Home > Reviews > Album Reviews > Mechatok- Wide Awake
月に10日ほどクラブで過ごす生活サイクルも、気づけば4年以上続いている。DJで、取材で、遊びで、理由はいろいろあるけれど、とにかく今日も明日もクラブに行く。映画館でエンドロールまで席を立たないのと同じように、フロアには大抵最後までいる。もちろんそんな暮らしを続けていると、ヘトヘトに疲れ果てる。最近はいよいよ体力も落ち込んできたのか、帰宅後に家の天井とSNSのタイムラインを交互に眺めるだけの時間を過ごして後悔することも増えたけど、あれにはあれでダウナーな陶酔感があって、後ろめたいけれど心地いいし、虚しい反面なにかが満たされた気にもなる。
ドイツのプロデューサー・Mechatokによる1stアルバム『Wide Awake』には、本人が意図したかはさておき、そうした「空虚な心地よさ」という相反する感覚が詰まっている。作品のモチーフには「(現代インターネットを支配する)アルゴリズム」や「デジタル過剰刺激」といった要素も織り込まれているそうで、いかにも2020年代らしいジャンルレスな作風でありながら、奥底にはどことなくアイロニカルな眼差しを感じる。
Drain Gangやヨン・リーン、チャーリーXCX、オーケールーといったスターたちとコラボレーションを重ねてきたMechatokは、1998年生まれのプロデューサー。6歳からクラシック・ギターに触れ、14歳ごろにはすでにエレクトロニック・ミュージックの制作をはじめていた彼は、年齢に反してヴェテランとして成熟しきっている。音楽制作をはじめて間もないころ、黎明期のSoundCloudに氾濫していたオブスキュアな音楽群に強い刺激を受けてエクスペリメンタル・ポップとクラウド・ラップの道を歩みはじめ、程なくしてBladee率いるDrain Gangの面々やヨン・リーンといったクラウド・ラップ勢と合流し、気づけば20代のうちに(2020年代における)世界最高峰のプロデューサーのひとりと目されるようになった。
(UKでいまもっとも勢いのあるアンダーグラウンド・ラッパー、Fakeminkと近年は寡作気味なEcco2Kをフィーチャーしたシングル “MAKKA” も今年大きな話題を集めた)
そんな彼が、いまこのタイミングでキャリア初となるアルバム『Wide Awake』をリリースしたのはなぜか。UKのメディア〈CLASH〉に掲載されたインタヴューでは、そもそもずっとアルバムを作りたかったこと、ビートメイクやプロデュース、DJセット、パーティ主催、インスタレーションといった多岐にわたる活動のほとんどはリサーチ期間のようなものであり、長い時間をかけてインプットを続けた末のリリースであると打ち明けている(Mechatokは同インタヴューで「これが本格的な音楽キャリアのはじまり」とすら語っている)。
また、本作には海外ツアー生活と部屋で独りでSNSをスクロールする時間を繰り返すMechatok自身の両極端な暮らしぶりが投影されており、躁状態と憂鬱を行き来するような作品でもある、といったことも明かされている。
つまり『Wide Awake』は工業製品のようなエレクトロ・ポップではなく、むしろ現代を席巻するクラブ・ライクなポップスの奥底にある虚しさを浮き彫りにする作品であるように思える。本作は『brat』のエピゴーネンではなく、『choke enough』のような作品と共鳴するもの、と捉えるほうが納得感も増す。
アルバムの最後を飾る “Sunkiss” のように、本作には至るところにアンビエント・トランス的な旋律が配置されている。それはリヴァイヴァルしたエレクトロクラッシュと同様、ここ数年である程度出し尽くされた方法論でもあり、いまあえて取り入れる必然性を感じない……というのが最初に視聴したときの率直な感想だった。けれど、本作を「クラブ・ミュージックではない」という前提で聴き返してみると、そうしたサウンドを取り入れたのは高揚感を煽るためではなく、醒めた現実を見つめ直すためなのではないか、という新しい視点を持つことができる。
一聴すると流行りの華美な音に聴こえる収録曲は、じつはいずれもパーソナルな虚しさを投影するにふさわしい。音が止まって明かりがつけられたクラブの景色がそうであるように、暗さよりも明るさが強く絶望や虚無を代弁するというのは、そう珍しいことでもないだろう。
この「クラブ・ライクではあるもののクラブ・ミュージックではない」という本作の特徴は、ポスト・ハイパーポップの時代を迎えたいま、改めて注目すべきスタンスであるようにも思える。そもそも思い返せば、パンデミックを揺りかごにして成長を遂げたハイパーポップ的なものは、Air PodsやBluetoothスピーカーなどを介して内耳や家の中でのみ聴かれるベッドルーム・サウンドであった。それが隔離の時代を終え、反動のようにクラブを覆い尽くしていったのがここ2年ほどのこと。我々はたった2年でこの新しい音楽群の正体──クラブを幻視し、空想する音楽であるという性質──を忘れかけていたのかもしれない。
(「ベッドルームで育まれたものが外界の価値観を大きく揺るがす」という流れはかつてのインディ・ポップやヴェイパーウェイヴが辿った足跡でもあり、僕はそこにロマンを感じるし、心から応援したいとも思っている、けれど。)
『Wide Awake』はフロアの熱狂のなか、恍惚とした状態で聴くよりは、独りで酔いの醒めたあとに聴くほうがフィットする作品である。しばらく帰り道はこれを聴こうと思う。『Untrue』のアートワークのような表情で、疲れきった状態で、楽しいはずなのに虚しい、という矛盾を噛みしめながら。
松島広人