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タサカくんの4枚めのソロ・アルバム『UpRight』がむちゃくちゃいい。昔ハウス・ミュージックのアルバムでブレイズの『25イヤーズ・レイター』(1990)という名盤があった。マルコムX死後25年後に、いったい世の中はどう変わったかということを切り口に、黒人とは何なのか、黒人の歴史とは何なのかというのを一枚に凝縮したコンセプト・アルバムだったのだが、それと同じ感触を感じる。
ハウス・ミュージックではマーヴィン・ゲイの『ワッツ・ゴーイング・オン』(1971)のような物語を語るアルバムは作れないだろうと言われていたのに、『25イヤーズ・レイター』は、ハウス・ミュージック登場後2、3年してからそんな偏見を打ち破ったから衝撃であり、ハウス・ミュージックのファンとしては誇りのアルバムである。
いまだとケンドリック・ラマーの『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』、ディアンジェロの『ブラックメシア』もいっしょなんですけどね。
タサカくんには失礼かもしれないが、タサカがまさかこんなアルバムを作るとは予想もしなかった。自分にとってタサカくんとはすごくいい家のお坊っちゃまで、なにを間違えたか、アシッド・ハウスの世界に入ってきた印象があった。これ完全に僕の妄想ですけどね。タサカくんがいい家のお坊っちゃまか、貧しい家の出身の人なのか僕はわからないです。そういうことをタサカくんにきいたこともないし、タサカくんの日航か全日空のパイロットのようなキリッとした顔立ちを見て、自分で勝手に想像しているだけです。
だからタサカくんはいつか自分の本当の場所に戻っていくんだろうなと思っていた。いや、これ勝手な妄想ですけどね。
アホな話はこのへんにしといて、このアルバムには3.11以降の日本の状況が凝縮されている。あの事故のその後である。20万人集まった官邸前の抗議、新大久保のレイシストたちのデモ、そして、それに対するカウンターの風景、国民の意思を無視して日本を戦争のできる国にしようとしている安倍首相への怒り。金融政策だってちゃんとやっていけば日本はデフレから脱却できるだろう、しかし、きっとそのお金は若者には流れず、格差だけを生んでいくはず。それはイギリスやアメリカを見ていたら、よくわかることだ。──日本の若者の未来は、海外のニュースや音楽から理解できるのに、なんでみんな立ち上がらない。自分が勝者になれると思っているんだろうか。日本の若者たちよ、なんで怒らない……あっ、すいません、後半はタサカくんのアルバムが言ってないことまで書いてしまいました。タサカくんのアルバムは自分の目の前に起こっていることを曲にしているだけです。お前ら変われとか、そんな上から目線のメッセージなんかいっさいないです。彼が目にしたこと、やったことをDJがレコードをかけるようにぼくたちに伝えていくだけです。
「たったそれだけで、ブレイズやマーヴィン・ゲイのアルバムのようなことが語られているって大げさすぎないか」という声が聞こえてきそうだ。
でも、それでいいのだ。日本人は昔朝鮮から流れてきてとか、戦争に負けてアメリカに支配されているとか、高度成長でバブル崩壊していまデフレとか、そんなことはどうでもいいんだ、いやどうでもよくないんだけど、とにかく日記のように、いまだったらツイッターやFBに投稿するように、歌にすればそれでいいのだ。それですべてにつながっていくからだ。それが名盤と呼ばれるアルバムなのだ。
ジョン・レノンが「平和を我等に」と歌って何をしたか、マーヴィン・ゲイが「どうなってんねん」と歌って何をしたか。何もしていない。でも、時代をとらえた名盤としていまも語り継がれている。これらのアルバムは、いま目の前に起こっていることを歌にしているだけなのだ。ジョン・レノンが“インスタント・カーマ”で、とにかく朝起きて曲を作って、昼に録音して、次の日にリリースするということにこだわったのはそういうことなのだ。“いま”ということなのだ。さすがにリリースには一週間かかったが。
正直なところを言えば、きっと、当時のジャマイカがそうやってレコードをリリースしていたから、俺もそうやってやりたいということだったんだと思う。ジャマイカのレコードが新聞みたいに作られているなら、俺もそうやりたいという思いだったんだろう。映画『ハーダー・ゼイ・カム』の世界ですよ。
ちょっと話がずれてしまったが、なんとなくぼくの言いたいことはわかってもらえただろか? でも、これってアーティストの基本の基本でしょう。人を楽しくさせる曲を作りたいとか、そんなのと同じくらい大事なこと、いま思っていることを歌にしたいんだということ。
こんな簡単なことをなかなか日本のアーティストはできない。そこにはマーケットとかいろいろあるんだと思う。桜のことを歌わなあかんとか、乾杯のことを歌わな結婚式で歌ってもらえないでとか、でも、そんなことよりも大事なことって、いま何が起こっているかを歌うことなんだろうと思う。その究極でいちばんいいのは、恋をしたということだと思うけど、そんなので何百曲も作れないから、桜や乾杯を足していくんだ。ハイレゾでもいいけど。そんな足してない部分がたくさんあるアルバムがタサカくんのアルバムなのだ。だからタサカくんの『UpRight』はリアルなのだ。
たぶん、みんな本当は同じように曲を作っているんだと思う。他の日本のアーティストにはいろんなことが多すぎるんだと思う。ここにはタサカくんのいろんなキーワードが入っているけど、すごくシンプルなのはそういうことなのだ。
そして、その音がデトロイト・テクノやシカゴ・ハウスと同じ感触を持っているのは不思議だ。いや不思議ではないか、彼らと同じことをやっているのだから。
タサカくんはついに日本のクラブ・ミュージックのマスターピースを作ったのである。
久保憲司