ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Oscar Jerome ──オスカー・ジェローム、UKジャズ・シーン気鋭のギタリストがデビュー・アルバムを完成 (news)
  2. YoshimiOizumikiYoshiduO - To The Forest To Live A Truer Life | YoshimiO, 和泉希洋志 (review)
  3. Meitei ──広島のプロデューサー、冥丁のデビュー・アルバムの5周年記念盤が登場 (news)
  4. Politics なぜブラック・ライヴズ・マターを批判するのか? (columns)
  5. aus - Everis | アウス、ヤスヒコ・フクゾノ (review)
  6. interview with James Ellis Ford シミアン・モバイル・ディスコの1/2、初のソロ・アルバムにかける想い | ジェイムズ・エリス・フォード、インタヴュー (interviews)
  7. There are many many alternatives. 道なら腐るほどある 第5回 反誕生日会主義 (columns)
  8. Loraine James ──ロレイン・ジェイムズ、2年ぶりに〈ハイパーダブ〉からアルバムをリリース (news)
  9. 人新世の経済思想史──生・自然・環境をめぐるポリティカル・エコノミー - 桑田学 (review)
  10. Main Source ──これはヒップホップ史を揺るがす歴史的な発掘、メイン・ソース幻のアルバムが正式リリース (news)
  11. Skee Mask - Pool | キー・マスク (review)
  12. interview with Overmono UKダンス・カルチャーの申し子たち | オーヴァーモノ、インタヴュー (interviews)
  13. JPEGMAFIA x Danny Brown - SCARING THE HOES | Jペグマフィアとダニー・ブラウン (review)
  14. 強力なラインナップの実験音楽イヴェント「MODE」開催 ──イーライ・ケスラー、カフカ鼾、ベアトリス・ディロン、ルーシー・レイルトン、YPY、メルツバウ、スティーヴン・オマリーほか (news)
  15. 韓国からポン復興の使者、イオゴンが日本上陸 (news)
  16. interview with Meitei 海外で評判の新進電子音楽家、日本文化を語る | 冥丁、インタヴュー (interviews)
  17. Columns Electronic Music in Mexico メキシコ──シュールな街のリアルな電子音楽 | MURCOF (columns)
  18. Columns 坂本龍一の『BTTB』をいま聴いて、思うこと (columns)
  19. aus ──長らく音楽活動を休止していた東京のプロデューサーの新たな船出 (news)
  20. Cornelius ──コーネリアスひさびさの新曲「火花」がアナログ7インチ・シングルとしてリリース (news)

Home >  Reviews >  Album Reviews > Brett Naucke- The Mansion

Brett Naucke

ExperimentalMusique ConcrèteWeightless

Brett Naucke

The Mansion

Spectrum Spools

Bandcamp Tower HMV Amazon iTunes

デンシノオト   Apr 25,2018 UP

 現代的電子音楽シーンにおいて注目すべきレーベルのひとつ〈ウモール・レックス〉からリリースされたカセット作品『エグゼキュータブル・ドリームタイム』(2016)でも知られるシカゴのモダン・シンセシスト、ブレット・ナウケの新作が、〈エディションズ・メゴ〉傘下にして、元エメラルズのジョン・エリオットが運営する〈スペクトラム・スプールス〉からリリースされた。マスタリングを手掛けたのはベルリンのD&M。ちなみに〈スペクトラム・スプールス〉からは2014年の『シード』以来、2作目のアルバムである。

 ブレット・ナウケの活動歴は(意外と)長い。彼は2007年に自身のカセット・テープ・レーベル〈カトリック・テープ〉をスタートさせ、2010年にマイケル・ポラードのレーベル〈アーバー〉からソロ作品『サザン・カリフォルニア』をリリースしている。
 以降、ブレット・ナウケ自身のアルバムや音源のリリースのみならず、そのレーベル運営によって幾多のアーティストや音源を送り出してきた。いわば00年代末期から10年代にかけてアメリカのモダン・シンセサイザー・ミュージック・シーンを支えてきた人物のひとりといっても過言ではない。

 それにしてもブレット・ナウケのモジュラーシンセを駆使する電子音楽家の音を聴いていると、不思議と「音楽」から遠く離れていく感覚になる。正確には音楽から記憶の層へと遡行するような感覚に陥るのだ。これはいったいどういうことか。
 むろん、ブレット・ナウケの音楽が「音楽的ではない」というわけではない。むしろこの種の電子音楽の中ではニューエイジやアンビエントの要素が適度にミックスされ、とても聴きやすく「音楽的」といえなくもないくらいだ。とはいえ現代において無数に存在するこの種のニューエイジ・リヴァイヴァルなアンビエント・電子音楽作品とはどこか違う気がする。

https://hausumountain.bandcamp.com/album/multiple-hallucinations

 そう、彼の電子音は不思議な官能性がある。まるで「記憶=ノスタルジア」のように。これは興味深い音楽現象である。電子音楽の「モノ=現在性」と「記憶=ノスタルジア」の結晶とでもいうような。
 この新作『ザ・マンション』も同様である。一聴するとシンセに細やかな環境音などがレイヤーされ、天国的ともいえるマテリアルなアンビエント作品に仕上がってはいる。だがその電子音のモノ性のむこうに、感情を淡く揺さぶる記憶の層は煌めいているのだ。モジュラー使いとして知られているブレット・ナウケならではのノイズ音響を生成している「だけではない」点も面白いのだ。

 アルバムには全7曲が収録されているが、中でも冒頭の“The Vanishing”は、そのような「モノ」と「記憶」の層が交錯するような音楽性を象徴するトラックである。電子音のアルペジオ、微かに騒めくノイズ、聖歌隊のような声など複数の音響が複雑に折り重なりつつも、しかし全体として「大袈裟な物語」を描くことはなく、「記憶=ノスタルジア」を遡行するようなミュジーク・コンクレートとなっているのだ。
 続く“Youth Organ”、“Sisters”も同様だが、特に“Born Last Summer”は、シンセサイザーの魅惑と環境音などのマテリアルな質感とノスタルジックな抽象性が同居するトラックに仕上がっている。以降、“The Clocks In The Mansion”、“A Mirror In The Mansion”、“No Ceiling In The Mansion”の3トラックは、まるで記憶の層をコンポジションするような音響空間を生成している。

 それもそのはずで、本作はどうやらブレット・ナウケの子供時代の記憶をイメージしているアルバムなのだ。タイトルの「マンション」も、それに関連しているのだろう。加えて曲名に散りばめられた「オルガン」(Youth Organ)、「妹」(Sisters)、「時計」(The Clocks In The Mansion)、「鏡」(A Mirror In The Mansion)といったワードもまたその家の記憶に関連付けられているのかもしれない。
 つまり本作は、記憶の音響であり、記憶のアンビエントでもあるわけだ。「記憶」と「電子音」が生成・交錯をしていくことで、ある種のオブジェクト感覚が生まれた。たとえば「写真」のように。つまり記憶の定着化である。音響によって生まれる記憶のイマージュ、その結晶。
 マテリアルな魅惑と、記憶(ノスタルジア)への誘惑と横溢。本アルバムに横溢する電子音質感に、そのような物質と記憶がもたらす官能性のようなものを強く感じてしまうのである。

デンシノオト