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ヴォイシズ・フロム・ザ・レイクとして、イタリア人のDJ/プロデューサーのドナート・ドジーとユニットを組んでいたニール=ジュゼッペ・ティリエッティのファースト・アルバムが、〈エディションズ・メゴ〉傘下の〈スペクトラム・スプゥールズ〉よりリリースされた。〈スペクトラム・スプゥールズ〉はジョン・エリオットにより運営される新時代のシンセ・ミュージック・レーベルで、2013年にはドナート・ドジー『プレイズ・ビー・マスク』も同レーベルからリリースされている。
ニールは〈プロローグ〉のマスタリング・エンジニアを務めていた人物で、ローマやロッテルダムなどの音楽学校で音楽理論を学んだ逸材である。彼はドナート・ドジーの『K』(2010)でマスタリングを担当していたが、ヴォイシズ・フロム・ザ・レイクにおいてはドナート・ドジーとユニットを組むまでに共同作業を発展。2011年にEP「サイレント・ドロップス E.P.」を発表し、2012年にはアルバム『ヴォイシズ・フロム・ザ・レイク』をリリースするに至る。このアルバム、深海に沈むようなアトモスフィア・サウンドとミニマルなビートの交錯が素晴らしく、リリースから2年を経由した現在でも、その鮮烈さは全く失われていない傑作である。各メディアでの評価も高く、Resident Advisor(RA)では5点満点を獲得しており、いわば『K』と共に、近年のミニマル・ダブにおける最重要アルバムだ。
そして2014年、待望ともいえるニールのファースト・アルバムがついにリリースされた。本作は、2013年から2014年にローマなどで録音され、マスタリングもローマのエニスラボ・スタジオでジュゼッペ・ティリエッティ自身が行ったという。収録曲は全7曲。トラック分けがなされてはいるが、どの曲もシームレスに繋がっており、いわばアルバム全体で1曲というミックス・アルバムのような構成でもある。
サウンドは、ミニマル・ダブからビートを抜き去り、アトモスフィアな音響処理を前面化したアンビエント・ミュージック/電子音楽といった趣(より正確にはビートは溶かされ、融解しているというべきかもしれない。とくにラスト・トラック“The Secret Revealed”においては、ビートらしき音の痕跡が鼓動のように音像化している)。
『フォボス』は、『ヴォイシズ・フロム・ザ・レイク』と比べると快楽指数はやや抑えめで、無調/マシニック、かつ多層的な音響が横溢しており、いわば(インダストリアル・テクノならぬ)インダストリアル・アンビエントとでも形容したくなる雰囲気を醸し出している。アンディ・ストット新譜の横に置いてもいいだろうし、またローリー・ポーターなどと合わせて聴いてみるのもいいかもしれない。火星の衛星である「フォボス」を題材にしているという宇宙的なイメージの援用も、ローリー・ポーターのアルバムと共通しているように思えた。
事実、レーベルから「ナース・ウィズ・ウーンド 『スペース・ミュージック』とピート・ナムルック&テツ・イノウエによるシェード・オブ・オリオンの間に生まれた空間を埋める存在」というコメントがアナウンスされている。これも宇宙的イメージのアンビエント/ノイズ作品の傑作的系譜に繋がる作品として本作を位置付けているという自信の表れだろうか。個人的にはそこにクラスターの歴史的傑作『クラスターⅡ』を置いてもいいのではないかと思うが、つまるところ本作は、それらのまわりを周回する「フォボス」(=衛星)なのだろう。
もちろん、そのサウンドが魅力的なのことが何より重要だ。チリチリとした細やかな音の蠢きからカタカタとなる物質的な音(フィールドレコーディングされた環境音、生成された電子ノイズ)までが、まるで大気のように生成し、そこに柔らかくシルキーな持続音がレイヤーされていく。その精密かつ精妙で、しかし曖昧でアトモスフィアな音響の素晴らしさときたら…! その音にはマシニックな虚無感もあり、同時に不思議な物悲しさがある。そう、「日本的な無常さ」とでもいうような何か……(それにしてもイタリア人がなぜこのような感性をわれわれに感じさせるのか?)。
音響、感覚、空間、感情の生成。本作こそ、歴史性からサウンドの現在性までも内包した2014年におけるアンビエント/電子音楽作品の傑作である。新しいアンビエント/電子音楽をお探しの方に自信を持ってお勧めできる、そんな最高の逸品だ。
デンシノオト