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ドイツ・デュッセルドルフを拠点に活動する美術家/音楽家ミキ・ユイ、その待望の新作が、マンチェスターのエクスペリメンタル・レーベル〈Cuspeditions〉からでリリースされた。前作『Oscilla』から3年ぶりである。マスタリングは『Oscilla』から引き続きラシャド・ベッカーが手掛けた。
彼女は故クラウス・ディンガーのパートナーであり、その遺作『JAPANDORF』の共同制作者でもあるのだが、多くの音響リスナーが知っているように、ミキ・ユイは『Small Sounds』(1999)、『Lupe Luep Peul Epul』(2003)、『Silence Resounding』(2005)、『Magina』(2010)、『Oscilla』(2015)などの音響作品を継続的にリリースし続けてきた音響作家である。
2015年に自主レーベルからリリースされた前作『Oscilla』は、(リリース当時)5年ぶりのソロ・アルバムだったが、非常に印象深い音響作品に仕上がっていた。音が放つ空気の層が澄んでおり、聴くほどに空間と体に浸透するようなミニマルなサウンドが生成・構築されていたとでもいうべきか。電子音であるとか、フィールド・レコーディングであるとか、そんな技法的な形式に囚われず、ただ、「そのむこう」で鳴っている音/時間に満ちていたのである。
この新作『Mills』も同様だ。本作もまたあらゆるドグマから自由な音楽/音響が、密やかに、清冽に、そして濃厚な時間の層のなかで生成している。まずは試聴して頂きたい。
現在、テクノ〜音響派以降を経由した(主に西欧の)エクスペリメンタル・ミュージックは、ある種の現代的ロマン主義の弊害に陥っている。現代的ロマン主義とは、音それ自体から離れていく観念の肥大だ。観念をコンセプトと言い換えれば、コンセプチュアルなサウンド・アートもまたロマン主義の末裔ともいえる。いずれにせよ、音それ自体からは離れてしまう。
Miki Yuiの音楽にはそれがない。音が音として具体的に手触りとして存在している。とくに前作から、その傾向がより強くなってきたように思える。それぞれの音が、それぞれの音として、ただ、存在し、鳴り、そして舞う。作曲者の意図が全編を覆いがちな(その結果、ロマン主義的な抽象性へと帰結してしまうような)現代の電子音楽であって、稀有な音楽/音響である。
新作『Mills』でも、それはまったく変わっていない。音はまろやかに、同時に音の輪郭線と構造は明確だ。そのうえ風に揺れる木の葉のようにしなやかである。そう、音が、「そこ」にある感覚とでもいうべきか。
本作にコメントを寄せたスラップ・ハッピーのアンソニー・ムーアは「このアルバムは私に あたかも演劇作品を見ているかのような錯覚をあたえる。それぞれの音は独立していて、独自の役柄が巧妙なドラマツルギーにそって物語をつくりあげてゆく」と評しているが、「ドラマツルギー」と語っている点が重要に思える。音と音、その存在同志が奏でる饗宴。
アルバムには全5曲が収録されているが、どの曲も電子音と、環境音と、微かなノイズによる落ち着いた音色/トーンのミニマル・ミュージックに仕上がっている。聴き込んでいくと分かるが、そのミニリズムは、あるとき必然のように不意に逸脱する。その逸脱の瞬間と持続がとてもスリリングなのである。
穏やかなミニマリズムが微かなグリッチ音の介入によって僅かなズレと逸脱を生む“dial sun”、遠い夜の世界に響くような打撃音とざわめきのようなノイズが交錯する“granit”と“salute”、生成と消失を反復し空虚の中の清冽さを鳴らすミニマル/ドローンの“mica”、12分に及ぶ長尺のなか(本作の重要曲のはず)、さまざまな音と音が微かに触れ合うように蠢き、変化を遂げる“solareo”、冒頭の“dial sun”と対を成すような“dial moon”の何かを叩くような乾いた音と電子音の反復。
これら全5曲を聴き終えたとき記憶と耳に残るものは、鉄を軽く叩くような乾いた音であった。柔らかな夢のような持続音、密やかなノイズ、環境音のミニマルな断片、それらのサウンド・エレメントが「音楽」として丁寧に織り上げられていることへの静かな驚き……。それは人が持っている原初の音の記憶のようだ。
音に触れて、音のなかに潜むもうひとつ音を鳴らすこと。その存在を許容するように生成すること。ここには観念より、より具体的な音の手触りがある。それは、どこか「夜の音」のようだ。「夜」という時空間において、見慣れた木々がまた別の存在感を放つように。
本作は紛れもなくミキ・ユイの最高傑作である。だが、そんな大げさな形容に意味はない。ただ、音を聴くこと、その秘密を聴くこと。リスニングの魅力と贅沢がここにあるのだから。
デンシノオト