〉からリリースしたアーティストの一部は、自分たちで権利を買い戻していて、他のアーティストは特に気にしていないようだけれど、僕たちは喜んで権利を返還するつもりなんだ。他の人の音楽に執着する必要はない。

MS:あなたの場合は、所有権を持つことがとても重要だと思う。だって、大手レーベルが持つ影響力というものに嫌というほど、気付かされたんだから……

CN:僕たちにとっては、個人的にかなり大きな違いになったよね……。勿論、僕は非常に恵まれた立場で話しているわけだけど。つまり、70年代のワイアーの素材が何世代にもわたって受け入れられてきたから。それは70年代にリリースされた当時の人たちだけでなく、世代を超えて受け継がれて若い人にまで響いている、決して静かではないダイナミックな現象なんだ。さらにストリーミングの数字から判断すると、リスナーは減少するどころか、増加している。自らでマスターの権利を所有し、収益の大部分をバンドに還元できると、生計を立てるための基盤ができる。もしもオリジナル・メンバーと同世代の人たちが公務員になっていれば、はるかに多くの収入を得ていただろう。だけど、60代、70代、80代のミュージシャンのなかには、生活に苦労している人も多い。ツアーに出なければ家賃を払えないから、過酷な条件でツアーを続けるしかないんだ。

MS:でも、私たちが一緒に作るものをすべて所有していることには、メリットとデメリットの両方がある。外部レーベルのように、作品をより広めるような力はないから。

CN:お金がかかるからね。宣伝費や製造費、その他すべてに費用がかかる。だけど、例えばすでにやっているコラボレーションのひとつは、ブライトンを拠点とするバンド、ホリディ・ゴースツというサムとカットのカップルで、僕たちとも仲が良い。彼は30代前半で、ツアーのブッキング方法まで良く知っているんだ。僕の世代のミュージシャンは、ツアーのブッキングの仕方などまったく知らないと思う。

MS:いまのバンドは大変なのよね。そうせざるを得ないんだから。

CN:ほんとうにそう! パンデミック以降、業界はミュージシャンに圧力をかけている。

日本でも似たような状況だと感じます。あの数年で、何かが急激に加速した、‶それ以前とそれ以後″があるんです。若手のミュージシャンたちが、まるで優秀なビジネスマンのように見えるのはある意味で尊敬に値するけど、彼らがそうせざるを得ないことに同情してしまいます。

MS:そうよね。ミュージシャンとして、ただ音楽を追求する自由は、素晴らしい以外の何ものでもない。

(了)

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“I think you swim with the times, but you try to hold onto your own principles,” is how Malka Spigel describes the philosophy that’s guided her path through music and life over the past several decades — initially with Israeli-born, Belgian-based post-punk and experimental pop band Minimal Compact.

“You’re such a poet,” jokes her partner through the greater part of that time, Colin Newman, who made his name as the lead vocalist and songwriter of UK post-punk legends Wire.

A sense of back-and-forth, of each filling the gaps left by the other, of one stepping in and adjusting the flow of the conversation — of collaboration, essentially — is a natural part of the way they talk, and perhaps offers a window into the nature of their long-lasting collaboration as musicians too.

The pair met in Belgium in the 1980s and a combination of endless shared curiosity, a finely honed antenna for new sounds, and a porous, open sensibility to both absorb and eagerly share other people’s work has seen them leave their in fluence on (and be influenced by) by a fascinating and fluid alternative history of popular music.

Working together as co-owners of the Swim~ label, in the band Githead, as the electronic duo Immersion and most recently with a series of collaborators in the Nanocluster live and recording project, Spigel and Newman are perhaps more active than they’ve ever been. Earlier this year, they released the third of their Nanocluster series in collaboration, Immersion merging with US ambient-country trio SUSS to create a hypnotic, techno-organic, shifting kosmische collage of desert and sea, concrete and sky. Meanwhile, Immersion’s new album, under the zeitgeist-grabbing title “WTF?”, is set for release in September.

The following interview is an edited version of a conversation with Spigel (MS) and Newman (CN) last summer in the period between the second and third Nanocluster releases.

__________

IM : What do you think was your starting point that got you on this train?

MS: I think just getting together with people and playing together without any knowledge and technical ability, but feeling already the power of what it’s like to be creative. But also the togetherness, for me is the power that always stays there. That’s why we always collaborate: there’s some kind of magic when you play with other people, not only on the music side but on the human side.

CN: I come from a very different world from Malka. I mean, within whatever you call this whole gamut of music that runs from hardcore to neoclassical or whatever, there seem to be two approaches among ensembles. One is somebody writes something and the ensemble plays it, or the ensemble stand in a room and figure it out together. I come from the first approach. Wire is famously rubbish at jamming! If you’d said, “Let’s stand in a room and figure out some music together,” that’s never happened. If you have a basic structure and some compositional elements that are going in there, then it can be very, very good. Whereas Malka is completely fearless: she will literally just start playing and you kind of find things that go around what she’s playing. We first met in 85, so that’s a long period of pretty much continual working together.

IM : You produced maybe the fifth Minimal Compact album, right?

CN: Yeah, “Raging Souls”.

IM : That looks like a very interesting period for music in Belgium in the early 80s, with the Crammed Discs label and Marc Hollander from Aksak Maboul and The Honeymoon Killers.

MS: Yeah, there was some kind of energy. There was Tuxedomoon and other kinds of music around the label, and I think Colin was pretty much charmed by the whole thing. He came from living in a squat in London into Brussels, and the nice food and people who are kind of softer than in the UK.

CN: Yeah, I loved it. It was a real scene. And that period around the mid-80s was a really fascinating time. It wasn’t just Crammed Discs, there was Crépuscule, and both labels had a lot of international artists who ended up living in Brussels because it was cheap and good for touring.

MS: And London was a pretty harsh place! I was a bit shocked when I started going to London! It felt pretty poor. I could see why you were charmed with Brussels. Apart from falling in love with… you know!

CN: It was love at first sight.

MS: It was a fun place, but when it died off, it just became boring Belgium.

CN: What happened was the scene in Belgium crossed the psychological border. Flanders and Wallonia are almost two separate countries, and the scene moved to Ghent because that’s where R&S Records were based, and that was the whole techno scene was. Suddenly there were all these international artists signed to R&S and they were leading the pack. I mean, they put out the first Aphex Twin albums. Until Warp came and stole their thunder, there was a strong scene in Ghent.

MS: That’s also when we started getting more interested in London again.

CN: That’s true, if you’re in Brussels and you’re thinking about moving to Ghent, you might as well be moving to Poland. You have the same banks and same shops, but you have a totally different language and an entirely different mentality. And London was just starting to expand.

MS: We always feel attracted to places where things kind of start.

CN: I moved to Brussels in 1986 and we finally left in ’92, and at that point, the electronic scene was just starting in London.

MS: And started a label, and started to get to know more electronic music artists.

CN: Before we left, Malka’s time with Minimal Compact had sort of fizzled out, and we lived around the corner from the singer, Samy Birnbach, and sort of worked on a project that didn’t go anywhere. Then Malka got the offer to do a solo album, but she didn’t want to go into the studio with a bunch of hired musicians. We wanted to make it ourselves in our own studio.

MS: And they just didn’t get the concept. It was the beginning of people owning their own studios, and now it’s so common.

CN: She said, “Well I’ve already started on it. I want to finish it. Let’s just do it.” We moved to London with the idea that we could convert our garage into a proper space for recording, then make that record and figure out if we could find someone to release it. We took the little money we had, soundproofed the garage, bought a new mixing board and set to work on finishing the record. Then totally failed to find a label for it, but I had a meeting with (Mute Records boss) Daniel Miller and he said, “You’ve done it all yourselves, so why don’t you just release it yourselves as well? This is what you do…” So I had like a two-hour instruction about how to run a label. And suddenly we were releasing an album.

MS: Typical answer! He asked a question and now we’re a million miles away!

IM : This is my ideal interview. The less work I have to do, the better!

CN: It took Malka a year to actually admit that we had a record company. She thought it was well pretentious! But we put out Malka’s first solo album, and we made some money out of it!

MS: It was easier in those days.

CN: And people bought more. And after that we put out a compilation of the material we’d worked on with Sami Birnbach from Minimal Compact, under the name Oracle. So we’d released two records and then Malka said, “We have to make a techno record!”

MS: I never said that!

CN: Yes you did! You were very much into the idea that we had to make something more instrumental. You always liked the word “mysterious”.

MS: I guess it’s more pure. I always felt attracted with techno to how it doesn’t have too much of a “front image”. The people making the music, we don’t know where they come from, it’s all about the purity of music.

CN: Yeah, summed up in the NME with the phrase “faceless techno bollocks”, which rather like all those other words, like “jungle”, which starts off as a put-down but you sort of embrace it: “faceless techno bollocks”, what a brilliant idea! With the first Immersion record, we just pretended to be from Germany and we had publicity photos with wigs and masks, we had made-up names. If you’re a record company, you just release records: they could be by anybody. That was the first Immersion album, “Oscillating”.

IM : You also put out a remix album at almost the same time, didn’t you?

MS: It was really easy at the time. There were lots of electronic musicians, people were open, you’d ask someone, “Yeah, I’ll do you a remix!”

CN: It was Robin (Rimbaud, a.k.a. Scanner) that started it. We were walking in Battersea Park and he said, “I’ll do you a remix!” Oh, alright! Then we thought that would be an excuse to put out twelve-inches. We did two volumes of remixes and by the second one, we were getting slightly bigger names in the techno world doing remixes for us, like Claude Young, and those records were selling! Fat Cat Records had a shop in Covent Garden, and basically you’d manufacture some extra white labels, give them to Fat Cat, and they would sell them to all the top DJs.

MS: So it kind of spread naturally. I like the way it was so organic. Now everything goes through the industry and it’s impossible to break out of that kind of trap.

CN: And we started to have a reputation within dance music that was nothing to do with our history, just as this label that puts out cool music. The next thing that happened was that Gez Varley from LFO got in contact with us and he said, “I’ve got these tracks and Warp don’t want to put it out because they want to be all ‘listening music’ and I want to to do dancefloor.” And I remember listening to his cassette while going to pick up our son Ben from school in the car, listening to the first track, “Quo Vadis”, and I just thought, “This is pop music!”

MS: He called himself G-Man. And we did really well with it. I mean, people still play “Quo Vadis”. I heard it in Japan, when Wire played a gig and there was someone playing earlier, I don’t think he connected you with the track, but he played “Quo Vadis” and I thought, “Wow! People are still playing it!”

CN: It’s just an absolutely classic bit of danceable minimal techno and DJs loved it. So by this point we had a fearsome reputation but didn’t want to stick in one style. And then drum’n’bass happened. We were biiiiig on drum’n’bass. Techno was sort of American, but drum’n’bass was just London music, and it was kind of exciting like the 70s punk thing: suddenly you have this unbelievable explosion of energy. There was a point in the mid-90s when, to be honest, drum’n’bass was the only music that you needed. We made a little bit of it ourselves, but then we started working with Ronnie & Clyde, who were sort of the more intellectual side of breakbeat or pushing into a different kind of area. We put out some other stuff that was kind of more downtempo, and then towards the end of the 90s, we started to get involved in the whole post-rock thing. We charted a course through the 90s, starting with ambient techno and ended up with post-rock. It was all about what was going on: if you’re a label, you’ve got to be contemporary.

IM : It reminds me of something you said earlier. You talked about this thread of music that runs from neoclassical through all these other things, and you didn’t have a name for it. But it’s something I often think about: that there’s a line you could draw through stuff like John Cage, through what Brian Eno was doing in the 1970s and what a lot of the most interesting bands of the punk era were doing. It’s like a parallel history outside that classic rock canon.

MS: Didn’t everything change because of streaming. It changed how far it can reach and how it works.

CN: I think the fundamental change is in where the power lies. For example, the rise of instrumental music in the 90s meant that artists didn’t have to be from America or the UK to be international artists, and that thing has really been completed now with streaming, where you have what they call “glocalism”, where artists can do really well in their territory and spread out. At the same time, the industry is absolutely petrified and they’re doing everything they can to hang on — I’m talking about the major labels and the large independents — to the way it was. There’s definitely been a devolution of power and that has to be accelerated.

IM : You said that collaboration is something that became important when you started working together, and it seems like that’s grown a lot over they years. It’s obviously a big part of what Nanocluster is.

MS: It’s a fascinating area, because after so many years of making music, you get pushed out of your comfort zone because you’re working with a person you might not even know very well. So to kind of find yourself somewhere else and to try to go towards what they do, it opens you up and gives you ways forward with more options. Every collaboration takes us somewhere else.

CN: Wire happened again through the 00s, we had a parallel project, Githead, which was also a band, and we moved to Brighton ten years ago. We made a decision when we got to Brighton that we would reactivate Immersion because the equipment was quite modest and we could just play gigs together. Immersion’s last album (“Low Impact”) had come out in 1999 and the next one came out in 2016. It’s a long time between records, but that offered us a space to just get on and do stuff, so we did an album, which we initially released as two 10-inches and then compiled onto a CD — like analogue creatures living on an island, which was actually the title (the EPs “Analogue Creatures” and “Living On An Island” which were compiled into the album “Analogue Creatures Living On An Island”). So we were already starting to feel the alienation of Brexit in that title.

IM : I was listening to that earlier today and that struck me. I saw “Living On An Island”, then the date 2016 and thought, “Oh yeah, I know that feeling!”

MS: There was a really strong feeling at the time of the Brexit vote that we’re on an island, kind of separate from everything.

CN: And we live next to the sea, too.

MS: Yeah, which gives you a kind of hope and optimism at the same time.

CN: We did a few gigs, maybe a couple of festivals, but there wasn’t a lot going on with it. But someone we knew in Brighton had told us, “If you’re in Brighton, you need to create your own scene.” It can be quite divided-up.

MS: There’s LOTS of musicians!

CN: Lots of musicians! So we thought, “Well what does that mean? How can we create a scene? Let’s create a night in a club, but how can we make that different to anybody else’s? Well let’s have a collaborative element in it.” We’d known Tarwater for absolutely years, right from the early days of the Berlin scene, and we thought, “We’ll find a venue, do Tarwater and Immersion collaborating together. They can stay with us for a couple of days, we can work out the pieces together.” And it worked.

MS: And we could record it in our studio while we were rehearsing, so we had a basic recording of it.

CN: We did it at The Rose Hill, which is a small community venue that holds about 110 people — easy to fill it up with the right thing.

IM : How does the collaboration come about? Is there improvisation, or more prior preparation?

MS: We approach the artist and say, “We’ll send you three very basic ideas, you send us three basic ideas: try and put something on it that you come up with.” And we kind of build it, but not too far. Then we get together and sort of complete it in a way. It’s different every time, but that’s the basic structure. It’s not improvisation at all, but it’s not so complete that there isn’t a kind of tension about “Is it going to work? Is it going to be good live?”

CN: The next person we thought of was Laetitia Sadier. There’s something called “Krautrock Karaoke”.

MS: It’s someone from Japan who’s been living in London for a long time, and he’s been organising nights where people from different bands get together and play a version of krautrock. It’s fun!

CN: We did one with Laetitia Sadier. She came with not only the competence of her guitar playing: she’d actually learned all the parts, which is more than we’d ever done! It was amazing. So we thought maybe if we ask her, she’ll do a Nanocluster set.

MS: And she came over, stayed here, worked on material, and yeah, it was good.

CN: We know a lot of people, some of them just because we’re fans. There was a point when Ulrich Schnauss was making some of the best music on the planet, and then Robin Rimbaud, Scanner, of course who was in Githead. We’ve known him for years.

MS: And since then, we’ve been collaborating further and further afield and come up with more weird ideas that maybe shouldn’t work on paper.

CN: And then suddenly the pandemic hit, it was May 2020, we had these four collaborations, absolutely nothing else to do, so we thought, “Let’s finish the record.” And that was a difficult decision because Malka and I had never worked on mixing an album before. It was a real eye-opener: it was at that point the best mixed record that had come out of our studio, in my opinion, and it was because we were doing everything as a collaboration.

MS: It was kind of influenced by the radio show as well. When we play a lot of songs from different genres, we hear sounds, how things are put together, and it does unconsciously influence how we work.

CN: Absolutely. So we put that out in 2021, to some critical acclaim but in the middle of a pandemic you can’t do anything about promoting it much. All the gigs had been done already, so a bit difficult to tour it. And anyway, if any musicians in 2021-2022 were thinking about touring, they were thinking about touring themselves.

IM : Given the pandemic situation, how were you able to work together with the artists on the album?

CN: Everything was recorded beforehand.

MS: So while we rehearse, we record, and that becomes the base to work on. Now we’re working on stuff that they send us, and I don’t think something physical, in a room, is going to happen for this next collaboration (2025’s “Nanocluster vol. 3” with SUSS). So it depends. There’s always a way to finish studio work, whether we send parts to each other or peeople are physically here.

IM : This is also part of the way the project has evolved, by the sound of it. When you started, it was musicians in Brighton or who could travel easily, but as you start looking further afield for artists to work with, maybe that changes the process.

CN: Absolutely. What happened was that we put the first one out and then we thought “How do we move that on to the next layer?” Because we’d spoken to a lot of people but none of them were in Brighton, and the post-pandemic period was one when people were very much looking at their own careers. Doing stuff with us could be seen as a luxury. So we thought, “How can we do this another way?” We know quite well one of the main organisers of South By Southwest, James Minor, and we thought, “OK, why don’t we do something there?”

MS: It was quite scary because we have to travel to Austin and somehow create music with someone already there, so how do you do it? Then we saw Thor Harris on the list: he’s local, he plays percussion and seemed like it might be easy to make something together.

CN: And he’s very much in the American minimalist world.

MS: And he’s a natural collaborator.

CN: Thor was really up for it, we exchanged some material so we had something to build on when we got there. We ended up rehearsing in his house — the house that he built himself because he’s not only a very competent musician: he’s also a very competent carpenter, plumber and odd-job man, who also has this amazing social conscience.

MS: He’s an amazing guy. It was a great experience to work in his house. Everybody knows him in Austin.

CN: It was a bit of a baptism of fire in terms of the actual performance. We ended up playing at Hotel Vegas. We had to set up a table with all our gear on, in semi-darkness with drunk people falling all over us.

MS: It’s the beauty of the collaboration: each experience is different and each experience takes you somewhere you wouldn’t otherwise be. That feeling is quite addictive because we love making music together but to be pulled into someone else’s world as well is special.

IM : That’s one of the things that I find interesting, hearing the Nanocluster albums as a listener: it’s the feeling of all the musical egos dissolving into each other. Even though there’s a lot of people involved and the collaborator is switching with each side of the record or each disc, quite a coherent atmosphere comes out of it. The opposite of how you described working with Wire where each person’s role is very clearly fixed and separated.

MS: We do hear from people that even though there’s different collaborators, there’s a fullness to the sound.

CN: I guess that’s also how we mix it in the end.

MS: But not only that: we bring something human-wise where we connect with the person. It’s always ended up being a friendship.

CN: I mean we try to create a space for the person but we set a context. That’s actually one of Bruce Gilbert from Wire’s big statements about life and art: “Context is all.” I always hate what I call “big boy production” where you hear a record and you know there’s been a “producer” involved because it’s got that ego about it. If you’re working on production, you should be taking away the barrier between the music and the person listening to it: you should make it easy for the person to hear what’s in the music. It’s not about making yourself sound good, or about making this other person sound good: it’s about the whole thing.

IM : Why did you choose the name Swim~ for the label?

MS: Why not? (Laughs) I mean we always look for good sounding names. I suppose we always float easily between the worlds of different people. I don’t know, though. That’s something that comes after the fact. What do you think when you hear the name?

IM : It reminds me of Brian Eno. Water is such a recurring theme in his music, and I felt he does something a little similar to what I hear in Immersion. You’re both musicians who are known as singers in your other bands, but here you’ve stripped away the vocals in a lot of it. So it’s like taking away the pop star or rock star ego and finding some more fluid space where other things could happen.

MS: We had a compilation called Water Communication, so water seems to be a theme that keeps coming back. And now we live by the sea.

CN: This kind of brings us back to Jack (Wolter, a.k.a. Cubzoa), the other collaboration on Nanocluster Volume 2. I think it was back in 2021, when people were starting to have gigs again, and we went to The Rose Hill and we were really impressed by Cubzoa.

MS: He ended up sending us songs, and we thought, “What are we going to do?” because songs are quite complete things. Normally we start from something more basic, but it was an interesting challenge and I think it turned out really well.

CN: And the other thing was we did something that we had so far not done with Nanocluster, which is bash out some material between us because we didn’t have enough material at first. It was a quite spectacular success. They were quite different to his songs.

MS: It helps that he’s such a nice guy to be with. The human side is so important.

IM : With the last one, there were four artists, with each getting one side of the 10-inch but with the second one it’s just two, with one artist per disc.

MS: It’s not something we decided in advance, but it became obvious as we worked that there’s enough material. In the future it might be just one collaboration (Note: this ended up being the case with “Nanocluster vol.3” with SUSS).

CN: There’s no rule. Though we like the double ten-inch. The idea for it came about through two entirely practical reasons. One was that when we manufactured the first album, pressing 12-inch vinyl was taking absolutely months when you could do 10-inches much quicker. And then also on the first album there were four really different projects. So we thought, “If each one gets their own side, it’ll make a natural division between them.”

MS: And it’s more interesting for the artists, too.

CN: Yeah, if they’ve got their own separate things. And of course with the digital release, they are separate EPs as well. With streaming, the trend seems to be towards shorter releases. You’ll notice that someone releases an album with like twenty tracks, but only one or two will get attention and the rest will be ignored because there’s a bit of a short attention span in streaming. So we thought separate EPs and then perhaps different people will tend more towards one or towards another one. But it’s just about the medium, really.

IM : And I guess with the second one, each artist having more space to play with takes it to a different place than with a smaller, EP-length canvas.

MS: Yeah, there’s more expression for each artist to contribute.

IM : One thing that seems to run through your work now is a respect for independent ownership. I think even with Wire now the band owns most of its catalogue, is that right?

CN: We don’t own the 80s stuff and we don’t own the publishing on the 70s or 80s stuff, but we own the masters on the 70s stuff and we own everything since 2000. Some of the artists that we’ve released on Swim have taken back their own rights and others don’t seem to be bothered so much, but we’re happy to give back the rights. We don’t need to be hanging onto other people’s music.

MS: With you, it’s really important to have ownership because you became much more aware about how big labels can really…

CN: It’s made a massive difference to us personally. Of course I talk from a very priveliged position because it just so happens that Wire’s 70s material caught generation after generation. It’s not a static thing where the only people who listen to Wire’s music from the 70s are contemporaries of when it came out. It seems to go down the generations and catch younger audiences as well, so it’s a dynamic thing. And that audience, from what I can see in the streaming figures, is growing, not diminishing. So owning the master rights and getting the majority of the money into the band gives you a living. I mean people of the age of the original members, if they’d gone into the civil service, could easily be making much more money, but a lot of musicians in their sixties, seventies and eighties are struggling. Having to go on tour in poor conditions because if they don’t go on tour, they can’t pay their rent.

MS: There is an avantage and a disadvantage in that we own everything that we make together. We don’t have the power of an external label that can maybe push it more.

CN: It does cost money. You have to spend money on promotion, you have to spend money on manufacturing and all the rest of it. But, for example one of the collaborations that we’ve already started is with a band who are based in Brighton called Holiday Ghosts — with Sam and Kat. We’re two couples and we get on really well. He’s in his early thirties, and they know how to book a tour: they don’t have any problem with that kind of stuff. Musicians of my generation would not have even the first idea how to book a tour.

MS: I mean it’s so hard for bands nowadays, they have to be.

CN: They have to be! And since the pandemic, the industry has squeezed the musicians.

IM : It feels similar in Japan, where there’s a before and after where something accelerated massively over those years. Young musicians seem like such good businesspeople, and I sort of admire them but I kind of feel sorry for them that this has had to happen to them.

MS: Yeah, the freedom of just being a musician is amazing.

interview with Meitei - ele-king


冥丁
泉涌

KITCHEN. LABEL / インパートメント

Ambient

Amazon Tower HMV disk union

 冥丁の新作『泉涌(センニュウ)』がすこぶるいい。
 これまで『古風』シリーズなどをとおし、サウンド的にもイメージ的にも過去の日本を喚起してきた彼のニュー・アルバムは、相変わらず日本を題材にしている。けれども今回は、少なくともサウンド面ではわかりやすく「和」のイメージが濫用されたり前面に押しだされたりしているわけではない。現実に存在する別府のいくつかの温泉──という具体的なものがテーマとなったからだろうか。強く印象に残るのはやはり、水(湯)の音……新作はダイレクトに耳を楽しませてくれる豊かな音響工作をもつ一方で、いまにも霧(湯気?)の彼方へと消え去ってしまいそうな、はかなげな感覚も同時にそなえている。フィールド・レコーディングやサンプリングを駆使して丁寧に練り上げられた音の数々からは、たしかに冥丁が新たな道へと踏み出したことが伝わってくる。「これまでの冥丁が、日本というものの主題歌をつくっていたとしたら、今回は日本の劇伴をつくった」とは本人の弁だが、もしかしたらその「劇伴」というあり方が今後、新シリーズ「失日本百景」の核のようなものになっていくのかもしれない。
 ポイントはもうひとつある。これまで冥丁の音楽はしばしばアンビエントないし環境音楽としてとらえられることもあった。じっさいは日本版ボーズ・オブ・カナダというか、むしろエレクトロニカの文脈で整理したほうが齟齬が少なかったような気もするし、華やかな “花魁I” に顕著なように、その音楽には騒々しい側面だってあったわけで(ちなみに冥丁のライヴはかなりノイジーでラウドだ)、本人としては歯がゆい思いを抱いてきたにちがいない。
 そんな彼が今回、「初めて自分でもアンビエントや環境音楽と呼べるものをつくったと思います」と言っている。つまり『泉涌』では冥丁の考えるアンビエント/環境音楽が具現化されているわけだ。その様相をぜひ、自分の耳で確認してみてほしい。

今回は完全にそうですね。初めて自分でもアンビエントや環境音楽と呼べるものをつくったと思います。

新作はずばり温泉がテーマですが、そもそもどういうところから今回の作品ははじまったんですか?

冥丁:大分の別府に竹瓦温泉という有名な温泉があるんですが、去年の夏ツアーをしたときに、そこの二階を使用させていただいたんですね。ものすごく暑い環境でのライヴだったんですが、そのときの主催者が深川謙蔵さんという方で。彼がぼくの音楽をとても気に入ってくださったんです。それで、今後もなにか冥丁さんといっしょにやりたいです、というお話をいただいたので、ぜひ、と。ちょうどその秋、別府市制100周年記念の事業がありまして、その一環としてその温泉の音楽を1曲つくってほしい、というオファーでした。それでまた去年の11月に別府に滞在することになったんですが、そのときは山田別荘という築100年以上の別府北浜の名旅館に泊まることになって、制作がはじまって……という経緯です。

当初は1曲のみだったんですね。

冥丁:はい。せっかく行くんだから収音エンジニアの方にもお声がけしました(いつも九州での公演でお世話になっている Herbay の音響技師、岩崎さん)。いろんな音をとったほうがいいだろうと考えて。それで、ちょっとお手伝いというか、今回は自分ひとりで全部やったわけではなくて、写真家の方と収音エンジニアの方とプロデューサーの方、ぼくを入れて計4人で行くことになりました。これ、見えますかね?(と画面越しに写真集を見せる)

見えます見えます、温泉の写真集ですか?

冥丁:今回、音源だけでなく写真集もリリースするんです。別府での今作の制作過程を記録した内容で。

写真集までつくろうと思ったのはなぜですか?

冥丁:謙蔵さんはいろいろ活躍されている方で、AKANEKO というチームを組織して、別府でフェスを企画されたりもしているんです。そのチームのなかにカメラマン、動画撮影ができる方もいらっしゃって。ぼくが滞在して制作するにあたって、そのいろんな過程を記録に残しておきたい、という話になったんです。それで常時ぼくの近くにカメラマンの方がいる感じだったんですが、岡本裕志さんという写真家の方もそのチームにはいて。どんな写真が撮れているのかのぞいてみたら、めちゃくちゃよかったんです。そしたら謙蔵さんも「写真集出すのもいいですね」とおっしゃって。もうこれはレーベルのひとともきちんと話して、写真集の話を進めようと。ちなみに動画のほうもいま準備している段階です。

その深川謙蔵さんという方は、冥丁さんにお声がけするくらいですから、やはり音楽であったりカルチャーに造詣が深い方なんですよね。

冥丁:そうですね。飲食店を経営しつつ、先ほどの AKANEKO を率いてイベントをやったり。もちろん音楽は大好きで。彼のバー(TANNEL)に行くと、個性的な音響システムがあって。みんなでレコードを聴きながら乾杯している風景がよく見られる場所ですね。別府って地方都市の田舎の町ではあるんですけど、いろんな場所から訪れる方や移住者の方も多くて、大学もあるから若者もいますし、すごくエネルギーが高くて、音楽とかにも敏感なひとが途切れない印象でしたね。ユニークなお店、ユニークなひとが多くて。

これまでの冥丁が、日本というものの主題歌(テーマ・ソング)をつくっていたとしたら、今回は日本の劇伴をつくったような、そんなちがいだと思いました。

新作は、これまで以上に水の音が印象に残りました。温泉ですので当たり前と言えば当たり前なんですが。

冥丁:これまでも水の音はたくさん使っていたんですが、今回音楽制作に入ったとき、温泉が目の前にある風景ばかり見ていましたので、やはりその音っていうのは強く印象に残っていますね。山田別荘には内湯(うちゆ)の温泉があるんです。そこが非常にいいところで、古い温泉ですから、旅館自体も経年変化した特有の味があって、写真集にも載せているんですが、とくに夜がすごいんです。お風呂の底が真っ黒で、なんといえばいいのか、あの世に行くかのような、闇のなかに落ちていくかのような感じがするんですよ。深夜二時くらいに入ったことがあって、ぼく以外だれも入浴していなくて、もうなんてすごい空間なんだろうと思って。そのとき、お湯が浴槽から外にあふれ出て、ちょろちょろと鳴っていて。その音がめちゃくちゃよくて。すごく肉感があるというか、ASMR的ともいえるんですが、それを活かして音楽をつくることができないか、と。今回、アルバムの最後からひとつ手前に、お湯の音しか使っていない、1分くらいの曲があります(“泉涌 - お湯”)。もうただお湯の音が鳴っていれば十分なのではないかと、そう思わせるくらいその温泉での体験が大きかった。だから今回、水の音を邪魔しないように作曲でも心がけました。
 温泉音楽というか、じっさいに温泉に浸ったときに感じられるような気配や空気を表現するというか……温泉をエンターテインメントとして表現するのではなく、温泉に入って体感しているときの角度から見た音楽というか。だから、温泉の高さに合わせてつくっているので、ふつうの音楽より低い位置にあるような音楽になっているのではないかと、自分では思っています。

温泉は1か所のみではなく、複数行かれたんですよね?

冥丁:そうです、いくつか。8か所か9か所くらいですね。録音目的で行ったのは4、5か所です。

温泉によって音にも個性というか、ちがいがあるんですか?

冥丁:これはね、すごくおもしろいことで、まったくちがうんです。ぼくが公演をやったのは竹瓦温泉の二階なんですが、一階にも歴史的な温泉があって。そのなかにスピーカーをもっていって、温泉に入りながらできあがったばかりの曲を聴いてもらうっていう企画をやったんです。おなじことを別府市内の竹瓦温泉以外の温泉でもやって。やっぱり温泉によってリヴァーブの鳴りがちがいますよね。この温泉だとこう聞こえる、あの温泉だとこう聞こえるっている。コンサートホールの響きともまるで異なる響きで。そこで知って学んだ響きを、ミキシングの段階でもかなり活かしたつもりです。

じっさいの温泉でこのアルバムの音を鳴らしたら、もともとそこで鳴っている音と干渉したりしないんでしょうか?

冥丁:します、します。反響して、いろんな角度に音が飛んでいって、それが湯けむりに包まれているような感覚になるんです。

なるほど。今回はかつてない状況での録音、制作だったわけですが、いちばん苦労した点はなんでしたか?

冥丁:もう睡眠時間ですね。毎日1、2時間しかなかったので。なぜそうなってしまったかというと、ぼくは一応の肩書としては「音楽家」「作曲家」ということになるんだと思うんですけど、当人としては「ディレクター」のほうが合っていると思っているんです。今回の企画も、写真家の方がいて、フィールド・レコーディングをする方がいて、場所を押さえてくれる方がいて。ぼくはそこでみんなを巻きこんでいく役割のほうがおもしろいんじゃないかということに気づいたんです。音楽をつくりながら、被写体でもあり監督でもあるというか。だから今回は、たんに曲をつくって帰るのではなく、ひとつ世界をつくって帰る感じで。それで、現場でつねに「あれをこうして」って指示しながら、手探りで、試行錯誤して世界をつくっていった。1週間という限られた時間しかなかったので、そういうことを朝の5時から夜の2時までやっていたんです。

それは大変でしたね。帰ってからの、ポスト・プロダクションの過程はどうでしたか?

冥丁:曲の大まかなラインはできていましたので、あとはつくりこんでいく段階ですが、音がくっきりしすぎていると、温泉のなかにいるのではなく、温泉を観ながら描いた絵、スケッチのような感じになってしまって。リアリティを出そうと思ったときに、逆に音をぼやけさせるようにしました。だからマスタリング・エンジニアの方(ステファン・マシュー)には位相がズレすぎていると指摘されましたね。これはレコードにできないかもしれない、って。それでまた調整したりしたんですが、やっぱり位相がズレていないと、あの別府の温泉の雰囲気にはならないんです。それで、ぼやかしながらもちゃんと聴ける音楽にする、ということはすごく心がけましたね。

なるほど。

冥丁:温泉というのは鉱脈的で、マグマからの水蒸気や水分が地上に噴出している状態にあります。そして、泉源からはつねに高温の熱風、シューッという音の蒸気が吹き出しています。これは『泉涌』のB面で聴いていただけますが、とくに “四湯” ではマグマの音のように、地中から湧いているエネルギー、90度を超える熱をもった音を素材として生かしています。ちょうどぼくがそこを訪問した日は大雨だったので、そのような印象も楽曲にあらわれているかと思います。
 ちなみにアルバムを再生して最初に聞こえてくる音は、じつは水琴窟です。そういう鉱脈的なものの響きを表現するのになにがいいか探ったときに、人工的な穴から聞こえてくる水琴窟の音もまた、じぶんのなかでつじつまが合ったんです。たぶんもはや水琴窟には聞こえないと思うんですが。
 そういうふうに、温泉がもつ「館や家屋」としての視覚的な趣や風情の部分から、さらには地脈を辿るところまで、国産素材の自然や大地の動きも『泉涌』では表現しています。こういう「自然物や存在の日本的歴史」は音楽と関係がない印象を受けるかもしれませんが、冥丁にとってはこれも「失日本」で、だからこれは「失日本百景」として公にすべきところだと思った次第です。

「どう音楽がつくられていくべきなのか」ということを作者自身が考えながらディレクションしていくことが必要というか、『泉涌』はそういうことが打ち出せた企画かなと思います。

冥丁さんの音楽は「アンビエント」とくくられることもあって、ご本人としてはそれに抵抗もあったと思うんですが、今回はストレートにアンビエントと呼んでもいいサウンドに仕上がっているように感じました。もしくは環境音楽というか。

冥丁:いやもう、今回は完全にそうですね。初めて自分でもアンビエントや環境音楽と呼べるものをつくったと思います。ほんとうにそこにいたからこそできた、温泉という環境ありきの音楽で。今回、タイトルの『泉涌(センニュウ)』にはサブタイトルがあります。「失日本百景」というサブタイトルです。日本の憧憬ですね。日本の景色とか景観とか。そういったものを音楽にしていくには、日本の環境をもとにつくっていくというのは必然でした。今回はまさにアンビエント・ミュージックです。ただ、いわゆるアンビエントのジャンルやシーンに貢献するようなアンビエント・ミュージックではありません。音楽シーンとは無縁な状態で、別府の環境や自然、そして街の温泉の利用者が長年積み重ねてきた風情から今回の音楽は生まれました。ですのでシーンとは接点がないですが、ぼく自身は音楽リスナーでもあるので、作曲にそういった経験則が残っているとは思います。
 ちなみにやはりこれまでの作品、『古風』などもアンビエントではないと自分では思っています。なぜかわからないんですが、ぼくの音楽を聴いて「癒される」って感想をもたれる方が多くて。「奇妙な」とか「ちょっと不穏な」みたいな感想だったらぼくもわかるんですが、自分としては癒そうとしたことは一度もなくて。

これまで二度ライヴを拝見しましたが、とにかくノイズが強烈ですよね。そうじゃないセットのときもあるんだとは思いますが、冥丁さんの音楽はむしろノイズ・ミュージックと並べられるほうがふさわしいんじゃないかと、少なくともライヴではそういう印象です。

冥丁:ライヴではけっこうラウドな音楽をやっていますね。あまりそういう部分が知られていないのかもしれません。

「失日本百景」も「失日本」ではあるわけですよね。ですが今回の新作は、これまでの作品ほどわかりやすく日本っぽさは出ていないように感じました。

冥丁:これまでの冥丁が、日本というものの主題歌(テーマ・ソング)をつくっていたとしたら、今回は日本の劇伴をつくったような、そんなちがいだと思いました。主題性があるものと、物語(環境)を劇伴するものとでは、きっと音楽の出力の種類も異なるのかもしれません。それに今回は、別府という場所に滞在したからこそ生まれた、地産地消的な音楽作品にもなっています。

「失日本百景」ということで新章がはじまったわけですが、ということはすでに今後のアイディアや予定もあったり?

冥丁:「失日本」自体が、自分の日本にたいする印象の模索というか。これまではそれを音に訳すイメージでしたけど、今回は別府の温泉という明確な対象がいて、その印象を音に訳している。そこは音として出力されたときにけっこうちがいがあるのかなと思いました。「失日本百景」はそういう、特定の場所、その環境に行って、それを音楽にしようというテーマですので、今回のように集音する方、写真家の方、地元でのさまざまな経験や出会いの機会をアレンジできるプロデューサーの方もいっしょに、そういうのをセットでつづけていけたら、と現段階では想像しています。今回の『泉涌』は予算も限られていたなかでの企画でしたが、年々異なるアイディアで新たな音楽企画へと成長させていく計画も進めています。音楽の力を借りて、日本にたいしてどんなアプローチができるかを年々追及していくような活動をしていきたいと思っています。秋にはまた新たに成長したおもしろいことをやる予定です。

たしかに特定の場所があるというのは、大きなちがいかもしれませんね。

冥丁:日本のなにかの印象を音でつくってくれと言われたときに、これまでだと自分のなかで完結している気がするんですが、今回はやはり温泉に入ったときの感じを再現することが重要でしたので。

これまでの「失日本」が過去をテーマにしていたとしたら、今回は現在がテーマともいえるかなとも思いました。

冥丁:ある意味そうですね。『古風』編は、じっさいに過去の音源も使っていますし、わかりやすく「過去」という感じですけど、今回はほとんどが環境音で構成されているので、これまでぼくがやってきた音楽とはちょっとちがってきているとは思います。日本の「幽か」な感じ、幽玄さであったり、日本人がもっているような「わびさび」の感覚を、今回は冥丁作品のなかに新たなヴァリエーションの一種として組み込みに行った気持ちではいます。
 現代は、ふつうに音楽をつくること自体はだれでもできる時代ですよね。そうなってくると、「どう音楽がつくられていくべきなのか」ということを作者自身が考えながらディレクションしていくことが必要というか、『泉涌』はそういうことが打ち出せた企画かなと思います。

最後に、今後のご予定を教えてください。

冥丁:8月の13日に代官山蔦屋でトークショウをやります。その翌日、14日には京都の「しばし」というお店で、昼と夜の二部制でイベントをやります。インスタグラムをチェックしていただけると嬉しいです。それと、『泉涌』は写真集があるのもポイントですので、ぜひ写真集もチェックしてもらえると嬉しいです。

冥丁『泉涌』発売記念イベント情報

【東京】冥丁『泉涌』アルバム&写真集 発売記念トークショー&サイン会
■開催日時:2025年8月13日(水) 19:00~
■会場 : 代官山 蔦屋書店 3号館2階 SHARE LOUNGE
■イベント参加券:2,200円(*商品とのセット券もございます。)
■イベント・参加券購入詳細
https://store.tsite.jp/daikanyama/event/music/48659-2208420718.html

【京都】冥丁 新作発売記念鑑賞会
■開催日:2025年8月14日(木)
■時間(昼夜2部制):
明: OPEN 15:00 / START 15:30
暗: OPEN 18:30 / START 10:00
■会場:しばし
■チケット: 2000円
■詳細・チケット販売
※ 追加席(若干数)を8/9(土)正午よりPeatixにて販売
https://meiteievent.peatix.com/

出演情報
8/16(土)Mural Groove Fiction @代官山ORD
https://t.livepocket.jp/e/g4aq5

7月のジャズ - ele-king

 オーストラリアやニュージーランドはジャズの伝統が長い国ではないが、逆にジャズにまつわる様々な影響を取り入れることに長けた国でもあり、特に1990年代後半から2000年代以降はクラブ・ジャズを経由したアーティストを多く生み出している。ニュージーランドでは、現在はロサンゼルスで活動するマーク・ド・クライヴローや、ロンドンでも活動していたネイサン・ヘインズなどは、ジャズの下地があった上でクラブ・サウンドにも接近して一時代を築いたミュージシャンである。ニュージーランドのオークランドを拠点とするサークリング・サンも、そうした系譜に位置するバンドのひとつと言える。
 バンドの中心人物はカナダ生まれのジュリアン・ダインで、もともとDJとして頭角を現し、その後バーナード・パーディーからドラムの手ほどきを受け、ミゼル兄弟とレコーディングをおこなうなど、ミュージシャンとしての道も進むようになる。2009年に『Pins & Digits』というソロ・アルバムをリリースし、2011年にはセカンド・アルバムの『Glimpse』をリリースするが、この頃はスティーヴ・スペイセックのようなエレクトリック・ダウンテンポ・ソウルをやっていた。2018年の『Teal』では自身は各種楽器を演奏するようになっていて、ロード・エコーやレディ6などとセッションをおこなっている。このあたりから生演奏の比重が増す音作りへと変化していくのだが、リリース元はUKの〈サウンドウェイ〉で、このレーベルはアフロやカリビアン系のサウンドを得意とする。サークリング・サンをリリースするのも〈サウンドウェイ〉で、この頃からのコネクションが続いている。

The Circling Sun
Orbits

Soundway

 サークリング・サンのデビューは2023年の『Spirits』で、メンバーにはネイサン・ヘインズのバンドで活動してきたベン・トゥルーア(ベース)はじめ、キャメロン・アレン(テナー・サックス、フルート)、ジョン・ユン・リー(フルート、ソプラノ・サックス、クラリネット)、フィン・スコールズ(トランペット、トロンボーン、チューバ、ヴィヴラフォン)などが参加していた。ジュリアン・ダイン自身はドラムス、パーカッション演奏のほか、全体をまとめるバンド・リーダー/プロデューサーとしての役割も担う。宇宙をイメージするようなアルバム・ジャケットが示すように、ファラオ・サンダースアリス・コルトレーンサン・ラーなどにインスパイアされたスピリチュアル・ジャズと言える。DJでもあるジュリアン・ダインが率いるだけに、そうしたスピリチュアル・ジャズのエッセンスをまといつつ、クラブ・ジャズとしての聴き易さも兼ね備えている。ラテンやブラジリアン・リズム、コーラスの導入にそうした点が表われており、1990年代後半~2000年代のクラブ・ジャズ・シーンを通過したDJでないとなかなかこうしたセンスは身につかないだろう。

 新作の『Orbits』も、『Spirits』と対になるような宇宙をイメージしたジャケットで、前作の路線を踏襲している。演奏メンバーも前作を引き継ぎつつ、ジョン・キャプテイン(ピアノ、キーボード、シンセ、ギター)、ケニー・スターリング(パーカッション、シンセ)といったメンバーも参加。コーラス隊は前作からさらにパワーアップし、ラヴ・アフィニティ・コーラスという名前もついている。コーラス隊を擁したスピリチュアル・ジャズというとカマシ・ワシントンが思い浮かぶが、サークリング・サンの場合はカマシほど重く激しいものではなく、どちらかと言えばグルーヴィーさや軽やかさを感じさせるもの。例えば “Constellation” などはアジムスやロニー・リストン・スミスあたりに近い感性を持ち、ファラオ・サンダースと比較しても1980年前後の〈テレサ〉時代のサウンドを想起させるようなものだ。コーラスの使い方も “You’ve Got Have A Freedom” を彷彿とさせる。“Flying” はそのままアジムスの作品と言ってもおかしくないし、“Seki” にはロニー・リストン・スミスが持つ透明な美しさが流れている。“Mizu(水)” “Teeth” “Evening” と、今回はスピリチュアル・ジャズの中でもブラジリアン・フュージョンやラテン・フュージョン寄りの作品が多いところが特徴だ。また、1970年代の〈ブルーノート〉のミゼル兄弟のプロダクションに対するオマージュも随所に見受けられる。


Greg Foat & Forest Law
Midnight Wave

Blue Crystal

 エセックス出身でロンドンを拠点に活動するマルチ・アーティストのアレックス・バーク。彼のプロジェクトであるフォレスト・ロウについては、2024年リリースのデビュー・アルバム『Zero』を本コラムで紹介したことがあるが、それから約1年ぶりの新作はロンドンのピアニストで様々なアーティストとのコラボをおこなうグレッグ・フォートとの共演となった。そして、注目すべきは『Zero』のときとフォレスト・ロウのメンバーがガラっと変わり、トム・ハーバート(ベース)、モーゼス・ボイド(ドラムス)、アイドリス・ラーマン(テナー・サックス)と、南ロンドン周辺のジャズ・セッションで多く名を見る強者たちが駆けつけていること。トム・ハーバートはマリンバ、モーゼス・ボイドはシロフォン(バラフォン)も演奏するなど、なかなか異色のセッションとなっている。

 作品のテーマとしては、ワイト島出身のアーティストであり伝説のサーファーだったデイヴ・グレイの芸術と人生にインスパイアされ、人生、死、絵画、サーフィンをテーマとした作品が収められている。こうしたコンセプト作りはサントラ的な作品を得意とするグレッグ・フォートによるものだろう。フォレスト・ロウ(アレックス・バーク)は今回はヴォーカリスト兼作詞家という役割に徹していて、グレッグ・フォートとして初めてヴォーカリストをフィーチャーしたアルバムになっている。“Imaginary Magnitude” は1970年代後半のブリット・ファンクをリヴァイヴァルさせたようなサウンドで、そこにブロークンビーツなどクラブ・サウンドのエッセンスを取り入れている。ジャイルス・ピーターソンとブルーイによる STR4TA(ストラータ)に近いサウンドで、“I Vibrate” におけるフォレスト・ロウのヴォーカルもレヴェル42のマーク・キングを彷彿とさせる。ちなみにレヴェル42もワイト島出身なので、何らかの意識があるのかもしれない。“The Undertow” はブリット・ファンクとは異なる作品だが、前述のとおりマリンバやシロフォンを前面に打ち出したエキゾティックなアンビエント・サウンドで、自然との結びつきが深いサーフィンというスポーツを表現しているのだろう。


Collettivo Immaginario
Oltreoceano

Domanda Music

 コレッティヴォ・イマジナリオはドラマーのトマーソ・カッペラートを中心とするユニットで、ピアニストのアルベルト・リンチェット、ベーシストのニコロ・マセットによるトリオとなる。イタリア出身のトマーソはロサンゼルスに渡って活動し、マーク・ド・クライヴ・ローなどとセッションしているが、たびたびロサンゼルスとロンドン、イタリアのミラノを行き来しながら演奏しており、コレッティヴォ・イマジナリオはミラノで録音をおこなっている。クラブ・サウンドやエレクトリック・サウンドの要素も取り入れ、スペイシーな風味の作品を得意とするトマーソ・カッペラートだが、このコレッティヴォ・イマジナリオもそうした持ち味を生かしたもので、それから1970年代のイタリアのピエロ・ウミリアーニ、ピエロ・ピッチオーニらに代表されるサントラやライブラリー・ミュージックにも多大なインスピレーションを受けているそうだ。

 2022年に『Trasfoma』というアルバムをリリースし、今回の『Oltreoceano』が2作目となる。『Trasfoma』は3人のみの録音で、ヴォーカルを入れる際もニコロとトマーソが担当していたのだが、『Oltreoceano』ではスピリチュアル・ジャズのレジェンド的なシンガーであるドワイト・トリブルほか、メイリー・トッド、モッキー、ダニーロ・プレッソー(モーター・シティ・ドラム・アンサンブル)など、ジャズ・シーン、クラブ・シーンの両面から多彩なゲスト参加がある。そのドワイト・トリブルのワードレス・ヴォイスをフィーチャーした “Vento Eterno” は、テンポの速いアフロ・サンバ・リズムによるスピリチュアル・ジャズ。野性味溢れるコーラス・ワークや哀愁に満ちたメロディなど、エドゥ・ロボの “Casa Forte” を連想させるような楽曲である。ダニーロ・プレッソーをフィーチャーした “Tempo Al Tempo” は、ディープ・ハウスやブロークンビーツのエッセンスを取り入れたジャズ・ファンク。1970年代のラリー・ヤングやハービー・ハンコックあたりへのオマージュが伺えるほか、途中から転調してアジムス的なブラジリアン・フュージョンへと変化していく。


Mocky
Music Will Explain (Choir Music Vol. 1)

Stones Throw

 モッキーことドミニク・サロレはカナダ出身で、ロンドン、アムステルダム、ベルリン、ロサンゼルスと世界中の街を移り住みながら活動するシンガー・ソングライター/マルチ・ミュージシャン。ジャンルレスで枠にとらわれない音楽性を持ち、ロック、テクノ、ヒップホップなどと幅広い音楽性を見せてきたが、2015年の『Key Change』あたりからがジャズやモダン・クラシカルを取り入れたポップな作品を作っている。この『Key Change』や2018年の『A Day At United』はロサンゼルスへ移住した頃の作品で、ミゲル・アトウッド・ファーガソン、マーク・ド・クライヴローらLAジャズ勢との共作となる。また、ジェイミー・リデルファイストゴンザレスケレラモーゼス・サムニーカニエ・ウェストといった様々なアーティストと共演しつつ、自身の作品では彼独特の世界に染め上げる稀有な存在でもある。なお、前述のコレッティヴォ・イマジナリオの『Oltreoceano』にもゲスト参加している。

 そんなモッキーの新作『Music Will Explain』は、コーラス・ミュージックというサブ・タイトルが付けられているように、和声をテーマにした作品集となる。『Key Change』にもヴォーカル作品はいろいろあり、ケレラ、モーゼス・サムニー、ニア・アンドリュース、ミロシュ(ライ)、ココ・O(クアドロン、ブーム・クラップ・バチェラーズ)らがシンガーとして参加していたのだが、今回はより和声のハーモニーにフォーカスしたものと言える。モッキーは自身でヴォーカルのほか、ベース、ギター、ピアノ、キーボード、パーカッション、フルートなどを演奏し、ミゲル・アットウッド・ファーガソンのストリングスはじめハープ、ハーモニカ、クイーカなどいろいろな楽器が使われる。そして、コーラスにはニア・アンドリュース、メイリー・トッドなど総勢15名ほどが加わる。

 “Infinite Vibrations” はドリーミーなソフト・ロックで、コーラス・ワークを含めて1960年代のフリー・デザインを彷彿とさせる。1990年代の渋谷系からハイ・ラマズステレオラブなど後世に多大な影響を与えたヴォーカル・グループのフリー・デザインだが、モッキーの本作もそうした系譜に繋がる1枚と言える。そして、カーメン・マクレエ、サラ・ヴォーンらの歌唱で知られ、アウトラインズがサラ・ヴォーン・ヴァージョンをサンプリングした “Just A Little Lovin’” もカヴァー。バリー・マン作曲、シンシア・ワイル作詞により、もともとダスティ・スプリングフィールドの歌で世に出た楽曲だが、前述のとおりジャズ・ヴォーカルの名曲としても知られる。今回はソフト・ロック調のジャズ・ヴァージョンといった趣で、1960年代後半から20年代初頭のカリフォルニアで活動した伝説のフィリピン系姉妹少女5人グループのサード・ウェイヴを彷彿とさせる

R.I.P. Ozzy Osbourne - ele-king

 デイヴィッド・ボウイといい、坂本龍一といい、自身の死期を見定めて人生の締めくくりに向かうアーティストが増えているようだ。そういう時代になってきたということなのだろう。7月7日、バーミンガムで行われた『Back To The Beginning: Ozzy’s Final Bow』は今世紀最大のメタル・フェスだった。長らくパーキンソン病を患っていたオジー・オズボーンが引退を宣言し、最終公演としてブラック・サバスのオリジナル・メンバーが代表曲中の代表曲4曲を演奏した。“War Pigs”で幕開けというのも彼らの意志を感じさせる。ほかにも新旧の様々なアーティストたちがオジーのために集結した。しばらくはSNSにバックステージで記念写真に興じる出演者たちの姿で溢れた。みんな楽しそうだし、オジーが大好きなのが伝わってきた。

 オジー・オズボーンことジョン・マイケル・オズボーンは英国の工業都市バーミンガムの労働者階級の出身で、10代にして酒浸りのやさぐれた生活を送る中でバンドを結成する。当初のバンド名は「ザ・ポルカ・タルク・ブルース・バンド」、まもなく「アース」と改名。もともとはブルース・バンドとしてスタートしており、サックスとスライドギター奏者のいる6人編成だったが、最終的にはギターのトニー・アイオミ、ベースのギーザー・バトラー、ベースのビル・ワードが残る。「アース」というバンド名はのちにディラン・カールソンが自身のバンド名として引用し、ドゥーム~ドローン・ミュージックのパイオニアとなる(それに対抗したのがスティーヴン・オマリーのSUNN O)))なのだが、それはまた別の話)。
 やがてイタリアのホラー映画『ブラック・サバス 恐怖!三つの顔』を観たギーザー・バトラーが、「怖いものは人気がある」と思いつき、バンド名をそのままいただくことになる。ビートルズにおけるインド思想やジミー・ペイジにおけるアレイスター・クロウリーといったガチな傾倒とちがい、サバスのオカルト/悪魔趣味は発端がホラー映画だったことからもわかるようにあくまでエンタメだった。
 1970年2月、13日の金曜日にファースト・アルバム『黒い安息日』をリリース。冒頭に収録されたタイトル曲“Black Sabbath”ではわずか三音のシンプルなリフながら、“トライトーン”と呼ばれる邪悪な音階による禍々しいリフと、オジーの切羽詰まった歌声が恐怖感を募らせる。60年代後半からメタルのルーツとされるようなハード・ロックが出現して人気を博してはいたし、ヘヴィ・メタルという言葉がジャンル名として定着するのは70年代後半のことだが、ヘヴィさと禍々しさを徹底して追求したブラック・サバスこそがヘヴィ・メタルの開祖だったとされている。
 ファースト・アルバムの時点では、まだブルース・バンドだった時代の名残を聴くこともできる。“The Wizard”ではオジーによるハーモニカがフィーチャアされているし、“Warning”と“Evil Woman”の2曲はブルースのカヴァーだ。
 以後、代表曲“Paranoid”と“Iron Man”を収録した2nd『パラノイド』、ギターのチューニングを一音半下げてより一層ヘヴィとなった『マスター・オブ・リアリティ』、より音楽性を広げていった『ブラック・サバス 4』『血まみれの安息日』と、名作を連発していく。
 歌詞のモチーフとしてはホラー/オカルト以外に反戦歌“War Pigs”やドラッグ・ソング“Sweet Leaf”“Snowblind”などがある。作詞を主に手掛けていたのはオジーではなくバトラーだった。バンド名の名付け親でもあり、バンドのコンセプトメーカーだったと言っていいだろう。それを具現化させたのがアイオミの作り出すリフであり、オジーの歌だった。

 バンドは次第にドラッグやアルコール問題が顕在化していき、70年代末にはついにオジーが脱退(解雇)。アメリカに拠点を移してソロ活動を開始し、若きギタリスト、ランディ・ローズをパートナーに迎えたソロ・アルバム『ブリザード・オブ・オズ〜血塗られた英雄伝説』『ダイアリー・オブ・ア・マッドマン』は、当時のLAメタルの流行もあって大成功を収める。
 当時のオジーはアルコールやコカインに溺れ滅茶苦茶な状態だった。よく語られる「鳩の首を食いちぎる」「ステージに投げ込まれたコウモリの死骸の首を食いちぎる」といった奇行エピソードはだいたいこの頃のことである。後に妻となる敏腕マネージャーのシャロンの助けもあり、次第に生活も立て直し安定したキャリアを築いていく。そのさまは2020年のMV「Under the Graveyard」でも描かれている(だいぶ美化されている気はするが)。

 オジーのソロ作は狼男に扮した『月に吠える』のアートワークやMVなどからもわかるようなホラー趣味を展開していたが、サバス時代以上にエンタメ度が高く、禍々しさよりは愛嬌のあるポップさが印象に残る。80年代のホラー映画ブームにも連動していたのだろう。一方で、“Good Bye to Romance”“Diary of a Madman”など内省的な曲が増えてくる。とはいえ作詞は依然としてオジー自身によるものよりは外部ライターや共作が多い。これはオジーが若い頃からディスクレシアに悩まされていたこととも関係があるかもしれない。

 オジーの脱退後、いわゆる「様式メタル」化の進んでいったブラック・サバスは、90年代前半ごろまでは日本ではレッド・ツェッペリンやディープ・パープルなどと比べて評価は低く、キワモノというかB級扱いだったように思う(メタル界での評価は別として)。だが、グランジ~オルタナティヴ・ロックの台頭にともなってオジー時代のサバスの再評価が始まった。カート・コベインがフェイヴァリットに挙げていただけでなく、サウンドガーデンやアリス・イン・チェインズなど明らかにサバス影響下にあるバンドが登場してくる。また、「世界一速いバンド」ナパーム・デスのシンガーだったリー・ドリアンが結成した「世界一遅いバンド」カテドラルも初期サバスを主要な参照元としており、その後のドゥーム・メタルの隆盛につながってゆく。
 90年代後半には自身の名を冠したロック・フェス「オズフェスト」の開催を始める。97年の第2回からはツアー形式をとり、オジーのソロとオリジナル編成によるブラック・サバスのダブルヘッド・ライナーとなった。旧来のヘヴィメタルにとどまらず、若手のメタルコアやオルタナティヴ・メタルなど新旧とりまぜたラインナップによる・ヘヴィ・ミュージックのショーケースとして人気を博した。2005年には日本からザ・マッド・カプセル・マーケッツが出演。2013年には日本でも開催された。2002年にはMTVでリアリティ番組「オズボーンズ」の放映が開始。オジーとその家族の生活に密着してお茶の間の人気者になる。

 はっきり言って「歌がうまい」という人ではない。なんでも歌いこなすというタイプではなく、何を歌ってもオジーにしかならない。ヘヴィメタルの帝王と呼ばれてはいるものの、独特の軽みのある声と粘っこい歌い方は、正統派のメタル・シンガーとはだいぶ異なる唯一無二のものだ。2005年のカヴァー・アルバム『Under Cover』では長年のビートルズ愛を発揮してビートルズおよびジョン・レノンの曲が3曲も収録されていたほか、キング・クリムゾン“21世紀の精神異常者”、ストーンズ“悪魔を憐れむ歌”、クリーム“サンシャイン・オブ・ユア・ラヴ”といった捻りのない選曲に捻りのないアレンジで、楽しそうに歌ってるのが微笑ましい。
 2019年にパーキンソン病に罹患してからは明確に「締め」を意識し始めたように思う。とくに2020年のアルバム『オーディナリー・マン』は先述の“Under the Graveyard”のほか、「有名になる準備などできていなかった」「俺は平凡な男として死にたくはない」と歌われるタイトル曲など、自身の人生を振り返る曲が目立つ。

 最後のコンサートとなった『Back To The Beginning』チャリティコンサートとして総額2億ドル以上をあつめ、バーミンガム小児病院、エイコーン小児ホスピス、キュア・パーキンソンに寄付されたという。オジーはすでに歩行もままならない状態だったため椅子に座っての出演で、おそらく本当に最期の力を振り絞ってのパフォーマンスだったのだろうが、どの写真を観ても満面の笑顔ばかりでそんなことを微塵も感じさせない。だからこそ、あれからわずか2週間で亡くなってしまったことがいまでも信じられない。

DANNY JIN - ele-king

 先日の春ねむりにつづき、勇敢な曲が発表されている。日本とパレスティナ双方にルーツをもつ東京在住のラッパー、DANNY JIN。彼が一昨日公開した “FxCK 排外主義(団結前夜Diss)” は、「差別主義者」に向けた曲だという。
 DANNY JINはこの春、セカンド・アルバム『Dream…』をリリースしたばかり。勇気あるラッパーのアクションと、そして音楽に注目だ。

Cornelius - ele-king

 グッド・ニュースです。昨晩、コーネリアスが配信にて発表した新曲 “Glow Within” がすばらしい。いや、楽曲自体もコーネリアスらしい創意工夫のある瑞々しいサウンドなのだが、この曲が生まれた背景にはとくべつな物語がある。知的障害がある人たちのアート(https://glowwithin.heralbony.jp/)からひとつの楽曲が生まれたその経緯は、ブルータスのインタヴュー(https://brutus.jp/heralbony-cornelius/)に詳しい。いずれにしてもこれは、小山田圭吾がオリンピック騒動を直視し、それを乗り越えての、すばらしい着地点のひとつではないだろうか。みんな聴こう。
 なお、本日(24日)から8月11日(月)まで、HERALBONY LABORATORY GINZA(東京)にて今回のプロジェクトを記念した展覧会『Glow Within -Corneliusと13人の作家の声-』が開催される。

デジタル・シングル「Glow Within」
7月23日(水)配信開始
配信URL:https://cornelius.lnk.to/GlowWithin
配信元:ワーナーミュージック・ジャパン

■Glow Within -Corneliusと13人の作家の声-

【HERALBONY LABORATORY GINZA (東京)】
会期:2025年7月24日(木)〜8月11日(月)
時間:11:00〜19:00
場所:HERALBONY LABORATORY GINZA GALLERY(東京都中央区銀座2丁目5-16 銀富ビル1F)
定休日:火曜(祝日の場合は水曜)

【HERALBONY ISAI PARK(岩手)】
会期:2025年8月30日(土)〜9月26日(金)
時間:10:00〜19:00
場所:HERALBONY ISAI PARK(岩手県盛岡市菜園1丁目10-1 パルクアベニュー川徳 1階)
休館日:カワトク休館日に準ずる
※会期中、作品の入替えあり

展覧会の見どころ
Corneliusが耳を傾け、丁寧に紡いだ楽曲「Glow Within」を、映像とともに会場で体験できる空間に。繰り返される音の奥にある“声”に耳を澄ます空間です。加えて、起用された13名の作家たちの創作風景や、息づかいを体感できる展示構成に。日々のルーティンの中に宿る創造の源を、より近くで感じていただける機会となっています。

Music for Black Pigeons - ele-king

 この春公開され一部の音楽ファンたちから注目を集めた映画『ミュージック・フォー・ブラック・ピジョン』。〈ECM〉のジャズ・ギタリスト、ヤコブ・ブロを追ったこのドキュメンタリー(9月には共作が発売される高田みどりも出演)がDVD化されることになった。10月1日に〈du CINEMA〉より発売。
 近年はジャズ的なムードをもったアンビエントや、あるいはアンビエント的にも聴けるジャズなど、ジャズとアンビエントのあわいで興味深い音楽が多く出てきている。そうした流れとリンクする側面もある作品なので、ぜひチェックを。

『ジャズな映画 名作100ガイド』にも掲載された話題のジャズ・ドキュメンタリー映画『ミュージック・フォー・ブラック・ピジョン ――ジャズが生まれる瞬間――』が、待望のDVDで登場!

2025.10.1 DVD発売

デンマークの実験的ドキュメンタリー映画監督、ヨルゲン・レスとアンドレアス・コーフォードが、ジャズ・ギタリストのヤコブ・ブロを追って、彼と共演してきた世代や国籍を超えた音楽家たちの生き様と交流を描いた作品。“ただひたすらテープを回す”という伝統的なジャズの手法で撮影されたレコーディング風景や、ジャズ・プレーヤーたちの日常に加え、彼ら自身が演奏することの感覚や音楽の意味について語ったポートレートが記録されている。14 年間にも及ぶ長い音楽探求の旅のなかで、まさしくジャズが生まれている現場を映し出している。

この映画は、デンマーク出身のジャズ・ギタリスト、ヤコブ・ブロの、14年間に渡る音楽と旅のドキュメントであり、「ジャズとは、音楽とは何だろう?」という問いに答えるミュージシャンたちに寄り添り、その音と言葉を丁寧に美しく捉えていく。正解はなく、正しい道筋は自分で見出さないとならないが、それはとても魅力的で、一人ひとりを輝かせる。ミュージシャンであれ、リスナーであれ、この映画から鼓舞されるものは必ずあるはずだ。 (原 雅明ringsプロデューサー)

予告編
https://youtu.be/WL1P7Sv6AJM

【作品概要】
ミュージック・フォー・ブラック・ピジョン ――ジャズが生まれる瞬間――(原題:Music for Black Pigeons)
監督:ヨルゲン・レス、アンドレアス・コーフォード/字幕:バルーチャ・ハシム/2022年/デンマーク制作/92分/出演:ヤコブ・ブロ、リー・コニッツ、ポール・モチアン、ビル・フリゼール、高田みどり、マーク・ターナー、ジョー・ロヴァーノ、ジョーイ・バロン、トーマス・モーガン、マンフレート・アイヒャー、他
Format: DVD
Release Date: 2025.10.1
Label: du CINEMA

https://diskunion.net/jazz/ct/detail/1009077319
https://www.musicforblackpigeons.com/
https://www.oto-tsu.jp/features/archives/18333

【関連作品情報】
Jakob Bro & Midori Takada / あなたに出会うまで – Until I Met You
デンマーク出身、新たなECMの看板ギタリストとして活躍するヤコブ・ブロが、世界的に活躍する打楽器奏者で、日本のアンビエント/ミニマルミュージックの代表作『Through The Looking Glass』(’83)などで知られる高田みどりとコラボした初の作品が、国内盤CDでリリース!映画『Music for Black Pigeons』での共演シーンでも話題になった2人の、無限に広がる音世界。

10/4, 5 EACH STORY 来日予定

interview with LEO - ele-king

 日本の箏(こと)。そう聞いてどんな音楽を連想するだろうか。お正月の定番。平安貴族っぽい。素朴にエキゾティック。なんとなく堅苦しそう。もしくは「失われた日本」……とか?
 この伝統楽器と幼いころに出会い、早くも19歳でデビュー。2017年の『玲央 1st』以降すでに5枚のアルバムを送り出している箏奏者のLEOは、しかしそうした型にはまったイメージを粉砕する。相棒のもつ可能性をとことん探求し、大胆にエレクトロニック・ミュージックなどと融合させてみせるのが彼だ。
 純邦楽にとどまらず、ハイカルチャー/ポピュラー・ミュージックの区別なく西洋音楽を吸収してきた彼のひとつの到達点は、ジョン・ケイジ坂本龍一スティーヴ・ライシュらの作品を箏で演奏した『In a Landscape』(2021年)かもしれない。ことエレクトロニック・ミュージックとの接点という意味では、前作『GRID//OFF』(2023年)も見すごせなかろう。LEOはそこでリディム・イズ・リディム “Strings of Life” をカヴァーしたり、2010年代に実験的な電子音楽の分野で頭角をあらわしてきたアーティスト、網守将平と共同作業したりしている。彼のなかでエレクトロニック・ミュージックが小さくはない位置を占めていることがありありと感じられるアルバムなのだ。
 そんなLEOが、従前とは異なる意気込みで制作に挑んだのが最新作『microcosm』である。本人いわく、これまでのアルバムには、LEOというメディアをとおして箏の魅力を伝えるような側面があったという。ひるがえって今回は、箏(や電子音)をとおしてLEOという音楽家をアウトプットするような表現に到達しているそうだ。
 エレクトロニック・ミュージックだけではない。ドラマーの大井一彌を招いた先行シングル “Vanishing Metro” によくあらわれているように、ここにはプログ・ロックやジャズがもつ演奏することそれ自体の醍醐味もあるし、U-zhaanによるタブラやLAUSBUBによるヴォーカル、フランチェスコ・トリスターノのピアノなどもいい感じでアルバムに花を添えている。つまるところ、箏に限らず音楽そのものが好きなのだと主張する彼の作家性が、いよいよ全面開花した作品がこの『microcosm』なのだ。
 箏と聞くといろんな先入見が邪魔をしてしまうかもしれないけれど、とにもかくにもまずは聴いてみてほしい。間違いなく唸ることになるだろうから。

ジョン・ケージや坂本龍一さんの作品群には、人為的でないものを許すような感覚があって、そういう哲学的な部分が伝統的な邦楽を学んだときに教わった精神性と共通するように思えて。

最初に素朴な質問ですが、箏とはどういう特徴のある楽器なのですか?

LEO:ほかの弦楽器と見た目はぜんぜん違いますけれども、箱に弦が張ってあるという点で、構造としてはギターやヴァイオリンと似た楽器です。大きな箱に弦が張りめぐらされているという点では、ピアノやその前身のハープシコードもそうですね。構造自体はありふれていて、それらのなかでもとくにシンプルなかたちなのが箏です。とくに日本の箏はそうで、張られた弦の張力をいじることによって音高を変えます。可動式のコマみたいなもの、「柱」と書いて「じ」と読むんですが、それを動かしてピッチを決めて、あとは弾くだけという、かなりシンプルな楽器ですね。
 お箏自体は中国にも韓国にもあるんですけれど、中国のお箏も韓国のお箏も時代を経るにつれて進化していって、たとえばもともとは弦に絹糸を使っていたのがいまはスティール弦になっていて、発音のよさや余韻の長さ、音量の大きさを確保して、ホールでの演奏に対応したり、弦の本数も中国の場合はどんどん増やしていって新しい音楽に対応してきました。でも日本の箏はまったく進化していなくて、ほぼ昔からのままでつづいています。だからとっても素朴で、よく雅な音がするって言いますけれども、奏者の中身が透けて見えてしまうような楽器がお箏なのかな、と思います。

箏と出会ったのはインターナショナル・スクール時代だったそうですね。当時はご自身のアイデンティティの問題もあったそうですが、まずはやはりその音の響きに惹かれたのですよね。

LEO:そうですね。幼少期はわりとシャイで内向的な性格だったんですけど、お箏はそんなに派手なわけでもなく、音数もすごく多いわけでもなく、ちょっと静かな感じで。音の鳴っていないところにも意識を持っていくような音楽っていうのが自分には合っていました。あと、箏の古典の曲ってどれも暗い音階なんです。都節(みやこぶし)音階というんですが、その暗い感じも好きで。ただ、箏自体がよくて箏をはじめたわけではなく、授業でたまたま出会ったのが箏だったんです。だから、たとえば今回のアルバムも、ぼくが違う楽器の奏者だったとしても、似たことをやっていたと思います。もちろん伝統から離れて自分のやりたいことをやるというところにたどりつくまでには紆余曲折ありましたけれども。箏も好きではあるんですが、音楽全般が好きなんですね。

音楽全般がお好きとのことで、学校で習ったり教えてもらったりした音楽とはべつに、自発的に音楽を聴くようになったのはいつごろなのですか?

LEO:母が洋楽が好きで、マイケル・ジャクソンのファン・クラブにも入ってて、車ではいつも音楽がかかっていました。あとはNE-YOとか、スティーヴィー・ワンダーとか。あと祖父がビートルズが好きで、それもよく聴かされていましたし、ぼくが小学生のときに初めて自分の小遣いで買ったCDは当時のはやりのJ-POPでした。だから、箏をはじめたのは9歳ですが、ふだん聴いている音楽とはまったく結びついていませんでしたね。当時はやっていたのがブルーノ・マーズとかテイラー・スウィフト、マルーン5とかで、そういうのは箏では弾けないから自分でギターを練習したり、ベース、ドラム、キーボードもひととおり触って、友だちとバンドを組んでカヴァーしたり学園祭で弾いたり。そういうことをしていくなかで音楽が好きになっていきましたね。
 自分で最初にハマったのはスクリレックスでした。スクリレックスはエレクトロニック・ミュージックですが、それとほぼ同時に、なぜか坂本龍一にもハマりだして。坂本さんからはいまでもずっと影響を受けつづけています。そこからクラシック音楽も真剣に聴くようになりました。ジャズも、スナーキー・パピーがきっかけで掘るようになって。

坂本龍一は幅が広いですが、どのあたりのものからお好きになったんですか?

LEO:最初は『/05』とか『BTTB』とか。ピアノで弾いてるものが入口でした。そのころ同時進行で、藝大でアカデミックに箏を学ぶ準備もしていたので、いわゆる現代音楽も勉強していくなかで、坂本さんの『out of noise』と『async』に出会い、そこからノイズや環境音に対してもすごい興味が湧いてきました。そうして「ジョン・ケージも面白いじゃん」とか、自分の箏の師匠(沢井一恵)がジョン・ケージとつながっていることに気づいたり。そういう順番でしたね。

わりとリアルタイムというか、ゼロ年代以降の坂本さんに惹かれていったという。

LEO:20歳ぐらいになってから、YMOは聴きましたね。そこからスクリレックスとはまた別軸で、エレクトロニック・ミュージックにもハマっていくんですけれども。

前作『GRID//OFF』(2023年)でカヴァーされていた坂本さんの曲が『async』の曲(“Andata”)だったので、意外と言うと変ですが、わりと直近の坂本さんに惹かれていたのかなと思いまして。

LEO:『In A Landscape』(2021年/“1919” を収録)のときはそうでした。『GRID//OFF』でもそうですが、カヴァーするレパートリーを選ぶときは、箏のよさが伝わる楽曲を選ぶようにしています。ジョン・ケージや坂本さんの作品群には、人為的でないものを許すような感覚があって、そういう哲学的な部分が伝統的な邦楽を学んだときに教わった精神性と共通するように思えて、カヴァーしてきました。
 ただ今回の新作は、箏っぽさであったり、この楽器の魅力を届けないといけないというような思いから解放されて、いま自分が聴いている音楽や好きなアーティストに声をかけてつくっていきました。たとえば自分の前にお箏が置いてあると、それをどう弾くかについてぼくは一から十まで手ほどきを受けてきているわけですから、どう触ればいいかわかるわけです。でも、今回のようなアーティストたちといっしょに音楽をつくっていくとき、「いま目の前に箱状の楽器があるぞ、さてどうやって音を出そう?」みたいに無になって。ビートありきの音楽ですので、伝統の奏法もまったく関係なく、一からこの楽器をどう弾くかを見つめ直して、「ミュートしてみよう」とか「ハーモニクスしてみよう」とか「こういう音を重ねてみよう」とか、「ライヴではできないけれども、レコーディングだから、小さい音しか鳴らない奏法を活かしてみよう」とか、まっさらの状態から考えました。すごくラフな、フリーな感覚で制作に臨みましたね。

聴いていて思ったのですが、もしかして箏を叩いたりもしています?

LEO:してます、してます。

やはり。今回のアルバムもまさにそうですが、そもそも箏奏者ないし音楽家として、いわゆる純邦楽の道というか、古典的な奏法や伝統の方向に進まなかったのはなぜですか?

LEO:食べていけないので(笑)。もちろんそれだけじゃないんですけど、10代でデビューしたころはそういう伝統的な路線からスタートして、でもほどなくして食べていけないことに気がついて。ただ、まだ自分のやりたい音楽というのも固まらない状態で早くにデビューしすぎたのもありました。

クラシック音楽に「現代音楽」というくくりがありますけど、いまほんとうに現代性を感じるのはTikTokで流れてくるような音楽です。

デビューされたのは何歳ですか?

LEO:19歳です。藝大に行きながらCDを出したりしていました。当時から今回の新作のような音楽は好きだったんですが、仮に当時のぼくが今回の新作のアイディアを思いついていたとしても、実行する技術がぜんぜんありませんでした。箏の演奏の技術もそうですし、アンサンブルとかも。そもそもぼくが受けてきた箏の訓練っていうのはクリックと合わせて弾くことには向いていないですし、自分で作曲もしていますけども、コードや音楽理論について勉強したわけでもないですので、当時の知識では成しえなかったと思います。いろいろ仕事をして知識もだんだん増えていって、さらにミュージシャンの友だちもできていって、ようやくいま、これができるようになったという感じです。心技体がようやく一致してここまで来た、みたいなイメージです。

先ほどエレクトロニックに目覚めたきっかけがスクリレックスだったというお話を伺いましたが、その後エレクトロニック・ミュージックはどういう方面を好んでお聴きになっていたんですか?

LEO:坂本さんはもちろんなんですが、ティグラン・ハマシアンも電子音使っていて最近好きですね。あと、いわゆるポスト・クラシカルに入ると思うんですが、ハニャ・ラニ(Hania Rani)という女性のピアニストで、エレクトロニクスを入れつつ歌ったりする方がいて。オーラヴル・アルナルズ(Ólafur Arnalds)もめっちゃ聴いてます。箏で近しいことができそうだなと思いましたね。
 ぼくの場合、箏に飽きて、ものたりないからエレクトロニクスを入れているのではなくて、箏の音を支えるというかちょっと拡張するというか、自然な必然性を感じてエレクトロニクスを使っています。箏はどうしても音が小さいですし、それに現代のようにいろんなエンタメがあふれていて消費スピードも速いなかで、大げさに言いますけど、ポーンと箏を弾いて、次の音まで5秒待ってまたポーンと弾くような音楽というのは、なかなか聴いてもらえないと思うんです。もとからその魅力を知っているひとじゃないと。たまたまインスタでぼくの音楽に気づいてくれたひとがいても、ポーンと鳴って、次の音が鳴るまでに3秒も待てないというか。そういう感覚はぼく自身にもあるし。そういうのが現代の音楽で。クラシック音楽に「現代音楽」というくくりがありますけど、いまほんとうに現代性を感じるのはTikTokで流れてくるような音楽ですし。もちろん、TikTokでバズる曲をつくりたいとかではないんですが、そこに面白い表現はいっぱいあって、そういうものもオープンにとりいれていきたいと思っています。だから、エレクトロニクスを入れることもぼくにとっては普通なことなんです。現代に箏を弾くのであればそれが自然ですし。もちろん箏の音を潰したいわけはないんですけれども。

エレクトロニック・ミュージックがお好きなのは前作『GRID//OFF』からも伝わってきました。あのアルバムではデリック・メイをカヴァーされていましたよね。エレクトロニック・ミュージックのなかでもデリック・メイの音楽はダンス・ミュージックですが、ほかの曲をやるときと違った点ってありましたか?

LEO:ぼくはとにかくクリックに合わせて弾くこと、縦線をグリッドと合わせて弾くのが超苦手で。ちょっと前まではタイミングを合わせること自体すごい大変だったんですけど(笑)。あとはフレーズをたゆたいながら歌うとかもできないので、ある意味鍵盤で弾いてるような感覚で弾いたりとかはあるのかな。でもどうなんですかね、今回のアルバムでもたぶんグリッド音とかテクノっぽい曲調でつくっていますけども。

新作の1曲目 “Cotton Candy” もダンサブルなビートが入っていましたね。

LEO:そんなに意識はしていないんです。普段聴いてる音楽をたまたま目の前にある楽器で弾いたらこうなった、という感じで。それは前回のアルバムも含めてこれまでいろんな経験をしてきたから、ようやく無意識下でもできるようになったのかもしれないですけど、曲によって弾き方を変えることはやってはいます。音色もそうですね。ただ、あまりジャンルを区別して考えると壁をつくる気もするので、グリッドで曲をつくった場合でも、たとえばU-zhaanさんと弾いたときに得たインスピレイションを持ってこられるような柔軟さが欲しい、というか。アルバムをつくりながらたくさんの経験をして、いろんな音楽の知識を吸収して、成長しながらつくっているので、まったく異なるジャンルの音楽いっぱい入ってますけれども、ぜんぶぼくのなかでは線でつながってるようなイメージですね。

ご自身でトラックもつくられるんですか。

LEO:そうですね、DAWで。このアルバムをつくりはじめてからすごい勢いで勉強しました。今回の4、5、8、10曲目はソロの曲なんですけど、自分で録った後に編集しています。それまでは楽譜上でしか作曲をしてなかったんですけど、DAWを使いはじめるようになってからまったく違うアプローチがとれるようになって。たとえば4曲目 “moments within” と8曲目 “moments between” は楽器が違うだけでまったく同じ内容なんですけれども、一定のテンポでおなじフレーズを何回も繰り返しているトラックと、おなじフレーズだけどテンポがだんだん速くなっていくトラックと、そのぜんぜん違うテンポで進んでいるものが最終的に辻褄が合う、みたいな感じでつくったフェーズ・ミュージックなんです。それって楽譜には書けないし、一拍ずつずれていくのではなく徐々にずれていくんですが、それをどう辻褄を合わせるかっていうのはDAWで試行錯誤しました。DAWを操れなかったら自分では書けないようなタイプの曲です。5曲目 “Night Scape” も、ほぼなにも決めずにスタジオに入って即興で録ったものを、あとで家で組み替えたりエフェクトを足したりしてPC上でつくった曲です。このアルバム制作中に学んだことを自分なりにアウトプットしてみたような感じですかね。

プロデューサー的なこともやられてるということですよね。

LEO:そうですね。ほかの曲でも、トラックはこうしたほうがいいみたいなことは提案させていただいたりはしました。これまでは奏者として箏を弾くことでしか音楽に携わっていなかったのが、ミックスまで介入できるようになって、よりほんとうに自分の声みたいなものを届けられるようになった感覚があります。

これまでのアルバムたちは、ぼくというメディアを通すことで箏という楽器自体を広げているような。でも今回のアルバムは、ぼくという人間を、箏というメディアをとおして、そして箏だけじゃなくてパソコンとかいろんなメディアを使いながら表現したアルバム。

今回、最後の曲でフランチェスコ・トリスターノと共作・共演されていますが、トリスターノと出会ったのは、もしかして彼がデリック・メイと共作したアルバムがきっかけですか?

LEO:前回デリック・メイをカヴァーしたのは、たしかにトリスターノからの影響があるんですけれども、もともとずっとトリスターノのファンで。彼を知ったのは坂本龍一さんとの『GLENN GOULD GATHERING』でした。演奏も好きですし、テクノをやりながらバッハみたいなのを弾くという音楽家としてのあり方もめっちゃ好きです。ずっとファンで遠い存在だったんですけれども、今回お声がけしたらいっしょにやってもいいよって言ってくれて。こんな機会滅多にないと思うので、すごく悩みながら曲をつくって録りましたね。

9曲目 “音の頃 feat. LAUSBUB” でヴォーカルが入ってくるのは意外性がありました。ヴォーカルを入れようと思ったのはどういう理由から?

LEO:このアルバムのコンセプトとかが決まる前に、たまたまLAUSBUBの曲を車で聴いて。めっちゃいいなと思って、今回のアルバムがどうとか関係なくコラボしてみたいと思って連絡をして、結局その後いろいろ考えていくうちに今回のアルバムはコラボレーションのアルバムにすることに固まったんですけど、いちばん最初に決まったコラボですね。いきなり歌が入っちゃったとか思いながら、でも歌はやりたいなと思ってもいたので。コラボレーション・アルバムという性質上、どうしても曲ごとに個別に進行していきますし、それぞれのアーティストたちと共同制作していくから、曲ができるまでなにができるかわからないんですよね。なので、どんなアルバムになるかは7曲くらい完成するまではぜんぜん見えませんでした。

今回も、これまでいっしょにやられてきた網守将平さんが参加しています。網守さんとはとくに親しい感じでしょうか。

LEO:コラボレーションのアルバムにしたいというのが見えてきたときに、網守さんと飲みに行って。「今度LAUSBUBとやるんですけど、レコーディングのプロデュースみたいな感じで参加していただけませんか」ってお願いして。あと、「それとはまたべつにドラムの方ともやりたいんです」みたいにお伝えして、大井(一彌)さんを紹介していただいたんです(2曲目 “Vanishing Metro” と7曲目 “GRID // ON” に参加)。網守さんは最終的には2曲に携わっていただいていますが、最初に相談に乗っていただきながらアルバムをつくっていった感じですね。

具体的なところは7曲ぐらい完成するまで見えなかったというお話でしたが、最初のほうのお話に出たように、箏を使いつつエレクトロニック・ミュージックをやるというイメージは当初からあったわけですよね。

LEO:ありましたね。エレクトロニクスのアルバムにしようとまでは考えてなかったんですが、たぶんあまりにも自然なことすぎて、考えるまでもなくこうなったみたいな感じですかね(笑)。たとえば、ドラムと生のお箏の音とではさすがに噛み合わないので、コンデンサーで音圧をピシッと揃えつつEQをいじるとか、箏の音圧を上げるためのなにかが絶対に必要なんです。だから、当たり前にそうなるだろうなあとは思っていました。ただ想定していたより知識が必要でしたので、制作しながら勉強して、結果的につくりはじめる前よりも自由にエレクトロニクスを扱えるようになりました。

若い頃からおぼろげに描いていたものの集大成になったと思いますか?

LEO:集大成というのとはちょっと違っていて。

逆に、やっとファースト・アルバムができたというような感じですか?

LEO:そのほうが近いですね。もちろん、これまでのアルバムもとっても気に入っている作品ではありますが、これまでのアルバムたちは、極端に言うと、箏っていう楽器があって、それを弾いているぼくというメディアがあって、ぼくというメディアを通すことで箏という楽器自体を広げているような考えで。それはそれで今後もつづけていきたい。でも今回のアルバムは、ぼくという人間を、箏というメディアをとおして、そして箏だけじゃなくてパソコンとかいろんなメディアを使いながら表現したアルバムという感じなんです。そういう意味では1枚目になるかもしれないですね。

LEOさんの作家性が確立した1枚みたいな。

LEO:そうですね。以前の技量じゃここまでのものはできなかった。紆余曲折を経てきたこと自体がよかったことで、ここに来てひとつ新しい世界を開けたような感じはあります。

ちなみに、活動名として名前をシンプルに「LEO」にしたのはどういった理由からでしょうか? ほかにもおなじ名前の方がいたり、検索しづらかったり……

LEO:これはね、ぼくはデビューがすごく早くて19歳だったんですが、お話をいただいたのが18のときだったんですね。高校生で、音楽業界のこともまだ右も左もわからず、当時は師匠の沢井一惠先生にもいろいろディレクションしていただいていました。その師匠の案が「LEO」でした。たぶん、純邦楽、伝統的な文脈のリスナー層に向けて、現代的なインパクトのある名前に、という意図があったのではないかと思います。たしかに、検索しづらいんですけど。

なるほど。最後に、また最初の話に戻りますが、『In A Landscape』のライナーノーツで松山晋也さんがLEOさんにインタヴューされていて、インターナショナル・スクールで箏をはじめた背景としてご自身がハーフだったこともあり、日本人らしさを伝えるためのツールとしても箏があった、という経緯が語られていました。そうした日本への葛藤みたいなものは、いまでも抱えていますか?

LEO:ああ、それはまったく抱えてないですね。

もうなくなりましたか?

LEO:はい。当時、家ではずっと日本語を喋っていて、英語がうまく話せなかったんです。でもインターナショナル・スクールでは授業もぜんぶ英語で、言語の壁のせいでコミュニケーションが苦手になっていて。だから、音楽というコミュニケーション・ツールがすごく刺さった。そこでさらに箏という楽器のキャラクターが自分とも噛み合った。その後、藝大に行ったり、ありがたいことに注目も浴びたり、箏をいろんなところで紹介する機会も増えて、責任みたいなものも感じるようになって。師匠の沢井一恵先生だけじゃなくて、いろんな方からもお話を聞きますし、同級生のほかの和楽器をやっているひとたちとか、いろんなひとを見て、いろんなことを考えました。そうするなかで、葛藤も、逆に責任も、徐々に吹っ切れていって。だから、そういうことをもう考えなくなってつくったのが今回のアルバムです。もっと自由なスタンスで、自由に音楽をやるほうが、表現は楽しいなと思っています。なのでいまは葛藤はないです。

Homie Homicide - ele-king

 東京を拠点に活動するバンド、Homie HomicideがついにデビューEPを送り出すことになった。Rio(ヴォーカル)、北山ノエル(ギター)、伊郷寛(ベース)、そして小山田米呂(ドラム&ギター)の4人から成る彼らは、ライヴを重ねつつ、これまでSoundCloudにデモ音源を発表してはいたものの、正式なリリース作品としては今回が初となる。
 7インチは表題曲 “Long Goodbye” に “Pixels” と “Slumber” を加えた計3曲を収録、発売は8月15日とのことだが、フィジカルに先がけ本日より各種ストリーミング・サーヴィスで配信がスタート。アートワークはメンバーのRioが手がけている。まあまずは聴いてみてください。夢のようなヴォーカル、美しきギターの肌理、宅録のよさがぎゅっと詰まってます。
 そして喜ばしいことに、リリース・パーティも開催されるとのこと。9月15日(月)は幡ヶ谷FORESTLIMITに集合です。

◆Debut Release
Homie Homicide
Long Goodbye

・フィジカル
https://form.jotform.com/251900975945467
・バンドキャンプ
https://homiehomicide.bandcamp.com/album/long-goodbye
・ストリーミング
https://linkco.re/db1dByTH

◆Long Goodbye Release Party
会場:幡ヶ谷 FORESTLIMIT
日時:9/15(月)18:30 open / 19:00 start
出演:Homie Homicide, Cali Dewit, ROTTENLAVAII, 根本敬
入場料:¥2,000+1 drink

イベント予約リンク
https://app.jotform.com/homie-homicide/homie-homicide

Stereolab - ele-king

 未来を見つめるために過去を振り返るのは、つねにステレオラブの習慣の一部だった。アートワークには1960年代の実験的なステレオ・テスト・レコード盤の要素を取り入れ、音のルーツはクラウトロックの攻撃的でモータリックなモダニズム、フランス現代思想や戦後のマルクス主義の変種などの緩めの解釈、ルチア・パメラやノーマン・マクラレン等の創造力豊かな変わり者たちによるポップ・カルチャーの難解な奥義などの多岐にわたる過去から引き出したあらゆる要素が、政治批判、技術楽観主義、そして子どものようなクリエイティヴな遊びを融合させた、進歩の土台となる精神を構築してきた。
 
 だが、その進歩という考え方が、なかなかトリッキーではある。ステレオラブの新譜があなたを本当に驚かせたのはいつが最後だっただろうか? 私にとって、それはおそらく2001年の『Sound Dust』だったのではないかと思うが、すでに1997年に『Dots and Loops』がリリースされた時点で、ステレオラブのアルバムを思い浮かべるときに必要なすべての要素が揃ったと感じていたことにも言及しておきたい。とはいえ、それ以降の作品に創造性が欠如していたわけではない。グループはしばしば、自分たち自身で障害物をこしらえて、グルーヴを壊し、プロセスを複雑化して、お決まりのパターンに陥るのを防ぐことを繰り返してきた。2004年の『Margerine Eclipse』で特にその手法が際立っているが、このアルバムは“デュアル・モノ”方式で録音され、ふたつの独立した録音が各チャンネルにあり、それらが組み合わさって音が聴こえてくるというものだった。

 『Instant Holograms on Metal Film』の制作過程でもそのような仕事がなされたのかは知る由もないが、2008年の『Chemical Chords』のセッションからの音源で編まれた2010年の『Not Music』以来の今回の新譜は、まさにステレオラブのアルバムらしい音に聴こえる。完璧なメロディの再構築、音楽的要素やテーマなど、愛聴家たちが期待するものが揃っている。私の周りの人びとの意見はというと、眩暈がするような興奮を覚えた人と、期待はずれだったという人に二分されている。ある人は“自動操縦(オートパイロット)化されたバンド”という表現で総括した。
 私はその批判は、的外れであると思う。何よりもその精緻な再現性だけで、“オートパイロット”化という言葉がほのめかす怠惰という疑いを晴らすことができるからだ。それよりも私が感じとったのは、17年ぶりに集まったミュージシャンたちがこの“ステレオラブ”と呼ばれるものの記憶を呼び覚まし、再構築するために懸命に努力する様子だった。最後に一緒に奏でた音楽から彼らを隔てた長い時間自体が、そのプロセスを複雑化する障害物として機能し、再びステレオラブになるという行為がその概念の枠組みとなっているのだ。
 これは、単なる技術の実践を超えたもののように感じてしまう。長い時間、離れていた音やプロセス、そして人同士が再接続を果たすという感情的な行為なのだ。

 冒頭から、“Mystical Plosives”の電子的なアルペジオが“Aerial Troubles”へと突入すると、何か強烈なものの存在を感じる。ビートが予想より一瞬だけ早く始まり、ポップなフックに辿り着こうと焦っていかのようだ。メロディとテーマだけで、アルバム発売前のシングル“Melodie Is A Wound”が“Ping Pong”と同じ作曲者によるものだとわかるが、いずれも、より広がりのある密度の濃い作品となっている。この曲とA面全体が、新しい家のすべての部屋を見せたくてたまらない、無我夢中な案内人に連れまわされているような感覚だ。
 ティム・ゲインとレティシア・サディエールはどちらも前回のアルバム以来、活発な活動を続けており、この再構築されたステレオラブの構造にも、それぞれの作品の要素が絡まっている。ティムのプロジェクトであるキャヴァーン・オブ・アンチ・マターのホルガ―・ツァップもゲスト参加した、インストゥルメンタルな“Electrified Teenybop!”はふたりのアルバムの一枚にも違和感なく収まりそうな曲だ。一方、レティシアが頻繁にコラボレートするマリー・メルレ(アイコ・シェリーの)がバック・ヴォーカルで参加している。
 ある意味、ティムとレティシアの、その間の数年にわたる活動が、彼らが自分たちの過去を振り返るというプロセスを必要とした大きな理由のひとつかもしれない。キャヴァーン・オブ・アンチ・マターがシンセティックなモダニズムのサウンドに激しく傾倒したのに対し、レティシアの方は、特に昨年の『Rooting For Love』では物理的なものと精神的なものに対峙していた。ステレオラブの開発ツールは、両者が再び一緒に演奏できるようにするだけでなく、それぞれの創造的なこだわりを追求する余地を提供しており、その枠組みのなかで両者のアプローチが絡み合うことが織り込み済みなのだ。

 『Rooting For Love』では、現代政治がかなり強調されていたが、それはより抽象的な形で詩的に表現されていた。だが『Instant Holograms on Metal Film』 では、資本主義の破壊的なダンスと、機能不全を好む独裁体制を、執拗に、鮮明に描いている。

「Is there some form of justice possible or (なんらかの正義の形というものは実現可能なのだろうか、それとも)/So long, public’s right to know the truth(国民の真実を知る権利の終焉か)/Gagged, muzzled by the powerful(権力者に口を塞がれて封じられ)/Cultivate ignorance and hate(無知と憎しみを増殖させる)」

 と、レティシアは「Melodie Is A Wound(メロディとは傷である)」で問いかけ、こういった率直な真剣さを嫌がる人たちの目を白黒させる。

 A面の、歌詞を通じて現在の混乱した社会情勢に対する社会的、政治的、そして経済的な批判をアルバムの基盤とするやり方は、音楽のより理論に基づいた側面と結びつき、彼女の宇宙的な進歩の処方への、ある程度の具体的かつ抽象的な入口を構築している。
 そして、おそらくここが A面の政治に対する真剣さに賛同していた人のなかでも、レティシアの政治観が精神的なものばかりでなく、ニューエイジの領域に近い要素にまで密接に結びついているために、離れてしまう人が出てくる分かれ目になっているのかもしれない。とはいえ、このアルバムは、ステレオラブがこれまで表現してきたなかでもっとも完全な、政治的かつ個人的な宣言となっている。全体を貫いているのは、ただ問題点を明らかにする
だけでなく、ある種の解決策への道筋を示そうとする献身である。 

「Juncture invites us to provide care (この岐路は私たちにケアの提供を促している)/Palliative (一時しのぎの緩和ケアを)/ For dying modernity (死にゆく現代性に)/While offering antenatal care for the inception of the new, yet undermined future (一方でまだ定まっていない新たな未来の始まりに産前ケアを提供しながら)/ That holds the prospect for greater wisdom (より大きな英知の可能性を持つ未来のために)」

 レティシアはこのように“Aerial Troubles”で語り、『Rooting For Love』の歌詞は、彼女の革命的な実践において、対立ではなく愛と共感を中心に据えていると言及している。

 “Wisdom(知恵・英知)”は彼女が繰り返し使う言葉だが、その使い方は“明晰さ”と大体一致しており、社会という名のフィルターを通して見る訓練がなされる前に世界を見透かしてしまう、子ども特有の純真さのような感覚のことなのかもしれない。おそらく、多少はフランス左派の哲学者、コルネリュウス・カストリアディスの影響もあるのだろう。彼はイド、自我と超自我に分割される前の子どもの精神を、精神的な単子(サイキック・モナド)と説明し、健全な社会には、内省のための精神分析的なツールが不可欠であると考えた。そのような自己分析なしでは、私たちは自分たちの意欲に気付けないばかりか、真の自律性を獲得することができず、自治制のない社会は機能しないからだ。
 フランス語のつづりによる“Monade”は、もちろん、レティシアが自身の名前のみを使って活動するようになる前に音楽をリリースする際に使用した名称だが、これは単なる精神分析学的な用語ではなく、グノーシス主義とも強く結びついた神秘的な言葉である。
 アルバムのB面へと進み、とくに豊かでサイケデリックなC面になると、歌詞の社会批判は、診断的な内容から治療の段階へと進み、彼らが描く救済への道には、だんだんとグノーシス主義的な宇宙論が映し出される——資本主義の現実主義的支配者、デミウルゴス(“Vermona F Transistor”の神のふりをするジョーカー)が、人類が英知や啓発を得て、モナドの高潔で純粋な光の中で真の人間性を手に入れるのを妨げようとするが、その神聖な一部の火花は本来、我々がそれぞれ内包しているものなのだ。

 だが、ここで重要なのは、これらの表現方法のすべてが、本質的には個人的なものへと行き着くことなのだ。レティシアが“Vermona F Transistor”で「The architect, our higher self (建築家という私たちの高次なる自己)」と歌うその言語は霊的なものであり、「Explore without fear the rhizomic waves (恐れることなく、根茎状の波を探索せよ)」と歌うところでは、ドゥルーズとガタリの批判理論を想起させるが、“Esemplastic Creeping Eruption”のタイトルでは、コールリッジの詩の言葉を引いており、一体感(wholeness)と結合(union)という繰り返されるテーマは、宗教、心理学、政治と愛における語彙の核心的な部分だ。  「統合」のテーマは、バンドの再結成という文脈において、特に心に迫るものだ。“Esemplastic Creeping Eruption”のエンディングの歌詞

「It is because I am you, it’s because you are me (なぜなら、私はあなたであり、あなたは私だから)/Eternally entwined, mirage of separateness(永遠に絡み合った、分離と言う幻影)/Meeting with a stranger, a lost part of myself (見知らぬ人との出会い、失われた自分の一部) /It’s because I am you, it’s because you are me (なぜなら、私はあなたであり、あなたは私だから)/Two halves of one(一個の二つの半身)/Union, compound (結合、複合)」

は、人間に共通する普遍的なテーマとしても解釈できるが、ステレオラブ自身にとっても、強力な響きを持つ文脈となっている。

 アルバムの最終面は、注目を集めたがるA面や暗さのあるB面、サイケデリックなC面とは対照的に軽やかで、爽やかさと安心感のある音調になっている。最終面より前の面でも探求された多くのテーマを再訪するが、アルバムと同様に、次へと漕ぎ出す出発点として過去に焦点を当てている。“Colour Television”が「Open are the possibilities(可能性は無限に広がっている)!」と宣言し、“Flashes From Everywhere”では、「冒険的な進み方」を約束している。

 最終的に、政治批判や哲学、心理学、宇宙論といった深遠な風景を駆け抜ける、目の回るような旅の後にステレオラブが『Instant Holograms on Metal Film』で提示する前進への道は、決して不明瞭なものではないし、大袈裟なものでもない。彼らはただ、こう言っている。「自分自身の意欲と偏見について熟考し、明晰さと自律性を獲得しよう。その明晰さで異なる可能性を探求し、自分自身と他者を、精神的、社会的に、あるいは長年離れていたポップ・グループとして、同一のものの一部として結びつき、大胆に、自由に創造しよう」


by Ian F. Martin

The idea of looking back in order to look forward is one that’s always been a part of Stereolab’s praxis. The artwork that drew from 1960s experimental and stereo test records, their sonic roots in the aggressive, motorik modernism of krautrock, various loosely interpreted strains of French Theory and postwar mutant Marxism, the pop cultural esoterica of creative eccentrics like Lucia Pamela and Norman McLaren — it all drew from the past to construct an ethos combining political critique, technological optimism and childlike creative play as a platform for progress.

That idea of progress is a tricky one, though. When was the last time a new Stereolab album really surprised you? For me, perhaps that was 2001’s Sound Dust, although I’d argue that all the key elements you need to imagine a Stereolab album were in place with the release of Dots and Loops in 1997. That’s not to say there was a lack of creativity at work beyond that point, though: the group would often construct roadblocks for themselves to throw themselves off their groove, complicate their process and prevent themselves from falling into patterns. They do this most strikingly in 2004’s Margerine Eclipse, which was recorded in “dual mono” with two independently coherent recordings, one in each channel, that combine to create the song you hear.

Whether there was some process of that kind at work behind the scenes of Instant Holograms on Metal Film, I don’t know, but this first new album since 2010’s Not Music, which was itself pieced together from recordings made during the 2008 sessions for Chemical Chords, sounds exactly like a Stereolab album: an immaculate recreation of the melodies, musical elements and themes a fond listener would expect. Opinions among people around me have been split between giddy excitement and disappointment: a feeling one person summed up as of “a band on autopilot”.

I think that criticism misses the mark. The meticulousness of the recreation alone absolves the band of the suggestion of laziness “autopilot” implies. Rather, the sense I get is of musicians working together for the first time in seventeen years, working hard to remember and reconstruct this thing called Stereolab — the gulf of time that separates them from their last music together itself functioning as a roadblock that complicates their process, the act of becoming Stereolab again its own conceptual framework.

It feels more than just a technical exercise, though. It’s an emotional process of reconnecting with sounds, processes and people after a long time.

From the start, as the electronic arpeggio of Mystical Plosives bursts into Aerial Troubles, there’s something insistent, beats kicking in just a moment before you’re expecting them, almost an impatience to get to the pop hook. Both in melody and themes, early single Melodie Is A Wound is identifiably the same songwriters who wrote a song like Ping Pong, but it’s both more expansive and densely packed. The song, and the whole of side A, really, feels like being swept along by a deleriously enthusiastic guide, eager to show you all the rooms of their new house.

Tim Gane and Laetitia Sadier have both been active over the years since their last album, and elements of both their own work twine through the structure of the reconstructed Stereolab. Holger Zapf from Tim’s project Cavern of Anti-Matter makes an appearance, and the instrumental Electrified Teenybop! would fit just as easily into one of their albums. Meanwhile, Laetitia’s frequent collaborator Marie Merlet (of Iko Chérie) joins on backing vocals.

In a way, Tim and Laetitia’s work in the intervening years may be a big part of what makes this process of looking back on their own past necessary. Where Cavern of Anti-Matter leaned hard into the sound of synthetic modernism, Laetitia, especially on last year’s Rooting For Love, sought to engage with the physical and the spiritual. The Stereolab toolkit allows them both to play together again, offering space for each to explore their own creative obsessions within a framework where the intertwining of those approaches is baked in.

Where contemporary politics underscored much of Rooting For Love, they do so lyrically in a more abstract way. Instant Holograms on Metal Film, though, lays out with urgent clarity the destructive dance of capitalism and its dysfunctional lover authoritarianism.

“Is there some form of justice possible or / So long, public's right to know the truth / Gagged, muzzled by the powerful / Cultivate ignorance and hate,” Laetitia asks on Melodie Is A Wound, no doubt causing all the sorts of people who cringe at such direct earnestness to roll their eyes.

The way Side A grounds the album in a social, political and economic critique of the current troubled climate both links the album lyrically with the more theoretical side of the music, and constructs a more or less tangible entry point for her more cosmic prescription for progress.

This is probably the point where even some of those who were OK with the political earnestness of Side A begin to check out, because Laetitia’s politics are woven intimately with something spiritual, even new age-adjacent. However, the album maps out what might be the most complete political and personal manifesto Stereolab have ever expressed. What underscores it all, throughout, is a devotion to not just identifying problems but mapping out some sort of route to a solution.

“The juncture invites us to provide care / Palliative / For dying modernity / While offering antenatal care for the inception of the new, yet undetermined future / That holds the prospect for greater wisdom,” she says on Aerial Troubles, and ss on Rooting For Love, the lyrics here centre love and compassion rather than conflict in her revolutionary praxis.

The word “wisdom” is one she returns to again and again, used in a way that seems to be roughly congruent with “clarity” and perhaps the sense of childlike innocence that sees the world clearly through eyes that haven’t yet been trained to see through society’s filters. There’s perhaps the influence of French leftist philosopher Cornelius Castoriadis in this, who describes a child’s psyche before it is broken up into the id, ego and superego as the “psychic monad”, and saw the psychoanalytical tools of self-reflection as crucial to a healthy society, because without such examination, we cannot be conscious of our motivations and therefore be truly autonomous, and a society cannot function without autonomy.

Monade (in the word’s French spelling), of course, was the name Laetitia used to release music under before settling into using her own name alone, and it’s not just a psychoanalytical term but a mystic one with strong connections to gnosticism.

As the album moves into Side B and especially the richly psychedelic Side C, and the lyrics’ social critiques move from the diagnostic to the curative, the route they sketch out towards salvation increasingly mirrors gnostic cosmology — the archons of the capitalist realist demiurge (“the joker who pretends a God to be,” of Vermona F Transistor) holding humanity back from attaining wisdom or enlightenment and experiencing their full humanity in the incorrubtible pure light of the monad, part of whose divine spark we each contain.

Importantly, though, all these modes of expression come down to something fundamentally personal. The language is spiritual on Vermona F Transistor when Laetitia sings “The architect, our higher self”, it recalls the critical theory of Deleuze and Guattari where she sings “Explore without fear the rhizomic waves”, it draws language from the poetry of Coleridge in the title Esemplastic Creeping Eruption, and the repeated theme of wholeness and union is a key part of the vocabulary of religion, psychology, politics and love.

That theme of union is a poignant one in the context of the band’s reunion. The ending of Esemplastic Creeping Eruption with the lines “It is because I am you, it's because you are me / Eternally entwined, mirage of separateness / Meeting with a stranger, a lost part of myself / It’s because I am you, it's because you are me / Two halves of one / Union, compound” can be read as a general statement about collective humanity, but rings powerfully in the context of Stereolab itself.

The final side of the album takes on a lighter, breezier, more reassuring tone than the attention-hungry Side A, the darker side B and the psychedelic Side C. It revisits many lof the points explored on the earlier sides, but perhaps like the album itself, its focus is on summarising the past as a kicking off point for where to go next. “Open are the possibilities!” declares Colour Television, with Flashes From Everywhere promising an “Adventurous way to proceed”.

For all the giddy journey they take you on through this esoteric landscape of political critique, philosophy, psychology and cosmology, the route forward Stereolab offer on Instant Holograms on Metal Film isn’t an obscure one, in the end. It’s not a grand one either. It simply says: reflect on your own motivations and biases in order to achieve greater clarity and autonomy; use that clarity to explore different possibilities; see yourself and others united as part of the same thing, whether spiritually, as a society, or maybe even as a long-separated pop group; and create boldly and with freedom.

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