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松村正人   May 24,2010 UP

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 私はこの2枚組を通して聴いて、実験的な曲があったほうがよかったのではないかと最初思ったのだけど、バーンはイメルダが70年後半から80年代前半、ディスコ(スタジオ54とかレジーンズとか)通いしたことに着想を得て、当時のディスコの再現をノーマン・クックに依頼しており、音楽性の振れ幅はかえって全体の調和を乱すと思った。で、音楽はといえば、あの時代のディスコ――EW&Fとかコモドアーズとか、ニューウェイヴ~ニューロマでもマイケル=クインシー――ではなく、それらを忖度したオリジナル・スコアで、つまり、まっとうなミュージカルの方法論で、私などマブタのウラにありし日の鈴木英人の表紙の『FMステーション』が浮かぶほどの清涼感あふれるポップスなのである。やや低音が強すぎる気がするが、ディスコとエキゾチシズムの匙加減は絶妙であり、"Every Drop Of Rain"の打ち込みベースの下世話なグリッサンドなど笑えるポイントもある。バーンの相手が、たとえばアトム・ハートだともっと上手に当時のムードを再現しただろうけど、それだときっと芸が細かすぎる。ようは似すぎないのが肝要なのだろう。
数年前まで、映画ではドキュメンタリーが流行り、あまつさえ音楽映画にもそういうものが多かったが、本作は『キャデラック・レコード』よりも『ドリーム・ガールズ』で、モデルをひとつの似像ではなく多義的なイメージの集積ととらえている。ここでのイメルダは、フローレンス・ウェルチであり、ルーファス・ウェインライトの妹のマーサであり、シンディ・ローパーであり、カミーユであり、B-52'sのケイト・ピアソンであり、10,000マニアックスのナタリー・マーチャントであり、もちろんエストレーリャ役のトーリ・エイモス、マルコス元大統領役のスティーヴ・アールの独唱もある。イメルダのイメージは上記のようにまことに多彩だが、ダブル・キャストというのはあるにしても、主役が分裂するのがミュージカルかといえば否で、舞台に何人もアニーがいれば混乱の元だろう(ちかごろの学芸会では配役が自己申告制になっていて、同じ役の子が何人もいるがあれはかえってブキミだ)。本作はその意味で――ネコもシャクシも使うので使いたくないが――メタ・ミュージカルであり、それが実際わかるのは、終始登場人物の対話劇/モノローグで進んできたこのアルバムの終盤でバーン本人が歌う "アメリカン・トゥログロダイト"である。この曲だけは歌い手(配役)が「アンサンブル」となっていて、これが演奏者を指すなら、オペラでオーケストラ・ピットの楽団員が突然歌い出すようなものだ。ここでは以下のように歌っている。

 アメリカ人は例のセクシーなジーンズを穿いている
 アメリカ人はテクノロジーを駆使している
 アメリカ人は例のインターネットをサーフィンしている
 アメリカ人は例の50セントを聴いている
"American Troglodyte"(永田由美子訳)

 この曲が転換点であり、このあと物語は佳境をむかえるのだが、バーンが仕組んだ虚構の裂け目は、(メロ)ドラマをカタストロフに収斂させない後ろ髪を引くような感じをあたえる。それは本作をイメルダにまつわるミュージカルとして聴こうとする私たちの能動性を反転させ、その形式のシュミラークルを作るだけでなく、彼の地でいまだ血気さかんなイメルダのあり得たかもしれない似像を作りさえするという意味で、バーンの(内縁?)の妻であるシンディ・シャーマンがマリリン・モンローやソフィア・ローレンに扮装し架空の映画スチールを撮影したシリーズを思わせる。彼女はのちに対象を、女性の卑近な記号であるセレブリティや先人(リキテンシュタインとか)のパロディから人形や死体まで拡張したが、あれはエルロイの『ブラック・ダリア』のように即物的でグロテスクだった。『ヒア・ライズ・ラヴ』に描かれたイメルダはシンディ・シャーマンの写真のなかの女ようにグロテスクではなく、むしろ表面的には真逆だがしかし、バーンがイメルダに惹かれたのは権力者の内面のわからなさであり、彼がそれをグロテスクと感じなかったとは思えない。

 婦唱夫随と書くとマッチョな方に怒られそうだが、バーンの女性観にはシンディの影がつきまとう。彼は多数のシンガーを証言者に見立て、イメルダのドキュメンタリーをエディットしたともいえなくはなく、私はもしこれをミュージカル映画にするならリンチかトリアーに撮ってもらいたい。バーンは『ヒア・ライズ・ラヴ』で政治にもっともちかい場所にいた人物をとりあげながら政治をひとつ道具立てとしか考えていないが、もし仮にこれが映画になるなら〈帝国〉の独裁が横行したゼロ年代のパロディにはなるかもしれない。


 私は書き忘れたが、政治に言及するのはローリーのほうである。〈NONESUCH〉ホームページによれば、ローリー・アンダーソンは『ホームランド』で「アメリカの外交政策、拷問、経済の崩壊、個人的自由、医療過誤、宗教~」が作品の主要なテーマになり、それをほのめかすように彼女のシングルのB面にはゲイであるアントニーをフィーチャーしたアルバム未収録曲"Pictures And Things"が入っている。男声でも女声でもないアントニーの「中声」は"Pictures And Things"のなかでローリーのヴォイス・エフェクトによりさらに変態(メタモルフォーゼ)したグロテスクな言葉の連なりとして夢のように現実に響くのだった。

 私はそれにもうひとつ書き忘れたが、ふたりはレーベル・メイトだった。

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松村正人