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Magnetic Man

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野田 努   Nov 19,2010 UP

 ミズ・ダイナマイトのラップをフィーチャーした"ファイヤー"を聴いた瞬間から、手は震え、舌は乾き、胸の鼓動は激しさを増し......「マグネティック・マン、最高!」と叫んでいる。家のなかで......。
 これを聴いていると、久しぶりにクラブに行きたくなる。音楽から週末の夜の匂いがしてくるのだ。猥雑で、エロティックで、少しばかり危険で、激しい歓声が聞こえてくる。レイヴ・カルチャーの懐かしい感覚は、しかし彼らが作るダブステップ/グライム・サウンドによって掻き消される。
 完璧なアルバムではない。冗長な曲もあるし、お決まりのダーク・ストリングス系の曲など要らないと思う。それでもずば抜けて良い曲が不満を吹き飛ばす。スクリーム、ベンガ、アートワークの3人によるライヴ・プロジェクト、マグネティック・マンのデビュー・アルバムは、エネルギッシュでストレートな、シンプルで大迫力のダンス・ミュージックである。

 いま、UKは20年振りにダンスの季節の真っ直中にいる。インディ・キッズはライヴハウスに背を向けてクラブに押し寄せ、ロックのシングルにはダブステップやファンキーやウォンキーのリミキサーが名を連ねる。次から次へと新しいDJ、新しいプロデューサーが現れている。
 マグネティック・マンのデビューを促したのはそうした時代の風向きだが、このプロジェクトにはある種批判めいた声もあった。まさに「20年前と同じことが起きている」と『ガーディアン』の記者は書いている。アンダーグラウンドの純粋主義者たちは、あからさまに商業主義に臨んでいるこのプロジェクトをよく思っていないという話だ。まあ......僕もどうかと思っていた。スクリームのセカンド・アルバムで充分ではないかと思ったし、アンダーグラウンドにおけるポスト・ダブステップがやたら面白いので、シーンの重鎮3人によるスーパー・プロジェクトという、ハナからヒット狙いのあざとさに引き気味だったのも事実である。が、マグネティック・マンはそんな雑音を尻目に、2010年の夏をキャッチーな"アイ・ニード・エア"で制覇すると(UKチャートで10位)、続いてシングル・カットされたR&Bナンバー"パーフェクト・ストレンジャー"(16位)によって、クロイドンの地下室から生まれたこの音楽のポップとしての実力をまざまざと見せつけたのである。
 場数を踏んでいる3人だけあって、無闇にベースを鳴らしたりはしない。抑えるところと出すところを心得ているし、その最悪な瞬間でさえも包み込んでしまう、ダブステップを生んだコミュニティのマナーの説得力というモノがある。そしてとくにかく、"ファイヤー"、"アイ・ニード・エア"、"パーフェクト・ストレンジャー"の3曲がずば抜けている(僕と同世代のいい歳した連中には、これらはゴールディーの"インナーシティ・ライフ"の現代版であると言っておきましょう)。お陰様でというか、マグネティック・マンがここまで魅力的なのだから、スルーしていたロスカ(UKファンキーの第一人者)のアルバムもやっぱ聴いてみようかと思い直している。それを聴かずして、2010年を終えてしまうのもアレだし......。三田格も良いって書いているし......。
 
 7年前、ディジー・ラスカルは「ロンドンよ、立ち上がれ!」と言った。マイノリティの就業率が60%を下回るほどの格差社会の生んだグライムからの切なる叫び声である。マグネティック・マンは最近のライヴでこうMCした。「ロンドンよ! ぶっ飛ぶ準備はできてるかい?」
 そこで「イェーイ!」と叫ぶ人が僕は20年前から好きなのである。もっとも、立ち入り禁止の領域からチャート・ヒットまでものにしてしまったサウス・ロンドンの不良がステージいれば、押し黙りながらひとりで踊るなんてこともできないだろう。連中はマナーの悪いクラフトワークではない。これはジャングル、ヒップホップ、R&B、ダンスホール、テクノがごちゃ混ぜになった現代のアーバン・ミュージックであり、要するに、20年振りの高みを迎えているUKダンス・カルチャーからのどでかい一発である。

野田 努