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Golem Mecanique

Drone Experimental

Golem Mecanique

Siamo tutti in pericolo

Ideologic Organ

Bandcamp

デンシノオト Apr 24,2025 UP

「私たちは、皆、危険にさらされている」
 ピエル・パオロ・パゾリーニが最後のインタヴューで残した言葉だ。まもなく、彼はローマ近郊のオスティア海岸で暴行され、車で轢かれ命を落とすことになる。この謎めいたフレーズに触発され、フランスのドローン・アーティスト、ゴーレム・メカニック(カレン・ジェバン)はアルバム『Siamo tutti in pericolo』を制作した。タイトルはそのまま、「私たちは、皆、危険にさらされている」という意味を持つ。カレン・ジェバンがパゾリーニに出会ったのは14歳のとき。『アッカトーネ』(1961)、『テオレマ』(1968)を観て衝撃を受けた。静かな暴力、エロスと欲望、生々しい美学、神話的なモチーフ、そして怒り――そのすべてが彼女の内面に刻まれた。それ以来、パゾリーニの映画は「人生の伴侶」となった。

 カレン・ジェバンは、ドローン・アーティスト、ヴォーカリスト、実験音楽家として活動する一方、スイスの45人編成の音楽集団 Insub Meta Orchestra の一員でもある。ゴーレム・メカニック名義では2009年頃から音源を発表しており、2020年の『Nona, Decima et Morta』以降はスティーヴン・オマリー主宰のレーベル〈Ideologic Organ〉からリリースを続けている。本作は、2021年の『Luciferis』に続く、同レーベルからの3作目となる。
 2020年、パンデミックの最中のことだ。緊急事態宣言下、自室に籠もりながら聴いたオルガン、ハーディ・ガーディ、声によるドローン・サウンドは、私を深い瞑想状態へと導いてくれた。そのサウンドには、瞑想的でありながら儀式的でもあった。近代化によって切り捨てられてきた「音楽の魔術性」が蘇るようでもある。近代への抵抗――、地中海フォークとドローンの融合から生まれるサウンドスケープは、感情と無感情、ノイズと音楽、魔法と現実、フォークとフランス近代音楽が静かに共存していたのだ。

 『Siamo tutti in pericolo』でも、カレン・ジェバンはオルガン、ハーディ・ガーディ、ヴォイスといった楽器を駆使し、従来の作風を継承している。ただし、本作が特別なのは、敬愛するパゾリーニの “言葉” そのものをモチーフにしている点にある。サウンドは、過去作よりも整理され、簡潔に、そしてより豊潤に。ドローンを土台にしながらも、儀式性がより強調された印象がある。それはまるで、パゾリーニの「最後の言葉」を媒介に、その精神と幽霊を召喚しようとする試みに思える。カレンはレーベルのインフォメーションでこう記している。「私は、暗闇の中で見通す目になりたかった。彼の最後の昼と夜を語る声、記憶を呼び覚ます幽霊に」

 このスタンスは、あえて言うなら「スピリチュアル」だろう。しかしそれは、近代が排除してきた “残滓” であり、「抑圧されたものの回帰」でもある。無慈悲な死への救済――それは決して実現しない祈りであっても、捧げることはできる。ドローン音楽の瞑想性には、近代以前の “精神” への回帰がある。ゴーレム・メカニックの音に包まれていると、そんな感覚が静かに満ちてくる。今作では、過去作以上に「声=歌」の役割が大きい。ドローンとヴォーカルの鋭い対比により、私などは初聴で90年代以降のスコット・ウォーカー作品を思い出した。特に、彼とSunn O)))による『Soused』(2014)を連想したほどだ。実際、カレン自身も本作について「マリア・カラスとスコット・ウォーカー」の名を挙げている。

 収録は全6曲、計36分。短いが、密度は高い。1曲目 “La Notte” では、硬質なドローンと声が絡み合い、聴き手を現実の外へと誘う。続く2曲目 “Il giorno prima”、3曲目 “Teorema” もその延長線上にある。4曲目 “Il giorno” では、持続音が切れるとアカペラに移行する。その “空白” が際立ち、やがて高音のドローンが訪れる。和声感覚にはフランス近代音楽――ドビュッシーやラヴェルを思わせる浮遊感があり、前半のプリミティヴな儀式性が、20世紀初頭の音響へと移行する。その構成は見事だ。5曲目 “La tua ultima serata” は、前曲の余韻を引きずりながら、感情を排した硬質なドローンが支配する。そこに薄くレイヤーされる声が、やがて “歌” に変わっていく。アルバム前半への回帰だ。そして最後の6曲目 “Le lacrime di Maria” では、再びドローンにカレンの声が重なるが、今回はまるで讃美歌のように透明な響きを持つ。それは、パゾリーニの魂を浄化するようでもある。パゾリーニの「魂」と、カレン・ジェバンが「対話」をするような音楽作品とでもいうべきか。

 「私たちは、皆、危険にさらされている」パゾリーニが語った言葉であり、本作のタイトルでもある。だが2025年のいま、それは彼の死を越えて響く。戦争の暴力、ネット上の言説の混迷、身体と精神への静かな圧力……。私たちは、確かに “危険な時代” を生きている。けれどこのアルバムは、不安を煽るための作品ではない。その言葉の奥にある “祈り” の気配を、静かに響かせる音楽でもある。カレン・ジェバンはこう書いている。
 「私はただ、彼の遺体が、あの冷たい浜辺にひとりで横たわらないことを願った」

デンシノオト

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