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former_airlineの新作『Breath of the Machineries』は、まるで機械が夢を見ているかのような音楽である。ノスタルジーと未来が重なり合い、呼吸のように揺らめくサウンドに身を委ねると、リスナーは過去と現在、記憶と想像の狭間を漂うことになる。その体験は、まさに夢そのものだ。
この音を紡ぐのは、former_airlineこと久保正樹。複数のバンド活動を経たのち、90年代後半からギター、エレクトロニクス、テープを駆使した音響実験に取り組んできた才人である。2000年代後半に「former_airline」としての活動を開始して以来、独自の軌跡を描き続けてきた。またライター/批評家としても活動し、寄稿する文章には鋭い審美眼が宿る。音楽と文筆を並行させる姿勢は、作品をたんなる音響表現にとどめず、批評的実践としても成立させてきた。
実際、former_airlineの音楽はしばしばJ・G・バラードの小説にも喩えられ、「サイファイ・サイコ・エロチシズム」や「ディストピアン・スナップショット」などと評されてもきた。音は感情を喚起するだけでなく、聴き手に思考や言葉を促す装置としても機能する。その批評性を内包したアプローチは、日本のエクスペリメンタルな音楽シーンにおいても異彩を放っている。
新作『Breath of the Machineries』は、イアン・F・マーティンが主宰する〈Call And Response Records〉からの久々のリリースだ。ポスト・パンク、クラウトロック、ミニマルウェイヴ、シューゲイズ、ダブ、アシッド・ハウスといった参照点を持ちながらも、模倣や懐古に陥ることなく、サイケデリックな広がりと現代的な緊張感を兼ね備えている。
同レーベルから2020年にリリースされた前フル・アルバム『Postcards from No Man’s Land』は、パンデミック下の不安を描いた作品だった。その後、自主レーベル〈FALRec〉でのEPを経て、再び〈Call And Response Records〉から発表されたのが本作である。
5年の歳月を経て、久保の音楽はどう変化したのか。本作のテーマは「機械の息遣い」。録音機材の揺らぎやノイズを積極的に取り込み、90年代のカセット断片をサンプリングすることで、過去と現在を同時に鳴らす音層を築き上げた。
その核心にあるのは「機械」の扱い方である。久保が注視するのは、テック企業が夢想する未来像ではなく、日常に遍在する機材や装置の微細な挙動だ。マイクの呼吸、テープの歪み、録音機材の振動──それらを音楽へと変換することで濃厚なノスタルジーを喚起する。ただし、それは懐古にとどまらない。冷徹さと優しさのあいだを往還し、記憶と現実の境界を音響へと変換していく。ロックも電子音楽もテクノもアンビエントも痕跡として堆積し、個の記憶に沈殿していく。失われゆく時間そのものが音に変換されていくようだ。安易なテクノロジー批判や甘美なノスタルジーに寄らず、絶妙な均衡を保つ態度がアルバム全体に緊張感をもたらしている。
本作『Breath of the Machineries』には全12曲を収録。テクノやダブを基盤にしたエレクトロニックなトラック、シューゲイズやドリームポップ的なギター、ポスト・パンク的なソリッドな音が交錯する。象徴的なのが “Yesterday’s World” で、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドを想起させつつ、元ザ・ワイアーのブルース・ギルバート的実験性を融合させている。また “Too Drunk to Dub” では鋭利なギターと飛翔する電子音が交差し、ポスト・パンク的な切れ味を提示。意識を引き裂くようでありながら、突き放すようなクールさを同居させている。
さらに注目すべきはブロードキャスト “Roses Red” のカヴァーだ。トリッシュ・キーナンの死後に発表された未収録曲集『Spell Blanket』(2024)収録のデモ曲を再解釈し、幻想性とメランコリーを帯びた音響空間に組み込んだ。オリジナルの儚さを尊重しながら、former_airlineの文脈へ引き寄せることで、たんなるトリビュートを超えた「記憶の再編成」として提示されている。ポスト・パンク的処理とブロードキャスト的音像が交錯し、記憶と知覚、夢と現実を揺さぶる批評的装置として作用しているのだ。
制作後、久保は拠点を東京から大阪へ移した。都市のコンクリートが抱える孤独と、移動による距離感が重なり合い、アルバム全体に陰影を与えている。“The Machineries of Joy” には、東京での記憶が逆回転するようなアンビエント感覚が漂う。都市の静寂や孤独、雑踏は、移動という解体と再編を経て、夢と不穏のはざまで揺らめいている。『Breath of the Machineries』は東京という都市へのレクイエムであり、その記憶の集積でもある。
本作は従来「ディストピアン・スナップショット」と評されてきた作風を受け継ぎつつ、喪失と記憶によって多層的に拡張された作品だ。「記憶と音響の関係」を更新する試みといえるだろう。
希望と忘却、批評と夢想。その両義性から立ち上がる音響風景は、聴き手に「音楽はいかに記憶を宿すのか」という問いを突きつける。すなわち『Breath of the Machineries』は、音楽が単なる娯楽や記録ではなく、失われゆく時間と来るべき未来を同時に生成する「記憶装置」であることを示している。
Breath of the Machineries。機械が息をする。その微かなノイズの奥に、過ぎ去った都市の風景を聴き取り、まだ形を持たない希望を見いだすことができる。記憶と忘却、孤独と連帯、夢想と批評。そのすべてが音に溶け込み、やがて聴き手の身体の奥で共鳴をはじめる。その響きは刹那を超えて、永遠の余韻として生き続けるのだ。
デンシノオト