ジェフ・ミルズ・アンド・ザ・ザンザ22名義の『Wonderland』にソロ名義の『Mind Power Mind Control』にと、2022年も精力的にリリースを重ねているジェフ・ミルズ。ここへ来て、急遽来日公演が決定した。8月31日、クローズ前の渋谷CONTACTに登場。Wata Igarashiも出演する。いやーこれは行くしかないでしょう。詳細は下記リンクより。
https://www.contacttokyo.com/schedule/jeff-mills-at-contact/
ジェフ・ミルズ・アンド・ザ・ザンザ22名義の『Wonderland』にソロ名義の『Mind Power Mind Control』にと、2022年も精力的にリリースを重ねているジェフ・ミルズ。ここへ来て、急遽来日公演が決定した。8月31日、クローズ前の渋谷CONTACTに登場。Wata Igarashiも出演する。いやーこれは行くしかないでしょう。詳細は下記リンクより。
https://www.contacttokyo.com/schedule/jeff-mills-at-contact/
出る出ると言われてなかなか出なかった木津君の本がようやく刊行されて、楽しく読ませてもらった。おもに欧米のポップ・カルチャーを愛する彼は、音楽や映画から言うなれば人生論や世界の見方を引き出し、それを文章にして発表している。エレキングではもう、かれこれ10年以上アルバムのレヴューを中心に書いてもらっているが、彼の関心ごとには、彼の好きな音楽を介して見える「社会」や「生き方」とともに、ゲイとしての文化論やジェンダー論もあることは、もう長年の読者には周知の話だろう。
木津君は面白い男で、彼はぼくと初めて会ったときに、会話もそろそろ終わりかなというタイミングで、突如、じつはぼくはゲイなんですと切り出した。渋谷の宇田川町にあるカフェの奥の方の席だった。ぼくはそれまで、高校卒業後に仲の良かったふたりの友人から目の前で告白されたことがあった。某企業で働いていたときに、高学歴の社員が自分はゲイだから出世できないので辞めるといって辞めていった話も聞いたことがある。しかし編集者として、初めて会った書き手からそんなことを言われた経験などなかったから、あのときはぼくも面食らった。本人にとっても初対面で言うのだから、意を決してのことだったはずだ。ぼくがゲイ文化(たとえばストーンウォールの暴動など)についても書いていることと、こういうことは最初から言っておいたほうが良いのではないかと思ったというのが彼の言い分だった。ぼくだってハウス・ミュージックとの出会いがなければ、ゲイ文化に対するリスペクトは持ち得なかったかもしれない。マシュー・チョジックが紙エレキング紙上で言ったように、文化は政治に先んじ、その影響力というのはひとが思っている以上に大きなものなのだ。
それにしても時代は変わった。大きく変わった。ことに性的マイノリティーをめぐる言説に関しては、『仮面の告白』や『ベニスに死す』や『バナナブレッドのプディング』の時代とは別世界だ。80年代の新宿2丁目のいかがわしいアンダーグラウンドな匂いも(再開発のこともあって)いまはない。ましてや、ぼくと木津君とが初めて会ってからこのおよそ10年のあいだで、社会はめざましい速さで変化していった。人種、フェミニズム、そしてLGBTQといった人権をめぐっての人びとの意識は、まあ、少なくはないその反動を抱えながらも如実に更新されてきているが、そうした社会の変化に敏感だったのは、(ぼくは間違っても欧米至上主義ではないが、ひとつの事実として言えば)欧米のポップ・カルチャーだった。それにDJカルチャーにおいても欧州は、白人男性だけに偏らず、女性、黒人、アジア人を同時にブックするようになったし、エレクトロニック・ミュージック・シーンにおける女性とLGBTQの進出拡大については、ここであらためる必要などあるまい。いまではむしろ男はどこ? といった感じだったりする。
こうした社会の激変期たる今日において、では自分たちはどうしたものかと難しい立場に置かれているのが「男性」だ。木津毅にとっての初の単著、『ニュー・ダッド』におけるひとつのテーマもそこにある。これは議論のしがいのある話だとぼくも思う。男は、旧来の社会が強制してきた男性性から必ずしも自由になれないまま、変革を強いられている。弱音を吐くわけじゃないが、これはきつい。政府が時代に逆行してきたここ日本ではとくにそうだろう。誰もがキュートな中年になりたいと思えるのかどうかも、難しい話だ。だが、社会は動いているのだし、家父長制の残滓とどう取り組んでいくのかは、未来を思えば避けがたい課題でもある。『ニュー・ダッド』の主軸となっているのは、映画や音楽あるいはゲームや漫画など主に欧米のポップ・カルチャーを題材にした「cakes」での連載原稿で、ここには男性性——木津君の言葉で言えば「あたらしいおっさん」——をめぐっての考察が展開されているのであるが、本書は難解なタームをバシバシと続けるような批評でない。著者があれこれ感じたこと/考えたことをつらつらと書いているエッセー集といった趣の本だ。
ぼくが木津君の文章で好きなところは、なんでもかんでもロジックで白黒決めつけないところだ。ダメなヤツにだっていいところはある。つらい人生にも夢はある。ロジックだけでは割り切れない感情だってある。それを甘いと考えるか、それとも優しや寛容さと取るかは読み手次第かもしれないが、たとえばブルース・スプリングスティーンについての文章には、いかにも木津毅らしいヒューマニズムが描かれていると言えるだろう。スプリングスティーンの“ザ・リバー”をロック史上に残る名曲だと断言する彼は、同曲を器用には生きられない悲哀に満ちた人間ドラマとして評価する。アメリカンドリームの影であり、白人低賃金労働者の物語としての社会的な重みにフォーカスするのではなく、ひとりの男の人生における夢の叶わなさという普遍的な話として彼は受け止め、そして次のように自分の考えを加える。「ひとは器用に生きられないし、簡単にあたらしくなることなんてできない。それはどこかで、「男性性」の更新の難しさと重なっているように思える」。そうした「男性性」の更新の難しさを描くスプリングスティーンが、ではなぜアメリカのフェミニストからも評価されているのかという展開がこのエッセーの読みどころになっている。
ポリティカル・コレクトネスは、歴史的な多くの物事にあらためて白黒はっきりさせている。それで良かったことはもちろん多々ある。また、同時にジェンダー平等の意識もじょじょに広がっているのだろうけれど、他方では、「正しさ」をもってひとを必要以上に叩き、多様性を主張しつつも逸脱を否定し、監視やパブリックシェイミングを促しているリベラル的なるものの暴走も見受けられるようになった。もっとも炎上しがちなやっかいな話題でもあり、要するに繊細なテーマなのだ。『ニュー・ダッド』の特徴のひとつは、こうした時代のなかで変化する意識(の本質)を基本的には肯定的に受け入れながら、過度なキャンセル・カルチャーには戸惑いを露わにしつつ、思いのうちに人道主義的なアプローチをためらいもなく導入している点にある。人間愛という、ともすれば古くさいと思われているであろう考えをいまの「あたらしさ」にぶつけているところが、木津君らしいというか、本書における政治性と言えるのかもしれない。これに近い感覚は、彼のお気に入りの監督であるケン・ローチやアキ・カウリスマキの映画にも見受けられるだろう。
『クッキングパパ』を論じるところには、男性性を更新させていくにはまずはシャドウ・ワークを男がどれだけできるかだと思っているぼくには大いに共感できる。シャドウ・ワークとは家父長制が女性に強制してきたものなのだから、まあ、ひとを雇えるほどの収入でもない限りは、ぼく自身もふくめてこれは克服しなければならない課題だろう。『20センチュリー・ウーマン』は、彼からレインコーツの話が出てくると教えられて見た映画だったが、これもとらえ方によっては、女性の話を聞くということができない男性社会への批判にもなっている。ちなみに著者の気持ちが、強く述べられているのはここだ。いわく「男がフェミニズムを学ぶということは、立場の違いから完全に理解しえない(だろう)問題を、それでも理解し続けることだ」
本書のなかでほかにぼくが好きなのは、木津君の愛情がたっぷりと注がれたボン・イヴェールについての原稿だ。話は逸れるけれど、『ヴァイナルの時代』というレコードについての本を9月に刊行することになった。同書はじつに示唆に富んだ内容の本で、レコード・リスニングをめぐっての哲学や社会学にまで考察が及んでいるのだが、その本のなかで、ひとつの型にはまった(悪しき)男女関係として、「ヘテロな恋愛関係は男性が女性を教育することを中心に回っている、という70年代のウッディ・アレンばりのアイディア」という一節が出てくる。この手の恋愛関係のあり方もそうだが、だいたい男性というものは硬直した人間関係から抜け出せないでいる。また、ぼく自身もそうだが、自分の感情を露わにすることをどこかで抑制しているようなきらいがいまでもあるものなのだ。そういうなかで、社会との関連性や理想とするヴィジョンもないのに、無闇やたら理屈っぽい文章を書いてしまうのも男性特有のマッチョさと言えるのだろうね。そこへいくと木津君の文章は、マッチョな文章からは振り向きもされない言葉で埋め尽くされているというのは言い過ぎだが、そんな風合いがある。
まあ、気楽に読んでくれよと、そうことなのだ。そもそもポップ・カルチャーを語る言葉は、昔グリール・マーカスが高校の放課後における友人たちとの会話を喩えにしたように、好きだからこそ語られる言葉にはじまっている。そして、やがてなぜ自分はそれがこんなにも好きなんだろうということを追求していったときに、より深い言葉へと向かっていくものだったりもする。木津毅は、このプロセスにおける「好き」の力がかなり強いライターだ。それに、これは昔DOMMUNEでもいったことの繰り返しになってしまうが、ポップ・カルチャー、ことに大衆音楽を語ることの愉楽には、自分の人生と重ね合わせながらそれを語ることができるという点にもある。いわゆる自分語りだ。『ニュー・ダッド』において木津君の自分語りはほぼ全編に渡っているのだが、本書のもうひとつの軸は5つの書き下ろし原稿によるじつにエモーショナルな彼の自叙伝的な話にある。ここでは男性の好みをはじめ、性の目覚め、自我の葛藤、カミングアウトと家族のこと、現在の恋人のことなど彼の半生が赤裸々に綴られている。ユーモアを忘れずに書いてはいるが、著者の人生に対する真摯な向き合い方と優しさがにじみ出ているこれらの文章には素直に感動させられてしまった。とくに彼が初めて家族にカミングアウトしたときの話は、きっと多くのひとが心を揺さぶられるに違いない。
髭面の太った中年男性(つまり、外見的には典型的なマッチョな男性ですな)が彼の好みだという話は、これまで本人の口から耳にたこができるくらい聞かされている。彼の「好き」にも付き合いきれないところはあるし、序文を読みながら「またその話かよ」と思ってしまったのは、彼を知る人間の感想としてはまあ普通だろう(笑)。また、ひとをyoungとoldで分ける発想はぼくにはない。若者は将来のおっさんであり、おっさんはかつての若者だ。というか、そもそもぼくは中高年を「おっさん」とは呼ばない。商店街の顔見知りには「親父さん」と声をかけている。それにぼくは、見るからに強そうな男ではなく、見るからに弱々しい男にこそ期待している……とか、そんな風に細部においては同調しかねる箇所もあるにはあるのだが、基本的に『ニュー・ダッド』は心温まる本だ。とかく殺伐としたこの時代に必要とされているものが本書には詰まっているように思う。木津君には、人生とは楽しめるものなのだという確信がどこかにあって、そのオプティミズムは本書にも通底している。最後に収録されたバーベキュー・パーティの文章がそれをうまく物語っている。これは良いエンディングだった。
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ロック・スターの死に場所をめぐる旅──現代アメリカを代表するロック・ライターの代表作がついに翻訳!
ロック・スターたちの死に場所を訪ね、愛と死の意味を探求するアメリカ横断の物語。
墓地でコカインを吸引し、豆畑の中を半マイル歩く。KISSのソロ・アルバムとロッド・スチュワートのボックス・セットを聴く。フランツ・カフカを愛するウェイトレスと会話し、4人の女性たちとKISSのメンバーについて考えを巡らせる。
レディオヘッドの『キッドA』が911の同時多発テロ事件を予言しているとして、物議をかもした一節も含む問題作!!
目次
初日の前日 ニューヨーク→死んだ馬→何も求めちゃいない人たち
初日前夜 困惑→構築→公表初日前夜
一日目 ダイアン→ヒッピー→イサカ→ハンド・オブ・ドゥーム
二日目 会話→自己回帰的精神障害→オネスティ・ルーム→ヤッツィー・ゲームで勝つ方法
三日目 火事→メタル→ドラッグ→絶望→Q
四日目 クレイジー→イン→ラヴ
五日目 ブレーキ・ダウン→ダウンタウン→ディア・カタストロフ・ウェイトレス
六日目 ロサンゼルス→氷河期が来る、氷河期が来る→何が興味深いのかということの意味
七日目 氷→蛇→神→アーカンソー
八日目 コービー→ニコ→リジー→ナッシュヴィル
九日目 ベルボトム・ブルーズ→起きるはずがないのに起きたこと→川、道、南部→棒高跳びの夏→悪魔は生きている
十日目 アイオワへ→偶然の結果→僕の忘れていた生活
十一日目 あっという間に思いがけない着陸をする飛行機→嘘のなかの真実→不安だ、僕はいつでも恋をしている
十二日目 「スロー・ライド」vs「フリー・ライド」
十三日目 レノーア→眼鏡をめぐる状況→なぜかライアン・アダムス
十四日目 鹿を安楽死させる方法→「アップ・ノース」→可哀想な、あまりに可哀想なヘレン→幸運を独り占めする奴がいる
十五日目 マストドン
十六日目 「これから谷ではみんな盛り上がり、ソルト・レイク・シティではみんなボロボロになる。そこの警察は自分たちの知っていることを認める気がないからだ。でも彼らは知っているはずだ。ああいうことをやったのは僕ではないと知っているはずなのだ」
最終日前日 だから俺たち若死にだ→アルビノ、混血→「チェーンソーで優しくファックして」
最終日 〇・〇八
謝辞
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今年の3月に「オウムが終わったんだなあ」と書いたら7月になってニューエイジの本丸たる統一教会(現なんちゃら家庭連合)が急浮上し、昔はよくTVで観た合同結婚式の映像がまたTVで流れるようになった。久しぶりに目にしても相変わらずのインパクトで、見渡す限りの花婿と花嫁の列また列。白と黒しかないマス・ゲームのようで、合同結婚式で結婚したカップルはどんな体位でセックスするかも決められているらしく、その夜もマス・ゲームが続くというか。(ここからはジョーク)いま観ると自民党がこの儀式をもっと広範囲に推し進めれば少子化対策に有効だったかもとさえ思ったり(ジョークはここまで)。そういえば少し前に『結婚式のための音楽』というアンビエント調のアルバムが出ていたなと思って、ちゃんとクレジットを確認してみたら、なんとホワイトアーマーのデビュー・アルバムだった! マジか! 改めて聴き直す。
ホワイトアーマーはDJカナビス(笑)の名義で2011年にデビューしたスヴェンスキャ・ラップ(スウェディッシュ・ヒップホップ)のプロデューサー。本名はルーードヴィッヒ・ローゼンバーグで、2020年に手掛けたブレイディーやヤング・リーン(『アンビエント・ディフィニティヴ増補改訂版』P245)といったクラウド・ラップの諸作が予想を超えてアメリカでも受けまくり、一気に知名度を上げたトラックメイカー。あまりにもダラダラとした作風が、そして、そのままデビュー・アルバムに発展していく過程で、ヒップホップではなく、アンビエント方向へと振り切れる結果になったと思われる。どうして結婚式をテーマにしたのかは不明だけれど、「白い鎧」を名乗ることと関係があるのか、日本の少女マンガからトレースしたようなジャケット・デザインには純白のウェディング・ドレスが描かれている(ウェディング・ドレスが白いのは家制度の名残で死装束の意)。
幻想的な始まりは同じスウェーデンの大御所、ラルフ・ルンゼンの後期作を彷彿。流麗でチープなメロディを畳み掛ける“Could Be Us”から“Kisses And Hugs”へと夢見心地は途切れず、あくまでも現実感のない世界を旅し続ける。坂本龍一“Self Portrait”なんかを思い出しながら、バッハを混ぜ込んだような“Eternal Hills Highest Crest”へ橋渡し。モーション・グラフィックス『Motion Graphics』(16)を筆頭に、近作では方向性を変えたヴェルーム・ブレイク『Bench Manoeuvres』(19)やトランス系のネイキッド・フレイムス『Miracle In Transit』(22)など、このところ日本で80年代に流行った「テクノ・ポップ」にがっつりとインスピレーションを得たのかなと思わせる作品は多く、そのなかでは北欧風のフレイヴァーが染みわたっていて最もオリジナリティを感じさせる。とくに“Smile (Reprise)”は、オプティモのJ・D・トゥイッチが昨年、日本のテクノ・ポップをミックスした『Polyphonic Cosmos』にも収録していたテストパターン“Hope”に迫る楽天性を感じさせ、ひとしきり明るい気持ちにさせてもらった(続けて『アポジー&ペリジー』も聴きたくなるというか)。再びバロック調の“Tar Feathers”もよくて、“Slow Dance”~“Gåvor”と、後半は落ち着いた曲を並べ、着地はとても滑らか。
『結婚式のための音楽』というタイトルの前には「In the Abyss」という設定も付け加えられている。ゼクシーの結婚式は山の頂上で行われていたけれど、こちらは「the Abyss」と大文字で表記されているのでジェームズ・キャメロン監督『アビス』(89)に端を発する「深淵」のイメージなのだろう(小文字だと「地獄」という意も)。すべては海底で行われた結婚式の風景。エソテリックで、なんというか、ニューエイジぎりぎり(笑)。23世紀には地球の表面温度が150度まで上がるという試算もあるので、人類はこの先、海底で暮らさなければいけなくなるという警告……ではなさそう。
ダンスホールのベテラン・プロデューサーの新たな挑戦だ。もともとパンク少年だった HASE-T は1980代後半からレゲエ・ディージェイとして活動を開始、『Sentiment』(1997年)、『SOUND OF WISDOM』(1998年)、『OVER & OVER』(2001年)という3枚の作品を発表後、プロデューサーの活動に移行する。その後、数多くのダンスホールのコンピレーションのプロデュース等を手掛けてきた。すなわち、プロデュース活動20周年を記念する『TWENTY』はサード・アルバム以来のソロ・アルバムとなる。レゲエを基盤としつつ、そこだけに留まらない多彩なリズムとメロディ、サウンドを取り入れ、自らも歌詞を書き、歌い、音楽における言葉の力に向き合った作品でもある。
「ボブ・マーリーの曲がぜんぶ歌詞もわかって日本語のように頭に入ってきたら人生が変わる」と HASE-T は語る。これまで幾度となくジャマイカに渡り、そこで音楽を作り、ジャマイカの酸いも甘いも知っている音楽家の説得力のある言葉だ。が、ジャマイカとの距離が表現されているのも本作の肝だ。
HASE-T のキャリアを振り返ることは、日本のダンスホール・レゲエの歴史の一端に触れることでもあり、個人的には日本におけるヒップホップとレゲエの発展史におけるミッシング・リンクを発見する経験でもあった。それこそ先行曲は、HASE-T が80年代後半から付き合いのあるスチャダラパーの3人と、シンガーの PUSHIM との共作曲 “夕暮れサマー” である。心地良いリディムに乗って BOSE がくり出す “サマージャム’95” のセルフ・パロディには、HASE-T が抱く時代への違和感と通じる真っ当な時代認識がある。アルバムの話を皮切りに、自身のバイオグラフィーやジャマイカでの経験をはじめ、大いに語ってくれた。
ランキンさんを出待ちして、自己紹介をして「手伝わせてください!」って直談判した。それからスピーカーを運ばせてもらうようになって、そのあいだに歌も歌わせてもらうようにもなって。最初にランキンさんに会ったときはまだ10代でしたね。
■レゲエが基盤にありつつ、いろんな音楽が自然に混じった作品に仕上がっていますよね。
HASE-T:プロデューサー活動の20周年でどんなアルバムを作ろうかまず考えたわけです。自分がプロデューサーで歌わない前提でダンスホールのコンピレーションを作っていたときは、ジャマイカの新しいトレンドを意識したり、そこにヒップホップを混ぜたらどうなるかを実験もしたりしていた。けれども、いざソロ・アルバムでみずからも歌うとなると、最先端のリズムトラックが自分の表現に合わない。まず、そこのバランスを取ろうと考えましたね。
■例えば、CDのみに収録されるボーナストラックの11~15曲めは直球のダンスホールですよね。
HASE-T:そうですね。ボーナストラックは過去自分のレーベルでリリースしていた曲のリミックス中心に収録しています。普通にダンスホール・レゲエのレーベルだったのでおのずと直球のダンスホールになってます。
あと、RYO the SKYWALKER に歌ってもらった “Black Swan” はいまのジャマイカの最先端のオケに近いものですね。そういうイケイケなのは今回は自分らしくないなと。けれどバランスとしていまっぽいオケも入れたかったので、それに合うと思ったアーティストに参加オファーをして、自分が歌うオケはもうちょっとスカっぽい曲とか90年代っぽいレゲエにしようとか、自由にチョイスにしました。90年代のレゲエがお題の場合は当時使っていたドラムマシーンの音を使ったりとその辺はこだわって作ってます。そういう意味でも、このアルバムが現在のダンスホール・レゲエを表現するアルバムだとは1ミリも考えていなくて、あくまでも自分が好きな音楽をやった作品ですね。
■多彩なビートやリズムがあるのが本作のひとつの特徴ですよね。
HASE-T:これは種明かしになっちゃうけれど、後半の “Walk On By” と “Go Around (Album Version)” はアフロですね。
■たしかに。アフロビーツ/アフロフュージョンですね。
HASE-T:めちゃくちゃ聴いていますね。レマ(Rema)にまずハマりました。バーナ・ボーイ(Burna Boy)も。
■僕はウィズキッド(Wizkid)のアルバム『Made in Lagos』が好みでけっこう聴きました。
HASE-T:ウィズキッドも好きですね。いまのジャマイカの音楽、レゲエはアフロビーツを、アフロビーツはレゲエを吸収して進化しているなという感じでいいなと思って聴いています。
スティクリが出てきたときは本当に斬新でした。機材もいまみたいなDTMがあったわけじゃなくて〔……〕プリミティヴだけど、音はデジタルという組み合わせですよね。スタジオに楽器を持たずに、キーボードを持っていく姿が未来的でカッコ良かったんです。
■HASE-T さんは80年代後半からレゲエ・ディージェイとして活動をはじめられてから、その後ジャマイカに何度もわたり、00年代以降はプロデューサーの活動に移行されていきますね。最初にどのようにしてレゲエの世界に足を踏み入れましたか?
HASE-T:やっぱりランキン(・タクシー)さんですよね。当時日本で「ダンスホール・レゲエをやりたい、聴きたい」ってなったら、ランキンさんの TAXI Hi-Fi(ランキン・タクシーのサウンドシステム)のところに行くしかなかった。やっている人が他にいなかったんですよ。それぐらい少数派だったから。80年代後半の当時、ランキンさんは自分で作った小さいスピーカーをハイエースに乗っけて、いろんなクラブを回ってレゲエをかけていたんです。俺も歌いたかったから、ランキンさんを出待ちして、自己紹介をして「手伝わせてください!」って直談判した。それからスピーカーを運ばせてもらうようになって、そのあいだに歌も歌わせてもらうようにもなって。最初にランキンさんに会ったときはまだ10代でしたね。
■そんな若かったんですね。HASE-T さんは元々パンク好きの少年だったと聞きました。
HASE-T:そうですね。イギリスの初期パンクから入って、ずっとイギリスのロックを聴いていましたよ。ザ・スミスまでは聴きましたけど、その後イギリスのロックには興味を失ってしまって。パンクを聴いていると自然とレゲエに行くじゃないですか。ザ・クラッシュのアルバム『サンディニスタ!』(1980年)で歌っているマイキー・ドレッドを聴いたりして。それからジャマイカの音楽を聴こうとしたけれど、ジャマイカの情報を当時日本で手に入れるのは本当に難しかったですね。「イエローマンって誰だろう?」とかそういうレベルですから。でも、とにかく聴き漁っていく。
■同時期にヒップホップも入ってきていましたよね?
HASE-T:当時公開された『ワイルド・スタイル』(日本公開は1983年)も観ましたけど、自分はコンピュータライズドされていくレゲエの方に「なんだこれ!?」っていうメチャクチャ感を強く感じてそっちにドーンと行ってしまうわけです。パンク上がりだったのもあって、シュガーヒル・ギャングとかのディスコのノリが自分のなかで熱くなくて。
■いわゆる「ブラコン」の延長に聴こえてしまった、と。
HASE-T:そういうことです。「ベストヒットUSA」とかをぜんぜん楽しめなかったタイプだったので、ヒップホップに関してはビースティ・ボーイズの『ライセンス・トゥ・イル』(1986年)や〈デフ・ジャム〉からハマっていった感じですね。で、二十歳のころに行ったニューヨークとジャマイカがカルチャー・ショック過ぎて。音楽をやりに行っているのに自分のちっぽけさを見つめ直してしまう経験でした。
■コンピュータライズドされていくレゲエの虜になったということですが、HASE-T さんも多大な影響を受けたスティーリー&クリーヴィの魅力とは何でしょうか?
HASE-T:自分のなかでスティクリはダンスホール・レゲエを作った人たちという認識です(*)。当時、ジャマイカにもアメリカの音楽の情報は入ってきていただろうけど、とうぜんいまほど情報はなかったわけです。そういう情報がない状況でジャマイカの人らのアメリカへの憧れと感覚で作っていたのがあのオケだと思っています。スティクリが出てきたときは本当に斬新でした。機材もいまみたいなDTMがあったわけじゃなくて、テープを回して電子楽器をシーケンスなしで弾いてドラムとベースを作っていく。手法はプリミティヴだけど、音はデジタルという組み合わせですよね。スタジオに楽器を持たずに、キーボードを持っていく姿が未来的でカッコ良かったんです。
■その後、ジャマイカのスタジオで音楽作品を作っていくぐらい現地の音楽の世界に入り込んでいくわけですよね。
HASE-T:最初はダンスホールのリディムを打ち込みでどうやって作るのかを知りたかったんです。ドラムマシーンを買って見よう見まねでやっていたけれど、どうしてもわからなくて。当時日本でダンスホールのリディムを作っていたのは、V.I.P. Crew の人たちをはじめ数人しかいなかったと思いますね。それで作り方を知りたくて90年代のはじめにジャマイカに行きました。ジャマイカのスタジオは「すみません、見せてください」って行くとけっこう入れてくれるんですよ。ジャミーズやペントハウスといった当時のジャマイカのスタジオを巡りましたね。当時のスタジオはほとんど全部行ったんじゃないかな。
■本格的にプロデューサーとして活動しはじめるのが00年以降ということは、それだけノウハウや作り方を会得するまで時間がかかったということですか?
HASE-T:そうですね。わからないことだらけだったので時間がかかりました。けど、ジャマイカでエンジニアがミックスをする姿をみてなぞが解けたというか、目から鱗でした。エンジニアが卓の前に座ってミックスする姿がまるで楽器を弾いているみたいで驚きました。各チャンネルにそれぞれ楽器の音が入っていて、ベース、キック、スネア、ピアノ、シンセとかその複数のチャンネルを曲に合わせてミュートして、その場で曲を作っていく。エンジニアが曲を作っていることをそこで初めて知って。最初に観たミックスはスキャッタ(SKATTA)でした。そのときはまだ駆け出しエンジニア、トラックメーカーな感じでしたけど、その後彼はニーナ・スカイの大ヒット曲 “Move Ya Body” でも使われた “Coolie Dance” のリディムで世界的ヒットを出した人になりましたね。彼が卓を触る姿は神がかって見えて、またカッコ良くやるんですよ(笑)。卓のミュート・ボタンを押すときの決めポーズみたいのもあって。そうやってヴァイブスで曲を作っているのを見て、「これはすげえ」って思いました。
■まさにダブですね。
HASE-T:そう。ルーツ・レゲエ、ダブからダンスホールまで、脈々と受け継がれて繋がってるんだなと。そういう伝統芸みたいな作り方をスタジオで目の当たりにして一気になぞが解けました。
[[SplitPage]]弱者に優しくないと感じます。それはすごい思う。強い人は何やっても強くて、弱い人は何やっても弱くて、誰も助けてくれない。そういうことを空気で感じていたら若い子らもどうでもいいやって、自分の未来が輝くように思えないんじゃないかな
■2011年に 24x7 レコードにアップされたインタヴューを読みまして。そこで、スティーヴン・マクレガー(Stephen "Di Genius" McGregor)を面白いプロデューサーとして挙げています。彼はドレイクやジョン・レジェンドらにも曲を書いていますし、レゲエ、ヒップホップ、R&Bを横断していきますね。HASE-T さんも00年代に入ってから、さまざまなダンスホールのコンピレーションを手掛け、ヒップホップのラッパー、レゲエのディージェイ、シンガーの方々と制作していきます。
HASE-T:ジャマイカのダンスホール・レゲエはその音を世界で華咲かせるにはヒップホップを混ぜていくというのがあった。そうやって混ぜながらやっていて、ダンスホールだけでも行けるんじゃないっていう扉を00年代初頭に開いたのがショーン・ポールだった。彼がメジャーに行ってドカンとヒットして、そこからスティーヴンの世代につながっていく。ダンスホールの世界史ということで言えば、そのふたりの登場は大きかったですね。00年代初頭にジャマイカに行ってMTVを観ていると、レゲエのアーティストがたくさん出るようになって、ダンスホールがブレイクしたなと認識しましたね。
■HASE-T さんがプロデューサーとして関わって記憶に残っているディージェイやシンガー、ラッパーにはどんな人がいますか?
HASE-T:本当にたくさんの人とやってきましたからね(笑)。ラッパーでは、KREVA がすごかったです。『TREASURE HOUSE RECORDS STREET RYDERS VOL.1』というコンピに収録された “醤油ベビ” でやっていますね。歌い直しなしの一発録りでしたね。そこまで気持ち良くスパッと終わる人はいなかったです。あと、ラッパ我リヤとは、『DANCEHALL PREMIER』というコンピの “MAJIKADEABINA” という曲でやりましたし、そのシリーズの『DANCEHALL PREMIER 2』の “湾岸BAD BOYS” には BOSE と ANI が参加していますね。
さらに遡れば、自分のソロ・アルバム『Sentiment』(1997年)に収録された “この街でPart.2” は、MAKI(THE MAGIC)くんにトラックを作ってもらって、MR.DRUNK 名義で MUMMY-D にラップしてもらって、ミックスが(ILLICIT)TSUBOI くんで、ネタをスクラッチしたのが WATARAI くんでした。MUMMY-D は、“音の種族”(『SOUND OF WISDOM』収録)とソロ曲をリミックスしてくれましたね。
■このあたりは日本のヒップホップとレゲエの関係について考えるときに重要な歴史ですね。
HASE-T:ジャンルの架け橋とかはあんまり当時考えてなくて、普段のクラブ活動の中にみんながいたというか、自然な流れというかそんな感じです。振り返ると重要な歴史とか言われるかもですが、自然な流れの結果ですかね。
記憶に残っているラッパーと言えば、今回のスチャダラパーもほぼ一発録りで終わりましたね。1時間で歌録り終わっています。
■今回スチャダラパーと PUSHIM さんとの “夕暮れサマー” の共作はどのように実現したんですか? PUSHIM さんとの出会いについてもご自身の note に書かれていました。また、ドラム・パターンとサックスのアレンジのアイディアは SHINCO さんが出したそうですね。
HASE-T:スチャダラパーと PUSHIM がやったら合うんじゃないかなという感覚的なアイディアがはじまりです。PUSHIM と出会ったのが00年ぐらい。その頃の大阪では、PUSHIM、NG HEAD、RYO the SKYWALKER、JUMBO MAATCH、TAKAFIN、BOXER KID ら大阪のシーンを作る人たちが地下で集まってふつふつしていた時代。スチャダラパーとは80年代後半に芝浦のインクスティックであった「DJアンダーグラウンドコンテスト」で会っているからかなり古いです。そのコンテストは自分も出演してました。
■“夕暮れサマー”で BOSE さんは、“サマージャム’95” のリリックをセルフ・パロディしている箇所もありますね。
HASE-T:そういうサーヴィスまでしてくれたからありがたいですよ。ANI さんの「棒アイス/ガリガリ齧り」もなかなか出てこないだろうし、やっぱりすごい人たちだなって思いました。SHINCO は繊細かつ大胆なセンスもあって、今回の楽曲の BOSE、ANI ラップ部分後半8小節は、彼のアイディアのサンプリング・ネタが大元にあって、それを自分が最終的にアレンジ、弾き直しているんですよ。
HASE-T「夕暮れサマーfeat. スチャダラパー&PUSHIM」
HASE-T:それと、今回は言葉重視のアルバムにするのを意識したんです。前半は直球の言葉で、後半にすこし何を言っているかわからないけれど、トータル的に感じてもらえるようにストーリー性も意識しました。例えば、“いいわけないよ” はすごく直球です。
■「いいわけなんてないよ/世界が悲鳴をあげて痛いよ」からはじまり、「今まであった森が今無いよ/代わりににょきにょき伸びたビルばかりだよ」と続きますね。自然破壊と気候変動について言及されています。
HASE-T:歌詞を書いていて「いいわけなんてないよ/世界が悲鳴をあげて痛いよ」って言葉が出てきて、そこから頭の中にあることがぽろぽろ出てきたと言うか、初めからお題で「気候変動」について書こうとか決めて書いたわけじゃないです。あと、言葉重視と言うのは、かつてランキンさんと家が近かった時期にいっしょにタクシーで帰ったことがあるんです。そのときランキンさんが「音楽は言葉の力なんだよね」ってボソッと言って、そのことについて話したことをいまもよくおぼえています。その言葉に影響された感じです。自分はむかしからRCサクセションが好きで聴いていていま改めて聞くと言葉が生きてるなと。直球で歌詞を書けるようになったのは年齢も関係してるかなとも思いますが。
ボブ・マーリーの曲がぜんぶ歌詞もわかって日本語のように頭に入ってきたら人生が変わるような音楽だと思う。そういう消費物じゃない音楽がもっとあってもいいし、作ってもいいんじゃないかなって
■歌詞には全体を通していまの時代に対する違和感が出ていると思うのですが、いまの時代の何にいちばん違和感を抱きますか?
HASE-T:弱者に優しくないと感じます。それはすごい思う。強い人は何やっても強くて、弱い人は何やっても弱くて、誰も助けてくれない。そういうことを空気で感じていたら若い子らもどうでもいいやって、自分の未来が輝くように思えないんじゃないかなって思います。このままじゃいかんよねと。自分は政治活動をするわけではないので、作品のなかで何かを伝えたいと考えて。音楽は半分は言葉ですし、それこそボブ・マーリーの曲がぜんぶ歌詞もわかって日本語のように頭に入ってきたら人生が変わるような音楽だと思う。そういう消費物じゃない音楽がもっとあってもいいし、作ってもいいんじゃないかなって。
■含みのある歌詞ということで言えば、“深海魚” が面白かったです。
HASE-T:“深海魚” は正直レゲエ・マナーでもないし、ヒップホップでもないし、言葉数の少ない歌ですね。自分の中ではバラード感覚。
■HASE-T さんがレゲエやダンスホールなどこれまで吸収してきた音楽を用いて自分の音楽作品に落とし込んでいく段階に入ったということですよね。
HASE-T:そういうことですね。音楽のジャンルごとに表現のルールみたいなものがあると思うんだけど、それを守りつつ、けど壊して自分のフィルターを通して自由につくる感じですかね。あと、作品を出してからライヴをやるつもりでもいます。やりたいことがあって、それをやるには練習のための準備期間が必要なんです。ただ単純にバンドでアルバムを再現するということではなく、それこそスティクリみたいなコンピューター・バンドというかメジャー・レイザーのようなサウンドシステムのラバダブセットを消化したエレクトロニック・ミュージックというか、そういうイメージです。どこまでやれるかわからないですが……
■そこまで見えているんですね(笑)。メンバーは?
HASE-T:それをこれから探そうとしているんですよ。例えば、アスワドの曲のインストをやったり、ダンスホールのインストをやったりしつつ、ゲストが歌って、俺もたまに歌う。MPCを使ってフィンガードラムでレゲエができる人がいたらいいですね。
■それは面白そうですね。
HASE-T:ジャマイカに行くと、スタジオやディージェイや踊っている人、何を観ても「すげえ!」ってなるんです。最初はやっぱりジャマイカ最高ってなりますし、それぐらい魅力のある島なんです。すべてをわかったつもりじゃないけど、「ジャマイカ最高」からジャマイカの嫌なところを体験したりして、好き、嫌い、けどここは好き、ここだけは嫌いとか、好き嫌いの周期は3、4周はしたと思います。またあるとき、サウンドシステムを観に行って、朝方若い子らが輪になってワッショイワッショイ踊っているのを観たとき、「若いなあ」って引いて観ている自分に気づいて、それは「ジャマイカ最高」からのひとつの区切りになるきっかけになりましたね。自分も元々はハードコアなレゲエ野郎ではありますけど、いまはちゃんと自分のフィルターを通して音楽をやりたいんです。その延長で長らくやっていなかったセレクター(DJ)も自分のフィルターを通した選曲で復活したいと考えていますね。
*編註:じっさいは、ディジタル・ダンスホールの画期はウェイン・スミスの85年の楽曲 “Under Mi Sleng Teng”(通称 “Sleng Teng”)とされる。カシオのキーボードのプリセット音を用いたそのリディムを手がけたのは、プリンス・ジャミー。鈴木孝弥『REGGAE definitive』135頁参照。
コーネリアスの “Audio Architecture”という曲には「Quiet!」という合図とともに静寂が訪れる瞬間がある。10秒ほどのその沈黙は自宅のステレオでかけ流していればさほど長くは感じない程度なのだが、ライヴで披露される際に目の前で音が止まった演奏をじっと眺めているとものすごく長く感じる。昨年夏のオリンピック開会式音楽担当の辞任騒動を受けてすべての活動を自粛していた小山田圭吾が、1年越しのフジ・ロック・フェスティバルのステージで復帰を果たしたことについて、その1年を早いと感じる人もいれば、長いと感じる人もいるだろう。少なくともこの日に苗場のホワイト・ステージ前に集まった人びとや、配信の開始を心待ちにしていた人びとにとっては、とてつもなく長く、厳しい1年だったはずだ。
“Mic Check”からライヴははじまった。「あ、あ、あ、マイク・チェック、マイク・チェック、聞こえますか? 聞こえますか?」 。ユーモアに富んでいながら極めて内向的で孤立した『Fantasma』という作品を象徴するお馴染みのこの挨拶は、25年の時を経て、今夜はステージを覆う白い幕の向こうで待つ人びとへ呼びかけるための言葉に変わった。実は前回2020年1月にZepp Divercity Tokyoで行われたイベントに出演した際にもこの曲からはじまっているので、感情を上乗せしなければまったくいつも通りのコーネリアスの登場だったのかもしれない。それでも久しぶりのステージの1曲目を自身の代表作のオープニングを飾る曲でスタートさせたことで、基本に立ち返るような心意気と感じたのと同時に、開かないままの白い幕に映し出されるリニューアルされた映像は、新しい未来のはじまりを期待させるような高揚感に満ち溢れていた。4人のシルエットが浮かび上がり、頭上に現れた「CORNELIUS Thanksful To Be Here FUJI ROCK FESTIVAL」の文字を指差す。その動作を合図にカラフルで幻想的な照明と映像が音に合わせてぐるぐる交差して消えていくさまは、コーネリアスの音楽の魅力をこれ以上ないほど引き立てる素晴らしい演出だった。

2曲目の“Point Of View Point”のイントロで、もしかすると今日は姿を見せずにこのままシルエットのみを照らし出した状態で演奏するのではないか? というこちらの不安を遮るかのようにサッと幕が開いて、コーネリアス・バンドが現れた。やっと現れた、と思うくらいその3分程度のオープニングが長く感じたのは、今まで待ち続けた時間の長さが加算されていたのかもしれない。久しぶりに姿を見せたコーネリアスは、いつものようにそのまま何も喋らずに“いつか/どこか”や“Drop”など、ライヴの定番曲を立て続けに披露していった。映像と音をシンクロさせた、無駄のないクールな演奏をしっかりと貫いていた。止まっていた時計がまた動き出すような感覚を肌で感じられた。
いつもと同じクオリティ、何も衰えていない演奏を保っていたからこそ、サプライズが生きた。1度目は7月22日に配信リリースされたばかりの「変わる消える(feat.mei ehara)」を自ら歌ったこと。元々この曲は、昨年の7月7日にAmazon Musicのプロジェクトである短編映画の主題歌として限定配信されたもので、今回新たにコーネリアスの新曲として再配信している。「変わる 変わる 好きなものあるなら早く言わなきゃ 消える消える 好きな人いるなら会いに行かなきゃ 今 すぐ 早く 早く」。2021年にはすでに完成していたはずなのに2022年現在の閉鎖的な空気や喪失感を捉えるような、まるで予言めいた坂本慎太郎の歌詞が、どこをどう切ってもコーネリアスでしかない緻密なサウンド・デザインに新たな命を吹き込むように言葉を与え、メロディを動かしていく。mei eharaの心地よい歌声ももちろん素晴らしいけれど、この曲を小山田圭吾にも歌ってほしい、と密かに願っていた人は多かったはずだ。
2番目のサプライズは、終盤にMETAFIVEの“環境と心理”を披露したことだった。METAFIVEは基本的に高橋幸宏とLEO今井がヴォーカルを取っていて、小山田圭吾はギタリストに徹していたが、2020年にリリースされた本人作のこの曲で初めてワンコーラスを歌っている。ただ、ライヴでは2020年の年越し配信ライヴ「KEEP ON FUJI ROCKIN' Ⅱ」と、昨年7月の騒動渦中に行われたMETAFIVEの無観客配信でしかまだ披露されていなかったため、人前で歌ったの今回が初めてだった。長らく発売中止のままだった2ndアルバム『METAATEM』がやっと今年9月に正式にリリースされることが決まったものの、残念ながらラスト・アルバムと発表されていることや、METAFIVEの一員としても出演予定だった昨年のフジロックのこのホワイト・ステージにて、メンバーの砂原良徳とLEO今井が特別編成でこの曲を含めたパフォーマンスをやりきったこと、それらを汲み取ったうえでの選曲だったのかもしれない。観客の期待に応えながら、やり残していたことを自らきちんと回収していく姿は、さすがプロフェッショナルだと感じた。

それでもやはりいつもと違う部分はあった。序盤の歌声は以前より弱々しく、細く聴こえた。代わりにサポート・メンバーの3人がこの日は本当に頼もしかった。シンセと生のベースを使い分けるマルチプレーヤーの大野由美子は抜群のグルーヴを保ちつつ、コーラスでも時折歌を引っ張る場面があったし、飄々とした出で立ちのキーボードの堀江博久は、恒例の“Beep It”のカウベルタイムで強めに叩きすぎて腕を痛がる素振りを交えながら観客を笑わせる余裕を見せ、ドラムのあらきゆうこはさらにパワフルさを増しながら、曲に合わせて複雑でしなやかなリズムを築きあげている。サプライズの2曲以外は一見代わり映えのないセットリストに見えるけれど、曲によっては映像が大幅にリニューアルされ、アレンジにも細かい変化をつけていた。そしてサングラスの下の表情がずっと見えなかった小山田圭吾が、中盤の“Another View Point”から“Count Five or Six”、そして“I Hate Hate”へと繋がる、ほとんど歌の乗らないゴリゴリのバンド・サウンドの連続でギターに専念した瞬間、目に見えて生き生きとしはじめた様子がわかった。そこから次の曲に進むにつれて、声も少しずつ大きくなっていく。もしかするとこんなふうにライヴ感を出すコーネリアスを観たのは初めてかもしれない。いつどこで観ても一寸の狂いもなく完璧で、ショーと呼ぶにふさわしい近年のあの演奏にはない静かな熱を帯びていた。音楽に突き動かされながら演奏する、小山田圭吾という生身の人間の本来の姿をそこで垣間見た気がして、心を大きく揺さぶられた。
世の中には言葉にならない感情を別のものや何かを動かすエネルギーに変換して人に与えられる才能を持った人がいて、コーネリアスは間違いなくその才能に長けた音楽家だと思う。最後に演奏した“あなたがいるなら”は、これまで何度も観てきたなかでもいちばん優しく、あたたかく響いていた。気のせいだとしてもいい。この日の復活までの長い時間を見守り、支え続けてきた大勢の人びとのすべての思いがたしかにその場所にあった。誰もがそれを見届けた特別な夜だった。

UKジャズの中心はロンドンで、ほかにマンチェスターやブリストルにもシーンは存在しているが、それら以外の都市からも面白いアーティストが登場している。そのひとつがブライトン出身のエビ・ソーダだ。ブライトンは英国の南部海岸沿いの街で、産業都市というよりもリゾート地として有名なのだが、そうした土地柄もあって昔から陽気なパーティー・ミュージックが盛んで、ナイトクラブも多い。トロピカルな南国調の音楽も根付いていて、レゲエやダブなども人気だ。ロンドンやマンチェスターをはじめ、UKの音楽には一般的にダークでシリアスなものが多いのだが、それらとは一線を画すムードがあるのがブライトンである。レーベルでは〈トゥルー・ソウツ〉が有名だろう。現在の〈トゥルー・ソウツ〉はムーンチャイルドをリリースするなどUK以外のアーティストも扱っているのだが、レーベル初期はボノボやクアンティックという地元ブライトン出身アーティストが看板だった。中でもクアンティックはラテンやレゲエなどを取り入れた音楽性で、ブライトンらしいアーティストだったと言えよう。
エビ・ソーダはブライトン出身の5人組で、リーダー格のヴィルヘルムことウィル・イートン(トロンボーン)ほか、コナー・ナイト(ギター)、ハリ・リー・イートン(ベース)、ルイス・ジェンキンス(キーボード)、サム・シュリック・デイヴィス(ドラムス)というメンバーに、楽曲によってサックスやトランペットなどが加わる。2019年にデビューした若いバンドで、これまでに『エビ・ソーダ』と『ベッドルーム・テープス』という2枚のEPや数枚のシングル、2020年にはファースト・アルバムとなる『アーグ』をリリースしている。デビュー作の『エビ・ソーダ』を聴いた印象では、ジャズ・ファンクをベースとしたソリッドなビートを刻むリズム・セクションは、ヒップホップやドラムンベースをはじめとしたクラブ・ミュージックの影響下にあるもので、南ロンドンの新世代ジャズと同じ地平にあるものだ。そうした中でトロンボーンが前面に出てきた演奏はレゲエやダブ、アフロ・ジャズの影響も感じさせ、南ロンドン勢で言うとサンズ・オブ・ケメットにも近いところがあるようだ。
ファースト・アルバムやEPはロンドンのレーベルの〈ソーラ・テラ〉からのリリースで、ライヴ活動もロンドンで積極的におこなってきたエビ・ソーダだが、この度リリースしたセカンド・アルバム『ホンク・イフ・ユー・アー・サッド』は地元の〈トゥルー・ソウツ〉からとなる。『アーグ』では男女ヴォーカリストをフィーチャーしたよりクラブ・ミュージック寄りの作品もやっていたが、『ホンク・イフ・ユー・アー・サッド』はそもそもの原点であるインスト・バンドに立ち返ると同時に、厚みのあるホーン・セクションやチェロなども交え、全体的に深みを増した演奏を展開している。ゲストではヤズ・アーメッドの参加が目を引くところだ。
そのヤズ・アーメッドが参加する “チャンドラー” は、重低音の効いたリズム・セクションとホーン群の情熱的な演奏にエレクトロニクスを交え、全体的にはダビーな空間構成がなされている。ダブの影響下にあると共に、クルアンビンとかテーム・インパラあたりに通じるサイケデリックな風味もまとった楽曲だ。“セウドクリーム” もダビーでサイケデリックな空間構築と、ジャズ・ファンクともクラウトロックともニューウェイヴともつかないミクスチャーな演奏が融合した楽曲。ココロコ、バッドバッドナットグッド、ローニン・アーケストラなど同時代のアーティストと共に、カン、ラウンジ・リザーズ、ザ・フォールなど過去のアーティストも影響減に挙げるエビ・ソーダならではの楽曲だ。“クリスマス・ライツ・イン・ジューン” は人力ドラムンベースや人力ダブステップ的なビートの楽曲で、ルーツ・レゲエやラスタファリズムに通じるミステリアスな音色をホーン・アンサンブルが奏でていく。ブライトンをベースとするエビ・ソーダの個性が前面に出た楽曲と言えるだろう。
『エナジー・フラッシュバック』——このタイトルに反応してしまう人は、真性のダンス好きか、さもなければ90年代前半の週末のほとんどをダンスフロアで過ごしていた人たちなのだろう。が、しかしこれはテクノのアルバムではなく、フォーク&インディ・ポップのアルバムだ。リアン・ホールというシンガーが、若い頃に経験したレイヴ・カルチャーの思い出をコンセプトにひとつのアルバムを作ったと知っては、これはもう絶対に聴かなければならない、使命である——なんてことを書いているが、ぼくはリアン・ホールというSSWが何者なのかをよくわかっていなかったりする。だから、つまりその、『エナジー・フラッシュバック』というタイトルが面白いじゃんと、それで彼女の音楽を初めて聴いた次第なのだ。

この作品は、ある意味おそろしいタイムマシンだ。アルバムの1曲目の表題曲“エナジー・フラッシュバック”、「909 on 303〜」という歌い出しの、ドラムマシンの名称からはじまるメロウなフォーク・ソングは、しかも、曲の要所要所で、90年代初頭のレイヴ・カルチャーのアンセムのフレーズが繰り返される(その曲がなんなのかはすぐわかるので、自分で聴いてたしかめてください)。「エクスタシーというささやき声が〜」——思わず笑ってしまったが、目を閉じて聴いていると、いろいろなことを思い出してしまう。
自分が夏を好きなのは、それが冒険の季節で、思い出がたくさんあるからというのもある。それはもう、少年時代からずっといろいろとあるが、ひとりのダンス・ミュージック・ファンとしては野外レイヴや野外音楽フェスティヴァルの数々の記憶には特別なものをいまでも感じる。それは、ステージの上で演奏していた有名な誰かの記憶ではない。レイヴ・カルチャーは、主役は自分たちリスナーだとオーディエンスを改心させたムーヴメントだったので、クラブやライヴハウスでは経験できないアクシデントや偶然性によって生まれる、たとえばそこで出会った見知らぬ誰かとの物語が面白かったりするのだ。リアン・ホールの『エナジー・フラッシュバック』には、そうした“我らの”親密さが横溢している。
とはいえ、この『エナジー・フラッシュバック』は、レイヴ・カルチャーを体験していないリスナーが聴いても楽しめるだろう。ブライトン出身で現在ベルリン在住らしいこのシンガーは、すでにキャリアがあり、かのジョン・ピールが「偉大なるイングリッシュ・ヴォイスのひとり」と評したほどのチャーミングな声の持ち主だ。アコースティックとエレクトロニクスが絶妙に混じり合うその音楽は、初期のラフトレード系の手作り感(DIY感)を彷彿させるし、ピアノやヴァイオリンも良い感じで鳴っている。こじんまりとしているが、だからこそ良く、大物になることにはなんの興味もない音楽家が持ち得る愛らしさでいっぱいなのだ。
昔、七尾旅人が電気グルーヴの“虹”をアコースティック・ギターでカヴァーしたことがあって、それは涙が出たほど感動的だったし、そういえば旅人とやけのはらの“Rollin' Rollin'”も、ダンス・カルチャーを叙情的に捉えた名曲のひとつだ。レイヴ・カルチャーの延長線上で聴いた曲としては、フィッシュマンズの“ナイト・クルージング”なんかもそう。ぼくのなかでは、暑くも甘ったるいあの時代にリンクする歌モノはこんな感じでいくつかあるにはある。が、『エナジー・フラッシュバック』は、アンダーグラウンドなダンスフロアや野外レイヴをがちで経験してきた人間が、完全に終わってしまった季節に対して歌っているという意味において、じつに胸が痛い作品だったりする。いや〜、これは切ない。ブリアルのレクイエム・フォー・ザ・レイヴ・カルチャーなんかよりも、当事者の愛情がこもっている分、本質的にはずっと切ないのだけれど、作品名がそうであるように、賢明なリアン・ホールはそれをユーモアで包んでくれているし、創意工夫をもった彼女のサウンドのいろんな引き出しが楽しさをもたらしてもくれる。まあ、このカセットテープのデザインからして、面白がっている感じが出ている。
『エナジー・フラッシュバック』の最後の曲は“あなたはテクノでもう踊らない(U Don't Dans To Tekno Anymore)”。「ストロボライトの下であなたとは会えない/あなたはシカゴとデトロイトにさよならを言う/あなたはテクノでもう踊らない」——あれから30年以上も経っているのだ。変わっていく人もいれば変わらない人もいて、自分はいったい何をしているんだろうかと気を失いそうになることもあるけれど、とりあえずがんばってます(笑)。
いやしかし暑いですな。本当に暑い。少し外に出ただけで汗が噴き出るし、夜も寝苦しい。でも、それでもぼくは夏が好きなんですよ。夏の空、入道雲、蝉の声、ヒマワリや朝顔、これだけでも気持ちが上がる。毎週通っている区民プールも夏休みの子供たちでいっぱいで、騒がしいけれどそのほうがいい。夏最高。
と、そんな書き出しではじめながら、今年の2月にリリースされた、冬の木枯らしの荒涼とした写真をしつらえたアートワークに包まれているアルバムを紹介しよう。ビールを飲みながら聴いていると至福の時間が流れること請け合いだ。
マーク・ネルソンによるパン・アメリカンは、ポスト・ロックなるジャンルがざわめきたった90年代後半に、シーンのいちアーティストとして脚光を浴びたベテランで、その前はラブラドフォードなるバンドのメンバーだった。ちなみに、同バンドの1stアルバム(1993年)こそシカゴの〈クランキー〉の第一弾であり、このレーベルの名盤の1枚にも数えられている。それに、スペースメン3やループといった80年代UKのモダン・サイケに影響された彼らのサウンドは、のちのレーベルの方向性(ロスシル、ディアハンター、ウィンディ&カール、スターズ・オブ・ザ・リッド、グルーパー、ティム・ヘッカー、そしてロウやGY!BEまで)としっかり符合もしている。つまり彼らが志向した音楽は、初期のシーフィールとも似た、アンビエントやドローン(ないしはクラウトロック)の要素を吸収した静寂のサイケデリア。パン・アメリカンは、ラブラドフォードで試みたポスト・ロックの青写真めいたサウンドから、アンビエントなギター・サウンドを抽出する格好でスタートしたネルソンのソロ・プロジェクトである。
アンビエントを作る人のほとんどが使うのは、鍵盤の付いた電子楽器やコンピュータだが、ネルソンはギター演奏でそれを表現しようとする。パン・アメリカンとしては9枚目のアルバムとなる『ザ・ペイシェンス・フェイダー』もギター・インストゥルメンタルを集めた作品で、控えめなダブ処理はあるものの、エレクトロニクスには頼っていない。曲によってはハーモニカ(あるいはアコーディオンも?)も使っているようだが、ゆったりとした楽器の演奏による音色と旋律とその間(静けさ)によって彼のサウンドスケープは創造される。全編ビートレスで、どの曲も美しく、ブルージーだが、どの曲も夢見る響きを持っている。この繊細な音楽の素晴らしさは、なんといっても仕事をしたり、日々の心配事だったり、などといった毎日強制される時間感覚から解放されるという点にある。
いま、『ヴァイナルの時代』という、レコードに関する本を編集している。ヴァイナル・レコードの魅力についての本で、社会学や哲学的なレヴェルまで掘り下げてレコード収集について述べられている本だ。レコードの魅力を語る上で、音質が良いという話がたびたび出てくるが、音質の善し悪しは聴き手の好みも入ってくるので主観的なことでもある。では、レコード・リスニングの魅力とは何かというときに、ひとつの理由として、それを聴いている体験は誰にもその履歴を追跡されないし、広告の入る余地もない、ただ自分のものとしてある、という話が同書には出てくる。これはCDでも、独立した再生機をアンプに通して聴く分には同じことになるが、重要なことだとぼくには思える。
また他方では、レコードを聴くことは、時間感覚を変えるという旨も詳説されている。これもまた十分にうなずける話だ。一時期はぼくも流行に便乗して、電車に乗っているときもサブスクで音楽を聴いていた時期もあったが、ずいぶん前に止めてしまった。それはまるで、人間の持ち時間の隙あらばどんな時間帯でも消費活動に走らせる資本主義の一部のごときというか、生産性のない無駄な時間、何もしない時間がどんどん減っていっているような今日における、支配的なデジタル消費文化の一部に思えてしまうのだ(コンテンツなどという呼称は、それなしでは生きられないほど愛している人間や丁寧に聴かれることを望んでいる音楽にとっては侮辱的だろう)。個人として音楽を聴くことは、むしろそうした支配的な時間感覚から逃避することだったと思うし、ぼくにはいまでもそれが、音楽を聴くことを好んでいる理由のひとつだ。レコードを聴くということは、そのための時間を作ることでもあり、忙しい日々からいったん自分を切り離すことでもある。
そんなわけで、地味な作品ではあるけれど、慌ただしい時間帯からの解放という点においては、パン・アメリカンの本作は良いセンいっている。ぜひレコードで……とは言いません。ただ、自分の部屋のなかで、すべての作業はいったん止めて、音だけに集中して無駄な時間を満喫しましょう。