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Jesu / Sun Kil Moon

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Jesu / Sun Kil Moon

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木津毅   Mar 24,2016 UP

 パオロ・ソレンティーノの新作『グランドフィナーレ』を観ていたら、サン・キル・ムーンの楽曲が使用されているだけでなくマーク・コズレックが本人として画面のなかで歌っていて一瞬目を疑った。そのほんの3日前ほどに渋谷で同じ人物が歌うのを観ていたからというだけでなく、そこで「日本人は痩せてるよね。俺なんか赤ん坊がいるみたいだよ……」などと言いながら自分の腹を叩いていた中年と、セレブばかりが集まるホテルを舞台にしたスノッブだが華麗なイタリア映画の現在とは、住む世界が限りなくかけ離れているように思えたからだ。イェスーとサン・キル・ムーンのコラボレーション・ステージとなったその日もコズレックは周りをどこか緊張させる厄介な中年男としての自分を隠さず、がなるようにマイクに向かって声を放っていた。僕はその日は彼のそんなキャラクターにすでに馴染んでいたが、その前年のサン・キル・ムーンの単独公演には終始ハラハラしたものだ。演奏を中断してまで観客をからかい、笑っていいのかよくわからない皮肉めいたジョークを繰り返す。メディアから最大限の評価を与えられた『ベンジ』の曲をやると言って歓声が上がれば、「そんなに『ベンジ』が好きなの? ピッチフォークに洗脳されているの?」と言って微妙に気まずい空気を生み出していた。

 だがじじつ、『ベンジ』は美しいアルバムだった。自身のごく周囲で起こった数々の死と、そのことに動揺せずにはいられない自分の弱さとが弦の震えが見えるような繊細なフォーク・ソングによって晒されていた。私小説的に綴られた言葉も音もよくできていたが、佇まいはどこか危うくもあった。ソレンティーノが共鳴したのはおそらくその死の香りであり、『グランドフィナーレ』では老いていく男がそれでも美への執着と感傷を捨てきれない様が描かれている。サン・キル・ムーンのきわめて個人的な歌は、だから映画のなかでもベッドルームでも、聴き手が普段奥に閉まっている惨めな感情をゆっくりと解きほぐす。

 本作は長らく親交があるジャスティン・ブローデリックによるイェスーとの共作である。ブローデリックといえばゴッドフレッシュでの活動がその代表だが、アルバムの前半はノイジーでややヘヴィなギターがよく鳴っており、そこでコズレックが低音を聞かせているのはなかなか新鮮だ。あるいは80年代の終わりから90年代のはじめに鳴っていたような、あのエモーショナルでヒリヒリとしたギターがじっくりと空間を埋めていく“グッド・モーニング・マイ・ラヴ”はすぐに聴き手を無防備にするだろう。陰影に富んだ“ア・ソング・オブ・シャドウ”のような曲はまったく新しくもないノイジーなギター・ロックだが、ゆっくりと陶酔させてくれる。サッドコアという言葉を思い出すひともいるだろうし、ボニー“プリンス”ビリーことウィル・オールダム、モデスト・マウスのアイザック・ブロック、スロウダイヴのレイチェル・ゴスウェル、ロウといったいかにもな参加メンバーを知るとともに90年代末から2000年前後のギター・ロックのムードを感じるひともいるだろう。

 だがコズレックの声が聞こえてくれば、これは紛れもなくサン・キル・ムーンのアルバムだと思える。ときにブツブツとつぶやき、ときにたっぷりとバリトンを聞かせるその歌はいつも親密な打ち明け話のようで、そこでは自分が普段隠しているものを代わりに告げられているように感じられる。アルバムはたっぷりと79分もあり、その間コズレックは相変わらず死にまつわる自分のエピソードを繰り返す。自分の親類からニック・ケイヴの息子まで死は平等に絶対的な真実で、そして彼はうまくそのことに対処できない。じつにサン・キル・ムーンらしいアコースティックなフォーク・ソング“フラジャイル”の通り、彼の歌はもろい自分を隠さない。人前でナイスに振る舞うこともできず、年を重ねても、重ねるほどに扱いづらい感傷は増していくばかりだ。アルバムは中盤から打ち込みを導入しつつ、よりアンニュイなムードになっていく。10分近くあるピアノ・バラッド“エクソダス”では『ベンジ』でも歌われた親類の死が繰り返され、そのスローな歌とともに沈みこまずにはいられない。

 それでもラストの14分あるアトモスフェリックな“ビューティフル・ユー”はラヴ・ソングで、コズレックはどうにか自分を保つように愛の言葉を歌に乗せようとする。彼のなかでは……いや、少なくない人間にとって、誰かを想うことは生への執着と不可分であり、だから死へ向かうことの混乱が歌になるのだろう。マーク・コズレックのサッドな歌はどこまでも憂鬱だが、自分と聴き手をなだめるようにピースフルに響いている。

木津毅