ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Cornelius ──コーネリアスがアンビエント・アルバムをリリース、活動30周年記念ライヴも
  2. Columns ♯6:ファッション・リーダーとしてのパティ・スミスとマイルス・デイヴィス
  3. valknee - Ordinary | バルニー
  4. Tomeka Reid Quartet Japan Tour ──シカゴとNYの前衛ジャズ・シーンで活動してきたトミーカ・リードが、メアリー・ハルヴォーソンらと来日
  5. Larry Heard ——シカゴ・ディープ・ハウスの伝説、ラリー・ハード13年ぶりに来日
  6. interview with Larry Heard 社会にはつねに問題がある、だから私は音楽に美を吹き込む | ラリー・ハード、来日直前インタヴュー
  7. Ryuichi Sakamoto | Opus -
  8. KARAN! & TToten ──最新のブラジリアン・ダンス・サウンドを世界に届ける音楽家たちによる、初のジャパン・ツアーが開催、全公演をバイレファンキかけ子がサポート
  9. interview with Lias Saoudi(Fat White Family) ロックンロールにもはや文化的な生命力はない。中流階級のガキが繰り広げる仮装大会だ。 | リアス・サウディ(ファット・ホワイト・ファミリー)、インタヴュー
  10. The Jesus And Mary Chain - Glasgow Eyes | ジーザス・アンド・メリー・チェイン
  11. 酒井隆史(責任編集) - グレーバー+ウェングロウ『万物の黎明』を読む──人類史と文明の新たなヴィジョン
  12. Li Yilei - NONAGE / 垂髫 | リー・イーレイ
  13. Columns ♯5:いまブルース・スプリングスティーンを聴く
  14. 『成功したオタク』 -
  15. interview with Shabaka シャバカ・ハッチングス、フルートと尺八に活路を開く
  16. まだ名前のない、日本のポスト・クラウド・ラップの現在地 -
  17. Columns 4月のジャズ Jazz in April 2024
  18. Solange - A Seat At The Table
  19. レア盤落札・情報
  20. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第2回

Home >  Reviews >  合評 > きのこ帝国- 渦になる

きのこ帝国

合評

きのこ帝国- 渦になる

DAIZAWA RECORDS/UK.PROJECT

May 02,2012 UP 水越真紀竹内正太郎水越真紀竹内正太郎水越真紀竹内正太郎
12

言葉を拾え、歌という夢を見よ 文:竹内正太郎

きのこ帝国
渦になる

DAIZAWA RECORDS/UK.PROJECT

Amazon

許せない言葉も やるせない思いも
いずれは薄れて忘れてゆくだろう "退屈しのぎ"

 強い歌声だ。ギターの壁をどれほど厚く、要塞のように築いても、その強い声は聴き手の耳をハッキリと捕まえる。ヴォーカルの佐藤は、無用な女性性を排したような透明の歌を、冷たく歌い込んでいる。あるいはとても無表情のようにも聴こえるが、単に絶望や達観とは言い切れない危うさ、声のうつろい、それを伝播する空気の揺れ、その微妙なニュアンスが生々しい。それは厳かでさえ、ある。触れては崩れてしまいそうなか細さを持つ一方で、それは何者をも寄せ付けない強い意志を示すかのようだ。アルバム冒頭、ポスト・ロックを通過した後のスマッシング・パンプキンズ・スタイルを確立する"WHIREPOOL"で、嵐のようなディストーション・ギターのなか、きのこ帝国はそのヴォーカリストの魅力を披露する。「いつか殺した感情が/渦になる/渦になる」"WHIREPOOL"

 4人から成るバンドの演奏も、ヴォーカリストの迫力に見劣りしない力強さを湛えている。ナンバー・ガールを彷彿させるソリッドなギター・プロダクション、ポスト・ロックめいた静寂と喧騒の大胆なスイッチング、硬くて脆い、スローコア/サッドコアのガラス細工。また、残響するほどの轟音の中にも浮遊感が残るのは、シューゲイザーからの影響だろうか。彼らはたしかに、俯いている......が、その目は大きく、シリアスに開かれている。例えば、微睡むようなベッドルーム・ポップの羊水めいた甘さや、(何かしらの意図があるとしか思えない、その独特のネーミング・センスから比較するが)ゆらゆら帝国ないし坂本慎太郎のような笑い、諧謔の手さばきは、ここにはない。純文学の短編のようなタイトル・センスも、バンドの神経質な性格を表しているようだ。

最近は髪も爪も切らず 復讐もガソリン切れさ
なんにも食べたくないし ずっと考えてる "夜が明けたら"

 いくらポスト・モダンが徹底化されたと言っても、十代という季節に否応なく自意識を募らせてしまう人間が、ふと、生きることにはやはり意味などないのだということを受け入れるには、それなりの時間を要する。そして、その空虚さに対する初動的なリアクションが、仮に自嘲か/自虐か/自傷かに揺れるなら、彼らは間違いなく自傷に近い場所にいる。ダーク・ポップのメロディで歌われる、不安や罪の意識。それは赦しのない夜に、深く沈んでいく。だが、きのこ帝国は、そこで望みを絶つための表現ではない。虚しさに傷つきながら、自閉・自傷に傾いていく過敏性は、いわゆるポスト・ロックがゼロ年代の前期に求めた人工性、形式性に一定の共感を示しつつも、また言葉を拾い、歌(物語)という傷つきやすい夢を見ようとする。クライマックスとなる"夜が明けたら"、それは、虚しさを抱えながらも、許される限りの温かい場所を求めていく罪人の歌だ。

 もっとも、サウンド・プロダクションが画期的に斬新かと問われれば、私の返答はいささか鈍るのもまた事実である。共同プロデュース/レコーディング/ミキシングに関わる益子樹が、角の立った音の塊を見事にトリートメントしているが、より直接的で個人的な世界を望む人には、青葉市子ともリンクするような佐藤の弾き語りプロジェクト、クガツハズカムも準備されている。真価を問うには、私は彼らをまだ知らなすぎるが......驚くべきことに、恐らくは筆者と同年代であろう彼女ら/彼らは、決して性愛を扱わないのだ。彼らが抱える原罪のような悲しみ、それは例えば、ラッドウィンプスのようなバンドが恋愛的に自己治癒した種類のものとは、ずいぶんと様子が違っている。彼らはある程度、その暗がりに親しみを持っているのだ。それでも、"足首"における浄化されるような清らかさを前に、私は思った。これはあくまでも予感のようなものに過ぎないし、馬鹿にしているのかとひんしゅくを買うかもしれないが、きのこ帝国はそう遠くない未来に、聴く者が震えるような最高のラヴ・ソングを生むだろう。

文:竹内正太郎

12