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マンチェスターを拠点とする〈sferic〉は、ロメオ・ポワティエ、ジェイク・ミュアーなど、現代アンビエント・アーティストの傑作アルバムを送り出しているモダン・アンビエント・レーベルである。この2021年もタウ・コントリブの『encode』や、スペース・アフリカのEP「Untitled (To Describe You) [OST]」など相次いでリリースしており、いま、まさに絶好調のレーベルといえよう。
〈sferic〉の特色は、アンビエントの音響を柔らかく拡張するかのように透明で美しいサウンドスケープを生成しているところにある。音の快楽、チル、そして音の認識の拡張の感覚が、どの作品にも横溢しているのだ。いわば20年代的な清冽/静謐なサウンドスケープの実現である。とにかくアンビエント・レーベルとして、レーベル・カラーの統一感が素晴らしいのだ。
今回、紹介するドイツ・ライプツィヒの TIBSLC 『Delusive Tongue Shifts - Situation Based Compositions』もまたそんな〈sferic〉のレーベル・カラーを象徴するサウンドに仕上がっている。音によって生まれる淡い色彩のムードが交錯し、聴き手のまわりの空気を一変させるような美麗なアンビエント・アルバムなのだ。
TIBSLC は、ウクライナの〈KIIBERBOREA〉から『A SHELL-LIKE OBJECT』を2020年にリリースしているし、自身のバンドキャンプからも音源を発表を重ねているのだが、 本作『Delusive Tongue Shifts - Situation Based Compositions』では、これまでの作品以上にサウンドに磨きがかかっていた。電子音の透明なサウンド、微かなノイズ、環境音などが繊細にコンポジションされて、まるで仮想空間のアンビエント・スペースへと誘うような音響空間を構成しているのである。
繊細に緻密に構成されたサウンドは、聴き手を心地良くさせたり、不安定な空間を漂わせたりしながらも、透明なカーテンが揺れる様子に耳を澄ますような不思議な安定感を与えてくれる。サウンド全体を包み込むダビーな音響処理も、〈sferic〉のほかのアーティストの作品のトーンとも共通しているものだ。
1曲目 “Soft Afternoon Pressure” からすでに水の音、声、シンセサイザーの音による「心地よさ」が極まっている。微かなリズムとベースの残骸のような音もレイヤーされる(いわばミニマル・ダブを継承したようなアンビエントであることも示している)。続く2曲目 “The Touch Of Your Toes” も薄い電子音のレイヤーに分解されたリズムの残滓が折り重なる美しいサウンド・サウンドスケープを展開していく。
以降、統一されたトーンでアルバムは進行するわけだが、その「音のさま」はまるで夏の空から降り注ぐ音響の雪のように清涼感に満ちているのだ。まさに破壊されたテクノのカケラと、美的な環境音が結晶した「ネオ環境音楽」とでもいいたいほどのサウンドである。
と、ここまでその美について書いてきたが、TIBSLC の名が「The International Billionaire's Secret Love Child」の略であり「国際的な億万長者の秘密の愛の子供」という意味だということも忘れずに書き記しておきたい。アルバム名「Delusive Tongue Shifts - Situation Based Compositions」も「妄信的な舌の動きー状況に応じた組成」という意味である。
TIBSLC は単なる「美しい音」の追求者というだけではなく、一筋縄ではいかないシニカルな面があるように思えるのだ。これほどまでに美麗な音を作りつつも、それをあえて突き放すようなシニカルさ。まるでエイフェックス・ツインのアンビエント作品のような二面性も感じてしまうのだが褒めすぎだろうか。ともあれ TIBSLC に対する興味がさらに深まることになった。
デンシノオト