「ANS」と一致するもの

Janelle Monáe - ele-king

ピンクはわたしのお気に入りの一部 “Pynk”

 イケピンク問題である。『女の子は本当にピンクが好きなのか』を読んだ方には説明不要だろう。ピンクがある種の女性性を象徴する色だとして、それがお仕着せのものであればダサピンクであり、主体的に選び取られたものであればイケピンクとなる。ウィミンズ・マーチのピンク・ニットに代表されるように、女性のエンパワーメントを訴える政治的な色でもある。ジャネール・モネイはピンク色のヴァギナを模したパンツを履いて、ファニーなダンスを仲間の女たちと披露する。ヴァギナの形はひとそれぞれで、ヴァギナを持たない女性もいる。だが彼女たちは同じダンスができる。セクシーなフレーズやイメージを挑発的に繰り返す“Pynk”のミュージック・ヴィデオはまず、21世紀におけるフェミニズムとクィア・カルチャーのもっともポップな成果であり、そして、2018年最高のイケピンクである。

 要は中指の立て方の問題なのだと思う。ヴィデオでは例によって女たちのファックが突きつけられるのだが、その指は色とりどりのマニキュアが塗られている。怒りはある……が、それはカラフルで愉しいものであっていい。#MeTooは女性が自分の性を自分で決めるという宣言であって、必ずしも男を怯ませるものではないはずだ。ウィミンズ・マーチに男がピンク・ニットをかぶって参加したっていい。そして『ダーティ・コンピューター』は、ロマンスが困難な時代になったという反動主義者の早急な結論をからかうように、フェミニズム全盛の現代におけるセックスとエロスを祝福する。その真ん中で踊るのは女たちとセクシュアル・マイノリティだ。USガールズのアルバムにも感じたことだが、いま、怒りを担保したままどのような開かれ方がフェミニズムに可能であるかが模索されている。ビヨンセがコーチェラで女の強さを爆発させたならば、ジャネールはここで女として生きる楽しさを謳う。そしてそれは、「お気に入り」だが彼女たちにとってあくまで「一部」でもある。ジェンダー・ポリティクスはある、が、ジェンダーに囚われなくてもいい。

 “Pynk”はまた、音楽的にもジャネールの最新のモードを象徴してもいるだろう。グライムスをフィーチャーしたそのエレクトロ・ポップ調のシングルは、彼女の出自を説明するときに必ず言及された「アウトキャストがフックアップし……」という地点からはかなり離れている。 一貫してタッグを組んできたワンダランドのクルーはもちろん関わっているが、プリンスのファンクを2018年ヴァージョンに仕立てたシングル“Make Me Feel”のように彼らがいない曲もある。ブライアン・ウィルソンがフィーチャーされ、かつて西海岸が見た夢が再現されるかのようなコーラスを聴かせるオープニング“Dirty Computer”をはじめとして、ファースト・アルバムのようなブラック・ミュージックの濃厚さではない軽やかなポップス・コレクションとなっている。 もちろんジャネールはいつでもエクレクティックだったが、本作では使っている色のパレットが原色からパステルカラーに近づいたと言えばいいだろうか。ジョージ・クリントンよりはナイル・ロジャースというか。 ファレル・ウィリアムズが参加したダンスホール調の“I Got The Juice”にしろ、メロウ・ソウルの“Don't Judge Me”にしろ、あるいはフォーキーなサイケデリック・ソウル“So Afraid”にしろ、パワフルさと目まぐるしい展開で押し切っていた初期に比べるとずいぶん洗練された味わいとなっている。そのなかで一貫して感じられるのはやはりプリンスで、それは自分が彼の正当な後継者であると宣誓することであると同時に、20世紀のプリンスの功績を21世紀のクィア・カルチャーの視座からあらためて讃えるということであるだろう。

 『ムーンライト』がアカデミー作品賞を受賞したときに違和感があったのは、作品を評価していないからではなくてむしろ逆で、古い体質のエスタブリッシュメントたるアカデミーには純粋な作品の価値が伝わっていないのではないかと思ったからだ。貧しいブラック・コミュニティにおける同性愛を描いた映画を権威が引き上げるとき、ポリティカル・コレクトネス以外に何があるのか、と。だが、僕は間違っていた。もはやポップの基準は更新され、時代がマイノリティの新しい生き方を本当に感じようとしている。『ムーンライト』で優しく少年に語りかけていたジャネールは、『ダーティ・コンピューター』で現代のポップスターのど真ん中を引き受けながら「マザファッキン・プッシー・ライオット」を始めるのだと言う。街をピンクに染めるのだと。ドリーミーなエレクトロ・ポップ“Crazy, Classic Life”では「わたしはアメリカン・ドリームの象徴」とまで宣言し、それと呼応する“Americans”では「わたしはアメリカン」だと繰り返しながら手を叩き、得意のパーティ・ファンクで締める。
 優等生だと言う意見も理解できる。だが、たとえばバイセクシュアルを公言しているフランク・オーシャンが差別反対のTシャツをステージで着ながら同性愛の官能を歌うように、パンセクシュアルだとカミングアウトしたジャネールがカラフルなポップスを衣装としてエロティックな欲望を掲げるとき、そこにはポジティヴなエネルギーしかない。ジャネールを聴く若い女の子たちがそのパワーを受け取ってくれたら……というのは僕の身勝手な願望だ。だが本当にそう思う。彼女たちの「お気に入りの一部」がポップの未来を変えていくだろう。僕たちもそこに混ぜてもらおう。簡単だ……「We got the pynk」と叫ぶだけでいい。

Miki Yui - ele-king

 ドイツ・デュッセルドルフを拠点に活動する美術家/音楽家ミキ・ユイ、その待望の新作が、マンチェスターのエクスペリメンタル・レーベル〈Cuspeditions〉からでリリースされた。前作『Oscilla』から3年ぶりである。マスタリングは『Oscilla』から引き続きラシャド・ベッカーが手掛けた。
 彼女は故クラウス・ディンガーのパートナーであり、その遺作『JAPANDORF』の共同制作者でもあるのだが、多くの音響リスナーが知っているように、ミキ・ユイは『Small Sounds』(1999)、『Lupe Luep Peul Epul』(2003)、『Silence Resounding』(2005)、『Magina』(2010)、『Oscilla』(2015)などの音響作品を継続的にリリースし続けてきた音響作家である。

 2015年に自主レーベルからリリースされた前作『Oscilla』は、(リリース当時)5年ぶりのソロ・アルバムだったが、非常に印象深い音響作品に仕上がっていた。音が放つ空気の層が澄んでおり、聴くほどに空間と体に浸透するようなミニマルなサウンドが生成・構築されていたとでもいうべきか。電子音であるとか、フィールド・レコーディングであるとか、そんな技法的な形式に囚われず、ただ、「そのむこう」で鳴っている音/時間に満ちていたのである。
 この新作『Mills』も同様だ。本作もまたあらゆるドグマから自由な音楽/音響が、密やかに、清冽に、そして濃厚な時間の層のなかで生成している。まずは試聴して頂きたい。

 現在、テクノ〜音響派以降を経由した(主に西欧の)エクスペリメンタル・ミュージックは、ある種の現代的ロマン主義の弊害に陥っている。現代的ロマン主義とは、音それ自体から離れていく観念の肥大だ。観念をコンセプトと言い換えれば、コンセプチュアルなサウンド・アートもまたロマン主義の末裔ともいえる。いずれにせよ、音それ自体からは離れてしまう。
 Miki Yuiの音楽にはそれがない。音が音として具体的に手触りとして存在している。とくに前作から、その傾向がより強くなってきたように思える。それぞれの音が、それぞれの音として、ただ、存在し、鳴り、そして舞う。作曲者の意図が全編を覆いがちな(その結果、ロマン主義的な抽象性へと帰結してしまうような)現代の電子音楽であって、稀有な音楽/音響である。

 新作『Mills』でも、それはまったく変わっていない。音はまろやかに、同時に音の輪郭線と構造は明確だ。そのうえ風に揺れる木の葉のようにしなやかである。そう、音が、「そこ」にある感覚とでもいうべきか。
 本作にコメントを寄せたスラップ・ハッピーのアンソニー・ムーアは「このアルバムは私に あたかも演劇作品を見ているかのような錯覚をあたえる。それぞれの音は独立していて、独自の役柄が巧妙なドラマツルギーにそって物語をつくりあげてゆく」と評しているが、「ドラマツルギー」と語っている点が重要に思える。音と音、その存在同志が奏でる饗宴。

 アルバムには全5曲が収録されているが、どの曲も電子音と、環境音と、微かなノイズによる落ち着いた音色/トーンのミニマル・ミュージックに仕上がっている。聴き込んでいくと分かるが、そのミニリズムは、あるとき必然のように不意に逸脱する。その逸脱の瞬間と持続がとてもスリリングなのである。
 穏やかなミニマリズムが微かなグリッチ音の介入によって僅かなズレと逸脱を生む“dial sun”、遠い夜の世界に響くような打撃音とざわめきのようなノイズが交錯する“granit”と“salute”、生成と消失を反復し空虚の中の清冽さを鳴らすミニマル/ドローンの“mica”、12分に及ぶ長尺のなか(本作の重要曲のはず)、さまざまな音と音が微かに触れ合うように蠢き、変化を遂げる“solareo”、冒頭の“dial sun”と対を成すような“dial moon”の何かを叩くような乾いた音と電子音の反復。
 これら全5曲を聴き終えたとき記憶と耳に残るものは、鉄を軽く叩くような乾いた音であった。柔らかな夢のような持続音、密やかなノイズ、環境音のミニマルな断片、それらのサウンド・エレメントが「音楽」として丁寧に織り上げられていることへの静かな驚き……。それは人が持っている原初の音の記憶のようだ。

 音に触れて、音のなかに潜むもうひとつ音を鳴らすこと。その存在を許容するように生成すること。ここには観念より、より具体的な音の手触りがある。それは、どこか「夜の音」のようだ。「夜」という時空間において、見慣れた木々がまた別の存在感を放つように。
 本作は紛れもなくミキ・ユイの最高傑作である。だが、そんな大げさな形容に意味はない。ただ、音を聴くこと、その秘密を聴くこと。リスニングの魅力と贅沢がここにあるのだから。

Orange Milk - ele-king

 これから我々はどこに行くのだろうか? ヴェイパーウェイヴ以降において、もっとも先鋭的なレーベル、〈Orange Milk〉が日本に来る! ん? サイバースペースを使ってではなくて……そのレーベル主宰のGiant ClawとSeth Grahamによる待望のジャパン・ツアーが開催される! ツアーに合わせ未発表音源を詰め込んだ日本限定のコンピや物販も会場にて販売されるようだ。ツアーは、東京、大阪などを含む全6公演が行われ、食品まつり a.k.a foodman、CVN、mus.hiba、koeosaeme、dok-s projectなどの国内アーティストも参加する。各公演のフルラインナップが発表されているのでチェック!

interview with Kamaal Williams - ele-king

 まずは“Catch The Loop”を聴いてくれ。


Kamaal Williams
The Return

Black Focus/ビート

Broken BeatJazzFunk

Amazon

 ジャズ・ファンクにはじまり、ヒップホップ・ビートに転じるこの展開はそうとうに格好いい。この曲を聴けば、カマール・ウィリアムスのアルバム『ザ・リターン』への期待も膨らむというものだ。もう1曲チェックして欲しいのは、“Salaam”という曲。ドラム、ベース、そしてキーボードというシンプルな構成を土台に、この音楽はアクチュアルなファンクを描く。ときには突っ走り、ときにはスローに展開するが、エネルギーが損なわれることはない。
 さて、カマール・ウィリアムスとはヘンリー・ウーの本名で、ヘンリー・ウーとはこの2〜3年のUKのディープ・ハウスを追っているファンのあいだではわりともうビッグネームである。生演奏のときはカマール・ウィリアムス、打ち込みのときはヘンリー・ウーというわけだ。中国系とアラブ系の両親を持つ彼は、多人種が暮らしている南ロンドン・ペッカムで生まれ育ったトラックメイカーであり、キーボード奏者。10代前半でヒップホップにはまって、やがてごくごく自然にロイ・エアーズやロニー・リストン・スミスやドナルド・バードなどを聴き漁るようになった彼のバイオ的な話は、別冊エレキングのジャズ特集「カマシ・ワシトン/UKジャズの逆襲」に長々と収録されているので、宣伝になってしまうが、ぜひそちらを読んで欲しい。生粋のペッカムっ子である彼が、ペッカム出身ではない人間が運営する〈Rhythm Section International 〉において、なぜ「Good Morning Peckham」なるEPを出したのかというエピソードは、自分が言うのもなんだが、じつに面白い。
 以下に掲載するインタヴューは、誌面に載せきれなかった部分であるが、これを読んでいただければ、フィーリングはつかめると思う。カマール・ウィリアムスたちのコミュニティがどんな感じで、この音楽がどんな風に生まれたのか──それではweb版「UKジャズの逆襲(2)」、カマール・ウィリアムスのインタヴューをどうぞ。

あの手の音楽をいまの時代に持ち帰ってきて、新たな聴き手に提示する、そうやって再びクールなものに、いまの人びとにとっても今日性のあるものにしたい、そういう責任を感じた。で……自分はその役目を果たしたな、そう思っていて。だからだしね、バグズ・イン・ジ・アティックに4ヒーロー、それにベルリンのジャザノヴァみたいな人たち、彼らがみんな、俺を「同類」と看做してくれるのは。

とてもムードがある作品だと思いましたが、今作においてあなたが重視したのはどういった点でしょうか?

KW:俺たちが重視したのは……まず何よりも、「自分たちはある時間のなかのある瞬間を捉えようとしているんだ」っていう、そのアイディアだね。

ああ、なるほど。

KW:ある時間のなかに生じる瞬間、それを捉えるのは、俺からすればもう……本当の意味での「旅路」だったからね。っていうのも、まず第一に……俺はユセフ・カマールを作り出して、あれは本当にビッグなものになったけれども、にも関わらず、(YK解散によって)俺はまた一からやり直さなくてはいけなくなったわけ。だから、作品にあるエネルギーやエモーション、それらは部分的には悲しみだったし、葛藤でもあったし、と同時に歓喜も混じっていた、と。というのも、俺は自分を改めて発見しなくちゃならなかったからね。自分でも思ったんだ、「人びとは俺のことを信じていないな」と。だから、みんな疑っていたんだよ、「ヘンリー・ウーはこれで終わった。あれが彼の絶好のチャンスだった、ユセフ・カマールが彼のひとつっきりのチャンスだったのに」って具合に。

それは厳しいですね……。

KW:ほんと、そう言われていたんだよ。「せっかくのチャンスをあいつは潰してしまった」って風に。メイン・ステージに出ることができて、みんなが音楽に耳を傾けていたのに、ユセフ・カマールは解散してしまった、と。で、そこからどうやってお前にカムバックができるんだ? と。

あらためて自分の実力・力量を証明しなくちゃならなかった、と。

KW:そう、そういうこと。「ファイト」だった。だからあのアルバムは自分を再び証明する、そういう作品だし──とは言っても、別に他の連中に自分を証明するってことではなくて、自分自身に「自分はやれる」と証したかっただけだけどね。それもあったし、神に対しても自分を証明したかった。だから、「神よ、もう1回俺たちにチャンスを与え給え」と……そうやって、どうぞ自分に家族を支えていけるようにしてください、と。っていうのも、音楽が俺の生き方なんだし、音楽の面でうまくやっていけないと、自分には何もないからさ。

(笑)それってもう、いにしえのジャズ・ミュージシャンみたいな生き方ですよね。

KW:(苦笑)。

アルバムに参加したメンバーについて教えて下さい。ドラムのマクナスティとベースのピート・マーティンについて教えて下さい。彼らはどのようなミュージシャンなのでしょうか?

KW:マクナスティは友だちで、彼とは8年来の付き合いだね。一緒にプレイしたことがあって……一緒にいくつかショウで共演したんだ。で、会ってその日に即、すっかり意気投合して仲良しになってさ。「わぁ、こいつ良い奴!」みたいに、たちまちお互いに親愛の情が湧いたんだ。だから、たまにいるよね、会ってすぐに「うん、こいつとは理解し合える」って感じる、そういう相手が。

ええ。

KW:で……でも、彼とは8年音信不通でね。いや、っていうか、共演した後の7年間かな、それくらいコンタクトをとっていなかったんだ。彼も忙しかったし、子供が3人いる人で、南アフリカに住んでいて。で、ユセフ・カマールが解散したとき、彼に電話をかけたんだよ。「マクナスティ、いまどこにいるんだ?」と。彼の返事は「南アフリカに住んでる」ってもんで、俺は「どうしてもお前に南ロンドンに戻って来て欲しい」と。「俺のために、ひとつギグをやってくれないか?」と。で、「自分にはすごく大事なギグが控えていて、細かいことをいまここでいちいち説明している余裕はないんだけど、お前がロンドンに来てくれたらすっかり説明してやるから、とにかく来い」と(苦笑)。

(笑)はい。

KW:彼は「ほんとにぃ? マジな話なの、それって?」と怪しんでいたんだけど、俺は「いや、これはマジにシリアスな、めちゃ大事な話だから!」と。

(笑)。

KW:で、彼に言ったんだよ、「(彼がロンドンにいた)2010年以降、いろんなことが起きたんだって!」と。だから、あの頃とは違って、俺は自分自身のプロジェクトをやっていて、自分の拠点も持っているし、サクセスも掴んでいるんだよ、と。彼はそういった過去数年の変化をまったく知らなかったんだ。というわけで、彼は南ロンドンに戻ってきてくれた、と。で、彼が戻ってきて……彼に会ったのはキングス・クロス&セント・パンクラス駅だったな(※同駅はユーロスターの発着所のひとつ)。

はい。

KW:で、俺たちはそのままブリュッセル、ベルギーに向かうユーロスターに乗り込んだ、と。ってのも、俺が話していた「ギグ」の第一弾は、ブリュッセル公演だったから。彼に言ったんだよ、「イギリスに戻ったら、そのままキングス・クロス&セント・パンクラスに直行してくれ」と。ってのも、ブリュッセル行きの列車が発車するまで10分しか余裕がなかったから。

ハハハハッ!

KW:(笑)で、彼はホームに走ってきて、「来たよ!?」と。そんなわけで、俺たちは列車に間に合って──

(笑)。

KW:その晩のギグに向かった、と。会場に直行して、そこでサウンド・チェックをやることになったんだけど、会場は広くてね。キャパは1000人くらい。で、会場を前にして、マクナスティは「おい、本当にここでいいのか? 住所間違ってるんじゃない?」みたいな。

(笑)。

KW:こっちは「イエス! 俺たちは今夜ここでプレイするんだよ」と答えたわけ。そしたら、マクナスティが「以前、自分もここでプレイしたしたことがあるよ」と教えてくれてね。何年も前の話だけど、彼は当時人気のあった、すご〜〜くビッグなポップ・アーティスト、キザイア・ジョーンズって人のバックで演奏したことがあったんだよ。

ああ、覚えてます。

KW:……(苦笑)で、マクナスティに「なあ、ヘンリー? なんだってお前はこの会場、キザイア・ジョーンズと同じヴェニューでライヴをやれるようになったんだ??」と訊かれたから、俺は言ったんだ、「ギグにようこそ! いらっしゃいませ!」と。

(笑)。

KW:(笑)。で、そのショウを終えた後……彼はすっかり状況を気に入ってしまってね。「すごい、信じられない!」みたいなノリで、バンドに残る、と言ってくれて。ロンドンに戻るし、このギグは続けたい、と。そんなわけで、その後の12ヶ月間、彼は俺のドラマーになってくれた、と。

ピートはどうですか?

KW:ピート、彼は……当時はトム・ドゥリーズラー(YKのメンバー)がベースを弾いてくれていたんだけど、ギグを2本終えたところで、トムが言ってきたんだよ、「どうだろう、自分はこのギグには不向きな気がするんだけど」と。ってのも、変化したからね。マクナスティが加わったことでリズムが変わったし、ヴァイブも変わった。だから俺たちは、誰か……新しいヴァイブにフィットする人間を見つけてこなければならなかった、と。そしたらマクナスティが「ぴったりの人材を知ってる」と言い出して。「その人は6年近くプレイしていないし、彼の連絡先も知らないけど、とにかく探し出そう」ということになって。そこで彼の連絡先を突き止めて、マクナスティが彼に電話してっていうね。

ああ、そういうことだったんですね。

KW:で、ピート、彼は俺たちよりもずっと歳上でね。彼は50歳なんだ。90年代末から00年代にかけて、コートニー・パインともプレイしたことがあったんだよ。

わーお。

KW:だから、コートニー・パインのバンドのベーシストだった、と。それにピートはデニス・ロリンズ、フランク・マッカムといった優れた面々ともプレイしてきた、そういうUKベーシスト界のレジェンドみたいな存在なんだけど、長いこと活動していなかった、もうギグはやらない、という状態にいたんだよ。ところがマクナスティが「これは特別だから!」と彼を説得して。
 で、この作品のストーリーにはマクナスティの帰還って面も含まれていて、彼が音楽の本当のエッセンスに帰ってきた(returning)、という。ってのも、彼はここ10年近くポップ・ミュージックをプレイしていたし、だからこれは彼が本当に愛する音楽に帰還した、という意味でもあるんだ。それはピート・マーティンにしても同じことで、彼もまた、彼の愛する音楽のエッセンスに回帰を果たした、という。
 ってのも、忘れちゃいけないのは、ピート・マーティンは70年代に育った人だし、ウェザー・リポートにハービー・ハンコックに……だから、彼はああいうレコードが発表された当時、まさにその頃にベースを学んでいたっていう。俺が後にHMVで買いあさっていたああいうレコード、ドナルド・バードだとか(※別冊ジャズ特集参照)、ああした作品が世に出た頃に彼はもうこの世に生きていて、ああいうベースラインを自分のベッドルームで弾いていた、っていうね。
 だから、彼からすれば「おおー、こういう音楽がまだいまの時代に存在するのか!」ってもんだったし、マクナスティにとってもそれは同じだった。俺としては「カムバックするぞ」という思いだったし、映画みたいなものにしたいな、と。
 だから、俺たち3人が集まった経緯も映画っぽかったし、そこで「オレたちにはまだもうひとつ、やり残した仕事がある」みたいな。そんなわけで、とてもエモーショナルな作品なんだ──っていうか、俺は毎回音楽を通じて自分のエモーションをチャネリングさせているんだけどね。決してただ単に「こういうサウンドの音楽を」ってだけの話ではないし、その音楽をプレイしていて、そこで自分は何を感じているのか、自分は何を考えているのか? そこだからね。で、あそこで考えていたのは、「これが自分に残されたすべてなんだ」ってことで。だから、「もしもこれが俺にとっての生き残っていくための術(すべ)であるのなら──どうか神様、お願いです、俺にチャンスを与えてください」と。そして、「どうか、この音楽が聴く人びとにとって何か意味を持つものにしてください」と。この音楽をプレイすることで、人びとに何かをお返ししたい、そうやって聴く人びとが喜びを感じ取ったり、あるいは彼らに安心感を与えられれば、と。

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ああ、シャバカ! シャバカはレジェンドだよ! 彼とは2009年に一緒にプレイしたことがあってね、ブリクストンで。ちょっとしたジャム・セッションを彼とやったんだ。だから彼のことは知ってるし、彼は本当に長いことプレイしてきた人だし、うん、ものすごくリスペクトしているよ。とても、とてもリスペクトしている。

お話を聞いていると、あなたは「松明を受け渡す」ということにとても意識的みたいですね? あなた自身のヘリテージはもちろん、ジャズからダンス・ミュージックに至る長く多岐な歴史、その歴史を受け継ぎ、そして未来の世代に渡していこうという、その意識はあなたの音楽的なDNAなのかもしれません。

KW:うん、その点は間違いなくあるね。

どうしてそういう意識が強いんでしょう? その「伝統の継承」が、現在のシーンには欠けているから?

KW:うん、だから、どこかにそういう人間がいなくちゃいけない、というか……思うんだよね、要するに、デジタル音楽が一般的になって──ダウンロード、ストリーミングなんかが発展していった時期……2006年後期から2008年くらいの時期だったと思うけど、あの時期に、たくさんの音楽やアーティストが消えてしまったんじゃないか?と。たとえばバグズ・イン・ジ・アティックとか、アシッド・ジャズ系のアーティストとか。というのも、あの時期はまだいまみたいなソーシャル・メディア網が存在していなかったし、彼らのようなアーティストたちにはソーシャル・メディアという手段がなかったわけ。

なるほど。

KW:彼らは違う世代から出て来た人びとだし、彼らはこの、新たに変化した音楽産業にどう適合していいか、そのやり方を知らなかった。そんなわけで、彼らのような世代のアクトたちは(デジタル・メディア/音楽の世界から)姿を消してしまったんだよ。だから、俺の系統の元にあった人たちはみんな消えてしまった、みたいな。
 対して俺は、ソーシャル・メディア時代に生まれた、っていうか、ぎりぎりその世代に含まれる時期に生まれたわけだよね。だから自分は新世代の人間だし、でもああしたかつての音楽を聴いていた、と。そこで感じたんだよ、責任感を。あの手の音楽をいまの時代に持ち帰ってきて、新たな聴き手に提示する、そうやって再びクールなものに、いまの人びとにとっても今日性のあるものにしたい、そういう責任を感じた。で……自分はその役目を果たしたな、そう思っていて。だからだしね、バグズ・イン・ジ・アティックに4ヒーロー、それにベルリンのジャザノヴァみたいな人たち、彼らがみんな、俺を「同類」と看做してくれるのは。
 というのも、俺の音楽を聴けば、彼らにも俺が彼らの音楽を聴いてきたこと、彼らの音楽を聴いて育ってきたのがわかるだろうし、しかも、いまや俺は彼らを再びシーンに引き戻すこともできる、と。今後、自分のレーベル、〈Black Focus〉からアフロノートのアルバムを出すつもりだし、カイディ・テイタムやマーク・フォースのアルバムも出そうと思ってる。そうやって、彼らを新しい時代に生き返させることで、自分の受けてきた彼らからの影響に敬意を表したい、ということなんだ。

“Rhythm Commission”のようなディスコ調のファンク、こういうリズムはペッカムのハウス・シーンのトレードマークのひとつと見て良いと思いますか? 〈Rhythm Section International〉あたりから出てくるサウンドもこのようなリズムが多く見られます。

KW:っていうか、あれは「ペッカムのトレードマーク・リズム」じゃなくて、「ウーのトレードマーク」なんだよ。

(笑)なるほど、了解です。

KW:(笑)だから、ヘンリー・ウーのトレードマークってこと! あれが俺のシグネチャー・サウンドの鳴り方なんだ。アルバムのなかに何か、橋渡しをするもの……ジャズ・ファンクとハウスとの間のギャップを繋げるもの、そういうものを入れたかったからね。だからあの曲は、むしろ「ヘンリー・ウーのチューン」、「ヘンリー・ウーのビートが鳴ってる曲」みたいな。だからなんだよ、あの曲をアルバムに入れたかったのは……アルバムはもちろんバンドと作ったけれども、あの曲を含めることで文脈の繫がりを見せたかったっていうか、「ほらね、(名義は違うけれども)中身は同じなんだよ」と。だから本当に、聴き手にこのアルバムをじっくり聴いて欲しいと思っていて。エレクトロに聞こえることもあれば、ジャズ・ファンクな面もあって、新しいんだよ。だから、ただ単に(昔ながらの)「ジャズ・ファンク・アルバム」ではないし、モダンなサウンドやシンセも入っている。わかるよね? だから、フレッシュなものにしたかったんだよ。

“LDN Shuffle”に参加しているマンスール・ブラウン(Mansur Brown)ですが、彼はTriforceで演奏して、今年のはじめに出たコンピレーション・アルバム『We Out Here』にも参加していますよね。

KW:うん。

で、あなた自身はシャバカ・ハッチングスやジョー・アーモン・ジョーンズなんかとも繋がりはあるのでしょうか?

KW:ああ、シャバカ! シャバカはレジェンドだよ! 彼とは2009年に一緒にプレイしたことがあってね、ブリクストンで。ちょっとしたジャム・セッションを彼とやったんだ。だから彼のことは知ってるし、彼は本当に長いことプレイしてきた人だし、うん、ものすごくリスペクトしているよ。とても、とてもリスペクトしている。ジョー・アーモン・ジョーンズ、彼は逆にすごく若い世代って感じの人で──

エズラ・コレクティヴをやっている人ですよね?

KW:そう、エズラ・コレクティヴ。で……彼はもっと若いし、グレイトな、ファンタスティックなミュージシャンだと思う。すごく優れたキーボード奏者だよ、彼は。ただ、シャバカは……彼のことは本当に昔から覚えているし、だからそんな彼がいまや有名になって雑誌の表紙を飾ったりするのを見るのは、俺も本当に嬉しいんだ。彼に対してとても良かったな、と思う。ってのも彼は実にハードに働いてきた人だからね。10年経ってもまだがんばって活動を続けている、そんな人がいまや成功を収めるようになった、そういう光景を見るのは俺には最高なんだ。そういうのを眺めるのは大好きだね。

“Broken Theme”のような曲もまた、あなたなりのブロークン・ビーツの挑戦ということだと思うのですが、カイディ・テイタムやディーゴのようなオリジナル世代からの影響はありますか?

KW:うん、それは確実にそう。彼らからはものすごい、ビッグな影響を受けたよ。ああいう連中は……だから彼らは、いまの俺がやっていること、それと同じようなことを過去にもうやっていた、みたいな。もちろん、彼ら独自のスタイルで、ね。彼らみたいな人たちがほんと、フュージョンの手法を開拓していったんだし……っていうか、ディーゴ、彼はドラムン・ベースのオリジネイターだったからね、彼があれを見つけたっていう。彼みたいな人たちだったんだよ、ドラムン・ベースをはじめていったのは。で、それが後になってブロークン・ビートの一部になっていったわけだし、一方でカイディはちょっと若い世代で、だから彼はブロークン・ビートにそのまま入っていって……カイディはアメイジングな人だよ。ってのも、彼はライヴでの演奏もできるし、しかもビートも作っていたから。だから彼は、俺みたいなアーティストなんだよな。

なるほどね。

KW:でも、カイディに関して言えば、彼はバンドとのライヴ・アルバムを1枚も作ったことがなくてね。で、俺は「彼があのバンドとのライヴ作品を作っていてくれたらなぁ」と思ってしまうんだ。というのも、彼がバンドとやったライヴは何回も観たし、どのショウも素晴らしくて。だから「なんで彼はあのバンドとの生演奏のライヴ、あのショウを作品化しなかったんだろう? 惜しい!」と。そんなわけで、俺はいまだにカイディにお願いし続けているんだよ。「カイディ、ぜひライヴ・アルバムを作ってくださいよ」って。

今作を作るにあたって、70年代のロイ・エアーズであるとかロニー・リストン・スミスのような人たちの作品を参照しましたか?

KW:ああ、そういう人たちみんな、だね。アルバムのサウンド、そして自分たちがどんなものをプレイしたいか、その面で大きな影響だった……それから、ヴァイブなんかも。まあ、俺が本当に一番好きな時代、それは70年代だ、みたいなもんだしね。ロニー・リストン・スミス、ロイ・エアーズ、ハービー・ハンコック、ウェザー・リポート……ああいったレコードは、俺のオールタイム・ファイヴァリットなんだ。

カール・クレイグのインナーゾーン・オーケストラの作品なんかはあなたの今作『ザ・リターン』とも似たムードを持っているんじゃないでしょうか?

KW:なるほど……。でも、正直なところ、彼らのアルバムはちゃんと聴いたことがないんだよ。だから何とも言えないけど、うん、もちろんカール・クレイグはよく聴いてきたし、彼の音楽がどういうものかは知っているけど、そのアルバムは聴いたことがないな。

なるほど。いや、あなたの友人であるK15はデトロイトのカイル・ホールのレーベル〈Wild Oats〉からも作品を出していますよね。なので、そういうデトロイト繫がりがあったのかな? と。

KW:ああ、まあ、俺はデトロイトの音楽は何でも好きだしね。それに、K15(ケー・ワン・ファイヴ)、彼はたしかにモロにそういう感じだし、彼はデトロイトから強く影響を受けているから。

ヒップホップで育ったあなたがラッパーとは組まないのは何故でしょうか?

KW:いや、ラッパーと仕事はしているんだけどね。ただ、これまでの段階では、まだちゃんとしたものはやっていない、というか……作品はまだ何もリリースしていないんだ。というのも(やや慎重に言葉を選びながら)──UKラッパーたちというのは、いずれ俺も一緒にやっていきたいと思っているけれども……自分は過去にもうやってしまったことだからね。ガキの頃、成長期の若かった自分の背景はUKラップにあったわけで、それはもう自分はやり終えたことだ、みたいな。そこから自分は前進・発展していったと思っているし……それにUKヒップホップは、現時点ではそんなに良い地点にいないんじゃないか?と思ってもいて。俺が大きくなっていった時期、あの頃のUKヒップホップはすごく良かったけれども、いまではMC云々という意味で言えば、むしろグライムの方が「UKの声」になっていると思うし。でも、いずれ将来的にはMCやラッパーと仕事したいと思っているよ。

さきほども話に出ましたが、あらためて訊くと、アルバムのタイトルの『ザ・リターン』とは何を意味しているのでしょうか?

KW:俺たちの帰還──音楽の本当の意味でのエッセンスに回帰していくこと、音楽の純粋さに立ち返る、ということなんだ。だから、俺は、俺は……自分のハートに戻っていくんだ、と。自分のハートに響く音楽に戻っていく、というね。それに、一緒にプレイしてくれるグループ、彼らとも素晴らしいコネクションを結べているし、とにかくポジティヴなんだ。これはポジティヴな帰還だよ。……それに、ちょっと映画っぽいよね? だから、俺はブルース・リーの映画『Return of the Dragon』(※『ドラゴンへの道』のアメリカ公開タイトル)が好きだし(笑)。だから、そういう面も少しある作品なんだ、映画みたいに作った、という。

K15とのWu15プロジェクトでの作品は予定されていますか?

KW:うん、ぜひやりたいね! ってのも、日本のブラザーたちがこのアルバムを気に入ってくれるのは自分でもわかるし、俺が日本に行くと彼らはK15も聴いてくれていて……K15は俺の大親友のひとりなんだ。だから、彼と俺とで一緒にアルバムをやることになった暁には──それはきっとすごくスペシャルなものになるはず。で、そのときは間違いなく、東京にいるブラザーたちが真っ先にそのニュースを知るようにするよ! うん、なるべく早くKu15のアルバムを作れたら良いな、そう思ってる。

※なんどもうるさいですが、このインタヴューの前半は、5月30日発売の別冊エレキング『カマシ・ワシントン/UKジャズの逆襲』に収録されております。カマール・ウィリアムスの良い兄さんぶりをぜひ、そちらでもチェックしてください。

Interpol - ele-king

 00年代前半、ポストパンク・リヴァイヴァルの波に乗って登場し、いまやNYを代表するバンドにまで成長したインターポール。昨年は、彼らの出発点となるファースト・アルバム『Turn On The Bright Lights』(Other Musicで売れたアルバム100枚のなかでは17位にランクイン)から15周年ということもあり、ロンドンにて同盤を丸ごと再現したライヴがおこなわれたが、去る5月11日にそのライヴを題材にしたドキュメンタリー映像が公開されている。

 バンドは先週、デヴィッド・ボウイの画像をあしらった謎めいた写真をInstagramに投稿してもおり、これを受け『NME』は、2014年の『El Pintor』に続く6枚目のフル・アルバムの発表が近づいているのではないかと報じている。

Interpolさん(@interpol)がシェアした投稿 -


 ちなみに『El Pintor』のリミックス盤にはファクトリー・フロアやティム・ヘッカーといった興味深い面子が起用されていたけれど、そういったアーティストからのフィードバックがあるのかも気になるところ。続報を待とう。

Huerco S. - ele-king


Pendant
Make Me Know You Sweet

West Mineral

Ambient Musique ConcrèteExperimental

Bandcamp

 かつてOPNの〈Software〉からファースト・アルバムを発表し、以降その独特のロウファイなサウンドで10年代のエレクトロニック・ミュージックに一石を投じてきたフエアコ・エスことブライアン・リーズ。今年の頭には新たにレーベル〈West Mineral〉を起ち上げ、ペンダント名義の新作も発表したばかりの彼がこの5月、なんとも絶妙なタイミングで来日を果たし、東京・大阪・富山をめぐる全4公演のツアーを開催する(5/11と5/12の公演では、フエアコ・エスと共演者のアンソニー・ネイプルズによるカセットテープも販売されるとのこと)。そんな来日直前の彼が急遽われわれの取材に応じてくれた。以下その言葉をお届けしよう。


Central park 2017, credit: Mathilde Chambon

まずHuerco S.という名義についてなのですが、発音が難しく、日本語で表記するとしたら「ホアコ・エス」でしょうか?

Huerco S.(以下、HS):いろんな発音で名前が呼ばれるのを僕自身とても楽しんでいるよ。イタリアのナポリ語が由来で、正確には「フー・エア・コ・エス」さ。

カンザスシティご出身とのことですが、どのような街なのでしょう? その街はあなたの音楽に影響を与えていると思いますか?

HS:生まれ育ったのはカンザスシティではなく、そこから車で1時間ほど離れたユーポリアという郊外なんだ。19か20のときに街のほうに移ってから、いわゆる「シティライフ」と呼ばれるものを体験するようになって、週末は友だちと一緒に、倉庫で開かれるとあるレイヴ・パーティに遊びに行ったね。あそこで初めて、テクノやクラブ・ミュージックとか、そういった類の音楽に触れたんだ。

音楽を作り始めることになったきっかけはなんでしたか?

HS:10代の頃にバンドをやっていたんだけれど、17歳のときに他のメンバーたちとうまくいかなくなって、それぞれが自分のやりたいことにシフトしていったんだ。ちょうどそのとき、叔母を訪ねてフランス旅行に出た前のバンドのドラマーが戻ってきて、向こうで覚えたドラムンベースとエクスタシーを僕に教えてくれてね。それからすぐに、FL Studioの初期のソフトをネットからタダで拾ってきて、母親のパソコンでいじるようになったのさ。そこから始まってもう10年以上、自分がいわゆる「エレクトロニック」な音楽を作り続けているなんて信じられないね。

現在の活動の拠点はニューヨークですか? 他のニューヨークの実験的なエレクトロニック・ミュージックの作り手たちとは交流があるのでしょうか?

HS:ああ、いまはクイーンズのリッジウッドに住んでいるよ。人が集まるという意味ではニューヨークはたしかに途方もなく大きな都市に見えるけれど、「シーン」自体はそこまで大きくはないんだ。僕がプレイするのはおもにヨーロッパで、じつはそれほどニューヨークですることはないんだけれど、たくさんの友だちのミュージシャンが地元に関わっているし、街にいるときは彼らと一緒にプレイしているよ。全体的に見てアメリカは、複数のシーンがまとまるよりも、個々の部族意識みたいなものが強いと思うけれど、それもいま変わりつつある。ノイズやパンク、メタルといった音楽と、テクノの境界がニューヨークではもはや消えつつあるというひとつの例のようにね。

あなたの音楽にはロウファイさ、あるいはくぐもった感じ、こもったような感じがあります。そのような音色を追求するのはなぜですか?

HS:僕自身もわからないよ。はじめはいくつかのプロセスを経て、そういった誰かが作った「既存」の音を模索していたけれど、いまはもう自身の一部だから。音と自分が一体になっているというか。音がそのままの僕を表しているのさ。


Kansas city 2017, credit: Mathilde Chambon

1月にはPendant名義で新作『Make Me Know You Sweet』がリリースされましたが、そこではミュジーク・コンクレートの手法も導入されており、鳴っている音がこれまでとは異なっているように感じました。本作のリリースにあたって新たにレーベル〈West Mineral〉も立ち上げていますが、音楽家として何か大きな変化を迎えたのでしょうか?

HS:それほど大きな変化はなくて、より純粋に音の探求を拡げていった結果さ。ミュジーク・コンクレートにはたしかに影響を受けている。この2年半多くの時間をパリで過ごして、僕の彼女のおかげで、音楽を超えた音の世界に興味を持つようになったんだ。
このPendantでの作品は、しばらく時間をかけて僕がこれから向かおうとしているものだ。前作の『For Those Of You Who Have Never』(2016年)をリリースしてから、僕を気に入ってサポートしてくれた人たちには感謝しているけれど、これからは「アンビエント」的と言われるような安らぎのあるものではなく、メロディから離れて、より深い音を掘り下げていきたい。ダークなものを作りたいね。

そのアルバムの曲名はすべて記号になっていますが、これには何か意味があるのでしょうか?

HS:架空の空港コードなんだけれど、取り立てて意味はないよ。

音楽には聴き手を楽しませたりリラックスさせたりする側面と、聴き手に何かを考えさせる側面があると思うのですが、ふだんあなたはどのように音楽を聴いていますか? たとえば「自分ならこの音はこうする」のように職業的な耳で聴くのでしょうか?

HS:どちらの側面からもだね。それは聴いている音楽にもよるし、聴いている時に頭の中で考えていることにもよると思うよ。ここ8ヶ月はほとんどハウスやテクノには触らず、トラップやメンフィス・ラップ、デスメタルをよく聴いていて、それぞれから思いつくことがいろいろあった。現行のヒップホップも純粋に好きだし、新しいアイデアを発見できるという理由もあってよく聴くね。そうしたものをポップ・ミュージックだと一言で片付けて無視する人もいるけれど、頭でっかちな電子音楽よりもはるかに未来的だし、真実味があると思う。

あなたはHuerco S.やPendantの他にもRoyal Crown Of Swedenという名義ではハウスを作っていますが、それぞれの名義にはコンセプトやテーマがあるのでしょうか?

HS:プロジェクトの名前はすべてオリジナルがあって、それぞれに異なった意味があるのさ。たとえばMio Mioのレコードはリカルド・ヴィラボロスのスタイルのようなものを作りたくてあの名前を思いついたし、The Royal Crown Of Swedenは祖母のスウェーデンの家系と、フランスのハウスのレ・ナイト・クラブとクリムダールに敬意を評してつけた名前。Loidisはリーズという街のもともとの名前に由来しているよ。

ファースト・アルバムの『Colonial Patterns』(2013年)はOPNの〈Software〉から発表されましたが、そのときは彼からオファーがあったのでしょうか?

HS:うん、あのレコードは、あのときの他の作品と同じように、SoundCloudがきっかけだった。ダニエル(・ロパティン)のアカウントからダイレクト・メッセージを送ってくれて、リリースすることになった。そのときすでに僕は彼のファンで、カンザスに住むひとりの男子がOPNと一緒にレコードを作れるなんて、ほんとうに光栄だったよ。

その後のOPNの音楽は聴いていますか? 彼の音楽についてどう思いますか?

HS:KGB ManChuck Person名義の初期作品、それにローランドのJunoを使った作品はすべて大好きだよ。『R Plus Seven』を出して以降は、個人的にはあまり興味のない方向に行ってしまったけれど、彼のことは尊敬してる。

音楽家としてのいまのあなたを形作る契機となった、重要なアーティストを教えてください。

HS:エリアーネ・ラディーグ、アクトレス、ヴラディスラフ・ディレイ、ミカ・ヴァイニオ、ジャマール・モス、エレクトロ・ミュージック・デパートメント、スリー・シックス・マフィア、ロバート・アシュリー、トーマス・ブリンクマン、ジョン・ハッセル、横田進、マーカス・ポップ、キャバレー・ヴォルテール、リュック・フェラーリ、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、DJスクリュー、ウォルド。

あなたの音楽をひとつのジャンル名で括るのは難しいですが、アンビエントからは大きな影響を受けているように思います。ブライアン・イーノが創始した「アンビエント」というスタイルまたはコンセプトについてはどうお考えですか?

HS:多くのアーティストは既存のカテゴリに分類されるのを嫌うけれど、聴き手の観点から見て、その気持ちはとても理解できるよ。ただ僕はブライアン・イーノのような、クラシックで、BGM的な発想のアンビエントを作りたくて始めたわけではないし、むしろそうした既存の概念を拒むようなものを作りたいと思っている。
Pendant名義のアルバムをBoomkatが「中間の音楽(Mid-ground Music)」と称してくれたけど、それこそがまさに自分の追求したいものなんだ。音楽のヒーリング力は無視できないし、自分も恩恵を受けているけれど、いわゆる「無害」や「和やか」、「静けさ」みたいな言葉で形容できるような、アンビエントのクリシェには陥りたくないのさ。


Tokyo,liquid room 2015,credit: anthony naples

今度の5月23日、ブルックリンで高田みどりと共演されますね。昨年は彼女の作品がリイシューされ話題となりましたが、彼女の音楽はどのようなところがおもしろいと思いますか?

HS:彼女の音楽はとてもクリエイティヴで、パフォーマンスにも強いエネルギーを感じる。一緒に演奏できることが嬉しいし、何より人びとが彼女の作品にふたたび注目を集めていることを光栄に思う。ときを経ていろんなアーティストやスタイルが繋がっていくということにはすごく興味があるんだ。

昨年は他にも吉村弘がリイシューされたり、あるいはヴィジブル・クロークスのアルバムが人気を博したりと、アンビエントやニューエイジが盛り上がりましたが、ご自身の音楽もそういった潮流とリンクしていると思いますか?

HS:僕の音楽が吉村弘や、当時の日本のアンビエント・ミュージックに大きな影響を受けていることはたしかだ。前作の『For Those Of You Who Have Never』を聴けばメロディに軸を置いていることからもわかるようにね。でもそれがすべてではなくて、あらゆるところからインスピレイションを受けているよ。

(質問:小林拓音 翻訳:◎栂木一徳)(「◎」は木へんに父)

Huerco S.(フエルコ・エス)来日情報

■5/11(金) UNIT
C.E presents

ANTHONY NAPLES & HUERCO S. (B2B)
LOW JACK
NGLY (Live)
KEITA SANO (Live)
DJ HEALTHY
CHANGSIE
JR

※Anthony NaplesとHuerco S.のカセットテープ販売もあり。

Friday 11 May 2018(2018年5月11日金曜日)
Open / Start: 11:30 PM
Venue: UNIT www.unit-tokyo.com
Advance ¥2,800 / Door ¥3,500
Tickets available from Resident Advisor / Clubberia / e+
※20歳未満の方のご入場はお断り致します。年齢確認のため顔写真付きの公的身分証明書をご持参願います (Over 20's Only. Photo I.D. Required.)

■5/12(土) CIRCUS Osaka
C.E presents

ANTHONY NAPLES & HUERCO S.
LOW JACK

※Anthony NaplesとHuerco S.のカセットテープ販売もあり。

Saturday 12 May 2018(2018年5月12日土曜日)
Open / Start: 11:00 PM
Venue: CIRCUS Osaka circus-osaka.com

Advance ¥2,500 / Door ¥3,000
Tickets available from Resident Advisor / Clubberia / Peatix
※20歳未満の方のご入場はお断り致します。年齢確認のため顔写真付きの公的身分証明書をご持参願います (Over 20's Only. Photo I.D. Required.)

■5/13(日) The local
The Local presents Anthony Naples B2B Huerco S.

[Guest DJ]
Anthony Naples & Huerco S.
[LOCAL DJ]
DJtaiki/CJ/□△○

Open / Start: 18:00 PM
Venue: The local
Entrance: ¥2,500

■5/17(木) SuperDeluxe
Huerco S. Live with Yoshio Ojima & Satsuki Shibano and Ultrafog

[Live]
Huerco S.
尾島由郎 & 柴野さつき
Ultrafog
[DJ]
荒井優作
Refund
DJ Healthy

開場 / 開演: 19:00
会場: SuperDeluxe www.super-deluxe.com
料金: 予約¥2,500 / 当日¥3,000(ドリンク別)
チケット予約: スーパーデラックス / RA

interview with Joe Armon-Jones - ele-king


Joe Armon- Jones
Starting Today

Brownswood/ビート

JazzSoulFunkAORDubBroken Beat

Amazon

 ジョー・アーモン・ジョーンズは、UKジャズの新世代を代表する20代半ばのピアニストであり、先日リリースされた彼のデビュー・アルバム『スターティング・トゥデイ』には、いままさにはじまりの真っ直中にいるUKジャズの前向きなヴァイブレーション/喜びが詰まっている。いち音楽ファンとして、こうした新しい音楽にワクワクできるのはこのうえない幸せだとつくづく思う。
 そもそも昨年リリースされた「Idiom」がいまだ12インチにしがみついている粘り強いファンのあいだで話題になった。マクスウェル・オーウェンとの共作になるこの6曲入りは、ジャズ・セッションによる(つまり即興性のある)ハウス・ミュージックで、ディープ・ハウスやデトロイト・ビートダウン系のファンからロバート・グラスパー/サンダーキャットが好きなリスナーまで虜にした。自慢じゃないが、ぼく(=野田)もそのヴァイナルを所有している。というのも、アーモン・ジョーンズの音楽には、若さや勢いだけではない、極上のメロウなフィーリングがあるからだ。嘘だと思うなら、アルバム2曲目の“Almost went Too Far”を聴いて欲しい。
 無論のことUKジャズ印の雑食性はある。アルバム『スターティング・トゥデイ』を聴いていると、この2年ほどの音楽トレンド(フュージョン、ハウスなど)も見えるだろう。ただいま絶賛制作中の別冊エレキングのジャズ特集号には、アーモン・ジョーンズのインタヴューも掲載されているが、紙メディアゆえにカットせざるえない部分があった。せこい考えだがそれはもったいないし、アシッド・ジャズ以来の活況を見せているUKジャズの逆襲、その第一弾としてお届けすることにした。質問は菅澤(ブルシットのドラマー)がほとんど考えてくれた。

チック・コリアに影響を受けたとお聞きしました。彼はオーセンティックな4ビートのジャズからエレクトリック・マイルス・バンドの脱退後に結成したサークルでのフリージャズ、そしてリターン・トゥー・フォーエヴァーでのプログレッシヴなフュージョン的アプローチまで、その音楽性は幅広いですよね。彼の音楽のどんなところに影響を受けたのでしょうか?

JAJ:難しいな。僕はもちろん、チック・コリアの大ファンで……うまく言えないけど、彼のチューンを聴けばもうすぐに、彼だってわかるんだよね。彼のスタイルはそのくらいユニークなんだ。どんなことをやっていても。ハービー・ハンコックみたいな人とプレイする時でさえ、それが伝わってくる。本当にユニークな彼独自のスタイルがあるってことなんだ。そこじゃないかな。

UKにはジョン・テイラーやスタン・トレイシーをはじめとした素晴らしいピアニストがいますが、UKのジャズ・ピアニストで影響を受けた人はいますか?

JAJ:大勢いるよ。いまだったら、サラ・タンディ(Sarah Tandy)とか。ものすごいピアノ・プレイヤーで、イカレてるっていうか、クレイジーなんだよね。アシュリー・ヘンリー(Ashley Henry)っていう人もいる。うん、正直言ってロンドンのピアニストで僕が今好きなのは、その二人。でももちろん、他にも大勢いて……ロバート・ミッチェル(Robert Mitchell)も驚異的なピアノ・プレイヤーだし、デイヴ・コール(Dave Koor)も。彼はジ・エクスパンションズ(The Expansions)っていうバンドでやってる。最高だから、チェックする価値があるよ。うん、今は大勢才能のある人たちがプレイしてる。

現在のロンドンのジャズ・シーンを語るうえで〈jazz re:freshed〉の存在はかなり大きいと思います。ここで演奏されているジャズはオーセンティックなジャズに対するカウンターとしての側面もあるように感じるのですが、そういった意識はあると思いますか?

JAJ:うん。僕自身はあんまりそれぞれの音楽に定義とか、名前を付けすぎたくないんだけど、〈jazz re:freshed〉にはもちろん……『独自のサウンドがある』とは言いたくないな。むしろ、もともとジャズにはなかったようなサウンドを受け入れてるんだよ。ストレートなジャズ以外のサウンドを受け入れてる。他のサウンドをプッシュしてるんだ。そこが大きな違いを作ってると思う。例えば、僕らが最初に始めた頃、〈jazz re:freshed〉ではどんなバンドでもプレイできるチャンスがあった。彼らがその音楽を気に入って、好きになれば、自分たちがやりたいことがやれたんだ。〈jazz re:freshed〉をやってるアダム(・モーゼズ、Adam Moses)とジャスティン(・マッケンジー、Justin McKenzie )にはギグに来る観客とかからもたくさんリクエストが来てるはずなんだけど、実際、彼らは自分たちが気に入った音楽をギグに出す。それだけなんだ。

“Starting Today”で歌っているラス・アシェバーはどんな人なんでしょう? その場の即興ということは、彼があの歌詞を書いたんでしょうか。

JAJ:彼が“書いた”っていうより、フリースタイルでやったんだよね。彼がスタジオにいて。あれはかなり遅い時間、その日のセッションを終えようとする頃だった。アシェバーはその時間まで来られなかったんだけど、僕らはその日ずっと“スターティング・トゥデイ”のインストゥルメンタル部分をレコーディングしてた。で、アシェバーが夜の7時頃来たのかな? で、セッションの最後にワンテイク録ってみよう、って。彼の場合ワンテイクで十分だしね。彼にトラックを聞かせる暇もなかったし、今どうなってるかよく説明もしないまま、セッティングして始めたんだ。そしたら彼がその場であのフレーズを歌いだしたんだよ。

英語が苦手なので教えて欲しいのですが、たとえば表題曲の“Starting Today”ではどのような詞が歌われているのでしょうか? またそれぞれの曲の詞はその曲のヴォーカリストが書かれているのですか?

JAJ:うん、そう。僕が歌詞を渡して、シンガーに歌ってもらうなんてできないからね。歌うっていうのは、すごくパーソナルなことだから。“スターティング・トゥデイ”では、アシェバーが最後の方で『アシェオ』って繰り返すんだけど、あれは『生まれ変わる』って意味なんだ。生まれ変わって、再び始める。曲自体、新たにもういちどはじめること、新しい旅をはじめることについてなんだ。歌詞っていうのはもちろん、それぞれの人に違う意味を持つものだけど、僕にとってあの曲はそれについて歌ってるんだよ。

“Almost Went Too Far”はアルバムのなかでもAOR寄りの曲ですよね。この曲では自身が歌われていることもあって、MndsgnやサンダーキャットといったLAのミュージシャンと共振する要素を感じさせますが、彼らの音楽はあなたにとってどんな存在ですか? またAORで好きなミュージシャンはいますか?

JAJ:彼らのことは大好きだから、そう言ってもらって嬉しいね。どんな存在かっていうと難しいけど……彼らの音楽で一番好きなところ、もっともインスパイアされるところのひとつは、彼らは特に訓練を受けたシンガーとかじゃないんだけど、自分の言葉を音楽に乗せられる。そこがクールなんだ。あとホーム・スタジオで作られてて、サウンドに手作り感があるし。だから、そう、僕も自分の音楽を外に出せる、っていう自信を与えてくれたような存在かな。

サウス・ロンドンのジャズを聴いているととくにドラマーがアフロビートの影響が強いように感じます。今回のアルバムに参加しているモーゼス・ボイドもトニーアレンからアフロビートのレクチャーを受ける動画があがっていたりもしますが、あなたにとってアフロビートの魅力は?

JAJ:もちろん、エズラ・コレクティヴを通して、アフロビートの影響は僕も受けてる。でも、僕より通じてる連中がいるから。実際、エズラ・コレクティヴのフェミ(・コレオソ、ds.)、TJ(・コレオソ、b.)、ディラン(・ジョーンズ、Tp.)、ジェームズ(・モリソン、sax.)もみんなフェラ・クティやそのあたりの音楽にすごく影響されてるんだ。だから、あのリズムは確実に僕にも大きな影響を与えてる。アルバムでプレイしたドラマーも当然そうだし……ただ僕にとっては個人的に、このアルバムではダブやサウンドシステム・カルチャーからの影響の方が大きいんだ。でもアフロビートの影響ももちろんあるし、実際、影響されない方が難しい。ただ今回は、サウンドシステム・カルチャーの方が前面に出てると思う。

”Ragify ”に参加しているBIG SHARERについて調べたのですが、ほとんど情報を集められませんでした。彼はラッパーとして活動しているのですか?

JAJ:彼もサウス・ロンドンでやってて……ビッグ・シェアラーはルーク・ニューマン(Luke Newman)としても知られてるんだ。〈STEEZ〉っていうイベントをオーガナイズしてて、僕らも出たことがあって。あと、彼はサウスポートっていうバンドもやってた。すごく面白い男で、彼とはギグを通じて知り合ったんだ。実際、僕は彼がオーガナイズしたギグでいろんなミュージシャン、いろんな人たちについて知ったし。彼はサウス・ロンドンの音楽シーンが盛り上がってきた頃からずっとやってるんだ。しかもものすごく才能があって、歌も歌える。“Ragify”ではラップしてるけど、アウトロ・トラックで歌ってるのも彼なんだよ。

最後の曲”OUTRO (FORNOW)”からはディアンジェロの影響を感じさせますが、いかがでしょうか?

JAJ:もちろん、そうだね(笑)。とくにサウンド・プロダクション。ヴォーカルのレイヤーがたくさんあって、いろんなことが起きてる、っていう。あのトラックで歌ってるのはビッグ・シェアラー、ルークと、あとエゴ・エラ・メイ(Ego Ella May)っていう女の子も歌ってるんだ。素晴らしいシンガーだから、彼女はチェックした方がいいよ。若いシンガー・ソングライターで、EPが6月に出るはず。きっとすごい作品になると思う。彼女は僕の家に来て、ほとんどの曲でバッキング・ヴォーカルとかをやってくれたんだけど、“アウトロ”は彼女とルークのヴォーカルを混ぜたものになった。それが気に入ってるんだ。

※UKジャズの逆襲(2)に続く……

Brett Naucke - ele-king

 現代的電子音楽シーンにおいて注目すべきレーベルのひとつ〈ウモール・レックス〉からリリースされたカセット作品『エグゼキュータブル・ドリームタイム』(2016)でも知られるシカゴのモダン・シンセシスト、ブレット・ナウケの新作が、〈エディションズ・メゴ〉傘下にして、元エメラルズのジョン・エリオットが運営する〈スペクトラム・スプールス〉からリリースされた。マスタリングを手掛けたのはベルリンのD&M。ちなみに〈スペクトラム・スプールス〉からは2014年の『シード』以来、2作目のアルバムである。

 ブレット・ナウケの活動歴は(意外と)長い。彼は2007年に自身のカセット・テープ・レーベル〈カトリック・テープ〉をスタートさせ、2010年にマイケル・ポラードのレーベル〈アーバー〉からソロ作品『サザン・カリフォルニア』をリリースしている。
 以降、ブレット・ナウケ自身のアルバムや音源のリリースのみならず、そのレーベル運営によって幾多のアーティストや音源を送り出してきた。いわば00年代末期から10年代にかけてアメリカのモダン・シンセサイザー・ミュージック・シーンを支えてきた人物のひとりといっても過言ではない。

 それにしてもブレット・ナウケのモジュラーシンセを駆使する電子音楽家の音を聴いていると、不思議と「音楽」から遠く離れていく感覚になる。正確には音楽から記憶の層へと遡行するような感覚に陥るのだ。これはいったいどういうことか。
 むろん、ブレット・ナウケの音楽が「音楽的ではない」というわけではない。むしろこの種の電子音楽の中ではニューエイジやアンビエントの要素が適度にミックスされ、とても聴きやすく「音楽的」といえなくもないくらいだ。とはいえ現代において無数に存在するこの種のニューエイジ・リヴァイヴァルなアンビエント・電子音楽作品とはどこか違う気がする。

https://hausumountain.bandcamp.com/album/multiple-hallucinations

 そう、彼の電子音は不思議な官能性がある。まるで「記憶=ノスタルジア」のように。これは興味深い音楽現象である。電子音楽の「モノ=現在性」と「記憶=ノスタルジア」の結晶とでもいうような。
 この新作『ザ・マンション』も同様である。一聴するとシンセに細やかな環境音などがレイヤーされ、天国的ともいえるマテリアルなアンビエント作品に仕上がってはいる。だがその電子音のモノ性のむこうに、感情を淡く揺さぶる記憶の層は煌めいているのだ。モジュラー使いとして知られているブレット・ナウケならではのノイズ音響を生成している「だけではない」点も面白いのだ。

 アルバムには全7曲が収録されているが、中でも冒頭の“The Vanishing”は、そのような「モノ」と「記憶」の層が交錯するような音楽性を象徴するトラックである。電子音のアルペジオ、微かに騒めくノイズ、聖歌隊のような声など複数の音響が複雑に折り重なりつつも、しかし全体として「大袈裟な物語」を描くことはなく、「記憶=ノスタルジア」を遡行するようなミュジーク・コンクレートとなっているのだ。
 続く“Youth Organ”、“Sisters”も同様だが、特に“Born Last Summer”は、シンセサイザーの魅惑と環境音などのマテリアルな質感とノスタルジックな抽象性が同居するトラックに仕上がっている。以降、“The Clocks In The Mansion”、“A Mirror In The Mansion”、“No Ceiling In The Mansion”の3トラックは、まるで記憶の層をコンポジションするような音響空間を生成している。

 それもそのはずで、本作はどうやらブレット・ナウケの子供時代の記憶をイメージしているアルバムなのだ。タイトルの「マンション」も、それに関連しているのだろう。加えて曲名に散りばめられた「オルガン」(Youth Organ)、「妹」(Sisters)、「時計」(The Clocks In The Mansion)、「鏡」(A Mirror In The Mansion)といったワードもまたその家の記憶に関連付けられているのかもしれない。
 つまり本作は、記憶の音響であり、記憶のアンビエントでもあるわけだ。「記憶」と「電子音」が生成・交錯をしていくことで、ある種のオブジェクト感覚が生まれた。たとえば「写真」のように。つまり記憶の定着化である。音響によって生まれる記憶のイマージュ、その結晶。
 マテリアルな魅惑と、記憶(ノスタルジア)への誘惑と横溢。本アルバムに横溢する電子音質感に、そのような物質と記憶がもたらす官能性のようなものを強く感じてしまうのである。

DJ Spoko - ele-king

 これからだったのに。
 3月14日。あまりにもはやく彼はその生涯を閉じることになってしまった。まだ35歳だった。

 DJスポコこと Marvin Ramalepe は、かつてDJムジャヴァとともに“Township Funk”を作り上げたことで知られる、南アフリカはプレトリアのプロデューサーである。彼の生み出すアフリカン・ハウス・ミュージックは「バカルディ・ハウス」という名で人口に膾炙しており、その活動は00年代半ばまで遡ることができるが、よく知られているのは「Ghost Town」(2013年)や『War God』(2014年)といった米英のレーベルから発表された作品だろう。2015年には Fantasma というコレクティヴの一員としてアルバム『Free Love』に参加、結核と診断されたことを明かしながら Bandcamp などをとおしてリリースを続け、2016年には再度ムジャヴァと組んだ決定的な1作「Intelligent Mental Institution」を発表、バカルディ・ハウスのオリジネイターの貫禄を思うぞんぶん見せつけてくれたのだった。
 そして、昨年。きっと彼は次の一手を模索していたのだと思う。マティアス・アグアーヨとの連名で送り出された「Dirty Dancing」は、スポコがもしかしたら今後生み落とすことになったかもしれない奇蹟的な名作を予感させる、実験的かつ越境的な試みだった。その経験が良い刺戟となったのだろう、以降も彼は積極的にコラボを重ねていたようで、ソンゴイ・ブルーズを発掘したスティーヴン・バッドによれば、スポコは死の前月までアフリカ・エクスプレスのアルバムの仕事に関わっていたのだという。
 ほんとうに、これからだったのだ。

 この「Spoko Forever」は遺されたスポコの家族を支援するために企画されたEPで、彼が生前取り組んでいた最後のトラックを収録している。バカルディ・ハウスの王道が示された冒頭“Bula ma”の風格にはただただひれ伏すほかないけれど、それ以上に2曲目以降のトラックがおもしろい。4つ打ちのキックとビッグ・ビート風のギターが織り成す躍動的なリズムのうえをウェイトレスなシンセとチョップされたヴォーカルが舞い踊る“The sweat of the Dragon”は、スポコが欧米からの影響を独自の形で消化=昇華していたことを教えてくれるし、90年代初頭のUKテクノを思わせるベースとズールーのギターが予想外の協演を繰り広げる“27 Strugles of our 4Fathers”は、陽気なはずなのにどこか不思議な哀愁を漂わせてもいて、繰り返し聴いていると目頭が熱くなってくる(フィーチャーされている Phuzekhemisi はマスカンディの先駆者のひとりで、レディスミス・ブラック・マンバーゾのアルバムに参加したことも)。

 さらに興味深いのはラファウンダをフィーチャーした“I lost my fear”で、バカルディ・ハウスのリズムにダブ・テクノのムードをかけ合わせながら、そこに実験的なヴォーカルを差し挟むという野心的な仕上がり。これまでの彼には見られなかったスタイルだけに、「恐れなんてない」という意味深げなラファウンダの声がいつまでも耳にこだまし続ける。

 ブレイクスルーとなった“Township Funk”からちょうど10年。スポコのネクスト・ステージを予告するこれらのトラックたちはいま、否応なく聴き手の身体を揺さぶると同時にその悲しみを増幅させもする。ありえたかもしれない彼の新たな音楽に想いを馳せながら私たちは、これから何度もこの遺作を聴き返すことになるのだろう。
 ほんとうに、これからだったのに。

The Caretaker - ele-king

 秀逸なアンビエント作品で知られるザ・ケアテイカーの新作『Everywhere at the End of Time - Stage 4』が4月5日、自身のレーベル〈History Always Favours the Winners〉からリリースされた。今作は2016年に始動した6連作の4作目で、2018年にシリーズは完結するとのこと。「ele-king vol.21」における2017年の年間ベストでは、去年発表されたシリーズ前半3作をまとめたコンピレーション『Everywhere at the End of Time Stages 1-3』が選定された。


 この機会にこの作家の経歴をざっと振り返ってみたい。ザ・ケアテイカーとはジェイムズ・リーランド・カービーによる記憶と時間をテーマにしたプロジェクトだ。カービーは多くの名義を持つ作家だ。V/Vm名義ではハードコア・テクノやグリッチ・ノイズの作品を90年代から発表。ザ・ストレンジャー名義では2013年に〈Modern Love〉から傑作『Watching Dead Empires in Decay』をリリースしたことも記憶に新しい。また本人名義でもアンビエント(時にポストクラシックとも呼ばれる)作品を多数発表しており、これらの作品の多くはは自身のレーベル〈History Always Favours the Winners〉からリリースされている。
 カービーはイングランドのマンチェスターから車で20分ほど離れた街ストックポート出身で、現在はポーランドのクラクフに在住。彼の作品のアートワークの多くは、同じくストックポート出身でベルリン在住の画家、イヴァン・シールが手がけている。地元が近いアンディ・ストットやデムダイク・ステアとも交流があり、最近では2006年に録音され2017年にリリースされたV/Vm『Brabant Schrobbelèr』のミックスをデムダイク・ステアのマイルズ・ウィテカーが担当している。
 その作品はアンビエントやノイズのリスナーだけではなく、ダンスミュージックのファンも魅了してきた。海外ではフライング・ロータスをはじめとするミュージシャンたちも彼のファンであることを公言している。

ツイッターでザ・ケアテイカーに言及するフライング・ロータス


 日本における紹介者としては、評論家の阿木譲が積極的にカービーの作品をとりあげており、本人と直接連絡も取り合っているようだ。三田格はV/Vm時代からその活動に注目しており『裏アンビエント・ミュージック 1960-2010』(INFASパブリケーションズ、2010年)でカービーに言及し、ザ・ケアテイカー名義の『Patience (After Sebald)』(2012年)の評がウェブ版「ele-king」には掲載された。(筆者は「ele-king Vol.20」(2017年)のダンス・ミュージック特集で、カービーの『The Death of Rave』(2014年)における「レイヴの死」の表象について思想サイドから考察を行っている。)
 ザ・ケアテイカー名義では1999年に第一作『Selected Memories From The Haunted Ballroom』を発表。「ザ・ケアテイカー(The Caretaker)」とはスティーヴン・キング原作(1977年)でスタンリー・キューブリックが1980年に映画化した『シャイニング』から着想を得ている。この第一作目のタイトルにある「The Haunted Ballroom(取り憑かれた社交パーティ舞踏室)」とは、ジャック・ニコルソン演じる主人公が誰もいないはずのボールルームで、パーティを楽しむ大勢の幽霊(あるいは記憶)たちに遭遇するあの場面を指しており、「ザ・ケアテイカー(管理人)」とはそのシーンで主人公が出会うかつてホテルの管理人(彼も幽霊、あるいは記憶)を務めていた登場人物からとられている。


The Caretaker - Selected Memories from the Haunted Ballroom

 そのサウンドの特徴は、端的に説明すれば、レコードのクラック・ノイズのカーテンの向こうから聴こえてくる過剰なエフェクトが加えられた78回転レコードのサンプリング・ループである。また、このプロジェクトのコンセプトには、ザ・ケアテイカーという存在は認知症を患っているため、過去を正しく思い出すことができない、という設定がある(ちなみにカービー本人は認知症を患ってはいない)。『Everywhere at the End of Time』のシリーズ前半である1−3作は「Awareness」(「Consciousness」と同じく「意識」も指すが同時に「気づき」も含意する)がテーマで、4作目以降は「Post Awareness」、つまり「気づき」が及ばない領域におけるより混沌としたサウンドスケープが展開されていくそうだ(この連作では同様のサンプリング・マテリアルが違ったアレンジで各所に何度も現れてくる。それを認知症の設定と関連づけて「ele-king vol.21」の年間ベスト評で筆者は考察した)。なお、今シリーズを最後に、ザ・ケアテイカーとしてのプロジェクトは終了することをカービーは既に発表している。
 『Everywhere at the End of Time』をテーマにした2017年12月のライヴでは、ザ・ケアテイカーとそのライヴのヴィジュアルを手がけるウィアードコア(Weirdcore。エイフェックス・ツインとのコラボレーションでも知られる)がステージに現れた。ステージ上にはソファーが二つ、コーヒー・テーブルが一つ、マイクスタンドが一つ、コート掛けが一つ、ウィスキーが一瓶。そのどれもがヴィンテージ調である。爆音で音楽が流れ、ステージ上空の大きなプロジェクターに映る映像と大量のスモークがそれを彩る。その一方でふたりは機材を操作する行為は一切行わない。ただソファーに腰掛け、ウィスキーと会話を楽しんだ後、黙って回想に耽り、ザ・ケアテイカーはたまに立ち上がると曲に合わせて歌うふりをするだけ……、という強烈な「パフォーマンス」が披露された。ちなみに過去のライヴで、カービーはバニー・マニロウやブライアン・アダムスをアンコールで熱唱し(ジョークなのだろうが、これがなかなか良い)、V/Vm名義では豚の仮面を被りステージ上を豪快に動き回っていた。
 先日の『Stage 4』のリリースと同時に、2017年に発表された『Take Care, It's A Desert Out There...』も再発された。もともと同作は、ポーランドの音楽フェスティバルであるアンサウンドがロンドンのバービカン・センターでその年の12月に開催したイベントにザ・ケアテイカーがライヴ・アクトとして出演した時に無料配布されたもので(先ほど紹介したライヴはこの時のものだ)、マンチェスターに拠点を置くディストリビューター/ウェブ上の販売店であるブームカットから後ほど発売された。
 同作は今年の2月に日本語訳版が刊行された『資本主義リアリズム』(堀之内出版、2018年)の著者である批評家故マーク・フィッシャーに捧げられている。フィッシャーとカービーの親交は10年以上に及び、ザ・ケアテイカー名義で発表された『Theoretically Pure Anterograde Amnesia』(2005年、CD は2006年。なんと6枚組である)のライナーノーツを担当したのはフィッシャーだ。このライナーノーツの結びの言葉である「気をつけろ、外は砂漠なのだから……」から件の2017年作のタイトルはとられている。その文章と、英誌『Wire』2009年6月号に掲載されたフィッシャーによるカービーへのインタヴューは、彼の著作『Ghosts of My Life: Writings On Depression, Hauntology And Lost Futures』(Zero Books、2014年)に収録。本書において、フィッシャーはカービーをブリアルと並べて考察し、もはや未来が輝いていない現代を描いた作家として大きく評価した。
 フィッシャーは2017年1月に自らその命を絶つ。享年、48歳。晩年はうつ病を患っていた。彼の死に対して、コード9やサイモン・レイノルズをはじめとする多くのミュージシャンや批評家たちが哀悼の意を表してきたが、カービーはこの作品を発表するまで沈黙を通してきた。『Take Care, It's A Desert Out There...』の売り上げはイギリスのメンタル・ヘルス支援団体Mindへ送られるという。本作のCDには、並んで街を歩くフィッシャーとカービーの後ろ姿の写真がプリントされている。
 同様のジャンルで活動する他のミュージシャンたちに比べると、日本におけるザ・ケアテイカーをはじめとするカービーの作品の認知度はあまり高くはないかもしれない。しかしイギリスをはじめとする欧米の電子音楽のリスナーからの支持は大きく、その背景にはその独自なサウンドだけではなく、フィッシャーの文章による力や、その活動の方法なども影響しているのかもしれない。カービーはインディペンデントでの活動に重点を置くプロデューサーだ。基本的に毎回少数しか作られないLP(すぐにソールドアウトになる)とデータでのみ作品はリリースされる(新作のLP盤を手に入れてみたいという方は、彼のフェイスブック・ページで事前に発売日が発表されるのでチェックしてみてください。現時点ではアップル・ミュージックやスポティファイに彼の主要作品はなく、過去作の大半は〈History Always Favours the Winners〉のバンドキャンプのページで入手が可能だ。『Theoretically Pure Anterograde Amnesia』を購入すると、フィッシャーによるライナーノーツのPDFファイルも付いてくる。 
 「残念ながら、未来はもはやかつてのようなものではない」。カービーは2009年の自身名義のアルバム・タイトルでそう述べている。カービーはこの現代をどう見ているのか。ザ・ケアテイカーはなぜ記憶について語るのか。マーク・フィッシャーはどのようにこれらの作品を聴いていたのか……。そんなことを考えながら、認知症を患った記憶の管理人と、それを操るジェイムズ・リーランド・カービーの恐ろしく奇妙で美しいサウンドに耳を傾けてみてはいかがだろうか。

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