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Fang Island

Fang Island

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橋元優歩   Jun 17,2010 UP

 「その蛍光の服を脱げ。タンスの奥からチェックのシャツを引っ張り出すんだ!」と太文字で商品ポップに書き込んでみた。着ているもので行動様式や主義主張を規定されるのは愚かしいことではあるが、我々のライフスタイルはそんな象徴性が生み出すささやかな意味に支えられて営まれていると言えなくもない。「蛍光の服」とは長引くエレクトロ・ブームを、「チェックのシャツ」とはまさにいま追い風を受けんとしているグランジ・リヴァイヴァルを象徴させるつもりで書いている。

 グランジ、エモ、ギター・ポップ......みなそっけないチェックのシャツを着ている。だらっと着ていればグランジ、元気よく着ていればエモ、清潔感があればギター・ポップだ。ひどい偏見ではある。だが「引っ張り出せ」と書くのは、いま確実に90年代のグランジ・ロックに対する再解釈・再評価の気運が高まりつつあるからである。USインディ・ロックのモードは、ゼロ年代後半を象徴する柔らかなサイケデリアから、ディストーションとギター・コードが導くハードな感覚へと移行をみせている。余談だが、UKやオーストラリアがこの2、3年でかなり素直なペイヴメント・フォロワーやソニック・ユース・フォロワーを地味に生み出し続けているのに対し、本場USがグランジに正面から向き合うまでには、ノー・エイジや〈ウッドシスト〉一門といった新しい形のローファイを咬まさなければならなかったという逡巡には意義深いものがある。

 ファン・アイランドは、「アニマル・コレクティヴのゼロ年代」を透過したグランジでありエモでありパワー・ポップだ。アニマル・コレクティヴは、人と世界の多様性をどこまでも受け入れていくような新しい想像力を、極彩色のサイケデリック・ポップとして吐出した。それはゼロ年代最大の果実だと言っても過言ではないだろう。ファン・アイランドには確実にそうしたゼロ年代的な想像力が引き継がれている。

 "デイジー"を聴くのが手っ取り早い。メタリックでメロディアスなギター・ソロが力強い8ビートに伴われて機銃掃射のように続いたのち、それがはたと凪いで、オルガンと4声のコーラスが唐突に顔をのぞかせる。そこには多声的なアレンジによってわっと広がる生命感と、その構築性ゆえのわずかな閉塞感がある。楽曲全体に施された、薄めのもやのような残響処理は――それはずっと「シューゲイザー」と誤称され続けたが――前掲の新世代ローファイとも切って語れない重要な要素だ。4声のコーラスは、このリヴァーブのなかで1千人のようにも1億人のようにも聴こえてくる。それはスタジアムでの合唱を思わせるが、決してひとつの旗のもとに集まってひとつの歌を斉唱する20世紀的なイメージではない。めいめいが何か福音のようなものの予兆をとらえて、天を仰いでいるような雰囲気だ。

 ファン・アイランド。ブルックリンを拠点に活動する5人組。2007年にセルフ・リリースで『デイ・オブ・ザ・グレイト・リープ』というアルバムを発表しているのがファースト・アルバムとなるようだ。その後ミニ・アルバムを1枚はさみ、セルフ・タイトルのセカンド・アルバムである本作は〈サージェント・ハウス〉からのリリースとなる。部分的に聴くだけなら、彼らの音はスーパー・チャンクの人懐っこさ、ウィーザーのソング・ライティング、プロミス・リングのようなエモ本流の疾走感、あるいはグランジの中に息づくハード・ロック的なギター・サウンドを思い起こさせたりするだろう。90年代のロック周辺を好む耳には親しみやすい、また懐かしささえ湛えた音だ。本人たちも音楽的な影響について「90年代半ばのディストーテッド・ポップ、ギター・ロック全般。とくにスマッシング・パンプキンズやウィーザーが大きい」(スピナー)と語っている。たしかに、あのヘヴィなギター・リフの端々に宿っているのがスマッシング・パンプキンズだと言われれば大いに納得がいく。

 だが全体として非常に個性的な音楽性を持っている。スマッシング・パンプキンズ的な重くロマンチックなギターは、3本で絡みながらプログレ的な壮大なジャムへと流れ込んでいく。ジャムといっても成り行きまかせの冗長なものではない。はっきりとベクトルをもった、とてもブリリアントなものだ。特徴的なのはパッセージの激しい転換で、雄々しいギターに先導されて力強く駈けるフレーズのなかに、それを寸断するような展開がしばしば挟み込まれる。例えばコーラスであり、アコースティック・ギターの響きであり、異なったリズム・パターンである。そしてその激しい落差の中に一瞬ぽっかりと異次元が開き、オルガンやコーラスが厳かに降ってきたりする。異なったものの狭間に一瞬のぞく祈りのような感覚。これがファン・アイランドの正体だ。ギター・アンサンブルもしくはギター・ソロがかなりの時間繰り広げられるのも彼らの特異なスタイルだが、その歌のようになめらかで言葉以上に雄弁なギターに胸を熱くし、スタジアムの歓声のような合唱が沸き起こってくるのを聴き取るや、そこに生じるミメーシスの力に打たれ陶然としてしまう。曲は切れ間なく繋がれ、トータルとしてシンプルなモチーフを......祈りを浮かび上がらせる。何への祈りだろう。未来だろうか。演奏と曲の力で、しかもイヤホンで聴くCDからこれほどの迫力とポジティヴな世界観を感得できるというのは希なことだ。本当に風変わりなバンドだと思う。

 しかし彼らは90年代リヴァイヴァルという動きが、シンセ・ポップやトロピカルなサイケ、ドリーミー・シューゲイズ等の浮遊感志向から、重めでハードな音への単純な揺り戻しではないということの好例でもある。2000年代というプリズムによって、ようやく90年代という時間が、歴史として分光され始めたのではないだろうか。2010年代をスタートするにあたって、1990年代の参照を後退として断罪するのは早計である。『ファン・アイランド』は、そのように感じさせる熱、そして何かしら未知の力をあふれさせた1枚だ。

橋元優歩