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「グライムの次世代」からオールラウンダーMCへ
2014年以降のグライム“リヴァイヴァル” のなかで、SNSやインターネット・ラジオでは次世代のグライムMCが頭角を現してきた。ストームジーやノヴェリストといった才能とともに注目を集めてきたのがエージェー・トレーシー(AJ Tracey)だ。2012年よりビッグ・ズー、ジェイ・アモらとクルーMTP(My Team Paid)を組み、ヒップホップやグライムのミックステープをリリースする一方、ソロ名義で2015年にリリースした2枚のEP「The Front」「Alex Moran」はグライム・シーンを釘付けにした。
初期のキャリアを決定づけたヒットチューン :
AJ Tracey - Naila
その後2016年~2017年にはEP「Lil Tracey」「Secure the Bag!」でトラップ色の強いメロディックなトラックにも自在に乗りこなす幅を見せ、昨年にはUSのヒットメイカー、バウワー(Baauer)とのコラボレーションを実現。「AJ Tracey - Butterflies (ft. Not3s)」では、ミドルテンポのアフロビーツを乗りこなし大ヒット、夏のアンセムとしてYoutubeだけで2000万回以上の再生回数を記録した。
AJ Tracey - Butterflies (ft. Not3s)
数多くの客演やコラボレーションを経て、2019年2月、子ヤギを抱えたジャケットでリリースさえたデビューアルバム「AJ Tracey」は、G.O.A.T (greatest of all time)であることを証明するようにその才能を存分に発揮している。彼がが他のMCと一線を画してきたのは、トラップ、アフロビーツに対応する柔軟なフローと、「グライムMC」であることに囚われないトピックの幅である。
とくに今作に収録されている“Wifey Riddim”は彼のパーソナリティを示している。自分の元カノやWifey(妻のように真剣な関係な彼女のこと)とのトピックを扱ったこのシリーズは、彼のスピットする本人の経験談、ストーリーが魅力となっている。
ロンドン、西ロンドン、キングスロード近くのチェルシー
彼女はエリアの郵便番号に興味もないし、
彼女が住んでる郵便番号なんて知りもしない
エセックスの双子は知ってるけど、
俺のことを求めすぎて無理になった
言っておくが、俺はそういう人はwifeしない
Yo, I've got this ting from London West London,
Chelsea, near Kings Road
She don't care about my area code
She's about like she ain't aware of the road
And I know twins from Essex
But one of them wants me bad,
I might dead it
I don't wife these tings, I'll stress it
“Wifey Riddm” (EP『The Front』より)
本作に収録されている“Wifey Riddim 3”でも、彼の女性に対する考え方や女性遍歴がスムーズなラップに載せて披露されている。
これは“Wifey” Pt.3 、
俺のグッチは「盲目的な愛」って言ってるけど見えないな
きみは俺のWifeyにはなれないけど、ジーンズを脱いだ姿が見たいな
これは“Wifey”Pt.3 、俺の携帯を鳴らしまくっても、
おれは「読む」にしたままだ*
友だちとはもう終わりだぜ、
俺はプレイボーイ、いろんなシーンから女の子をゲットする
*スマホの通知欄にあるメッセージを開かないという意味
It's "Wifey" part three My Gucci says,
"Blind for love," I can’t see, yeah
My girl, you can't be
But I wanna see you up and out of them jeans, yeah
It's "Wifey" part three If you’re blowin' up my phone,
I'll leave you on "Read," yeah
I'm done with them fiends (Uh)
I'm a playboy, babe, got girl from all scenes, yeah (Ayy, ayy)
“Wifey Riddim 3”
こうしたトピックを披露するのは、男性らしさ、ハードコアさ、バトル性を追求することの多いUKラップ・シーンにおいて異色だ。比較的スラングの少なくわかりやすい言葉選びとメロディックなセンスは彼の音楽性を高めているが、さらに彼の見た目の醸し出す雰囲気には、父親がトリニダード出身であるというミックスルーツも関係しているかもしれない。彼自身、しばし南国のロケーションでミュージック・ヴィデオを撮影しているが、その姿には見応えがあって白々しく見えない。
そして最近のラッパーと同じように、プラダやグッチ、バレンシアガ、フェンディといったラグジュアリー・ブランド、またヴィー・ロン(V LONE)やオフホワイト(Off-White)といったUSのストリート・ブランドを言及しているが、そうしたブランド名には引っ張られない存在感を放っている。
AJ Tracey - LO(V/S)ER
アルバム前半をアフロビーツのミドルテンポな曲が占めるのに対して、アルバム後半にはハードで聴き応えのあるグライムトラックやクラブ映えするトラックが収録されている。
とくにギグス(Giggs)を客演に迎えた“Nothing But Net”には耳を奪われた。
奴らはフローについてペラペラ話してるけど
俺が一番バッドで一番マッド、
そういうラッパーは俺のつま先に及ばない
キルしてカマす、あいつらは後ろに下がっとけ
ラップしまくって、祈ってるって、
お前は(自分のお葬式の)手向けの薔薇でも用意しときな
Niggas chattin' and braggin' about flows (Uh?)
I'm the baddest and maddest, I got these rappers on toes (Woah)
Killin' and spillin', I hope these brothers lay low
'Cause I'm sprayin' and prayin', you're gonna have to lay rose (Lay low)
AJ Tracey & Giggs“Nothing But Net”
アフロビーツからクラブ・トラックまで、本作を手がけているトラックメイカーの人選も興味深い。以前UKラップ・プロデューサー特集で取り上げたナイジ(Nyge)やADP、スティール・バングルス(Steel Banglez)、カデンザ(Cadenza)といったUKラップのヒットメイカー、さらにリル・ウジ・バード(Lil Uzi Vert)を手がけてきたマーリー・ロー(Maaly Raw)、アップカミングなMCでもあるマリック・ナインティファイブ(Malik Ninety Five)、グライムのヒット曲をプロデュースしてきたサー・スパイロ(Sir Spyro)、スウェフタ・ビーター(Swifta Beater)、さらにUKガラージのDJ/プロデューサーとして知られるコンダクタ(Conducta)らが参加。幅を持ちつつもバランス感のある人選に彼の賢さが光る。
前半ではトレンドのアフロビーツを自在に乗りこなし、後半ではグライム、トラップ、UKガラージといったUKクラブ・ミュージックをアップデートする。AJ Traceyのデビュー・アルバムはオールラウンドな才能が存分に発揮した作品となっている。
米澤慎太朗