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 デリック・メイかと思った。9曲目の“Quandary”のことだ。なぜそう感じたのかはわからない。何度か繰り返し聴いているうちに、別にデリック・メイではないよなと考えを改めるようになった。けれどその後もときどきデリック・メイのように聴こえることがある。なぜなのか、よくわからない。

 日常的に交わされる雑談の紋切り型のひとつに、「誰が誰に似ているか」という話題がある。「鈴木さんって、山田さんに似ているよね」という、あれだ。誰かの顔が別の誰かの顔に似ているなんていうのは実際よくあることで、特に驚くことでもなんでもない。けれど、改めて考えるととても奇妙な事態でもある。なぜぼくたちは、誰かの顔と他の誰かの顔とが似ていると思ってしまうのだろうか。
 じつはぼくはこの類の会話が嫌いじゃない。といってもそれは、本当に鈴木さんが山田さんと似ているかどうかが気になるからではない。そんなことはどうでもいい。そうではなく、そういう話題を通して、発話者が観測対象をどのようにデフォルメしているかが明らかになるのが面白いのだ。発話者は、顔のどの部分を拡大しあるいは逆にどの部分を切り捨てて、対象を眺めているのか。それは、発話者が顔というものを通してどのように世界を見ているかということでもある。だから特に、意見が分かれるときほど面白い。
 たとえば高橋さんは、鈴木さんが山田さんに似ていると思っている。けれど斉藤さんは、鈴木さんが山田さんに似ているとは思っておらず、むしろ佐藤さんに似ていると思っている。このとき、高橋さんの眼差しと斉藤さんの眼差しが、あるひとつの顔の表象をかけてぶつかり合う。その瞬間ほどわくわくするものはない。ひとつの世界ともうひとつの世界が、戦闘を開始するのだ。「誰が誰に似ているか」という雑談は、あるひとりの人間が世界をどのように眺め、どのように切り取っているかをあらわにするのである。
 同じことは、音楽の聴き方についても言える。

 盟友ブリアルと同じように匿名性を堅守し続けてきたゾンビーは、本人は隠しているつもりはないと言っているようだけれども、現代における顔の見えないアーティストの代表格である。顔を隠すという行為は一見、彼に向けられる多様な眼差しを拒絶するということのようにも思われる。だがそれは、ゾンビーという対象に対し固定的なたったひとつの見方をしてくれという要求では全くない。他の分野がそうであるように、音楽の分野も多かれ少なかれ視覚的なイメージによって支配されているが、彼が顔を隠すのは、見た目ではなくあくまでサウンドでその音楽を判断してほしいからだろう。ゾンビーというアーティストは、どこまでもそのサウンドをもって、唯一無二の世界の切り取り方を提示する。
 通算4作目、およそ3年ぶりとなるゾンビーのニュー・アルバムは、ダブステップのその後のさらにその後の地平を切り拓く。まず、冒頭の1曲目“Reflection”から2曲目“Burst”の流れが素晴らしい。もうこの出だしだけで本作が何か特別なものに憑依されていることがわかる。ベルのような上モノが美しい“I”や“Glass”といった中盤のトラックもただただ最高だとしか言いようがない。他のアーティストとコラボしたトラック群も面白い。バンシーとの共作“Fly 2”は吐息に幻惑されながらぶっ壊れたR&Bを鳴らし、10インチとして先行リリースされたブリアルとの共作“Sweetz”はゲットー・サウンドを取り入れつつエクスペリメンタリズムの荒野を走り抜け、ぼくがデリック・メイだと「誤聴」したダークスターとの共作“Quandary”は暗く薄汚れたダンスホールでバレアリックなステップを誘発し、ウィル・バンクヘッドが主宰する〈The Trilogy Tapes〉からのリリースで知られるリゼットとの共作“S.D.Y.F”はジャングルへの愛慕と呪詛を同時に響かせる。1曲1曲に発見があり、戦闘がある。
 ロンドンのワーキング・クラス出身の顔を持たぬアーティストが、サウンドによって切り取ってみせる世界──それはジャングル、グライム、ダブステップ、あるいはアンビエント、そのどれにも似ているようで、そのどれとも似ていない。間に合わなかったレイヴ・カルチャーへの憧憬もあっただろう。ダブステップに対するアンビヴァレントな思いもあっただろう。未だ鳴らされたことのないサウンドへの渇望もあっただろう。このアルバムでは、これまでのゾンビー、いまのゾンビー、そしてこれからのゾンビーが同時に「顔」を覗かせている。そしてもちろん、ゾンビーとは屍体のことだ。

https://youtu.be/YMi8pXOaR9M

 ぼくはこのアルバムを幽霊に似ていると思った。幽霊だから当然、一度は死んでいる。その幽霊の「顔」は、ブレグジットを経たいまのUKの「顔」とよく似ている。グライムからダーク・アンビエントまでを消化=昇華したこの亡霊のようなベースとシンセの狂騒は、奈落へと沈みゆくUKの姿そのものなんじゃないか。あるいはタイトルの『Ultra』が指し示しているのは、いまのUKのあまりに「極度な」状況なんじゃないか。このアルバムは、どこにも逃げ場のない世界で、それでもなんとか生き抜こうともがいている、どこにも属すことのできない者たちに、ひとつの「顔」を与えようとする。このアルバムは、2016年という時代のロンドン・アンダーグラウンド・シーンの意地だ。
 最初にデリック・メイのサウンドを連想したとき、もしかしたらぼくは、もともと顔を見せなかったデトロイトのシーンのことを考えていたのかもしれない。ご存じのように、いまのかれらにはしっかりとした顔がある。対してゾンビーは、いまだに顔を見せようとしない。それはたぶん彼が、顔がない方が「顔」を見せることができるということをよく知っているからだ。
 ぼくはこのアルバムを幽霊に似ていると思った。きみはこのアルバムを誰に似ていると思う?

小林拓音

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