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サンO))) のスティーヴン・オマリーが〈editions Mego〉傘下で主宰する〈Ideologic Organ〉からリリースされたシンガーソングライター朝生愛の新作『The Faintest Hint』を繰り返し聴いている。「音楽」と「音の間」、そして「個」と「無」のあいだを揺れ動くような声とギターが心地良い。
オマリーと Boris の Atsuo がプロデュースを手掛け、ミックスとマスタリングを中村宗一郎が担当しているのだから、サウンドも悪いはずがない。名盤という言葉すら出てしまいそうなほどである。ちなみに Boris も “Scene”、“Sight” の2曲に参加している。
〈Ideologic Organ〉からのリリースは本作が2014年の『Lone』から続いて2作目だが、日本の〈Pedal Records〉から『Lavender Edition』(2004)、『Umerumonoizen』(2005)、『カモミールのプール = Chamomile Pool 』(2007)、〈P.S.F. Records〉から『あいだ = Aida』などの素晴らしいアルバムをリリースしている。
フォークからサイケ、ポップスまで、さまざまな音楽の深い理解を示している朝生愛の音楽は、とてもシンプルだが、同時に豊穣でもある。かすかな音の連なりだが、存在する力もある。音楽の構造だけではなく、響きや空間性をとても意識しているからだろう。声とギターが重なって鳴るとき、その「あいだ」の感覚が豊穣なのである。思わず金延幸子とギャラクシー500を継承するような音楽として、などと安易に語りたくなってくるが、しかしその音楽を聴きはじめると、そんな戯言などまったく無意味なことに気が付く。なぜならここには「朝生愛の音楽」が、ただただ、ごく当たり前に存在しているからである。
音の響きをたしかめるようにゆっくりとギター演奏される1曲め “Itsumo” の、その最初の一音からして他にはない個の音楽が鳴っている。この曲にはアルバム全体を通底するトーンと旋律の原型がある。間奏の素朴なシンセサイザーと微かなノイズも楽曲を彩る。Boris の静謐なアンサンブルが麗しい2曲め “Scene” も彼女の音楽は自然に存在している。朝生愛は、自分の音楽をただ鳴らしている。アルバム中、屈指の名曲といえる4曲め “I’ll do it my way” の歌詞にある「わたしの泳ぎ方」とでもいうべき音楽。つつましく、かすかで、しかし、強い意志を持ってアルバムの最初から終わりまでたしかに存在している音楽。私たち聴き手は、その事実に静かな衝撃を受け、口をつぐみ、ただ、その音に耳を澄ますことしかできなくなるだろう。
そのような朝生愛の音楽の本質である「ほかにない個の音楽」を際立たせるオマリーと Boris の Atsuo によるプロデュース・ワークも的確である。ミニマルなアンサンブル、微かなノイズ、控えめなシンセサイザーが、その「声」の重なるとき、「空間的」、つまり「あいだにあるもの」としか言いようがないサウンドが生まれているのだから。簡素なメロディとシンプルにして幽玄な放つアコースティック・ギターの響きは、透明な空気や水のように空間と感覚に浸透していく。
ドローンな音響が鳴り響く8曲め “Sight” が終わったあと、アルバム最終曲である9曲め “0805” のアコースティック・ギターと声の静謐なレイヤーが鳴りはじめたとき、このアルバムの本質である「あいだ=間」の概念がもっとも象徴的に実現している。
朝生愛の音楽は必要最小限の声とギターで成立するミクロコスモスだ。声とギターの「あいだ」を聴くこと。微かにうごめくかすかな音とノイズに耳を澄ますこと。ジュディ・シル、マーク・フライ、リンダ・パーハクスなどと比べてもまったく遜色のない白昼の光のごときエクスペリメンタル・フォークの誕生である。
デンシノオト