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TINIE TEMPAH

TINIE TEMPAH

DISC-OVERY

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二木 信   Mar 14,2011 UP

 欧米であれだけ人気のドレイクが日本で売れていないと知って、「そうなのか~」と残念な気持ちになった。ドレイクをスルーすることは、言ってしまえば、70年代であればマーヴィン・ゲイを、00年代であればアッシャーをスルーするのと同じようなことだろう。セクシャルな魅力と黒人音楽の技芸によってクロスオーヴァーする色男の系譜。そして私たちが彼らの音楽を聴くことは、異なる国のディープな性文化......いや、大衆文化との出会いのきっかけである。そう、ちゃらちゃらしているようで、ああいう色男が人びとの偽ることのできない欲望を反映していたりする。まあ、当たり前の話です。

 と、妙な書き出しになってしまったが、紹介したいのはタイニー・テンパーである。タイニー・テンパーはいまもっともUKのポップ・ミュージック・シーンが熱いまなざしを送るラッパーだ。いわばディジー・ラスカルやワイリーに続くグライム第二世代の期待の新星である。今年2月のブリット・アワードにおいて、最優秀新人賞に当たるベスト・ブリティッシュ・ブレイクスルー・アクトと、全英No.1ヒットを記録し出世作となった"パス・アウト"(本作収録)でベスト・ブリティッシュ・シングルを獲得している。"パス・アウト"は、8ビット・サウンドからダブ、ドラムンベースへとめまぐるしく展開するUKらしいハイブリッドなベース・ミュージックだが、なによりタイニーの伸縮自在のライミングの上手さが際立っている。そこには若さからくる勢いがあり、はっきり言って、ディジー・ラスカルやワイリーにはない技芸がある。

 さらに、タイニー・テンパーは2010年のグラストンベリー・フェスティヴァルの大舞台ではスヌープ・ドックと共演し、その堂々たる存在感を示している。階級を超え人気を獲得していて、女の子にも受けている。親しみやすく、ファッショナブルで、『NME』の記事を読むと、プロフェッサー・グリーンがUKのエミネムだとすれば、タイニー・テンパーは自分たちにとってのカニエ・ウェストだ、というようなことが書かれている。タイニーの俗っぽさ、ひょうきんさ、さらにはエゴイスティックなところまでカニエに似ていると言いたいらしい。なるほどな~という感じだが、UKのドレイクと言ったほうが的確なような気もする。

 現在22歳のタイニー・テンパーことパトリック・オコグォはサウス・ロンドンで生まれ、ナイジェリア系の中産階級の家庭で育っている。12歳のパトリック少年に決定的なインパクトを与えたのは、2001年のUKガラージにおける最大のポップ・ヒット、ソー・ソリッド・クルー(同じくサウス・ロンドン出身)の"21セカンズ"だった。その後、ディジー・ラスカルの音楽の夢中になった彼は、イースト・ロンドンでおこなわれていたワイリーらのパーティに出入りするようになる。タイニーはグライム第一世代との交流を通じて、アンダーグラウンドでキャリアを積んでいく。とはいえ、タイニーのラップはブリティッシュ・アクセントではあるが、労働者階級のローカル・アクセントをとくに強調するディジー・ラスカルやワイリーとはスタイルが違う。

 さて、そして『ディスカヴァリー』はそんなタイニーの記念すべきデビュー・アルバムである。音楽的には、UKのサウンドシステム・カルチャーを基盤にしながら、エレクトロやR&Bへユニークにアプローチしている。レイヴィーでもあり、笑ってしまうほど派手だ。しかし、特筆すべきはやはり......タイニーのラップだろう。ごく単純な話、メロウな感性でもって、繊細に、柔軟に、緩急をつけてラップする彼のスタイルは魅力的だ。女性ヴォーカルをフィーチャーした"シンプリー・アンストッパブル"に彼の個性がよく出ている。あるいは、ザ・ドリームのアルバムに入っていてもおかしくないような甘美なアーバン・ミュージック"ジャスト・ア・リトル"や"オブセッション"で披露するファスト・ラップを聴いてみて欲しい。

 北米のラップの史学において、80年代中盤にラキムは官能的なメロディーやオフビートへの巧みなアプローチによってライミングを複雑化し、ラップに変革を起こしたとされている。そしてその後、ナズやエミネムやリル・ウェインが登場するわけだ。UKにおいてはルーツ・マヌーヴァがジャマイカ訛りのラップで独自のアイデンティティを確立し、ディジー・ラスカルはロンドンのローカル・アクセントを強調したファスト・ラップを発展させている。『ディスカヴァリー』のラップの内容はおおよそ、クラビング、酒、キレイなお姉ちゃんや若者のどんちゃん騒ぎについてであり、ここには笑いもある。グライムのような反抗はないかもしれないが、しかしタイニー・テンパーは紛れもなくグライムのシーンから登場したスターであり、ラップの技芸を武器にして、ディジー・ラスカルが踏み込んだことのない領域に入ろうとしている。期待しようじゃないか。

二木 信