Home > Reviews > Live Reviews > JAZZ BEYOND TOKYO Vol.1- @渋谷WWW X
9月3日、渋谷WWW Xで「JAZZ BEYOND TOKYO Vol.1」と題したイベントが開催された。東京から現在進行形のジャズを発信するショーケース・フェスティバルの第1弾だそうで、今回は3組が出演。それぞれ約40分のパフォーマンスを披露し、その模様はオンラインでも配信された*。事前のアナウンスによれば「いまとその先のジャズ」がひとつのテーマとなっているが、実際のイベントではジャズという枠組みに留まらず、ジャンルで括ることのできない同時代の音楽としか言いようのないものまで、わずか3組ながら幅広いバリエーションの音楽を聴かせてくれた。
一番手で登場したのはピアニストの桑原あい。スインギーなオリジナル曲 “Somehow It's Been a Rough Day” から幕を開けると、続けて即興で2曲を演奏。即興とはいえ、いわゆるフリー・インプロヴィゼーション然としたものではなく、あくまでもジャズのフォーマットに基づいた演奏だ。ときにピアノから身を乗り出して鍵盤を叩く姿からは音楽の楽しさも感じられる。その後、スランプを脱出するきっかけになったというバラード “The Back” をしっとりと奏でると、最後は報道番組のオープニング・テーマにも起用された “Dear Family” で爽やかに締め括った。
続いてステージには、7月にデュオ作『Song for the Sun』をリリースし、翌8月からレコ発ツアーをおこなってきた渡辺翔太(ピアノ)とマーティ・ホロベック(ベース)が登場。アルバムの収録曲を中心に、ツアー終盤ということもあってか息がピッタリと合ったインタープレイを繰り広げた。印象深かったのはホロベックが作曲した “B Shouga” の演奏で——タイトルは「紅生姜」を意味するらしい——、ピアノとベースがユニゾンで辿る幾何学的なメロディとその後の即興的でフリーな展開が、緻密さと自由さを行き来するダイナミックなサウンドを生み出した。
トリを飾ったのはサックス奏者・松丸契のリーダー・プロジェクト、blank manifestoだった。これまで様々な編成でライヴをおこなってきたプロジェクトだが、この日はジム・オルーク(ギター)、石橋英子(ピアノ/フルート)、山本達久(ドラムス)、波多野敦子(ヴィオラ)、マーティ・ホロベック(ベース)を迎えたセクステット編成で、松丸の作曲作品——彼がこの日のために用意した作品——を40分にわたって切れ目なく演奏。リアルタイムでの電子エフェクトや多重録音をも駆使したアンサンブルは、様々な色合いのサウンドが重なり合って時間経過とともに緩やかに移り変わり、あたかも一編の映画のような、あるいは壮大な音響絵巻ともいうべき、もはやジャズという一言では表すことのできない現代曲へと仕上がっていた。
blank manifestoで出演した各メンバーは譜面を目の前に置き、時には松丸が指揮をすることでシーンが切り替わる。リズムやメロディといった記号化し得る要素よりも、滲むような音色の繊細なテクスチャーやアンフォルメルな変化が特徴的だ。それはアンビエント・ミュージックの落ち着きを想起させるが、シーンによっては各プレイヤーならではのアグレッシヴで即興的なサウンドも飛び出す。終盤にかけては激しい盛り上がりも聴かせた。それらの器楽的な演奏性に溢れたサウンドがしかし、火花を散らしてぶつかり合うのではなく、あくまでも空間に溶け込むように浸透して独自のハーモニーを生み出していく。その意味でこの作曲作品は、譜面に還元できるものではなく、ジム・オルークをはじめとした参加メンバーたちの個性と関係性、およびWWW Xという場所を抜きにしては成立し得ない音楽でもあっただろう**。
こうした現代曲を単にジャズと括ってしまうことはできない。ただし、一般にジャズの文脈で知られるミュージシャンのなかには、これまでもジャズと言い切れないような音楽的実験を試みてきた人物が数多くおり、そして広義のジャズはそれらの雑多な音楽をも許容してしまうところがひとつの魅力だった。そう考えるなら、身ひとつでスインギーなピアノをサラリと奏でることも、共演を重ねて絶妙なインタープレイを聴かせることも、そして実験精神に溢れたコンポジションに挑むことも、同じイベントで並べて聴くことには十分な意義がある。それらをあらためてジャズと呼ぶべきかどうかはともかく、いま、東京で起きている音楽の新しい動きに触れる機会として、ジャズを手掛かりにその枠組みを超えたラインナップを揃えた「JAZZ BEYOND TOKYO」には、今後も注目しておく価値がありそうだ。
* 配信はZaikoで9月6日までチケット購入/アーカイヴ視聴が可能。https://zaiko.io/event/350647
** blank manifestoは当初水谷浩章が出演する予定だったが、新型コロナウイルス陽性のため、急遽マーティ・ホロベックが代役を務めた。予定通り水谷が出演していたらまた異なるサウンドを生んだかもしれないが、他のメンバーとの共演経験が豊富なホロベックも適任で、単なる代役以上の役割を果たしたように思う。
細田成嗣